IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 昭和電工株式会社の特許一覧

特許7216873シミュレーション装置、シミュレーション方法及びシミュレーションプログラム
<>
  • 特許-シミュレーション装置、シミュレーション方法及びシミュレーションプログラム 図1
  • 特許-シミュレーション装置、シミュレーション方法及びシミュレーションプログラム 図2
  • 特許-シミュレーション装置、シミュレーション方法及びシミュレーションプログラム 図3
  • 特許-シミュレーション装置、シミュレーション方法及びシミュレーションプログラム 図4
  • 特許-シミュレーション装置、シミュレーション方法及びシミュレーションプログラム 図5
  • 特許-シミュレーション装置、シミュレーション方法及びシミュレーションプログラム 図6
  • 特許-シミュレーション装置、シミュレーション方法及びシミュレーションプログラム 図7
  • 特許-シミュレーション装置、シミュレーション方法及びシミュレーションプログラム 図8
  • 特許-シミュレーション装置、シミュレーション方法及びシミュレーションプログラム 図9
  • 特許-シミュレーション装置、シミュレーション方法及びシミュレーションプログラム 図10
  • 特許-シミュレーション装置、シミュレーション方法及びシミュレーションプログラム 図11
  • 特許-シミュレーション装置、シミュレーション方法及びシミュレーションプログラム 図12
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-24
(45)【発行日】2023-02-01
(54)【発明の名称】シミュレーション装置、シミュレーション方法及びシミュレーションプログラム
(51)【国際特許分類】
   G16C 10/00 20190101AFI20230125BHJP
   G16Z 99/00 20190101ALI20230125BHJP
【FI】
G16C10/00
G16Z99/00
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2022575403
(86)(22)【出願日】2022-08-16
(86)【国際出願番号】 JP2022030968
【審査請求日】2022-12-16
(31)【優先権主張番号】P 2021142374
(32)【優先日】2021-09-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002004
【氏名又は名称】昭和電工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】平川 皓朗
(72)【発明者】
【氏名】坂口 俊
(72)【発明者】
【氏名】奥野 好成
【審査官】宮地 匡人
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/133002(WO,A1)
【文献】特開2000-107593(JP,A)
【文献】特開2007-316976(JP,A)
【文献】三浦 隆治,化学反応過程表現機能を実装した古典分子動力学計算プログラムの開発と応用,電子情報通信学会技術研究報告 SDM2005-180~191,2005年09月30日,pp.27-29
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G16C 10/00
G16Z 99/00
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
分子動力学計算の実行中に、第1の分子を構成する原子と、第2の分子を構成する原子との間の距離を算出し、前記第1の分子と前記第2の分子とが近接しているか否かを判定する判定部と、
前記判定部により近接していると判定された場合に、前記第1の分子及び/または前記第2の分子に対して、反応確率を高めるパラメータを付与する付与部と、
前記分子動力学計算において特定された化学反応に基づいて、遷移状態における素反応を構築する素反応構築部と、
前記構築した素反応の反応速度定数を算出する反応速度定数計算部と
を有するシミュレーション装置。
【請求項2】
前記分子動力学計算の実行前に、前記付与部が前記パラメータを付与する時間間隔を設定する設定部を更に有し、
前記付与部は、前記判定部により近接していると判定された場合であって、前回の付与から、前記時間間隔が経過した場合に、前記パラメータを付与する、請求項1に記載のシミュレーション装置。
【請求項3】
前記設定部は、反応系全体の温度に影響を与えない時間間隔であって、化学反応後の分子が安定化するのに要する時間間隔を設定する、請求項2に記載のシミュレーション装置。
【請求項4】
前記分子動力学計算の実行前に、前記付与部が前記パラメータを付与しない対象を設定する設定部を更に有し、
前記付与部は、前記判定部により近接していると判定された場合であっても、前記第1の分子及び前記第2の分子の両方が、前記パラメータを付与しない対象である場合には、前記第1の分子及び前記第2の分子のいずれに対しても、前記パラメータを付与しない、請求項1に記載のシミュレーション装置。
【請求項5】
前記設定部は、前記付与部が前記パラメータを付与しない対象を、原子の種類または原子のインデックスを指定することにより設定し、
前記付与部は、前記判定部により近接していると判定された場合であっても、前記第1の分子及び前記第2の分子の両方が、前記指定された原子を含む分子である場合には、前記第1の分子及び前記第2の分子のいずれに対しても、前記パラメータを付与しない、請求項4に記載のシミュレーション装置。
【請求項6】
結合距離の範囲内に存在する原子同士を、前記第1の分子または前記第2の分子と特定する位置算出部を更に有する、請求項1に記載のシミュレーション装置。
【請求項7】
前記判定部は、前記第1の分子に含まれる原子と、前記第2の分子に含まれる原子との間の距離が、前記結合距離の所定数倍以下の場合に、前記第1の分子と前記第2の分子とが近接していると判定する、請求項6に記載のシミュレーション装置。
【請求項8】
前記分子動力学計算の実行前に、前記付与部が付与する前記パラメータを設定する設定部を更に有し、
前記付与部は、前記設定部により設定された前記パラメータに基づいて、温度に関する情報を付与する、請求項1に記載のシミュレーション装置。
【請求項9】
前記付与部は、前記設定部により設定された前記パラメータに基づいて、衝突する方向の運動エネルギを付与する、請求項8に記載のシミュレーション装置。
【請求項10】
前記設定部は、前記パラメータとして、付与する温度に関する情報を設定する、請求項8に記載のシミュレーション装置。
【請求項11】
前記設定部は、前記パラメータとして、付与する運動エネルギを設定する、請求項9に記載のシミュレーション装置。
【請求項12】
前記設定部は、前記パラメータとして、付与する並進速度を設定する、請求項9に記載のシミュレーション装置。
【請求項13】
分子動力学計算の実行中に、第1の分子を構成する原子と、第2の分子を構成する原子との間の距離を算出し、前記第1の分子と前記第2の分子とが近接しているか否かを判定する判定工程と、
前記判定工程において近接していると判定された場合に、前記第1の分子及び/または前記第2の分子に対して、反応確率を高めるパラメータを付与する付与工程と、
前記分子動力学計算において特定された化学反応に基づいて、遷移状態における素反応を構築する素反応構築工程と、
前記構築した素反応の反応速度定数を算出する反応速度定数計算工程と
を有するシミュレーション方法。
【請求項14】
分子動力学計算の実行中に、第1の分子を構成する原子と、第2の分子を構成する原子との間の距離を算出し、前記第1の分子と前記第2の分子とが近接しているか否かを判定する判定工程と、
前記判定工程において近接していると判定された場合に、前記第1の分子及び/または前記第2の分子に対して、反応確率を高めるパラメータを付与する付与工程と、
前記分子動力学計算において特定された化学反応に基づいて、遷移状態における素反応を構築する素反応構築工程と、
前記構築した素反応の反応速度定数を算出する反応速度定数計算工程と
をコンピュータに実行させるためのシミュレーションプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、シミュレーション装置、シミュレーション方法及びシミュレーションプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
分子動力学計算により反応メカニズムの解析を行うシミュレーション装置が知られている。当該シミュレーション装置によれば、分子情報や反応条件等を設定したうえで、所定のタイムステップごとに、分子動力学計算と反応生成物の特定とを行うことで、反応メカニズムを解析することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2005-34843号公報
【文献】国際公開第2016/133002号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記シミュレーション装置の場合、現実的な解析時間内で反応を促進させるためには、反応条件として、現実とかけ離れた高い温度を設定する必要があった。このため、低温では(つまり、現実には)発生しえない反応または発生しにくい反応までシミュレーション結果として出力されることとなり、反応メカニズムについて有益な解析を行うことが困難であった。
【0005】
本開示は、分子動力学計算による反応メカニズムの解析において、より有益な解析を行うことができるようにする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の第1の態様に係るシミュレーション装置は、
分子動力学計算の実行中に、第1の分子を構成する原子と、第2の分子を構成する原子との間の距離を算出し、前記第1の分子と前記第2の分子とが近接しているか否かを判定する判定部と、
前記判定部により近接していると判定された場合に、前記第1の分子及び/または前記第2の分子に対して、反応確率を高めるパラメータを付与する付与部と、
前記分子動力学計算において特定された化学反応に基づいて、遷移状態における素反応を構築する素反応構築部と、
前記構築した素反応の反応速度定数を算出する反応速度定数計算部とを有する。
【0007】
本開示の第2の態様は、第1の態様に記載のシミュレーション装置であって、
前記分子動力学計算の実行前に、前記付与部が前記パラメータを付与する時間間隔を設定する設定部を更に有し、
前記付与部は、前記判定部により近接していると判定された場合であって、前回の付与から、前記時間間隔が経過した場合に、前記パラメータを付与する。
【0008】
本開示の第3の態様は、第2の態様に記載のシミュレーション装置であって、
前記設定部は、反応系全体の温度に影響を与えない時間間隔であって、化学反応後の分子が安定化するのに要する時間間隔を設定する。
【0009】
本開示の第4の態様は、第1の態様に記載のシミュレーション装置であって、
前記分子動力学計算の実行前に、前記付与部が前記パラメータを付与しない対象を設定する設定部を更に有し、
前記付与部は、前記判定部により近接していると判定された場合であっても、前記第1の分子及び前記第2の分子の両方が、前記パラメータを付与しない対象である場合には、前記第1の分子及び前記第2の分子のいずれに対しても、前記パラメータを付与しない。
【0010】
本開示の第5の態様は、第4の態様に記載のシミュレーション装置であって、
前記設定部は、前記付与部が前記パラメータを付与しない対象を、原子の種類または原子のインデックスを指定することにより設定し、
前記付与部は、前記判定部により近接していると判定された場合であっても、前記第1の分子及び前記第2の分子の両方が、前記指定された原子を含む分子である場合には、前記第1の分子及び前記第2の分子のいずれに対しても、前記パラメータを付与しない。
【0011】
本開示の第6の態様は、第1の態様に記載のシミュレーション装置であって、
結合距離の範囲内に存在する原子同士を、前記第1の分子または前記第2の分子と特定する位置算出部を更に有する。
【0012】
本開示の第7の態様は、第6の態様に記載のシミュレーション装置であって、
前記判定部は、前記第1の分子に含まれる原子と、前記第2の分子に含まれる原子との間の距離が、前記結合距離の所定数倍以下の場合に、前記第1の分子と前記第2の分子とが近接していると判定する。
【0013】
本開示の第8の態様は、第7の態様に記載のシミュレーション装置であって、
前記分子動力学計算の実行前に、前記付与部が付与する前記パラメータを設定する設定部を更に有し、
前記付与部は、前記設定部により設定された前記パラメータに基づいて、温度に関する情報を付与する。
【0014】
本開示の第9の態様は、第8の態様に記載のシミュレーション装置であって、
前記付与部は、前記設定部により設定された前記パラメータに基づいて、衝突する方向の運動エネルギを付与する。
【0015】
本開示の第10の態様は、第8の態様に記載のシミュレーション装置であって、
前記設定部は、前記パラメータとして、付与する温度に関する情報を設定する。
【0016】
本開示の第11の態様は、第9の態様に記載のシミュレーション装置であって、
前記設定部は、前記パラメータとして、付与する運動エネルギを設定する。
【0017】
本開示の第12の態様は、第9の態様に記載のシミュレーション装置であって、
前記設定部は、前記パラメータとして、付与する並進速度を設定する。
【0018】
本開示の第13の態様に係るシミュレーション方法は、
分子動力学計算の実行中に、第1の分子を構成する原子と、第2の分子を構成する原子との間の距離を算出し、前記第1の分子と前記第2の分子とが近接しているか否かを判定する判定工程と、
前記判定工程において近接していると判定された場合に、前記第1の分子及び/または前記第2の分子に対して、反応確率を高めるパラメータを付与する付与工程と、
前記分子動力学計算において特定された化学反応に基づいて、遷移状態における素反応を構築する素反応構築工程と、
前記構築した素反応の反応速度定数を算出する反応速度定数計算工程とを有する。
【0019】
本開示の第14の態様に係るシミュレーションプログラムは、
分子動力学計算の実行中に、第1の分子を構成する原子と、第2の分子を構成する原子との間の距離を算出し、前記第1の分子と前記第2の分子とが近接しているか否かを判定する判定工程と、
前記判定工程において近接していると判定された場合に、前記第1の分子及び/または前記第2の分子に対して、反応確率を高めるパラメータを付与する付与工程と、
前記分子動力学計算において特定された化学反応に基づいて、遷移状態における素反応を構築する素反応構築工程と、
前記構築した素反応の反応速度定数を算出する反応速度定数計算工程とをコンピュータに実行させる。
【発明の効果】
【0020】
本開示によれば、分子動力学計算による反応メカニズムの解析において、より有益な解析を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1図1は、シミュレーション装置の概要を説明するための図である。
図2図2は、シミュレーション装置のハードウェア構成の一例を示す図である。
図3図3は、シミュレーション装置の機能構成の一例を示す図である。
図4図4は、シミュレーション処理の流れを示すフローチャートである。
図5図5は、分子動力学計算処理の流れを示す第1のフローチャートである。
図6図6は、分子動力学計算処理の流れを示す第2のフローチャートである。
図7図7は、近接分子判定処理の流れを示すフローチャートである。
図8図8は、近接分子判定処理の具体例を示す図である。
図9図9は、反応確率変更処理の流れを示すフローチャートである。
図10図10は、反応確率変更処理の具体例を示す図である。
図11図11は、分子動力学計算処理の処理結果の一例を示す図である。
図12図12は、素反応データの一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、各実施形態について添付の図面を参照しながら説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複した説明を省略する。
【0023】
[第1の実施形態]
<シミュレーション装置の概要>
はじめに、第1の実施形態に係るシミュレーション装置の概要について説明する。図1は、シミュレーション装置の概要を説明するための図である。本実施形態において、シミュレーション装置100は、分子動力学計算により反応メカニズムの解析を行うことで素反応を構築し、量子化学計算を行うことにより反応速度定数を算出する。
【0024】
なお、分子動力学計算とは、分子動力学法(MD法:Molecular Dynamics法)により、原子及び分子の物理的な動きをシミュレーションする処理を指す。本実施形態では、分子動力学計算により原子及び分子の物理的な動きをシミュレーションすることで反応メカニズムを解析し、素反応を構築する。なお、反応とは、分子を構成する原子が新しい分子を構成する現象を指し、新たに結合を生成すること、あるいは、結合を消滅させることが含まれる。
【0025】
また、量子化学計算とは、原子及び分子の構造や性質を電子状態から解析する処理を指す。本実施形態では、量子化学計算により、反応メカニズムの解析結果から反応速度定数を算出する。
【0026】
図1に示すように、シミュレーション装置100を動作させるにあたり、ユーザは、初期分子情報として、初期分子の種類、各初期分子の数、各初期分子のセル内での位置情報等を入力する。
【0027】
また、シミュレーション装置100を動作させるにあたり、ユーザは、目的分子情報として、目的分子の種類、各目的分子の数を入力する。なお、「目的分子」とは、初期分子情報には含まれない分子であって、分子動力学計算が実行されることで、最終的に生成されることが期待される分子(生成物)を指す。
【0028】
また、シミュレーション装置100を動作させるにあたり、ユーザは、反応条件として、分子動力学計算を行うセルの初期の温度、セルの体積等を入力する。このとき入力される温度は、熱ゆらぎにより、程よく分子が混合される温度(現実的な反応が発生しやすい温度(例えば、300Kあるいは450K等の低温))であるとする。なお、入力される初期の温度は、分子動力学計算の実行中、熱浴(温度を調整するためのアルゴリズム)によって概ね一定に制御される。
【0029】
また、シミュレーション装置100を動作させるにあたり、ユーザは、分子動力学計算の初期条件を入力する。分子動力学計算の初期条件とは、分子動力学計算を実行させるのに必要な条件であり、反応条件として入力された条件以外の諸々の条件を指す。具体的には、分子動力学計算の初期条件には、
・分子動力学計算を行う際のタイムステップの幅(Δt)、
・温度を調整するためのアルゴリズムのON/OFF、
・原子間に働く力(ポテンシャル)計算方法の選択、
・最大ステップ数、
等が含まれる。
【0030】
なお、タイムステップの幅(Δt)とは、分子動力学計算において、人工的に各分子に運動エネルギを付与する操作1回ごとの時間間隔のことを指す。
【0031】
更に、シミュレーション装置100を動作させるにあたり、ユーザは、反応サンプリング手法を入力する。本実施形態において、反応サンプリング手法には、
・並進速度を付与する条件、
・並進速度を付与しない対象、
・付与する並進速度、
・並進速度を付与する時間間隔、
等が含まれる。
【0032】
なお、並進速度は、「反応確率を高めるパラメータ」の一例であり、セル内の分子が反応系で平行移動する速度を指す。分子の運動が並進速度のみの運動である場合、分子内の各原子の相対的な位置関係は変化しないことから、分子に並進速度を付与することで、分子内の各原子の相対的な位置関係を変化させることなく、分子の反応確率を高めることができる。
【0033】
また、図1に示すように、シミュレーション装置100は、入力された初期分子情報、目的分子情報、反応条件、分子動力学計算の初期条件、反応サンプリング手法のもとで動作し、分子動力学計算により反応メカニズムを解析することで、素反応を構築する。更に、シミュレーション装置100は、量子化学計算により原子及び分子の構造や性質を電子状態から解析することで、反応メカニズムの解析結果から反応速度定数を計算する。
【0034】
ここで、上述したように、第1の実施形態に係るシミュレーション装置100は、
・分子動力学計算の実行前に、反応条件として、現実的な反応が発生しやすい温度(例えば、300Kあるいは450K等の低温)を入力し、
・分子動力学計算の実行中に、反応サンプリング手法に従って、反応確率を高めるパラメータを付与する。
【0035】
これにより、従来は、反応条件として、セルの初期の温度を高く設定していたために、低温では発生しえない反応または発生しにくい反応までシミュレーション結果として出力されていたところ、本実施形態によれば、当該反応を出力されにくくすることができる。
【0036】
また、従来は、反応条件として低い温度が設定された場合に、反応が促進されなかったところ、本実施形態によれば、分子動力学計算の実行中に反応確率を高めるパラメータを付与するため、反応条件として低い温度が設定されても反応を促進することができる。
【0037】
この結果、本実施形態によれば、現実に発生しえる反応を出力されやすくすることが可能となり、分子動力学計算による反応メカニズムの解析において、より有益な解析を行うことができる。
【0038】
<シミュレーション装置のハードウェア構成>
次に、シミュレーション装置100のハードウェア構成について説明する。図2は、シミュレーション装置のハードウェア構成の一例を示す図である。図2に示すように、シミュレーション装置100は、プロセッサ201、メモリ202、補助記憶装置203、I/F(Interface)装置204、通信装置205、ドライブ装置206を有する。なお、シミュレーション装置100の各ハードウェアは、バス207を介して相互に接続されている。
【0039】
プロセッサ201は、CPU(Central Processing Unit)、GPU(Graphics Processing Unit)等の各種演算デバイスを有する。プロセッサ201は、各種プログラム(例えば、後述するシミュレーションプログラム等)をメモリ202上に読み出して実行する。
【0040】
メモリ202は、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)等の主記憶デバイスを有する。プロセッサ201とメモリ202とは、いわゆるコンピュータを形成し、プロセッサ201が、メモリ202上に読み出した各種プログラムを実行することで、当該コンピュータは各種機能を実現する。
【0041】
補助記憶装置203は、各種プログラムや、各種プログラムがプロセッサ201によって実行される際に用いられる各種データを格納する。
【0042】
I/F装置204は、外部装置の一例である操作装置210、表示装置220と接続する接続デバイスである。通信装置205は、ネットワークを介して不図示の外部装置と通信するための通信デバイスである。
【0043】
ドライブ装置206は記録媒体230をセットするためのデバイスである。ここでいう記録媒体230には、CD-ROM、フレキシブルディスク、光磁気ディスク等のように情報を光学的、電気的あるいは磁気的に記録する媒体が含まれる。また、記録媒体230には、ROM、フラッシュメモリ等のように情報を電気的に記録する半導体メモリ等が含まれていてもよい。
【0044】
なお、補助記憶装置203にインストールされる各種プログラムは、例えば、配布された記録媒体230がドライブ装置206にセットされ、該記録媒体230に記録された各種プログラムがドライブ装置206により読み出されることでインストールされる。あるいは、補助記憶装置203にインストールされる各種プログラムは、通信装置205を介してネットワークからダウンロードされることで、インストールされてもよい。
【0045】
<シミュレーション装置の機能構成>
次に、シミュレーション装置100の機能構成について説明する。図3は、シミュレーション装置の機能構成の一例を示す図である。上述したようにシミュレーション装置100にはシミュレーションプログラムがインストールされており、当該プログラムが実行されることで、シミュレーション装置100は、
・分子動力学計算部310、
・素反応構築部320、
・最適化部330、
・反応速度定数計算部340、
として機能する。
【0046】
分子動力学計算部310は、ユーザにより入力される、初期分子情報、目的分子情報、反応条件、分子動力学計算の初期条件、反応サンプリング手法に基づいて、分子動力学計算を実行する。
【0047】
具体的には、図3に示すように、分子動力学計算部310は、設定部311、位置算出部312、判定部313、付与部314を有する。
【0048】
設定部311は、分子動力学計算の実行前に、初期分子情報、目的分子情報、反応条件、分子動力学計算の初期条件、反応サンプリング手法の入力を受け付ける。また、設定部311は、入力を受け付けた初期分子情報、目的分子情報、反応条件、分子動力学計算の初期条件を、位置算出部312に設定する。更に、設定部311は、入力を受け付けた反応サンプリング手法を、判定部313及び付与部314に設定する。
【0049】
位置算出部312は、タイムステップの幅(Δt)ごとに、セル内の各分子に運動エネルギを付与し、付与した運動エネルギに基づく並進速度から、移動先の位置情報を算出する。
【0050】
また、位置算出部312は、算出した位置情報に基づいて、分子同士の化学反応の発生の有無を判定する。また、位置算出部312は、化学反応が発生したと判定した場合に、化学反応により生成された分子を特定し、特定した分子の種類を示す分子種データの個数をカウントアップする。更に、位置算出部312は、分子種データ及びカウントアップした個数を、素反応構築部320に通知する。
【0051】
また、位置算出部312は、タイムステップの幅(Δt)ごとに、セル内の各原子の位置情報に基づいて分子を特定し、各分子に含まれる原子の位置情報とともに、判定部313に通知する。
【0052】
判定部313は、付与部314がセル内の各分子に運動エネルギを付与する際、各分子に含まれる原子の位置情報に基づいて、各分子が近接している分子であるか否かを判定する。
【0053】
具体的には、判定部313では、各分子に含まれる原子の位置情報が、反応サンプリング手法に含まれる"並進速度を付与する条件"を満たすか否か、すなわち、第1の分子に含まれる原子と、第2の分子に含まれる原子との間の距離を算出することで、第1の分子と第2の分子とが近接しているか否かを判定し、結合距離の所定数倍以下(例えば、1.5倍以下)に存在する原子が特定された場合に、第1の分子と第2の分子とが近接していると判定する。
【0054】
また、判定部313は、タイムステップの幅(Δt)ごとに、近接している分子であると判定した分子を、付与部314に通知する。
【0055】
付与部314は、判定部313により近接していると判定された第1の分子と第2の分子とに対して、反応サンプリング手法に含まれる"付与する並進速度"を付与する。これにより、位置算出部312では、付与部314によって並進速度が付与された状態で、セル内の各分子の移動先の位置情報を算出し、算出した位置情報に基づいて、分子同士の化学反応の発生の有無を判定することが可能となる。
【0056】
このように、本実施形態において付与部314は、反応確率を高めるパラメータとして、
・分子同士を衝突させて分子間反応を促進する作用があり、かつ、
・間接的に分子間反応を促進する作用がある、
「並進速度」を付与する。なお、付与部314により付与される前の各分子の並進速度は、例えば、位置算出部312により各分子に付与される運動エネルギから、分子の総質量数に基づいて算出されうる。したがって、位置算出部312により各分子に付与される運動エネルギが大きいほど、反応が促進されることになる。また、付与部314により並進速度が付与されることで、更に、反応が促進されることになる(つまり、反応確率がより高まることになる)。ただし、付与部314によって付与される並進速度が大きすぎると、反応系全体の温度に影響を与えることが考えられる。したがって、反応サンプリング手法として、"付与する並進速度"を入力する際、ユーザは、反応系全体の温度に影響を与えることがない程度の範囲内の並進速度を入力することが望ましい。
【0057】
また、付与部314は、判定部313により反応確率を高めるパラメータを付与する分子であると判定された分子のうち、反応サンプリング手法に含まれる"並進速度を付与しない対象"を除く分子に対して、反応サンプリング手法に含まれる"付与する並進速度"を付与する。
【0058】
このように、反応確率を高めるパラメータを付与する分子であっても、"並進速度を付与しない対象"については反応を促進しないように構成することで、例えば、ユーザにとって有益でない反応が促進されることを回避し、分子動力学計算の計算時間を削減することが可能となる。
【0059】
また、付与部314は、並進速度を付与するにあたり、反応サンプリング手法に含まれる、"並進速度を付与する時間間隔"を参照し、前回の並進速度の付与から、参照した時間間隔だけ経過したか否かを判定する。そして、付与部314は、前回の並進速度の付与から、参照した時間間隔だけ経過していないと判定した場合、並進速度を付与せず、参照した時間間隔だけ経過したと判定した場合に、並進速度を付与する。
【0060】
このように、時間間隔を空けて並進速度を付与する構成とすることで、反応系全体の温度が高温になることを回避することができ、並進速度を付与したことで、現実には発生しえない反応または発生しにくい反応が発生することを回避することができる。換言すると、反応サンプリング手法として、"並進速度を付与する時間間隔"を入力する際、ユーザは、反応系全体の温度に影響を与えることがない時間間隔であって、化学反応後の分子が安定化するのに要する時間間隔を入力することが望ましい。
【0061】
素反応構築部320は、分子動力学計算部310による分子動力学計算において特定された化学反応に基づいて、遷移状態における素反応を構築し、素反応データを出力するとともに、遷移状態の分子の構造データを出力する。
【0062】
また、素反応構築部320は、分子動力学計算部310による分子動力学計算が終了した時点で生成されている生成物の分子の構造データを出力する。
【0063】
最適化部330は、素反応構築部320により算出された、遷移状態の分子の構造データ及び生成物の分子の構造データを最適化するように、量子化学計算により、活性化エネルギを算出する。また、最適化部330は、算出した活性化エネルギを反応速度定数計算部340に通知する。
【0064】
反応速度定数計算部340は、素反応データ及び活性化エネルギに基づいて、反応速度式から反応速度定数を算出し、特定した素反応の反応速度定数データとして出力する。
【0065】
なお、反応速度定数計算部340は、算出した反応速度定数を、特定した素反応の反応速度定数データとして、例えば、表示装置220に出力する。
【0066】
<シミュレーション処理の流れ>
次に、シミュレーション装置100によるシミュレーション処理の流れについて説明する。図4は、シミュレーション処理の流れを示すフローチャートである。
【0067】
ステップS401において、分子動力学計算部310は、分子動力学計算処理を実行し、反応メカニズムを解析する。なお、分子動力学計算処理の詳細は後述する。
【0068】
ステップS402において、素反応構築部320は、分子動力学計算処理において、目的分子の数が所定数に到達したか、又は目的分子の数が所定数に到達せずに分子動力学計算のステップ数が予め決められた最大ステップ数に到達したかによって分岐し、目的分子の数が所定数に到達せずに分子動力学計算のステップ数が予め決められた最大ステップ数に到達した場合には(ステップS402においてNOの場合には)、シミュレーション処理を終了する。
【0069】
一方、ステップS402において、分子動力学計算処理において、目的分子の数が所定数に到達した場合には(ステップS402においてYESの場合には)、ステップS403に進む。
【0070】
ステップS403において、素反応構築部320は、分子動力学計算処理の各タイムステップにおいて発生した化学反応に基づいて、遷移状態における素反応を構築し、素反応データを出力するとともに、遷移状態の分子の構造データを出力する。
【0071】
ステップS404において、素反応構築部320は、分子動力学計算処理において、目的分子の数が所定数に到達した時点で生成されている生成物について、生成物データを出力するとともに、生成物の分子の構造データを出力する。
【0072】
ステップS405において、最適化部330は、ステップS403において出力された遷移状態の分子の構造データ及びステップS404において出力された生成物の分子の構造データを最適化するように、活性化エネルギを計算する。
【0073】
ステップS406において、反応速度定数計算部340は、ステップS403において出力された素反応データ及びステップS405において計算された活性化エネルギに基づいて、反応速度定数を計算し、反応速度定数を含む反応速度定数データとして出力する。
【0074】
<分子動力学計算処理の流れ>
次に、分子動力学計算部310による分子動力学計算処理(図4のステップS401)の流れについて説明する。図5及び図6は、分子動力学計算処理の流れを示す第1及び第2のフローチャートである。
【0075】
ステップS501において、分子動力学計算部310は、初期分子情報の入力を受け付ける。
【0076】
ステップS502において、分子動力学計算部310は、目的分子情報の入力を受け付ける。
【0077】
ステップS503において、分子動力学計算部310は、反応条件の入力を受け付ける。
【0078】
ステップS504において、分子動力学計算部310は、分子動力学計算の初期条件の入力を受け付ける。
【0079】
ステップS505において、分子動力学計算部310は、反応サンプリング手法の入力を受け付ける。
【0080】
ステップS506において、分子動力学計算部310は、ユーザによる分子動力学計算の開始指示に応じて、分子動力学計算を開始する。なお、分子動力学計算部310では、開始時のタイムステップtをゼロとする。
【0081】
ステップS507において、分子動力学計算部310は、近接分子判定処理を実行する。近接分子判定処理とは、セル内において、反応確率を高めるパラメータを付与する分子を判定する処理であり、詳細は後述する。なお、分子動力学計算部310は、反応サンプリング手法に含まれる"並進速度を付与する条件"を満たす場合に、反応確率を高めるパラメータを付与する分子であると判定する。
【0082】
ステップS508において、分子動力学計算部310は、反応確率変更処理を実行する。反応確率変更処理とは、反応確率を高めるパラメータを付与する分子であると判定した分子に対して、反応確率を高めるパラメータとして、並進速度を付与する処理であり、詳細は後述する。
【0083】
ステップS509において、分子動力学計算部310は、セル内の各分子に運動エネルギを付与することで、原子に働く力を計算し、タイムステップの幅(Δt)が経過した後の各分子の移動先の位置情報を算出する。このとき、分子動力学計算部310では、ステップS508において並進速度を付与していた場合にあっては、当該分子について、並進速度が付与された状態で移動先の位置情報を算出する。
【0084】
続いて、図6のステップS601において、分子動力学計算部310は、化学反応が発生したか否かを判定する。ステップS601において、化学反応が発生していないと判定した場合には(ステップS601においてNOの場合には)、ステップS606に進む。
【0085】
一方、ステップS601において、化学反応が発生したと判定した場合には(ステップS601においてYESの場合には)、ステップS602に進む。
【0086】
ステップS602において、分子動力学計算部310は、化学反応により生成された分子を特定し、特定した分子の種類を示す分子種データを出力する。
【0087】
ステップS603において、分子動力学計算部310は、目的分子が生成されたか否かを判定する。ステップS603において、目的分子が生成されていないと判定した場合には(ステップS603においてNOの場合には)、ステップS605に進む。
【0088】
一方、ステップS603において、目的分子が生成されたと判定した場合には(ステップS603においてYESの場合には)、ステップS604に進む。
【0089】
ステップS604において、分子動力学計算部310は、目的分子の数をカウントアップする。
【0090】
ステップS605において、分子動力学計算部310は、目的分子の数が所定数に到達したか否かを判定する。ステップS605において、目的分子の数が所定数に到達していないと判定した場合には(ステップS605においてNOの場合には)、ステップS606に進む。
【0091】
ステップS606において、分子動力学計算部310は、分子動力学計算のステップ数が予め決められた最大ステップ数に到達したか否かを判定する。ステップS606において、最大ステップ数に到達していないと判定した場合には(ステップS606においてNOの場合には)、ステップS607に進む。
【0092】
ステップS607において、分子動力学計算部310は、タイムステップをΔtだけ進める。その後、図5のステップS507に戻る。
【0093】
一方、ステップS606において、分子動力学計算のステップ数が最大ステップ数に到達したと判定した場合には(ステップS606においてYESの場合には)、分子動力学計算処理を終了し、図4のステップS402に戻る。この場合、ステップS402において目的分子の数が所定数に到達しなかったと判定され(ステップS402においてNOと判定され)、シミュレーション処理を終了する。
【0094】
また、ステップS605において、目的分子の数が所定数に到達したと判定した場合には(ステップS605においてYESの場合には)、分子動力学計算処理を終了し、図4のステップS402に戻る。この場合、ステップS402において目的分子の数が所定数に到達したと判定され(ステップS402においてYESと判定され)、ステップS403に進む。
【0095】
本実施形態におけるステップS403~S406の処理は、ステップS605において目的分子の数が所定数に到達したときにのみ行う態様として説明したが、目的分子が生成されるごとにステップS403~S406の処理を行い、逐次、特定された化学反応に基づいて、遷移状態における素反応を構築し、構築した素反応の反応速度定数を算出してもよい。すなわち、ステップS604の処理を行った後、ステップS403の処理に戻り、ステップS403~S406に沿って、特定された化学反応に基づいて、遷移状態における素反応を構築し、構築した素反応の反応速度定数を算出してもよい。この場合、目的分子の数が所定数に到達するまで、ステップS406の処理の次にステップS605の処理に戻る態様とすることができる。
【0096】
<分子動力学計算処理の各工程の詳細>
次に、分子動力学計算処理(図5及び図6)のうち、近接分子判定処理(ステップS507)及び反応確率変更処理(ステップS508)の詳細について説明する。
【0097】
(1)近接分子判定処理の詳細
はじめに、近接分子判定処理(ステップS507)の詳細について図7及び図8を用いて説明する。図7は、近接分子判定処理の流れを示すフローチャートである。また、図8は、近接分子判定処理の具体例を示す図である。以下、図8を参照しながら、図7のフローチャートについて説明する。
【0098】
ステップS701において、位置算出部312は、セル内におけるすべての原子を対象として、予め定められた結合距離内に存在する原子を特定する。
【0099】
ステップS702において、位置算出部312は、セル内において分子を特定する。図8において符号800は、セル内に分布する原子の一例を示す図である。また、図8において、符号810、820は、セル内において、予め定められた結合距離内に存在する原子同士を特定した様子を示している。具体的には、符号810に含まれる原子群は、1つの分子として特定されたことを表しており、符号820に含まれる原子群は、符号810とは異なる1つの分子として特定されたことを表している。ここで、結合距離は、例えば、原子種ごとのファンデルワールス半径に基づいて定めることができ、2つの原子のファンデルワールス半径の和で表すことができる。
【0100】
ステップS703において、判定部313は、結合距離の所定数倍以下(例えば、1.5倍以下)に存在する原子を特定する。
【0101】
ステップS704において、判定部313は、ステップS703で特定した原子がそれぞれ属する分子同士を、近接分子と判定する。図8において、符号830は、結合距離の所定数倍以下(例えば、1.5倍以下)に存在する原子が特定され、符号810に示す分子(第1の分子)と符号820に示す分子(第2の分子)とが、近接分子であると判定された様子を示している。
【0102】
(2)反応確率変更処理の詳細
次に、反応確率変更処理(ステップS508)の詳細について図9及び図10を用いて説明する。図9は、反応確率変更処理の流れを示すフローチャートである。また、図10は、反応確率変更処理の具体例を示す図である。以下、図10を参照しながら、図9のフローチャートについて説明する。
【0103】
ステップS901において、付与部314は、近接分子として特定された分子が、"並進速度を付与しない対象"であるか否かを判定する。図10(a)は、"並進速度を付与しない対象"であるか否かを判定する際に参照するテーブルの一例を示している。図10(a)において、"C"、"H"、"O"、"S"は、いずれも原子記号を表しており、図10(a)の例は、近接分子が、互いに、"S"を含む分子である場合に、"並進速度を付与しない対象"であると判定されることを示している。
【0104】
ステップS901において、近接分子が"並進速度を付与しない対象"であると判定した場合には(ステップS901においてYESの場合には)、ステップS904に進む。
【0105】
一方、ステップS901において、近接分子が"並進速度を付与しない対象"ではないと判定した場合には(ステップS901においてNOの場合には)、ステップS902に進む。
【0106】
ステップS902において、付与部314は前回の並進速度の付与から、"並進速度を付与する時間間隔"が経過したか否かを判定する。ステップS902において、"並進速度を付与する時間間隔"が経過していないと判定した場合には(ステップS902においてNOの場合には)、ステップS904に進む。
【0107】
一方、ステップS902において、"並進速度を付与する時間間隔"が経過していると判定した場合には(ステップS902においてYESの場合には)、ステップS903に進む。
【0108】
ステップS903において、付与部314は、近接分子が衝突する方向の並進速度を付与する。図10(b)の符号830に示す近接分子において、矢印1000は、衝突する方向の並進速度が付与された様子を示している。
【0109】
ステップS904において、付与部314は、図7のステップS704において判定された全ての近接分子について、ステップS901~S904の処理を実行したか否かを判定する。
【0110】
ステップS904において、処理を実行していない近接分子があると判定した場合には(ステップS904においてNOの場合には)、ステップS905に進む。
【0111】
ステップS905において、分子動力学計算部310は、処理を実行していない次の近接分子を選択し、ステップS901に戻る。
【0112】
一方、ステップS904において、全ての近接分子について処理を実行したと判定した場合には(ステップS904においてYESの場合には)、図5のステップS509に戻る。
【0113】
<分子動力学計算処理の処理結果及び素反応データの具体例>
次に、分子動力学計算処理の処理結果及び素反応データの具体例について説明する。図11は、分子動力学計算処理の処理結果の一例を示す図である。
【0114】
図11(a)、(b)の例は、
・1~2万個の分子からなる反応系を構築し、初期分子情報(種類、数)として(エチレン分子、432)、(硫酸、216)を入力、
・目的分子情報(種類、数)として、(ブテン、3)を入力、
・反応条件(セルの温度、セルの体積)として、(450K、1辺5nmの立方体)を入力、
・分子動力学計算の初期条件(タイムステップの幅、温度調整アルゴリズム)として、(0.5ns、ON)を入力、
・反応サンプリング手法(並進速度を付与しない対象、並進速度を付与する時間間隔、付与する並進速度)として、(近接分子が硫黄原子を含む分子同士、2ps、40kcal/mol(図11(a))または160kcal/mol(図11(b))を入力、
した場合の分子動力学計算処理の処理結果である、分子種データ及び個数の一例である。
【0115】
また、図12(a)、(b)の例は、並進速度が40kcal/molの場合と、160kcal/molの場合とにそれぞれ対応した素反応データであり、並進速度が40kcal/molの場合と、160kcal/molの場合の両方で、下記の素反応が確認されたことを示している。
・H2SO4+2C2H4→HSO4-CH2-CH3+C2H4→[CH3-CH2-CH2=CH2]+[HSO4]→1-butene+H2SO4、
・H2SO4+2C2H4→[H3SO4]+[CH2=CH]+C2H4
また、図12(b)の例は、並進速度が160kcal/molの場合にのみ下記の素反応が確認されたことを示している。
・H2SO4+2C2H4→H2SO4+C2H2+C2H6+C2H4→[HSO4]+[C2H3]+C2H4+C2H6→[HSO4]+[CH2+CH-CH2=CH2]+C2H6→1-butene+H2SO4+C2H6
このように、反応サンプリング手法を変えることで、分子動力学計算処理の処理結果、素反応データが変わるため、ユーザは、反応サンプリング手法を適切に入力することで、反応メカニズムの解析において、より有益な解析を行うことができる。
【0116】
<まとめ>
以上の説明から明らかなように、第1の実施形態に係るシミュレーション装置100は、
・分子動力学計算の実行中に、第1の分子を構成する原子と、第2の分子を構成する原子との間の距離を算出し、第1の分子と第2の分子とが近接しているか否かを判定する。
・近接していると判定した場合、第1の分子及び第2の分子に対して、反応確率を高めるパラメータを付与する。
・分子動力学計算において特定された化学反応に基づいて、遷移状態における素反応を構築する。
・構築した素反応の反応速度定数を算出する。
【0117】
これにより、第1の実施形態によれば、反応条件としてセルの温度を低くした場合でも、現実に発生しえる反応を促進することができる。つまり、第1の実施形態によれば、シミュレーション結果として、現実には発生しえない反応または発生しにくい反応を出力されにくくし、現実に発生しえる反応を出力されやすくすることができる。この結果、第1の実施形態によれば、分子動力学計算による反応メカニズムの解析において、より有益な解析を行うことができる。
【0118】
[第2の実施形態]
上記第1の実施形態では、分子動力学計算処理を行うにあたり、原子の質量数(原子1つ1つが持つ1molあたりの質量)の設定方法について言及しなかったが、原子の質量数は、実際の質量数を設定しても、実際の質量数とは異なる質量数を設定してもよい。例えば、全ての原子の質量数を等質量数に設定してもよい。一般に、分子動力学計算においては、質量数の小さい原子が含まれている場合、タイムステップの幅(Δt)を小さくする必要がある。これは、質量数が小さい原子の場合、タイムステップの幅(Δt)が大きすぎると、タイムステップの幅(Δt)ごとに移動する距離が長くなってしまうからである。
【0119】
これに対して、全ての原子の質量数を等質量数とした場合、タイムステップの幅(Δt)を大きくすることが可能となり、シミュレーション装置100の計算量を削減することができる。なお、設定する原子の質量数を変えても、反応する原子の数は変わらないため、反応メカニズムの解析を行ううえでは影響はない。
【0120】
また、上記第1の実施形態では、反応サンプリング手法として、"並進速度を付与しない対象"を入力するものとして説明した。しかしながら、反応サンプリング手法として、"並進速度を付与しない対象"に代えて、あるいは、"並進速度を付与しない対象"に加えて、"並進速度を付与する対象"を入力してもよい。この場合、分子動力学計算部310は、近接分子として特定された分子が、並進速度を付与する対象に該当しない分子であった場合、当該近接分子として特定された分子に、並進速度を付与しない。
【0121】
また、反応サンプリング手法として、"並進速度を付与する対象"または"並進速度を付与しない対象"を入力するにあたり、上記説明では、原子の種類を指定するものとして説明した。しかしながら、"並進速度を付与する対象"または"並進速度を付与しない対象"を入力するにあたっては、原子の種類を指定する代わりに、例えば、原子のインデックスを指定するように構成してもよい。
【0122】
また、上記第1の実施形態では、反応サンプリング手法として、"付与する並進速度"を入力するものとして説明したが、並進速度に代えて、付与する運動エネルギ自体を入力するように構成してもよい。あるいは、分子の運動エネルギを高める温度に関する情報を入力するように構成してもよい。なお、この場合、付与部314では、近接分子に対して、並進速度に代えて、運動エネルギまたは温度に関する情報を付与することになる。
【0123】
また、上記第1の実施形態では、近接分子の両方の分子に対して、並進速度を付与する構成としたが、近接分子のいずれか一方の分子に対して、並進速度を付与する構成としてもよい。
【0124】
また、上記第1の実施形態では、シミュレーション装置100の利用シーンについて言及しなかったが、例えば、シミュレーション装置100により解析された反応メカニズムの解析結果は、生成物の製造プロセスにおける製造条件に反映させてもよい。具体的には、設定部311に入力する情報(初期分子情報、目的分子情報、反応条件、分子動力学計算の初期条件、反応サンプリング手法)を変更しながらシミュレーション処理を行うことで、反応メカニズムを解析し、製造プロセスにおける製造条件を導出する。そして、導出した製造条件のもとで生成物の製造プロセスを実行するように構成してもよい。あるいは、設定部311に入力する情報(初期分子情報、目的分子情報、反応条件、分子動力学計算の初期条件、反応サンプリング手法)を変更しながらシミュレーション処理を行うことで、反応メカニズムを解析し、生成物の最適な製造方法を導出する。そして、導出した製造方法のもとで生成物の製造プロセスを構築してもよい。
【0125】
なお、上記実施形態に挙げた構成等に、その他の要素との組み合わせ等、ここで示した構成に本発明が限定されるものではない。これらの点に関しては、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で変更することが可能であり、その応用形態に応じて適切に定めることができる。
【0126】
本出願は、2021年9月1日に出願された日本国特許出願第2021-142374号に基づきその優先権を主張するものであり、同日本国特許出願の全内容を参照することにより本願に援用する。
【符号の説明】
【0127】
100 :シミュレーション装置
310 :分子動力学計算部
311 :設定部
312 :位置算出部
313 :判定部
314 :付与部
320 :素反応構築部
330 :最適化部
340 :反応速度定数計算部
【要約】
分子動力学計算による反応メカニズムの解析において、より有益な解析を行うことができるようにする。シミュレーション装置は、分子動力学計算の実行中に、第1の分子を構成する原子と、第2の分子を構成する原子との間の距離を算出し、前記第1の分子と前記第2の分子とが近接しているか否かを判定する判定部と、前記判定部により近接していると判定された場合に、前記第1の分子及び/または前記第2の分子に対して、反応確率を高めるパラメータを付与する付与部と、前記分子動力学計算において特定された化学反応に基づいて、遷移状態における素反応を構築する素反応構築部と、前記構築した素反応の反応速度定数を算出する反応速度定数計算部とを有する。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12