(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-02
(45)【発行日】2023-02-10
(54)【発明の名称】窒化物半導体基板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
H01L 21/338 20060101AFI20230203BHJP
H01L 29/778 20060101ALI20230203BHJP
H01L 29/812 20060101ALI20230203BHJP
H01L 21/205 20060101ALI20230203BHJP
【FI】
H01L29/80 H
H01L21/205
(21)【出願番号】P 2019227167
(22)【出願日】2019-12-17
【審査請求日】2021-11-30
(73)【特許権者】
【識別番号】507182807
【氏名又は名称】クアーズテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101878
【氏名又は名称】木下 茂
(74)【代理人】
【識別番号】100187506
【氏名又は名称】澤田 優子
(72)【発明者】
【氏名】江里口 健一
(72)【発明者】
【氏名】阿部 芳久
(72)【発明者】
【氏名】小宮山 純
【審査官】恩田 和彦
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/221532(WO,A1)
【文献】特開2011-166067(JP,A)
【文献】特表2008-546175(JP,A)
【文献】特開2008-159740(JP,A)
【文献】特開2017-076687(JP,A)
【文献】特開2016-134610(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 21/338
H01L 21/205
H01L 29/778
H01L 29/812
H01L 21/336
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多結晶無機材料上に単結晶シード層を備えた基板と、前記基板上の13族窒化物半導体からなるバッファー層と、前記バッファー層上の13族窒化物半導体からなる動作層とを備え、
前記バッファー層と前記動作層を合算した層厚が10~20μmであり、前記バッファー層は、前記バッファー層の厚さ方向に対して1のピークを持つSi元素濃度プロファイルと、前記バッファー層の厚さ方向に対して1のピークを持つC元素濃度プロファイルと、かつ、前記2つのピークの間隔が0~50nmとなるピーク対を少なくとも1つ備えること、
さらに、前記基板と前記バッファー層の界面から最も近いピークの頂点までの距離、前記バッファー層と前記動作層の界面から最も近いピークの頂点までの距離、および、ピークが複数存在する場合における隣接するピークの頂点の間隔のいずれもが3μm以上であることを特徴とする窒化物半導体基板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に、シリコン(Si)元素と炭素(C)元素が共にドープされたバッファー層を有する窒化物半導体基板、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
窒化物半導体を用いたHEMTは、例えば、炭化ケイ素(SiC)単結晶またはSi単結晶等からなる基板上に、各種の窒化物半導体からなるバッファー層を介して、窒化ガリウム(GaN)を含む動作層を備える窒化物半導体基板を用いて作製される。
【0003】
上記したバッファー層は、反りや転位の低減、耐圧の向上等を目的として、層構造やドーパントの濃度分布に様々な工夫がされている。その中の一つに、Si元素を用いた技術が多数知られている。
【0004】
例えば、特許文献1には、AlxGa1-xN(0<x≦1)のAlGaN層と、前記AlGaN層の上面に接しSiNを含む第1Si含有層と、前記第1Si含有層の上に設けられ前記上面に対して傾斜した斜面を有する凸部を含む第1GaN層と、前記第1GaN層の上に設けられSiを含有する第2Si含有層と、前記第2Si含有層の上に設けられた第2GaN層と、を含む積層体と、前記積層体の上に設けられ窒化物半導体を含む機能層と、を備えた窒化物半導体素子が記載されている。
【0005】
また特許文献2には、SiC単結晶基板41の(0001)面上に形成されており、前記SiC基板41上に例えば0.3μmの膜厚でエピタキシャルに形成された非ドープAlN下地層42と、前記下地層42上に例えば3μmの膜厚でエピタキシャルに形成された非ドープGaNバッファー層43と、前記バッファー層43上に5~50nm、例えば20nmの膜厚で形成され、Siを1×1017~5×1018cm-3、例えば2×1018cm-3の濃度でドープされたn+型GaNバンド制御層44と、前記バンド制御層44上に、5~50nm、好ましくは20nmの膜厚でエピタキシャルに形成された非ドープAlGaNバリア層45と、前記バリア層45上に例えば50nmの膜厚でエピタキシャルに形成された非ドープGaN電子走行層46と、前記電子走行層46上に、例えば厚さが5nmでエピタキシャルに形成された非ドープAlGaNスペーサ層47を介して例えば20nmの膜厚でエピタキシャルに形成され、Siを例えば4×1018cm-3の濃度でドープされた電子供給層48と、前記電子供給層上に、例えば7nmの膜厚でエピタキシャルに形成され、Siを例えば5×1018cm-3の濃度でエピタキシャルにドープされたn型GaNキャップ層49と、を積層した積層構造を有しており、前記電子走行層46中には、その上のスペーサ層47との界面に沿って二次元電子ガス(2DEG)が形成されているGaN-HEMT40が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2014-103377号公報
【文献】特開2009-59945号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に記載の発明は、第1Si含有層51sを設けることで転位80の密度が減少していることから、第1Si含有層51sは転位80を遮蔽する効果を有し、第1Si含有層51sと第2Si含有層52sとにより転位80の遮蔽効果が増強される、とするものといえる。
【0008】
特許文献2に記載の発明では、GaN-HEMT40では、前記電子走行層46の下に形成された非ドープAlGaNバリア層45がポテンシャルバリアを形成し、前記二次元電子ガス中の電子が加速されて基板41の側へ抜けようとするのが阻止される。その際、本実施形態では、前記バリア層45の下のバンド制御層44が高濃度にSiドープされたn型層であるため、その下の非ドープGaNバッファー層43あるいは非ドープAlN下地層42などの電気的影響が遮蔽され、前記GaN-HEMT40の高出力動作の際、加速された高エネルギーのキャリアが何らかの原因で、前記GaNバッファー層43あるいはその下のAlN下地層42、さらにはSiC基板41との界面にまで到達し捕獲されたような場合であっても、前記バリア層45が形成するポテンシャルの電気的な変動が抑制され、前記バリア層45は安定したポテンシャルバリアを形成する、としている。
【0009】
上記の通り、Siドープ層を、電子走行層等の動作層あるいは機能層より下部の適切な領域に、厚さ方向に対して比較的狭い範囲で設けることで、窒化物半導体の各種特性が改善されることが知られている。
【0010】
ところで近年、さらなる高耐圧化に対応するため、窒化物半導体層の層厚を例えば10μm以上とする、いわゆる厚膜化が検討されている。厚膜化において、上記特許文献1,2に記載の発明に準じて、Siドープの技術を組み合わせることも可能ではあるが、未だ十分な効果が見いだせているとは言えない。
【0011】
本発明は、上記に鑑み、特にSiとCがドープされたバッファー層を用いた場合において、さらなる高耐圧化に対応できる窒化物半導体基板の提供を目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る窒化物半導体基板は、基板と、前記基板上の13族窒化物半導体からなるバッファー層と、前記バッファー層上の13族窒化物半導体からなる動作層とを備え、前記バッファー層は、前記バッファー層の厚さ方向に対して1のピークを持つSi元素濃度プロファイルと、前記バッファー層の厚さ方向に対して1のピークを持つC元素濃度プロファイルと、前記2つのピークの間隔が0~50nmとなるピーク対を少なくとも1つ備えることを特徴とする。
【0013】
かかる構成を有することで、Si元素およびC元素をドープしたバッファー層による、高耐圧化がなされた窒化物半導体基板の提供を可能とする。
【0014】
本発明を実現する好適な製造方法の一態様として、気相成長装置を用いて前記バッファー層を製膜する工程において、気相成長装置の反応炉内で前記製膜を開始するステップと、前記製膜を中断するステップと、前記中断後に前記気相成長装置の反応炉内をクリーニングするステップと、前記クリーニングの完了後に前記製膜を再開するステップと、を含む窒化物半導体基板の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、特に、高耐圧化を目指して窒化物半導体層を厚膜化しようとする技術において、Si元素およびC元素をドープしたバッファー層を適切に用いることで、高耐圧化を効果的に実現する窒化物半導体基板とその製造方法の提供を可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の一態様に係る、窒化物半導体基板の層構造を示す断面概略図
【
図2】本発明の一態様に係る、バッファー層中のSi元素の濃度プロファイルとC元素の濃度プロファイル、および、これらで形成されるピークとピーク対を示す模式図
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面も参照しながら、本発明を詳細に説明する。本発明の窒化物半導体基板は、基板と、前記基板上の13族窒化物半導体からなるバッファー層と、前記バッファー層上の13族窒化物半導体からなる動作層とを備え、前記バッファー層は、前記バッファー層の厚さ方向に対して1のピークを持つSi元素濃度プロファイルと、前記バッファー層の厚さ方向に対して1のピークを持つC元素濃度プロファイルと、前記2つのピークの間隔が0~50nmとなるピーク対を少なくとも1つ備える。
【0018】
図1は、本発明の一態様に係る窒化物半導体の層構造を示す断面概略図である。なお、本発明で示す図は、説明のために形状を模式的に簡素化かつ強調したものであり、細部の形状、寸法、および比率は実際と異なる。また、同一の構成については符号を省略、さらに、説明に不要なその他の構成は記載していない。
【0019】
基板Wを構成する材料は、Si単結晶、SiCやサファイア(Al2O3)あるいはGaNからなる単結晶が例示される。また、単一材料で構成されたもの、複数の異種材料で構成されたもの、などのその他公知の技術も適用できる。さらに、面方位やドーパント濃度、オフ角等の構成も任意に設定できる。
【0020】
しかしながら、本発明の好適な基板Wは、多結晶無機材料上に単結晶シード層を備えたものである。これの詳細については後述する。
【0021】
基板W上には、13族窒化物半導体からなるバッファー層Bを備える。バッファー層Bは、窒化物半導体が複数積層された構造であり、その構造は、用途や目的に応じて公知の手法を広く適用できる。13族窒化物半導体は、Al、Ga、Inの少なくともいずれかを含む窒化物が好適である。
【0022】
そして、バッファー層B上に13族窒化物半導体からなる動作層Gを備える。動作層Gは、HEMTに代表される電子走行層と電子供給層を備えた構造が例示されるが、格別これに限定されるものではなく、必要に応じて、適時最適な構造で設計される。
【0023】
バッファー層BはSi元素とC元素を含み、基板Wとバッファー層Bの界面11からバッファー層Bと動作層Gの界面12までの、厚さ方向に対するSi元素の濃度プロファイルおよびC元素の濃度プロファイルは、それぞれ少なくとも1つのピークを有している。
【0024】
図2に、バッファー層B中のSi元素の濃度プロファイル20とこれで形成されるSi元素の濃度プロファイルのピーク21、C元素の濃度プロファイル30とこれで形成されるC元素の濃度プロファイルのピーク31、そして、ピーク21とピーク31からなるピーク対40を示す模式図を示す。
図2では、縦軸に基板Wから基板上方に向う窒化物半導体基板の厚さ、横軸にSi元素およびC元素の濃度を取り、Si元素の濃度プロファイル20とC元素の濃度プロファイル30が示されている。
【0025】
Si元素の濃度プロファイル20は、ピーク21と、界面11から界面12までの間でベースライン22を有する。同様に、C元素についても、C元素の濃度プロファイル30は、ピーク31と、界面11から界面12までの間でベースライン32を有する。本発明では、ピーク31はピーク21と対を成すものとし、これをピーク対40としている。
【0026】
本発明における、各ピークの高さや各ベースラインの濃度は、格別限定されるものではないが、後述するように、好ましい範囲はある。なお、ベースラインの濃度に対してピークの濃度は10倍以上であればよい。
【0027】
Si元素とC元素の各濃度プロファイルは、窒化物半導体基板の厚さ方向に対して、SIMSを用いて取得される。そして、本発明では、SIMSで得られた濃度プロファイルの形状からピークを特定する。ただし、濃度プロファイルが取得でき、ピークを特定できるのであれば、SIMS以外の手法を用いても差しつかえない。
【0028】
本発明において、ピーク対40は、Si元素およびC元素のそれぞれのピークが近接して存在している形態を指す。そして、この近接の度合いとして、ピークの間隔を0~50nmと設定する。このようなピーク対40を少なくとも1つ備えることで、耐圧が向上する。
【0029】
ここで、ピークの間隔50は、
図2に示すように、Si元素のピーク21とC元素のピーク31の、それぞれのピークの頂点同士の間隔を計測することで得られる。また、このピークの間隔50がゼロも場合も本発明の範囲に含むが、これは、
図2において、Si元素のピーク21とC元素のピーク31の、それぞれの厚さ方向における位置(一の界面からの深さ)が同じ場合に相当する。
【0030】
一般的に、GaN等の窒化物半導体層にC元素が高濃度でドープされると、耐圧が向上するが、転位の多発、電流コラプスの悪化が顕著になる。そのため、むやみにC元素を高くすること、特に、バッファー層全体に亘り高濃度でC元素を存在させることは、適切ではない。
【0031】
また、C元素が高濃度でドープされたGaN等の窒化物半導体層に対して、Si元素をドープすると、高濃度のC元素に起因して発生する欠陥を電気的に補償し、この欠陥が多数存在することによって顕在化する電流コラプスが抑制される、という技術も公知である。
【0032】
上記の通り、Si元素およびC元素を両方とも高濃度で含む窒化物半導体層は、高耐圧化と電流コラプス低減を両立するものであるが、近年要求のある窒化物半導体層の厚膜化、特に8μm以上という水準の厚さでは、この手法と厚膜化による高耐圧化の効果と併せても、目標とする耐圧特性を得ることが困難であった。
【0033】
本発明は、厚い窒化物半導体層の一部に、濃度が突出して高い領域を設けることで、窒化物半導体層の大部分をSi元素およびC元素で高濃度化することで発生する不具合(転位多発、電流コラプス悪化、低結晶性)を回避しつつ、より高い耐圧を得るものである。
【0034】
窒化物半導体層中を流れるリーク電流は、C元素のピーク31が障壁となって遮られる。すなわち、窒化物半導体層中のC元素が同量の場合、C元素の濃度プロファイル30は、ブロード形状になっている形態よりも、局所的にピークとなっている形態である本発明の形状の方が、相対的に耐圧向上効果が高いといえる。
【0035】
ただし、上記したピークである形態では、窒化物半導体層中に存在するC元素の絶対的な量が少ないので、この形態のみでは、まだ十分な耐圧向上効果が得られていない。
【0036】
ここで、Si元素およびC元素が、両方とも濃度のピークを持ち、かつ、両者が近接して存在すると、Si元素のピーク21がC元素のピーク31に干渉して、窒化物半導体層内でのリーク電流の挙動に影響を与える。
【0037】
リーク電流が、窒化物半導体層(バッファー層B及び動作層G)の厚さ方向へ流れると耐圧が低下するが、ピーク対40があると、C元素のピーク31で厚さ方向への、リーク電流の電子の移動が妨げられるのと同時に、Si元素のピーク21の作用により、ピーク対40の界面方向(厚さ方向と垂直方向)に移動しやすくなり、結果として、リーク電流は低下する。
【0038】
言い換えると、リーク電流の電子移動にとって、C元素のピーク30は厚さ方向の「壁」であり、この壁が厚さ方向の電子移動をある程度抑制するが、Si元素のピーク21は、厚さ方向に対して移動しようとする電子を、厚さ方向と垂直な方向に拡散することで、厚さ方向に対するリーク電流をトータルで抑制している。そして、ピークの間隔50が50nmを超えると、このような効果が十分発揮されないので好ましくない。
【0039】
上記の通り、本発明のピーク対40は、バッファー層Bと動作層G全体におけるSi元素濃度、C元素濃度の総量は低く抑えつつ、厚さ方向のリーク電流を効果的に低減することのできるものといえる。
【0040】
以下、本発明のより好ましい態様について説明する。
【0041】
Si元素の濃度は、ピーク21の頂点が6E+18ケ/cm3以上1E+21ケ/cm3以下、ベースライン22は1E+17ケ/cm3以下が好ましい。
【0042】
耐圧向上効果を発現するには、最低でも6E+18ケ/cm3以上は必要であるが、1E+21ケ/cm3を超えると、結晶品質の低下が懸念される。かつ、ベースラインでは1E+17ケ/cm3以下として、ベースライン22とピーク21とのSi元素の濃度差を大きくすることで、耐圧特性を大きく向上させることができる。
【0043】
Si元素の濃度プロファイル20における半値幅法で得られたピーク21の幅は、5~20nmであると好ましい。本発明は、Si元素の濃度プロファイルが急峻な領域(ピーク)を有することに特徴がある。このピーク21は、厚さ方向に対しては、ごく狭い領域にあると、耐圧向上効果がより顕著である。
【0044】
半値幅法で得られたピーク21の幅が5nm未満では、C元素ピーク31との干渉効果が不十分となり、好ましくない。一方、半値幅法で得られたピーク21の幅が20nmを超えると、いわゆるブロードな形状となり、前述の通り、ピークとしての効果が得られにくく、これも好ましくない。
【0045】
C元素の濃度は、ピーク31の頂点が5E+18ケ/cm3以上8E+20ケ/cm3以下、ベースライン32が1E+18ケ/cm3以下が好ましい。
【0046】
耐圧向上効果を発現するには、最低でも5E+18ケ/cm3以上は必要であるが、8E+20ケ/cm3を超えると、結晶品質の低下が懸念される。かつ、ベースラインでは1E+18ケ/cm3以下とすることで、C元素が多すぎることによる影響を抑制できる。
【0047】
C元素の濃度プロファイル30における半値幅法で得られたピーク31の幅は、5~20nmであると好ましい。半値幅法で得られたピーク31の幅が5nm未満では、いわゆる「壁」の厚さが薄すぎるので、C元素濃度が高いことでバッファー層Bが高抵抗化されていても、まだ電子の遮断効果が十分得られない。一方、半値幅法で得られたピーク31の幅が20nmを超えると、いわゆるブロードな丘のような形状となり、これも「壁」としての作用が発現されにくい。
【0048】
さらに、本発明では、基板Wとバッファー層Bの界面11から最も近いピークの頂点までの距離、バッファー層Bと動作層Gの界面12から最も近いピークの頂点までの距離、および、ピークが複数存在する場合における隣接するピークの頂点の間隔のいずれもが3μm以上であると、より好ましい。
【0049】
特許文献1に記載されるように、複数のピークが隣接すると、複数のピーク全体が幅の広いブロードな層と似たような形態になる。このような形態では、前述したC元素またはSi元素の濃度が高いことによるデメリットが残っており、この影響で本発明の効果が十分に得られない。
【0050】
また、本発明のピーク対40は、ドーパントとしてのSi元素やC元素が局所的に高濃度で存在する特異的な層でもあるので、異なる層で発生する歪、電気的特性の影響を考慮すると、界面11および界面12とも、あまり接近させるべきものではない。こちらも同様に、3μm以上離すことが好ましい。
【0051】
しかしながら、ピーク対40に対して、界面11、界面12のいずれかがあまり離れすぎると、本発明の効果が頭打ちになり、特異的な層を挿入することによるコストや結晶品質の低下が懸念されるので、本発明では、ピーク対40から界面11、界面12のいずれかまでの間隔は、5μm以下が好ましいといえる。
【0052】
本発明は、ピーク対40が2つ以上であり、バッファー層Bと動作層Gを合算した層厚が10~20μmであり、基板Wが多結晶無機材料上に単結晶シード層を備えたものであると、より好ましいものである。
【0053】
上記した通り、本発明のピーク対40は、各界面からあまり間隔をあけるべきものではないので、バッファー層Bの厚さを厚くした場合は、ピーク対40を2つ以上形成することが耐圧向上の効果を維持するのに好ましい。
【0054】
ここでも、一のピーク対40に対して、隣接する他のピーク対40があまり離れていると、上記した通りの理由で好ましいものではないことから、一のピーク対40から隣接する他のピーク対40までの間隔(ピーク21とピーク31の中間点同士の距離)は、5μm以下としている。
【0055】
なお、バッファー層Bがあまりに厚すぎると、本発明をもってしても、窒化物半導体基板全体の反りを制御することが困難となる。本発明では、バッファー層Bの全体の厚さは10μm以上20μm、好適には11μm以上15μm以下とする。
【0056】
ところで、バッファー層Bの厚さが10μmを超えてくると、単一材料の基板Wでは、もはや反りや転位の制御は追いつかない。このような状況では、本発明をそのまま適用しても、高性能な窒化物半導体基板とすることは難しい。そこで、本発明では、バッファー層Bと動作層Gを合算した層厚が10~20μmの場合は、基板Wが多結晶無機材料上に単結晶シード層を備えたものとすることで、厚膜化に対して好適に対応することができる。
【0057】
本発明は、バッファー層Bと動作層Gの合計厚さを10μm以上とする窒化物半導体基板で、その効果をよりよく発揮できるものである。その場合、基板Wとしてより好適な態様は、基板Wが第一基板1としてAlNセラミックス、第二基板2としてSi単結晶が積層した構造である。
【0058】
基板Wが、多結晶無機材料上に単結晶シード層を備えたものとしては、例えば、特開2017-76687号公報に記載の発明が例示される。すなわち、具体的には、多結晶無機材料はAlNを主体としたセラミックス基板、単結晶シード層はSi単結晶である。
【0059】
従って、ピーク対40が2つ以上であり、バッファー層Bと動作層Gを合算した層厚が10~20μmであり、基板Wが多結晶無機材料(例えばAlNセラミックス)上に単結晶シード層(例えばSi単結晶)を備えたものは、バッファー層Bの厚膜化による耐圧向上効果と本発明のピーク対40による耐圧向上効果が相乗的に発揮される。
【0060】
そのため、単にバッファー層Bを10μm以上、より好適には15μm以上に厚膜化すると、反りや転位が大幅に増加する、という従来技術に対して、層厚をむやみに増大することなく、反りを抑制しつつ、耐圧特性はより向上させることが可能となる。
【0061】
本発明を実施するための好適な一製造方法は、気相成長装置を用いてバッファー層Bを製膜する工程において、気相成長装置の反応炉内で製膜を開始するステップと、製膜を中断するステップと、中断後に気相成長装置の反応炉内をクリーニングするステップと、クリーニングの完了後に製膜を再開するステップと、を含むものである。
【0062】
窒化物半導体基板は、好適には有機金属気相成長(MOCVD)装置を用いて製造される。本発明においても、このMOCVD装置を用いる。ただし、その他の気相成長方法、例えば、ハイドライド気相成長法(HVPE法)を用いても差し支えない。
【0063】
MOCVD装置で窒化物半導体層を積層していくと、反応装置内にも窒化物半導体の膜が堆積していく。そして、この膜の存在が、基板上に順次積層される窒化物半導体層にも何らかの影響を与えることが、最近明らかになってきた。
【0064】
そして、本発明の発明者らは、本発明の窒化物半導体基板を製造する一態様として、MOCVD装置に対してクリーニング工程を行って、反応装置内に累積した窒化物半導体膜を除去してから、窒化物半導体基板に途中まで形成された窒化物半導体層上に、新たに窒化物半導体層を形成する、という方法を見出した。
【0065】
上記のような工程を行うと、再成長を開始する窒化物半導体層の面上に、原料ガスや基板として用いるSi単結晶に由来するSi元素とC元素が偏析する。これを、本発明のピーク対40として用いるが、これは、面内に均一かつ狭い幅で、Si元素およびC元素のピーク40を容易に形成することができ、極めて好適である。
【0066】
上記のクリーニングは、MOCVD装置で適用されている公知の方法が用いられる。一例としてドライクリーニングが挙げられる。処理温度、処理時間、使用するガスの種類についても特に制限はないが、反応装置内の付着物がほぼ除去される程度が好適である。
【0067】
以上の通り、本発明の窒化物半導体基板は、高耐圧化を目的として窒化物半導体層を厚膜化する際に、単に層厚を大きくするのではなく、反り、転位、その他の特性を十分確保しつつ、より高い耐圧特性を得ることができる。特に、窒化物半導体層の層厚を20μm以上とすることで達成できる同レベルの耐圧特性を、薄い層厚で実現できる点で、他に類を見ないものといえる。
【実施例】
【0068】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明は、下記実施例により制限されるものではない。
(実施例1)
特開2017-76687号公報に記載の試料1の製造方法に準じて、窒化物半導体基板を作製した。
【0069】
[基板Wの形成]
(下地基板の準備)
直径6インチ、厚さ1000μmのAlN焼結体から成る基板を準備し、これを下地基板とした。この下地基板の両面を算術平均粗さRa=50nm以下で鏡面加工した。
【0070】
(シード層の製造準備)
直径6インチ、厚さ675μm、面方位(111)、比抵抗0.002Ω・cmのSi単結晶基板を準備し、この片面を算術平均粗さRa=50nm以下に鏡面加工し、続いてこれを、半導体用熱処理炉を用いて、酸素100%雰囲気下1000℃で2時間の酸化処理を行ったものをシード層の元とした。
【0071】
(下地基板とシード層の元との接合および加工)
上記のように作製した下地基板とシード層の元の各鏡面同士を、公知の方法で熱圧着して接合した後、シード層の元の表面を厚さが0.5μmになるまで研削加工し、最後に算術平均粗さRa=50nm以下で鏡面加工してシード層とし、下地基板とシード層の接合体を得た。
【0072】
[窒化物半導体層の形成]
(初期層の形成)
前記の接合体を公知の基板洗浄方法で清浄化した後、MOCVD装置内にセットして、昇温とガス置換後に、1000℃×15分、水素100%雰囲気で熱処理を行った。続いて、原料ガスとしてトリメチルアルミニウム(TMA)、アンモニア(NH3)を用い、厚さ150nmのAlN単結晶からなる第1初期層を、1000℃で気相成長させた。これ以降のガリウム系窒化物半導体層の形成は全て、成長温度の基準を1000℃とし、これに1~15℃の範囲で微調整を加えた。前記初期層の上に、原料ガスとしてトリメチルガリウム(TMG)、TMA、NH3を用い、厚さ250nmのAl0.1Ga0.9N単結晶層からなる第2初期層を成長させた。
【0073】
(バッファー層Bの形成)
次いで、1回目のバッファー層Bの積層を行った。すなわち、厚さ5nmのAlN層と厚さ22nmのAl0.2Ga0.8N層をそれぞれ20回繰り返し積層した多層構造と、その上にAl0.2Ga0.8N層を3000nm積層した。成長温度は1000℃とした。
【0074】
ここで、一旦、窒化物半導体基板をMOCVD装置から取り出し、清浄な雰囲気下で保管した。その後、MOCVD装置内を、当該基板の無い状態で、ドライクリーニング処理を行った。この処理は、塩素系反応ガスを用いた公知の手法である。
【0075】
前記ドライクリーニング処理が完了したら、MOCVD装置に、再び当該基板をセットして、2回目のバッファー層Bの積層を行った。すなわち、Al0.2Ga0.8N層を250nm、Al0.15Ga0.85N層を3250nm、GaN層を4500nmとしてこの順で積層した。
(動作層Gの形成)
【0076】
最後に動作層Gとして、電子走行層としてGaN100nm、電子供給層としてAl0.22Ga0.78N20nmとして、各層をこの順で積層した。この窒化物半導体基板を実施例1の評価サンプルとした。
【0077】
(比較例1)
ドライクリーニング処理を行わず、連続してバッファー層Bを製膜した以外は、実施例1と同様にして窒化物半導体を製造し、これを比較例1の評価サンプルとした。
【0078】
[評価1~反り]
半導体基板の形状測定で一般的に用いられている、汎用の反り測定装置を用いて、各評価サンプルのBOWを測定した。そして、BOW値が-50μm以上+20μm以下を合格(〇)とした。
【0079】
[評価2~耐圧]
各評価サンプルから、基板主面の中央部から基板端部にかけて幅20mmの短冊状の試験片をそれぞれ劈開して切り出した。次に、この試験片の電子供給層および電子走行層の一部を、ドライエッチングにより除去した。この状態で、ドライエッチングで露出した面に10mm2のAu電極を真空蒸着してショットキー電極として形成し、市販のカーブトレーサを用いて、Si単結晶基板側と通電してI-V特性を測定して、600Vでの電流値を比較した。そして、1×10-8(A)以下を合格(〇)とした。
【0080】
その結果、反りは、実施例1が-20μm、比較例1が-50μmとなり、実施例1の方が良好ではあるが、一応どちらも合格といえる。しかしながら、耐圧は、実施例1が0.8×10-8(A)となり合格であるのに対して、比較例1が2.1×10-8(A)となり不合格である。
【0081】
なお、実施例1の窒化物半導体基板における、ピーク対40の直上に形成された窒化物半導体層の結晶性(半値幅で評価)は、ピーク21およびピーク31を形成せずに(すなわちクリーニング中断を入れず連続して製膜)形成された同一箇所のそれと比較して、良好である。これは、ドライクリーニングにより、MOCVD装置内の残留物の影響が払拭されたためといえる。
【符号の説明】
【0082】
W 基板
B バッファー層
E 電極
G 動作層
1 第一基板(AlNセラミックス)
2 第二基板(Si単結晶)
11 基板Wとバッファー層Bの界面
12 バッファー層Bと動作層Gの界面
20 Si元素の濃度プロファイル
21 Si元素の濃度プロファイルのピーク
22 Si元素の濃度プロファイルのベースライン
30 C元素の濃度プロファイル
31 C元素の濃度プロファイルのピーク
32 C元素の濃度プロファイルのベースライン
40 Si元素とC元素のピーク対
50 Si元素とC元素のピーク間距離