(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-25
(45)【発行日】2023-02-02
(54)【発明の名称】油井用電縫鋼管およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230126BHJP
C21D 9/08 20060101ALI20230126BHJP
C21D 9/50 20060101ALI20230126BHJP
C22C 38/14 20060101ALI20230126BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20230126BHJP
C21D 8/02 20060101ALN20230126BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C21D9/08 F
C21D9/50 101A
C22C38/14
C22C38/58
C21D8/02 B
(21)【出願番号】P 2018191687
(22)【出願日】2018-10-10
【審査請求日】2021-06-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】河野 英人
(72)【発明者】
【氏名】吉田 治
(72)【発明者】
【氏名】小林 俊一
(72)【発明者】
【氏名】津末 高志
(72)【発明者】
【氏名】山本 晃大
(72)【発明者】
【氏名】長井 健介
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/152170(WO,A1)
【文献】特開2003-301236(JP,A)
【文献】国際公開第2015/012317(WO,A1)
【文献】韓国公開特許第2002-0091842(KR,A)
【文献】国際公開第2016/185741(WO,A1)
【文献】特開2012-241273(JP,A)
【文献】国際公開第2015/092916(WO,A1)
【文献】特開2010-084171(JP,A)
【文献】国際公開第2016/157857(WO,A1)
【文献】特開2015-168864(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/08
C21D 9/50
C21D 8/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.030~0.100%、
Mn:1.30~2.00%、
Ti:0.010~0.100%、
Nb:0.010~0.100%、
N :0.0010~0.0200%、
Si:0.01~0.50%、
Al:0.001~0.100%、
Mo:0.010~0.500%、
V :0.010~0.100%
、
B :0.0001~0.0010%
を含み、
P :0.030%以下、
S :0.010%以
下
に制限し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有し、Mo%+V%(X%は元素Xの質量%)が0.10%以上、フェライトの面積率が10%以上50%以下であり、かつフェライトの平均結晶粒径が20μm以下であり、残部がベイナイト組織からなり、母材の降伏強度が655MPa以上758MPa以下、母材の引張強度が724MPa以上であり、母材のシャルピー破面遷移温度が-40℃以下、-20℃のシャルピー吸収エネルギーが100J以上であり、電縫溶接部の降伏強度が655MPa以上758MPa以下であることを特徴とする油井用電縫鋼管。
【請求項2】
板厚が10mm以上、25mm以下であることを特徴とする請求項1に記載の油井用電縫鋼管。
【請求項3】
質量%で、
Cu:0.05%~0.50%、
Ni:0.05%~0.50%、
Cr:0.05%~0.50%、
Ca:0.0001%~0.0100%、
REM:0.0001%~0.0100%
の1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の油井用電縫鋼管。
【請求項4】
請求項1~請求項3までのいずれか1項に記載の油井用電縫鋼管の製造方法であって、請求項1または請求項3に記載の化学組成を有するスラブを、950℃以下の累積圧下率が50%以上、仕上圧延終了温度が850℃以下の条件で仕上圧延した後、600~700℃まで平均冷却速度20℃/s以上で冷却し、その後450~600℃まで平均冷却速度2~10℃/sで冷却し巻取りした熱延鋼板を造管、溶接した後、電縫溶接部を900~1050℃に加熱し、加熱後に平均冷却速度10~50℃/sで400~700℃まで冷却することを特徴とする油井用電縫鋼管の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油井用に好適な電縫鋼管およびその製造方法に関する。さらに詳しくは、API規格 5CT R95相当の強度(降伏強度YS:655MPa以上758MPa以下、引張強度TS:724MPa以上)を有し、さらに、靭性に優れた油井用電縫鋼管およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
油井管は、ガスやオイルを地中から採取する際に使用する鋼管であるが、近年の天然資源の掘削地域の過酷化に伴い、油井管に求められる特性が変化しつつある。
そのひとつの例として、深井戸化が進んでおり、圧潰特性(外圧に対して座屈しない特性)の向上および高靱性化が求められ始めた。
圧潰特性は、鋼管の周方向降伏強度が高いこと、鋼管の形状精度(特に偏肉・真円度)が高いことで、向上する。電縫鋼管は形状精度が高いことから、同サイズ(外径・肉厚)の他管種に比べて圧潰特性が高いことが知られている。
圧潰強度を向上させるためのもう一つの方策は高強度化であるが、強度と靱性はおおむね相反特性であり、両立が困難である。
【0003】
以下の特許文献1、2では、降伏強度655MPaクラスの電縫油井管の製造方法が開示されている。
特許文献1には、C、Si、Mn、Ti、B、Mo、V、Nbを規定量含有し、P、S、Oを低く抑えた熱延鋼板において、金属組織を焼戻し上部ベイナイトとし、楕円状の旧γ粒の短径を25μm以下とした電縫鋼管用熱延鋼板が開示されている。
特許文献2には、C、Si、Mn、Nb、V、Ti、Mo、Ni、Alを規定量含有しMo量とNi量の合計値を規定の範囲とした電縫鋼管において、10面積%以下のポリゴナルフェライトと残部がベイネティックフェライトからなり、引張強度と降伏強度とシャルピー吸収エネルギーを特定の範囲とした高強度電縫鋼管が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2015-168864号公報
【文献】特許第6048621号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1、2に記載の電縫鋼管はともに0℃でのシャルピー吸収エネルギーが22J以上であることを特徴とするものであり、特許文献1では0℃でのシャルピー吸収エネルギー46~76Jの実施例が開示されており、特許文献2では0℃でのシャルピー吸収エネルギー75~170Jの実施例が開示されている。
【0006】
しかしながら、前述したように近年はさらなる高靱性化、具体的には-20℃でのシャルピー吸収エネルギー100J以上が求められており、特許文献1,2に記載の電縫鋼管ではこの要求を満足することができない。
【0007】
本発明は、上述のような実状に鑑みてなされたものであり、母材、電縫溶接部ともに655MPa以上の降伏強度を有し、シャルピー破面遷移温度が-40℃以下であり、-20℃におけるシャルピー靭性値が100J以上である油井用電縫鋼管とその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決することを目的とした本発明の要旨は以下の通りである。
(1)本形態の油井用電縫鋼管は、質量%で、C:0.030~0.100%、Mn:1.30~2.00%、Ti:0.010~0.100%、Nb:0.010~0.100%、N:0.0010~0.0200%、Si:0.01~0.50%、Al:0.001~0.100%、Mo:0.010~0.500%、V:0.010~0.100%、B :0.0001~0.0010%を含み、P:0.030%以下、S:0.010%以下に制限し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有し、Mo%+V%(X%は元素Xの質量%)が0.10%以上、フェライトの面積率が10%以上50%以下であり、かつフェライトの平均結晶粒径が20μm以下であり、残部がベイナイト組織からなり、母材の降伏強度が655MPa以上758MPa以下、母材の引張強度が724MPa以上であり、母材のシャルピー破面遷移温度が-40℃以下、-20℃のシャルピー吸収エネルギーが100J以上であり、電縫溶接部の降伏強度が655MPa以上758MPa以下であることを特徴とする。
【0009】
(2)本形態の油井用電縫鋼管において、板厚が10mm以上、25mm以下であることが好ましい。
(3)本形態の油井用電縫鋼管において、質量%で、Cu:0.05~0.50%、Ni:0.05~0.50%、Cr:0.05~0.50%、Ca:0.0001~0.0100%、REM:0.0001~0.0100%の1種又は2種以上を含有してもよい。
【0010】
(4)本形態に係る油井用電縫鋼管の製造方法において、(1)~(3)までのいずれかに記載の油井用電縫鋼管の製造方法であって、(1)または(3)に記載の化学組成を有するスラブを、950℃以下の累積圧下率が50%以上、仕上圧延終了温度が850℃以下の条件で仕上圧延した後、600~700℃まで平均冷却速度20℃/s以上で冷却し、その後450~600℃まで平均冷却速度2~10℃/sで冷却し巻取りした熱延鋼板を造管、電縫溶接した後、電縫溶接部を900~1050℃に加熱し、加熱後に平均冷却速度10~50℃/sで400~700℃まで冷却する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、母材、電縫溶接部ともに655MPa以上の降伏強度を有し、母材のシャルピー破面遷移温度が-40℃以下であり、-20℃におけるシャルピー靭性値が100J以上である油井用電縫鋼管を提供することができ、産業上の貢献が極めて顕著な効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明に係る油井用電縫鋼管の一実施形態について説明する。
まず、本発明に係る一実施形態の油井用電縫鋼管に好適な鋼の成分組成について述べる。なお、成分組成における「%」は、特に断りがない限り質量%を意味する。また、成分組成における数値範囲において、「~」を用いて表される数値範囲は、特に指定しない限り、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。よって、例えば、0.03~0.10%は0.03%以上、0.10%以下の範囲を意味する。
【0014】
本実施形態に係る油井用電縫鋼管は、以下に説明するように、質量%で、C:0.030~0.100%、Mn:1.30~2.00%、Ti:0.010~0.100%、Nb:0.010~0.100%、N:0.0010~0.0200%、Si:0.01~0.50%、Al:0.001~0.100%、Mo:0.010~0.500%、V:0.010~0.100%を含み、P:0.030%以下、S:0.010%以下、B:0.0010%以下に制限し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有し、Mo%+V%が0.10%以上である。
以下、本発明の油井用電縫鋼管の成分組成を限定した理由について説明する。
【0015】
「C:炭素(0.030~0.100%)」
Cは、鋼の強度発現に寄与する重要な元素であり,C含有量を0.030%以上とする。これより低い炭素量では、母材の強度が低下する。一方、C含有量が0.100%超になると、強度が超過するため、C含有量の上限を0.100%とする。
【0016】
「Mn:マンガン(1.30~2.00%)」
Mnは、鋼の固溶強化元素であり強度確保のために、Mn含有量を1.30%以上とする。Mn含有量が1.3%未満になると固溶強化が不足し、母材強度および電縫溶接部強度が劣化する。Mnを過剰に含有すると、板厚の中央部に粗大なMnSが生成し、母材靭性を損なう場合がある。そのため、Mn含有量の上限を2.00%とする。
「Ti:チタン(0.010~0.100%)」
Tiは、鋼中に炭窒化物を形成し、母材の強度を向上させる元素であるとともに、結晶粒の微細化にも寄与する元素である。Tiを0.010%以上含有することで、鋼の組織を微細化させることが可能であり、Ti含有量を0.010%以上とする。しかし、Ti含有量が0.100%を超えると、粗大な炭窒化物を生成し、母材靭性の低下を招くため、Ti含有量の上限は0.100%とする。
【0017】
「Nb:ニオブ(0.010~0.100%)」
Nbは、靭性の向上及び母材の強度向上にも寄与するために含有する。未再結晶圧延による靭性向上のため、Nb含有量を0.010%以上とする。Nb含有量が0.100%を超えると、粗大炭化物により母材靭性が劣化するため、Nb含有量の上限は0.100%とする。
「N:窒素(0.0010~0.0200%)」
Nは、鋼中に合金窒化物を形成することで結晶粒の粗大化を抑制し、母材の靭性を向上させる。その効果を得るため、N含有量を0.0010%以上とする。一方、0.0200%を超えて含有すると、合金窒化物の生成量が増加し、母材靭性が劣化するため、N含有量の上限は0.0200%とする。
【0018】
「Si:ケイ素(0.01~0.50%)」
Siは、鋼の脱酸剤として使用される元素であり、母材に粗大な酸化物が生成することを抑制し、靭性を向上させる効果がある。その効果を得るため、Si含有量を0.010%以上とする。一方、Si含有量が0.50%を超えると介在物が生成し、靭性が低下する可能性があることから、Si含有量の上限を0.50%とする。
「Al:アルミニウム(0.001~0.100%)」
Alは、Si同様、鋼に脱酸材として含有される。フリー酸素起因の割れ防止のため、Al含有量を0.001%以上とする。一方、Al含有量が0.100%を越えると、Al系酸化物の生成に伴い、靭性が低下するため、Al含有量の上限を0.100%とする。
【0019】
「Mo:モリブデン(0.010~0.500%)」
Moを含有する理由は、析出強化により強度を向上させるためである。その効果を得るため、Mo含有量を0.010%以上とする。多量に含有するとMo炭窒化物の生成により母材靭性を低下させる可能性があるため、Mo含有量の上限を0.500%とする。
「V:バナジウム(0.010~0.100%)」
Vは、鋼の圧延中に炭窒化物を形成し、ピン止め効果により組織を微細化する効果がある。その効果を得るため、V含有量を0.010%以上とする。Vを多量に含有するとV炭窒化物が粗大となり、母材靭性が低下するため、V含有量の上限を0.100%とする。
【0020】
「P:リン(0.030%以下)」
Pは、鋼中に不可避的不純物として存在する元素で、P含有量が0.030%を超えると、粒界に偏析することで靭性を損なうため、P含有量の上限を0.030%とする。
「S:硫黄(0.010%以下)」
Sは、鋼中に不可避的不純物として存在する元素であり、過剰に含有されると鋼の靱性を劣化させるために、S含有量の上限を0.0100%とする。
「B:ホウ素(0.0010%以下)」
Bは、微量で鋼の焼入れ性を高める元素である。B含有量が0.0010%を超えると母材強度が上限を上回るため、B含有量の上限を0.0010%とする。
【0021】
本実施形態では、上記の元素に加えて、前記母材鋼板に、更に、質量%で、Cu:0.05%~0.50%、Ni:0.05%~0.50%、Cr:0.05%~0.50%、Ca:0.0001%~0.0100%、REM:0.0001%~0.0100%から選ばれる1種又は2種以上の元素を含有してもよい。
【0022】
「Cu:銅(0.05~0.50%)」
Cuは、母材の強度向上に有効な元素であり、その効果を得るためには、Cu含有量を0.05%以上とする。しかし、多量に含有しすぎると、微細なCu粒子を生成し、靭性を著しく劣化させるおそれがある。そのため、Cu含有量の上限を0.50%とする。
「Ni:ニッケル(0.05~0.50%)」
Niは、鋼の強度及び靭性の向上に寄与する元素である。それらの効果を得るためには、Ni含有量を0.05%以上とする。しかし、Niを多量に含有すると、強度が高くなりすぎるため、Ni含有量の上限は0.50%とする。
「Cr:クロム(0.05~0.50%)」
Crは、鋼において固溶強化元素であり、その効果を得るためには、Cr含有量を0.05%以上とする。一方で、溶接性を低下させる元素でもあり、多量に含有すると電縫溶接部に生成したCr系介在物により溶接欠陥が発生する。そのため、Cr含有量の上限を0.50%とする。
【0023】
「Ca:カルシウム(0.0001~0.0100%)」
Caは、硫化物系介在物の形態を制御し、鋼の低温靭性を向上させる元素である。その効果を得るため、Ca含有量を0.0001%以上とする。Ca量が0.0100%を超えると、Ca系の粗大な介在物やクラスターが生成し、靭性に悪影響を及ぼすおそれがある。そのため、Ca含有量の上限を0.0100%とする。
【0024】
「REM:希土類元素(0.0001~0.0100%)」
REMは、脱酸剤及び脱硫剤として含有される元素であり、REM含有量を0.0001%以上とする。一方、0.0100%を超えてREMを含有すると、粗大な酸化物を生じて母材の靱性を低下させることがあり、REM含有量の上限を0.0050%とする。
【0025】
上記元素以外の残部は、Fe及び不可避不純物からなる。上記元素以外に、本実施形態の作用効果を害さない元素を微量に含有してもよい。
本実施形態において、Mo%+V%を0.10%以上とする。
MoとVは、電縫溶接部ではともに析出強化により強度向上に寄与する元素である。電縫溶接部強度確保の観点から、Mo%とV%の和で0.10%以上を含有する。
【0026】
本実施形態の油井用電縫鋼管の金属組織およびその比率は以下の通りである。
本実施形態では、フェライトの面積率が10%以上50%以下であり、かつフェライトの平均結晶粒径が20μm以下であり、残部がベイナイト組織となることで、電縫鋼管の母材の強度と靱性をともに向上できるとの知見を得た。本実施形態の成分範囲では、フェライトの面積率が10%未満では靱性が劣化し、50%を超えると強度が低下する。また、フェライトの平均結晶粒径が20μmを超えると靱性が劣化する。残部組織にパーライトが生成すると靱性が劣化する。これらの金属組織は、後述する熱間圧延プロセスを高度に制御することで作りこむことが可能である。
【0027】
なお、フェライトの面積率と平均結晶粒径の測定は、電縫溶接部から管周方向に90°ずれた位置の断面(詳細には、管軸方向に対して垂直な断面)における肉厚中央部において、EBSD(Electron Back Scatter Diffraction Patterns)法により得られた結晶方位情報を基に、Grain Average Misorientation解析(以下GAM解析)により求めることができる。
【0028】
詳細には、該断面を鏡面研磨後、コロイダルシリカによる仕上げ研磨を行った後、Field-Emission型Scanning Electron Microscope(JEOL社製・7001F)を用いて、200μm×300μmの領域について、0.3μmステップにてEBSD法で結晶方位解析を行う。
その後のGAM解析において、15°の結晶方位差で囲まれる領域を一つの結晶粒と定義し、その中の平均の結晶方位差が1°以下のものをフェライトと判定する。判定された各フェライトの円相当直径の相加平均値をフェライトの平均結晶粒径とする。また、上記の測定を別視野で5視野以上測定し、得られた各視野のフェライトの面積率を相加平均することで得られる値を調査した電縫鋼管のフェライトの面積率とする。
また、残部組織の同定は、フェライトの面積率や粒径を測定した断面を鏡面研磨後、ナイタールでエッチングし、光学顕微鏡を用いて400倍で観察することにより行う。
【0029】
次に、本実施形態における油井用電縫鋼管の製造方法について説明する。
まず、上述の組成に調整した溶鋼から連続鋳造法などにより得た鋳片を、加熱炉に装入し加熱する。本実施形態で用いる鋼はTi、Nbの含有量が多いので、鋼片の加熱温度が低いと、未固溶のNb炭化物が生成し、靭性が劣化するために、加熱温度は、1100℃以上にすることが好ましい。一方、加熱温度が高すぎると組織が粗大になり、靭性が劣化するため、加熱温度は1350℃以下とすることが好ましい。
加熱した鋳片を粗圧延した後、950℃以下の温度での累積圧下率が50%以上で、かつ、圧延終了温度が850℃以下の条件で仕上圧延を行う。これらの条件は、鋼の金属組織を微細化し、強度と靱性をともに向上させるために必要である。
【0030】
仕上圧延後、Ar3点以上の温度で冷却を開始することが好ましい。これは、仕上圧延後、フェライト変態が開始されるAr3点未満まで空冷すると、粗大なポリゴナルフェライトが生成し、強度及び靭性が劣化することがあるからである。
Ar3点は母材鋼板の成分から、下記(式1)によって求めることが出来る。
Ar3(℃)=910-310C%-80Mn%-55Ni%-20Cu%-15Cr%-80Mo%…(式1)
【0031】
ここで、(式1)において、C%、Mn%、Ni%、Cu%、Cr%、Mo%は、それぞれ、C、Mn、Ni、Cu、Cr、Moの含有量(質量%)である。
Ni、Cu、Crは任意の含有元素であり、意図的に含有しない場合は、上記(式1)では0として計算する。
前記冷却の開始温度は圧延終了温度に対応する。仕上げ圧延終了後5秒以内に冷却を開始することが好ましい。
【0032】
本実施形態の油井用電縫鋼管を構成する鋼材において、主相であるベイナイトと副相であるフェライトの面積率及びフェライト粒径を制御することは、強度・靱性をバランスさせるために不可欠である。
【0033】
そのために、圧延後のROT(ランアウトテーブル)において、冷却パターンの高度制御を行う。具体的には、第一段の冷却パターンとして、冷却の開始から600~700℃の範囲の冷却停止温度までを平均冷却速度20℃/s以上の冷却速度で冷却する。これにより、仕上圧延により形成された未再結晶組織内の歪みに多数のフェライト核生成サイトが生じる。
第一段の冷却速度が、平均冷却速度20℃/s未満になると、フェライト核生成サイトが少なくフェライトが粗大に生成し、靱性が劣化する。第一段の冷却停止温度が600℃より低いと第二段の冷却でフェライトが十分生成する前にベイナイト変態が起こり、ベイナイト分率が増大することで靱性が劣化する。第一段の冷却停止温度が700℃より高いと第二段の冷却でフェライト粒径が粗大になり靱性が劣化する。
【0034】
第一段の冷却の後、第二段の冷却パターンとして、第一段の冷却終了温度から450~600℃の範囲の冷却停止温度までを平均冷却速度2~10℃/sで冷却する。これにより、第一段の冷却時に生成した多数の核生成サイトから微細なフェライトが生成し、次いで残部がベイナイトに変態する。
第二段の冷却速度が平均冷却速度で2℃/s未満となると、パーライトが生成し、靱性が劣化する。第二段の冷却速度が平均冷却速度で10℃/sを超えると、フェライトが十分生成せず、ベイナイト分率が増大することで靱性が劣化する。第二段の冷却停止温度が450℃より低いと巻き取り後に析出元素が析出できず、強度が低下する。第二段の冷却停止温度が600℃を超えると、パーライトが生成し、靱性が劣化する。なお、第二段の冷却時間が短すぎると所望の金属組織が得られない恐れがあるため、20秒以上であることが好ましい。
【0035】
第二段の冷却停止後10秒以内に巻き取りを実施することが好ましい。
なお、本実施形態で用いる鋼は、板厚10~25mmの鋼管において特に有効である。
【0036】
熱延鋼板を連続的にロール成型し、オープンパイプとした後、突合せ部近傍を融点以上に加熱し、スクイズロールで圧接する電縫溶接を行い、電縫鋼管を得る。その後、電縫溶接部を再加熱した後、平均冷却速度10~50℃/sで400~700℃の範囲の冷却停止温度まで冷却する。
電縫溶接部の再加熱温度は、好ましくは900~1050℃とする。電縫溶接部の加熱温度が900℃を下回ると溶接時に生成した粗大な金属組織が残存する。再加熱温度が1050℃より高いと結晶粒が粗大化する。電縫溶接部再加熱後の平均冷却速度が10℃/sを下回ると電縫溶接部強度が低下する。平均冷却速度が50℃/sを超過すると電縫溶接部に硬質な組織が生成するため電縫溶接部強度が上限を超過する。冷却停止温度が400℃を下回ると析出強化が十分に発現せず、電縫溶接部強度が低くなる。冷却停止温度が700℃を超過すると結晶粒が粗大となり電縫溶接部強度が低くなる。
熱処理・冷却が完了した後、常温まで冷却しサイザーロールにより縮径圧延を行う。縮径圧延の縮径率は0.3~5.0%の範囲とすることが好ましい。
【0037】
以上のようにして製造した電縫鋼管の特性を測定する方法は以下の通りである。
母材部の引張試験は、鋼管の軸方向(圧延方向)の全厚試験片を引張試験片として上記電縫鋼管より採取し、引張試験を行い、降伏強度(YS:0.2%オフセット)及び引張強度(TS)を測定した。ここで、母材の引張試験片は、電縫鋼管のシーム部から周方向に90°の位置に対応する部分から採取する。電縫溶接部の引張試験は、鋼管の周方向(圧延垂直方向)の全厚試験片を引張試験片として、上記電縫鋼管の電縫溶接部が引張試験片の評点間の略中央部になるように採取し、反り矯正をした後、引張試験を行い降伏強度(YS:0.2%オフセット)を測定する。
さらに、電縫鋼管の靭性の測定方法は以下の通りである。
靭性については、周方向(圧延垂直方向)のフルサイズVノッチシャルピー試験片を電縫鋼管の母材(電縫鋼管のシーム部から周方向に90°の位置に対応する部分)より採取し、試験温度0℃~-100℃でVノッチシャルピー試験を行い破面遷移温度を調査するとともに、-20℃での吸収エネルギーを測定する。
【0038】
得られた電縫鋼管は、母材の降伏強度が655MPa以上758MPa以下、母材の引張強度が724MPa以上であり、母材のシャルピー破面遷移温度が-40℃以下、-20℃のシャルピー吸収エネルギーが100J以上であり、電縫溶接部の降伏強度が655MPa以上758MPa以下であることが好ましい。
【実施例】
【0039】
以下に実施例を示す。但し、以下に記載の実施例は具体的な例に沿って説明を行うものであり、本願発明は、以下の実施例で用いた条件に限定されるものではない。
表1に示す組成のNo.1~No.14の発明例のスラブと表1、表2に示すNo.15~No.49の比較例のスラブを、連続鋳造により製造し、1200~1250℃に加熱して粗圧延した後、表3、表4に示す950℃以下の累積圧下率、仕上圧延終了温度の条件で仕上圧延を行い、厚さ17.5mmの鋼板とした。
これらの熱延後の鋼板に対し、仕上圧延後のROT(ランアウトテーブル)において、第一段の冷却パターンとして、表3、表4に示す第一段平均冷却速度にて、第一段冷却停止温度まで冷却を行った。第一段の冷却後、表3、表4に示す第二段平均冷却速度にて、第二段冷却停止温度まで冷却して巻き取りを行い、熱延鋼板を得た。
【0040】
得られた熱延鋼板について、連続的にロール成型し、オープンパイプとした後、突き合わせ部近傍を融点以上に加熱し、スクイズロールで圧接する電縫溶接を行い、電縫鋼管とした。
電縫鋼管の電縫溶接部を表3、表4に示す温度(ERW部加熱温度)に再加熱し、その後、表3、表4に示す平均冷却速度で、表3、表4に示す冷却停止温度まで冷却し、その後冷却を停止し放冷した。常温まで冷却した後、サイザーロールにより縮径圧延を行い、外径406mm、肉厚17.5mmの電縫鋼管を得た。
【0041】
以上のようにして製造した電縫鋼管について、電縫鋼管の金属組織を前述した方法で調査した。また、母材および電縫溶接部の引張試験、母材のシャルピー試験を前述した方法で実施した。
【0042】
表3、表4にフェライト面積率、フェライト平均結晶粒径(μm)と、残部組織の種別として、ベイナイトをB、パーライトをPとして表3、表4に記載した。
また、表3、表4に電縫鋼管の母材降伏強度(MPa)、母材引張強度(MPa)、母材シャルピー吸収エネルギー(J)、母材シャルピー破面遷移温度(℃)、電縫溶接部降伏強度(MPa)をまとめて示す。
【0043】
【0044】
【0045】
【0046】
【0047】
表1、表3に示すように、本発明例のNo.1~No.14の試料は、油井用として好適な母材の降伏強度が655MPa以上758MPa以下、母材の引張強度が724MPa以上であり、母材のシャルピー破面遷移温度が-40℃以下、-20℃のシャルピー吸収エネルギーが100J以上であり、電縫溶接部の降伏強度が655MPa以上758MPa以下であった。
【0048】
表1に示すNo.15の試料はC含有量が望ましい範囲の下限を下回ったため、表3に示すように母材降伏強度が望ましい範囲の下限を下回った。
表1に示すNo.16の試料はC含有量が望ましい範囲の上限を超過したため、表3に示すように母材降伏強度が超過した。
表1に示すNo.17の試料は、Mn含有量が望ましい範囲を下回ったため、固溶強化が不足し、表3に示すように母材降伏強度が下限を下回った。
表1に示すNo.18の試料は、Mn含有量が望ましい範囲の上限を上回ったため、MnS起因の脆化が起こり母材靱性が劣化した。
【0049】
表1に示すNo.19の試料は、Ti含有量が望ましい範囲の下限を下回ったため、結晶粒径が大きくなり、母材靱性が劣化した。
表1に示すNo.20の試料は、Ti含有量が望ましい範囲の上限を超過したため、Ti系炭窒化物が多量に生成し、表3に示すように母材靱性が劣化した。
表1に示すNo.21の試料は、Nb含有量が望ましい範囲の下限を下回ったため、フェライトの結晶粒径が大きくなり、表3に示すように母材靱性が劣化した。
表1に示すNo.22の試料は、Nb含有量が望ましい範囲の上限を超過したため、Nb系炭窒化物が多量に生成し、表3に示すように母材靱性が劣化した。
【0050】
表1に示すNo.23の試料は、N含有量が望ましい範囲の下限を下回ったため、炭窒化物が生成せず、結晶粒径が粗大となり、母材靱性が劣化した。
表1に示すNo.24の試料は、N含有量が望ましい範囲の上限を超過したため、合金炭化物の生成が多くなり,母材靱性が劣化した。
【0051】
表2に示すNo.25の試料は、Si含有量が望ましい範囲の下限を下回ったため、脱酸が不十分となり、表4に示すように母材靱性が劣化した。
表2に示すNo.26の試料は、Si含有量が望ましい範囲の上限を超過したため、多量のSi酸化物が生成し、表4に示すように母材靱性が劣化した。
表2に示すNo.27の試料は、Al含有量が望ましい範囲の下限を下回ったため、脱酸が不十分となり、表4に示すように母材靱性が劣化した。
表2に示すNo.28の試料は、Al含有量が上限を超過したため、多量のAl酸化物が生成し、表4に示すように母材靱性が劣化した。
【0052】
表2に示すNo.29の試料は、Mo含有量が望ましい下限を下回ったため、析出強化が不足し表4に示すように母材強度が低下した。
表2に示すNo.30の試料は、Mo含有量が望ましい範囲の上限を超過したため、Mo炭窒化物が多量に生成し、表4に示すように母材靱性が劣化した。
表2に示すNo.31の試料は、V含有量が望ましい範囲の下限を下回ったため、結晶粒径が大きくなり、表4に示すように母材靱性が劣化した。
表2に示すNo.32の試料は、V含有量が望ましい範囲の上限を超過したため、V炭窒化物が多量に生成し、表4に示すように母材靱性が劣化した。
【0053】
表2に示すNo.33の試料は、P含有量が望ましい範囲の上限を上回ったため、粒界脆化が起こり、表4に示すように母材靱性が劣化した。
表2に示すNo.34の試料は、S含有量が望ましい範囲の上限を上回ったため、粗大な介在物を生成し、表4に示すように母材靱性が劣化した。
表2に示すNo.35の試料は、B含有量が望ましい範囲の上限を上回ったため、焼入れ性が高くなり、表4に示すように母材強度が上限を超過した。
表2に示すNo.36の試料は、(Mo%+V%)の値が望ましい下限を下回ったため、表4に示すように電縫溶接部強度が低下した。
【0054】
表2に示すNo.37の試料は、仕上げ圧延終了温度が望ましい範囲の上限を超過したため、フェライト平均結晶粒径が大きくなり、表4に示すように母材靱性が劣化した。
表2に示すNo.38の試料は、累積圧下率が望ましい範囲の下限を下回ったため、フェライト平均結晶粒径が大きくなり、表4に示すように母材靱性が劣化した。
表2に示すNo.39の試料は、熱間圧延後の第一段の冷却速度が望ましい範囲の下限を下回ったため、フェライト平均結晶粒径が大きくなり、表4に示すように母材靱性が劣化した。
【0055】
表2に示すNo.40の試料は、第一段の冷却停止温度が望ましい範囲の下限を下回ったため、金属組織分率が規定を満足せず、表4に示すように母材靱性が劣化した。
表2に示すNo.41の試料は、第一段の冷却停止温度が望ましい範囲の上限を上回ったため、フェライト平均結晶粒径が大きくなり、表4に示すように母材靱性が劣化した。
表2に示すNo.42の試料は、第二段の冷却速度が望ましい範囲の下限を下回ったため、パーライト組織が生成し、金属組織分率が規定を満足せず、表4に示すように母材靱性が劣化した。
表2に示すNo.43の試料は、第二段の冷却速度が望ましい範囲の上限を上回ったため、金属組織分率が規定を満足せず、表4に示すように母材靱性が劣化した。
【0056】
表2に示すNo.44の試料は、第二段の冷却停止温度が望ましい範囲の下限を下回ったため、析出物が生成せず、表4に示すように母材強度が低下した。
表2に示すNo.45の試料は、第二段の冷却停止温度が望ましい範囲を超過したため、パーライト組織が生成し、金属組織分率が規定を満足せず、表4に示すように母材靱性が劣化した。
表2に示すNo.46の試料は、電縫溶接部熱処理時の冷却速度が望ましい範囲の下限を下回ったため、表4に示すように電縫溶接部強度が低下した。
表2に示すNo.47の試料は、電縫溶接部熱処理時の冷却速度が望ましい範囲の上限を超過したため、表4に示すように電縫溶接部強度が上限を上回った。
【0057】
表2に示すNo.48の試料は、電縫溶接部熱処理時の冷却停止温度が望ましい範囲の下限を下回ったため、析出物が生成せず表4に示すように電縫溶接部強度が低下した。
表2に示すNo.49の試料は、電縫溶接部熱処理時の冷却停止温度が望ましい範囲の上限を超過したため、表4に示すように電縫溶接部強度が低下した。
【0058】
表1~表4の記載から、先に説明した組成範囲であって、先に説明したフェライト面積率、フェライト平均結晶粒径を有する電縫鋼管用鋼板、電縫鋼管であるならば、前述の望ましい降伏強度範囲、引張強度範囲を有し、シャルピー破面遷移温度が-40℃以下であり、-20℃のシャルピー吸収エネルギーが100J以上の優れた特性を得ることができることがわかった。