(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-01
(45)【発行日】2023-02-09
(54)【発明の名称】被験者の眼球の回旋特性を計測する計測方法及び累進屈折力レンズの設計方法
(51)【国際特許分類】
A61B 3/113 20060101AFI20230202BHJP
G02C 7/02 20060101ALI20230202BHJP
G02C 7/06 20060101ALI20230202BHJP
【FI】
A61B3/113
G02C7/02
G02C7/06
A61B3/113 ZDM
(21)【出願番号】P 2021511921
(86)(22)【出願日】2020-03-26
(86)【国際出願番号】 JP2020013664
(87)【国際公開番号】W WO2020203645
(87)【国際公開日】2020-10-08
【審査請求日】2021-08-31
(31)【優先権主張番号】P 2019066410
(32)【優先日】2019-03-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】509333807
【氏名又は名称】ホヤ レンズ タイランド リミテッド
【氏名又は名称原語表記】HOYA Lens Thailand Ltd
(74)【代理人】
【識別番号】110000165
【氏名又は名称】グローバル・アイピー東京特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】石原 渚
(72)【発明者】
【氏名】山口 英一郎
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 歩
(72)【発明者】
【氏名】曽根原 寿明
【審査官】▲高▼木 尚哉
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/133166(WO,A1)
【文献】特開2017-215928(JP,A)
【文献】特開2006-163441(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 3/00-3/18
G02C 1/00-13/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の眼球の回旋特性を計測する計測方法であって、
被験者の頭部に固定されることにより、前記被験者の眼球前面に表示画面が配置される表示装置において、前記被験者が正面視するときの前記眼球の正面視の視線が前記表示画面と交差する前記表示画面の位置を基準位置として、前記基準位置から離れた位置に、表示情報を前記表示画面に表示させるステップと、
前記表示情報を異なる内容に切り替えるとともに、前記表示情報の表示位置を変化させることにより、前記眼球から前記表示情報に向く視線の向きを変化させるステップと、
前記表示位置を変化させた前記表示情報の前記内容が、前記被験者により識別が可能か否かの判定をすることにより、前記眼球の回旋特性を計測するステップと、を備え、
前記表示情報を前記表示画面に表示させるステップでは、前記表示画面と前記眼球の間に設けられる光学系によって、前記基準位置及び前記表示位置のうち少なくとも一方の、前記被験者から見た位置を調整することを特徴とする計測方法。
【請求項2】
前記視線の向きを変化させるステップでは、前記表示位置を、少なくとも、前記基準位置に対して、前記表示画面の上下方向に沿って移動させる、請求項1に記載の計測方法。
【請求項3】
前記眼球の下方の回旋により、前記表示情報の識別が可能と判定される範囲の中で前記正面視の視線に対して最下方向に向く前記視線の限界角度情報、及び、前記正面視の視線に対して予め定めた角度で前記視線が下方に向いた状態で、前記表示情報の識別が可能と判定される前記眼球の維持時間の情報の少なくとも一つを、前記眼球の回旋特性として取得するように、前記表示位置及び前記内容の切り替えのタイミングを調整する、請求項1または2に記載の計測方法。
【請求項4】
前記視線の向きを変化させるステップは、前記表示位置を所定の時間固定した状態で、前記表示情報の内容を別の内容に切り替えることを所定回数繰り返した後、前記表示位置を移動することを繰り返すことにより、前記視線の向きを変化させることを含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の計測方法。
【請求項5】
前記表示位置は、前記表示位置が移動する度に、前記表示画面内の一方向において、前記基準位置から遠く離れる、請求項4に記載の計測方法。
【請求項6】
前記視線の向きを変化させるステップは、前記内容を切り替える度に、前記表示画面内の一方向において、前記基準位置から遠く離れることを繰り返すことにより、前記視線の向きを変化させることを含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の計測方法。
【請求項7】
前記表示位置の前記一方向と直交する方向における位置は、予め設定された範囲内にあり、前記内容を切り替えるときに、あるいは、前記表示位置を前記一方向に移動するときに、前記範囲内で変化する、請求項5または6に記載の計測方法。
【請求項8】
前記光学系は、少なくとも一つのプリズムを含む、請求項1に記載の計測方法。
【請求項9】
前記プリズムの屈折特性に応じて、前記表示画面における前記表示情報の表示位置を調整する、請求項8に記載の計測方法。
【請求項10】
前記表示情報の前記内容について識別可能か否かの前記判定は、前記表示情報の前記内容についての前記被験者の回答が前記内容と一致するか否かにより行われる、請求項1~9のいずれか1項に記載の計測方法。
【請求項11】
前記眼球の回旋特性は、前記被験者が認識できる前記表示情報の前記表示位置の範囲を含む、請求項1に記載の計測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被験者の眼球の回旋特性を計測する計測方法、及び、この計測方法の計測結果を利用した累進屈折力レンズの設計方法に関する。
【背景技術】
【0002】
遠方視に用いる遠用部、近方視に用いる近用部、及び、遠用部と近用部の間に位置する中間部を領域として有し、遠用部と近用部の間で、屈折力が変化する累進屈折力レンズを用いた眼鏡レンズが知られている。
この累進屈折力レンズでは、眼鏡を購入しようとする者(以下、単に購入者という)の遠用度数、乱視度数及び近用度数に応じて、遠用度数測定位置における球面屈折力及び円柱屈折力と、加入度とが定められて、累進屈折力レンズが設計される。
【0003】
購入者に適した累進屈折力レンズの設計では、球面屈折力、円柱屈折力、及び加入度を調整して購入者それぞれの眼に適した個別の設計を行うが、購入者の眼により適した累進屈折力レンズを設計するには、球面屈折力、円柱屈折力、及び加入度の他に、購入者によって異なる眼球の回旋特性を把握し、この回旋特性を加えて累進屈折力レンズを設計することがより好ましい。
【0004】
眼球の回旋特性を計測する方法として、眼鏡レンズ等の光学器具を使用した場合でも、正確な視線情報を検出することができる視線情報補正装置を用いて、眼鏡レンズ購入者の視線情報を計測し、この計測結果を利用して購入者の視線に適合したレンズを設計する技術が知られている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記視線情報補正装置では、購入者を被験者として被験者の頭部に装着されるヘッドバンドに対して固定された眼球撮影カメラを用いて、眼鏡レンズ越しに眼球を撮影することにより、眼球の視線情報を取得し、事前に眼鏡レンズに対して行われた光線追跡結果と、眼鏡レンズの光の屈折に関する光学情報とを用いて、取得した視線情報を補正することにより、正確な視線情報を検出する、というものである。この視線情報によって眼球の回旋特性を調べることができる。
【0007】
しかし、上記視線情報補正装置では、被験者の頭部に装着されるヘッドバンドに対して固定された眼球撮影カメラを用いて視線情報を撮影するので、被験者が首や体をわずかに傾けてあるいは動かして目標となる注視点を見る場合があるため、眼球の視線情報を必ずしも正確に得ることはできない、といった問題がある。特に、眼球の回旋特性、特に、眼球の回旋が限界附近にある視線の場合、首や体をわずかに傾けてあるいは動かして視線の向きを緩和させる場合が多い。
このため、眼球の回旋特性を精度よく計測することは難しい。
【0008】
そこで、本発明は、従来に比べて、眼球の回旋特性を精度よく計測することができる計測方法及びこの計測方法による計測結果を用いた累進屈折力レンズの設計方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一態様は、被験者の眼球の回旋特性を計測する計測方法である。当該計測方法は、被験者の眼球の回旋特性を計測する計測方法である。当該計測方法は、
被験者の頭部に固定されることにより、前記被験者の眼球前面に表示画面が配置される表示装置において、前記被験者が正面視するときの前記眼球の正面視の視線が前記表示画面と交差する前記表示画面の位置を基準位置として、前記基準位置から離れた位置に、表示情報を前記表示画面に表示させるステップと、
前記表示情報を異なる内容に切り替えるとともに、前記表示情報の表示位置を変化させることにより、前記眼球から前記表示情報に向く視線の向きを変化させるステップと、
前記表示位置を変化させた前記表示情報の前記内容が、前記被験者により識別が可能か否かの判定をすることにより、前記眼球の回旋特性を計測するステップと、を備え、
前記表示情報を前記表示画面に表示させるステップでは、前記表示画面と前記眼球の間に設けられる光学系によって、前記基準位置及び前記表示位置のうち少なくとも一方の、前記被験者から見た位置を調整することを特徴とする。
【0010】
前記視線の向きを変化させるステップでは、前記表示位置を、少なくとも、前記基準位置に対して、前記表示画面の上下方向に沿って移動させる、ことが好ましい。
【0011】
前記眼球の下方の回旋により、前記表示情報の識別が可能と判定される範囲の中で前記正面視の視線に対して最下方向に向く前記視線の限界角度情報、及び、前記正面視の視線に対して予め定めた角度で前記視線が下方に向いた状態で、前記表示情報の識別が可能と判定される前記眼球の維持時間の情報の少なくとも一つを、前記眼球の回旋特性として取得するように、前記表示位置及び前記内容の切り替えのタイミングを調整する、ことが好ましい。
【0012】
前記視線の向きを変化させるステップは、前記表示位置を所定の時間固定した状態で、前記表示情報の内容を別の内容に切り替えることを所定回数繰り返した後、前記表示位置を移動することを繰り返すことにより、前記視線の向きを変化させることを含む、ことが好ましい。
【0013】
前記表示位置は、前記表示位置が移動する度に、前記表示画面内の一方向において、前記基準位置から遠く離れる、ことが好ましい。
【0014】
前記視線の向きを変化させるステップは、前記内容を切り替える度に、前記表示画面内の一方向において、前記基準位置から遠く離れることを繰り返すことにより、前記視線の向きを変化させることを含む、ことが好ましい。
【0015】
前記表示位置の前記一方向と直交する方向における位置は、予め設定された範囲内にあり、前記内容を切り替えるときに、あるいは、前記表示位置を前記一方向に移動するときに、前記範囲内で変化する、ことが好ましい。
【0016】
前記眼球の回旋特性は、前記被験者が認識できる前記表示情報の前記表示位置の範囲を含む、ことが好ましい。
【0017】
前記光学系は、少なくとも一つのプリズムを含む、ことが好ましい。
その際、前記プリズムの屈折特性に応じて、前記表示画面における前記表示情報の表示位置を調整する、ことが好ましい。
【0018】
また、前記表示情報の前記内容について識別可能か否かの前記判定は、前記表示情報の前記内容についての前記被験者の回答が前記内容と一致するか否かにより行われる、ことが好ましい。
【0019】
本発明の他の一態様は、遠方視に用いる遠用部、近方視に用いる近用部、及び、前記遠用部と前記近用部の間に位置する中間部を領域として有し、前記遠用部と前記近用部の間で、屈折力が変化する累進屈折力レンズに関して、被験者の眼球の回旋特性に適した累進屈折力レンズを設計する方法である。当該方法は、
前記計測方法を行うステップと、
前記計測方法で計測された前記視線の限界角度情報、あるいは、前記正面視の視線に対して予め定めた角度で前記視線が下方に向いた状態で、前記表示情報の識別が可能と判定される前記眼球の維持時間の情報に基づいて、前記累進屈折力レンズにおける累進帯長あるいは前記屈折力が変化する屈折力曲線の形状を定めるステップと、を含む。
【発明の効果】
【0020】
被験者の眼球の回旋特性を計測する上述の計測方法によれば、従来に比べて、眼球の回旋特性を精度よく計測することができる。このため、累進屈折力レンズを設計する際、計測した眼球の回旋特性に適した累進屈折力レンズを設計することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】実施形態に係る被験者の眼球の回旋特性を計測する計測方法を実施する計測システムの概略の構成を示す図である。
【
図2】(a),(b)は、実施形態の計測システムの表示装置の表示画面に表示される表示情報の一例を示す図である。
【
図3】一実施形態で用いる光学系を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態に係る被験者の眼球の回旋特性を計測する計測方法及び累進屈折力レンズの設計方法を添付の図に基づいて説明する。
【0023】
図1は、一実施形態に係る被験者の眼球の回旋特性を計測する計測方法を実施する計測システム1の概略の構成を示す図である。
計測システム1は、コンピュータ10と、ヘッドマウントディスプレイ16と、を主に備える。
ヘッドマウントディスプレイ16は、被験者Sの頭部に固定されることにより、被験者Sの眼球前面に表示画面が配置される表示装置である。
図1に示す例では、表示装置として、ヘッドマウントディスプレイ16が用いられるが、被験者Sの頭部に固定されることにより、被験者Sの眼球前面に表示画面が配置される装置であれば、特に制限されない。
【0024】
コンピュータ10には、マウスやキーボード等の入力操作系12が接続され、さらに、モニタ14が接続されている。モニタ14では、後述する眼球の回旋特性の計測結果や、ヘッドマウントディスプレイ16の表示画面に表示される表示情報の内容および表示情報の表示位置に関する情報等がモニタ画面に表示される。また、眼球の回旋特性の計測方法の手順を細かく設定するための計測条件設定画面が表示される。
【0025】
コンピュータ10は、図示されないメモリに眼球の回旋特性を計測する計測ソフトウェアが記録されており、この計測ソフトウェアを読み出して駆動することにより、ヘッドマウントディスプレイ16の表示画面に表示情報を表示させる。
【0026】
具体的には、ヘッドマウントディスプレイ16は、コンピュータ10の指示により被験者Sが正面視するときの眼球の正面視の視線が表示画面と交差する表示画面の位置を基準位置として、基準位置から離れた位置に、表示情報を表示画面に表示させる。表示情報は、被験者Sが正面視で識別できる情報で、文字、記号、符号等の情報、あるいは色彩の情報を含む。表示情報は、コンピュータ10からワイヤレスで送信される。
【0027】
さらに、ヘッドマウントディスプレイ16は、表示情報を異なる内容に切り替えるとともに、表示情報の表示位置を変化させることにより、被験者Sの眼球から表示情報に向く被験者Sの視線の向きを変化させる。
このとき、被験者Sは、表示情報の内容を口頭でコンピュータ10の操作者に伝える。操作者は、コンピュータ10に被験者Sが伝えた表示情報の内容を、入力操作系12を通して入力する。
【0028】
コンピュータ10は、ヘッドマウントディスプレイ16に表示した表示情報と、入力された表示情報とが一致するか否かを判定することにより、表示位置を変化させた表示情報の内容が、被験者Sにより識別が可能か否かを判定する。
これにより、被験者Sにより識別が可能な表示情報の表示位置の範囲が明らかになるので、この範囲を眼球の回旋特性として計測結果とすることができる。
【0029】
表示画面には、一定の時間間隔で表示情報の内容が変化するので、複数の内容の正答率が予め定めた率を超えるか否かにより、被験者Sは識別できたか否かを判定してもよい。また、入力された表示情報がヘッドマウントディスプレイ16に表示した表示情報と一度でも一致しない場合、被験者Sによる識別ができていないと判定してもよい。
【0030】
図2(a),(b)は、ヘッドマウントディスプレイ16の表示画面に表示される表示情報の一例を示す図である。
図2(a)では、基準位置Oから離れた位置で“3814”の表示情報Aが表示されている。
図2(b)では、基準位置Oから見て
図2(a)に示す表示情報Aよりも離れた位置に“5982”の表示情報Aが表示されている。このように、ヘッドマウントディスプレイ16では、表示情報Aの表示位置及び表示情報Aの内容を変化させる。被験者Sは、このような表示情報Aの内容を回答する、すなわち、操作者に例えば口頭で伝える。
【0031】
なお、ヘッドマウントディスプレイ16は、両眼に対応した表示画面の両方に同じ内容の表示情報Aを同じ表示位置に表示させて、両眼における総合的な回旋特性を計測してもよいし、片方の眼に対応した表示画面のみに表示情報Aを所定の表示位置に表示させることにより、片眼毎の回旋特性を計測してもよい。
【0032】
このように、ヘッドマウントディスプレイ16に表示情報を基準位置から離れた位置に、表示情報の内容を異なる内容に切り替えるとともに、表示情報の表示位置も変化させるので、眼球の回旋特性を効率よく計測することができる。さらに、ヘッドマウントディスプレイ16は、被験者Sの頭部に固定されるので、従来のように、眼と表示情報の位置関係が変動することはない。このため、従来に比べて、眼球の回旋特性を精度良く計測することができる。
【0033】
なお、上記実施形態では、ヘッドマウントディスプレイ16に表示した表示情報Aの内容と、被験者Sが認識した表示情報Aの内容との一致、不一致の判定は、被験者Sが口頭で操作者に伝え、操作者が入力操作系12を介してコンピュータ10に入力した表示情報Aの内容を用いて行われるが、被験者Sが直接入力操作系12を用いて入力してもよいし、被験者Sが認識した表示情報Aの内容を入力操作系12を用いて入力する代わりに、被験者Sによる表示情報Aの内容の回答の音声を、マイクを通してコンピュータ10に入力し、コンピュータ10は、入力された音声の音声信号から被験者Sが発した表示情報Aの内容を識別し、この識別結果と、ヘッドマウントディスプレイ16に表示された表示情報Aの内容との一致、不一致を判定してもよい。
【0034】
眼球の回旋特性は、上下方向の回旋特性の他に、左右方向の回旋特性、さらには、正面視に対して、上下方向及び左右方向に一定の角度で傾斜した斜め方向の回旋特性を含む。
しかし、一実施形態によれば、被験者Sの視線の向きを変化させるとき、表示位置を、少なくとも、基準位置に対して、表示画面の上下方向に沿って移動させることが好ましい。一般的な生活環境において、正面視の視線で見る物体を基準として手前にある近距離の物体を見る際には視線を下方に向け、より奥側にある遠距離の物体を見る際には視線を上方に向けることが多い。このため、視線の上下方向の回旋特性を計測することは、被験者Sの回旋特性に合わせて眼鏡レンズを個別に設計する点から好ましい。
【0035】
眼球の回旋は、主に眼球周りの外眼筋の筋特性に応じて定まるが、筋は最大筋力と、一定の筋力を保持する持続時間と、によって筋特性は特徴付けられる。したがって、眼球の回旋特性も、眼の限界回旋範囲と、正面視の方向を基準とした一定の方向に視線を維持し続ける持続時間に関する情報とによって特徴付けられる。
したがって、一実施形態によれば、眼球の下方の回旋により、表示情報Aの識別が可能と判定される範囲の中で眼球の正面視の視線に対して最下方向に向く被験者Sの視線の限界角度情報、及び、被験者Sの正面視の視線に対して予め定めた角度で視線が下方に向いた状態で、表示情報Aの識別が可能と判定される眼球の維持時間の情報の少なくとも一つを、眼球の回旋特性として取得するように、表示情報Aの表示位置及び表示情報Aの内容の切り替えのタイミングが調整される、ことが好ましい。
【0036】
被験者Sの視線の向きを変化させるときは、表示位置を所定の時間固定した状態で、表示情報Aの内容を別の内容に切り替えることを所定回数繰り返した後、表示位置を移動することを繰り返すことにより、視線の向きを変化させることが好ましい。この場合、表示位置を所定の時間固定した状態で、表示情報Aの内容を切り替えることを繰り返す度に被験者Sがその内容を操作者に口頭で伝えるが、ある時間以降誤答が続く場合がある。このような場合、正答が続く時間を、眼球の維持時間の情報として得ることができる。
【0037】
また、表示位置を維持しながら表示情報Aの内容を変える度に、被験者Sはその内容を操作者に伝えるが、そのとき、一例として、回旋能力指数Pを眼球の回旋特性として算出してもよい。回旋能力指数Pは、被験者Sの回答の正答率qと、表示情報Aの内容を切り替えてから回答するまでの計測される回答時間tと、視線の向きの角度θ(正面視に対する角度)とを用いて関数P=f(q,t,θ)で表される。関数fの一例として、
P=f(q,t,θ)=(q×α)×(1/(t×β))×(θ×γ)
(α,β,γは、予め定めた係数)
を挙げることができる。
【0038】
一実施形態によれば、表示情報Aの表示位置は、表示位置が移動する度に、表示画面内の一方向において、基準位置Oから遠く離れる、ことが好ましい。表示位置が徐々に基準位置Oから離れるように表示情報Aを表示することにより、効率よく回旋特性を計測することができる。
【0039】
一実施形態によれば、被験者Sの視線の向きを変化させるときは、表示情報Aの内容を切り替える度に、表示画面内の一方向において、基準位置Oから遠く離れるように、表示位置が移動することを繰り返すことにより、被験者Sの視線の向きを変化させることが好ましい。例えば、表示情報Aの識別が可能と判定される範囲の中で眼球の正面視の視線に対して最下方向に向く視線の限界角度情報を、回旋特性として取得する場合、眼球の固定した方向を向くことができる眼球の維持時間を計測する必要はないので、表示情報Aの内容を切り替える度に、基準位置Oから遠く離れるように、表示位置を移動させることを繰り返すことにより、効率よく回旋特性を計測することができる。
【0040】
一実施形態によれば、表示情報Aの表示位置を移動させる方向と直交する方向における表示情報Aの位置は予め設定された範囲内にあり、表示情報Aの内容を切り替えるときに、あるいは、表示位置を移動するときに、予め設定された範囲内で変化させることが好ましい。例えば、表示情報Aの表示位置を基準位置Oに対して下方向に移動させる場合、表示情報Aの左右方向の位置を、予め定めた範囲内で変動させる。これにより、常に左右方向の同じ位置に表示情報Aを表示させる場合に比べて、眼の動きを左右方向に変動させることができるので眼に左右方向に適度な刺激を与えつつ、下方向の眼の回旋特性を効果的に計測することができる。また、表示情報Aが左右方向の同じ位置の下方に表示されることを被験者Sが予想して、予想される位置に意識を集中させることは、回旋特性を精度良く計測する点から好ましくない。
【0041】
一実施形態によれば、ヘッドマウントディスプレイ16の表示画面に表示情報Aを表示させるとき、表示画面と眼球の間に設けられる光学系によって基準位置O及び表示情報Aの表示位置のうち少なくとも一方の、被験者Sから見た位置を調整する、ことが好ましい。
基準位置O及び表示情報Aの表示位置のうち少なくとも一方の、被験者Sから見た位置を光学系によって調整することにより、ヘッドマウントディスプレイ16の表示画面の表示範囲が限られても、回旋特性、特に回旋の限界の範囲を計測することができる。ここで、光学系は、ミラー、レンズ、プリズムを含む。例えば、視線の向きを変えるために、また、表示画面から眼球までの光路長を調整するために、ミラーを使用してもよい。
また、被験者Sは眼鏡等により眼の矯正をしている場合もある。この場合、眼鏡レンズは光学系の一部として作用する。すなわち、被験者Sは眼鏡を装用した状態で本計測を受けてもよい。この場合、眼鏡レンズのプリズム作用により、表示情報Aに向く視線の向きは、表示位置と眼鏡レンズのプリズム作用によって定まる。この場合、被験者Sが眼鏡レンズを通して表示情報Aを見る視線の向きが、予め定められた方向になるように、眼鏡レンズのプリズム作用に基づく屈折特性に基づいて、表示情報Aの表示位置が設定されることが好ましい。すなわち、コンピュータ10は、眼鏡レンズの屈折特性の情報の入力を受けて、視線の向きが設定された方向に向くように、表示情報Aの表示位置が設定されることが好ましい。この場合、眼鏡レンズは、プリズム特性が既知であることが求められるので、被験者Sは、予め用意されたプリズム特性が既知の複数の眼鏡レンズから選択され眼鏡レンズを装用して計測を受けることが好ましい。
【0042】
一実施形態によれば、光学系は、少なくとも一つのプリズムを含むことが好ましい。眼の視線は、正面視を基準とした傾斜角度で45~50度程度まで上下左右に向くことができる。これに対して、ヘッドマウントディスプレイ16の表示画面では、基準位置Oに対して上下方向に最も離れた位置を見る視線の正面視に対する角度は最大でも40度である場合が多い。このため、眼の回旋の限界の範囲を計測するには、ヘッドマウントディスプレイ16の表示画面は十分な広さを有さない。このため、光学系は、少なくとも一つのプリズムを含むことが好ましい。
図3は、一実施形態で用いる光学系を説明する図である。
図3では、表示画面17に表示情報Aが表示されている。この場合、プリズム18が、表示画面17と眼Eの間に設けられることにより、被験者Sからみて、表示情報Aは表示情報Aの表示位置に比べて下方の位置に表示情報A*が見える。すなわち、表示情報Aが表示画面17の最下限の位置にあっても、視線は、表示画面17を外れた位置を見る視線となる。このように、光学系が少なくとも一つのプリズムを含むことは、表示範囲の制限されたヘッドマウントディスプレイ16であっても、眼の回旋特性を計測することができる点から好ましい。
【0043】
このような回旋特性の結果は、眼鏡レンズのうち累進屈折力レンズの設計に有効に用いることができる。
図4は、累進屈折力レンズを模式的に示す図であり、眼鏡フレームの形状に合わせるための玉出し加工を行っていない外形が円形状の基材レンズの状態を示している。
【0044】
累進屈折力レンズは、
図4に示すように、遠方視に用いる遠用部、近方視に用いる近用部、及び、遠用部と近用部の間に位置する中間部を領域として有し、遠用部と近用部の間で、屈折力が変化する眼鏡レンズである。
累進屈折力レンズを設計する際、眼鏡を購入する者の眼球の回旋特性に適したものを設計する場合、上述した計測システム1を用いて上記眼鏡の購入する者を被験者Sとして、被験者Sの眼球の回旋特性を計測する。
この計測結果である被験者Sの視線の限界角度情報、あるいは、眼球の維持時間の情報に基づいて、累進屈折力レンズにおける累進帯長あるいは屈折力が変化する屈折力曲線の形状を定める。
【0045】
累進帯長は、屈折力が中間部から近用部まで連続的に変化する部分の長さをいう。一実施形態では、屈折力曲線を、累進帯長における屈折力が直線B0のように線形に変化させるだけでなく、曲線B1,B2のように非線形に変化させる。
例えば、計測結果において、被験者Sの視線の回旋特性の計測結果から眼球の下方回旋維持角度(下方回旋で、同じ角度に維持する時間が所定範囲を満たす最大の角度)が小さいとわかった場合、累進帯長を短く設定し、被験者Sの視線の上記限界角度情報から眼球の下方回旋維持角度が大きいとわかった場合、累進帯長を長く設定する。また、計測結果に応じて屈折力曲線を曲線B1,B2のように設定してもよい。
また、視線の上記限界角度情報が同じ場合でも、眼球の維持時間が異なる場合がある。例えば、眼球の維持時間が短い場合、視線を下方に大きく移動させてなくてもある程度の時間視線を止めて見ることが可能なように、曲線B2のように、中間部における度数を直線B0に比べて高くすることが好ましい。
【0046】
眼の回旋特性に適した累進屈折力レンズを設計する場合、両眼による回旋特性を総合的に計測した場合は、計測結果が左右両眼の累進屈折力レンズに反映される。また、左右の両眼の回旋特性を別々に計測し、計測結果が異なっている場合、それぞれの眼の累進屈折力レンズの設計にそれぞれの眼の計測結果を反映させてもよいし、両眼の回旋特性の計測結果の平均値を、両眼の累進屈折力レンズの設計に反映させてもよい。
【0047】
以上、本発明の被験者の眼球の回旋特性を計測する計測方法及び累進屈折力レンズの設計方法について詳細に説明したが、本発明は上記実施形態に限定されず、本発明の主旨を逸脱しない範囲において、種々の改良や変更をしてもよいのはもちろんである。
【符号の説明】
【0048】
1 計測システム
10 コンピュータ
12 入力操作系
14 モニタ
16 ヘッドマウントディスプレイ
17 表示画面
18 プリズム