(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-25
(45)【発行日】2023-02-02
(54)【発明の名称】半導体装置用ボンディングワイヤ
(51)【国際特許分類】
H01L 21/60 20060101AFI20230126BHJP
C22C 9/00 20060101ALI20230126BHJP
【FI】
H01L21/60 301F
C22C9/00
(21)【出願番号】P 2022561128
(86)(22)【出願日】2022-06-17
(86)【国際出願番号】 JP2022024371
【審査請求日】2022-10-06
(31)【優先権主張番号】PCT/JP2022/013456
(32)【優先日】2022-03-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2021105514
(32)【優先日】2021-06-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】595179228
【氏名又は名称】日鉄マイクロメタル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小田 大造
(72)【発明者】
【氏名】江藤 基稀
(72)【発明者】
【氏名】山田 隆
(72)【発明者】
【氏名】中辻 一貴
(72)【発明者】
【氏名】大石 良
【審査官】今井 聖和
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-190763(JP,A)
【文献】特開2015-119004(JP,A)
【文献】国際公開第2019/031498(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/204138(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/163297(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/246094(WO,A1)
【文献】特開2017-092078(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 21/60
C22C 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cu又はCu合金からなる芯材と、該芯材の表面に形成されたPdとNiの合計濃度が90原子%以上である被覆層とを含む半導体装置用ボンディングワイヤであって、
オージェ電子分光法(AES)により深さ方向の測定点が、被覆層において50点以上になるように測定して得られた該ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、
被覆層の全測定点に関するPdの濃度C
Pd(原子%)とNiの濃度C
Ni(原子%)の比C
Pd/C
Niの平均値をXとしたとき、該平均値Xが0.2以上35.0以下であり、
被覆層のうち該平均値Xからの絶対偏差が0.3X以内にある測定点の総数が被覆層の測定点の総数に対し50%以上であり、
該ボンディングワイヤを用いてフリーエアボール(FAB:Free Air Ball)を形成したとき、該FABの先端部表面から深さ方向の濃度プロファイルにおいて、該FABの先端部表面からの深さが20nm以上200nm以下の領域Aにおいて、Cu、Pd、Niの合計濃度を100原子%とした場合にNiの濃度の平均値が0.3原子%以上である、半導体装置用ボンディングワイヤ。
【請求項2】
領域Aにおいて、Cu、Pd、Niの合計濃度を100原子%とした場合にPdとNiの合計濃度の平均値が2.0原子%以上である、請求項1に記載のボンディングワイヤ。
【請求項3】
領域Aにおいて、Pdの濃度C
Pd(原子%)とNiの濃度C
Ni(原子%)の比C
Pd/C
Niの平均値が0.2以上35.0以下である、請求項
1に記載のボンディングワイヤ。
【請求項4】
被覆層の厚さが10nm以上130nm以下である、請求項
1に記載のボンディングワイヤ。
【請求項5】
被覆層の全測定点について、C
Pd又はC
Niを最小二乗法により直線近似した際に、被覆層の深さ範囲における該近似直線の最大値と最小値の差が20原子%以下である、請求項
1に記載のボンディングワイヤ。
【請求項6】
ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルが、ワイヤの表面からArスパッタリングにより深さ方向に掘り下げていきながら、下記<条件>にてAESにより測定して得られる、請求項
1に記載のボンディングワイヤ。
<条件>ワイヤの幅の中心が測定面の幅の中心となるように位置決めし、かつ、測定面の幅がワイヤ直径の5%以上15%以下、測定面の長さが測定面の幅の5倍である
【請求項7】
FABの先端部表面から深さ方向の濃度プロファイルが、FABの先端部表面からArスパッタリングにより深さ方向に掘り下げていきながら、下記<条件>にてオージェ電子分光法(AES)により測定して得られる、請求項
1に記載のボンディングワイヤ。
<条件>FAB直径をDとしたとき、測定面の中心とFABの先端部頂点との距離がπD/12以内となるように位置決めし、かつ、測定面の幅と長さがそれぞれ0.05D以上0.2D以下である
【請求項8】
ワイヤの表面にAuを含有する、請求項
1に記載のボンディングワイヤ。
【請求項9】
ワイヤの表面におけるAuの濃度が10原子%以上90原子%以下である、請求項8に記載のボンディングワイヤ。
【請求項10】
ワイヤの表面におけるAuの濃度が、下記<条件>にてAESにより測定される、請求項9に記載のボンディングワイヤ。
<条件>ワイヤの幅の中心が測定面の幅の中心となるように位置決めし、かつ、測定面の幅がワイヤ直径の5%以上15%以下、測定面の長さが測定面の幅の5倍である
【請求項11】
ワイヤを用いてFABを形成したとき、該FABの圧着接合方向に垂直な断面の結晶方位を測定した結果において、圧着接合方向に対して角度差が15度以下である<100>結晶方位の割合が30%以上である、請求項
1に記載のボンディングワイヤ。
【請求項12】
B、P及びMgからなる群から選択される1種以上の元素(以下、「第1添加元素」という。)を含み、ワイヤ全体に対する第1添加元素の総計濃度が1質量ppm以上100質量ppm以下である、請求項
1に記載のボンディングワイヤ。
【請求項13】
Se、Te、As及びSbからなる群から選択される1種以上の元素(以下、「第2添加元素」という。)を含み、ワイヤ全体に対する第2添加元素の総計濃度が1質量ppm以上100質量ppm以下である、請求項
1に記載のボンディングワイヤ。
【請求項14】
Ga、Ge及びInからなる群から選択される1種以上の元素(以下、「第3添加元素」という。)を含み、ワイヤ全体に対する第3添加元素の総計濃度が0.011質量%以上1.5質量%以下である、請求項
1に記載のボンディングワイヤ。
【請求項15】
請求項1~14の何れか1項に記載のボンディングワイヤを含む半導体装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体装置用ボンディングワイヤに関する。さらには、該ボンディングワイヤを含む半導体装置に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体装置では、半導体チップ上に形成された電極と、リードフレームや基板上の電極との間をボンディングワイヤによって接続している。ボンディングワイヤの接続プロセスは、半導体チップ上の電極に1st接合し、次にループを形成した後、リードフレームや基板上の電極などの外部電極にワイヤ部を2nd接合することで完了する。1st接合は、ワイヤ先端をアーク入熱で加熱溶融し、表面張力によりフリーエアボール(FAB:Free Air Ball;以下、単に「ボール」、「FAB」ともいう。)を形成した後に、該ボール部を半導体チップ上の電極に圧着接合(以下、「ボール接合」)する。また、2nd接合は、ボールを形成せずに、ワイヤ部を超音波、荷重を加えることにより外部電極上に圧着接合(以下、「ウェッジ接合」)する。ボンディングワイヤの接合相手である半導体チップ上の電極にはSi基板上にAlを主体とする合金を成膜した電極構造が、また、リードフレームや基板上の電極にはAgめっきやPdめっきを施した電極構造が、一般に用いられる。そして接続プロセスの後、接合部を封止樹脂材料により封止して半導体装置が得られる。
【0003】
これまでボンディングワイヤの材料は金(Au)が主流であったが、LSI用途を中心に銅(Cu)への代替が進んでおり(例えば、特許文献1~3)、また、近年の電気自動車やハイブリッド自動車の普及を背景に車載用デバイス用途において、さらにはエアコンや太陽光発電システムなどの大電力機器におけるパワーデバイス(パワー半導体装置)用途においても、熱伝導率や溶断電流の高さから、高効率で信頼性も高いCuへの代替が期待されている。
【0004】
CuはAuに比べて酸化され易い欠点があり、Cuボンディングワイヤの表面酸化を防ぐ方法として、Cu芯材の表面をPd等の金属で被覆した構造も提案されている(特許文献4)。また、Cu芯材の表面をPdで被覆し、さらにCu芯材にPd、Ptを添加することにより、1st接合部の接合信頼性を改善したPd被覆Cuボンディングワイヤも提案されている(特許文献5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開昭61-48543号公報
【文献】特表2018-503743号公報
【文献】国際公開第2017/221770号
【文献】特開2005-167020号公報
【文献】国際公開第2017/013796号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
車載用デバイスやパワーデバイスは、作動時に、一般的な電子機器に比べて、より高温、さらには高湿にさらされる傾向にあり、用いられるボンディングワイヤに関しては、過酷な高温環境下および過酷な高温高湿環境下においても良好な接合信頼性を呈することが求められる。
【0007】
Cuボンディングワイヤを半導体チップ上の電極にボール接合した1st接合部では、ワイヤのCuと電極のAlとが接合する界面が形成される。該Cu/Al接合界面が高温下に置かれると、CuとAlが相互拡散し、最終的に金属間化合物であるCu9Al4が形成される。他方、半導体装置に用いられる封止樹脂材料は、高温高湿下に置かれると、加水分解等により塩化物イオンや硫化物イオンを発生する。そしてCu9Al4は、塩化物イオンや硫化物イオンとの反応を伴う腐食を生じ易く、それ故、Cuボンディングワイヤにおいては、高温高湿環境下における1st接合部の接合信頼性を改善することが求められる。
【0008】
この点、Pd被覆層を有するCuボンディングでは、ボール形成時にボンディングワイヤが溶融して凝固する過程で、ボールの表面にボールの内部よりもPdの濃度が高い合金層が形成される。このボールを用いて電極にボール接合すると、接合界面にPdの濃度が高い合金層が存在する結果、高温高湿環境下においても接合界面でのCu、Alの拡散を抑制し、上記のCu9Al4のような易腐食性化合物の生成速度を低下させ、高温高湿環境下における1st接合部の接合信頼性を或る程度改善し得ることが確認されている。
【0009】
しかしながら、車載用デバイスやパワーデバイスに要求される特性を踏まえて高温高湿環境下で評価を実施したところ、従来のPd被覆層を有するCuボンディングワイヤでは、1st接合部の接合信頼性に改善の余地があった。
【0010】
外部電極にウェッジ接合した2nd接合部をみても、従来のPd被覆層を有するCuボンディングワイヤでは、以下のとおり、高温環境下において接合信頼性が十分に得られない場合があった。すなわち、ワイヤの接続工程でPd被覆層が部分的に剥離して芯材のCuが露出し、被覆Pd部と露出Cu部の接触領域が高温環境下で封止樹脂材料から発生する酸素や水蒸気、硫黄化合物系アウトガスを含む環境に曝されることでCuの局部腐食、すなわちガルバニック腐食が発生し、2nd接合部における接合信頼性が十分に得られない場合があった。
【0011】
さらに、Pdは元々希少な金属である上、近年の排ガス規制により自動車の排ガス浄化触媒としての需要の高まりもあって、その価格が急騰しており、代替材料が強く求められている。
【0012】
本発明は、過酷な高温高湿環境下においても良好な1st接合部の接合信頼性をもたらすと共に過酷な高温環境下においても良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらす新規なCuボンディングワイヤを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題につき鋭意検討した結果、下記構成を有することによって上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成した。
【0014】
すなわち、本発明は以下の内容を含む。
[1] Cu又はCu合金からなる芯材と、該芯材の表面に形成されたPdとNiの合計濃度が90原子%以上である被覆層とを含む半導体装置用ボンディングワイヤであって、
オージェ電子分光法(AES)により深さ方向の測定点が、被覆層において50点以上になるように測定して得られた該ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、
被覆層の全測定点に関するPdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の比CPd/CNiの平均値をXとしたとき、該平均値Xが0.2以上35.0以下であり、
被覆層のうち該平均値Xからの絶対偏差が0.3X以内にある測定点の総数が被覆層の測定点の総数に対し50%以上であり、
該ボンディングワイヤを用いてフリーエアボール(FAB:Free Air Ball)を形成したとき、該FABの先端部表面から深さ方向の濃度プロファイルにおいて、該FABの先端部表面からの深さが20nm以上200nm以下の領域Aにおいて、Cu、Pd、Niの合計濃度を100原子%とした場合にNiの濃度の平均値が0.3原子%以上である、半導体装置用ボンディングワイヤ。
[2] 領域Aにおいて、Cu、Pd、Niの合計濃度を100原子%とした場合にPdとNiの合計濃度の平均値が2.0原子%以上である、[1]に記載のボンディングワイヤ。
[3] 領域Aにおいて、Pdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の比CPd/CNiの平均値が0.2以上35.0以下である、[1]又は[2]に記載のボンディングワイヤ。
[4] 被覆層の厚さが10nm以上130nm以下である、[1]~[3]の何れかに記載のボンディングワイヤ。
[5] 被覆層の全測定点について、CPd又はCNiを最小二乗法により直線近似した際に、被覆層の深さ範囲における該近似直線の最大値と最小値の差が20原子%以下である、[1]~[4]の何れかに記載のボンディングワイヤ。
[6] ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルが、ワイヤの表面からArスパッタリングにより深さ方向に掘り下げていきながら、下記<条件>にてAESにより測定して得られる、[1]~[5]の何れかに記載のボンディングワイヤ。
<条件>ワイヤの幅の中心が測定面の幅の中心となるように位置決めし、かつ、測定面の幅がワイヤ直径の5%以上15%以下、測定面の長さが測定面の幅の5倍である
[7] FABの先端部表面から深さ方向の濃度プロファイルが、FABの先端部表面からArスパッタリングにより深さ方向に掘り下げていきながら、下記<条件>にてオージェ電子分光法(AES)により測定して得られる、[1]~[6]の何れかに記載のボンディングワイヤ。
<条件>FAB直径をDとしたとき、測定面の中心とFABの先端部頂点との距離がπD/12以内となるように位置決めし、かつ、測定面の幅と長さがそれぞれ0.05D以上0.2D以下である
[8] ワイヤの表面にAuを含有する、[1]~[7]の何れかに記載のボンディングワイヤ。
[9] ワイヤの表面におけるAuの濃度が10原子%以上90原子%以下である、[8]に記載のボンディングワイヤ。
[10] ワイヤの表面におけるAuの濃度が、下記<条件>にてAESにより測定される、[9]に記載のボンディングワイヤ。
<条件>ワイヤの幅の中心が測定面の幅の中心となるように位置決めし、かつ、測定面の幅がワイヤ直径の5%以上15%以下、測定面の長さが測定面の幅の5倍である
[11] ワイヤを用いてFABを形成したとき、該FABの圧着接合方向に垂直な断面の結晶方位を測定した結果において、圧着接合方向に対して角度差が15度以下である<100>結晶方位の割合が30%以上である、[1]~[10]の何れかに記載のボンディングワイヤ。
[12] B、P及びMgからなる群から選択される1種以上の元素(以下、「第1添加元素」という。)を含み、ワイヤ全体に対する第1添加元素の総計濃度が1質量ppm以上100質量ppm以下である、[1]~[11]の何れかに記載のボンディングワイヤ。
[13] Se、Te、As及びSbからなる群から選択される1種以上の元素(以下、「第2添加元素」という。)を含み、ワイヤ全体に対する第2添加元素の総計濃度が1質量ppm以上100質量ppm以下である、[1]~[12]の何れかに記載のボンディングワイヤ。
[14] Ga、Ge及びInからなる群から選択される1種以上の元素(以下、「第3添加元素」という。)を含み、ワイヤ全体に対する第3添加元素の総計濃度が0.011質量%以上1.5質量%以下である、[1]~[13]の何れかに記載のボンディングワイヤ。
[15] [1]~[14]の何れかに記載のボンディングワイヤを含む半導体装置。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、過酷な高温高湿環境下においても良好な1st接合部の接合信頼性をもたらすと共に過酷な高温環境下においても良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらす新規なCuボンディングワイヤを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1は、ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルを得るにあたって、AESによる組成分析を行う際の測定面の位置及び寸法を説明するための概略図である。
【
図2】
図2は、FABの先端部表面から深さ方向の濃度プロファイルを得るにあたって、AESによる組成分析を行う際の測定面の位置及び寸法を説明するための概略図である。
【
図3】
図3は、FABの圧着接合方向に垂直な断面を説明するための概略図である。
【
図4】
図4は、ワイヤ接合構造の模式図である。
図4はまた、電極とボール接合部の接合面近傍における領域Bの存否を判断するにあたって、組成分析を行う際の測定ラインの位置及び寸法を説明するための概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明をその好適な実施形態に即して詳細に説明する。説明にあたり図面を参照する場合もあるが、各図面は、発明が理解できる程度に、構成要素の形状、大きさおよび配置が概略的に示されているに過ぎない。本発明は、下記実施形態及び例示物に限定されるものではなく、本発明の請求の範囲及びその均等の範囲を逸脱しない範囲において任意に変更して実施され得る。
【0018】
[半導体装置用ボンディングワイヤ]
本発明の半導体装置用ボンディングワイヤ(以下、単に「本発明のワイヤ」、「ワイヤ」ともいう。)は、
Cu又はCu合金からなる芯材と、
該芯材の表面に形成されたPdとNiの合計濃度が90原子%以上である被覆層とを含み、
オージェ電子分光法(AES)により深さ方向の測定点が、被覆層において50点以上になるように測定して得られた該ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、
被覆層の全測定点に関するPdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の比CPd/CNiの平均値をXとしたとき、該平均値Xが0.2以上35.0以下であり、
被覆層のうち該平均値Xからの絶対偏差が0.3X以内にある測定点の総数が被覆層の測定点の総数に対し50%以上であり、
該ボンディングワイヤを用いてフリーエアボール(FAB:Free Air Ball)を形成したとき、該FABの先端部表面から深さ方向の濃度プロファイルにおいて、該FABの先端部表面からの深さが20nm以上200nm以下の領域Aにおいて、Cu、Pd、Niの合計濃度を100原子%とした場合にNiの濃度の平均値が0.3原子%以上であることを特徴とする。
【0019】
先述のとおり、車載用デバイスやパワーデバイスに用いられるボンディングワイヤは、過酷な高温環境下および過酷な高温高湿環境下においても良好な接合信頼性を呈することが求められる。本発明者らは、車載用デバイス等で要求される特性を踏まえて過酷な高温環境下および高温高湿環境下で評価を実施したところ、従来のPd被覆層を有するCuボンディングワイヤでは、1st接合部および2nd接合部の双方において接合信頼性が十分に得られない場合があることを確認した。さらに、Pdは元々希少な金属である上、近年の排ガス規制により自動車の排ガス浄化触媒としての需要の高まりもあって、その価格が急騰しており、代替材料が強く求められている。
【0020】
これに対し、Cu又はCu合金からなる芯材と、該芯材の表面に形成されたPdとNiの合計濃度が90原子%以上である被覆層とを含む半導体装置用ボンディングワイヤであって、AESにより深さ方向の測定点が、被覆層において50点以上になるように測定して得られた該ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、被覆層の全測定点に関するPdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の比CPd/CNiの平均値をXとしたとき、該平均値Xが0.2以上35.0以下であり、被覆層のうち該平均値Xからの絶対偏差が0.3X以内にある測定点の総数が被覆層の測定点の総数に対し50%以上であり、該ボンディングワイヤを用いてFABを形成したとき、該FABの先端部表面から深さ方向の濃度プロファイルにおいて、該FABの先端部表面からの深さが20nm以上200nm以下の領域Aにおいて、Cu、Pd、Niの合計濃度を100原子%とした場合にNiの濃度の平均値が0.3原子%以上である本発明のワイヤによれば、過酷な高温高湿環境下においても良好な1st接合部の接合信頼性をもたらすと共に過酷な高温環境下においても良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらすことを見出したものである。また、斯かる本発明のワイヤによれば、Pdより安価なNiを用いており、従来のPd被覆層を有するCuボンディングワイヤに比し、Pdの使用量を抑えることができる。したがって本発明は、車載用デバイスやパワーデバイスにおけるCuボンディングワイヤの実用化・その促進に著しく寄与するものである。
【0021】
<Cu又はCu合金からなる芯材>
本発明のワイヤは、Cu又はCu合金からなる芯材(以下、単に「Cu芯材」ともいう。)を含む。
【0022】
Cu芯材は、Cu又はCu合金からなる限りにおいて特に限定されず、半導体装置用ボンディングワイヤとして知られている従来のPd被覆Cuワイヤを構成する公知のCu芯材を用いてよい。
【0023】
本発明において、Cu芯材中のCuの濃度は、例えば、Cu芯材の中心(軸芯部)において、97原子%以上、97.5原子%以上、98原子%以上、98.5原子%以上、99原子%以上、99.5原子%以上、99.8原子%以上、99.9原子%以上又は99.99原子%以上などとし得る。
【0024】
Cu芯材は、例えば、後述の第1添加元素、第2添加元素、第3添加元素から選択される1種以上のドーパントを含有してよい。これらドーパントの好適な含有量は後述のとおりである。
【0025】
一実施形態において、Cu芯材は、Cuと不可避不純物からなる。他の一実施形態において、Cu芯材は、Cuと、後述の第1添加元素、第2添加元素、第3添加元素から選択される1種以上の元素と、不可避不純物とからなる。なお、Cu芯材についていう用語「不可避不純物」には、後述の被覆層を構成する元素も包含される。
【0026】
<被覆層>
本発明のワイヤは、Cu芯材の表面に形成されたPdとNiの合計濃度が90原子%以上である被覆層(以下、単に「被覆層」ともいう。)を含む。
【0027】
高温高湿環境下において良好な1st接合部の接合信頼性をもたらすと共に高温環境下においても良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらすために、本発明のワイヤにおける被覆層は、AESにより深さ方向の測定点が、被覆層において50点以上になるように測定して得られた該ワイヤの深さ方向の濃度プロファイル(以下、単に「ワイヤの深さ方向の濃度プロファイル」ともいう。)において、以下の(1)及び(2)の条件を満たすと共に、以下の(3)の条件を満たす(もたらす)ことが重要である。
(1)被覆層の全測定点に関するPdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の比CPd/CNiの平均値をXとしたとき、該平均値Xが0.2以上35.0以下
(2)被覆層のうち該平均値Xからの絶対偏差が0.3X以内にある測定点の総数が被覆層の測定点の総数に対し50%以上
(3)該ボンディングワイヤを用いてFABを形成したとき、該FABの先端部表面から深さ方向の濃度プロファイルにおいて、該FABの先端部表面からの深さが20nm以上200nm以下の領域Aにおいて、Cu、Pd、Niの合計濃度を100原子%とした場合にNiの濃度の平均値が0.3原子%以上である。
【0028】
本発明においては、AESによりワイヤの深さ方向の濃度プロファイルを取得するにあたって、その深さ方向の測定点が、被覆層において50点以上になるように測定する。一般にAESによる深さ方向の分析はサブナノオーダーの測定間隔で分析することが可能であるので、本発明が対象とする被覆層の厚さとの関係において測定点を50点以上とすることは比較的容易である。仮に、測定した結果、測定点数が50点に満たない場合には、スパッタ速度を下げたりスパッタ時間を短くしたりする等して測定点数が50点以上になるようにして、再度測定を行う。これにより、AESにより深さ方向の測定点が、被覆層において50点以上になるように測定し、ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルを得ることができる。被覆層の厚さにもよるが、被覆層に関する測定点の総数が70点(より好ましくは100点)となるように、AESの測定点間隔を決定することがより好適である。
【0029】
-条件(1)-
条件(1)は、被覆層の全測定点に関するPdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の比CPd/CNiの平均値Xに関する。条件(2)、(3)との組み合わせにおいて条件(1)を満たす被覆層を含むことにより、本発明のワイヤは、高温高湿環境下においても良好な1st接合部の接合信頼性をもたらすと共に高温環境下においても良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらすことができる。さらに条件(1)を満たす被覆層を含むことにより、良好なFAB形状、ひいては良好な1st接合部の圧着形状を実現し易くなり好適である。
【0030】
条件(1)について、平均値Xは、高温高湿環境下においても良好な1st接合部の接合信頼性を得る観点、高温環境下においても良好な2nd接合部の接合信頼性を実現する観点から、35.0以下であり、好ましくは34.0以下、より好ましくは32.0以下、30.0以下、28.0以下、26.0以下、25.0以下、24.0以下、22.0以下又は20.0以下である。比CPd/CNiが35.0超であると、接合信頼性、特に高温環境下における2nd接合部の接合信頼性が十分に得られない傾向にある。また、平均値Xの下限は、高温環境下における良好な2nd接合部の接合信頼性を実現する観点、良好な2nd接合部における接合性(2nd接合部の初期接合性)を実現する観点から、0.2以上であり、好ましくは0.4以上、0.5以上、0.6以上、0.8以上、1.0以上又は1.0超、より好ましくは1.5以上、2.0以上、2.5以上又は3.0以上である。
【0031】
-条件(2)-
条件(2)は、被覆層のうち上記平均値Xからの絶対偏差が0.3X以内にある測定点の総数が被覆層の測定点の総数に対し50%以上であることに関する。条件(1)、(3)との組み合わせにおいて条件(2)を満たす被覆層を含むことにより、本発明のワイヤは、高温高湿環境下においても良好な1st接合部の接合信頼性をもたらすと共に高温環境下においても良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらすことができる。さらに条件(2)を満たす被覆層を含むことにより、良好なFAB形状、ひいては良好な1st接合部の圧着形状を実現し易くなり好適である。
【0032】
条件(2)は、条件(1)と共に、被覆層の厚さ方向において、被覆層が、PdとNiを所定比率にて含有するPdNi合金をPd/Ni比率の変動を抑えつつ含むことを表す。高温高湿環境下においてより良好な1st接合部の接合信頼性を実現する観点、高温環境下においてより良好な2nd接合部の接合信頼性を実現する観点、より良好なFAB形状を実現する観点から、被覆層のうち平均値Xからの絶対偏差が0.2X以内(より好ましくは0.18X以内、0.16X以内又は0.15X以内)にある測定点の総数が被覆層の測定点の総数に対し50%以上であることがより好適である。
【0033】
高温高湿環境下においてよりいっそう良好な1st接合部の接合信頼性を実現する観点、高温環境下においてよりいっそう良好な2nd接合部の接合信頼性を実現する観点、よりいっそう良好なFAB形状を実現する観点から、被覆層のうち平均値Xからの絶対偏差が所定範囲(好適範囲は先述のとおり)にある測定点の総数が被覆層の測定点の総数に対し好ましくは55%以上又は60%以上、より好ましくは65%以上、70%以上又は75%以上、さらに好ましくは80%以上である。
【0034】
本発明の効果をさらに享受し得る観点から、ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、被覆層の全測定点について、Pdの濃度CPd(原子%)又はNiの濃度CNi(原子%)を最小二乗法により直線近似した際に、被覆層の深さ(厚さ)範囲における該近似直線の最大値と最小値の差は、好ましくは20原子%以下、より好ましくは15原子%以下、さらに好ましくは10原子%以下、8原子%以下、6原子%以下又は5原子%以下である。中でも、平均値Xが1未満である場合、被覆層の全測定点についてCNi(原子%)を最小二乗法により直線近似した際に、被覆層の深さ範囲における該近似直線の最大値と最小値の差が上記範囲にあることが好適であり、また、平均値Xが1以上である場合、被覆層の全測定点についてCPd(原子%)を最小二乗法により直線近似した際に、被覆層の深さ範囲における該近似直線の最大値と最小値の差が上記範囲にあることが好適である。
【0035】
条件(1)、(2)における平均値Xや該平均値Xからの絶対偏差、該絶対偏差が所定範囲にある測定点の総数、被覆層の測定点の総数に占める絶対偏差が所定範囲にある測定点の総数の割合、また被覆層の厚さは、ワイヤの表面からArスパッタリングにより深さ方向(ワイヤ中心への方向)に掘り下げていきながら、AESにより組成分析を行うことにより確認・決定することができる。詳細には、1)ワイヤ表面の組成分析を行った後、2)Arによるスパッタリングと3)スパッタリング後の表面の組成分析とを繰り返すことで、ワイヤの表面から深さ(中心)方向の各元素の濃度変化(所謂、深さ方向の濃度プロファイル)を取得し、該濃度プロファイルに基づき確認・決定することができる。本発明において、深さ方向の濃度プロファイルを取得するにあたって、深さの単位はSiO2換算とした(後述するFABの深さ方向の濃度プロファイルを取得するにあたっても同様である。)。
【0036】
1)ワイヤ表面の組成分析や3)スパッタリング後の表面の組成分析を行うにあたり、測定面の位置及び寸法は、以下のとおり決定する。なお、以下において、測定面の幅とは、ワイヤ軸に垂直な方向(ワイヤの太さ方向)における測定面の寸法をいい、測定面の長さとは、ワイヤ軸の方向(ワイヤの長さ方向)における測定面の寸法をいう。
図1を参照してさらに説明する。
図1は、ワイヤ1の平面視概略図であり、ワイヤ軸の方向(ワイヤの長さ方向)が
図1の垂直方向(上下方向)に、また、ワイヤ軸に垂直な方向(ワイヤの太さ方向)が
図1の水平方向(左右方向)にそれぞれ対応するように示している。
図1には、ワイヤ1との関係において測定面2を示すが、測定面2の幅は、ワイヤ軸に垂直な方向における測定面の寸法w
aであり、測定面2の長さは、ワイヤ軸の方向における測定面の寸法l
aである。
【0037】
ワイヤ軸に垂直な方向におけるワイヤの幅の中心が測定面の幅の中心となるように位置決めし、かつ、測定面の幅がワイヤ直径の5%以上15%以下となるように測定面を決定する。測定面の長さは、測定面の幅の5倍となるように設定する。
図1において、ワイヤの幅は符号Wで示し、ワイヤの幅の中心を一点鎖線Xで示している。したがって、測定面2は、その幅の中心がワイヤの幅の中心である一点鎖線Xと一致するように位置決めし、かつ、測定面の幅w
aがワイヤ直径(ワイヤの幅Wと同値)の5%以上15%以下、すなわち0.05W以上0.15W以下となるように決定する。また、測定面の長さl
aは、l
a=5w
aの関係を満たす。測定面の位置及び寸法を上記のとおり決定することにより、高温高湿環境においても良好な1st接合部の接合信頼性をもたらすと共に高温環境下においても良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらすのに好適な、また、良好なFAB形状をもたらすなど更なる効果を達成し得る観点から好適な、条件(1)、(2)の成否を精度良く測定することができる。また、ワイヤ軸方向に互いに1mm以上離間した複数箇所(n≧3)の測定面について実施し、その算術平均値を採用することが好適である。
【0038】
条件(1)、(2)における平均値Xや該平均値Xからの絶対偏差、該絶対偏差が所定範囲にある測定点の総数、被覆層の測定点の総数に占める絶対偏差が所定範囲にある測定点の総数の割合、また、被覆層の厚さは、後述の[オージェ電子分光法(AES)による被覆層の厚さ分析]欄に記載の条件にて測定した結果に基づくものである。
【0039】
好適な一実施形態に係る本発明のワイヤについて求められた、深さ方向の濃度プロファイルについて、その傾向を以下に説明する。ワイヤの表面から一定の深さ位置までは、PdとNiが一定比率にて高濃度に共存する傾向、すなわちPdとNiの合計濃度が90原子%以上である領域(被覆層)が存在し、該被覆層の全測定点に関するPdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の比CPd/CNiの平均値をXとしたとき、該平均値Xからの絶対偏差が0.3X以内にある測定点が一定数存在する傾向にある。さらに深さ方向に進むと、PdとNiの濃度が低下すると共にCuの濃度が上昇する傾向にある。このような深さ方向の濃度プロファイルにおいて、Pdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)に着目して、PdとNiの合計濃度が90原子%以上である領域の厚さや測定点の総数から被覆層の厚さや被覆層の測定点の総数を求めることができる。また、該被覆層の全測定点に関する比CPd/CNiを算術平均することで平均値Xを、被覆層の全測定点に関し該平均値Xからの絶対偏差を確認することで該平均値Xからの絶対偏差が0.3X以内にある測定点の総数を求めることができる。なお、後述のとおり、ワイヤの表面にAuをさらに含有する場合、深さ方向の濃度プロファイルにおいて、ワイヤの表面からごく浅い位置にかけて、Au濃度が低下すると共にPdとNiの濃度が上昇する傾向にある。斯かる場合も、Pdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)に着目して、その合計が90原子%以上である領域の厚さや測定点の総数から被覆層の厚さや被覆層の測定点の総数を求めることができ、該被覆層の全測定点に関する比CPd/CNiを算術平均することで平均値Xを、被覆層の全測定点に関し該平均値Xからの絶対偏差を確認することで該平均値Xからの絶対偏差が0.3X以内にある測定点の総数を求めることができる。
【0040】
-条件(3)-
FABを形成したとき、該FABの先端部表面から深さ方向の濃度プロファイル(以下、単に「FABの深さ方向の濃度プロファイル」ともいう。)において、該FABの先端部表面からの深さが20nm以上200nm以下の領域Aにおいて、Cu、Pd、Niの合計濃度を100原子%とした場合にNiの濃度の平均値が0.3原子%以上となるような被覆層を備えることにより、高温高湿環境下においても良好な1st接合部の接合信頼性を実現することができる。
【0041】
PdとNiの合計濃度が90原子%以上であると共に、FABを形成したときに、該FABの先端部表面からの深さが20nm以上200nm以下の領域Aにおいて、Niの濃度の平均値が一定値以上となるような被覆層を備える本発明のワイヤが、従来のPd被覆Cuボンディングワイヤに比し、高温高湿環境下において良好な1st接合部の接合信頼性を実現することができる理由について、本発明者らは次のとおり推察している。すなわち、本発明のワイヤを用いて形成したボールを電極にボール接合すると、接合界面にNiを一定濃度以上含むPd、Ni含有合金層が存在することとなる。ここで、Niは、高温高湿環境下で封止樹脂材料から発生する塩化物イオンや硫化物イオンといった、Cu-Al合金の腐食反応に大きな影響を与える不純物イオンと優先的に反応するなどして該不純物イオンを無害化することができる。斯かるNiの作用と、接合界面でのCu、Alの拡散を抑制し、Cu9Al4のような易腐食性化合物の生成速度を低下させるというPdの作用とが相乗的に働き、高温高湿環境下における1st接合部の腐食を顕著に抑制して、その接合信頼性を改善することができる。
【0042】
高温高湿下においていっそう良好な1st接合部における接合信頼性をもたらす観点から、領域Aにおける上記のNiの濃度の平均値は、好ましくは0.4原子%以上、より好ましくは0.5原子%以上、0.6原子%以上又は0.8原子%以上、さらに好ましくは1.0原子%以上、1.2原子%以上、1.4原子%以上又は1.5原子%以上である。該Niの濃度の平均値の上限は、良好なFAB形状をもたらし、ひいては良好な1st接合部の圧着形状をもたらす観点から、好ましくは20原子%以下、より好ましくは15原子%以下、さらに好ましくは14原子%以下、12原子%以下、10原子%以下又は8原子%以下である。
【0043】
条件(3)の成否を判断するにあたり、領域AにおけるNiの濃度の平均値は、ボンディングワイヤを用いてFABを形成し、該FABの先端部表面からArスパッタリングにより深さ方向(FAB中心への方向)に掘り下げていきながら、オージェ電子分光法(AES)により組成分析を行うことにより確認・決定することができる。詳細には、1)FAB先端部表面の組成分析を行った後、2)Arによるスパッタリングと3)スパッタリング後の表面の組成分析とを繰り返すことで、FABの先端部表面から深さ(中心)方向の各元素の濃度変化(所謂、深さ方向の濃度プロファイル)を取得し、該濃度プロファイルに基づき確認・決定することができる。
【0044】
条件(3)の成否を判断するにあたり、FABは、市販のワイヤボンダーを用いて、以下のとおり形成してよい。放電電流値が30~75mA、FAB直径がワイヤ線径の1.5~1.9倍となるようにアーク放電条件を設定する。EFOのギャップは762μm、テールの長さは254μmとし、N2+5%H2ガスを流量0.4~0.6L/分で流しながらFABを形成してよい。
【0045】
1)FAB先端部表面の組成分析や3)スパッタリング後の表面の組成分析を行うにあたり、測定面の位置及び寸法は、以下のとおり決定する。以下、
図2を参照しつつ、測定面の位置及び寸法を説明する。
図2(a)は、ワイヤ1の先端をアーク入熱で加熱溶融し、表面張力によりFAB10を形成した際の概略図、詳細にはFABの圧着接合方向(図中、矢印Zで示す。)に垂直な方向からFABをみた場合のFAB10の平面視概略図である。本発明においてFAB先端部とは、半導体チップ上の電極との接合面を形成することとなるFABの圧着接合側の部位(
図2(a)におけるFABの下側部位)をいい、
図2(a)において該FAB先端部の頂点を符合10tで示す。また
図2(b)は、FAB先端部頂点10tの真上からFABをみた場合のFAB10の平面視概略図である。
図2(b)には、FAB10との関係において測定面2を示すが、以下の説明において、測定面2の幅は、
図2の左右方向における測定面の寸法w
aを、測定面2の長さは、
図2の上下方向における測定面の寸法l
aをそれぞれ指し、また、測定面2の中心は、測定面の幅の中心線と測定面の長さの中心線との交点を意味する。
【0046】
FAB直径をDとしたとき、測定面の中心とFABの先端部頂点との距離がπD/12以内(ここでπは円周率)となるように位置決めし、かつ、測定面の幅と長さがそれぞれ0.05D以上0.2D以下となるように測定面を決定する。測定面の中心とFABの先端部頂点との距離は、FABの先端部頂点10tから測定面の中心までのFAB表面距離(球面距離)を意味し、該距離がπD/12以内となるように測定面の位置を決定する。これは、FABの圧着接合方向をZ軸、FABの圧着接合方向に垂直な方向においてFABが最大寸法を示す位置(FABの最大径位置;
図2(a)におけるA-A線の位置)にX軸及びY軸をそれぞれ設定した球面座標系(r、θ、φ)を適用した場合、該球面座標系において、測定面の中心を示す座標が、動径座標rにおいてr≒0.5Dを満たし、第1の角度座標、すなわち動径rがZ軸となす角度θにおいてθ≦30°を満たし、第2の角度座標、すなわちX-Y平面への動径rの射影がX軸またはY軸となす角度φにおいて0°≦φ≦360°を満たすことをいう。
図2(a)でいえば、θが30°以内にあるFABの先端部表面に測定面の中心を位置決めすればよく、
図2(b)でいえば、FABの先端部頂点10tから平面視距離で0.25D以内(球面距離でπD/12以内に相当)に測定面の中心を位置決めすればよい。なお、FABの先端部頂点10tの近傍は、FABサンプル作製時の基板由来の付着物が存在するため、その付着物を避けて清浄な箇所を測定面として決定する。測定面の位置及び寸法を上記のとおり決定することにより、高温高湿環境下において良好な1st接合部の接合信頼性をもたらすのに好適な、条件(3)の成否を精度良く測定することができる。
【0047】
得られたFABの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、FABの先端部表面からの深さが20nm以上200nm以下の領域Aにおける各測定点について、Cuの濃度CCu(原子%)、Pdの濃度CPd(原子%)、Niの濃度CNi(原子%)を求め、これらCCu、CPd及びCNiの合計を100原子%とした場合のNiの濃度を算出する。そして、領域Aにおける各測定点について算出したNiの濃度を算術平均することにより、領域AにおけるNiの濃度の平均値を算出することができる。本発明において、領域AにおけるNiの濃度の平均値は、3つ以上のFABについて測定して得られた値の算術平均値を採用することが好適である。
【0048】
本発明において、AESによりFABの深さ方向の濃度プロファイルを取得するにあたって、その深さ方向の測定点が領域Aにおいて50点以上になるように測定することが好適である。これにより、高温高湿環境下において良好な1st接合部の接合信頼性を実現するのに好適な、条件(3)の成否を精度良く測定・判定することができる。したがって、好適な一実施形態において、本発明のワイヤは、AESにより深さ方向の測定点が領域Aにおいて50点以上になるように測定して得られた該FABの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、上記(3)の条件を満たす。
【0049】
高温高湿環境下においていっそう良好な1st接合部の接合信頼性をもたらす観点から、本発明のワイヤは、該ワイヤを用いてFABを形成したとき、FABの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、条件(3)に加えて、以下の(4)及び(5)の条件の一以上をさらに満たすことが好ましく、それら両方を満たすことが特に好ましい。なお、以下の条件(4)、(5)において、「領域A」とは、条件(3)と同様に、FABの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、FABの先端部表面からの深さが20nm以上200nm以下の領域を意味する。
(4)領域Aにおいて、Cu、Pd、Niの合計濃度を100原子%とした場合にPdとNiの合計濃度の平均値が2.0原子%以上である。
(5)領域Aにおいて、Pdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の比CPd/CNiの平均値が0.2以上35.0以下である。
【0050】
-条件(4)-
条件(4)は、領域AにおけるPdとNiの合計濃度の平均値に関する。
【0051】
高温高湿環境下においていっそう良好な1st接合部の接合信頼性をもたらす観点から、領域Aにおいて、Cu、Pd、Niの合計濃度を100原子%とした場合にPdとNiの合計濃度の平均値は、2.0原子%以上であることが好ましく、より好ましくは2.5原子%以上、3.0原子%以上又は3.5原子%以上、さらに好ましくは4.0原子%以上、4.2原子%以上、4.4原子%以上、4.6原子%以上、4.8原子%以上又は5.0原子%以上である。該PdとNiの合計濃度の平均値の上限は、特に限定されず、例えば、40原子%以下、30原子%以下、20原子%以下などとし得る。
【0052】
-条件(5)-
条件(5)は、領域AにおけるPdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の比CPd/CNiの平均値に関する。
【0053】
高温高湿環境下においていっそう良好な1st接合部の接合信頼性をもたらす観点から、領域Aにおいて、比CPd/CNiの平均値は、0.2以上35.0以下であることが好ましく、その上限は、より好ましくは34.0以下、さらに好ましくは32.0以下、30.0以下、28.0以下、26.0以下、25.0以下、24.0以下、22.0以下又は20.0以下であり、その下限は、より好ましくは0.4以上、0.5以上、0.6以上、0.8以上、1.0以上又は1.0超、より好ましくは1.5以上、2.0以上、2.5以上又は3.0以上である。
【0054】
条件(4)、(5)におけるPdとNiの合計濃度の平均値や比CPd/CNiの平均値は、条件(3)と同様に、ボンディングワイヤを用いてFABを形成し、該FABの先端部表面からArスパッタリングにより深さ方向(FAB中心への方向)に掘り下げていきながら、AESにより組成分析を行うことにより確認・決定することができる。すなわち、AESにより組成分析を行うにあたり、測定面の位置及び寸法は、FAB直径をDとしたとき、測定面の中心とFABの先端部頂点との距離がπD/12以内となるように位置決めし、かつ、測定面の幅と長さがそれぞれ0.05D以上0.2D以下となるように測定面を決定する。そして、得られたFABの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、FABの先端部表面からの深さが20nm以上200nm以下の領域Aにおける各測定点について、Cu、Pd、Niの合計濃度を100原子%とした場合のPdとNiの合計濃度や、比CPd/CNiを算出する。そして、領域Aにおける各測定点について算出した値を算術平均することにより、領域AにおけるPdとNiの合計濃度の平均値や比CPd/CNiの平均値を算出することができる。また、条件(3)と同様、3つ以上のFABについて測定して得られた値の算術平均値を採用することが好適である。
【0055】
上記の条件(3)におけるNiの濃度の平均値、条件(4)、(5)におけるPdとNiの合計濃度の平均値や比CPd/CNiの平均値は、後述の[オージェ電子分光法(AES)によるFABの深さ分析]欄に記載の条件にて測定した結果に基づくものである。
【0056】
本発明のワイヤにおいて、被覆層は、PdとNiの合計濃度が90原子%以上であると共に、上記の条件(1)~(3)を満たし、好適には上記の条件(4)、(5)の一方又は両方をさらに満たす。これら条件(1)乃至(5)を満たし易い観点から、また、良好なFAB形状をもたらすなど更なる効果を達成し得る観点から、本発明のワイヤにおける被覆層の厚さは、5nm以上であることが好ましく、より好ましくは6nm以上、8nm以上、10nm以上、12nm以上、14nm以上、15nm以上、16nm以上、18nm以上又は20nm以上、さらに好ましくは25nm以上、30nm以上、40nm以上又は50nm以上、さらにより好ましくは60nm以上、70nm以上、80nm以上又は90nm以上である。また、被覆層の厚さの上限は、本発明の効果をより享受し得る観点から、130nm以下であることが好ましく、より好ましくは125nm以下、120nm以下、115nm以下又は110nm以下である。
【0057】
-被覆層に係る他の好適な条件-
本発明のワイヤにおいて、被覆層は、ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルに基づいて、以下の条件(6)及び(7)の一方又は両方を満たすことがより好適である。
(6)被覆層の全測定点に関するPdの濃度CPd(原子%)の平均値をXPdとしたとき、被覆層のうち該平均値XPdからの絶対偏差が0.1XPd以内にある測定点の総数が被覆層の測定点の総数に対し50%以上
(7)被覆層の全測定点に関するNiの濃度CNi(原子%)の平均値をXNiとしたとき、被覆層のうち該平均値XNiからの絶対偏差が0.1XNi以内にある測定点の総数が被覆層の測定点の総数に対し50%以上
なお、条件(6)、(7)において、被覆層、その厚さや測定点の総数に関しては、上述したとおりである。条件(1)~(3)に加えて、条件(6)及び(7)の一方又は両方をさらに満たす被覆層を含む場合、本発明のワイヤは、高温高湿環境下において一際良好な1st接合部の接合信頼性を実現することができると共に、高温環境下において一際良好な2nd接合部の接合信頼性を実現することができる。また、条件(7)及び(8)の一方又は両方をさらに満たすことにより、一際良好なFAB形状を実現し易くなり好適である。
【0058】
被覆層は、例えば、後述の第1添加元素、第2添加元素、第3添加元素から選択される1種以上のドーパントを含有してよい。これらドーパントの好適な含有量は後述のとおりである。
【0059】
本発明のワイヤは、その表面にAuをさらに含有していてもよい。Auをさらに含有することにより、2nd接合部における接合性をさらに改善することができる。
【0060】
2nd接合部における接合性をさらに改善する観点から、本発明のワイヤの表面におけるAuの濃度は、好ましくは10原子%以上、より好ましくは15原子%以上、さらに好ましくは20原子%以上、22原子%以上、24原子%以上、25原子%以上、26原子%以上、28原子%以上又は30原子%以上である。本発明のワイヤの表面におけるAuの濃度の上限は、良好なFAB形状を実現する観点、良好な1st接合部の圧着形状を実現する観点から、好ましくは90原子%以下、より好ましくは85原子%以下、さらに好ましくは80原子%以下、78原子%以下、76原子%以下、75原子%以下、74原子%以下、72原子%以下又は70原子%以下である。したがって好適な一実施形態において、本発明のワイヤの表面におけるAuの濃度は10原子%以上90原子%以下である。
【0061】
本発明において、表面におけるAuの濃度は、ワイヤ表面を測定面として、オージェ電子分光法(AES)によりワイヤ表面の組成分析を行って求めることができる。ここで、表面におけるAuの濃度を求めるにあたり、炭素(C)、硫黄(S)、酸素(O)、窒素(N)等ガス成分、非金属元素等は考慮しない。
【0062】
ワイヤ表面の組成分析は、ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルを取得する方法に関連して説明した、1)ワイヤ表面の組成分析と同様の条件で実施することができる。すなわち、ワイヤ表面についてオージェ電子分光法(AES)により組成分析を行うにあたり、測定面の位置及び寸法は、以下のとおり決定する。
【0063】
ワイヤ軸に垂直な方向におけるワイヤの幅の中心が測定面の幅の中心となるように位置決めし、かつ、測定面の幅がワイヤ直径の5%以上15%以下となるように測定面を決定する。測定面の長さは、測定面の幅の5倍となるように設定する。測定面の位置及び寸法を上記のとおり決定することにより、2nd接合部における接合性をさらに改善するのに好適な、ワイヤ表面におけるAuの濃度を精度良く測定することができる。また、ワイヤ軸方向に互いに1mm以上離間した複数箇所(n≧3)の測定面について実施し、その算術平均値を採用することが好適である。
【0064】
上記の表面におけるAuの濃度は、後述の[オージェ電子分光法(AES)によるワイヤ表面の組成分析]欄に記載の条件にて測定した結果に基づくものである。
【0065】
ワイヤの表面にAuを含有する場合、ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルにおいてAuの最大濃度を示す位置は、Pdの最大濃度を示す位置やNiの最大濃度を示す位置よりもワイヤの表面側にある。
【0066】
本発明のワイヤにおいて、Cu芯材と被覆層との境界は、上記のワイヤの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、PdとNiの合計濃度を基準に判定する。PdとNiの合計濃度が90原子%の位置を境界と判定し、PdとNiの合計濃度が90原子%未満の領域をCu芯材、90原子%以上の領域を被覆層とする。本発明においてCu芯材と被覆層との境界は必ずしも結晶粒界である必要はない。被覆層の厚さは、ワイヤ表面からワイヤ中心側に向けて濃度プロファイルを確認し、PdとNiの合計濃度が90原子%にはじめて達した深さ位置Z1から、PdとNiの合計濃度が90原子%未満にはじめて低下した深さ位置Z2(但しZ2>Z1)までの距離として求めることができる。
【0067】
本発明において、条件(1)及び(2)に係る平均値Xや該平均値Xからの絶対偏差、該絶対偏差が所定範囲にある測定点の総数、被覆層の測定点の総数に占める絶対偏差が所定範囲にある測定点の総数の割合は、上記の境界の判定法により決定した被覆層について、Pdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)に着目して決定する。
【0068】
一実施形態において、被覆層は、Pd及びNiと;不可避不純物からなる。他の一実施形態において、被覆層は、Pd及びNiと;Au、後述の第1添加元素、第2添加元素、第3添加元素から選択される1種以上の元素と;不可避不純物とからなる。なお、被覆層についていう用語「不可避不純物」には、先述のCu芯材を構成する元素も包含される。
【0069】
本発明のワイヤは、B、P及びMgからなる群から選択される1種以上の元素(「第1添加元素」)をさらに含有してよい。本発明のワイヤが第1添加元素を含有する場合、ワイヤ全体に対する第1添加元素の総計濃度は1質量ppm以上であることが好ましい。これにより、より良好な1st接合部の圧着形状をもたらすボンディングワイヤを実現することができる。ワイヤ全体に対する第1添加元素の総計濃度は2質量ppm以上であることがより好ましく、3質量ppm以上、5質量ppm以上、8質量ppm以上、10質量ppm以上、15質量ppm以上又は20質量ppm以上であることがさらに好ましい。ワイヤの硬質化を抑え1st接合時のチップ損傷を低減する観点から、第1添加元素の総計濃度は100質量ppm以下であることが好ましく、90質量ppm以下、80質量ppm以下、70質量ppm以下、60質量ppm以下又は50質量ppm以下であることがより好ましい。したがって好適な一実施形態において、本発明のワイヤは、第1添加元素を含み、ワイヤ全体に対する第1添加元素の総計濃度が1質量ppm以上100質量ppm以下である。
【0070】
本発明のワイヤが第1添加元素を含有する場合、第1添加元素は、Cu芯材及び被覆層のいずれか一方に含有されていてもよく、その両方に含有されていてもよい。本発明のワイヤがその表面にAuを含有する場合は、第1添加元素は、該Auと共に含有されていてもよい。よりいっそう良好な1st接合部の圧着形状をもたらすボンディングワイヤを実現する観点から、第1添加元素は、Cu芯材中に含有されていることが好適である。
【0071】
本発明のワイヤは、Se、Te、As及びSbからなる群から選択される1種以上の元素(「第2添加元素」)をさらに含有してよい。本発明のワイヤが第2添加元素を含有する場合、ワイヤ全体に対する第2添加元素の総計濃度は1質量ppm以上であることが好ましい。これにより、高温高湿環境下での1st接合部の接合信頼性を改善することができる。ワイヤ全体に対する第2添加元素の総計濃度は2質量ppm以上であることがより好ましく、3質量ppm以上、5質量ppm以上、8質量ppm以上、10質量ppm以上、15質量ppm以上又は20質量ppm以上であることがさらに好ましい。良好なFAB形状を実現する観点、良好な1st接合部の圧着形状を実現する観点から、第2添加元素の総計濃度は100質量ppm以下であることが好ましく、90質量ppm以下、80質量ppm以下、70質量ppm以下、60質量ppm以下又は50質量ppm以下であることがより好ましい。したがって好適な一実施形態において、本発明のワイヤは、第2添加元素を含み、ワイヤ全体に対する第2添加元素の総計濃度が1質量ppm以上100質量ppm以下である。
【0072】
本発明のワイヤが第2添加元素を含有する場合、第2添加元素は、Cu芯材及び被覆層のいずれか一方に含有されていてもよく、その両方に含有されていてもよい。よりいっそう良好な高温高湿環境下での1st接合部の接合信頼性をもたらすボンディングワイヤを実現する観点から、第2添加元素は、被覆層中に含有されていることが好適である。本発明のワイヤがその表面にAuを含有する場合は、第2添加元素は、該Auと共に含有されていてもよい。
【0073】
本発明のワイヤは、Ga、Ge及びInからなる群から選択される1種以上の元素(「第3添加元素」)をさらに含有してよい。本発明のワイヤが第3添加元素を含有する場合、ワイヤ全体に対する第3添加元素の総計濃度は0.011質量%以上であることが好ましい。これにより、高温環境下での1st接合部の接合信頼性を改善することができる。ワイヤ全体に対する第3添加元素の総計濃度は0.015質量%以上であることがより好ましく、0.02質量%以上、0.025質量%以上、0.03質量%以上、0.031質量%以上、0.035質量%以上、0.04質量%以上、0.05質量%以上、0.07質量%以上、0.09質量%以上、0.1質量%以上、0.12質量%以上、0.14質量%以上、0.15質量%以上又は0.2質量%以上であることがさらに好ましい。良好なFAB形状を実現する観点、良好な1st接合部の圧着形状を実現する観点、良好な2nd接合部における接合性を実現する観点から、第3添加元素の総計濃度は1.5質量%以下であることが好ましく、1.4質量%以下、1.3質量%以下又は1.2質量%以下であることがより好ましい。したがって好適な一実施形態において、本発明のワイヤは、第3添加元素を含み、ワイヤ全体に対する第3添加元素の総計濃度が0.011質量%以上1.5質量%以下である。
【0074】
本発明のワイヤが第3添加元素を含有する場合、第3添加元素は、Cu芯材及び被覆層のいずれか一方に含有されていてもよく、その両方に含有されていてもよい。本発明のワイヤがその表面にAuを含有する場合は、第3添加元素は、該Auと共に含有されていてもよい。
【0075】
ワイヤ中の第1添加元素、第2添加元素、第3添加元素の含有量は、後述の[元素含有量の測定]に記載の方法により測定することができる。
【0076】
本発明のワイヤにおいて、Cu、Ni、Au、Pdの総計濃度は、例えば、98.5質量%以上、98.6質量%以上、98.7質量%以上又は98.8質量%以上などとし得る。
【0077】
-その他の好適条件-
以下、本発明のワイヤがさらに満たすことが好適な条件について説明する。
【0078】
本発明のワイヤは、該ワイヤを用いてFABを形成したとき、該FABの圧着接合方向に垂直な断面の結晶方位を測定した結果において、圧着接合方向に対して角度差が15度以下である<100>結晶方位の割合が30%以上であることが好ましい。これにより、一際良好な1st接合部の圧着形状を実現することができる。
【0079】
先述のとおり、ボンディングワイヤによる接続プロセスは、半導体チップ上の電極に1st接合し、次にループを形成した後、リードフレームや基板上の外部電極にワイヤ部を2nd接合することで完了する。1st接合は、ワイヤ先端をアーク入熱で加熱溶融し、表面張力によりFABを形成した後に、該FABを半導体チップ上の電極に圧着接合(ボール接合)する。本発明者らは、FABの圧着接合方向に垂直な断面の結晶方位を測定した結果において、圧着接合方向に対して角度差が15度以下である<100>結晶方位の割合(以下、単に「FABの断面における<100>結晶方位の割合」ともいう。)が30%以上となるようなワイヤが、一際良好な1st接合部の圧着形状を実現することができることを見出したものである。
【0080】
よりいっそう良好な1st接合部の圧着形状を実現する観点から、FABの断面における<100>結晶方位の割合が、より好ましくは35%以上、さらに好ましくは40%以上、さらにより好ましくは45%以上、特に好ましくは50%以上、55%以上又は60%となるワイヤが好適である。特にFABの断面における<100>結晶方位の割合が50%以上となるワイヤは、格別良好な1st接合部の圧着形状を実現することができる。したがって好適な一実施形態において、FABの断面における<100>結晶方位の割合は30%以上であり、より好適には50%以上である。FABの断面における<100>結晶方位の割合の上限は特に限定されず、例えば、100%であってもよく、99.5%以下、99%以下、98%以下などであってもよい。
【0081】
図3を参照して、FABの圧着接合方向に垂直な断面について説明する。
図3には、ワイヤ1の先端をアーク入熱で加熱溶融し、表面張力によりFAB10を形成した際の概略図を示す。形成したFAB10を半導体チップ上の電極(図示せず)に圧着接合する。
図3では、FAB10の圧着接合方向は矢印Zで示された方向(
図3における垂直方向(上下方向))であり、圧着接合方向Zに垂直な断面は、該方向Zに垂直な点線A-Aに沿ってFABを切断して露出する断面である。ここで、断面出しを行う際の基準となる点線A-Aは、露出断面の直径が最大となる位置、すなわちFABの直径をDとしたとき露出断面の直径がDとなる位置に設定する。断面出し作業においては直線A-Aが狙いからズレてしまい露出断面の直径がDよりも小さくなることもあり得るが、露出断面の直径が0.9D以上あれば、そのズレが結晶方位の割合に与える影響は無視できるほど小さい為、許容出来るものとする。
【0082】
FABの圧着接合方向に垂直な断面の結晶方位は、後方散乱電子線回折(EBSD:Electron Backscattered Diffraction)法を用いて測定することができる。EBSD法に用いる装置は、走査型電子顕微鏡とそれに備え付けた検出器によって構成される。EBSD法は、試料に電子線を照射したときに発生する反射電子の回折パターンを検出器上に投影し、その回折パターンを解析することによって、各測定点の結晶方位を決定する手法である。EBSD法によって得られたデータの解析には専用ソフト(株式会社TSLソリューションズ製 OIM analysis等)を用いることができる。FABの圧着接合方向に垂直な断面を検査面とし、装置に付属している解析ソフトを利用することにより、特定の結晶方位の割合を算出できる。
【0083】
本発明において、FABの断面における<100>結晶方位の割合は、測定面積に対する<100>結晶方位の面積を百分率で表したものと定義する。該割合の算出にあたっては、測定面内で、ある信頼度を基準に同定できた結晶方位のみを採用し、結晶方位が測定できない部位、あるいは測定できても方位解析の信頼度が低い部位等は測定面積および<100>結晶方位の面積から除外して計算した。ここで除外されるデータが例えば全体の2割を超えるような場合は、測定対象に何某かの汚染があった可能性が高いため、断面出しから再度実施すべきである。また、本発明において、FABの断面における<100>結晶方位の割合は、3つ以上のFABについて測定して得られた割合の各値の算術平均とした。
【0084】
FABの断面における<100>結晶方位の割合が30%以上となるワイヤが一際良好な1st接合部の圧着形状を実現することができる理由について、本発明者らは以下のとおり推察している。
【0085】
金属は、特定の結晶面、結晶方向にすべることで(その面、その方向を「すべり面」、「すべり方向」ともいう。)、変形することが知られている。本発明のワイヤを用いて形成されるFABは、主に芯材であるCu又はCu合金から構成され、その結晶構造は面心立方構造である。このような結晶構造をとる場合、圧着接合方向に垂直な断面の結晶方位が<100>であると、圧着面に対して45度の方向に金属のすべりが発生して変形するため、FABは圧着面に対しては45度方向に、圧着面と平行な平面に対しては放射状に広がりながら変形する。その結果、圧着形状はより真円に近くなるものと推察している。
【0086】
本発明において、FABの断面における<100>結晶方位の割合は、被覆層の厚さや被覆層中のPdとNiの濃度比、芯材のCu純度を調整することにより、所期の範囲となる傾向にある。例えば、被覆層の厚さがFABの断面における<100>結晶方位の割合に影響を与える理由について、本発明者らは次のとおり推察している。すなわち、溶融の段階で被覆層のPdとNiがFAB中心側に向けて適度に拡散混合し、その適度に拡散混合したPdとNiを固溶して含有するCu又はCu合金が、圧着接合方向に対して<100>結晶方位が配向するものと考えられる。そして、被覆層の厚さが所定の範囲にあると溶融時のPdとNiの拡散混合が適度となり圧着接合方向に対して<100>結晶方位が配向し易く、他方、被覆層の厚さが薄すぎると配向性がないランダムな結晶方位となり易く、被覆層の厚さが厚すぎると異なる結晶方位が優先的となり易いものと推察している。
【0087】
本発明のワイヤの直径は、特に限定されず具体的な目的に応じて適宜決定してよいが、好ましくは15μm以上、18μm以上又は20μm以上などとし得る。該直径の上限は、特に限定されず、例えば80μm以下、70μm以下又は50μm以下などとし得る。
【0088】
<ワイヤの製造方法>
本発明の半導体装置用ボンディングワイヤの製造方法の一例について説明する。
【0089】
まず、高純度(4N~6N;99.99~99.9999質量%以上)の原料銅を連続鋳造により大径(直径約3~6mm)に加工し、インゴットを得る。
【0090】
上述の第1添加元素、第2添加元素、第3添加元素等のドーパントを添加する場合、その添加方法としては、例えば、Cu芯材中に含有させる方法、被覆層中に含有させる方法、Cu芯材の表面に被着させる方法、及び、被覆層の表面に被着させる方法が挙げられ、これらの方法を複数組み合わせてもよい。何れの添加方法を採用しても、本発明の効果を発揮することができる。ドーパントをCu芯材中に含有させる方法では、ドーパントを必要な濃度含有した銅合金を原料として用い、Cu芯材を製造すればよい。原材料であるCuにドーパントを添加して斯かる銅合金を得る場合、Cuに、高純度のドーパント成分を直接添加してもよく、ドーパント成分を1%程度含有する母合金を利用してもよい。ドーパントを被覆層中に含有させる方法では、被覆層を形成する際のPd、Niめっき浴等(湿式めっきの場合)やターゲット材(乾式めっきの場合)中にドーパントを含有させればよい。Cu芯材の表面に被着させる方法や被覆層の表面に被着させる方法では、Cu芯材の表面あるいは被覆層の表面を被着面として、(1)水溶液の塗布⇒乾燥⇒熱処理、(2)めっき法(湿式)、(3)蒸着法(乾式)、から選択される1以上の被着処理を実施すればよい。
【0091】
大径のインゴットを鍛造、圧延、伸線を行って直径約0.7~2.0mmのCu又はCu合金からなるワイヤ(以下、「中間ワイヤ」ともいう。)を作製する。
【0092】
Cu芯材の表面に被覆層を形成する手法としては、電解めっき、無電解めっき、蒸着法等が利用できるが、膜厚を安定的に制御できる電解めっきを利用するのが工業的には好ましい。例えば、中間ワイヤ表面に被覆層を形成してよい。被覆層はまた、大径のインゴットの段階で被着することとしてもよく、あるいは、中間ワイヤを伸線してさらに細線化した後(例えば最終的なCu芯材の直径まで伸線した後)に、該Cu芯材表面に被覆層を形成してよい。被覆層は、例えば、Cu芯材の表面にPdとNiを所定比率で含有するPdNi合金層を設けることにより形成してよく、Cu芯材との密着性に優れる被覆層を形成する観点から、Cu芯材の表面に導電性金属のストライクめっきを施した後で、PdとNiを所定比率で含有するPdNi合金層を設けることにより形成してもよい。また、PdとNiを所定比率で含有するPdNi合金層を形成した後、Pd及びNiの1種以上を含む層(例えば、Pd層、Ni層、PdNi合金層)をさらに設けてもよい。
【0093】
表面にAuを含有するワイヤを形成する場合、上述したものと同様の手法により、被覆層の表面にAu層を設けることにより形成することができる。
【0094】
伸線加工は、ダイヤモンドコーティングされたダイスを複数個セットできる連続伸線装置を用いて実施することができる。必要に応じて、伸線加工の途中段階で熱処理を施してもよい。表面にAuを含有するワイヤを形成する場合、熱処理によりワイヤ表面のAu層と下層のPdNi合金層(設ける場合にはPd層、Ni層、PdNi合金層)との間で構成元素を互いに拡散させて、ワイヤ表面におけるAuの濃度が上記好適範囲となるように、ワイヤの表面にAuを含む領域(例えば、AuとPdとNiを含む合金領域)を形成することができる。その方法としては一定の炉内温度で電気炉中、ワイヤを一定の速度の下で連続的に掃引することで合金化を促す方法が、確実に合金の組成と厚みを制御できるので好ましい。なお、被覆層の表面にAu層を設けた後に熱処理によってAuを含む領域を形成する方法に代えて、最初からAuとPd、Niの1種以上とを含有する合金領域を被着する方法を採用してもよい。
【0095】
本発明のワイヤは、高温高湿環境下においても良好な1st接合部の接合信頼性をもたらすと共に高温環境下においても良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらすことができる。したがって本発明のボンディングワイヤは、特に車載用デバイスやパワーデバイス用のボンディングワイヤとして好適に使用することができる。
【0096】
[ワイヤ接合構造]
先述のとおり、ボンディングワイヤによる接続プロセスにおいて、1st接合は、ワイヤ先端をアーク入熱で加熱溶融し、表面張力によりFABを形成した後に、該FABを半導体チップ上の電極に圧着接合(ボール接合)して行われる。
【0097】
本発明は、本発明のワイヤを半導体チップ上の電極にボール接合して形成したワイヤ接合構造も提供する。AESにより深さ方向の測定点が、被覆層において50点以上になるように測定して得られた該ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、被覆層の全測定点に関するPdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の比CPd/CNiの平均値をXとしたとき、該平均値Xが0.2以上35.0以下であり、被覆層のうち該平均値Xからの絶対偏差が0.3X以内にある測定点の総数が被覆層の測定点の総数に対し50%以上であり、FABを形成したとき、該FABの先端部表面からの深さが20nm以上200nm以下の領域においてNiの平均濃度が一定値以上となるような被覆層を備えた本発明のワイヤを用いて形成したワイヤ接合構造によれば、ボール接合部の接合面近傍に、Niを一定濃度以上含むPd、Ni含有領域が存在し、高温高湿環境下においても良好な1st接合部(ボール接合部)の接合信頼性を実現できる。
【0098】
一実施形態において、本発明のワイヤ接合構造は、Al電極を備えた半導体チップと、ボンディングワイヤと、半導体チップの電極とボンディングワイヤの間のボール接合部とを含み、
該ボンディングワイヤが、Cu又はCu合金からなる芯材と、該芯材の表面に形成されたPdとNiの合計濃度が90原子%以上である被覆層とを含み、
電極とボール接合部の接合面近傍に、Al、Cu、Pd、Niの合計濃度を100質量%とした場合にNiの濃度が1質量%以上である領域Bを有する。
【0099】
図4は、ワイヤ接合構造の一例を示す断面模式図である。
図4に示すワイヤ接合構造100は、ボンディングワイヤ1を半導体チップ50上のAl電極51にボール接合して形成されている。
図4は、斯かるワイヤ接合構造100を、ボンディングワイヤ1のワイヤ軸Lを通り該ワイヤ軸Lに平行な面で切断した断面(以下、単に「ワイヤ接合構造の断面」ともいう。)を表している。ワイヤ接合構造100は、Al電極51を備えた半導体チップ50と、ボンディングワイヤ1と、半導体チップの電極51とボンディングワイヤ1の間のボール接合部20とを含む。
【0100】
ボール接合部20は、
図4にて上側(ワイヤ側)に示す第1ボール圧縮部10aと、
図4にて下側(電極側)に示す第2ボール圧縮部10bから構成される。ボール接合においては、ボンディングワイヤ1の先端に形成されたFAB(
図3の10)が電極51に圧着接合されるが、第1ボール圧縮部10aは、ボール接合前のFABの形状を比較的維持した部位であり、第2ボール圧縮部10bは、FABが圧着接合の際に潰れるように変形して形成された部位である。
図4中のW
bは、電極51とボール接合部20の接合面21に平行方向(ワイヤ軸Lに垂直方向)における、電極51とボール接合部20の接合面21の最大幅である。また
図4中のHは、第2ボール圧縮部10bの、接合面21に対する最大高さである。
【0101】
本発明のワイヤ接合構造100は、ボンディングワイヤ1が先述の本発明のワイヤであり、半導体チップ50上の電極51とボンディングワイヤ1の接合面21近傍に、Al、Cu、Pd、Niの合計濃度を100質量%とした場合にNiの濃度が1質量%以上である領域Bを有する。ここで、接合面近傍における領域Bの存否を判断するにあたっては、ワイヤ接合構造の断面において接合面近傍をエネルギー分散型X線分光法(EDS)により組成分析するが、その際の測定ライン(
図4中のラインP
1、P
2、P
3)の位置及び寸法は後述する。
【0102】
高温高湿環境下においていっそう良好な1st接合部の接合信頼性をもたらす観点から、領域Bにおける上記のNiの濃度の平均値は、好ましくは1.2質量%以上、より好ましくは1.4質量%以上、さらに好ましくは1.5質量%以上である。該Niの濃度の平均値の上限は、良好な1st接合部の圧着形状を実現する観点から、好ましくは8質量%以下、より好ましくは6質量%以下、さらに好ましくは5質量%以下である。
【0103】
高温高湿環境下においていっそう良好な1st接合部の接合信頼性をもたらす観点から、領域Bにおいて、Al、Cu、Pd、Niの合計濃度を100質量%とした場合にPdとNiの合計濃度の平均値は、3質量%以上であることが好ましく、より好ましくは3.5質量%以上、さらに好ましくは3.6質量%以上、3.8質量%以上又は4質量%以上である。該PdとNiの合計濃度の平均値の上限は、特に限定されず、例えば、24質量%以下、18質量%以下、15質量%以下などとし得る。
【0104】
高温高湿環境下においていっそう良好な1st接合部の接合信頼性をもたらす観点から、領域Bにおいて、Pdの濃度CPd(質量%)とNiの濃度CNi(質量%)の比CPd/CNiの平均値は、0.4以上50以下であることが好ましく、その上限は、より好ましくは40以下、さらに好ましくは30以下、15以下又は10以下であり、その下限は、より好ましくは0.5以上、より好ましくは0.6以上又は0.8以上、さらに好ましくは1以上、1.2以上又は1.4以上である。
【0105】
領域Bの存否や、領域BにおけるPdとNiの合計濃度の平均値、比C
Pd/C
Niの平均値は、ワイヤ接合構造の断面において接合面近傍をEDSにより組成分析することにより、確認・決定することができる。以下、
図4を参照しつつ、説明する。EDSによる組成分析は、ワイヤ接合構造の断面において、電極51とボール接合部20の接合面21近傍を、接合面21に垂直な方向(ワイヤ軸Lに平行方向)に沿ってライン分析することにより行う。
図4に示すワイヤ接合構造の断面において、組成分析を行う3つの測定ラインを符合P
1、P
2及びP
3で示す。
【0106】
本発明において、EDSによる組成分析を行う測定ラインP
1、P
2及びP
3の位置及び寸法は、以下のとおり決定する。すなわち、測定ラインP
1及びP
2は、電極51とボール接合部20の接合面21の最大幅Wbを6等分する7点のうち、外側から2番目の点を通り、かつ、接合面21に垂直な方向に延在するように設定する(測定ラインP
1は
図4において左側から2番目の点、測定ラインP
2は
図4において右側から2番目の点を通る)。また、測定ラインP
3は、上記最大幅Wbを6等分する7点のうち、真ん中の点(外側から4番目の点)を通り、かつ、接合面21に垂直な方向に延在するように設定する。これら測定ラインP
1、P
2及びP
3の寸法(長さ)は、ワイヤ接合構造におけるボール接合部(第2ボール圧縮部)の寸法によって適宜決定してよく、例えば、5μm以上、10μm以上などとし得る。測定ラインP
1、P
2及びP
3の寸法(長さ)の上限は、第2ボール圧縮部10bの最大高さをHとしたとき、例えば、0.5H以下、0.4H以下、0.3H以下などとし得る。測定ラインの位置及び寸法を上記のとおり決定することにより、高温高湿環境下において良好な1st接合部の接合信頼性をもたらすのに好適な、領域Bの存否を精度良く判断することができる。なお、ワイヤ接合構造における各部分の大きさや方向などについて、測定などに伴う誤差の範囲は当然に許容される。
【0107】
こうして設定した測定ラインP1、P2及びP3について組成分析を行い、各元素の濃度変化(濃度プロファイル)を取得する。得られた各測定ラインに関する濃度プロファイルにおいて、各測定点について、Alの濃度CAl(質量%)、Cuの濃度CCu(質量%)、Pdの濃度CPd(質量%)、Niの濃度CNi(質量%)を求め、これらCAl、CCu、CPd及びCNiの合計を100質量%とした場合のNiの濃度を算出する。そしてNiの濃度CNiが1質量%の位置を境界と判定し、Niの濃度CNiが1質量%以上の領域を領域Bとする。斯かる領域Bの境界は必ずしも結晶粒界である必要はない。
【0108】
領域Bの厚さは、接合面21側からボール接合部側(ワイヤ側)に向けて濃度プロファイルを確認し、Niの濃度CNiが1質量%にはじめて達した位置Z3から、Niの濃度CNiが1質量%未満にはじめて低下した位置Z4までの距離として求めることができる。高温高湿環境下においていっそう良好な1st接合部の接合信頼性をもたらす観点から、測定ラインPに関する濃度プロファイルにおいて、領域Bの厚さは、0.6μm以上であることが好ましく、より好ましくは0.8μm以上、さらに好ましくは1μm以上である。該領域Bの厚さの上限は、特に限定されず、例えば、8μm以下、6μm以下、4μm以下などであってよい。
【0109】
領域Bにおける各測定点について算出したNiの濃度を算術平均することにより、領域BにおけるNiの濃度の平均値を算出することができる。また、領域Bにおける各測定点について算出したPdとNiの合計濃度や比CPd/CNiの値をそれぞれ算術平均することにより、領域BにおけるPdとNiの合計濃度の平均値や比CPd/CNiの平均値を算出することができる。これら平均値を求めるにあたっては、上記の位置及び寸法を満たすように、3本の測定ラインP1、P2及びP3を設定し、これら3本の測定ラインについてEDSによる組成分析を行い、得られた値の算術平均値を採用することが好適である。
【0110】
本発明において、ワイヤ接合構造における領域Bの存否や、領域BにおけるPdとNiの合計濃度の平均値、比CPd/CNiの平均値は、後述の[エネルギー分散型X線分光法(EDS)によるワイヤ接合構造の組成分析]欄に記載の条件にて測定した結果に基づくものである。
【0111】
本発明のワイヤ接合構造は、先述のとおり、該ワイヤ接合構造に含まれるボンディングワイヤが本発明のワイヤであることを特徴とする。すなわち、本発明のワイヤ接合構造において、ボンディングワイヤは、Cu又はCu合金からなる芯材と、該芯材の表面に形成されたPdとNiの合計濃度が90原子%以上である被覆層とを含み、上記の条件(1)~(3)を満たす。斯かる芯材や被覆層の好適な態様も含め、本発明のワイヤの詳細は、上記[半導体装置用ボンディングワイヤ]欄において説明したとおりである。
【0112】
本発明のワイヤ接合構造において、半導体チップはAl電極を備える。Al電極としては、例えば、Si基板上にAl又はAlを主体とする合金を成膜した電極を用いてよい。Alを主体とする合金としては、例えば、Al-Cu-Si合金(Al-Cu(0.2~0.9質量%)-Si(0.5~1.5質量%)合金など)、Al-Cu合金(Al-Cu(0.2~0.9質量%)など)が挙げられる。
【0113】
[半導体装置の製造方法]
本発明の半導体装置用ボンディングワイヤを用いて、半導体チップ上の電極と、リードフレームや回路基板上の電極とを接続することによって、半導体装置を製造することができる。
【0114】
一実施形態において、本発明の半導体装置は、回路基板、半導体チップ、及び回路基板と半導体チップとを導通させるためのボンディングワイヤを含み、該ボンディングワイヤが本発明のワイヤであることを特徴とする。ここで、半導体チップとボンディングワイヤとの接合部は、本発明のワイヤ接合構造であることが好適である。
【0115】
本発明の半導体装置において、回路基板及び半導体チップは特に限定されず、半導体装置を構成するために使用し得る公知の回路基板及び半導体チップを用いてよい。あるいはまた、回路基板に代えてリードフレームを用いてもよい。例えば、特開2020-150116号公報に記載される半導体装置のように、リードフレームと、該リードフレームに実装された半導体チップとを含む半導体装置の構成としてよい。
【0116】
半導体装置としては、電気製品(例えば、コンピューター、携帯電話、デジタルカメラ、テレビ、エアコン、太陽光発電システム等)及び乗物(例えば、自動二輪車、自動車、電車、船舶及び航空機等)等に供される各種半導体装置が挙げられる。
【実施例】
【0117】
以下、本発明について、実施例を示して具体的に説明する。ただし、本発明は、以下に示す実施例に限定されるものではない。
【0118】
(サンプル)
まずサンプルの作製方法について説明する。Cu芯材の原材料となるCuは、純度が99.99質量%以上(4N)で残部が不可避不純物から構成されるものを用いた。また、第1添加元素、第2添加元素、第3添加元素を添加する場合、これらは純度が99質量%以上で残部が不可避不純物から構成されるもの、あるいはCuにこれら添加元素が高濃度で配合された母合金を用いた。
【0119】
芯材のCu合金は、まず、黒鉛るつぼに原料を装填し、高周波炉を用いて、N2ガスやArガス等の不活性雰囲気で1090~1500℃まで加熱して溶解した後、連続鋳造により直径3~6mmのインゴットを製造した。次に、得られたインゴットに対して、引抜加工を行って直径0.7~2.0mmの中間ワイヤを作製し、更にダイスを用いて連続的に伸線加工等を行うことによって、被覆する線径までワイヤを細径化した。伸線加工では、市販の潤滑液を用い、伸線速度は20~150m/分とした。被覆層の形成は、ワイヤ表面の酸化膜を除去するために、塩酸または硫酸による酸洗処理を行った後、芯材のCu合金の表面全体を覆うようにPdとNiを所定比率にて含有するPdNi合金層を形成した。さらに、一部のワイヤ(実施例No.6、7、9、19)はPdNi合金層の上にAu層を設けた。PdNi合金層、Au層の形成には電解めっき法を用いた。Pd-Niめっき液、Auめっき液は市販のめっき液を準備し、適宜調製して用いた。
【0120】
その後、さらに伸線加工等を行い、最終線径であるφ20μmまで加工した。必要に応じて、伸線加工の途中において、300~700℃、2~15秒間の中間熱処理を1~2回行った。中間熱処理を行う場合、ワイヤを連続的に掃引し、N2ガスもしくはArガスを流しながら行った。最終線径まで加工後、ワイヤを連続的に掃引し、N2もしくはArガスを流しながら調質熱処理を行った。調質熱処理の熱処理温度は200~600℃とし、ワイヤの送り速度は20~200m/分、熱処理時間は0.2~1.0秒とした。被覆層が薄い場合には熱処理温度を低め、ワイヤの送り速度を速めに設定し、被覆層が厚い場合には熱処理温度を高め、ワイヤの送り速度を遅めに設定した。
【0121】
(試験・評価方法)
以下、試験・評価方法について説明する。
【0122】
[オージェ電子分光法(AES)によるワイヤ表面の組成分析]
ワイヤの表面にAuを含有するワイヤについて、ワイヤ表面におけるAuの濃度は、ワイヤ表面を測定面として、以下のとおりオージェ電子分光法(AES)により測定して求めた。
まず測定に供するボンディングワイヤを試料ホルダーに直線状に固定した。次いで、ワイヤ軸に垂直な方向におけるワイヤの幅の中心が測定面の幅の中心となるように位置決めし、かつ、測定面の幅がワイヤ直径の5%以上15%以下となるように測定面を決定した。測定面の長さは測定面の幅の5倍とした。そして、AES装置(アルバック・ファイ製PHI-700)を用いて、加速電圧10kVの条件にてワイヤ表面の組成分析を行い、表面Au濃度(原子%)を求めた。
なお、AESによる組成分析は、ワイヤ軸方向に互いに1mm以上離間した3箇所の測定面について実施し、その算術平均値を採用した。表面におけるAuの濃度を求めるにあたり、炭素(C)、硫黄(S)、酸素(O)、窒素(N)等ガス成分、非金属元素等は考慮しなかった。
【0123】
[オージェ電子分光法(AES)による被覆層の厚さ分析]
被覆層の厚さ分析にはAESによる深さ分析を用いた。
具体的には、AESにより、1)ワイヤ表面の組成分析を行った後、さらに2)Arによるスパッタリングと3)スパッタリング後の表面の組成分析とを繰り返すことで深さ方向の濃度プロファイルを取得した。2)のスパッタリングは、Ar+イオン、加速電圧2kVにて行った。また、1)、3)の表面の組成分析において、測定面の寸法やAESによる組成分析の条件は、上記[オージェ電子分光法(AES)によるワイヤ表面の組成分析]欄で説明したものと同じとした。AESにより、深さ方向の濃度プロファイルを取得するにあたり、深さ方向の測定点が、被覆層において50点以上になるように測定した。
なお、AES分析にて測定される深さは、スパッタリング速度と時間の積として求められる。一般にスパッタリング速度は標準試料であるSiO2を使用して測定されるため、AESで分析された深さはSiO2換算値となる。つまり被覆層の厚さの単位にはSiO2換算値を用いた。
また、深さ方向の濃度プロファイルの取得は、ワイヤ軸方向に互いに1mm以上離間した3箇所の測定面について実施した。
【0124】
-被覆層の厚さと該被覆層の測定点の総数-
取得した深さ方向の濃度プロファイルにおいて、ワイヤ表面からワイヤ中心側に向けて濃度プロファイルを確認し、Pdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の合計が90原子%にはじめて達した深さ位置Z1から、CPdとCNiの合計が90原子%未満にはじめて低下した深さ位置Z2(但しZ2>Z1)までの距離を、測定された被覆層の厚さとして求めた。また、深さ位置Z1から深さ位置Z2までの測定点の総数を、被覆層の測定点の総数として求めた。被覆層の厚さは、3箇所の測定面について取得した数値の算術平均値を採用した。また、実施例のワイヤに関して、被覆層の測定点の総数は50点~100点あることを確認した。
なお、被覆層の厚さの単位にはSiO2換算値を用いた。
【0125】
-平均値Xと該平均値Xからの絶対偏差が所定範囲にある測定点の総数-
取得した深さ方向の濃度プロファイルにおいて、被覆層の全測定点に関するPdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の比CPd/CNiを算術平均して、平均値Xを求めた。次いで、被覆層の全測定点の比CPd/CNiについて平均値Xからの絶対偏差を算出し、平均値Xからの絶対偏差が0.3X以内にある測定点の総数、及び、平均値Xからの絶対偏差が0.2X以内にある測定点の総数を求めた。平均値Xは、3箇所の測定面について取得した数値の算術平均値を採用した。
【0126】
-CPd又はCNiの近似直線の傾き(被覆層の深さ範囲における最大値と最小値の差)-
被覆層の全測定点についてCPd(原子%)又はCNi(原子%)を最小二乗法により直線近似し、被覆層の深さ範囲における該近似直線の最大値と最小値の差(原子%)を求めた。ここで、平均値Xが1未満であった場合、被覆層の全測定点についてCNi(原子%)を最小二乗法により直線近似し、平均値Xが1以上であった場合、被覆層の全測定点についてCPd(原子%)を最小二乗法により直線近似した。被覆層の深さ範囲における該近似直線の最大値と最小値の差(原子%)は、3箇所の測定面について取得した数値の算術平均値を採用した。
【0127】
[オージェ電子分光法(AES)によるFABの深さ分析]
(1)FABの形成
実施例及び比較例で作製したボンディングワイヤについて、市販のワイヤボンダーを用いて、電流値30~75mA、EFOのギャップを762μm、テールの長さを254μmに設定し、N2+5%H2ガスを流量0.4~0.6L/分で流しながらFABを形成した。FAB直径はワイヤ線径に対して1.5~1.9倍の範囲とした。
【0128】
(2)AESによるFABの深さ分析
形成したFABの先端部表面の深さ分析には、AESによる深さ分析を用いた。AESによる深さ分析とは組成分析とスパッタリングを交互に行うことで深さ方向の組成の変化を分析するものであり、FABの先端部表面から深さ(中心)方向の各元素の濃度変化(所謂、深さ方向の濃度プロファイル)を得ることができる。
具体的には、AESにより、1)FAB先端部表面の組成分析を行った後、さらに2)Arによるスパッタリングと3)スパッタリング後の表面の組成分析とを繰り返すことで深さ方向の濃度プロファイルを取得した。2)のスパッタリングは、Ar+イオン、加速電圧2kVにて行った。また、1)、3)の表面の組成分析において、測定面の位置及び寸法は、測定面の中心とFABの先端部頂点との距離がπD/12以内(ここでπは円周率、DはFAB直径(μm)を表す。)となるように位置決めし、かつ、測定面の幅と長さはそれぞれ5μm(FAB直径の5%以上20%以下の範囲)とした。なお、FABの先端部頂点の近傍は、FABサンプル作製時の基板由来の付着物が存在するため、その付着物を避けて清浄な箇所を測定面として決定した。そして、AES装置(アルバック・ファイ製PHI-700)を用いて、加速電圧10kVの条件にて表面の組成分析を行い、深さ方向の濃度プロファイルを取得した。AESにより、深さ方向の濃度プロファイルを取得するにあたり、深さ方向の測定点が、FABの先端部表面からの深さが20nm以上200nm以下の領域Aにおいて50点以上になるように測定した。
また、深さ方向の濃度プロファイルの取得は、3つのFABについて実施した。
【0129】
-領域AにおけるNiの濃度の平均値-
得られたFABの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、FABの先端部表面からの深さが20nm以上200nm以下の領域Aにおける各測定点について、Cuの濃度CCu(原子%)、Pdの濃度CPd(原子%)、Niの濃度CNi(原子%)を求め、これらCCu、CPd及びCNiの合計を100原子%とした場合のNiの濃度を算出した。そして、領域Aにおける各測定点について算出したNiの濃度を算術平均することにより、領域AにおけるNiの濃度の平均値を算出した。領域AにおけるNiの濃度の平均値は、3つのFABについて取得した数値の算術平均値を採用した。
【0130】
-領域AにおけるPdとNiの合計濃度の平均値、比CPd/CNiの平均値-
得られたFABの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、FABの先端部表面からの深さが20nm以上200nm以下の領域Aにおける各測定点について、CCu、CPd及びCNiの合計を100原子%とした場合のPdとNiの合計濃度や、比CPd/CNiを算出した。そして、領域Aにおける各測定点について算出した値を算術平均することにより、領域AにおけるPdとNiの合計濃度の平均値や比CPd/CNiの平均値を算出した。領域AにおけるPdとNiの合計濃度の平均値や比CPd/CNiの平均値は、3つのFABについて取得した数値の算術平均値を採用した。
【0131】
[エネルギー分散型X線分光法(EDS)によるワイヤ接合構造の組成分析]
(1)ワイヤ接合構造の作製
実施例及び比較例で作製したボンディングワイヤについて、上記[オージェ電子分光法(AES)によるFABの深さ分析]欄に記載の条件でFABを形成し、一般的な金属フレーム上のシリコン基板に厚さ1.5μmのAl-1.0質量%Si-0.5質量%Cuの合金を成膜して設けた電極に、市販のワイヤボンダーを用いてボール接合してワイヤ接合構造を作製した。
【0132】
(2)ワイヤ接合構造の断面サンプルの調製
作成したワイヤ接合構造を、市販の熱硬化性エポキシ樹脂により封止処理した。その後、ワイヤ接合構造を、ボンディングワイヤのワイヤ軸を通り該ワイヤ軸に平行な面が露出するように、ワイヤ接合構造の断面サンプルを調整した。
【0133】
(3)EDSによるワイヤ接合構造の組成分析
ワイヤ接合構造の組成分析にはEDSによるライン分析を用いた。
具体的には、ワイヤ接合構造の断面サンプルにおいて、電極とボール接合部の接合面近傍を、接合面に垂直な方向(ワイヤ軸に平行方向)に沿ってライン分析することにより行った。分析は3つの測定ラインP
1、P
2及びP
3について行った。測定ラインP
1及びP
2は、電極とボール接合部の接合面の最大幅を6等分する7点のうち、外側から2番目の点を通り、かつ、接合面に垂直な方向に延在するように設定した(
図4中、測定ラインP
1は左側から2番目の点、測定ラインP
2は右側から2番目の点を通るように設定した)。また、測定ラインP
3は、上記接合面の最大幅を6等分する7点のうち、真ん中の点(外側から4番目の点)を通り、かつ、接合面に垂直な方向に延在するように設定した。これら測定ラインP
1、P
2及びP
3の寸法(長さ)は、15μmとした(電極側がおよそ2μm、ボール接合部側がおよそ13μm)。そして、FE-SEM/EDS装置(EDS検出器:オックスフォードインストゥルメンツ社製AztecEnergy)を用いて、加速電圧15kV、測定点間隔0.2μmの条件にてライン分析を行い、電極とボール接合部の接合面近傍の組成を分析した。Al、Cu、Pd、Niの合計濃度を100質量%とした場合にNiの濃度が1質量%以上である領域の有無により領域Bの存否を、また、領域Bにおける各測定点について算出したPdとNiの合計濃度や比C
Pd/C
Niの値をそれぞれ算術平均することにより、領域BにおけるPdとNiの合計濃度の平均値や比C
Pd/C
Niの平均値を算出した。領域BにおけるPdとNiの合計濃度の平均値や比C
Pd/C
Niの平均値は、3本の測定ラインP
1、P
2及びP
3について、得られた値の算術平均値を採用した。
【0134】
[元素含有量の測定]
ワイヤ中の第1添加元素、第2添加元素、第3添加元素の含有量は、ボンディングワイヤを強酸で溶解した液をICP発光分光分析装置、ICP質量分析装置を用いて分析し、ワイヤ全体に含まれる元素の濃度として検出した。分析装置として、ICP-OES((株)日立ハイテクサイエンス製「PS3520UVDDII」)又はICP-MS(アジレント・テクノロジーズ(株)製「Agilent 7700x ICP-MS」)を用いた。
【0135】
[1st接合部の接合信頼性]
1st接合部の接合信頼性は、高温高湿試験(HAST;Highly Accelerated Temperature and Humidity Stress Test)及び高温放置試験(HTSL:High Temperature Storage Life Test)の双方により評価した。
【0136】
-HAST-
一般的な金属フレーム上のシリコン基板に厚さ1.5μmのAl-1.0質量%Si-0.5質量%Cuの合金を成膜して設けた電極に、市販のワイヤボンダーを用いてボール接合したサンプルを、市販の熱硬化性エポキシ樹脂により封止し、1st接合部の接合信頼性試験用のサンプルを作製した。ボールは上記[オージェ電子分光法(AES)によるFABの深さ分析]欄に記載の条件で形成した。作製した接合信頼性評価用のサンプルを、不飽和型プレッシャークッカー試験機を使用し、温度130℃、相対湿度85%の高温高湿環境に暴露し、7Vのバイアスをかけた。1st接合部の接合寿命は、48時間毎にボール接合部のシェア試験を実施し、シェア強度の値が初期に得られたシェア強度の1/2となる時間とした。シェア強度の値は無作為に選択したボール接合部の50箇所の測定値の算術平均値を用いた。シェア試験は、酸処理によって樹脂を除去して、ボール接合部を露出させてから行った。そして、以下の基準に従って、評価した。
【0137】
評価基準:
◎:接合寿命384時間以上
○:接合寿命240時間以上384時間未満
×:接合寿命240時間未満
【0138】
-HTSL-
上記と同様にして作製した接合信頼性評価用のサンプルを、高温恒温機を使用し、温度175℃の環境に暴露した。1st接合部の接合寿命は、500時間毎にボール接合部のシェア試験を実施し、シェア強度の値が初期に得られたシェア強度の1/2となる時間とした。シェア強度の値は無作為に選択したボール接合部の50箇所の測定値の算術平均値を用いた。高温放置試験後のシェア試験は、酸処理によって樹脂を除去して、ボール接合部を露出させてから行った。そして、以下の基準に従って、評価した。
【0139】
評価基準:
◎:接合寿命2000時間以上
○:接合寿命1000時間以上2000時間未満
×:接合寿命1000時間未満
【0140】
[2nd接合部の接合信頼性]
2nd接合部の接合信頼性は、高温放置試験(HTSL:High Temperature Storage Life Test)により評価した。
【0141】
リードフレームのリード部分に、市販のワイヤボンダーを用いてウェッジ接合したサンプルを、市販の熱硬化性エポキシ樹脂により封止し、2nd接合部の接合信頼性試験用のサンプルを作製した。リードフレームは、1~3μmのNi/Pd/Auめっきを施したFe-42原子%Ni合金リードフレームを用いた。作製した接合信頼性評価用のサンプルを、高温恒温機を使用し、温度200℃の環境に暴露した。2nd接合部の接合寿命は、500時間毎にウェッジ接合部のプル試験を実施し、プル強度の値が初期に得られたプル強度の1/2となる時間とした。プル強度の値は無作為に選択したウェッジ接合部の50箇所の測定値の算術平均値を用いた。高温放置試験後のプル試験は、酸処理によって樹脂を除去して、ウェッジ接合部を露出させてから行った。そして、以下の基準に従って、評価した。
【0142】
評価基準:
◎◎:接合寿命2500時間以上
◎:接合寿命2000時間以上2500時間未満
○:接合寿命1000時間以上2000時間未満
×:接合寿命1000時間未満
【0143】
[2nd接合部の接合性]
2nd接合部の接合性は、2nd接合ウィンドウ試験により評価した。2nd接合ウィンドウ試験は、横軸に2nd接合時の超音波電流を30mAから80mAまで10mAごとに6段階設け、縦軸に2nd接合時の荷重を20gfから70gfまで10gfごとに6段階設け、全36の2nd接合条件につき接合可能な条件の数を求める試験である。
【0144】
【0145】
本試験は、実施例及び比較例の各ワイヤについて、市販のワイヤボンダーを用いて、リードフレームのリード部分に、各条件につき200本ずつボンディングを行った。リードフレームには、Agめっきを施したリードフレームを用い、ステージ温度200℃、N2+5%H2ガス0.5L/分流通下にボンディングを行った。そして、不着やボンダの停止の問題なしに連続ボンディングできた条件の数を求め、以下の基準に従って、評価した。
【0146】
評価基準:
◎:33条件以上
○:30~32条件
△:26~29条件
×:25条件以下
【0147】
[FAB形状]
FAB形状の評価は、リードフレームに、市販のワイヤボンダーを用いてFABを作製し、走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した(評価数N=100)。なお、FABは上記[オージェ電子分光法(AES)によるFABの深さ分析]欄に記載の条件で作製した。FAB形状の判定は、真球状のものを良好と判定し、偏芯、異形、溶融不良があれば不良と判定した。そして、以下の基準に従って、評価した。
【0148】
評価基準:
◎:不良5箇所以下
○:不良6~10箇所(実用上問題なし)
×:不良11箇所以上
【0149】
[FABの断面における結晶方位の測定]
市販のワイヤボンダーを用いて、上記[オージェ電子分光法(AES)によるFABの深さ分析]欄に記載の条件でFABを形成し、FABの圧着接合方向に垂直な断面を測定面として結晶方位を測定した。本発明において、FABの圧着接合方向に垂直な断面とは、
図3に示す点線A-Aに沿ってFABを切断して露出する断面を意味し、基準となる点線A-Aは、露出断面の直径が最大となる位置に設定した。測定には、EBSD法を用い、装置に付属している解析ソフトを利用することにより、前述の手順で<100>結晶方位の割合を算出した。3つのFABについて測定し、得られた割合の各値を算術平均して、FABの断面における<100>結晶方位の割合とした。
【0150】
[圧着形状]
1st接合部の圧着形状(ボールのつぶれ形状)の評価は、市販のワイヤボンダーを用いて、上記[オージェ電子分光法(AES)によるFABの深さ分析]欄に記載の条件でボールを形成し、それをSi基板に厚さ1.5μmのAl-1.0質量%Si-0.5質量%Cuの合金を成膜して設けた電極に圧着接合し、直上から光学顕微鏡で観察した(評価数N=100)。ボールのつぶれ形状の判定は、つぶれ形状が真円に近い場合に良好と判定し、楕円形や花弁状の形状であれば不良と判定した。そして、以下の基準に従って、評価した。
【0151】
評価基準:
◎:不良なし
○:不良1~3箇所(実用上問題なし)
△:不良4~5箇所(実用上問題なし)
×:不良6箇所以上
【0152】
[チップ損傷]
チップ損傷の評価は、市販のワイヤボンダーを用いて、上記[オージェ電子分光法(AES)によるFABの深さ分析]欄に記載の条件でボールを形成し、それをSi基板に厚さ1.5μmのAl-1.0質量%Si-0.5質量%Cuの合金を成膜して設けた電極に圧着接合した後、ワイヤ及び電極を薬液にて溶解しSi基板を露出し、接合部直下のSi基板を光学顕微鏡で観察することにより行った(評価数N=50)。そして、以下の基準に従って、評価した。
【0153】
評価基準:
○:クラック及びボンディングの痕跡なし
△:クラックは無いもののボンディングの痕跡が確認される箇所あり(3箇所以下)
×:それ以外
【0154】
実施例及び比較例の評価結果を表2、3に示す。
【0155】
【0156】
【0157】
実施例No.1~19のワイヤはいずれも、本件特定の条件(1)~(3)を全て満たす被覆層を備えており、高温高湿環境下においても良好な1st接合部の接合信頼性をもたらすと共に高温環境下においても良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらすことを確認した。特に、被覆層のうち平均値Xからの絶対偏差が0.2X以内にある測定点の総数が被覆層の測定点の総数に対し50%以上である実施例のワイヤは、特に良好な2nd接合部の接合信頼性を実現し易いことを確認した。なお、実施例No.6、7のワイヤは格別優れた2nd接合部の接合信頼を実現したが、少なくともこれらの実施例のワイヤに関しては、被覆層の全測定点に関するCPd(原子%)の平均値をXPdとしたとき、被覆層のうち該平均値XPdからの絶対偏差が0.1XPd以内にある測定点の総数が被覆層の測定点の総数に対し50%以上であること、また、被覆層の全測定点に関するCNi(原子%)の平均値をXNiとしたとき、被覆層のうち該平均値XNiからの絶対偏差が0.1XNi以内にある測定点の総数が被覆層の測定点の総数に対し50%以上であることを確認した。
また、表面にAuを含有する実施例No.6、7、9、19のワイヤは、2nd接合部の初期接合性に一際優れることを確認した。
さらに、第1添加元素を総計で1質量ppm以上含有する実施例No.8、9、16、18、19のワイヤは、一際良好な1st接合部の圧着形状をもたらすことを確認した。第2添加元素を総計で1質量ppm以上含有する実施例No.10~12、17~19のワイヤは、一際良好な高温高湿環境下での1st接合部の接合信頼性をもたらすことを確認した。第3添加元素を総計で0.011質量%以上含有する実施例No.13~19のワイヤは、一際良好な高温環境下での1st接合部の接合信頼性をもたらすことを確認した。
他方、比較例No.1~4のワイヤは、本件特定の条件(1)~(3)の少なくとも1つを満たさない被覆層を備えており、高温高湿環境下における1st接合部の接合信頼性および高温環境下における2nd接合部の接合信頼性の少なくとも一方が不良であることを確認した。
【0158】
ワイヤを用いてFABを形成したとき、該FABの圧着接合方向に垂直な断面の結晶方位を測定した結果において、圧着接合方向に対して角度差が15度以下である<100>結晶方位の割合が30%以上であると、良好な1st接合部の圧着形状を実現できることを確認した(実施例No.20~23)。特に該<100>結晶方位の割合が50%以上であると、格別優れた1st接合部の圧着形状を実現できることを確認した(実施例No.20、22、23)。
【0159】
また実施例No.1~19のワイヤを用いて作製したワイヤ接合構造は、電極とボール接合部の接合面近傍に、Al、Cu、Pd、Niの合計濃度を100質量%とした場合にNiの濃度が1質量%以上である領域Bを有することを確認した。例えば、実施例No.5のワイヤを用いて作製したワイヤ接合構造に関しては、領域BにおけるNiの平均濃度は1.65質量%であった。また、領域Bにおいて、Al、Cu、Pd、Niの合計濃度を100質量%とした場合にPdとNiの合計濃度の平均値は4.02質量%、Pdの濃度CPd(質量%)とNiの濃度CNi(質量%)の比CPd/CNiの平均値は1.44であった。
【符号の説明】
【0160】
1 ボンディングワイヤ(ワイヤ)
2 測定面
10 FAB(ボール)
10a 第1ボール圧縮部
10b 第2ボール圧縮部
10t FABの先端部頂点
20 ボール接合部
21 接合面
50 半導体チップ
51 Al電極
D FAB直径
X ワイヤの幅の中心
W ワイヤの幅(ワイヤ直径)
wa 測定面の幅
la 測定面の長さ
Z FABの圧着接合方向
L ボンディングワイヤのワイヤ軸
Wb 電極とボール接合部の接合面の最大幅
P1、P2、P3 測定ライン
【要約】
高温高湿環境下においても良好な1st接合部の接合信頼性をもたらすと共に高温環境下においても良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらす新規なCuボンディングワイヤを提供する。該半導体装置用ボンディングワイヤは、Cu又はCu合金からなる芯材と、該芯材の表面に形成されたPdとNiの合計濃度が90原子%以上である被覆層とを含み、オージェ電子分光法(AES)により深さ方向の測定点が、被覆層において50点以上になるように測定して得られた該ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、被覆層の全測定点に関するPdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の比CPd/CNiの平均値をXとしたとき、該平均値Xが0.2以上35.0以下であり、被覆層のうち該平均値Xからの絶対偏差が0.3X以内にある測定点の総数が被覆層の測定点の総数に対し50%以上であり、該ボンディングワイヤを用いてフリーエアボール(FAB:Free Air Ball)を形成したとき、該FABの先端部表面から深さ方向の濃度プロファイルにおいて、該FABの先端部表面からの深さが20nm以上200nm以下の領域Aにおいて、Cu、Pd、Niの合計濃度を100原子%とした場合にNiの濃度の平均値が0.3原子%以上であることを特徴とする。