(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-01
(45)【発行日】2023-02-09
(54)【発明の名称】触媒反応生成物の電気化学的測定方法及びトランスデューサ
(51)【国際特許分類】
G01N 27/416 20060101AFI20230202BHJP
【FI】
G01N27/416 336B
(21)【出願番号】P 2019094379
(22)【出願日】2019-05-20
【審査請求日】2022-02-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000231073
【氏名又は名称】日本航空電子工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100121706
【氏名又は名称】中尾 直樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128705
【氏名又は名称】中村 幸雄
(74)【代理人】
【識別番号】100147773
【氏名又は名称】義村 宗洋
(72)【発明者】
【氏名】國方 亮太
(72)【発明者】
【氏名】須田 篤史
(72)【発明者】
【氏名】林 泰之
(72)【発明者】
【氏名】伊野 浩介
(72)【発明者】
【氏名】末永 智一
【審査官】黒田 浩一
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-266795(JP,A)
【文献】特開2013-092437(JP,A)
【文献】特開2005-227096(JP,A)
【文献】特開2017-096721(JP,A)
【文献】特開2015-059929(JP,A)
【文献】国際公開第2012/121310(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/105454(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/006208(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/181488(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/168200(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/26-27/49
G01N 33/483
G01N 33/53
C12M 1/00-3/12
C12Q 1/00-3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の液体内で進行する触媒反応によって生成されて前記第1の液体に溶解している触媒反応生成物を電気化学的に測定する触媒反応生成物の電気化学的測定方法であって、
液槽に、前記第1の液体と、前記第1の液体と液液界面を形成して接し、前記触媒反応生成物が溶解しない第2の液体とを収容し、
前記第1の液体内に作用極を配置し、前記第2の液体内に対極及び参照極を配置し、
前記触媒反応生成物が前記作用極において酸化又は還元反応をすることで前記作用極に流れる電流を測定することを特徴とする触媒反応生成物の電気化学的測定方法。
【請求項2】
請求項1に記載の触媒反応生成物の電気化学的測定方法において、
前記液槽は1つとされ、
前記作用極は複数配置され、
前記第1の液体は前記作用極の各々に対応して相互に連続することなく各独立に前記液槽に収容された複数の液塊とされ、
前記第2の液体は前記第1の液体の前記複数の液塊のすべてとそれぞれ液液界面を形成して接する連続した1つの液塊とされ、
前記対極及び前記参照極はそれぞれ1つとされていることを特徴とする触媒反応生成物の電気化学的測定方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の触媒反応生成物の電気化学的測定方法において、
前記作用極は前記液槽の底面に位置し、
前記第1の液体は前記底面上に位置して前記第2の液体によって覆われていることを特徴とする触媒反応生成物の電気化学的測定方法。
【請求項4】
請求項3に記載の触媒反応生成物の電気化学的測定方法において、
前記作用極の表面と、前記底面の、前記作用極の表面を囲む環状部位との少なくとも一方が親水化処理されていることを特徴とする触媒反応生成物の電気化学的測定方法。
【請求項5】
請求項3又は4に記載の触媒反応生成物の電気化学的測定方法において、
前記底面の前記第2の液体が位置する部位が疎水化処理されていることを特徴とする触媒反応生成物の電気化学的測定方法。
【請求項6】
請求項1に記載の触媒反応生成物の電気化学的測定方法において、
前記液槽の底面上にウェルが構成され、
前記作用極及び前記第1の液体は前記ウェルに位置していることを特徴とする触媒反応生成物の電気化学的測定方法。
【請求項7】
請求項2に記載の触媒反応生成物の電気化学的測定方法において、
前記液槽の底面上に複数のウェルが構成され、
複数の前記作用極はそれぞれ前記ウェルに位置し、
前記第1の液体の前記複数の液塊はそれぞれ前記ウェルに位置していることを特徴とする触媒反応生成物の電気化学的測定方法。
【請求項8】
請求項6又は7に記載の触媒反応生成物の電気化学的測定方法において、
前記作用極の表面と、前記ウェルに位置する前記底面との少なくとも一方が親水化処理されていることを特徴とする触媒反応生成物の電気化学的測定方法。
【請求項9】
溶液を収容することができる液槽がLSIチップ上に搭載された構造を有し、前記溶液内で進行する触媒反応によって生成される触媒反応生成物の電気化学的測定に用いるトランスデューサであって、
前記液槽の底面に画定されたセンサ領域には、前記LSIチップにアレイ状に配列されて設けられている複数の電極が位置し、
前記LSIチップは、前記複数の電極の表面と、前記複数の電極の表面をそれぞれ囲む複数の環状表面との少なくとも一方が親水化処理されていることを特徴とするトランスデューサ。
【請求項10】
請求項9に記載のトランスデューサにおいて、
前記センサ領域における前記複数の電極の表面と前記複数の環状表面以外の部位
が疎水化処理されている、もしくは
、前記センサ領域における前記複数の電極の表面以外の部位が疎水化処理されている
、ことを特徴とするトランスデューサ。
【請求項11】
溶液を収容することができる液槽がLSIチップ上に搭載された構造を有し、前記溶液内で進行する触媒反応によって生成される触媒反応生成物の電気化学的測定に用いるトランスデューサであって、
前記液槽の底面に画定されたセンサ領域には、前記LSIチップにアレイ状に配列されて設けられている複数の電極が位置し、
前記センサ領域における前記複数の電極の表面と前記
複数の電極の表面をそれぞれ囲む複数の環状表面以外の部位が疎水化処理されている、もしくは、前記センサ領域における前記複数の電極の表面以外の部位が疎水化処理されている、ことを特徴とするトランスデューサ。
【請求項12】
溶液を収容することができる液槽がLSIチップ上に搭載された構造を有し、前記溶液内で進行する触媒反応によって生成される触媒反応生成物の電気化学的測定に用いるトランスデューサであって、
前記液槽の底面に画定されたセンサ領域には、アレイ状に配列された複数のウェルが形成されており、
前記LSIチップに設けられている複数の電極はそれぞれ前記複数のウェルに位置していることを特徴とするトランスデューサ。
【請求項13】
請求項
12に記載のトランスデューサにおいて、
前記LSIチップは、前記複数の電極の表面と、前記複数の電極の表面をそれぞれ囲んで前記複数のウェルに位置する複数の環状表面との少なくとも一方が親水化処理されていることを特徴とするトランスデューサ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は測定溶液内で進行する触媒反応によって生成されて測定溶液に溶解している触媒反応生成物を電気化学的に測定する触媒反応生成物の電気化学的測定方法及びその電気化学的測定方法に用いるトランスデューサに関する。
【背景技術】
【0002】
酵素反応等、触媒反応によって生成されて測定溶液に溶解している触媒反応生成物の測定においては、測定の感度は測定溶液中の触媒反応生成物の濃度によって決まり、測定溶液中の触媒反応生成物の濃度を向上させるためには例えば触媒反応時間をより長くするのが好ましく、また測定溶液の体積をより小さくするのが好ましい。
【0003】
しかるに、測定溶液を極微量とすると蒸発によって測定溶液の体積が減少し、測定が不可能になってしまうことがあり、このような問題の発生は触媒反応時間を長くすると、より顕著となる。
【0004】
このような測定溶液の蒸発を回避することができる構成が特許文献1や非特許文献1に記載されており、特許文献1にはELISA(Enzyme-Linked Immuno Sorbent Assay:酵素結合免疫吸着法)に関連する測定手法において、酵素反応場である親水性溶媒の液滴を収容部(ウェル)内に位置させ、その液滴が位置する収容部を疎水性溶媒によって密閉する構成が記載されている。
【0005】
また、非特許文献1には同様にELISAに関連する測定手法において、親水性表面に疎水性領域を形成して親水性領域のパターンを形成し、その親水性領域のパターンに位置する酵素反応場である液滴をオイルによって覆う構成が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【文献】S. Sakakihara et al., “A Single-molecule enzymatic assay in a directly accessible femtoliter droplet array”, Lab Chip, 2010, 10, 3355-3362
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述したように、触媒反応場である測定溶液(以下、第1の液体と言う)を第2の液体で覆うようにすれば、第1の液体の蒸発を防ぐことができ、よって高感度の測定を良好に行うことができる。
【0009】
しかるに、特許文献1や非特許文献1に記載されている測定方法はいずれも蛍光基質を用いる分光学的測定によるものであって、比較的大がかりな測定装置を必要とし、また測定に用いる基質も高価であり、これらの点で測定コストがかかるものとなっていた。
【0010】
この発明の目的はこの問題に鑑み、触媒反応生成物の高感度の測定を安価かつコンパクトに実施可能な測定方法を提供することにあり、さらにその測定方法に用いるトランスデューサを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
請求項1の発明によれば、第1の液体内で進行する触媒反応によって生成されて第1の液体に溶解している触媒反応生成物を電気化学的に測定する触媒反応生成物の電気化学的測定方法は、液槽に第1の液体と、第1の液体と液液界面を形成して接し、触媒反応生成物が溶解しない第2の液体とを収容し、第1の液体内に作用極を配置し、第2の液体内に対極及び参照極を配置し、触媒反応生成物が作用極において酸化又は還元反応をすることで作用極に流れる電流を測定する。
【0012】
請求項2の発明では請求項1の発明において、液槽は1つとし、作用極は複数配置し、第1の液体は作用極の各々に対応して相互に連続することなく各独立に液槽に収容された複数の液塊とし、第2の液体は第1の液体の複数の液塊のすべてとそれぞれ液液界面を形成して接する連続した1つの液塊とし、対極及び参照極はそれぞれ1つとする。
【0013】
請求項3の発明では請求項1又は2の発明において、作用極は液槽の底面に位置し、第1の液体は前記底面上に位置して第2の液体によって覆われているものとされる。
【0014】
請求4の発明では請求項3の発明において、作用極の表面と、前記底面の、作用極の表面を囲む環状部位との少なくとも一方が親水化処理されているものとされる。
【0015】
請求項5の発明では請求項3又は4の発明において、前記底面の第2の液体が位置する部位が疎水化処理されているものとされる。
【0016】
請求6の発明では請求項1の発明において、液槽の底面上にウェルが構成され、作用極及び第1の液体はウェルに位置しているものとされる。
【0017】
請求7の発明では請求項2の発明において、液槽の底面上に複数のウェルが構成され、複数の作用極はそれぞれウェルに位置し、第1の液体の複数の液塊はそれぞれウェルに位置しているものとされる。
【0018】
請求項8の発明では請求項6又は7の発明において、作用極の表面と、ウェルに位置する前記底面との少なくとも一方が親水化処理されているものとされる。
【0019】
請求項9の発明によれば、溶液を収容することができる液槽がLSIチップ上に搭載された構造を有し、溶液内で進行する触媒反応によって生成される触媒反応生成物の電気化学的測定に用いるトランスデューサでは、液槽の底面に画定されたセンサ領域にLSIチップにアレイ状に配列されて設けられている複数の電極が位置し、LSIチップは複数の電極の表面と、複数の電極の表面をそれぞれ囲む複数の環状表面との少なくとも一方が親水化処理されているものとされる。
【0020】
請求項10の発明では請求項9の発明において、センサ領域における複数の電極の表面と前記複数の環状表面以外の部位が疎水化処理されている、もしくは、センサ領域における複数の電極の表面以外の部位が疎水化処理されている、ものとされる。請求項11の発明によれば、溶液を収容することができる液槽がLSIチップ上に搭載された構造を有し、溶液内で進行する触媒反応によって生成される触媒反応生成物の電気化学的測定に用いるトランスデューサでは、液槽の底面に画定されたセンサ領域にLSIチップにアレイ状に配列されて設けられている複数の電極が位置し、センサ領域における複数の電極の表面と複数の環状表面以外の部位が疎水化処理されている、もしくは、センサ領域における複数の電極の表面以外の部位が疎水化処理されている、ものとされる。
【0021】
請求項12の発明によれば、溶液を収容することができる液槽がLSIチップ上に搭載された構造を有し、溶液内で進行する触媒反応によって生成される触媒反応生成物の電気化学的測定に用いるトランスデューサでは、液槽の底面に画定されたセンサ領域にアレイ状に配列された複数のウェルが形成され、LSIチップに設けられている複数の電極はそれぞれ複数のウェルに位置しているものとされる。
【0022】
請求項13の発明では請求項12の発明において、LSIチップは複数の電極の表面と、複数の電極の表面をそれぞれ囲んで複数のウェルに位置する複数の環状表面との少なくとも一方が親水化処理されているものとされる。
【発明の効果】
【0023】
この発明による触媒反応生成物の電気化学的測定方法によれば、触媒反応が営まれる第1の液体は第2の液体によって覆われて蒸発が防がれるため、触媒反応生成物の高濃度を図るべく、第一の液体を極微量としても蒸発によって測定が不可能になるということは発生せず、よって高感度の測定を良好に実施することができる。そして、そのような高感度の測定を分光学的測定を用いる場合に比し、安価かつコンパクトに実施することができる。
【0024】
また、この発明によれば、このような触媒反応生成物の電気化学的測定に好適なトランスデューサを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】この発明による触媒反応生成物の電気化学的測定方法を説明するための図。
【
図2】Aは第1の液体の保持構造の第1の例を示す図、Bは第1の液体の保持構造の第2の例を示す図、Cは第1の液体の保持構造の第3の例を示す図、Dは第1の液体の保持構造の第4の例を示す図、Eは第1の液体の保持構造の第5の例を示す図。
【
図3】Aは第1の液体の保持構造の第6の例を示す図、Bは第1の液体の保持構造の第7の例を示す図、Cは第1の液体の保持構造の第8の例を示す図。
【
図4】ウェルによる第1の液体の保持構造の一例を説明するための図。
【
図5】ウェルによる第1の液体の保持構造の他の例を示す図。
【
図6】Aはこの発明によるトランスデューサの一実施例を示す平面図、Bはその断面図。
【
図8】
図6Aに示したトランスデューサにおける電極の配列を説明するための図。
【発明を実施するための形態】
【0026】
この発明の実施形態を図面を参照して実施例により説明する。
【0027】
この発明は第1の液体内で進行する触媒反応によって生成されて第1の液体に溶解している触媒反応生成物の測定に電気化学的測定を用いるものであり、
図1はこの発明による電気化学的測定を行う電気化学測定装置の構成例を模式的に示したものである。
【0028】
電気化学測定装置は液槽10を備え、液槽10には第1の液体20と、第1の液体20と液液界面を形成して接する第2の液体30とが収容されている。第1の液体20は
図1に示したように液槽10の底面11上に位置され、第2の液体30によって覆われている。
【0029】
作用極40は液槽10の底面11に配置されて第1の液体20内に位置している。対極50及び参照極60は第2の液体30内に配置され、第1の液体20と第2の液体30の液液界面を介して作用極40と電気的に接続されている。
図1中、70は塩橋を示す。
【0030】
作用極40、対極50及び参照極60はこの例ではポテンショスタット80に接続されており、ポテンショスタット80は可変電源81と電圧計82と電流計83とを含んで構成されている。
【0031】
上記のような構成において、触媒反応生成物は第2の液体30には溶解せず、第1の液体20内に閉じ込められ、触媒反応生成物が作用極40において酸化又は還元反応をすることで作用極40に電流が流れ、この電流を測定することで触媒反応生成物の測定、即ち検出や定量を行えるものとなっている。
【0032】
なお、
図1では簡略化して作用極40を1つのみ示しているが、作用極40は例えばアレイ状に配列されて複数配置される。複数の作用極40に対し、第1の液体20は作用極40の各々に対応して相互に連続することなく各独立した液塊とされ、第2の液体30はこれら第1の液体20の複数の液塊のすべてとそれぞれ液液界面を形成して接する連続した1つの液塊とされる。
【0033】
以下、この発明による電気化学的測定方法をELISAに用いる場合について説明する。
【0034】
ELISAは試料中に含まれる抗原または抗体を酵素で標識し、その酵素の反応生成物を測定することで、抗原抗体複合体の検出、定量を行うもので、例えばサンドイッチ法のELISAを電気化学的測定方法によって行う場合、
(1)作用極の直上または近傍表面を担体として捕捉抗体を固定化
(2)ブロッキング剤を添加
(3)検出抗原を添加
(4)一次抗体を添加
(5)酵素標識した二次抗体を添加
(6)基質を含む第1の液体(測定溶液)を添加、酵素反応により作用極近傍に酵素反応生成物を蓄積
(7)作用極を用い、酵素反応生成物を電気化学的に定量
といった操作を一般的に行う。なお、洗浄、インキュベーション等の操作は上記では省略している。
【0035】
この電気化学的測定方法において、この発明では
図1に示したように第1の液体20全体を第2の液体30で覆う操作を追加する。
【0036】
第2の液体30には第1の液体20に不溶で、かつ導電性を有する液体を用いる。ELISAにおいて第1の液体20には通常緩衝能を有する水溶液を使用するため、第2の液体30には水に不溶で、かつ導電性を得るための支持塩を溶解可能な有機溶媒を用いる。
【0037】
このような溶媒のうち、電気化学的測定の溶媒として扱いやすい、即ち常温において液状で、測定電位範囲内において水及び電極材料(金や白金等)との反応性が低い液体を用いるのが好ましい。例として挙げれば、ニトロベンゼン、ジクロロベンゼン、ニトロフェニルオクチルエーテル、ジクロロエタン、ジクロロブタン、ジクロロヘキサン、オクタノール、デカジエンが好適である。
【0038】
また、これらの溶媒に可溶で、液体に導電性を付与することが可能な支持塩には、一般的な非水溶液中での電気化学的測定に使用される支持塩を使用することができる。例として挙げれば、塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、過塩素酸イオン、テトラフルオロホウ酸イオン、ヘキサフルオロリン酸イオン及びスルホン酸イオンのうち、いずれか1つをアニオンとして有し、リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、ルビジウムイオン、セシウムイオン、アンモニウムイオン及び任意のアルキル鎖長を有するテトラアルキルアンモニウムイオンのうち、いずれか1つをカチオンとして有する塩が好適である。
【0039】
標識酵素及び基質の組み合わせには、電気化学活性を有し、かつ第1の液体20に可溶で第2の液体30に不溶な生成物を生成可能な組み合わせが選択される。第1の液体20が水溶液、第2の液体30が前述した有機溶媒である場合、標識酵素と基質の組み合わせとしては例えばアルカリホスファターゼとp-アミノフェニルリン酸の組み合わせや西洋わさびぺルオキシダーゼとフェリシアン化カリウムの組み合わせが好適である。
【0040】
この発明では高感度な測定を行うべく、極微量な第1の液体20が
図1に示したように作用極40と接触した状態で保持され、さらに作用極40、対極50、参照極60が第1の液体20及び第1の液体20を覆う第2の液体30を介して互いに電気的に接続されている状態を構築する必要がある。しかしながら、液槽10の底面11に位置する作用極40に例えば第1の液体20を滴下したのち、特段の工夫なしに第2の液体30を導入すると、第2の液体30の水力学的作用により第1の液体20が作用極40上より押し流されてしまうといったことが生じる。また、第1の液体20の密度が第2の液体30の密度より小さい場合には浮力の作用により第1の液体20は作用極40より引きはがされてしまう。このため、このような水力学的作用及び浮力の作用を上回る程度に第1の液体20を作用極40上に強く保持する必要がある。
【0041】
このような第1の液体20の保持のため、この発明では第1の液体20の保持構造を採用する。保持構造は、
a)作用極40の表面と、液槽10の底面11の、作用極40の表面を囲む環状部位との少なくとも一方の親水化処理
b)液槽10の底面11の第2の液体30が位置する部位の疎水化処理
c)a),b)の両方の処理
のいずれかとする。
【0042】
図2及び3は上記した処理による第1の液体20の保持構造の各種例を示したものであり、図中、91は親水化処理領域を示し、92は疎水化処理領域を示す。なお、
図2及び3では1つの作用極40についてのみ示しており、液槽10の底面11に位置する作用極40はこの例では円形の表面形状を有するものとなっている。
【0043】
図2Aは作用極40の表面と、液槽10の底面11の、作用極40の表面を囲む環状部位を親水化処理し、液槽10の底面11の第2の液体30が位置する部位を疎水化処理した例を示したものである。
【0044】
図2Bは作用極40の表面は親水化処理せず、液槽10の底面11の、作用極40の表面を囲む環状部位のみ親水化処理し、さらに液槽10の底面11の第2の液体30が位置する部位を疎水化処理した例を示したものである。
【0045】
図2Cは作用極40の表面と、液槽10の底面11の、作用極40の表面を囲む環状部位を親水化処理しただけの例を示したものである。
【0046】
図2Dは作用極40の表面は親水化処理せず、液槽10の底面11の、作用極40の表面を囲む環状部位のみを親水化処理しただけの例を示したものである。
【0047】
図2Eは親水化処理せず、液槽10の底面11の第2の液体30が位置する部位を疎水化処理しただけの例を示したものである。
【0048】
図3Aは作用極40の表面を親水化処理し、液槽10の底面11の、作用極40の表面以外の部位、即ち第2の液体30が位置する部位を疎水化処理した例を示したものである。
【0049】
図3Bは作用極40の表面を親水化処理しただけの例を示したものである。
【0050】
図3Cは親水化処理せず、液槽10の底面11の、作用極40の表面以外の部位、即ち第2の液体30が位置する部位を疎水化処理しただけの例を示したものである。
【0051】
一般的には第1の液体20の1つの液塊の、液槽10の底面11における大きさは作用極40の大きさより大きくされ、よって
図2A~Eに示したような第1の液体20の保持構造となるが、例えば作用極40の大きさや第1の液体20の液塊の大きさの選定によっては
図3A~Cに示したような第1の液体20の保持構造も採用しうる。
【0052】
第1の液体20を作用極40上に強く保持する上では
図2Aや
図3Aに示したように上記c)に記したa),b)両方の処理を行うのが好ましい。なお、作用極40の親水化処理の仕方によっては、作用極40表面の固液界面における電子移動速度を著しく低下させ、それによって測定の感度を低下させてしまうことも起こり得る。これを回避したい場合は
図2B,D,Eや
図3Cに示した第1の液体20の保持構造とする。
【0053】
作用極40の表面の親水化処理は、親水基を有する親水化剤を用いた作用極40の表面の化学修飾によって行うことができる。作用極40の材料が金や白金の場合、親水化剤には2-メルカプトエタンスルホン酸、2-アミノエタンチオール、3-メルカプトプロピオン酸等を用いることができる。これらの親水化剤は分子内に金や白金と選択的に結合可能な官能基を有するため、これらの親水化剤を含む溶液を液槽10の底面11に添加するだけで作用極40の表面のみを選択的に化学修飾することができる。
【0054】
なお、親水化剤が2-アミノエタンチオール、3-メルカプトプロピオン酸等の場合は、後に行う捕捉抗体の作用極40上への固定化の際、作用極40上に導入された活性なアミノ基、カルボキシル基をアンカー分子として利用することもできる。
【0055】
次に、液槽10の底面11の、作用極40の表面を囲む環状部位の親水化処理について説明する。作用極40は前述したようにアレイ状に配列されて複数配置されており、これら作用極40は具体的には基板等に配列形成されたものとなっており、この作用極40が配列形成された基板等が液槽10の底面11に位置される。よって、作用極40の表面を囲む環状部位は例えば基板の表面によって構成される。
【0056】
基板表面の親水化処理は、基板材料がガラス、石英、アルミナ、シリコン等の場合、さらにはシリコン表面にシリコン窒化膜が形成されているような場合、アッシング処理やUVオゾン処理等により一時的に表面を活性化した後、ヒドロキシル基、アミノ基、カルボキシル基等の親水基を分子内に有するシランカップリング剤等で処理することで行うことができる。
【0057】
液槽10の底面11に上述したように作用極40が配列形成された基板が位置する場合、第2の液体30は基板上に位置することになる。
【0058】
基板表面の疎水化処理は疎水性の感光性樹脂を用いたフォトリソグラフィによって行うことができ、これにより所定の領域のみ選択的に疎水化処理することができる。また、適当な感光性樹脂により疎水化しない部分のみマスクし、基板表面全体を疎水化剤で処理したのち、マスクに用いた感光性樹脂を溶媒により溶解除去することによっても基板表面の選択的な疎水化処理を行うことができる。このような疎水化剤には基板材料が上記した材料の場合、ヘキサメチルジシラザン、ジメチルオクタデシルクロロシラン等、疎水基を有する有機シラン化合物を用いることができる。
【0059】
以上、第1の液体20の保持構造として親水化処理や疎水化処理を行う場合について説明したが、次にウェルによる第1の液体20の保持構造について
図4を参照して説明する。
【0060】
図4(1)は液槽10の底面11上にウェル100が構成された状態を示したものであり、作用極40はウェル100に位置している。このようなウェル100は例えば感光性樹脂を用いたフォトリソグラフィによって形成することができる。図中、101は硬化した樹脂層を示す。
【0061】
図4(2)はウェル100に第1の液体20が滴下され、導入された状態を示したものであり、
図4(3)はさらに第2の液体30が液槽10に導入された状態を示したものである。第1の液体20及び第2の液体30は前述した第1の液体20及び第2の液体30と同様の液体を用いることができ、このようなウェル100を形成することによっても第1の液体20を作用極40上に保持することができる。
【0062】
なお、液槽10の底面11にアレイ状に配列されて複数の作用極40が位置する場合、液槽10の底面11上には複数の作用極40と対応して複数のウェル100がアレイ状に配列されて構成され、作用極40はそれぞれウェル100に位置される。そして、複数のウェル100にはそれぞれ第1の液体20の液塊が位置される。
【0063】
図5はウェル100における第1の液体20の保持力を向上させるため、作用極40の表面とウェル100に位置する液槽10の底面、具体的に言えば作用極40の表面を囲む基板の表面とを前述した親水化処理と同様に親水化処理した例を示したものである。このようにウェル100の内部底面を親水化処理してもよい。なお、親水化処理領域91は作用極40の表面だけとしてもよく、またウェル100の内部底面における作用極40の表面を囲む環状部位だけとしてもよい。
【0064】
ここまでELISAを例に、この発明による触媒反応生成物の電気化学的測定方法について説明したが、この発明による触媒反応生成物の電気化学的測定方法によれば、以下の効果を得ることができる。
【0065】
1)第1の液体20は第2の液体30によって覆われているので蒸発を防ぐことができ、よって高感度の測定を良好に行うことができる。
【0066】
2)分光学的測定のように比較的大がかりな測定装置を必要とし、また高価な基質を用いる測定方法に比べ、安価かつコンパクトに測定を実施することができる。
【0067】
3)複数の作用極40を備え、それら作用極40によって多数の測定を同時に行う多点検出(網羅的多点検出)においては、第1の液体20の液塊どうしが第2の液体30によって相互に分離されているため、クロストークを防止することができ、高精度の測定を行うことができる。
【0068】
4)触媒反応生成物の濃度向上のため、第1の液体20の液塊を微小としても、対極50及び参照極60は第2の液体30に配置されるため、対極50及び参照極60を微小化する必要はなく、よって対極50及び参照極60を容易に構成、配置することができる。
【0069】
5)多点検出においては多数の作用極40に対し、対極50及び参照極60はそれぞれ液槽10に1つあればよく、この点でもコンパクトに測定を実施することができる。
【0070】
このような効果を奏するこの発明による電気化学的測定方法は、第1の液体20中で進行する触媒反応による生成物が測定対象であり、その触媒反応の進行に伴って触媒反応生成物の第1の液体20中での濃度が増大し、その触媒反応生成物が電気化学的に測定可能であって、かつそれが溶解しない第2の液体30を選べるならば、その測定に適用することができる。
【0071】
なお、上述したELISAの例では触媒として酵素を用いているが、触媒はこれに限らない。例えば、金属触媒、リボザイム、酵素を表面あるいは内部に有する細胞、オルガネラ、またはこれらを人工的に吸着、結合させた微粒子、ベシクル等を用いることもできる。
【0072】
また、上述したELISAの例では触媒を作用極40の直上または底面11の作用極40の近傍の部位に担持する手法として、予め作用極40または底面11のその近傍部位の表面に吸着させた捕捉抗体に、検出抗原、一次抗体を介して酵素標識二次抗体を相互作用させ、抗原-抗体-酵素複合体を形成することで、間接的に触媒を担持する手法を用いたが、触媒を担持する手法はこれに限らない。例えば、予め前記表面に吸着させたプローブDNAに、プローブDNAと相補的で、かつ触媒で標識された一本鎖DNAをハイブリダイゼーションさせることで、間接的に触媒を担持してもよい。
【0073】
同様に、予め前記表面に吸着させた抗原、ペプチド、糖鎖等に、これら分子に特異的に吸着し、かつ触媒で標識された抗体、レクチン等を相互作用させることで、間接的に触媒を担持してもよい。
【0074】
このような担持手順は、前記表面に吸着させた物質と、触媒で標識された物質との相互作用の有無や程度を測定する目的で、DNAチップやプロテインチップの測定を行う際に用いることができる。
【0075】
あるいは、触媒そのものの活性を測定することを目的とした場合は、触媒を直接前記表面に担持してもよい。
【0076】
次に、上述した触媒反応生成物の電気化学的測定に用いて好適なこの発明によるトランスデューサの構成について
図6~8を参照して説明する。
【0077】
このトランスデューサはバイオLSIチップと称されるもので、溶液110を収容することができる液槽120がLSIチップ130上に搭載された構成となっている。液槽120の中央には穴121が形成されており、LSIチップ130はこの穴121の下端に穴121を塞ぐように配置されている。
【0078】
LSIチップ130及び液槽120は基板140上に搭載固定されており、基板140にはトランスデューサの制御を行う外部装置との接続用の多数の配線パターン141が形成されている。
図6B中、150はLSIチップ130と配線パターン141とを接続するボンディングワイヤを示す。
【0079】
LSIチップ130の上面にはセンサ領域131が構成されている。
図6A及び
図7ではセンサ領域131をハッチングを付して示しており、液槽120の底面の穴121の位置にセンサ領域131は画定されている。
【0080】
図6及び
図7では詳細図示を省略しているが、この例ではセンサ領域131に、作用極として機能するφ40μmの電極132が250μmピッチで20×20=400個、アレイ状に配列されて形成されている。
図8は電極132が配列形成されているセンサ領域131の一部を示したものである。電極132の構成材料はこの例では金とされ、電極132以外の少なくともセンサ領域131を含むLSIチップ130の上面はシリコン窒化膜よりなるものとされている。LSIチップ130は各電極132での酸化又は還元反応を電流値として検出し、増幅する機能等を備えている。
【0081】
上記のような構成を有するLSIチップ130において、この例では各電極132の表面と、各電極132の表面をそれぞれ囲む環状表面とに、前述の
図2及び
図3に示したような親水化処理や疎水化処理のいずれかが施されているか、あるいは
図4及び
図5を参照して説明したようなウェルがアレイ状に配列されて形成されているものとされる。このような構造を有することにより、このトランスデューサは触媒反応が営まれる第1の液体の液塊を各電極132上に強く保持することができるものとなっている。なお、
図6及び
図7において溶液110として示しているものは第1の液体を覆う第2の液体であって、第1の液体の微小な液塊の図示は省略している。
【0082】
図6中に示した対極160及び参照極170はトランスデューサとは別部品とされ、測定時に第2の液体中に投入される。
【符号の説明】
【0083】
10 液槽 11 底面
20 第1の液体 30 第2の液体
40 作用極 50 対極
60 参照極 70 塩橋
80 ポテンショスタット 81 可変電源
82 電圧計 83 電流計
91 親水化処理領域 92 疎水化処理領域
100 ウェル 101 樹脂層
110 溶液 120 液槽
121 穴 130 LSIチップ
131 センサ領域 132 電極
140 基板 141 配線パターン
150 ボンディングワイヤ 160 対極
170 参照極