(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-25
(45)【発行日】2023-02-02
(54)【発明の名称】冷延鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230126BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20230126BHJP
C21D 9/46 20060101ALI20230126BHJP
【FI】
C22C38/00 301T
C22C38/00 301U
C22C38/00 301S
C22C38/58
C21D9/46 J
C21D9/46 F
C21D9/46 G
(21)【出願番号】P 2021551728
(86)(22)【出願日】2020-10-09
(86)【国際出願番号】 JP2020038358
(87)【国際公開番号】W WO2021070951
(87)【国際公開日】2021-04-15
【審査請求日】2022-03-14
(31)【優先権主張番号】P 2019186743
(32)【優先日】2019-10-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2019186957
(32)【優先日】2019-10-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】西尾 拓也
(72)【発明者】
【氏名】中村 亮介
(72)【発明者】
【氏名】東 昌史
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/055695(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/147400(WO,A1)
【文献】特開2007-277661(JP,A)
【文献】国際公開第2019/122965(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/015239(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/58
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C:0.140%超、0.400%未満、
Si:0.35%超、1.50%未満、
Mn:1.30%超、3.50%未満、
P:0.100%以下、
S:0.010%以下、
Al:0.100%以下、
N:0.0100%以下、
Ti:0%以上、0.050%未満、
Nb:0%以上、0.050%未満、
V:0%以上、0.50%以下、
Cu:0%以上、1.00%以下、
Ni:0%以上、1.00%以下、
Cr:0%以上、1.00%以下、
Mo:0%以上、0.50%以下、
B:0%以上、0.0100%以下、
Ca:0%以上、0.0100%以下、
Mg:0%以上、0.0100%以下、
REM:0%以上、0.0500%以下、および
Bi:0%以上、0.050%以下、を含有し、
残部がFeおよび不純物からなり、
表面から板厚の1/4の位置における組織が、体積率で、
80.0%以上の焼戻しマルテンサイト、
2.5%超、10.0%未満の残留オーステナイト、
合計で0%以上、15.0%以下のフェライトおよびベイナイト、
0%以上、3.0%以下のマルテンサイト、および
残部組織を含み、
前記組織において、
ランダム比強度Iqの最大が4.0以下であり、
前記ランダム比強度Iqが最大となる結晶方位から10°以内の方位を有する領域Rqの平均径が10.0μm以下であり、
前記領域Rqの面密度が1000個/mm
2以上であり、
引張強度が1310MPa以上、均一伸びが5.0%以上、TS×λが35000MPa・%以上である、
冷延鋼板。
【請求項2】
前記表面から板厚方向に100μmまでの範囲の組織において、
ランダム比強度Isの最大が4.0以下であり、
前記ランダム比強度Isが最大となる結晶方位から10°以内の方位を有する領域Rsの平均径が10.0μm以下であり、
前記領域Rsの面密度が1000個/mm
2以上であり、
90°V曲げでの限界曲げRと板厚tとの比であるR/tが5.0以下である、請求項1に記載の冷延鋼板。
【請求項3】
前記引張強度が1400MPa以上である、
請求項1または2に記載の冷延鋼板。
【請求項4】
前記化学組成が、質量%で、
Ti:0.001%以上、0.050%未満、
Nb:0.001%以上、0.050%未満、
V:0.01%以上、0.50%以下、
Cr:0.01%以上、1.00%以下、
Ni:0.01%以上、1.00%以下、
Cu:0.01%以上、1.00%以下、
Mo:0.01%以上、0.50%以下、
B:0.0001%以上、0.0100%以下、
Ca:0.0001%以上、0.0100%以下、
Mg:0.0001%以上、0.0100%以下、
REM:0.0005
%以上、0.0500%以下、および
Bi:0.0005
%以上、0.050%以下、
から選択される1種または2種以上を含有する、
請求項1~3のいずれか一項に記載の冷延鋼板。
【請求項5】
前記表面に溶融亜鉛めっき層を備える、請求項1~4のいずれか一項に記載の冷延鋼板。
【請求項6】
前記溶融亜鉛めっき層が、合金化溶融亜鉛めっき層である、請求項5に記載の冷延鋼板。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか一項に記載の冷延鋼板の製造方法であって、質量%で、C:0.140%超、0.400%未満、Si:0.35%超、1.50%未満、Mn:1.30%超、3.50%未満、P:0.100%以下、S:0.010%以下、Al:0.100%以下、N:0.0100%以下、Ti:0%以上、0.050%未満、Nb:0%以上、0.050%未満、V:0%以上、0.50%以下、Cr:0%以上、1.00%以下、Ni:0%以上、1.00%以下、Cu:0%以上、1.00%以下、Mo:0%以上、0.50%以下、B:0%以上、0.0100%以下、Ca:0%以上、0.0100%以下、Mg:0%以上、0.0100%以下、REM:0%以上、0.0500%以下、およびBi:0%以上、0.050%以下、を含有し、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有する鋳造スラブを直接または一旦冷却した後1100℃以上に加熱し、最終段における圧延温度FTが920℃以上、圧下率が15%以下となる条件で熱間圧延を行って熱延鋼板を得る熱間圧延工程と、
前記熱延鋼板を、750℃から650℃の温度域を10秒以内に通過するように冷却する冷却工程と、
前記冷却工程後の前記熱延鋼板を、650℃以下で巻き取る巻き取り工程と、
前記巻き取り工程後の前記熱延鋼板を酸洗し、60%以下の累積圧下率で冷間圧延を行って冷延鋼板とする冷間圧延工程と、
前記冷延鋼板を、550℃から750℃までを1.0℃/s以上、50.0℃/s以下の平均加熱速度で加熱し、820℃以上で均熱する焼鈍工程と、
前記焼鈍工程後の前記冷延鋼板を、700℃から600℃の温度域および450℃から350℃の温度域の平均冷却速度が5℃/s以上となるように、50℃以上250℃以下の温度まで冷却する焼鈍冷却工程と、
前記焼鈍冷却工程後の前記冷延鋼板を、200℃以上、350℃未満の温度域で1秒以上焼き戻す焼戻し工程と、
を備える、冷延鋼板の製造方法。
【請求項8】
前記熱間圧延工程において、前記最終段における前記圧延温度FTが920℃以上960℃以下、圧下率が10%以上15%以下、かつ摩擦係数μが0.15以上となる条件で前記熱間圧延を行い、
前記焼鈍工程において、前記冷延鋼板を、550℃から750℃までを3.0℃/s以上、50.0℃/s以下の平均加熱速度で加熱し、820℃以上にて均熱する、
請求項7に記載の冷延鋼板の製造方法。
【請求項9】
前記焼鈍冷却工程において、前記焼鈍工程後の前記冷延鋼板を、700℃から600℃の温度域および450℃から350℃の温度域の平均冷却速度が5℃/s以上となるように、50℃以上220℃未満の温度まで冷却する、
請求項7または8に記載の冷延鋼板の製造方法。
【請求項10】
前記化学組成が、質量%で、Ti:0.001%以上、0.050%未満、Nb:0.001%以上、0.050%未満、V:0.01%以上、0.50%以下、Cr:0.01%以上、1.00%以下、Ni:0.01%以上、1.00%以下、Cu:0.01%以上、1.00%以下、Mo:0.01%以上、0.50%以下およびB:0.0001%以上、0.0100%以下、Ca:0.0001%以上、0.0100%以下、Mg:0.0001%以上、0.0100%以下、REM:0.0005
%以上、0.0500%以下およびBi:0.0005
%以上、0.050%以下から選択される1種または2種以上を含有する、請求項7~9のいずれか一項に記載の冷延鋼板の製造方法。
【請求項11】
前記焼鈍冷却工程において、さらに、450℃超、600℃未満の温度域にて溶融亜鉛めっきを施し、任意に合金化処理を行う、請求項7~10のいずれか一項に記載の冷延鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、冷延鋼板およびその製造方法に関する。
本願は、2019年10月10日に、日本に出願された特願2019-186743号及び、2019年10月10日に、日本に出願された特願2019-186957号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
産業技術分野が高度に分業化した今日、各技術分野において用いられる材料には、特殊かつ高度な性能が要求されている。特に、自動車用鋼板に関しては、地球環境への配慮から、車体を軽量化して燃費を向上させるために、板厚が薄く、成形性に優れる高張力冷延鋼板の需要が著しく高まっている。自動車用鋼板の中でも特に車体骨格部品に使用される冷延鋼板については、高い強度が要求されるようになり、さらに適用拡大に向けた高い成形性が要求されている。自動車用鋼板として必要とされる特性を例示すると、引張強度(TS)が1310MPa以上、均一伸びが5.0%以上、TS×λ(穴広げ)が35000MPa・%以上である。または、加工方法や、適用される部品によっては、90°V曲げでの限界曲げRと板厚tとの比(R/t)が5.0以下であること、さらに、耐水素脆化特性に優れることも求められる。
【0003】
均一伸びなどの延性を確保するためにはフェライトを含む組織とすることが有効であるものの、フェライトを含む組織で1310MPa以上の強度を得るためには、第二相を硬くする必要がある。しかしながら、硬質な第二相は穴広げ性や曲げ性を劣化させる。
【0004】
一方で、高強度鋼板の穴広げ性、曲げ性、耐水素脆化特性を向上させる技術として、焼戻しマルテンサイトを主相とする鋼板が提案されている(例えば、特許文献1及び2、参照)。特許文献1及び2では、ミクロ組織を焼戻しマルテンサイト単相の組織とすることで穴広げ性、曲げ性、耐水素脆化特性に優れることが示されている。
しかしながら、特許文献1の発明においては、引張強度が1310MPa未満と低い。そのため、より高強度化を目指す場合には、それに伴って劣化する加工性、曲げ性、耐水素脆化特性をより向上させる必要がある。また、特許文献2の発明においては、1310MPa以上の高強度を達成できるものの、焼き入れ時の冷却において室温付近まで冷却するので、残留オーステナイトの体積率が少なく、高い均一伸びが得られないという課題がある。
【0005】
また、特許文献3には、高強度化と高い成形性とを両立させる技術として、残留オーステナイトによるTRIP効果を利用した鋼板が提案されている。
しかしながら、特許文献3の鋼板ではフェライト相を有するために1310MPa以上の高強度が得難く、組織内の強度差があるために穴広げ成形性や曲げ性に劣る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】日本国特開2009-30091号公報
【文献】日本国特開2010-215958号公報
【文献】日本国特開2006-104532号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述の通り、従来、引張強度(TS)が1310MPa以上の高強度及び高い成形性を有する鋼板、好ましくはさらに、曲げ性及び耐水素脆化特性を有する鋼板は提案されていなかった。
本発明は、上記の問題点を解決するためになされたものであり、その課題は、高強度鋼板で課題となる成形性に優れる高強度鋼板およびその製造方法を提供することである。本発明において、高強度とは引張強度(TS)が1310MPa以上であることを指し、成形性に優れるとは、均一伸びが5.0%以上、かつTS×λ(穴広げ)が35000MPa・%以上であることを指す。
本発明の好ましい課題は、高強度鋼板で課題となる成形性に優れ、かつ十分な曲げ性及び耐水素脆化特性を有する高強度鋼板およびその製造方法を提供することである。本発明において、曲げ性に優れるとは、90°V曲げでの限界曲げRと板厚との比(R/t)が5.0以下であることを示す。
本発明において、冷延鋼板とは、表面に溶融亜鉛めっき層を有する溶融亜鉛めっき鋼板、及び表面に合金化溶融亜鉛めっき層を有する合金化溶融亜鉛めっき鋼板を含む。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、高強度冷延鋼板の機械的特性に及ぼす化学組成および製造条件の影響について詳細な調査を行った。その結果、金属組織を、残留オーステナイトを所定量以上含む焼戻しマルテンサイト主体の組織とした上で、鋼板内部(例えば表面から板厚の1/4の位置)の集合組織を制御することによって、強度と成形性とを高いレベルで両立できることを見出した。また、熱延条件を制御した上で、60%以下の累積圧下率の冷間圧延を行い、その後、550℃から750℃までを1.0℃/s以上50℃/s以下の平均加熱速度で加熱し、γ単相域で均熱する焼鈍を行うことで、焼鈍時の再結晶を抑制し、逆変態を促進させることができ、その結果、成形性に有利なランダムな集合組織を得ることが出来ることを見出した。
さらに、本発明者らが検討を行った結果、上記の制御に加えて、表層部の集合組織を制御することによって、強度と成形性とに加えて、曲げ性及び耐水素脆化特性をいずれも高いレベルで得られることを見出した。
本発明は上記の知見に基づいてなされた。本発明の要旨は、以下のとおりである。
【0009】
本発明は上記の知見に基づいてなされた。本発明の要旨は、以下のとおりである。
[1]本発明の一態様に係る冷延鋼板は、化学組成が、質量%で、C:0.140%超、0.400%未満、Si:0.35%超、1.50%未満、Mn:1.30%超、3.50%未満、P:0.100%以下、S:0.010%以下、Al:0.100%以下、N:0.0100%以下、Ti:0%以上、0.050%未満、Nb:0%以上、0.050%未満、V:0%以上、0.50%以下、Cu:0%以上、1.00%以下、Ni:0%以上、1.00%以下、Cr:0%以上、1.00%以下、Mo:0%以上、0.50%以下、B:0%以上、0.0100%以下、Ca:0%以上、0.0100%以下、Mg:0%以上、0.0100%以下、REM:0%以上、0.0500%以下、およびBi:0%以上、0.050%以下、を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、表面から板厚の1/4の位置における組織が、体積率で、80.0%以上の焼戻しマルテンサイト、2.5%超、10.0%未満の残留オーステナイト、合計で0%以上、15.0%以下のフェライトおよびベイナイト、0%以上、3.0%以下のマルテンサイト、および残部組織を含み、前記組織において、ランダム比強度Iqの最大が4.0以下であり、前記ランダム比強度Iqが最大となる結晶方位から10°以内の方位を有する領域Rqの平均径が10.0μm以下であり、前記領域Rqの面密度が1000個/mm2以上であり、引張強度が1310MPa以上、均一伸びが5.0%以上、TS×λが35000MPa・%以上である。
[2]上記[1]に記載の冷延鋼板は、前記表面から板厚方向に100μmまでの範囲の組織において、ランダム比強度Isの最大が4.0以下であり、前記ランダム比強度Isが最大となる結晶方位から10°以内の方位を有する領域Rsの平均径が10.0μm以下であり、前記領域Rsの面密度が1000個/mm2以上であり、90°V曲げでの限界曲げRと板厚tとの比であるR/tが5.0以下であってもよい。
[3]上記[1]または[2]に記載の冷延鋼板は、前記引張強度が1400MPa以上であってもよい。
[4]上記[1]~[3]のいずれかに記載の冷延鋼板は、前記化学組成が、質量%で、Ti:0.001%以上、0.050%未満、Nb:0.001%以上、0.050%未満、V:0.01%以上、0.50%以下、Cr:0.01%以上、1.00%以下、Ni:0.01%以上、1.00%以下、Cu:0.01%以上、1.00%以下、Mo:0.01%以上、0.50%以下、B:0.0001%以上、0.0100%以下、Ca:0.0001%以上、0.0100%以下、Mg:0.0001%以上、0.0100%以下、REM:0.0005%以上、0.0500%以下、およびBi:0.0005%以上、0.050%以下、
から選択される1種または2種以上を含有してもよい。
[5]上記[1]~[4]のいずれかに記載の冷延鋼板は、前記表面に溶融亜鉛めっき層を備えてもよい。
[6]上記[5]に記載の冷延鋼板は、前記溶融亜鉛めっき層が、合金化溶融亜鉛めっき層であってもよい。
[7]本発明の別の態様に係る冷延鋼板の製造方法は、上記[1]~[6]のいずれかに記載の冷延鋼板の製造方法であって、質量%で、C:0.140%超、0.400%未満、Si:0.35%超、1.50%未満、Mn:1.30%超、3.50%未満、P:0.100%以下、S:0.010%以下、Al:0.100%以下、N:0.0100%以下、Ti:0%以上、0.050%未満、Nb:0%以上、0.050%未満、V:0%以上、0.50%以下、Cr:0%以上、1.00%以下、Ni:0%以上、1.00%以下、Cu:0%以上、1.00%以下、Mo:0%以上、0.50%以下、B:0%以上、0.0100%以下、Ca:0%以上、0.0100%以下、Mg:0%以上、0.0100%以下、REM:0%以上、0.0500%以下、およびBi:0%以上、0.050%以下、を含有し、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有する鋳造スラブを直接または一旦冷却した後1100℃以上に加熱し、最終段における圧延温度FTが920℃以上、圧下率が15%以下となる条件で熱間圧延を行って熱延鋼板を得る熱間圧延工程と、前記熱延鋼板を、750℃から650℃の温度域を10秒以内に通過するように冷却する冷却工程と、前記冷却工程後の前記熱延鋼板を、650℃以下で巻き取る巻き取り工程と、前記巻き取り工程後の前記熱延鋼板を酸洗し、60%以下の累積圧下率で冷間圧延を行って冷延鋼板とする冷間圧延工程と、前記冷延鋼板を、550℃から750℃までを1.0℃/s以上、50.0℃/s以下の平均加熱速度で加熱し、820℃以上で均熱する焼鈍工程と、前記焼鈍工程後の前記冷延鋼板を、700℃から600℃の温度域および450℃から350℃の温度域の平均冷却速度が5℃/s以上となるように、50℃以上250℃以下の温度まで冷却する焼鈍冷却工程と、前記焼鈍冷却工程後の前記冷延鋼板を、200℃以上、350℃未満の温度域で1秒以上焼き戻す焼戻し工程と、
を備える。
[8]上記[7]に記載の冷延鋼板の製造方法は、前記熱間圧延工程において、前記最終段における前記圧延温度FTが920℃以上960℃以下、圧下率が10%以上15%以下、かつ摩擦係数μが0.15以上となる条件で前記熱間圧延を行い、前記焼鈍工程において、前記冷延鋼板を、550℃から750℃までを3.0℃/s以上、50.0℃/s以下の平均加熱速度で加熱し、820℃以上にて均熱してもよい。
[9]上記[7]または[8]に記載の冷延鋼板の製造方法は、前記焼鈍冷却工程において、前記焼鈍工程後の前記冷延鋼板を、700℃から600℃の温度域および450℃から350℃の温度域の平均冷却速度が5℃/s以上となるように、50℃以上220℃未満の温度まで冷却してもよい。
[10]上記[7]~[9]のいずれかに記載の冷延鋼板の製造方法は、前記化学組成が、質量%で、Ti:0.001%以上、0.050%未満、Nb:0.001%以上、0.050%未満、V:0.01%以上、0.50%以下、Cr:0.01%以上、1.00%以下、Ni:0.01%以上、1.00%以下、Cu:0.01%以上、1.00%以下、Mo:0.01%以上、0.50%以下およびB:0.0001%以上、0.0100%以下、Ca:0.0001%以上、0.0100%以下、Mg:0.0001%以上、0.0100%以下、REM:0.0005%以上、0.0500%以下およびBi:0.0005%以上、0.050%以下から選択される1種または2種以上を含有してもよい。
[11]上記[7]~[10]のいずれかに記載の冷延鋼板の製造方法は、前記焼鈍冷却工程において、さらに、450℃超、600℃未満の温度域にて溶融亜鉛めっきを施し、任意に合金化処理を行ってもよい。
【発明の効果】
【0010】
本発明の上記態様によれば、引張強度(TS)が1310MPa以上、均一伸びが5.0%以上、TS×λが35000MPa・%以上の、高強度かつ成形性に優れる冷延鋼板及びその製造方法が得られる。このような鋼板は、プレス成形などの加工に適用できる十分な成形性を有する。そのため、本発明は自動車の車体軽量化を通じて地球環境問題の解決に寄与できるなど産業の発展に寄与する。
また、本発明の好ましい態様によれば、引張強度(TS)が1310MPa以上、均一伸びが5.0%以上、TS×λが35000MPa・%以上で、かつ、90°V曲げでの限界曲げRと板厚tとの比(R/t)が5.0以下であり、耐水素脆化特性に優れる冷延鋼板及びその製造方法が得られる。このような鋼板は、プレス成形などの加工に適用できる十分な成形性を有し、耐水素脆化特性に優れる。そのため、本発明は自動車の車体軽量化を通じて地球環境問題の解決に寄与できるなど産業の発展に寄与する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】表面から板厚の1/4の位置の、集合組織のランダム比強度の最大及びランダム比強度が最大となる結晶方位から10°以内の方位を有する領域の平均径と、TS×λと、の関係を示す図である。
図1中、〇は、TS×λ≧35000MPa・%の鋼板であり、×は、TS×λ<35000MPa・%の鋼板である。
【
図2】表面から板厚の1/4の位置の、集合組織のランダム比強度の最大及びランダム比強度が最大となる結晶方位から10°以内の方位を有する領域の面密度と、TS×λと、の関係を示す図である。
図2中、〇は、TS×λ≧35000MPa・%の鋼板であり、×は、TS×λ<35000MPa・%の鋼板である。
【
図3】熱間圧延の仕上げ温度及び巻き取り温度と、表面から板厚の1/4の位置の、集合組織のランダム比強度と、の関係を示す図である。
図3中、〇は、集合組織のランダム比強度≦4.0の鋼板であり、×は、集合組織のランダム比強度>4.0の鋼板である。
【
図4】焼鈍時の均熱温度及び巻き取り温度と、表面から板厚の1/4の位置の、ランダム比強度が最大となる結晶方位から10°以内の方位を有する領域の径及び面密度と、の関係を示す図である。
図4中、〇は、ランダム比強度が最大となる結晶方位から10°以内の方位を有する領域の径≦10μmかつ面密度≧1000個/mm
2の鋼板であり、×は、ランダム比強度が最大となる結晶方位から10°以内の方位を有する領域の径>10μmかつ面密度<1000個/mm
2の鋼板である。
【
図5】表層部の、集合組織のランダム比強度の最大及びランダム比強度が最大となる結晶方位から10°以内の方位を有する領域の平均径と、耐水素脆化特性と、の関係を示す図である。
図5中、〇は、耐水素脆化特性が良好な鋼板であり、×は、耐水素脆化特性が良好でない鋼板である。
【
図6】表層部の、集合組織のランダム比強度の最大及びランダム比強度が最大となる結晶方位から10°以内の方位を有する領域の面密度と、耐水素脆化特性と、の関係を示す図である。
図6中、〇は、耐水素脆化特性が良好な鋼板であり、×は、耐水素脆化特性が良好でない鋼板である。
【
図7】熱間圧延の仕上げ温度及び巻き取り温度と、表層部の、集合組織のランダム比強度と、の関係を示す図である。
図7中、〇は、集合組織のランダム比強度≦4.0の鋼板であり、×は、集合組織のランダム比強度>4.0の鋼板である。
【
図8】焼鈍時の均熱温度及び巻き取り温度と、表層部の、ランダム比強度が最大となる結晶方位から10°以内の方位を有する領域の径及び面密度と、の関係を示す図である。
図8中、〇は、ランダム比強度が最大となる結晶方位から10°以内の方位を有する領域の径≦10μmかつ面密度≧1000個/mm
2の鋼板であり、×は、ランダム比強度が最大となる結晶方位から10°以内の方位を有する領域の径>10μmかつ面密度<1000個/mm
2の鋼板である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の一実施形態に係る冷延鋼板(以下、本実施形態に係る鋼板という場合がある)について説明する。
本実施形態に係る鋼板における金属組織、化学組成およびその鋼板を効率的、安定的かつ経済的に製造しうる製造方法について以下に詳述する。本実施形態に係る鋼板は、表面にめっき層を有しない冷延鋼板だけでなく、表面に溶融亜鉛めっき層を備える溶融亜鉛めっき鋼板、または表面に合金化溶融亜鉛めっきを備える合金化溶融亜鉛めっき鋼板を含み、これらの主要条件は溶融亜鉛めっき鋼板、合金化溶融亜鉛めっき鋼板にも共通である。
【0013】
1.金属組織(ミクロ組織)
まず、本実施形態に係る鋼板の金属組織について説明する。
本実施形態に係る鋼板の金属組織の説明において、組織分率は体積率で表す。従って、特に断りがなければ「%」は「体積%」を表す。
【0014】
本実施形態に係る鋼板(冷延鋼板、溶融亜鉛めっき鋼板及び合金化溶融亜鉛めっき鋼板を含む)は、表面から板厚の1/4(1/4厚)の位置における組織が、体積率で、80.0%以上の焼戻しマルテンサイトと、2.5%超、10.0%未満の残留オーステナイトと、合計で0%以上、15.0%以下のフェライトおよびベイナイトと、0%以上、3.0%以下のマルテンサイトとを含む。
【0015】
<焼戻しマルテンサイト:80.0%以上>
焼戻しマルテンサイトは、マルテンサイト(いわゆるフレッシュマルテンサイト)と同様に、ラス状の結晶粒の集合である。一方で、マルテンサイトとは異なり、焼戻しにより内部に微細な鉄系炭化物を含む硬質な組織である。焼戻しマルテンサイトは、焼鈍後の冷却等により生成したマルテンサイトを熱処理等により焼戻すことで得られる。
焼戻しマルテンサイトは、マルテンサイトに比して、脆くなく、延性を有する組織である。本実施形態に係る鋼板では、強度、穴広げ性、曲げ性及び耐水素脆化特性を向上させるため、焼戻しマルテンサイトの体積率を80.0%以上とする。好ましくは体積率で85.0%以上である。焼戻しマルテンサイトの体積率は97.5%未満である。
【0016】
<残留オーステナイト:2.5%超、10.0%未満>
残留オーステナイトは、TRIP効果により鋼板の延性を向上させ均一伸びの向上に寄与する。そのため、残留オーステナイトの体積率は、2.5%超とする。残留オーステナイトの体積率は、3.5%超が好ましく、4.5%超がより好ましい。
一方、残留オーステナイトの体積率が過剰になると、残留オーステナイトの粒径が大きくなる。このような粒径の大きな残留オーステナイトは、変形後に粗大かつ硬質なマルテンサイトとなる。この場合、割れの起点が発生しやすくなり、穴広げ性や曲げ性が劣化する。このため、残留オーステナイトの体積率は、10.0%未満とする。残留オーステナイトの体積率は、8.0%未満が好ましく、7.0%未満がより好ましい。
【0017】
<フェライトおよびベイナイト:合計で0%以上、15.0%以下>
フェライトは、二相域焼鈍、もしくは焼鈍後の緩冷却で得られる軟質な相である。フェライトは、マルテンサイトのような硬質相と混在する場合には鋼板の延性を向上させるが、1310MPa以上の高強度を達成するためには、フェライトの体積率を制限する必要がある。
また、ベイナイトは焼鈍後に350℃以上、450℃以下に一定時間保持することで得られる相である。ベイナイトは、マルテンサイトに対して軟質であるので延性を向上させる効果があるが、1310MPa以上の高強度を達成するためには、上記のフェライト同様に体積率を制限する必要がある。
したがって、フェライトおよびベイナイトの体積率は、合計で15.0%以下とする。好ましくは10.0%以下である。フェライト及びベイナイトは含まれなくてもよいので、それぞれの下限は0%である。
また、フェライトはベイナイトに対して軟質であるので、フェライト及びベイナイトの合計体積率が15.0%以下の場合に、1310MPa以上の高強度を達成するためには、フェライトの体積率は10.0%未満であることが好ましい。
【0018】
<マルテンサイト:0%以上、3.0%以下>
マルテンサイト(フレッシュマルテンサイト)は、最終冷却時にオーステナイトから変態することで生成する、ラス状の結晶粒の集合である。マルテンサイトは硬質で脆く、変形時の割れ起点となり易いので、マルテンサイトの体積率が多いと、穴広げ性や曲げ性が劣化する。このため、マルテンサイトの体積率は3.0%以下とする。マルテンサイトの体積率は、2.0%以下が好ましく、1.0%以下がさらに好ましい。マルテンサイトは含まれなくてもよいので下限は0%である。
【0019】
表面から板厚の1/4の位置における組織では、上記の他に、残部組織として、パーライトを含んでもよい。しかしながら、パーライトは、組織内にセメンタイトを有する組織であり、強度の向上に寄与する鋼中のC(炭素)を消費する。そのため、パーライト体積率が5.0%超であると、鋼板の強度が低下する。そのため、パーライトの体積率は、5.0%以下とすることが好ましい。パーライトの体積率は、好ましくは3.0%以下であり、より好ましくは1.0%以下である。
【0020】
本実施形態に係る鋼板の表面から板厚の1/4の位置の組織における体積率は、次のようにして測定する。
すなわち、フェライト、ベイナイト、マルテンサイト、焼戻しマルテンサイト、パーライトの体積率は、鋼板の圧延方向、幅方向に対し任意の位置から試験片を採取し、圧延方向に平行な縦断面を研磨し、表面から板厚の1/4(1/4厚)の位置において、ナイタールエッチングにより現出した金属組織を、SEMを用いて観察する。SEM観察では3000倍の倍率で30μm×50μmの視野を5視野観察し、観察された画像から、各組織の面積率を測定し、その平均値を算出する。圧延方向に対して垂直方向(鋼板幅方向)には組織変化がなく、圧延方向に平行な縦断面の面積率は体積率と等しいので、組織観察で得られた面積率を、それぞれの体積率とする。
【0021】
各組織の面積率の測定に際し、下部組織が現出せず、かつ、輝度の低い領域をフェライトとする。また、下部組織が現出せず、かつ、輝度の高い領域をマルテンサイトまたは残留オーステナイトとする。また、下部組織が現出した領域を、焼戻しマルテンサイトまたはベイナイトとする。
【0022】
ベイナイトと焼戻しマルテンサイトとは、さらに粒内の炭化物を注意深く観察することにより区別することができる。
具体的には、焼戻しマルテンサイトは、マルテンサイトラスと、ラス内部に生成したセメンタイトとから構成される。このとき、マルテンサイトラス及びセメンタイトの結晶方位関係は2種類以上存在するので、焼戻しマルテンサイトを構成するセメンタイトは複数のバリアントを持つ。一方で、ベイナイトは、上部ベイナイトと下部ベイナイトとに分類される。上部ベイナイトは、ラス状のベイニティックフェライトと、ラス界面に生成したセメンタイトから構成されるため、焼戻しマルテンサイトとは容易に区別できる。下部ベイナイトは、ラス状のベイニティックフェライトと、ラス内部に生成したセメンタイトから構成される。このとき、ベイニティックフェライト及びセメンタイトの結晶方位関係は、焼戻しマルテンサイトとは異なり1種類であり、下部ベイナイトを構成するセメンタイトは同一のバリアントを持つ。従って、下部ベイナイトと焼戻しマルテンサイトとは、セメンタイトのバリアントに基づいて区別できる。
一方、マルテンサイトと残留オーステナイトとは、SEM観察では明確には区別できない。そのため、マルテンサイトの体積率は、マルテンサイトまたは残留オーステナイトであると判断された組織の体積率から、後述する方法で算出した残留オーステナイトの体積率を減じることで算出する。
【0023】
残留オーステナイトの体積率は、鋼板の任意の位置から試験片を採取し、鋼板表面から板厚の1/4の位置まで圧延面を化学研磨し、MoKα線によるフェライトの(200)、(210)面積分強度とオーステナイトの(200)、(220)、および(311)面積分強度から定量化する。
【0024】
2.集合組織
2.1 表面から板厚の1/4の位置における集合組織
本実施形態に係る鋼板(鋼板には冷延鋼板、溶融亜鉛めっき鋼板、合金化溶融亜鉛めっき鋼板を含む)は、表面から板厚の1/4(1/4厚)の位置における集合組織が、後述する方法で測定したランダム比強度(Iq)の最大が4.0以下であり、ランダム比強度(Iq)が最大となる結晶方位から10°以内の方位の領域(Rq)の平均径(平均領域径)が10.0μm以下で、かつその領域(ランダム比強度が最大となる結晶方位から10°以内の方位を有する領域:Rq)の面密度が1000個/mm2以上である。
【0025】
<最大のランダム比強度:4.0以下>
本実施形態に係る鋼板は、焼き戻しマルテンサイト主体の金属組織であり、上述の通り、集合組織の制御が穴広げ性の向上に有効となる。
本発明者らの調査によると、集合組織のランダム化により穴広げ性が向上する。集合組織が穴広げ性に影響するメカニズムは明らかではないが、集合組織が強い場合、あるいは鋼板中に同方位の結晶方位の粗大な領域が存在する場合には、穴広げ試験のような加工時に歪が集中しやすくなり、破断が起きやすくなると推定される。すなわち、集合組織がランダムに近いことが重要となる。本実施形態に係る鋼板においては、集合組織のランダム比強度(Iq)の最大を4.0以下とする。より好ましくはランダム比強度の最大が3.5以下である。
【0026】
<ランダム比強度が最大となる結晶方位から10°以内の方位を有する領域の平均径が10.0μm以下、かつその領域の面密度が1000個/mm2以上>
本実施形態に係る鋼板では、ランダム比強度(Iq)の最大だけでなく、ランダム比強度が最大となる結晶方位から10°以内の方位の領域(Rq)の平均領域径を10.0μm以下、かつランダム比強度(Iq)が最大となる結晶方位から10°以内の方位を有する領域(Rq)の面密度を1000個/mm2以上とする。
ランダム比強度が最大となる結晶方位から10°以内の方位を有する領域(Rq)の平均径が10.0μm超であると、その領域内で穴広げ試験時の歪の集中が起こりやすくなり、穴広げ性が劣化する。
また、そのような領域の面密度が1000個/mm2未満となるような、結晶方位がランダム化されていない組織となる場合も、同じく穴広げ試験時の歪の集中が起こりやすく、穴広げ性が劣化する。
好ましくは、ランダム比強度(Iq)が最大となる結晶方位から10°以内の方位の領域(Rq)の平均領域径が8.0μm以下で、かつそのような領域の面密度が1200個/mm2以上であり、より好ましくは、ランダム比強度(Iq)が最大となる結晶方位から10°以内の方位の領域(Rq)の平均領域径が6.0μm以下で、かつそのような領域の面密度が1500個/mm2以上である。
【0027】
本実施形態に係る鋼板の表面から板厚の1/4の位置における集合組織において、ランダム比強度の最大値、ランダム比強度が最大となる結晶方位から10°以内の方位を有する領域の平均径及び面密度は、次のようにして測定する。すなわち、圧延方向に平行な縦断面の、表面から板厚の1/4の位置を中心とする厚さ方向100μm、長手方向1000μmの範囲を、EBSD(Electron Back Scattering Diffraction)で測定し、EBSDに付属のソフトであるTSL OIM Analysisを用いてODF計算し、ODF空間におけるΦ2=45°断面における最大強度を評価し、この最大強度から、ランダム比強度の最大、ランダム比強度が最大となる結晶方位から10°以内の方位を有する領域の平均径及び面密度を求める。
【0028】
2.2 表層部の集合組織
本実施形態に係る鋼板は、表面から板厚の1/4の位置が上述した集合組織を有した上で、表面から100μmまでの範囲(表層部)において、後述する方法で測定したランダム比強度(Is)の最大が4.0以下であり、ランダム比強度(Is)が最大となる結晶方位から10°以内の方位を有する領域(Rs)の平均径(平均領域径)が10.0μm以下で、かつその領域(ランダム比強度が最大となる結晶方位から10°以内の方位を有する領域:Rs)の面密度が1000個/mm2以上である、集合組織を有することが好ましい。
【0029】
<最大のランダム比強度:4.0以下>
本発明者らが鋭意検討を行った結果、表面から100μmまでの範囲である表層部において、集合組織をランダム化することで、曲げ性と耐水素脆化特性とが向上することが分かった。曲げ性及び耐水素脆化特性が向上するメカニズムは明らかではないが、集合組織が強い場合、あるいは鋼板中に同方位の結晶方位の粗大な領域が存在する場合には、曲げ試験のような加工時に歪が集中しやすくなり、曲げ試験での破断が起きやすくなると推定される。また、耐水素脆化特性評価における予歪での曲げ変形に一番変形が偏るのは鋼板表面であるが、その鋼板表面が軟質であること、割れの起点となる表層部の硬質相が低減され、かつ微細均一化されて割れ起点が少なくなっていること、によって水素脆化が抑制されると考えられる。
すなわち、表層集合組織はランダムであることが重要であり、本実施形態に係る鋼板では、表層部において、集合組織のランダム比強度(Is)の最大を4.0以下とすることが好ましい。より好ましくはランダム比強度(Is)の最大が3.5以下である。
【0030】
<ランダム比強度が最大となる結晶方位から10°以内の方位を有する領域の平均径が10.0μm以下、かつその領域の面密度が1000個/mm2以上>
本実施形態に係る鋼板では、ランダム比強度(Is)の最大値だけでなく、ランダム比強度(Is)が最大となる結晶方位から10°以内の方位を有する領域(Rs)の平均径(平均領域径)を10.0μm以下で、かつそのような領域の面密度を1000個/mm2以上とすることが好ましい。
ランダム比強度が最大となる結晶方位から10°以内の方位を有する領域(Rs)の平均径が10.0μm超であると、その領域内で曲げ試験時の歪の集中が起こりやすくなり、曲げ性、耐水素脆化特性が十分に向上しない。
また、そのような領域の面密度が1000個/mm2未満となるような、結晶方位がランダム化されていない組織となる場合も、同じく曲げ試験時の歪の集中が起こりやすく、曲げ性、耐水素脆化特性が十分に向上しない。
より好ましくはランダム比強度(Is)が最大となる結晶方位から10°以内の方位の領域(Rs)の平均領域径が8.0μm以下で、かつそのような領域の面密度が1200個/mm2以上である。さらに好ましくは、ランダム比強度(Is)が最大となる結晶方位から10°以内の方位の領域(Rs)の平均領域径が6.0μm以下で、かつそのような領域の面密度が1500個/mm2以上である。
【0031】
本実施形態に係る鋼板の表面から100μmまでの集合組織は、次のようにして測定する。すなわち圧延方向に平行な縦断面の、表面から100μm、長手方向1000μmの範囲を、EBSD(Electron Back Scattering Diffraction)で測定し、EBSDに付属のソフトであるTSL OIM Analysisを用いてODF計算し、ODF空間におけるΦ2=45°断面における最大強度を評価し、この最大強度から、ランダム比強度の最大、ランダム比強度が最大となる結晶方位から10°以内の方位を有する領域の平均径及び面密度を求める。
【0032】
3.鋼板の化学組成
次に、本実施形態に係る鋼板が有する化学組成について説明する。以下、化学組成における各元素の含有量を示す「%」は、断りがない限り、すべて質量%を意味する。
【0033】
C:0.140%超、0.400%未満
C含有量が0.140%以下では上記の金属組織を得ることが困難となり、所望の引張強度が達成できなくなる。また、穴広げ性(λ)や曲げ性が低下する。したがって、C含有量は0.140%超とする。好ましくは0.160%超、より好ましくは0.180%超である。
一方、C含有量が0.400%以上では溶接性が劣化するとともに、穴広げ性(λ)や曲げ性が劣化する。また耐水素脆化特性も劣化する。したがって、C含有量は0.400%未満とする。好ましくは0.350%未満、より好ましくは、0.300%未満である。
【0034】
Si:0.35%超、1.50%未満
Siは固溶強化により鋼板の強度を増大させるのに有用な元素である。また、Siはセメンタイトの生成を抑制するので、オーステナイト中へのCの濃化を促進させて、焼鈍後に残留オーステナイトを生成させるのに有効な元素である。Si含有量が0.35%以下では上記作用による効果を得ることが困難となり、均一伸びの目標達成が困難となる上、耐水素脆化特性が劣化する。したがって、Si含有量は0.35%超とする。好ましくは0.40%超、より好ましくは0.45%超である。
一方、Si含有量が1.50%以上であると、焼鈍工程における加熱時のオーステナイト変態が遅くなり、十分にフェライトからオーステナイトへの変態が起こらない場合がある。この場合、焼鈍後に組織にフェライトが過剰に残存し、目標とする引張強度が達成できなくなる上、穴広げ性(λ)や曲げ性が劣化する。また、Si含有量が1.50%以上であると、鋼板の表面性状が劣化する。さらに、化成処理性およびめっき性が著しく劣化する。したがって、Si含有量は1.50%未満とする。Si含有量は、好ましくは1.25%未満、より好ましくは1.00%未満、さらに好ましくは0.90%以下または0.85%以下である。特にSi含有量を1.00%未満とすることで、めっき密着性が向上する。
【0035】
Mn:1.30%超、3.50%未満
Mnは、鋼の焼入性を向上させる作用を有し、上記の金属組織を得るのに有効な元素である。Mn含有量が1.30%以下では上記の金属組織を得ることが困難となる。この場合、十分な引張強度が得られなくなる。したがって、Mn含有量は1.30%超とする。Mn含有量は、好ましくは1.50%超、より好ましくは2.00%超である。
一方、Mn含有量が3.50%以上では、Mnの偏析により焼入性向上の効果が薄れるばかりか、素材コストの上昇を招く。したがって、Mn含有量は3.50%未満とする。Mn含有量は、好ましくは3.25%未満、より好ましくは3.00%未満である。
【0036】
P:0.100%以下
Pは、不純物として鋼中に含有される元素であり、粒界に偏析して鋼を脆化させる元素である。このため、P含有量は少ないほど好ましく、0%でもよいが、Pの除去時間、コストも考慮してP含有量は0.100%以下とする。P含有量は、好ましくは0.020%以下、より好ましくは0.015%以下である。
【0037】
S:0.010%以下
Sは、不純物として鋼中に含有される元素であり、硫化物系介在物を形成して曲げ性を劣化させる元素である。このため、S含有量は少ないほど好ましく、0%でもよいが、Sの除去時間、コストも考慮してS含有量は0.010%以下とする。S含有量は、好ましくは0.005%以下、より好ましくは0.003%以下、さらに好ましくは0.001%以下である。
【0038】
Al:0.100%以下
Alは、溶鋼を脱酸する作用を有する元素である。脱酸目的でAlを含有させる場合は、確実に脱酸するためにAl含有量は0.005%以上が好ましく、0.010%以上がさらに好ましい。また、Alは、Siと同様にオーステナイトの安定性を高める作用を有し、上記の金属組織を得るのに有効な元素であるので、含有させても良い。
一方、Al含有量が高すぎると、アルミナに起因する表面疵が発生しやすくなるばかりか、変態点が大きく上昇し、フェライトの体積率が多くなる。この場合、上記の金属組織を得ることが困難となり、十分な引張強度が得られなくなる。したがって、Al含有量は0.100%以下とする。Al含有量は、好ましくは0.050%以下、より好ましくは0.040%以下、さらに好ましくは0.030%以下である。本実施形態に係る鋼板においては、Alと同様に脱酸作用を有するSiを含有させるため、Alは必ずしも含有させる必要はなく、Al含有量は0%でもよい。
【0039】
N:0.0100%以下
Nは、不純物として鋼中に含有される元素であり、粗大な析出物を生成して穴広げ性や曲げ性を劣化させる元素である。したがって、N含有量は0.0100%以下とする。好ましくは0.0060%以下であり、さらに好ましくは0.0050%以下である。N含有量は少ないほど好ましく0%でもよい。
【0040】
本実施の形態に係る鋼板は、上記の元素を含有し、残部がFe及び不純物であってもよいが、以下に列記する強度や穴広げ性や曲げ性に影響する元素を任意元素として1種または2種以上をさらに含有してもよい。しかしながら、これらの元素は必ずしも含有させる必要はないので、いずれもその下限は0%である。
【0041】
Ti:0%以上、0.050%未満
Nb:0%以上、0.050%未満
V:0%以上、0.50%以下
Cu:0%以上、1.00%以下
Ti、Nb、V、Cuは、析出硬化により鋼板の強度を向上させる作用を有する元素である。したがって、これらの元素を含有させてもよい。上記の効果を十分に得るためには、Ti、Nb含有量は、それぞれ0.001%以上、V、Cuの含有量は、それぞれ0.01%以上とするのが好ましい。より好ましいTi、Nb含有量はそれぞれ0.005%以上であり、より好ましいV、Cuの含有量は、それぞれ0.05%以上である。上記の効果を得ることは必須でない。このため、Ti、Nb、V、Cuの含有量の下限を特に制限する必要はなく、それらの下限は0%である。
一方、これらの元素を過剰に含有させると、再結晶温度が上昇し、冷延鋼板の金属組織が不均一化し、穴広げ性や曲げ性が損なわれる。したがって、含有させる場合、Ti含有量は0.050%未満、Nb含有量は0.050%未満、V含有量は0.50%以下、Cu含有量は1.00%以下とする。Ti含有量は好ましくは0.030%未満、より好ましくは0.020%未満である。Nb含有量は好ましくは0.030%未満、より好ましくは0.020%未満である。V含有量は好ましくは0.30%以下である。Cu含有量は好ましくは0.50%以下である。
【0042】
Ni:0%以上、1.00%以下
Cr:0%以上、1.00%以下
Mo:0%以上、0.50%以下
B:0%以上、0.0100%以下
Ni、Cr、MoおよびBは、焼入性を向上させ、鋼板の高強度化に寄与する元素であり、上記の金属組織を得るのに有効な元素である。したがって、これらの元素を含有させてもよい。上記の効果を十分に得るためには、Ni、Cr、Moの含有量を、それぞれ0.01%以上、及び/またはB含有量を0.0001%以上とすることが好ましい。より好ましくは、Ni、Cr、Moの含有量はそれぞれ0.05%以上であり、B含有量は0.0010%以上である。上記の効果を得ることは必須でない。このため、Ni、Cr、Mo、Bの含有量の下限を特に制限する必要はなく、それらの下限は0%である。
一方、これらの元素を過剰に含有させても上記作用による効果が飽和する上、不経済となる。したがって、含有させる場合、Ni含有量、Cr含有量は1.00%以下、Mo含有量は0.50%以下、B含有量は0.0100%以下とする。Ni含有量、Cr含有量は好ましくは0.50%以下であり、Mo含有量は好ましくは0.20%以下であり、B含有量は好ましくは0.0030%以下である。
【0043】
Ca:0%以上、0.0100%以下
Mg:0%以上、0.0100%以下
REM:0%以上、0.0500%以下
Bi:0%以上、0.050%以下
Ca、MgおよびREMは、介在物の形状を調整することにより、強度や曲げ性を改善する作用を有する元素である。Biは、凝固組織を微細化することにより、強度や曲げ性を改善する作用を有する元素である。したがって、これらの元素を含有させてもよい。上記の効果を十分に得るためには、CaおよびMgの含有量は、それぞれ0.0001%以上、REMおよびBiの含有量は、それぞれ0.005%以上とするのが好ましい。より好ましくは、CaおよびMgの含有量は、それぞれ0.0008%以上、REMおよびBiの含有量は、それぞれ0.007%以上である。上記の効果を得ることは必須でない。このため、Ca、Mg、BiおよびREMの含有量の下限を特に制限する必要はなく、それらの下限は0%である。
一方、これらの元素を過剰に含有させても上記作用による効果が飽和して不経済となる。したがって、含有させる場合、Ca含有量は0.0100%以下、Mg含有量は0.0100%以下、REM含有量は0.0500%以下、Bi含有量は0.050%以下とする。好ましくは、Ca含有量は0.0020%以下、Mg含有量は0.0020%以下、REM含有量は0.0020%以下、Bi含有量は0.010%以下である。REMとは希土類元素を意味し、Sc、Yおよびランタノイドの合計17元素の総称であり、REM含有量はこれらの元素の合計含有量である。
【0044】
4.機械的特性
[引張強度が1310MPa以上、均一伸びが5.0%以上]
[TS×λが35000MPa・%以上]
[90°V曲げでの限界曲げRと板厚tとの比(R/t)が5.0以下]
本実施形態に係る鋼板では、自動車の車体軽量化に寄与する強度として、引張強度(TS)を1310MPa以上とする。衝撃吸収性の観点からすると、鋼板の強度は、好ましくは1350MPa以上であり、より好ましくは1400MPa以上であり、さらに好ましくは1470MPa以上である。
また、成形性の観点より、均一伸び(uEl)は5.0%以上とする。成形性をより良くするために、均一伸び(uEl)はより好ましくは5.5%以上である。また、成形性の観点で、引張強度と穴広げ性との積であるTS×λは35000MPa・%以上とする。成形性をより良くするために、TS×λは好ましくは45000MPa・%以上であり、より好ましくは50000MPa・%以上である。
TS×λは、引張強度が低い(例えば1310MPa未満)場合には、TS×λ≧35000MPa・%を比較的満足しやすいが、引張強度が高くなるにつれ、満足することが困難となる。特に、引張強度が1400MPa以上または1470MPa以上で、TS×λ≧35000MPa・%を満足することは容易ではない。
また、曲げ性の観点では、90°V曲げでの限界曲げRと板厚tとの比(R/t)は、5.0以下とすることが好ましい。(R/t)は、曲げ性をより良くするために、より好ましくは4.0以下であり、さらに好ましくは3.0以下である。
【0045】
引張強度(TS)および均一伸び(uEl)は、鋼板から、圧延方向に垂直方向にJIS5号引張試験片を採取し、JIS Z 2241:2011に沿って引張試験を行うことにより求める。
また、穴広げ性(λ)については、JIS Z 2256:2010に記載の穴広げ試験方法に従って評価する。
また、限界曲げ半径(R/t)については、90°V曲げ金型を用いて、0.5mmピッチで半径Rを変化させて、割れが起こらない最少曲げRを求め、板厚tで割ることにより求める。
【0046】
本実施形態に係る鋼板では、表面に溶融亜鉛めっき層を備えてもよい。表面にめっき層を備えることで、耐食性が向上する。自動車用鋼板は、腐食による穴あきの懸念があると、高強度化してもある一定板厚以下に薄手化できない場合がある。鋼板の高強度化の目的の一つは、薄手化による軽量化であることから、高強度鋼板を開発しても、耐食性が低いと適用部位が限られる。これら課題を解決する手法として、耐食性の高い溶融亜鉛めっき等のめっきを鋼板に施すことが考えられる。本実施形態に係る鋼板は、鋼板成分を上述のように制御しているので、溶融亜鉛めっきが可能である。
溶融亜鉛めっき層は、合金化溶融亜鉛めっき層であってもよい。
【0047】
5.製造条件
本発明者らが検討を行った結果、熱延条件を制御して、熱延後の組織を粗大な結晶粒とすることで、再結晶核となる粒界面積を減らすと共に、炭化物を微細均一に分散させることで逆変態核を分散させて逆変態を促進し、焼鈍加熱時の再結晶を抑制し、逆変態を促進させてオーステナイト単相域で焼鈍することにより、集合組織の発達をおさえ、ランダムに近い集合組織を達成できることが判明した。以下、詳細に説明する。
【0048】
具体的には、本実施形態に係る鋼板は、以下の工程(I)~(VII)を含む製造方法によって製造可能である。
(I)所定の化学組成を有する鋳造スラブを、直接または一旦冷却した後1100℃以上に加熱し、最終段の、圧延温度が920℃以上、圧下率が15%以下となるように熱間圧延して熱延鋼板とする熱間圧延工程
(II)熱延鋼板を、750℃から650℃の温度域を10秒以内に通過するように冷却する冷却工程
(III)熱延鋼板を650℃以下で巻き取る巻き取り工程
(IV)熱延鋼板を、酸洗し、60%以下の累積圧下率で冷間圧延を行って冷延鋼板とする冷間圧延工程
(V)冷延鋼板を、550℃から750℃までを1.0℃/s以上、50.0℃/s以下の平均加熱速度で加熱し、820℃以上で均熱する焼鈍工程
(VI)焼鈍後、700℃から600℃の温度域および450℃から350℃の温度域を平均冷却速度が5℃/s以上となるように、50℃以上250℃以下の温度まで冷却する焼鈍冷却工程
(VII)焼鈍冷却工程後の冷延鋼板に200℃以上350℃未満の温度域で1秒以上焼き戻す焼戻し工程
以下、各工程について説明する。
【0049】
[熱間圧延工程]
熱間圧延工程では、上述した化学組成を有する鋳造スラブを加熱し、熱間圧延して熱延鋼板とする。鋳造スラブの温度が高い場合には、一旦室温付近まで冷却せず、そのまま熱間圧延に供してもよい。熱間圧延におけるスラブ加熱条件は限定されないが、1100℃以上に加熱することが好ましい。加熱温度が1100℃未満では、材料の均質化が不十分となりやすい。
表面から板厚の1/4の位置の集合組織を制御するため、熱間圧延時の仕上げ最終段(最終パス)における圧延温度(FT)は920℃以上、最終段における圧下率は15%以下とする。最終段の圧延温度が低いと、あるいは最終段の圧下率が高いと、最終段での圧延後の熱延板組織が微細となる。微細な組織の熱延板組織を冷間圧延、及び焼鈍すると、加熱時の再結晶が進むため、集合組織がランダムにならず穴広げ性が劣化する。よって、最終段の圧延温度は920℃以上とする。最終段の圧延温度は930℃以上が好ましい。また、最終段の圧下率は15%以下とする。最終段の圧下率は13%以下が好ましい。集合組織をランダムにするためには、原理的には下限値はゼロであるが、製造性を考慮すると、最終段の圧下率は、5%以上が好ましく、8%以上がより好ましく、10%以上がさらに好ましい。
一方、表層部の集合組織を制御する場合、熱間圧延時の仕上げ最終段における圧延温度(FT)は960℃以下、最終段における圧下率は10%以上、最終段の圧延時の摩擦係数μは0.15以上とすることが好ましい。熱間圧延時の仕上げ最終段における圧延温度が高いとせん断変形の効果が減少し、表層集合組織が作りこめず、曲げ性、耐水素脆化特性が十分に向上しない。よって最終段の圧延温度は960℃以下とすることが好ましい。最終段の圧延温度は940℃以下がより好ましい。また、最終段の圧下率が低い、また最終段圧延時の摩擦係数が低いと表層部がせん断変形を受けず、表層部の集合組織が作りこめないので、曲げ性及び耐水素脆化特性が十分に向上しない。よって熱間圧延時の仕上げ最終段での摩擦係数μを0.15以上とすることが好ましい。より好ましくは、摩擦係数μは0.20以上である。また、最終段の圧下率は10%以上とすることが好ましく、12%以上がより好ましい。
すなわち、表面から板厚の1/4の位置及び表層部の集合組織を上述したように同時に制御する場合、熱間圧延工程では、熱間圧延時の仕上げ最終段(最終パス)における圧延温度(FT)は920℃以上960℃以下、最終段における圧下率は10%以上15%以下、最終段の圧延時の摩擦係数μは0.15以上とすることが好ましい。
【0050】
[冷却工程]
熱間圧延後は、750℃から650℃の温度域を通過する時間(熱延鋼板がその温度域に滞留する時間)が10秒以下となるように、巻き取り温度まで冷却する。この温度域での冷却速度が遅いと粗大なフェライトが生成することにより、炭化物が微細均一に分散した組織とならない。この場合、冷延焼鈍後の集合組織が十分にランダムとならず、穴広げ性が劣化する。
【0051】
[巻き取り工程]
巻き取り温度まで上述のように冷却した後は、巻き取りを行う。巻き取り温度は、650℃以下とする。巻き取り温度が650℃を超えると、熱延鋼板の組織が粗大なフェライト・パーライト組織となり、炭化物が微細均一に分散した組織とならない。この場合、冷間圧延及び焼鈍後の集合組織が十分にランダムとならず、穴広げ性が劣化するとともに、焼鈍後の鋼板の金属組織が不均一となり、曲げ性が劣化する。巻き取り温度は630℃以下が好ましく、620℃以下がより好ましく、600℃以下がさらに好ましい。
一方、巻き取り温度が500℃未満であると熱延鋼板での強度が高くなり、冷間圧延時の負荷が高くなる。そのため、巻き取り温度は500℃以上であることが好ましい。熱延鋼板の強度が高い場合は、冷間圧延前にBAF等の軟化熱処理を施してもよい。
【0052】
[冷間圧延工程]
冷間圧延工程では、熱間圧延された熱延鋼板を、酸洗等により脱スケールした後に、圧下率(累積圧下率)60%以下の条件で冷間圧延して冷延鋼板とする。冷間圧延における圧下率が高いと焼鈍時の再結晶が促進され、焼鈍後の集合組織がランダムにならず穴広げ性、曲げ性、耐水素脆化特性が劣化する。よって冷間圧延における圧下率は60%以下とする。圧下率は55%以下が好ましく、50%以下がより好ましい。
【0053】
[焼鈍工程]
冷間圧延工程後の冷延鋼板は、必要に応じて公知の方法に従って脱脂等の処理が施された後、550℃から750℃までを1.0℃/s以上、50.0℃/s以下の平均加熱速度で加熱し、820℃以上にて均熱する焼鈍が行われる。
焼鈍工程において、550℃から750℃までの加熱速度は、1.0℃/s以上50℃/s以下とする。加熱速度が遅いと再結晶が進み、焼鈍後の集合組織が十分にランダムにならず穴広げ性が劣化する。よって加熱速度は1.0℃/s以上とする。加熱速度は1.5℃/s以上が好ましく、2.0℃/s以上がさらに好ましい。焼鈍後に表層部まで集合組織を十分にランダム化させる場合には、750℃までの平均加熱速度は3.0℃/s以上とすることが好ましい。表層部の集合組織のランダム化の観点では、750℃までの平均加熱速度は5.0℃/s以上がより好ましい。
一方で平均加熱速度が過剰に速いとオーステナイトが細粒化するためにフェライト変態が過度に促進される。この場合、最終的に得られる鋼板において、目的とする組織が得られず強度、穴広げ性、曲げ性が低下する。よって加熱速度は50.0℃/s以下とする。加熱速度は30.0℃/s以下が好ましく、10.0℃/s以下がより好ましい。
焼鈍工程における均熱温度(焼鈍温度)は820℃以上とする。均熱温度が低いとオーステナイト単相焼鈍とならず集合組織が十分にランダムとならないばかりでなく、フェライトの体積率が多くなり穴広げ性や曲げ性が劣化する。よって均熱温度は、820℃以上とする。均熱温度は、830℃以上または835℃以上が好ましい。均熱温度が高い方が穴広げ性や曲げ性を確保し易いが、均熱温度が高過ぎると製造コストが高くなるので、均熱温度は900℃以下が好ましい。均熱温度は880℃以下がより好ましく、870℃以下がさらに好ましい。
均熱時間は、限定されないが、30~450秒であることが好ましい。均熱時間が30秒未満であると、オーステナイト化が十分に進行しない場合がある。そのため、均熱時間は30秒以上が好ましい。一方、均熱時間が450秒を超えると、生産性が低下するので、均熱時間は450秒以下が好ましい。
【0054】
[焼鈍冷却工程]
焼鈍後の冷延鋼板を、上記のような金属組織を得るため、700℃から600℃のフェライト変態温度域の平均冷却速度および450℃から350℃のベイナイト変態温度域の平均冷却速度が、いずれも5℃/s以上となるように、50℃以上250℃以下の温度まで冷却する。上記温度域における冷却速度が遅いと、表面から板厚の1/4の位置でのフェライト、ベイナイトの体積率が高くなり、焼戻しマルテンサイトの体積率が低下する。その結果、引張強度が低下するとともに穴広げ性、曲げ性、耐水素脆化特性が劣化する。よって700℃から600℃および450℃から350℃の平均冷却速度は5℃/s以上とする。平均冷却速度は10℃/s以上が好ましく、20℃/s以上がさらに好ましい。
冷却停止温度は50℃以上、250℃以下とする。冷却停止温度が高いと続く焼き戻し工程後の冷却で(焼き戻されていない)マルテンサイトが増加し、穴広げ性、曲げ性、耐水素脆化特性が劣化する。よって冷却停止温度は250℃以下とする。一方で、冷却停止温度が低いと残留オーステナイト分率が低下し、目的とする均一伸びが得られない。よって冷却停止温度は、50℃以上とする。冷却停止温度は、75℃以上が好ましく、100℃以上がさらに好ましい。
【0055】
[溶融亜鉛めっき工程]
[合金化工程]
表面に溶融亜鉛めっき層を備える冷延鋼板(溶融亜鉛めっき鋼板)を製造する場合には、焼鈍冷却工程において、さらに450℃超、600℃未満の温度域にて冷延鋼板を溶融めっき浴に浸漬させて溶融亜鉛めっきを施してもよい。また、表面に合金化溶融亜鉛めっきを備える冷延鋼板(合金化溶融亜鉛めっき鋼板)を製造する場合には、溶融亜鉛めっき工程に引き続き、合金化処理を施してめっきを合金化溶融亜鉛めっきとしてもよい。
【0056】
[焼戻し工程]
焼鈍冷却工程後の冷延鋼板は、50℃以上250℃以下の温度まで冷却されることで未変態のオーステナイトがマルテンサイトに変態する。その後、冷延鋼板は、200℃以上350℃未満の温度で1秒以上焼き戻されることにより(焼戻し工程)、表面から板厚の1/4の位置にて焼戻しマルテンサイト主体の組織が得られる。
溶融亜鉛めっき工程及びまたは合金化工程が行われた場合には、溶融亜鉛めっき工程後の冷延鋼板または、溶融亜鉛めっき工程及び合金化工程後の冷延鋼板を50℃以上250℃以下の温度まで冷却した後、200℃以上350℃未満の温度で1秒以上焼戻しを行う。焼戻し温度が350℃以上であると鋼板強度が低下する。よって焼戻し温度は350℃未満とする。焼戻し温度は、325℃以下が好ましく、300℃以下がより好ましい。引張強度をさらに高めたい場合は、焼戻し温度を低くすることが好ましく、例えば引張強度を1400MPa以上とする場合には、焼戻し温度は275℃以下とすることが好ましく、引張強度を1470MPa以上とする場合には、焼戻し温度は250℃以下とすることが好ましい。
一方で焼戻し温度が200℃未満であると焼戻しが不十分となり、穴広げ性、曲げ性、耐水素脆化特性が劣化する。よって焼戻し温度は200℃以上とする。穴広げ性、曲げ性、耐水素脆化特性の観点では、焼戻し温度は、220℃以上が好ましく、250℃以上がより好ましい。
焼戻し時間は1秒以上あればよいが、安定した焼戻し処理を行うために5秒以上が好ましく、10秒以上がさらに好ましい。一方で、長時間の焼戻しでは鋼板の強度が低下する場合がある。そのため、焼戻し時間は750秒以下が好ましく、500秒以下がさらに好ましい。
【0057】
[スキンパス工程]
焼戻し工程後の冷延鋼板は、スキンパス圧延可能な温度まで冷却した後、スキンパス圧延を行ってもよい。焼鈍後の冷却が水を用いる水スプレー冷却、ディップ冷却、気水冷却などの場合は、高温で水と接触したことによって形成された酸化膜の除去および鋼板の化成処理性向上のため、スキンパス圧延前に、酸洗及び続いて微量のNi、Fe、Co、Sn、Cuのうちの1種または2種以上のめっきを行うことが好ましい。ここで微量とは鋼板表面に3~30mg/m2程度のめっき量をいう。
【0058】
スキンパス圧延により、鋼板の形状を整えることができる。スキンパス圧延の伸び率は0.10%以上が好ましい。より好ましくは0.15%以上である。一方で、スキンパス圧延の伸び率が高いと残留オーステナイトの体積率が減少し延性が劣化する。そのため、伸び率は1.00%以下とすることが好ましい。伸び率は、0.75%以下がより好ましく、0.50%以下がさらに好ましい。
【実施例】
【0059】
本発明を、実施例を参照しながらより具体的に説明する。
表1に示される化学組成を有するスラブを鋳造した。鋳造後のスラブを1100℃以上に加熱し、2.8mmまで熱間圧延し、巻き取り後室温まで冷却した。熱間圧延条件、冷却条件、巻き取り温度は表2-1~表2-2に記載する通りであった。
その後、酸洗によりスケールを除去し、1.4mmまで冷間圧延した後、表2-1~表2-2に示す均熱温度で120秒焼鈍を行った。焼鈍加熱時の、550~750℃の加熱速度は表2-1~表2-2の通りとした。
焼鈍後、700℃から600℃の温度域および450℃から350℃の温度域が平均冷却速度20℃/s以上となるように、50℃以上250℃以下の冷却停止温度まで冷却した後に、表2-1~表2-2に示す焼戻し温度で、1秒~500秒焼戻す熱処理を施した。
一部の例については、焼鈍冷却中に溶融亜鉛めっき及び合金化を行った。表5-1~5-2に示す「CR」は亜鉛めっきを行っていない冷延鋼板、「GI」が溶融亜鉛めっき鋼板、「GA」が合金化溶融亜鉛めっき鋼板である。合金化溶融亜鉛めっき鋼板については、450℃超600℃未満の温度で35~65g/m2程度の溶融亜鉛めっきを施した後に、さらに450℃超600℃未満の温度で合金化させた。
【0060】
【0061】
【0062】
【0063】
得られた焼鈍鋼板から、前述の様にSEM観察用試験片を採取し、圧延方向に平行な縦断面を研磨した後、板厚の1/4の位置(t/4)における金属組織を観察し、画像処理により、各組織の体積率を測定した。また、X線回折用試験片を採取し、前述の様に表層より1/4厚まで化学研磨した面でX線回折により残留オーステナイトの体積率を測定した。
また、上述した要領でEBSD測定により表面から板厚の1/4の位置、及び表層部の集合組織(ランダム比強度の最大値、ランダム比強度が最大となる結晶方位から10°以内の方位を有する領域の平均径及び面密度)をそれぞれ測定した。
結果を表3-1~表3-2及び表4-1~表4-2に示す。
【0064】
また、以下に示す要領で、引張強度(TS)、および均一伸び(uEl)、穴広げ率(λ)、限界曲げ半径(R/t)、耐水素脆化特性を評価した。
【0065】
引張強度(TS)、および均一伸び(uEl)は、焼鈍鋼板から、圧延方向に対し垂直方向にJIS5号引張試験片を採取し、JIS Z 2241:2011に沿って引張試験を行うことにより求めた。
結果を表5-1~表5-2に示す。
【0066】
穴広げ率(λ)については、JIS Z 2256:2010記載の方法で評価した。
結果を表5-1~表5-2に示す。
【0067】
曲げ性の指標である限界曲げ半径(R/t)については、90°V曲げ金型を用いて、0.5mmピッチで半径Rを変化させて、割れが起こらない最少曲げRを求め、板厚(1.4mm)で割ることにより求めた。
結果を表5-1~表5-2に示す。
【0068】
耐水素脆化特性評価として、下記の試験を行った。
すなわち、端面を機械研削した試験片を押曲げ法でU字に曲げて、半径5RのU曲げ試験片を作製し、非曲げ部が平行になるようにボルトで締め付けて弾性変形させた後、pH1の塩酸に浸漬して、鋼板中に水素を侵入させる遅れ破壊促進試験を行った。浸漬時間が100時間となっても割れが生じないものを良好(OK)な耐遅れ破壊特性を有する鋼板と評価し、割れが生じたものを不良(NG)と評価した。めっきの影響を除去するために、めっき材については試験前にインヒビターを含有する塩酸にてめっき層を除去した後に、耐水素脆化特性を評価した。
結果を表5-1~表5-2に示す。
【0069】
【0070】
【0071】
【0072】
【0073】
【0074】
【0075】
本発明鋼はいずれもTSが1310MPa以上、uElが5.0%以上、TS×λが35000MPa・%以上であり、高強度でかつ成形性に優れていた。
また、本発明鋼のうち、表層の集合組織が好ましく制御されている場合にはTSが1310MPa以上、uElが5.0%以上、TS×λが35000MPa・%以上、であって、さらに、限界曲げ半径(R/t)が5.0以下であり、耐水素脆化特性も良好であった。
これに対し、化学組成、製造方法のいずれかが本発明の範囲外であり、金属組織、集合組織が本発明範囲外となった試験番号(比較例)では、引張強度、均一伸び、TS×λのいずれかが目標を達成しなかった。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明によれば、引張強度(TS)が1310MPa以上、均一伸びが5.0%以上、TS×λが35000MPa・%以上であり、成形性に優れる高強度冷延鋼板及びその製造方法が得られる。このような鋼板は、プレス成形などの加工に適用できる十分な成形性を有するため、本発明は自動車の車体軽量化を通じて地球環境問題の解決に寄与できるなど産業の発展に寄与するところ大である。