(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-25
(45)【発行日】2023-02-02
(54)【発明の名称】金属薄板の成形限界判定方法および成形限界判定システムならびにコンピュータプログラム
(51)【国際特許分類】
G01N 3/28 20060101AFI20230126BHJP
G01B 11/00 20060101ALI20230126BHJP
B21D 22/00 20060101ALI20230126BHJP
【FI】
G01N3/28
G01B11/00 H
B21D22/00
(21)【出願番号】P 2021142454
(22)【出願日】2021-09-01
【審査請求日】2022-12-08
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】591006298
【氏名又は名称】JFEテクノリサーチ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001542
【氏名又は名称】弁理士法人銀座マロニエ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】仮屋▲崎▼ 祐太
(72)【発明者】
【氏名】稲積 透
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 悠
【審査官】外川 敬之
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-285832(JP,A)
【文献】特開2017-140653(JP,A)
【文献】国際公開第2018/066673(WO,A1)
【文献】特開2014-240774(JP,A)
【文献】特開2019-158415(JP,A)
【文献】特開2016-212863(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第109470559(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 3/28
G01B 11/00
B21C 51/00
B21D 22/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属薄板の成形試験工程と、成形限界解析工程とを、含む金属薄板の成形限界判定方法であって、
前記成形試験工程が、表面に任意の格子またはひずみ解析用パターンを表示した金属薄板の試験片を準備する工程と、前記格子またはひずみ解析用パターンを表示した前記試験片の表面を撮影しながら前記試験片を成形する工程と、成形中に逐次撮影した画像を解析し、前記金属薄板に発生するひずみを測定する工程と、測定した前記ひずみを成形開始から破断まで時系列に記憶してひずみデータベースとする工程と、を含み、
前記成形限界解析工程が、破断部近傍のひずみ分布を取得するための評価点列を前記試験片上に設定する工程と、任意の成形ステップでの評価点列位置のひずみを前記ひずみデータベースから抽出する工程と、抽出したひずみから前記評価点列位置に対応するひずみ近似曲線を計算する工程と、計算したひずみ近似曲線による前記評価点列位置のひずみと前記画像の解析から測定した前記評価点列位置のひずみとの差を近似誤差とする工程と、得られた近似誤差に基づき成形限界を判断する工程と、を含む、金属薄板の成形限界判定方法。
【請求項2】
前記ひずみ近似曲線が多項式関数である、請求項1に記載の金属薄板の成形限界判定方法。
【請求項3】
前記成形限界を判断する工程では、前記近似誤差が所定のしきい値を超えた成形ステップをネッキング発生と認定し、前記成形ステップまたは前記成形ステップの1ステップ前における前記金属薄板の評価点列のひずみを成形限界と判断する、請求項1または2に記載の金属薄板の成形限界判定方法。
【請求項4】
前記成形限界を判断する工程では、前記ひずみ近似曲線および前記評価点列近傍のひずみ分布を表示する、請求項1~3のいずれか1項に記載の金属薄板の成形限界判定方法。
【請求項5】
前記成形試験工程で、異なる形状の複数の試験片を成形試験し、前記成形限界解析工程で前記試験片ごとに成形限界を判断し、成形限界線を得る、請求項1~4のいずれか1項に記載の金属薄板の成形限界判定方法。
【請求項6】
成形試験機と、ひずみ測定装置と、成形限界解析装置と、を含む金属薄板の成形限界判定システムであって、
前記成形試験機は、表面に任意の格子またはひずみ解析用パターンを表示した金属薄板の試験片を、ダイとしわ押さえとで挟持しながら、前記試験片の中央部を、前記しわ押さえの中央孔を通って前記ダイの中央孔内の成形試験部に嵌入するパンチの先端部で押圧してプレス成形するように構成され、プレス成形中の試験片の表面を撮影する撮像手段を有しており、
前記ひずみ測定装置は、前記撮像手段が撮影した前記試験片表面の画像を解析しひずみ分布を取得する画像解析部と、得られたひずみ分布からひずみを計算するひずみ測定部と、ひずみを成形開始から破断まで時系列に記憶してひずみデータベースを構築するひずみデータ蓄積部と、を有し、
前記成形限界解析装置は、破断部近傍のひずみ分布を取得するための評価点列を前記試験片上に設定したうえで、任意の成形ステップでの評価点列位置のひずみを前記ひずみデータ蓄積部の前記ひずみデータベースから抽出するひずみ抽出部と、抽出したひずみから前記評価点列位置に対応するひずみ近似曲線を計算するひずみ曲線近似部と、計算したひずみ近似曲線による前記評価点列位置のひずみと前記画像の解析から測定した前記評価点列位置のひずみとの差を近似誤差とする近似誤差解析部と、得られた近似誤差から成形限界を判断する成形限界判断部と、を有する金属薄板の成形限界判定システム。
【請求項7】
前記成形試験機が試験片とパンチとの間に駆動板を介在させるものである、請求項6に記載の金属薄板の成形限界判定システム。
【請求項8】
さらに、前記ひずみ近似曲線および前記評価点列近傍のひずみ分布を表示する表示装置を有する、請求項6または7に記載の金属薄板の成形限界判定システム。
【請求項9】
請求項1~5のいずれか1項に記載の金属薄板の成形限界判定方法を実行するためのコンピュータプログラムであって、
コンピュータを、
成形試験手段および成形限界解析手段として機能させる、コンピュータプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薄鋼板等の金属薄板のプレス成形時の成形限界を判定する方法およびシステムならびにコンピュータプログラムに関するものであり、特には、従来よりも定量的かつバラツキを小さくして成形限界を判定するデータ解析方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車車体の材料として使用される金属薄板の一種である薄鋼板は、大部分がプレスにより成形されて車体の各部品になる。部品のプレス成形性は、部品形状によって変わり、また材料の延性など材料特性の影響も大きい。近年、車体の衝突安全性向上が要求されるなか、薄鋼板の高強度化が進んでいるが、そのことは同時に、薄鋼板の延性の低下をもたらしている。このため、プレス成形性をCAEで事前に確認して金型を設計する工程が多く取られるようになってきており、薄鋼板の成形限界を把握する必要性が高まってきている。
【0003】
薄鋼板等の金属薄板の成形限界判定には通常、成形限界線図(Forming Limit Diagram:FLD)が用いられているが、この成形限界線図は、プレス成形における各変形様式(等2軸変形、不等2軸変形、平面ひずみ変形、一軸変形)での成形限界を実験室規模での成形試験により測定して作成するものであり、試験片の幅を変えることでX、Y方向の変形比が変化するので、その幅をいくつかの水準に変化させて、試験片の破断時のX、Y方向のひずみ量を測定している。たとえば、特許文献1には、金属薄板の成形限界試験方法が開示されている。
【0004】
一般的に、成形試験において鋼板は、均一変形に続いて、ひずみが特定の場所に集中する過程を経て、ひずみ集中部でネッキングと呼ばれる板厚減少が発生し、板厚減少が進んだのちに破断が発生する。プレス成形ではネッキング発生は製品不良になるため、薄鋼板の成形限界線はネッキング直前のひずみ量で定義する必要がある。
【0005】
特に、引張強度が980MPaを超えるような高強度鋼板においては、10%程度の低ひずみ量でネッキングが発生しその直後に破断が発生するため、高精度に成形限界を判定する必要があるため、成形限界を精度よく判定する方法が提案されてきた。
【0006】
非特許文献1では、成形限界曲線の同定方法について規格化(
図12)されている。その方法は、破断まで成形した試験体の破断周囲のひずみ分布(
図12の1)を測定し、そのひずみ分布を下記(1)式の曲線(
図12の2)に近似する。下記式(1)から、極大値(
図12の6)を算出し、このひずみの値を成形限界とする方法である。
Ex=1/(ax
2+bx+c) ・・・・・ (1)
【0007】
非特許文献1の方法は、直接的に成形限界を測定する方法でないため、非特許文献1の改良として非特許文献2および3に記載の方法も提案されている。非特許文献2および3の方法は、成形中のひずみを連続的に計測し、破断発生部のひずみの時間変化から成形限界を同定する方法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【非特許文献】
【0009】
【文献】ISO 12004-2:2021
【文献】W Hotz, M Merklein et al., “Time Dependent FLC Determination Comparison of Different Algorithms to Detect the Onset of Unstable Necking before Fracture”, Key Engineering Materials, Vol 549, pp.397-404(2013).
【文献】W Volk , P Hora, “New algorithm for a robust user-independent evaluation of beginning instability for the experimentalFLC determination”, International Journal of Material Forming, Vol 4, pp.339-346(2011).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、金属薄板の材料試験方法では、単純でありながら、実際に発生している複雑な現象を再現し、ばらつきが少なく高精度の方法が求められる。その点で、金属薄板の成形限界判定方法は、ネッキング直前の破断ひずみを高精度で求める必要ある。ところが、従来の判定方法では実際のネッキング発生を再現できていないという問題があった。
【0011】
また、非特許文献1で提案されている方法は、破断発生時のひずみを式(1)で近似して成形限界を求める方法である。ところが、引張強度が980MPa以上の高強度鋼板の場合、破断発生のひずみ量が小さいため、十分な精度で近似式を求められない問題がある。たとえば、
図13に示す例では、破断部の近傍(
図13のL1)にひずみの二次ピークが発生している。このような例は延性が低い高強度鋼板に発生しやすい。この状態で近似曲線を算出すると、二次ピークの影響を受けて、算出される成形限界のひずみ量が過大に評価されてしまう問題がある。
【0012】
また、非特許文献2および3に記載の方法では、破断位置のひずみ変化の時間履歴から成形限界を同定する方法である。非特許文献1のような破断位置周囲の影響を受けにくい方法である。
図14に示すように成形限界の同定は、破断直前の板厚ひずみ変化を直線近似し、ネッキング開始までの近似直線との交点をネッキング開始点と定義する。しかしながら、この方法で同定した成形限界は、プレス成形現場で成形できないと判断されるネッキング限界点より過大である場合が多く、プレス成形性の判定に使いにくい問題があった。
【0013】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであって、定量的かつバラツキを小さくして成形限界を判定する金属薄板の成形限界判定方法およびそのシステムならびにコンピュータプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を有利に解決する本発明にかかる金属薄板の成形限界判定方法は、金属薄板の成形試験工程と、成形限界解析工程とを、含む金属薄板の成形限界判定方法であって、前記成形試験工程が、表面に任意の格子またはひずみ解析用パターンを表示した金属薄板の試験片を準備する工程と、前記格子またはひずみ解析用パターンを表示した前記試験片の表面を撮影しながら前記試験片を成形する工程と、成形中に逐次撮影した画像を解析し、前記金属薄板に発生するひずみを測定する工程と、測定した前記ひずみを成形開始から破断まで時系列に記憶してひずみデータベースとする工程と、を含み、前記成形限界解析工程が、破断部近傍のひずみ分布を取得するための評価点列を前記試験片上に設定する工程と、任意の成形ステップでの評価点列位置のひずみを前記ひずみデータベースから抽出する工程と、抽出したひずみから前記評価点列位置に対応するひずみ近似曲線を計算する工程と、計算したひずみ近似曲線による前記評価点列位置のひずみと前記画像の解析から測定した前記評価点列位置のひずみとの差を近似誤差とする工程と、得られた近似誤差に基づき成形限界を判断する工程と、を含むことを特徴とする。
【0015】
なお、本発明にかかる金属薄板の成形限界判定方法は、
(a)前記ひずみ近似曲線が多項式関数であること、
(b)前記成形限界を判断する工程では、前記近似誤差が所定のしきい値を超えた成形ステップをネッキング発生と認定し、前記成形ステップまたは前記成形ステップの1ステップ前における前記金属薄板の評価点列のひずみを成形限界と判断すること、
(c)前記成形限界を判断する工程では、前記ひずみ近似曲線および前記評価点列近傍のひずみ分布を表示すること、
(d)前記成形試験工程で、異なる形状の複数の試験片を成形試験し、前記成形限界解析工程で前記試験片ごとに成形限界を判断し、成形限界線を得ること、
などがより好ましい解決手段になり得るものと考えられる。
【0016】
上記課題を有利に解決する本発明にかかる金属薄板の成形限界判定システムは、成形試験機と、ひずみ測定装置と、成形限界解析装置と、を含む金属薄板の成形限界判定システムであって、前記成形試験機は、表面に任意の格子またはひずみ解析用パターンを表示した金属薄板の試験片を、ダイとしわ押さえとで挟持しながら、前記試験片の中央部を、前記しわ押さえの中央孔を通って前記ダイの中央孔内の成形試験部に嵌入するパンチの先端部で押圧してプレス成形するように構成され、プレス成形中の試験片の表面を撮影する撮像手段を有しており、前記ひずみ測定装置は、前記撮像手段が撮影した前記試験片表面の画像を解析しひずみ分布を取得する画像解析部と、得られたひずみ分布からひずみを計算するひずみ測定部と、ひずみを成形開始から破断まで時系列に記憶してひずみデータベースを構築するひずみデータ蓄積部と、を有し、前記成形限界解析装置は、破断部近傍のひずみ分布を取得するための評価点列を前記試験片上に設定したうえで、任意の成形ステップでの評価点列位置のひずみを前記ひずみデータ蓄積部の前記ひずみデータベースから抽出するひずみ抽出部と、抽出したひずみから前記評価点列位置に対応するひずみ近似曲線を計算するひずみ曲線近似部と、計算したひずみ近似曲線による前記評価点列位置のひずみと前記画像の解析から測定した前記評価点列位置のひずみとの差を近似誤差とする近似誤差解析部と、得られた近似誤差から成形限界を判断する成形限界判断部と、を有することを特徴とする。なお、本発明にかかる金属薄板の成形限界判定システムは、前記成形試験機が試験片とパンチとの間に駆動板を介在させるものであること、または、さらに、前記ひずみ近似曲線および前記評価点列近傍のひずみ分布を表示する表示装置を有することなどがより好ましい解決手段になり得るものと考えられる。
【0017】
上記課題を有利に解決する本発明にかかるコンピュータプログラムは、上記金属薄板の成形限界判定方法のいずれかを実行するためのコンピュータプログラムであって、コンピュータを、成形試験手段および成形限界解析手段として機能させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、成形試験において時系列的に記憶したひずみデータを、成形ステップごとに破断部近傍のひずみ分布で曲線近似することにより、評価点列位置の誤差判定からネッキング発生を判定する方法であり、ひずみ分布近似結果をコンピュータディスプレイ等に表示することで、成形限界判定の妥当性を確認しながら成形限界を決定することができ、非特許文献1などで提案されている従来の方法に比べより厳密に成形限界を同定することが可能となる。ネッキング発生の判断として誤差しきい値を設定することで定量的な成形限界判定が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の一実施形態にかかる成形限界判定方法のフロー図である。
【
図2】本発明の一実施形態にかかる成形限界判定システムの構成例を示す模式ブロック図である。
【
図3】二次多項式でひずみ近似曲線を描いてネッキングの発生を判定する方法の一例を示す試験片成形状態の画像および近似曲線と誤差解析のグラフである。
【
図4】上記実施形態にかかる成形試験に供した試験片の形状例を示す平面図であり、(a)は平面ひずみ用試験片を表し、(b)は不等二軸張出し用試験片を表し、(c)は等二軸張出し用試験片を表す。
【
図5】上記実施形態にかかる成形試験に用いる金型形状を表す模式図であって、(a)は斜投影図であり、(b)は側断面図である。
【
図6】試験片のひずみ分布画像上に成形限界評価点列を設定する様子を示す模式図である。
【
図7】成形限界評価点列位置のひずみ分布曲線を二次多項式で近似する様子を示すグラフである。
【
図8】各成形ステップにおけるひずみ分布画像と評価点列位置のひずみ分布近似曲線の表示例を示す図である。
【
図9】ひずみ分布近似誤差dExを成形ステップに対しプロットしたグラフである。
【
図10】上記実施形態で得られた成形限界線の一例を示すグラフである。
【
図11】本発明の他の実施形態にかかる成形試験に用いる金型形状を表す模式図であって、(a)は側断面図であり、(b)は(a)の部分拡大図である。
【
図12】非特許文献1に記載の成形限界判定方法を示すグラフである。
【
図13】非特許文献1に基づくひずみ曲線近似誤差の一例を表すグラフである。
【
図14】非特許文献2に記載の成形限界判定方法を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態について具体的に説明する。なお、図面は模式的なものであって、現実のものとは異なる場合がある。また、以下の実施形態は、本発明の技術的思想を具体化するための方法を例示するものであり、構成を下記のものに特定するものでない。すなわち、本発明の技術的思想は、特許請求の範囲に記載された技術的範囲内において、種々の変更を加えることができる。
【0021】
本発明の一実施形態にかかる金属薄板の成形限界判定方法は、
図1のフロー図に示すように、成形試験工程(S10)と成形限界解析工程(S20)からなる二つの工程を含む。各工程は以下の手順で実行される。
【0022】
成形試験工程(S10)では、まず、サンプルグリッドを試験片に転写し、表面に任意の格子またはひずみ解析用パターンを表示した金属薄板を準備する(S11)。サンプルグリッドを転写した試験片の表面を撮影しながら金属薄板を成形する(S12)。成形中に逐次撮影した画像を、画像解析装置を用いて解析し、ひずみ分布を測定する(S13)。測定したひずみ分布から、試験片に発生するひずみの代表値を計測し(S13)、ひずみデータベース(S30)に記憶する。計測するひずみの代表値については、せん断ひずみ成分のない最大主ひずみおよび最小主ひずみが好ましいが、空間座標上のX方向ひずみおよびY方向ひずみや板厚ひずみであっても良い。成形ステップを徐々に進め破断が発生するまでひずみ分布の時系列変化の記憶を繰り返し(S14)、成形開始から破断までのひずみデータベース(S30)を構築する。
【0023】
成形限界解析工程(S20)では、まず、破断近傍のひずみ分布を取得するための評価点列を設定する(S22)。評価点列は最大主ひずみの方向に並べることが好ましい。ひずみデータベースに時系列に記憶した任意の成形ステップでの評価点列位置のひずみの代表値を抽出し(S23)、金属薄板上の評価点列に対応するひずみの近似曲線を計算する(S24)。近似曲線には二次関数などの多項式関数を用いることが好ましい。計算したひずみ近似曲線による前記評価点列のひずみと前記画像の解析から測定した評価点列のひずみとの差を近似誤差とする(S26)。得られた近似誤差に基づき成形限界を判断する(S26)。ひずみ近似曲線と評価点列周辺のひずみ分布を表示し(S25、S40)、成形限界解析の妥当性を確認しながら、解析を進めることが好ましい。
【0024】
計算したひずみ近似曲線による前記評価点列のひずみと前記画像の解析から測定した評価点列のひずみとの差である近似誤差が小さい場合は、ネッキングの発生がない均一な成形が進んでいると判断することができる。ネッキングが発生すると局所的にひずみが成長し、近似誤差が大きくなる。近似誤差を評価することでネッキングの発生を評価することができる。近似誤差があらかじめ設定したしきい値を超えた場合、ネッキング発生と判断し、その瞬間のひずみ量を成形限界と判断し(S27)、解析を終了する(S28)。または、近似誤差があらかじめ設定したしきい値を超えた場合、ネッキング発生と判断し、1ステップ前のひずみ量を成形限界と判断し(S27)、解析を終了する(S28)。
【0025】
本実施形態では、成形試験工程(S10)で蓄積したひずみデータベース(S30)を用いて、成形限界解析を行う(S20)。はじめに設定した破断発生付近の評価点列について、ひずみの代表値として、たとえば、最大主ひずみデータを取得し、以下の(a)式のような多項式で定義される曲線近似を行う。
E1(x)=α1x2+β1x+γ1 (a)
ここで、評価点列の複数のひずみについて、多項式の最小二乗誤差が最小となるように各係数の値を決定する。続いて、最大主ひずみに直交する方向の最小主ひずみについても同様に(b)式のように曲線近似を行う。
E2(x)=α2x2+β2x+γ2 (b)
【0026】
最大主ひずみについて、各評価点列の測定値と近似曲線の値との誤差解析を行い、近似誤差dEx(j)を算出する。ここで、jは評価点列の各位置を表す指標とする。dEx(j)のうち最大値をその成形ステップの近似誤差dExとする。
【0027】
近似した結果を画面上に表示し、成形品のひずみ分布画像と近似曲線の状態を確認しながら、ネッキング判定を行うことができる。近似誤差が上記しきい値より小さく評価点列の測定ひずみが十分にひずみ近似曲線上にあればネッキングなしと判断し、次の成形ステップのひずみ解析を行う。この作業を続け、破断発生の成形状態に近づくと次第にひずみ集中が発生する。ひずみ集中が大きくなり近似曲線との誤差が大きくなるとネッキングが発生していると判断できる。
【0028】
上記実施形態にかかる金属薄板の成形限界判定方法に用いて好適なシステムを模式ブロック図として
図2に示す。この金属薄板の成形限界判定システム100は、成形試験機10と、ひずみ測定装置20と、成形限界解析装置30と、を含む。さらに、ひずみ分布表示装置40を有していてもよい。
【0029】
成形試験機10は、ダイ2、しわ押さえ4、パンチ3および撮像手段5を含む。ダイ2は、中央孔を有する円環状をなしており、しわ押さえ4も同様に中央孔を有する円環状をなしている。パンチ3は、中実の丸棒状をなしており、そのパンチ3の先端部は、概略半球状の凸曲面を有している。表面に任意の格子またはひずみ解析用パターンを表示した金属薄板の試験片1を、プレス機に設置したダイ2としわ押さえ4との間に配置する。そして、たとえば、プレス機でダイ2をしわ押さえ4に向けて押圧して試験片1を挟持する。
図2の例では、その状態でプレス機によりパンチ3を上昇させて、パンチ3の先端部で試験片1の中央部を押し上げてプレス成形する。試験片の形状や、しわ押さえの機構を各種変更することで、等二軸変形(
図4(c))、不等二軸変形(
図4(b))、平面ひずみ変形(
図4(a))および一軸変形の破断限界を成形試験することができる。上記例では、パンチを下から上に押し上げる構成としているが、押し下げや90°回転した方向に押しても構わない。
【0030】
この実施形態の成形試験機10は、
図2に示すように、パンチ3が押圧するのとは反対側の試験片1の面を撮像手段5として、たとえば、高速度カメラで高解像度の画像を取得できるように構成されている。試験片1の観察面には任意の格子、たとえば、格子線や、格子点、カゴメ格子、スクライブドサークルなど、またはひずみ解析用パターンを転写しておき、
図2の例では、2台の高速度カメラ5で、成形中の試験片1表面に表示した格子などの3次元変形を撮影する。ひずみ解析用パターンには、たとえば、スペックルパターンなどのランダムパターンを選ぶことができる。
【0031】
ひずみ測定装置20は、画像解析部21とひずみ測定部22とひずみデータ蓄積部23とを有している。成形限界解析装置30は、ひずみ抽出部31と、ひずみ曲線近似部32と、近似誤差解析部33と、成形限界判断部34とを有している。ひずみ測定装置20および成形限界解析装置30は、図示しない、制御部、記憶部、操作部、表示部、通信部等を備えていてもよく、各部をバスによって接続していてもよい。
【0032】
制御部は中央演算装置(CPU)、ランダムアクセスメモリ(RAM)等により構成されるコンピュータである。制御部のCPUは、操作部の操作に応じて、記憶部、たとえば、記憶部内のプログラムを記憶する記憶領域に記憶されているシステムプログラムや、各種処理プログラムを読みだしてRAMの作業領域に展開し、展開されたプログラムに従って、後述する各種処理を実行し、ひずみ測定装置20や成形限界解析装置30の各機能を実現する。また、CPUは、バスを介して他の構成部から信号やデータを受け取ったり、制御信号や命令を送ったりするほか、通信部を介して、撮像手段5の画像を受け取ったり、ひずみデータを送受信したりする。通信部は、他の機器と有線または無線で通信するように構成される。
【0033】
記憶部は、SSD(Solid State Drive)等の不揮発性の半導体メモリやハードディスク(HDD:Hard Disk Drive)等により構成される。記憶部は着脱可能なフラッシュメモリ等を含んでいてもよい。記憶部は、制御部において各種処理を実行するためのプログラムをはじめとする各種プログラムや、プログラムによる処理の実行に必要なパラメータ、または、処理結果等のデータを記憶する。記憶部に記憶されている各種プログラムはコンピュータにより読み取り可能なプログラムコードの形態で格納され、制御部は当該プログラムコードに従った動作を逐次実行する。
【0034】
本実施形態では、ひずみ測定装置20の記憶部に、撮像手段5が撮影した試験片表面の画像を解析しひずみ分布を取得する画像解析処理、得られたひずみ分布からひずみの代表値を計算するひずみ測定処理、および、ひずみの代表値を成形開始から破断まで時系列に記憶してひずみデータベースを構築するひずみデータ蓄積処理を行うプログラムが記憶されている。
【0035】
本実施形態では、成形限界解析装置30の記憶部に、破断部近傍のひずみ分布を取得するための評価点列を前記試験片上に設定したうえで、任意の成形ステップでの評価点列位置のひずみの代表値を前記ひずみデータ蓄積部の前記ひずみデータベースから抽出するひずみ抽出処理、抽出したひずみの代表値から前記評価点列位置に対応するひずみ近似曲線を計算するひずみ曲線近似処理、計算したひずみ近似曲線による前記評価点列位置のひずみと前記画像の解析から測定した前記評価点列位置のひずみとの差を近似誤差とする近似誤差解析処理、および、得られた近似誤差から成形限界を判断する成形限界判断処理を行うプログラムが記憶されている。
【0036】
ひずみ分布表示装置40は、成形限界解析装置30の表示部として構成することができ、たとえば、液晶ディスプレイ(LCD)やCRT、有機発光ダイオード(LED)などのモニターが例示される。成形限界解析装置30の記憶部に、表示内容を選択する表示処理のプログラムが記憶されている。
【0037】
通信部は、LAN(Local Area Network)アダプターやモデム、無線通信装置などを備え、通信ネットワークに接続された各装置との間の送受信を制御する。通信部は、たとえば、ネットワークカード等の通信用のインターフェースを備えるものであってもよい。通信部は、外部装置との間で各種データを送受信できるようになっており、たとえば、撮像手段5が撮影した画像データ等は、この通信部を介してひずみ測定装置20に入力される。操作部は、カーソルキー、数字入力キーおよび各種機能キーを備えたキーボードやマウス、タッチパネルなどのポインティングデバイスを備え、キー操作やマウス操作などにより入力された指示信号を制御部に出力する。
【0038】
図2の例では、成形試験機10、ひずみ測定装置20および成形限界解析装置30を異なるコンピュータとして構成しているが、1個のコンピュータで制御したり、機能ごとに異なる装置に分割したりしても構わない。
【0039】
図11(a)に他の実施形態にかかるマルシニアック法の成形試験に用いる金型形状を側断面模式図で表す。
図11(b)は
図11(a)の部分拡大図である。
図11に示すように、マルシニアック法では、ダイ2は、中央孔を有する円環状をなしており、しわ押さえ4も同様に中央孔を有する円環状をなしている。そして、パンチ3は、中実の丸棒状をなしており、そのパンチ3の先端部は、略円筒形状のいわゆる平頭部をなしており、ダイ2の円環内径より、外径が小さい。表面に任意の格子またはひずみ解析用パターンを表示した金属薄板の試験片1とパンチ3との間に、中央に穴を設けた駆動板6を配置する。そして、たとえば、プレス機でダイ2をしわ押さえ4に向けて押圧して、試験片1と駆動板6とをダイ2としわ押さえ4との間に挟持する。
図11の例では、その状態でプレス機によりパンチ3を上昇させて、パンチ3の先端部で駆動板6を押し上げてプレス成形する。以降の動作、ひずみの測定、成形限界解析は、上記実施形態と同様に行う。この実施形態では、試験片1とパンチ3の接触を防ぎ、摩擦の影響をなくすことができる。
【実施例】
【0040】
上記の一実施形態に基づき、980MPa級高強度鋼板、板厚1.6mmについて、成形限界を評価した。各種のひずみ状態での成形限界を計測するために、
図4に示すようにφ100mmの円形ブランクを基準に幅を切欠いたブランク試験片1を各種用意した。成形試験機としては、油圧方式の深絞り試験機を用いた。成形金型は、
図5に示すように、パンチ3として50φの球頭形状のパンチを用い、ダイ2として肩R5mmの上型ダイを用い、さらにしわ押さえ4を有する。試験中の試験片1の流入を抑えるために、しわ押さえ力50Tonf(490kN)を負荷し、パンチ速度5mm/minで成形した。金型上部に設置した画像解析用カメラ5により試験片1表面のひずみ量を計測した。成形開始から破断発生まで1ステップ/秒の間隔で写真撮影した。
【0041】
成形終了後、上記の一実施形態に基づいた成形限界の解析を行った。破断発生位置を横切るように、
図6に示す11点の評価点列を設定した。この評価点列ごとに成形試験で計測された最大主ひずみE
1と最小主ひずみE
2を取得し、それぞれ上記(a)式および(b)式の二次多項式で曲線近似した。この処理には解析用コンピュータに導入した最小二乗法によるパラメータ同定を行うソフトウエアで自動的に処理した。一例として、ステップ50において、評価点列における最大ひずみおよび最小ひずみをそれぞれ曲線近似した例を
図7に示す。この時得られたパラメータは、以下の表1のようになる。
【0042】
【0043】
このひずみ分布の曲線近似作業を、成形中に1秒間隔で計測したひずみデータに対し繰り返し、ステップ毎に試験片に発生するひずみ分布をカラー表示した画像および評価点列の値と近似曲線のグラフを表示した画像を作成した。これらの画像を、コンピュータディスプレイ上に表示して、ステップ毎にネッキング発生の有無を判断した。
図8はステップ0、30、40、50、55、60、65、70、75の解析結果を示している。ひずみ近似曲線と評価点列位置のひずみの近似誤差についても表示されており、近似誤差の状態からネッキング発生の有無を定量的に判断することができる。ステップ毎に破断危険部の誤差dExの履歴を表示し、予め決められた誤差しきい値を超えた時点のステップを成形限界と判定した。上記例では、
図9に示すように、誤差しきい値を0.015と設定し、ステップ65を成形限界のひずみ状態と決定した。
【0044】
上記の作業をひずみ状態を変化させた、たとえば、
図4の試験片ごとに成形試験を行い、各ひずみ状態での成形限界を同定した。その結果、成形限界線として
図10の結果を得ることができた。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明は、高強度鋼板のように低ひずみ量でネッキングが発生するような金属薄板の成形限界を精度よく把握することができるので、歩留まり良く成形品の形状設計ができ、産業上有用である。
【符号の説明】
【0046】
1 試験片(金属薄板)
2 ダイ
3 パンチ
4 しわ押さえ
5 撮像手段(高速度カメラ)
6 駆動板
10 成形試験機
20 ひずみ測定装置
21 画像解析部
22 ひずみ測定部
23 ひずみデータ蓄積部
30 成形限界解析装置
31 ひずみ抽出部
32 ひずみ曲線近似部
33 近似誤差解析部
34 成形限界判断部
40 ひずみ分布表示装置
100 成形限界判定システム
【要約】
【課題】定量的かつバラツキを小さくして成形限界を判定する金属薄板の成形限界判定技術を提供する。
【解決手段】成形試験工程が、表面に任意の格子またはひずみ解析用パターンを表示した前記試験片の表面を撮影しながら前記試験片を成形し、成形中に逐次撮影した画像を解析し、金属薄板に発生するひずみを測定して、測定したひずみを成形開始から破断まで時系列に記憶してひずみデータベースとし、成形限界解析工程が、破断部近傍のひずみ分布を取得するための評価点列を試験片上に設定し、任意の成形ステップでの評価点列位置のひずみをひずみデータベースから抽出する工程と、抽出したひずみから前記評価点列位置に対応するひずみ近似曲線を計算し、ひずみ近似曲線によるひずみと画像の解析から測定したひずみとの差を近似誤差とし、得られた近似誤差に基づき成形限界を判断する、金属薄板の成形限界判定方法である。
【選択図】
図1