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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-24
(45)【発行日】2023-02-01
(54)【発明の名称】摺動部材
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/20 20060101AFI20230125BHJP
   F16C 17/02 20060101ALI20230125BHJP
   F16C 33/10 20060101ALI20230125BHJP
   F16C 3/06 20060101ALI20230125BHJP
   F16C 9/02 20060101ALI20230125BHJP
【FI】
F16C33/20 A
F16C17/02 Z
F16C33/10 Z
F16C3/06
F16C9/02
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2018235152
(22)【出願日】2018-12-17
(65)【公開番号】P2020097950
(43)【公開日】2020-06-25
【審査請求日】2021-06-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000207791
【氏名又は名称】大豊工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000660
【氏名又は名称】Knowledge Partners弁理士法人
(74)【代理人】
【識別番号】100167254
【弁理士】
【氏名又は名称】後藤 貴亨
(72)【発明者】
【氏名】松本 慎司
(72)【発明者】
【氏名】壁谷 泰典
【審査官】日下部 由泰
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/111774(WO,A1)
【文献】特開2011-79921(JP,A)
【文献】特開2011-127015(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 33/20, 3/06, 9/02,17/02,33/10
C10M 169/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基層と、前記基層上に形成された樹脂被覆層とを備える摺動部材であって、
前記樹脂被覆層は、
バインダーとしてのポリアミドイミド樹脂と、
二硫化モリブデン粒子と、
前記二硫化モリブデン粒子の総体積の0.35倍以上かつ0.8倍以下の総体積を有する硫酸バリウム粒子と
みからなる摺動部材。
【請求項2】
前記硫酸バリウム粒子の平均粒径は、0.3μm以上かつ0.7μm未満である、
請求項1に記載の摺動部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、樹脂被覆層を有する摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
樹脂バインダー中に調整粒子と板状固体潤滑剤を含有させたすべり軸受が知られている(特許文献1、参照。)。特許文献1において、調整粒子によってクラックをせき止めるとともに、板状固体潤滑剤によって耐焼付き性を向上させることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2013-72535号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1において、異物によって傷が形成されると、傷の周囲にて焼付きが発生しやすくなるという問題があった。すなわち、異物によって傷が形成されると、傷の周囲が盛り上がって凸部が形成され、凸部にて集中して生じた摩擦熱によって焼付きが生じやすくなるという問題があった。
本発明は、前記課題にかんがみてなされたもので、傷が形成されても高い耐焼付き性を発揮できる技術を提供することを目的とする。
【0005】
前記の目的を達成するため、本発明の摺動部材は、基層と、基層上に形成された樹脂被覆層とを備える摺動部材であって、樹脂被覆層は、バインダーとしてのポリアミドイミド樹脂と、二硫化モリブデン粒子と、二硫化モリブデン粒子の総体積の0.35倍以上かつ0.8倍以下の総体積を有する硫酸バリウム粒子と、不可避不純物と、からなるように構成される。
【0006】
硫酸バリウム粒子の総体積を、二硫化モリブデン粒子の総体積の0.35倍以上かつ0.8倍以下とすることにより、樹脂被覆層に含まれていた硫酸バリウム粒子が相手材に移着しやすくなると考えられる。硫酸バリウムを相手材に移着させることにより、相手材を硫酸バリウムによってコーティングすることができる。さらに、硫酸バリウムが移着した箇所においては、相手材に潤滑油の成分も移着しやすくなることも確認できた。そのため、異物によって形成された傷の付近に凸部が形成されたとしても、当該凸部にて焼付きが発生する可能性を低減できる。
【0007】
さらに、硫酸バリウム粒子の平均粒径は、0.3μm以上かつ0.7μm未満であってもよい。硫酸バリウム粒子の平均粒径を0.3μm以上かつ0.7μm未満とすることにより、相手軸との間の摩擦抵抗を低減できることが確認できた。また、硫酸バリウム粒子の平均粒径を0.3μm以上かつ0.7μm未満とすることにより、表面の平滑性を向上できることが確認できた。さらに、耐焼付き性向上の面において硫酸バリウム粒子の平均粒径を0.3μm以上かつ0.7μm未満とするのが最適であることが確認できた。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本発明の実施形態にかかる摺動部材の斜視図である。
図2図2A図2Bはオーバーレイの断面模式図である。
図3】往復摺動試験の模式図である。
図4】相手材に移着した元素のマップである。
図5図5A図5Cは移着量のグラフである。
図6図6A図6Cは摩擦係数のグラフである。
図7図7A図7Cは摩擦抵抗低減率のグラフである。
図8図8A図8CはRpk(0.08)のグラフである。
図9図9A図9CはRa(0.8)のグラフである。
図10図10A図10Cは配向率のグラフである。
図11図11A図11Bは焼付き面圧のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
ここでは、下記の順序に従って本発明の実施の形態について説明する。
(1)摺動部材の構成
(2)摺動部材の製造方法:
(3)実験結果:
(4)他の実施形態:
【0010】
(1)摺動部材の構成:
図1は、本発明の一実施形態にかかる摺動部材1の斜視図である。摺動部材1は、裏金10とライニング11とオーバーレイ12とを含む。摺動部材1は、中空状の円筒を直径方向に2等分した半割形状の金属部材であり、断面が半円弧状となっている。2個の摺動部材1を円筒状になるように組み合わせることにより、すべり軸受Aが形成される。すべり軸受Aは内部に形成される中空部分にて円柱状の相手材2(エンジンのクランクシャフト)を軸受けする。相手材2の外径はすべり軸受Aの内径よりもわずかに小さく形成されている。相手材2の外周面と、すべり軸受Aの内周面との間に形成される隙間に潤滑油(エンジンオイル)が供給される。その際に、すべり軸受Aの内周面上を相手材2の外周面が摺動する。
【0011】
摺動部材1は、曲率中心から遠い順に、裏金10とライニング11とオーバーレイ12とが順に積層された構造を有する。従って、裏金10が摺動部材1の最外層を構成し、オーバーレイ12が摺動部材1の最内層を構成する。裏金10とライニング11とオーバーレイ12とは、それぞれ円周方向において一定の厚みを有している。例えば、裏金10の厚みは1.1mm~1.3mmとされ、ライニング11の厚みは0.2mm~0.4mmとされる。例えば、裏金10は例えば鋼によって形成される。ライニング11は、例えばAl合金やCu合金によって形成される。裏金10は省略されてもよい。
【0012】
オーバーレイ12の厚みは、6μmとなっている。なお、オーバーレイ12の厚みは、2~15μmであってもよく、3~9μmが望ましい。以下、内側とは摺動部材1の曲率中心側を意味し、外側とは摺動部材1の曲率中心と反対側を意味することとする。オーバーレイ12の内側の表面は、相手材2の摺動面を構成する。
【0013】
図2Aは、オーバーレイ12の断面模式図である。オーバーレイ12は、ライニング11の内側の表面上に積層された層であり、本発明の樹脂被覆層を構成する。オーバーレイ12は、バインダー樹脂12a(グレー)と二硫化モリブデン粒子12b(黒丸)と硫酸バリウム粒子12c(白丸)と不可避不純物とからなる。バインダー樹脂12aは、ポリアミドイミド樹脂である。
【0014】
本実施形態において、オーバーレイ12における二硫化モリブデン粒子12bの総体積の体積分率は30体積%であり、硫酸バリウム粒子12cの総体積の体積分率は15体積%である。二硫化モリブデン粒子12bは、硫酸バリウム粒子12cの総体積の0.5倍の総体積を有する。バインダー樹脂12aと二硫化モリブデン粒子12bの総体積と硫酸バリウム粒子12cの総体積とは、混合する前に計測したバインダー樹脂12aと二硫化モリブデン粒子12bと硫酸バリウム粒子12cの質量と、これらの比重とに基づいて算出したものである。
【0015】
二硫化モリブデン粒子12bの平均粒径は1.4μmであり、硫酸バリウム粒子12cの平均粒径は0.6μmである。二硫化モリブデン粒子12bは、硫酸バリウム粒子12cの平均粒径の2.33倍の平均粒径を有する硫酸バリウム粒子12cと二硫化モリブデン粒子12bの平均粒子径は、マイクロトラック・ベル社のMT3300IIによって計測したものである。以下、二硫化モリブデン粒子12bの平均粒径を硫酸バリウム粒子12cの平均粒径で除算した値を平均粒径比と表記する。二硫化モリブデン粒子12bは層状の粒子であり、硫酸バリウム粒子12cは塊状の粒子である。オーバーレイ12は、重ね塗りされた2層の塗布層(最表層L1,内層L2)によって構成され、最表層L1,内層L2の膜厚はそれぞれ3μmとなっている。
【0016】
以上説明した本実施形態のオーバーレイ12を平板上に被覆した試料を作成し、RpkとRaと配向率と移着量と摩擦係数と摩擦抵抗低減率と焼付き面圧とを計測した。
RpkとRaとは、それぞれJIS B0671-2002とJIS B0601-2001の表面粗さであり、オーバーレイ12の表面(摺動面)の表面粗さである。カットオフ値λcを0.08mmとした場合のRpk(0.08)は0.162μmであり、カットオフ値λcを0.8mmとした場合のRa(0.8)は0.151μmであった。RpkとRaは、小坂研究所社のサーフコーダSE-3400によって計測した。カットオフ値λcを0.08mmとすることにより、ライニング11表面に形成した約0.08mm周期の溝のうねりの影響を除去した粗さを示すRpk(0.08)を得ることができる。
【0017】
本実施形態のオーバーレイ12における二硫化モリブデンの{002}{004}{008}の配向率は87%であった。また、本実施形態のオーバーレイ12における二硫化モリブデンの{002}{004}{006}{008}の配向率は89.9%であった。配向率とは、二硫化モリブデンの{002}{004}{008}または{002}{004}{006}{008}の結晶面にて生じたX線の回折電子ビームの強度の合計を、すべての結晶面にて生じた回折電子ビームの強度の合計で除算した割合である。配向率は、オーバーレイ12の表面の直交方向において{002}{004}{008}または{002}{004}{006}{008}の結晶面がどの程度偏って配向しているかを示す指標である。回折電子ビームの強度は、リガク社のSmartLabによって計測した。配向率が高いほど、二硫化モリブデン粒子12bの層方向の摺動面に対する平行度が高くなる。
【0018】
重ね塗りされた複数の塗布層のうちの最表層L1の膜厚を3μmとすることにより、最表層L1の硬化時におけるバインダー樹脂12aの収縮量を抑制することができる。従って、二硫化モリブデン粒子12bが存在する部位と、二硫化モリブデン粒子12bが存在しない部位との間の凹凸を低減できる。さらに、最表層の膜厚を二硫化モリブデン粒子12bの平均粒径の2倍以下、すなわち4μm以下(望ましくは1~2.5μm)とすることにより、層状の二硫化モリブデン粒子12bの層方向を塗布方向(摺動面の方向)に配向させることができる。
【0019】
つまり、二硫化モリブデン粒子12bの厚み方向を、塗布方向の直交方向、すなわち硬化時のバインダーの収縮方向に配向させることができる。結果として、バインダーの収縮方向における二硫化モリブデン粒子12bの厚みを抑制することができ、二硫化モリブデン粒子12bが存在する部位と、二硫化モリブデン粒子12bが存在しない部位との間の凹凸を低減できた。
【0020】
仮に、図2Bのように、オーバーレイ12を単一の塗布層によって形成すると、塗布時における二硫化モリブデン粒子12bの回転自由度が増し、二硫化モリブデン粒子12bの層方向が摺動面の直交方向に近い方向に配向し得ることとなる。これにより、摺動面の直交方向において二硫化モリブデン粒子12bとバインダー樹脂12aとの間の収縮量の差により凹凸の高さが増大してしまう。
【0021】
また、硫酸バリウム粒子12cの平均粒径を小さくしておくことにより、図2Aのように配向性を制御できない塊状または球状の硫酸バリウム粒子12cを使用した場合でも、硫酸バリウム粒子12cに起因する凹凸の量を低減できる。その結果、最表層L1の表面のRpkを低減できた。
【0022】
上述した試料に対してボールオンプレート試験機によって往復摺動試験を行うことにより、移着量と摩擦係数と摩擦抵抗低減率とを計測した。図3は、ボールオンプレート試験機100の模式図である。ボールオンプレート試験機100によって、相手材の同種の材料(JIS4805のSUJ2)で形成されたボール110に試料Sのオーバーレイ12が接した状態で、試料Sを往復移動させた。往復移動の片道距離を20mmとし、50往復まで往復摺動試験を継続した。
【0023】
また、試料Sに対してボール110から9.8Nの垂直荷重が作用するようにボール110に静荷重を作用させた。さらに、試料Sとボール110の接触点を140℃のエンジンオイル(不図示、例えば0W-20)に浸漬させた。ボール110には図示しない荷重センサが連結されており、摺動方向においてボール110に作用する摩擦力を荷重センサ(不図示)にて計測した。そして、摩擦力を垂直荷重で除算することにより摩擦係数を計測した。
【0024】
1往復目における摩擦係数は0.092であり、50往復目における摩擦係数は0.044と良好であった。また、1往復目における初期摩擦係数から50往復目における最終摩擦係数を減算した摩擦係数の減少量を、初期摩擦係数で除算した摩擦抵抗低減率は47.513%と良好であった。上述したように、最表層L1の表面のRpkが小さく滑らかな摺動面を有するため、良好な摩擦係数や摩擦抵抗低減率が得られたものと考えられる。
【0025】
50往復まで往復摺動試験を行った後、ボール110のうち試料Sが摺動した部位(100×100μmの分析範囲)に移着した各元素を定量分析した。なお、元素の量(移着量)は、日本電子社のJXA-8100によって計測した。
【0026】
図4は、試料Sが摺動したボール110上の分析範囲における定量分析の結果を示す写真である。同図において、グレーの濃淡が明るいほど、ボール110の表面に存在する各元素の量が大きいことを示す。試料Sが摺動したボール110上の部位において、紙面上下方向に連続するように3個の分析範囲を分析した。図4に示すように、試料Sに含まれる硫酸バリウム粒子12c由来のBaがボール110の表面に移着したことが確認できる。
【0027】
ここで、Baは、ボール110と潤滑油のいずれにも含まれない成分であるため、試料Sのオーバーレイ12に含まれる硫酸バリウム粒子12cの一部がボール110の表面に移着したと判断できる。同様に、硫酸バリウムを構成するOとSもボール110の表面に移着したことが確認できる。また、試料Sおよび潤滑油に含まれる二硫化モリブデンを構成するMoもボール110の表面に移着したことが確認できる。さらに、潤滑油のみに含まれるCa,Znもボール110の表面に移着したことが確認できる。ボール110の表面における移着成分(Ba,S,O,Mo,Ca,Zn)の総質量濃度が7.3質量%に達していることが分かった。これらの移着成分は、摩擦抵抗の低減や耐焼付き性の向上に寄与する成分である。移着成分の総質量の大半が硫酸バリウムの質量であると見なすことができる。
【0028】
上述した摺動部材1を形成し、図1のように実際の使用環境を模した軸受摺動試験を行うことにより、移着量と摩擦係数と摩擦抵抗低減率とを計測した。軸受摺動試験において、相手材2の材料をJIS4805のSUJ2とした。
【0029】
摺動部材1には予め周方向において直線状の傷を形成した。傷は、摺動部材1の表面が凹んでいる部位であるが、当該傷に沿って当該傷の幅方向の両側にて摺動部材1の表面が畝状に盛り上がることにより一対の凸部が形成される。この一対の凸部の幅(一方の凸部の裾の端から他方の凸部の裾の端までの長さ)と高さの平均がそれぞれ500μm,40μmとなるように傷を形成した。この凸部において、ボール110と試料Sの間の摩擦熱が集中して発生するため、焼付き面圧を低下させることとなる。
【0030】
摺動部材1と相手材2との間の相対速度を20m/sとし、摺動部材1と相手材2の間に140℃のエンジンオイル(不図示、例えば0W-20)を供給した。エンジンオイルの供給量を1L/minとした。また、摺動部材1に対して相手材2から直径方向の垂直荷重が作用するように相手材2に静荷重を作用させ、当該垂直荷重が3minごとに3kNずつ増加するようにした。そして、最終的に焼付きが生じた際の垂直荷重から焼付き面圧を導出した。その結果、86MPaと良好な焼付き面圧が得られた。相手材2に作用する摩擦力が10N以上となったことをもって、焼付きが生じたと判定した。
【0031】
以上のように、硫酸バリウム粒子12cを相手材2に移着させることにより、相手材を硫酸バリウム粒子12cによってコーティングすることができる。さらに、硫酸バリウム粒子12cが移着した箇所においては、相手材に潤滑油の成分も移着しやすくなることも確認できた。そのため、異物によって形成された傷の付近に凸部が形成されたとしても、移着成分がコーティングすることにより焼付きが発生する可能性を低減できる。その結果、良好な焼付き面圧が得られた。
【0032】
(2)摺動部材の製造方法:
摺動部材1を(a)半割基材形成工程と(b)塗布前処理工程と(c)第1塗布工程と(d)第2塗布工程と(e)乾燥工程と(f)焼成工程とを順に行うことによって形成した。ただし、摺動部材1の製造方法は前記の工程に限定されるものではない。
【0033】
(a)半割基材形成工程
半割基材形成工程は、裏金10とライニング11とが接合した基材を半割状に形成する工程である。例えば、裏金10に相当する板材上においてライニング11の材料を焼結することにより、裏金10とライニング11とが接合した基材が形成されてもよい。また、裏金10とライニング11に相当する板材を圧延によって接合することにより、裏金10とライニング11とが接合した基材が形成されてもよい。さらに、プレス加工や切削加工等の機械加工を行うことにより、裏金10とライニング11とが接合した基材を半割状に加工してもよい。
【0034】
(b)塗布前処理工程
塗布前処理工程は、ライニング11の表面に対するオーバーレイ12(樹脂被覆層)の密着性を向上させるための表面処理である。例えば、塗布前処理工程として、サンドブラスト等の粗面化処理を行ってもよいし、エッチングや化成処理などの化学処理を行ってもよい。なお、塗布前処理工程は、半割基材の油分を洗浄剤で脱脂した後に行うことが好ましい。
【0035】
(c)第1塗布工程
第1塗布工程は、ライニング11にオーバーレイ12の内層L2を塗布する工程である。第1塗布工程を行うにあたり、ポリアミドイミドのバインダー樹脂に二硫化モリブデン粒子12bと硫酸バリウム粒子12cとを混合した塗布液を調製する。また、二硫化モリブデン粒子12bと硫酸バリウム粒子12cの分散性を高めたり、塗布液の粘度を調整したりするために、必要に応じてN-メチル-2-ピロリドンやキシレン等の溶剤を用いてもよい。
【0036】
オーバーレイ12における二硫化モリブデン粒子12bの総体積の体積比が30体積%となり、硫酸バリウム粒子12cの総体積の体積比が15体積%となるように、二硫化モリブデン粒子12bと硫酸バリウム粒子12cの塗布液に混合する。また、平均粒径が1.4μmの二硫化モリブデン粒子12bと平均粒径が0.6μmの硫酸バリウム粒子12cを塗布液に混合する。
【0037】
第1塗布工程は、ライニング11の内径よりも小径の円柱状の塗布ロールに塗布液を付着させ、ライニング11の内側表面上において塗布ロールを回転させることにより行う。塗布ロールとライニング11の内側表面との間のロールギャップや塗布液の粘度を調整することにより、後述する(g)焼成工程後における膜厚が3μmとなる厚みだけ塗布液をライニング11の内側表面上に塗布してもよい。
【0038】
(d)第2塗布工程
その後、第2塗布工程において、第1塗布工程と同様に塗布液の塗布を行う。なお、第1塗布工程と第2塗布工程との間に後述する乾燥工程を行ってもよい。
【0039】
(e)乾燥工程
乾燥工程は、最表層L1と内層L2とを乾燥させる工程である。例えば、40~120℃で5~60分にわたって最表層L1と内層L2とを乾燥させる。
【0040】
(f)焼成工程
さらに例えば150~300℃で30~60分にわたって最表層L1と内層L2とを焼成(硬化)させた。
以上の工程により摺動部材1が完成する。
【0041】
(3)実験結果:
表1は、試料1~試料9について各種計測を行った結果を示す表である。試料1~試料9についての各種計測値の計測方法は、第1実施形態における各種計測値の計測方法と同じである。
【表1】
【0042】
試料1~試料9は、二硫化モリブデン粒子12bと硫酸バリウム粒子12cの平均粒径の組み合わせを異ならせたオーバーレイ12によって被覆された試料Sである。試料5は前記第1実施形態と同じである。また、二硫化モリブデン粒子12bと硫酸バリウム粒子12cの平均粒径の組み合わせ以外の構成に関して、試料1~4,6~9は前記第1実施形態と同じである。
【0043】
そのため、試料1~試料9のいずれにおいても、それぞれ厚さが3μmの最表層L1と内層L2の2層によってオーバーレイ12が形成されている。また、試料1~試料9のいずれにおいても、オーバーレイ12における二硫化モリブデン粒子12bの総体積の体積分率が30体積%となり、硫酸バリウム粒子12cの総体積の体積分率が15体積%となっている。
【0044】
図5A図5Cは、二硫化モリブデン粒子12bと硫酸バリウム粒子12cの平均粒径と移着量との関係を示すグラフである。移着量とは、往復摺動試験を行った後に試料1~試料9からボール110に移着していたBaの量である。図5A図5Cの縦軸は移着量を示す。図5Aの横軸は硫酸バリウム粒子12cの平均粒径を示し、図5Bの横軸は二硫化モリブデン粒子12bの平均粒径を示す。図5Cの横軸は平均粒径比を示す。
【0045】
図5A図5Bに示すように、二硫化モリブデン粒子12bと硫酸バリウム粒子12cの平均粒径と移着量との間の相関は弱い。一方、図5Cに示すように、平均粒径比と移着量との間には、上に凸となる関数で表現可能な相関が見られる。図5Cにてグレーで示すように、平均粒径比を1.0~2.8とすることにより、良好な移着量が得られることが分かった。さらに、表1に示すように、移着量が大きくなると良好な焼付き面圧が得られることが分かった。
【0046】
図6A図6Cは、二硫化モリブデン粒子12bの平均粒径と硫酸バリウム粒子12cの平均粒径と摩擦係数との関係を示すグラフである。図6A図6Cの縦軸は摩擦係数を示す。図7A図7Cは、二硫化モリブデン粒子12bの平均粒径と硫酸バリウム粒子12cの平均粒径と摩擦抵抗低減率との関係を示すグラフである。図6A図6Cの縦軸は摩擦抵抗低減率を示す。図6A図7Aの横軸は硫酸バリウム粒子12cの平均粒径を示し、図6B図7Bの横軸は二硫化モリブデン粒子12bの平均粒径を示し、図6C図7Cの横軸は平均粒径比を示す。
【0047】
図6Aに示すように、硫酸バリウム粒子12cの平均粒径と摩擦係数との間には下に凸となる関数で表現可能な相関が見られる。また、図7Aに示すように、硫酸バリウム粒子12cの平均粒径と摩擦抵抗低減率との間には上に凸となる関数で表現可能な相関が見られる。図6A図7Aにてグレーで示すように、硫酸バリウム粒子12cの平均粒径を0.3~0.7μmとすることにより、良好な摩擦係数と摩擦抵抗低減率とが得られることが分かった。
【0048】
図6Cに示すように、平均粒径比と摩擦係数との間には下に凸となる関数で表現可能な相関が見られる。また、図7Cに示すように、平均粒径比と摩擦抵抗低減率との間には上に凸となる関数で表現可能な相関が見られる。図6C図7Cにてグレーで示すように、平均粒径比を1.7~2.8とすることにより、良好な摩擦係数と摩擦抵抗低減率が得られることが分かった。また、図5C図6C図7Cに示されるように、Baの移着量が多くなる場合に、摩擦係数や摩擦抵抗低減率が良好となることが分かった。
【0049】
図8A図8Cは、二硫化モリブデン粒子12bの平均粒径と硫酸バリウム粒子12cの平均粒径とRpk(0.08)との関係を示すグラフである。図8A図8Cの縦軸はRpk(0.08)を示す。図9A図9Cは、二硫化モリブデン粒子12bの平均粒径と硫酸バリウム粒子12cの平均粒径とRa(0.8)との関係を示すグラフである。図9A図9Cの縦軸はRa(0.8)を示す。図8A図9Aの横軸は硫酸バリウム粒子12cの平均粒径を示し、図8B図9Bの横軸は二硫化モリブデン粒子12bの平均粒径を示し、図8C図9Cの横軸は平均粒径比を示す。
【0050】
図8A図9Aに示すように、硫酸バリウム粒子12cの平均粒径とRpk(0.08),Ra(0.8)との間には下に凸となる関数で表現可能な相関が見られる。図8A図8Aにてグレーで示すように、硫酸バリウム粒子12cの平均粒径を0.3~0.7μmとすることにより、良好なRpkが得られることが分かった。
【0051】
図9Bに示すように、二硫化モリブデン粒子12bの平均粒径とRa(0.8)との間には下に凸となる関数で表現可能な相関が見られる。図9Bにてグレーで示すように、硫酸バリウム粒子12cの平均粒径を1.2~1.6μmとすることにより、良好なRa(0.8)が得られることが分かった。
【0052】
また、図8Cに示すように、平均粒径比とRpk(0.08)との間には下に凸となる関数で表現可能な相関が見られる。図8Cにてグレーで示すように、平均粒径比を1.7~2.8とすることにより、良好なRpk(0.08)が得られることが分かった。また、良好なRpk(0.08),Ra(0.8)となる二硫化モリブデン粒子12bの平均粒径と硫酸バリウム粒子12cの平均粒径とを採用することにより、摩擦係数や摩擦抵抗低減率が良好となることが分かった。
【0053】
図10A図10Cは、二硫化モリブデン粒子12bの平均粒径と硫酸バリウム粒子12cの平均粒径と配向率との関係を示すグラフである。図10A図10Cの縦軸は配向率を示す。配向率とは、二硫化モリブデン粒子12bの層方向の摺動面に対する平行度の強さを示す指標である。図10Aの横軸は硫酸バリウム粒子12cの平均粒径を示し、図10Bの横軸は二硫化モリブデン粒子12bの平均粒径を示し、図10Cの横軸は平均粒径比を示す。
【0054】
図10Bに示すように、二硫化モリブデン粒子12bの平均粒径が大きくなるほど配向率が大きくなることが分かった。二硫化モリブデン粒子12bの平均粒径が大きくなるほど、塗布時における二硫化モリブデン粒子12bの回転自由度が低減し、層方向が摺動面と平行となるように二硫化モリブデン粒子12bが配向しやすくなるからであると考えられる。
【0055】
図10Aに示すように、硫酸バリウム粒子12cの平均粒径が小さくなるほど配向率が大きくなることが分かった。硫酸バリウム粒子12cの平均粒径が小さくなるほど、層方向が摺動面と平行となるように二硫化モリブデン粒子12bが配向することを硫酸バリウム粒子12cが妨げる可能性を低減できるからであると考えられる。図10Cに示すように、平均粒径比と配向率との間には強い一次の相関が見られる。
【0056】
【表2】
【0057】
表2は、試料11~試料20について焼付き面圧の計測を行った結果を示す表である。試料11~試料20についての各焼付き面圧の計測方法は、第1実施形態における各種計測値の計測方法と同じである。ただし、第1実施形態と同様の傷を付けた摺動部材1を使用して試験を行った焼付き面圧(傷あり焼付き面圧)と、傷を付けていない摺動部材1を使用して試験を行った焼付き面圧の双方を計測した。
【0058】
図11A図11Bは、二硫化モリブデン粒子12bの硫酸バリウム粒子12cの含有量と焼付き面圧との関係を示すグラフである。図11A図11Bの縦軸は焼付き面圧を示す。図11Aの横軸は二硫化モリブデン粒子12bの硫酸バリウム粒子12cの含有量比を示し、図11Bの横軸は二硫化モリブデン粒子12bの含有量を示す。含有量比は、硫酸バリウム粒子12cの含有量を二硫化モリブデン粒子12bで除算した比である。
【0059】
図11Aに示すように、含有量比と焼付き面圧との間には上に凸となる関数で表現可能な相関が見られる。図11Aにてグレーで示すように、含有量比を0.35~0.8とすることにより、良好な焼付き面圧が得られることが分かった。すなわち、硫酸バリウム粒子12cの総体積を、二硫化モリブデン粒子12bの総体積の0.35倍以上かつ0.8倍以下とすることにより、良好な焼付き面圧が得られることが分かった。これは、含有量比を0.35~0.8とすることにより、樹脂被覆層に含まれていた硫酸バリウム粒子が相手材に移着しやすくなったからであると考えられる。
【0060】
図11Bに示すように、二硫化モリブデン粒子12bの含有量と傷ありの焼付き面圧との間には上に凸となる関数で表現可能な相関が見られる。しかし、傷なしの焼付き面圧は、二硫化モリブデン粒子12bの含有量が大きくなるほど増大する。これにより、相手材に移着して焼付きの防止に大きく寄与しているのは、二硫化モリブデン粒子12bではなく硫酸バリウム粒子12cであることが裏付けられる。
【0061】
(4)他の実施形態:
前記実施形態においては、エンジンのクランクシャフトを軸受けするすべり軸受Aを構成する摺動部材1を例示したが、本発明の摺動部材1によって他の用途のすべり軸受Aを形成してもよい。例えば、本発明の摺動部材1によってトランスミッション用のギヤブシュやピストンピンブシュ・ボスブシュ等のラジアル軸受を形成してもよい。さらに、本発明の摺動部材は、スラスト軸受であってもよく、各種ワッシャであってもよいし、カーエアコンコンプレッサ用の斜板であってもよい。また、塗布層の層数は3層以上であってもよい。
【符号の説明】
【0062】
1…摺動部材,2…相手材,10…裏金,11…ライニング,12…オーバーレイ,12a…バインダー樹脂,12b…二硫化モリブデン粒子,12c…硫酸バリウム粒子,100…ボールオンプレート試験機,110…ボール,A…軸受,L1…最表層,L2…内層,S…試料
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
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図11