(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-24
(45)【発行日】2023-02-01
(54)【発明の名称】血管を標的とする抗体と光増感剤とのコンジュゲート
(51)【国際特許分類】
A61K 47/68 20170101AFI20230125BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20230125BHJP
A61K 41/17 20200101ALI20230125BHJP
A61K 39/395 20060101ALI20230125BHJP
A61K 31/444 20060101ALI20230125BHJP
【FI】
A61K47/68
A61P35/00
A61K41/17
A61K39/395 L
A61K31/444
(21)【出願番号】P 2020504977
(86)(22)【出願日】2019-03-01
(86)【国際出願番号】 JP2019008059
(87)【国際公開番号】W WO2019172110
(87)【国際公開日】2019-09-12
【審査請求日】2022-01-07
(31)【優先権主張番号】P 2018042803
(32)【優先日】2018-03-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】501083643
【氏名又は名称】学校法人慈恵大学
(74)【代理人】
【識別番号】100103894
【氏名又は名称】家入 健
(72)【発明者】
【氏名】光永 眞人
【審査官】阿川 寛樹
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/031367(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/031363(WO,A1)
【文献】特表2017-524659(JP,A)
【文献】特表2017-524002(JP,A)
【文献】特表2014-523907(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K9/00-9/72;47/00-47/69
A61K31/33-33/44
A61K38/00-51/12
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
新生血管を伴う腫瘍の治療剤であって、
ラムシルマブ(Ramucirumab、IMC-1121B)に対して、赤色光線から近赤外光線にかけた波長域に吸収波長域が重なる光増感剤が結合をしているコンジュゲートを含有し、
前記腫瘍に位置する新生血管に対して前記コンジュゲートを抗原抗体反応で結合させ、前記腫瘍に対して660~740nmの波長の励起光を照射することで前記光増感剤を励起し、前記新生血管に対して光増感作用によりダメージを与える、
治療剤。
【請求項2】
トラスツズマブに対して、赤色光線から近赤外光線にかけた波長域に吸収波長域が重なる光増感剤が結合をしているコンジュゲートを含有する他の治療剤を投与されている患者に対して投与する、
請求項1に記載の治療剤。
【請求項5】
前記ラムシルマブの前記光増感剤は下記式で表されるIR700である、請求項4に記載の治療剤。
【化1】
【請求項9】
トラスツズマブに対して、赤色光線から近赤外光線にかけた波長域に吸収波長域が重なる光増感剤が結合をしている追加的コンジュゲートをさらに含有する、
請求項1に記載の治療剤。
【請求項10】
前記トラスツズマブの前記光増感剤は下記式で表されるIR700である、請求項9に記載の治療剤。
【化2】
【請求項11】
前記治療剤とその他の抗がん剤とを組み合わせた処方であって、
光増感作用によりダメージを与えられた前記腫瘍にさらに前記抗がん剤を接触させる処方のための、
請求項1に記載の治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は血管を標的とする抗体と光増感剤とのコンジュゲートに関し、特に光免疫療法(Photo-immunotherapy, PIT)に適したコンジュゲートに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には光免疫療法(Photo-immunotherapy PIT)、特に近赤外光線免疫療法(Near Infrared-PIT, NIR-PIT)用の抗体-IR700コンジュゲートが記載されている。抗体は腫瘍細胞上の抗原に特異的である。IR700はIRDye(登録商標)700DXのNHS(N-ヒドロキシスクシンイミド)エステルに由来する蛍光団(フルオロフォア)である。コンジュゲートが腫瘍を有する患者に投与された後、腫瘍細胞に結合したコンジュゲートに対して近赤外光が照射される。コンジュゲートが結合した細胞に対してIR700の光増感作用の影響が及ぶ。光増感作用はコンジュゲートが結合した細胞のみを選択的に光によって破壊することで腫瘍細胞の死滅をもたらす。さらに特許文献2は上皮成長因子受容体(EGFR)に結合するセツキシマブとIR700とのコンジュゲートを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特表2014-523907号公報
【文献】国際公開第2017/031363号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は光免疫療法(Photo-immunotherapy、PIT)に適した他のコンジュゲートを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
[1] 血管内皮細胞増殖因子受容体(VEGFR)に特異的な抗体に対して、赤色光線から近赤外光線にかけた波長域に吸収波長域が重なる光増感剤が結合をしている、コンジュゲート。
[2] 前記VEGFRはVEGFR-2である、[1]に記載のコンジュゲート。
[3] 前記抗体はラムシルマブ(Ramucirumab、IMC-1121B)である、[2]に記載のコンジュゲート。
[4] 前記光増感剤はケイ素フタロシアニン錯体部分を有する、[1]~[3]のいずれかに記載のコンジュゲート。
[5] 前記光増感剤は下記式で表されるIR700である、[4]に記載のコンジュゲート。
【化1】
[6] 新生血管を伴う患部の治療剤であって、[1]~[5]のいずれかに記載のコンジュゲートを含有する治療剤。
[7] 前記患部に位置する新生血管に対して前記コンジュゲートを抗原抗体反応で結合させ、前記患部に対して660~740nmの波長の励起光を照射することで前記光増感剤を励起し、前記新生血管に対して光増感作用によりダメージを与える、[6]に記載の治療剤。
[8] 前記患部が前記新生血管を伴う腫瘍からなる、[7]に記載の治療剤。
[9] さらに追加的コンジュゲートを含有し、前記追加的コンジュゲートでは、腫瘍細胞の表面抗原に特異的な抗体に対して、赤色光線から近赤外光線にかけた波長域に吸収波長域が重なる光増感剤が結合をしている、[8]に記載の治療剤。
[10] 前記追加的コンジュゲートにおいて、前記抗体はトラスツズマブであり、前記光増感剤は下記式で表されるIR700である、[9]に記載の治療剤。
【化2】
[11] 前記治療剤とその他の抗がん剤とを組み合わせた処方であって、光増感作用によりダメージを与えられた前記腫瘍にさらに前記抗がん剤を接触させる処方のための、[8]に記載の治療剤。
【発明の効果】
【0006】
本発明は光免疫療法に適したコンジュゲートを提供することが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図3】放射効率(radiant efficiency)のグラフである。
【
図6】腫瘍の大きさの時間変化を表すグラフである。
【
図8B】
図8Aの像のコントラストを調整し見やすくしたものである。
【
図11】放射効率(radiant efficiency)のグラフである。
【
図12】腫瘍の大きさの時間変化を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
[1.抗体]
【0009】
図1に本実施形態のコンジュゲート10が模式的に示されている。コンジュゲート10は抗体11と光増感剤12とからなる抗体-薬物複合体(ADC, Antibody-Drug Conjugate)である。図に示す例において抗体11は腫瘍15内の間質細胞16に対して特異的なモノクローナル抗体である。抗体11は間質細胞16に特有の標的分子17の有する抗原決定基に対して特異的である。
【0010】
本実施形態において間質細胞16は血管内皮細胞である。また標的分子17は血管内皮細胞増殖因子受容体(Vascular Endothelial Growth Factor Receptor。以下、VEGFRという。)である。抗体11はVEGFRを標的とする。抗体11は血管、特に新生血管を標的とする抗体である。
【0011】
図1に示す抗体11において、抗体のクラスはIgM、IgD、IgG、IgA、及びIgEのいずれでもよい。図中の抗体11はIgGである。IgGのサブクラスは1~4のいずれでもよい。抗体11はキメラ抗体でも、ヒト化抗体でも、完全ヒト抗体でもよい。抗体はハイブリドーマ抗体でもよく、リコンビナント抗体でもよい。
【0012】
図1に示す抗体11は、免疫グロブリン及びバリアントの全長でもよく部分断片でもよい。部分断片は、Fab断片、Fab’断片、F(ab)’2断片、単鎖Fvタンパク質いわゆるscFv、及びジスルフィド安定化Fvタンパク質いわゆるdsFvでもよい。図中の抗体11はIgGの全長である。
【0013】
図1に示す標的分子17としてVEGFR-1及びVEGFR-2が挙げられる。VEGFRは1から3まであることが報告されている。このうちVEGFR-1及びVEGFR-2は血管内皮細胞に発現する。抗体11はこれらを認識する抗体であればよい。VEGFRはVEGFR-2であることが好ましい。言い換えると抗体11は抗VEGFR-2抗体であることが好ましい。なお抗体は血管内皮細胞増殖因子(VEGF)とVEGFRとの結合に対する拮抗作用を有していてもよく、拮抗作用を有していなくてもよい。一例において抗体11はラムシルマブ(Ramucirumab、IMC-1121B)である。ラムシルマブはVEGFとVEGFR-2との結合に対する競合的結合阻害作用を有する。
【0014】
[2.光増感性の付与]
【0015】
図1に示すようにコンジュゲート10において光増感剤12が抗体11に結合している。抗体11と光増感剤12とは共有結合性の結合をしている。図の例示では光増感剤12がリンカー13を介して抗体11の重鎖の定常領域(C
H領域)のC
H2に結合している。他の観点においてコンジュゲート10は光増感剤で修飾された抗体である。共有結合性の結合は非共有結合性の結合に置き換えてもよい。例えば部位特異的な抗体結合ペプチドに対して光増感剤12を結合させた上で、この抗体結合ペプチドを抗体11の特定部位に結合させてもよい。
【0016】
図1において単一の分子であるコンジュゲート10の全体から見れば、光増感剤12の部分は原子団と解釈される。またコンジュゲート10自体を光増感剤と解釈することもできる。しかしながら本明細書では説明を簡便にするため、この原子団の部分に範囲を限定して、これを単に光増感剤と呼ぶものとする。
【0017】
図1に示す光増感剤12は所定の吸収波長域を有する。この吸収波長域は赤色光線から近赤外光線にかけた波長域に重なる。赤色光線から近赤外光線にかけた波長域は、波長650~850nmの波長域であることが好ましい。
【0018】
係る波長域が選ばれる理由は生体内の物質に依拠する。生体内にはコラーゲン、ヘモグロビン、水といった光の吸収物質がある。上記波長域の光線は、他の波長域の光線に比べてこれらに吸収される割合が小さい。このことを指して“NIR window”と呼ばれることがある。さらに近赤外光線は生体に対して及ぼす害が小さいながらも、生体の深部に届きやすい。なおこれらの説明は光増感剤12の物性の説明であって、後述する照射用の光線の波長を狭く解釈するものではない。
【0019】
技術分野によっては波長650~850nmの波長域には近赤外光線のみならず、可視光線が含まれるものと解釈される場合がある。これは係る波長域が近赤外光線と可視光線との間の接続領域であるためである。しかしながらこのような波長域の光が赤外線であるか可視光線であるかの厳密な区別は発明の本質と強く関連しない。本実施形態ではコンジュゲートが励起光を照射されることで光増感作用を発揮する際、励起光の中に近赤外光線の他に赤い可視光線が成分として含まれていてもよいものとする。
【0020】
図1に示す光増感剤12は蛍光団又は発色団でもよい。本実施形態において光増感剤12が波長650~850nmの波長域に蛍光を発したとしてもかかる蛍光は積極的に用いられない。光増感剤12が光増感作用21を有していることで、励起光20の有する光エネルギーを間質細胞16に対するダメージに変換できればよい。光増感剤12が光エネルギーを間質細胞16に対するダメージに変換できる割合が高いほどよい。またその分、蛍光として患部から出ていくエネルギーが減ってもよい。これらの観点から光増感剤を選別してもよい。
【0021】
図1に示す光増感剤12はケイ素フタロシアニン錯体部分(原子団)を有する。光増感剤12は下記式で表されるIRDye700DX、略称IR700が好ましい。なお「IRDye」は商標である。
【0022】
【0023】
IR700は例えばLI-COR社から下記式に示すNHSエステルとして提供されている。NHSエステルは例えば抗体の定常領域に位置するアミノ基を容易に標識することが出来る。
【0024】
【0025】
光増感剤12に応用され得る他の光増感剤又は光増感剤の有する構造としては、ポルフィリンやポルフィリン骨格を有する誘導体や、フタロシアニンやフタロシアニン骨格を有する誘導体が挙げられる。IR700と類似する構造を有するナフタロシアニンが挙げられる。光増感剤は光線力学的療法(PDT)に用いられるポルフィリン系の誘導体でもよい。ポルフィリン系の誘導体の例としてクロリンe6、プロトポルフィリン及びヘマトポルフィリン誘導体(HpD)が挙げられる。
【0026】
[3.治療剤の製造]
【0027】
治療剤にはコンジュゲートが含まれている。一態様において治療剤は光感受性新生血管阻害薬である。治療剤には薬学的に許容されるキャリアが含まれる。薬学的に許容される流体及び生理学的に許容される流体を、ビヒクルとして非経口製剤の調製に用いてもよい。ビヒクルの例は、水、生理食塩液、平衡塩類溶液、水性デキストロース、又はグリセロールである。湿潤剤、乳化剤、防腐剤、及びpH緩衝剤などをさらに添加してもよい。添加例としては酢酸ナトリウムやソルビタンモノラウレートである。
【0028】
[4.治療剤の使用法]
【0029】
<投与>
【0030】
上述のコンジュゲートは光免疫療法(Photo-immunotherapy、PIT)、特に近赤外光線免疫療法(Near Infrared-PIT, NIR-PIT)における使用に適している。本実施形態の治療剤はコンジュゲートを含有する。治療剤は新生血管を伴う患部の治療に用いる。治療は光免疫療法によって行われる。まず治療にあたり患者に治療剤を投与する。
【0031】
投与経路として、局所経路、注射(皮下注射、筋肉内注射、皮内注射、腹腔内注射、腫瘍内注射、及び静脈内注射など)、経口経路、眼経路、舌下経路、直腸経路、経皮経路、鼻腔内経路、膣経路、及び吸入経路が挙げられるがこれらに限定されない。
【0032】
静脈内投与であれば、コンジュゲートは血中を巡り患部に到達する。投与により患部に位置する新生血管に対してコンジュゲートを特異的に結合させる。結合は間質細胞16の表面の標的分子17と抗体11との間の抗原抗体反応によって行われる。結合の結果コンジュゲートは拡散せずに患部に局在するようになる。
【0033】
<照射>
【0034】
本実施形態のコンジュゲートを含む治療剤は一種の分子標的治療薬であるが、このコンジュゲートは腫瘍細胞に対して特異的ではない。コンジュゲートは腫瘍外の他の組織の細胞上の標的分子に結合している場合がある。さらに特異性を高めるために照射部位を限定する。
【0035】
図1に示すようにコンジュゲート10の結合した腫瘍15を狙い撃ちにして励起光20を照射する。間質細胞16は腫瘍15内の間質として存在する。間質細胞16の周りには腫瘍細胞18がある。なお図は模式的なものであり腫瘍や新生血管の組織学的な特徴は表していない。
【0036】
図1において、励起光20を受けた光増感剤12は励起される。励起された光増感剤12が光増感作用21を発揮することで、間質細胞16にダメージを与える。光増感作用21は腫瘍細胞18に対して与えられてもよい。光増感作用21は必ずしも電磁波とは限らない。励起光20として波長650~900nmの、好ましくは660~740nm、さらに好ましくは660~710nmの光線を照射する。波長は680nmでもよい。
【0037】
図1に示す励起光20の照射線量は好ましくは1(J/cm
2)以上であり、さらに好ましくは10~500(J/cm
2)である。照射線量は20、30、40、50、60、70、80、90、100、200、300及び400(J/cm
2)のいずれかでもよい。励起光20の光源はLEDでもよい。
【0038】
1回のコンジュゲートの投与後に、1回又は2回以上の照射をしてもよい。照射は2、3、4、5、6、7、8、9、又は10回でもよい。コンジュゲートの投与は2回以上行ってもよい。2回目以降のコンジュゲートの投与後の照射回数も1回又は2回以上でよい。
【0039】
<ダメージの範囲>
【0040】
本実施形態において標的となる患部は新生血管を伴う腫瘍である。腫瘍の治療に際しては、腫瘍に付随する新生血管の血管内皮細胞を標的としてコンジュゲートを結合させる。次にコンジュゲートが結合した細胞に対して励起光を照射する。このような細胞はしばしば腫瘍の間質として存在している。したがって励起光は腫瘍細胞に対しても照射され得る。ダメージは新生血管に対して特異的に光増感作用により与えられる。新生血管に対するダメージは新生血管に支えられている腫瘍細胞の生存にも影響を与えると考えられる。
【0041】
<追加的コンジュゲート>
【0042】
治療剤にはさらに追加的コンジュゲートが含有されてなる混合治療剤でもよい。追加的コンジュゲートは腫瘍細胞の表面抗原に特異的な抗体から構成される。係る抗体に対して光増感剤が共有結合性の結合をしている。光増感剤は赤色光線から近赤外光線にかけた波長域(波長650~850nm)に吸収波長域が重なる。抗体はトラスツズマブ(Trastuzumab)でもよい。光増感剤はIR700でもよい。コンジュゲートは実施例で説明するTra-IR700でもよい。共有結合性の結合は非共有結合性の結合に置き換えてもよい。例えば部位特異的な抗体結合ペプチドに対して光増感剤を結合させた上で、この抗体結合ペプチドをトラスツズマブ等の抗体の特定部位に結合させてもよい。
【0043】
例えば混合治療剤によってTra-IR700などの他の光増感性のコンジュゲートをRam-IR700と同時投与することができる。この場合、これらのコンジュゲートへの照射は一まとめに行うことが出来る。ただしこれらのコンジュゲートは必ずしも同時に投与しなくてもよい。また励起光の照射は各コンジュゲートを含む各治療剤の投与ごとに時期をずらして行ってもよい。
【0044】
<他の療法の併用>
【0045】
光免疫療法の後にはさらに、腫瘍に対して化学療法を適用してもよく、しなくてもよい。化学療法のための治療剤には、腫瘍細胞を標的とした化学療法剤、及び抗脈管形成剤などの抗新生物剤が挙げられる。化学療法免疫抑制剤(リツキシマブ、ステロイドなど)、またはサイトカイン(GM-CSFなど)も挙げられる。化学療法剤に関して以下を参照されたい。
【0046】
化学療法剤には、カルボプラチン、シスプラチン、パクリタキセル、ドセタキセル、ドキソルビシン、エピルビシン、トポテカン、イリノテカン、ゲムシタビン、チアゾフリン(iazofurine)、ゲムシタビン、エトポシド、ビノレルビン、タモキシフェン、バルスポダール、シクロホスファミド、メトトレキサート、フルオロウラシル、ミトキサントロン、ドキシル(リポソームに封入されたドキソルビシン(doxiorubicine))、及びビノレルビンが挙げられるがこれらに限定されない。
【0047】
本実施形態では、コンジュゲートを含む治療剤とその他の化学療法のための治療剤とを組み合わせた処方として提供される。係る処方を用いる際は光免疫療法によりダメージを与えられた腫瘍に、さらに上述の化学療法のための治療剤を接触させる。処方はコンジュゲートを含む治療剤とその他の化学療法のための治療剤との組み合わせ剤として提供されてもよい。
【0048】
なお化学療法は、光免疫療法の前に行ってもよく、同時期に平行して行ってもよい。さらに手術、放射線療法、及び粒子線療法をこれらと組み合わせてもよい。
【0049】
<腫瘍の種類>
【0050】
本実施形態の光免疫療法で処置される腫瘍には、乳癌(例えば、小葉癌及び腺管癌)、肉腫、肺癌(例えば、非小細胞癌、大細胞癌、扁平上皮癌、及び腺癌)、肺中皮腫、結腸直腸腺癌、胃癌、前立腺癌、卵巣癌(漿液性嚢胞腺癌及びムチン性嚢胞腺癌など)、卵巣胚細胞腫瘍、精巣癌、及び精巣胚細胞腫瘍、膵臓腺癌、胆管腺癌、肝細胞癌、膀胱癌(例えば、移行上皮癌、腺癌、及び扁平上皮癌を含めた)、腎細胞腺癌、子宮内膜癌(例えば、腺癌及び混合型ミュラー腫瘍(癌肉腫)を含めた)、子宮内頸部の癌、子宮外頸部の癌、及び膣癌(これらの各々の腺癌及び扁平上皮癌など)、皮膚の腫瘍(例えば、扁平上皮癌、基底細胞癌、悪性黒色腫、皮膚付属器腫瘍(skin appendage tumor)、カポジ肉腫、皮膚リンパ腫、皮膚付属器腫瘍(skin adnexal tumor)、ならびに様々な種類の肉腫及びメルケル細胞癌)、食道癌、鼻咽頭癌及び口腔咽頭癌(これらの扁平上皮癌及び腺癌を含めた)、唾液腺癌、脳腫瘍及び中枢神経系腫瘍(例えば、神経膠、神経細胞、及び髄膜を起源とする腫瘍を含めた)、末梢神経腫瘍、軟組織肉腫及び骨肉腫及び軟骨肉腫などの固形腫瘍、ならびにリンパ腫瘍(B細胞悪性リンパ腫及びT細胞悪性リンパ腫を含めた)が含まれていてもよい。一例では、腫瘍が、腺癌である。リンパ腫を含めて、これらの腫瘍には新生血管が関与する。また所定の腫瘍に対して、新生血管を標的としないコンベンショナルなPITの効果が確認されている場合には、本実施形態の光免疫療法で処置される腫瘍に当該腫瘍が含まれてもよい。
【0051】
<治療有効量>
【0052】
治療にあたってコンジュゲートの治療有効量を推定する必要がある。治療有効量は治療剤単独で、又は(1若しくは複数の)さらに他の治療剤と共に、処置される患者体又は患部において所望の効果を達成するのに十分な治療剤の量である。治療有効量は、処置される患者又は患部、コンジュゲートの種類、及び投与方法といった複数の因子に依存してもよい。
【0053】
治療有効量は、疾患の進行を遅延させるか、もしくは疾患の退縮を引き起こすのに十分な量である。疾患ががんであれば、がんの転移を防止するのに十分な量としてもよい。また疾患により引き起こされる症状を軽減するできる量である。あるいは疾患ががんであれば、腫瘍を有する患者の生存期間を延長するのに十分な量をいう。
【0054】
疾患の退縮について次の通り考えてもよい;光免疫療法後の腫瘍のサイズが、コンジュゲートの非存在下における光免疫療法後の腫瘍のサイズと比較して、例えば、少なくとも20%、少なくとも50%、少なくとも80%、少なくとも90%、少なくとも95%、少なくとも98%、又は100%低減したこと。
【0055】
疾患の退縮について次の通り考えてもよい。光免疫療法後の腫瘍の細胞数が、コンジュゲートの非存在下における光免疫療法後の腫瘍の細胞数と比較して、少なくとも20%、少なくとも50%、少なくとも60%、少なくとも70%、少なくとも80%、少なくとも90%、少なくとも95%、少なくとも98%、又は100%死滅したこと。
【0056】
生存期間の延長について次の通り考えてもよい。光免疫療法後の生存期間が、コンジュゲートの非存在下における光免疫療法後の生存期間(100%)と比較して、さらに少なくとも20%、少なくとも50%、少なくとも60%、少なくとも70%、少なくとも80%、少なくとも90%、少なくとも95%、少なくとも98%、又は少なくとも100%長いことである。
【0057】
事前に決定した一般的な治療有効量に関わらず、個々の患者における治療有効量は患者のコンディションに応じて変化する。個々の治療における有効量は患者に対する投与量を変化させることで、腫瘍の退縮具合などを観察することにより決定してもよい。個々の治療における有効量を、イムノアッセイその他の測定試験を介して決定してもよい。
【0058】
治療剤は治療有効量を投与するために、単回投与で投与してもよく、複数回投与で投与してもよい。
【0059】
コンジュゲートの治療有効量は例えば体重60キログラム当たり少なくとも0.5mg/kg、少なくとも5mg/60kg、少なくとも10mg/60kg、少なくとも20mg/60kg、少なくとも30mg/60kg、少なくとも50mg/60kgである。静脈内投与では、例えば0.5~50mg/60kgである。用いる量は1mg/60kg、2mg/60kg、5mg/60kg、20mg/60kg、又は50mg/60kgでもよい。
【0060】
コンジュゲートの治療有効量は、体重を基準として、少なくとも10μg/kg、少なくとも100μg/kg、少なくとも500μg/kg又は少なくとも500μg/kgである。腹腔内投与では、例えば10μg/kg~1000μg/kgである。用いる量は例えば100μg/kg、250μg/kg、約500μg/kg、750μg/kg、又は1000μg/kgでもよい。
【0061】
<変形例>
【0062】
なお、本発明は上記実施の形態に限られたものではなく、趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更することが可能である。上記実施形態ではヒトの患者の患部を例にして説明した。患者は哺乳動物に置き換えてもよい。患部はin vitro又はin vivoの人工的な培養組織に置き換えてもよい。
【0063】
また上記実施形態では患部として腫瘍を中心に説明した。新生血管を伴う患部の他の一例は脈絡膜新生血管を伴う加齢黄斑変性を起こした黄斑部である。黄斑部に生じた変性部位に対して上述の腫瘍と同様に、上述の光免疫療法によってダメージをあたえてもよい。加齢黄斑変性の治療に際しては、変性部位中の新生血管の血管内皮細胞にコンジュゲートを結合させる。次に変性部位に対して励起光を照射する。
【0064】
他の疾患の一例は未熟児網膜症や増殖性糖尿病網膜症である。これらの疾患では網膜において新生血管が増殖する病態が見られる。このため、これらの疾患は失明を引き起こすことがある。この病態の見られる網膜に対して上述の腫瘍と同様に、上述の光免疫療法によってダメージをあたえてもよい。これらの疾患の治療に際しては、病態の見られる部位の新生血管の血管内皮細胞にコンジュゲートを結合させる。次にその部位に対して励起光を照射する。
【実施例】
【0065】
<1.合成>
【0066】
ラムシルマブに対してIRDye700DXのNHSエステル(LI-COR社)を反応させることでコンジュゲートを作成した。本実施例ではかかるコンジュゲートをRam-IR700と称する。同様にHER2特異的な抗体であるトラスツズマブのコンジュゲートを得た。これをTra-IR700と称する。
【0067】
<2.動物試験>
【0068】
図2には腫瘍を生じたモデルマウスが示されている。モデルマウスは以下の通り作製した。6週齢メスのヌードマウスに対してHER2陽性細胞株であるNCI-N87ヒト胃癌細胞株を5×10
6個皮下移植した。1-2週の経過観察によってマウス皮下腫瘍モデルが得られた。
【0069】
図2ではTra-IR700及びRam-IR700をモデルマウスに対して以下の通り静脈内投与(i.v.)した。100ugのTra-IR700コンジュゲート、100ugのRam-IR700コンジュゲート、又は両者(計200μg)をマウス尾静脈より投与した。
【0070】
図2ではモデルマウス体内におけるTra-IR700及びRam-IR700の局在は以下の通り観察した。コンジュゲートの標的腫瘍に対する選択的な局在は、小動物イメージングシステムを用いてIR700のシグナルを経時的に計測することで確認した。
【0071】
図2における観察の結果は以下の通りであった。NCI-N87細胞株の皮下腫瘍では時間の経過につれてTra-IR700が分子標的に対して選択的に局在するようになることが認められた。さらにNCI-N87細胞株の皮下腫瘍では時間の経過につれてRam-IR700が分子標的に対して選択的に局在するようになることが認められた。先にも述べたとおりRam-IR700を構成する抗体(ラムシルマブ)は腫瘍新生血管に発現したVEGFR-2を分子標的として選択的に結合する。
【0072】
図3にはTra-IR700及びRam-IR700の放射効率(radiant efficiency)のグラフが示されている。各曲線の表すところは以下の通りである。NCI-N87腫瘍におけるTra-IR700およびRam-IR700の選択的な局在のシグナルは、試薬の静脈投与後1-2日でピークとなった。局在のシグナルはその後経時的に減少した。また、Tra-IR700およびRam-IR700を併用して静脈投与するとIR700の局在のシグナルは相加的に増加した。
【0073】
図4にはモデルマウスが示されている。
図2と異なる点は以下の通りである。ヌードマウスの右後肢に対してHER2を発現したNCI-N87細胞株を、同じヌードマウスの左後肢に対してHER2を発現しないA431細胞株を移植した。Tra-IR700およびRam-IR700の分子標的に対する選択性をIR700のシグナル計測にて評価した。Tra-IR700はHER2分子に対して選択的に局在した。これに対して、Ram-IR700はどちらの腫瘍に対しても局在した。これらの細胞から形成される腫瘍には通常、新生血管が生じる。実験結果はRam-IR700が新生血管に対して選択的であるとともに、腫瘍に対しても選択的であることを示している。
【0074】
図5A及びBにはモデルマウスから採取した腫瘍の組織切片の蛍光観察像が示されている。細胞がいずれの場所にあるかはDAPI(4',6-diamidino-2-phenylindole)のシグナルで確認した。図に示すようにラムシルマブ(Ram-Alexa488)と、トラスツズマブ(Tra-Cy5)の染色像はあまり重なっていない。このためラムシルマブはトラスツズマブと異なり、腫瘍細胞の間に位置する間質に対して特異的に結合することが分かる。
【0075】
図6は腫瘍の大きさの時間変化を表すグラフである。キャリアのみの投与、Tra-IR700単独投与、Ram-IR700単独投与、並びにTra-IR700及びRam-IR700の混合投与の各ケースが示されている。また励起光として近赤外光線(NIR)を照射した場合としなかった場合とで分けられている。
【0076】
図6に示すデータの検定は以下の通り行った。担癌マウスは治療介入時にランダマイズされるとともに各群10匹ずつ用意された。腫瘍体積の計測は週3回行った。治療群のデータはMann-WhitneyのU検定によって非治療群(control)のデータと比較した。Ram-IR700を単独投与した群であって近赤外光照射処置をした群において腫瘍増大に対する抑制効果のあることが分かった。Ram-IR700を投与したが、近赤外光照射処置をしなかった群では有意な治療効果は得られなかった。また近赤外光照射処置を行った場合には、混合投与によりTra-IR700単独投与の時よりも高い抑制効果が得られた。
【0077】
図7は
図6に示した各ケースのマウスの生存曲線を示している。データの検定はlog rank検定により行った。Ram-IR700の投与に光照射を加えた群では無治療の群(control)よりも有意な生存期間の延長が見られた。光照射を加えた各群ではRam-IR700単独投与でも生存性が高まった。また光照射を加えた各群では混合投与によりTra-IR700単独投与のケースよりも生存性が高まった。
【0078】
図8A及びBは光免疫療法後の腫瘍組織の明視野観察像である。PIT直後の腫瘍組織内における血管構造の変化をCD-31免疫染色によって評価した。具体的な方法は以下の通りであった。PIT処置後24時間後に腫瘍を摘出し、パラフィン包埋された切片に対して抗マウスCD31抗体(Dianova, DIA-310)を4度で12時間反応させた。その後ImmPRESS HRP 抗ラット IgG抗体(Vector Lab.)を室温で30分反応させた。その後、ImmPACT DAB Peroxidase Substrate Kit (Vector)でCD31陽性細胞を可視化させた。“control”は非治療コントロール、“Tra-IR700+NIR 100J/cm
2”はTraIR700投与と近赤外光照射との組み合わせ、RamはRamIR700投与のみ、“Ram-IR700+NIR 100J/cm
2”はRamIR700投与と近赤外光照射との組み合わせをそれぞれ表す。
【0079】
図9は
図8A及びBに示した微小血管の密度を表すグラフである。評価方法は以下の通りである。腫瘍切片スライド内の最も血管密度が高い領域5領域を目視によって選抜した。これらの領域にてCD31染色陽性の血管数を200倍の視野で測定した。Studentのt検定によって非治療コントロール(control)と比較した時の血管密度の変化を評価した。
【0080】
図9に示すようにRamIR700投与と近赤外光照射との組み合わせでは腫瘍内新生血管の減少を認めた。これに対して、RamIR700投与のみやTraIR700と近赤外光照射との組み合わせでは統計学的に有意な新生血管の減少は認めなかった。
【0081】
以上よりRam-IR700は新生血管を伴う腫瘍に対する光免疫療法に適したコンジュゲートであることが示された。
【0082】
<3.抗体の交差性の考慮>
【0083】
上記の例ではラムシルマブ(Ram-Alexa488)は抗ヒト型VEGFR-2抗体である。抗体の交差性及び特異性を考慮するために、コンジュゲートの抗体を抗マウス型VEGFR-2抗体(DC101)に代えて同様の試験を行った。
【0084】
図10A及びBは腫瘍を生じたモデルマウスを示している。Tra-IR700及びDC101-IR700をモデルマウスに対してそれぞれ100ugずつ静脈内投与(i.v.)した。モデルマウス体内におけるTra-IR700及びDC101-IR700の局在は
図2と同様に検出した。
【0085】
図10A及びBが示すように、NCI-N87細胞株により生じた皮下腫瘍に対して、Tra-IR700が分子標的を目印に選択的に局在することが認められた。またNCI-N87細胞株により生じた皮下腫瘍に対して、DC101-IR700が分子標的を目印に選択的に局在することが認められた。先にも述べたとおりDC101-IR700を構成する抗体はマウスのVEGFR-2を分子標的として選択的に結合する。
【0086】
図11はTra-IR700及びDC101-IR700の放射効率(radiant efficiency)のグラフを示す。NCI-N87腫瘍におけるTra-IR700およびDC101-IR700の選択的な局在のシグナルは、試薬の静脈投与後1-2日でピークとなった。局在のシグナルはその後経時的に減少した。
【0087】
図12は腫瘍の大きさの時間変化を表すグラフである。キャリアのみの投与、Tra-IR700単独投与、DC101-IR700単独投与の各ケースが示されている。また励起光として近赤外光線(NIR)を照射した場合としなかった場合とで分けられている。
【0088】
図12に示すデータの検定は
図6と同様に行った。DC101-IR700を投与した群であって近赤外光照射処置をした群において腫瘍増大に対する抑制効果のあることが分かった。DC101-IR700を投与したが、近赤外光照射処置をしなかった群では有意な治療効果は得られなかった。
【0089】
以上よりDC101-IR700はRam-IR700と同様に、新生血管を伴う腫瘍に対する光免疫療法に適したコンジュゲートであることが示された。またヒトとマウスとの間における抗VEGFR-2抗体の交差性及び特異性を考慮した上でも、
図2~
図9に表された各実験が抗体コンジュゲートの治療上の有効性をサポートしていることが示された。
【0090】
この出願は、2018年3月9日に出願された日本出願特願2018-042803を基礎とする優先権を主張し、その開示の全てをここに取り込む。
【符号の説明】
【0091】
10 コンジュゲート、 11 抗体、 12 光増感剤、 13 リンカー、 15 腫瘍、 16 間質細胞、 17 標的分子、 18 腫瘍細胞、 20 励起光、 21 光増感作用