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特許7218897心不全の治療及び/又は予防に用いるための心筋幹細胞の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-30
(45)【発行日】2023-02-07
(54)【発明の名称】心不全の治療及び/又は予防に用いるための心筋幹細胞の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/0789 20100101AFI20230131BHJP
   A61K 35/34 20150101ALI20230131BHJP
   A61K 31/05 20060101ALI20230131BHJP
   A61P 9/04 20060101ALI20230131BHJP
   A61K 9/127 20060101ALI20230131BHJP
   A61K 47/24 20060101ALI20230131BHJP
   A61K 47/42 20170101ALI20230131BHJP
   A61K 47/69 20170101ALI20230131BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20230131BHJP
   C07K 7/06 20060101ALN20230131BHJP
   A61P 43/00 20060101ALN20230131BHJP
【FI】
C12N5/0789 ZNA
A61K35/34
A61K31/05
A61P9/04
A61K9/127
A61K47/24
A61K47/42
A61K47/69
A61K45/00
C07K7/06
A61P43/00 121
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2018551676
(86)(22)【出願日】2017-11-16
(86)【国際出願番号】 JP2017041250
(87)【国際公開番号】W WO2018092839
(87)【国際公開日】2018-05-24
【審査請求日】2020-11-13
(31)【優先権主張番号】P 2016223069
(32)【優先日】2016-11-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】519165504
【氏名又は名称】ルカ・サイエンス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】230104019
【弁護士】
【氏名又は名称】大野 聖二
(74)【代理人】
【識別番号】100173185
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 裕
(72)【発明者】
【氏名】原島 秀吉
(72)【発明者】
【氏名】山田 勇磨
(72)【発明者】
【氏名】阿部 二郎
(72)【発明者】
【氏名】武田 充人
【審査官】濱田 光浩
(56)【参考文献】
【文献】GORBUNOV, Nikolai et al.,Regeneration of infaarcted myocardium with resveratrol-modified cardiac stem cells,Journal of Cellular and Molecular Medicine,2012年,Vol. 16, No. 1,p. 174-184,全体、abstract
【文献】DANZ, Elizabeth D. Brookins et al.,Resveratrol prevents doxorubicin cardiotoxicity through mitochondrial stabilization and the Sirt1 pathway,Free Radical Biology & Medicine,2009年,Vol. 46,p. 1589-1597,全体、abstract
【文献】山田勇磨,ミトコンドリア標的型ナノデバイス"MITO-Porter"の創製,YAKUGAKU ZASSHI,2014年,Vol. 134, No. 11,p. 1143-1155,全体、p. 1151左欄
【文献】KAWAMURA, Eriko et al.,Mitochondrial targeting functional peptides as potential devices for the mitochondrial delivery of a DF-MITO-Porter,Mitochondrion,2013年,Vol. 13,p. 610-614,全体、abstract, table 1
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/0789
A61K 9/127
A61K 47/24
A61K 31/05
A61P 9/04
A61K 47/42
A61K 35/34
A61K 47/69
A61P 43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
心筋幹細胞の製造方法であって、
ミトコンドリア指向性キャリアとミトコンドリア活性化剤との複合体を心筋幹細胞に導入し、これにより活性化したミトコンドリアを有する心筋細胞を含む組成物を取得する工程を含み、
前記ミトコンドリア指向性キャリアは、ミトコンドリア指向性分子を含むリポソームであり、
前記ミトコンドリア指向性分子は、脂溶性カチオン脂質または脂溶性カチオンポリペプチドを含み、
前記ミトコンドリア活性化剤は、抗酸化剤である、
製造方法。
【請求項2】
前記複合体が、ミトコンドリア活性化剤が封入されたリポソームである、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記複合体が、ミトコンドリア活性化剤が封入された、ジオレイルホスファチジルエタノールアミンとホスファチジン酸及び/又はスフィンゴミエリンとを脂質膜の構成脂質として含有し、かつミトコンドリア指向性分子を脂質膜表面に有するリポソームである、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
ミトコンドリア指向性分子が配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチドである、請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
ミトコンドリア活性化剤がレスベラトロールである、請求項1~4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項6】
ミトコンドリア指向性キャリアとミトコンドリア活性化剤との複合体を心筋幹細胞に導入し、これにより活性化したミトコンドリアを有する心筋細胞を取得することにより製造される、心筋幹細胞であって、前記ミトコンドリア指向性キャリアは、ミトコンドリア指向性分子を含むリポソームであり、ミトコンドリア指向性分子は、脂溶性カチオン脂質または脂溶性カチオンポリペプチドを含み、前記ミトコンドリア活性化剤は、抗酸化剤である、心筋幹細胞。
【請求項7】
前記複合体が、ミトコンドリア活性化剤が封入されたリポソームである、請求項6に記載の心筋幹細胞。
【請求項8】
前記複合体が、ミトコンドリア活性化剤が封入された、ジオレイルホスファチジルエタノールアミンとホスファチジン酸及び/又はスフィンゴミエリンとを脂質膜の構成脂質として含有し、かつミトコンドリア指向性分子を脂質膜表面に有するミトコンドリア指向性リポソームである、請求項6又は7に記載の心筋幹細胞。
【請求項9】
ミトコンドリア指向性分子が配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチドである、請求項6~8のいずれか一項に記載の心筋幹細胞。
【請求項10】
抗酸化剤が、レスベラトロール、コエンザイムQ10、ビタミンC、ビタミンE、N-アセチルシステイン、2,2,6,6-テトラメチルピペリジン 1-オキシル(TEMPO)、スパーオキシドジスムターゼ(SOD)、およびグルタチオンからなる群から選択される、請求項1~4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項11】
ミトコンドリア活性化剤がレスベラトロールである、請求項6~10のいずれか一項に記載の心筋幹細胞。
【請求項12】
請求項6~11のいずれか一項に記載の心筋幹細胞を含む細胞集団であって、蛍光色素JC-1で染色したときのJC-1モノマーの蛍光強度に対するJC-1ダイマーの蛍光強度の比の平均値が1~4である、前記細胞集団。
【請求項13】
請求項6~11のいずれか一項に記載の心筋幹細胞又は請求項12に記載の細胞集団を含む、心不全の治療及び/又は予防に用いるための細胞製剤。
【請求項14】
心筋幹細胞のミトコンドリアに被封入物を導入するための組成物であって、リポソームを含み、前記リポソームは、ジオレイルホスファチジルエタノールアミンとホスファチジン酸及び/又はスフィンゴミエリンとを脂質膜の構成脂質として含有し、かつミトコンドリア指向性分子を脂質膜表面に有すし、ミトコンドリア指向性分子は、脂溶性カチオン脂質または脂溶性カチオンポリペプチドを含む、組成物。
【請求項15】
ミトコンドリア指向性分子が配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチドである、請求項14に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、心不全の治療及び/又は予防に利用される新たな心筋幹細胞の製造方法、ミトコンドリアが活性化された心筋幹細胞を含む細胞集団、該心筋幹細胞又は細胞集団を含む心不全の治療及び/又は予防のための細胞製剤、並びに該心筋幹細胞を製造するためのリポソームに関する。
【背景技術】
【0002】
心不全は、心筋梗塞、心筋症若しくは狭心症等の心臓関連疾患、又は高血圧、腎臓病若しくは悪性腫瘍に対する化学療法の副作用等の心臓以外の疾患が原因となって、心臓の機能が低下して肺や全身に必要な量の血液を供給できなくなった症状を指す。心不全は、日本においてがんに次ぐ主要死因であり、その根本的な治療法としては心臓移植が挙げられる。しかしながら、心臓移植は、移植ドナーの慢性的な不足、移植臓器の耐用年数の限界、拒絶反応、生涯にわたる免疫抑制薬内服、頻回の入院カテーテル検査等、多岐にわたる問題点を有する。
【0003】
2000年代後半に心不全に対する有望な治療法として細胞移植が提唱されて以来、iPS細胞を含む様々な細胞を用いた細胞移植療法が検討されている。特に、心筋幹細胞移植は、自己体細胞を用いる移植のため免疫学的に安全である、侵襲性の低い方法で行うことができるなどの利点を有する。心筋幹細胞移植は、臨床試験で一定の効果が実証されている(例えば非特許文献1、非特許文献2、非特許文献3)。
【0004】
心筋幹細胞移植の問題としては、例えば、ブタ虚血再灌流モデルでの心筋幹細胞移植実験において移植細胞生着効果が限定的であること(非特許文献4)、ラットドキソルビシン心筋症モデルでの心筋幹細胞移植実験において生存率改善効果が限定的であること(非特許文献5)などが挙げられる。すなわち、長期にわたる治療効果の維持が、心筋幹細胞移植における今後の課題の一つである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Bolli,R. et al.,Lancet 2011,378,pp.1847-1857
【文献】Makkar,R.R. et al.,Lancet 2012,379,pp.895-904
【文献】Ishigami,S. et al.,Circulation research 2015,116,pp.653-664
【文献】Takehara,N. et al.,J.Am.Coll.Cardiol. 2008,52,pp.1858-65
【文献】De Angelis,A. et al.,Circulation 2010,121,pp.276-292
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、心不全の治療及び/又は予防の効果を長期にわたって維持することを可能とする、新たな移植用心筋幹細胞、当該細胞を製造する方法及び当該細胞を含む細胞製剤を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、心筋幹細胞のミトコンドリアにミトコンドリア活性化剤を送達することで、生着効果が高められ、治療効果が長期にわたって維持された移植用細胞を製造することができることを見出し、下記の各発明を完成させた。
【0008】
(1)ミトコンドリア指向性キャリアとミトコンドリア活性化剤との複合体を心筋幹細胞に導入する工程を含む、心不全の治療及び/又は予防に用いるための心筋幹細胞の製造方法。
(2)前記複合体が、ミトコンドリア活性化剤が封入されたミトコンドリア指向性リポソームである、(1)に記載の製造方法。
(3)前記複合体が、ミトコンドリア活性化剤が封入された、ジオレイルホスファチジルエタノールアミンとホスファチジン酸及び/又はスフィンゴミエリンとを脂質膜の構成脂質として含有し、かつミトコンドリア指向性分子を脂質膜表面に有するミトコンドリア指向性リポソームである、(1)又は(2)に記載の製造方法。
(4)ミトコンドリア指向性分子が配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチドである、(3)に記載の製造方法。
(5)ミトコンドリア活性化剤がレスベラトロールである、(1)から(4)のいずれか一項に記載の製造方法。
(6)ミトコンドリア指向性キャリアとミトコンドリア活性化剤との複合体を心筋幹細胞に導入することにより製造される、心筋幹細胞。
(7)前記複合体が、ミトコンドリア活性化剤が封入されたミトコンドリア指向性リポソームである、(6)に記載の心筋幹細胞。
(8)前記複合体が、ミトコンドリア活性化剤が封入された、ジオレイルホスファチジルエタノールアミンとホスファチジン酸及び/又はスフィンゴミエリンとを脂質膜の構成脂質として含有し、かつミトコンドリア指向性分子を脂質膜表面に有するミトコンドリア指向性リポソームである、(6)又は(7)に記載の心筋幹細胞。
(9)ミトコンドリア指向性分子が配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチドである、(8)に記載の心筋幹細胞。
(10)ミトコンドリア活性化剤がレスベラトロールである、(6)から(9)のいずれか一項に記載の心筋幹細胞。
(11)心筋幹細胞を含む細胞集団であって、蛍光色素JC-1で染色したときのJC-1モノマーの蛍光強度に対するJC-1ダイマーの蛍光強度の比の平均値が1~4である、前記細胞集団。
(12)(6)から(11)のいずれか一項に記載の心筋幹細胞又は細胞集団を含む、心不全の治療及び/又は予防に用いるための細胞製剤。
(13)ジオレイルホスファチジルエタノールアミンとホスファチジン酸及び/又はスフィンゴミエリンとを脂質膜の構成脂質として含有し、かつミトコンドリア指向性分子を脂質膜表面に有する、心筋幹細胞のミトコンドリアに被封入物を導入するためのリポソーム。
(14)ミトコンドリア指向性分子が配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチドである、(13)に記載のリポソーム。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、細胞移植による治療及び/又は予防効果を長期にわたって維持することが可能な心筋幹細胞を提供することができる。かかる心筋幹細胞は、心筋傷害に対する治療及び/若しくは予防、心臓機能の回復、保護若しくは低下抑制、又は心不全の治療及び/若しくは予防などのために用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】レスベラトロールを封入し、NBDで蛍光標識されたミトコンドリア指向性リポソームを導入した心筋幹細胞を示すフローサイトメトリーのヒストグラムである。横軸はNBDの蛍光量を、縦軸は細胞数を表す。
図2】レスベラトロールを封入し、NBDで蛍光標識されたミトコンドリア指向性リポソームを導入した心筋幹細胞を共焦点レーザー走査型顕微鏡(CLSM)を用いて観察した写真である。図中、Bの写真はNBD(緑色)で染色されたRES-MITO-Porterを、Cの写真はMTDR(赤色)で染色されたミトコンドリアを、Dの写真はHoechst 33342(青色)で染色された細胞核を、Aの写真はB~Dの写真を重ね合わせたものをそれぞれ示す。各図のスケールバーは20μmである。
図3】心筋芽細胞と、レスベラトロールを封入したミトコンドリア指向性リポソームを導入した心筋幹細胞(MA-Cell)又は未処理の心筋幹細胞(CPC)とを共培養したときの、ドキソルビシン(終濃度10μg/mL、50μg/mL)による細胞傷害下での細胞生存率を示すグラフである。図中、「共培養」は心筋芽細胞とMA-Cellとの共培養を、「CPC単独」は心筋芽細胞とCPCとの共培養を、「コントロール」は心筋芽細胞の単独培養を表す。
図4】心筋芽細胞と、レスベラトロールを封入したミトコンドリア指向性リポソームを導入した心筋幹細胞(MA-Cell(+RES-MITO-Porter))、空のMITO-Porterを導入した心筋幹細胞(CPC(+MITO-Porter))、レスベラトロールで直接処理した心筋幹細胞(CPC(+RES))又はCPCとを共培養したときの、ドキソルビシン(終濃度10μg/mL、30μg/mL、50μg/mL)による細胞傷害下での細胞生存率を示す。
図5】心筋芽細胞と、レスベラトロールを封入したミトコンドリア指向性リポソームを導入した心筋幹細胞(CPC+RES-MITO-Porter)、レスベラトロールで直接処理した心筋幹細胞(CPC(+RES))又はCPCとを共培養したときの、ドキソルビシン(終濃度10μg/mL)による細胞傷害下で48時間経過後の細胞生存率を示す。
図6】心筋芽細胞とMA-Cellとを共培養したときの、レスベラトロールの各用量におけるドキソルビシン(終濃度10μg/mL)による細胞傷害下での細胞生存率を示すグラフである。
図7】MA-Cell若しくはCPCを移植した又は未処置のドキソルビシン心不全モデルマウス及び健常マウスに関するKaplan-Meier曲線を示すグラフである。
図8】MA-Cell若しくはCPCを移植した又は未処置のドキソルビシン心不全モデルマウス及び健常マウスの平均体重の変化を示すグラフである。
図9】MA-Cell若しくはCPCを移植した又は未処置のドキソルビシン心不全モデルマウス及び健常マウスの心臓組織におけるジヒドロエチジウム(DHE)陽性細胞率を示すグラフである。
図10】MA-Cell若しくはCPCを移植した又は未処置のドキソルビシン心不全モデルマウス及び健常マウスの心臓組織におけるアポトーシス誘導率を示すグラフである。
図11】MA-Cellを移植したドキソルビシン心不全モデルマウス及び健常マウスの左室短縮率を示すグラフである。
図12】MA-Cell若しくはCPCを移植した又は未処置のドキソルビシン心不全モデルマウス及び健常マウスの心臓組織における、PGC1α、ESRRa、SDHA、Cox1及びATP1aの各遺伝子の相対的発現量を示すグラフである。
図13】MA-Cell若しくはCPCを移植した又は未処置のドキソルビシン心不全モデルマウス及び健常マウスの心臓組織におけるミトコンドリア呼吸鎖複合体の形成率を示すグラフである。
図14】移植後のマウス心臓におけるMA-Cellの定着を示す写真である。図中、左下の写真はAlexa Flour 488(緑色)で染色された心筋アクチニンを、右上の写真はHoechst 33342(青色)で染色された細胞核を、右下の写真はCellVue Claret(赤色)で染色されたMA-Cellを、左上の写真はこれらを重ね合わせたものをそれぞれ示す。
図15】蛍光色素JC-1を用いてMA-Cell及びCPCのミトコンドリア膜電位を検出した結果を示す写真である。図中、左列の写真はCPC、中央列の写真はMA-Cell、右列の写真はFCCPを添加したCPCであり、中段の写真は脱分極したミトコンドリアを示すJC-1モノマーに対応する波長529nmの緑色蛍光を、下段の写真は分極したミトコンドリアを示すJC-1ダイマーに対応する波長590nmの赤色蛍光を、上段の写真は中段の写真と下段の写真の重ね合わせたものを、それぞれ示す。
図16】蛍光色素JC-1を用いてMA-Cell及びCPCのミトコンドリア膜電位を検出した画像を基に、脱分極したミトコンドリアを示すJC-1モノマー(緑色)及び分極したミトコンドリアを示すJC-1ダイマー(赤色)の蛍光強度の比(Dimer/Monomer)を算出した結果を示すグラフである。図中、○は個々の細胞における値を、━は平均値(n=19)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の第1の態様は、ミトコンドリア指向性キャリアとミトコンドリア活性化剤との複合体を心筋幹細胞に導入する工程を含む、心不全の治療及び/又は予防に用いるための心筋幹細胞の製造方法に関する。
【0012】
心筋幹細胞(心筋前駆細胞(Cardiac progenitor cells)ともいう。以下、CPCと表す)は、自己複製能及び心筋、血管内皮・平滑筋、脂肪、骨、軟骨等への分化能を有する幹細胞である。本発明で使用されるCPCは、当業者に公知の方法により心臓組織から分離することができる。かかるCPCの一例は、例えばOhら(PNAS.,2003,100,pp.12313-12318)の方法、Ishigamiら(Circ Res.,2015,116,pp.653-664)の方法等によって心臓組織から分離された細胞である。また、iPS細胞から分化誘導されたCPC(Funakoshi S. et al,Scientific Reports 6,2016、19111)、及び線維芽細胞や心筋細胞のリプログラミングにより得られるCPC(Ieda M. et al,Cell,2010,142,pp.375-386)も、本発明において使用することができる。上記各文献は参照により本明細書に取り込まれる。
【0013】
CPCはいかなる動物由来のものであってもよいが、ヒトの心不全の治療又は予防に使用する目的においては、ヒトのCPCを使用することが好ましい。本発明では、心不全を患っている者若しくは心不全のおそれがある者の心臓組織から自己体細胞を用いる移植を前提として分離されるCPCを使用することが特に好ましい。
【0014】
またCPCは、Sca-1等のCPC特異的マーカーの発現に基づいて単離精製されたものであってもよく、又は細胞集団、例えば心臓から分離した細胞のスフェロイド培養により得られるヘテロな細胞集団に含まれる状態のものであってもよい。後者の場合は、細胞集団ごと後述のミトコンドリア指向性キャリアとミトコンドリア活性化剤との複合体を導入する工程に供され、これによりミトコンドリアが活性化されたCPCを含む細胞集団が製造される。
【0015】
CPCは、その後の細胞移植に必要な細胞数を確保するため、その幹細胞性を維持するかぎりインビトロで継代培養して増殖させた後に使用してもよい。
【0016】
本発明は、ミトコンドリア指向性キャリアとミトコンドリア活性化剤との複合体をCPCに導入する工程を含む。
【0017】
ミトコンドリア指向性キャリアは、細胞内に当該キャリアが導入されたときに、細胞内オルガネラの一つであるミトコンドリアに選択的に到達する機能を有するものをいう。ミトコンドリア指向性キャリアの例としては、Lipophilic triphenylphosphonium cation(TPP)若しくはRhodamine 123などの脂溶性カチオン物質、Mitochondrial Targeting Sequence(MTS)ペプチド(Kong,BW. et al.,Biochimica et Biophysica Acta 2003,1625,pp.98-108)若しくはS2ペプチド(Szeto,H.H. et al.,Pharm.Res. 2011,28,pp.2669-2679)などのポリペプチド、又はDQAsome(Weissig,V. et al.,J.Control.Release 2001,75,pp.401-408)、MITO-Porter(Yamada,Y. et al.,Biochim Biophys Acta. 2008,1778,pp.423-432)、DF-MITO-Porter(Yamada,Y. et al.,Mol.Ther. 2011,19,pp.1449-1456)、S2ペプチドで修飾された改変型DF-MITO-Porter(Kawamura,E. et al.,Mitochondrion 2013,13,pp.610-614)などのミトコンドリア指向性リポソームを挙げることができる。上記各文献は、本発明における各キャリアの製造及び利用に関して、参照により本明細書に組み込まれる。
【0018】
本発明において好ましいミトコンドリア指向性キャリアはミトコンドリア指向性リポソームであり、特にMITO-Porter、DF-MITO-Porter又は改変型DF-MITO-Porterが好ましい。
【0019】
ミトコンドリア指向性キャリアとミトコンドリア活性化剤との複合体とは、化学的な結合又は物理的封入などの様式に拘わらず、ミトコンドリア指向性キャリアとミトコンドリア活性化剤とが一体的に挙動する形態の物質をいう。例えば、脂溶性カチオン脂質又はポリペプチドがミトコンドリア指向性キャリアであるときは、例えば脂溶性カチオン脂質に関するMurphyらの方法(G.F. Kelso et al,J.Biol.Chem.,2001,276,pp.4588-4596)、Szetoペプチドに関する特表2007-503461に記載された方法などに準じて、共有結合又はイオン結合などの化学的方法によってミトコンドリア指向性キャリアとミトコンドリア活性化剤とを結合させることで、ミトコンドリア指向性キャリアとミトコンドリア活性化剤との複合体を形成させることができる。
【0020】
また、ミトコンドリア指向性キャリアがリポソームであるときは、リポソームの脂質膜表面にミトコンドリア活性化剤を化学的に結合させることで、又はリポソームの内部すなわち脂質膜で封鎖された内部空間にミトコンドリア活性化剤を物理的に封入することで、ミトコンドリア指向性キャリアとミトコンドリア活性化剤との複合体を形成させることができる。
【0021】
CPCへの前記複合体の導入は、ミトコンドリア指向性キャリア毎に知られた細胞への導入方法によって行うことができる。例えば複合体を含む適当な培地でCPCを培養することで細胞内に導入してもよく、また複合体とCPCとを、リポフェクタミン、ポリエチレングリコールその他の細胞への物質の取込を促進することのできる公知の物質の存在下でインキュベーションすることで、細胞内に導入してもよい。
【0022】
本発明の第1の態様におけるミトコンドリア指向性キャリアとミトコンドリア活性化剤との複合体をCPCに導入する工程の好ましい例は、ミトコンドリア活性化剤が封入されたミトコンドリア指向性リポソームである複合体、特にMTSペプチド又はS2ペプチドで表面修飾された、ミトコンドリア活性化剤が封入されたMITO-Porter又はDF-MITO-Porterである複合体とCPCとをインキュベーションすることで、複合体をCPCに導入する工程である。
【0023】
ミトコンドリア活性化剤は、ミトコンドリアの呼吸鎖複合体(電子伝達系)を活性化させる、特にミトコンドリアの膜電位を分極した状態とすることのできる物質をいい、特にミトコンドリアを過分極状態とすることができるものの使用が好ましい。そのようなミトコンドリア活性化剤の例としては、レスベラトロール(resveratrol、3,5,4’-トリヒドロキシ-trans-スチルベン)、コエンザイムQ10、ビタミンC、ビタミンE、N-アセチルシステイン、TEMPO、SOD、グルタチオンなどの抗酸化剤を挙げることができ、特にレスベラトロールが好ましい。
【0024】
本発明で好ましく使用されるレスベラトロールは、植物から公知の方法で抽出されたものでもよく、また例えばAndrusら(Tetrahedron Lett. 2003,44,pp.4819-4822)その他の公知の方法で化学合成されたものであってもよい。
【0025】
本発明の第1の態様の方法により製造されるCPCは、本発明のさらなる態様の1つであって、後の実施例に示すように、ドキソルビシンが投与されたマウスの生存率を大幅に向上させることができる。また、ドキソルビシンが投与されたマウスの心臓組織における酸化ストレスの低減、アポトーシスの抑制又はミトコンドリア機能の維持にも好適に関与する。
【0026】
アントラサイクリン系薬剤の一種であるドキソルビシンの投与によって重度の心筋傷害がもたらされることは、臨床的に知られており、ドキソルビシンが投与されたマウスは心不全モデルマウスとして利用されている。したがって、本発明の第1の態様の方法により製造されるCPCは、心筋傷害、特に重度の心筋傷害に対する治療及び/若しくは予防、心臓機能の回復、保護若しくは低下抑制、又は心不全の治療及び/若しくは予防などのために利用することができる。
【0027】
本発明の別の態様は、心筋幹細胞を含む細胞集団であって、蛍光色素JC-1で染色したときのJC-1モノマーの蛍光強度に対するJC-1ダイマーの蛍光強度の比(JC-1ダイマーの蛍光強度/JC-1モノマーの蛍光強度)の平均値が1~4である、前記細胞集団に関する。
【0028】
ミトコンドリアは、その内部に存在する呼吸鎖複合体の働きにより膜内外にプロトン濃度勾配を生じ、膜電位を有した分極状態になる。分極したミトコンドリアは、アポトーシスや代謝ストレス等を受けると、膜電位が低下した脱分極状態に陥る。このようにミトコンドリアの分極状態はミトコンドリアの代謝活性を表すパラメーターであり、分極したミトコンドリアを多く有する細胞はミトコンドリアが活性化された細胞であると考えられる。
【0029】
ミトコンドリア膜電位プローブである蛍光色素JC-1(5,5’,6,6’-tetrachloro-1,1’,3,3’-tetraethylbenzimidazolylcarbocyanine iodide)は、脱分極したミトコンドリア内では緑色の蛍光を発するモノマーであるが、分極したミトコンドリア内では赤色の蛍光を発するダイマーを形成することが知られている。したがって、JC-1モノマーとダイマーとの蛍光強度の比は、ミトコンドリアの分極状態を表す指標となる。蛍光強度の比は、例えば、ThermoFisher Scientific、コスモバイオその他から市販されているJC-1を用い、製造者のプロトコールに従って蛍光レシオ検出を行うことで測定することができる。
【0030】
本態様にかかる細胞集団は、ミトコンドリアが活性化されたCPCを含む細胞集団であり、該集団に含まれるCPCのミトコンドリア活性化の程度は、細胞集団をJC-1で染色したときのJC-1モノマーの蛍光強度に対するJC-1ダイマーの蛍光強度の比(JC-1ダイマーの蛍光強度/JC-1モノマーの蛍光強度)の平均値により表すことができる。
【0031】
蛍光強度の比の平均値は、細胞集団に含まれる任意の個数、好ましくは十数個から数十個のCPCそれぞれについてJC-1モノマーの蛍光強度に対するJC-1ダイマーの蛍光強度の比(JC-1ダイマーの蛍光強度/JC-1モノマーの蛍光強度)を測定し、それらの平均値として算出することができる。ミトコンドリアが活性化されたCPCを含む細胞集団におけるJC-1モノマーの蛍光強度に対するJC-1ダイマーの蛍光強度の比の平均値は、1より大きく、好ましくは1~4である。
【0032】
なお、本態様の細胞集団は、主にCPCからなる細胞集団であり、好ましくはCPC以外の細胞を実質的に含まない細胞集団である。かかる細胞集団は、典型的には前述の本発明の第1の態様である方法によって製造することができる。
【0033】
上述のCPC及びCPCを含む細胞集団は、いずれも心筋傷害に対する治療及び/若しくは予防、心臓機能の回復、保護若しくは低下抑制、又は心不全の治療及び/若しくは予防などのために利用することができる。したがって、処置を必要とする対象に対して有効量の前記CPC又は細胞集団を投与する工程を含む、心筋傷害又は心不全を治療及び/若しくは予防する方法は、本発明のさらなる態様として提供される。さらに、処置を必要とする対象に対して有効量の前記CPC又は細胞集団を投与する工程を含む、心臓機能を回復させる方法、心臓機能を保護する方法又は心臓機能の低下を抑制する方法も本発明のさらなる別の態様として提供される。
【0034】
さらに、上述のCPC又はCPCを含む細胞集団を有効成分とする細胞製剤、特に心筋傷害又は心不全の治療及び/又は予防のための細胞製剤、心臓機能の回復及び/又は保護のための細胞製剤、心臓機能の低下を抑制するための細胞製剤なども、本発明の異なる態様として提供される。
【0035】
本発明の一態様である細胞製剤は、当業者に公知の方法で調製することが可能である。例えば、必要に応じて水又はそれ以外の薬学的に許容される緩衝液などに細胞を懸濁した懸濁液の形態として調製することができる。細胞製剤は、薬学的に許容される担体又は媒体、例えば植物油、乳化剤、懸濁化剤、界面活性剤、安定剤、賦形剤、防腐剤などの添加剤を含んでいてもよい。
【0036】
本発明の一態様である細胞製剤は、有効量の上述のCPC又はCPCを含む細胞集団を含む。本明細書中で用いられる「有効量」は、心筋傷害に対する治療及び/若しくは予防、心臓機能の回復、保護若しくは低下抑制、又は心不全の治療及び/若しくは予防などの効果を発揮するために必要なCPCの量を意味する。有効量は、処置を必要とする対象の状況に依るが、一対象個体あたり、例えば1×10細胞~1×10細胞、好ましくは1×10細胞~1×10細胞、より好ましくは1×10細胞~1×10細胞であり、これを1回又は適宜間隔を開けて複数回投与してもよい。
【0037】
細胞製剤の投与方法に特に制限はなく、一般的に用いられる投与方法、例えば血管内投与(好ましくは静脈内投与)、腹腔内投与、局所投与等を挙げることができる。静脈内投与又は心臓への局所投与が好ましい。
【0038】
本発明の別の態様は、ジオレイルホスファチジルエタノールアミン(DOPE)とホスファチジン酸(PA)及び/又はスフィンゴミエリン(SM)とを脂質膜の構成脂質として含有し、かつミトコンドリア指向性分子を脂質膜表面に有する、CPCのミトコンドリアに被封入物を導入するためのリポソームも提供する。ミトコンドリア指向性分子が配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチドすなわちS2ペプチドであるリポソームは、前述のkawamuraらに記載された方法によって製造することができる。本態様のリポソームは、S2ペプチドに加えて、さらに配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるペプチドすなわちオクタアルギニンペプチドを脂質膜表面に有してもよく、かかるリポソームは特許第5067733号に記載の方法によって製造することができる。好ましい被封入物は、本発明の第一の態様において説明したミトコンドリア活性化剤である。
【0039】
以下の実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例
【0040】
実施例1.レスベラトロールをミトコンドリアに送達したCPCの調製
(1)マウスCPCの精製
マウスCPCを、Ohら(PNAS. 2003,100,pp.12313-12318)の方法に従い、下記のようにして単離・精製した。
【0041】
8週齢のc57BL6/J雄マウスから心臓を摘出し、コラゲナーゼ処理及びパーコール密度勾配処理することでCPCを含む細胞群を抽出した。得られた細胞群を初代培養した後に、MACS systemによりソーティングを行って選択的に抽出したSca-1陽性CPCを継代培養することで、マウスCPCを単離した。単離したCPCについて、表面マーカータンパク質量をフローサイトメトリー(FACS)で、並びに心筋転写因子及び構造タンパク質の遺伝子発現量をPCR法によりそれぞれ定量し、これらの値が既報のものと一致することを確認した(データは示さず)。
【0042】
(2)S2ペプチドで修飾されたRES-MITO-Porterの調製
S2ペプチドで表面修飾され、かつレスベラトロールを封入したミトコンドリア指向性リポソーム(RES-MITO-Porter)を下記のように調製した。
【0043】
1,2-ジオレイル-sn-グリセロ-3-ホスファチジルエタノールアミン(DOPE)及びスフィンゴミエリン(SM)の1mM脂質エタノール溶液(DOPE/SM=9:2)137.5μLとクロロホルム112.5μLとの混合液を減圧乾燥処理することで、脂質膜フィルムを調製した。2.3mg/mLレスベラトールを含有する10mM HEPES緩衝液250μLを脂質膜フィルムに添加して水和させた(室温、15分間)後、バスタイプソニケータ(AU-25C;アイワ医科工業)を用いて超音波処理することで、リポソームを調製した。このリポソームにStearyl S2溶液を総脂質量の10%となるように添加し、室温で30分間インキュベーションすることで、RES-MITO-Porterを調製した。
【0044】
調製されたRES-MITO-Porterは、平均粒子径:121±7nm、ゼータ電位:49±1mV、レスベラトロール封入率:87±4%の、正電荷を有するナノ粒子であり、4℃での1カ月保存後も粒子物性は維持されることが確認された。
【0045】
(3)CPCへのRES-MITO-Porterの導入
既報(Abe,J. et al.,J.Pharm.Sci. 2016,105,pp.734-740)の方法に従い、RES-MITO-Porterを緑色蛍光色素NBD(7-nitrobenz-2-oxa-1, 3-diazole)で標識し、CPCへの導入を評価した。総脂質量として550μMのNBD蛍光標識RES-MITO-Porter(レスベラトロール濃度は100μM)を200μL準備し、1×10個のCPC/DMEM-F12培地10mLに添加して1時間インキュベーションすることで、CPCにRES-MITO-Porterを導入した。FACSを用いてCPCに取り込まれたNBD蛍光標識キャリアを検出することで、RES-MITO-PorterがCPCに導入されたことを確認した(図1)。
【0046】
既報(Abe,J. et al.,J.Pharm.Sci. 2016,105,pp.734-740)の方法に従って、NBD蛍光標識RES-MITO-Porterが導入されたCPCのミトコンドリアをMTDRで染色した後に、共焦点レーザー走査型顕微鏡(CLSM)を用いて観察したところ、NBDの緑色とMTDRの赤色とが重なり合った黄色のドットが観察された。このことから、RES-MITO-PorterはCPCのミトコンドリアに集積する事が確認された(図2)。
【0047】
実施例2.レスベラトロールをミトコンドリアに送達したCPCの心筋芽細胞保護効果(in vitro実験)
(1)CPCへのRES-MITO-Porterの導入
DMEM-F12培地に懸濁したCPCを1×10個/ウェルとなるように6ウェルプレートに播種し、37℃で24時間培養した。各ウェルに実施例1の(2)で調製したRES-MITO-Porterを添加して2時間インキュベーションすることでRES-MITO-PorterをCPCに導入し、以後の実験に用いた。このRES-MITO-Porterを導入したCPCをMA-Cellと表す。
【0048】
(2)ドキソルビシンによる細胞傷害下での細胞生存率
ラット心筋芽細胞H9c2細胞(ATCCより購入)を3×10個/ウェルとなるように、及び(1)で調製したMA-Cellを1×10個/ウェルとなるようにDMEM-F12培地中で混合し、混合液を37℃で24時間共培養した。共培養液に終濃度10μg/mL(低用量)又は50μg/mL(高用量)となるようにドキソルビシンを添加して細胞傷害を誘起してさらに16時間培養した後、WST-1試薬(Takara Bio Inc.)を用いて細胞生存率を測定した。また、MA-Cellに代えて培地のみを添加したH9c2細胞(コントロール)、及びMA-Cellに代えてCPCを添加したH9c2細胞(CPC単独)についても、上記と同様にして細胞傷害を誘起して、細胞生存率を測定した。ドキソルビシン未処理のH9c2細胞の細胞生存率を100%としたときの結果を図3に示す。
【0049】
MA-Cellはドキソルビシンの細胞傷害作用による細胞生存率の減少を抑制することが確認された。また共培養におけるH9c2細胞とMA-Cellとの混合比率を6:1としたときも、同様の結果が確認された(図4のMA-Cell)。一方、MA-Cellに代えてレスベラトロールで直接処理したCPCをH9c2細胞に添加したときの細胞生存率(図4のCPC(+RES))の減少はCPC単独のそれ(図4のCPC)と同程度であり、レスベラトロールの添加による改善は確認されなかった。
【0050】
また、培地をDMEM-F12からDMEM High glucose(Thermo)に変更し、H9c2細胞と、MA-Cell、レスベラトロールで直接処理したCPC又はCPCとの混合比率を6:1として37℃で24時間共培養した後、終濃度10μg/mLのドキソルビシンを添加して細胞傷害を誘起してさらに48時間培養した後の細胞生存率を測定した。ドキソルビシン未処理のH9c2細胞の細胞生存率を100%としたときの結果を図5に示す。MA-Cellによるドキソルビシンの細胞傷害作用による細胞生存率の減少抑制は、細胞傷害誘起後48時間後も保たれていることが確認された。
【0051】
(3)レスベラトロール用量依存的な細胞生存率の変化
上記(1)と同様の操作を行って、レスベラトロール濃度0~10μМのRES-MITO-Porterを用いて、レスベラトロールの送達量を変化させたMA-Cellを調製した。各MA-Cell及び終濃度10μg/mLのドキソルビシンを用いて上記(2)と同様の実験を行い、レスベラトロールの各用量における細胞生存率を測定した。ドキソルビシン未処理のH9c2細胞の細胞生存率を100%としたときの結果を図6に示す。
【0052】
ドキソルビシンの細胞傷害作用による細胞生存率の減少は、レスベラトロールの用量に依存して改善されることが確認された。
【0053】
実施例3.レスベラトロールをミトコンドリアに送達したCPCの心筋傷害に対する保護効果(in vivo実験)
(1)ドキソルビシン心筋傷害モデルマウスの作製及び各CPCの投与
健常マウス(6~8週齢の雄C57/BL6マウス)の心臓にMA-Cell(1×10個)を細胞移植して、MA-Cell移植群(n=6)を用意した。移植から24時間後に、Zhangら(Nature Medicine 2012,18,pp.1639-1642)の方法を参考にして、200μLのドキソルビシン/PBSを25mg/kgとなるように1回のみ、マウスの腹腔内に投与して、心筋傷害を誘導した。細胞移植をしない群(未処置群)及びMA-Cellに代えてCPCを移植した群(CPC移植群)についても、上記と同様にして心筋傷害を誘導した。また、ドキソルビシンを投与しない群(健常群)を各群に対して用意した。
【0054】
(2)心筋傷害誘導後の生存率
心筋傷害誘導後の各群の生存率に関するKaplan-Meier曲線を作成し、log-rank解析による統計処理を行った。その結果を図7に示す。MA-Cell移植群の生存率は、未処置群及びCPC移植群のそれと比較して大きく改善されることが確認された。
【0055】
(3)平均体重
心筋傷害誘導から3日目及び7日目における各群のマウス平均体重を、図8に示す。ドキソルビシンを投与した全ての群で一時的に体重は減少するが、7日目にはMA-Cell移植群において体重の回復傾向が認められた。
【0056】
(4)心臓組織における酸化ストレス状態
心筋傷害誘導から3日目に心臓を摘出し、Zhangら(前出)の方法を参考にして心臓組織を速やかにジヒドロエチジウム(DHE)染色し、心臓組織中の赤色細胞(DHE陽性細胞)をカウントして、心臓組織の酸化ストレス状態をDHE陽性細胞率として定量した。その結果を図9に示す。DHEは、生細胞中の活性酸素種と反応して赤色蛍光を発する蛍光プローブである。健常群のDHE陽性細胞率と比較して、未処置群群及びCPC移植群では有意に高いDHE陽性細胞率を示した。一方、MA-Cell移植群ではDHE陽性細胞の増加が抑制される傾向が確認された。
【0057】
(5)心臓組織におけるアポトーシス誘導
(4)で摘出した心臓を組織固定した後に、TUNNEL In Situ Cell Death Detection Kit, Fluorescein kit(Sigma社)を用いたTUNEL法を行い、心臓組織中のアポトーシス陽性細胞をカウントして、アポトーシス誘導率を算出した。その結果を図10に示す。未処置群及びCPC移植群ではアポトーシス誘導細胞が多数観察されたが、MA-Cell移植群では健常群と同程度のレベルまでアポトーシス誘導が抑制されている事が確認された。
【0058】
(6)心機能(左室短縮率)
心筋傷害誘導した5週間後の健常群及びMA-Cell移植群の各マウスの心機能(左室短縮率)を断層心エコー法を行うことで測定した。その結果を図11に示す。左室短縮率については、MA-Cell移植群と健常群との間には有意な差は認めらなかった。
【0059】
(7)ミトコンドリア機能
(4)で摘出した心臓組織から全RNAを抽出・精製し、逆転写反応後、内標準にGAPDHを設定したリアルタイムPCR法を行うことで、ミトコンドリア新生に関連するPGC1α及びESRRa、ミトコンドリア呼吸鎖複合体に関連するSDHA、Cox1及びATP1aの各遺伝子の発現量を定量した。健常群における各遺伝子の発現量を1としたときの各群における相対的発現量を、図12に示す。未処置群及びCPC移植群では各遺伝子の発現レベルが大きく減少していたが、MA-Cell移植群では発現レベルの減少が抑制されている事が確認された。この結果から、MA-Cell移植群の心臓組織では、心筋傷害誘導後も、ミトコンドリア新生及びミトコンドリア酸化的リン酸化遺伝子群の発現が有意に維持されていることが確認された。
【0060】
(8)ミトコンドリア呼吸鎖複合体の構造保持
(4)で摘出した心臓組織からタンパク質を抽出し、Blue-Native PAGEを行った。電気泳動後、ミトコンドリアComplexI抗体(Abcam)及びミトコンドリアComplexII抗体(Abcam)を用いたWestern-blottingを行い、電子伝達系Super-complex帯(1,000kDa)のバンドを定量した。ComplexII抗体によるバンド定量値で補正することで算出したSuper-complexの形成率を、図13に示す。未処置群と比較すると、CPC移植群及びMA-Cell移植群ではミトコンドリア呼吸鎖複合体構造が保持されることが確認された。特に、MA-Cell移植群では、健常群と同程度のレベルでミトコンドリア呼吸鎖複合体の高次構造が保持される事が確認された。
【0061】
実施例4.MA-Cellの心筋組織内での生着
CellVue Claret Far Red(Sigma)を製造者のプロトコルに従って用いて、細胞膜表面を赤色に染色したMA-Cell及びCPCを調製した。これらの細胞を用いて実施例3と同様の細胞移植及び心筋傷害誘導を行い、傷害誘導から7日目に心臓を摘出した。摘出された心臓について、1次抗体に心筋アクチニン抗体(Ms monoclonal anti-sarcomeric α actinin Ab(Sigma))、2次抗体にAlexa Fluor 488 Goat F(ab’)2 anti-Ms IgG(H+L)(Life Technologies)を用いて心筋を緑色に、またHoechst 33342を用いて細胞核を青色にそれぞれ染色し、顕微鏡観察を行った。MA-Cellを移植したマウスに関する顕微鏡写真を図14に示す。
【0062】
MA-Cellを移植したマウスの心臓組織では、緑色の心筋組織上に赤色の移植細胞が存在することが確認された(図14左上の重ね合わせ、白色矢印の位置)。一方、CPC移植群では赤色の蛍光は観察されなかった(データは示さず)。
【0063】
実施例5.MA-Cellのミトコンドリア膜電位
MA-Cell及び実施例1で調製したCPCについて、蛍光色素JC-1(Invitrogen社)を製造者のプロトコルに従って用いてミトコンドリアの膜電位を調べた。JC-1は、分極したミトコンドリアに集積すると波長590nmの赤色蛍光を発し、ミトコンドリアが脱分極する(膜電位が消失する)と細胞質中に拡散して波長529nmの緑色の蛍光を発する。結果を図15に示す。
【0064】
CPCでは、ミトコンドリアに局在した赤色蛍光が観察されると共に緑色の蛍光も観察された(図15左、CPC)。また、ミトコンドリア膜電位の脱共役剤であるFCCPでCPCを処理したときは、赤色蛍光がほぼ消失し、緑色蛍光のみが観察された(図15右、FCCP)。一方、MA-Cellでは、CPCと比較して多量の赤色蛍光が観察された(図15中、MA-Cell)。
【0065】
さらに、MA-Cell及びCPCそれぞれについて19個の細胞を対象として、脱分極したミトコンドリア(緑、Monomer)の蛍光強度に対する分極したミトコンドリア(赤、Dimer)の蛍光強度の比(Dimer/Monomer ratio)を算出した(図16)。その結果、MA-Cellでは、比率は0.5~4.5倍の範囲にあり、その平均値は1.9である一方、CPCでは比率は0~1の範囲にあり、その平均値は0.4であることが確認された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
【配列表】
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