(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-03
(45)【発行日】2023-02-13
(54)【発明の名称】手術用エネルギーデバイスの施術試験用組成物
(51)【国際特許分類】
G09B 23/30 20060101AFI20230206BHJP
G09B 19/24 20060101ALI20230206BHJP
C08G 69/48 20060101ALI20230206BHJP
C08L 89/00 20060101ALI20230206BHJP
【FI】
G09B23/30
G09B19/24 Z
C08G69/48
C08L89/00
(21)【出願番号】P 2019138450
(22)【出願日】2019-07-29
【審査請求日】2022-05-09
(31)【優先権主張番号】P 2018223348
(32)【優先日】2018-11-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000203656
【氏名又は名称】多木化学株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】392025939
【氏名又は名称】中島化学産業株式会社
(72)【発明者】
【氏名】河上 貴宏
(72)【発明者】
【氏名】山口 勇
(72)【発明者】
【氏名】中島 俊之
(72)【発明者】
【氏名】田中 寿生
(72)【発明者】
【氏名】柳井 佑樹
(72)【発明者】
【氏名】中江 悠介
(72)【発明者】
【氏名】片山 尚
【審査官】槙 俊秋
(56)【参考文献】
【文献】特許第5875761(JP,B2)
【文献】特開2006-257013(JP,A)
【文献】国際公開第2016/047329(WO,A1)
【文献】特開平7-124101(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G09B 23/30
G09B 19/24
C08G 69/48
C08L 89/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下(1)~(3)の特性すべてを満たす架橋線維化コラーゲンゲルで構成された手術用エネルギーデバイスの施術試験用組成物。
(1)上記架橋線維化コラーゲンゲル中のコラーゲン濃度が、10~30質量%の範囲である。
(2)上記架橋線維化コラーゲンゲルの水抽出液の電気伝導度が、0.5~10mS/cmの範囲である。
ここで、上記水抽出液は、架橋線維化コラーゲンゲル1質量部に対しイオン交換水7質量部添加したものを粉砕し、遠心分離した後の上澄液である。
(3)上記架橋線維化コラーゲンゲルの10%歪み時強度が、0.5~50kPaの範囲である。
【請求項2】
手術用エネルギーデバイスが電気メスであって、電気メスのメス先電極としてモノポーラタイプのものを用い、前記手術用エネルギーデバイスの施術試験用組成物中の架橋線維化コラーゲンゲルに対して放電凝固の施術を行ったときに、当該架橋線維化コラーゲンゲルの表面が炭化する、請求項1記載の手術用エネルギーデバイスの施術試験用組成物。
【請求項3】
請求項1又は2記載の手術用エネルギーデバイスの施術試験用組成物を、手術用エネルギーデバイスの施術試験の被験物として用いる方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、手術用エネルギーデバイスの施術試験に被験物として用いる組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
手術用エネルギーデバイスとして、例えば、電気メス、超音波メス、高周波ラジオメス等が知られている。電気メスは内部で発生させた高周波電流をメス先電極から生体組織(本明細書において「生体組織」は、施術対象となる組織、臓器及び器官の総称である)に流し、生体組織の切開及び/又は凝固を行うものであり、内視鏡下外科手術をはじめ外科手術の現場において広く使用されている。
【0003】
電気メスにはメス先電極先端部の形状により、モノポーラタイプとバイポーラタイプが知られている。一般に、モノポーラタイプは、切開及び凝固の各単独モードの他に、切開と凝固を同時に実施するブレンドモードで使用し、バイポーラタイプは、凝固モードで使用する。非特許文献1には、切開モードだけでなく、凝固モードにおいて生体組織の表面を炭化させる放電凝固と炭化させない無放電凝固(ソフト凝固)に関する原理が解説されている。その原理を簡単に説明すれば、放電凝固は、生体組織に対してメス先電極から強力な放電を断続的に行うものであり、その放電時に作り出された超高熱の放電熱が生体組織の表面を一瞬にして200℃超とすることによって炭化(black coagulation)を誘導し、その深層部には炭化を伴わないwhite coagulationを誘導する。
【0004】
手術用エネルギーデバイスの製造メーカーにおける手術用エネルギーデバイスの性能評価に用いる被験物や、医師等による手術用エネルギーデバイスの練習・実習に用いる被験物として、ヒト遺体や動物由来の生体組織が用いられることがある。しかし、これらは入手や廃棄の問題の他に感染症等を引き起こす懸念があることから、種々の人工材料を用いた被験物が開発されてきた。例えば、特許文献1と2には、ポリビニルアルコール(PVA)を用いて作製した生体組織モデルが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第5745155号公報
【文献】特許第6055069号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】「わかりやすい 電気メスの本 自分の武器を知る」(第1版第3刷)著者:桜木徹、金原出版株式会社
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1と2に記載の生体組織モデルは、PVAを材料として用いることを本旨とするものであるが、両特許には材料の選択肢の1つとしてコラーゲンが挙げられている。即ち、特許文献1の段落[0040]における「ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコール、ポリアクリルアミド等の高分子ゲル材料、あるいはセルロース、デンプン、コラーゲン等の天然ゲル材料を用いることが可能である。」の箇所であり、特許文献2の段落[0025]における「ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコール、ポリアクリルアミドなどの高分子ゲル材料、あるいはセルロース、デンプン、コラーゲンなどの天然ゲル材料を用いることが可能である(複数種のハイドロゲルを含んでいてもよい)。」の箇所である。しかしながら、特許文献1と2において、コラーゲンは単に羅列された材料の1つとして記載されているだけであり、コラーゲンの具体的な用い方に関しては何ら開示されていない。
【0008】
PVAを材料として用いた被験物の問題点として、例えば、手術用エネルギーデバイスが電気メスである場合、電気メスで切開及び/又は凝固したときに、生体組織を切開及び/又は凝固したときの感覚や現象、例えば、タンパク質の焦げつき、切開した部分の融着、及びこれらを総合した感覚であるところの「切開・止血感」が得られ難い、という問題があった。特に、止血感を得ることが困難とされてきた。
【0009】
本発明は、手術用エネルギーデバイスによる施術試験(例えば、手術用エネルギーデバイスの製品開発や製品品質保証等のための性能評価試験、医師等による手術用エネルギーデバイスの練習・実習等)において、生体組織に対して手術用エネルギーデバイスを施術したときと同様の感覚や現象が得られるような人工材料の開発を課題とする。特に、電気メスで放電凝固による施術をおこなったときに、焦げつきの発生による止血感が得られる人工材料の開発を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題について鋭意検討した結果、生体内における主要なタンパク質の1つであるコラーゲンを材料として選択し、特定の物性を有するように設計した架橋線維化コラーゲンゲルが被験物として適していることを見出し、かかる知見に基づき本発明を完成させたものである。
【0011】
本発明は以下のとおりである。
[1]以下(1)~(3)の特性すべてを満たす架橋線維化コラーゲンゲルで構成された手術用エネルギーデバイスの施術試験用組成物。
(1)上記架橋線維化コラーゲンゲル中のコラーゲン濃度が、10~30質量%の範囲である。
(2)上記架橋線維化コラーゲンゲルの水抽出液の電気伝導度が、0.5~10mS/cmの範囲である。
ここで、上記水抽出液は、架橋線維化コラーゲンゲル1質量部に対しイオン交換水7質量部添加したものを粉砕し、遠心分離した後の上澄液である。
(3)上記架橋線維化コラーゲンゲルの10%歪み時強度が、0.5~50kPaの範囲である。
[2]手術用エネルギーデバイスが電気メスであって、電気メスのメス先電極としてモノポーラタイプのものを用い、前記手術用エネルギーデバイスの施術試験用組成物中の架橋線維化コラーゲンゲルに対して放電凝固の施術を行ったときに、当該架橋線維化コラーゲンゲルの表面が炭化する、上記[1]記載の手術用エネルギーデバイスの施術試験用組成物。
[3]上記[1]又は[2]記載の手術用エネルギーデバイスの施術試験用組成物を、手術用エネルギーデバイスの施術試験の被験物として用いる方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の手術用エネルギーデバイスの施術試験用組成物は、手術用エネルギーデバイスとして電気メスを用いたときの切開モード及び放電凝固モードにおいて、生体組織に対する施術と類似の感覚が得られるため、被験物として好適なものである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、好ましい実施形態に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。
なお、本発明において、数値範囲に関する「数値1~数値2」という表記は、数値1を下限値とし数値2を上限値とする、両端の数値1及び数値2を含む数値範囲を意味し、「数値1以上数値2以下」と同義である。
【0014】
本発明は、手術用エネルギーデバイスの施術試験に被験物として用いる組成物に関するものである。本発明の手術用エネルギーデバイスの施術試験用組成物(以下「本発明の組成物」という)は、以下(1)~(3)の特性すべてを満たす架橋線維化コラーゲンゲルで構成されたものである。
(1)上記架橋線維化コラーゲンゲル中のコラーゲン濃度が、10~30質量%の範囲である。
(2)上記架橋線維化コラーゲンゲルの水抽出液の電気伝導度が、0.5~10mS/cmの範囲である。ここで、上記水抽出液は、架橋線維化コラーゲンゲル1質量部に対しイオン交換水7質量部添加したものを粉砕し、遠心分離した後の上澄液である。
(3)上記架橋線維化コラーゲンゲルの10%歪み時強度が、0.5~50kPaの範囲である。
【0015】
(線維化コラーゲンゲル)
線維化コラーゲンゲルを構成するコラーゲンの種類は、特に限定されることなく、例えば、希酸で抽出する方法によって得られる酸可溶化コラーゲン、酵素で可溶化処理する方法によって得られる酵素可溶化コラーゲン、アルカリで可溶化処理する方法によって得られるアルカリ可溶化コラーゲン等が挙げられる。また、コラーゲンの型も特に限定されることないが、生体内での存在量が多いI型コラーゲンが好ましい。また、抗原決定基であるテロペプタイドが除去されたアテロコラーゲンであることが好ましい。また、通常、哺乳類、魚介類、鳥類、爬虫類等の生物原料由来のコラーゲンであることが好ましいが、ヒトと共通のウイルスを有しない魚介類由来のコラーゲンがより好ましい。特に、魚類由来のコラーゲンが好適であり、採取部位としては鱗、皮等が挙げられる。鱗は、魚臭の原因となる脂質など不純物が少なく、純度が高いコラーゲンが得られることが利点である。好適な一態様は、魚類由来のI型アテロコラーゲンであり、更に好ましくは魚類の鱗由来のI型アテロコラーゲンである。また、製造時の操作の利便性の観点から、魚種の好例は、変性温度が高いオレオクロミス属である。オレオクロミス属の中でも中国から東南アジアにかけて食用として主力に養殖されており、入手が容易であるティラピアが特に好ましい。
【0016】
可溶化コラーゲン水溶液は、酸可溶化コラーゲン、酵素可溶化コラーゲン又はアルカリ可溶化コラーゲンがコラーゲン分子の形態で水に溶解したものである。可溶化コラーゲン水溶液に、緩衝液等の線維化剤を添加して水溶液中のイオン強度及びpHを線維化に適した条件とすることによって、コラーゲン分子が会合・配向し、線維化(再フィブリル化)が起きる。このとき、コラーゲンの線維化の進行に従い、ゲル化も進行する。これにより、線維化コラーゲンゲルを得ることができる。なお、線維化の過程において、所定の温度(ただし、コラーゲンの変性温度以下)を一定時間保持することによって、線維化を促進させることも好ましい態様である。
【0017】
線維化剤は、前記コラーゲンの種類に応じてコラーゲンの線維化に適したものであれば特に限定されることはない。例えば、生理食塩水、緩衝液、緩衝生理食塩水、酸性塩水溶液、中性塩水溶液、アルカリ性塩水溶液等が挙げられる。緩衝液と緩衝生理食塩水の具体例として、リン酸緩衝液、トリス緩衝液、HEPES緩衝液、酢酸緩衝液、炭酸緩衝液、クエン酸緩衝液、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)、ダルベッコリン酸緩衝生理食塩水(D-PBS)、トリス緩衝生理食塩水、HEPES緩衝生理食塩水等が挙げられる。
【0018】
(架橋線維化コラーゲンゲル)
架橋線維化コラーゲンゲルは、線維化コラーゲンゲルが架橋されたものである。架橋方法として、物理的架橋法と化学的架橋法が挙げられる。架橋方法は、上記特性(3)を満たす架橋線維化コラーゲンゲルが得られるのであれば、特に限定されることはない。架橋処理は、1種の架橋法によって施されたものであってもよいし、2種以上の架橋法が組み合わされて施されたものであってもよい。また、1種の架橋法が2回以上施されたものであってもよい。2種以上又は2回以上のときは、基本的には低架橋度が得られる架橋法の後に高架橋度が得られる架橋法によって架橋処理されることが好ましいが、高架橋度が得られる複数種の架橋法によって架橋処理されても構わない。架橋法及び架橋度合いを適切に選択・設計することが好ましい。
【0019】
物理的架橋法の代表例は、照射架橋と熱脱水架橋である。照射架橋の具体例は、γ線照射、電子線照射、UV照射、プラズマ照射等である。照射架橋は、線維化コラーゲンゲルを水性溶媒の存在下とする条件で行うことが好ましい。ここで、水性溶媒の存在下とは、架橋対象の線維化コラーゲンゲルの少なくとも表面全体が水性溶媒で覆われた状態である。好ましくは、線維化コラーゲンゲル全体が水性溶媒に完全に浸漬した状態である。ただし、線維化コラーゲンゲルが水性溶媒に完全に浸漬していない状態、例えば、線維化コラーゲンゲルの一部が水性溶媒に浸漬していない場合であっても、当該部分における浸潤性が確保できていれば、水性溶媒の存在下と言える。
【0020】
水性溶媒の種類は、線維化コラーゲンを脱線維化させることなくそのままの形態を維持させるという観点から、前記線維化剤で例示したものが好適であり、とりわけコラーゲンの線維化に用いたものと同じものを用いることが好ましい。
【0021】
照射架橋の中でも、透過力が高く、均一に架橋させることができるγ線照射が特に好ましい。γ線照射による架橋処理では、照射線量を適宜設定することによって、高強度な架橋コラーゲンゲルを得ることもできる。また、γ線照射では、線量率が固定の線源を用い、照射時間等の条件を適宜設定することにより、所定の照射線量を簡便に得ることができる。例えば、コバルト60線源を用いる場合、照射線量5~75kGyで架橋処理を行うことができる。照射線量として、好ましくは5~50kGyであり、より好ましくは10~50kGyであり、さらに好ましくは15~30kGyである。さらに、照射条件を適宜設定すれば架橋処理と同時に滅菌処理を行うことができる。そのため、架橋処理中及び架橋処理後の密封状態を保つようにすることで、滅菌済み製品として、そのまま市場に流通させることも可能である。
【0022】
化学的架橋法は、化学架橋剤を用いて架橋する方法であり、例えば、線維化コラーゲンゲルを化学架橋剤の溶液に浸漬する方法、気化させた化学架橋剤に線維化コラーゲンゲルを曝す方法等がある。本発明における化学架橋剤の範疇には、一般になめし剤に分類されるものも含まれる。化学架橋剤の例は、カルボジイミド系架橋剤、エポキシド系架橋剤、トリアジン系架橋剤、タンニン系なめし剤、クロム系なめし剤、アルミニウム系なめし剤、ジルコニウム系なめし剤、チタン系なめし剤等である。カルボジイミド系架橋剤の一具体例は、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド(EDC)、1-エチル-3-(3-トリメチルアミノプロピル)カルボジイミド(ETC)、1-シクロヘキシル-3-(2-モルホリノエチル)カルボジイミド(CMC)及びその塩並びにこれらの混合物である。エポキシド系架橋剤は、ポリエポキシ化合物が好例であり、一具体例は、エチレングリコールジグリシジルエーテル、グリセロールポリグリシジルエーテルである。トリアジン系架橋剤の一具体例は、4-(4,6-ジメトキシ-1,3,5-トリアジン-2-イル)-4-メチルモルフォリニウムクロライドn-ハイドレート(DMT-MM)である。クロム系なめし剤の一具体例は、塩基性硫酸クロムである。アルミニウム系なめし剤の一具体例は、カリ明ばん(KAl(SO4)2・12H2O)、高塩基性塩化アルミニウム塩である。ジルコニウム系なめし剤の一具体例は、塩基性硫酸ジルコニウム、塩基性塩化ジルコニウムである。
【0023】
架橋線維化コラーゲンゲルを特定するにあたって架橋処理の規定を設けた理由は、架橋線維化コラーゲンゲルと架橋されていない線維化コラーゲンゲル(以下「未架橋線維化コラーゲンゲル」と称する)との区別が極めて困難なことによるものである。例えば、未架橋線維化コラーゲンゲルは、架橋線維化コラーゲンゲルよりも一般に強度的に弱く、水中保存安定性も低い傾向があるが、それら物理的傾向の違いが架橋処理の有無に起因したものであることを立証することも極めて困難である。
この点につき、物理的架橋法と化学的架橋法について説明すると、物理的架橋法によって架橋された架橋線維化コラーゲンゲルについては、未架橋線維化コラーゲンゲルとの違いは架橋点の多寡くらいしかないため、分析によって両者を判別することは極めて困難である。また、化学的架橋法によって架橋された架橋線維化コラーゲンゲルについては、仮に、化学架橋剤を検出できれば、両者の判別は可能であるが、EDCのようにコラーゲンと結合しないタイプのものを用いたときには、架橋体を分析しても化学的架橋剤の痕跡を見出すことはほぼ不可能である。
【0024】
一般に、線維化コラーゲンは、倍率10,000倍の走査電子顕微鏡で観察したときに、ファイバー状構造体が確認できれば、コラーゲンの形態が線維化コラーゲンであると判断することができる。架橋線維化コラーゲンゲルについても同様である。更に、線維化コラーゲンであることを確定するための手段は、線維化コラーゲンが有するD周期(約67nm)の確認であるが、D周期の確認は一般に走査電子顕微鏡では容易とは言えないので、D周期の確認は必須事項と言えるものではない。線維化コラーゲンの一部分にでもD周期が確認されれば、線維化コラーゲン全体がD周期を有すると判断しても概ね差し支えない。D周期の確認は、架橋線維化コラーゲンゲルについても同様である。
【0025】
(特性(1))
特性(1)は、架橋線維化コラーゲンゲル中のコラーゲン濃度が、10~30質量%の範囲であることに関する。コラーゲン濃度が10質量%未満であると、架橋線維化コラーゲンゲルを電気メスで切開又は凝固したときに、火花が発生することがある。コラーゲン濃度が30質量%超であると、架橋線維化コラーゲンゲルの成形性が低下したり、十分な均一性が得られないことがある。コラーゲン濃度は、好ましくは15~25質量%の範囲である。
【0026】
(特性(2))
特性(2)は、架橋線維化コラーゲンゲルの水抽出液の電気伝導度(EC)が、0.5~10mS/cmの範囲であることに関する。この範囲内であれば、例えば、切開モードにおいて、電気メスのメス先電極に架橋線維化コラーゲンゲルの焦げつき(炭化物)が多量に引っ付くことなく、切開することが可能である。上記水抽出液を調製するための好適な一方法は、細かく刻んだ架橋線維化コラーゲンゲル1質量部に対しイオン交換水7質量部を添加し、これをホモジナイザーで粉砕した後、遠心分離することにより上澄液を得る方法である。ECの下限値は1mS/cmであることが好ましい。また、ECの上限値は、8mS/cmであることが好ましい。なお、上記EC値は、いずれも25℃換算の値である。
【0027】
ECは、架橋線維化コラーゲンゲルに含まれる塩類濃度に影響される。本発明者らの知見では、所定の塩類濃度を備えた架橋線維化コラーゲンゲルを、別の塩類濃度を備えた水溶液で洗浄した後、当該水溶液中で保存すると、架橋線維化コラーゲンゲルのEC値が当該別の塩類濃度を備えた水溶液のEC値とほぼ同等となることが分かった。このことより、架橋線維化コラーゲンゲルは、肉眼視ではゲル状の塊に見えるが、微細構造においては線維化コラーゲンのネットワークで構成されているため、塩類及び液体の出入りが容易であると考えられる。したがって、架橋線維化コラーゲンゲルを所定の保存液中で保存するときは、上記ECの範囲内となるEC値を有する保存液を用いることが好ましい。なお、架橋線維化コラーゲンゲルを保存液から空気環境中に取り出しても、架橋線維化コラーゲンゲルが有する液体保持力により、架橋線維化コラーゲンゲルから液体が漏出する様子はあまり観察されない。
【0028】
特性(2)の別の一側面においては、架橋線維化コラーゲンゲル中のイオン強度を指標としてもよい。当該イオン強度は、0.1~0.8の範囲が好ましい。この範囲内であれば、例えば、切開モードにおいて、電気メスのメス先電極に架橋線維化コラーゲンゲルの焦げつき(炭化物)が多量に引っ付くことなく、切開することが可能である。イオン強度は、好ましくは0.2~0.7の範囲であり、より好ましくは0.25~0.65の範囲である。ここで、イオン強度は、架橋線維化コラーゲンゲルに含まれるすべての塩(無機塩及び有機塩)由来のイオン種について、それぞれのイオンのモル濃度と電荷の二乗との積を加算し、さらにそれに1/2を乗じて算出されるものである。イオン強度Iを求める数式を下記数式1に示した。ちなみに、通常濃度(1倍濃度)におけるPBS(以下「1倍濃度PBS」と称する)のイオン強度は、約0.17である。また、架橋剤に由来した塩のイオン種もイオン強度算出の対象とする。
【0029】
【0030】
(特性(3))
特性(3)は、架橋線維化コラーゲンゲルの10%歪み時強度が、0.5~50kPaの範囲であることに関する。10%歪み時強度が0.5kPa未満であると、生体組織から乖離した柔らかさとなる。10%歪み時強度が50kPa超であると、生体組織から乖離した硬さとなる。ところで、10%歪み時強度は、架橋処理だけでなく、特性(1)のコラーゲン濃度の影響も受けるため、10%歪み時強度が上記範囲内となるように、コラーゲン濃度を適宜設定することが好ましい。10%歪み時強度の下限は、好ましくは1kPaである。10%歪み時強度の上限については、好ましくは30kPaであり、より好ましくは20kPaであり、更に好ましくは10kPaであり、更により好ましくは5kPaである。
【0031】
ここで、架橋線維化コラーゲンゲルの10%歪み時強度の測定には、Stable Micro Systems社製「TEXTURE ANALYSER TA.XT.plus」とそのプローブとして「1/2″Cyl.Delrin(P/0.5)」を用いる。このプローブが試料と接触する部分の面積は1.27cm2である。プローブは、試料台の上方向に設置され、鉛直方向に移動する。
10%歪み時強度の測定方法は、以下のとおりである。
[1]架橋線維化コラーゲンゲルを上記測定装置の試料台上面に載置する。なお、架橋線維化コラーゲンゲルとしては、湿潤状態のものを供試する。架橋線維化コラーゲンゲルが液体中で保存されている場合は、液体から取り出してそのまま供試する。架橋線維化コラーゲンゲルが液体中で保存されていない場合は、D-PBS中に1日以上完全に浸漬させた後、D-PBSから取り出してそのまま供試する。測定中は、架橋線維化コラーゲンゲルの湿潤状態が保たれるようにする。
[2]プローブを鉛直下向きに0.1mm/secの一定速度で移動させる。このプローブ移動条件下で次の[3]と[4]を実施する。
[3]プローブが架橋線維化コラーゲンゲルに接した後、0.5g応力が計測されたときの試料台上面からの高さを基準高さHとする。
[4]架橋線維化コラーゲンゲルが基準高さHから10%歪んだとき、即ち、プローブと接している部分の架橋線維化コラーゲンゲルの試料台上面からの高さが0.9Hとなったときの応力を10%歪み時強度として測定する。
【0032】
(形状)
架橋線維化コラーゲンゲルの形状は、特に限定されることはなく、目的に応じて種々の形状をとることができる。形状は、線維化コラーゲンゲルを得る過程において目的とする形状の容器を用いることによって形成させてもよいし、線維化コラーゲンゲルを得た後又は架橋線維化コラーゲンゲルを得た後に所定の形状に加工してもよい。
【0033】
(その他成分)
架橋線維化コラーゲンゲルは、その他成分の1つとして、水を含有する。また、その他成分として水以外の成分を含む場合の好例は、フィブリン、トロンビン、ゼラチン、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、アルギン酸等である。
【0034】
(付加物)
本発明の組成物は、架橋線維化コラーゲンゲルのみで構成されたものであってもよいが、手術用エネルギーデバイスの施術試験が阻害されない限り、試験目的に応じて、付加物として架橋線維化コラーゲンゲル以外のものを含んでいても構わない。付加物として、例えば、架橋線維化コラーゲンゲルと接着したもの、架橋線維化コラーゲンゲルに嵌装(嵌装には、嵌合、遊嵌等の概念も含まれるものとする)したもの、架橋線維化コラーゲンゲルに包埋されたもの等が挙げられる。付加物の形状として、例えば、シート状、フィルム状、ヒモ状、棒状、板状、織物状、不織布状、チューブ状等の各種形状が挙げられる。付加物の接着、嵌装又は包埋は、架橋線維化コラーゲンゲルの全体に対してであってもよいし、一部に対してであってもよい。付加物の構成材料として、例えば、乳酸ポリマー、乳酸-グリコール酸共重合体、乳酸-カプロラクトン共重合体、乳酸-グリコール酸-カプロラクトン共重合体、PVA、ポリウレタン、ポリスチレン、ポリ酢酸ビニル、寒天、ゼラチン、アルギン、キチン、キトサン、未架橋コラーゲン、架橋コラーゲン等が挙げられる。
【0035】
(手術用エネルギーデバイスの施術試験方法)
本発明の組成物は、これを被験物として、手術用エネルギーデバイスの施術試験方法に用いることができるものである。例えば、手術用エネルギーデバイスが電気メスである場合、当該施術試験方法は、電気メスによる切開及び/又は凝固の試験方法である。ここで、電気メスのメス先電極としては、モノポーラタイプとバイポーラタイプが挙げられ、また、凝固としては、放電凝固とソフト凝固が挙げられる。被験物としての用い方は、特に限定されることはなく、常法に従って用いればよい。
【0036】
本発明の組成物の好適な一形態は、電気メスのメス先電極としてモノポーラタイプのものを用い、本発明の組成物中の架橋線維化コラーゲンゲルに対して放電凝固を実施したときに、当該架橋線維化コラーゲンゲルの表面が炭化するものである。炭化は焦げつきであり、通常、煙の発生を伴う。この放電凝固試験に供試する電気メス装置は、Erbe Elektromedizin GmbHの「VIO(登録商標) 200S」であり、「FORCED COAG(登録商標)」に設定して放電凝固を行う。なお、上記電気メス装置と同等の放電凝固特性を有するものであれば、これに限定されることはない。
【0037】
切開モードにおいて、生体組織と同様の切れ味を示す人工材料は知られている。一方、放電凝固モードにおいて、生体組織と同様にその表面が炭化する人工材料は、本発明者らの知見によれば、本発明の組成物を構成する架橋線維化コラーゲンゲルが初めてのものである。放電凝固モードにおいて、表面炭化が生じる要因として、架橋線維化コラーゲンゲル中のコラーゲン濃度(逆に言えば水分含有量)と電気伝導度が考えられる。これらが適切な範囲内、すなわち、特性(1)と特性(2)の範囲内に設定されていれば、適度な導電性により表面炭化が生じるものと推測される。
【実施例】
【0038】
以下に、本発明を具体的な態様による実施例によってさらに詳細に説明するが、本発明はこれにより制限されるものではない。
【0039】
〔実施例1〕
コラーゲン水溶液として、ティラピアの鱗から製造された多木化学(株)製「ブルーコラーゲン F-15A」(コラーゲン濃度15質量%)を用いた。
コラーゲン水溶液をシリコンモールド(30mm×30mm×高さ5mm)に4.5g注入した。ここに5倍濃度のダルベッコリン酸緩衝生理食塩水(D-PBS)を注ぎ入れ、24時間静置することによって、線維化コラーゲンゲルを得た。
次に、線維化コラーゲンゲルを2質量%のDMT-MM溶液中に24時間浸漬し架橋を施した後、水道水を用いて流水洗浄した。得られた架橋線維化コラーゲンゲルを保存液A(防腐剤としてケーソンCGを600ppm添加した5倍濃度D-PBS)で共洗いした後、保存液A中に完全に浸漬させた状態で保存した。
【0040】
〔実施例2〕
実施例1と同様にして得られた架橋線維化コラーゲンゲルを保存液B(防腐剤としてケーソンCGを600ppm添加した2倍濃度D-PBS)で共洗いした後、保存液B中に完全に浸漬させた状態で保存した。
【0041】
〔実施例3〕
「ブルーコラーゲン F-15A」を常法によるPEGを用いた透析で濃縮することにより、コラーゲン濃度23質量%のコラーゲン水溶液を得た。このコラーゲン水溶液を用いて、実施例1と同様に実施することにより、架橋線維化コラーゲンゲルを得た。これを保存液Aで共洗いした後、保存液A中に完全に浸漬させた状態で保存した。
【0042】
〔比較例1〕
実施例1と同様にして得られた架橋線維化コラーゲンゲルを保存液C(防腐剤としてケーソンCGを600ppm添加したイオン交換水)で共洗いした後、保存液C中に完全に浸漬させた状態で保存した。
【0043】
〔比較例2〕
実施例1と同様にして得られた架橋線維化コラーゲンゲルを保存液D(防腐剤としてケーソンCGを600ppm添加した10倍濃度D-PBS)で共洗いした後、保存液D中に完全に浸漬させた状態で保存した。
【0044】
〔比較例3〕
「ブルーコラーゲン F-15A」をイオン交換水で希釈して、コラーゲン濃度1質量%のコラーゲン水溶液を調製した。このコラーゲン水溶液を用いて、実施例1と同様に実施することにより、架橋線維化コラーゲンゲルを得た。これを保存液Aで共洗いした後、保存液A中に完全に浸漬させた状態で保存した。
【0045】
実施例1~3及び比較例1~3の各保存液中で保存していた架橋線維化コラーゲンゲルを以下の測定・試験に供した。
【0046】
(EC測定)
保存液から取り出した架橋線維化コラーゲンゲルを細かく刻み、試験管に入れた。この細かく刻んだ架橋線維化コラーゲンゲル1質量部に対し、イオン交換水を7質量部添加した。これをホモジナイザー(IKA製 ULTRA TURRAX T18basic DISPERSING TOOL S18N/19G)を用いて24000rpm・1分間粉砕した後、遠心分離により固形分を沈殿させた。上澄のECをHORIBA製pHメータ D-54にて測定した。
【0047】
(10%歪み時強度の測定)
測定装置として、Stable Micro Systems社製の「TEXTURE ANALYSER TA.XT.plus」を用いた。また、そのプローブとして、Stable Micro Systems社製の「1/2″Cyl.Delrin(P/0.5)」を用いた。このプローブが試料と接触する部分の面積は1.27cm2である。プローブは、試料台の上方向に設置され、鉛直方向に移動する。
[1]保存液から取り出した湿潤状態のまま架橋線維化コラーゲンゲルを上記装置の水平な試料台上面に載置した。
[2]プローブを鉛直下向きに0.1mm/秒の一定速度で移動させた。このプローブ移動条件下で次の[3]と[4]を実施した。
[3]プローブが架橋線維化コラーゲンゲルに接した後、0.5g応力が計測されたときの試料台上面からの高さを基準高さHとした。
[4]架橋線維化コラーゲンゲルが基準高さHから10%歪んだとき、即ち、プローブと接している部分の架橋線維化コラーゲンゲルの試料台上面からの高さが0.9Hとなったときの応力を10%歪み時における圧縮強度として測定した。
なお、測定終了までの間、架橋線維化コラーゲンゲルの湿潤状態は維持されていた。
【0048】
(電気メス施術試験)
電気メス装置として、Erbe Elektromedizin GmbH製「VIO(登録商標) 200S」を用いた。メス先電極としてモノポーラタイプのものを用いた。切開には、「AUTO CUT」モードを用いた。放電凝固には、「FORCED COAG(登録商標)」モードを用いた。
架橋線維化コラーゲンゲルを切開と放電凝固のそれぞれに供した。切開時は切削感触を評価し、放電凝固時は炭化状態を評価した。
切開時の切削感触の評価は、新鮮な豚肉と同等の切削が得られたときを〇、それ以外を×とした。
放電凝固時の炭化状態の評価は、新鮮な豚肉と同等の炭化状態が得られたときを〇、それ以外を×とした。
【0049】
表1に、架橋線維化コラーゲンゲルのコラーゲン濃度のほか、上記測定・試験の結果を示した。
【0050】
【0051】
実施例1~3と比較例1~3のいずれにおいても、ECは、保存液の8倍希釈液(保存液1質量部にイオン交換水を7質量部添加した液)のECを反映した値であった(保存液Aの8倍希釈液のEC:7.4mS/cm、保存液Bの8倍希釈液のEC:3.2mS/cm、保存液Cの8倍希釈液のEC:0.2mS/cm、保存液Dの8倍希釈液のEC:13.1mS/cm)。
【0052】
比較例1の架橋線維化コラーゲンゲルは、放電凝固時の炭化状態において、十分に炭化しなかった。この原因として、ECが低かったことが考えられた。
【0053】
比較例2の架橋線維化コラーゲンゲルは、切開時において、メス先電極に架橋線維化コラーゲンゲルの断片がまとわりついた。また、放電凝固時の炭化状態については、メス先電極に架橋線維化コラーゲンゲルの炭化物がこびりついた。これらメス先電極に対する付着は、生体組織を被験物としたときには一般に見られない現象であり、その原因として、ECが高かったことが考えられた。
【0054】
比較例3架橋線維化コラーゲンゲルは、切開時と放電凝固時の両方において、激しいスパーク現象が起きたため、被験物として適さないものであった。この原因として、コラーゲン濃度が低かったこと、すなわち、水分濃度が高かったことが考えられた。
【0055】
一方、実施例1~3の架橋線維化コラーゲンゲルでは新鮮な豚肉と同等の切削感触と炭化状態が得られたことから、実施例1~3の架橋線維化コラーゲンゲルは、生体組織を切開、放電凝固したときの感覚や現象である「切開・止血感」を得るための被験物として好適に用いることができる人工材料であることが分かった。