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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-26
(45)【発行日】2023-02-03
(54)【発明の名称】マイクロ流体デバイス
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/00 20060101AFI20230127BHJP
   C12M 1/34 20060101ALI20230127BHJP
   C12M 3/00 20060101ALI20230127BHJP
   C12M 1/42 20060101ALI20230127BHJP
【FI】
C12M1/00 C
C12M1/34 A
C12M3/00 A
C12M1/42
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2019048928
(22)【出願日】2019-03-15
(65)【公開番号】P2020146015
(43)【公開日】2020-09-17
【審査請求日】2022-02-14
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 頒布日 平成31年1月11日(発行日 平成31年1月吉日) 刊行物 細胞アッセイ研究会2019年シンポジウム「細胞アッセイ技術の現状と将来」 講演予稿集
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 開催日 平成31年1月30日 集会名、開催場所 細胞アッセイ研究会2019年シンポジウム「細胞アッセイ技術の現状と将来」国立研究開発法人 産業技術総合研究所つくばセンター共用講堂(茨城県つくば市東1丁目1-1)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ウェブサイトの掲載日 平成31年3月1日から平成31年3月14日 ウェブサイトのアドレス https://gakkai-web.net/iee/program/2019/
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 頒布日 平成31年3月1日および同年3月15日(発行日 平成31年3月吉日) 刊行物 平成31年電気学会全国大会 講演論文集を記録したDVD-ROM
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 開催日 平成31年3月13日 集会名、開催場所 平成31年電気学会全国大会 北海道科学大学 (北海道札幌市手稲区前田7条15丁目4-1)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「再生医療の産業化に向けた評価基盤技術開発事業(再生医療技術を応用した創薬支援基盤技術の開発)」、「In-vitro 安全性試験・薬物動態試験の高度化を実現するorgan/multi-organs-on-a-chip の開発とその製造技術基盤の確立」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】亀井 謙一郎
(72)【発明者】
【氏名】平井 義和
(72)【発明者】
【氏名】田畑 修
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 貴史
【審査官】太田 雄三
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-51182(JP,A)
【文献】国際公開第2012/147463(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/157073(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2018/0142196(US,A1)
【文献】Lab Chip,2017年06月27日,Vol. 17, No. 13,p. 2264-2271,doi:10.1039/c7lc00155j.
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00
C12M 3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞培養チャンバと、
前記細胞培養チャンバの上側に配置される第1の電極および第2の電極と、
前記細胞培養チャンバの下側に配置される第3の電極および第4の電極と、
を備え、
前記第1の電極と前記第3の電極との間、および、前記第2の電極と前記第4の電極との間に、電圧が印加可能であり、
平面視において、前記第1の電極または前記第2の電極が前記細胞培養チャンバと重なる面積は、前記第1の電極または前記第2の電極が前記細胞培養チャンバと重ならない面積よりも広い、マイクロ流体デバイス。
【請求項2】
表面に前記第1の電極および前記第2の電極が配置された第1の透明基板と、
前記第1の透明基板に対向して設けられ、表面に前記第3の電極および前記第4の電極が配置された第2の透明基板と、
をさらに備え、
前記細胞培養チャンバは、前記第1の透明基板および前記第2の透明基板の間に設けられ、
前記第1の透明基板および前記第2の透明基板の間に設けられ、表面に細胞が載置される透過膜と、
前記第1の透明基板および前記透過膜の間に設けられ、前記細胞を培養するための培地が送液される第1の流路と、
前記第2の透明基板および前記透過膜の間に設けられ、前記培地が送液される第2の流路と、
を備え、
平面視において、前記第1の電極または前記第2の電極が前記第1の流路と重なる面積は、前記第1の電極または前記第2の電極が前記第1の流路と重ならない面積よりも広い、請求項1に記載のマイクロ流体デバイス。
【請求項3】
平面視において、前記第3の電極または前記第4の電極が前記第2の流路と重なる面積は、前記第3の電極または前記第4の電極が前記第2の流路と重ならない面積よりも広い、請求項2に記載のマイクロ流体デバイス。
【請求項4】
前記第1の電極および前記第2の電極が交互に配置された複数の組は、前記第1の透明基板の表面に間隔を空けて略対象に配置されており、
前記第1の流路が前記第1の電極により覆われる領域は、前記第1の流路が前記第2の電極により覆われる領域よりも広く、
前記第3の電極および前記第4の電極が交互に配置された複数の組は、前記第2の透明基板の表面に間隔を空けて略対象に配置されており、
前記第2の流路が前記第3の電極により覆われる領域は、前記第2の流路が前記第4の電極により覆われる領域よりも広い、請求項2または3に記載のマイクロ流体デバイス。
【請求項5】
複数の前記第1の電極は、前記第1の透明基板の表面に間隔を空けて略対象に配置されており、前記第2の電極は前記複数の第1の電極の間に配置されており、
複数の前記第3の電極は、前記第2の透明基板の表面に間隔を空けて略対象に配置されており、前記第4の電極は前記複数の第3の電極の間に配置されている、請求項2または3に記載のマイクロ流体デバイス。
【請求項6】
隣り合う前記第1の電極および前記第2の電極の組が、前記第1の透明基板の表面に複数配置されている、請求項2または3に記載のマイクロ流体デバイス。
【請求項7】
隣り合う前記第3の電極および前記第4の電極の組が、前記第2の透明基板の表面に複数配置されている、請求項6に記載のマイクロ流体デバイス。
【請求項8】
前記第2の透明基板の略中央に、前記第3の電極および前記第4の電極が配置されない領域が設けられている、請求項7に記載のマイクロ流体デバイス。
【請求項9】
前記第3の電極および前記第4の電極が交互に配置された複数の組は、前記第2の透明基板の表面に間隔を空けて略対象に配置されており、
前記第2の流路が前記第3の電極により覆われる領域は、前記第2の流路が前記第4の電極により覆われる領域よりも広い、請求項6に記載のマイクロ流体デバイス。
【請求項10】
蛍光標識された前記細胞から放出される蛍光が、前記第3の電極および前記第4の電極が配置されない前記領域を通じて放出される、請求項4、8および9のいずれかに記載のマイクロ流体デバイス。
【請求項11】
平面視において、前記細胞培養チャンバの面積に対する、前記第1の電極または前記第2の電極が前記細胞培養チャンバと重なる面積の割合は、約65%から約95%の範囲内である、請求項1から3のいずれかに記載のマイクロ流体デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、経上皮電気抵抗(TEER)の測定に用いるマイクロ流体デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
経上皮電気抵抗(TEER:Trans-epithelial electric resistance)は、細胞単層のバリア機能を非侵襲的かつ経時的に測定可能な指標であり、創薬スクリーニングにおける重要な評価項目のひとつである。
【0003】
これまで、TEER測定には細胞培養ウェルプレートが主に使用されてきたが、近年ではマイクロ流体デバイスを用いた方法も報告されている。このマイクロ流体デバイスを用いる方法によれば、マイクロ流体デバイス内の微小空間で細胞を培養することによって膜組織特異性の発現が促されるため、ヒトの体内の生理的条件に近い環境下でインピーダンスを測定することができる。
【0004】
例えば下記特許文献1には、細胞の非侵襲的な品質評価に用いるウェル型の細胞培養容器が開示されている。下記特許文献2には、体組織の機能を模倣および試験するために用いるマイクロ流体デバイスが開示されている。また例えば、下記非特許文献1ないし非特許文献3には、TEER測定に用いるマイクロ流体デバイスが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2012/147463号
【文献】特表2017-513483号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】M. Odijk et al., “Measuring direct current trans-epithelial electrical resistance in organ-on-a-chip microsystems”, Lab Chip, 2015, 15, 745-752.
【文献】J. Yeste et al., “Geometric correction factor for transepithelial electrical resistance measurements in transwell and microfluidic cell cultures”, J. Phys. D, 2016, 49(37), 375401.
【文献】Olivier Y. F. Henry et al., “Organs-on-chips with integrated electrodes for trans-epithelial electrical resistance (TEER) measurements of human epithelial barrier function”, Lab Chip, 2017, 17, 2264-2271.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
非特許文献1においても言及されているように、マイクロ流体デバイスであっても、デバイスを構成する電極や細胞培養チャンバの配置によって、同一の細胞種を用いても測定値が異なることが問題となっている。マイクロ流体デバイスの微小空間内では電流密度不均一性の影響を受けやすく、デバイス構成に依存してTEER測定値のばらつきを生じやすい。
【0008】
本発明は、TEER測定の精度を向上させるためのマイクロ流体デバイスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記目的を達成するために鋭意検討を進めていたところ、マイクロ流体デバイスにおいて、細胞培養チャンバが電極に被覆されている領域を広くすることにより、TEER測定の感度変動が大幅に抑えられることを見出した。また、本発明者は、作用電極と参照電極とを密に配置することにより、TEER測定の感度の急激な変動が抑えられることを見出した。
【0010】
すなわち、上記目的を達成するための本発明は、例えば以下に示す態様を含む。
(項1)
細胞培養チャンバと、
前記細胞培養チャンバの上側に配置される第1の電極および第2の電極と、
前記細胞培養チャンバの下側に配置される第3の電極および第4の電極と、
を備え、
前記第1の電極と前記第3の電極との間、および、前記第2の電極と前記第4の電極との間に、電圧が印加可能であり、
平面視において、前記第1の電極または前記第2の電極が前記細胞培養チャンバと重なる面積は、前記第1の電極または前記第2の電極が前記細胞培養チャンバと重ならない面積よりも広い、マイクロ流体デバイス。
(項2)
表面に前記第1の電極および前記第2の電極が配置された第1の透明基板と、
前記第1の透明基板に対向して設けられ、表面に前記第3の電極および前記第4の電極が配置された第2の透明基板と、
をさらに備え、
前記細胞培養チャンバは、前記第1の透明基板および前記第2の透明基板の間に設けられ、
前記第1の透明基板および前記第2の透明基板の間に設けられ、表面に細胞が載置される透過膜と、
前記第1の透明基板および前記透過膜の間に設けられ、前記細胞を培養するための培地が送液される第1の流路と、
前記第2の透明基板および前記透過膜の間に設けられ、前記培地が送液される第2の流路と、
を備え、
平面視において、前記第1の電極または前記第2の電極が前記第1の流路と重なる面積は、前記第1の電極または前記第2の電極が前記第1の流路と重ならない面積よりも広い、項1に記載のマイクロ流体デバイス。
(項3)
平面視において、前記第3の電極または前記第4の電極が前記第2の流路と重なる面積は、前記第3の電極または前記第4の電極が前記第2の流路と重ならない面積よりも広い、項2に記載のマイクロ流体デバイス。
(項4)
前記第1の電極および前記第2の電極が交互に配置された複数の組は、前記第1の透明基板の表面に間隔を空けて略対象に配置されており、
前記第1の流路が前記第1の電極により覆われる領域は、前記第1の流路が前記第2の電極により覆われる領域よりも広く、
前記第3の電極および前記第4の電極が交互に配置された複数の組は、前記第2の透明基板の表面に間隔を空けて略対象に配置されており、
前記第2の流路が前記第3の電極により覆われる領域は、前記第2の流路が前記第4の電極により覆われる領域よりも広い、項2または3に記載のマイクロ流体デバイス。
(項5)
複数の前記第1の電極は、前記第1の透明基板の表面に間隔を空けて略対象に配置されており、前記第2の電極は前記複数の第1の電極の間に配置されており、
複数の前記第3の電極は、前記第2の透明基板の表面に間隔を空けて略対象に配置されており、前記第4の電極は前記複数の第3の電極の間に配置されている、項2または3に記載のマイクロ流体デバイス。
(項6)
隣り合う前記第1の電極および前記第2の電極の組が、前記第1の透明基板の表面に複数配置されている、項2または3に記載のマイクロ流体デバイス。
(項7)
隣り合う前記第3の電極および前記第4の電極の組が、前記第2の透明基板の表面に複数配置されている、項6に記載のマイクロ流体デバイス。
(項8)
前記第2の透明基板の略中央に、前記第3の電極および前記第4の電極が配置されない領域が設けられている、項7に記載のマイクロ流体デバイス。
(項9)
前記第3の電極および前記第4の電極が交互に配置された複数の組は、前記第2の透明基板の表面に間隔を空けて略対象に配置されており、
前記第2の流路が前記第3の電極により覆われる領域は、前記第2の流路が前記第4の電極により覆われる領域よりも広い、項6に記載のマイクロ流体デバイス。
(項10)
蛍光標識された前記細胞から放出される蛍光が、前記第3の電極および前記第4の電極が配置されない前記領域を通じて放出される、項4、8および9のいずれかに記載のマイクロ流体デバイス。
(項11)
平面視において、前記細胞培養チャンバの面積に対する、前記第1の電極または前記第2の電極が前記細胞培養チャンバと重なる面積の割合は、約65%から約95%の範囲内である、項1から3のいずれかに記載のマイクロ流体デバイス。
【発明の効果】
【0011】
本発明によると、TEER測定の精度を向上させるためのマイクロ流体デバイスを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の一実施形態に係るマイクロ流体デバイスを示す図である。(A)は斜視図であり(B)は上面図である。
図2図1に示すマイクロ流体デバイスの分解斜視図である。
図3図1に示すマイクロ流体デバイスの空間領域RのX-X線に沿う断面図である。
図4図1に示すマイクロ流体デバイスの空間領域Rに適用する解析モデルの一例を示す斜視図である。
図5】パターンA-Aの電極形状を示す図である。(A)は上面図であり、(B)は下面図である。
図6】パターンB-Bの電極形状を示す図である。(A)は上面図であり、(B)は下面図である。
図7】パターンC-Cの電極形状を示す図である。(A)は上面図であり、(B)は下面図である。
図8】パターンD-Dの電極形状を示す図である。(A)は上面図であり、(B)は下面図である。
図9】パターンC-Bの電極形状を示す図である。(A)は上面図であり、(B)は下面図である。
図10】感度分析時におけるTEER測定系の回路図を示す模式図である。
図11】種々の電極形状について行った感度分析の結果を示すグラフである。
図12】感度分析の結果を種々の電極形状毎に示すグラフである。
図13】感度分析の結果を種々の電極形状毎に示すグラフである。
図14】パターンC-Cをさらに改良した電極形状を示す図である。(A)は上面図であり、(B)は下面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態を、添付の図面を参照して詳細に説明する。なお、以下の説明および図面において、同じ符号は同じまたは類似の構成要素を示すこととし、よって、同じまたは類似の構成要素に関する重複した説明を省略する。
[装置の構成]
<マイクロ流体デバイス>
【0014】
図1は、本発明の一実施形態に係るマイクロ流体デバイスを示す図である。(A)は斜視図であり(B)は上面図である。図2は、図1に示すマイクロ流体デバイスの分解斜視図である。図3は、図1に示すマイクロ流体デバイスの空間領域RのX-X線に沿う断面図である。なお、図1に示す空間領域Rに適用する解析モデルについては、後述する図4から図9を参照して説明する。
【0015】
本発明の一実施形態に係るマイクロ流体デバイス10は、細胞培養チャンバ6と、上部作用電極11と、下部作用電極12と、上部参照電極13と、下部参照電極14と、を備えている。上部作用電極11および上部参照電極13は、細胞培養チャンバ6の上側に配置され、下部作用電極12および下部参照電極14は、細胞培養チャンバ6の下側に配置されている。
【0016】
後述する4端子測定法によりTEER測定を実現するために、TEER測定時には、上部作用電極11と下部作用電極12との間、および、上部参照電極13と下部参照電極14との間に電圧が印加される。作用電極11,12は電流運搬用(電圧印加用)の電極であり、参照電極13,14は電圧測定用の電極である。
【0017】
なお、当業者には理解されるように、図面に複数の電極が記載されている場合、同じ参照符号を付して説明する同種の電極には、同じ大きさの電圧が印加されている。また、当業者には理解されるように、4種類の平面電極(上部作用電極11、下部作用電極12、上部参照電極13および下部参照電極14)は、互いに電気的に接触することがないように、所定の間隔を空けて配置される。
【0018】
本実施形態では、マイクロ流体デバイス10はさらに、上部透明基板1と、下部透明基板2とを備えている。下部透明基板2は上部透明基板1に対向して設けられており、上部透明基板1と、細胞培養チャンバ6と、下部透明基板2とは積層されている。上部作用電極11および上部参照電極13は、上部透明基板1の表面に配置されている。下部作用電極12および下部参照電極14は、下部透明基板2の表面に配置されている。
【0019】
細胞培養チャンバ6は、上部透明基板1および下部透明基板2の間に設けられており、透過膜5と、培養層3に設けられた第1の流路15と、測定層4に設けられた第2の流路16とを備えている。なお、以下の説明では、第1の流路15は培養層流路15とも呼び、第2の流路16は測定層流路16とも呼ぶ。
【0020】
培養層3は、上部透明基板1および透過膜5の間に設けられている。測定層4は、下部透明基板2および透過膜5の間に設けられている。透過膜5は、培養層3および測定層4の間に設けられており、表面には細胞90が載置される。透過膜5は、第1の流路15および第2の流路16に送液される培地を透過可能に、第1の流路15および第2の流路16を隔てている。
【0021】
上部透明基板1、培養層3および透過膜5には、第1の流路15に連通する貫通孔21と、第2の流路16に連通する貫通孔22とが設けられている。第1の流路15には、貫通孔21を通じて、細胞90を培養するための培地が送液される。第2の流路16には、貫通孔22を通じて培地が送液される。
【0022】
上部透明基板1には貫通孔23が設けられている。上部透明基板1、培養層3および測定層4には、貫通孔24が設けられている。TEER測定時には、貫通孔23,24にはTEER測定用の電極ターミナル(図示せず)が挿入される。上部作用電極11および上部参照電極13は、貫通孔23に通されるケーブルを通じて、TEER測定用の電極ターミナルと電気的に接続される。下部作用電極12および下部参照電極14は、貫通孔24に通されるケーブルを通じて、TEER測定用の電極ターミナルと電気的に接続される。なお、これら電極11~14が上部透明基板1に設けられた貫通孔23,24を通じて電極ターミナルと電気的に接続される態様は一例である。電極ターミナルは、下部透明基板2に設けられた貫通孔を介してマイクロ流体デバイス10の下部から挿入されてもよいし、マイクロ流体デバイス10の側部から挿入されてもよい。貫通孔23,24は任意の構成であり、TEER測定時には、これら電極11~14は電極ターミナルと電気的に接続されればよい。
【0023】
本実施形態に係るマイクロ流体デバイス10では、TEER測定の精度を向上させるために、平面視において、上部作用電極11または上部参照電極13が細胞培養チャンバ6と重なる面積(電極11または電極13によって細胞培養チャンバ6が覆われている領域)は、上部作用電極11または上部参照電極13が細胞培養チャンバ6と重ならない面積(電極11または電極13によって細胞培養チャンバ6が覆われていない領域)よりも広くなるように構成されている。好ましくは、平面視において、細胞培養チャンバ6の面積に対する、上部作用電極11または上部参照電極13が細胞培養チャンバ6と重なる面積の割合は、約65%から約95%の範囲内である。また、好ましくは、平面視において、上部作用電極11が細胞培養チャンバ6と重なる面積は、上部参照電極13が細胞培養チャンバ6と重なる面積よりも広くなるように構成されている。
【0024】
具体的には、平面視において、上部作用電極11または上部参照電極13が第1の流路15と重なる面積(電極11または電極13によって第1の流路15が覆われている領域)は、上部作用電極11または上部参照電極13が第1の流路15と重ならない面積(電極11または電極13によって第1の流路15が覆われていない領域)よりも広くなるように構成されている。好ましくは、平面視において、第1の流路15の面積に対する、上部作用電極11または上部参照電極13が第1の流路15と重なる面積の割合は、約65%から約95%の範囲内である。また、好ましくは、平面視において、上部作用電極11が第1の流路15と重なる面積は、上部参照電極13が第1の流路15と重なる面積よりも広くなるように構成されている。
【0025】
また、好ましくは、平面視において、下部作用電極12または下部参照電極14が第2の流路16と重なる面積(電極12または電極14によって第2の流路16が覆われている領域)は、下部作用電極12または下部参照電極14が第2の流路16と重ならない面積(電極12または電極14によって第2の流路16が覆われていない領域)よりも広くなるように構成されている。好ましくは、平面視において、第2の流路16の面積に対する、下部作用電極12または下部参照電極14が第2の流路16と重なる面積の割合は、約65%から約95%の範囲内である。また、好ましくは、平面視において、下部作用電極12が第2の流路16と重なる面積は、下部参照電極14が第2の流路16と重なる面積よりも広くなるように構成されている。
【0026】
本実施形態に係るマイクロ流体デバイス10は、例えばMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)を作製する技術で製造することができる。マイクロ流体デバイス10は、MEMS技術以外にも他の微細加工技術により製造することができる。上部透明基板1および下部透明基板2は、熱可塑性プラスチックまたはガラス等の透明な材質で形成されており、本実施形態ではポリカーボネートで形成されている。上部作用電極11、下部作用電極12、上部参照電極13および下部参照電極14の4つの電極は、金、銀、銅またはアルミニウム等の導電性金属で形成されており、本実施形態では金で形成されている。本実施形態では、これら4つの電極は薄膜状に形成されている。培養層3および測定層4は、透明な材質で形成されており、本実施形態ではポリジメチルシロキサン(PDMS)で形成されている。透過膜(または物質透過膜)5は、細胞90が浸潤せず物質の拡散が可能(例えば、代謝物や薬物が透過可能)な膜または層である。例示的には、透過膜5には、多孔質構造を有する透明な材質を用いることができる。他の実施形態では、線状の多数の貫通穴で構成される透明な材質を透過膜5に用いることができる。本発明の実施形態の一例として示す本実施形態では、透過膜5は多孔質膜であり、透明なポリエチレンテレフタラートで形成されている。
【0027】
上部透明基板1および下部透明基板2の例示的な厚さは、どちらも約0.1mmから約2mmであり、好ましくはどちらも約1mmである。培養層3および測定層4の例示的な厚さは、どちらも約10μmから約1000μmであり、好ましくはどちらも約150μmである。透過膜5の例示的な厚さは、約1μmから約100μmであり、好ましくは約12μmである。
<TEER測定の概要>
【0028】
TEER測定では、まず透過膜上で目的の細胞組織を培養する。その後、細胞単層の上下に設けた電極間に電圧を印加してインピーダンスを測定し、等価回路に基づいてTEERを算出する。本実施形態では、TEER測定には、作用電極および参照電極の2種類の電極をそれぞれ1組ずつ組み込むことで測定誤差の影響を低減することができる4端子測定法を用いる。4端子測定法は、接触インピーダンスなどの影響を排除することができ、高精度なインピーダンス測定を可能とする測定方法である。
【0029】
TEER測定系で得られる電気抵抗は、内部流体抵抗、電極‐流体界面抵抗、細胞培養に用いる透過膜の抵抗などを含んだ全抵抗Rtotalであるため、Rtotal自体を細胞による電気抵抗とみなすことはできない。この問題を解決するため、細胞を導入する前に、同一のデバイスにおいて内部流体や電気抵抗測定系などその他の条件が全く同じ状態で電気抵抗測定を実施し、得られた全抵抗をRblankとする。すると、細胞に起因する電気抵抗Rcellsは、以下の式(1)で表される。
【数1】
【0030】
また、電気抵抗は細胞培養面積Acultに反比例する。異なる細胞培養面積のマイクロ流体デバイスやトランスウェル間で測定結果を比較するため、TEER値は正規化により次の式(2)で定義される。
【数2】
【0031】
したがって、TEER測定のためには、細胞を導入する前後それぞれの全抵抗と細胞培養面積がわかればよい。
【0032】
なお、上記した説明では、単一の周波数でTEER測定を行う場合を一例として想定しており、細胞を導入する前のデバイスについて電気抵抗を測定しているが、TEER測定の方法は上記例示したものに限定されない。TEER測定装置には、種々の市販のTEER測定装置を用いることができる。また、本発明に係るマイクロ流体デバイスは、また市販のTEER測定装置に限らず、インピーダンス測定装置においても利用可能である。
[装置の評価方法および評価結果]
【0033】
以下ではまず、有限要素法によりマイクロ流体デバイス内の電流密度の解析を行う。次に、電極形状に依存したデバイス内の感度の分布を比較することにより、マイクロ流体デバイスの感度分析を行い、TEER測定に適したマイクロ流体デバイスの電極形状を評価する。
<解析モデル>
【0034】
図4は、図1に示すマイクロ流体デバイスの空間領域Rに適用する解析モデルの一例を示す斜視図である。
【0035】
電流密度の解析は、図1に示すマイクロ流体デバイス10において一点鎖線で示す空間領域Rを対象とする。図4に例示するように、解析モデル50(51~56)は、4種類の平面電極(上部作用電極11、下部作用電極12、上部参照電極13および下部参照電極14)と、細胞培養チャンバ6(透過膜5、培養層流路15および測定層流路16)と、細胞単層90とを含んでいる。なお、培養層流路15および測定層流路16には、細胞90を培養するための培地が満たされている。解析モデル50(51~56)の長軸方向の寸法Lは約4000μmであり、短軸方向の寸法Wは約1000μmである。
【0036】
本実施形態では、解析モデル50(51~55)は、平面電極の形状が異なる5つを準備する。電流密度の解析は、図5から図9に示す種々の電極形状を有する5つの解析モデル51~55のそれぞれについて、例えばCOMSOL Multiphysics等の解析ソフトウェアを用いて行う。
【0037】
なお、以下において図5から図9を参照して説明する電極形状の種々のパターンの表記方法について、パターンα-βとは、解析モデルの上面における電極形状(細胞培養チャンバ6の上側に配置される電極の形状)がパターンαであり、下面における電極形状(細胞培養チャンバ6の下側に配置される電極の形状)がパターンβであることを意味する。
【0038】
図5は、パターンA-Aの電極形状を示す図である。(A)は上面図であり、(B)は下面図である。
【0039】
解析モデル51は、パターンA-Aの電極形状を有している。パターンAは、細胞培養チャンバ6の両端の領域を電極で覆う従来の配置である。細胞培養チャンバ6が電極で覆われている領域は狭く、電極で覆われていない領域が電極で覆われている領域よりも広くなっている。
【0040】
図5(A)に示す解析モデル51の上面において、上部作用電極11および上部参照電極13は、上部透明基板1の図中左側の表面に、間隔を空けて配置されており、培養層流路15の左側を覆っている。下面においても上面と同様である。図5(B)に示す解析モデル51の下面において、下部作用電極12および下部参照電極14は、下部透明基板2の図中右側の表面に、間隔を空けて配置されており、測定層流路16の右側を覆っている。
【0041】
上部作用電極11、下部作用電極12、上部参照電極13、下部参照電極14の図中横方向の例示的な寸法は約200μmである。培養層流路15または測定層流路16のこれら電極間に位置する領域の図中横方向の例示的な寸法は約100μmである。例示する態様では、解析モデル51の上面において、培養層流路15の面積に対する、上部作用電極11または上部参照電極13が培養層流路15と重なる面積の割合は約10%であり、解析モデル51の下面において、測定層流路16の面積に対する、下部作用電極12または下部参照電極14が測定層流路16と重なる面積の割合は約10%である。
【0042】
図6は、パターンB-Bの電極形状を示す図である。(A)は上面図であり、(B)は下面図である。
【0043】
解析モデル52は、パターンB-Bの電極形状を有している。パターンBは、蛍光による細胞観察を可能にするために、電極を設けない領域(以下、細胞観察領域とも呼ぶ)を備え、細胞培養チャンバ6の大部分を電極で覆う配置である。細胞培養チャンバ6が電極で覆われている領域は、電極で覆われていない領域よりも広くなっている。例示的には、解析モデル52では、細胞培養チャンバ6の略中央に約1×1mmの細胞観察領域15c,16cが設けられており、電極幅が約200μmの上部参照電極13および下部参照電極14が設けられている。
【0044】
図6(A)に示す解析モデル52の上面において、上部透明基板1の表面では、上部作用電極11および上部参照電極13が配置されない領域15cを境とする一方側の領域および他方側の領域のそれぞれにおいて、上部作用電極11および上部参照電極13が配置されている。上部透明基板1の一方側における上部作用電極11および上部参照電極13の配置の形態と、他方側における上部作用電極11および上部参照電極13の配置の形態とは、略対称なものとされている。
【0045】
すなわち、解析モデル52の上面において、上部作用電極11および上部参照電極13が交互に配置された複数の組は、上部透明基板1の表面に間隔を空けて略対象に(図示する態様では、略左右対称に)配置されている。培養層流路15が上部作用電極11により覆われる領域は、培養層流路15が上部参照電極13により覆われる領域よりも広くなるように構成されている。
【0046】
上部作用電極11および上部参照電極13の図中横方向の例示的な寸法はそれぞれ、約1200μmおよび約200μmである。培養層流路15の上部参照電極13,13間に位置する領域15cの図中横方向の例示的な寸法は約1000μmである。培養層流路15の上部作用電極11と上部参照電極13との間に位置する領域の図中横方向の例示的な寸法は約100μmである。例示する態様では、解析モデル52の上面において、培養層流路15の面積に対する、上部作用電極11または上部参照電極13が培養層流路15と重なる面積の割合は約70%である。
【0047】
下面においても上面と同様である。図6(B)に示す解析モデル52の下面において、下部透明基板2の表面では、下部作用電極12および下部参照電極14が配置されない領域16cを境とする一方側の領域および他方側の領域のそれぞれにおいて、下部作用電極12および下部参照電極14が配置されている。下部透明基板2の一方側における下部作用電極12および下部参照電極14の配置の形態と、他方側における下部作用電極12および下部参照電極14の配置の形態とは、略対称なものとされている。
【0048】
すなわち、解析モデル52の下面において、下部作用電極12および下部参照電極14が交互に配置された複数の組は、下部透明基板2の表面に間隔を空けて略対象に(図示する態様では、略左右対称に)配置されている。測定層流路16が下部作用電極12により覆われる領域は、測定層流路16が下部参照電極14により覆われる領域よりも広くなるように構成されている。
【0049】
下部作用電極12および下部参照電極14の図中横方向の例示的な寸法はそれぞれ、約1200μmおよび約200μmである。下部参照電極14,14間に位置する領域16cの図中横方向の例示的な寸法は約1000μmである。測定層流路16の下部作用電極12と下部参照電極14との間に位置する領域の図中横方向の例示的な寸法は約100μmである。例示する態様では、解析モデル52の下面において、測定層流路16の面積に対する、下部作用電極12または下部参照電極14が測定層流路16と重なる面積の割合は約70%である。
【0050】
図7は、パターンC-Cの電極形状を示す図である。(A)は上面図であり、(B)は下面図である。
【0051】
解析モデル53は、パターンC-Cの電極形状を有している。パターンCは、電気的等価を保ったまま電極を分割する電極配置である。細胞培養チャンバ6が電極で覆われている領域は、電極で覆われていない領域よりも広くなっており、細胞培養チャンバ6の大部分を覆うように、作用電極11,12と参照電極13,14とが交互に配置されている。細胞観察領域は設けられていない。作用電極11,12と参照電極13,14とは順番に交互に配置されることが好ましく、作用電極11,12の幅と参照電極13,14の幅とは、概ね均等であることが好ましい。
【0052】
例示的には、解析モデル53では、上部作用電極11、上部参照電極13、下部作用電極12、および下部参照電極14の図中横方向の例示的な寸法は、約200μmである。培養層流路15または測定層流路16のこれら電極間に位置する領域の図中横方向の例示的な寸法は約100μmである。例示する態様では、解析モデル53の上面において、培養層流路15の面積に対する、上部作用電極11または上部参照電極13が培養層流路15と重なる面積の割合は約65%であり、解析モデル53の下面において、測定層流路16の面積に対する、下部作用電極12または下部参照電極14が測定層流路16と重なる面積の割合は約65%である。
【0053】
図7(A)に示す解析モデル53の上面において、隣り合う上部作用電極11および上部参照電極13の組が、上部透明基板1の表面に複数配置されている。下面においても上面と同様である。図7(B)に示す解析モデル53の下面において、隣り合う下部作用電極12および下部参照電極14の組が、下部透明基板2の表面に複数配置されている。
【0054】
図8は、パターンD-Dの電極形状を示す図である。(A)は上面図であり、(B)は下面図である。
【0055】
解析モデル54は、パターンD-Dの電極形状を有している。パターンDは、細胞培養チャンバ6が電極で覆われる領域を極大化した配置である。細胞培養チャンバ6の大部分は電極で覆われており、細胞培養チャンバ6が電極で覆われている領域は、電極で覆われていない領域よりも広くなっている。細胞観察領域は設けられていない。
【0056】
図8(A)に示す解析モデル54の上面において、上部透明基板1の表面では、上部参照電極13が配置される領域を境とする一方側の領域および他方側の領域のそれぞれに、上部作用電極11が配置されている。上部透明基板1の一方側に配置される上部作用電極11の形状と、上部透明基板1の他方側に配置される上部作用電極11の形状とは、略対称である。
【0057】
すなわち、解析モデル54の上面において、複数の上部作用電極11は、上部透明基板1の表面に間隔を空けて略対象(図示する態様では、略左右対称)に配置されており、上部参照電極13は複数の上部作用電極11の間に配置されている。
【0058】
例示的には、上部参照電極13の図中横方向の例示的な寸法は約100μmである。培養層流路15の上部作用電極11と上部参照電極13との間に位置する領域の図中横方向の例示的な寸法は約100μmである。例示する態様では、解析モデル54の上面において、培養層流路15の面積に対する、上部作用電極11または上部参照電極13が培養層流路15と重なる面積の割合は約95%である。
【0059】
下面においても上面と同様である。図8(B)に示す解析モデル54の下面において、測定層流路16の表面では、下部参照電極14が配置される領域を境とする一方側の領域および他方側の領域のそれぞれに、下部作用電極12が配置されている。下部透明基板2の一方側に配置される下部作用電極12の形状と、下部透明基板2の他方側に配置される下部作用電極12の形状とは、略対称である。
【0060】
すなわち、解析モデル54の下面において、複数の下部作用電極12は、下部透明基板2の表面に間隔を空けて略対象(図示する態様では、略左右対称)に配置されており、下部参照電極14は複数の下部作用電極12の間に配置されている。
【0061】
例示的には、下部参照電極14の図中横方向の例示的な寸法は約100μmである。測定層流路16の下部作用電極12と下部参照電極14との間に位置する領域の図中横方向の例示的な寸法は約100μmである。例示する態様では、解析モデル54の下面において、測定層流路16の面積に対する、下部作用電極12または下部参照電極14が測定層流路16と重なる面積の割合は約95%である。
【0062】
図9は、パターンC-Bの電極形状を示す図である。(A)は上面図であり、(B)は下面図である。
【0063】
解析モデル55はパターンC-Bの電極形状を有している。パターンC-Bでは、細胞培養チャンバ6の一方側(図示する態様では下面側)の略中央に細胞観察領域が設けられている。細胞培養チャンバ6が電極で覆われている領域は、電極で覆われていない領域よりも広くなっている。また、細胞観察領域が設けられている細胞培養チャンバ6の一方側において、細胞培養チャンバ6が電極で覆われている領域は、細胞観察領域よりも広くなるよう構成されている。
【0064】
図9(A)に示す解析モデル55の上面において、隣り合う上部作用電極11および上部参照電極13の組が、上部透明基板1の表面に複数配置されている。
【0065】
図9(B)に示す解析モデル55の下面において、下部透明基板2の表面では、下部作用電極12および下部参照電極14が配置されない領域16cを境とする一方側の領域および他方側の領域のそれぞれにおいて、下部作用電極12および下部参照電極14が配置されている。下部透明基板2の一方側における下部作用電極12および下部参照電極14の配置の形態と、他方側における下部作用電極12および下部参照電極14の配置の形態とは、略対称なものとされている。
【0066】
すなわち、解析モデル55の下面において、下部作用電極12および下部参照電極14が交互に配置された複数の組は、下部透明基板2の表面に間隔を空けて略対象に(図示する態様では、略左右対称に)配置されている。測定層流路16が下部作用電極12により覆われる領域は、測定層流路16が下部参照電極14により覆われる領域よりも広くなるように構成されている。
<感度分析の概要および評価基準>
【0067】
電気抵抗測定において、測定対象の全領域が等しく測定される抵抗値に寄与するわけではなく、電極間や電極近傍の領域ほど測定値に大きく影響を与える。これは、電極の形状や配置によって測定対象内の電流密度分布が異なるためである。そのため、これらを適切に設計し、測定対象を流れる電流を制御することが求められる。
【0068】
有限要素法を用いた電流密度解析においては、各微小要素の測定値に対する寄与の尺度として、感度sが定義される。感度は、微小要素ごとに、その微小要素における電流密度から計算され、以下の式(3)で表される。
【数3】
【0069】
ここで、ベクトルJは作用電極間に電流Iを印加したときの各微小要素における電流密度であり、ベクトルJは参照電極間に電流Iを印加したときの電流密度である。図10は、感度分析時におけるTEER測定系の回路図を示す模式図である。(A)はJ測定時を示しており、(B)はJ測定時を示している。本実施形態では、図中の測定対象99は、細胞90および培地がセットされた細胞培養チャンバ6を意味する。測定対象99は、具体的には、培地を含む培養層流路15が設けられた培養層3と、表面に細胞90が載置された透過膜5と、培地を含む測定層流路16が設けられた測定層4、を含む構成を意味する。測定される電気抵抗Rは、体積をV、微小要素dvにおける電気抵抗率をρとして、次の式(4)で表される。
【数4】
【0070】
これらの式は、感度の絶対値が大きいほど、その微小要素が測定値に与える影響が大きいことを示す。
【0071】
TEERは、欠陥のない単層の細胞に均一な電流密度分布が形成されているという仮定のもとで評価される。実際には、必ずしも均一に細胞培養が実現するわけではなく、これは上式(4)における電気抵抗率の変化に対応する。そのため、ある微小要素に対応する領域において細胞の培養状態が周辺領域と異なると、この微小要素における電気抵抗率が変化することになるが、測定値への影響はその微小要素における感度の分だけ増減される。例えば、大きな感度をもつ微小要素において細胞が密集し電気抵抗率が高くなれば,測定される電気抵抗は非常に大きくなる。つまり、細胞状態に起因する測定の不確かさとデバイス構造に起因する系統誤差とが複合的に測定値を変動させ、TEERの測定誤差となる。したがって、感度を細胞培養チャンバの全領域にわたって一定にすることにより、デバイス構造に起因した測定の誤りを回避することができ、精度の高いTEER測定を実現することができる。これは、次の式(5)で表現できる。
【数5】
【0072】
すなわち、全領域にわたって感度が一定となる形状が、理想形状である。このとき、各微小要素は、等しく測定値に影響を与える。また、細胞培養チャンバの或る微小要素において極端な値の感度をとると、先に述べたように測定の大きな誤りを招くため、避けなければならない。そのため、感度の最大値と最小値との差が小さいほうが望ましい。したがって、形状の優劣を評価する基準を感度変動sとし、次の式(6)で定義する。
【数6】
【0073】
ここで、smax、sminおよびsaveはそれぞれ、感度の最大値、最小値および平均値である。電極形状に依存する電流密度の不均一性が大きいと、TEERの測定精度に問題が生じる。
<解析結果および考察>
【0074】
図11は、種々の電極形状について行った感度分析の結果を示すグラフである。図12および図13は、感度分析の結果を種々の電極形状毎に示すグラフである。
【0075】
分析結果を細胞培養チャンバ6の軸方向の中心線に沿った感度分布として図11から図13に示す。分析結果を参照すると、細胞培養チャンバ6が電極(作用電極11,12または参照電極13,14)に被覆されている領域では感度が安定しているが、作用電極11,12および参照電極13,14間の境界において感度の急激な変化が生じていることが確認される。
【0076】
それぞれの電極形状について分析結果を参照すると、特に作用電極11,12と参照電極13,14とを密に配置したパターンC-Cでは、感度変動が0.97%と優れている。また、パターンB-BおよびパターンD-Dにおける感度変動も概ね10%以下となっており、従来の配置であるパターンA-Aによる感度変動よりも大幅に感度が向上していることが確認される。パターンB-Bは細胞観察領域を備えており、細胞の蛍光染色観察を容易に行うことができる点においても有用である。
【0077】
このように、パターンB-B、パターンC-C、パターンD-Dのいずれの電極形状も、感度変動は抑えられており、従来のパターンA-Aよりも感度が向上していることが確認される。
【0078】
一方で、パターンC-Cは、感度変動が最も少なく優れてはいるものの、細胞観察領域に相当する領域を電極が被覆しているため、細胞の蛍光染色観察を行うことは容易ではない。多くのケースでは、細胞の染色観察に倒立顕微鏡を用いるためである。よって、パターンC-Cのマイクロ流体デバイスの下面部に細胞観察領域が設けられたパターンC-Bによると、感度変動を大幅に抑えることができ、かつ細胞の蛍光染色観察も可能となり有用である。このパターンC-Bは感度変動が4.51%であり、5%未満の感度変動も達成されている。また、パターンC-Cの感度変動とパターンC-Bの感度変動との比較により、細胞培養チャンバ6の上面側または下面側のどちらか一方がパターンCの電極形状であると、大幅に感度が向上することが確認される。
【0079】
以上の考察により、細胞培養チャンバ6が電極に被覆されている領域を広くすることにより、感度変動は大幅に抑えられる。また、作用電極11,12と参照電極13,14とを密に配置することにより、感度の急激な変動が抑えられる。
【0080】
これにより、マイクロ流体デバイス10の電極形状を設計する指針として、上部作用電極11または上部参照電極13が細胞培養チャンバ6を覆う領域を、上部作用電極11または上部参照電極13が細胞培養チャンバ6を覆わない領域よりも広くするように構成することが示された。下面についても上面と同様である。
[その他の形態]
【0081】
以上、本発明を特定の実施形態によって説明したが、本発明は上記した実施形態に限定されるものではない。
【0082】
上記した実施形態では、一例としてマイクロ流体デバイス10の用途を経上皮電気抵抗(TEER)の測定としているが、マイクロ流体デバイス10の用途はこれに限定されない。マイクロ流体デバイス10は、経上皮電気抵抗(TEER)の測定に限らず、上皮細胞、血管内皮細胞(endothelial cell)等の種々の細胞層の電気抵抗の測定にも用いることができる。
【0083】
上記したパターンC-Cの電極形状を有する解析モデル53において、細胞観察領域を設けてもよい。
【0084】
図14は、パターンC-Cをさらに改良した電極形状を示す図である。(A)は上面図であり、(B)は下面図である。図14に示す解析モデル56は、パターンC-Cの電極形状を有する解析モデル53の一方側(図示する態様では下面側)の略中央に細胞観察領域が設けられたモデルである。細胞培養チャンバ6が電極で覆われている領域は、電極で覆われていない領域よりも広くなっている。また、細胞観察領域16cが設けられている細胞培養チャンバ6の一方側(下側)において、細胞培養チャンバ6が電極で覆われている領域は、細胞観察領域16cよりも広くなるよう構成されている。細胞観察領域は、細胞培養チャンバ6の一方側(下側)に設けてもよく、他方側(上側)に設けてもよく、両側(上側・下側)に設けてもよい。例示的には、解析モデル56では、細胞培養チャンバ6の下側において、略中央に約1×1mmの細胞観察領域16cが設けられている。
【0085】
上記したパターンCの電極形状では、図7に示すように、隣り合う上部作用電極11および上部参照電極13で構成される組の全てが、電極11,13の並び順が、電極11および電極13の順に統一されているが(電極11および電極13の順は、図7の左側からみたときの順序である)、隣り合う組において、上部作用電極11および上部参照電極13の並び順は異なっていてもよい。例えば、第1の組では電極11および電極13の順番で電極11,13を配置し、第2の組では電極13および電極11の順番で電極11,13を配置し、第1の組と第2の組とが隣り合って配置されていてもよい。下部作用電極12および下部参照電極14についても同様である。
【0086】
細胞培養チャンバ6を覆う領域の4種類の平面電極(上部作用電極11、下部作用電極12、上部参照電極13および下部参照電極14)の形状は、図示する短冊状に限られない。例えば上記したパターンCの電極形状について、平面電極の形状は、図示する短冊状の上部作用電極11および上部参照電極13を交互に配置することに限られず、略同心円状に配置された、円形状、楕円形状または矩形状の上部作用電極11および上部参照電極13を交互に配置してもよい。また、電極の形状も平面に限定されず、細胞培養チャンバ6の大部分を覆う限り、三次元の立体形状であってもよい。
【実施例1】
【0087】
以下では有限要素法による電流密度解析の具体的な方法を記載する。電流密度解析のソフトウェアには、COMSOL Multiphysics version 5.4、AC/DC moduleを使用した。解析手順は以下の手順1から手順4の通りである。
【0088】
手順1:COMSOL内にて解析モデルの形状を設定する。
【0089】
解析モデルの要素(電極×多数、培地×2、透過膜、細胞層)は、すべて直方体要素の組み合わせとした。各要素の寸法および物性は次の通り。
・電極 200×1000×0.29[μm]、σ=61.6E6[S/m]、ε=1(寸法、電気伝導率、比誘電率)
・培地 4000×100×150[μm]、σ=1.5[S/m]、ε=78
・透過膜 4000×1000×12[μm]、Rm=30[Ωcm2]、ε=3
・細胞層 4000×1000×10[μm]、TEER=250[Ωcm2]、ε=10
【0090】
手順2:境界条件を設定する。
【0091】
・作用電極(+側)
ターミナル(+側の複数の作用電極の合計で1Aになるように設定)
例えば、上面に作用電極が5つあるなら、それぞれを0.2Aのターミナルとして設定。
・作用電極(-側)
接地(0V)
・参照電極
いずれも浮遊電位
【0092】
なお、電気的に等電位である電極面については、拘束条件を与え等電位とした。例えば、上面に作用電極が5つあるなら、それらの電位をVnとしてV1=V2=V3=V4=V5と設定。
【0093】
手順3:解析モデルをメッシュに分割し、解析を実施する。
【0094】
手順4:細胞層のz方向中央断面における感度の最小値、最大値および平均値から、感度変動を計算する。
【符号の説明】
【0095】
1 上部透明基板(第1の透明基板)
2 下部透明基板(第2の透明基板)
3 培養層
4 測定層
5 透過膜
6 細胞培養チャンバ
10 マイクロ流体デバイス
11 上部作用電極(第1の電極)
12 下部作用電極(第3の電極)
13 上部参照電極(第2の電極)
14 下部参照電極(第4の電極)
15 培養層流路(第1の流路)
16 測定層流路(第2の流路)
21~24 貫通孔
50(51~55) 解析モデル
90 細胞(細胞単層)
図1
図2
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