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特許7218911水分散型のポリウレタン樹脂およびその製造方法、ならびにそれを用いた衣類、皮革製品
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  • 特許-水分散型のポリウレタン樹脂およびその製造方法、ならびにそれを用いた衣類、皮革製品 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-30
(45)【発行日】2023-02-07
(54)【発明の名称】水分散型のポリウレタン樹脂およびその製造方法、ならびにそれを用いた衣類、皮革製品
(51)【国際特許分類】
   C08G 18/00 20060101AFI20230131BHJP
   C08G 18/48 20060101ALI20230131BHJP
   C08G 18/08 20060101ALI20230131BHJP
   C08G 18/42 20060101ALI20230131BHJP
   D06N 3/14 20060101ALI20230131BHJP
   D06M 15/564 20060101ALI20230131BHJP
【FI】
C08G18/00 C
C08G18/48
C08G18/08 019
C08G18/42 044
D06N3/14 102
D06M15/564
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2019101241
(22)【出願日】2019-05-30
(65)【公開番号】P2020193300
(43)【公開日】2020-12-03
【審査請求日】2021-12-23
【早期審査対象出願】
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】510017594
【氏名又は名称】株式会社SMPテクノロジーズ
(74)【代理人】
【識別番号】100112737
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 考晴
(74)【代理人】
【識別番号】100140914
【弁理士】
【氏名又は名称】三苫 貴織
(74)【代理人】
【識別番号】100136168
【弁理士】
【氏名又は名称】川上 美紀
(74)【代理人】
【識別番号】100172524
【弁理士】
【氏名又は名称】長田 大輔
(72)【発明者】
【氏名】林 俊一
【審査官】今井 督
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-254977(JP,A)
【文献】特開平06-316894(JP,A)
【文献】特開2007-277377(JP,A)
【文献】特開2016-176040(JP,A)
【文献】特開2004-292712(JP,A)
【文献】特開平11-269450(JP,A)
【文献】特開2000-191477(JP,A)
【文献】特開平02-060913(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08G 18/00- 18/76
D06M 15/00- 15/715
D06N 3/00- 3/18
A61Q 5/00- 5/12
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジイソシアネート化合物、ポリオール、内部乳化剤および鎖延長剤を反応させてなる水に分散可能な水分散型のポリウレタン樹脂であって、
ガラス転移温度が5℃以上40℃未満にあり、
5℃以上40℃未満での損失正接が、0.2以上0.8以下であり、
前記ポリオールが、ビスフェノールAのエチレンオキサイド付加物またはビスフェノールAのプロピレンオキサイド付加物であり、
前記内部乳化剤が、アニオン性アイオノマーであり、
前記アニオン性アイオノマーは、ジメチロールブタン酸またはジメチロールプロピオン酸である水分散型のポリウレタン樹脂
【請求項2】
前記ガラス転移温度が20℃以上40℃未満であり、20℃以上40℃未満での損失正接が、0.2以上0.8以下である請求項1に記載の水分散型のポリウレタン樹脂
【請求項3】
周波数が100倍高くなる範囲において複素弾性率が3倍以上大きくなる請求項1または請求項2に記載のポリウレタン樹脂
【請求項4】
組成比が、モル等量で、ポリオール:ジイソシアネート化合物:内部乳化剤:鎖延長剤=20:50:15:15である請求項1から3のいずれかに記載の水分散型のポリウレタン樹脂
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれかに記載の水分散型のポリウレタン樹脂を備えた衣類。
【請求項6】
請求項1から請求項4のいずれかに記載の水分散型のポリウレタン樹脂を備えた皮革製品。
【請求項7】
ジイソシアネート化合物、ポリオール、内部乳化剤および鎖延長剤を自己乳化法により反応させる水に分散可能な水分散型のポリウレタン樹脂の製造方法であって、
前記ポリオールを、ビスフェノールAのエチレンオキサイド付加物またはビスフェノールAのプロピレンオキサイド付加物から選択し、
前記内部乳化剤にジメチロールブタン酸またはジメチロールプロピオン酸を選択し、
ガラス転移温度が5℃以上40℃未満内、かつ、5℃以上40℃未満での損失正接が、0.2以上0.8以下となるよう前記ジイソシアネート化合物、前記ポリオール、前記内部乳化剤および前記鎖延長剤の組成比を設定する水分散型のポリウレタン樹脂の製造方法。
【請求項8】
前記ポリオールとして、重量平均分子量/数平均分子量が2.5以下のものを用いる請求項7に記載の水分散型のポリウレタン樹脂の製造方法。
【請求項9】
前記ガラス転移温度が20℃以上40℃未満であり、
20℃以上40℃未満での損失正接が、0.2以上0.8以下である請求項7または請求項8に記載の水分散型のポリウレタン樹脂の製造方法。
【請求項10】
前記組成比は、周波数が100倍高くなる範囲において複素弾性率が3倍以上大きくなるよう設計する請求項7から9のいずれかに記載のポリウレタン樹脂の製造方法。
【請求項11】
前記組成比は、モル等量で、ポリオール:ジイソシアネート化合物:内部乳化剤:鎖延長剤=20:50:15:15である請求項7から10のいずれかに記載の水分散型のポリウレタン樹脂の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水分散型のポリウレタン組成物(ポリウレタン樹脂)およびその製造方法、ならびにそれを用いた衣類、皮革製品、防水透湿布およびヘアスタイリング剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、ガラス転移温度が常温近傍にあり、その温度領域において、人体表面の力学的動的損失正接とほぼ同等の力学的動的損失正接のピーク値を示す布地が開示されている。このような性質を有する布地は、人体に装着されたときに安静時および運動時のいずれにおいても良好な装着感を与えることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2016-141709号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載の布地にはポリウレタン組成物が塗布されている。このときポリウレタン組成物は有機溶剤を媒体としている。しかしながら、有機溶剤の使用は、環境汚染、オゾン層破壊、労働者安全性の観点から好ましくない。
【0005】
そのため、有機溶剤が使用されるポリウレタン組成物は、販路が制約されつつあり、有機溶剤を用いない脱有機溶剤型(水分散型)のポリウレタン組成物の開発が進められている。
【0006】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであって、有機溶剤を用いない水分散型のポリウレタン組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、ジイソシアネート化合物、ポリオール、内部乳化剤および鎖延長剤を反応させてなる水に分散可能な水分散型のポリウレタン組成物(ポリウレタン樹脂)であって、ガラス転移温度が使用環境温度域(5℃以上40℃未満)にあり、5℃以上40℃未満での損失正接が、0.2以上0.8以下であり、前記ポリオールが、ビスフェノールAのエチレンオキサイド付加物またはビスフェノールAのプロピレンオキサイド付加物であり、前記内部乳化剤が、アニオン性アイオノマーである水分散型のポリウレタン組成物を提供する。
【0008】
上記内部乳化剤は、親水性基を有している。これをポリマー骨格中に導入することにより、水に分散可能な(自己乳化可能な)ポリマーとなる。内部乳化剤は、ポリマー骨格中に導入されているため、外部乳化剤を用いる場合と比べて、脱落しにくい。
【0009】
ポリオールとして上記化合物を用いて製造した水分散型のポリウレタン組成物は、ガラス転移温度が使用環境温度域となり、周波数依存性、水蒸気透過性および温度に依存した形状記憶性の少なくも1つを備えたものとなる。
【0010】
上記発明において、前記アニオン性アイオノマーが、ジメチロールカルボン酸(ジメチロールブタン酸またはジメチロールプロピオン酸)である。
【0011】
上記発明の一態様において、前記ポリオールが、ビスフェノールAのエチレンオキサイド付加物またはビスフェノールAのプロピレンオキサイド付加物であり、前記ガラス転移温度が20℃以上40℃未満であり、好ましくは25℃以上35℃以下、さらに好ましくは25℃以上30℃以下である。
【0012】
ビスフェノールAのエチレンオキサイド付加物またはビスフェノールAのプロピレンオキサイド付加物を用いることで、ガラス転移温度を上記範囲にできる。ガラス転移温度が上記範囲にあるポリウレタン組成物は、衣類および皮革製品への使用に好適である。
人体の表面温度近傍のガラス転移温度を有することで、人体表面に装着させた場合に、高度が低下して柔軟になり、接触部分で体表面の形状に追従して変化する。
【0013】
上記発明の一態様では、20℃以上40℃未満での損失正接が、0.2以上0.8以下であるのが好ましく、0.3以上0.6以下であるのがさらに好ましい。
上記発明の一態様では、周波数が100倍高くなる範囲において複素弾性率が3倍以上大きくなることが好ましい。
【0014】
損失正接(Tanδ)は、材料の力学物性に対する粘度の寄与を、弾性の寄与でわったものである。損失正接は0に近いほど弾性体に近く、大きいほど粘性体に近いことを示す。使用環境温度において損失正接が上記範囲であれば、安静時も運動時も変わらず人体とのフィット性に優れた材料となる。
【0015】
上記発明の参考態様では、ガラス転移温度が0℃超20℃未満であり、前記ポリオールが、ビスフェノールAのエチレンオキサイド付加物、ビスフェノールAのプロピレンオキサイド付加物、またはポリエチレングリコールであってよい。
【0016】
上記ポリオールを用いて製造され、ガラス転移温度が上記範囲にあるポリウレタン組成物は、ガラス転移温度を境として水蒸気透過率が大きく変化する。そのようなポリウレタン組成物は、防水透湿布への使用に好適である。
【0017】
上記発明の参考態様では、ガラス転移温度が40℃以上60℃以下であり、前記ポリオールが、ビスフェノールAのエチレンオキサイド付加物、ビスフェノールAのプロピレンオキサイド付加物、またはポリエチレングリコールアジペートであってよい。
【0018】
上記ポリオールを用いて製造され、ガラス転移温度が上記範囲にあるポリウレタン組成物は、ガラス転移温度を境として弾性率が大きく変化する。そのようなポリウレタン組成物は、ヘアスタイリング剤への使用に好適である。
【0019】
本発明は、ジイソシアネート化合物、ポリオール、内部乳化剤および鎖延長剤を自己乳化法により反応させる水に分散可能な水分散型のポリウレタン組成物の製造方法であって、前記ポリオールを、ビスフェノールAのエチレンオキサイド付加物またはビスフェノールAのプロピレンオキサイド付加物から選択し、前記内部乳化剤にアニオン性アイオノマー(ジメチロールブタン酸またはジメチロールプロピオン酸)を選択し、ガラス転移温度が使用環境温度域(5℃以上40℃未満)、かつ、5℃以上40℃未満での損失正接が、0.2以上0.8以下となるよう前記ジイソシアネート化合物、前記ポリオール、前記内部乳化剤および前記鎖延長剤の組成比を設定する水分散型のポリウレタン組成物の製造方法を提供する。
【0020】
上記発明の一態様では、前記ポリオールとして、重量平均分子量/数平均分子量が2.5以下のものを用いるのが好ましい。
【0021】
それにより、周波数依存性、水蒸気透過性および温度に依存した形状記憶性をより高められる。
【0022】
上記発明の一態様では、前記ガラス転移温度が20℃以上40℃未満であり、前記アニオン性アイオノマーがジメチロールカルボン酸であり、前記ポリオールが、ビスフェノールAのエチレンオキサイド付加物またはビスフェノールAのプロピレンオキサイド付加物であり、20℃以上40℃未満での損失正接が、0.2以上0.8以下であることが好ましい。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、有機溶剤を用いない水分散型のポリウレタン組成物を提供できる。また、本発明によれば、ガラス転移温度を使用環境温度域内とすることで、周波数依存性、水蒸気透過性および温度に依存した形状記憶性の少なくとも1つを有するポリウレタン組成物となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】試験1のポリウレタン組成物の動的粘弾性と温度との関係を示す図である。
図2】試験1のポリウレタン組成物の動的粘弾性と周波数との関係を示す図である。
図3】試験7のポリウレタン組成物の動的粘弾性と温度との関係を示す図である。
図4】試験7のポリウレタン組成物の動的粘弾性と周波数との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に、本発明に係る水分散型のポリウレタン組成物(WPU:Waterbone Polyurethane)およびその製造方法、ならびにそれを用いた製品の一実施形態について、図面を参照して説明する。
【0026】
(水分散型のポリウレタン組成物)
水分散型のポリウレタン組成物は、ポリマー骨格に親水性基を付与することで水媒体に分散可能としたポリウレタン樹脂である。本開示に係る水分散型ポリウレタン組成物(以降、「ポリウレタン組成物」と略す)は、ポリオール、ジイソシアネート化合物、内部乳化剤および鎖延長剤を反応させてなる。
【0027】
ポリオール、ジイソシアネート化合物、内部乳化剤および鎖延長剤の組成比は、ポリウレタン組成物のガラス転移温度がポリウレタン組成物を適用する製品の使用環境温度近傍となるよう設定されている。
【0028】
ポリオールは、ビスフェノールAのエチレンオキサイド付加物またはビスフェノールAのプロピレンオキサイド付加物である。
適用製品によっては、ポリオールがビスフェノールAのエチレンオキサイド付加物、ビスフェノールAのプロピレンオキサイド付加物、またはポリエチレングリコールであってもよい。
適用製品によっては、ポリオールがビスフェノールAのエチレンオキサイド付加物、ビスフェノールAのプロピレンオキサイド付加物、またはポリエチレングリコールアジペートであってもよい。
【0029】
ジイソシアネート化合物は、末端イソシアネート基を2以上有する。ジイソシアネート化合物は、例えば、2,4-トリレンジイソシアネートおよび2,6-トリレンジイソシアネートなどのトリレンジイソシアネート(TDI)、4,4’-ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)、ヘキサメチレンジイソシアネート(HMDI)、m-フェニレンジイソシアネート、p-フェニレンジイソシアネート、およびイソホロンジイソシアネートである。これらは単独で用いても2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0030】
内部乳化剤は、ジメチロールカルボン酸等のアニオン性アイオノマーである。より具体的に、内部乳化剤は、ジメチロールブタン酸(DMBA)またはジメチロールプロピオン酸(DMPA)である。
【0031】
鎖延長剤は、エチレングリコール、1,4-ブタンジオールおよびジエチレングリコール等のグリコール、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、トリレンジアミンおよびヘキサメチレンジアミン等のアミン類、トリメチロールプロパンのTDI(トリレンジイソシアネート)アダクト、トリフェニルメタントリイソシアネート、ビス(2-ハイドロキシエチル)ハイドロキノン、ビスフェノールAのエチレンオキサイド付加物およびビスフェノールAプロピレンオキサイド等のポリイソシアネートなどである。
【0032】
(製造方法)
上記ポリウレタン組成物は、親水性基を有する内部乳化剤をポリマー骨格中に導入する自己乳化法によって製造され得る。より具体的には、本実施形態に係るポリウレタン組成物は、ポリオール、ジイソシアネート化合物、内部乳化剤および鎖延長剤を、ワンショット法あるいはプレポリマー法により反応させることによって得られる。
【0033】
ポリオール、ジイソシアネート化合物、内部乳化剤および鎖延長剤は、上記した材料から選択する。ポリオールおよび鎖延長剤には、脱水処理したものを使用するとよい。ポリオールおよび鎖延長剤は有機溶媒に溶解させて使用する。有機溶剤としては、メチルエチルケトン(MEK)、トルエン等が用いられる。
【0034】
反応は、窒素雰囲気下で実施される。反応温度は20℃から70℃(好ましくは40℃から60℃)、反応時間は1時間から24時間の範囲から選択する。
【0035】
以下にワンショット法による製造について例示する。
ワンショット法では、有機溶媒中のポリオールおよびジイソシアネート化合物に、内部乳化剤を一括添加するとともに、有機溶媒に溶かした鎖延長剤を滴下する。
【0036】
滴下完了後、追加でジイソシアネート化合物を添加する。ジイソシアネート化合物の追加は、主に粘度調整を目的に実施される。
【0037】
途中、反応溶液の粘度上昇を確認し、所定の粘度が維持されるよう適宜有機溶媒を添加する。所定の粘度は、ポリウレタン組成物が適用される製品に応じて適宜設定される。例えば、生地上にコーティングする場合は裏抜け防止のため、高粘度10Pa・Sec(=10000mPa・S)以上にするとよい。例えば、ヘアスタイリング剤に適用する場合は、粘度を2~3Pa・Secにするとよい。
【0038】
NCO含有率が理論値に達したことを確認した後、一価のアルコールおよび有機溶媒を添加して反応を停止させ、反応溶液を室温まで冷却する。NCO含有率の確認は、滴定または赤外線吸収スペクトル法で行う。一価のアルコールとしては、沸点、反応性を考慮すると、エタノール(EtOH)が適している。NCO含有率の理論値とは、NCO-と反応する活性水素基H-の濃度が同じ(等モル)になる値とする。
【0039】
次に、有機溶媒に溶解させた中和剤を反応溶液に滴下し、20~30分かけて中和させる。中和剤としては、トリエチルアミン(TEA,EtN)等が用いられる。「中和」とはpH7.0±1.0に調整することである。中和させることで安定したエマルジョンを得られる。
【0040】
中和反応後の溶液に、イオン交換水を滴下し、共沸させて有機溶媒を除去した後、室温まで冷却することで、水分散型のポリウレタン組成物が得られる。室温まで冷却する際、短時間で強制冷却すると、溶液が固化する恐れがあるため、冷却は放冷とすることが好ましい。
【0041】
高分子材料は、各々の分子鎖がランダムに絡み合いながら結晶部と非結晶部が混在した状態で存在しており、温度・周波数依存性は分子の粘弾性に依存する。上記ポリウレタン組成物の分子鎖は、低温時に貯蔵弾性率を持ち、セグメント運動が凍結されたガラス状態にある。しかし、温度上昇に伴って貯蔵弾性率は徐々に低下し、セグメントレベルでの運動(ブラウン運動)が可能になる(ガラス転移領域)。さらに温度が上がると、分子鎖が動けるようになるが、絡み合いがある場合、緩和せず、貯蔵弾性率が低下しない領域(ゴム状平坦領域)が現れる。
【0042】
ポリマーの温度変化は、アレニウスの式またはウィリアムス・ランデル・フェリーの式により周波数変化に換算できる。すなわち、温度がTだけ変化すると、周波数がfだけ変化したことと等価になるという法則を、広い温度と周波数範囲において、しかも貯蔵弾性率と損失弾性率の両方に、同時に適用できるような形で見出すことができる。
【0043】
ポリウレタン組成物は、tanδの転移角度が急峻であるほど周波数依存性が強くなる。
【0044】
上記実施形態に係るポリウレタン組成物は、衣類、皮革製品、防水透湿布および形状記憶製品に適用できる。
【0045】
(適用例1:衣類および皮革製品)
本明細書において「衣類」は、運動用下着、補整下着、外科手術後のリハビリテーション着、サポーター、医療用包帯、かつら等を含む。本実施形態に係るポリウレタン組成物は、特に、直接人体に触れる種類の衣類(例えば女性用下着のストラップ、レギンス、医療用包帯、かつら、サポーター等)に好適である。
【0046】
本明細書において皮革製品は、車のシート、靴、カバン、手袋およびスポーツ用途で使用されるもの(ミット、プロテクター等)を含む。
【0047】
ポリウレタン組成物は、フィルム状に加工する、ファイルムを布帛に貼り付ける、布帛表面に印刷する、あるいは布帛に含侵させる等により衣類に適用できる。ポリウレタン組成物は、布帛と同様に皮革にも適用できる。
【0048】
衣類の想定される使用環境温度は、5℃以上40℃未満である。直接人体に触れる衣類の想定される使用環境温度は、20℃以上40℃未満である。皮革製品も同様である。
【0049】
ポリウレタン組成物は、使用環境温度において、損失正接(tanδ)が0.2以上0.8以下、好ましくは0.3以上0.6以下、さらに好ましくは0.4以上0.6以下となるよう設計される。損失正接(tanδ)をこの範囲に設定するためにはガラス転移温度(Tg)を使用環境温度域に設定すれば良い。
【0050】
追加ジイソシアネート化合物を除いたポリウレタン組成物の組成比(モル当量)は、ポリオール:ジイソシアネート化合物:内部乳化剤:鎖延長剤=10~40:50:5~20:5~20、好ましくは、ポリオール:ジイソシアネート化合物:内部乳化剤:鎖延長剤=20:50:15:15とする。このとき水酸基(-OH)に対するイソシアネート基(-NCO)の当量比は1:1である。追加ジイソシアネート化合物まで含めた-NCO/-OH当量比は1~1.15である。
【0051】
上記組成比のポリウレタン組成物は、周波数(変形速度)に依存して複素弾性率(E)が変化する性質を有する。上記組成比のポリウレタン組成物は、周波数が100倍高くなる範囲において複素弾性率(E)が3倍以上、好ましくは3.5倍以上大きくなるように設計するとよい。例えば、使用環境温度における周波数100Hzの複素弾性率は、同温度での周波数1Hzの複素弾性率よりも3倍以上大きくなるのが好ましい。複素弾性率(E)は、貯蔵弾性率(E’)と損失弾性率(E’’)から導くことができる。複素弾性率(E)の二乗は、貯蔵弾性率(E’)の二乗と損失弾性率(E’’)の二乗との和に相当する。損失弾性率(E’’)は、貯蔵弾性率(E’)よりも1桁小さいため、複素弾性率(E)は実質的に貯蔵弾性率(E’)の値に支配される。
【0052】
ポリウレタン組成物は、ガラス転移温度が使用環境温度に近いほど、周波数依存性が強く発現される。ポリウレタン組成物のガラス転移温度は、主にポリオールの分子量を調整することによって制御できる。分子量の大きいポリオールを用いると、ポリウレタン組成物のガラス転移温度が下がる。Mw(重量平均分子量)/Mn(数平均分子量)が大きなポリオールを用いると、ポリウレタン組成物のガラス転移温度が下がる。Mw/Mnは小さいほど分子量分布が急峻となり、分子量分布が狭いポリオールを用いると、ポリウレタン組成物の周波数依存性は顕著となる。
【0053】
例えば、Mwが500以上2000以下、好ましくは500以上1500以下、Mw/Mnの値が3.8以下、好ましくは2.5以下のポリオールを用いると、高い周波数依存性のポリウレタン組成物を得られる。高い周波数依存性のポリウレタン組成物を適用した衣類は、運動時に剛性が増し、筋肉を補佐し、衝撃を吸収できるものとなる。防弾チョッキ等の衣類に適用する場合、Mw/Mnの値がより小さいポリオールを選択して使用することで、運動時の剛性をさらに高めることができる。
【0054】
(適用例2:防湿透湿布)
防水透湿布とは、雨合羽、各種湿度調整膜、等である。防水透湿布の使用環境温度は、0℃超20℃未満である。ポリウレタン組成物におけるポリオールのMwは、300以上3000以下であってよい。ポリウレタン組成物は、Mw/Mnの値が3.8以下、好ましくは2.5以下のポリオールを用いると、温度が上昇した際に高い透湿性を示すポリウレタン組成物を得られる。
【0055】
ポリウレタン組成物のガラス転移温度(Tg)は、0℃超20℃未満、好ましくは0℃以上15℃以下である。ガラス転移温度の領域は、±7℃内、好ましくは±5℃内であることが好ましい。「ガラス転移温度の領域」とは、DMA(Differential Mechanical
Analysis(Analyzer))のOnsetとOffset温度で定義される。ポリウレタン組成物は、ガラス転移温度前後で水蒸気透過率が大きく変わる。
【0056】
(適用例3:形状記憶製品)
形状記憶製品とは、ヘアスタイリング剤、オートベンチレーション服等である。形状記憶製品の使用環境は-40℃以上120℃以下であり、製品の種類によって変化する。ヘアスタイリング剤の場合、使用用環境温度は40℃以上60℃以下(ドライヤー使用時の温度)である。ヘアスタイリング剤とは、ヘアワックス等である。ポリウレタン組成物におけるポリオールのMwは、300以上3000以下であってよい。ポリウレタン組成物は、Mw/Mnの値が3.8以下、好ましくは2.5以下のポリオールを用いると、高い形状記憶性を有するポリウレタン組成物を得られる。
【0057】
スタイリング剤に適用するポリウレタン組成物のガラス転移温度(Tg)は、40℃以上60℃以下である。ガラス転移温度の領域は、±5℃内であることが好ましい。ポリウレタン組成物は、ガラス転移温度前後で複素弾性率が大きく変化する。ガラス転移温度以上に加熱すると形状が回復する。
【0058】
(試験1)
上記実施形態に従い、以下の材料を用いてポリウレタン組成物を製造した。
ポリオール:ビスフェノールAのエチレンオキサイド付加物(BEO)(青木油脂工業株式会社製)
有機溶媒:メチルエチルケトン(MEK)
ジイソシアネート化合物:ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)
内部乳化剤:ジメチロールブタン酸(DMBA)
鎖延長剤:エチレングリコール(EG)
中和剤:トリエチルアミン(TEA)
【0059】
表1に、原料の配合(追加分含む)を示す。
【0060】
【表1】
【0061】
(試験2~4)
試験1のBEOの分子量を替えた以外は、表1と同じ材料を用いて試験1と同様にポリウレタン組成物を製造した。
【0062】
(試験5)
試験1のBEOをポリプロピレングリコール(PPG)に替えた以外は表1と同じ材料を用いて試験1と同様にポリウレタン組成物を製造した。
【0063】
(試験6)
試験1のBEOをポリエチレングリコールアジペート(PEGA)に替えた以外は表1と同じ材料を用いて試験1と同様にポリウレタン組成物を製造した。
【0064】
(試験7)
試験1のBEOをポリテトラメチレンエーテルグリコール(PTMG)に替えた以外は表1と同じ材料を用いて試験1と同様にポリウレタン組成物を製造した。
【0065】
(試験8)
試験1のBEOをポリエチレングリコール(PEG)に替えた以外は表1と同じ材料を用いて試験1と同様にポリウレタン組成物を製造した。
【0066】
(動的粘弾性評価)
上記試験1のポリウレタン組成物を経糸に沿って複数回塗布したナイロンの織物生地の動的粘弾性について評価した。比較対象(Blank)として、ポリウレタン組成物を塗布していないナイロン織物も同様に評価した。
【0067】
図1に、試験1のポリウレタン組成物の動的粘弾性と温度との関係を示す。同図において横軸は温度(℃)、縦軸(左)がlog|E|、縦軸(右)が損失正接(tanδ)である。ここで、tanδは周波数1Hzのときの貯蔵弾性率(E’)に対する損失弾性率(E”)の比(E”/E’)の正接である。
【0068】
図2に、試験1のポリウレタン組成物の動的粘弾性と周波数との関係を示す。図2において横軸は周波数(Hz)、縦軸(左)がlog|E|、縦軸(右)が損失正接(tanδ)である。ここで、tanδは周波数1Hzのときの貯蔵弾性率(E’)に対する損失弾性率(E”)の比(E”/E’)の正接である。
【0069】
試験1のポリウレタン組成物のガラス転移温度(Tg)は約25℃、30℃(1Hz)におけるtanδは0.54、30℃(1Hz)におけるlog|E|は7.23、30℃におけるE(10Hz)/E(0.1Hz)は3.9であった。
【0070】
一方、Blankの30℃(1Hz)におけるtanδは0.06、30℃(1Hz)におけるlog|E|は6.12、30℃におけるE(10Hz)/E(0.1Hz)は1.1であった。
【0071】
図1によれば、試験1のポリウレタン組成物を塗布した生地は、ヒトの体表面温度に相当する25℃~35℃の範囲でtanδが大きく変化した。一方、Blankのナイロン生地は、25℃~35℃の範囲、さらには5℃~40℃の範囲でtanδの大きな変化は見られなかった。
【0072】
図2によれば、0.1Hz~10Hzの範囲において、試験1のポリウレタン組成物のtanδが0.45から0.58に、log|E|が6.8から7.55に変化した。試験1のtanδは、測定周波数の全領域において0.2を超える高い値となった。これにより試験1のポリウレタン組成物は、高いエネルギー吸収能を持つことが確認された。また、試験1は10Hz近傍のlog|E|が0.1Hz近傍よりも3.9倍高くなっていた。この結果は、試験1のポリウレタン組成物を適用した衣類が安静時に柔らかく、運動時に剛性が増して硬くなるよう機能に差をつけられることを示唆している。
【0073】
試験1のポリウレタン組成物は、使用環境温度における損失正接が0.2以上であるため、安静時も運動時も変わらず生体親和性が高い。
【0074】
参考として、図3および図4に試験7のポリウレタン組成物の弾性率、温度および周波数の関係を示す。図3において横軸は温度(℃)、縦軸(左)が貯蔵弾性率(E’)および損失弾性率(E”)、縦軸(右)が損失正接(tanδ)である。図4において、横軸は周波数(Hz)、縦軸(左)が貯蔵弾性率(E’)および損失弾性率(E”)、縦軸(右)が損失正接(tanδ)である。ここで、tanδは周波数1HzのときのE’に対するE”の比(E”/E’)の正接である。
【0075】
試験7のポリウレタン組成物のガラス転移温度は約-25℃、30℃(1Hz)におけるtanδは0.1、30℃(1Hz)におけるE’は10MPa、30℃(1Hz)におけるE”は1MPaであった。
【0076】
図4によれば、試験7のポリウレタン組成物のtanδ、E’およびE”は、0.1Hz~100Hzにおいて試験1ほどの顕著な変化はみられなかった。試験7のtanδは、測定周波数の全領域において0.1前後と低くかった。これにより試験7は、エネルギー吸収能がほとんどないことが確認された。また、試験7はE’の周波数依存性がほとんどないため、衣類に適用した際、静時と運動時の機能に差がつかない。
【0077】
(周波数依存性、水蒸気透過性および形状記憶性)
上記試験1~8のポリウレタン組成物をそれぞれフィルム状に加工し、周波数依存性、水蒸気透過性および温度依存性を評価した。表2に結果を示す。
【0078】
【表2】
【0079】
表2によれば、試験1~3のポリウレタン組成物は、周波数の変化に依存して貯蔵弾性率が変化する。遅い動きの時のときの人体表面の周波数は、0.1Hz~1Hz程度である。一方、運動により衝撃を受けたときの人体表面の周波数は10Hz~50Hz程度である。試験1~3のポリウレタン組成物は、周波数が低いとき(0.1Hz~1Hz)柔らかく、周波数が高いとき(10Hz~50Hz)かたくなる。このような特性を有するポリウレタン組成物が適用された衣類は、遅い動きに対しては追従しやすく高いフィット性が得られるため、通常の着用時には圧迫感があまりなく脱ぎ着しやすい。一方、運動時には良好な衝撃吸収性および固定感が得られるため、乳房、筋肉、関節等を補佐し、スポーツパフォーマンスの向上や疲労軽減を実現できる。
【0080】
表2によれば、試験1,4,5のポリウレタン組成物は、0℃から40℃に温度が変化すると、水蒸気透過性が2倍以上高くなった。一方、試験7のポリウレタン組成物では温度が変化しても水蒸気透過性は変わらなかった。
【0081】
表2によれば、試験1,6のポリウレタン組成物は、温度が低いほど複素弾性率が高くなった。一方、試験7,8のポリウレタン組成物では、温度による複素弾性率の変化はほとんど見られなかった。
図1
図2
図3
図4