(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-27
(45)【発行日】2023-02-06
(54)【発明の名称】ステンレス鋼の脱スケール液およびステンレス鋼の脱スケール方法
(51)【国際特許分類】
C25F 1/06 20060101AFI20230130BHJP
C23G 1/08 20060101ALI20230130BHJP
【FI】
C25F1/06 B
C23G1/08
(21)【出願番号】P 2021533843
(86)(22)【出願日】2021-02-10
(86)【国際出願番号】 JP2021005076
(87)【国際公開番号】W WO2021166775
(87)【国際公開日】2021-08-26
【審査請求日】2021-06-14
(31)【優先権主張番号】P 2020026397
(32)【優先日】2020-02-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】302044100
【氏名又は名称】株式会社エココスモ
(74)【代理人】
【識別番号】100152984
【氏名又は名称】伊東 秀明
(74)【代理人】
【識別番号】100168985
【氏名又は名称】蜂谷 浩久
(72)【発明者】
【氏名】福田 國夫
(72)【発明者】
【氏名】石川 伸
(72)【発明者】
【氏名】及川 慎司
(72)【発明者】
【氏名】田中 宏和
(72)【発明者】
【氏名】大山 実
(72)【発明者】
【氏名】賀籠六 實
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】特開昭61-207600(JP,A)
【文献】特開平08-027600(JP,A)
【文献】特開2006-002209(JP,A)
【文献】特開2012-117116(JP,A)
【文献】特開2013-093299(JP,A)
【文献】特開2017-031267(JP,A)
【文献】特開2019-119909(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25F 1/06
C23G 1/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼の電解脱スケール処理に用いる水溶液であって、
中性塩溶液、希硫酸および硝酸からなる群から選ばれる少なくとも1種である電解液と、エチレンジアミン四酢酸類およびニトリロ三酢酸類からなる群から選ばれる少なくとも1種であるキレート剤と、を含有し、
前記エチレンジアミン四酢酸類は、エチレンジアミン四酢酸、エチレンジアミン四酢酸塩、および、これらの水和物からなる群から選ばれる少なくとも1種であり、
前記ニトリロ三酢酸類は、ニトリロ三酢酸、ニトリロ三酢酸塩、および、これらの水和物からなる群から選ばれる少なくとも1種であり、
前記キレート剤の含有量が、3質量%以上20質量%以下であ
り、
pHが2以上5以下である、ステンレス鋼の脱スケール液。
ただし、前記エチレンジアミン四酢酸類の含有量は、エチレンジアミン四酢酸に換算した含有量であり、前記ニトリロ三酢酸類の含有量は、ニトリロ三酢酸に換算した含有量である。
【請求項2】
請求項
1に記載のステンレス鋼の脱スケール液を用いて、ステンレス鋼に対して、電解脱スケール処理を施す、ステンレス鋼の脱スケール方法。
【請求項3】
前記電解脱スケール処理におけるアノード電解処理の電気量密度が、5.0C/dm
2以上300.0C/dm
2以下である、請求項
2に記載のステンレス鋼の脱スケール方法。
【請求項4】
更に、前記電解脱スケール処理を施した前記ステンレス鋼に対して、酸水溶液を用いて、浸漬処理を施す、請求項
2または
3に記載のステンレス鋼の脱スケール方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼の脱スケール液、および、これを用いたステンレス鋼の脱スケール方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼は、冷間圧延後に、加工性および耐食性を確保するために焼鈍される。
ステンレス鋼を焼鈍する方法としては、主に、ステンレス鋼を水素および窒素などからなる還元性雰囲気中で焼鈍する方法と、ステンレス鋼を数%程度の酸素を含む燃焼性ガス雰囲気(例えば、コークス炉ガスを燃焼させた雰囲気、天然ガスを燃焼させた雰囲気、電気などで昇温した大気雰囲気など)中で焼鈍する方法との2種類がある。
前者の方法では、ステンレス鋼の表面に酸化皮膜(以下、「スケール」と呼ぶ)は生成しない。
しかし、後者の方法では、焼鈍時に、ステンレス鋼に含まれるFe、Cr、Si、Mn等が酸化されることによって、スケールが生じる。スケールが生じたままのステンレス鋼では、表面光沢、耐食性、加工性などに問題を生じ得る。
このため、通常、ステンレス鋼を燃焼性ガス雰囲気中で焼鈍した場合は、焼鈍に引き続き、脱スケール液を用いた脱スケール処理が実施され、スケールが除去される。
【0003】
脱スケール処理としては、例えば、ステンレス鋼を450℃~500℃の高温溶融塩中に浸漬する処理や、電解脱スケール処理が挙げられる。
電解脱スケール処理は、具体的には、ステンレス鋼に、中性塩溶液などの電解液である脱スケール液中で電解処理を施すことにより、実施される(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ステンレス鋼のスケールは、主にCr2O3やFe2O3からなる。
このようなスケールを有するステンレス鋼に、中性塩溶液などの脱スケール液中で電解脱スケール処理を施すと、スケール中のCrが六価クロム(Cr6+)として脱スケール液に溶出する。これにより、スケールに微小な欠陥が生じ、この欠陥を起因として、スケールがステンレス鋼から剥離して除去される。
このとき、脱スケール液に溶出した六価クロムが、脱スケール液に残留する場合がある。環境面の観点からは、六価クロムの残留を抑制することが好ましい。
【0006】
そこで、本発明は、ステンレス鋼の脱スケール液であって、電解脱スケール処理の後に六価クロムを残留させない脱スケール液を提供することを目的とする。
更に、本発明は、上記脱スケール液を用いた、ステンレス鋼の脱スケール方法を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討した結果、脱スケール液にエチレンジアミン四酢酸(EDTA)、ニトリロ三酢酸(NTA)などを含有させることにより、電解脱スケール処理の後に六価クロムを残留させないことができることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明は、以下の[1]~[6]を提供する。
[1]ステンレス鋼の電解脱スケール処理に用いる水溶液であって、中性塩溶液、希硫酸および硝酸からなる群から選ばれる少なくとも1種である電解液と、エチレンジアミン四酢酸類およびニトリロ三酢酸類からなる群から選ばれる少なくとも1種であるキレート剤と、を含有し、上記エチレンジアミン四酢酸類は、エチレンジアミン四酢酸、エチレンジアミン四酢酸塩、および、これらの水和物からなる群から選ばれる少なくとも1種であり、上記ニトリロ三酢酸類は、ニトリロ三酢酸、ニトリロ三酢酸塩、および、これらの水和物からなる群から選ばれる少なくとも1種である、ステンレス鋼の脱スケール液。
[2]上記キレート剤の含有量が、0.01質量%以上20質量%以下である、上記[1]に記載のステンレス鋼の脱スケール液。ただし、上記エチレンジアミン四酢酸類の含有量は、エチレンジアミン四酢酸に換算した含有量であり、上記ニトリロ三酢酸類の含有量は、ニトリロ三酢酸に換算した含有量である。
[3]pHが2以上5以下である、上記[1]または[2]に記載のステンレス鋼の脱スケール液。
[4]上記[1]~[3]のいずれかに記載のステンレス鋼の脱スケール液を用いて、ステンレス鋼に対して、電解脱スケール処理を施す、ステンレス鋼の脱スケール方法。
[5]上記電解脱スケール処理におけるアノード電解処理の電気量密度が、5.0C/dm2以上300.0C/dm2以下である、上記[4]に記載のステンレス鋼の脱スケール方法。
[6]更に、上記電解脱スケール処理を施した上記ステンレス鋼に対して、酸水溶液を用いて、浸漬処理を施す、上記[4]または[5]に記載のステンレス鋼の脱スケール方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、電解脱スケール処理の後に六価クロムを残留させない脱スケール液を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[脱スケール液]
本発明のステンレス鋼の脱スケール液(以下、単に「本発明の脱スケール液」ともいう)は、ステンレス鋼の電解脱スケール処理に用いる水溶液であって、中性塩溶液、希硫酸および硝酸からなる群から選ばれる少なくとも1種である電解液と、エチレンジアミン四酢酸類およびニトリロ三酢酸類からなる群から選ばれる少なくとも1種であるキレート剤と、を含有する。
上記エチレンジアミン四酢酸類は、エチレンジアミン四酢酸、エチレンジアミン四酢酸塩、および、これらの水和物からなる群から選ばれる少なくとも1種であり、上記ニトリロ三酢酸類は、ニトリロ三酢酸、ニトリロ三酢酸塩、および、これらの水和物からなる群から選ばれる少なくとも1種である。
【0011】
本発明の脱スケール液を用いてステンレス鋼に電解脱スケール処理を施す場合、六価クロム(Cr6+)の残留を抑制できる。この理由(メカニズム)は、以下のように推測される。
【0012】
まず、電解脱スケール処理により、ステンレス鋼のスケールに含まれるCr2O3は、安定で水溶性のあるCr6+イオンとなり、脱スケール液に溶解する。
しかし、脱スケール液に溶解したCr6+イオンは、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)および/またはニトリロ三酢酸(NTA)によってただちに還元され、Cr3+イオンが生成する。生成したCr3+イオンは、EDTAおよび/またはNTAとキレート反応し、キレート化合物(Cr3+イオン-EDTAキレートおよび/またはCr3+イオン-NTAキレート)が生成する。こうして、六価クロム(Cr6+)を、電解脱スケール処理後の脱スケール液に残留させないことができる。
なお、一般には、Cr3+イオン水和物とEDTAおよび/またはNTAとのキレート生成反応は、非常に遅いとされている。しかし、還元により新たに生成したCr3+イオンは、水分子が配位する前に、EDTAおよび/またはNTAと非常に容易に、短時間で反応する。すなわち、Cr3+イオンは、即座に沈殿反応を起こして、系外に排出される。
【0013】
〈電解液〉
電解液(電解質溶液)は、中性塩溶液、希硫酸および硝酸からなる群から選ばれる少なくとも1種である。すなわち、電解液は、中性塩溶液、希硫酸および硝酸から選ばれる2種以上の混合液であってもよい。希硫酸は、濃度が90質量%未満の硫酸水溶液である。
電解液の溶媒としては、水が好ましい。
【0014】
電解液は、中性塩溶液が好ましい。中性塩溶液における中性塩(電解質)としては、硫酸ナトリウム(Na2SO4)、炭酸ナトリウム(Na2CO3)などが挙げられ、硫酸ナトリウムが好ましい。
【0015】
本発明の脱スケール液において、硫酸ナトリウムなどの中性塩(電解質)の含有量は、3.0質量%以上が好ましく、10質量%以上がより好ましく、15質量%以上が更に好ましい。一方、上限については、30質量%以下が好ましく、25質量%以下がより好ましく、20質量%以下が更に好ましい。
【0016】
〈キレート剤〉
キレート剤は、エチレンジアミン四酢酸類(EDTA類)およびニトリロ三酢酸類(NTA類)からなる群から選ばれる少なくとも1種である。
【0017】
《EDTA類》
エチレンジアミン四酢酸類(EDTA類)は、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、エチレンジアミン四酢酸塩(EDTA塩)、および、これらの水和物からなる群から選ばれる少なくとも1種である。
EDTA塩としては、例えば、エチレンジアミン四酢酸二ナトリウム(EDTA・2Na)、エチレンジアミン四酢酸三ナトリウム(EDTA・3Na)、エチレンジアミン四酢酸四ナトリウム(EDTA・4Na)などが挙げられ、EDTA・2Naが好ましい。
EDTAおよび/またはEDTA塩の水和物としては、2水和物、8水和物などが挙げられる。
【0018】
《NTA類》
ニトリロ三酢酸類(NTA類)は、ニトリロ三酢酸(NTA)、ニトリロ三酢酸塩(NTA塩)、および、これらの水和物からなる群から選ばれる少なくとも1種である。
NTA塩としては、例えば、ニトリロ三酢酸一ナトリウム(NTA・Na)、ニトリロ三酢酸二ナトリウム(NTA・2Na)、ニトリロ三酢酸三ナトリウム(NTA・3Na)などが挙げられる。
NTAおよび/またはNTA塩の水和物としては、2水和物、8水和物などが挙げられる。
【0019】
《含有量》
本発明の脱スケール液におけるキレート剤(EDTA類および/またはNTA類)の含有量は、六価クロムの残留をより抑制できるという理由から、合計で、0.01質量%以上が好ましく、1質量%超がより好ましく、3質量%以上が更に好ましく、5質量%以上が特に好ましい。
【0020】
一方、キレート剤の含有量が多すぎると、六価クロムの残留を抑制する効果が飽和したり、EDTA類および/またはNTA類の不溶分が酸洗設備の配管類を詰まらせたりする場合がある。
このため、本発明の脱スケール液におけるキレート剤(EDTA類および/またはNTA類)の含有量は、合計で、20質量%以下が好ましく、15質量%以下がより好ましい。コスト面の観点から、10質量%以下が更に好ましい。
【0021】
EDTA類の含有量は、EDTAに換算した含有量である。
NTA類の含有量は、NTAに換算した含有量である。
【0022】
〈還元剤〉
本発明の脱スケール液は、更に、六価クロム(Cr6+)よりも酸化還元電位の高い還元剤を含有してもよい。これにより、Cr6+イオンからCr3+イオンへの還元が促進され、EDTAおよび/またはNTAとのキレート反応をより迅速にできる。
このような還元剤としては、例えば、硫酸鉄(II)、亜リン酸、リン酸鉄(II)、過酸化水素、ペルオキソ二硫酸などの水和物が好適に挙げられる。
本発明の脱スケール液における還元剤の含有量は、0.01質量%以上が好ましく、50質量%以下が好ましい。
【0023】
〈pH〉
本発明の脱スケール液のpHは、後述する理由から、2以上5以下が好ましい。
例えば、電解液として、硫酸ナトリウムなどの中性塩を含有する中性塩溶液を用いる場合、この中性塩溶液に硫酸などの酸を添加する。これにより、電解液として中性塩溶液を用いる場合であっても、脱スケール液のpHを、2以上5以下の範囲内に調整できる。
硫酸としては、濃硫酸(濃度が90質量%以上の硫酸水溶液)または希硫酸(濃度が90質量%未満の硫酸水溶液)が挙げられる(以下、同様)。
【0024】
[ステンレス鋼]
本発明の脱スケール液を用いて電解脱スケール処理されるステンレス鋼の鋼種としては、特に限定されず、例えば、SUS430(16質量%Cr)、SUS304(18質量%Cr-8質量%Ni)、SUS430J1L(19質量%Cr-0.5質量%Cu-0.4質量%Nb)、SUS443J1(21質量%Cr-0.4質量%Cu-0.3質量%Ti)などが挙げられる。
このようなステンレス鋼を、数%程度の酸素を含む燃焼性ガス雰囲気(例えば、コークス炉ガスを燃焼させた雰囲気)中で焼鈍し、スケールが生じたものを用いる。焼鈍温度、焼鈍時間などの焼鈍条件は、特に限定されず、ステンレス鋼の鋼種などに応じて、従来公知の条件を適宜選択すればよい。
【0025】
[脱スケール方法]
本発明のステンレス鋼の脱スケール方法(以下、単に「本発明の脱スケール方法」ともいう)は、本発明の脱スケール液を用いて、ステンレス鋼に対して、電解脱スケール処理を施す。
電解脱スケール処理としては、特に限定されず、間接電解処理、直接電解処理、貫通電解処理、交板電解処理などの従来公知の電解処理を適宜採用できる。
【0026】
電解脱スケール処理におけるアノード電解処理の電気量密度は、高速に脱スケールする観点から、5.0C/dm2以上が好ましく、脱スケール性を良好にする観点から、10.0C/dm2以上がより好ましい。
一方、ステンレス鋼の表面性状等を良好にする観点からは、電解脱スケール処理におけるアノード電解処理の電気量密度は、300.0C/dm2以下が好ましく、100.0C/dm2以下がより好ましく、70.0C/dm2以下が更に好ましい。
ここでは、アノード電解処理(ステンレス鋼をアノードとした電解処理)の電気量密度を、特に規定した。
その理由は、スケール中のCr2O3が溶解するのは、ステンレス鋼をアノードとした電解処理の場合のみだからである。ステンレス鋼をカソードとした電解処理では、スケールは溶解せず、水の電気化学分解反応が起こり、O2が生成するのみである。
もっとも、間接電解処理、直接電解処理、貫通電解処理、交板電解処理などの従来の電解処理を行なう場合は、一般的に、アノード電解処理と同様に、カソード電解処理(ステンレス鋼をカソードとした電解処理)も行なうことを要する。
すなわち、アノード電解処理を行なう場合は、カソード電解処理も行ない、そのカソード電解処理において、アノード電解処理の電気量密度と同量の電気量密度を付加することを要する。
なお、先にアノード電解処理を行なうと、生成したCr3+イオンがステンレス鋼に逆付着する場合があることから、先にカソード電解処理を行なうことが好ましい。
【0027】
スケールが薄い場合(例えば、ステンレス鋼SUS430のスケール)は、本発明の脱スケール液を用いた電解脱スケール処理だけでも、ステンレス鋼の表面からスケールは十分に除去される。このため、酸水溶液中への浸漬は特に必要はない。
【0028】
一方、スケールが厚い場合(例えば、ステンレス鋼SUS304、SUS430J1L、SUS443J1のスケール)は、本発明の脱スケール液を用いた電解脱スケール処理だけでは脱スケールが不十分となり得る。
この場合、電解脱スケール処理を施したステンレス鋼を、引き続き、酸水溶液中に浸漬させる処理(浸漬処理)を行なうことは有用である。これにより、酸水溶液が、電解脱スケール処理によってスケールに形成された微小欠陥の中に入り込み、スケールとステンレス鋼(地鉄)との界面に到達して、地鉄が溶解する。
【0029】
このとき、電解脱スケール処理に用いる脱スケール液のpHを酸性側に下げる(具体的には、pHを2以上5以下にする)ことが好ましい。これにより、先の電解脱スケール処理においても地鉄の溶解が進み、後の浸漬処理において地鉄に対する酸の接触を容易にすることができ、脱スケール時間を短縮できる。こうして、脱スケールが終了する。
【0030】
電解脱スケール処理後の浸漬処理に用いる酸水溶液に含有される酸としては、例えば、硝フッ酸、硫酸、硝酸、硫フッ酸、および、これらの塩などが挙げられる。
酸水溶液における酸の含有量は、合計量で、10g/L以上が好ましく、30g/L以上がより好ましい。
一方、酸水溶液における酸の含有量は、合計量で、200g/L以下が好ましく、150g/L以下がより好ましい。
【実施例】
【0031】
以下に、実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されない。
【0032】
[供給材の準備]
板厚が1.5mmであるステンレス鋼SUS430の冷延板(冷間圧延まま材)を準備した。
更に、板厚が1.2mmであるステンレス鋼SUS304、SUS430J1LおよびSUS443J1の冷延板(冷間圧延まま材)を準備した。
各ステンレス鋼の成分組成を、下記表1に示す(残部はFeおよび不可避的不純物からなる)。
【0033】
【0034】
準備した冷延板を、実験室において焼鈍し、冷延焼鈍板を得た。
より詳細には、コークス炉ガスと空気とを空気比1.2で混合して、バーナーの直火により燃焼させたガス(CH4:0体積%、CO2:7.0体積%、CO:0体積%、H2:0体積%、H2O:21.0体積%、O2:3.2体積%、および、N2:68.8体積%を含有するガス)雰囲気中で冷延板を焼鈍した。ガスの組成は、イオンクロマトグラフィーを用いて定量分析した。
焼鈍温度は、SUS430では860℃、SUS304では1100℃、SUS430J1Lでは1050℃、SUS443J1では950℃とした。
焼鈍時間は60秒とした。
【0035】
焼鈍により得られた冷延焼鈍板を、40mm×70mmのサイズに切断し、供試材とした。供試材の表面および裏面それぞれにテープでシールすることによって、40mm×50mmの範囲を、後述する電解脱スケール処理の対象とした。
【0036】
[脱スケール液の調製]
中性塩として硫酸ナトリウム(Na2SO4)を含有する水溶液に、キレート剤としてEDTA・2Na・2水和物および/またはNTA・Na・2水和物を添加することにより、下記表2に示す脱スケール液1~8を調製した。
各脱スケール液におけるNa2SO4の含有量を、下記表2に示す。
更に、各脱スケール液について、EDTA換算のEDTA・2Na・2水和物の含有量、および、NTA換算のNTA・Na・2水和物の含有量を、下記表2に示す。これらのキレート剤を添加しなかった場合は、下記表2には「-」を記載した。
【0037】
各脱スケール液のpHについても、下記表2に示す。
各脱スケール液のpH(例えば、5以下のpH)は、硫酸(濃硫酸または希硫酸)を添加することにより調整した。
【0038】
【0039】
[試験例1]
脱スケール液1~3を用いて、供試材(SUS430)に対して、電解脱スケール処理を施した。
電解脱スケール処理は、電解治具を供試材に直接接続する方法(直接通電法)により行なった。より詳細には、まず、供試材を、あらかじめ恒温槽で80℃にした脱スケール液(400mL)に浸漬した。次いで、外部整流器を用いて、電気量密度:-30C/dm2→+30C/dm2の通電を3回繰り返した。
すなわち、供試材をカソードにして30C/dm2の電気量密度で電解処理(カソード電解処理)を行ない、その後、供試材をアノードにして30C/dm2の電気量密度で電解処理(アノード電解処理)を行なった。これを3回繰り返した。
このような電解処理を行なった理由は、一度に大きな電気量密度を付加すると、ステンレス鋼の表面に傷が発生しやすくなったり、電極の傷みが激しくなったりする場合があるからである。
電解脱スケール処理後、直ちに、供試材を脱スケール液から取り出し、イオン交換水で洗浄し、不織布で表面を擦り、熱風で乾燥した。
電解脱スケール処理は、脱スケール液ごとに、4枚の供試材に対して実施した。
【0040】
電解脱スケール処理後における供試材について、目視およびSEMにより観察し、表面性状を確認しつつ、残存スケールの面積率(単位:%)を測定した。測定した残存スケールの面積率から、脱スケール率(=100-残存スケールの面積率)を求めた。
更に、電解脱スケール処理による供試材の減量(脱スケール量)を測定した。
結果を下記表3に示す。
【0041】
脱スケール液の外観についても観察した。
電解脱スケール処理後における脱スケール液2は、赤褐色を呈しており、Cr6+イオンの存在が示唆された。これに対して、脱スケール液1および3は、電解脱スケール処理の開始直後から、薄い緑色を呈しており、Cr3+イオンの存在が示唆された。
そこで、電解脱スケール処理後における脱スケール液を定量分析し、Cr6+濃度を計測した。結果を下記表3に示す。
Cr6+濃度は、電解脱スケール処理後における各脱スケール液をそれぞれ希釈し、発色剤としてジフェニカルカルバジドを用いて、吸光光度法により計測した。後述する試験例2においても同様である。
【0042】
【0043】
〈試験例1の結果まとめ〉
上記表3に示すように、いずれの場合も、電解脱スケール処理後において、スケールの完全な除去および良好な表面性状が認められた。電解脱スケール処理による減量は、いずれの場合も、ほぼ同等であった。
【0044】
しかしながら、電解脱スケール処理後において、キレート剤(EDTA類および/またはNTA類)を含有しない脱スケール液2は、Cr6+濃度が6mg/Lであった。これに対して、キレート剤(EDTA類および/またはNTA類)を含有する脱スケール液1および3は、Cr6+濃度が0mg/Lであり、Cr6+イオンは検知されなかった。
以上の結果から、試験例1においては、脱スケール液1または3(発明例)を用いた場合は、脱スケール液2(比較例)を用いた場合よりも、電解脱スケール処理の後にCr6+イオンの残留が抑制されたことが分かった。
【0045】
[試験例2]
脱スケール液1および4~8を用いて、供試材(SUS304、SUS430J1LまたはSUS443J1)に対して、試験例1と同じ条件で電解脱スケール処理を施した。電解脱スケール処理は、脱スケール液ごとに、3枚の供試材に対して実施した。
電解脱スケール処理による供試材の減量(脱スケール量)を測定した。
更に、試験例1と同様にして、電解脱スケール処理後における脱スケール液のCr6+濃度を計測した。
結果を下記表4に示す。
【0046】
なお、試験例2で用いたステンレス鋼は焼鈍温度が高いためにスケールが厚く、電解脱スケール処理だけでは十分に脱スケールできなかった。
そこで、電解脱スケール処理後の供試材に対して、60℃の酸水溶液に浸漬させる浸漬処理を施した。酸水溶液としては、50g/Lの硝酸および30g/Lのフッ酸を含有する硝フッ酸水溶液を用いた。このとき、浸漬時間を変えて、脱スケール性を評価した。
浸漬時間、および、浸漬処理後の供試材の減量(脱スケール量)を下記表4に示す。
更に、浸漬処理後における供試材について、目視およびSEMにより観察し、表面性状を確認しつつ、脱スケール率を求めた。結果を下記表4に示す。
【0047】
【0048】
〈試験例2の結果まとめ〉
上記表4に示すように、電解脱スケール処理後において、キレート剤(EDTA類および/またはNTA類)を含有しない脱スケール液7は、Cr6+濃度が2、4または7mg/Lであった。これに対して、キレート剤(EDTA類および/またはNTA類)を含有する脱スケール液1、4、5、6および8は、Cr6+濃度が0mg/Lであり、Cr6+イオンは検知されなかった。
以上の結果から、試験例2において、脱スケール液1、4、5、6または8(発明例)を用いた場合は、脱スケール液7(比較例)を用いた場合よりも、電解脱スケール処理の後にCr6+イオンの残留が抑制されたことが分かった。
【0049】
キレート剤(EDTA類および/またはNTA類)を含有する脱スケール液1、4、5、6または8を用いた場合について対比する。
pHが6である脱スケール液1を用い、かつ、浸漬処理における浸漬時間が10秒と短い場合(No.4-1およびNo.12-1)は、スケール残りが生じた。
pHが1である脱スケール液6を用い、かつ、浸漬処理における浸漬時間が60秒と長い場合(No.7-3)は、肌荒れが生じた。
これに対して、pHが2以上5以下の範囲内である脱スケール液4、5または8を用いた場合は、浸漬時間にかかわらず、浸漬処理後において、スケールの完全な除去および良好な表面性状が認められた。