(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-30
(45)【発行日】2023-02-07
(54)【発明の名称】生物処理槽内のバチルス属細菌によるデンプン分解を促進させるための排水の生物処理促進剤および排水処理方法
(51)【国際特許分類】
C02F 3/00 20230101AFI20230131BHJP
C12N 1/20 20060101ALI20230131BHJP
C02F 3/12 20230101ALI20230131BHJP
C02F 3/34 20230101ALI20230131BHJP
【FI】
C02F3/00 D
C12N1/20 D
C12N1/20 F
C02F3/12 D
C02F3/12 V
C02F3/34 Z
(21)【出願番号】P 2019136264
(22)【出願日】2019-07-24
【審査請求日】2021-12-13
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-02795
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-02796
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-02797
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-02798
(73)【特許権者】
【識別番号】591030651
【氏名又は名称】水ing株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100120112
【氏名又は名称】中西 基晴
(74)【代理人】
【識別番号】100112634
【氏名又は名称】松山 美奈子
(74)【代理人】
【識別番号】100141265
【氏名又は名称】小笠原 有紀
(72)【発明者】
【氏名】仲田 弘明
(72)【発明者】
【氏名】王 慧
【審査官】山崎 直也
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-140838(JP,A)
【文献】特開2009-142786(JP,A)
【文献】国際公開第2017/163340(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/167037(WO,A1)
【文献】特開2019-103491(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C02F 3/00
C02F 3/12
C02F 3/28- 3/34
C12N 1/00- 7/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
デンプンを含む排水である原水を有する生物処理槽内のバチルス属細菌による原水中のデンプン分解を促進させるための排水の生物処理促進剤であって、
前記バチルス属細菌は、受託番号NITE P-02798で寄託されているBacillus subtilis B-11-3株であり、
前記排水の生物処理促進剤は、液状であり、カルシウムイオンと鉄イオンの両方を含み、カルシウムイオンの濃度が1~10質量%であり、鉄イオンの濃度が1~10質量%であり、20℃で不溶性の沈殿が生じない、上記
排水の生物処理促進剤。
【請求項2】
デンプンを含む排水である原水を生物処理槽に導入し、前記生物処理槽でバチルス属細菌を含む微生物により前記原水を処理する排水処理方法であって、請求項1
に記載の排水の生物処理促進剤を添加することを含む、上記
排水処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物処理槽内のバチルス属細菌によるデンプン分解を促進させるための排水の生物処理促進剤と、この剤を用いた排水処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
排水処理において、生物処理槽を有する活性汚泥法は、物理的・化学的な排水処理方法と比較し、特殊な施設や複雑な装置などを必要とせず、また活性汚泥中の生物が中心となって処理を行うこととなるため、経済的にも有利な排水処理方法として知られている。
【0003】
代表的な活性汚泥法の一つに、標準活性汚泥法がある(
図1)。本法は主に生物処理槽と沈殿池から構成され、生物処理槽ではエアレーションにより空気を吹き込むことにより、活性汚泥中で生息する微生物を活性化させ、流入する排水中に含まれる有機物を分解・資化させる。一方、沈殿池では汚泥と上澄水とを固液分離して、上澄水は処理水として放流され、一方で沈降した汚泥は余剰汚泥として系外に排出される。なお、余剰汚泥の一部は返送汚泥として生物処理槽の上段に返送され、再び活性汚泥として系内を循環することとなる。生物処理槽の前段に原水を貯留する原水槽などが設けられることもある。
【0004】
排水に含まれる有機物にはデンプン、タンパク質、油脂などがあるが、その除去メカニズムは、活性汚泥中で生息する微生物(特に好気性細菌)の活性に大きく依存する。活性汚泥中の微生物はデンプン分解酵素(アミラーゼ)、タンパク質分解酵素(プロテアーゼ)、油脂分解酵素(リパーゼ)などの多種多様な酵素を分泌し、有機物の分解を行う。代表的な有機物であるデンプンは単糖類(グルコース)に、タンパク質はアミノ酸に、油脂はグリセリンと脂肪酸にまで分解される。
【0005】
有機物の分解産物である単糖類、アミノ酸、グリセリン、脂肪酸などは比較的低分子であり、微生物に速やかに取り込まれて菌体のエネルギー源となる。これらエネルギー源を得て増殖した微生物は、活性汚泥で生息するツリガネムシ(ボルティセラ)などの原生動物に摂食される。さらに微生物や原生動物は、同じく活性汚泥で生息するヒルガタワムシなどの後生動物に摂食される。つまり、有機物は微生物の餌に、微生物は原生動物の餌に、微生物と原生動物は後生動物の餌になることから、活性汚泥中では独自の生態系ピラミッドが構築されており、食物連鎖が絶え間なく進行していることで知られている。
【0006】
上記の通り、排水中の有機物に対して最初にアタックするのは微生物が分泌する酵素であり、また酵素によって低分子化された分解産物を摂食するのは微生物である。活性汚泥に生息する様々な微生物種の中でも、バチルス属細菌(Bacillus属)はアミラーゼ、プロテアーゼ、リパーゼなどの有用な有機物分解酵素を多量に分泌することで知られているため、活性汚泥法では特に有用な微生物種として知られている。
【0007】
活性汚泥法にて有用とされる有用微生物やバチルス属細菌を活性汚泥中でできる限り優占種とするべく様々な取り組みが行われている。例えば、原水中のBOD・CODを分解する目的で、有機物分解活性の高い微生物を含む微生物製剤を添加したり、微生物の栄養源となる剤を添加することが行われている。
【0008】
特許第6172402号(特許文献1)には、有機物を含む排水処理において、高炉スラグ、珪藻土、パーライト、及びセメントから選ばれる少なくとも1種類の粉砕物を含み、全体の50個数%以上が10μm未満の粒径を有する活性剤を添加することで、排水の活性汚泥処理におけるバチルス属細菌等の微生物の利用を最大化することが記載されている。また、この活性剤が、鉄化合物、マグネシウム化合物、カルシウム化合物、及びマンガン化合物から選ばれる少なくとも1種を含んでもよいことが記載されている。
【0009】
特開2005-295887号公報(特許文献2)には、ケイ酸質の鉱石及び粘土鉱物の粉末に鉄化合物を添加した培養資剤を用いることで、バチルス属細菌の高濃度増殖及び高濃度胞子化(芽胞化)を促進することがが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特許第6172402号明細書
【文献】特開2005-295887号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1に記載される鉱物系の難溶解性資材である高炉スラグ、珪藻土、パーライト、及びセメントから溶出されるケイ素などの溶出イオンはごく微量であり、たとえ粒径を10μm未満に調整してもイオン溶出量は極めて限定的である。また、粒径が小さくても、鉱物系の難溶解性資材を生物処理槽で完全に溶解させることは困難であり、過剰添加をすれば汚泥発生量が増加し、結果的に排水処理コストが高くなるという課題がある。また、過剰添加をすれば、汚泥返送ラインなどの汚泥濃度が高い配管内で難溶解性資材がスラリー状となり、配管閉塞を引き起こす可能性もある。また、鉄化合物、マグネシウム化合物、カルシウム化合物、及びマンガン化合物も、所定の粒度を有する活性剤の一部として含まれるものであり、固体の粉末として添加されるものであって、液剤として添加されるものではない。
【0012】
特許文献2に記載される培養資剤は、バチルスの胞子化(芽胞化)を促進する剤である。一般的に、芽胞の形態は休眠状態とされるため、この形態ではデンプン分解酵素などの有用な有機物分解酵素を全く分泌することができない。また、菌体増殖と酵素活性は必ずしも比例関係にあるとは限らず、菌体が増殖しても酵素活性が低ければ、有機物を効率良く分解することは出来ない。さらに、鉱石や粘土鉱物のような難溶解性の材を用いると、特許文献1のように汚泥発生量の増加や配管閉塞を引き起こす可能性がある。
【0013】
また、バチルス属細菌は一般的にタンパク質分解酵素や油脂分解酵素の活性は高いが、デンプン分解酵素の活性はやや低く、排水中のデンプン量が高濃度である場合に、生物処理槽で充分にデンプンを分解することが難しい場合があった。
【0014】
本発明は、生物処理槽内のバチルス属細菌によるデンプン分解を促進することができる剤であって、剤自体の堆積による汚泥発生量の増加や配管閉塞を引き起こすことのない、排水の生物処理促進剤及びそれを用いた排水処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記目的に対して鋭意検討した結果、本発明者らは、カルシウムイオン又は鉄イオンから選ばれる少なくとも1種を含む液状の剤を、生物処理槽を用いる排水処理時に添加することにより、生物処理槽内のバチルス属細菌によるデンプン分解を促進させることができることを見出した。本発明は、これらに限定されないが、以下を含む。
[1]カルシウムイオン又は鉄イオンから選ばれる少なくとも1種を含み、液状である、生物処理槽内のバチルス属細菌によるデンプン分解を促進させるための排水の生物処理促進剤。
[2]前記バチルス属細菌は、枯草菌(Bacillus subtilis)である、[1]記載の排水の処理促進剤。
[3]前記排水の生物処理促進剤がカルシウムイオンを含み、カルシウムイオンの濃度が1~10質量%である、[1]または[2]に記載の排水の生物処理促進剤。
[4]前記排水の生物処理促進剤が鉄イオンを含み、鉄イオンの濃度が1~10質量%である、[1]または[2]に記載の排水の生物処理促進剤。
[5]カルシウムイオンと鉄イオンの両方を含む、[1]~[4]のいずれか1項に記載の排水の生物処理促進剤。
[6]前記バチルス属細菌が、受託番号NITE P-02795で寄託されているBacillus subtilis B-1-2株、受託番号NITE P-02796で寄託されているBacillus subtilis B-6-1株、受託番号NITE P-02797で寄託されているBacillus subtilis B-10-1株、受託番号NITE P-02798で寄託されているBacillus subtilis B-11-3株、またはこれらの2以上の混合物である、[1]~[5]のいずれか1項に記載の排水の生物処理促進剤。
[7]デンプンを含む排水である原水を生物処理槽に導入し、前記生物処理槽でバチルス属細菌を含む微生物により前記原水を処理する排水処理方法であって、[1]~[6]のいずれか1項に記載の排水の生物処理促進剤を添加することを含む、上記方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明の排水の生物処理促進剤は、カルシウムイオン及び鉄イオンを含む液体品であり、難溶解性資材は一切含まない。このことにより、剤自体の堆積による汚泥発生量の増加が抑制され、さらに配管閉塞の危険性も回避される。
【0017】
本発明の排水の生物処理促進剤は、特許文献2に記載されるようなバチルス属細菌の菌体増殖を積極的に促す剤ではなく、デンプン分解を促進するための剤である。本発明の排水の生物処理促進剤には、バチルス属細菌の芽胞化を促進させる効果は認められない。そのため、バチルス属細菌は休眠状態となることなくデンプン分解酵素を効率良く分泌することができると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図2】本発明の生物処理促進剤の添加位置の例を示す図である(A:原水槽前段、B:原水槽中段、C:原水槽後段、D:生物処理槽前段、E:生物処理槽中段)。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の排水の生物処理促進剤(以下、単に「剤」、「液剤」、または「促進剤」とも呼ぶ。)は、生物処理槽内のバチルス属細菌によるデンプン分解を促進させるための剤であり、カルシウムイオンと鉄イオンから選ばれる少なくとも1種を含む液状の剤である。
【0020】
液状の剤とは、常温(20℃)で不溶性の沈澱が生じない全体が液体の形態にある剤をいう。本発明の剤は、水溶性のカルシウム化合物及び/又は鉄化合物を純水や現場の排水などに溶解させることにより製造することができる。
【0021】
本発明の剤の製造に用いることができるカルシウム化合物としては、これらに限定されないが、塩化カルシウム、水酸化カルシウム、酸化カルシウム、硝酸カルシウムなどの水溶性のカルシウム化合物を挙げることができる、また、鉄化合物としては、これらに限定されないが、塩化第一鉄、塩化第二鉄、硫酸第一鉄、硫酸第二鉄、硝酸第一鉄、硝酸第二鉄などの水溶性の鉄化合物を挙げることができる。カルシウム化合物と鉄化合物は、それぞれ、2種以上の化合物を組み合わせてもよいし(例えば、鉄化合物として、塩化第一鉄と塩化第二鉄など)、または単独の化合物を用いてもよい。カルシウム化合物と鉄化合物は、水和物であってもよい。これらの化合物としては、市販の粉体化合物を使用してもよいし、市販の液体化合物(例えば塩化第二鉄の水溶液など)を用いてもよい。鉱物などの難溶解性資材を用いることは、難溶解性材自体の堆積による汚泥発生量の増加や配管閉塞を引き起こす可能性があるため、本発明の剤の製造には、純水に完全に溶解する化合物を用いる必要がある。
【0022】
本発明の剤は、カルシウム化合物由来のカルシウムイオン又は鉄化合物由来の鉄イオンの少なくとも1種を含む。ここで、「カルシウムイオン」とは、Ca2+を指し、「鉄イオン」とは、Fe2+とFe3+を指す。「鉄イオンを含む」とは、Fe2+とFe3+のうちの少なくとも1種を含むことをいう。
【0023】
本発明の剤は、カルシウムイオンと鉄イオンの両方を含むことが好ましい。カルシウムイオンと鉄イオンの両方を含む場合、カルシウムイオン単独又は鉄イオン単独の場合に比べて、バチルス属細菌における特に枯草菌によるデンプン分解率が顕著に向上する。カルシウムイオンと鉄イオンの両方を含む剤を製造する場合には、上記のカルシウム化合物と鉄化合物の両方を水に溶解させればよいが、その際、不溶性の沈殿を生じないように、化合物の種類や各化合物の濃度、また液剤のpHなどに注意する必要がある。例えば、カルシウムイオンは、硫酸イオンと反応して不溶性の硫酸カルシウムを形成するため、鉄化合物として硫酸第一鉄や硫酸第二鉄を用いる場合には、その配合比率に注意する必要がある。あるいは、硫酸第一鉄や硫酸第二鉄のような硫酸塩は用いないことが好ましい。また、例えば、鉄イオン(Fe2+及びFe3+)は、水酸化物イオンと反応して沈殿を生じるため、鉄イオンとカルシウムイオンを両方含む場合には、水酸化カルシウムや酸化カルシウムは用いないことが好ましい。剤において、カルシウムイオンと鉄イオンとを両方含有させる場合には、塩化カルシウム(CaCl2)またはその水和物と、塩化第一鉄(FeCl2)及び/または塩化第二鉄(FeCl3)とを組み合わせることが好ましい。
【0024】
本発明の剤がカルシウムイオンを含む場合、カルシウムイオンの濃度は、剤の1~10質量%であることが好ましく、2~8質量%であることがさらに好ましい。また、本発明の剤が鉄イオンを含む場合、鉄イオンの濃度は、剤の1~10質量%であることが好ましく、2~8質量%であることがさらに好ましい。なお、「鉄イオンの濃度」とは、Fe2+Fe3+の合計の濃度をいうものとする。本発明の剤が、カルシウムイオンと鉄イオンの両方を含む場合、カルシウムイオンと鉄イオンの濃度は、それぞれ、剤の1~10質量%であることが好ましく、2~8質量%であることがさらに好ましい。このような範囲であると、例えば剤の冷蔵保存時の沈殿の析出を抑えることができる一方で、濃度が低すぎないために排水処理の設備に実用的な量で投入してデンプン分解促進の効果を得ることができる。
【0025】
カルシウムイオンや鉄イオン(Fe2+Fe3+の合計)の濃度の測定法は、用いた化合物の質量と液剤全体の質量とから算出しても良いし、フレーム原子吸光法やICP発光分光分析法(両法ともJIS K0102:2019)にて測定できる。
【0026】
カルシウムイオンと鉄イオンとを両方含有させる場合のこれらの混合比率は特に制限されず、例えばカルシウムイオン:鉄イオン=1:999(質量比)から999:1(質量比)に至るまで、任意の比率で混合可能である。カルシウムイオンと鉄イオンとが両方存在することによるデンプン分解の相乗的な向上を期待する観点からは、混合比率は、これに限定されないが、例えば、カルシウムイオン:鉄イオン=1:10~10:1が好ましく、1:4~4:1がさらに好ましく、1:2~2:1がさらに好ましい。
【0027】
カルシウム化合物と鉄化合物とを混合する場合の混合方法や混合順序に制限は無く、例えば塩化カルシウムと塩化第一鉄の粉体化合物を原料とするのであれば、純水に塩化カルシウムを入れてミキサーで混合し、さらに塩化第一鉄を入れてミキサーで混合するといった通常の方法で混合することができる。また、例えば塩化第二鉄の37%水溶液のような液体品を原料とするのであれば、液体品を純水で適当な濃度に希釈して、適宜カルシウム化合物を添加するなどすればよい。
【0028】
カルシウム化合物と鉄化合物とを溶解させる際の温度に制限は無く、室温で溶解させてもよいし、あるいは投げ込み式ヒーターやジャケット式ヒーターなどを溶解槽に設置して適宜加温しながら溶解させてもよい。
【0029】
カルシウム化合物と鉄化合物の他に、微生物の生育を促進させたり、また、デンプン分解酵素以外の有機物分解酵素の活性を高めるための成分、例えば、ブドウ糖、デンプン、糖蜜などの糖質、酵母エキス、ペプトンなどのタンパク質、動物油、植物油、廃油などの脂質、硫酸マグネシウム、塩化マグネシウムなどのマグネシウム化合物、塩化マンガン、硫酸マンガン、硝酸マンガンなどのマンガン化合物、ケイ酸ナトリウム、ケイ酸カルシウムなどのケイ素化合物、塩化ナトリウムや塩化カリウムなどの塩素化合物などを沈殿が生じない範囲で適宜混合してもよい。また、鉄化合物の影響によりpHが酸性となることがあるため、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどを用いて適宜pH調整しても構わない。その際、鉄イオンやカルシウムイオン由来の沈殿が生じないように注意する。
【0030】
これらのカルシウム化合物及び鉄化合物以外の成分を混合する場合には、これらの成分の混合割合は、剤の50質量%以下であることが好ましく、20質量%以下であることがさらに好ましく、10質量%以下であることがさらに好ましく、5質量%以下であることがさらに好ましい。これらの成分は、剤に混合しなくてもよい(すなわち、剤が、カルシウム化合物及び/または鉄化合物のみからなっていてもよい)。
【0031】
本発明の剤は、製造されたそのままの形で排水処理設備に投入してもよく、あるいは、投入前に水と混ぜて希釈してもよい。また、投入前にpHを中性付近に戻すなどしてから使用してもよい。
【0032】
本発明の剤は、予め製造して保管等していたものを用いて排水処理設備に投入してもよい。あるいは、排水処理現場にカルシウム化合物と鉄化合物とを用意して、現場で取り分けた排水や純水などに添加してこれらの化合物を液中に完全に溶解させて液剤を製造し、製造した液剤を排水処理設備に投入してもよい。
【0033】
本発明の剤は、排水処理設備において、有機物を微生物により分解させる槽である生物処理槽内に生息するバチルス属細菌による特にデンプン分解を促進させるための剤である。生物処理槽は、一般には、微生物を活性化させるために空気が吹き込まれ(曝気され)るため、曝気槽と呼ばれることもある。
【0034】
生物処理槽内には様々な微生物が生息するが、これらの微生物の中で、バチルス(Bacillus)属細菌(以下「バチルス」とも呼ぶ。)は、有機物分解酵素を多量に分泌するため、生物処理槽に用いる微生物として優れているとされている。また、バチルスはpH変動、水温変動、毒物混入、栄養源枯渇などと言った環境の変化に対して比較的安定であることが知られている。
【0035】
排水処理設備の生物処理槽におけるバチルスは、大気中や被処理原水から少量が自然に持ち込まれる。また、バチルスを含む微生物製剤を排水処理設備の生物処理槽の前段に添加することにより、生物処理槽内にバチルスを導入することも行われている。本発明の剤は、排水処理において、有機物含量、特に、タンパク質や油脂などと比較して難分解性であるデンプン含量が高い原水が流入した場合に、生物処理槽内のバチルスによるデンプン分解を促進させ、原水中のデンプン分解の促進を行う剤である。本発明の剤は、液体であるため、難溶性資材を用いた活性剤を使用した場合と比べて、汚泥発生量の増加や配管の閉塞の問題を引き起こしにくいという利点がある。また、デンプンの分解を促進することで、デンプンに由来する排水処理時のトラブル(膜閉塞、悪臭、発泡、沈降性悪化、バルキング、汚泥量増加など)を解消することが可能となる。
【0036】
本発明の剤は、生物処理槽に自然に持ち込まれた土着のバチルスに対しても効果を示すが、微生物製剤として添加されたバチルスに対しても効果を示す。したがって、本発明の剤と共にバチルスを含有する微生物製剤を併用しても構わない。
【0037】
バチルス属細菌は約300種が知られており、例えば、納豆などの発酵食品の製造に使用され、病原性を有さない点で安全性が確立している枯草菌(Bacillus subtilis)の他にも、炭疽菌(Bacillus anthracis)やセレウス菌(Bacillus cereus)などの病原菌も含まれる。本発明の剤と併せてバチルスを含む微生物製剤を使用する場合には、病原性がない菌を用いる。バチルスを含む排水処理用の微生物製剤は、市販されている。
【0038】
病原性がないバチルス属細菌の例としては、これに限定されないが、上述の枯草菌(Bacillus subtilis)が挙げられる。枯草菌(Bacillus subtilis)は、菌種レベルで安全性が確保されているため、人体や環境への影響を回避することが可能であり、好ましい。また、本発明の剤は、後述する実施例で示されるように、バチルス属細菌の中でも、特に枯草菌と併用した場合に、優れたデンプン分解促進効果が得られることが見出されたため、本発明の剤を、枯草菌を主とする微生物製剤と併用することは好ましい。
【0039】
枯草菌を微生物製剤として使用する場合、例えば、これに限定されないが、受託番号NITE P-02795で寄託されているバチルス・サブティリス(Bacillus subtilis)B-1-2株、受託番号NITE P-02796で寄託されているバチルス・サブティリス(Bacillus subtilis)B-6-1株、受託番号NITE P-02797で寄託されているバチルス・サブティリス(Bacillus subtilis)B-10-1株、受託番号NITE P-02798で寄託されているバチルス・サブティリス(Bacillus subtilis)B-11-3株の1種または2種以上を使用することが好ましい。これらの菌株は、高い有機物分解活性を示す。
【0040】
本発明の剤は、排水中の有機物(特にデンプン)をバチルス属細菌を含む微生物により分解させる槽である生物処理槽を用いる装置や方法に添加して使用することができる。生物処理槽を用いる装置や方法としては、例えば、標準活性汚泥法、オキシデーションディッチ法、深槽曝気法、ステップエアレーション法、硝化脱窒法、A2O法(嫌気・無酸素・好気法)などの活性汚泥法の他、好気性生物膜法、固定床型浸漬ろ床法、流動床型浸漬ろ床法、回転円板法などの生物膜法などを挙げることができる。また、嫌気処理槽、メタン発酵槽、生物脱臭槽、コンポスト発酵槽などにも適宜使用可能である。
【0041】
処理対象となる原水(排水)は、少なくともデンプンを含む。原水は、直接に生物処理槽に流入させてもよく、また、生物処理槽の前段に原水槽などを設けてもよい。原水槽は、原水の水質測定、処理流量の調整、流入水質の安定化(均一化)などの目的で設置することがある。
【0042】
排水処理の工程において、本発明の剤を添加する場所としては、添加した剤が生物処理槽に流入する場所であればいずれでもよい。例えば、排水処理工程の中で原水(デンプンを含む排水)が最初に流入する原水槽の前段から生物処理槽の中段までのいずれかの場所であり、好ましくは原水槽の前段から生物処理槽前段までのいずれかの場所であり、さらに好ましくは生物処理槽の前段である。また、1つの添加場所に限定されるのではなく、複数の添加場所から添加しても構わない。なお、槽の前段とは、槽に被処理水が流入してくる付近をいい、槽の後段とは、その槽から次の槽へと被処理水が流出する付近(例えば生物処理槽であれば、生物処理槽から次の槽(例えば沈殿池)へと被処理水が流出する付近)をいい、槽の中段とは、それらの中間の部分をいう。
図2に、剤の添加場所の例を示す。
図2の矢印のAは原水槽の前段であり、Bは原水槽の中段であり、Cは原水槽の後段であり、Dは生物処理槽の前段であり、Eは生物処理槽の中段である。
図2に示される矢印のA~Eのいずれかの1つまたは複数の場所で添加してもよい。そのほか、バチルスなどの微生物を含む微生物製剤や、排水処理現場でバチルスなどの微生物を培養する装置(オンサイト培養装置)と併用して添加してもよい。
【0043】
本発明の剤の添加方法は特に限定されず、手作業による手動添加のほか、薬注ポンプによる自動添加でもよい。また、一回添加、複数回に及ぶ間欠添加、連続添加のいずれでもよい。
【0044】
本発明の排水処理方法は、食品製造工場、化学品製造工場、機器製造工場、医薬品製造工場などの各種製造工場の排水処理施設のほか、屠畜場、浄水場、下水処理場、し尿処理場、農場などの、生物処理槽を用いる排水処理施設に適用することができる。
【実施例】
【0045】
以下に、本発明を実施例を用いて具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
[実施例1]化合物および菌種の検討
カルシウム化合物としてCaCl2・2H2O(株式会社トクヤマ製)、鉄化合物としてFeCl3(37%水溶液、新日本化成株式会社製)を用い、各化合物の濃度としてそれぞれ10質量%となるように両化合物を純水に溶解し、本発明の促進剤とした。また、CaCl2・2H2OおよびFeCl3をそれぞれ単独で含む剤(どちらも各化合物の濃度として10質量%)についても併せて作製した。以下、CaCl2・2H2OとFeCl3を混合した剤をCa+Fe、CaCl2・2H2O単独による剤をCa、FeCl3単独による剤をFeと呼称する。
【0046】
作製された促進剤を用い、以下の手法によりデンプン分解の評価を行った。200mL三角フラスコに模擬排水(酵母エキス0.5g/L、リン酸水素二アンモニウム0.5g/L、pH7.0)を100mL張り、オートクレーブ滅菌した。オートクレーブ後、0.22μmフィルタで別滅菌済みのデンプン水溶液を加え、デンプン終濃度として0.2g/Lとなるよう調整した。デンプン添加後の模擬排水に微生物製剤を100mg/L添加し、さらに上記の剤を100mg/L添加し、150rpm、30℃で往復振盪を行った。微生物製剤は、特定の枯草菌株(受託番号NITE P-02798で寄託されているBacillus subtilis B-11-3株)による製剤(以下、枯草菌製剤)および、枯草菌ではない菌種不明のバチルス属細菌を含む製剤(以下、バチルス属製剤)の2種類を使用した。培養0h及び48h後でサンプリングし、デンプン測定キット(Megazyme社製、K-TSTA-100A)によりデンプンの定量を行い、以下の式によりデンプン分解率を算出した:
(培養0hのデンプン量-培養48h後のデンプン量)÷ 培養0hのデンプン量 × 100=デンプン分解率(%)。
【0047】
図3に結果を示す。また、下記の表1にデンプン分解率(%)の具体的な数値を示す。まず、Blank(促進剤、微生物製剤とも無添加)およびCa+Fe添加(Ca+Feの促進剤のみ添加し、微生物製剤は無添加)の試験区では、デンプンは全く分解されなかった。
【0048】
次に、微生物製剤単独添加の試験区では、枯草菌製剤およびバチルス属製剤とも、10%程度のデンプン分解率が確認された。この理由として枯草菌やバチルス属の分泌するデンプン分解酵素により、一定量のデンプンが分解された可能性が考えられた。
【0049】
微生物製剤と共にCaやFeをそれぞれ単独で添加すると、枯草菌製剤およびバチルス属製剤ともデンプン分解率の向上が確認された。さらに、微生物製剤にCaとFeを同時添加すると(Ca+Fe)、バチルス属製剤ではデンプン分解率が相加的に向上したのに対し、枯草菌製剤では相乗的に向上した。
【0050】
【0051】
バチルス属細菌は約300種が存在することが知られているが、CaとFeを組み合わせた促進剤が、複数のバチルス属細菌を混合した製剤ではなく、枯草菌単独の製剤と併用した場合に特にデンプン分解率が相乗的に向上したことは意外な結果であった。バチルス属細菌の中でも枯草菌は歴史的に安全性が確立されている菌種であるため、枯草菌によるデンプン分解を向上できることは、排水処理において好ましい結果である。
【0052】
[実施例2]濃度の検討
カルシウム化合物としてCaCl2・2H2O、鉄化合物としてFeCl3(37%水溶液)を用い、最適なカルシウムイオン及び鉄イオン濃度を検討した。ちなみに、実施例1で用いた剤(化合物の濃度としてそれぞれ10質量%)のイオン濃度は、カルシウムイオンが2.7質量%、鉄イオンが3.5質量%に相当する。
【0053】
表2に結果を示す。表2において、カルシウムイオンと鉄イオンとはそれぞれが同じ濃度になるように混合した。例えば、「各0.5%」の欄では、カルシウムイオン0.5質量%及び鉄イオン0.5質量%となるように、カルシウム化合物と鉄化合物とを混合した。
【0054】
まず、両イオンとも低濃度(0.5質量%)の場合では、有効成分であるイオンの濃度が低いため、効果を得るためには排水設備に大量に投与する必要が生じ、保管や運搬のコストの増加が懸念されるため、不適当であると考えられた。したがって、表2では、「×:好ましくない」の評価とした。両イオンとも高濃度(12質量%)では、冷蔵保存の際に結晶が析出し、沈殿物が生じた。このことは、例えば、寒冷地の現場で保管した際、投入前に沈殿物を撹拌・均一化する工程が生じるため、好ましくない。したがって、表2では「×:好ましくない」の評価とした。以上により、液剤中のカルシウムイオンと鉄イオンとは、保管や運搬の観点から、それぞれ1~10質量%の濃度とすることが好ましいと結論づけた。
【0055】