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特許7217740TiAlNナノレイヤー膜を備える耐摩耗性PVD工具コーティング
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-26
(45)【発行日】2023-02-03
(54)【発明の名称】TiAlNナノレイヤー膜を備える耐摩耗性PVD工具コーティング
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20230127BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20230127BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20230127BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23C5/16
C23C14/06 P
【請求項の数】 18
(21)【出願番号】P 2020511452
(86)(22)【出願日】2018-08-31
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2020-11-05
(86)【国際出願番号】 EP2018073490
(87)【国際公開番号】W WO2019043167
(87)【国際公開日】2019-03-07
【審査請求日】2021-07-01
(31)【優先権主張番号】17188809.2
(32)【優先日】2017-08-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】506297474
【氏名又は名称】ヴァルター アーゲー
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】シーア, ファイト
(72)【発明者】
【氏名】エンゲルハート, ヴォルフガング
【審査官】中川 康文
(56)【参考文献】
【文献】特開平05-069204(JP,A)
【文献】特開2001-234328(JP,A)
【文献】特開2003-165003(JP,A)
【文献】特開2007-331107(JP,A)
【文献】特開2011-083865(JP,A)
【文献】特開2011-212786(JP,A)
【文献】特開2015-193046(JP,A)
【文献】特表2015-501371(JP,A)
【文献】特表2015-529571(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0272391(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/00-29/34
B23B 51/00-51/14
B23C 1/00-9/00
B23D 37/00-43/08
B23F 1/00-23/12
B23P 5/00-17/06
C23C 14/00-14/58
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と硬質材料コーティングとから成るコーティングされた切削工具であって、当該基材は、超硬合金、サーメット、セラミック、立方晶窒化ホウ素(cBN)、多結晶ダイヤモンド(PCD)、又は高速度鋼(HSS)から選択され、ここで硬質材料コーティングは、
交互に積み重ねられた複数の(Ti,Al)Nサブレイヤーである(Ti,Al)N層の積み重ね(L)を含み、当該層の積み重ね(L)は、以下の特徴:
・(Ti,Al)N層の積み重ね(L)内部におけるTi:Alの総原子比は、0.33:0.67から0.67:0.33の範囲内にあり、
・(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の合計厚さは、1μmから20μmの範囲内にあり、
・交互に積み重ねられた複数の(Ti,Al)Nサブレイヤーである(Ti,Al)N層の積み重ね(L)内部の各(Ti,Al)Nサブレイヤーはそれぞれ、厚さが0.5nm~50nmの範囲内にあり、
・交互に積み重ねられた複数の(Ti,Al)Nサブレイヤーである(Ti,Al)N層の積み重ね(L)内部の各(Ti,Al)Nサブレイヤーはそれぞれ、原子比Ti:Alの点で、直接隣接する(Ti,Al)Nサブレイヤーとは異なっており、
・基材表面に対して垂直な(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の厚さにわたって、基材へと向かう方向に配置された(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の界面から、コーティングの外部表面へと向かう方向に配置された(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の界面へと、Alの含有率は上昇し、Tiの含有率は減少し、
・基材表面に対して垂直な(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の厚さにわたって、残留応力σは、基材へと向かう方向に配置された(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の界面から、コーティングの外部表面へと向かう方向に配置された(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の界面へと、少なくとも150MPa~最大900MPaの量で減少し、ここで残留応力σは、X線回折により、(200)反射に基づきsinΨ法を適用して測定されるものであり、
・基材へと向かう方向に配置された(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の界面から、(Ti,Al)N層の積み重ね(L)内部で少なくとも100nm~最大1μmの厚さの部分内にある残留応力σは、0MPa~+450MPaの範囲内にある
を有する、コーティングされた切削工具。
【請求項2】
コーティングの(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の交互に積み重ねられたTiAlNサブレイヤーが、アークPVDによって堆積されている、請求項1に記載のコーティングされた切削工具。
【請求項3】
交互に積み重ねられた複数の(Ti,Al)Nサブレイヤーである(Ti,Al)N層の積み重ね(L)内部の各(Ti,Al)Nサブレイヤーのそれぞれの原子比Ti:Alと、直接隣接する(Ti,Al)Nサブレイヤーの原子比Ti:Alとの差が、0.2~1.8の範囲内にある、請求項1又は2に記載のコーティングされた切削工具。
【請求項4】
直接隣接する(Ti,Al)NサブレイヤーよりもTi含有率が低い各(Ti,Al)Nサブレイヤーの原子比Ti:Alが、0.2:0.8から0.7:0.3の範囲内にあり、かつ/又は直接隣接する(Ti,Al)NサブレイヤーよりもTi含有率が高い各(Ti,Al)Nサブレイヤーの原子比Ti:Alが、0.3:0.7から0.8:0.2の範囲内にある、請求項1から3のいずれか一項に記載のコーティングされた切削工具。
【請求項5】
基材表面に対して垂直な(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の厚さにわたるAl含有率の増加及びTi含有率の減少が、段階的に又は漸進的に起こる、請求項1から4のいずれか一項に記載のコーティングされた切削工具。
【請求項6】
基材表面に対して垂直な(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の厚さにわたるAl含有率の増加及びTi含有率の減少が、Al含有率が高い各(Ti,Al)N層サブレイヤーの厚さの、Al含有率が低い各(Ti,Al)N層サブレイヤーの厚さに対する増加によるものである、請求項1から5のいずれか一項に記載のコーティングされた切削工具。
【請求項7】
基材と硬質材料コーティングとから成るコーティングされた切削工具であって、当該基材は、超硬合金、サーメット、セラミック、立方晶窒化ホウ素(cBN)、多結晶ダイヤモンド(PCD)、又は高速度鋼(HSS)から選択され、ここで硬質材料コーティングは、
交互に積み重ねられた複数の(Ti,Al)Nサブレイヤーである(Ti,Al)N層の積み重ね(L)を含み、当該層の積み重ね(L)は、以下の特徴:
・(Ti,Al)N層の積み重ね(L)内部におけるTi:Alの総原子比は、0.33:0.67から0.67:0.33の範囲内にあり、
・(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の合計厚さは、1μmから20μmの範囲内にあり、
・交互に積み重ねられた複数の(Ti,Al)Nサブレイヤーである(Ti,Al)N層の積み重ね(L)内部の各(Ti,Al)Nサブレイヤーはそれぞれ、厚さが0.5nm~50nmの範囲内にあり、
・基材表面に対して垂直な(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の厚さにわたって、基材へと向かう方向に配置された(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の界面から、コーティングの外部表面へと向かう方向に配置された(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の界面へと、Alの含有率は上昇し、Tiの含有率は減少し、
・基材表面に対して垂直な(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の厚さにわたって、残留応力σは、基材へと向かう方向に配置された(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の界面から、コーティングの外部表面へと向かう方向に配置された(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の界面へと、少なくとも150MPa~最大900MPaの量で減少し、ここで残留応力σは、X線回折により、(200)反射に基づきsin Ψ法を適用して測定されるものであり、
・基材へと向かう方向に配置された(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の界面から、(Ti,Al)N層の積み重ね(L)内部で少なくとも100nm~最大1μmの厚さの部分内にある残留応力σは、0MPa~+450MPaの範囲内にあり、
(Ti,Al)N層の積み重ね(L)が、相互に上に直接配置された2つ以上の(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ね(L1、L2、・・・Lx)を備え、ここで同じ(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ね(L1、L2、・・・Lx)内には、Ti:Al原子比に関して同一の組成と、同一の厚さとをそれぞれが有する第1の種類の各(Ti,Al)Nサブレイヤーと、Ti:Al原子比に関して同一の組成と、同一の厚さとをそれぞれが有する第2の種類の各(Ti,Al)Nサブレイヤーとが存在し、ここで第1及び第2の種類の各(Ti,Al)Nサブレイヤーは、異なるTi:Al原子比を有する
を有する、コーティングされた切削工具。
【請求項8】
各(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ね(L1、L2、・・・Lx)内での総Al含有率は、1つの(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ねから、次の(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ねへと、コーティングの外部表面へと向かう方向で増加する、請求項7に記載のコーティングされた切削工具。
【請求項9】
(Ti,Al)N層の積み重ね(L)は、相互に上に直接配置された2つの(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ね(L1、L2)から成る、請求項7又は8に記載のコーティングされた切削工具。
【請求項10】
(i)基材へと向かう方向で配置された(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の界面から、(Ti,Al)N層の積み重ね(L)内部で少なくとも100nm~最大1μmの厚さの前記部分の残留応力σの絶対量と、(ii)そのすぐ下に配置された材料(当該材料は、基材表面であるか、又は基材と(Ti,Al)N層の積み重ね(L)との間に配置された硬質材料層のいずれかである)の残留応力σの絶対量との差が、≦400MPaである、請求項1から9のいずれか一項に記載のコーティングされた切削工具。
【請求項11】
(Ti,Al)N層の積み重ね(L)内の平均結晶粒度が、基材へと向かう方向に配置された(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の界面から、コーティングの外部表面へと向かう方向に配置された(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の界面へと減少する、請求項1から10のいずれか一項に記載のコーティングされた切削工具。
【請求項12】
(Ti,Al)N層の積み重ね(L)が、XRDで測定して、<5体積%の六方晶結晶構造を有する、請求項1から11のいずれか一項に記載のコーティングされた切削工具。
【請求項13】
堆積させたままの状態における(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の総残留応力σが、<600MPaである、請求項1から12のいずれか一項に記載のコーティングされた切削工具。
【請求項14】
(Ti,Al)N層の積み重ね(L)のビッカース硬さHV0.015が、≧2800であり、かつ/又は換算ヤング率が、>350GPaである、請求項1から13のいずれか一項に記載のコーティングされた切削工具。
【請求項15】
(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の上に、かつ/又は基材と(Ti,Al)N層の積み重ね(L)との間に、1つ以上のさらなる硬質材料層を備え、当該1つ以上のさらなる硬質材料層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al及びSiから選択される1種以上の元素と、N、C、O及びBのうち1種以上とを含む、請求項1から14のいずれか一項に記載のコーティングされた切削工具。
【請求項16】
鋼をフライス加工するため、請求項1から15のいずれか一項に記載のコーティングされた切削工具使用する方法
【請求項17】
請求項1から15のいずれか一項に記載のコーティングされた切削工具を製造する方法であって、該方法は、アークPVD(カソードアーク堆積)により、それぞれ金属としてTi及びAlを含有するものの、Ti及びAlの含有率が異なる少なくとも2つの異なるターゲットを用いて、交互に積み重ねられた複数の(Ti,Al)Nサブレイヤーである(Ti,Al)N層の積み重ね(L)を堆積させる工程を含み、交互に積み重ねられた複数の(Ti,Al)Nサブレイヤーである(Ti,Al)N層の積み重ね(L)を堆積させるために1つのターゲットあたり印加されるアーク電流が、100mmのターゲット直径で50~180Aの範囲内にある、方法。
【請求項18】
(Ti,Al)N層の積み重ね(L)のアークPVD堆積を、5Pa~15Paの範囲の窒素圧で行う、請求項17に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超硬合金、サーメット、セラミック、鋼又は高速度鋼の基材と、当該基材に施与された摩耗防止性多層コーティングとを備える、金属切削工具に関する。本発明はさらに、当該切削工具の使用、またこのような工具の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
切削工具、例えば金属切削に使用されるものは一般的に、超硬合金(ハードメタル)、サーメット、鋼又は高速度鋼製の基材(基部)から成り、当該基材には、耐摩耗性の単層又は多層コーティングが、CVD法(化学蒸着)又はPVD(物理蒸着)により堆積されている。多種多様なPVD法が存在し、これには様々な設備が必要となり、これによって様々なコーティング特性が得られるが、このようなPVD法には例えば、カソードスパッタリング、カソード真空アーク蒸着(アークPVD)、イオンプレーティング、電子ビーム蒸着、及びレーザーアブレーションがある。カソードスパッタリング、例えばマグネトロンスパッタリング、反応性マグネトロンスパッタリング、及び高出力インパルスマグネトロンスパッタリング(HIPIMS)、及びアーク蒸着は、切削工具をコーティングするため最も頻繁に使用されるPVD法に属する。
【0003】
カソード真空アーク蒸着(アークPVD)では、チャンバとターゲットとの間にアークが生じ、ターゲット材料を溶融させ、同ターゲット材料を蒸発させる。これによって、気化した材料の大部分が電離し、続いて、負の電位(バイアス電位)を有する基材に向かって加速され、基材表面に堆積される。使用するターゲット及び所望のコーティング化学特性に応じて、非反応性又は反応性のアークPVD法が使用される。反応性アークPVD法では、反応ガスをPVD反応器に導入し、その後、この反応ガスを、ターゲットから蒸発させた材料と反応させる。
【0004】
カソード真空アーク蒸着法の主要な利点は、コーティング速度が速いこと、気化した材料の電離度が高いため層構造が稠密なこと、またプロセス安定性が良好なことである。その一方でアークPVD法の著しい欠点は、小さな金属飛沫の放出に起因してマクロ粒子(液滴)がプロセスに応じて堆積してしまうことであり、これを回避するのは極めて複雑である。これらの液滴によって、堆積された層の表面粗さが大きくなり、これは望ましくない。
【0005】
金属を切削するためのコーティングされた工具を製造するに際して、その主要な目標は、ワークピース材料の各機械加工作業にとって望ましい機械的特性を工具にもたらしながら、工具の耐用期間を長くすること、及び切削速度を速くすることである。
【0006】
国際公開第2014/019897号(A1)は、耐摩耗性コーティングを備えるPVDコーティングされた切削工具を記載しており、このコーティングは、TiAlNコーティング層を有し、当該コーティング層は、複数の周期的に交代する層の多層二次構造Tix(A)Aly(A)N層(A)[式中、x(A)+y(A)=1]、及びTix(B)Aly(B)N層(B)[式中、x(B)+y(B)=1]を備えるものであり、ここで層(B)におけるAl濃度y(B)は、層(A)におけるAl濃度y(A)よりも高い。多層二次構造を備えるTiAlNコーティングは、従来のTiAlNコーティングと比べて、硬度及びヤング率が高いことが記載されている。
【0007】
国際公開2006/041367号(A1)は、超硬合金基材と、厚さが1.5~5μmである少なくとも1つのTiAlNを備えるコーティングとから成る、PVDコーティングされた切削工具を記載しており、その残留圧縮応力は>4~6GPaである。このTiAlN層は、これまでに知られた層に比べて、基材に対してより効率的に付着すると述べられている。
【0008】
DE 10 2014 109 942 A1は、PVDコーティングされた切削工具について言及しており、このコーティングは、M1-xAlN[式中、x≧0.68であり、Mはチタン、クロム又はジルコニウムである]の耐火層を備え、ここでこの耐火層は、少なくとも25GPaの硬度を有する立方晶相を含む。このコーティングは、低応力硬質コーティングと呼ばれており、2.5GPa未満程度の残留圧縮応力を有すると記載されている。
【0009】
EP 2 634 285 A1は、基材と、多層(Ti,Al)Nコーティングとを備える、コーティングされた切削工具を記載している。このコーティングは、3つのゾーン、すなわち基材に最も近い第一のゾーン(A)、第一のゾーンに隣接する第二のゾーン(B)、及び最も外側の第三のゾーン(C)を備え、ここでゾーン(B)及び(C)はそれぞれ、交互の各(Ti,Al)N層X及びYから構成される不規則な多層構造を備えるものであり、ここで各層Xは、各層YよりもTi含有率が高い組成を有する。この多層構造は、少なくとも10の継続的な各層の連続体において繰り返し周期を有さない。各ゾーンについての平均組成は相互に異なっており、ゾーンCの厚さは、ゾーンBの厚さよりも大きい。コーティング全体の残留圧縮応力は、-0.5GPa~-1.5GPaの間の範囲、好ましくは-0.75GPa~-1.25GPaの間の範囲にあると記載されている。
【0010】
米国特許出願第2014/377023号(A1)は、基材と、当該基材に施与された比較的厚いPVDコーティングとを備える、コーティングされた切削工具に関し、ここで1つの複合層の厚さは10~30μmであり、このコーティングは、低引張応力(0.2GPa未満)から、圧縮応力(3GPa未満)の内部応力範囲を有するが、0.8GPa超が好ましく、1.3GPa超がより好ましいとされている。
【0011】
本発明の目的
本発明の目的は、コーティングされた切削工具について、改善された耐摩耗性、良好な耐用期間をもたらすことであり、このコーティングは特に、高い硬度、高いヤング率(弾性係数)を示すと同時に、基材に対して良好な接着性を示すものである。
【0012】
本発明の説明
本発明は、基材と硬質材料コーティングとから成るコーティングされた切削工具に向けられており、当該基材は、超硬合金、サーメット、セラミック、立方晶窒化ホウ素(cBN)、多結晶ダイヤモンド(PCD)、又は高速度鋼(HSS)から選択され、ここで硬質材料コーティングは、
交互に積み重ねられた(Ti,Al)Nサブレイヤーの(Ti,Al)N層の積み重ね(L)を含み、当該層の積み重ね(L)は、以下の特徴を有する:
・(Ti,Al)N層の積み重ね(L)内部におけるTi:Alの総原子比は、0.33:0.67から0.67:0.33の範囲内にあり、
・(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の合計厚さは、1μmから20μmの範囲内にあり、
・交互に積み重ねられた(Ti,Al)Nサブレイヤーの(Ti,Al)N層の積み重ね(L)内部の各(Ti,Al)Nサブレイヤーはそれぞれ、厚さが0.5nm~50nmの範囲内にあり、
・交互に積み重ねられた(Ti,Al)Nサブレイヤーの(Ti,Al)N層の積み重ね(L)内部の各(Ti,Al)Nサブレイヤーはそれぞれ、原子比Ti:Alの点で、直接隣接する(Ti,Al)Nサブレイヤーとは異なっており、
・基材表面に対して垂直な(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の厚さにわたって、基材へと向かう方向に配置された(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の界面から、コーティングの外部表面へと向かう方向に配置された(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の界面へと、Alの含有率は上昇し、Tiの含有率は減少し、
・基材表面に対して垂直な(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の厚さにわたって、残留応力σは、基材へと向かう方向に配置された(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の界面から、コーティングの外部表面へと向かう方向に配置された(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の界面へと、少なくとも150MPa~最大900MPaの量で減少し、ここで残留応力σは、X線回折により、(200)反射に基づきsinΨ法を適用して測定されるものであり、
・基材へと向かう方向に配置された(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の界面から、(Ti,Al)N層の積み重ね(L)内部で少なくとも100nm~最大1μmの厚さの部分内にある残留応力σは、0MPa~+450MPa(引張応力)の範囲内にある。
【0013】
本発明によるコーティングされた切削工具は、従来のものに比して耐摩耗性が改善されているとともに耐用期間が良好であり、当該コーティングは硬度が高く、ヤング率(弾性係数)が高く、同時に靭性が良好であり、基材へのコーティング付着性が良好である。これらの特性は、耐摩耗性、耐クラック性、耐フレーキング性、及び工具寿命の観点で有利である。
【0014】
さらに、本発明によるコーティングされた切削工具のコーティングは、比較的平滑な表面を有し(表面粗さが低い)、このことはほとんどの金属機械加工作業において、耐摩耗性、切削工具の接触表面とワークピースとの間の摩擦力、機械加工する間の熱の発生、及び基材へのコーティング付着性という点で、有利である。
【0015】
基材へと向かう方向に配置された(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の界面から、コーティングの外部表面へと向かう方向に配置された(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の界面へと、Alの含有率が上昇し、Tiの含有率が減少しているにも拘わらず、本発明による(Ti,Al)N層の積み重ね(L)は、六方晶構造を有さないか、又は六方晶構造を実質的に有さないことが、XRD測定により判明している。六方晶(Ti,Al)N結晶構造の割合が高いと、通常は、コーティングの硬度及びヤング率を損なう。よって、(Ti,Al)N層の積み重ね(L)は、XRDで測定して<5体積%の六方晶構造を有するのが好ましく、<2体積%の六方晶構造を有するのがより好ましい。
【0016】
本文書で層又は基材の残留応力(“σ”)について言及する場合、一般的には「引張残留応力」と「圧縮残留応力」とが区別され(本文書ではともにGPa(ギガパスカル)又はMPa(メガパスカル)で示す)、ここで正の値(“+”)は、「引張残留応力」を意味し、負の値(“-”)は、「圧縮残留応力」を表す。よって残留応力レベルを比較する場合、本文書では、「より高い残留応力」とは、残留応力レベルが、より引張残留応力に向かっていること(すなわち圧縮残留応力から出発)を意味し、「より高い残留応力」とは、より低い圧縮残留応力又は同等の引張残留応力(つまり引張残留応力から出発)を意味し、「より高い残留応力」とは、同等以上の引張残留応力を意味する。「より低い残留応力」という記載は、応力レベル比較について逆方向を意味することが理解されるであろう。
【0017】
本発明によるコーティングされた切削工具の基材は、超硬合金、サーメット、セラミック、立方晶窒化ホウ素(cBN)、多結晶ダイヤモンド(POD)、又は高速度鋼(HSS)から選択されるが、好ましい実施態様において基材は、WC、Coバインダ相、及び当分野でよく知られている任意のさらなる立方晶硬質材料から成る超硬合金製である。超硬合金は通常、基材表面における引張残留応力がやや低く、およそ+100~+300MPa程度である。所望の場合には、基材表面における残留応力量をさらに低下させるために、コーティングの堆積に先立ち超硬合金基材を、ブラスト、ショットピーニング及び/又はブラッシングによって前処理することができ、前処理法に応じて、基材下部の領域でも前処理を行うことができる。
【0018】
本発明によれば、(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の残留応力σはX線回折により、(200)反射に基づくsinΨ法を適用して測定する。XRDは常に、層材料内への特定の侵入深さにわたって測定を行うため、(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の残留応力σを、基材に対する真正界面においてのみ、又は(Ti,Al)N層の積み重ね(L)のすぐ下にある硬質材料層に対する真正界面においてのみ、測定することは不可能である。よって、本発明の意味合いにおいて残留応力σは、(Ti,Al)N層の積み重ね(L)内部において、基材に向かう方向で配置された(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の界面から、少なくとも100nm~最大1μm、好ましくは最大750nm、より好ましくは最大500nm、最も好ましくは最大250nmの厚さの部分内で測定される。例えば、最終的な(Ti,Al)N層の積み重ね(L)が3~4μmの厚さを有することが意図されている場合、界面から最初の100nm以上~最大1μm内の残留応力σは、(Ti,Al)N層の積み重ね(L)を、残留応力σの測定に必要な厚さまでのみ(例えば100nm~1μm)、後に(Ti,Al)N層の積み重ね(L)全体を堆積させるのと同じ条件で堆積させることにより、測定することができる。或いは、まず(Ti,Al)N層の積み重ね(L)全体を堆積させ、それから当該材料を除去して、測定すべき厚さを残す。まず(Ti,Al)N層の積み重ね(L)全体を堆積させ、それから材料を除去して(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の厚さを減少させる後者の場合、残すべき(Ti,Al)N層の積み重ね(L)材料内の残留応力を著しく変えない材料除去法を選択し、適用することに留意すべきである。堆積されたコーティング材料を除去するための適切な方法は、研磨であってよいが、微粒子研磨剤を用いて穏やかでゆっくりとした研磨を行うべきである。従来技術で知られているように、粗い粒子の研磨剤を用いて激しく研磨すると、むしろ圧縮残留応力を増大させることになる。堆積されたコーティング材料を除去するためのその他の適切な方法は、イオンエッチング、及びレーザーアブレーションである。
【0019】
本発明の実施態様において、(Ti,Al)N層の積み重ね(L)は、基材表面に直接、堆積される。すなわち、(Ti,Al)N層の積み重ね(L)は、基材表面と直接接触しているとともに、基材表面との界面を有する。
【0020】
本発明の別の実施態様においてコーティングは、基材と(Ti,Al)N層の積み重ね(L)との間に、1つ以上のさらなる硬質材料層を備える。すなわち、(Ti,Al)N層の積み重ね(L)は、1つ以上のさらなる硬質材料層の最外部と直接接触しているとともに、1つ以上のさらなる硬質材料層の最外部との界面を有する。
【0021】
本発明による改善された特性(本発明によるコーティングの、基材に対する付着性改善、及び耐摩耗性の改善含む)は、基材に対する界面における、又は(Ti,Al)N層の積み重ね(L)のすぐ下にある硬質材料層に対する界面における(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の残留応力σが、基材表面又は硬質材料層における残留応力σに適合している場合に達成されることが、判明した。この文脈において「適合する」とは、各残留応力値の差(Δσ)が低いことを意味する。本発明によれば、基材に対する界面における、又はすぐ下にある硬質材料層に対する界面における(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の残留応力σが、0MPa~+400MPaの範囲にある、すなわち引張残留応力が低く、これは、超硬合金基材表面で典型的に見られる約100~300MPa程度という低い引張残留応力に良好に適合する。
【0022】
従って、本発明の好ましい実施態様において、(i)基材へと向かう方向で配置された(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の界面から、(Ti,Al)N層の積み重ね(L)内にある少なくとも100nm~最大1μmの厚さの一部の残留応力σの絶対量と、(ii)そのすぐ下に配置された材料(当該材料は、基材表面であるか、又は基材と(Ti,Al)N層の積み重ね(L)との間に配置された硬質材料層のいずれかである)の残留応力σの絶対量との差は、≦400MPa、好ましくは≦300MPa、より好ましくは≦200MPa、特に好ましくは≦100MPaである。
【0023】
本発明によるコーティングされた切削工具の好ましい実施態様では、コーティングの(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の交互に積み重ねられたTiAlNサブレイヤーを、アークPVDにより堆積する。より好ましくはコーティング全体を、アークPVDにより堆積する。
【0024】
本発明によるコーティングをアークPVDで堆積させることによって高いコーティング速度が得られ、このことは、製造法において経済的な理由で有利である。しかしながら、アークPVDで堆積させた本発明によるコーティングはまた、その他のPVD堆積法又はさらにはCVD堆積法に比して構造的に有利な特徴も示し、それは例えば具体的には稠密な層構造であり、これは金属機械加工においてコーティングの長所となる。また、アークPVD法は一般的に液滴を生成する傾向があり、このため堆積させた層について不所望に高い表面粗さにつながってしまうが、本発明により用いられるアークPVD法では、液滴の形成が減少し、本発明によるコーティングは、比較的平滑な表面粗さを示す。
【0025】
本発明によるコーティングされた切削工具について別の好ましい実施態様では、交互に積み重ねられた(Ti,Al)Nサブレイヤーの(Ti,Al)N層の積み重ね(L)内部の各(Ti,Al)Nサブレイヤーのそれぞれの原子比Ti:Alと、直接隣接する(Ti,Al)Nサブレイヤーの原子比Ti:Alとの差が、0.2~1.8、若しくは0.3~1.5、若しくは0.4~1.0の範囲内にあるか、又は約0.5である。
【0026】
本発明によるコーティングされた切削工具について別の好ましい実施態様では、基材に向かう方向で配置された(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の界面から、コーティングの外部表面に向かう方向で配置された(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の界面への、基材表面に対して垂直な(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の厚さにわたる残留応力σの減少が、≦400MPa/μm(μmは層厚)、好ましくは≦300MPa/μm、より好ましくは≦200MPa/μmに限られる。
【0027】
本発明によるコーティングされた切削工具の別の好ましい実施態様では、直接隣接する(Ti,Al)NサブレイヤーよりもTi含有率が低い各(Ti,Al)Nサブレイヤーの原子比Ti:Alが、0.2:0.8から0.7:0.3の範囲内、好ましくは0.3:0.7から0.6:0.4の範囲内にあり、かつ/又は直接隣接する(Ti,Al)NサブレイヤーよりもTi含有率が高い各(Ti,Al)Nサブレイヤーの原子比Ti:Alが、0.3:0.7から0.8:0.2の範囲内、好ましくは0.4:0.6から0.6:0.4の範囲内にあり、最も好ましくは約0.5:0.5である。
【0028】
本発明によるコーティングされた切削工具の別の好ましい実施態様では、基材表面に対して垂直な(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の厚さにわたるAl含有率の増加及びTi含有率の減少が、段階的に又は漸進的に起こる。
【0029】
この文脈では、Al含有率の漸進的な増加、及びTi含有率の漸進的な減少とは、Ti含有率が比較的低い隣接する(Ti,Al)Nサブレイヤーと、Ti含有率が比較的高い隣接する(Ti,Al)Nサブレイヤーとのペア内における原子比Ti:Alが、(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の厚さにわたって実質的に連続的に減少することを意味する。これは、原子比Ti:Alが、隣接する(Ti,Al)Nサブレイヤーの各ペアから、隣接する(Ti,Al)Nサブレイヤーの次のペアへと減少することを含む。しかしながら、これはまた、隣接する(Ti,Al)Nサブレイヤーの幾つかのペアにわたる原子比Ti:Alが、(Ti,Al)N層の積み重ね(L)内の特定の厚さ部分にわたって一定に留まることを含む。「実質的に連続的に」とは、或る原子比Ti:Alから次の原子比への減少が、穏当な量で起こることを意味する。
【0030】
Al含有量の段階的な増加、及びTi含有率の段階的な減少は、隣接する(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の幾つかのペアにわたる原子比Ti:Alが、(Ti,Al)N層の積み重ね(L)内の特定の厚さ部分にわたって一定であり、その後、隣接する(Ti,Al)Nサブレイヤーの次の幾つかのペアにおける原子比Ti:Alが、著しい量(段階)で低下することを含む。1つの実施態様では、一定の原子比Ti:Alを有する隣接する(Ti,Al)Nサブレイヤーの幾つかのペアの数が、(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ねを形成する。
【0031】
(Ti,Al)Nサブレイヤー内での(Al含有率が低い(Ti,Al)Nサブレイヤー若しくはAl含有率が高い(Ti,Al)Nサブレイヤーのいずれかにおける、又はこれら両方における)Ai含有率の増加及びTi含有率の減少は、幾つかの手段により、個別に又は組み合わせで達成され得る。Al含有率の上昇及びTi含有率の減少は例えば、堆積プロセスが進む間に、Al及びTiを特定量含むターゲットの種類と数を選択することによって達成できる。さらに、堆積されたコーティング層におけるAl及びTiの含有率は、堆積条件、例えばバイアス電流及びアーク電流を変化させることによって変えることができる。
【0032】
また、基材表面に対して垂直な(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の厚さにわたるAl含有率の増加及びTi含有率の減少は、Al含有率が高い各(Ti,Al)N層サブレイヤーの厚さを、Al含有率が低い各(Ti,Al)N層サブレイヤーの厚さよりも増加させることにより達成できる。
【0033】
基材表面に対して垂直な(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の厚さにわたるAl含有率の上昇及びTi含有率の減少によって、(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の部分間で異なる残留応力につながることがある。Al含有率の増加(すなわち、比較的低いTi:Al比)は、残留応力σの減少につながり得る。また、(Ti,Al)N層の積み重ね(L)内における残留応力σは、堆積条件、例えばバイアス電流及びアーク電流を変えることによって影響され得る。よって、(Ti,Al)N層の積み重ね(L)にわたってTi:Al比を変化させることにより、及び/又は(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の堆積の間に堆積条件を変えることにより、残留応力σを段階的又は漸進的に変化させることができる。
【0034】
前述のように、Al含有率の段階的な増加、及びTi含有率の段階的な減少は、隣接する(Ti,Al)Nサブレイヤーの幾つかのペアの(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ねに、Ti:Al比が実質的に一定である各(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ねをもたらすことによって、実現できる。
【0035】
よって、本発明によるコーティングされた切削工具の好ましい実施態様では、(Ti,Al)N層の積み重ね(L)が、相互に上に直接配置された2つ以上の(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ね(L1、L2、・・・Lx)を備え、ここで同じ(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ね(L1、L2、・・・Lx)内には、Ti:Al原子比に関して同一の組成と、同一の厚さとをそれぞれが有する第1の種類の各(Ti,Al)Nサブレイヤーと、Ti:Al原子比に関して同一の組成と、同一の厚さとをそれぞれが有する第2の種類の各(Ti,Al)Nサブレイヤーとが存在し、ここで第1及び第2の種類の各(Ti,Al)Nサブレイヤーは、異なるTi:Al原子比を有する。(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ね(L1、L2・・・Lx)の数は、好ましくは2~6であり、より好ましくは2~4である。
【0036】
(Ti,Al)N層の積み重ね(L)が2つ以上の(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ね(L1、L2、・・・Lx)を有するこの実施態様では、各(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ね(L1、L2、・・・Lx)内での総Al含有率が、1つの(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ねから、次の(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ねへと、コーティングの外部表面へと向かう方向で増加する。Al含有率の上昇を、ここでは「段階的」と呼ぶ。
【0037】
(Ti,Al)N層の積み重ね(L)が複数の(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ねを有する、本発明によるコーティングされた切削工具の好ましい別の実施態様では、(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ね(L)が、相互に上に直接配置された2つの(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ね(L1、L2)から成る。
【0038】
本発明によるコーティングされた切削工具の好ましい別の実施態様では、(Ti,Al)N層の積み重ね(L)内の平均結晶粒度が、基材へと向かう方向に配置された(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の界面から、コーティングの外部表面へと向かう方向に配置された(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の界面へと減少する。(Ti,Al)N層の積み重ね(L)内で平均結晶粒度が減少すると、さらには比較的厚いコーティングを施与すると、耐摩耗性が改善されることが判明している。
【0039】
(Ti,Al)N層の積み重ね(L)が2つ以上の(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ね(L1、L2、・・・Lx)を有する本発明の実施態様において、平均結晶粒度は、1つの(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ねから、次の(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ねへと、コーティングの外部表面へと向かう方向で減少する。
【0040】
本発明によるコーティングされた切削工具についての別の好ましい実施態様では、堆積させたままの状態における(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の総残留応力σが、<600MPa、好ましくは<300MPaである。総残留応力σとは、(Ti,Al)N層の積み重ねの厚さ全体にわたる平均を意味する。
【0041】
本発明によるコーティングされた切削工具についての別の好ましい実施態様では、(Ti,Al)N層の積み重ね(L)のビッカース硬さHV0.015が、≧2800、好ましくは≧3100、より好ましくは≧3300であり、かつ/又は換算ヤング率が、>350GPa、好ましくは>400GPa、より好ましくは>420GPaである。
【0042】
本発明によるコーティングされた切削工具についての別の好ましい実施態様では、コーティングが、(Ti,Al)N層の積み重ね(L)の上に、かつ/又は基材と(Ti,Al)N層の積み重ね(L)との間に、1つ以上のさらなる硬質材料層を備え、当該1つ以上のさらなる硬質材料層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al及びSiから選択される1種以上の元素と、N、C、O、Ar及びBのうち1種以上とを含むものである。さらなる硬質材料層は、Al層を含むのが好ましい。
【0043】
また、さらなる硬質材料層が、本発明による種類の付加的な(Ti,Al)N層の積み重ねを含むこともできる。例えば、コーティングは、本発明による(Ti,Al)N層の積み重ね(L)であって、先に既定したような1つ以上の硬質材料層(例えばAl層)によって分離されたものを2つ以上備えることができる。
【0044】
本発明はさらに、鋼をフライス加工するための、好ましくはDIN ISO標準513に従ってISO-P、ISO-M、ISO-S及び/又はISO-Kとして同定される、より好ましくはISO-P及び/又はISO-Mとして同定されるワークピース材料の群の鋼をフライス加工するための、コーティングされた切削工具の使用を含む。
【0045】
ISO-P鋼は、金属切削分野において最大の材料群であり、合金化されていないものから高度に合金化されたものまで幅広いものがあり、これには鋼鋳造品、並びにフェライト鋼及びマルテンサイトステンレス鋼が含まれる。その機械的性能は通常良好であるが、材料の硬度、炭素含有率などに応じて大きく異なる。
【0046】
ISO-Mステンレス鋼は、最小12%のクロムで合金化された材料であり、その他の合金は、ニッケル及びモリブデンを含み得る。様々な条件、例えばフェライト、マルテンサイト、オーステナイト、及びオーステナイト-フェライト(二相)により、大きな区分が生じる。これら全ての種類に共通するのは、切削端部が、大量の熱、ノッチ摩耗、及び組み込まれた端部にさらされることである。
【0047】
ISO-S耐熱性超合金には、高度に合金化された鉄、ニッケル、コバルト及びチタンに基づく材料が多数、含まれる。これらは固着しやすく(sticky)、組み込まれた端部を形成し、加工の間に硬化し(加工硬化)、熱を生成する。これらはISO-M領域に非常に似ているが、切削するのがさらに困難であり、インサート端部の工具寿命を低下させる。
【0048】
ISO-K鋳鉄は、鋼とは異なり、切りくずが短い材料である。ネズミ鋳鉄(GCI)及び下鍛鋳鉄(MCI)は、機械加工するのが極めて簡単である一方、ノジュラー鋳鉄(NCI)、コンパクト鋳鉄(CGI)、及びオーステンパ鋳鉄(ADI)では、機械加工がより困難である。全ての鋳鉄はSiCを含有し、これは切削端部を著しくすり減らす。
【0049】
ISO-P及びISO-M鋼は、工具の耐疲労性に関して要求度が高く、本発明によるコーティングされた切削工具は、高い耐疲労性と同時に、高い硬度、高いヤング率、良好な靭性、及び良好な付着性を示すことが判明している。
【0050】
さらに、本発明によるコーティングされた切削工具は、高い耐摩耗性を必要とするワークピース材料(例えばISO-K材料)にも適している。本発明によるコーティングの付着特性が改善されていることにより、コーティングを、より厚いコーティングで製造することができ、これにより耐摩耗性が改善される。
【0051】
本発明はさらに、本発明によるコーティングされた切削工具を製造する方法を含み、この方法は、アークPVD(カソードアーク堆積)により、それぞれ金属としてTi及びAlを含有するものの、Ti及びAlの含有率が異なる少なくとも2つの異なるターゲットを用いて、交互に積み重ねられた(Ti,Al)Nサブレイヤーの(Ti,Al)N層の積み重ね(L)を堆積させる工程を含み、交互に積み重ねられた(Ti,Al)Nサブレイヤーの(Ti,Al)N層の積み重ね(L)を堆積させるために1つのターゲットあたり印加されるアーク電流が、100mmのターゲット直径で50~180Aの範囲、好ましくは100~150Aの範囲内にある。
【0052】
本方法により、前述の工具の製造が可能になることが判明している。特に、本方法を用いることにより、(Ti,Al)N層の積み重ね内に六方晶構造を有さない、又は最小限しか有さないコーティングが得られ、特に、低い表面粗さが達成される。
【0053】
好ましい実施態様において、本発明による方法は、ブラスト、ショットピーニング又はブラッシングによってコーティングされた工具を機械的に後処理することを含み、この後処理の条件は、コーティング全体の残留応力を≧100MPa、好ましくは≧150MPa、減少させるように選択する。機械的な後処理は一般的に、引張残留応力を緩和し、かつ/又はコーティングに圧縮残留応力を導入し、時にはまた機械的な後処理条件(加えられるエネルギー)、並びにコーティングの厚さ及び種類に応じて基材内へと達する。
【0054】
好ましい機械的な後処理法は、乾式又は湿式ブラストであり、そのブラスト圧は1~10barの範囲にあり、ブラスト時間は2~60秒の範囲にあり、ブラスト角はブラストする表面に対して90°であり、ブラスト媒体としては、Al、ZrO又はこの技術で一般的に使用されるその他の硬質材料から選択されるものを用いる。
【0055】
別の実施態様において、本発明による方法は、コーティングを堆積させる前に、基材表面の残留応力を低下させるために、コーティングされていない基材を機械的に、ブラスト、ショットピーニング又はブラッシングにより前処理することを含み、この前処理の条件は、基材表面の残留応力を、-300MPa~+500MPaの範囲内、好ましくは-100MPa~+400MPaの範囲内、より好ましくは0MPa~+300MPaの範囲内の値に減少させるように選択するのが好ましい。機械的な前処理は、基材表面の残留応力を低下させるために有用であり、これによって基材表面のすぐ上に施与されたコーティング層の残留応力とより良好に適合される。さらに、機械的な前処理は、アークPVDコーティングの前に基材表面を清浄化するために有用である。これは、後処理と同じ手段によって実行できるが、超音波又はプラズマ処理を、ブラスト、ショットピーニング若しくはブラッシングに加えて、又はこれらに代えて、行うことができる。
【0056】
別の実施形態では、本発明による方法は、(Ti,Al)N層の積み重ね(L)のアークPVD堆積を、5Pa~15Paの範囲、好ましくは8Pa~12Paの範囲の窒素圧で行う。多くの従来技術によるプロセスで使用されるように窒素圧が低すぎると(例えば4Pa以下)、コーティングの粗さは、液滴形成が増加することにより不所望に高くなり、このことは、以下の実施例及び図1からも分かる。
【0057】
本発明のさらなる特徴、実施態様及び利点は、以下の本発明による実施例の記載から明らかになる。しかしながらこれらの実施例は、本発明をいかなる形でも制限することを意図していない。
【図面の簡単な説明】
【0058】
図1】それぞれ4Pa及び10Paという異なる圧力で堆積させた2つの試料についてのSEM断面積を示す。
【0059】
材料及び方法
PVDコーティング
PVDコーティングのためには、ここで実施例において記載するように、チャンバサイズが1mのHauzer HTC1000(IHI Hauzer Techno Coating B.V.,オランダ国)を使用して、環状アークPVD技術(CARC+)を用い、堆積の間の磁場構成は一定とした。
【0060】
XRD(X線回折)
XRD測定は、GE Sensing and Inspection TechnologiesのXRD3003PTS回折計で、CuKα線を用いて行った。X線管はポイントフォーカスで、40kV及び40mAにて稼働させた。平行なビーム光学系を、サイズが固定された測定開口を有するポリキャピラリコリメーティングレンズとともに一次側で使用し、ここで試料の照射面積は、試料のコーティング面にわたってX線ビームのスピルオーバーが回避されるように規定した。二次側ではソーラースリット(偏差0.4°、厚さ25μmのNi Kβフィルタ付)を使用した。この測定は、15~80°2θの範囲にわたり、0.03°のサイズ刻みで行った。グレージング励起X線回折技術を1°の励起角で用いて、層の結晶構造を調査した。
【0061】
残留応力
残留応力は、XRDにより、sinΨ法を用いて測定した(M.E. Fitzpatrick, A.T. Fry, P. Holdway, F.A.Kandil, J. Shackleton and L. Suominen - A Measurement Good Practice Guide No. 52; “Determination of Residual Stresses by X-ray Diffraction - Issue 2”, 2005参照)。
【0062】
側傾法(side-inclination method)(Ψ形状)は、8つのΨ角(選択されたsinΨ範囲内で等距離にある)を用いて行った。90°のΦ部分内におけるΦ角の等距離分布が好ましい。この測定は、工具の逃げ面側で、すなわちできるだけ平坦な表面を用いて行った。残留応力値を計算するために、ポアソン比=0.20、及びヤング率E=450GPaを適用した。そのデータを、市販で手に入るソフトウェア(RayfleX Version 2.503)を用いて、偽フォークト当てはめ関数(Pseudo-Voigt-Fit function)により(200)反射を位置付けて評価した。
【0063】
硬度/ヤング率
硬度及びヤング率(換算ヤング率)の測定は、ナノインデンテーション法により、Fischerscope(登録商標)HM500 Picodentor(Helmut Fischer GmbH、Sindelfingen、ドイツ国)で、Oliver及びPharrのアルゴリズム評価を適用して行ったのだが、この際にはビッカースに準拠したダイヤモンド試験体をプレスして層にし、力の経由曲線(force-path curve)を測定(最大負荷:15mN;負荷/非負荷時間:20秒;クリープ時間:5秒)の間、記録した。この曲線から、硬度及び(換算)ヤング率を計算した。圧入深さは、コーティング厚さの10%以下であってはならないことに留意すべきである。さもなくば、基材の特性が測定をゆがめてしまうことになり得るからである。
【0064】
走査電子顕微鏡(SEM)
コーティングの三次元形状は、走査電子顕微鏡(SEM)により、Supra 40 VP (Carl Zeiss Microscopy GmbH、Jena、ドイツ国)で調査した。断面は、SE2(Everhart-Thornley)検出器により特性決定した。
【0065】
実施例
実施例1:本発明及び比較例のコーティングによるコーティングの堆積
本発明による切削工具を製造する以下の実施例、及び超硬合金切削工具についての比較例では、基材本体(組成:Co12重量%、(Ta,Nb)C1.6重量%、残部のWC;WC結晶粒度:1.5μm;三次元形状:ADMT160608R-F56)を、先に示したようにPVDシステムでコーティングした。基材表面における残留応力は、堆積チャンバ内で加熱する前に測定して+200MPaと低い引張残留応力であった。
【0066】
堆積の前に、基材本体をエタノール中で超音波洗浄によって、またプラズマ洗浄によって前処理した。PVD反応器を8×10-5mbarに脱気し、基材を550℃で前処理した。
【0067】
(Ti,Al)Nコーティングを堆積させるために、Ti:Alの原子比が異なる2種類のターゲットを使用して、原子比Ti:Alに関して「Ti50Al50」(Ti:Al=50:50)及び「Ti33Al67”」(Ti:Al=33:67)」と相互に異なる、交互に積み重ねられた(Ti,A)Nサブレイヤーを製造した。ここで特定の組成のターゲットについて言及する場合、このことは、使用するPVD反応器の配置に起因して、同じ組成の4つのターゲットのラインが垂直に配置され、反応器の高さ全体にわたって均質な堆積が可能になることを意味する。
【0068】
ターゲットは、直径が100mmであった。窒化物を堆積させるための反応性ガスは、Nであった。2種類の(Ti,A)Nサブレイヤー積み重ねL1及びL2を製造した。本発明によるコーティングを製造するために、L1を、基材表面のすぐ上に堆積させ、L2をL1のすぐ上に堆積させた。しかしながら、(Ti,A)Nサブレイヤー積み重ねL1及びL2を相互に独立して調査するために、L1のみが基材表面のすぐ上に堆積された試料と、L2のみが基材表面のすぐ上に堆積された試料とを製造した。L1の堆積のためには、2つのターゲットを使用した:“Ti50Al50”を1つ+“Ti33Al67”を1つ。L2において比較的低いTi含有率及び比較的高いAl含有率を達成するために、L2の堆積のためには、3つのターゲットを使用した:“Ti50Al50”を1つ+“Ti33Al67”を2つ。これらの堆積は、異なるターゲットにおいて異なるアーク電流、すなわちターゲット(ソース)あたりそれぞれ100A、150A、200Aのアーク電流で行った。異なる層を堆積させるためのさらなるプロセスパラメータは、以下の表1に示されている。
【0069】
【0070】
実施例2:残留応力、硬度及びヤング率
実施例1に従って堆積された(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ねL1及びL2について残留応力、硬度及びヤング率を、前述のように測定した。各(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ねL1及びL2を堆積させる間のパラメータはそれぞれ、一定に保ったので、各(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ね内の残留応力は、一定であったが、1つの各層積み重ねは、他のものとは、異なる組成に起因して、また印加したアーク電流に応じて、異なっている。前述のように、各(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ねL1及びL2はそれぞれ、基材表面のすぐ上に堆積させた。層積み重ねの厚さは、約2~4μmであった。その結果が、以下の表2に示されている。
【0071】
【0072】
これらの結果は、印加された電流が、堆積された(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ねの残留応力に影響を与えることを示しており、この影響は、さらに組成によることも示している。アーク電流がより高ければ、層積み重ねの引張残留応力はより低くなるか、又は圧縮残留応力がより高くなる。同じ傾向は、総Al含有率がより高い場合について当てはまる(例えばL1と比べた場合のL2)。
【0073】
この実験はさらに、(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ねL1(基材表面に最初に堆積された方)が、100A又は150Aのアーク電流で堆積させた場合(S1及びS2)、本発明により低い引張残留応力を示すこと、その一方で、アーク電流が200Aの場合(S3)には、低い圧縮応力につながる(本発明の範囲外)ことを実証している。残留応力レベルに関して、試料S1及びS2の(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ねL1の、基材表面への適合性は、基材へのコーティング付着性を改善させ、またフレーキングの欠点を生じることなく、厚いコーティングを可能にする。このことは、鋭い切断端面(ドリル、フライス加工工具)にとって特別な関心事である。
【0074】
さらに、この実施例による試料のコーティングを、XRDによって前述のように分析した。150A又は100Aのアーク電流で堆積させたコーティング(S1、S2、S4、S5)では、六方晶相は見られなかった。200Aのアーク電流で堆積させたコーティング(S3及びS6)では、(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ねL1及びL2において六方晶相が少量、観察された。さらに堆積速度は、アーク電流が低いほど、低くなった(100A<150A<200A)。
【0075】
実施例3:表面粗さ
堆積プロセスにおける窒素圧力の影響を比較するために、L2のタイプの(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ねを2つ、それぞれ4Pa及び10Paで堆積させ、表面粗さを測定した。その結果が、以下の表3に示されている。これらの試料についてのSEM断面が、図1に示されている。4Paで堆積させた試料(図1A)は、10Paで堆積させた試料(図1B)よりも大きな液滴(droplets)を示すことが見て取れる。従って、10Paで堆積させた試料は、ずっと平滑な表面粗さを示す。一般的には、堆積プロセスの間により高い圧力をかければ、液滴及び欠陥が少ない、より平滑な表面が得られる。
【0076】
【0077】
実施例4:切削試験
切削特性に関して、本発明によるコーティングの効果を、従来のコーティングと比較して評価するために、多層コーティングされた切削工具を製造し、フライス加工試験で試験した。この実施例において本発明による切削工具は、試料「HC318」と呼び、これに対して比較例の切削工具はここで、試料「HC359」と呼ぶ。比較例の切削工具「HC359」のコーティングは、市販で非常に成功を収めた従来型の多層コーティングであることに言及しておく。本発明によるコーティング試料「HC318」と、比較例の試料「HC359」との相違点は、基材表面のすぐ上にある最も内側の層のみであり、ここで最も内側の層は、双方の試料においていずれもTiAlN層である。多層コーティングについてそれ以外の層は全て、双方の試料において同一である。
【0078】
超硬合金基材は、実施例1で説明したのと同一であった、各例において、多層コーティング構造は、TiAlN層とAl層とが交互に配置された合計11の層から成っていた。
【0079】
本発明による実施例の「HC318」では、基材表面のすぐ上に堆積された最も内側の層が、本発明による厚さ4.3μmの(Ti,Al)Nコーティングであり、これは厚さ2.3μmの第1の(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ねL1と、厚さ2.0μmの第2のサブレイヤー積み重ねL2とから成っていた(L1及びL2はそれぞれ、実施例1において150Aのアーク電流で10Paにて製造したもの)。
【0080】
比較例の「HC359」では、基材表面のすぐ上に堆積された最も内側の層が、従来のアークPVD法で以下のように堆積された厚さ4.2μmのTiAlN層であった:
【0081】
【0082】
各試料「HC318」又は「HC359」それぞれの最も内側の層の上にある後続コーティング層は、各試料について同じ条件下にて同じ層厚で堆積させた。これらの層は、相互に上に交互に堆積された、厚さ約0.5~0.6μmの4つのAl層と厚さ約0.5~0.6μmの4つのTiAlN層との連続体(相違点となる最も内側の層のすぐ上にあるAl層で開始)から成っていた。厚さ0.5~0.6μmのTiAlN層は、比較例「HC359」の最も内側のTiAlN層と同じ条件で堆積させた(上記表参照)。Al層は、デュアルマグネトロンスパッタリングにより、20kW、総ガス圧0.45Pa、500sccmのAr流量、約125sccmのO流量、125Vのバイアス電圧、40kHz及び10マイクロ秒のオフタイムでのパルス、並びに22Aのバイアス電流、またヒステリシス後の480Vのカソード電圧(稼動点)で堆積させた。
【0083】
切削工具試料「HC318」及び「HC359」の金属切断性能は、端面フライス加工作業で、ドイツ国Tuebingen所在のWalter AGの端面フライス加工切断型F2010.UB.127.Z08.02R681M(DIN4000-88に準拠)を用いて、Heller FH 120-2の機械により以下のような条件で試験した。
【0084】
切削条件:
歯送りf[mm/歯]:0.2
送りv[mm/分]:120
スピンドル速度:600rpm
切削速度v[m/分]:235
切削深さa[mm]:3
ワークピース材料:42CrMo4;引張強度Rm:820N/mm2
【0085】
以下の表4は、切削試験の結果を示しており、ここでVは、工具の逃げ面における最小摩耗であり、VBmaxは、最大摩耗、すなわち、工具のフランク面で観察された最も深いクレーターであり、Vは、切削端部半径における摩耗である。
【0086】
【0087】
これらの結果は明らかに、本発明に従い本発明による層をコーティング構造に組み込むことにより、逃げ面及び切削端部半径の双方において、最も内側のコーティング層の点でのみ区別される比較例の試料のよく似た層の連続体と比較して、摩耗が著しく低減することを示している。
【0088】
実施例5:後処理作業の影響
(Ti,Al)Nサブレイヤー積み重ねL1+L2の連続体を、本発明による実施例(実施例4の「HC318」)と同じように製造し、ショットピーニングにより後処理した。コーティング表面における残留応力、ビッカース硬さ及びヤング率を、前述のように測定し、堆積させたままの状態のコーティングと比較した。その結果を以下の表5に示す。
【0089】
ショットピーニングパラメータ:
ブラスト圧:5.3bar
ブラスト角:90°
ブラスト距離:10cm
ブラスト材料:ZrOボール(直径70~120μm)
ブラスト時間:10秒
【0090】
【0091】
後処理プロセスにより、コーティング表面における圧縮残留応力が増大する。さらに、後処理した試料では、硬度及びヤング率について若干の上昇が測定された。
図1(A)】
図1(B)】