(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-30
(45)【発行日】2023-02-07
(54)【発明の名称】血管機能の検出方法、高血圧症の進行段階を判定する方法、高血圧症の進行段階を判定するためのキット及び高血圧症の治療効果の予測方法
(51)【国際特許分類】
A61K 49/00 20060101AFI20230131BHJP
A61K 38/05 20060101ALI20230131BHJP
A61P 9/12 20060101ALI20230131BHJP
A61B 5/022 20060101ALI20230131BHJP
【FI】
A61K49/00
A61K38/05
A61P9/12
A61B5/022 400Z
(21)【出願番号】P 2019038368
(22)【出願日】2019-03-04
【審査請求日】2022-01-04
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大日向 耕作
(72)【発明者】
【氏名】小山 大貴
【審査官】小川 知宏
(56)【参考文献】
【文献】Journal of Food Science,2011年,76,H201-H206
【文献】第54回ペプチド討論会講演要旨集,日本ペプチド学会,2017年,Y-14
【文献】Molecular Nutrition and Food Research,58,2014年,359-364
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 49/00
A61B 5/022
A61K 38/05
A61P 9/12
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
高血圧症患者の血管機能の検出方法であって、
(A)
ジペプチドSY、及び
(B)
ジペプチドNA
を高血圧症患者にそれぞれ投与した場合の血圧の変化を測定し、血圧の変化の程度を指標とする方法。
【請求項2】
高血圧症の進行段階を
特定する方法であって、
(A)
ジペプチドSY、及び
(B)
ジペプチドNA
を高血圧症患者にそれぞれ投与した場合の血圧の変化を測定し、
ペプチド(A)を投与した場合の血圧の変化と、ペプチド(B)を投与した場合の血圧の変化とを比較した結果、
ペプチド(A)を投与した場合の血圧の降下が
、ペプチド(B)を投与した場合の血圧の降下に比して大きい場合は高血圧発症前期であると
特定し、
ペプチド(B)を投与した場合の血圧の降下が
、ペプチド(A)を投与した場合の血圧の降下に比して大きい場合は高血圧発症後期であると
特定する方法。
【請求項3】
(A)
ジペプチドSY、及び
(B)
ジペプチドNA
を含む、高血圧症の進行段階を判定するためのキット。
【請求項4】
高血圧症の治療効果の予測方法であって、
高血圧症患者が高血圧発症前期である場合は(A)
ジペプチドSYの投与が、治療効果が高いと予測し、
高血圧症患者が高血圧発症後期である場合は(B)
ジペプチドNAの投与が、治療効果が高いと予測する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高血圧症の進行段階を判定する方法、高血圧症の進行段階を判定するためのキット及び高血圧症の治療効果の予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高血圧は脳卒中や心筋梗塞など死に直結する疾病を惹起することからサイレントキラーと呼ばれ、これを予防及び治療することが求められている。
【0003】
食品タンパク質の酵素消化物から多彩な生理作用を示す生理活性ペプチドが多数見出されている。動脈硬化性疾患の発症は、血管、特に、血管内皮の機能低下が引き金となることが知られており、生理活性ペプチドの血管に対する機能が着目されている。
【0004】
特許文献1、2及び非特許文献1には、摂食抑制、抗肥満、動脈弛緩、血圧降下、メタボリックシンドローム予防などの作用を有するペプチドが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開公報WO2012/070554号
【文献】日本国特開2018-184367号
【非特許文献】
【0006】
【文献】Kagebayashi T et al. Mol Nutr Food Res. 2012 Sep; 56(9):1456-63.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、新規なペプチドの組み合わせを用いる高血圧症の進行段階を判定する方法、高血圧症の進行段階を判定するためのキット及び高血圧症の治療効果の予測方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねたところ、SYを含む2~20アミノ酸残基長のペプチドが高血圧発症前期に効果が高く、NAを含む2~20アミノ酸残基長のペプチドが高血圧発症後期に効果が高いことを見いだした。本発明は、斯かる知見に基づいて、さらに検討を重ねて完成されたものである。
【0009】
すなわち、本発明は以下の態様を包含する。
【0010】
項1、高血圧症患者の血管機能の検出方法であって、
(A)SYを含む2~20アミノ酸残基長のペプチド、及び
(B)NAを含む2~20アミノ酸残基長のペプチド
を高血圧症患者にそれぞれ投与した場合の血圧の変化を測定し、血圧の変化の程度を指標とする方法。
【0011】
項2、ペプチド(A)がジペプチドSYであり、ペプチド(B)がジペプチドNAである、項1に記載の方法。
【0012】
項3、高血圧症の進行段階を判定する方法であって、
(A)SYを含む2~20アミノ酸残基長のペプチド、及び
(B)NAを含む2~20アミノ酸残基長のペプチド
を高血圧症患者にそれぞれ投与した場合の血圧の変化を測定し、
ペプチド(A)を投与した場合の血圧の降下が大きい場合は高血圧発症前期であると判定し、
ペプチド(B)を投与した場合の血圧の降下が大きい場合は高血圧発症後期であると判定する方法。
【0013】
項4、ペプチド(A)がジペプチドSYであり、ペプチド(B)がジペプチドNAである、項3に記載の方法。
【0014】
項5、(A)SYを含む2~20アミノ酸残基長のペプチド、及び
(B)NAを含む2~20アミノ酸残基長のペプチド
を含む、高血圧症の進行段階を判定するためのキット。
【0015】
項6、ペプチド(A)がジペプチドSYであり、ペプチド(B)がジペプチドNAである、項5に記載のキット。
【0016】
項7、高血圧症の治療効果の予測方法であって、
高血圧症患者が高血圧発症前期である場合は(A)SYを含む2~20アミノ酸残基長のペプチドの投与が、治療効果が高いと予測し、
高血圧症患者が高血圧発症後期である場合は(B)NAを含む2~20アミノ酸残基長のペプチドの投与が、治療効果が高いと予測する方法。
【0017】
項8、ペプチド(A)がジペプチドSYであり、ペプチド(B)がジペプチドNAである、項7に記載の方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明により新規な血管機能の検出方法、高血圧症の進行段階を判定する方法、高血圧症の進行段階を判定するためのキット及び高血圧症の治療効果の予測方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】高血圧発症前期(Early stage)及び高血圧発症後期(Advanced stage)における動脈弛緩実験の結果を示す。(A)ジペプチドSYの投与。(B)ジペプチドNAの投与。
【発明を実施するための形態】
【0020】
・ペプチド
本発明に係るペプチドは、(A)SYを含む2~20アミノ酸残基長のペプチド(「ペプチド(A)」とも称する)、及び(B)NAを含む2~20アミノ酸残基長のペプチド(「ペプチド(B)」とも称する)である。
【0021】
上記ペプチド(A)及びペプチド(B)は、2~20アミノ酸残基であり、好ましくは2~10アミノ酸残基、より好ましくは2~5アミノ酸残基、特に好ましくは2、3、4又は5アミノ酸残基を有する。
【0022】
上記ペプチドは、アミノ酸残基長が3以上である場合、ペプチド(A)のアミノ酸配列SYのN末端側及び/又はC末端側に、並びに、ペプチド(B)のアミノ酸配列NAのN末端側及び/又はC末端側任意のアミノ酸残基を有する。アミノ酸残基は、天然アミノ酸であっても非天然のアミノ酸であってもよい。天然アミノ酸としては、アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システイン、グルタミン、グルタミン酸、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リシン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、トレオニン、トリプトファン、チロシン、及びバリンのタンパク質を構成するアミノ酸残基、並びに、セレノシステイン、N-ホルミルメチオニン、ピロリシン、ピログルタミン等のその他のアミノ酸残基が含まれる。
【0023】
本発明の好ましい態様の一つにおいて、上記ペプチド(A)はジペプチドSYである。また、本発明の好ましい態様の一つにおいて、上記ペプチド(B)はジペプチドNAである。
【0024】
上記ペプチド(A)及び/又はペプチド(B)を構成するアミノ酸は、L体のアミノ酸、D体のアミノ酸或いはDL体のアミノ酸(D体とL体が混合されたアミノ酸であればラセミ体といずれか一方のエナンチオマーが過剰なアミノ酸のいずれも含まれる)のいずれを使用することができる。好ましくはL体のアミノ酸のみ、或いはD体のアミノ酸のみからなるペプチド、特にL体のアミノ酸のみからなるペプチドが好ましい。
【0025】
また、上記ペプチド(A)及び/又はペプチド(B)が2以上の不斉炭素を含む場合、各エナンチオマーないしジアステレオマー或いはこれらの任意の比率の混合物のいずれの形態でもあり得る。エナンチオマーまたはジアステレオマーの分離は、通常のカラムで行う方法、光学活性カラムを使用する方法、光学活性基を導入して誘導体の形態で光学分割した後、その光学活性基を除去する方法、光学活性の酸または塩基との塩を形成して光学分割する方法などの公知のいずれの方法を用いることができる。
【0026】
上記ペプチド(A)及びペプチド(B)は、修飾を有することができる。ペプチドのアミノ末端(N末端)は、遊離のアミノ基(NH2-)であっても、アセチル基(CH3CO-)などの修飾を有するものであってもよい。ペプチドのカルボキシ末端(C末端)は、遊離のカルボキシル基(-COOH)であっても、アミド基などの修飾を有するものであってもよい。ペプチドのアミノ酸残基は、無修飾ものであっても、リン酸基、糖鎖などの修飾を有するものであってもよい。
【0027】
上記ペプチド(A)及びペプチド(B)は、塩(酸付加塩又は塩基塩)であってもよい。酸付加塩としては、塩酸、硫酸、硝酸、リン酸、臭化水素酸、過塩素酸などの無機塩、クエン酸、コハク酸、マレイン酸、フマル酸、リンゴ酸、酒石酸、p-トルエンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、メタンスルホン酸、トリフルオロ酢酸などの有機酸の塩が挙げられる。塩基塩としては、ナトリウム、カリウム、リチウムなどのアルカリ金属塩、カルシウム、マグネシウムなどのアルカリ土類金属塩などが挙げられる。
【0028】
上記ペプチド(A)及びペプチド(B)は、溶媒和物であってもよい。溶媒和物としては、水(水和物の場合)、メタノール、エタノール、イソプロパノール、酢酸、テトラヒドロフラン、アセトン、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、ジメチルアセトアミド、アセトアミド、エチレングリコール、プロピレングリコール、ジメトキシエタンなどの溶媒和物が挙げられる。
【0029】
上記ペプチド(A)及びペプチド(B)は、天然のタンパク質ないしポリペプチドの加水分解により得ることもでき、化学合成により得ることもできる。
【0030】
化学合成としてはペプチド合成法、即ち、ペプチド合成に通常用いられる方法である液相法または固相法が挙げられる。具体的には、反応性カルボキシル基を有する原料と、反応性アミノ基を有する原料とをHBTU等の活性エステルを用いた方法や、カルボジイミドなどのカップリング剤を用いた方法等が挙げられる。生成するペプチドが保護基を有する場合、その保護基を除去することによっても製造し得る。
【0031】
この反応工程において反応に関与すべきでない官能基は、保護基により保護される。アミノ基の保護基としては、例えばベンジルオキシカルボニル(CBZ)、t-ブチルオキシカルボニル(Boc),9-フルオレニルメチルオキシカルボニル(Fmoc)等が挙げられる。カルボキシル基の保護剤としては例えばアルキルエステル、ベンジルエステル等を形成し得る基が挙げられるが、固相法の場合は、C末端のカルボキシル基はクロロトリチル樹脂、クロルメチル樹脂、オキシメチル樹脂、p-アルコキシベンジルアルコール樹脂等の担体に結合している。縮合反応は、カルボジイミド等の縮合剤の存在下にあるいはN-保護アミノ酸活性エステルまたはペプチド活性エステルを用いて実施する。
【0032】
縮合反応終了後、保護基は除去されるが、固相法の場合はさらにペプチドのC末端と樹脂との結合を切断する。更に、本発明のペプチドは通常の方法に従い精製される。例えばイオン交換クロマトグラフィー、逆相液体クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等が挙げられる。合成したペプチドの合成はエドマン分解法でC-末端からアミノ酸配列を読み取るプロテインシークエンサー、GC-MS等で分析される。
【0033】
上記ペプチド(A)及びペプチド(B)は、L-アミノ酸リガーゼを用いた酵素法によっても合成することが可能である(国際公開WO2003/010307号参照)。
【0034】
上記ペプチド(A)及びペプチド(B)を投与する場合、投与経路は特に限定されるものではなく、経口投与、非経口投与、直腸内投与のいずれを採用することも可能であり、経口的あるいは非経口的に投与することができる。経口投与が好ましい。
【0035】
投与量は、上記ペプチド(A)及びペプチド(B)のそれぞれについて、成人1日あたり通常は0.01mg/kg~500mg/kg、好ましくは0.05mg/kg~100mg/kg、より好ましくは0.1~30mg/kgとすることができる。
【0036】
上記ペプチド(A)及びペプチド(B)は、それぞれを製剤用担体と混合して調製した医薬組成物の形で投与することができる。製剤用担体としては、製剤分野において常用され、かつ本発明のペプチドと反応しない物質が用いられる。
【0037】
具体的には、製剤用担体、例えば、経口摂取用担体、希釈剤または賦形剤のような物質の例として乳糖、ブドウ糖、マンニット、デキストリン、シクロデキストリン、デンプン、蔗糖、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム、合成ケイ酸アルミニウム、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ヒドロキシプロピルデンプン、カルボキシメチルセルロースカルシウム、イオン交換樹脂、メチルセルロース、ゼラチン、アラビアゴム、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸マグネシウム、タルク、トラガント、ベントナイト、ビーガム、酸化チタン、ソルビタン脂肪酸エステル、ラウリル硫酸ナトリウム、グリセリン、脂肪酸グリセリンエステル、精製ラノリン、グリセロゼラチン、ポリソルベート、マクロゴール、植物油、ロウ、流動パラフィン、白色ワセリン、フルオロカーボン、非イオン性界面活性剤、プロピレングルコール、水等が挙げられる。
【0038】
剤型としては、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤、懸濁剤、坐剤、軟膏、クリーム剤、ゲル剤、貼付剤、吸入剤、注射剤等が挙げられる。これらの製剤は常法に従って調製される。尚、液体製剤にあっては、用時、水または他の適当な溶媒に溶解または懸濁する形であってもよい。また錠剤、顆粒剤は周知の方法でコーティングしてもよい。注射剤の場合には、本発明のペプチドを水に溶解させて調製されるが、必要に応じて生理食塩水あるいはブドウ糖溶液に溶解させてもよく、また緩衝剤や保存剤を添加してもよい。
【0039】
これらの製剤は、本発明のペプチドを0.01%~100重量%、好ましくは1~90重量%の割合で含有することができる。これらの製剤はまた、治療上価値のある他の成分を含有していてもよい。
【0040】
経口投与用の固形製剤を製造するには、有効成分と賦形剤成分例えば乳糖、澱粉、結晶セルロース、乳酸カルシウム、無水ケイ酸などと混合して散剤とするか、さらに必要に応じて白糖、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルピロリドンなどの結合剤、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウムなどの崩壊剤などを加えて湿式または乾式造粒して顆粒剤とする。錠剤を製造するには、これらの散剤及び顆粒剤をそのまま或いはステアリン酸マグネシウム、タルクなどの滑沢剤を加えて打錠すればよい。これらの顆粒または錠剤はヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート、メタクリル酸-メタクリル酸メチルポリマーなどの腸溶剤基剤で被覆して腸溶剤製剤、あるいはエチルセルロース、カルナウバロウ、硬化油などで被覆して持続性製剤とすることもできる。また、カプセル剤を製造するには、散剤または顆粒剤を硬カプセルに充填するか、有効成分をそのまま或いはグリセリン、ポリエチレングリコール、ゴマ油、オリーブ油などに溶解した後ゼラチン膜で被覆し軟カプセルとすることができる。
【0041】
経口投与用の液状製剤を製造するには、有効成分と白糖、ソルビトール、グリセリンなどの甘味剤とを水に溶解して透明なシロップ剤、更に精油、エタノールなどを加えてエリキシル剤とするか、アラビアゴム、トラガント、ポリソルベート80、カルボキシメチルセルロースナトリウムなどを加えて乳剤または懸濁剤としてもよい。これらの液状製剤には所望により矯味剤、着色剤、保存剤などを加えてもよい。
【0042】
上記ペプチド(A)及び(B)は、血圧降下作用及び動脈弛緩作用を有する。
【0043】
後述の実施例に示すように、上記ペプチド(A)は高血圧症発症前期に対してより高い血圧降下作用及び動脈弛緩作用を有する。一方、上記ペプチド(B)は高血圧症発症後期に対してより高い血圧降下作用及び動脈弛緩作用を有する。
【0044】
上記ペプチド(A)の作用は、一酸化窒素合成酵素阻害剤L-NAMEにより抑制されることから、作用は一酸化窒素(NO)経路(一酸化窒素産生)を介すると考えられる。
【0045】
上記ペプチド(B)の作用は、CCK1受容体(コレシストキニン受容体)のアンタゴニストであるロルグルミド(lorglumide)により抑制されることから、作用はCCK1受容体の活性化を介すると考えられる。
【0046】
・高血圧症患者の血管機能の検出方法
本発明の態様の一つは、
高血圧症患者の血管機能の検出方法であって、
(A)SYを含む2~20アミノ酸残基長のペプチド、及び
(B)NAを含む2~20アミノ酸残基長のペプチド
を高血圧症患者にそれぞれ投与した場合の血圧の変化を測定し、血圧の変化の程度を指標とする方法、である。
【0047】
本発明の方法において、被験対象である高血圧患者の血管機能が検出される。
【0048】
本発明における高血圧症は、収縮期血圧(最高血圧)が140mmHg以上または拡張期血圧(最低血圧)が90mmHg以上に保たれた状態を指し、好ましくは本態性高血圧症である。
【0049】
本発明の方法において、高血圧症患者にペプチド(A)及びペプチド(B)をそれぞれ投与した場合の血圧の変化を測定する。ペプチド(A)及びペプチド(B)を投与する順序は限定されない。最初に投与するペプチドと後に投与するペプチドとの投与間隔は、1日以上、理想的には、3~10日程度とすることが望ましい。
【0050】
ペプチド(A)及びペプチド(B)の投与量、投与方法、製剤の態様等は、上記「ペプチド」欄に記載のとおりとすることができる。
【0051】
血圧変化の測定は、常法により行うことができる。簡便性の観点から、四肢(例えば、上腕)にカフを巻く血圧計を用いる方法が挙げられる。測定される血圧値は、収縮期血圧(最高血圧)又は拡張期血圧(最低血圧)のいずれであってもよい。
【0052】
血圧変化の測定は、投与直前及びペプチドの投与後2~6時間程度後の血圧値を測定し、その差を算出する。ペプチド(A)及びペプチド(B)はいずれも血圧降下作用及び動脈弛緩作用を有するため、いずれを投与した場合にも、血圧値は低下することが期待される。
【0053】
本発明の方法において、血圧の変化の程度、すなわちペプチド(A)及びペプチド(B)をそれぞれ投与した場合の血圧の変化の測定結果を指標とし、高血圧症患者の血管機能を検出する。具体的には、ペプチド(A)を投与した場合の血圧の変化と、ペプチド(B)を投与した場合の血圧の降下とを比較し、ペプチド(A)を投与した場合の血圧の降下が、ペプチド(B)を投与した場合の血圧の降下に比して大きい場合は、血管の機能、好ましくは血管内皮細胞の機能、より好ましくは血管内皮由来弛緩因子である一酸化窒素の産生機能が維持されている(高血圧症が、高血圧症発症前期にあること)ことが検出される。ペプチド(B)を投与した場合の血圧の降下が、ペプチド(A)を投与した場合の血圧の降下に比して大きい場合は、血管の機能、好ましくは血管内皮細胞の機能、より好ましくは血管内皮由来弛緩因子である一酸化窒素の産生機能が減退していること(高血圧症が、高血圧症発症後期にあること)が検出される。
【0054】
ペプチド(A)を投与した場合とペプチド(B)を投与した場合とで血圧の降下が同程度の場合、血管内皮細胞の機能、特に血管内皮由来弛緩因子である一酸化窒素の産生機能が維持されているものの、減退するリスクが高いことを検出することができる。簡便のために、血管内皮細胞の機能、特に血管内皮由来弛緩因子である一酸化窒素の産生機能が減退していることが検出されたとすることもできる。
【0055】
被験対象である患者は高血圧症であるため、検出結果に関わらず、血圧降下剤等の医療介入が望ましい。血管の機能、特に血管内皮細胞の機能が維持されていることが検出された場合、例えば、一酸化窒素依存的なメカニズムに基づく血圧降下剤を投与することができる。血管の機能、特に血管内皮細胞の機能が減退していることが検出された場合、例えば、コレシストキニン依存的な血圧降下剤を投与することができる。
【0056】
一つの態様において、血管の機能が維持されていることが検出された場合、上記ペプチド(A)(例えば、上記ペプチド(A)を有効成分とする医薬組成物)を継続して投与することができる。血管の機能が減退していることが検出された場合、上記ペプチド(B)(例えば、上記ペプチド(B)を有効成分とする医薬組成物)を継続して投与することができる。
【0057】
・高血圧症の進行段階を判定する方法
本発明の別の態様の一つは、
高血圧症の進行段階を判定する方法であって、
(A)SYを含む2~20アミノ酸残基長のペプチド、及び
(B)NAを含む2~20アミノ酸残基長のペプチド
を高血圧症患者にそれぞれ投与した場合の血圧の変化を測定し、
ペプチド(A)を投与した場合の血圧の降下が大きい場合は高血圧発症前期であると判定し、
ペプチド(B)を投与した場合の血圧の降下が大きい場合は高血圧発症後期であると判定する方法、である。
【0058】
本発明の方法において、被験対象である患者の高血圧症の進行段階が高血圧発症前期又は高血圧発症後期のいずれであるかが判定される。
【0059】
高血圧症の進行段階は、高血圧の発症から経時的に高血圧発症前期から高血圧発症後期へと進行すると理解される。高血圧発症前期とは、好ましくは、血管内皮細胞の機能、特に血管内皮由来弛緩因子である一酸化窒素の産生機能が維持されている段階を指すと理解される。高血圧発症後期とは、高血圧症が高血圧発症前期よりも進行し、好ましくは、上記のような血管内皮細胞の機能が減退している段階を指すと理解される。このように、本発明の方法により血管機能を評価することができる。
【0060】
本発明の方法において、高血圧症患者にペプチド(A)及びペプチド(B)をそれぞれ投与した場合の血圧の変化を測定する。ペプチド(A)及びペプチド(B)を投与する順序は限定されない。最初に投与するペプチドと後に投与するペプチドとの投与間隔は、1日以上、理想的には3~10日程度とすることが望ましい。
【0061】
ペプチド(A)及びペプチド(B)の投与量、投与方法、製剤の態様等は、上記「ペプチド」欄に記載のとおりとすることができる。
【0062】
血圧変化の測定は、常法により行うことができる。簡便性の観点から、四肢(例えば、上腕)にカフを巻く血圧計を用いる方法が挙げられる。測定される血圧値は、収縮期血圧(最高血圧)又は拡張期血圧(最低血圧)のいずれであってもよい。
【0063】
血圧変化の測定は、投与直前及びペプチドの投与後2~6時間程度後の血圧値を測定し、その差を算出する。ペプチド(A)及びペプチド(B)はいずれも血圧降下作用及び動脈弛緩作用を有するため、いずれを投与した場合にも、血圧値は低下することが期待される。
【0064】
ペプチド(A)及びペプチド(B)をそれぞれ投与した場合の血圧の変化の測定結果に基づき、ペプチド(A)を投与した場合の血圧の変化と、ペプチド(B)を投与した場合の血圧の変化とを比較し、高血圧症の進行段階を判定する。ペプチド(A)を投与した場合の血圧の降下が、ペプチド(B)を投与した場合の血圧の変化に比して大きい場合は高血圧発症前期であると判定し、ペプチド(B)を投与した場合の血圧の降下が、ペプチド(A)を投与した場合の血圧の変化に比して大きい場合は高血圧発症後期であると判定する。
【0065】
ペプチド(A)を投与した場合とペプチド(B)を投与した場合とで血圧の降下が同程度の場合、高血圧発症後期に至っていないが、高血圧発症後期に至るリスクが高いと判定することができる。簡便のために、高血圧発症後期であると判定することもできる。
【0066】
被験対象である患者は高血圧症であるため、判定結果に関わらず、血圧降下剤等の医療介入が望ましい。被験対象である患者が高血圧発症前期であると判定された場合、例えば、一酸化窒素依存的な血圧降下剤を投与することができる。被験対象である患者が高血圧発症後期であると判定された場合、例えば、コレシストキニン依存的な血圧降下剤を投与することができる。
【0067】
一つの態様において、被験対象である患者が高血圧発症前期であると判定された場合、上記ペプチド(A)(例えば、上記ペプチド(A)を有効成分とする医薬組成物)を継続して投与することができる。被験対象である患者が高血圧発症後期であると判定された場合、上記ペプチド(B)(例えば、上記ペプチド(B)を有効成分とする医薬組成物)を継続して投与することができる。
【0068】
・キット
本発明の別の態様の一つは、
(A)SYを含む2~20アミノ酸残基長のペプチド、及び
(B)NAを含む2~20アミノ酸残基長のペプチド
を含む、高血圧症の進行段階を判定するためのキット、である。
【0069】
本発明のキットは、高血圧症の進行段階を判定するためのキットである。上記本発明の高血圧症の進行段階を判定する方法を実施するために好適に使用することができる。ただし、使用形態はこれに限定されない。
【0070】
本発明のキットは、ペプチド(A)及びペプチド(B)を含む。ペプチド(A)及びペプチド(B)の製剤の態様等は、上記「ペプチド」欄に記載のとおりとすることができる。
【0071】
また、本発明のキットには、必要に応じて他の成分を含めることができる。ペプチドを含まない製剤(ネガティブコントロールとして使用することができる)、血圧を測定するための手段(例えば、血圧計)などが挙げられるが、これに限定されない。上記高血圧症の進行段階を判定する方法を行うための手順を書き記した書面(手順書)などを含むこともできる。
【0072】
・高血圧症の治療効果の予測方法
本発明の態様の一つは、
高血圧症の治療効果の予測方法であって、
高血圧症患者が高血圧発症前期である場合は(A)SYを含む2~20アミノ酸残基長のペプチドの投与が、治療効果が高いと予測し、
高血圧症患者が高血圧発症後期である場合は(B)NAを含む2~20アミノ酸残基長のペプチドの投与が、治療効果が高いと予測する方法、である。
【0073】
前述のとおり、ペプチド(A)及び(B)は、血圧降下作用及び動脈弛緩作用を有する。後述の実施例に示すように、上記ペプチド(A)は高血圧症発症前期に対してより高い血圧降下作用及び動脈弛緩作用を有する。一方、上記ペプチド(B)は高血圧症発症後期に対してより高い血圧降下作用及び動脈弛緩作用を有する。
【0074】
治療効果は、血圧降下の程度、血圧降下の持続の程度などにより評価することができる。
【0075】
治療効果の予測の対象となる治療方法におけるペプチド(A)及びペプチド(B)の投与量、投与方法、製剤の態様等は、上記「ペプチド」欄に記載のとおりとすることができる。
【0076】
高血圧症患者が高血圧発症前期であること、及び、高血圧症患者が高血圧発症後期であることは、例えば、上記本発明の高血圧症の進行段階を判定する方法により判定することができる。
【実施例】
【0077】
次に実施例により本発明を更に具体的に説明する。しかし下記の実施例は本発明の範囲を限定するものではない。
【0078】
<方法>
動脈弛緩実験は、特許文献1、2及び非特許文献1に記載の方法に準じた。
【0079】
(動脈弛緩実験)
(i)使用動物
雄性の高血圧自然発症ラット(SHRs/Izm)(日本SLC社製)を使用した。SHRは、23℃、12時間/12時間の明暗サイクルに制御された部屋で飼育した。餌は固形SP飼料(船橋農場社製)及びCE-2(日本クレア社製)を与え、水と共に自由摂取させた。
【0080】
SHRにおいて、25週齢以下を高血圧発症前期(Early stage)のラットとして用いた。25週齢より高い週齢を高血圧発症後期(Advanced stage)のラットとして用いた。なお、SHRは25週齢を超えると一部の降圧剤が効果を示しにくい。
(ii)実験
SHR(15~40週齢)の腸間膜動脈を摘出し、螺旋状に切開して標本を作成した。Krebs-Henseleit栄養液((120mMのNaCl,4.7mMのKCl,1.2mMのMgSO4,1.2mMのKH2PO4,2.5mMのCaCl2,25mMのNaHCO3,10mMのグルコース)、37℃、5%CO2、95%O2混合ガス飽和)を満たしたマグヌス管中にこの標本を懸垂し、その張力(緊張)変化を歪みトランスデューサー(三栄社製)を介してポリグラフ上に記録した。
【0081】
フェニレフリン(phenylephrine)であらかじめ動脈を収縮させた状態にしておき、安定したところでサンプルを加え、弛緩する程度を測定した。パパベリン(papaverine)で動脈を完全に弛緩させたときの収縮の程度を100%に対する収縮の程度の割合として、血管弛緩率(Vasorelaxation)を算出した。
【0082】
(血圧降下作用の評価:非観血的血圧測定実験(Tail-cuff法))
無麻酔下のSHRについて、Tail-cuff法での収縮期血圧(Systolic blood pressure)を測定した。血圧測定には、MK-2000(室町機械社製)を用いて測定した。約3週間Tail-cuff装置でトレーニングをした動物を本実験に用いた。各試料を生理食塩水に溶解し、メタルゾンデを用いて強制的に経口投与した。血圧測定は、投与直前及び各表に示す投与からの経過時間後(Time after administration)(2時間後、4時間後、6時間後)に行った。
【0083】
評価は、投与直前に対する収縮期血圧の変化(ΔSystolic blood pressure)の算出により行った。
【0084】
<製造例>
(試験物質(ペプチド))
定法により合成したジペプチドSY及びNAを試験物質とした。
<統計解析>
試験により得られたデータを、試行数nの平均(Mean)と標準誤差(Standard error of the mean、SEM)との和で表した。2群間の比較にはt検定を用いた。3群間以上の比較には、データを1方向ANOVAにより解析し、引き続いて多重比較のためのTukey-Kramer試験を行った。対照に対してp<0.05の場合(図中、”*”及び”#”)に、有意差ありと判定した。
【0085】
<実験及び結果>
(実施例1:動脈弛緩実験)
ジペプチドSY及びNAを試験物質として、動脈弛緩実験により動脈弛緩作用を評価した(n=3-5)。
【0086】
結果を
図1に示す。t検定は、高血圧発症前期の血管弛緩率を対照として、高血圧発症後期の血管弛緩率について解析し、p<0.05の場合(図中、”*”)に有意差ありと判定した。た。
【0087】
ジペプチドSYは、高血圧発症前期で強力な血管弛緩作用を示し、高血圧発症後期において作用が有意に減弱していた。一方、ジペプチドNAは高血圧発症後期で強力な血管弛緩を示した。ジペプチドNAは、高血圧発症前期に比べて、高血圧発症後期において血管弛緩活性が有意に増強していた。
【0088】
(実施例2:血圧降下作用)
ジペプチドSYを試験物質として、5 mg/kgを経口投与した高血圧発症前期のSHRを用いて、血圧降下作用を評価した(SY群)。溶媒の生理食塩水のみの投与を、対照群(Control群)とした。さらに、ジペプチドに加えて一酸化窒素合成酵素阻害薬(NOS Inhibitor)であるL-NAME(20 mg/kg)を添加して投与した場合についても血圧降下作用を評価した(SY+L-NAME群)。
【0089】
結果を
図2に示す(n=14-16)。ジペプチドSYは一酸化窒素の産生を介した系で血管弛緩作用を示すと推測される。そのため、血管機能(NO産生機能)が低下した高血圧発症後期で作用が減弱する可能性がある。
【0090】
(実施例3:血圧降下作用)
ジペプチドNAを試験物質として、1.5 mg/kgを経口投与した高血圧発症後期のSHRを用いて、血圧降下作用を評価した(NA群)。溶媒の生理食塩水のみの投与を、対照群(Control群)とした。さらに、ジペプチドに加えてCCK1受容体アンタゴニスト(CCK1R Antagonist)であるロルグルミド(lorglumide)(0.3 mg/kg)を添加して投与した場合についても血圧降下作用を評価した(NA+lorglumide群)。
【0091】
結果を
図3に示す(n= 4-7)。ジペプチドNAはCCK
1受容体の活性化を介して血管弛緩作用を示すと推測される。NO産生と独立しているため、血管機能が低下した高血圧発症後期でも血管弛緩作用を示す可能性がある。
【0092】
以上の実施例の結果から、ジペプチドSY及びNAは、高血圧症の異なる発症段階で強力な動脈弛緩活性を示すことが明らかとなった。また、ジペプチドSY及びNAの投与結果を、血管機能を検出する指標として使用できることも明らかとなった。