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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-03
(45)【発行日】2023-02-13
(54)【発明の名称】予測モデル構築方法および予測方法
(51)【国際特許分類】
   G21C 17/022 20060101AFI20230206BHJP
   G21C 17/02 20060101ALI20230206BHJP
【FI】
G21C17/022
G21C17/02 400
G21C17/02 300
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2019172262
(22)【出願日】2019-09-20
(65)【公開番号】P2021050939
(43)【公開日】2021-04-01
【審査請求日】2021-12-07
(73)【特許権者】
【識別番号】507250427
【氏名又は名称】日立GEニュークリア・エナジー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】細川 秀幸
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 剛
(72)【発明者】
【氏名】助田 浩子
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 麻由
(72)【発明者】
【氏名】碓井 直志
【審査官】鳥居 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-289179(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G21C 17/022
G21C 17/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
原子力発電プラントにおける原子炉の炉水放射性金属腐食生成物濃度を予測する炉水放射能濃度の予測モデル構築装置の予測モデル構築方法であって、
前記予測モデル構築装置は、
前記原子炉の炉水の給水流量および給水金属腐食生成物濃度を含む前記原子力発電プラントのプラント状態量を記述する物理モデルにより計算されるプラント状態量予測値を計算するステップと、
前記原子炉の炉水の給水流量、給水金属腐食生成物濃度、炉水金属腐食生成物濃度、炉水放射性金属腐食生成物濃度、炉水浄化流量、燃料集合体の炉内滞在期間、および電気出力のなかの何れか少なくとも1つを含む実測可能なプラント状態量、および前記プラント状態量予測値を入力データとして含み、実測値である前記炉水放射性金属腐食生成物濃度を出力データとして含む教師データを機械学習モデルに学習させて予測モデルを構築するステップと、を実行し、
前記物理モデルは、前記原子炉の炉水の給水流量、給水金属腐食生成物濃度を用いて前記炉水への金属腐食生成物と放射性金属腐食生成物の移行挙動に関するマスバランスモデルであり、
前記プラント状態量予測値は、前記マスバランスモデルにより計算された前記原子炉の燃料棒上に蓄積する金属腐食生成物量および放射性金属腐食生成物量のなかの何れか少なくとも1つを含む
とを特徴とする予測モデル構築方法。
【請求項2】
前記プラント状態量予測値は、前記マスバランスモデルにより計算された前記原子炉の炉水の金属腐食生成物濃度および放射性金属腐食生成物濃度のなかの何れか少なくとも1つをさらに含む
ことを特徴とする請求項1に記載の予測モデル構築方法。
【請求項3】
前記炉水放射性金属腐食生成物濃度は、コバルト60、コバルト58、およびマンガン54のなかの何れかの炉水放射性金属腐食生成物濃度である
ことを特徴とする請求項1に記載の予測モデル構築方法。
【請求項4】
原子力発電プラントにおける原子炉の炉水放射性金属腐食生成物濃度を予測する炉水放射能濃度の予測装置の予測方法であって、
前記予測装置は、
前記原子炉の炉水の給水流量、給水金属腐食生成物濃度、炉水金属腐食生成物濃度、炉水放射性金属腐食生成物濃度、炉水浄化流量、燃料集合体の炉内滞在期間、および電気出力のなかの何れか少なくとも1つを含む実測可能なプラント状態量と、前記原子炉の炉水の給水流量および給水金属腐食生成物濃度を含む前記原子力発電プラントのプラント状態量を記述する物理モデルにより計算されるプラント状態量予測値とを入力データとして含み、実測値である前記炉水放射性金属腐食生成物濃度を出力データとして含む教師データを機械学習モデルに学習させて構築された予測モデルを記憶し、
前記物理モデルにより、前記プラント状態量から前記プラント状態量予測値を計算するステップと、
前記原子炉の炉水の給水流量、給水金属腐食生成物濃度、炉水金属腐食生成物濃度、炉水放射性金属腐食生成物濃度、炉水浄化流量、燃料集合体の炉内滞在期間、および電気出力のなかの何れか少なくとも1つを含むプラント状態量、および計算されたプラント状態量予測値を入力データとして、前記予測モデルに入力して、前記炉水放射性金属腐食生成物濃度を出力として計算するステップと、を実行し、
前記物理モデルは、前記原子炉の炉水の給水流量、給水金属腐食生成物濃度を用いて前記炉水への金属腐食生成物と放射性金属腐食生成物の移行挙動に関するマスバランスモデルであり、
前記プラント状態量予測値は、前記マスバランスモデルにより計算された前記原子炉の燃料棒上に蓄積する金属腐食生成物量および放射性金属腐食生成物量のなかの何れか少なくとも1つを含む
とを特徴とする予測方法。
【請求項5】
前記予測モデルに入力されるプラント状態量は、入力される時点における実測データである
ことを特徴とする請求項4に記載の予測方法。
【請求項6】
前記予測モデルに入力されるプラント状態量は、前記入力される時点から前記炉水放射性金属腐食生成物濃度の予測時点までの計画値をさらに含む
ことを特徴とする請求項5に記載の予測方法。
【請求項7】
前記予測装置は、前記入力される時点から前記炉水放射性金属腐食生成物濃度の予測時点までのプラント状態量の計画値の計画パターンを記憶し、
前記予測モデルに入力されるプラント状態量は、前記入力される時点から前記炉水放射性金属腐食生成物濃度の予測時点までの前記計画パターンの計画値をさらに含む
ことを特徴とする請求項5に記載の予測方法。
【請求項8】
前記プラント状態量予測値は、前記マスバランスモデルにより計算された前記原子炉の炉水の金属腐食生成物濃度および放射性金属腐食生成物濃度のなかの何れか少なくとも1つをさらに含む
ことを特徴とする請求項4~7の何れか1項に記載の予測方法。
【請求項9】
前記炉水放射性金属腐食生成物濃度は、コバルト60、コバルト58、およびマンガン54のなかの何れかの炉水放射性金属腐食生成物濃度である
ことを特徴とする請求項4に記載の予測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子力発電プラントの炉水放射能濃度の予測モデル構築方法および予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
原子力発電プラント(単にプラントとも記す)として、例えば、沸騰水型原子力発電プラントや加圧水型原子力発電プラントが知られている。これらのプラントにおいて、原子炉圧力容器などの主要な構成部材は、腐食を抑制するために、水が接触する接水部にステンレス鋼やニッケル基合金などが用いられている。さらに、これらのプラントでは、原子炉圧力容器内に存在する冷却水(以下、炉水とも記す)の一部を炉水浄化装置によって浄化し、炉水中に僅かに存在する金属不純物を積極的に除去している。
【0003】
上記のような腐食防止対策を講じても、炉水中に残る極僅かな金属不純物の存在は避けられないため、一部の金属不純物が、金属酸化物として、燃料集合体に含まれる燃料棒の外面に付着する。燃料棒外面に付着した金属不純物に含まれる金属元素は、燃料棒内の核燃料物質から放出される中性子の照射により原子核反応を生じ、コバルト60、コバルト58、クロム51、マンガン54などの放射性核種になる。酸化物の形態で燃料棒外面に付着した一部の放射性核種は、取り込まれている酸化物の溶解度に応じて炉水中にイオンとして溶出する。また、放射性核種は、クラッドとよばれる不溶性固体として炉水中に再放出される。
【0004】
炉水中の放射性核種の一部は、炉水浄化装置で取り除かれる。しかしながら、除去されなかった放射性核種は炉水と共に再循環系などを循環している間に、炉水と接触する構造部材の表面に蓄積される。この結果、構造部材表面から放射線が放出され、定期検査を行う従事者の放射線被ばくの原因となる。その従事者の被ばく線量は、各従事者に規定値を超えないように管理されている。しかしながら、近年この規定値が引き下げられ、各従事者の被ばく線量を経済的に可能な限り低くする必要が生じている。
【0005】
このような状況のなか、次回定期検査時の被ばく線量を予測して、遮蔽計画や作業人員計画を立てたり、除染の必要性を判断したりすることは総被ばく線量を下げる上で有効な対策となる。被ばく線量の予測には配管線量の予測が必要であり、配管線量は運転中の炉水放射能濃度に強く依存するため、プラントの運転期間中における炉水放射能濃度の推移を予測することが重要となる。加えて、次回定期検査の被ばく線量を予測して定期検査計画に利用するので、その予測はできるだけ速く行う必要がある。
【0006】
炉水放射能濃度の予測方法として、例えば特許文献1に記載されているような物理的および化学的シミュレーションモデルを利用した原子炉一次系の線量率を低減するための水質診断システムがある。この水質診断システムは、現在の水質条件を入力として冷却水中の放射能変化を推定するシミュレーションモデル(マスバランスモデル)を用いて、将来のプラント線量率の予測し、その結果に基づき現在の水質条件の良否を診断する。
特許文献1の技術では、シミュレーションモデルおよびモデルパラメータは既に存在し、かつ最適化されている必要がある。しかし、現実には、モデルパラメータが時間的に変化し、運転が継続されていくに従って機器や材料が交換されモデル計算値と実測値との差が大きくなってくることがある。
【0007】
特許文献2に記載の自己学習診断、予測装置は、プラントの仕様、特性などの時間的な変化に対応してモデルパラメータを自動修繕し予測精度の劣化を防ぐとともに、モデルを自己学習により改良する機能を備えている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開昭64-063894号公報
【文献】特開平06-289179号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献2に記載の技術は、物理モデルや化学モデルに基づいて設定したモデルのモデルパラメータの最適化とその寄与を調整するものであり、そのモデルが予め準備されている必要がある。このため、予測目標の状態量と入力として使用する状態量との相関関係が数式として記述されている必要がある。
マスバランスモデルで表現される状態量の相関関係は、モデルパラメータが最適化されることで最適化される。しかしながら、相関関係は考えられるが、相関関係が複雑で数式表現が難しい場合には、適切なモデルを構築できない。このため、複雑で数式で表現できない相関関係が含まれている場合でも、プラントの状態量を正確に予測することが求められている。
【0010】
本発明は、このような背景を鑑みてなされたものであり、原子力発電プラントの炉水放射能濃度の高精度な予測モデル構築方法および予測方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記した課題を解決するため、予測モデル構築方法は、原子力発電プラントにおける原子炉の炉水放射性金属腐食生成物濃度を予測する炉水放射能濃度の予測モデル構築装置の予測モデル構築方法であって、前記予測モデル構築装置は、前記原子炉の炉水の給水流量および給水金属腐食生成物濃度を含む前記原子力発電プラントのプラント状態量を記述する物理モデルにより計算されるプラント状態量予測値を計算するステップと、前記原子炉の炉水の給水流量、給水金属腐食生成物濃度、炉水金属腐食生成物濃度、炉水放射性金属腐食生成物濃度、炉水浄化流量、燃料集合体の炉内滞在期間、および電気出力のなかの何れか少なくとも1つを含む実測可能なプラント状態量、および前記プラント状態量予測値を入力データとして含み、実測値である前記炉水放射性金属腐食生成物濃度を出力データとして含む教師データを機械学習モデルに学習させて予測モデルを構築するステップと、を実行し、前記物理モデルは、前記原子炉の炉水の給水流量、給水金属腐食生成物濃度を用いて前記炉水への金属腐食生成物と放射性金属腐食生成物の移行挙動に関するマスバランスモデルであり、前記プラント状態量予測値は、前記マスバランスモデルにより計算された前記原子炉の燃料棒上に蓄積する金属腐食生成物量および放射性金属腐食生成物量のなかの何れか少なくとも1つを含む。
【0012】
また、前記した課題を解決するため、予測方法は、原子力発電プラントにおける原子炉の炉水放射性金属腐食生成物濃度を予測する炉水放射能濃度の予測装置の予測方法であって、前記予測装置は、前記原子炉の炉水の給水流量、給水金属腐食生成物濃度、炉水金属腐食生成物濃度、炉水放射性金属腐食生成物濃度、炉水浄化流量、燃料集合体の炉内滞在期間、および電気出力のなかの何れか少なくとも1つを含む実測可能なプラント状態量と、前記原子炉の炉水の給水流量および給水金属腐食生成物濃度を含む前記原子力発電プラントのプラント状態量を記述する物理モデルにより計算されるプラント状態量予測値とを入力データとして含み、実測値である前記炉水放射性金属腐食生成物濃度を出力データとして含む教師データを機械学習モデルに学習させて構築された予測モデルを記憶し、前記物理モデルにより、前記プラント状態量から前記プラント状態量予測値を計算するステップと、前記原子炉の炉水の給水流量、給水金属腐食生成物濃度、炉水金属腐食生成物濃度、炉水放射性金属腐食生成物濃度、炉水浄化流量、燃料集合体の炉内滞在期間、および電気出力のなかの何れか少なくとも1つを含むプラント状態量、および計算されたプラント状態量予測値を入力データとして、前記予測モデルに入力して、前記炉水放射性金属腐食生成物濃度を出力として計算するステップと、を実行し、前記物理モデルは、前記原子炉の炉水の給水流量、給水金属腐食生成物濃度を用いて前記炉水への金属腐食生成物と放射性金属腐食生成物の移行挙動に関するマスバランスモデルであり、前記プラント状態量予測値は、前記マスバランスモデルにより計算された前記原子炉の燃料棒上に蓄積する金属腐食生成物量および放射性金属腐食生成物量のなかの何れか少なくとも1つを含む。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、原子力発電プラントの炉水放射能濃度の高精度な予測モデル構築方法および予測方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本実施形態に係る原子力発電プラントの全体系統構成図である。
図2】本実施形態に係る炉水への金属腐食生成物の移行挙動のマスバランスモデルを説明するための図である。
図3】本実施形態に係る炉水放射能濃度予測装置の機能構成図である。
図4】本実施形態に係る学習処理における予測モデルの教師データの元となるデータの構成を説明するための図である。
図5】本実施形態に係る教師データに含まれる予測モデルの入力データと出力データとを説明するための図である。
図6】本実施形態に係る学習部が実行する学習処理のフローチャートである。
図7】本実施形態に係る予測処理における予測モデルの入力データの元となるデータの構成を説明するための図である。
図8】本実施形態に係る予測処理における予測モデルの入力データと出力データとを説明するための図である。
図9】本実施形態に係る予測部が実行する予測処理のフローチャートである。
図10】本実施形態の変形例に係る学習処理における予測モデルの教師データの元となるデータの構成を説明するための図である。
図11】本実施形態の変形例に係る予測処理における予測モデルの入力データの元となるデータの構成を説明するための図である。
図12】本実施形態に係る、プラント状態量の変化に伴うコバルト60濃度データの予測の変化を説明するための図である。
図13】本実施形態の変形例に係る炉水放射能濃度予測装置の機能構成図である。
図14】本実施形態の変形例に係る計画パターンを用いた予測処理のフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明を実施するための形態(実施形態)における炉水放射能濃度予測装置を説明する前に、予測の対象となる原子力発電プラント、および炉水中の放射能変化を推定するシミュレーションモデル(マスバランスモデル)を説明する。
【0016】
≪原子力発電プラントの概要≫
図1は、本実施形態に係る原子力発電プラントP100の全体系統構成図である。本実施形態における炉水放射能濃度予測装置が適用される原子力発電プラントP100(例えば沸騰水型原子力発電プラント)の概略構成を、図1を参照して説明する。
原子力発電プラントP100は、原子炉P1、タービンP3、復水器P4、原子炉浄化系および給水系などを備えている。原子炉格納容器P11内に設置された原子炉P1は、炉心P13を内蔵する原子炉圧力容器P12を有する。原子炉圧力容器P12内に設置された円筒状の炉心シュラウドP15が、炉心P13を取り囲んでいる。炉心P13には複数の燃料集合体(不図示)が装荷されている。各燃料集合体は、核燃料物質で製造された複数の燃料ペレットを充填した複数の燃料棒を含んでいる。原子炉圧力容器P12の内面と炉心シュラウドP15の外面の間には、環状のダウンカマP17が形成される。複数のインターナルポンプP21が原子炉圧力容器P12の底部に設置される。インターナルポンプP21のインペラは、ダウンカマP17の下部に配置される。
【0017】
給水系は、復水器P4と原子炉圧力容器P12とを連絡する給水配管P10に、復水ポンプP5、復水浄化装置P6、給水ポンプP7、低圧給水加熱器P8、および高圧給水加熱器P9が、この順番に復水器P4から原子炉圧力容器P12に向かって設置されて構成される。水素注入装置P16が、水素注入配管P18によって、復水浄化装置P6と給水ポンプP7の間で給水配管P10に接続されている。開閉弁P19が水素注入配管P18に設けられる。
【0018】
原子炉浄化系は、原子炉圧力容器P12と給水配管P10を連絡するステンレス鋼製の浄化系配管(ステンレス鋼部材)P20に、浄化系隔離弁P23、浄化系ポンプP24、再生熱交換器P25、非再生熱交換器P26、および炉水浄化装置P27が、この順番で設置されて構成される。原子力発電プラントP100に設けられた残留熱除去系は、一端部が原子炉圧力容器P12に接続されてダウンカマP17に連絡され、他端部が炉心P13より上方で原子炉圧力容器P12内に連絡される残留熱除去系配管P28を有する。この残留熱除去系配管P28に残留熱除去系ポンプP29および熱交換器(冷却装置)P30が設置される。浄化系配管P20の一端は、残留熱除去系ポンプP29の上流で残留熱除去系配管P28に接続される。
【0019】
原子炉圧力容器P12内のダウンカマP17に存在する冷却水(炉水)は、インターナルポンプP21で昇圧され、炉心P13よりも下方の下部プレナムに導かれる。炉水は、下部プレナムから炉心P13に供給され、燃料集合体の燃料棒に含まれる核燃料物質の核分裂で発生する熱によって加熱される。加熱された炉水の一部が蒸気になる。この蒸気は、原子炉圧力容器P12から主蒸気配管P2を通ってタービンP3に導かれ、タービンP3を回転させる。タービンP3に連結された発電機(不図示)が回転され、電力が発生する。タービンP3から排出された蒸気は、復水器P4で凝縮されて水になる。
【0020】
この水は、給水として、給水配管P10を通って原子炉圧力容器P12内に供給される。給水配管P10を流れる給水は、復水ポンプP5で昇圧され、復水浄化装置P6で不純物が除去されて、給水ポンプP7でさらに昇圧され、低圧給水加熱器P8および高圧給水加熱器P9で加熱される。抽気配管P14で主蒸気配管P2およびタービンP3から抽気された抽気蒸気が、低圧給水加熱器P8および高圧給水加熱器P9にそれぞれ供給され、給水の加熱源となる。
【0021】
原子炉圧力容器P12内の炉水には給水に含まれる金属腐食生成物や原子炉圧力容器P12内の構造材の腐食によって生じた生成物が含まれるため、一定の割合の炉水が炉水浄化系によって浄化される。原子炉圧力容器P12内の炉水は、浄化系ポンプP24の駆動により、残留熱除去系配管P28から分岐した浄化系配管P20を通して再生熱交換器P25および非再生熱交換器P26に供給され、これらの熱交換器により50℃程度まで冷却される。冷却された炉水が炉水浄化装置P27を通ることによって炉水に含まれる金属腐食生成物が除去され、再生熱交換器P25で昇温された後、給水配管P10内を流れる給水と合流して原子炉圧力容器P12に供給される。
【0022】
原子炉P1の運転を停止するときには、全制御棒(不図示)が炉心に挿入される。全制御棒の挿入により核燃料物質の核分裂反応が停止され、原子炉P1の運転が停止される。炉心P13および原子炉圧力容器P12内の機器に残留する熱は炉水の蒸発によって除去されるが、ある程度、温度が低下すると炉水の蒸発による除熱効率が低下するため、炉水温度が150℃程度まで低下すると残留熱除去系を用いて炉心P13および原子炉圧力容器P12内の機器を冷却する。すなわち、残留熱除去系ポンプP29の駆動により原子炉圧力容器P12内の炉水が残留熱除去系配管P28を通して熱交換器P30に供給され、そして、その炉水は熱交換器P30で冷却されて原子炉圧力容器P12に戻される。
【0023】
原子炉運転中の炉水にはコバルト60をはじめとする放射性金属腐食生成物が含まれており、その濃度に応じて構造材への付着が生じ、構造材へ付着した放射性核種からの放射線によって定期検査従事者の放射線被ばくが生じる。
本実施形態に係る炉水放射能濃度予測装置によれば、放射性金属腐食生成物濃度が高精度に予測できる。この予測を用いることで、プラントの運用者は、運転中の炉水放射能濃度を下げたり、遮蔽を敷設したり、化学除染を実施したりして被ばくを抑制する計画を立案し、実施できるようになる。
【0024】
≪マスバランスモデルの概要≫
図2は、本実施形態に係る炉水への金属腐食生成物の移行挙動のマスバランスモデル140(後記する図3参照)を説明するための図である。マスバランスモデル140は、給水中に含まれている金属腐食生成物と、炉水に接する炉内・炉外の構造材の腐食に伴って発生する金属腐食生成物とが、炉水を介在して燃料棒表面や炉内・炉外の構造材表面に再付着したり、炉水浄化系によって系外に除去されたりする動的挙動をマクロな質量保存則によって記述する物理モデルである。なお、図2の実線と破線の矢印は、クラッドとイオンによる移行を示している。
金属腐食生成物のマスバランスモデル140は、以下に示す式1~式8に示される連立微分方程式群により記述される。
【0025】
【数1】
【0026】
【数2】
【0027】
【数3】
【0028】
【数4】
【0029】
【数5】
【0030】
【数6】
【0031】
【数7】
【0032】
【数8】
【0033】
上式において、変数やパラメータの意味は以下のとおりである。
C:炉水の金属腐食生成物濃度(炉水金属腐食生成物濃度、例えば、鉄、ニッケル、コバルトなどの濃度)
t:時刻
V:炉水保有水量
:給水流量
:金属腐食生成物の給水中濃度(給水金属腐食生成物濃度)
X:炉内構造材の腐食により発生する金属腐食生成物の発生率
ζ:燃料棒付着物の溶出あるいは剥離定数
ζ :炉内構造材付着物の溶出あるいは剥離定数
ζ :炉外構造材付着物の溶出あるいは剥離定数
【0034】
M:燃料棒上に蓄積する金属腐食生成物量
:炉内の構造材表面に付着蓄積する金属腐食生成物量
:炉外の構造材表面に付着蓄積する金属腐食生成物量
δ:燃料棒への付着定数
β:原子炉浄化系における除去率
δ :炉内構造材への付着定数
δ :炉外構造材への付着定数
:炉内の構造材の表面積
:炉外の構造材の表面積
【0035】
R:炉水の放射性金属腐食生成物濃度(炉水放射性金属腐食生成物濃度、例えば、コバルト60、コバルト58、マンガン54などの濃度)
Y:炉内構造材の腐食により発生する放射性金属腐食生成物の発生率
A:燃料棒上に蓄積する放射性金属腐食生成物量
Γ:炉内の構造材表面に付着蓄積する放射性金属腐食生成物量
Γ:炉外の構造材表面に付着蓄積する放射性金属腐食生成物量
λ:放射性金属腐食生成物の崩壊定数
G:燃料棒上における放射性核種の生成率
:炉内構造材上における放射性核種の生成率
【0036】
上記変数の内、C、C、F、R、Γは運転中に測定可能な状態量であり、M、A、Γは定期検査などの停止時に炉内から燃料棒を取り出したときに測定可能な状態量である。また、V、S、Sはプラント固有のプラントパラメータである。λ、G、Gは放射性金属腐食生成物の核種に応じて定まる物理定数であって、X、Y、ζ、ζ 、ζ 、δ、δ 、δ 、βは原則的にモデルパラメータである。なお、m、mは水側から付着したものと構造材の腐食によって発生したものとの区別ができないので、通常測定が困難な状態量である。
【0037】
従来技術では、左辺のCやM、Rなどの状態量の計算値と実測値が合うようにモデルパラメータを調整し、調整したモデルパラメータを用いて、Cの将来推定値を入力として与えて左辺の各状態量を計算して予測している。
【0038】
≪炉水放射能濃度予測装置:全体構成≫
以下に、本実施形態に係る原子力発電プラントP100における炉水の放射能濃度を予測する炉水放射能濃度予測装置を説明する。炉水放射能濃度予測装置は、炉水のコバルト60、コバルト58、クロム51、マンガン54などの濃度を予測する。予測には、式1~式8で記述されるマスバランスモデル140によるシミュレーションおよび機械学習技術を用いる。詳しくは、機械学習モデルへの入力の一部として、シミュレーションの結果を用いる。
【0039】
図3は、本実施形態に係る炉水放射能濃度予測装置100の機能構成図である。炉水放射能濃度予測装置100は、コンピュータであり、制御部110、記憶部120、および入出力部160を備える。炉水放射能濃度予測装置100は、原子力発電プラントP100で使用されるプロセスコンピュータP110から熱出力などの運転データ、および原子力発電プラントP100内に設置された計測器P120からの出力データを受信する。
【0040】
記憶部120は、RAM(Random Access Memory)やROM(Read Only Memory)、SSD(Solid State Drive)などから構成され、予測モデル130やマスバランスモデル140、プラント状態量データベース150を記憶する。予測モデル130は、機械学習の学習モデルであり、例えばニューラルネットワークである。マスバランスモデル140は、式1~式8で記述されるシミュレーションモデルであり、モデルを記述する式やパラメータである。ないしは、マスバランスモデル140は、シミュレーションを実行するプログラムであると捉えてもよい。
【0041】
プラント状態量データベース150は、式1~式8に含まれる変数やパラメータの値となる原子力発電プラントP100のプラントデータや給水データ、炉水水質データを含むプラント状態量を記憶する。プラント状態量データベース150は、他に、炉心P13(図1参照)に装荷されている燃料集合体の炉内滞在期間、電気出力などのプラント状態量も記憶する。
【0042】
入出力部160は、プロセスコンピュータP110や計測器P120からのデータを受信して、プラント状態量データベース150に格納する。また、入出力部160は、不図示のディスプレイやキーボード、マウスを備え、炉水放射能濃度予測装置100の利用者からの操作を受け付けたり、予測結果などのデータを表示したりする。
【0043】
制御部110は、CPU(Central Processing Unit)から構成され、学習部111、予測部112、およびシミュレーション部113を備える。学習部111は、プラント状態量データベース150に記憶されるデータを教師データ(学習データ)として学習処理(後記する図6参照)を行い、炉水の放射能濃度を予測する予測モデル130を生成する。予測部112は、生成された予測モデル130にプラント状態量データベース150に記憶されるデータを入力して、炉水の放射能濃度を予測する予測処理(後記する図9参照)を実行する。シミュレーション部113は、式1~式8で記述されるマスバランスモデル140によるシミュレーションを実行する。シミュレーションの実行結果は、予測モデル130の入力データとなる。学習部111および予測部112の処理の詳細は、後記する図4図9を参照して説明する。
【0044】
≪教師データ≫
図4は、本実施形態に係る学習処理における予測モデル130の教師データの元となるデータの構成を説明するための図である。図5は、本実施形態に係る教師データに含まれる予測モデル130の入力データと出力データとを説明するための図である。ここでは、30日分のプラント状態量151およびコバルト60濃度152から1セットの教師データを生成する例を説明する。
【0045】
図4記載のデータセット210は、第1日を開始日とする1セットの教師データの元となるデータセットであって、第1日~第30日のプラント状態量、および第60日のコバルト60の炉水放射能濃度(コバルト60濃度とも記す)を含む。これらのデータは、プラント状態量データベース150に記憶されている。
【0046】
第1日~第30日のプラント状態量のそれぞれに含まれる、給水流量、給水金属腐食生成物濃度、炉水金属腐食生成物濃度、炉水放射性金属腐食生成物濃度、炉水浄化流量、燃料集合体の炉内滞在期間、および電気出力など実測可能なプラント状態量(実測データ)が、予測モデル130の入力データとして含まれる。この予測モデル130の入力データとなる教師データは、図5記載のプラント状態量151から予測モデル130に向かう矢印に相当する。
【0047】
また、第1日~第30日のプラント状態量に含まれる、給水流量、給水金属腐食生成物濃度、炉水浄化流量、燃料集合体の炉内滞在期間、電気出力などからマスバランスモデル140を用いて計算された燃料棒上に蓄積する金属腐食生成物量(M)、放射性金属腐食生成物量(A)が、予測モデル130の入力データ(プラント状態量予測値とも記す)として含まれる。この予測モデル130の入力データとなる教師データは、図5記載のマスバランスモデル140から予測モデル130に向かう矢印に相当する。なお、炉水浄化流量、燃料集合体の炉内滞在期間、および電気出力は、式1~式8には直接には現れないが、変数やパラメータに影響を与えている。例えば、燃料棒への付着定数(δ)は電気出力に依存し、原子炉浄化系における除去率(β)は炉水浄化流量から算出される。
【0048】
第60日のコバルト60濃度(実測値)が、予測モデル130の出力データ(炉水放射性金属腐食生成物濃度)として含まれる。この予測モデル130の出力データとなる教師データは、図5記載のコバルト60濃度152から予測モデル130に向かう矢印に相当する。
以上に説明した入力データおよび出力データが予測モデル130に対する1セットの教師データとなる。同様にして、第2日を開始日とするデータセット220から1セットの教師データが生成される。以下、これを繰り返すことで、第1日~第59日のプラント状態量、および第60日~第89日のコバルト60濃度から、30セットの予測モデル130に対する教師データが生成される。
【0049】
≪炉水放射能濃度予測装置:学習処理≫
図6は、本実施形態に係る学習部111が実行する学習処理のフローチャートである。
ステップS11において学習部111は、所定の開始日(第1日~第30日)ごとにステップS12~S13を実行する。
ステップS12において学習部111の指示を受けてシミュレーション部113は、プラント状態量151を入力データとし、マスバランスモデル140によるシミュレーションを実行する。詳しくは、シミュレーション部113は、開始日から30日分のプラント状態量151に含まれる、給水流量、給水金属腐食生成物濃度、炉水浄化流量、燃料集合体の炉内滞在期間、電気出力などからマスバランスモデル140(式1~式8)を用いて、燃料棒上に蓄積する金属腐食生成物量(M)および放射性金属腐食生成物量(A)を算出する。
【0050】
ステップS13において学習部111は、教師データを生成する。詳しくは、学習部111は、30日分のプラント状態量151それぞれに含まれる、給水流量、給水金属腐食生成物濃度、炉水金属腐食生成物濃度、炉水放射性金属腐食生成物濃度、炉水浄化流量、燃料集合体の炉内滞在期間、電気出力など実測可能なプラント状態量、ステップS12において算出した燃料棒上に蓄積する金属腐食生成物量、放射性金属腐食生成物量を入力データとし、開始日から59日後のコバルト60濃度152を出力データとする教師データを生成する。
【0051】
ステップS14において学習部111は、全ての所定の開始日ごとにステップS12~S13を実行したならばステップS15に進み、未処理の開始日があればステップS12に戻って、未処理の開始日について処理する。
ステップS15において学習部111は、ステップS13で生成した教師データを用いて予測モデル130を訓練して(予測モデル130に教師データを学習させて)、予測モデル130を構築する。
上記した予測処理により、コバルト60濃度を予測する予測モデル130が構築できる。続いて、予測モデル130を用いたコバルト60濃度を予測する処理を説明する。
【0052】
≪炉水放射能濃度予測装置:予測処理≫
図7は、本実施形態に係る予測処理における予測モデル130の入力データの元となるデータの構成を説明するための図である。図8は、本実施形態に係る予測処理における予測モデル130の入力データと出力データとを説明するための図である。
【0053】
図7において、基準日とは予測処理の実行日であり、予測部112は、基準日を含めて過去30日分のプラント状態量から、基準日の30日後のコバルト60濃度を予測する。
詳しくは、基準日の29日前~基準日のプラント状態量のそれぞれに含まれる、給水流量、給水金属腐食生成物濃度、炉水金属腐食生成物濃度、炉水放射性金属腐食生成物濃度、炉水浄化流量、燃料集合体の炉内滞在期間、および電気出力など実測可能なプラント状態量(実測データ)が、予測モデル130の入力データとして含まれる。この入力データは、図8記載のプラント状態量153から予測モデル130に向かう矢印に相当する。
【0054】
また、基準日の29日前~基準日のプラント状態量に含まれる、給水流量、給水金属腐食生成物濃度、炉水浄化流量、燃料集合体の炉内滞在期間、電気出力などからマスバランスモデル140を用いて計算された燃料棒上に蓄積する金属腐食生成物量(M)、放射性金属腐食生成物量(A)が、予測モデル130の入力データ(プラント状態量予測値)として含まれる。この入力データは、図8記載のマスバランスモデル140から予測モデル130に向かう矢印に相当する。
【0055】
基準日の30日後のコバルト60濃度が、予測モデル130の出力データとして含まれる。この出力データは、図8記載の予測モデル130からコバルト60濃度154に向かう矢印に相当する。
【0056】
図9は、本実施形態に係る予測部112が実行する予測処理のフローチャートである。
ステップS21において予測部112の指示を受けてシミュレーション部113は、プラント状態量153を入力データとし、マスバランスモデル140によるシミュレーションを実行する。詳しくは、シミュレーション部113は、基準日を含めて過去30日分のプラント状態量153に含まれる、給水流量、給水金属腐食生成物濃度、炉水浄化流量、燃料集合体の炉内滞在期間、電気出力などからマスバランスモデル140(式1~式8)を用いて、燃料棒上に蓄積する金属腐食生成物量(M)および放射性金属腐食生成物量(A)を算出する。
【0057】
ステップS22において予測部112は、予測モデル130に入力データを入力する。詳しくは、予測部112は、基準日を含めて過去30日分のプラント状態量153それぞれに含まれる、給水流量、給水金属腐食生成物濃度、炉水金属腐食生成物濃度、炉水放射性金属腐食生成物濃度、炉水浄化流量、燃料集合体の炉内滞在期間、電気出力など実測可能なプラント状態量、ステップS21において算出した燃料棒上に蓄積する金属腐食生成物量、放射性金属腐食生成物量を予測モデル130に入力する。
ステップS23において予測部112は、予測モデル130を実行してコバルト60濃度154の出力を取得することで、コバルト60濃度を予想する。
【0058】
基準点が現在である場合には、過去の実績値(実測値)であるプラント状態量153から、コバルト60濃度154が予測できる。また、基準点を過去にすると、予測を検証することができる。詳しくは、過去の実績値であるプラント状態量153からコバルト60濃度154を算出して、実績値のコバルト60濃度と比較することで、予測の精度を評価することができる。例えば、基準点を30日前としたときのコバルト60濃度と、本日のコバルト60濃度とを比較することで、予測の精度を評価できる。
【0059】
≪変形例:予測モデルへの入出力データの期間≫
上記した実施形態において、予測モデル130(図5図8参照)へ入力されるデータは、30日分であったが、これに限定されることはなく、例えば、より長期間のプラント状態量を基にしたデータであってもよい。また、基準日から30日後のコバルト60濃度を予測しているが、より未来の、例えば90日後のコバルト60濃度を予測するようにしてもよい。または、予測する日数を1日に限定せず、例えば、30日後から60日後などのように、期間にしてもよい。所望する入力データの期間や基準日とコバルト60濃度を予測する日(予測日)との間隔に応じて、教師データを作成して予測モデル130を構築することで、対応する入力データの期間や基準日と予想日との間隔でコバルト60濃度を予測できるようになる。
【0060】
上記した実施形態では、基準日から予測日の間のプラント状態量は、入力データには含まれていない。原子力発電プラントの運転計画で予め決定している、ないしは予想可能なプラント状態量を計画値として入力データに加えてもよい。
図10は、本実施形態の変形例に係る学習処理における予測モデル130の教師データの元となるデータの構成を説明するための図である。図11は、本実施形態の変形例に係る予測処理における予測モデル130の入力データの元となるデータの構成を説明するための図である。学習処理において、開始日からの30日分のプラント状態量に加えて(図4参照)、さらに29日分のプラント状態量を教師データの入力データの基となるデータに加えてもよい。予測処理においては、基準日を含めて過去30日分のプラント状態量に加えて(図7参照)、基準日から予想日までの計画値となるプラント状態量を入力データの基となるデータとする。
【0061】
例えば、給水流量、給水金属腐食生成物濃度、炉水浄化流量、燃料集合体の炉内滞在期間、電気出力は、運転計画で決められている(予測可能である)、ないしは原子力発電プラントの操作により調整可能であるので、予測モデル130への入力に加えてもよい。また、マスバランスモデル140を用いて、これらのプラント状態量から計算可能な燃料棒上に蓄積する金属腐食生成物量や放射性金属腐食生成物量を予測モデル130への入力に加えてもよい。予想日に近い日の入力データを加えることで、炉水放射能濃度予測装置100は、コバルト60濃度をより高精度に予測可能となる。
【0062】
≪炉水放射能濃度予測装置を用いた運転計画立案≫
コバルト60濃度を所望する値以下に抑えるための運転計画立案のためには、計画値となるプラント状態量153(図8参照)を変えながら、繰り返し予測処理を実行すればよい。例えば、プラント状態量153としての給水中の鉄濃度がある。コバルト60は燃料棒表面で鉄酸化物を主成分とする金属酸化物に取り込まれており、炉水のコバルト60はここから溶出してくる。このため、コバルト60濃度は、給水の鉄濃度の影響を受けやすいと考えられる。給水中の鉄濃度は調整可能であり、計画を立てて給水中の鉄濃度を所望の値(予測時点までの計画値)に設定することで、コバルト60濃度に変化を及ぼすことが可能である。
【0063】
図12は、本実施形態に係る、プラント状態量153の変化に伴うコバルト60濃度データの予測の変化を説明するための図である。図12の上のグラフは、プラント状態量153に含まれる給水中の鉄濃度を示すグラフであり、時刻t以前は実績データ(実測データ)であって、時刻t以降は3つの計画値として入力される予定の鉄濃度を破線、一点鎖線、二点鎖線で示している。図12の下のグラフは、図12の上のグラフに示された給水鉄濃度を含むプラント状態量に対応するコバルト60濃度データの予測結果である。給水鉄濃度が高くなるのに応じてコバルト60濃度が低下していることがわかる。
【0064】
このように、給水鉄濃度など計画値のプラント状態量を変えながら予測処理を繰り返し実行することで、所望のコバルト60濃度にするためのプラント状態量の計画値を求めることができ、原子力発電プラントP100の運転計画を立案することができる。
【0065】
≪学習処理と予測処理の特徴≫
炉水のコバルト60の発生源は燃料棒に付着したコバルトであり、これが燃料棒からの中性子照射を受けてコバルト60になる。このコバルト60は燃料棒表面で鉄酸化物を主成分とする金属酸化物に取り込まれており、炉水のコバルト60はここから溶出してくる。このため、炉水のコバルト60濃度の経時変化は燃料棒表面に形成される金属酸化物の量に強い影響を受ける。このプラント状態量は、原子力発電プラントの運転中には計測できず、定期検査など原子力発電プラントの停止中に炉心P13(図1参照)から燃料棒が取り出されて始めて計測できる値である。
【0066】
上記した実施形態における予測モデル130の入力データは、マスバランスモデルを用いて計算された燃料棒上に蓄積する金属腐食生成物量(M)や放射性金属腐食生成物量(A)を含んでいる。運転中には、計測できないが、コバルト60濃度に強い影響を与えるプラント状態量を予測モデル130の入力データに加えることで、プラント状態量の実績値(計測値)のみを入力とするモデルと比べて、コバルト60濃度の予測精度を向上させることができるようになる。また、マスバランスモデルによる予測と比べて、マスバランスモデルに含まれないプラント状態量の相関関係を考慮した予測となっており、精度が向上する。
【0067】
≪変形例:計画パターンを用いた予測処理≫
図12においては、人手で炉水鉄濃度の計画値を入力して、炉水放射能濃度予測装置100がコバルト60濃度を予測している。炉水鉄濃度計画値を予め用意しておき、それぞれの計画値ごとにコバルト60濃度を予測して、予測結果を出力するようにしてもよい。計画値のパターンとしては、例えば、現在の炉水鉄濃度より所定値/所定比だけ高い/低い鉄濃度に移行するパターンや移行までの期間の長さのパターン、これらの組み合わせのパターンがある。例えば、現在の炉水鉄濃度より1日かけて1ppb(parts per billion、μg/l)増やした後にこの濃度を維持するパターン、現在の炉水鉄濃度より半日かけて2割減らした後にこの濃度を維持するパターン、毎日0.01ppb増やすパターンなどがある。
【0068】
図13は、本実施形態の変形例に係る炉水放射能濃度予測装置100Aの機能構成図である。炉水放射能濃度予測装置100(図3参照)と比較して、炉水放射能濃度予測装置100Aは、記憶部120に計画パターン121をさらに記憶し、予測部112に替え予測部112Aを備える。計画パターン121は、上記した鉄濃度の計画値のパターンである。予測部112Aは、後記する図14に記載の計画パターンを用いた予測処理を実行する。
【0069】
図14は、本実施形態の変形例に係る計画パターンを用いた予測処理のフローチャートである。
ステップS31において予測部112Aは、炉水鉄濃度の計画パターン121ごとに、ステップS32を実行する。
ステップS32において予測部112Aは、炉水鉄濃度の計画パターンに示されるプラント状態量を入力データの元データとして予測処理(図9参照)を実行する。
ステップS33において予測部112Aは、全ての炉水鉄濃度の計画パターン121ごとに、ステップS32を実行したならばステップS34に進み、未処理の炉水鉄濃度の計画パターン121があればステップS32に戻って、未処理の計画パターンについて処理する。
ステップS34において予測部112Aは、ステップS32の予測処理の結果を出力する(入出力部160のディスプレイに表示する)。
【0070】
上記した炉水放射能濃度予測装置100Aによれば、炉水放射能濃度予測装置100Aの利用者(プラントの運用者)は、炉水鉄濃度の計画値に応じてどのようにコバルト60濃度の予測値が変化するかを把握できるようになる。なお、計画パターン121に含まれる計画値は炉水鉄濃度に限らず、コバルト60濃度に影響を与える他のプラント状態量であってもよい。
【0071】
≪変形例:予測モデルに入力するマスバランスモデルの出力データ≫
上記した実施形態において、マスバランスモデル140で計算されて予測モデル130の入力データとなるのは、燃料棒上に蓄積する金属腐食生成物量(M)や放射性金属腐食生成物量(A)である。炉水放射能濃度予測装置100は、炉水の金属腐食生成物濃度(C)や放射性金属腐食生成物濃度(R)をマスバランスモデル140で計算して予測モデル130の入力データとしてもよい。
【0072】
詳しくは、学習処理(図6参照)のステップS12において計算された炉水の金属腐食生成物濃度(C)や放射性金属腐食生成物濃度(R)を、ステップS13において、予測モデル130に対する教師データの入力データに加える。この入力データは、図5記載のマスバランスモデル140から予測モデル130に向かう矢印に相当する。
また、予測処理(図9参照)においても同様に、ステップS21において計算された炉水の金属腐食生成物濃度(C)や放射性金属腐食生成物濃度(R)を、ステップS22において、予測モデル130に対する入力データに加える。この入力データは、図8記載のマスバランスモデル140から予測モデル130に向かう矢印に相当する。
【0073】
予測モデル130への入力データとして、マスバランスモデル140で予測されたデータを増やすことで、予測モデル130によるコバルト60濃度の予測精度を向上させることができる。
【0074】
≪変形例:濃度予測対象の金属≫
上記した実施形態では、炉水放射能濃度予測装置100は、コバルト60濃度を学習して、予測している。コバルト60の他にコバルト58、マンガン54についても、同様に学習して予測できる。
【0075】
≪変形例:学習処理と予測処理を実行する装置の分離≫
なお、本発明は、上記した実施形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲で変更することができる。例えば、炉水放射能濃度予測装置100が実行する学習処理および予測処理を、別の装置で実行してもよい。予測モデル構築装置が学習処理を実行して予測モデルを構築し、この構築された予測モデルを取得した予測装置が、予測処理を実行してもよい。
【0076】
≪その他の変形例≫
上記した実施形態では、日ごとのデータを入力データとしていたが、これに限定されず、例えば、2日おきのデータであったり、6時間おきのデータであったりしてもよい。また、一定間隔に限らず、例えば、予測日に遠い入力データの間隔は長くなるようにしてもよい。間隔を長くして入力データ数を減らすことで、炉水放射能濃度予測装置100は、学習処理や予測処理を高速化できる。
上記した実施形態では、金属腐食生成物の移行挙動のモデルとしてマスバランスモデルを用いている。他に、加圧水型原子力発電プラントや他の炉型(例えば重水炉)に向いた物理的ないしは化学的なモデルを用いてもよい。
【0077】
以上、本発明のいくつかの実施形態について説明したが、これらの実施形態は、例示に過ぎず、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明はその他の様々な実施形態を取ることが可能であり、さらに、本発明の要旨を逸脱しない範囲で、省略や置換等種々の変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、本明細書等に記載された発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0078】
100 炉水放射能濃度予測装置(予測モデル構築装置、予測装置)
111 学習部
112 予測部
113 シミュレーション部
121 計画パターン
130 予測モデル
140 マスバランスモデル(物理モデル)
151,153 プラント状態量
152,154 コバルト60濃度(炉水放射性金属腐食生成物濃度)
P1 原子炉
P100 原子力発電プラント
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14