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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-02
(45)【発行日】2023-02-10
(54)【発明の名称】筆記具
(51)【国際特許分類】
   B43K 24/08 20060101AFI20230203BHJP
【FI】
B43K24/08 140
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2019120946
(22)【出願日】2019-06-28
(65)【公開番号】P2021006384
(43)【公開日】2021-01-21
【審査請求日】2022-04-11
(73)【特許権者】
【識別番号】303022891
【氏名又は名称】株式会社パイロットコーポレーション
(72)【発明者】
【氏名】岩原 卓
(72)【発明者】
【氏名】菅原 良昌
【審査官】三橋 健二
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-065154(JP,A)
【文献】特開2010-194721(JP,A)
【文献】特開2009-107135(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B43K 24/08
B43K 24/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸筒と、
前記軸筒に対しその軸線方向に相対移動可能に当該軸筒に支持され、当該軸筒に配した弾発体により後方へ弾発され、当該軸筒の前端からペン先が出没される筆記体と、
軸線方向に沿って延びる長孔と、当該長孔の後方に形成された内向段部とが設けられ、前記軸筒の内部に配置された、中筒と、
前記軸線の周りを螺旋状に延びるスリットが設けられ、前記軸筒に対しその軸線周りに相対回転可能に当該軸筒内に配置され、前記中筒の内部に収容された、回転体と、
前記長孔及びスリット内を移動する移動部を有し、前記軸筒に対し前記軸線方向に相対移動可能であるが前記軸線周りの相対回転が規制された、押圧部と、
前記回転体を前記軸筒に対して前記軸線方向に付勢し、当該回転体の肩部を前記中筒の肩部に向かって押し当てる、付勢手段と、
前記中筒の後端から外部に延びる前記回転体の後端部に取り付けられた、頭冠と、を備え、
前記押圧部は、前記軸筒に対し、当該軸筒の外部から押圧可能であり、
前記中筒の肩部の前端面と、前記回転体の肩部の後端面とが、高粘度のグリスを介して連設され、
前記頭冠と前記軸筒との間には隙間が形成され、前記押圧部を前進させた際に前記隙間が縮小し、前記中筒の肩部の前端面と、前記回転体の肩部の後端面と、の間に隙間が生じる、筆記具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、筆記具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、軸筒に対しこの軸筒の軸線周りに頭冠を回転することにより、軸筒の前端の開口部から軸筒内に支持された筆記体を出没させる、回転操作式の筆記具が知られている(特許文献1参照)。このような筆記具は、内部の回転機構により出没動作が実現されるため静かな操作音で、操作感に優れる。その一方、回転操作式の筆記具は、一般に、片手で軸筒を把持し、残りの手で頭冠を把持して軸筒に対し軸線周りに相対回転させることで筆記体の出没操作を行う。このことから、素早く筆記体を突出させて筆記を行いたい場合にも突出操作にやや時間を要するため、操作性に改善の余地がある。
【0003】
他方、例えば軸筒の後端の開口部から外部に突出したノック部材を軸筒に対して前方に押し込むことにより、軸筒の前端の開口部から軸筒内に支持された筆記体を出没させる、ノック式の筆記具も知られている。ノック式の筆記具は、片手で出没操作を行うことができるため機敏な操作を行うことができるが、筆記体が軸筒内に勢いよく没入することで当該筆記体に大きな衝撃が加わってしまったり、ノック操作時にカチカチと音がしたりして、操作感に改善の余地がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2007-320209号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、以上の実情に鑑みて創案されたものである。すなわち、本発明は、操作性と操作感とを両立させた筆記具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明による筆記具は、軸筒と、
前記軸筒に対しその軸線方向に相対移動可能に当該軸筒に支持され、当該軸筒に配した弾発体により後方へ弾発され、当該軸筒の前端からペン先が出没される筆記体と、
軸線方向に沿って延びる長孔と、当該長孔の後方に形成された内向段部とが設けられ、前記軸筒の内部に配置された、中筒と、
前記軸線の周りを螺旋状に延びるスリットが設けられ、前記軸筒に対しその軸線周りに相対回転可能に当該軸筒内に配置され、前記中筒の内部に収容された、回転体と、
前記長孔及びスリット内を移動する移動部を有し、前記軸筒に対し前記軸線方向に相対移動可能であるが前記軸線周りの相対回転が規制された、押圧部と、
前記回転体を前記軸筒に対して前記軸線方向に付勢し、当該回転体の肩部を前記中筒の肩部に向かって押し当てる、付勢手段と、
前記中筒の後端から外部に延びる前記回転体の後端部に取り付けられた、頭冠と、を備え、
前記押圧部は、前記軸筒に対し、当該軸筒の外部から押圧可能であり、
前記中筒の肩部の前端面と、前記回転体の肩部の後端面とが、高粘度のグリスを介して連設され、
前記頭冠と前記軸筒との間には隙間が形成され、前記押圧部を前進させた際に前記隙間が縮小し、前記中筒の肩部の前端面と、前記回転体の肩部の後端面と、の間に隙間が生じる、筆記具。
【発明の効果】
【0007】
本発明の筆記具によれば、片手による簡易な出没操作と静かで滑らかな出没動作とが実現されるため、操作性と操作感とを両立し、更に、ペン先が突出した状態から、筆記体が弾発体により後方に弾発されてペン先が没入する際には、中筒の肩部の前端面と回転体の肩部の後端面との間に介在された高粘度のグリスと、回転体の肩部を中筒の肩部に向かって付勢する付勢手段とにより、回転体がゆっくりと回転するため、筆記体への衝撃が緩和され、また回転体と同期する頭冠が滑らかに回転し、その回転する動作を楽しむことができ、押圧部を前進させる際には、中筒の肩部の前端面と前記回転体の肩部の後端面との間に隙間が生じることで、前記グリスの影響を受けることなく回転体を回転させながら、ペン先を突出させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本発明の実施の形態による筆記具を示す概略縦断面図であり、ペン先が没入した図である。
図2図1の後方拡大図である。
図3図1の一部拡大図である。
図4】本発明の実施の形態による筆記具を示す概略縦断面図であり、ペン先が突出した図である。
図5図4の後方拡大図である。
図6図1の筆記具の中筒を示す概略側面図である。
図7図1の筆記具の回転体を示す概略正面図で、図7A図1の回転体を正面視した図であり、図7B図4の回転体を正面視した図である。
図8図1の筆記体の回転体の概略縦断面図であり、図8A図7Aの7A-7A線縦断面図であり、図8B図7Bの7B-7B線縦断面図である。
図9図8Bの線Cに沿って切り開いた、回転体の概略的な展開図である。
図10図8Bの回転体の前端近傍を示す拡大図であり、図10Aは回転体の前壁部の前端近傍を示す拡大図であり、図10Bは回転体の後壁部の前端近傍を示す拡大図である。
図11A図1の筆記具の作用を説明するための図であり、筆記体が軸筒内に没入した状態を示している。
図11B図1の筆記具の作用を説明するための図であり、筆記体が軸筒に対し前方に相対移動している状態を示している。
図11C図1の筆記具の作用を説明するための図であり、筆記体が軸筒から突出した状態を示している。
図11D図1の筆記具の作用を説明するための図であり、筆記体が軸筒に対し後方に相対移動している状態を示している。
図12図1の筆記具の作用を説明するための図であり、筆記体を軸筒から突出させている状態の後方拡大図である。
図13図1の筆記具の作用を説明するための図であり、筆記体を軸筒から突出させている状態の一部拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下に、添付の図面を参照して本発明の一実施の形態を詳細に説明する。
【0010】
図1は、本発明の実施の形態による筆記具を示す概略縦断面図であり、ペン先が没入した図である。但し、筆記体20は側面図で示してある。図2は、図1の後方拡大図であり、図3は、図1の一部拡大図である。図4は、本発明の実施の形態による筆記具を示す概略縦断面図であり、ペン先が突出した図である。但し、図1と同様に、筆記体20は側面図で示してある。図5は、図4の後方拡大図である。図6は、図1の筆記具の中筒を示す概略側面図である。図7は、図1の筆記具の回転体を示す概略正面図であり、図7A図1の回転体を正面視した図であり、図7B図4の回転体を正面視した図である。図8は、図1の筆記体の回転体の概略縦断面図で、図8A図7Aの7A-7A線縦断面図であり、図8B図7Bの7B-7B線縦断面図である。図9は、図8の線8Cに沿って切り開いた、回転体の概略的な展開図である。図9は、図8Bの線Cに沿って切り開いた、回転体の概略的な展開図である。図10は、図8Bの回転体の前端近傍を示す拡大図であり、図10Aは回転体の前壁部の前端近傍を示す拡大図であり、図10Bは回転体の後壁部の前端近傍を示す拡大図である。
【0011】
図1及び図7に示すように、筆記具100は、軸筒10と、軸筒10に支持された筆記体20と、軸筒10内に配置され軸筒10の軸線Lの周りを螺旋状に延びるスリット33sが設けられた回転体30と、スリット33s内を移動する移動部41を有する押圧部40と、を有している。図1に示す例では、筆記具100は万年筆であるが、これには限定されず、他の例では、ボールペン、シャープペンシル、マーカーなど各種の筆記具であって良い。図1に示すように、筆記体20は、軸筒10に対しその軸線方向daに相対移動可能に当該軸筒10に支持されており、ペン先21が軸筒10の前端に画定された開口部10aから出没されるようになっている。
【0012】
図1に示すように、軸筒10は、軸筒本体13と、この軸筒本体13の内部に配置された中筒11とを有している。図2に示すように、中筒11には、軸線方向daに沿って延びる長孔12が形成されている。図6は、図1の左方から見た中筒11を示している。図2に示すように、この長孔12は、押圧部40の移動部41を収容可能な幅を有し、軸線Lに関して対称的に設けられている。
【0013】
図7から図9に示すように、回転体30は、軸筒10に対しその軸線L周りに相対回転可能に当該軸筒10内に配置された筒形の部材である。回転体30は、筒形の回転体本体33と、互いに対向して延びて2条のスリット33sを画成する前壁部31及び後壁部32と、を有している。2条のスリット33sは、互いに180°の位相差で、軸線L(図1参照)の周りを回転体本体33の後端33rから前端33fへ向かって螺旋状に延びている。図8に示すように、各スリット33sは、スリット33sの後端33srの近傍から前方(図8における下方)に向かって実質的に均一な傾斜で延びている。
【0014】
一方、各スリット33sは、回転体本体33の前端33fの近傍の領域においては、傾斜が変化している。図10Aは、図8Bに示す回転体30のスリット33sの前壁部31の前端近傍を示す拡大図である。図10Aに示すように、前壁部31は、スリット33sの前端33sfの近傍に、後方(図10Aにおける右方)に膨出した膨出部31eを有している。図10Aに示すように、前壁部31は、曲線状に形成された膨出部31eの前後の接線SE1,SE2と、軸線方向daに沿って後方に向かうベクトルとが、常に鋭角(0°<θ1<θ2<90°)を成す形状を有している。
【0015】
図10Bは、図8Bに示す回転体30の後壁部32の前端近傍を示す拡大図である。図10Bに示すように、各スリット33sの後壁部32には、前端近傍において、前方に膨出した戻り止め部32eが形成されている。後壁部32は、曲線状に形成された戻り止め部32eの前後の接線SE3,SE4と、軸線方向daに沿って後方に向かうベクトルとの成す角が、鈍角θ3から鋭角θ4に変化する形状を有している。
【0016】
図1に戻って、筆記体20は、後端が押圧部40に当接することによって軸筒10に対する後方への相対移動が規制されている。この筆記体20は、コイルバネ50によって軸筒10に対し後方に付勢されている。図示されるように、コイルバネ50は、軸筒本体13の内面に設けられた軸筒側係止部14と、この軸筒側係止部14よりも後方において筆記体20に設けられた筆記体側係止部22と、の間に圧縮状態で配置されている。
【0017】
図1に示すように、押圧部40は、軸筒10の後端から外部に延び出ており、軸筒10の外部から前方に押圧可能となっている。押圧部40は、中筒11内において回転体30を軸線方向daに貫通して配置されており、軸筒10に対し軸線方向daに相対移動可能となっている。押圧部40の移動部41は、回転体30の2条のスリット33sの双方を径方向に貫通し、両端が中筒11の長孔12内に位置付けられている。回転体30の後端部35は中筒11の後端から外部に延び出ており、この後端部35に、外側面に突起34aを一つ有する頭冠34が取り付けられている。頭冠34は、回転体30の後端に嵌着されることによって、当該回転体30に対し前方に相対移動することが規制されている。図2に示すように、頭冠34に形成された前向き段部34bと、軸筒本体13の後端部10bと、の間には隙間SU1が設けられており、当該頭冠34は、前向き段部34bと、軸筒本体13の後端部10bと、が当接するまで前進できる。
【0018】
図2に示すように、筆記具100は、回転体30が軸筒10に対し軸線L周りに相対回転する際の回転速度を減速させる制動部60を更に備えている。この制動部60は、回転体30に当接する当接部材62と、この当接部材62を軸筒10に対し軸線方向daに付勢して回転体30に押し当てる付勢手段61と、を有している。当接部材62は、軸筒10に対し軸線L周りの相対回転が規制されている。付勢手段61は、軸筒10(軸筒本体13)と当接部材62との間に圧縮状態で配置されている。すなわち、付勢手段61は、回転体30の前方に配置され、当接部材62を前方から付勢し、当接部材62を介して回転体30が軸筒10の後方へ付勢されることで、回転体30の肩部30aが中筒11の肩部11aに向かって付勢される。
【0019】
なお、図示されていないが、中筒11の肩部11aと回転体30の肩部30aとの間には、高粘度のグリスが塗布されている。この高粘度のグリスは、粘度が1000mm/s以上10000mm/s以下のグリスであり、付勢手段61により、回転体30の肩部30aが中筒11の肩部11aに付勢されることで、回転体30の回転速度を制動させることができる。中筒11の肩部11aは、当該中筒11の中間部において径方向に張り出しており、回転体30の肩部30aは、当該回転体30の中間部において径方向に張り出している。中筒11及び回転体30は、肩部11aと肩部30aとを境に、前方を大径に後方を小径に形成されている。付勢手段61はコイルバネであり、その弾発力が筆記体20を後方に付勢するコイルバネ50より小さい状態で、軸筒本体13の内面に設けられた後向き段部15と、当接部材62と、の間に配置され、押圧部40を前方へ押圧した際に、付勢手段61であるコイルバネが縮みながら、押圧部40及び筆記体20が前進される。
【0020】
また、図3に示すように、回転体30の肩部30aの後端面30bの中央には円環状の溝30c1,30c2が形成され、後端面30bの外縁には段部30dが形成されている。この溝30c1,30c2及び段部30dに対してグリスが充填されることで、グリスが途切れることを防止できる。なお、溝30c1及び溝30c2は、その断面をV字形状とすることでグリスを充填し易くしており、溝30c1をφ9.5mmの直径で、溝30c2をφ8.1mmの直径で、それぞれ0.1mmの深さで、同心円で形成されている。
【0021】
更に、回転体30の外側面には、グリスが貯留される貯留凹部30eと貯留凹部30fとが形成され、回転体30の大径部に形成された貯留凹部30e及び小径部に形成された貯留凹部30fの内部にグリスが貯留されることで、中筒11の内側面と回転体30の外側面とをグリスで連接してしまうことがなくなり、結果、回転体30の外側面に付着したグリスは回転体30の回転速度に影響を与えない。なお、回転体30の回転速度を制動するグリスが、回転体30の肩部30aと中筒11の肩部11aとの間のグリスのみに限定されるので、回転体30の回転を制動する力が設定し易く、安定する。これにより、移動部41の摺動性を良くするためにスリット33sの内壁面に塗布したグリスが回転体30の外側面に流出してしまった場合でも、回転体30の貯留凹部30eの内部にグリスが貯留されるので、そのグリスは回転体30の回転速度に影響を与えない。
【0022】
次に以上のような筆記具100の作用について、前記図9及び図11Aから図11Dの図を参照して説明する。図9は、図8Bの線Cに沿って切り開いた、回転体の概略的な展開図であり、中心線で90度の間隔を示しており、270度の回転角度となるスリットを示している。図10は、図8Bの回転体の前端近傍を示す拡大図であり、図10Aは回転体の前壁部の前端近傍を示す拡大図であり、図10Bは回転体の後壁部の前端近傍を示す拡大図である。
【0023】
図11Aから図11Dは、図1の筆記具100の作用を説明するための図であり、図1から筆記体20、回転体30、押圧部40を抜き出し、回転体30を展開図とし、更に、中筒11の長孔12の位置を重ねて示した図である。図11Aは筆記体20が軸筒10内に没入した状態を示し、図11Bは、筆記体20が軸筒10に対し前方に相対移動している状態を示し、図11Cは筆記体20が軸筒10から突出した状態を示し、図11Dは、筆記体20が軸筒10に対し後方に相対移動している状態を示している。
【0024】
ここでは、図11Aに示すように、筆記体20のペン先21が軸筒10内に完全に没入している状態を初期状態として説明を行う。この初期状態において、押圧部40の移動部41は、回転体30のスリット33s及び中筒11の長孔12のそれぞれの後端に位置している。この状態は、コイルバネ50によって軸筒10に対し筆記体20が後方に付勢されていることにより維持される。
【0025】
筆記具100は、図11Aに示す状態から押圧部40が軸筒10に対し前方に力F(図11B参照)で押圧されると、移動部41が回転体30の前壁部31を前方に押圧する。この押圧によって、前壁部31と移動部41とには、前壁部31の傾斜に対し直交する方向に互いに逆向きの力が作用する。したがって、これらの力には、軸筒10の軸線方向daの成分と、軸線方向daと直交する方向の成分とが含まれる。ところで、移動部41の両端は、中筒11の長孔12内に位置付けられているため、当該中筒11に対し、軸線L周りに相対回転することが規制されている。このため、図11Bに示すように、移動部41は長孔12に沿って軸筒10に対し相対回転すること無く、前方に相対移動する。この結果、回転体30が後方から見て軸筒10に対し反時計回りに相対回転されると共に、筆記体20がコイルバネ50を圧縮しつつ軸筒10に対し前方に相対移動される。なお、回転体30の軸筒10に対する相対回転に伴って、頭冠34も軸筒10に対し軸線L周りに相対回転される(図11B参照)。
【0026】
押圧部40を軸筒10に対し前方に相対移動させるために必要な力は、回転体30の前壁部31から移動部41が受ける反力と、コイルバネ50による付勢力と、の合力である。押圧部40の移動部41が回転体30の膨出部31eに到達するまでは、当該回転体30の前壁部31の傾斜が一定であることから、回転体30の前壁部31から移動部41が受ける反力は、回転体30と押圧部40との相対位置関係によらず実質的に一定である。一方、コイルバネ50による付勢力は、押圧部40が軸筒10に対し前方に相対移動するにつれて一定の割合で増大する。以上のことから、押圧部40を軸筒10に対し前方に相対移動させるために必要な力は、一定の割合で増大する。回転体30を常時後方へ付勢する付勢手段61であるコイルバネは、押圧部40を前方へ移動させるために必要な力が最小のとき、すなわち、図11Aのように筆記体20が軸筒10内に没入した状態でも、押圧部40が軸筒10に対し前方に力F(図11B参照)で押圧されると、移動部41が回転体30の前壁部31を前方に押圧し、付勢手段61であるコイルバネが縮みながら、押圧部40及び筆記体20が前進され、ペン先21が突出される。このとき、図12及び図13に示すように、頭冠34が、前向き段部34bと、軸筒本体13の後端部10bと、が当接されるまで前進することで、隙間SU1(図2参照)が無くなり、その隙間SU1の分の隙間SU2が、回転体30の肩部30aと、中筒11の肩部11aと、の間に生じる。これにより、押圧体40を前方へ押圧する際には、回転体30の肩部30aと、中筒11の肩部11aと、の間のグリスが当該回転体30の回転を制動しないので、押圧体40を前進させ易く、操作性が良い。
【0027】
押圧部40の移動部41が回転体30の膨出部31eに到達すると、当該回転体30の前壁部31の傾斜は、軸線Lに対しより立ち上がった状態になる(図10A参照)。このため、移動部41から回転体30の前壁部31に作用する力のうち、当該回転体30を軸筒10に対し軸線L周りに相対回転させるために作用する分力の割合が減少する。換言すれば、回転体30を軸筒10に対し軸線L周りに継続して相対回転させるためには、より大きな押圧力を押圧部40に対して作用させる必要がある。すなわち、押圧部40の移動部41が回転体30の膨出部31eに到達すると、押圧部40を押圧している使用者に対し重い操作感が提供される。
【0028】
そして、押圧部40の移動部41が回転体30の膨出部31eの頂点を乗り越えると、今度は前壁部31の傾斜が軸線Lに対しより寝た状態になる(図10A参照)。このため、移動部41によって回転体30の前壁部31に作用する力のうち、当該回転体30を軸筒10に対し軸線L周りに相対回転させるために作用する分力の割合が増大する。換言すれば、回転体30を軸筒10に対し軸線L周りに引き続き相対回転させるためには、より小さな押圧力を押圧部40に対して作用させれば足りる。すなわち、押圧部40の移動部41が回転体30の膨出部31eの頂点を乗り越えると、押圧部40を押圧している使用者に対し軽い操作感が提供される。以上のようにして、押圧部40の移動部41がスリット33sの前端33sfに位置付けられる直前に、使用者に対して節度感(クリック感)が提供される。
【0029】
このクリック感によって、使用者は筆記体20が軸筒10に対して最も前方まで相対移動されたことを知覚する。そして、押圧部40に作用していた押圧力Fが解除されると、筆記体20は、コイルバネ50の付勢力によって軸筒10に対し後方に付勢される。これによって、押圧部40の移動部41は、軸筒10に対し後方に相対移動され、回転体30の後壁部32に押し当てられる(図11C参照)。このとき、回転体の戻り止め部3eは、後方から見て、移動部41よりも軸線L周りに時計回りに進んだ位置に位置付けられる。前述したように、戻り止め部32eの一部が、軸線方向daに沿って後方に向かうベクトルと鈍角θ3を成しているため(図10B参照)、コイルバネ50の付勢力によって移動部41が回転体30の後壁部32を後方に押圧しても、当該回転体30が軸筒10に対し軸線L周りに相対回転されることが無い。
【0030】
以上の操作によって、筆記体20を軸筒10の前端から突出させる操作が完了する。そして、使用者によって軸筒10が把持され、紙面に対してペン先21を当接させつつ軸筒10が所望に移動されて筆記が行われる。
【0031】
筆記が完了すると、使用者によって、軸筒10に対し、頭冠34が後方から見て時計回りに相対回転される。このとき、頭冠34と共に回転体30が軸筒10に対し軸線L周りに相対回転され、回転体30の戻り止め部32eが押圧部40の移動部41を軸筒10に対し前方に押圧する。これにより、筆記体20がコイルバネ50を圧縮させつつ、移動部41が戻り止め部32eを乗り越える。移動部41が戻り止め部32eを乗り越えた後は、コイルバネ50の付勢力を原動力として、筆記体20が軸筒10に対し後方に相対移動され、筆記体20に当接した押圧部40が軸筒10に対し後方に相対移動される。このため、使用者が頭冠34を引き続き時計回りに相対回転させる必要は無い。この押圧部40の軸筒10に対する相対移動の際、移動部41が回転体30を軸筒10に対し後方から見て時計回りに相対回転させつつ、中筒11の長孔12に沿って軸筒10に対し後方に相対移動する(図11D参照)。この相対移動は、移動部41がスリット33sの後端33srに到達するまで継続され、これにより図11Aに示す初期状態が復元される。
【0032】
また、筆記具100は、回転体30と当接部材62との当接部分に作用する摩擦力によって、回転体30の軸筒10に対する軸線L周りの相対回転の回転速度が減速される。すなわち、筆記具100による筆記が完了し、使用者によって、軸筒10に対し、頭冠34が後方から見て反時計回りに相対回転されると、この相対回転に伴って、回転体30が軸筒10に対し軸線L周りに相対回転される。そして、押圧部40の移動部41が回転体30の戻り止め部32eを乗り越えると、前述したように、コイルバネ50の付勢力により、筆記体20が軸筒10に対し後方に相対移動させられるため、筆記体20に当接した押圧部40が回転体30を軸筒10に対し軸線L周りに相対回転させつつ軸筒10に対し後方に相対移動する。この相対移動の際、回転体30を軸筒10に対して後方へ付勢し、回転体30の肩部30aを中筒11の肩部11aに向かって付勢する付勢手段31と、回転体30の肩部30aと中筒11の肩部11aとの間のグリスとによって、回転体30及び回転体30の後端部35に取り付けられた頭冠34が比較的ゆっくりと軸筒10に対し軸線L周りに相対回転するため、押圧部40は、比較的ゆっくりと図1に示す初期状態に戻る。このことが万年筆のような筆記具では高級感のある回転動作に見える。
【0033】
なお、筆記具100は、頭冠34を軸筒10に対し軸線L周りに相対回転させることによっても、筆記体20のペン先21を軸筒10から突出させることができる。この場合、図11Aに示す初期状態において、後方から見て、頭冠34を軸筒10に対し軸線Lに関し反時計回りに相対回転させると、移動部41は、回転体30の後壁部32から受ける力によって中筒11の長孔12内を前方に移動する。このことによって、筆記体20は、コイルバネ50を圧縮させつつ軸筒10に対し前方に相対移動し、ペン先21が軸筒10から次第に突出される。このように、頭冠34の回転操作によって筆記体20を軸筒10の前端から突出させる場合は、回転体30の後壁部32が移動部41を押圧する。したがって、ここでは、上述した押圧部40の押圧操作の場合と異なり、回転体30の前壁部31と移動部41との相互作用は生じない。
【0034】
そして、押圧部40の移動部41が回転体30のスリット33sの前端33sfに到達する直前に、当該移動部41は、戻り止め部32eを乗り越える。これによって、前述したように、コイルバネ50の付勢力によって移動部41が回転体30の後壁部32を後方に押圧しても、当該移動部41が軸筒10に対して後方に相対移動してしまうことが無い。すなわち、筆記体20のペン先21が軸筒10から突出した状態が安定して維持される。筆記が終了し、筆記体20のペン先21を軸筒10内に没入させる際には、図11C及び図11Dを参照して説明した手順と同じであるため、ここではその説明は省略する。
【0035】
また、回転体30は、頭冠34を介して軸筒10の外部から回転操作可能で、回転体30を軸筒10に対し軸線L周りに相対回転させると、押圧部40の移動部41が軸筒10に対し軸線方向daに相対移動され、押圧部40を軸筒10に対し前方に押圧すると、回転体30が軸筒10に対し軸線L周りに相対回転される。このことにより、押圧部40の軸筒10に対する前方への押圧操作によっても、頭冠34を介した回転体30の軸線L周りの回転操作によっても、筆記体20のペン先21を軸筒10から突出させることができる。
【0036】
更に、回転体30は、互いに対向して延びてスリット33sを画成する前壁部31及び後壁部32を有し、前壁部31は、スリット33sの前端33sfの近傍に、後方に膨出した膨出部31eを有している。このことにより、押圧部40を軸筒10に対し前方に押し込んで筆記体20のペン先21を軸筒10から突出させる操作が完了する際、使用者に対し適度なクリック感が提供される。
【0037】
すなわち、本発明の筆記具100によれば、片手による簡単な操作で軸筒10から筆記体20を静かで滑らかに出没させることができるため、操作性と操作感とを両立させることができ、筆記体20を軸筒10から出没させる際に、静かで滑らかな操作感が提供される。更には、筆記体20を軸筒10から出没させる際、とりわけ筆記体20を軸筒10内に没入させ移動部41とスリット33sの後端33srとが当接する際、筆記体に強い衝撃が加わることが効果的に抑制されるため、ペン先21からインキが飛散してしまうおそれが低減される。
【0038】
また、筆記体20を軸筒10内に没入させる際に、軸筒10の前方で行われるペン先21の没入動作に対応して、軸筒10の後端では押圧部40の突出動作が行われる。この突出動作は、付勢手段31の存在によって緩やかな速度で行われ、且つそれに伴い軸筒10の後方に配設された頭冠34もゆっくりと回転する。これらのことから、その両部材の動作が視覚的に認識し易くなり、機能的な特徴を使用者が容易に感じ取ることができる。更に、軸筒10から突出する頭冠34の外周面にローレット加工やダイヤカット加工を施しても良い。この場合、頭冠34の動作時(回転時)に頭冠34が様々な方向に光を反射することにより装飾的な効果が得られると共に、当該加工が頭冠34の滑り止めとしても機能するため回転操作が行い易くなる。
【0039】
また、制動部60は、回転体30に当接する当接部材62と、当接部材62を軸筒10に対し軸線方向daに付勢して回転体30に押し当てる付勢手段61と、を有している。このことにより、当接部材62が一定の押圧力で回転体30に押し当てられるため、当該回転体30に対し一定の摩擦力を安定して作用させることができる。
【0040】
更に、筆記具100では、付勢手段61が回転体30の前方に配置され、当接部材62を回転体30に前方から押し当てているため、回転体30の後方よりも前方の方が制動部60のためのスペースを確保し易く、制動部60の設計の自由度が高い。すなわち、回転体30に作用させる摩擦力を決定付ける当接部材62の材質及び付勢手段61のバネ定数を、所望に設定することが容易である。
【0041】
なお、付勢手段61は、コイルバネに限定されない。例えば、付勢手段としてゴムやエラストマ製のOリングなど所望の弾発力を提供する部材が採用されて、これを軸筒10と回転体30との間隙に配置しても良い。
【0042】
また、以上の説明では、押圧部40として軸筒10の後端から後方に突出した例を示したが、他の例としては、軸筒10(中筒11)の側面に設けたクリップ(不図示)を押圧部として機能させる、いわゆるクリップスライド式に構成されても良い。あるいは、筆記具は、軸筒10の側面に当該軸筒10の径方向に押圧可能な操作部が設けられた、いわゆるサイドノック式に構成されても良い。この場合、この操作部の軸筒10の径方向への押し込み力を軸筒10の軸線方向daの力に変換する適宜の機構が採用されることになる。
【符号の説明】
【0043】
10 軸筒
10a 開口部
10b 後端部
11 中筒
11a 肩部
12 長孔
13 軸筒本体
14 軸筒側係止部
15 後向き段部
20 筆記体
21 ペン先
22 筆記体側係止部
30 回転体
30a 肩部
30b 後端面
30c1、30c2 溝
30d 段部
30e、30f 貯留凹部
31 前壁部
31e 膨出部
32 後壁部
32e 戻り止め部
33 回転体本体
33f 回転体本体の前端
33r 回転体本体の後端
33s スリット
33sf スリットの前端
33sr スリットの後端
34 頭冠
34a 突起
34b 前向き段部
35 後端部
40 押圧部
41 移動部
50 コイルバネ
60 制動部
61 付勢手段(コイルスプリング)
62 当接部材
100 筆記具
SE1,SE2,SE3,SE4 接線
SU1,SU2 隙間
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11A
図11B
図11C
図11D
図12
図13