(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-26
(45)【発行日】2023-02-03
(54)【発明の名称】赤色蛍光体及び発光装置
(51)【国際特許分類】
C09K 11/64 20060101AFI20230127BHJP
C09K 11/08 20060101ALI20230127BHJP
H01L 33/50 20100101ALI20230127BHJP
【FI】
C09K11/64
C09K11/08 B
H01L33/50
(21)【出願番号】P 2019548148
(86)(22)【出願日】2018-10-02
(86)【国際出願番号】 JP2018036942
(87)【国際公開番号】W WO2019073864
(87)【国際公開日】2019-04-18
【審査請求日】2021-08-24
(31)【優先権主張番号】P 2017197218
(32)【優先日】2017-10-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003296
【氏名又は名称】デンカ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】野見山 智宏
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼村 麻里奈
(72)【発明者】
【氏名】武田 雄介
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 真太郎
【審査官】黒川 美陶
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第106281322(CN,A)
【文献】国際公開第2012/053595(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K 11/00-11-89
H01L 33/50
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
主結晶相がCaAlSiN
3と同一の結晶構造を有する、一般式がMAlSiN
3で示される赤色蛍光体であって、
前記一般式中のMは、Eu、Sr、Mg、Ca、Baの中から選ばれる、EuとSrとCaを必須とする少なくとも3種以上の元素からなる元素群であり、Eu含有率が4.5質量%以上7.0質量%以下、Sr含有率が34.0質量%以上42.0質量%以下、Ca含有率が0.8質量%以上3.0質量%以下であり、
455nmの波長の光により励起される際の内部量子効率が71%以上である
ことを特徴とする赤色蛍光体。
【請求項2】
紫外線から可視光の領域の光を吸収して、発光ピーク波長が635nm~650nmの範囲で発光し、かつ発光スペクトルの半値幅が80nm以下である、請求項1に記載の赤色蛍光体。
【請求項3】
前記一般式中のMが、Eu、Sr、およびCaからなる元素群である、請求項1または2に記載の赤色蛍光体。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載の赤色蛍光体を含む発光部材。
【請求項5】
請求項4に記載の発光部材を有する発光装置。
【請求項6】
主結晶相がCaAlSiN
3と同一の結晶構造を有する、一般式がMAlSiN
3で示される赤色蛍光体の製造方法であって、
原料を混合する混合工程と、
混合工程後の原料を焼成して赤色蛍光体を形成する焼成工程と
を含み、
前記一般式中のMは、Eu、Sr、Mg、Ca、Baの中から選ばれる、EuとSrとCaを必須とする少なくとも3種以上の元素からなる元素群であり、
得られる前記赤色蛍光体において、Eu含有率が4.5質量%以上7.0質量%以下、Sr含有率が34.0質量%以上42.0質量%以下、Ca含有率が0.8質量%以上3.0質量%以下であり、
得られる前記赤色蛍光体の、455nmの波長の光により励起される際の内部量子効率が71%以上である
ことを特徴とする、赤色蛍光体の製造方法。
【請求項7】
得られる前記赤色蛍光体が、紫外線から可視光の領域の光を吸収して、発光ピーク波長が635nm~650nmの範囲で発光し、かつ発光スペクトルの半値幅が80nm以下である、請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
前記焼成工程の後にさらに、アニール焼成を実施するアニール処理工程を含む、請求項6または7に記載の製造方法。
【請求項9】
前記アニール処理工程が、不活性ガス雰囲気下、温度1100℃以上1650℃以下、圧力0.65MPaG以下の条件で行われる、請求項8に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤色蛍光体、及び前記赤色蛍光体を用いた発光部材及び発光装置に関する。より詳しくは、LED(発光ダイオードともいう)又はLD(レーザーダイオードともいう)向けに好ましく用いることができる、輝度の高い赤色蛍光体、及び前記赤色蛍光体を用いた発光部材及び発光装置に関する。
【背景技術】
【0002】
白色LEDは、半導体発光素子と蛍光体との組み合わせにより疑似白色光を発光するデバイスであり、その代表的な例として、青色LEDとYAG黄色蛍光体の組み合わせが知られている。しかし、この方式の白色LEDは、その色度座標値としては白色領域に入るものの、赤色発光成分が不足しているために、照明用途では演色性が低く、液晶バックライトのような画像表示装置では色再現性が悪いという問題がある。そこで、不足している赤色発光成分を補うために、特許文献1にはYAG蛍光体とともに、赤色を発光する窒化物又は酸窒化物蛍光体を併用することが提案されている。
【0003】
赤色を発光する窒化物蛍光体として、CaAlSiN3(一般にCASNとも記載される)と同一の結晶構造を有する無機化合物を母体結晶として、これに例えばEu2+などの光学活性な元素で付活したものがCASN系蛍光体として知られている。特許文献2には、CASNの母体結晶をEu2+で付活して蛍光体としたもの(即ちEu付活CASN蛍光体)は、高輝度で発光すると記載されている。CASN蛍光体の発光色は、赤色領域でも、より長い波長側のスペクトル成分を多く含むため、高く深みのある演色性を実現できる反面、視感度の低いスペクトル成分も多くなるため、白色LED用としては、よりいっそうの輝度向上が求められている。
【0004】
また特許文献2には、前記CaAlSiN3のCaの一部を、さらにSrで置換した(Sr,Ca)AlSiN3をEu2+で付活した蛍光体(一般にEu付活SCASN蛍光体とも言う)について記載されている。このEu付活SCASN蛍光体は、同CASN蛍光体よりも、発光ピーク波長が短波長側にシフトして、視感度が高い領域のスペクトル成分が増えることから輝度向上する傾向にあり、高輝度白色LED用の赤色蛍光体として有望とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2004-071726号公報
【文献】国際公開第2005/052087号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
但しSCASN蛍光体の場合は、Sr含有率が多いほど、発光ピーク波長が短波長側にシフトされ、また発光スペクトルの半値幅が狭くなる。そのため、半値幅が狭くなることによる輝度向上の反面、短波長側にシフトされるため、CASN蛍光体のように深みのある演色性を実現できないという問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、Eu付活SCASN蛍光体において、Eu含有率、Sr含有率、及びCa含有率を特定の組成範囲に規定し、かつ特定の値以上の内部量子効率を呈するように結晶欠陥が少ない構造を有するようにすることで、発光スペクトルの半値幅を狭くし、かつパッケージ化した際に深みのある演色性を発現する範囲に発光ピーク波長を制御できることを見出し、本発明の完成に至ったものである。そのため、この蛍光体を発光装置に用いると演色性を損なうことなく、高輝度化が達成できる。
【0008】
すなわち本発明の実施形態では、以下を提供できる。
【0009】
(1) 主結晶相がCaAlSiN3と同一の結晶構造を有する、一般式がMAlSiN3で示される赤色蛍光体であって、
前記一般式中のMは、Eu、Sr、Mg、Ca、Baの中から選ばれる、EuとSrとCaを必須とする少なくとも3種以上の元素からなる元素群であり、Eu含有率が4.5質量%以上7.0質量%以下、Sr含有率が34.0質量%以上42.0質量%以下、Ca含有率が0.8質量%以上3.0質量%以下であり、
455nmの波長の光により励起される際の内部量子効率が71%以上である
ことを特徴とする赤色蛍光体。
【0010】
(2) 紫外線から可視光の領域の光を吸収して、発光ピーク波長が635nm~650nmの範囲で発光し、かつ発光スペクトルの半値幅が80nm以下である、(1)に記載の赤色蛍光体。
【0011】
(3) 前記一般式中のMが、Eu、Sr、およびCaからなる元素群である、(1)または(2)に記載の赤色蛍光体。
【0012】
(4) (1)~(3)のいずれか一項に記載の赤色蛍光体を含む発光部材。
【0013】
(5) (4)に記載の発光部材を有する発光装置。
【0014】
(6) 主結晶相がCaAlSiN3と同一の結晶構造を有する、一般式がMAlSiN3で示される赤色蛍光体の製造方法であって、
原料を混合する混合工程と、
混合工程後の原料を焼成して赤色蛍光体を形成する焼成工程と
を含み、
前記一般式中のMは、Eu、Sr、Mg、Ca、Baの中から選ばれる、EuとSrとCaを必須とする少なくとも3種以上の元素からなる元素群であり、
得られる前記赤色蛍光体において、Eu含有率が4.5質量%以上7.0質量%以下、Sr含有率が34.0質量%以上42.0質量%以下、Ca含有率が0.8質量%以上3.0質量%以下であり、
得られる前記赤色蛍光体の、455nmの波長の光により励起される際の内部量子効率が71%以上である
ことを特徴とする、赤色蛍光体の製造方法。
【0015】
(7) 得られる前記赤色蛍光体が、紫外線から可視光の領域の光を吸収して、発光ピーク波長が635nm~650nmの範囲で発光し、かつ発光スペクトルの半値幅が80nm以下である、(6)に記載の製造方法。
【0016】
(8) 前記焼成工程の後にさらに、アニール焼成を実施するアニール処理工程を含む、(6)または(7)に記載の製造方法。
【0017】
(9) 前記アニール処理工程が、不活性ガス雰囲気下、温度1100℃以上1650℃以下、圧力0.65MPaG以下の条件で行われる、(8)に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明の実施形態によれば、輝度の高いEu付活SCASN系蛍光体を提供することができ、LEDなどの発光光源と組み合わせることで高輝度かつ高演色性な発光部材(発光素子ともいう)を提供することができる。また、本発明の実施形態においてはさらに、高輝度かつ高演色性な発光部材と、発光部材を収納する器具とを有する発光装置と提供することもできる。そうした発光装置としては、例えば照明装置、バックライト装置、画像表示装置及び信号装置が挙げられる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を実施するための形態について、詳細に説明する。本明細書においては、別段の断わりのない限りは、数値範囲はその上限値と下限値を含むものとする。
【0020】
本発明の実施形態に係る赤色蛍光体は、主結晶相がCaAlSiN3と同一の結晶構造を有する、一般式がMAlSiN3で示される蛍光体である。蛍光体の主結晶相がCaAlSiN3結晶と同一の結晶構造であるか否かは、粉末X線回折により確認できる。結晶構造がCaAlSiN3と異なる場合、発光色が赤色でなくなったり、輝度が大きく低下したりするので好ましくない。従って、本赤色蛍光体は、前記主結晶相以外の結晶相(異相ともいう)がなるべく混入してない単相であることが好ましいが、蛍光体特性に大きな影響がない限りにおいては、異相を含んでいても構わない。
【0021】
前記一般式MAlSiN3中のMは、Eu、Sr、Mg、Ca、Baの中から選ばれる、EuとSrとCaを必須とする少なくとも3種以上の元素からなる元素群である。なお、前記一般式におけるMには、原子の個数を表す添字が付されていないが、これは元素種の選択に幅があるための都合上の表記であって、必ずしも1であることを示しているわけではないことに留意されたい。
【0022】
また本赤色蛍光体では、蛍光体の組成全体に対するEu含有率が4.5質量%以上7.0質量%以下、Sr含有率が34.0質量%以上42.0質量%以下、かつCa含有率が0.8質量%以上3.0質量%以下であることが、所望の特性を得るために必要とされ、この条件を外れると輝度と演色性が劣る問題が発生する。好ましい実施形態においては、Eu含有率は5.0質量%以上7.0質量%以下の範囲、より好ましくは5.0質量%以上6.7質量%以下の範囲とすることができる。好ましい実施形態においては、Sr含有率は34.0質量%以上41.0質量%以下の範囲、より好ましくは36.0質量%以上40.0質量%以下の範囲とすることができる。好ましい実施形態においては、Ca含有率は0.8質量%以上2.9質量%以下の範囲、より好ましくは0.8質量%以上2.8質量%以下の範囲とすることができる。或る特定の実施形態においては、Ca含有率を0.8質量%以上1.0質量%以下、さらに好ましくは0.8質量%以上0.9質量%以下とすることで、結晶欠陥を低減する効果を奏することもできる。
【0023】
Euは蛍光体の発光を担う原子、即ち発光中心であるから、含有率が極端に少ない(例えば含有率4.5質量%未満である)と蛍光体としての輝度が不十分となり、かつ発光ピーク波長が短波長側にシフトするため、深みのある演色性を実現できない。しかしながら、本発明で規定したEuの含有率であれば、高い輝度を保ちつつ、発光ピーク波長が長波長側にシフトするため、パッケージにしたときに高演色性となる635nm~650nm範囲の発光ピーク波長が得られるため好ましい。従来、Euの含有率が高くなりすぎる(例えば含有率7.0質量%超である)と、蛍光体に固溶せず合成中に揮発したり、Sr2Si5N8などの異相にEuの固溶が進んだりするなどの理由から、SCASN蛍光体に過剰のEuを固溶させることは困難であった。また、Euの含有率が高くなりすぎると、1)Eu原子間のエネルギー伝達による、蛍光体の濃度消光として知られている損失現象が起こる、2)結晶性欠陥などの生成により逆に蛍光体の輝度が低下する傾向が見られる、といった理由から輝度が低下する傾向も発生する。これに対して本発明の実施形態では、(例えば特定のアニール条件でのアニール処理や特定の元素組成によって)結晶欠陥を低減させることで、蛍光体の輝度を低下させずにEuの含有率を高めることを可能としている。
【0024】
Sr含有率が34.0質量%未満になると、発光スペクトルのブロード化に伴い蛍光体の輝度が低下し、また42.0質量%を超えると、発光ピーク波長が短波長側に大きくシフトするため、深みのある演色性を実現できない。またCa含有率が0.8質量%未満になると発光ピーク波長が短波長側に大きくシフトするため、深みのある演色性を実現できず、3.0質量%を超えると、発光スペクトルのブロード化に伴う蛍光体の輝度低下が著しくなるという問題が発生してしまう。
【0025】
なお、本赤色蛍光体には、不可避成分として酸素(O)が微量含まれることがあるが、蛍光体としての特性を損なわない限り特に問題にはならず、本赤色蛍光体においては、結晶構造を維持しながら全体として電気的中性が保たれるようにM元素の含有率、Si/Al比、N/O比などを調整できる。
【0026】
本赤色蛍光体の発光スペクトルの半値幅は狭いことが高発光強度を得る上で好ましい。半値幅は例えば80nm以下であることが好ましく、78nm以下であることがより好ましく、76nm以下であることがさらに好ましい。半値幅が80nmを超えると得られる蛍光体の発光強度が低下する場合がある。
【0027】
好ましい実施形態においては、本赤色蛍光体は結晶欠陥が少ない構造を有することができ、これによって青色領域の光を効率良く赤色光に変換する効果を奏する。特定の理論に束縛されることを望むものではないが、結晶欠陥が少ない構造を得るには、例えば蛍光体を製造する際に焼成工程の後にアニール(処理)工程を行うことや、元素組成においてCaの量を0.8~1.0質量%程度に抑えることなどによって実現できると考えられる。結晶欠陥の少なさは、内部量子効率によって定量的に評価することができる。本赤色蛍光体においては455nmの波長の光により励起される際の内部量子効率は71%以上である必要があり、好ましくは73%以上、より好ましくは75%以上とすることができる。内部量子効率が71%未満であると輝度が低下する問題がある。
【0028】
また、本赤色蛍光体は微粒子として用いられるが、そのメジアン径(d50とも記載する)があまりに小さいと蛍光輝度が低くなる傾向にあり、あまりに大きいとLEDの発光面へ蛍光体を搭載した際の発光色の色度にバラツキが生じたり発光色の色むらが生じたりする傾向にあるため、d50は1μm以上50μm以下であることが好ましい。なお、前記d50は、JISR1622:1995及びR1629:1997に準じて、レーザー回折散乱法で測定した体積平均径より算出した値である。
【0029】
さらに本赤色蛍光体は、レーザー回折散乱法で測定した体積基準の粒子径分布における10体積%径(d10とも記載する)が4μm以上であり、90体積%径(d90とも記載する)が55μm以下であることが好ましい。
【0030】
本赤色蛍光体の製造方法は、原料を混合する混合工程と、混合工程後の原料を焼成して赤色蛍光体を形成する焼成工程とを含むことが必要である。好ましい実施形態においては、焼成工程後にアニール焼成を実施するアニール処理工程をさらに含めることができる。
【0031】
原料を混合する混合工程では、原料として、赤色蛍光体を構成する元素の窒化物、即ち窒化カルシウム、窒化ケイ素、窒化アルミニウム、窒化ストロンチウム、窒化ユーロピウムの粉末が好適に使用されるが、それらの元素の酸化物を使用することも可能である。例えば、蛍光体中の含有率が非常に少ないユーロピウム源として、窒化ユーロピウムよりも入手が容易な酸化ユーロピウムの粉末を使用しても構わない。
【0032】
前記原料を混合する方法は特に限定されないが、特に空気中の水分及び酸素と激しく反応する窒化カルシウム、窒化ストロンチウム、窒化ユーロピウムは、不活性雰囲気で置換されたグローブボックス内で扱うようにして原料混合粉末となし、さらに原料混合粉末の焼成容器への充填もグローブボックス内で実施するのが適切である。また、グローブボックスから原料混合粉末を充填した焼成容器を取り出したら、速やかに焼成炉内にセットして焼成を始めることが好ましい。
【0033】
混合工程後の原料を焼成して赤色蛍光体を形成する焼成工程では、雰囲気や焼成温度は特に限定されないが、例えば通常は窒素雰囲気中で1600℃以上2000℃以下、好ましくは1700℃以上2000℃以下の条件で原料混合粉末を焼成することができる。焼成温度が1600℃より低いと未反応残存量が多くなり、2000℃を超えるとCaAlSiN3と同一結晶構造の主相が分解するので好ましくないことがある。
【0034】
また上記焼成工程における原料混合粉末の焼成時間は特に限定されないが、未反応物が多く存在したり、粒成長不足であったり、或いは生産性の低下という不都合が生じない焼成時間の範囲を適宜選択することができ、一般的には2時間以上24時間以下であることが好ましい。
【0035】
上記焼成工程における雰囲気の圧力は、雰囲気圧力は高く設定するほど、蛍光体の分解温度も高くできるが、工業的生産性を考慮すると1MPaG(ゲージ圧)未満とすることが好ましい。雰囲気圧力は例えば0.7MPaG以上、好ましくは0.8MPaG以上とすることができる。
【0036】
なお、焼成工程に用いる焼成容器は、高温の窒素雰囲気下において安定で、原料混合粉末及びその反応生成物と反応しにくい材質で構成されることが好ましく、窒化ホウ素製、例えばモリブデン、タンタル、タングステンなどの高融点金属製、カーボン製などの容器が挙げられる。また、焼成容器は蓋付きの容器が好ましい。
【0037】
焼成により得られる赤色蛍光体の状態は、原料配合や焼成条件によって、粉体状、塊状、焼結体と様々である。実際の発光装置に用いる発光部材としての蛍光体として使用する場合には、解砕、粉砕及び/又は分級操作を組み合わせて、蛍光体を所定のサイズの粉末にする。LED用蛍光体として好適に使用する場合には、蛍光体の平均粒径が5~35μmとなるように調整することが好ましい。なお、解砕、粉砕及び/又は分級操作は焼成工程後、アニール工程後、またはその他工程後に適宜行うことが可能である。
【0038】
上記アニール工程においては、雰囲気圧力が真空または不活性ガス雰囲気下0.65MPaG以下の範囲であることが好ましい。雰囲気圧力が0.65MPaG超になると、焼成時に生じた結晶欠陥を低減できず好ましくないことがある。一方、一般に雰囲気圧力を低く設定するほど、結晶欠陥を低減できるため好ましい。結晶欠陥を低減することで、蛍光体の高輝度化が望める。また雰囲気ガスとして用いる不活性ガスとしては、水素、窒素、アルゴン、ヘリウムがあり、特に、水素、アルゴンが好ましい。
【0039】
上記アニール工程におけるアニール温度は、1100℃以上1650℃以下が好ましい。1100℃よりアニール温度が低いと、焼成時に生じた結晶欠陥を低減できず、1650℃を超えると、真空または不活性ガス雰囲気下0.65MPaG以下の圧力範囲という条件下では、SCASNの主相が分解するので好ましくないことがある。またアニール工程の保持時間は任意に設定できるが、アニールの効果が発現できる程度に保持時間を長くすることが好ましく、例えば4~24時間の範囲としてもよい。
【0040】
なお、アニール工程で用いる容器は、高温の不活性雰囲気下において安定で、焼成で得られた反応生成物と反応しにくい材質で構成されることが好ましく、例えばモリブデン、タンタル、タングステンなどの高融点金属製が挙げられる。また、蓋付きの容器が好ましい。
【0041】
また本赤色蛍光体の製造においては、蛍光体中の不純物を除去する目的でアニール工程後にさらに酸処理工程を実施しても良い。
【0042】
本発明の或る実施形態では、本発明の赤色蛍光体を含む封止材で封止し、例えば半導体発光素子である励起光源と組み合わせた発光部材に使用することができ、そうした発光部材を提供できる。さらなる実施形態では、前記発光部材を有する発光装置も提供可能である。なお、本赤色蛍光体は、350nm以上500nm以下の波長を含有する紫外光や可視光を照射することにより励起されて、波長635nm以上650nm以下の波長領域にピークのある蛍光を発する特性を有するため、前記半導体発光素子としては、紫外LEDまたは青色LEDが好ましく用いられる。また本赤色蛍光体を含んでいる封止材には、必要に応じてさらに緑~黄色を発する蛍光体及び/又は青色蛍光体を加えてもよく、そうすることで全体として白色光が得られるようになる。
【実施例】
【0043】
本発明をさらに実施例を示し、詳細に説明する。但し、本発明は実施例に示した内容のみに限定されるものではない。
【0044】
(比較例a1)
以下に実施例と比較例で示す本発明蛍光体の製造方法、評価方法について、具体的に説明する。比較例a1の蛍光体は、原料の混合工程および焼成工程を経ることによって製造され、アニール工程は課さずに製造されたものである。
【0045】
(製造方法)
比較例a1の蛍光体の原料として、α型窒化ケイ素粉末(Si3N4、SN-E10グレード、宇部興産社製)63.1g、窒化アルミニウム粉末(AlN、Eグレード、トクヤマ社製)55.3g、酸化ユーロピウム粉末(Eu2O3、RUグレード、信越化学工業社製)14.3gを予め予備混合し、次いで水分が1質量ppm以下、酸素分が1質量ppm以下である窒素雰囲気に保持したグローブボックス中で窒化カルシウム粉末(Ca3N2、Materion社製)6.0g、窒化ストロンチウム粉末(Sr3N2、純度2N、高純度化学研究所社製)111.3g、をさらに加えて乾式混合し、原料混合粉末を得た。この原料混合粉末250gを、タングステン製の蓋付き容器に充填した。
【0046】
原料混合粉末を充填した容器を、グローブボックスから取出し、カーボンヒーターを備えた電気炉内に速やかにセットして、炉内を0.1PaG以下まで十分に真空排気した。真空排気を継続したまま加熱を開始し、600℃到達後からは炉内に窒素ガスを導入し、炉内雰囲気圧力を0.9MPaGとした。窒素ガスの導入開始後も1950℃まで昇温を続け、この焼成の保持温度で8時間の焼成を行い、その後加熱を終了して冷却させた。
【0047】
室温まで冷却した後、容器から回収された赤色の塊状物は乳鉢で解砕して、最終的に目開き75μmの篩を通過した粉末を得た。
【0048】
(結晶構造の確認)
得られた蛍光体について、X線回折装置(株式会社リガク製UltimaIV)を用い、CuKα線を用いた粉末X線回折パターンによりその結晶構造を確認した。この結果、得られた比較例a1の蛍光体の粉末X線回折パターンには、CaAlSiN3結晶と同一の回折パターンが認められた。
【0049】
(Eu、Sr、Caの定量分析)
得られた蛍光体中のEu、Sr、Ca含有率は、加圧酸分解法により前記蛍光体を溶解させた後、ICP発光分光分析装置(株式会社リガク製、CIROS-120)を用いて定量分析した。その結果、比較例a1の蛍光体中のEu含有率は5.1質量%、Sr含有率は40.0質量%、Ca含有率は2.2質量%であった。
【0050】
(半値幅の評価)
半値幅は次の様に測定を行った。まず、反射率が99%の標準反射板(Labsphere社製、CSRT-99-020、スペクトラロン)を積分球に取り付け、この積分球に、発光光源(Xeランプ)から455nmの波長に分光した単色光を光ファイバーを用いて導入した。この単色光を励起源とした励起スペクトルを分光光度計(大塚電子社製、MCPD-7000)を用いて測定した。その際、445~465nmの波長範囲のスペクトルから励起光フォトン数(Qex)を算出した。次いで、標準反射板の代わりに凹部のセルに表面が平滑になる様に充填した蛍光体をセットし、蛍光体の蛍光スペクトルを測定、得られたスペクトルデータから半値幅を得た。この結果、比較例a1の蛍光体が発した発光スペクトルの半値幅は75nmであった。
【0051】
(蛍光特性の評価)
蛍光体の蛍光特性は、ローダミンBと副標準光源により補正した分光蛍光光度計(日立ハイテクノロジーズ社製、F-7000)を用いて評価した。測定には、光度計に付属の固体試料ホルダーを使用し、励起波長455nmでの蛍光スペクトルを求めた。この結果、比較例a1の蛍光体が発した蛍光スペクトルのピーク波長は640nmであった。なお蛍光体の輝度は、測定装置や条件によって変化するため、比較例a1の蛍光スペクトルのピーク強度の値を100%として、他の実施例と比較例の評価基準とした。
【0052】
(PKG(パッケージ)特性評価)
上記比較例a1の蛍光体をそれぞれLuAG黄色蛍光体(波長455nmの励起光を受けた際の発光のピーク波長が535nm)と共にシリコーン樹脂に添加し、脱泡・混練した後、ピーク波長450nmの青色LED素子を接合した表面実装タイプのパッケージにポッティングし、更にそれを熱硬化させることによって白色LEDを作製した。SCASN蛍光体とLuAG蛍光体との添加量比は、通電発光時に白色LEDの色度座標(x、y)が(0.45、0.41)になるように調整した。
【0053】
次に、得られた白色LEDを大塚電子製の全光束測定装置(直径300mm積分半球と分光光度計/MCPD-9800とを組合せた装置)によって測定した。得られた白色LEDパッケージの平均演色評価数(Ra)は、90であった。また実施例1における全光束値の値を100%として、他の実施例と比較例の評価基準とした。
【0054】
(量子効率の評価)
内部量子効率は次の様に測定を行った。常温下で、積分球(φ60mm)の側面開口部(φ10mm)に反射率が99%の標準反射板(Labsphere社製、スペクトラロン)をセットした。この積分球に、発光光源(Xeランプ)から455nmの波長に分光した単色光を光ファイバーにより導入し、反射光のスペクトルを分光光度計(大塚電子社製、MCPD-7000)により測定した。その際、445~465nmの波長範囲のスペクトルから励起光フォトン数(Qex)を算出した。次に、凹型のセルに表面が平滑になるように蛍光体を充填したものを積分球の開口部にセットし、波長455nmの単色光を照射し、励起の反射光及び蛍光のスペクトルを分光光度計により測定した。得られたスペクトルデータから励起反射光フォトン数(Qref)及び蛍光フォトン数(Qem)を算出した。励起反射光フォトン数は、励起光フォトン数と同じ波長範囲で、蛍光フォトン数は、465~800nmの範囲で算出した。得られた三種類のフォトン数から外部量子効率(=Qem/Qex×100)、吸収率(=(Qex-Qref)/Qex×100)、内部量子効率(=Qem/(Qex-Qref)×100)を求めた。
【0055】
比較例a1の蛍光体のEu、Sr、Ca含有率、内部量子効率、蛍光スペクトルのピーク波長、及び半値幅、ピーク発光強度、ならびにパッケージにしたときのRa及び全光束値を下記表1にまとめた。
【0056】
【0057】
(比較例a2~a7、実施例a1)
比較例a1と同じ原料粉末を使用し、蛍光体中のEu、Sr、Ca含有率を変えた以外は、比較例a1と同じ製造条件で、比較例a2~a7、実施例a1の蛍光体の粉末を作製した。得られたサンプルの粉末X線回折パターンには、いずれもCaAlSiN3結晶と同一の回折パターンが認められた。
【0058】
上記表1に示される実施例、比較例の結果から、蛍光体中のEu、Sr、Ca含有率を特定の範囲に規定した赤色蛍光体は、635nm~650nm範囲の発光ピーク波長で、半値幅が80nm以下と狭いことが判る。一方、比較例a4、a5のような組成になると、635nm~650nm範囲の発光ピーク波長は達成されるが、半値幅が広くなる問題が発生した。また比較例a6、a7のような組成になると発光ピーク波長が635nmよりも短波長側にシフトされる問題が発生したこともわかる。
【0059】
(実施例b1)
原料の混合工程、焼成工程、およびアニール工程を経て製造する蛍光体として、実施例b1を以下のように製造した。比較例a1で得られた焼成粉をタングステン容器に充填し、カーボンヒーターを備えた電気炉内に速やかにセットして、炉内を0.1PaG以下まで十分に真空排気した。真空排気を継続したまま加熱を開始し、600℃到達後からは炉内にアルゴンガスを導入し、炉内雰囲気圧力を0.2MPaGとした。アルゴンガスの導入開始後も1300℃まで昇温を続け、昇温後1300℃で8時間のアニール処理を行い、その後加熱を終了して冷却させた。室温まで冷却した後、容器から回収して、目開き75μmの篩を通過した粉末を得た。得られた粉末を実施例b1に係る蛍光体とした。実施例b1に係る蛍光体に対して、上述した実施例a1と同様に、内部量子効率、ピーク波長、半値幅、ピーク発光強度、パッケージ特性の評価を行った。なおアニール工程によって組成は変化しないと考えられるため、実施例b1のEu、Sr、Ca含有率は比較例a1と同様である。
【0060】
実施例b1の蛍光体の蛍光スペクトルのピーク波長、及び半値幅、内部量子効率、ピーク強度、パッケージにしたときのRa及び全光束値を下記表2にまとめた。
【0061】
【0062】
(実施例b2~b4、比較例b1)
実施例b2~b4は、実施例b1で使用した焼成粉末の代わりに、それぞれ比較例a2、比較例a3、実施例a1で得られた焼成粉末を使用した以外は実施例b1と同じ条件で作製した。また比較例b1は、実施例b1で使用した焼成粉末の代わりに、比較例a4で得られた焼成粉末を使用した以外は実施例b1と同じ条件で作製した。
【0063】
(実施例b5、b6)
実施例b5、b6は、アニール処理の保持温度をそれぞれ1200℃、1500℃とした以外は実施例b1と同じ条件で作製した。
【0064】
(実施例b7、b8)
実施例b7、b8は、アニール処理時の炉内雰囲気圧力をそれぞれ0.01MPaG、0.6MPaGとした以外は実施例b1と同じ条件で作製した。
【0065】
(実施例b9、b10)
実施例b9、b10は、アニール処理時の雰囲気ガスをそれぞれ水素、窒素にした以外は実施例b1と同じ条件で作製した。
【0066】
(実施例b11)
実施例b11は、実施例b1で使用した焼成粉末の代わりに、比較例a5で得られた焼成粉末を使用した以外は実施例b1と同じ条件で作製した。
【0067】
(比較例b2、b3)
比較例b2、b3は、アニール処理時の保持温度をそれぞれ1000℃、1700℃とした以外は実施例b1と同じ条件で作製した。
【0068】
(比較例b4)
比較例b4は、アニール処理時の炉内雰囲気圧力を0.7MPaGとした以外は実施例b1と同じ条件で作製した。
【0069】
表2に示される実施例、比較例の結果から、特定の範囲の元素組成および内部量子効率を有するSCASN蛍光体では、発光強度及びパッケージにしたときの演色性が相対的に高いことが判る。また表1、2より、特定の組成範囲のSCASN蛍光体ではアニール処理を実施すると発光強度が大幅に増加することも判る。また特に、アニール工程を行っていない比較例とアニール工程を行った実施例とを対比すると、アニール工程により結晶欠陥が低減され、内部量子効率が飛躍的に向上しており、ピーク発光強度も十分に向上できた上に、演色性も損われていないことが確認できる。またさらに、元素組成においてCaの量が0.8~1.0質量%程度の量である場合、アニール工程を経なくても内部量子効率が十分に高くなり結晶欠陥を低減できたことも理解される。さらに、内部量子効率は高いが所定の元素組成比を満たさない比較例a4、a7では、半値幅またはパッケージ特性(Ra)に問題が発生したことも理解される。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本SCASN系赤色蛍光体は、青色光により励起され、高輝度の赤色発光を示し、またパッケージにしたときに高演色性を示すことから、青色光を光源とする白色LED用蛍光体として好適に使用できるものであり、照明器具、画像表示装置などの発光装置に好適に使用できる。