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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-01
(45)【発行日】2023-02-09
(54)【発明の名称】物質波のための非相反フィルター
(51)【国際特許分類】
   H10N 50/00 20230101AFI20230202BHJP
   H01L 29/06 20060101ALI20230202BHJP
   H01L 29/66 20060101ALI20230202BHJP
   H01L 29/80 20060101ALI20230202BHJP
   H01L 33/06 20100101ALI20230202BHJP
【FI】
H01L43/00
H01L29/06 601L
H01L29/66 M
H01L29/80 A
H01L33/06
【請求項の数】 17
(21)【出願番号】P 2020541903
(86)(22)【出願日】2019-02-04
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2021-06-17
(86)【国際出願番号】 EP2019052634
(87)【国際公開番号】W WO2019166187
(87)【国際公開日】2019-09-06
【審査請求日】2020-09-29
(31)【優先権主張番号】18159767.5
(32)【優先日】2018-03-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】301033396
【氏名又は名称】マックス-プランク-ゲゼルシャフト ツール フォーデルング デル ヴィッセンシャフテン エー.ヴェー.
(74)【代理人】
【識別番号】110002952
【氏名又は名称】弁理士法人鷲田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】マンハルト ヨッヒェン
【審査官】加藤 俊哉
(56)【参考文献】
【文献】特開平02-139969(JP,A)
【文献】特開2014-142425(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 43/00
H01L 29/06
H01L 29/66
H01L 29/80
H01L 33/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
量子デバイス(10;20;30;40;50;60;70)であって、
第1の端子(A)および第2の端子(B)と、
前記第1の端子と前記第2の端子の間に接続されており、かつ、微細粒子を、前記第1の端子から前記第2の端子に、および場合によっては前記第2の端子から前記第1の端子に、少なくとも部分的に位相コヒーレントに伝達するように構成されている、非相反伝達構造(non-reciprocal transmission structure)と、
を備えており、
前記非相反伝達構造の少なくとも一部に関して、前記微細粒子の伝達の時間反転対称性が破られ、
前記第2の端子から前記第1の端子への第2の方向に移動する微細粒子よりも、前記第1の端子から前記第2の端子への第1の方向に移動する微細粒子に対する、より高い伝達確率によって構成される非対称の電流の流れを提供するように、前記非相反伝達構造が構成されるという方法で、前記時間反転対称性が破られ、
前記量子デバイスは、周囲の熱浴から熱エネルギーを取り出し、前記熱エネルギーを前記微細粒子の移動に変換し、それにより、前記量子デバイスは、前記熱エネルギーを前記非対称の電流の流れに変換する、
量子デバイス(10;20;30;40;50;60;70)。
【請求項2】
前記第1の端子および前記第2の端子の一方または両方に外部から電圧または電流を印加することなく、前記より高い伝達確率が存在する、
請求項1に記載の量子デバイス(10;20;30;40;50;60;70)。
【請求項3】
前記非相反伝達構造が、少なくとも2つの伝達経路を備えており、
粒子波に関連付けられる微細粒子が、前記第1の端子および前記第2の端子の一方から発せられ、前記第1の方向および前記第2の方向に前記伝達経路を伝搬する部分波にそれぞれ分割され、
前記第1の方向に伝搬する第1の部分波が、前記第2の端子において合流して互いに干渉し、前記第2の方向に伝搬する第2の部分波が、前記第1の端子において合流して互いに干渉し、前記第1の部分波が、前記第2の部分波よりも強め合うように干渉する、
請求項1または請求項2に記載の量子デバイス(10;30;40;60;70)。
【請求項4】
前記第1の端子と前記第2の端子との間に接続されている第1の伝達経路(11;31;42;71)と、
前記第1の端子と前記第2の端子との間に接続されている第2の伝達経路(12;32;41;72)と、
を備えており、
前記微細粒子の伝達の前記時間反転対称性が、前記第1の伝達経路において破られる、
請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の量子デバイス(10;30;40;60;70)。
【請求項5】
前記第1および第2の伝達経路の長さlが、選択的な位相コヒーレントな微細粒子の伝達が保証されるように選択される、
請求項4に記載の量子デバイス。
【請求項6】
磁気モーメントに関連付けられるスピンをそれぞれが有する前記微細粒子であって、第1の伝達経路(11)において微細粒子の前記磁気モーメントが整列されている、前記微細粒子と、
前記磁気モーメントの方向に垂直でありかつ前記第1の伝達経路(11)における微細粒子の伝達の方向に垂直な向きにある成分、を含む電界と、
第1の材料を含む前記第1の伝達経路(11)であって、前記第1の材料が、第1のスピン軌道結合強度αおよび第1の粒子群速度vを有する、前記第1の伝達経路(11)と、
第2の材料を含む第2の伝達経路(12)であって、前記第2の材料が、前記第1のスピン軌道結合強度αとは異なる第2のスピン軌道結合強度αと、前記第1の粒子群速度vとは異なる第2の粒子群速度vとを有する、前記第2の伝達経路(12)と、
をさらに備えている、請求項4に記載の量子デバイス(10)。
【請求項7】
第1の部分波が第2の部分波よりも強め合うように干渉するように、α,α,v,およびvの値が選択される、
請求項6に記載の量子デバイス(10)。
【請求項8】
前記第1の伝達経路の前記第1の材料において微細粒子の前記磁気モーメントを整列させる目的で印加される磁界、
をさらに備えている、請求項6または請求項7に記載の量子デバイス(10)。
【請求項9】
前記磁界が、前記微細粒子の前記伝達の方向に垂直でありかつ前記電界の方向に垂直な向きにある成分を含む、
請求項8に記載の量子デバイス(10)。
【請求項10】
前記電界が、前記第1の伝達経路の前記第1の材料において生成される、
請求項6から請求項9のいずれか1項に記載の量子デバイス(10)。
【請求項11】
前記微細粒子が、電子、中性子、陽子、原子、光子、またはイオン、のいずれか1種類から構成されている、
請求項1から請求項10のいずれか1項に記載の量子デバイス(10;20;30;40;50;60;70)。
【請求項12】
第1の伝達経路(41)および第2の伝達経路(42)に垂直な成分を含む磁界と、
前記伝達経路の一方(42)の少なくとも一部に垂直でありかつ前記磁界の前記成分に垂直である成分を含む電界と、
をさらに備えている、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の量子デバイス(40)。
【請求項13】
前記非相反伝達構造が、トンネル障壁(71A)を有する少なくとも1つの伝達経路(71)、を備えている、
請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の量子デバイス(70)。
【請求項14】
粒子波に関連する微細粒子が、前記第1の端子および前記第2の端子の一方から発せられ、前記第1の方向および前記第2の方向に伝達経路を伝搬する部分波にそれぞれ分割され、
前記第1の方向に伝搬する第1の部分波が、前記第2の方向に伝搬する第2の部分波とは異なって、基本材料または印加された磁界による影響を受ける、
請求項4に記載の量子デバイス。
【請求項15】
請求項1から請求項14のいずれか1項に記載の2つ以上の量子デバイス(110;210;310)のアレイ(100;200;300)であって、
前記量子デバイスが、直列に、および/または、並列もしくは逆並列に、互いに接続されている、
量子デバイス(110;210;310)のアレイ(100;200;300)。
【請求項16】
請求項1から請求項14のいずれか1項に記載の量子デバイスまたは請求項15に記載のアレイの使用であって、以下、すなわち、
- 電流または電圧の1つまたは複数の形で電力を発生させる、
- 微細粒子を、それらの群速度に従ってフィルタリングする、
- 微細粒子を、それらの伝達方向に従ってフィルタリングする、
- 微細粒子を、それらのスピン方向に従ってフィルタリングする、
- 微細粒子を、それらの谷占有(valley occupancy)に従ってフィルタリングする、
のいずれか1つを目的とする使用。
【請求項17】
前記量子デバイスが、周囲の温度より低い温度または同じ温度で動作する、
請求項16に記載の、量子デバイスの使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子デバイスと、複数の相互接続された量子デバイスのアレイと、さまざまな用途における量子デバイスまたは複数の相互接続された量子デバイスの使用とに関する。開示される量子デバイスは伝達の非対称性(transmission asymmetry)を備えており、伝達の非対称性とは、本質的には、特殊な種類の伝達構造の中の微細粒子の流れが、第1の方向において、反対の第2の方向におけるよりも起こる可能性が高いことを意味する。このことは、基本的には、伝達構造の一部において粒子の運動の時間不変対称性(time invariance symmetry)、さらに場合によっては空間不変対称性(spatial invariance symmetry)を破ることによって、達成することができる。1つの可能な実施形態としては、異なる特性(例えば、異なるスピン軌道結合(spin-orbit coupling)および異なる粒子速度、または、異なるベクトルポテンシャルおよび異なる粒子速度、のいずれか)を有する2つの伝達チャネル、を備えた構造、が挙げられる。本量子デバイス、または相互接続された量子デバイスのアレイは、信号・データ処理の用途、電力の発生、(例えば粒子の速度や運動方向に従っての)粒子のフィルタリング、に使用することができる。
【背景技術】
【0002】
背景技術を説明する目的で、以下の従来技術を参照する。
【0003】
[1]非特許文献1
[2]非特許文献2
[3]非特許文献3
[4]非特許文献4
[5]非特許文献5
[6]非特許文献6
[7]非特許文献7
[8]非特許文献8
[9]非特許文献9
[10]非特許文献10
[11]非特許文献11
【0004】
長い間、科学者や開発者の間では、自己作用式に(in a self-acting manner)所望の方向に状態を変化させることのできる(したがって例えばエネルギーを発生させたり、要素や粒子の方向を選別したりすることのできる)さまざまな種類のシステムや装置を開発する努力が続けられてきた。例えば、熱雑音電流(thermal noise currents)を自動的に整流できる電気デバイスを設計することが可能であるかという問いが、長年にわたり議論されてきた。このような電気デバイスは、例えば、「自己整流ダイオード(self-rectifying diode)」という用語の下で提案され、本質的には半導体のpn接合に基づくものであった(例えば非特許文献1および非特許文献2を参照)。しかしながら、機能するデバイスが実証されたことはない。
【0005】
本発明は、上に説明した、所望の方向に自己作用式または自動的に状態を変化させることのできるデバイスの例を提示する新規の量子デバイスを提供するとともに、このデバイスが、さまざまな可能な用途の基礎となることを示す。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】L. Brillouin, Phys. Rev. 78, 627 (1950).
【文献】R. McFee, Am. Journ. Phys. 39, 814 (1971) and references therein.
【文献】A. Manchon et al., Nat. Mat. 14, 871 (2015).
【文献】D. Bercioux and P. Lucignano, Rep. Prog. Phys. 78(2015) 106001
【文献】L.D. Landau and E.M. Lifshitz, chap. XVII in “Quantum Mechanics: Non-Relativistic Theory”, vol. 3 of “Course of Theoretical Physics” (2nd ed.), Pergamon Press
【文献】H.R. Quinn, Journ. Phys.: Conf. Ser. 171, 012001 (2009).
【文献】S. Pascazio, Open Syst. Inf. Dyn. 21, 1440007 (2014).
【文献】A. Signoles, A. Facon, D. Grosso, I. Dotsenko, S. Haroche, J.-M. Raimond, M. Brune and S. Gleyzes, Nat. Phys. 10, 715 (2014).
【文献】A. Rycerz, J. Tworzydlo, and C. W. J. Beenakker, Nature Physics volume 3, pages 172-175 (2007).
【文献】A. M. Kuzmenko, V. Dziom, A. Shuarev, Anna Pimenov, M. Schiebl, A. A. Mukhin, V. Yu. Ivanov, I. A. Gudim, L. N. Bezmaternykh, and A. Pimenov, Phys. Rev. B 92, 184409 (2015).
【文献】R. Landauer and M. Buttiker, Phys. Rev. Lett. Vol.54, No. 18, 2049
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1の態様によれば、量子デバイスは、第1の端子および第2の端子、ならびに、第1の端子と第2の端子の間に接続されており、かつ微細粒子を、第1の端子から第2の端子に、および場合によっては第2の端子から第1の端子に、少なくとも部分的に位相コヒーレントに伝達するように構成されている、伝達構造と、を備えており、伝達構造の少なくとも一部に関して、粒子の伝達の時間反転対称性(time-reversal symmetry)が破られ、伝達構造が、第2の端子から第1の端子への第2の方向に移動する粒子よりも、第1の端子から第2の端子への第1の方向に移動する粒子に対して、より高い伝達確率を有するように、時間反転対称性が破られる。
【0008】
本発明の第2の態様によれば、アレイは、第1の態様に係る複数の量子デバイスを備えており、これらの量子デバイスは、直列および/または並列に互いに接続されている。
【0009】
本発明の第3の態様によれば、第1の態様に係る量子デバイス、または第2の態様に係るアレイ、の使用は、電流または電圧の1つまたは複数の形で電力を発生させる、粒子の群速度に従って粒子をフィルタリングする、または粒子の伝達方向に従って粒子をフィルタリングする、のいずれか1つを含む。
【0010】
当業者には、以下の詳細な説明を読み、添付の図面を考慮することにより、さらなる特徴および利点が認識されるであろう。
【0011】
添付の図面は、例を深く理解できるようにする目的で含まれており、本明細書に組み込まれており、本明細書の一部を構成している。これらの図面は、例を図解しており、明細書の説明と合わせて例の原理を説明する役割を果たす。別の例および例の意図された利点の多くは、以下の詳細な説明を参照することによってこれらが深く理解されるにつれて、容易に認識されるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1A-1B】図1Aおよび図1Bは、第1の態様の例による量子デバイスの概略上面図(A)および断面側面図(B)を示している。この例は、ラシュバ効果(Rashba effect)に基づいており、第1の伝達経路は、量子井戸構造における2次元の電子ガスを含む。
図2A-2C】図2A-2Cは、外部からの磁界および電界のない状態の第1の伝達経路におけるスピン偏極電子のエネルギー分散関係(A)、(A)と同じ条件下で外部磁界を印加した後のエネルギー分散関係(B)、および(B)と同じ条件下で外部電界を印加した後のエネルギー分散関係を示している。
図3A-3B】図3Aおよび図3Bは、1つのスピン成分のv(k)関係(A)、および、1つのスピン成分のエネルギー分散関係と、分散曲線における速度v1,v2を示している。
図4A-4B】図4Aおよび図4Bは、第1の伝達経路における第1の材料(I)の場合のエネルギー分散関係(A)、および、第2の伝達経路における第2の材料(II)の場合のエネルギー分散関係(B)、を示している。
図5図5は、それぞれが(ラシュバ)スピン軌道結合を含む2つの伝達経路を含む例による量子デバイスの概略上面図を示している。
図6A-6B】図6Aおよび図6Bは、リング構造を貫通する磁束に基づいており、かつ第1の伝達経路および第2の伝達経路が2つの異なる材料から構成されている例による、量子デバイスの概略上面図(A)、および、リング構造を貫通する磁束と、伝達経路の1つに印加される電気ゲート電位(electric gate potential)とに基づいており、かつ第1の伝達経路および第2の伝達経路が2つの同一材料から構成されている、本開示の第1の態様の例による量子デバイスの概略上面図(B)、を示している。
図7図7は、単一の材料を含むリングが磁界によって貫かれている例による、量子デバイスの概略上面図を示している。
図8図8は、粒子が光子であり、かつデバイス自体が光子干渉計として機能する例による、量子デバイスの概略上面図を示している。
図9図9は、第1の伝達経路が、スピン軌道結合を有するトンネル障壁を備えている、第1の態様の例による量子デバイスの概略上面図を示している。
図10図10は、デバイスが直列に互いに接続されている、第2の態様に係る複数の量子デバイスのアレイを示している。
図11A-11B】図11Aおよび図11Bは、デバイスが並列に互いに接続されている、第2の態様に係る複数の量子デバイスのアレイ(A)、および、デバイスが互いに直列および並列の両方に接続されている、第2の態様に係る複数の量子デバイスのアレイ(B)、を示している。
図12A-12B】図12Aおよび図12Bは、本開示の第3の態様に係る量子デバイスまたは複数の量子デバイスのアレイの使用を示しており、電流を発生させるための閉じた電気回路が構築されている(A)、および、取り出した後にさまざまな目的に(例えばキャパシタを充電するために)使用できる定常電圧が生成される(B)。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下の説明では、用語「結合された」および「接続された」、ならびにその活用形が使用されている。なお、これらの用語は、2つの要素が物理的または電気的に直接接触しているか、あるいは物理的または電気的に直接には接触していないか(すなわち2つの要素の間に1つまたは複数の中間要素が存在し得るか)に関係なく、2つの要素が互いに連携または相互作用することを示すために使用されていることを理解されたい。
【0014】
なお、以下において量子デバイスを説明および特許請求するとき、用語「量子デバイス」は、広義かつ広範囲に理解されるべきであることに留意されたい。量子デバイスは、その機能に関しては、物質波(すなわち任意の種類の粒子波または準粒子波)に対して、基本的に非相反フィルターとして機能する。その構造に関しては、人工構造または人によって作製される構造(例えば電線や電気線が異なる技術的方法によって製造される)として理解することができる。しかしながら量子デバイスは、例えば、分子、分子化合物、分子環(例:ベンゼン環)などの化学成分からなる、または化学成分を含むものとして理解することもできる。さらに量子デバイスは、例えばデバイスの機能を作用させる結晶構造を有する固体化合物を指すこともある。
【0015】
さらに、用語「伝達経路」は、物体として理解することができるが、物体として理解しなくてもよい。デバイスによっては、物体(例:1本のワイヤ)が、1つの伝達経路を含む。別のデバイスでは、そのような物体が2つの伝達経路(すなわち、物体の中を伝播する粒子の2つの反対の方向)を含む。別のデバイスでは、用語「伝達経路」は、特定の材料から作製される有形物または物体として理解するべきではない。そうではなく、空間内の粒子の仮想経路として理解するべきであり、例えばガス雰囲気中に配置されることさえある。
【0016】
さらに、用語「位相コヒーレント」(phase coherent)は、位相を破壊する非弾性散乱がデバイス内で起こらないことを意味するものではない。実際、非特許文献11に示されているように、ある種の(例えばフォノンとの)非弾性散乱、および/または位相破壊プロセスは、位相干渉性(phase coherency)と両立可能であり、恩恵のある場合がある、またはすべての場合ではないにせよ場合によってはデバイスが動作するのに必要でさえある。したがって、用語「位相コヒーレント」は、デバイス内の粒子の伝達の、位相を破壊する非弾性散乱が存在する場合または存在しない場合のいずれかを含むものと理解されたい。
【0017】
なお、以下に図示および説明する量子デバイスの例のいくつかでは、デバイス(特にデバイスの外部端子)に外部電圧または外部電流が印加されないことをさらに強調しておく。この場合、むしろデバイス自身が、特に電圧源、電流源、または順位の源として機能する、または無損失および/または非超伝導式および/または非ジョセフソン伝導式に、電流の導体として機能する。より一般的に言えば、この場合、温度T>0Kを有する熱浴(heat bath)以外には、粒子をデバイス内に駆動する外力は必要ない。ただし、デバイスの1つに外部電圧または外部電流を印加することも可能である。以下に図示および説明する量子デバイスの例では、粒子は、自身の熱励起により移動する。さらに、以下に図示および説明する量子デバイスの例は、トポロジカルアイソレータ(topological isolator)に基づいていない、および/または、量子デバイスの機能にトポロジカルアイソレータが関与していない。
【0018】
以下では、本発明の一般的な原理について、図1Aを参照しながら説明する。
【0019】
図1Aは量子デバイス10の上面図を示しており、量子デバイス10は、第1の端子Aおよび第2の端子B、ならびに、第1の端子と第2の端子の間に接続されている伝達構造、を備えている。伝達構造は2つの伝達経路11,12を備えており、伝達経路11,12それぞれは、例えば電子などの微細粒子を、少なくとも部分的に位相コヒーレントに、第1の端子から第2の端子に、および場合によっては第2の端子から第1の端子に、伝達するように構成されている。伝達構造の一部に関連して、特に伝達経路の少なくとも一方に関連して、粒子の伝達の時間反転対称性が破られ、この場合、伝達構造が、第2の端子から第1の端子への第2の方向に移動する粒子よりも、第1の端子から第2の端子への第1の方向に移動する粒子に対して、より高い伝達確率を有するように、時間反転対称性が破られる。
【0020】
一例によれば(可能な用途に関しておそらく最も興味深い例である)、微細粒子は電子である。この場合、第1および第2の端子(すなわちコンタクトリード)は、導電性材料(例えば金属または金属合金、あるいは(高濃度に)ドープされた半導体など)から作製されている。2つのコンタクトリードは、同じ材料から作製することができる。フェルミエネルギーまたはその付近の熱電子が、端子Aおよび端子Bの両方から伝達経路に入る。
【0021】
伝達構造は、第1の端子と第2の端子との間に接続されている3つ以上の伝達経路を備えていてもよい。
【0022】
第1の伝達経路11および第2の伝達経路12は、等しい構造および等しい長さを有するように示してある。異なる構造および異なる長さの伝達経路を有するデバイスを構築することも可能である。
【0023】
上に示した伝達の非対称性を実現するためには、微細粒子が粒子波に関連付けられており、第1の端子および第2の端子の一方から粒子波が発せられるたびに、粒子波が、第1の方向に第1の伝達経路を伝播する部分波と第2の伝達経路を伝播する部分波とに分割され、第2の方向に第1の伝達経路を伝播する部分波と第2の伝達経路を伝播する部分波とに分割されることを理解することが重要である。第1の部分波は、AからBの第1の方向に両方の伝達経路上を伝搬し、第2の端子Bで合流して互いに干渉し、第2の部分波は、BからAの第2の方向に両方の伝達経路上を伝搬し、第1の端子Aで合流して互いに干渉する。第1の部分波が第2の部分波よりも強め合うように干渉するときに、伝達の非対称性(電子の場合にはコンダクタンスの非対称性)に達することができる。理想的な場合、第1の部分波は完全に強め合うように干渉し、第2の部分波は互いを排除し、すなわち2つの伝達経路の場合、干渉しあう第1の部分波の間の位相差はπの偶数倍であり、干渉しあう第2の部分波の間の位相差はπの奇数倍である。
【0024】
上記のデバイスおよび本明細書に記載されている他のデバイスの基礎は、伝達構造の一部分に関連して、粒子の伝達の時間反転対称性が破られることである。より具体的には、図1Aに描いた量子デバイスの例を考えると、伝達構造は、第1の端子と第2の端子との間に接続されている第1の伝達経路11と、第1の端子と第2の端子との間に接続されている第2の伝達経路12とを備えており、粒子の伝達の時間反転対称性が、第1の伝達経路11において破られる。以下ではこの点についてさらに詳しく説明する。
【0025】
電子はそれぞれ、磁気モーメントに関連付けられるスピンを有する。時間反転対称性の破れは、基本的には、電子のスピン偏極を引き起こし(すなわち電子の磁気モーメントを第1の伝達方向において一方向に沿って部分的または完全に整列させ)、磁気モーメントの方向に垂直でありかつ第1の伝達経路における電子の伝達方向に垂直な向きにある成分を含む電界を印加することによって、達成することができる。部分的または完全なスピン偏極は、外部磁界によって引き起こすことができ、またはこれに代えて、部分的または完全に偏極した電子スピンを元来備えている物質(例えば特にハーフメタルまたは半金属)を使用することによって、もたらすことができる。しかしながら時間反転対称性の破れを、別の手段によって達成することもできる。例えば、グラフェンなどの2次元導体における2つの谷を占有する電子状態は、時間反転対称性の破れに関連付けられる(非特許文献9を参照)。
【0026】
第1の伝達経路11は第1の材料Iを含み、第1の材料は、第1のスピン軌道結合強度αおよび第1の電子群速度vを有し、第2の伝達経路12は第2の材料IIを含み、第2の材料は、第1のスピン軌道結合強度αとは異なる第2のスピン軌道結合強度αと、第1の電子群速度vとは異なる第2の電子群速度vを有する。
【0027】
以下では、上に説明した構造が、周知のラシュバ効果(非特許文献3を参照)を起こす(すなわちパラメータα,αがラシュバ(Rashba)スピン軌道結合強度によって与えられる)ものと想定する。以下では、α=α>0、かつα=0と想定する。最も単純なケースでは、第2の伝達経路12の第2の材料IIは、例えばAu、In、Al、Cuなどの金属とすることができる。
【0028】
電子のラシュバハミルトニアン(Rashba Hamiltonian)は、次式によって与えられる。
【数1】
【0029】
【0030】
【数2】
等式(2)において、Eは電界Eのz成分、cは光の速度である。
【0031】
【0032】
なお、完全なスピン偏極は必要ないことをここで述べておく。粒子の最終的な伝達方向を生み出す(したがってデバイスが機能する)ためには、わずか51%~49%(スピンアップ、スピンダウン)のスピン偏極率でも十分である。
【0033】
【0034】
【0035】
【数3】
かつ
【数4】
【0036】
【0037】
粒子のエネルギーに関連して起こりうる位相の変化を評価するため、等式(1)に対応する平面波動関数(planar wave function)を考える(説明を明瞭にするためゼーマン場を無視する)。
【数5】
【0038】
【0039】
電子の位相の変化を、従来の材料における波束の位相の変化に類似して記述できるものと想定すると、等式(3)および等式(4)から、A(x=0)から出発して経路11(経路I)上を移動してB(x=l)に到着する電子の位相の変化が得られる。
【数6】
【0040】
Bから出発して経路11上をAまで移動する電子は、次式のように位相を変化させる。
【数7】
【0041】
次に、第2の伝達経路12(経路II)上を移動する波動関数を考える。本デバイスは、第2の伝達経路12においてラシュバ効果が消えるように設計されている(例えばこの経路ではE=0と設定することによる)。この場合、
【数8】
かつ
【数9】
【0042】
デバイスの長さlは、AからBまで2つの経路上を移動する電子がBにおいて強め合うように自身と干渉するように選択される。
【数10】
nは整数である。これは次の場合に達成される。
【数11】
【0043】
l=l’のデバイスでは、BからAまで移動する電子の波の2つの部分が、以下の位相差を伴ってAに到着する。
【数12】
【0044】
【0045】
結果として、l=l’、Δυ=α、かつΔυ≠0の場合、量子デバイス(電子の場合にはコンダクタンス)の透明性は、入ってくる粒子の方向に依存し、なぜなら元々BからAまで移動する電子は反射されて端子Bからデバイス内に戻されるためであり、この場合に電子はデバイス内で散乱を受ける、および/または、端子Aを介してデバイスから出る。
【0046】
なお、第1および第2の伝達経路の長さlは、少なくとも部分的な位相コヒーレントな粒子の伝達が保証されるように選択されなければならないことを述べておく。このことは、実際には、長さlが特定の材料における電子の一般的な非弾性散乱長より大幅には大きくないべきであることを意味する(一般的な散乱長は100nmのオーダーである)。
【0047】
ラシュバ結合を、別の形のスピン軌道結合に置き換えること、さらには、時間反転対称性を、スピン軌道結合以外の手段によって破ることも可能である。このような手段の例は、グラフェンなどの2次元導体において2つの谷を占有する電子状態(例えば時間反転対称性を破ることに関連付けられる)によって与えられる(非特許文献9を参照)。当業者には、時間不変対称性および時空不変対称性の破れ(breaking of time and space time invariance symmetries)を扱う関連する参考文献において、さらなる手段を容易に見つけることができるであろう。
【0048】
電界は、例えば材料内に適切に埋め込むことのできる、または元来存在し得るイオンまたは欠陥によって、第1の伝達経路の第1の材料において発生させることができる。
【0049】
なお、空間的に個別の2つの伝達経路を有する必要はないことをさらに述べておく。一体または単体の物体を提供することも可能である。このような物体は、互いに一体領域である2つの材料領域を備えることができる。さらに、2つの材料は同一であってもよく、なぜなら唯一必要なことは、第1の伝達経路においてラシュバ効果を作用させる(すなわち第1の伝達経路のみにおいて電界を印加し、第2の伝達経路では印加しない)ことであるためである。
【0050】
前にも説明したように、本発明は、原理的には、電子以外の粒子(例えば中性子などの中性の粒子)でも機能する。しかしながらラシュバ効果に基づく場合、粒子は磁気モーメントを持たなければならない。
【0051】
なお、ループまたはリングの孔の領域は、本デバイスの機能には関連せず、存在しなくてもよいことをさらに述べておく。重要なことは、粒子が移動するためのいくつかの経路が存在することである。
【0052】
磁界B中を移動する電子のホール効果に起因するアーチファクトは、例えばチャネルとして量子井戸内に存在する2次元の電子系を使用することによって、回避できる。このような例は図1Bに示してあり、図1Bは、第1の伝達経路および第2の伝達経路を切断した断面図を示している。図から理解できるように、第1の伝達経路は、従来の量子井戸の積層AlGaAs/GaAs/AlGaAsを備えており、GaAs層に2次元電子系が存在する。なお、ラシュバ効果は、反転中心の存在しない材料においてのみ作用し、したがって量子井戸の場合、GaAs量子井戸を囲むポテンシャルが非対称性である必要があり、このため量子井戸の両側に異なるAlGaAs材料が必要となることを述べておく。電界は、AlGaAs層の一方に組み込まれたイオンまたは結晶欠陥によって発生させることができる。
【0053】
当然ながら、第1の伝達経路の第1の材料を、量子井戸の代わりにバルク材料から構成することもできる。
【0054】
なお、異なる量子デバイスを並列に動作させることも可能であることをさらに述べておく。例えば、第1の量子デバイスが、速度vの遅い粒子をAからBに伝達するように構成されており、第1の量子デバイスに並列に接続されている第2の量子デバイスが、速度vの速い粒子をBからAに伝達するように構成されている(v>v)。
【0055】
量子デバイスの性能は、コンタクトから来る電子が、デバイスの性能に最適である速度で到着するように確保することによって、高めることができる。これは例えば、バンド構造が、所望の速度の多数の電子を提供するように、適切なバンド構造を有するコンタクト材料を使用することによって達成することができる。さらには、非対称性の導体を、速度フィルターと直列に動作させることができる。
【0056】
ラシュバ係数αがデバイス全体にわたり滑らかに変化するように、第1の伝達経路の第1の材料を構成することもできる。第1の材料が1本の経路より少ない領域をカバーすることも可能である。
【0057】
材料間の界面は、弾性的な電子伝達が可能であるようにする必要がある。理想的には、材料のバンド構造(分散関係)が、ほぼ一致しているべきである。界面は急激な界面である必要はない。これに代えて、トンネル接合を埋め込むことができる。
【0058】
すでに上に説明したように、第2の伝達経路が元素金属または合金金属を含むことが可能である。作製を容易にするため、この材料をコンタクトリードの材料と同一とすることができ、コンタクトリードと一体に形成することもでき、したがってデバイスは、2種類の材料(すなわち第1の伝達経路の第1の材料と、第2の伝達経路およびコンタクトリードの第2の材料)を含む。しかしながら、3種類以上の材料を使用することも可能である。例えばコンタクトリードを、第3の材料によって形成することができる。
【0059】
図5は、第1の態様に係る量子デバイスのさらなる例を示している。量子デバイス20は、第1の伝達経路21および第2の伝達経路22を備えている。図1に示した量子デバイスの例では、第1の伝達経路11のみがラシュバ効果を受け、第2の伝達経路はラシュバ効果を受けずに純粋な電気導体とすることができる。これとは対照的に図5の量子デバイス20の例では、両方の伝達経路21,22がラシュバ効果を受け、ただし逆平行に受ける。これは、2つの逆平行な電界成分(第1の伝達経路21に作用する第1の電界Eと、第2の伝達経路22に作用する第2の電界E-a)を印加することによって、達成することができ、この場合、両方の電界成分が伝達経路の平面に垂直な向きにあり、かつ互いに逆平行である。vおよびαの絶対値は、第1の伝達経路21と第2の伝達経路22とで等しくてもよい。結果は、デバイスの基底状態における循環電流Icircである。第1および第2の端子は図5には示していない。
【0060】
図6は、図6Aおよび6Bを含み、第1の態様に係る量子デバイスのさらなる例を示している。
【0061】
図6Aの量子デバイス30は、第1の伝達経路31および第2の伝達経路32を備えている。図1図5のラシュバベースのデバイスとは異なり、図6Aに示した量子デバイス30は、スピン偏極した粒子も、ラシュバ効果のようなスピン軌道結合も必要としない。代わりに図6Aに示した量子デバイス30は、第1および第2の伝達経路の平面に垂直な成分を少なくとも含む磁界Bと、第1の伝達経路および第2の伝達経路における電子の異なる速度v,vIIとを必要とする。さらに、電子の伝達に対する磁界BのベクトルポテンシャルAの影響(B=rotA)が、第1の伝達経路と第2の伝達経路とで異なるように、第1の伝達経路および第2の伝達経路の特性が異なっている必要がある。図6Aは、ベクトルポテンシャルAが第1の伝達経路31における電子の移動にのみ影響し、第2の伝達経路32における電子の移動には影響しないように材料が選択された、特殊な場合を示している。影響は、第1の伝達経路31においては、両方向において電子の衝撃に係数qA/c(qは電子電荷、cは光の速度)が加わるというものである。この係数は、ラシュバベースのデバイスにおけるラシュバ係数αに似ている。なお、周知のアハラノフーボーム効果(Aharonov-Bohm effect)におけるように、第1の伝達経路31全体を通じて磁界Bを0とし得ることを付け加えておく。電子はベクトルポテンシャルAの影響を受けさえすればよい。
【0062】
図6Bの量子デバイス40は、第1の伝達経路41および第2の伝達経路42を備えている。この例では、ベクトルポテンシャルAが両方の伝達経路における電子の移動に影響するように、第1の伝達経路の材料と第2の伝達経路の材料が同じである。しかしながら電界Vが第2の伝達経路42の一部に印加され、この電界は、ベクトルポテンシャルAの影響が補正されると同時に速度がvからvIIに変化する(したがって結果として、電子の衝撃に関して図6Aのデバイス30と同じ構造が提供される)ような値に、調整される。電界は、第2の伝達経路42の両側に配置されたキャパシタプレートを備えたキャパシタによって、発生させることができる。
【0063】
なお、図6Bに示したようなデバイスは、固体として実施する必要はなく、したがって伝達経路も実体化する必要がないことをさらに述べておく。代わりに粒子は、自由空間(特に気体環境、さらには真空環境)の中を伝搬する。このようなデバイスは、実際に電界および磁界のみから構成される。このような干渉計は、例えば陽電子に対しても機能する。
【0064】
図7は、第1の態様に係る量子デバイスのさらなる例を示している。図7に示した量子デバイス50は、導電性材料から作製されているリング51を備えている。リング51は、循環電流Icircがリング51を流れるように磁界Bによって貫かれている。磁界Bは、リング51の平面に垂直な向きにある成分である、またはそのような成分を含む。デバイス50は、対向する位置においてリング51に接続されている2本の導電性リード52,53をさらに備えている。電子の運動量の関数としてのリング51における電子のエネルギーの依存関係は、運動量反転に関して非対称性である。したがってリード52およびリード53が、各リードが1つの運動量方向を優先的に調べるように取り付けられている場合、リング51は非相反デバイスとして機能する。
【0065】
図8は、第1の態様に係る量子デバイスのさらなる例を示している。図8に示した量子デバイス60は、本発明の原理に従って構築されている光子干渉計である。量子デバイス60は、光学的方向異方性(optical directional anisotropy)を備えた材料をベースとしており、光学的方向異方性とは、例えば材料内の光の速度が、異なる光伝搬方向において異なり得ることを意味する。このような材料は、例えばマルチフェロイック材料であり、このような材料における光学的方向異方性は例えば非特許文献10に記載されている。装置60は、2つのビームスプリッター61.1および61.2を備えており、波長λIIの光が2つの対向する側からこれらのビームスプリッターを通じて干渉計に入ることができる。デバイス60は2つのミラー62をさらに備えており、光はこれらのミラー62で反射されて、それぞれビームスプリッター61.1およびビームスプリッター61.2に戻される(ビームスプリッター61.1および61.2を通って干渉計を出る光の部分はブロックされる)。ビーム経路は、ビームスプリッター61.1とビームスプリッター61.2の間の直通ラインのビーム経路を除き、真空中、または透明な材料内とすることができる。直通ラインのビーム経路は、光学的方向異方性を持つ材料内であり、すなわち光は、光ビームの方向に応じて異なる速度で伝搬し、この場合に材料内の光ビームの波長もλI,1およびλI,2に変化し、ただし光ビームの周波数は一定のままである。実際に、この材料の存在によって、このデバイスにおいて時間不変対称性が破られる。下から来る光はビームスプリッター61.2によって2本のビームに分割され、そのうちの一方は材料の中を通り、他方はミラー62によって反射され、これら2本のビームがビームスプリッター61.1において干渉し、上から来る光にも同じことが起こり、光がビームスプリッター61.1によって2本のビームに分割され、これらのビームがビームスプリッター61.2において干渉する。例えば一方の方向から来る光が、別の方向から来る光よりもそれぞれのビームスプリッターにおいてより強め合うように干渉するように、光の経路の長さを選択することによって、材料の中ですれ違う光ビームの異なる速度を利用することができる。理想的な場合、一方の方向から来る光は完全に弱め合うように干渉し、したがって完全に遮断され、別の方向から来る光は完全に強め合うように干渉し、材料における光吸収による損失が生じるだけで干渉計を通過する。したがってビーム経路の長さが適切に選択される場合、このような干渉計は、干渉計の温度と比較して大きいエネルギーを有する光子用の非相反弁(non-reciprocal valve)として機能することができる。
【0066】
図9は、第1の態様に係る量子デバイスのさらなる例を示している。図9の量子デバイス70は、図1の量子デバイス10に類似しており、第1の端子Aおよび第2の端子B、ならびに、第1の端子と第2の端子の間に接続されている第1の伝達経路71および第2の伝達経路72を備えている。図9の量子デバイス70は、本質的に第1の伝達経路71の構造において、図1の量子デバイス10とは異なる。
【0067】
【0068】
【数13】
等式(13)は、時間反転不変散乱ポテンシャル(time-reversal invariant scattering potentials)の相反定理から得られる(非特許文献5を参照)。したがって、電子が障壁を左から右に横切る確率が、時間を反転させたプロセスの確率とは異なる、すなわち、
【数14】
であるような散乱ポテンシャル(scattering potentials)を探すことが提案されている。
【0069】
このような障壁を横切るとき、電子は、右から障壁に近づく電子よりも高い確率で左から右に伝達され、したがって好ましい方向に物体を伝達するシステムの候補である。このことは、熱励起された電子にもあてはまる。
【0070】
さらなる可能な量子デバイスは、2つの経路の間の対称性が重力ポテンシャルV(r)によって破られるように構築することができる。重力ポテンシャルは、例えば、伝達経路の一方に沿ってy方向に変化する(dV(r)/dy≠0)ように構成される。このようなデバイスは、物質を半物質から区別する方向性薄膜(directional membrane)のように機能する。
【0071】
ここまでの説明は、主として本発明の基本ユニット(すなわち、第1の端子と第2の端子との間に接続されている2つ以上の伝達経路を備えた単一のリングまたはループ)を対象としている。以下では、実用的なデバイスのいくつかの例を提示し、各デバイスは、上に説明した複数の量子デバイスから構築されている。
【0072】
図10は、複数の量子デバイス110が直列に互いに電気的に接続されている、量子デバイスのアレイ100の例を示している。描いた例では、直列に接続された量子デバイス110の連鎖は、デバイス表面の利用可能な空間を最適に占有する目的で、蛇行形状を備えている。量子デバイス110は、互いに同一とすることができ、通常かつ周知の製造技術によって作製することができる。量子デバイス110のそれぞれにおいて、上に説明したように自己作用式に電流が流れ、したがってデバイスを流れる全電流は、1つの量子デバイス110を流れる単一電流に、量子デバイス110の総数を乗じた値に一致する。1つの量子デバイスの経路長lが一般には100nm以下のオーダーであることを念頭に置き、例えば1cmのデバイス縁部長さを想定すると、直列に接続された量子デバイスの総数は、1010個のオーダー、場合によってはそれ以上となり得る。なお、量子コヒーレンスは、1つの量子デバイス110それぞれの中で要求されるのみであり、いくつかの直列に接続された量子デバイス、あるいは直列に接続された量子デバイスの連鎖全体においては要求されないことをさらに述べておく。
【0073】
図11は、図11Aおよび図11Bを含み、量子デバイスを電気的に相互接続するさらなる2つの例を示している。
【0074】
図11Aは、複数の量子デバイス210が並列に互いに電気的に接続されているデバイス200を示している。
【0075】
図11Bは、複数の量子デバイス310が並列および直列に互いに電気的に接続されているデバイス300を示している。
【0076】
以下では、量子デバイス、または量子デバイスのアレイによってどのように電力を発生させることができるかを示す目的で、2つの単純な例を説明する。
【0077】
図12は、図12Aおよび図12Bを含む。図12Aは、電流発生器410を備えた電気回路400を描いており、電流発生器410は、原理的には、図1図9の1つにおいて上述した単一の量子デバイスとすることができ、実際には、例えば図10または図11において上述した量子デバイスのアレイである。電気回路400は、負荷420(例えばランプとすることができる)をさらに備えている。電流発生器410は電流Iを発生させ、電流Iは、自己作用式に電気回路400を流れ、したがって負荷420に送り込まれる。
【0078】
図12Bは、電圧発生器510によって蓄積された電圧を利用するように構成されている電気回路500の別の例を示している。電圧発生器510は、原理的には、図1図9において説明した量子デバイス10~60の1つとすることができ、実際には、例えば図10または図11において上述した量子デバイスのアレイ100~300である。電気回路500は、充電することのできるキャパシタ520をさらに備えていることができる。電気回路500は、2つのスイッチ530をさらに備えていることができ、これらのスイッチ530は、電圧発生器510をキャパシタ520に周期的に接続する目的で、周期的に開閉することができる。電圧発生器510の中を自己作用式に電流が流れることによって電圧Uが蓄積され、電圧Uはやがて飽和するもの予測される。次に、蓄積した電荷をキャパシタ520に移す目的で、スイッチ530を閉じることができる。その後、スイッチ530を再び開き、したがって電圧の蓄積が再び開始される。キャパシタ520の静電容量の上限に達するまで、これらの動作を何度か繰り返すことができる。これに代えて、スイッチ530を省き、キャパシタ520を1回で完全に充電することも可能である。当然ながら、電圧発生器510の蓄積した電圧を別の目的に使用することもできる。
【0079】
なお、第1の態様に係る量子デバイスは、指向性の導通特性により、量子計算などの信号・データ処理における装置または装置要素に適していることにさらに留意されたい。これらの装置または装置要素では、入力チャネルからデバイスに信号を導くことができる一方で、出力からの望ましくないフィードバックから入力が分離される(これは増幅装置および論理ゲートにとっての重要な要件である)。
【0080】
さらに、上述した量子デバイスおよび電気回路は、温度T>0Kを有する周囲媒体においてのみ機能できることを述べておく。このような媒体は、固体、液体、または気体とすることができ、量子デバイスの熱浴を形成する。量子デバイスは熱浴から熱エネルギーを取り出し、その熱エネルギーを、上述したように非対称の電流の流れに変換する。粒子は、その熱励起に起因して移動する。量子デバイスはT=0では機能せず、なぜならこの場合、エネルギー保存則に違反するためである。しかしながら本デバイスは、周囲温度より低い温度、または同じ温度において動作できることをさらに述べておく。
【0081】
ここまで本発明について、1つまたは複数の実施形態に関連して図解および説明してきたが、図解した例には、添付の請求項の趣旨および範囲から逸脱することなく、置き換えおよび/または修正を行うことができる。特に、上述した要素または構造(アセンブリ、装置、回路、システムなど)によって実行されるさまざまな機能に関連して、そのような要素を説明するために使用されている用語(「手段」の言及を含む)は、特に明記しない限り、説明した要素の指定されている機能を実行する任意の(例えば機能的に等価である)要素または構造に対応するように意図されており、このことは、たとえ本明細書に説明されている本発明の例示的な実装形態においてこれらの機能を実行する開示された構造に構造的に等価ではない場合であっても、あてはまる。
図1A-1B】
図2A-2C】
図3A-3B】
図4A-4B】
図5
図6A-6B】
図7
図8
図9
図10
図11A-11B】
図12A-12B】