(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-30
(45)【発行日】2023-02-07
(54)【発明の名称】ウイルス捕獲部材、ウイルス捕獲方法及びウイルス無力化方法
(51)【国際特許分類】
C12N 7/02 20060101AFI20230131BHJP
C12N 7/04 20060101ALI20230131BHJP
【FI】
C12N7/02
C12N7/04
(21)【出願番号】P 2020015267
(22)【出願日】2020-01-31
【審査請求日】2021-11-24
(73)【特許権者】
【識別番号】519367935
【氏名又は名称】ピコテクバイオ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】520039113
【氏名又は名称】株式会社TK
(74)【代理人】
【識別番号】100205981
【氏名又は名称】野口 大輔
(72)【発明者】
【氏名】山口 佳則
【審査官】吉門 沙央里
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-193789(JP,A)
【文献】C. Godefroy, et al.,Langmuir,2014年,Vol.30,p.11394-11400
【文献】K. Akiyoshi, et al.,FEBS Letters,2003年,Vol.534,p.33-38
【文献】J. E. Kingery-Wood, et al.,The Journal of American Chemical Society,1992年,Vol.114,p.7303-7305
【文献】T. Kanaseki, et al.,The Journal of cell biology,1997年,Vol.137, No.5,p.1041-1056
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-7/08
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面にシアル酸が露出した有機ナノチューブを素材の一部として含み、前記有機ナノチューブに飛来してきた細胞感染性ウイルスを吸着させることによ
り前記細胞感染性ウイルス
への人の感染を防止する
マスク。
【請求項2】
表面にシアル酸が露出した有機ナノチューブを素材の一部として含み、前記有機ナノチューブに細胞感染性ウイルスを吸着させることにより前記細胞感染性ウイルスを捕獲する布。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウイルス捕獲部材、ウイルス捕獲方法及びウイルス無力化方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
インフルエンザウイルス、ノロウイルスなどの感染を予防するためには、ウイルスを体内に侵入させないことが重要である。インフルエンザウイルス等の細胞感染性ウイルスが体内に侵入すると、体細胞のシアル酸にウイルス粒子が吸着し、シアル酸に吸着したウイルスが開裂してウイルスのDNA又はRNAが体細胞内に導入され、体細胞が感染状態になる。分子生物学的には、ウイルス表面におけるヘマグルチニン(HAタンパク質)が細胞膜に吸着してウイルスの開裂が起こり、内部にウイルスのゲノムが導入されることで、生体がウイルスに感染する。
【0003】
ヒトの体内へのウイルスの侵入を防ぐためにはヒトが接触し得る物や場所からウイルスを除去することが重要であるが、布などの繊維でウイルスを拭き取ったとしても、ウイルスが繊維質の間に絡まるだけで、拭き取った繊維からウイルスが脱落して飛散する恐れもある。また、エタノールなどのアルコールを吹きかけても、ノロウイルスなどのウイルスはアルコールでは滅菌されないため、ウイルスを完全に無力化することができていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は上記問題点に鑑みてなされたものであって、細胞感染性ウイルスを効果的に捕獲できるようにすることを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、細胞膜を模倣した脂質膜を表面に露出させた物体を細胞感染性ウイルスに暴露すると、その物体表面にウイルスが吸着して捕獲されるという知見を得た。本発明はこのような知見に基づいてなされたものであり、細胞膜を模倣した脂質膜を表面に露出させた物体を用いて細胞感染性ウイルスを効果的に捕獲することを主題とするものである。
【0006】
ある種のリン脂質はナノチューブを形成することが知られている。例えば、リン脂質であるジオレイルホスファチジルコリン(DOPC)から成るリポソームにシアル酸脂質であるガングリオシド(GM)を添加すると、リポソームが脂質分子が自己集合でチューブ状につながった構造に繋がれたネットワークを形成し、HEPESバッファー中においてナノチューブ(以下、有機ナノチューブという)を形成することが報告されている(K.Akiyoshi et.al.FEBS Lett., 534, pp.33-88, 2003を参照)。この有機ナノチューブは、DOPCとGMからなる液晶状態のチューブであって、表層はリン脂質であり、シアル酸が表面に露出している。
【0007】
また、表面が脂質で覆われた有機ナノチューブの合成方法は、清水らによっても提案されている(T. Shimizu, M. Kogiso, and M. Masuda,“Vesicle Assembly in Microtubes”,Nature, 383, 487-488 (1996).)。さらに、内径が約7nmの有機ナノチューブも実現されている。その有機ナノチューブは、内表面がアミノ基、外表面が水酸基で被覆された非対称・単分子膜構造(膜厚:約3nm)をもち、内表面近傍のポリグリシンII形多重水素結合によって構造が安定化することが報告されている(Chem. Lett., 36, 896 (2007); Small, 4, 561 (2008); Soft Matter, 4, 1681 (2008).)。
【0008】
上記のように、脂質膜が表面に露出している有機ナノチューブはすでに存在しているが、そのような有機ナノチューブの表面を細胞感染性ウイルスに暴露すると、ウイルスが有機ナノチューブの表面に吸着するということは知られていない。これは、ウイルスが有機ナノチューブの表面の脂質膜を体細胞の細胞膜と勘違いし、増殖を試みて脂質膜の表面に吸着するものと考えられる。本発明では、このようなウイルスによる生体細胞への感染メカニズムを利用し、ウイルスを効果的に捕獲する。
【0009】
本発明に係るウイルス捕獲部材は、細胞膜を模倣した脂質膜が表面に露出している繊維体を素材として含み、前記繊維体に細胞感染性ウイルスを吸着させることにより、前記細胞感染性ウイルスを捕獲するものである。
【0010】
前記繊維体としては、表面にシアル酸が露出した有機ナノチューブを用いることができる。
【0011】
本発明に係るウイルス捕獲方法は、細胞膜を模倣した脂質膜が表面に露出している繊維体を素材として含む上述のウイルス捕獲部材の前記繊維体に細胞感染性ウイルスを吸着させることにより、前記細胞感染性ウイルスを捕獲するものである。
【0012】
また、上述のウイルス捕獲部材の前記繊維体の表面の脂質膜は細胞膜と同等であるため、脂質膜に吸着したウイルスはDNA若しくはRNAの放出が促され、ウイルスが無力化されることも期待できる。そこで、本発明に係るウイルス無力化方法は、細胞膜を模倣した脂質膜が表面に露出している繊維体を素材として含む上述のウイルス捕獲部材の前記繊維体に細胞感染性ウイルスを吸着させることにより、細胞感染性ウイルスのエンドサイトーシスを誘発して前記細胞感染性ウイルスを無力化するものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係るウイルス捕獲部材では、細胞膜を模倣した脂質膜が表面に露出している繊維体を素材として含むので、前記繊維体に細胞感染性ウイルスが吸着し、細胞感染性ウイルスを効果的に捕獲することができる。
【0014】
なお、前記繊維体の表面の脂質膜は細胞膜と同等であるため、脂質膜に吸着したウイルスはDNA若しくはRNAの放出が促され、ウイルスが無力化されることも期待できる。ウイルス捕獲部材に捕獲されたウイルスが無力化されれば、ウイルス捕獲後のウイルス捕獲部材に触れたヒトがウイルスに感染することもないため、ウイルスを安全に除去することができる。
【0015】
本発明に係るウイルス捕獲方法では、細胞膜を模倣した脂質膜が表面に露出している繊維体を素材として含むウイルス捕獲部材を用いるので、前記繊維体に細胞感染性ウイルスが吸着させることができ、細胞感染性ウイルスを効果的に捕獲することができる。
【0016】
本発明に係るウイルス無力化方法では、細胞膜を模倣した脂質膜が表面に露出している繊維体を素材として含むウイルス捕獲部材を用いるので、前記繊維体に細胞感染性ウイルスを吸着させて細胞感染性ウイルスのエンドサイトーシスを誘発することができ、前記細胞感染性ウイルスを無力化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】(A)及び(B)はともに有機ナノチューブの走査電子顕微鏡による画像である。
【
図2】ウイルス産生細胞と有機ナノチューブの共培養系を概略的に示す概念図である。
【
図3】(A)及び(B)はともにウイルスに暴露させた有機ナノチューブの走査電子顕微鏡による画像である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
図1の(A)及び(B)は、ウイルス捕獲部材の素材として用いることができる有機ナノチューブの走査電子顕微鏡による画像(SEM画像)である。この有機ナノチューブは、内径が80μm、外径が230μmであり、細胞膜を模倣した脂質膜(リン脂質)が表面に露出している。
【0019】
図2は、
図1の有機ナノチューブとウイルス産生細胞との共培養系を概略的に表したものである。この共培養系では、ウイルス産生細胞と有機ナノチューブとを微細流路で連通下互いに異なるウエル内に収容し、ウイルス産生細胞から増殖したウイルスのみが有機ナノチューブの収容されているウエルへ移動できるように構成している。
【0020】
本発明者は、
図2の共培養系を用いて有機ナノチューブ(リン脂質ナノチューブ)とレトロウイルス産生細胞との共培養を実施し、有機ナノチューブ(50μg/ml)をウイルスに暴露した。共培養の培地として、Dulbecco’s modified Eagle’s medium (DMEM) 、10% fetal bovine serum, 1% penicillin、100mg/mL streptomycin, 17mM pantothenic acid、33mM Biotin、 100mM ascorbic acid、1mM actanoic acid, 50nM Triiodothyronineを用いた。
【0021】
共培養により有機ナノチューブをウイルスに暴露した結果、
図3(A)及び(B)に示されているように、有機ナノチューブの周囲にウイルスが集まり、有機ナノチューブの表面にウイルスが吸着することがわかった。これは、細胞膜に吸着してDNA又はRNAを細胞に導入することにより増殖しようとする細胞感染性ウイルスの特性により、ウイルスが増殖を試みて有機ナノチューブの表面の脂質膜に吸着したものと考えられる。この結果から、細胞膜を模倣した脂質膜が表面に露出している有機ナノチューブのような繊維体を用いることで、細胞感染性ウイルスを吸着させて捕獲できることがわかる。
【0022】
したがって、例えば、有機ナノチューブのような繊維体を素材の一部として含むマスクをウイルス捕獲部材として形成すれば、ヒトがそのマスクを着用することによって外部から飛来してきたウイルスを効果的にマスクで捕獲してマスクを通過するウイルスの量を低減することができるので、ウイルス感染の防止効果を飛躍的に高めることができる。また、有機ナノチューブのような繊維体を素材の一部として含む布をウイルス捕獲部材として形成し、その布でヒトが接触しそうな物や場所を拭き取ることで、通常の布などで拭き取る場合に比べてウイルスを効果的に除去することができ、ウイルスの感染拡大の予防効果を高めることができる。
【0023】
さらに、繊維体の表面の脂質膜は細胞膜と同等であるため、脂質膜に吸着したウイルスが増殖を試みて開裂しウイルスのDNA又はRNAが繊維体内へ放出されるため、繊維体に捕獲されたウイルスが無力化されることを期待できる。
図3(A)では、有機ナノチューブの表面にウイルスが吸着し、有機ナノチューブの表層膜の一部がウイルスの吸着や出芽によって構造が破壊されていることが確認できる。これは、有機ナノチューブの表面でウイルスの外膜がエンドサイトーシスによって破壊されている、すなわち、有機ナノチューブに吸着したウイルスが無力化されていると考えることができる。
【0024】
このように、有機ナノチューブなどの繊維体の表面にウイルスを吸着させて無力化すれば、アルコールでは滅菌できないノロウイルスなどのウイルスの無力化が実現でき、ウイルスの感染拡大の予防効果を高めることができる。さらに、有機ナノチューブの内部にウイルスから放出されたDNA又はRNAを保持することができるので、ウイルスを捕獲した有機ナノチューブを用いてウイルスの分析を行なうこともできる。