(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-25
(45)【発行日】2023-02-02
(54)【発明の名称】保存対象物の保存方法および保存対象物を包埋したゲルの製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/04 20060101AFI20230126BHJP
A01N 1/02 20060101ALI20230126BHJP
【FI】
C12N1/04
A01N1/02
(21)【出願番号】P 2017021420
(22)【出願日】2017-02-08
【審査請求日】2019-10-31
【審判番号】
【審判請求日】2021-06-28
(73)【特許権者】
【識別番号】000190943
【氏名又は名称】新田ゼラチン株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】506209422
【氏名又は名称】地方独立行政法人東京都立産業技術研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大藪 淑美
(72)【発明者】
【氏名】柚木 俊二
(72)【発明者】
【氏名】藤井 恭子
(72)【発明者】
【氏名】平岡 陽介
(72)【発明者】
【氏名】伊田 寛之
(72)【発明者】
【氏名】井田 昌孝
【合議体】
【審判長】福井 悟
【審判官】上條 肇
【審判官】飯室 里美
(56)【参考文献】
【文献】Journal of Bioscience and Bioenginnering,2014,Vol.118,No.1,p.112-115
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00 - 7/08
C12M 1/00 - 3/10
A01N 1/00 - 65/18
A61L 15/00 - 17/14
A23L 21/00 - 29/30
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
豚腱コラーゲン由来のゼラチンからなるゾルゲル転移体3~6質量%と保存対象物とCa
2+イオンとを含むゾル状態の第1保存液を得る第1工程と、
前記第1工程の後、
前記ゾル状態の第1保存液を23℃以上30.5℃以下で5分以上1時間以下載置することによ
り貯蔵弾性率が100Pa以上のゲル状態
にゲル化して、前記保存対象物の一部または全部を前記ゾルゲル転移体で包囲する第2工程と、
前記第2工程の後、
前記ゲル状態の第1保存液の温度を一定とするか下げる温度制御によ
り貯蔵弾性率
を200Pa以上6kPa以下
に維持し、前記保存対象物の形態を維持して前記保存対象物を保存する第3工程とを含む、保存対象物の保存方法。
【請求項2】
前記第3工程の後、前記第1保存液を温度制御により、ゲル状態から貯蔵弾性率が50Pa未満のゾル状態にゾル化する第4工程を含む、請求項1に記載の保存対象物の保存方法。
【請求項3】
豚腱コラーゲン由来のゼラチンからなるゾルゲル転移体3~6質量%と保存対象物とCa
2+イオンとを含むゾル状態の第1保存液を得る第1工程と、
前記第1工程の後、
前記ゾル状態の第1保存液を23℃以上30.5℃以下で5分以上1時間以下載置することによ
り貯蔵弾性率が100Pa以上のゲル状態
にゲル化して、前記保存対象物の一部または全部を前記ゾルゲル転移体で包囲する第2工程と、
前記第2工程の後、
前記ゲル状態の第1保存液の温度を一定とするか下げる温度制御によ
り貯蔵弾性率
を200Pa以上6kPa以下
に維持し、前記保存対象物の形態を維持して前記保存対象物を保存する第3工程とを含む、保存対象物を包埋したゲルの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、保存対象物の保存方法、ゾルゲル転移体およびこれを含む保存剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、損傷した生体組織などの修復のために、自己または他人の細胞を培養し、この培養した細胞を移植する試みが行われている。培養した細胞は、生体に移植される施設まで生体温度(37℃)に近い温度で鮮度よく保存され、培養液、緩衝液などとともに輸送されることが最も望ましい。しかしながら、細胞は脆弱であるために、輸送時の液体の振動により損傷してしまう。このためこの種の細胞は従来、生体に移植される施設まで凍結保存され、輸送されていた。
【0003】
細胞輸送担体の例として、特開2010-029106号公報(特許文献1)には、細胞を魚由来ゼラチンを用いた細胞輸送用担体で包埋し、この担体がゲル状態を維持する温度で輸送することが開示されている。特開2011-172925号公報(特許文献2)には、ゼラチンまたはフィブリンを含むゲル状態の医療用積層体に細胞を包埋して輸送することが開示されている。一方で、本発明者らはこれまでに特開2014-100110号公報(特許文献3)において、細胞育成の温度条件でゲル状態を維持することができる高融点ゼラチンを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2010-029106号公報
【文献】特開2011-172925号公報
【文献】特開2014-100110号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1、2のように、ゼラチンがゾルゲル転移体である性質を利用して培養した細胞を鮮度よく保存する場合、可能な限り短時間で細胞をゼラチンのゲルの内部に包埋することが望ましい。さらに、包埋後もゲルの内部で安定的に細胞を維持することが必要となる。特許文献1の細胞輸送用担体は、輸送された細胞が使用できる状態になるまでの時間を短縮することができる旨記載されているが、短時間で細胞をゲルの内部に包埋可能か否かについては開示がない。特許文献2の医療用積層体は、4℃でゲル化させる必要があるため包埋時における細胞の損傷が懸念される。特許文献3の高融点ゼラチンは融点が高いものの、短時間で細胞をゼラチンのゲルの内部に包埋するためには、より生体温度に近い温度でゾルゲル転移を起こさせることが必要となる。したがって、短時間でゲルの内部に細胞を包埋することができ、かつ包埋後もゲルの内部で細胞を安定的に保存することができるゾルゲル転移体は、未だ開発されていない。
【0006】
本発明は、上記実情に鑑みてなされ、より生体温度に近い温度において短時間でゲルの内部に細胞などの保存対象物を包埋することができ、かつ包埋後もゲルの内部で保存対象物を安定的に保存することができる保存対象物の保存方法、ゾルゲル転移体およびこれを含む保存剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る保存対象物の保存方法は、ゾルゲル転移体と保存対象物とを含むゾル状態の第1保存液を得る第1工程と、前記第1工程の後、前記第1保存液を23℃以上42℃以下の条件下に載置することにより、ゾル状態から1時間で貯蔵弾性率が100Pa以上のゲル状態に前記第1保存液をゲル化し、前記保存対象物の一部または全部を前記ゾルゲル転移体で包囲する第2工程と、前記第2工程の後、前記第1保存液のゲル状態を温度制御により、貯蔵弾性率が200Pa以上のゲル状態として維持し、前記保存対象物を保存する第3工程とを含む。
【0008】
上記保存対象物の保存方法は、上記第3工程の後、上記第1保存液を温度制御により、ゲル状態から貯蔵弾性率が50Pa未満のゾル状態にゾル化する第4工程を含むことが好ましい。
【0009】
さらに本発明に係るゾルゲル転移体は、保存対象物の保存に用いられるゾルゲル転移体であって、前記ゾルゲル転移体は、前記保存対象物とともに第1保存液を形成し、前記第1保存液は、23℃以上42℃以下の条件下で載置することによってゾル状態から1時間で貯蔵弾性率が100Pa以上のゲル状態にゲル化され、かつゲル状態で貯蔵弾性率が200Pa以上を示し得る。
【0010】
上記ゾルゲル転移体は、ゼラチンであることが好ましい。
さらに上記ゼラチンは、豚腱コラーゲン由来であることが好ましい。
【0011】
本発明に係る保存剤は、上記ゾルゲル転移体と、Ca2+イオンとを含む。
本発明に係る保存剤は、上記ゾルゲル転移体と、血清とを含む。
【0012】
本発明に係る保存剤は、上記ゾルゲル転移体と、Ca2+イオンと、血清とを含む。
上記保存剤は、pH6.5~7.5で等張作用を示すことが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、より生体温度に近い温度において短時間でゲルの内部に細胞などの保存対象物を包埋することができ、かつ包埋後もゲルの内部で保存対象物を安定的に保存することができる保存対象物の保存方法およびその方法に好適なゾルゲル転移体およびこれを含む保存剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】保存剤のゲル化に費やす時間による細胞形態への影響を評価する目的で撮影したマウス線維芽細胞(NIH3T3)の光学顕微鏡像を示す図面代用写真である。
【
図2】各実施例および比較例の保存剤が有する貯蔵弾性率の細胞形態への影響を評価する目的で撮影したマウス線維芽細胞(NIH3T3)の光学顕微鏡像を示す図面代用写真である。
【
図3】各実施例および比較例の保存剤が有する貯蔵弾性率の細胞形態への影響を評価する目的で撮影したマウス線維芽細胞(NIH3T3)の他の光学顕微鏡像を示す図面代用写真である。
【
図4】条件1~10の下で実施例5の保存剤が与える細胞形態への影響を評価する目的で撮影したマウス線維芽細胞(NIH3T3)の光学顕微鏡像を示す図面代用写真である。
【
図5】条件1~10の下で実施例5の保存剤が与える細胞形態への影響を、マウス線維芽細胞(NIH3T3)の生存率を指標として評価したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に係る実施形態について、さらに詳細に説明する。ここで、本明細書において「A~B」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちA以上B以下)を意味し、Aにおいて単位の記載がなく、Bにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とBの単位とは同じである。本明細書において、室温とは23℃を指す。
【0016】
≪保存対象物の保存方法≫
本発明に係る保存対象物の保存方法は、ゾルゲル転移体と保存対象物とを含むゾル状態の第1保存液を得る第1工程と、この第1工程の後、上記第1保存液を23℃以上42℃以下の条件下に載置することにより、ゾル状態から1時間で貯蔵弾性率(以下、単に「G’」とも記す)が100Pa以上のゲル状態に上記第1保存液をゲル化し、保存対象物の一部または全部をゾルゲル転移体で包囲する第2工程と、この第2工程の後、上記第1保存液のゲル状態を温度制御により、貯蔵弾性率が200Pa以上のゲル状態として維持し、上記保存対象物を保存する第3工程とを含む。保存対象物の保存方法は、上記第3工程の後、上記第1保存液を温度制御により、ゲル状態から貯蔵弾性率が50Pa未満のゾル状態にゾル化する第4工程を含むことができる。
【0017】
本発明によれば、上記第1工程~第3工程を経ることにより、温度制御という保存対象物に対するダメージを極めて低減させた条件下において短時間でゲルの内部に保存対象物を包埋することができる。さらに包埋後も、ゲルの内部で保存対象物を安定的に保存することができる。たとえば、保存対象物が細胞である場合、その細胞を、接着している基材あるいは隣接する細胞から剥離することなくその形態を維持させたまま、ゲルの内部で安定的に保存することができる。第4工程を含むことにより、保存していた保存対象物を短時間で使用に供することが可能となる。さらに本発明に係る保存対象物の保存方法は、第4工程を経ることなく、保存していた保存対象物を短時間で使用に供することも可能である。
【0018】
本明細書において「保存対象物」とは、主にヒト、動物および植物の細胞、組織、器官および臓器を指す。しかしながら保存対象物は、これらに限定されるべきではない。本明細書で定義される保存対象物は、ゾルゲル転移体によって破損または損傷が可能な限り低減されるあらゆる対象物(天然物および人工物)を含む。さらに本明細書において、保存対象物が細胞である場合、損傷の1つの態様として細胞の形態変化を含むものとする。なおゾルゲル転移体については、後述する。
【0019】
<第1工程>
第1工程では、ゾルゲル転移体と保存対象物とを含むゾル状態の第1保存液を得る。この第1保存液を得る方法は、特に限定されるべきではない。第1保存液は、所定の容器中に存する保存対象物へゾルゲル転移体を添加することにより得ることができ、所定の容器中に存するゾルゲル転移体へ保存対象物を添加することによって得ることができる。所定の容器へ、保存対象物およびゾルゲル転移体を同時に添加することによっても得ることができる。ゾルゲル転移体と保存対象物とを含むゾル状態の第1保存液を得た後は、これを撹拌混合することなく静置することが好ましい。本明細書において「静置」とは、物体を載置するときに、特に静止した状態に載置することをいう。
【0020】
所定の容器中に存するゾルゲル転移体へ保存対象物を添加するとき、保存対象物の全部がゾルゲル転移体で包囲された第1保存液を得ることができる。所定の容器中に存する保存対象物へゾルゲル転移体を添加するとき、保存対象物の全部がゾルゲル転移体で包囲された第1保存液を得る場合と、保存対象物の一部がゾルゲル転移体で包囲された第1保存液を得る場合とがある。保存対象物の一部がゾルゲル転移体で包囲される場合とは、たとえば保存対象物の一部が容器または他の構造体(たとえば、コラーゲンゲルなどの培養基材)に密着しているときに、保存対象物の該容器または他の構造体と密着しないで露出している部分がゾルゲル転移体で包囲される場合を指す。ここで保存対象物が細胞であるとき、第1保存液には、細胞が保持されている培養液または緩衝液を含むことができる。所定の容器中に存するゾルゲル転移体へ細胞を添加する際に、細胞を上記培養液または緩衝液とともに、ゾルゲル転移体へ添加する場合があるからである。さらに所定の容器中に存する細胞へゾルゲル転移体を添加するときも、所定の容器において細胞は上記培養液または緩衝液中で保持されているから、第1保存液に上記培養液または緩衝液が含まれることとなる。
【0021】
ここで第1保存液をゾル状態とするために用いられる液体は、たとえば水であり、水は無菌のものが好ましく、生理食塩水であってもよい。さらに上記液体として公知の緩衝液を用いることができる。緩衝液として、トリス緩衝液、HEPES緩衝液、リン酸緩衝液、クエン酸緩衝液などを用いることができる。具体的にはD-PBS、Hank's Balanced Salt Solution、Earle's Balanced Salt Solutionなどを用いることができる。
【0022】
第1工程において、ゾルゲル転移体と保存対象物とを含むゾル状態の第1保存液を得るときの温度は、ゾルゲル転移体のゾルゲル転移温度以上であって、保存対象物が破損および損傷しない温度であればよい。
【0023】
<第2工程>
第2工程では、第1工程の後、第1保存液を23℃以上42℃以下の条件下に載置することにより、ゾル状態から1時間で貯蔵弾性率(G’)が100Pa以上のゲル状態に第1保存液をゲル化し、保存対象物の一部または全部をゾルゲル転移体で包囲する。したがって第2工程では、第1保存液が静的な環境下でゲル形状を維持する硬さを短時間で有することができる。これにより、保存対象物がたとえば細胞である場合、ゲル状態の第1保存液の内部に細胞を迅速に包埋することができ、細胞の形態を高く維持することができる。ここで、ゾル状態の第1保存液をG’が100Pa以上のゲル状態にゲル化する時間の開始点は、第1工程が終了した時点である。第1工程が終了した時点とは、ゾルゲル転移体と保存対象物とを添加し終わり、第2工程における温度制御を開始する時点をいう。さらに、本明細書において「包埋する」とは、保存対象物の一部または全部をゲル状態の第1保存液の内部に包んで埋め込んだ状態にすることをいう。
【0024】
第2工程において、ゾル状態からG’が100Pa以上のゲル状態にゲル化する所要時間は、5分以上1時間以下であることが好ましい。第2工程では、100Pa以上のゲル状態に達するゲル化の所要時間が1時間を超えると細胞の形態が著しく変化する傾向がある。一方で、この所要時間が5分未満であると、急激にゲル化が進むため、保存対象物をゲルの内部に包埋することができない恐れがある。
【0025】
第2工程において、第1保存液を23℃以上42℃以下の条件下に載置する操作は、ゾルゲル転移体のゾルゲル転移温度を横軸としたとき、この横軸を交差するように温度を下げる制御である。この制御が実行されている間、保存対象物が破損および損傷しない温度であることが好ましい。
【0026】
具体的には、上記第1保存液を載置するときの温度条件(23℃以上42℃以下)は、第1保存液の実用的なゲル化温度または23℃のいずれか高い方の温度とする期間を含むことが好ましい。すなわち、第1保存液の実用的なゲル化温度が23℃以上の場合、第2工程において第1保存液を実用的なゲル化温度で載置する期間を含むことが好ましく、第1保存液の実用的なゲル化温度が23℃未満の場合、第2工程において第1保存液を23℃で載置する期間を含むことが好ましい。これによりゾル状態からG’が100Pa以上のゲル状態にゲル化する第1保存液の時間を、容易に調整することができる。なお、「実用的なゲル化温度」の定義については後述する。
【0027】
貯蔵弾性率(G’)は、温度制御、応力制御、またはその他の化学的制御によりゾル状態とゲル状態とに状態変化するゾルゲル転移体の硬さの指標の一つとして知られる。G’は、動的粘弾性測定装置(商品名(型式):「MARSIII」、Thermo Fisher Scientific製)を用い、たとえば室温である23℃における第1保存液のG’を測定する場合、次の方法を採用する。
【0028】
まずゾル状態の第1保存液のうち保存対象物を除いた部分2mLを、φ35mmの培養皿(コーニング社製)に配置し、上記部分をゾルゲル転移温度よりも温度を下げることによりゲル化する。次いで、上記部分のゲルを23℃で1時間静置する。その後、上記23℃で上記動的粘弾性測定装置に装備された内径20mmの平行平板センサーを用い、応力制御モード(1Paの一定せん断応力)において周波数1Hzの微小振動を上記部分のゲルに与え、このときのG’を測定する。上記センサーには市販のサンドペーパー(商品名:「のりつき研磨紙ピーエスペーパー180」、三共理化学株式会社製)を張り付けることにより、上記部分のゲルとの接触時の滑りを防ぐことができる。
【0029】
したがって、第1保存液のG’が100Pa以上のゲル状態に1時間でゲル化したかどうかについては、上記開始点から1時間の時点で上述した方法を用いてG’を測定し、100Pa以上であるかどうかで判断することができる。
【0030】
さらに、上述した第1保存液の「実用的なゲル化温度」とは、第1保存液が30分で実用的な硬さ(G’=50Pa)となる温度をいう。「実用的なゲル化温度」は、上述した動的粘弾性測定装置を用いて第1保存液のゲル化時間を測定することにより求めることができる。具体的には、第1保存液のうち保存対象物を除いた部分の液体3mLを50℃に保温するとともに、上記装置に付帯するフタ付センサー(DC60/1Ti、内径60mm、コーン角度1°)に設置する。さらに-1.2℃/分の速度で冷却するとともに、所定の温度ごとに第1保存液のG’が50Paとなる時間を測定することを繰り返す。これにより、第1保存液のG’が30分後に50Paとなる温度を求め、実用的なゲル化温度を特定することができる。
【0031】
ここで第1保存液のG’が50Paであるとき、その第1保存液が実用的な硬さを有するとした理由は次のとおりである。すなわち第1保存液のうち保存対象物を除いた部分のゲルが入った培養皿を90°傾斜させる(つまり、水平な培養皿を垂直にする)ことにより、このゲルが崩壊せずに維持されるか、崩壊してしまうかどうかを目視観察する傾斜試験を実施した。その結果、第1保存液のうち保存対象物を除いた部分のゲルのG’が50Pa以上であれば、ゲルが崩壊せずに維持されたため、この50Paを実用的な硬さであると定義した。
【0032】
<第3工程>
第3工程では、第2工程の後、第1保存液のゲル状態を温度制御により、貯蔵弾性率(G’)が200Pa以上のゲル状態として維持し、保存対象物を保存する。すなわち第3工程では、G’が100Paに達したゲル状態の第1保存液を、温度制御によりG’を200Pa以上に上昇させ、その状態で維持する。第1保存液のG’は、200Pa以上に上昇した後、温度を一定としても時間の経過とともに僅かずつ増加するが、200Pa以上であること自体は維持される。これにより、保存対象物がたとえば細胞である場合、ゲル状態の第1保存液の内部において細胞の損傷が抑制された状態で保存することが可能となって細胞の形態を高く維持することができる。
【0033】
第3工程において、保存対象物を保存するため、G’が少なくとも100Paのゲル状態の第1保存液を温度制御によりG’を200Pa以上に上昇させ、その状態で維持するのは以下の理由に基づく。すなわち、保存対象物としての細胞を100Pa付近のG’で保存するよりも、200Pa以上のG’で保存することが、細胞の形態変化をより効果的に抑制することが可能となって、その細胞の形態を高く維持することができるからである。これにより、細胞の生存率を高く維持することができる。G’の値が高い程、硬いゲルであるといえ、より硬いゲルの方が外部からの衝撃をゲルの内部の細胞に伝えにくくなり、かつゲルの硬さによって細胞が形態変化する力を抑えることができるため、細胞の損傷がより抑制されるものと推測される。第3工程において第1保存液のゲル状態は、G’が200Pa以上のゲル状態として維持されることが好ましく、G’が800Pa以上のゲル状態として維持されることがより好ましい。最も好ましくは、G’が1000Pa以上のゲル状態として維持されることである。ただし、第3工程において、ゲル状態の第1保存液のG’が6kPaを超えると硬すぎて、内部の細胞にストレスを与えることになるため、細胞の生存率が低下する傾向がある。このため第3工程において、ゲル状態の第1保存液のG’は6kPa以下で維持されることが好ましい。
【0034】
ゲル状態の第1保存液のG’が200Pa以上の硬さを示すかどうかについても、上述した動的粘弾性測定装置で平行平板センサーを用いた方法により、そのG’を測定することで確認することができる。さらに、第3工程におけるゲル状態の第1保存液の温度制御は、G’を上昇させるために温度を下げる操作であって、その間、保存対象物が破損および損傷しない温度制御であればよい。
【0035】
<第4工程>
第4工程では、第3工程の後、第1保存液を温度制御により、ゲル状態から貯蔵弾性率(G’)が50Pa未満のゾル状態にゾル化する。すなわち、上記第3工程においてG’を200Pa以上に上昇させたゲル状態の第1保存液を温度制御により、G’が50Pa未満のゾル状態にゾル化する。これによりゲル状態の第1保存液の内部に保存されていた保存対象物を、外部へ脱して使用に供することが可能となる。
【0036】
第4工程において、第1保存液は、ゲル状態からG’が50Pa未満のゾル状態に60分以内でゾル化されることが好ましい。より好ましくは30分以内でゾル化されることである。さらに第1保存液は、ゲル状態からG’が50Pa未満のゾル状態となることが好ましい。より好ましくはゲル状態からG’が20Pa未満のゾル状態となることである。
【0037】
第4工程における第1保存液の温度制御は、ゾルゲル転移体のゾルゲル転移温度を横軸としたとき、この横軸を交差するように温度を上げる制御であって、その間、保存対象物が破損および損傷しない温度制御であればよい。
【0038】
<具体的態様>
本発明に係る保存対象物の保存方法は、短時間で保存対象物をゲル状態の第1保存液の内部に包埋し、かつ包埋後もゲル状態の第1保存液の内部で保存対象物を損傷させることなく安定的に保存することができる。近年の細胞再生工学の分野では、自己または他者由来の細胞を公知の細胞培養技術により培養して形成した薄膜状の細胞塊である細胞シートを自己または他者へ移植する試みが行われている。このとき細胞シートは、これが作製された施設から移植の行為が行われる施設まで、損傷することなく安定的に保存されて輸送される必要がある。したがって、本発明に係る保存対象物の保存方法により、細胞シートを保存対象物として用いた場合、短時間で細胞シートをゲル状態の第1保存液の内部に包埋し、かつ包埋後もゲル状態の第1保存液の内部で細胞シートを損傷させることなく安定的に保存し、これが移植される施設まで輸送することができる。第1保存液のうち保存対象物を除いた部分の材質は、細胞に影響を与えない生体適合性のある材料であることが好ましい。
【0039】
細胞シートは、典型的には1種の細胞群からなるが、2種以上の細胞群からなることも含む。細胞同士は、直接または介在物質を介して、互いに連結していてもよい。介在物質は、細胞同士を少なくとも機械的に連結し得る物質であり、たとえば細胞外マトリックスなどである。細胞は少なくとも直接重なって機械的に連結されるが、タンパク質間の相互作用によって機能的に連結されてもよく、さらに化学的、電気的に連結されてもよい。細胞シートの細胞は、任意の細胞であり、たとえば筋芽細胞、心筋細胞、線維芽細胞、滑膜細胞、角膜上皮細胞、口腔粘膜上皮細胞、内皮細胞、肝細胞、膵細胞、歯根膜細胞、皮膚細胞などである。細胞の動物種は、たとえばヒト、非ヒト霊長類、マウス、ラットなどのげっ歯類、イヌ、ネコ、ブタ、ウマ、ヤギ、ヒツジなどである。細胞シートの厚みは、1層あたり2~10μmであるが、2層以上の多層構造を有することにより、0.5cm程度となる場合もある。
【0040】
以下、本発明に係る保存対象物の保存方法を、生体適合性のあるゾルゲル転移体が後述するゼラチンであり、保存対象物が細胞シートである場合の例を詳細に説明する。
【0041】
まず、第1工程においてゼラチンと細胞シートとを含むゾル状態の第1保存液を得る。具体的にはゼラチンならびに、血清あるいはCa2+イオンの一方が少なくとも溶解した緩衝液または水溶液(便宜上、「第1溶液」と記す)で満たされている培養皿に細胞シートを添加することにより、ゾル状態の第1保存液を得る。ここで、上記第1溶液の溶質であるゼラチンの濃度は、この第1保存液の1~3倍の濃度となることが好ましい。なぜなら、上記第1溶液に細胞シートを添加する際に、細胞シートを保持している公知の培養液または緩衝液を、細胞シートとともに第1溶液へ添加することが第1保存液を得るのに簡便となるからである。ただし、上記第1溶液におけるゼラチンの濃度は、この第1保存液の1~3倍の濃度であることに限定されるべきではない。
【0042】
上述の第1溶液を得るために用いられる水は、その使用目的に応じて任意に選択することができる。水は無菌のものが好ましく、たとえば生理食塩水を用いることができる。また第1溶液を得るために用いられる緩衝液は、トリス緩衝液、HEPES緩衝液、リン酸緩衝液、クエン酸緩衝液などの緩衝液を用いることができ、具体的にはD-PBS、Hank's Balanced Salt Solution、Earle's Balanced Salt Solutionなどを用いることができる。細胞シートを保持する培養液または緩衝液としては、D-PBS、Hank's Balanced Salt Solution、Earle's Balanced Salt Solution、DMEM、DMEM/F12などを用いることができる。
【0043】
第2工程では、ゾル状態の第1保存液を23℃以上42℃以下の条件下に載置することにより、1時間でG’が100Pa以上のゲル状態に第1保存液をゲル化し、細胞シートのたとえば全部をゾルゲル転移体で包囲する。具体的には、ゾル状態の第1保存液で満たされている上記培養皿を、第1保存液の溶質の濃度に基づき、第1保存液の実用的なゲル化温度または室温のうち高い方の温度で40分静置し、その後室温で静置することにより、第1保存液を1時間でG’が100Pa以上のゲル状態にゲル化し、このゲル状態の第1保存液の内部に細胞シートを包埋する。1時間という短時間でゲル状態の第1保存液の内部に細胞シートを包埋することにより、細胞シートを構成する個々の細胞の損傷を抑えることができる。
【0044】
次に第3工程において、ゲル状態の第1保存液を温度制御により、G’が200Pa以上のゲル状態として維持し、細胞シートを保存する。具体的には、第2工程後の上記培養皿を、第1保存液の溶質の濃度に基づき20℃以上42℃未満(たとえば、室温である23℃)で維持することにより、第1保存液のG’を200Pa以上のゲル状態として細胞シートをその内部で保存する。これにより細胞シートは、損傷することなく安定的に保存され、細胞シートを移植の行為が行われる施設まで安定的に輸送することができる。
【0045】
最後に第4工程において、第1保存液を温度制御により、ゲル状態からG’が50Pa未満のゾル状態にゾル化する。具体的には、第3工程後の上記培養皿を第1保存液の溶質の濃度に基づき37℃以上42℃未満に維持することにより、ゲル状態の第1保存液をG’が50Pa未満のゾル状態にゾル化する。これにより細胞シートを第1保存液から取り出すことができ、移植などの使用に供することができる。
【0046】
ここで本発明に係る保存対象物の保存方法では、第3工程において保存した細胞シートを、第4工程を経ることなく移植などの使用に供することができる。すなわち、第1溶液がゼラチンの溶液であって生体適合性があるため、ゲル状態の第1保存液をゾル化することなくゲル状態のまま、これに包埋されている細胞シートを移植などの使用に供することができる。この場合、第1保存液は移植後、生体内の生体温度によりゾル状態にゾル化することとなる。本発明に係る保存対象物の保存方法において、第4工程を経ることがない場合、第3工程における200Pa以上のゲル状態として細胞シートを内部で保存する第1保存液の温度は、23~42℃であることが好ましい。
【0047】
<作用>
以上より、本発明に係る保存対象物の保存方法は、短時間でゲルの内部に細胞を包埋することができ、かつ包埋後もゲルの内部で細胞を安定的に保存することができる。さらにゾルゲル転移体のゲルの内部に保存していた細胞を、その状態から脱して使用に供することもできる。
【0048】
≪ゾルゲル転移体≫
本発明に係るゾルゲル転移体は、上述した保存対象物の保存に用いられる。ゾルゲル転移体は、上述した保存対象物とともに第1保存液を形成する。この第1保存液は、23℃以上42℃以下の条件下に載置することによって、ゾル状態から1時間で貯蔵弾性率が100Pa以上のゲル状態にゲル化され、かつゲル状態で貯蔵弾性率が200Pa以上を示し得る。これにより、ゾルゲル転移体は、短時間でゲルの内部に保存対象物を包埋することができ、かつ包埋後もゲルの内部で保存対象物を安定的に保存することができる。ゾルゲル転移体は、上記構成を満たす限り、その材質が特に限定されるべきではないが、保存対象物が細胞である場合、細胞に対して毒性を呈しない生体適合性材料であることが好ましい。そのような材質としてゼラチン、コラーゲン、ヒアルロン酸、エラスチンの合成物などが挙げられる。ゾルゲル転移体は、ゼラチンであることが最も好ましい。本発明では、たとえばゾルゲル転移体が後述するゼラチンであって、保存対象物が細胞である場合、20℃以上42℃未満においてゲルの内部に3日間(72時間)以上にわたり、80%以上の生存率で当該細胞を保存することができる。細胞の生存率の測定方法は後述する方法を用いることができる。
【0049】
<ゼラチン>
本発明に係るゾルゲル転移体は、上述のとおり好ましくはゼラチンである。このゼラチンは、たとえば牛、豚、鶏、ダチョウ、魚などの動物に由来するコラーゲンを原料とすることができる。好ましくは牛、豚、鶏、ダチョウに由来するコラーゲンを原料とし、より好ましくは豚に由来するコラーゲンを原料とする。最も好ましくはゼラチンは、豚腱コラーゲン由来である。
【0050】
ゼラチンは、上述した動物などから抽出したコラーゲンを熱分解することにより調製することができる。原料として用いるコラーゲンは、アテロコラーゲン、酸抽出コラーゲン、アルカリ処理コラーゲンなどである。好ましくはアテロコラーゲンを原料として用いることができる。アテロコラーゲンは、コラーゲンの熱分解の際に、たとえばペプシン、キモシン、カテプシンD、レニンなどのタンパク質分解酵素を加えて、コラーゲンのN末端またはC末端に存在するテロペプチドを消化することにより調製することができる。さらに好ましくは、ゼラチンは豚腱由来のアテロコラーゲンを原料として用いることである。
【0051】
ゼラチンの調製方法は、具体的には、まず上述した動物などから抽出したコラーゲンに対し、0.1~10質量%の濃度になるように水を加えるとともに、特定のpHに調整することによりコラーゲン水溶液を得る。このコラーゲン水溶液の濃度は、好ましくは0.15~5質量%が挙げられ、より好ましくは0.2~3質量%である。pHは、たとえば2~9に調整し、好ましくは3~8に調整し、より好ましくは4~7に調整する。続いて、このコラーゲン水溶液をたとえば40~80℃の温度範囲で5分間~24時間保持し、コラーゲンを熱変性することによりゼラチン水溶液を得る。熱変性温度は、好ましくは45~70℃であり、より好ましくは50~60℃である。熱変性時間は、熱変性温度が低ければ長時間とし、熱変性温度が高ければ短時間とする。熱変性時間は、たとえば15分間~15時間が挙げられる。上記ゼラチンを得るために用いられる水は、その使用目的に応じて任意に選択することができる。水は無菌のものが好ましく、たとえば生理食塩水を用いることができる。
【0052】
最後に、上述のようにして得られたゼラチン水溶液を乾燥させることにより、本発明に係るゾルゲル転移体としてのゼラチンを得ることができる。乾燥の方法としては、常法に従って行うことができるが、たとえば通風乾燥、噴霧乾燥、凍結乾燥を行なってもよい。さらに、ゼラチンは、上記ゼラチン水溶液に対して常法に従って化学修飾することにより化学修飾体としたゼラチンであってもよい。
【0053】
ゼラチンの化学修飾体は、ゼラチンのペプチドの側鎖に存在するカルボキシル基またはアミノ基が化学修飾された化学修飾体、およびゼラチンのアミノ酸配列のうちプロリンが水酸化された化学修飾体である。カルボキシル基の化学修飾には、アンモニア、アミン、グリシンメチルエステルによるアミド化が挙げられる。アミノ基の化学修飾には、サクシニル化、フタル化、フマリル化、アセチル化が挙げられる。プロリンの水酸化は、ゼラチンにプロリル4-ヒドロキシラーゼを作用させることにより行なうことができる。アミノ基およびカルボキシル基の化学修飾により、ゼラチンのゾルゲル転移温度を上げることができる。プロリンの水酸化により、ゼラチンのゲル化を安定化することができる。さらに、アミノ基のサクシニル化によってゼラチンの中性域における溶解度を高めることができる。本明細書において「ゼラチン」の用語は、上記ゼラチンおよびゼラチンの化学修飾体の総称として用いるものとする。
【0054】
<保存剤>
本発明に係る保存剤は、上述したゾルゲル転移体と、Ca2+イオンとを含む。あるいは保存剤は、上述したゾルゲル転移体と、血清とを含む。保存剤は、上述したゾルゲル転移体およびCa2+イオンに加え、Mg2+イオンを含むことが好ましい。さらに、保存剤は、上述したゾルゲル転移体および血清に加え、Ca2+イオンおよびMg2+イオンを含むことがより好ましい。加えて保存剤は、pH6.5~7.5で等張作用を示すことが好ましい。等張作用の「等張」とは、半透膜を介した2つの液体の浸透圧が等しいことをいい、本明細書では、細胞シートにおける細胞質と保存剤および第1保存液との浸透圧が等しいことを指す。
【0055】
すなわち保存剤は、上述したゼラチンと、Ca2+イオンとを含み、血清、Mg2+イオンなどをさらに含む緩衝液または水溶液であることが好ましい。保存剤は、上記緩衝液あるいは水溶液である場合、ゼラチンが溶質として2.5~10質量%含まれることが好ましい。さらに好ましくはゼラチンが溶質として3~6質量%含まれる。このときCa2+イオンは、0.31~1.36mmol/Lであることが好ましい。さらに、このCa2+イオンを含む緩衝液あるいは水溶液に、Mg2+イオンが、0~0.81mmol/L含まれることがより好ましい。血清は、保存剤に0~20質量%含まれることが好ましい。
【0056】
上記ゼラチンを得るために用いられる水、および保存剤を得るために用いられる水も、その使用目的に応じて任意に選択することができる。水は無菌のものが好ましく、たとえば生理食塩水を用いることができる。さらに必要に応じてトリス緩衝液、HEPES緩衝液、リン酸緩衝液、クエン酸緩衝液などの緩衝液、その他の防腐剤、殺菌剤の添加物を加えることもできる。
【0057】
保存剤は、保存対象物とともに第1保存液を形成する。換言すれば保存剤は、第1保存液から保存対象物を除いたものをいう。この保存剤を含む第1保存液は、23℃以上42℃以下の条件下で載置されることにより、ゾル状態から1時間でG’が100Pa以上のゲル状態にゲル化され、かつゲル状態としてG’が200Pa以上を示し得る。第1保存液のゲル状態でのG’の上限は6kPaである。さらに、ゲル状態の第1保存液は、温度制御によってG’が50Pa未満のゾルにゾル化することができる。
【0058】
<細胞の生存率評価>
上述のとおり本発明では、ゾルゲル転移体がゼラチンであって、保存対象物が細胞である場合、20℃以上42℃未満においてゲルの内部に、たとえば3日(72時間)以上にわたり、80%以上の生存率で保存することができる。本発明において、たとえば3日(72時間)静置後の細胞の生存率評価は、次のようにして行なうことができる。なお、次の説明では、マウス線維芽細胞(NIH3T3)を対象とする。すなわち、ゼラチンを所定の緩衝液と混合し、ゼラチンの濃度が3~6質量%となる上記保存剤を調製するとともに、37℃に保温したこの保存剤1.5mLを、マウス線維芽細胞が30~100%コンフルエントな状態で培養された培養皿に投入することによりゾル状態の第1保存液を得る。この培養皿を、第1保存液の実用的なゲル化温度に保温したサーモプレート上に40分間静置し、その後室温で20分間静置することにより第1保存液をゲル状態にゲル化し、第1保存液の内部に細胞シートを包埋する。その後、23℃の環境に3日間(72時間)静置する。3日(72時間経過)後、上記培養皿に対してCell Counting Kit 8(セルカウンティングキット(登録商標)、株式会社同仁化学研究所製)を用いて水溶性テトラゾリウム塩(WST-8)を添加し、37℃、5%CO2下で4時間静置する。これにより、ゲル状態の第1保存液に包埋されている細胞中の脱水酵素によって産生されるNADHが、1-Methoxy PMSを介してWST-8を橙色のホルマザンに還元するため、第1保存液が染色される。続いて、染色された第1保存液(以下、「3日静置後の試料」とも記す)を96wellマイクロプレート(コーニング社製)に移し、マイクロプレートリーダー(商品名:「サンライズ」、テカン社製)で450nmの吸光度測定を行なう。さらに、無細胞の試料、および上述したマウス線維芽細胞と同数の細胞を包埋した直後の試料(以下、「包埋した直後の試料」とも記す)に対しても、同じ吸光度測定を行なう。
【0059】
次に、無細胞の試料、包埋した直後の試料および3日静置後の試料に対し、それぞれの吸光度を下記の式に代入することにより、細胞の生存率(%)を算出する。これを3wellで測定(3回測定)し、これらの平均値から、ゾルゲル転移体における細胞の生存率(%)を評価することができる。ホルマザンの色素量が生細胞の量(割合)に比例するからである。
細胞生存率(%)={(3日静置後の吸光度)-(無細胞の吸光度)}/{(無細胞の吸光度)+(包埋直後の吸光度)}×100。
【0060】
ここで上述した例は、3日(72時間)静置後における細胞の生存率評価であるが、細胞の生存率評価は、3日(72時間)静置後に限定されるべきではない。すなわち本発明では、上述したCell Counting Kit 8を用いることにより、任意時間静置後の細胞の生存率評価を行なうことができる。その場合、生存率を評価しようとする時間と、第1保存液の内部に細胞シートを包埋した後の23℃での静置時間とを合致させることにより、細胞の生存率評価を行なうこととなる。任意時間静置後における細胞の生存率(%)を算出する式は、次の通りである。
細胞生存率(%)={(任意時間静置後の吸光度)-(無細胞の吸光度)}/{(無細胞の吸光度)+(包埋直後の吸光度)}×100。
【0061】
<作用>
以上より本発明に係るゾルゲル転移体は、短時間でゲルの内部に細胞を包埋することができ、かつ包埋後もゲルの内部で細胞を、その損傷(たとえば、形態変化)を抑制して安定的に保存することができる。
【実施例】
【0062】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0063】
以下の実施例および比較例に用いたゾルゲル転移体の貯蔵弾性率(G’)は、上記の動的粘弾性測定装置(商品名(型式):「MARSIII」、Thermo Fisher Scientific製)を用いて上述した方法により測定した。さらに、以下の説明において緩衝液であるD-PBSに付されている(-)の表記は、Ca2+イオンおよびMg2+イオンが緩衝液に含まれていないことを意味し、(+)の表記は、Ca2+イオンおよびMg2+イオンが緩衝液に含まれていることを意味する。具体的には、D-PBS(+)にCa2+イオンは0.31mmol/L含まれ、Mg2+イオンは0.35mmol/L含まれている。
【0064】
≪ゾルゲル転移体の物性評価≫
<ゾルゲル転移体を含む溶液の調製>
(ゼラチンのマスター溶液の調製)
まず、豚腱由来アテロコラーゲンを0.3質量%含むpH3.0の水溶液(新田ゼラチン株式会社製)を準備した。この水溶液に対して非分解型ゼラチンの調製法を用いることによりコラーゲンを熱変性し、さらに水溶液を乾燥させてゾルゲル転移体としてのゼラチンを調製した。このゼラチンから、後述する各種の試験に用いる実施例および比較例を調製するため、超純水を溶媒とした8質量%のゼラチン溶液(マスター溶液)を準備した。
【0065】
(実施例1~2および比較例1の保存剤の調製)
実施例1~2および比較例1の保存剤は、次のとおりに準備した。すなわち、上記マスター溶液をD-PBS(+)を用いて希釈することにより、3質量%のゼラチン溶液を調製し、これを実施例1の保存剤として準備した。上記マスター溶液をD-PBS(+)を用いて希釈することにより、6質量%のゼラチン溶液を調製し、これを実施例2の保存剤として準備した。上記マスター溶液をD-PBS(+)を用いて希釈することにより、1.5質量%のゼラチン溶液を調製し、これを比較例1の保存剤として準備した。
【0066】
ここで「非分解型ゼラチンの調製法」は、たとえば2014年に発表された論文(Y.Ohyabu, H.Hatayama and S.Yunoki:"Evaluation of gelatin hydrogel as a potential carrier for cell transportation", J. Biosci. Bioeng., Vol.118, 1,pp.112-115 2014)に記載されている。
【0067】
<実施例1~2および比較例1のG’の測定>
まず、37℃に保温した実施例1~2の保存剤(各3mL)を、上述した動的粘弾性測定装置に付帯するフタ付センサー(DC60/1Ti、内径60mm、コーン角度1°)に設置した。次に、37℃からそれぞれの実用的なゲル化温度に-1.2℃/分の速度で冷却し、この実用的なゲル化温度で40分間静置することによりゲル化した。その後、それぞれを実用的なゲル化温度から23℃に冷却し、23℃で20分間静置した。このとき(静置後1時間)の実施例1~2のG’を、上記フタ付センサーを用いて測定した。37℃に保温した比較例1の保存剤(3mL)については、実用的なゲル化温度が室温未満であったため、上述した動的粘弾性測定装置のフタ付センサーに設置した後、37℃から23℃に-1.2℃/分の速度で冷却し、この23℃で60分間静置した。このとき(静置後1時間)のG’を、実施例1~2と同じ方法により測定した。なお、実用的なゲル化温度の用語の意味については、上述したとおりである。
【0068】
さらに、実施例1~2および比較例1の保存剤(各2mL)を、φ35mmの培養皿(コーニング社製)に配置して冷却し、各保存剤のゾルゲル転移温度よりも温度を下げることによりゲル化した。このゲル化後、23℃の環境で1日静置したとき(サーモプレートに静置後24時間)のG’、および23℃の環境で4日静置したとき(サーモプレートに静置後96時間)のG’をそれぞれ上述した動的粘弾性測定装置で平行平板センサーを用いて測定した。加えて、ゲル化した実施例1~2および比較例1の各保存剤を、37℃で1時間静置することにより再度ゾル状態とし、この状態のG’についても上述した動的粘弾性測定装置で平行平板センサーを用いて測定した。その結果を表1に示す。表1において、上記フタ付センサーにおいて静置後1時間で測定したG’を「静置後1時間のG’」と表わし、サーモプレートに静置後24時間で測定したG’を「静置後24時間のG’」と表わし、サーモプレートに静置後96時間で測定したG’を「静置後96時間のG’」と表わす。
【0069】
【0070】
表1から理解されるように、実施例1~2の保存剤は、実用的なゲル化温度で静置されることによってゾル状態から1時間でG’が100Pa以上のゲル状態にゲル化される物性を有し、かつゲル状態でG’が200Pa以上を示し得るため、短時間でゲルの内部に細胞を包埋することができる。さらに、包埋後も細胞をゲルの内部で、その形態変化を抑制して安定的に保存することができる。特に、実施例2の保存剤は、実施例1の保存剤に比して短時間にG’が200Pa以上となる点で優れていた。これに対し、比較例1の保存剤は、ゾル状態から1時間でG’が100Pa以上のゲル状態にならず、短時間でゲルの内部に細胞を包埋することができないことが分かった。
【0071】
(細胞輸送を想定した温度プロファイル)
ここで実施例1~2の保存剤を用いて細胞輸送を行う場合、各保存剤のG’は、次の4段階(1)~(4)で測定することにより、その変化を把握することが好ましい。なお、各段階でのG’は、上述した動的粘弾性測定装置を用い、上記装置に付帯するフタ付センサー(DC60/1Ti、内径60mm、コーン角度1°)により測定することが好ましい。
【0072】
(1)50℃から37℃に冷却(-1.2℃/分)し、10分静置した後のG’
(2)37℃から各保存液の実用的なゲル化温度に冷却(-1.2℃/分)し、40分静置した後のG’
(3)各保存剤の実用的なゲル化温度から23℃に冷却(-1.2℃/分)もしくは加温(1.2℃/分)し、20分静置した後のG’
(4)23℃から37℃に加温(1.2℃/分)し、60分静置した後のG’。
【0073】
(他の濃度のゼラチン溶液からなる保存剤のG’の算出)
さらに、マスター溶液から調製される他のゼラチン濃度からなる保存剤のG’については、実施例1~2および比較例1の各保存剤のG’の測定値に基づいて、線形近似により算出することができる。したがって、マスター溶液から調製される他のゼラチン濃度からなる保存剤において、上述した4段階(1)~(4)のG’は、実施例1~2および比較例1の各保存剤の各段階でのG’の測定値に基づいて求めることができる。
【0074】
≪マウス線維芽細胞(NIH3T3)を保存対象物とした試験≫
以下、各種の試験(試験1~6)を行なったので、その試験の内容および結果について説明する。
【0075】
<試験1:ゲル化に費やすことが可能な時間の評価>
試験1では、D-PBS(+)に浸漬した細胞を23℃で静置し、時間経過とともに変化する細胞形態および細胞骨格を観察することにより、保存剤、およびこの保存剤と保存対象物とを含む第1保存液のゲル化に費やすことが可能な時間を評価した。
【0076】
具体的には、まずφ35mmの培養皿(コーニング社製)でマウス線維芽細胞を50%コンフルエントになるように培養した。さらに、この細胞をD-PBS(-)で洗浄し、続けてD-PBS(+)を添加し、上記培養皿内において23℃の環境下で静置した。洗浄直後(0分)、30分静置後および2時間静置後において、この細胞を倒立顕微鏡(商品名:「IX73」、オリンパス株式会社製)でそれぞれ観察した。その観察結果を
図1(上側の3つの顕微鏡像)に示す。
【0077】
さらに、洗浄直後(0分)、30分静置後および2時間静置後の細胞を、それぞれ4質量%のパラホルムアルデヒド緩衝液で固定し、アクチン染色用蛍光色素(Acti-strain488ファロイジン、Cytoskelton Inc社製)および細胞核染色用蛍光色素(DAPI、株式会社同仁化学研究所製)で染色した。その状態で、それぞれの細胞を蛍光顕微鏡(商品名:「Axio Vert.A1」、カールツァイスマイクロイメージング社製)を用いて観察した。その観察結果も
図1(下側の3つの顕微鏡像)に示す。
【0078】
図1に示すように、マウス線維芽細胞は、30分静置後まで細胞骨格が確認され、細胞形態も維持された。しかしながら、2時間経過後には細胞骨格が確認されなくなり、細胞形態も維持されなくなった。したがって、細胞の形態変化を抑制してゲル内に包埋するには、保存剤、およびこの保存剤と保存対象物とを含む第1保存液のゲル化に費やす時間を、2時間未満とする必要があることが分かった。さらに、このゲル化に費やす時間は、30分以内とすることが好ましいことも分かった。
【0079】
<試験2~5:静置後1時間のG’の違いによる細胞形態への影響評価>
(実施例1~4および比較例1~3の保存剤の調製)
試験2~5に用いる実施例1~2および比較例1の保存剤は、上述のとおりに調整して準備した。実施例3の保存剤は、上記マスター溶液をD-PBS(+)を用いて希釈することにより、4質量%のゼラチン溶液を調製して準備した。実施例4の保存剤は、上記マスター溶液をD-PBS(+)を用いて希釈することにより、5質量%のゼラチン溶液を調製して準備した。比較例2の保存剤は、上記マスター溶液をD-PBS(+)を用いて希釈することにより、2質量%のゼラチン溶液を調製して準備した。比較例3の保存剤は、上記マスター溶液をD-PBS(+)を用いて希釈することにより、1質量%のゼラチン溶液を調製して準備した。
【0080】
(静置後1時間のG’の測定)
実施例1~2および比較例1の保存剤における静置後1時間のG’は上述したとおりである。実施例3、4および比較例2の保存剤における静置後1時間のG’については、実施例1~2および比較例1の保存剤における静置後1時間のG’の測定値に基づいて、線形近似により算出した。その結果を表2に示す。ただし、比較例1の保存剤における静置後1時間のG’については、表2への記載を省略した。
【0081】
(静置後1時間のG’の違いによる細胞形態への影響評価)
試験2では、37℃に保温した実施例1、2および比較例2の保存剤(各1.5mL)を、マウス線維芽細胞(NIH3T3)が50%コンフルエントになるまで培養されているφ35mmの培養皿(コーニング社製)へ添加した(第1工程)。さらに、上記培養皿を実用的なゲル化温度に保温したサーモプレート上に40分間静置し、その後20分間、サーモプレートを室温(23℃)として維持した。これにより実施例1、3および比較例2の保存剤をゲル化し、そのゲルの内部に上記細胞を包埋した(第2工程)。その後、上記培養皿を23℃の環境で3日間静置した(第3工程)。その上で、3日間保存後における各培養皿での細胞形態の変化とともに、培養皿から細胞が剥離するか否かを試験1と同じ方法により倒立顕微鏡で観察した。その結果を表2に示す。
【0082】
さらに試験3では、37℃に保温した実施例1~4の保存剤(各1.5mL)を、マウス線維芽細胞が50%コンフルエントになるまで培養されている細胞シート回収用温度応答性細胞培養皿(商品名:「UpCell(登録商標)、セルシード株式会社製)へ添加した(第1工程)。さらに、上記培養皿を実用的なゲル化温度に保温したサーモプレート上に40分間静置し、その後20分間、サーモプレートを室温(23℃)として維持した。これにより実施例1~4の保存剤をゲル化し、そのゲルの内部に上記細胞を包埋した(第2工程)。その後、上記培養皿を23℃の環境で3日間静置した(第3工程)。その上で、3日間保存後における各培養皿での細胞形態の変化とともに、培養皿から細胞が剥離するか否かを試験1と同じ方法により倒立顕微鏡で観察した。その結果を表2に示す。表2において、上記観察の結果、培養皿から細胞が剥離し、細胞が浮いていることを確認した場合の判断を「変化あり(C)」として示した。
【0083】
【0084】
表2に示すように、静置後1時間のG’は、それぞれ実施例1で246.2Pa、実施例2で1337Pa、実施例3で692.9Pa、実施例4で990.0Pa、比較例2で98.69Paであった。さらに、静置後1時間のG’が100Pa以上である実施例1~4の保存剤に包埋されたマウス線維芽細胞は、培養皿中で細胞が浮くことなく細胞形態が維持された。
【0085】
上述した試験2,3とは別に、試験4,5として静置後1時間のG’の細胞形態への影響をさらに評価した。
【0086】
試験4では、37℃に保温した実施例1、3および比較例2の保存剤(各1mL)を、マウス線維芽細胞(NIH3T3)がオーバーコンフルエントになるまで培養されているφ35mmの培養皿(コーニング社製)へ添加した(第1工程)。さらに、上記培養皿を実用的なゲル化温度に保温したサーモプレート上に40分間静置し、その後20分間、サーモプレートを室温(23℃)として維持した。これにより実施例1、3および比較例2の保存剤をゲル化し、そのゲルの内部に上記細胞を包埋した(第2工程)。その後、上記培養皿を23℃の環境で3日間静置した(第3工程)。その上で、各培養皿のマウス線維芽細胞に対して試験1と同じ方法により倒立顕微鏡で観察した。この3日間保存後の細胞形態の変化を観察することにより、静置後1時間で測定したG’の細胞形態への影響を調べた。その結果を
図2に示す。
【0087】
試験5では、37℃に保温した実施例1~4および比較例2~3の保存剤(各1.5mL)を、マウス線維芽細胞が50%コンフルエントになるまで培養されているφ35mmの培養皿(コーニング社製)へ添加した(第1工程)。さらに、上記培養皿を実用的なゲル化温度に保温したサーモプレート上に40分間静置し、その後20分間、サーモプレートを室温(23℃)として維持した。これにより実施例1~4および比較例2~3の保存剤をゲル化し、そのゲルの内部に上記細胞を包埋した(第2工程)。比較例3については、実用的なゲル化温度が室温以下であるため、室温に保温したサーモプレート上に60分間静置してゲル化し、そのゲルの内部に上記細胞を包埋した。その後、上記培養皿を23℃の環境で3日間静置した(第3工程)。この3日間保存後の細胞形態の変化とともに、培養皿から細胞が剥離するか否かを試験1と同じ方法により倒立顕微鏡で観察した。これにより、静置後1時間で測定したG’の細胞形態への影響を調べた。その結果を
図3に示す。なお、比較例3の保存剤における静置後1時間のG’は、4.2Paである。
【0088】
図2に示すように、静置後1時間のG’が100Pa以上である実施例1の保存剤および実施例3の保存剤に包埋されたマウス線維芽細胞は、細胞形態が維持された。しかしながら、静置後1時間のG’が100Pa未満である比較例2の保存剤に包埋されたマウス線維芽細胞は、細胞形態が維持されなかった。さらに
図3に示すように、静置後1時間のG’が100Pa以上である実施例1~4の保存剤に包埋されたマウス線維芽細胞は、細胞形態が維持された。しかしながら、静置後1時間のG’が100Pa未満である比較例2、3の保存剤に包埋されたマウス線維芽細胞は、細胞形態が維持されず、かつ培養皿から細胞が剥離している様子が観察された。以上から、細胞の形態変化を抑制してゲル内で保存するには、静置後1時間のG’が100Pa以上である必要があると分かった。
【0089】
<試験6:血清、Ca2+イオン、Mg2+イオンなどを添加することによる評価>
試験6では、保存剤が血清、Ca2+イオン、Mg2+イオンなどを含有するか否かによって、細胞形態に影響を及ぼすかどうかについて評価した。具体的には、まず上記マスター溶液をD-PBS(-)を用いて希釈することにより3質量%のゼラチン溶液を実施例5の保存剤として調製した。なお実施例5の保存剤は、上記マスター溶液をD-PBS(-)を用いて希釈して調製した点において実施例1の保存剤と異なる。この実施例5の保存剤に対し、下記表3に示す条件1~10の下、血清、Ca2+イオン、Mg2+イオンをそれぞれ添加することにより、10種類の保存剤を調製した。
【0090】
【0091】
表3においてたとえば条件1は、Mg2+イオン濃度が0.81mmol/Lとなるように、実施例5の保存剤に対しMg2+イオンを添加する条件であることを意味する。条件4は、Ca2+イオン濃度が0.31mmol/Lとなり、かつMg2+イオン濃度が0.81mmol/Lとなるように、実施例5の保存剤に対しCa2+イオンおよびMg2+イオンを添加する条件であることを意味する。条件10は、血清が10質量%濃度となるように、実施例5の保存剤に対し血清を添加する条件であることを意味する。条件5は、D-PBS(+)におけるCa2+イオンおよびMg2+イオンの濃度に相当する。条件7は、DMEMおよびEarle’s Blanced SaltにおけるCa2+イオンおよびMg2+イオンの濃度に相当する。
【0092】
次に、上述のように調製した10種類の保存剤(各50μL)を、マウス線維芽細胞が80%コンフルエントになるまで培養されている96wellマイクロプレート(コーニング社製)に添加した。さらに、上記マイクロプレートを実用的なゲル化温度に保温したサーモプレート上に40分間静置し、その後20分間、サーモプレートを室温(23℃)として維持した。これにより上記10種の保存剤をゲル化し、そのゲルの内部に上記細胞を包埋した。その後、上記培養皿を23℃の環境で1日間静置した上で、各培養皿のマウス線維芽細胞に対して試験1と同じ方法により倒立顕微鏡で観察した。その結果を
図4に示す。
【0093】
図4に示すように、マウス線維芽細胞は、少なくともCa
2+イオンまたは血清を所定量含有する保存剤に包埋された場合(条件4~10)において、細胞形態が良好に維持された。さらに、Ca
2+イオンおよびMg
2+イオンを含有する保存剤に包埋された場合(条件4、5、7、8)、Ca
2+イオンを1.36mmol/L含有する保存剤に包埋された場合(条件9)および血清を含有する保存剤に包埋された場合(条件10)において、細胞形態が特に良好に維持されていた。したがって、マウス線維芽細胞をその形態変化を抑制してゲル内に保存するには、少なくともCa
2+イオンまたは血清を所定量含有する保存剤であることが好ましい。加えて、これら10種の保存剤を用いた場合において、マウス線維芽細胞の3日(72時間経過)後の生存率を測定した。その結果、
図5に示すように、条件4、5、7、8、9、10において、90%以上と良好な結果となった。
【0094】
以上のように本発明の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせたり、様々に変形したりすることも当初から予定している。
【0095】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態ではなく特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。