(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-01
(45)【発行日】2023-02-09
(54)【発明の名称】腱の再生材料として用いられる修復材
(51)【国際特許分類】
A61L 27/36 20060101AFI20230202BHJP
【FI】
A61L27/36 310
A61L27/36 100
(21)【出願番号】P 2020539610
(86)(22)【出願日】2019-08-30
(86)【国際出願番号】 JP2019034052
(87)【国際公開番号】W WO2020045608
(87)【国際公開日】2020-03-05
【審査請求日】2021-02-22
(31)【優先権主張番号】P 2018174244
(32)【優先日】2018-08-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000148025
【氏名又は名称】サクラ精機株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】518333465
【氏名又は名称】吉田 淑子
(73)【特許権者】
【識別番号】518333638
【氏名又は名称】岡部 素典
(73)【特許権者】
【識別番号】518333476
【氏名又は名称】長田 龍介
(73)【特許権者】
【識別番号】518333649
【氏名又は名称】頭川 峰志
(74)【代理人】
【識別番号】110001726
【氏名又は名称】弁理士法人綿貫国際特許・商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉田 淑子
(72)【発明者】
【氏名】岡部 素典
(72)【発明者】
【氏名】長田 龍介
(72)【発明者】
【氏名】頭川 峰志
(72)【発明者】
【氏名】荒川 雅彦
【審査官】榎本 佳予子
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-054015(JP,A)
【文献】米国特許第05612028(US,A)
【文献】特表2002-541099(JP,A)
【文献】RAHMADIAN, R. et al.,THE EFFECTS OF LYOPHILIZED AMNIOTIC MEMBRANE IN THE PREVENTION OF PERITENDINOUS ADHESION AFTER ACHIL,日本組織移植学会雑誌,2014年08月08日,第13巻, 第1号,p. 43
【文献】広大保健学ジャーナル,2006年,Vol. 6, No. 1,pp. 81-91
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 15/00-33/18
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
人を含む動物の胎児を包む生羊膜を乾燥処理して得た乾燥羊膜であって、無菌状態の乾燥大気中で保存できるように脱水乾燥されており、かつ水又は緩衝液に浸漬して再水和した際には、前記生羊膜を構成する上皮細胞、基底膜、及び結合組織が保持され
た乾燥羊膜からなる、
骨の損傷を合併して完全断裂した腱を縫合した後に、完全断裂した腱の再生材料として、断裂した腱と損傷した骨との間に配置され、
骨損傷部の骨生成を阻害することなく、腱縫合周囲部の骨を巻き込む癒着を抑制して腱を修復する、修復材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腱および腱鞘の再生・修復に関し、詳しくは腱および腱鞘の再生および修復に用いる医療材料としての特定の乾燥方法で製造される乾燥羊膜に関する。
【背景技術】
【0002】
羊膜はコラーゲンと弾性線維で構成された強靱な生体膜であり、膀胱、尿道、尿管の補修材料としての利用(特許文献1)や、羊膜由来の2層のコラーゲン膜の間に、シート状の多孔中間剤からなる積層体を含む、脳硬膜、心膜など代用膜(特許文献2)が提案されている。
【0003】
羊膜は、移植の際に拒絶反応が起こりにくく、抗炎症作用や創修復促進作用を有し、皮膚熱傷後の被覆や臍ヘルニアの修復、人工膣、腹部手術の際の癒着防止等で用いられてきた。
近年、角膜・食道・気管・血管・皮膚・鼓膜などの再生にも羊膜が用いられているが、羊膜自体を用いる場合は、通常、凍結・解凍した羊膜が使用される。また、凍結保存ざれた羊膜を解凍し、これを含む免疫適合性のある羊膜組成物が腱修復に利用できることが報告されている(特許文献3)。一方、凍結羊膜は、保存性(‐80℃で3ケ月程度)や凍結・解凍が煩雑である点など課題があった。 この課題に対して、特定の乾燥処理により製造される乾燥羊膜が提案されている(特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開昭63-260549
【文献】特開平10-113384
【文献】WO2015/17144
【文献】特開2007-54015
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
腱は高い滑走性により骨関節のスムースな運動を可能にしているが、外傷や手術により腱は容易に周囲組織と癒着し関節拘縮を生じる。腱癒着の予防に関して様々な試みがなされてきた。例えば、凍結保存された羊膜を解凍し、これを含む免疫適合性のある羊膜組成物が腱修復に利用するが報告されている(特許文献3)。
腱断裂に対する治療においては、手足の関節可動域の維持が後遺症の軽減のため求められている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
特定の乾燥処理により製造される乾燥羊膜は、凍結・解凍された羊膜と同様の抗炎症作用、感染抑制作用、上皮化促進作用を持っていると考えられ、創傷治癒を促進する性質を持つことから、腱鞘再生促進効果による腱損傷後に、通常、生じる腱癒着の防止が期待でき、さらに断裂した腱より離れた骨損傷部の治癒を促進することが期待できる。すなわち、手指・足趾の可動機能の再生が期待できる。
【0007】
本発明者らは、特定の乾燥処理により製造される乾燥羊膜それ自体を欠損・損傷した腱鞘治療に使用することで、癒着などの障害の抑制、可動機能の再生を促進を見いだし、本発明を完成するに至った。
【発明の効果】
【0008】
羊膜を保存、移植しやすいように特殊な方法で乾燥させたHD羊膜を使用した腱・腱鞘の再生・修復では、腱・腱鞘の修復を促進するばかりでなく、腱縫合周囲部の癒着を軽減し、さらに、骨損傷部の治癒も促進する。その結果、骨折を伴った腱鞘再生では、HD羊膜を使用することで腱縫合周囲部の骨を巻き込む癒着を抑制しつつ、正常な骨形成がなされ、患者のQOLを向上させる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】関節可動領域(ROM)を測定結果の図である。
【
図2】組織学的にHD羊膜とウサギ腱鞘組織の構造、免疫染色陽性細胞の分布を示す図である。
【
図3】引っ張り試験による腱の引抜きテスト結果の図である。
【
図4】癒着rating testの結果を示す図である。
【
図5】骨折合併における骨形成のエックス線写真である。
【
図6】HD羊膜を製造するための装置の構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
特定の乾燥処理により製造される乾燥羊膜とは、例えば、特許文献1に記載された乾燥羊膜(ハイパードライ羊膜、以下、HD羊膜)である。すなわち、処理槽内に載置した生羊膜を処理槽内に設けた赤外線ヒーターによって連続して加温して、処理槽内を減圧状態とする減圧操作と、減圧状態の処理槽内を僅かに大気圧側に上昇させる復圧操作時に、この生羊膜に処理槽内に設けたマイクロ波発生装置からもマイクロ波を照射して羊膜中に存在する水分子にエネルギーを加えつつ乾燥を行う。これを複数回繰り返すことによって製造される乾燥羊膜は、羊膜細胞自体は不活化されるが、その細胞・組織構造を保持できる。
【0011】
腱は、筋と骨とを結びつけている繊維性の丈夫な組織であるが、特に手指と前腕に存在する屈筋とをつなぐ組織である屈筋腱は、指を屈曲させる指屈筋腱と手関節を屈曲させる橈側手根屈筋腱、尺側手根屈筋腱、長掌筋腱があり、腱鞘の中を滑走している。腱鞘には骨から離れないように靭帯性腱鞘と呼ばれる強靭な線維部と柔らかい膜性腱鞘がある。本発明における腱とは前記した腱および腱鞘を含む。
屈筋腱が、外傷、スポーツなどで部分断裂した場合、通常は、保存療法が可能であり、ギプス固定が行われるが、完全断裂の場合は、縫合手術が必要となる。腱縫合術後に癒着を生じる場合があるが、本発明における腱の癒着とは、腱縫合術後に生じる癒着を意味する。
【0012】
本発明のHD羊膜を腱の修復に用いるには、例えば、断裂した腱および/または腱鞘の周囲に、適宜の大きさのHD羊膜のパッチを行えばよい。
【0013】
<モデル動物の治療効果>
12週齢家兎の趾屈筋腱を基節骨レベルで断裂後に縫合し、4週間のギブス固定を行い、48趾をそれぞれ3群に分類した。腱縫合後にHD羊膜を縫合部の周囲に巻いた群(+HD羊膜群)と腱縫合のみを行った群(腱縫合群)と無処置群(対照群)に分類した。Mechanical test、顕微鏡評価、組織学的評価を行った
なお、実験動物の取り扱いは、National Institutes of Health のガイドラインに従い、富山大学動物実験委員会の許可を得た。また、実験は富山大学動物実験委員会の指針に従って行った。
【0014】
<方法1>関節可動域測定
全身麻酔下に安楽死させ、各群の足趾を採取する。採取した足趾の基節骨を計測台に固定し、趾先を屈曲方向・進展方向に動かして関節可動領域(ROM)を測定した。
腱を引っ張り、定量的に関節可動領域(ROM)を測定すると、HD羊膜を使用して治療した方(+HD羊膜群)がポジティブコントロール(腱縫合群)に比べて有意に可動領域が大きかった(
図1)
【0015】
<方法2>組織学的(癒着の)評価
HE染色、免疫染色を行い、組織学的にHD羊膜とウサギ腱鞘組織の構造、免疫染色陽性細胞の分布について分析した。この観察により腱鞘再生と同時に腱自体の変化および周囲との線維性癒着に関する形態学的評価が可能であった。
その結果、深指屈筋腱と浅指屈筋腱の間など腱周囲の癒着を形態学的に検証すると、HD羊膜を使用して治療すると癒着が見られなかった(
図2)。
【0016】
<方法3>引き抜き強度の測定(癒着の程度)
採取した足趾で屈筋腱を縫合部より近位(MTP部)で切断する。牽引強度測定試験機に趾肢の基節部を固定しておき、腱の遠位側が付着する末節骨を牽引クランプで把持して、一定速度で牽引する。これにより腱が引き抜ける時の強度が測定され、癒着の程度が引き抜き強度に反映される。すなわち、固定した趾肢から腱を一定速度で牽引し、癒着強度を力学的に評価した。
その結果、HD羊膜を使用して治療した方(+HD羊膜群)が引き抜く際に必要な張力がポジティブコントロール(腱縫合群)に比べて少ない傾向であった(
図3)
【0017】
<方法4>骨と腱の間の癒着を評価(癒着rating test)
採取した足趾を実体顕微鏡下で癒着の程度を整形外科領域で一般的に用いられている下記の評価でスコアリングした。
0点:正常。つるつるした表面。
1点:容易に滑る。腱滑走を妨げない程度の介在物の存在。
2点:鈍的剥離。ピンセットを使用して剥離できる。
3点:鋭的剥離。メスで切開して剥離できる。
癒着rating testでは、羊膜を用いて治療した群((+HD羊膜群)の方がポジティブコントロール(腱縫合群)に比べて有意にコントロール(対照群)に近い値を示した(
図4)。
【0018】
<方法5>腱断裂としばしば同時に発生する骨折の治癒に対する安全性の評価
臨床的には、腱断裂を生じる指外傷にはしばしば骨折が合併する。腱鞘再生を促進するHD羊膜が骨折部における骨形成に悪影響を及ぼさないことは、治療の安全性の面から確認しておく必要がある。そこで、趾骨の屈筋腱に接する面に骨欠損を生じさせた不全骨折モデルを作成し、この面と屈筋腱の間に乾燥羊膜を留置して閉創した群と、何も置かずに閉創した群を作成し、XPでみた骨形成に差が生じるかを検討した。
その結果、HD羊膜を用いて治療を行っても骨形成を阻害することはなかった。(
図5)。
【0019】
<HD羊膜の製造>
図6に示す乾燥装置を用いて下記の真空・遠赤外線・マイクロウエーブ各装置の条件において、生羊膜を乾燥した。
・乾燥槽加温:50℃、F.I.R:50℃、ストッフ゜弁:37%、最高到達圧力0.34kPa 空運転最高到達圧力0.33kPa
・乾燥処理の方法
(1)減圧 180sec
(2)復圧 30sec(ストッフ゜弁開度37%)
マイクロ波投入 0.1kw-180sec(復圧は継続)
(3)減圧 180sec
(4)以降、(2)・(3)の繰返し
(5)乾燥終了は、(3)の180sec減圧後到達圧力を確認し(0.30~0.35 kPa)、手動にて行う。
大気圧まで復圧し終了
【産業上の利用可能性】
【0020】
特定の乾燥処理により製造される乾燥羊膜、すなわち処理槽内に載置した生羊膜を処理槽内に設けた赤外線ヒーターによって連続して加温して、処理槽内を減圧状態とする減圧操作と、減圧状態の処理槽内を僅かに大気圧側に上昇させる復圧操作時に、この生羊膜に処理槽内に設けたマイクロ波発生装置からもマイクロ波を照射して羊膜中に存在する水分子にエネルギーを加えつつ乾燥を行う。これを複数回繰り返すことによって細胞・組織構造を保持しつつ乾燥させた羊膜は、保存性が向上すると共に、移植用材料としても取り扱いがしやすい。この乾燥羊膜は、手指・足趾の可動機能の再生を促進させ、医療材料として有用である。また、前記乾燥羊膜を使用した腱の再生・修復治療では、腱縫合周囲部の癒着を軽減するだけでなく、骨損傷部の治癒を促進し患者のQOLを向上させる。