(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-30
(45)【発行日】2023-02-07
(54)【発明の名称】低熱膨張合金及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230131BHJP
C21D 8/00 20060101ALI20230131BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20230131BHJP
【FI】
C22C38/00 302R
C21D8/00 D
C22C38/58
(21)【出願番号】P 2019027914
(22)【出願日】2019-02-20
【審査請求日】2021-10-08
(31)【優先権主張番号】P 2018048910
(32)【優先日】2018-03-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 一真
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-178672(JP,A)
【文献】特開2017-172044(JP,A)
【文献】特開2002-256395(JP,A)
【文献】特開2017-172045(JP,A)
【文献】特開2002-266025(JP,A)
【文献】特開平07-228947(JP,A)
【文献】特開2014-161861(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C21D 8/00
C22C 38/58
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
低熱膨張合金であって、
化学組成が、質量%で、
C:0.20~2.00%、
Mn:0.05~2.00%、
V:0.80~10.00%、
Ni:30.00~40.00%、
Si:0超~0.50%、及び、Al:0超~0.100%からなる群から選択される1種以上、
Co:0~10.00%、
Cr:0~3.00%、及び、
残部:Fe及び不純物、
からなり、式(1)及び式(2)を満たし、
前記低熱膨張合金中において、
バナジウム炭化物の体積率が2.5~12.5%であり、
円相当径が
1nm以上200nm未満の微細バナジウム炭化物が50個/μm
2以上であり、
円相当径が1.0μm以上の粗大バナジウム炭化物の平均円相当径が2.8μm未満である、
低熱膨張合金。
30.00≦Ni+Co≦40.00 (1)
-0.50<V-50.94/12.01×C<2.00 (2)
ここで、式(1)及び式(2)の元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【請求項2】
請求項1に記載の低熱膨張合金であって、
前記化学組成は、
Co:0.10~10.00%を含有する、
低熱膨張合金。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の低熱膨張合金であって、
前記化学組成は、
Cr:1.00~3.00%を含有する、
低熱膨張合金。
【請求項4】
化学組成が、質量%で、
C:0.20~2.00%、
Mn:0.05~2.00%、
V:0.80~10.00%、
Ni:30.00~40.00%、
Si:0超~0.50%、及び、Al:0超~0.100%からなる群から選択される1種以上、
Co:0~10.00%、
Cr:0~3.00%、及び、
残部:Fe及び不純物、
からなり、式(1)及び式(2)を満たす素材を1150~1300℃に加熱した後、熱間鍛造して合金材を製造する熱間鍛造工程であって、前記熱間鍛造工程での累積圧下率を30.0%以上とし、前記累積圧下率が30.0%になるまでの1パスあたりの圧下率を5.0%以上とし、熱間鍛造中の前記素材の温度を900℃以上とする、熱間鍛造工程と、
前記熱間鍛造工程後の前記合金材に対して、1000~1300℃で0.5時間以上保持する溶体化処理を実施する溶体化処理工程と、
前記溶体化処理工程後の前記合金材に対して、20.0%以上の冷間加工率で冷間加工を実施する冷間加工工程と、
前記冷間加工工程後の前記合金材に対して、500~800℃で0.5時間以上保持して時効熱処理を実施する時効熱処理工程とを備える、
請求項1に記載の低熱膨張合金の製造方法。
【請求項5】
請求項4に記載の低熱膨張合金の製造方法であって、
前記化学組成は、
Co:0.10~10.00%を含有する、
低熱膨張合金の製造方法。
【請求項6】
請求項4又は請求項5に記載の低熱膨張合金の製造方法であって、
前記化学組成は、
Cr:1.00~3.00%を含有する、
低熱膨張合金の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、合金及びその製造方法に関し、さらに詳しくは、低熱膨張合金及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
低熱膨張合金として、インバー(商標)合金が知られている。インバー合金は、自発体積磁歪(インバー効果)により、室温~300℃の範囲において、低い熱膨張係数を有する。そのため、熱の影響を受けても寸法が変化しにくい。インバー合金は、工作機械や精密測定機器等、高い寸法精度が求められる装置の部材に利用される。
【0003】
しかしながら、インバー合金は、熱膨張係数が小さい反面、ヤング率及び引張強度が低い。たとえば、ヤング率は140GPa程度であり、一般的な鋼の2/3程度と低い。したがって、剛性及び強度が求められる部材にインバー合金を使用しにくい。
【0004】
低い熱膨張係数を維持しつつ、高剛性又は高強度を有する低熱膨張合金が、特開2015-178672号公報(特許文献1)、及び、特開2017-172044号公報(特許文献2)で提案されている。
【0005】
特許文献1に記載された低熱膨張合金は、低い熱膨張係数及び高いヤング率を目的とする。この文献の低熱膨張合金は、質量%で、C:0.2~2.0%、Si:0.05~1.0%、Mn:0.05~2.0%、Al:0.01~0.14%、V:0.8~10.0%、Ni:30.0~40.0%、Co:0~10.0%、及び、Nb及びTiの少なくとも1種:0~4.0%を含有し、残部はFe及び不純物からなり、30.0≦Ni+Co≦40.0を満たす化学組成を有する。低熱膨張合金は、V、Nb及びTiのいずれかを含む特定炭化物を、体積率で2.5~12.5%含有する。これにより、低い熱膨張係数及び高いヤング率を有する合金が得られ、実施例では、150~171GPaのヤング率を実現している。
【0006】
特許文献2に記載された低熱膨張合金は、低い熱膨張係数、高いヤング率、及び、高い引張強度を目的とする。この文献の低熱膨張合金は、質量%で、C:0.2~2.0%、Mn:0.05~2.0%、V:0.8~10.0%、Ni:30.0~40.0%、Si:0.5%以下及びAl:0.1%以下からなる群から選択される1種以上、Co:0~10.0%、及び、Cr:0~3.0%を含有し、残部はFe及び不純物からなり、式(1)及び式(2)を満たす化学組成を有する。さらに、バナジウム炭化物を2.5~12.5体積%含有し、円相当径が200nm未満のバナジウム炭化物を10個/μm2以上含有する。ここで、式(1):30.0≦Ni+Co≦40.0、式(2):-0.5<V-50.94/12.01×C<2.0である。これにより、低い低熱膨張係数、高いヤング率、及び、高い引張強度が得られ、実施例では、150~168GPaのヤング率、及び、800~910MPaの引張強度を実現している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2015-178672号公報
【文献】特開2017-172044号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】E.A.Owen,E.L.Yates,and A.H.Sully:Proc.Phys.Soc.49,323(1937)
【文献】Eremenko V.N.,Kharkova A.M.,Velikanova T.Y.:Isothermal section of the vanadium-rhenium-carbon system at 1950 °C. Dopovidi Akademii Nauk Ukrains’koi RSR, Seriya A: Fiziko-Matematichni ta Tekhnichni Nauki 5 (1984) 83-85 (in Ukrainian)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1及び特許文献2に提案された低熱膨張合金は、低い熱膨張係数、及び、高いヤング率を有し、特許文献2に提案された低熱膨張合金はさらに、高い引張強度を有する。最近では、低い熱膨張係数及び高いヤング率を維持しつつ、さらに高強度の低熱膨張合金が求められている。また、最近では、低熱膨張合金に対して延性も求められている。
【0010】
本開示の目的は、低い熱膨張係数及び高いヤング率を有し、さらに、高い強度及び優れた延性を有する低熱膨張合金を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本開示による低熱膨張合金は、
化学組成が、質量%で、
C:0.20~2.00%、
Mn:0.05~2.00%、
V:0.80~10.00%、
Ni:30.00~40.00%、
Si:0超~0.50%、及び、Al:0超~0.100%からなる群から選択される1種以上、
Co:0~10.00%、
Cr:0~3.00%、及び、
残部:Fe及び不純物、
からなり、式(1)及び式(2)を満たし、
前記低熱膨張合金中において、
バナジウム炭化物の体積率が2.5~12.5%であり、
円相当径が200nm未満の微細バナジウム炭化物が50個/μm2以上であり、
円相当径が1.0μm以上の粗大バナジウム炭化物の平均円相当径が2.8μm未満である。
30.00≦Ni+Co≦40.00 (1)
-0.50<V-50.94/12.01×C<2.00 (2)
ここで、式(1)及び式(2)の元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0012】
本開示による低熱膨張合金の製造方法は、
化学組成が、
質量%で、
C:0.20~2.00%、
Mn:0.05~2.00%、
V:0.80~10.00%、
Ni:30.00~40.00%、
Si:0超~0.50%、及び、Al:0超~0.100%からなる群から選択される1種以上、
Co:0~10.00%、
Cr:0~3.00%、及び、
残部:Fe及び不純物、
からなり、式(1)及び式(2)を満たす素材を1150~1300℃に加熱した後、熱間鍛造して合金材を製造する熱間鍛造工程であって、前記熱間鍛造工程での累積圧下率を30.0%以上とし、前記累積圧下率が30.0%になるまでの1パスあたりの圧下率を5.0%以上とし、熱間鍛造中の前記素材の温度を900℃以上とする、熱間鍛造工程と、
前記熱間鍛造工程後の前記合金材に対して、1000~1300℃で0.5時間以上保持する溶体化処理を実施する溶体化処理工程と、
前記溶体化処理工程後の前記合金材に対して、20.0%以上の冷間加工率で冷間加工を実施する冷間加工工程と、
前記冷間加工工程後の前記合金材に対して、500~800℃で0.5時間以上保持して時効熱処理を実施する時効熱処理工程とを備える。
【発明の効果】
【0013】
本開示による低熱膨張合金は、低い熱膨張係数及び高いヤング率を有し、さらに、高い強度及び優れた延性を有する。本開示による低熱膨張合金の製造方法は、上述の構成を有する低熱膨張合金を製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、本実施形態の低熱膨張合金の製造方法の各工程中のヒートパターンと、各工程後のミクロ組織観察写真の模式図とを示す図である。
【
図2】
図2は、本実施形態の製造工程中の熱間鍛造工程での圧下率及び累積圧下率を説明するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者は、低熱膨張合金の熱膨張係数、ヤング率、引張強度、及び、延性について調査及び検討を行った。その結果、本発明者は次の知見を得た。
【0016】
[熱膨張係数について]
Niは、合金の自発体積磁歪を高め、その結果、合金の熱膨張係数を下げる。Ni含有量が30.00~40.00質量%であれば、合金の熱膨張係数が低くなる。さらに、CoはNiを代替可能である。つまり、Coも合金の自発体積磁歪を高め、その結果、合金の熱膨張係数を下げる。特に、化学組成が、質量%で、C:0.20~2.00%、Mn:0.05~2.00%、V:0.80~10.00%、Ni:30.00~40.00%、Si:0超~0.50%及びAl:0超~0.100%からなる群から選択される1種以上、Co:0~10.00%、Cr:0~3.00%、及び、残部:Fe及び不純物、からなる合金において、さらに、式(1)を満たせば、合金の熱膨張係数が低くなる。
30.00≦Ni+Co≦40.00 (1)
ここで、式(1)の元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0017】
[ヤング率について]
合金のヤング率を高めるためには、周期表中の4~6族の元素(以下、特定元素と称する)を利用することが有効である。特定元素が固溶状態で存在した場合、合金のヤング率は高くなる。しかしながら、特定元素の固溶量が一定量を超えると、合金の熱膨張係数が急激に増大する。一方で、特定元素を析出物と複合化させることでも合金のヤング率を高めることができる。しかしながら、この場合、析出物が熱膨張することにより、合金の熱膨張係数が増大してしまう。
【0018】
そこで、本発明者は、これらの方法ではなく、熱膨張係数が低く、かつ、ヤング率の高い化合物を分散する方法により合金のヤング率を高めることを検討した。
【0019】
バナジウム炭化物(VC)は、熱膨張係数が低く、かつ、ヤング率が高い。さらに、バナジウム炭化物は、溶解した合金が凝固する過程で容易に晶出又は析出する。したがって、本実施形態では、上記化学組成の合金のヤング率を高める化合物として、バナジウム炭化物(VC)を利用する。具体的には、化学組成が、質量%で、C:0.20~2.00%、Mn:0.05~2.00%、V:0.80~10.00%、Ni:30.00~40.00%、Si:0超~0.50%及びAl:0超~0.100%からなる群から選択される1種以上、Co:0~10.00%、Cr:0~3.00%、及び、残部:Fe及び不純物、からなり、式(1)を満たす合金において、合金中のバナジウム炭化物(VC)を体積率で2.5~12.5体積%とする。この場合、式(1)を満たす上記化学組成の合金において、ヤング率が高まる。
【0020】
[強度について]
式(1)を満たす上記化学組成の合金において、上述のとおり、ヤング率は、バナジウム炭化物の体積率と相関を有する。一方、式(1)を満たす上記化学組成の合金において、鋼中のバナジウム炭化物のうち、少なくとも円相当径が1.0μm以上の粗大なバナジウム炭化物は、合金の強度向上に寄与しにくい。一方、円相当径が200nm未満の微細なバナジウム炭化物は、合金の強度向上に強力に寄与する。したがって、円相当径が200nm未満の微細なバナジウム炭化物の個数密度(個/μm2)を増加させれば、強度が飛躍的に高まると考えられる。以下、円相当径が200nm未満のバナジウム炭化物を「微細バナジウム炭化物」ともいう。また、円相当径が1.0μm以上のバナジウム炭化物を「粗大バナジウム炭化物」という。なお、円相当径とは、後述するとおり、バナジウム炭化物の面積を円に換算したときの直径を意味する。
【0021】
式(1)を満たす上記化学組成の合金中において、微細バナジウム炭化物の個数密度(個/μm2)を増加させるために、熱間加工後の合金に対して高温での溶体化処理を実施して合金中のバナジウム炭化物をある程度固溶して、その後、時効熱処理により、微細バナジウム炭化物を多数析出させることが考えられる。
【0022】
しかしながら、バナジウム炭化物は高温においても安定な化合物である。そして、上述の化学組成の合金において、液体合金が鋳造工程において凝固する際に、晶出又は析出して粗大バナジウム炭化物が形成されている。そのため、通常、溶体化処理等の高温での熱処理においても、粗大バナジウム炭化物は合金中に固溶しにくい。そのため、溶体化処理後、時効熱処理を行っても、微細バナジウム炭化物が合金中に十分に析出しにくい。
【0023】
そこで、本発明者は、合金中に晶出又は析出した粗大バナジウム炭化物を、微細バナジウム炭化物が十分に析出する程度に、固溶させる方法について検討を行った。その結果、本発明者は、式(1)を満たす上記化学組成の合金中のV含有量及びC含有量を適切に調整することにより、溶体化処理によって、粗大なバナジウム炭化物の一部を固溶させることができることを見出した。具体的には、式(1)を満たす上記化学組成において、さらに、式(2)を満たすことにより、合金中に晶出又は析出した粗大なバナジウム炭化物の一部が、溶体化処理において固溶しやすくなる。その結果、その後の時効熱処理において、円相当径が200nm未満の微細バナジウム炭化物をある程度析出させることができる。
-0.50<V-50.94/12.01×C<2.00 (2)
式(2)の元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0024】
[さらなる強度の上昇及び延性の検討]
しかしながら、式(1)及び式(2)を満たす化学組成の低熱膨張合金であっても、特許文献2に記載のとおり、円相当径が200nm未満の微細なバナジウム炭化物の個数密度は、10~23個/μm2程度である。この場合、引張強度は最大でも910MPa程度にとどまる。
【0025】
そこで、本発明者は、さらなる強度の向上について検討を行った。上述のとおり、式(1)及び式(2)を満たす上記化学組成の合金において、ヤング率に関しては、バナジウム炭化物の総体積率が強く影響する。一方で、強度に関しては、粗大バナジウム炭化物はほとんど影響せず、円相当径が200nm未満の微細バナジウム炭化物の個数密度(個/μm2)が強く影響する。そこで、本発明者は、ヤング率を高めるバナジウム炭化物の総体積率が同じ場合であっても、微細なバナジウム炭化物の個数密度をさらに増加させることができれば、強度をさらに高めることができると考えた。
【0026】
そこで、本発明者は、次の方法により、微細バナジウム炭化物の個数密度をさらに増加させることを考えた。溶体化処理後であって時効熱処理前に、冷間加工を実施して、時効熱処理前の合金に適度のひずみ(転位)を導入する。この場合、導入された転位は時効熱処理時のバナジウム炭化物の析出サイトとなる。そのため、時効熱処理により析出する微細バナジウム炭化物の個数密度を飛躍的に高めることができる。
【0027】
そこで、上記検討結果に基づいて、冷間加工を実施して微細バナジウム炭化物の個数密度の増加を試みた。具体的には、溶体化処理後、冷間加工を実施し、冷間加工後に時効熱処理を実施して、低熱膨張合金を製造した。しかしながら、この場合、微細バナジウム炭化物の個数密度を増加させることはできるものの、低熱膨張合金の引張強度が低下し、かつ、延性が低下する場合があることがわかった。そこで、本発明者は、冷間加工を実施した場合に低熱膨張合金の引張強度及び延性が低下する原因について、さらに検討を行った。
【0028】
検討の結果、引張強度の低下の原因は次のとおりと考えられた。式(1)及び式(2)を満たす上記化学組成の合金を鋳造する場合、鋳造時の凝固段階で柱状又は塊状の粗大バナジウム炭化物が晶出又は析出する。鋳造によりひとたび粗大バナジウム炭化物が生成すれば、溶体化処理において各粗大バナジウム炭化物の一部が固溶するものの、その固溶量には限界がある。つまり、鋳造によりひとたび粗大バナジウム炭化物が生成すれば、粗大バナジウム炭化物は(式(2)を満たすことにより多少は固溶するものの)そのサイズの大部分を維持する。この粗大バナジウム炭化物が合金中に残存した状態で、冷間加工を実施すれば、粗大バナジウム炭化物と母相との界面で微細な割れが生じると考えられる。そのため、冷間加工によりひずみを導入した後時効熱処理を実施し、微細バナジウム炭化物の個数密度を飛躍的に増加させた場合であっても、合金中に残存する粗大バナジウム炭化物が大きすぎれば、低熱膨張合金の引張強度及び延性が低下する。より具体的には、低熱膨張合金の伸び(破断伸び)を延性の指標とした場合、微細バナジウム炭化物の個数密度が十分であっても、粗大バナジウム炭化物の平均円相当径が大きすぎれば、低熱膨張合金の引張強度と伸びとの積が小さくなり、引張強度及び延性が低下してしまう。
【0029】
以上の検討に基づいて、本発明者は、低熱膨張合金の引張強度及び延性の両方を高めるためには、凝固時に生成される粗大バナジウム炭化物を熱間鍛造時に破砕して、粗大バナジウム炭化物のサイズを小さくすることが有効であると考えた。粗大バナジウム炭化物のサイズが小さくなれば、加工時において粗大バナジウムが割れの起点となるのを抑制することができる。その結果、引張強度及び延性の低下を抑制できる。
【0030】
そこで、製造方法の一例として、熱間鍛造工程において、累積圧下率が30.0%に至るまでの1パスあたりの圧下率を5.0%以上とすれば、凝固時に生成した粗大バナジウムを十分に破砕でき、式(1)及び式(2)を満たす化学組成を有し、バナジウム炭化物の総体積率が2.5~12.5%の低熱膨張合金において、円相当径が1.0μm以上の粗大バナジウム炭化物の平均円相当径が2.8μm未満となり、加工時において粗大バナジウムがクラックの起点となるのを十分に抑制できることを本発明者は見出した。さらに、冷間加工時の冷間加工率を20.0%以上とすることにより、式(1)及び式(2)を満たす化学組成を有し、バナジウム炭化物の総体積率が2.5~12.5%の低熱膨張合金において、円相当径が200nm未満のバナジウム炭化物の個数密度が50個/μm2以上とすることができ、その結果、引張強度を高くすることができ、かつ、延性も高めることができることを見出した。なお、上述の製法例はあくまでも一例である。そのため、他の方法によって、式(1)及び式(2)を満たす上記化学組成の合金において、バナジウム炭化物の総体積率を2.5~12.5%とし、円相当径が200nm未満のバナジウム炭化物の個数密度を50個/μm2以上とし、粗大バナジウム炭化物の平均円相当径を2.8μm未満としてもよい。
【0031】
以上の技術思想に基づいて完成した本実施形態による低熱膨張合金の要旨は次のとおりである。
【0032】
[1]の低熱膨張合金は、
化学組成が、質量%で、
C:0.20~2.00%、
Mn:0.05~2.00%、
V:0.80~10.00%、
Ni:30.00~40.00%、
Si:0超~0.50%、及び、Al:0超~0.100%からなる群から選択される1種以上、
Co:0~10.00%、
Cr:0~3.00%、及び、
残部:Fe及び不純物、
からなり、式(1)及び式(2)を満たし、
前記低熱膨張合金中において、
バナジウム炭化物の体積率が2.5~12.5%であり、
円相当径が200nm未満の微細バナジウム炭化物が50個/μm2以上であり、
円相当径が1.0μm以上の粗大バナジウム炭化物の平均円相当径が2.8μm未満である。
30.00≦Ni+Co≦40.00 (1)
-0.50<V-50.94/12.01×C<2.00 (2)
ここで、式(1)及び式(2)の元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0033】
[2]の低熱膨張合金は、[1]に記載の低熱膨張合金であって、
前記化学組成は、
Co:0.10~10.00%を含有する。
【0034】
[3]の低熱膨張合金は、[1]又は[2]に記載の低熱膨張合金であって、
前記化学組成は、
Cr:1.00~3.00%を含有する。
【0035】
[4]の低熱膨張合金の製造方法は、
化学組成が、質量%で、
C:0.20~2.00%、
Mn:0.05~2.00%、
V:0.80~10.00%、
Ni:30.00~40.00%、
Si:0超~0.50%、及び、Al:0超~0.100%からなる群から選択される1種以上、
Co:0~10.00%、
Cr:0~3.00%、及び、
残部:Fe及び不純物、
からなり、式(1)及び式(2)を満たす素材を1150~1300℃に加熱した後、熱間鍛造して合金材を製造する熱間鍛造工程であって、前記熱間鍛造工程での累積圧下率を30.0%以上とし、前記累積圧下率が30.0%になるまでの1パスあたりの圧下率を5.0%以上とし、熱間鍛造中の前記素材の温度を900℃以上とする、熱間鍛造工程と、
前記熱間鍛造工程後の前記合金材に対して、1000~1300℃で0.5時間以上保持する溶体化処理を実施する溶体化処理工程と、
前記溶体化処理工程後の前記合金材に対して、20.0%以上の冷間加工率で冷間加工を実施する冷間加工工程と、
前記冷間加工工程後の前記合金材に対して、500~800℃で0.5時間以上保持して時効熱処理を実施する時効熱処理工程とを備える。
【0036】
[5]の低熱膨張合金の製造方法は、[4]に記載の低熱膨張合金の製造方法であって、
前記化学組成は、
Co:0.10~10.00%を含有する。
【0037】
[6]の低熱膨張合金の製造方法は、[4]又は[5]に記載の低熱膨張合金の製造方法であって、
前記化学組成は、
Cr:1.00~3.00%を含有する。
【0038】
以下、本実施形態の低熱膨張合金及び低熱膨張合金の製造方法について詳しく説明する。以下、化学組成における「%」は特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0039】
[化学組成]
本実施形態の低熱膨張合金の化学組成は、次の元素を含有する。
【0040】
C:0.20~2.00%
炭素(C)は、バナジウム(V)と結合してバナジウム炭化物を形成する。バナジウム炭化物のヤング率は高い。さらに、バナジウム炭化物の熱膨張係数は低く、オーステナイトの半分程度である。したがって、バナジウム炭化物は、合金の熱膨張率の上昇を抑えつつ、ヤング率を高めることができる。C含有量が0.20%未満であれば、この効果が得られない。一方、C含有量が2.00%を超えれば、Cが母相であるオーステナイト中に固溶する。Cが母相に固溶すれば、熱膨張係数が増大してしまう。したがって、C含有量は0.20~2.00%である。C含有量の好ましい下限は0.30%であり、さらに好ましくは0.40%であり、さらに好ましくは0.80%である。C含有量の好ましい上限は1.80%であり、さらに好ましくは1.60%であり、さらに好ましくは1.20%である。
【0041】
Mn:0.05~2.00%
マンガン(Mn)は不純物である硫黄(S)と結合し、合金の熱間加工性を改善する。Mn含有量が0.05%未満であれば、この効果が得られない。一方、Mn含有量が2.00%を超えれば、合金の自発体積磁歪が減少する。その結果、合金の熱膨張係数が高まる。したがって、Mn含有量は0.05~2.00%である。Mn含有量の好ましい下限は0.06%であり、さらに好ましくは0.08%であり、さらに好ましくは0.15%である。Mn含有量の好ましい上限は1.70%であり、さらに好ましくは1.50%であり、さらに好ましくは1.00%である。
【0042】
V:0.80~10.00%
バナジウム(V)は炭素(C)と結合してバナジウム炭化物として合金中に晶出又は析出する。これにより、合金の熱膨張係数の増加を抑えつつ、合金のヤング率を高めることができる。さらに、円相当径が200nmの微細なバナジウム炭化物として析出することにより、引張強度を高めることができる。V含有量が0.80%未満であれば、この効果が得られない。一方、V含有量が10.00%を超えれば、Vが母相に過剰に多く固溶し、その結果、合金の熱膨張係数が増大する。V含有量が10.00%を超えればさらに、バナジウム炭化物が粗大化し、その結果、合金の延性が低下する。したがって、V含有量は0.80~10.00%である。V含有量の好ましい下限は1.00%であり、さらに好ましくは1.60%であり、さらに好ましくは3.20%である。V含有量の好ましい上限は9.00%であり、さらに好ましくは8.00%であり、さらに好ましくは6.00%である。
【0043】
Ni:30.00~40.00%
ニッケル(Ni)は、合金の自発体積磁歪を高め、その結果、合金の熱膨張係数を下げる。Ni含有量が30.00%未満であれば、この効果が得られない。一方、Ni含有量が40.00%を超えれば、合金の熱膨張係数がかえって増大する。したがって、Ni含有量は30.00~40.00%である。Ni含有量の好ましい下限は31.00%であり、さらに好ましくは32.00%であり、さらに好ましくは33.00%である。Ni含有量の好ましい上限は39.00%であり、さらに好ましくは38.00%であり、さらに好ましくは35.00%である。
【0044】
低熱膨張合金の化学組成はさらに、Si:0超~0.50%、及び、Al:0超~0.100%からなる群から選択される1種以上を含有する。
【0045】
Si:0超~0.50%
シリコン(Si)は合金を脱酸する。Siが少しでも含有されれば、脱酸効果がある程度得られる。しかしながら、Si含有量が0.50%を超えれば、合金の自発体積磁歪が減少し、合金の熱膨張係数が高まる。したがって、Si含有量は0超~0.50%である。Si含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.05%である。Si含有量の好ましい上限は0.30%であり、さらに好ましくは0.20%である。
【0046】
Al:0超~0.100%
アルミニウム(Al)は合金を脱酸する。Alが少しでも含有されれば、脱酸効果がある程度得られる。しかしながら、Al含有量が0.100%を超えれば、合金の自発体積磁歪が減少する。その結果、合金の熱膨張係数が高まる。したがって、Al含有量は0超~0.100%である。Al含有量の好ましい下限は0.010%であり、さらに好ましくは0.020%であり、さらに好ましくは0.030%である。Al含有量の好ましい上限は0.090%未満であり、さらに好ましくは0.050%である。本実施形態において、Al含有量とは、全Alの含有量である。
【0047】
本実施形態の低熱膨張合金の化学組成の残部はFe及び不純物である。ここで、不純物とは、合金を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は製造環境などから混入されるものであって、本実施形態の低熱膨張合金に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。不純物はたとえば、燐(P)、硫黄(S)、窒素(N)、酸素(O)等である。P、S、N及びOの含有量はたとえば、P:0.02%以下、S:0.005%以下、N:0.02%以下、O:0.01%以下である。
【0048】
[任意元素について]
本実施形態の低熱膨張合金の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Coを含有してもよい。
【0049】
Co:0~10.00%
コバルト(Co)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Co含有量は0%であってもよい。含有された場合、CoはNiと同様に、合金の熱膨張係数を低下する。しかしながら、Co含有量が10.00%を超えれば、熱膨張係数がかえって増大してしまう。したがって、Co含有量は0~10.00%である。Co含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは2.00%であり、さらに好ましくは4.00%である。Co含有量の好ましい上限は9.00%であり、さらに好ましくは8.00%であり、さらに好ましくは6.00%である。
【0050】
本実施形態の低熱膨張合金の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Crを含有してもよい。
【0051】
Cr:0~3.00%
クロム(Cr)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Cr含有量は0%であってもよい。含有された場合、Crは合金に固溶して合金のヤング率を高める。しかしながら、Cr含有量が3.00%を超えれば、母相に過剰に多く固溶したCrにより熱膨張係数が増大する。したがって、Cr含有量は0~3.00%である。Cr含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは1.00%であり、さらに好ましくは1.50%である。Cr含有量の好ましい上限は2.50%であり、より好ましくは2.00%である。
【0052】
[式(1)について]
本実施形態の低熱膨張合金の上記化学組成はさらに、式(1)を満たす。
30.00≦Ni+Co≦40.00 (1)
式(1)の元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0053】
F1=Ni+Coと定義する。F1は、合金中のNi及びCoの合計含有量である。上述のとおり、Ni及びCoはいずれも、上記化学組成の合金において、熱膨張係数を低下する。F1が30.00未満であれば、上記化学組成の合金において、十分に低い熱膨張係数が得られない。一方、F1が40.00を超えても、上記化学組成において、十分に低い熱膨張係数が得られない。上記化学組成において、F1が30.00~40.00であれば、十分に低い熱膨張係数が得られる。F1の好ましい下限は32.00であり、さらに好ましくは33.00である。F1の好ましい上限は38.00である。
【0054】
[式(2)について]
上記化学組成はさらに、式(2)を満たす。
-0.50<V-50.94/12.01×C<2.00 (2)
式(2)の元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0055】
F2=V-50.94/12.01×Cと定義する。50.94はVの原子量、12.01はCの原子量である。F2は、合金中のV含有量及びC含有量の関係を表す。式(1)を満たす上記化学組成の合金中のバナジウム炭化物は、ほぼVCであり、他のバナジウム炭化物(複合炭化物等)は無視できる。上述のとおり、バナジウム炭化物は高温においても安定な化合物である。そのため、後述の溶体化処理によって、バナジウム炭化物を合金中に固溶させることは難しい。しかしながら、式(1)を満たす上記化学組成において、さらに、F2が式(2)を満たせば、溶体化処理によって、合金中のバナジウム炭化物の一部を固溶させることができる。固溶したV及びCは、溶体化処理後に実施される冷間加工及び時効熱処理によって、円相当形が200nm未満の微細バナジウム炭化物としてある程度合金中に析出する。式(1)を満たす上記化学組成において、F2が式(2)を満たすことは、本実施形態において円相当径が200nm未満のバナジウム炭化物を50個/μm2以上とするための必須の条件の一つである。
【0056】
F2が2.00以上であれば、Vの固溶量が多すぎる。一方で、F2が-0.50以下であれば、Cの固溶量が多すぎる。いずれの場合も、バナジウム炭化物が安定化するため、溶体化処理を実施してもバナジウム炭化物が固溶しにくい。そのため、溶体化処理の後に時効熱処理を実施しても、微細バナジウム炭化物を十分に析出させることができない。この場合、十分な引張強度を有する合金が得られない。したがって、F2は-0.50超~2.00未満である。F2の下限は、好ましくは-0.10である。F2の上限は、好ましくは1.00である。
【0057】
[バナジウム炭化物の体積率]
本実施形態の低熱膨張合金中において、バナジウム炭化物の体積率は2.5~12.5%である。合金が十分な体積率のバナジウム炭化物を含有すれば、合金のヤング率が高まる。バナジウム炭化物は、溶湯の凝固時に合金中に晶出又は析出する。バナジウム炭化物はまた、式(1)及び式(2)を満たす上記化学組成の合金において、溶体化処理時にその一部が固溶して、溶体化処理、及び、冷間加工後の時効熱処理により、微細に析出する。
【0058】
バナジウム炭化物のヤング率は非常に高い。そのため、バナジウム炭化物は、式(1)及び式(2)を満たす上記化学組成の低熱膨張合金のヤング率を高めることができる。式(1)及び式(2)を満たす上記化学組成の低熱膨張合金において、ヤング率は、バナジウム炭化物のサイズ(円相当径)や個数ではなく、体積率(%)に依存する。具体的には、式(1)及び式(2)を満たす上記化学組成の合金中のバナジウム炭化物の体積率が2.5%未満であれば、低熱膨張合金のヤング率が低い。なお、式(1)及び式(2)を満たす上記化学組成の場合、バナジウム炭化物の体積率の上限はせいぜい12.5%である。したがって、本実施形態において、バナジウム炭化物の体積率は2.5~12.5%である。
【0059】
合金中のバナジウム炭化物の総体積率が2.5~12.5%であれば、式(1)及び式(2)を満たす上記化学組成の合金のヤング率を十分に高めることができる。
【0060】
式(1)及び式(2)を満たす上記化学組成の合金中のバナジウム炭化物の体積率の好ましい下限は5.9%である。式(1)及び式(2)を満たす上記化学組成の合金中のバナジウム炭化物の総体積率の好ましい上限は10.0%である。
【0061】
バナジウム炭化物の総体積率は次の方法で測定する。低熱膨張合金の任意の位置から、供試材を採取する。たとえば、低熱膨張合金が板材の場合、板幅中央位置から、供試材を採取する。低熱膨張合金が円柱状(棒材)である場合、低熱膨張合金の長手方向に垂直な断面において、R/2位置(当該断面の半径Rの中央位置)から供試材を採取する。低熱膨張合金が管である場合、肉厚中央位置から供試材を採取する。供試材のサイズはたとえば、長さ10mm、幅10mm、厚さ10mmである。採取されたサンプルを、10%AA系電解液(10%アセチルアセトン‐1%テトラメチルアンモニウムクロライド‐メタノール電解液)を用いて電解する。電解時の電流は20mA/cm2とする。
【0062】
上記電解により得られた電解液を、孔径が200nmのフィルタでろ過して残渣の質量を測定する。式(1)及び式(2)を満たす上記化学組成の合金では、バナジウム炭化物以外の他の介在物及び析出物は無視できるほど少ない。したがって、上記フィルタでろ過して得られた残渣が、全てバナジウム炭化物であるとみなすことができる。つまり、本明細書において、上記フィルタでろ過して得られた残渣は、全てバナジウム炭化物とする。電解前の供試材の総質量と、電解後の供試材の総質量とから、電解量を求める。そして、フィルタでろ過して得られた残渣の質量を求める。上述のとおり、得られた残渣は全てバナジウム炭化物とみなす。電解量の質量と残渣の質量とから、バナジウム炭化物のモル分率を算出する。次に、求めたモル分率を用い、マトリクス(低熱膨張合金)の格子定数と、バナジウム炭化物の格子定数とに基づいて、バナジウム炭化物の体積率(体積%)を算出する。本明細書において、マトリクス(低熱膨張合金)の格子定数は、非特許文献1のインバー合金の3.59Åを用いる。バナジウム炭化物の格子定数は、非特許文献2のVCの4.17Åを用いる。
【0063】
上記のバナジウム炭化物の総体積率の測定方法において、円相当径が200nm未満のバナジウム炭化物は残渣にほぼ含まれない(つまり、残渣は円相当径が200nm以上のバナジウム炭化物である)。しかしながら、円相当径が200nm未満のバナジウム炭化物の体積率は顕著に小さく、バナジウム炭化物の総体積率においては無視できる。したがって、本明細書において、上記方法で測定された総体積率を、バナジウム炭化物の総体積率(%)と定義する。
【0064】
[低熱膨張合金中のバナジウム炭化物について]
本実施形態の低熱膨張合金中には、円相当径が200nm未満のバナジウム炭化物と、円相当径が1.0μm以上の粗大バナジウム炭化物とが混在する。つまり、本実施形態の低熱膨張合金中のバナジウム炭化物は、円相当径が200nm未満のバナジウム炭化物(微細バナジウム炭化物)と、円相当径が1.0μm以上のバナジウム炭化物(粗大バナジウム炭化物)とを含む。
【0065】
微細バナジウム炭化物は、析出強化により低熱膨張合金の強度を高める。具体的には、微細バナジウム炭化物の個数密度が多ければ、引張強度が高まる。一方、粗大バナジウム炭化物は、引張強度及び延性に影響する。具体的には、粗大バナジウム炭化物の平均円相当径が大きすぎれば、粗大バナジウムが割れの起点となりやすく、延性(伸び)が低下する。延性(伸び)が低下すれば、引張強度も低下するため、結果として、強度及び延性のバランスの指標である引張強度×伸び(MPa・%)が低下する。したがって、粗大バナジウムの平均円相当径が小さければ、引張強度及び延性の両方、つまり、引張強度×伸びを高めることができる。
【0066】
以下、本実施形態の低熱膨張合金における、微細バナジウム炭化物の個数密度と、粗大バナジウム炭化物の平均円相当径とについて説明する。
【0067】
[円相当径が200nm未満のバナジウム炭化物の個数密度]
本実施形態の低熱膨張合金において、円相当径が200nm未満のバナジウム炭化物(微細バナジウム炭化物)の個数密度は、50個/μm2以上である。微細バナジウム炭化物の円相当径の下限は1nmである。ここで、円相当径とは、後述の透過型電子顕微鏡による観察において、特定されたバナジウム炭化物の面積を、円に換算したときの直径を意味する。
【0068】
式(1)及び式(2)を満たし、バナジウム炭化物の総体積率が2.5~12.5%であり、粗大バナジウム炭化物の平均円相当径が2.8μm未満の低熱膨張合金において、微細バナジウム炭化物の個数密度が50個/μm2以上であれば、低熱膨張係数、高ヤング率を維持しつつ、強度を飛躍的に高めることができる。本実施形態の低熱膨張合金では、微細バナジウム炭化物の個数密度を、従前では実現できなかった50個/μm2以上とすることにより、化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であり、式(1)及び式(2)を満たし、バナジウム炭化物の総体積率が2.5~12.5%であり、粗大バナジウム炭化物の平均円相当径が2.8μm未満の低熱膨張合金において、950MPa以上の引張強度を実現できる。
【0069】
微細バナジウム炭化物が50個/μm2未満であれば、化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であり、式(1)及び式(2)を満たし、かつ、粗大バナジウム炭化物の平均円相当径が2.8μm未満であっても、低熱膨張合金の引張強度が950MPa未満になる。したがって、低熱膨張合金中の微細バナジウム炭化物は50個/μm2以上である。低熱膨張合金中の微細バナジウム炭化物は好ましくは60個/μm2以上である。低熱膨張合金中の微細バナジウム炭化物の個数密度の上限は特に限定されないが、たとえば1500個/μm2である。
【0070】
微細バナジウム炭化物の個数密度は、次の方法で測定する。低熱膨張合金の任意の位置から、供試材を採取する。たとえば、低熱膨張合金が板材の場合、板幅中央位置から、供試材を採取する。低熱膨張合金が円柱状(棒材)である場合、低熱膨張合金の長手方向に垂直な断面において、R/2位置(当該断面の半径Rの中央位置)から供試材を採取する。低熱膨張合金が管である場合、肉厚中央位置から供試材を採取する。供試材を機械研磨して、70μmの厚さにする。さらに、供試材の表面(観察面)を、ツインジェット研磨法(電解液:過塩素酸メタノール(過塩素酸10%、メタノール90%))により研磨する。研磨された供試材の観察面に対して透過型電子顕微鏡を用いて、顕微鏡観察を実施する。観察視野は300nm×500nmとする。微細バナジウム炭化物の回折スポットを用いて結像させた暗視野像を得る。画像ソフトにより、円相当径が1nm以上かつ200nm未満の微細バナジウム炭化物の個数密度を測定する。微細バナジウム炭化物の個数を暗視野像の視野面積で割って、本実施形態の微細バナジウム炭化物の個数密度(個/μm2)とする。この方法で特定可能な微細バナジウム炭化物の円相当径は1nm以上である。
【0071】
[円相当径が1.0μm以上のバナジウム炭化物の平均円相当径]
本実施形態の低熱膨張合金において、円相当径が1.0μm以上のバナジウム炭化物(粗大バナジウム炭化物)の平均粒径は2.8μm未満である。化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であり、式(1)及び式(2)を満たし、バナジウム炭化物の総体積率が2.5~12.5%であり、微細バナジウム炭化物が50個/μm2以上であっても、粗大バナジウム炭化物の平均粒径が2.8μm以上であれば、微細バナジウム炭化物により強度を高めることができても、延性が低下してしまう。その結果、引張強度×伸び(MPa・%)が低下する。
【0072】
化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であり、式(1)及び式(2)を満たし、バナジウム炭化物の総体積率が2.5~12.5%であり、微細バナジウム炭化物が50個/μm2以上であり、かつ、粗大バナジウム炭化物の平均粒径が2.8μm未満であれば、粗大バナジウム炭化物が割れの起点となりにくくなり、延性(伸び)が向上する。その結果、強度だけでなく、延性(伸び)も高まる。具体的には、引張強度×伸び(MPa・%)が5000MPa・%以上となる。
【0073】
粗大バナジウム炭化物の平均円相当径は、次の方法で測定する。低熱膨張合金の長手方向に平行な表面を有する供試材を採取する。長手方向はたとえば、鍛伸方向に相当する。たとえば、低熱膨張合金が板材の場合、板幅中央位置から、供試材を採取する。低熱膨張合金が円柱状(棒材)である場合、低熱膨張合金の長手方向に垂直な断面において、R/2位置(当該断面の半径Rの中央位置)から供試材を採取する。低熱膨張合金が管である場合、肉厚中央位置から供試材を採取する。供試材の表面のうち、長手方向に平行な表面を観察面とする。供試材の観察面をエミリー紙で研磨し、その後ダイヤモンドを使用してバフ研磨を実施する。バフ研磨後の供試材の観察面中の任意の28視野に対して、走査型電子顕微鏡を用いて反射電子像を得る。各視野は180μm×420μmとする。各視野の写真画像を生成して、二値化処理を実施して、析出物と母相とを区別する。析出物と母相とはコントラストにより明確に区別可能である。さらに、本実施形態の低熱膨張合金のミクロ組織において、バナジウム炭化物以外の析出物は存在しないとみなすことができる。したがって、二値化処理により、バナジウム炭化物を特定することができる。
【0074】
特定された各バナジウム炭化物の円相当径を求める。そして、円相当径が1.0μm以上のバナジウム炭化物を特定する。28箇所の視野にて特定された、円相当径が1.0μm以上のバナジウム炭化物の平均円相当径を求める。平均円相当径は小数第二位を四捨五入した値(つまり、小数第一位の値)とする。
【0075】
以上のとおり、本実施形態の低熱膨張合金は、化学組成中の各元素が本実施形態の範囲内であって、かつ、式(1)及び式(2)を満たし、合金中のバナジウム炭化物の体積率が2.5~12.5%であり、微細バナジウム炭化物の個数密度が50個/μm2以上であり、さらに、粗大バナジウム炭化物の平均円相当径が2.8μm未満である。そのため、本実施形態の低熱膨張合金は、熱膨張係数を低く維持しつつ、高いヤング率を有するだけでなく、高い引張強度を有し、さらに、優れた延性を有する。具体的には、上述の構成を有する本実施形態の低熱膨張合金では、熱膨張係数が4.0×10-6/℃以下であり、ヤング率が150GPa以上であり、引張強度が950MPa以上であり、引張強度と伸びとの積が5000MPa・%以上である。
【0076】
[熱膨張係数の測定方法]
ここで、本実施形態の低熱膨張合金の熱膨張係数は次の方法で求めることができる。低熱膨張合金の任意の位置から、試験片を採取する。たとえば、低熱膨張合金が板材の場合、板幅中央位置から、試験片を採取する。低熱膨張合金が円柱状(棒材)である場合、低熱膨張合金の長手方向に垂直な断面において、R/2位置(当該断面の半径Rの中央位置)から試験片を採取する。低熱膨張合金が管である場合、肉厚中央位置から試験片を採取する。試験片は、直径3mm、長さ15mmの円柱状とする。試験片を用いて、JIS Z 2285(2003)に基づいて、熱膨張係数を求める。熱膨張係数の測定には、水平型示差膨張式機械分析装置を用いる。具体的には、試験片を5℃/minの速度で昇温し、30~100℃の熱膨張係数を1℃ピッチで求める。求めた熱膨張係数の平均を、本実施形態の低熱膨張合金の熱膨張係数(×10-6/℃)とする。
【0077】
[ヤング率の測定方法]
本実施形態の低熱膨張合金のヤング率は次の方法で求めることができる。低熱膨張合金の任意の位置から、試験片を採取する。たとえば、低熱膨張合金が板材の場合、板幅中央位置から、試験片を採取する。低熱膨張合金が円柱状(棒材)である場合、低熱膨張合金の長手方向に垂直な断面において、R/2位置(当該断面の半径Rの中央位置)から試験片を採取する。低熱膨張合金が管である場合、肉厚中央位置から試験片を採取する。試験片は、長さ60mm、幅10mm、厚さ1.5mmとする。供試材を用いて、JIS Z 2280(1993)に準拠して、常温(20℃±15℃)でのヤング率を測定する。ヤング率の測定では、横共振法の測定装置を用いる。
【0078】
[引張強度(TS)及び伸び(EL)の測定方法]
本実施形態の低熱膨張合金の引張強度TS(MPa)及び伸びEL(%)は次の方法で求める。低熱膨張合金の任意の位置から、試験片を採取する。たとえば、低熱膨張合金が板材の場合、板幅中央位置から、試験片を採取する。低熱膨張合金が円柱状(棒材)である場合、低熱膨張合金の長手方向に垂直な断面において、R/2位置(当該断面の半径Rの中央位置)から試験片を採取する。低熱膨張合金が管である場合、肉厚中央位置から試験片を採取する。試験片は、平行部長さ65mm、平行部の直径6mmの引張試験片とする。平行部長さは、低熱膨張合金の長手方向(鍛伸方向)と平行とする。採取した引張試験片を用いて、JIS Z 2241(2011)に準拠して、常温(20℃±15℃)、大気中にて、引張試験を実施して、応力-ひずみ曲線を得る。得られた応力-ひずみ曲線から引張強度TS(MPa)、及び、伸びEL(%)を求める。本明細書において、伸びは、破断伸びとする。得られた引張強度TS及び伸びELに基づいて、引張強度TSと伸びELとの積(TS×EL)を求める。
【0079】
[製造方法]
本実施形態の低熱膨張合金の製造方法の一例を以下に説明する。なお、本実施形態の低熱膨張合金は、以下の製造方法に限定されない。式(1)及び式(2)を満たす上記化学組成であって、バナジウム炭化物の総体積率が2.5~12.5%であり、円相当径が200nm未満の微細バナジウム炭化物の個数密度が50個/μm2以上であり、円相当径が1.0μm以上の粗大バナジウム炭化物の平均円相当径が2.8μm未満である低熱膨張合金が製造できれば、製造方法は特に限定されない。
【0080】
図1は、本実施形態の低熱膨張合金の製造工程の一例のヒートパターンと、各工程終了後の合金のミクロ組織の模式図とを示す図である。
図1を参照して、本実施形態の低熱膨張合金の製造方法は、一例として、鋳造工程(S1)と、熱間鍛造工程(S2)と、溶体化処理工程(S3)と、冷間加工工程(S4)と、時効熱処理工程(S5)とを含む。以下、各工程について説明する。
【0081】
[鋳造工程(S1)]
鋳造工程(S1)では、式(1)及び式(2)を満たす化学組成の合金の素材(鋳造材)を製造する。鋳造方法は、造塊法でもよいし、連続鋳造法でもよい。式(1)及び式(2)を満たす化学組成の場合、鋳造工程において、粗大バナジウム炭化物が晶出又は析出する。そのため、素材には、
図1中のミクロ組織図(A)に示すとおり、母相100とともに、柱状又は塊状の粗大バナジウム炭化物200が多数存在する。
【0082】
[熱間鍛造工程(S2)]
熱間鍛造工程(S2)では、鋳造工程により製造された素材に対して、熱間鍛造を実施して合金材を製造する。熱間鍛造工程(S2)は、低熱膨張合金の形状を成形するだけでなく、素材中の粗大バナジウム炭化物200を破砕して小さくする役割を有する。具体的には、素材を加熱温度T2=1150~1300℃に加熱する。
【0083】
加熱された素材に対して、熱間鍛造を実施する。熱間鍛造は、鍛伸鍛造でも据込鍛造でもよい。具体的には、素材に対して複数のパス回数で圧下を実施する。ここで、「パス」とは、熱間鍛造機を用いて素材に1回圧下することを意味する。1パスあたりの圧下率Pn(%)を次のとおり定義する。ここで、nはパス回数を意味し、1パス目の圧下率をP1、1パス目に続く2パス目の圧下率をP2と表記する。
Pn={1-(nパス目の圧下後の素材の圧下方向の厚さ/nパス目の圧下前の素材の圧下方向の厚さ)}×100
ここで、圧下方向の厚さとは、
図2に示す素材1において、圧下方向Pを含む断面10での圧下方向の厚さTn(mm)を意味する。
【0084】
また、熱間鍛造工程での累積圧下率Pt(%)を、次のとおり定義する。
累積圧下率Pt=(1-熱間鍛造後の合金材の圧下方向を含む断面での断面積/熱間鍛造前の素材の圧下方向を含む断面での断面積)×100
ここで、圧下方向での断面とは、
図2に示す断面10を意味する。なお、素材が直方体状ではない場合、熱間鍛造前の素材の圧下方向を含む断面での断面積は、熱間鍛造前の素材において、断面10のうち最小の断面の断面積とする。
【0085】
本製造方法では熱間鍛造工程での累積圧下率を30.0%以上とする。さらに、累積圧下率が30.0%になるまでの、熱間鍛造工程での各パスでの圧下率を5.0%以上とする。さらに、熱間鍛造中の鋳造材の温度を900℃以上とする。
【0086】
鋳造工程(S1)において、式(1)及び式(2)を満たす化学組成の素材を製造すれば、上述のとおり、鋳造工程(S1)中において、素材中に柱状又は塊状の粗大バナジウム炭化物200が晶出又は析出する。そのため、素材が柱状又は塊状の粗大バナジウム炭化物200を含んでしまうことを避けることはできない。そこで、本製造方法では、熱間鍛造工程において、上記条件にて圧下し、合金材中の粗大バナジウム炭化物200を、1パスあたりの圧下により破砕する。これにより、熱間加工工程(S2)後の合金材内では、
図1中のミクロ組織図(B)に示すとおり、粗大バナジウム炭化物200が破砕され、粗大バナジウム炭化物200よりも小さい粗大バナジウム炭化物210となる。
【0087】
なお、熱間鍛造中(つまり、熱間鍛造の開始から熱間鍛造が完了するまでの間)の素材の温度を周知の温度範囲、たとえば、900℃以上に維持する。ここで、熱間鍛造中の鋳造材の温度とは、素材の表面温度を意味する。熱間鍛造中の素材の温度は、熱間鍛造装置の入側及び出側に設置された測温計により測温可能である。熱間鍛造中において、素材の温度が900℃を下回りそうであれば、素材の温度が900℃を下回る前に、素材を加熱炉又は均熱炉に装入して、再度加熱する。つまり、熱間鍛造中のパスの間に、素材を加熱してもよい。
【0088】
以上の工程により、素材に対して熱間鍛造を実施して、合金材を製造する。
【0089】
[溶体化処理工程(S3)]
溶体化処理工程(S3)では、熱間鍛造工程(S2)後の合金材に対して溶体化処理を実施する。溶体化処理を実施することにより、
図1中のミクロ組織図(C)に示すとおり、合金材中の粗大バナジウム炭化物を、熱間鍛造工程(S2)直後の粗大バナジウム炭化物210の一部を固溶して、粗大バナジウム炭化物220とする。溶体化処理では、合金材を1000~1300℃の溶体化処理温度T3に加熱し、溶体化処理温度T3で保持する。保持時間はたとえば、0.5時間以上である。保持時間の上限は特に限定されないが、製造コストを考慮すれば、たとえば、100時間である。
【0090】
本明細書において、溶体化処理温度T3(℃)は、熱処理炉の炉温(℃)を意味する。熱処理炉の炉温は、熱処理炉の内部に配置された測温計により測温可能である。
【0091】
上述の条件で熱間鍛造工程(S2)を実施して合金材を製造し、かつ、上記条件で合金材に対して溶体化処理を実施する。これにより、各粗大バナジウム炭化物210の一部が固溶して、粗大バナジウム炭化物220となり、固溶したバナジウム炭化物が、後の冷間加工及び時効熱処理により微細バナジウム炭化物250(
図1中のミクロ組織図(D)参照)として多数析出する。
【0092】
溶体化処理温度T3が1000℃未満であれば、粗大バナジウム炭化物210の一部が十分に固溶しない。この場合、後述の冷間加工工程及び時効熱処理工程を実施しても、円相当径が200nm未満の微細バナジウム炭化物250が十分に析出せず、微細バナジウム炭化物の個数密度が50個/μm2未満となる。一方で、溶体化処理温度T3が1300℃より高ければ、合金材が部分溶融しやすい。したがって、溶体化処理温度T3を1000~1300℃にする。なお、上記溶体化処理温度にて保持時間が経過した後、合金材を急冷する。急冷はたとえば、水冷である。
【0093】
[冷間加工工程(S4)]
冷間加工工程(S4)では、溶体化処理工程(S3)後の合金材に対して、冷間加工を実施する。冷間加工として、冷間鍛造を実施してもよいし、冷間抽伸を実施してもよいし、冷間圧延を実施してもよい。冷間加工における累積の冷間加工率は、20.0%以上である。ここで累積の冷間加工率CWは、次の式で定義される。
冷間加工率CW=(1-冷間加工工程後の合金材の断面積/冷間加工工程前の合金材の断面積)×100
なお、冷間加工率CWにおいて、合金材の断面積とは、合金材の長手方向(軸方向)に垂直な断面の面積を意味する。
【0094】
本製造方法では、溶体化処理工程(S3)後の合金材に対して冷間加工工程(S4)を実施して、合金材中にひずみを導入する。このひずみ(転位)は、次工程の時効熱処理工程(S5)において、微細バナジウム炭化物250の析出サイトとして機能する。そのため、冷間加工工程(S4)を実施しない場合と比較して、次工程の時効熱処理工程(S5)において析出する微細バナジウム炭化物250の個数密度(個/μm2)が顕著に増加する。
【0095】
冷間加工率が20.0%未満であれば、微細バナジウム炭化物250の析出サイトとしての転位の導入が不十分である。そのため、上述の条件を満たす熱間加工工程(S2)を実施しても、微細バナジウム炭化物250が十分に析出せず、微細バナジウム炭化物250の個数密度が50個/μm2未満となる。冷間加工率が20.0%以上であれば、他の製造工程において条件を満たすことを前提として、時効熱処理工程(S5)後の合金中の微細バナジウム炭化物250の個数密度が50個/μm2以上になる。さらに、熱間鍛造工程において、累積圧下率が30.0%になるまでの熱間鍛造での各パスでの圧下率を5%以上とする。これにより、粗大バナジウム炭化物200が破砕されている。そのため、粗大バナジウム炭化物の残存に起因した、延性の低下を抑制できる。
【0096】
[時効熱処理工程(S5)]
時効熱処理工程(S5)では、冷間加工工程後の合金材に対して、時効熱処理工程(S5)を実施して、合金材中に微細バナジウム炭化物を析出させる。時効熱処理工程(S5)では、時効熱処理温度T5を500~800℃として、時効熱処理温度T5での保持時間を0.5時間以上とする。保持時間の上限は特に限定されないが、製造コストを考慮すれば、たとえば、500時間である。
【0097】
本明細書において、時効熱処理温度T5(℃)は、時効熱処理を実施する熱処理炉の炉温(℃)を意味する。熱処理炉の炉温は、熱処理炉の内部に配置された測温計により測温可能である。
【0098】
冷間加工工程(S4)後の合金材に対して、上述の条件で時効熱処理を実施する。熱間加工工程(S2)での条件を満たして鋳造材中の粗大バナジウム炭化物200を破砕して、粗大バナジウム炭化物200よりも小さい粗大バナジウム炭化物210を生成し、さらに、溶体化処理工程(S3)により粗大バナジウム炭化物210の一部を溶解して、粗大バナジウム炭化物220を生成する。さらに、冷間加工工程(S4)により合金材中にひずみ(転位)を導入した後、上記条件の時効熱処理を実施する。この場合、時効熱処理される合金材は、熱間加工工程(S2)及び溶体化処理工程(S3)により粗大バナジウム炭化物200を十分に小さくし、かつ、バナジウム炭化物200の一部を固溶した状態で、かつ、微細バナジウム炭化物250の析出サイトとして機能する転位が十分に導入された状態となっている。そのため、上述の条件の時効熱処理により、
図1中のミクロ組織図(D)に示すとおり、合金材中に粗大バナジウム炭化物220とともに、微細バナジウム炭化物250が多数生成する。具体的には、時効熱処理工程(S5)後の合金材中では、円相当径が1.0μm以上の粗大バナジウム炭化物の平均円相当径が2.8μm未満となり、かつ、円相当径が200nm未満の微細バナジウム炭化物の個数密度が50個/μm
2以上になる。
【0099】
時効熱処理温度T5が500℃未満又は800℃より高ければ、微細バナジウム炭化物が十分に析出しない。この場合、合金の強度が十分に高くならず、引張強度が950MPa未満となる。時効熱処理時間が0.5時間未満であれば、微細バナジウム炭化物が十分に析出しない。この場合、円相当径が200nm未満の微細バナジウム炭化物の個数密度が50個/μm2未満になる。
【0100】
以上の製造工程により、本実施形態の低熱膨張合金を製造できる。なお、上述のとおり、式(1)及び式(2)を満たす上記化学組成であって、バナジウム炭化物の総体積率が2.5~12.5%であり、円相当径が200nm未満の微細バナジウム炭化物の個数密度が50個/μm2以上であり、円相当径が1.0μm以上の粗大バナジウム炭化物の平均円相当径が2.8μm未満である低熱膨張合金が製造できれば、本実施形態の低熱膨張合金の製造方法は特に限定されない。
【実施例】
【0101】
以下、実施例により本実施形態の低熱膨張合金の一態様の効果をさらに具体的に説明する。以下の実施例での条件は、本実施形態の低熱膨張合金の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例である。したがって、本実施形態の低熱膨張合金は、この一条件例に限定されない。
【0102】
表1に示す化学組成の供試材を準備した。
【0103】
【0104】
表1中の「-」は対応する元素含有量が検出限界未満であったことを意味する。なお、各試験番号のいずれにおいても、不純物であるP含有量は0.02%以下であり、S含有量は0.005%以下であり、N含有量は0.02%以下であり、O含有量は0.01%以下であった。各供試材を真空中で誘導溶解し、30kg、直径100mmの円柱状のインゴットを製造した。製造されたインゴットを加熱温度T2=1200℃に加熱した後、熱間鍛造(鍛伸)を実施して、試験番号19以外の試験番号では、厚さ16mmの板材を製造し、試験番号19では、厚さ75mmの合金材を製造した。各試験番号の熱間鍛造開始から熱間鍛造完了までのインゴットの温度は、いずれも900℃以上であった。熱間鍛造工程における各パスにおいて、圧下率Pnを求めた。また、熱間鍛造における累積圧下率Ptを求めた。さらに、熱間鍛造時のインゴットの温度を、熱間鍛造機に配置された測温計で測温した。
【0105】
表2中の累積圧下率「Pt」欄に各試験番号での累積圧下率Pt(%)を示す。また、表2中の圧下率「Pn」欄において、「○」は、累積圧下率が30.0%となるまでの各パスでの圧下率Pnがいずれも5.0%以上であったことを示す。「×」は、累積圧下率が30.0%となるまでの各パスでの圧下率Pnのいずれかが5.0%未満であったことを示す。
【0106】
【0107】
熱間鍛造工程後の板材に対して、溶体化処理を実施した。各試験番号での溶体化処理温度(℃)及び溶体化処理温度T3での保持時間(hr)を表2に示す。溶体化処理工程後の板材に対して、冷間加工を実施した。具体的には、溶体化処理後の板材に対して、冷間圧延を実施した。冷間加工での冷間加工率CWを表2中の「CW」欄に示す。なお、「CW」欄が「0」の場合、冷間加工を実施しなかったことを示す。冷間加工工程後の板材に対して、時効熱処理を実施した。時効熱処理での時効熱処理温度T5(℃)及び時効熱処理温度での保持時間(hr)は表2に示すとおりであった。なお、試験番号31は、時効熱処理を実施しなかった(表2中の時効熱処理温度T5欄及び保持時間欄において、ともに「-」と記載)。
【0108】
以上の製造工程により、各試験番号の低熱膨張合金を製造した。
【0109】
[評価試験]
[バナジウム炭化物の総体積率の測定試験]
製造された各試験番号の低熱膨張合金(板材)の板幅中央部から、長さ10mm、幅10mm、厚さ10mmの供試材を作製した。採取された供試材を、10%AA系電解液(10%アセチルアセトン‐1%テトラメチルアンモニウムクロライド‐メタノール電解液)を用いて電解した。電解時の電流は20mA/cm2とした。電解により得られた電解液を、孔径が200nmのフィルタでろ過して残渣の質量を測定した。ここで、上記フィルタでろ過して得られた残渣が、全てバナジウム炭化物であるとみなした。電解前の供試材の総質量と、電解後の供試材の総質量とから、電解量の質量を求めた。電解量の質量と残渣の質量とから、バナジウム炭化物のモル分率を算出した。次に、求めたモル分率を用い、マトリクス(低熱膨張合金)の格子定数と、バナジウム炭化物の格子定数に基づいて、バナジウム炭化物の総体積率(体積%)を算出した。ここで、マトリクス(低熱膨張合金)の格子定数は3.59Åとし、バナジウム炭化物の格子定数を4.17Åとした。得られたバナジウム炭化物の総体積率(体積%)を表3に示す。
【0110】
【0111】
[微細バナジウム炭化物の個数密度の測定試験]
製造された各試験番号の低熱膨張合金(板材)の板幅中央部から、供試材を採取した。供試材を機械研磨して、70μmの厚さにした。さらに、供試材の表面(観察面)を、ツインジェット研磨法(電解液:過塩素酸メタノール(過塩素酸10%、メタノール90%))により研磨した。研磨された供試材の観察面に対して透過型電子顕微鏡を用いて、顕微鏡観察を実施した。観察視野は300nm×500nmとした。微細バナジウム炭化物の回折スポットを用いて結像させた暗視野像を得た。画像ソフトにより、円相当径が1nm以上かつ200nm未満の微細バナジウム炭化物の個数密度を測定した。微細バナジウム炭化物の個数を暗視野像の視野面積で割って、本実施形態の微細バナジウム炭化物の個数密度(個/μm2)とした。得られた微細バナジウム炭化物の個数密度を表3に示す。
【0112】
[粗大バナジウム炭化物の平均円相当径]
製造された各試験番号の低熱膨張合金(板材)の板幅中央部から、観察面が鍛伸方向及び板厚方向に平行になるように供試材を採取した。供試材の観察面をエミリー紙で研磨し、その後、ダイヤモンドを使用してバフ研磨を実施した。研磨された供試材の観察面中の任意の28視野に対して、走査型電子顕微鏡を用いて反射電子像を得た。各視野は180μm×420μmとした。得られた反射電子像を画像解析ソフトを用いて、二値化処理を実施し、析出物と母相とを区別した。さらに、表1の化学組成の低熱膨張合金のミクロ組織において、バナジウム炭化物以外の析出物は存在しないとみなすことができた。したがって、二値化処理により、バナジウム炭化物を特定することができた。特定された各バナジウム炭化物の円相当径を求めた。そして、円相当径が1.0μm以上のバナジウム炭化物を特定した。28箇所の視野にて特定された、円相当径が1.0μm以上のバナジウム炭化物の平均円相当径を求めた。平均円相当径は小数第二位を四捨五入した値とした。得られた粗大バナジウム炭化物の円相当径(μm)を表3に示す。
【0113】
[熱膨張係数測定試験]
製造された各試験番号の低熱膨張合金(板材)の板幅中央部から、直径3mm、長さ15mmの円柱状の試験片を作製した。試験片の長手方向は、鍛伸方向と平行とした。試験片を用いて、熱膨張係数を求めた。具体的には、熱膨張係数の測定には、水平型示差膨張式機械分析装置を用いた。試験片を5℃/minの速度で昇温し、30~100℃の平均熱膨張係数を求めた。結果を表3に示す。
【0114】
[ヤング率測定試験]
製造された各試験番号の低熱膨張合金(板材)の板幅中央部から、長さ60mm、幅10mm、厚さ1.5mmの試験片を作製した。試験片を用いてヤング率を求めた。具体的には、ヤング率の測定は、横共振法の測定装置を用いた。JIS Z 2280(1993)に基づいてヤング率を求めた。測定されたヤング率を表3に示す。
【0115】
[引張試験]
製造された各試験番号の低熱膨張合金(板材)の板幅中央部から、平行部の直径が6mm、平行部の長さが65mmの丸棒引張試験片を作製した。平行部は、熱間鍛伸方向と平行とした。作製された引張試験片に歪ゲージを貼り付けた。その後、引張試験片を用いて、常温、大気中にて引張試験を実施し、応力-歪曲線を得た。得られた応力-歪曲線を用いて、引張強度TS(MPa)及び伸び(破断伸び)EL(%)を求めた。さらに、得られた引張強度TSと伸びELとの積(TS×EL)を求めた。得られた引張強度TS(MPa)及び引張強度と伸びとの積TS×EL(MPa・%)を表3に示す。
【0116】
[評価結果]
表1~表3を参照して、試験番号1~11の合金の化学組成は適切であり、式(1)及び式(2)を満たした。さらに、バナジウム炭化物の総体積率は2.5~12.5%であり、円相当径が200nm未満の微細バナジウム炭化物の個数密度が50個/μm2以上であり、円相当径が1.0μm以上の粗大バナジウム炭化物の平均円相当径が2.8μ未満であった。そのため、これらの試験番号の熱膨張係数は4×10-6/℃以下と低く、ヤング率は150GPa以上と高かった。さらに、引張強度は950MPa以上であり、引張強度と伸びとの積(TS×EL)が5000以上であった。
【0117】
一方、試験番号12の合金のC含有量及びV含有量は低かった。そのため、試験番号12の合金のバナジウム炭化物の総体積率は2.5%未満であった。その結果、試験番号16の合金のヤング率は150GPa未満であった。
【0118】
試験番号13の合金のNi含有量は高かった。そのため、試験番号13の合金の熱膨張係数は4.00×10-6/℃を超えた。
【0119】
試験番号14の合金のNi含有量は低かった。そのため、試験番号14の合金の熱膨張係数は4.00×10-6/℃を超えた。
【0120】
試験番号15の合金のCr含有量は高かった。その結果、試験番号15の熱膨張係数は、4.00×10-6/℃を超えた。
【0121】
試験番号16の化学組成は適切であったものの、F1値が高すぎ、式(1)を満たさなかった。その結果、試験番号16の熱膨張係数は、4.00×10-6/℃を超えた。
【0122】
試験番号17の合金の化学組成は適切であったものの、F2が式(2)の下限未満であった。そのため、試験番号17の合金の微細バナジウム炭化物の個数密度は50個/μm2未満であった。その結果、試験番号17の合金の引張強度は950MPa未満であった。
【0123】
試験番号18の合金の化学組成は適切であったものの、F2が式(2)の上限を超えた。そのため、試験番号18の合金の微細バナジウム炭化物の個数密度は50個/μm2未満であった。その結果、試験番号18の合金の引張強度は950MPa未満であった。
【0124】
試験番号19の合金の化学組成は適切であったものの、熱間加工工程での累積圧下率Ptが30.0%未満であった。そのため、粗大バナジウム炭化物の平均円相当径が2.8μm以上となった。その結果、試験番号19の合金の引張強度は950MPa未満であり、引張強度と伸びとの積(TS×EL)が5000未満であった。
【0125】
試験番号20及び21では、合金の化学組成は適切であったものの、累積圧下率が30.0%になるまでの各パスでの圧下率において、5%未満となるパスが存在した。そのため、粗大バナジウム炭化物の平均円相当径が2.8μm以上となった。その結果、試験番号20及び21の合金の引張強度は950MPa未満であり、引張強度と伸びとの積(TS×EL)が5000未満であった。
【0126】
試験番号22の合金の化学組成は適切であり、式(1)及び式(2)を満たしたものの、溶体化処理温度が1000℃未満であった。そのため、微細バナジウム炭化物の個数密度は50個/μm2未満であった。その結果、引張強度は950MPa未満であった。
【0127】
試験番号23~25では、合金の化学組成は適切であったものの、冷間加工工程を実施しなかった。さらに、試験番号26~28では、冷間加工工程での冷間加工率が20.0%未満であった。そのため、微細バナジウム炭化物の個数密度は50個/μm2未満であった。その結果、引張強度は950MPa未満であった。
【0128】
試験番号29では、合金の化学組成は適切であったものの、時効熱処理温度が800℃を超えた。そのため、微細バナジウム炭化物の個数密度は50個/μm2未満であった。その結果、引張強度は950MPa未満であった。
【0129】
試験番号30では、合金の化学組成は適切であったものの、時効熱処理温度が500℃未満であった。そのため、微細バナジウム炭化物の個数密度は50個/μm2未満であった。その結果、引張強度は950MPa未満であった。
【0130】
試験番号31の合金の化学組成は適切であったものの、時効熱処理を実施しなかった。そのため、微細バナジウム炭化物の個数密度は50個/μm2未満であった。その結果、引張強度は950MPa未満であった。
【0131】
以上、本発明の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。