(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-25
(45)【発行日】2023-02-02
(54)【発明の名称】温度補償型てんぷ、ムーブメント及び時計
(51)【国際特許分類】
G04B 17/22 20060101AFI20230126BHJP
G04B 17/06 20060101ALI20230126BHJP
【FI】
G04B17/22 Z
G04B17/06 A
(21)【出願番号】P 2019031408
(22)【出願日】2019-02-25
【審査請求日】2021-12-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000002325
【氏名又は名称】セイコーインスツル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100126664
【氏名又は名称】鈴木 慎吾
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【氏名又は名称】西澤 和純
(72)【発明者】
【氏名】中嶋 正洋
(72)【発明者】
【氏名】岸 松雄
(72)【発明者】
【氏名】宇都 正博
(72)【発明者】
【氏名】藤枝 久
【審査官】後藤 順也
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-142326(JP,A)
【文献】特開昭48-025193(JP,A)
【文献】実開昭55-071165(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G04B 17/22
G04B 17/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸線に沿って延びるてん真を有し、ひげぜんまいの動力によって前記軸線回りに回動するてんぷ本体を備え、
前記てんぷ本体は、
熱膨張率の異なる高膨張部及び低膨張部が重ね合わされ
た状態で前記軸線回りの周方向に延在するとともに、温度変化に応じて前記軸線方向に直交する径方向に変形可能なバイメタル部
を有し、前記てん真を取り囲むリム部と、
前記バイメタル部における前記周方向の第1端部、及び前記てん真間を連結する連結部と、を備え、
前記
リム部及び前記連結部は、陽極酸化が可能な材料からなる母材によって一体に形成され、
前記バイメタル部のうち、前記高膨張部
は前記母材
自体により形成され、前記低膨張部は前記母材が陽極酸化されてなる陽極酸化膜により形成されている温度補償型てんぷ。
【請求項2】
前記リム部のうち、内周部分に前記低膨張部が位置し、外周部分に前記高膨張部が位置している請求項1に記載の温度補償型てんぷ。
【請求項3】
前記陽極酸化膜には、封孔処理が施されている請求項1又は請求項2に記載の温度補償型てんぷ。
【請求項4】
前記母材は、アルミニウムである請求項1から請求項3の何れか1項に記載の温度補償型てんぷ。
【請求項5】
請求項1から請求項4の何れか1項に記載の温度補償型てんぷを備えていることを特徴とするムーブメント。
【請求項6】
請求項5記載のムーブメントを備えていることを特徴とする時計。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、温度補償型てんぷ、ムーブメント及び時計に関する。
【背景技術】
【0002】
機械式時計の調速機として機能するてんぷは、軸線に沿って延びるてん真と、てん真に固定されたてん輪と、ひげぜんまいと、を備えている。てん真及びてん輪は、ひげぜんまいの伸縮に伴い、軸線回りに周期的に正逆回動(振動)する。
【0003】
上述したてんぷでは、振動周期が予め決められた規定値内に設定されていることが重要とされている。仮に、振動周期が規定値からずれてしまうと、機械式時計の歩度(時計の遅れ、進みの度合い)が変化する。
【0004】
てんぷの振動周期Tは、次式(1)で表される。式(1)において、Iはてんぷの「慣性モーメント」を示し、Kはひげぜんまいの「ばね定数」を示している。
【0005】
【0006】
式(1)に基づくと、温度変化等により、てんぷの慣性モーメントIやひげぜんまいのばね定数Kが変化すると、てんぷの振動周期Tが変化する。具体的に、上述したてん輪は、熱膨張率が正の材料(温度上昇によって膨張する材料)により形成される場合がある。この場合、温度が上昇すると、てん輪が拡径し、慣性モーメントIが増加する。
そのため、温度上昇に伴い、慣性モーメントIが増加することで、振動周期Tが長くなる。その結果、てんぷの振動周期Tが低温で短く、高温で長くなることで、時計の温度特性が低温で進み、高温で遅れることになる。
【0007】
振動周期Tの温度依存性を改善するための対策として、てん輪における回転対称となる位置に、バイメタル部を設ける構成が考えられる(例えば、下記非特許文献1参照)。バイメタル部は、熱膨張率が異なる板材を積層して形成される。
この構成によれば、温度上昇時において、各板材の熱膨張率の差により、バイメタル部が例えば径方向の内側に向けて変形する。これにより、てん輪の平均径が縮径することで、慣性モーメントIを低下させることができる。その結果、慣性モーメントIの温度特性を補正でき、振動周期Tの温度依存性を抑えることができると考えられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【文献】スイス時計大学偏、「時計学理論(The Theory of Horology)」、英語版第2版、2003年4月、p136-137
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、上述したバイメタル部は、例えば以下の方法により形成される。
(1)高膨張部及び低膨張部のうち、第1部材の側面に、鋳造やめっき、溶射等によって第2部材を形成した後、厚さ調整のための後加工を行う方法。
(2)高膨張部及び低膨張部同士を接合(例えば、接着やろう付け、溶接、圧接、拡散接合等)する方法。
【0010】
しかしながら、(1)の方法にあっては、後加工によりバイメタル部の厚さを調整するため、加工誤差等によって厚さばらつきが発生し易かった。
(2)の方法にあっては、高膨張部及び低膨張部の接合時に位置ずれ等が発生する可能性があった。
このように、製造ばらつきによって各バイメタル部を所望の形状に形成できなかった場合には、各バイメタル部の温度係数(温度変化に対するバイメタル部の変形量)が不安定になり易かった。各バイメタル部間で温度係数が異なる場合には、てんぷの重心が回動軸に対してずれる。その結果、てんぷの片重りが発生し、てんぷの姿勢による振動周期Tの変動が大きくなる(いわゆる、姿勢差が生じる。)可能性があった。
【0011】
本発明は、製造ばらつきを抑え、高品質な温度補償型てんぷ、ムーブメント及び時計を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために本発明の一態様に係る温度補償型てんぷは、軸線に沿って延びるてん真を有し、ひげぜんまいの動力によって前記軸線回りに回動するてんぷ本体を備え、前記てんぷ本体は、熱膨張率の異なる高膨張部及び低膨張部が重ね合わされた状態で前記軸線回りの周方向に延在するとともに、温度変化に応じて前記軸線方向に直交する径方向に変形可能なバイメタル部を有し、前記てん真を取り囲むリム部と、前記バイメタル部における前記周方向の第1端部、及び前記てん真間を連結する連結部と、を備え、前記リム部及び前記連結部は、陽極酸化が可能な材料からなる母材によって一体に形成され、前記バイメタル部のうち、前記高膨張部は前記母材自体により形成され、前記低膨張部は前記母材が陽極酸化されてなる陽極酸化膜により形成されている。
【0013】
本態様によれば、低膨張部を陽極酸化膜により形成することで、低膨張部の厚さを一様に形成し易い。これにより、鋳造やめっき、溶射等によって低膨張部を形成する場合に比べて厚さ調整のための後加工が不要、若しくは簡素化される。また、低膨張部及び高膨張部同士を接合する場合に比べ、低膨張部及び高膨張部の位置ずれを抑制できる。
その結果、製造ばらつきを抑制してバイメタル部を所望の形状に形成し易くなる。したがって、バイメタル部の変形(温度係数)を安定させ、片重りの発生を抑制した高品質な温度補償型てんぷを提供できる。
しかも、陽極酸化可能な材料は、比較的比重が小さいので、軽量のてんぷを製造することができる。これにより、てんぷの耐衝撃性や耐震動性を向上させることができる。また、てんぷの軽量化を図ることができるため、軸受との摩擦抵抗を軽減でき、外乱や姿勢変化による精度低下を抑制できる。
【0014】
上記態様において、前記リム部のうち、内周部分に前記低膨張部が位置し、外周部分に前記高膨張部が位置していてもよい。
本態様によれば、リム部にバイメタル部を配置することで、バイメタル部の周長を確保して、温度変化に伴うバイメタル部の変形量(温度係数)を確保し易くなる。
【0015】
上記態様において、前記陽極酸化膜には、封孔処理が施されていてもよい。
本態様によれば、低膨張部の凹部に封孔処理が施されているため、耐食性を向上させることができる。
【0016】
上記態様において、前記母材は、アルミニウムであってもよい。
本態様によれば、母材にアルミニウムを採用することで、低膨張部及び高膨張部間の熱膨張率の差を大きくし易くなる。その結果、バイメタル部の温度係数を大きくすることができる。
【0017】
本発明の一態様に係るムーブメントは、上記態様の温度補償型てんぷを備えていてもよい。
本発明の一態様に係る時計は、上記態様のムーブメントを備えていてもよい。
本態様によれば、上記本態様の温度補償型てんぷを備えているため、高品質なムーブメント及び時計を提供できる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、製造ばらつきを抑え、高品質な温度補償型てんぷ、ムーブメント及び時計を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図2】第1実施形態に係るムーブメントを表側から見た平面図である。
【
図3】第1実施形態に係るてんぷを表側から見た斜視図である。
【
図5】バイメタル部の動作を説明するためのてんぷの部分平面図である。
【
図6】てん輪の製造方法を説明するための工程図であって、
図4のVI-VI線に対応する部分の断面図である。
【
図7】てん輪の製造方法を説明するための工程図であって、
図4のVI-VI線に対応する部分の断面図である。
【
図8】てん輪の製造方法を説明するための工程図であって、
図4のVI-VI線に対応する部分の断面図である。
【
図9】てん輪の製造方法を説明するための工程図であって、
図4のVI-VI線に対応する部分の断面図である。
【
図10】第2実施形態に係るてんぷの平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明に係る実施形態について図面を参照して説明する。なお、以下で説明する各実施形態において、対応する構成には同一の符号を付して説明を省略する場合がある。
(第1実施形態)
[時計]
図1は、時計1の外観図である。なお、以下に示す各図では、図面を見やすくするため、時計用部品のうち一部の図示を省略しているとともに、各時計用部品を簡略化して図示している場合がある。
図1に示すように、本実施形態の時計1は、ムーブメント2や文字板3、各種指針4~6等が時計ケース7内に組み込まれて構成されている。
【0021】
時計ケース7は、ケース本体11と、ケース蓋(不図示)と、カバーガラス12と、を備えている。ケース本体11の側面のうち、3時位置(
図1の右側)にはりゅうず15が設けられている。りゅうず15は、ケース本体11の外側からムーブメント2を操作するためのものである。りゅうず15は、ケース本体11内に挿通された巻真19に固定されている。
【0022】
[ムーブメント]
図2は、ムーブメント2を表側から見た平面図である。
図2に示すように、ムーブメント2は、ムーブメント2の基板を構成する地板21に複数の回転体(歯車等)が回転可能に支持されて構成されている。なお、以下の説明では、地板21に対して時計ケース7のカバーガラス12側(文字板3側)をムーブメント2の「裏側」と称し、ケース蓋側(文字板3側とは反対側)をムーブメント2の「表側」と称する。また、以下で説明する各回転体は、何れもムーブメント2の表裏面方向を軸方向として設けられている。
【0023】
地板21には、上述した巻真19が組み込まれている。巻真19は、日付や時刻の修正に用いられる。巻真19は、その軸線周りに回転可能、かつ軸方向に移動可能とされている。巻真19は、おしどり23、かんぬき24、かんぬきばね25及び裏押さえ26を含む切換装置によって、軸方向の位置が決められている。
巻真19を回転させると、つづみ車(不図示)の回転を介してきち車31が回転する。きち車31の回転により丸穴車32及び角穴車33が順に回転し、香箱車34に収容されたぜんまい(不図示)が巻き上げられる。
【0024】
香箱車34は、地板21と香箱受35との間で回転可能に支持されている。二番車41、三番車42、四番車43は、地板21と輪列受45との間で回転可能に支持されている。
ぜんまいの復元力により香箱車34が回転すると、香箱車34の回転により二番車41、三番車42及び四番車43が順に回転する。香箱車34、二番車41、三番車42及び四番車43は、表輪列を構成する。
【0025】
上述した表輪列のうち、二番車41には、分針5(
図1参照)が取り付けられている。二番車41の回転に伴って回転する筒車(不図示)には、上述した時針4が取り付けられている。また、秒針6(
図1参照)は、四番車43の回転に基づいて回転するように構成されている。
【0026】
ムーブメント2には、調速脱進機51が搭載されている。
調速脱進機51は、がんぎ車52、アンクル53及びてんぷ(温度補償型てんぷ)54を有している。
【0027】
がんぎ車52は、地板21と輪列受45との間で回転可能に支持されている。がんぎ車52は、四番車43の回転に伴い回転する。
アンクル53は、地板21とアンクル受55との間で往復回動可能に支持されている。アンクル53は、一対のつめ石56a,56bを備えている。つめ石56a,56bは、アンクル53の往復回動に伴いがんぎ車52のがんぎ歯車52aに交互に係合する。がんぎ車52は、一対のつめ石56a,56bのうち、一方のつめ石ががんぎ歯車52aに係合しているとき、一時的に回転が停止する。また、がんぎ車52は、一対のつめ石56a,56bががんぎ歯車52aから離脱しているとき、回転する。これらの動作が連続的に繰り返されることにより、がんぎ車52が間欠的に回転する。そして、がんぎ車52の間欠的な回転運動により、上述した輪列(表輪列)が間欠的に動作することで、表輪列の回転が制御される。
【0028】
<てんぷ>
図3は、てんぷ54を表側から見た斜視図である。
図4は、てんぷ54の平面図である。
図3、
図4に示すように、てんぷ54は、がんぎ車52を調速する(がんぎ車52を一定速度で脱進させる。)。てんぷ54は、てん真61、てん輪62及びひげぜんまい63を有している。なお、てん真61及びてん輪62により、本実施形態のてんぷ本体を構成している。
【0029】
てん真61は、地板21とてんぷ受(不図示)との間で、軸線O回りに回動可能に支持されている。以下の説明では、軸線Oに沿う方向を軸線方向といい、軸線Oに直交する方向を径方向といい、軸線O回りに周回する方向を周方向という場合がある。この場合、軸線方向は、表裏面方向に一致している。
【0030】
てん真61は、ひげぜんまい63から伝えられた動力によって軸線O回りに一定の振動周期で正逆回動する。てん真61における軸線方向の表側端部は、てんぷ受に支持されている。てん真61における軸線方向の裏側端部は、地板21に支持されている。てん真61は、てんぷ54の往復回動に同期して、振り石(不図示)を介してアンクル53のアンクルハコとの係合及び離脱を繰り返す。これにより、アンクル53が往復回動することで、つめ石56a,56bががんぎ車52との係合及び離脱を繰り返す。
【0031】
てん輪62は、てん真61に同軸で固定されている。てん輪62は、連結部70と、リム部73と、を備えている。
連結部70は、てん真61とリム部73との間を連結している。連結部70は、ハブ部71及びあみだ部72を備えている。
ハブ部71は、てん真61に圧入等によって固定されている。
あみだ部72は、ハブ部71から径方向の外側に突設されている。本実施形態において、あみだ部72は、軸線Oを間に挟んで対向する位置から、それぞれ径方向の外側に延在している。なお、周方向におけるあみだ部72の位置や、あみだ部72の本数等は適宜変更が可能である。
【0032】
リム部73は、接続部80と、バイメタル部81と、を備えている。
接続部80は、あみだ部72における径方向の外側端部に連なっている。接続部80は、あみだ部72に対して軸方向の厚さが厚くなっている。
【0033】
バイメタル部81は、各接続部80から周方向に沿って延在している。本実施形態において、各バイメタル部81は、接続部80から周方向の一方側に延びる第1延在部82と、接続部80から周方向の他方側に延びる第2延在部83と、を備えている。本実施形態において、第1延在部82の周長は、第2延在部83の周長よりも長くなっている。なお、各バイメタル部81は、少なくとも第1延在部82のみを有していればよい。本実施形態において、バイメタル部81は、軸線O回りで回転対称(本実施形態では、2回対称)に形成されている。回転対象とは、図形を特徴づけるための表現の一例であり、公知の概念である。例えばnを2以上の整数とし、ある中心(2次元図形の場合)又は軸(3次元図形の場合)の周りを(360/n)°回転させると自らと重なる性質を、n回対称、又はn相対称、(360/n)度対称等という。例えば、n=2の場合、180°回転させると自らと重なる2回対称となる。
【0034】
リム部73は、各バイメタル部81が、同一円周上において、周方向に間隔あけて配置されることで、全体として軸線Oと同軸上に配置された環状に形成されている。リム部73は、連結部70の周囲を径方向の外側から取り囲んでいる。
【0035】
各バイメタル部81(第1延在部82及び第2延在部83)は、熱膨張率(線膨張率)の異なる材質が径方向に重ね合わされて構成されている。バイメタル部81は、径方向の内側に位置する低膨張部91と、低膨張部91の径方向の外側に位置する高膨張部92と、を備えている。バイメタル部81は、低膨張部91及び高膨張部92の熱膨張率の差を利用して、温度変化に伴い固定端(接続部80との境界部分)を起点にして径方向に変形可能に構成されている。本実施形態では、高膨張部92が径方向の外側に位置しているため、温度上昇した場合に、バイメタル部81が径方向の内側に向けて変形する。なお、本実施形態において、線膨張率とは、熱膨張率のうち、温度の上昇に対応して長さが変化する割合をいう。
【0036】
バイメタル部81(第1延在部82)の自由端(周方向における先端部)には、チラねじ85が着脱可能に取り付けられている。なお、チラねじ85の取付位置は、各バイメタル部81において、互いに回転対象となる位置に配置されていれば、適宜変更が可能である。
【0037】
ひげぜんまい63は、軸線方向から見た平面視で渦巻状の平ひげである。ひげぜんまい63は、アルキメデス曲線に沿うように巻回されている。ひげぜんまい63の内端部は、ひげ玉87を介しててん真61に連結されている。ひげぜんまい63の外端部は、ひげ持(不図示)を介しててんぷ受に接続されている。ひげぜんまい63は、四番車43からがんぎ車52に伝えられた動力を蓄え、てん真61に伝える役割を果たしている。
【0038】
本実施形態において、ひげぜんまい63には、恒弾性材料(例えば、コエリンバー等)が好適に用いられる。ひげぜんまい63は、使用温度範囲でのヤング率が正の温度特性になっている。この場合、ひげぜんまい63のヤング率の温度係数は、温度変化に伴うてん輪62の慣性モーメントの温度特性に対して、てんぷ54の振動周期がなるべく一定になるように調整されている。但し、ひげぜんまい63は、恒弾性材料以外の材料により形成してもよい。この場合、ひげぜんまい63としては、ヤング率が負の温度係数(温度上昇によってばね定数が低下する特性)を有する一般的な鋼材料を用いることが可能である。
【0039】
ここで、本実施形態のてん輪62は、陽極酸化が可能な材料を母材として一体に形成されている。陽極酸化が可能な材料としては、アルミニウム(Al)やマグネシウム(Mg)、タンタル(Ta)、チタン(Ti)、これらの合金等(いわゆる、バルブ金属)が挙げられる。本実施形態において、てん輪62は、アルミニウムを母材として形成されている。
【0040】
上述したてん輪62の低膨張部91は、陽極酸化膜により形成されている。すなわち、本実施形態では、てん輪62のうち、連結部70、接続部80及び高膨張部92に母材100(
図8参照)を残したまま、リム部73の内周部分のみを陽極酸化させることで、低膨張部91が形成されている。特に、本実施形態の低膨張部91は、膜厚を確保するために、硬質アルマイトにより形成されている。
【0041】
本実施形態において、低膨張部91及び高膨張部92の厚さは、以下の式(2)を満たすことで、バイメタル部81の温度係数を最大に設定することができる。
なお、式(2)において、t1、t2、E1,E2は、それぞれ以下の通りである。
t1:高膨張部厚さ
t2:低膨張部厚さ
E1:高膨張部ヤング率
E2:低膨張部ヤング率
【0042】
【0043】
本実施形態のように、アルミニウムと硬質アルマイトとの組み合わせの場合、高膨張部92(アルミニウム)の径方向での厚さは、低膨張部91(硬質アルマイト)よりも厚くなっている。但し、低膨張部91及び高膨張部92の厚さは適宜変更可能である。
【0044】
なお、陽極酸化膜により形成された低膨張部91は、凹凸形状(ポーラス構造)とされる。そこで、本実施形態では、低膨張部91の耐食性を向上させるため、凹部を塞ぐ封孔処理を施すことが好ましい。
【0045】
[温度係数の補正方法]
次に、上述したてんぷ54において、温度係数の補正方法について説明する。
図5は、バイメタル部81の動作を説明するためのてんぷ54の部分平面図である。
図5に示すように、本実施形態のてんぷ54では、温度変化が生じると、低膨張部91及び高膨張部92の熱膨張率の差によってバイメタル部81が屈曲変形する。具体的に、所定温度T0(常温(例えば、23℃程度))に対して温度上昇した場合には、高膨張部92が低膨張部91よりも膨張する。これにより、バイメタル部81が、径方向の内側に変形する(
図5における符号A)。所定温度T0に対して温度低下した場合には、高膨張部92が低膨張部91よりも収縮する。これにより、バイメタル部81が、径方向の外側に変形する(
図5における符号B)。
【0046】
バイメタル部81が変形することで、バイメタル部81の先端部と軸線Oとの径方向での距離が変化する。具体的に、所定温度T0でのバイメタル部81の先端部と軸線Oとの径方向での距離R0とし、温度上昇時でのバイメタル部81の先端部と軸線Oとの径方向での距離をR1とした場合、距離R0と距離R1との差分が温度上昇時における径方向での半径変化量ΔR1となる。一方、温度低下時でのバイメタル部81の先端部と軸線Oとの径方向での距離をR2とした場合、距離R0と距離R2との差分が温度低下時における径方向での半径変化量ΔR2となる。そして、半径変化量ΔR1,ΔR2に応じててん輪62の平均径を縮径又は拡径させることができ、てんぷ54の軸線O回りの慣性モーメントを変化させることができる。すなわち、温度上昇した場合には、てん輪62の平均径を縮径させて慣性モーメントを小さくすることができる。温度低下した場合には、てん輪62の平均径を拡径させて慣性モーメントを大きくすることができる。これにより、慣性モーメントの温度特性を補正することができる。
【0047】
[てん輪の製造方法]
次に、上述したてん輪62の製造方法について説明する。
本実施形態のてん輪62は、母材形成工程と、マスク工程と、陽極酸化工程と、封孔処理工程と、マスク除去工程と、を経て製造される。
【0048】
図6~
図9は、てん輪62の製造方法を説明するための工程図であって、
図4のVI-VI線に対応する部分の断面図である。
図6に示すように、母材形成工程では、陽極酸化可能な材料に切削加工等を施し、てん輪62の母材100を形成する。具体的に、母材100は、てん輪62のうち、低膨張部91を除く部分の形状と同等の外形に形成されている。なお、陽極酸化は、母材100の表面から成長する部分の厚さと、母材100の表面が溶出する部分の厚さと、が同程度とされている。したがって、母材100のうち、バイメタル部81となる部分(以下、バイメタル形成部101という。)の径方向の厚さは、例えば高膨張部92の厚さと、低膨張部91の厚さの半分と、の和に設定されている。
【0049】
次に、マスク工程では、母材100のうち、陽極酸化膜を形成しない領域(連結部70、接続部80及び高膨張部92となる領域)をマスク110で覆う。マスク110は、例えば母材100をフォトレジストで覆った後、フォトリソグラフィ技術を用いて低膨張部91となる部分のみを露出させることで形成される。本実施形態において、マスク110には、バイメタル形成部101の内周面を露出させる開口部111が形成される。
【0050】
続いて、陽極酸化工程では、上述した母材100のうち、開口部111から露出した部分を陽極酸化させる。本実施形態では、JIS H 8603-1999「アルミニウム及びアルミニウム合金の工業用硬質陽極酸化皮膜」に準拠した硬質陽極酸化被膜として、硬質アルマイトを形成する。具体的には、母材100を陽極とし、電極板を陰極として、母材100及び電極板(不図示)を電解液中に浸漬させる。続いて、電解液中で陽極及び陰極間に電圧を印加する。すると、母材100の表面において、酸化反応が進行することで、母材100の表面に凹凸形状の陽極酸化膜が形成される。本実施形態において、電解液は、低温(例えば0℃前後)の硫酸浴(例えば硫酸濃度180g/Lの水溶液)又はシュウ酸浴を用いる。これにより、バイメタル形成部101の内周部分に低膨張部91が形成される。なお、陽極酸化膜の膜厚や凹部のピッチ等は、印加電圧や電圧の印加時間、電解液の温度、電流密度等によって調整可能である。
【0051】
次に、封孔処理工程では、低膨張部91の凹部に対して封孔処理を施す。封孔処理としては、例えば加圧水蒸気や沸騰水を用いた水和封孔処理、ニッケル及びフッ素化合物からなる低温封孔剤水溶液を用いた低温封孔処理等が用いられる。
【0052】
その後、マスク除去工程において、マスク110を除去することで、上述したてん輪62が形成される。
【0053】
本実施形態では、バイメタル部81のうち、高膨張部92は陽極酸化が可能な材料からなる母材により形成され、低膨張部91は母材が陽極酸化されてなる陽極酸化膜により形成されている構成とした。
この構成によれば、低膨張部91を陽極酸化膜により形成することで、低膨張部91の厚さを一様に形成し易い。これにより、鋳造やめっき、溶射等によって低膨張部91を形成する場合に比べて厚さ調整のための後加工が不要、若しくは簡素化される。また、低膨張部及び高膨張部同士を接合する場合に比べ、低膨張部91及び高膨張部92の位置ずれを抑制できる。
その結果、製造ばらつきを抑制してバイメタル部81を所望の形状に形成し易くなる。したがって、バイメタル部81の変形(温度係数)を安定させ、片重りの発生を抑制した高品質なてんぷ54を提供できる。
【0054】
しかも、陽極酸化可能な材料は、比較的比重が小さいので、軽量のてんぷ54を製造することができる。これにより、てんぷ54の耐衝撃性や耐震動性を向上させることができる。また、てんぷ54の軽量化を図ることができるため、軸受との摩擦抵抗を軽減でき、外乱や姿勢変化による精度低下を抑制できる。
【0055】
本実施形態では、バイメタル部81をリム部73に配置する構成とした。
この構成によれば、リム部73にバイメタル部81を配置することで、バイメタル部81の周長を確保して、温度変化に伴うバイメタル部81の変形量(温度係数)を確保し易くなる。
【0056】
本実施形態では、低膨張部91の凹部に封孔処理が施されているため、耐食性を向上させることができる。なお、硬質アルマイトに対して封孔処理を施すと、耐摩耗性が低下する傾向にあるものの、てん輪62(リム部73)は摺動部分でないため、封孔処理を施すことに優位性がある。
【0057】
本実施形態では、母材100にアルミニウムを採用することで、低膨張部91及び高膨張部92間の熱膨張率の差を大きくし易くなる。その結果、バイメタル部81の温度係数を大きくすることができる。
特に、本実施形態のように、低膨張部91に硬質アルマイトを採用することで、通常のアルマイトでは得られにくい硬質で厚膜な低膨張部91を形成できる。その結果、低膨張部91のクラックの発生を抑制できるとともに、低膨張部91と高膨張部92との厚さに応じて変化するバイメタル部81の温度係数の調整幅を確保できる。
【0058】
本実施形態のムーブメント2及び時計1は、上述したてんぷ54を備えているため、歩度のばらつきの少ない高品質なムーブメント2及び時計1を提供できる。
【0059】
(第2実施形態)
次に、本発明に係る第2実施形態について説明する。
図10は、第2実施形態に係るてんぷ54の部分断面図である。本実施形態では、バイメタル部211がリム部200以外の部分に形成されている点で、上述した実施形態と相違している。
図10に示すてんぷ54において、リム部200は、てん真61の周囲を取り囲む環状に形成されている。リム部200のうち、回転対称(図示の例では2回対称)となる位置には、取付部201が形成されている。取付部201は、リム部200から内側に突出している。
【0060】
取付部201には、調整部210が取り付けられている。調整部210は、バイメタル部211と、錘部212と、を備えている。
バイメタル部211は、平面視において、取付部201からリム部200の接線に平行な方向に沿って延在している。バイメタル部211は、バイメタル部211の延在方向に沿って延びる低膨張部91及び高膨張部92が重ね合わされて構成されている。本実施形態では、バイメタル部211のうち、低膨張部91が径方向の内側を向き、高膨張部92が径方向の外側を向いている。
【0061】
なお、本実施形態のバイメタル部211は、板状の母材に対して上述した第1実施形態と同様の工程を行った後、機械加工やレーザ加工、放電加工等によって規定の寸法に切断することで形成される。
【0062】
本実施形態においても、上述した第1実施形態と同様の作用効果を奏することに加え、例えば以下の作用効果を奏する。
すなわち、バイメタル部211がリム部200の内側で変形するので、てんぷ54の周囲の部材と、バイメタル部211との干渉等を抑制できる。また、バイメタル部211をリム部200と別体で設けることで、リム部200の設計自由度を向上させることができる。
【0063】
(その他の変形例)
なお、本発明の技術範囲は上記実施の形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
【0064】
例えば、上述した実施形態では、バイメタル部が片持ちで形成された場合について説明したが、この構成に限らず、両持ちであってもよい。
上述した実施形態では、バイメタル部がリム部自体又はリム部に支持された構成について説明したが、この構成のみに限られない。すなわち、バイメタル部は、てんぷ54のうちひげぜんまい63の動力によって回転する部分(てんぷ本体)に設けられていればよい。この場合、てんぷ本体としては、てん真61や連結部70、振り座等が挙げられる。
【0065】
上述した実施形態では、母材100のうち、低膨張部91に相当する部分のみを陽極酸化させる構成について説明したが、この構成に限られない。例えば母材全体を陽極酸化させた後、低膨張部91以外に位置する陽極酸化膜を除去する構成であってもよい。
上述した第1実施形態では、てん輪62の全体が陽極酸化可能な材料により形成された構成について説明したが、この構成に限られない。本発明に係るてんぷは、少なくともバイメタル部が陽極酸化可能な材料により形成されていればよい。
【0066】
その他、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、上記した実施形態における構成要素を周知の構成要素に置き換えることは適宜可能であり、また、上記した各変形例を適宜組み合わせてもよい。
【符号の説明】
【0067】
1…時計
2…ムーブメント
54…てんぷ
62…てん輪(てんぷ本体)
63…ひげぜんまい
70…連結部
73…リム部
81…バイメタル部
91…低膨張部
92…高膨張部
100…母材
211…バイメタル部