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  • 特許-沢庵の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-01
(45)【発行日】2023-02-09
(54)【発明の名称】沢庵の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A23B 7/10 20060101AFI20230202BHJP
【FI】
A23B7/10 A
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019058150
(22)【出願日】2019-03-26
(65)【公開番号】P2020156378
(43)【公開日】2020-10-01
【審査請求日】2022-01-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000124926
【氏名又は名称】会津天宝醸造株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000051
【氏名又は名称】弁理士法人共生国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】満 田 盛 護
【審査官】戸来 幸男
(56)【参考文献】
【文献】特開昭51-112544(JP,A)
【文献】特開昭53-34953(JP,A)
【文献】特開昭63-209539(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23B 7/00-7/16
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
日経テレコン
Google
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩漬し、水洗した大根を調味液に漬けた後、封入液とともに非通気性フィルムからなる袋体内に収納して密封し、前記密封状態で80~90℃の温度域で加熱後、0~5℃の温度域で4~6年冷蔵保存することを特徴とする沢庵の製造方法。
【請求項2】
前記調味液は、塩、米麹、米を含む麹漬け調味液であることを特徴とする請求項1に記載の沢庵の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、沢庵の製造方法に係り、詳しくは、塩漬け沢庵を熟成した深みのある味わいの長期熟成沢庵の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
沢庵は、大根を主原料とした最も一般に普及している漬け物の一つであり、古くから広く食用され、中でも、長期熟成沢庵は、風味豊かで深みのある熟成感を有しており広く好まれている。
また、沢庵は日本各地で独特な味付けで作られており、例えば、福島県、山形県、秋田県などで江戸時代から伝わる三五八漬け沢庵は、塩、米麹、米を3:5:8の割合で合わせた漬け床に漬けることから、そう呼ばれている。
三五八漬け沢庵のような塩、米麹、米の漬け床につける麹漬け沢庵は、米麹を使用するので、麹の酵素によって栄養成分を消化・吸収しやすくする作用があり、また、麹菌は代謝される際にビタミンBやB、Bなどのビタミン類を生成し、疲労回復の効果や脂質の代謝促進の効果を有する。
【0003】
一方、麹漬け沢庵は、熟成風味を持たせるために長期醗酵を行うと過醗酵により熟成風味よりも酸味が強くなる傾向があり、低温発酵により過醗酵を抑制する方策がとられているが、どうしても酸味と熟成風味のバランスが取りにくいという課題を抱えている。
このような課題に対し、熟成風味のみを高める方法として、特許文献1には、漬物を製造する際にラカンカ抽出物を含有する漬物用調味剤を野菜に添加して漬物の熟成感を増強させる漬物の製造方法が開示されている。しかしながら、特許文献1に記載された方法では、長期熟成品独特の深みのある熟成感が得られない。
また、特許文献2には、漬物表面に強固な氷のグレーズを形成し、-20~-50℃で凍結保存する技術が開示されている。この方法では、長期の保存は可能となるものの、-20~-50℃の温度下では、長期保存しても熟成風味を増大させる沢庵の変化が起こらない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2015-208247号公報
【文献】特開平03-020221号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記従来技術の課題に鑑みてなされたものであって、本発明の目的は、酸味を抑えつつ熟成風味を増大させた熟成沢庵の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本願発明者は、熟成沢庵の酸味を抑えつつ熟成風味を増大させるために、各種熟成条件下における沢庵の変化について検討した。
沢庵には呈味成分として各種アミノ酸が含まれている。人間の五感の一つである味覚には、「甘味」「酸味」「塩味」「苦味」「旨味」の5種の味覚が存在し、アミノ酸は、種類に応じてこれらの味覚を呈することが知られている。
【0007】
長期熟成していない麹漬け沢庵に含まれるアミノ酸などの呈味成分の内訳は、グルタミン酸が約50%、アラニンが約20%、アルギニンが約10%、γ‐アミノ酪酸が約4%である。
本願発明者は、各種熟成条件下における沢庵の呈味成分量を分析し、熟成風味が増大するにつれ、旨味成分のグルタミン酸と甘味成分のアラニンが減少し、苦味成分のアルギニンと酸味、塩味成分のγ‐アミノ酪酸が増大することを見出し、この結果に基づいて酸味と熟成風味のバランスの取れる条件を見出し本発明を完成するに至った。
【0008】
上記目的を達成するためになされた本発明の一実施形態による沢庵の製造方法は、塩漬し、水洗した大根を調味液に漬けた後、封入液とともに非通気性フィルムからなる袋体内に収納して密閉し、前記密封状態で80~90℃の温度域で加熱後、0~5℃の温度域で4~6年冷蔵保存することを特徴とする。
【0009】
前記調味液は、塩、米麹、米を含む麹漬け調味液であることが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明の沢庵の製造方法によれば、酸味が程良く抑えられ熟成風味豊かな熟成沢庵が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の一実施形態による沢庵の製造工程を説明するためのフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の沢庵の製造方法を実施するための形態の具体例を、図面を参照しながら詳細に説明する。
図1は、本発明の一実施形態による沢庵の製造工程を説明するためのフロー図である。
本実施形態の沢庵の製造工程は、原料の大根を受け入れ一次洗浄する工程、受け入れた大根を塩漬けする工程、塩漬けされた大根を洗浄し裁断する工程、裁断された塩押し大根を所定の塩農度に脱塩する工程、塩分量が調整された塩押し大根を調味液に漬け込む工程、調味漬け工程を完了した沢庵を包装袋に詰め封入液を充填して密閉する工程、封入液を充填して包装袋に密閉された沢庵を加熱する工程、加熱後の沢庵入り包装袋を冷却する工程、冷却された沢庵を低温熟成する工程、低温熟成後の沢庵入り包装袋を検査、梱包する工程からなる。
【0013】
原料の大根を受け入れ一次洗浄する工程は、収穫された大根を鮮度が落ちないうちに受け入れ、塩漬けするための一次洗浄を施す工程である。沢庵の原料となる大根は、収穫時期に大量に受け入れ、次工程の塩漬けを行って塩蔵される。これにより大根の非生産時期においても安定して沢庵を供給できるようになっている。
【0014】
塩漬け工程は、大根の余分な水分を取り除き、細胞の原形質分離を起こさせることで調味液を染み込み易くし、食感に適度な歯ごたえを与えるために行う工程である。塩漬け工程において原料大根に対する食塩の使用量は、一般に、大根100質量部に対して15質量部以下の量が添加される。最初の塩漬け(一押し)が終わった大根は、通常、漬け替えを繰り返し(二押し、三押し)、塩漬け工程を完了する。
塩漬け工程の温度及び期間は、製造を行う季節、作業をする地域、製造者の設備、最終製品の味や歯ごたえ等を考慮して適宜決定できるが、通常は、常温以下の温度で1~3週間の期間行われる。
【0015】
塩漬けが完了した塩押し大根は、必要量を取り出し残りは塩蔵保管される。取り出された塩押し大根は洗浄した後所定の長さに裁断され、不良品を取り除いて、種々の製品に合わせて選別される。
裁断、選別された塩押し大根は、所定の塩分量になるように脱塩する。脱塩は、水洗により行うことができる。
【0016】
所定の塩分量に調整された塩押し大根は漬物容器に調味液とともに漬け込まれ、調味漬け工程が行われる。調味漬け工程は、沢庵の特徴的な味付けを行う工程であり、大根の種類や産地、製造元の特色を出した味付けを行うため、種々の組成配合の調味液を用いる。
調味漬け工程で用いる調味液は、例えば、三五八漬けのような麹漬けでは、塩、米麹、米のほかに、沢庵の呈味を改善するために、異性化糖類、砂糖などの糖類やこれらに水添した糖アルコール類、クエン酸やリンゴ酸などの有機酸類、アミノ酸などの調味料などを用いる。調味液には、更に酸化防止剤を含んでもよい。
【0017】
調味漬け工程は、酵母などの醗酵性微生物の過発酵を抑えるため、室温より低い温度にて作業する場合が一般的である。
調味漬け工程では、所定時間ごとに、塩押し大根の上下を入れ替える天地返しを行い、全体に均一に調味液が浸透するようにすることが好ましい。また、調味漬け工程は、塩分調整、濁り除去、調味材料の追加のために、2段階に分けて漬け替えを行ってもよい。
調味漬け工程の期間は、通常、室温より低い温度にて1~2週間の期間行われる。
【0018】
調味漬け工程を完了した沢庵は、塩分や漬け上り状態を確認した後、包装袋に詰め封入液を充填して密閉する。
包装袋は、ポリエチレンテレフタレート、ポリオレフィン、ナイロン、ポリ塩化ビニリデン、エバール樹脂等を多層に組み合わせた低酸素透過性高耐寒性の真空包装可能な樹脂包装袋が好ましい。
【0019】
封入液を充填して包装袋に密閉された沢庵は、80~90℃に加熱する。加熱により麹菌等の微生物は死滅するが、これによりこの工程の後に行われる沢庵の長期熟成において、過醗酵を防止し、酸味が強くなりすぎることを防止することができる。包装袋に密閉された沢庵の加熱は湯煎で行うのが好ましく、加熱時間は、20~40分行うのが好ましい。
【0020】
加熱後の沢庵は、冷却され恒温室で低温熟成する。加熱後の低温熟成は、加熱により麹菌等の微生物は死滅しているため発酵は進まず、沢庵の酸味の増大は抑えられる。一方、沢庵中のアミノ酸成分は、加熱後の低温熟成によりゆっくりと変化する。すなわち、熟成期間が進むにつれ旨味成分のグルタミン酸と甘味成分のアラニンが減少し、苦味成分のアルギニンと酸味、塩味成分のγ‐アミノ酪酸が増大し、それとともに沢庵の熟成風味が増大する。
低温熟成の温度は、0~5℃の温度域で行う。0℃より低い温度では上記アミノ酸の変化は著しく遅くなり、熟成期間を延ばしても十分な熟成風味が得られない。
また、5℃より高い温度で熟成すると、苦味成分のアルギニンの増加速度が著しく低下し、沢庵の熟成風味も増大しない。
低温熟成の期間は、4~6年である。低温熟成の期間が4年より短いと沢庵の熟成風味が十分でなく、低温熟成の期間が6年を超えると、呈味成分中のアルギニンの比率が高まるためか、苦味が強くなり沢庵の熟成風味が損なわれる。
【実施例
【0021】
以下、実施例により本発明を具体的に説明する。
【0022】
<低温熟成期間の検討>
収穫された大根を鮮度が落ちないうちに受け入れ、一次洗浄を行った後、5~10℃に調温された恒温室内で2週間塩漬けを行った。塩漬けが完了した塩押し大根を洗浄、裁断の後所定の塩分量になるように脱塩し、漬物容器に調味液とともに漬け込み、5~10℃に調温された恒温室内で1週間調味漬けを行った。調味液組成は表1に示す。
調味漬け工程を完了した沢庵は、塩分や漬け上り状態を確認した後、厚さ83μmの透明多層フィルム包装袋に詰め、封入液を充填して密閉し、湯煎にて80℃、30分間加熱した。封入液組成は表1に示す調味液と同一である。
加熱後の沢庵包装体は、内部温度が0℃になるまで冷却した後、0~5℃の範囲になるよう調温した恒温室に静置し、低温熟成を行った。低温熟成期間は、最長7年まで実施した。
【0023】
【表1】
【0024】
<呈味成分の分析>
高速アミノ酸分析機を使用して遊離アミノ酸及びγ‐アミノ酪酸の量を測定した。
遊離アミノ酸総量にγ‐アミノ酪酸量を加えた量を呈味成分合計量とし、グルタミン酸、アラニン、アルギニン、γ‐アミノ酪酸の呈味成分合計量中の重量比率を求め、結果を表2に示した。
【表2】
【0025】
表2に示すように、低温熟成期間の経過とともに、旨味成分のグルタミン酸と甘味成分のアラニンの比率が減少し、苦味成分のアルギニンと酸味、塩味成分のγ‐アミノ酪酸の比率が増大している。
【0026】
<沢庵の味覚の官能試験>
低温熟成試験のサンプルについて、沢庵の味覚の官能試験をサンプリング年の低温熟成0年度品と比較して行った。
味覚の官能試験の評価基準は以下の通り。
(1)熟成風味
-1:苦味が強く、熟成風味が損なわれている
0:0年熟成品と変わらない
+1:やや熟成風味が感じられる
+2:熟成風味が強く感じられる
(2)酸味と熟成風味のバランス
-1:熟成風味よりも酸味が強い
0:0年熟成品と変わらない
+1:熟成風味も酸味も強く両者のバランスが取れている
評価結果を表3に示す。
【0027】
【表3】
【0028】
表3に示すように、低温熟成期間が1年では沢庵の熟成風味は0年熟成品と変わらず、3年でもやや熟成風味が感じられる程度であるが、5年熟成品は熟成風味が強く感じられるようになり、熟成風味も酸味も強くなり、熟成風味と酸味のバランスが良くとれるようになる。しかし、低温熟成7年になると苦味が強くなり、熟成風味が損なわれるようになり、熟成風味よりも酸味が強く感じられるようになる。
前述の呈味成分の分析結果によれば、低温熟成期間が長くなると、旨味成分のグルタミン酸と甘味成分のアラニンの比率が減少し、苦味成分のアルギニンと酸味、塩味成分のγ‐アミノ酪酸の比率が増大しており、沢庵の熟成風味には、旨味と甘味成分の量と苦味、酸味、塩味成分の量比が大きくかかわっていると考えられる。
すなわち、旨味と甘味成分のグルタミン酸とアラニンが減少し、苦味、酸味、塩味成分のアルギニンとγ‐アミノ酪酸が増加するにつれ沢庵の熟成風味が増大し、グルタミン酸とアラニンが減少し過ぎ、苦味、酸味、塩味成分のアルギニンとγ‐アミノ酪酸が増加し過ぎるとかえって沢庵の熟成風味が損なわれるものと推測される。
【0029】
<熟成温度の影響>
前述の熟成期間0年品について、0~5℃の範囲になるよう調温した恒温室に1ヶ月静置した沢庵と20~25℃の範囲になるよう調温した恒温室に1ヶ月静置した沢庵の呈味成分の分析を行い、熟成温度の呈味成分への影響を調べた。遊離アミノ酸総量にγ‐アミノ酪酸量を加えた量を呈味成分合計量とし、グルタミン酸、アラニン、アルギニン、γ‐アミノ酪酸の呈味成分合計量中の重量比率を求め、結果を表4に示した。
【0030】
【表4】
【0031】
表2に示すように、0~5℃で1ヶ月間低温熟成させたものの呈味成分比率は、熟成期間0年品とほぼ同等であるが、20~25℃で恒温室に1ヶ月静置したものは、アルギニンの比率が大きく減少しており、20~25℃の熟成では十分な熟成風味が得られないことが推測される。
図1