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特許7221536散乱測定解析方法、散乱測定解析装置、及び散乱測定解析プログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-06
(45)【発行日】2023-02-14
(54)【発明の名称】散乱測定解析方法、散乱測定解析装置、及び散乱測定解析プログラム
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/201 20180101AFI20230207BHJP
【FI】
G01N23/201
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2019239494
(22)【出願日】2019-12-27
(65)【公開番号】P2021107789
(43)【公開日】2021-07-29
【審査請求日】2022-01-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000250339
【氏名又は名称】株式会社リガク
(74)【代理人】
【識別番号】110000154
【氏名又は名称】弁理士法人はるか国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岩田 知之
(72)【発明者】
【氏名】表 和彦
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 和輝
(72)【発明者】
【氏名】小澤 哲也
【審査官】井上 徹
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-249613(JP,A)
【文献】特開2019-152468(JP,A)
【文献】Robert P. Rambo et al.,Super-Resolution in Solution X-Ray Scattering and Its Applications to Structural Systems Biology,Annual Review of Biophysics,2013年03月11日,Vol. 42,PP.415-441
【文献】K. Omote and T. Iwata,Real-space modeling for complex structures based on small-angle X-ray scattering,J. Appl. Cryst. ,2021年,Vol.54,PP.1290-1297
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00-G01N 23/2276
G21K 1/00-G21K 3/00
G21K 5/00-G21K 7/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Science Direct
IEEE Xplore
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多粒子系散乱体の構造モデルからの理論散乱強度I(q)を取得する、理論散乱強度取得ステップを備える散乱測定解析方法であって、
前記理論散乱強度取得ステップにおいては、
複数の散乱体のうち、散乱体mと該散乱体mからの距離rにある散乱体nとのペアの前記理論散乱強度への寄与を、
散乱体mと散乱体nとの寄与をそれぞれの散乱因子fm(q)とf*(q)および中心間距離rmnから計算する下記の第1計算、
【数1】
及び、
前記散乱体nの散乱因子f*(q)を散乱因子f *(q)の平均値f ave *(q)で代用し、かつ前記構造モデルの単位体積当たりの平均粒子数ρ を用いて計算する下記の第2計算、
【数2】
により取得し、
前記第1計算の計算結果と前記第2計算の計算結果に基づいて前記理論散乱強度I(q)を取得する、
ことを特徴とする、散乱測定解析方法。

I(q):理論散乱強度
(q):散乱体mの散乱因子
*(q):散乱体nの散乱因子
q:入射波と出射波それぞれの波数ベクトルの差の大きさ
mn :散乱体mと散乱体nとの中心間距離
N:散乱体の個数
ave (q):散乱因子f (q)の平均値
ave *(q):散乱因子f *(q)の平均値
ρ :構造モデルの単位体積当たりの平均粒子数
【請求項2】
多粒子系散乱体の構造モデルからの理論散乱強度I(q)を取得する、理論散乱強度取得ステップを備える散乱測定解析方法であって、
前記理論散乱強度取得ステップにおいては、
前記距離rが一定の値R未満の場合、前記理論散乱強度I(q)への寄与を前記第1計算により取得し、
前記距離rが前記一定の値R以上の場合、前記理論散乱強度I(q)への寄与を前記第2計算により取得し、
前記第1計算の計算結果と前記第2計算の計算結果とを合成することにより前記理論散乱強度I(q)を取得する、
ことを特徴とする、請求項1に記載の散乱測定解析方法。
【請求項3】
多粒子系散乱体の構造モデルからの理論散乱強度I(q)を取得する、理論散乱強度取得ステップを備える散乱測定解析方法であって、
前記理論散乱強度取得ステップにおいては、
前記散乱体mからの前記散乱体nの距離rが大きくなるにつれて0から1へ連続的に増加する第1関数G(r)を用いて前記第1計算及び前記第2計算を変形して導かれる下記式(12)に基づいて、前記理論散乱強度I(q)を取得する、
ことを特徴とする、請求項1に記載の散乱測定解析方法。
【数3】
G(r):第1関数
【請求項4】
多粒子系散乱体の構造モデルからの理論散乱強度I(q)を取得する、理論散乱強度取得ステップを備える散乱測定解析方法であって、
前記理論散乱強度取得ステップにおいては、
散乱測定に使われるプローブのコヒーレント長に対応して導かれる、距離rが大きくなるにつれて1から0に単調減少する第2関数C(r)を用いると共に、右辺第2項において前記構造モデルの単位体積当たりの平均粒子数ρ を用いた下記式(14)に基づいて前記理論散乱強度I(q)を取得する、
ことを特徴とする、散乱測定解析方法。
【数4】
I(q):理論散乱強度
(q):散乱体mの散乱因子
*(q):散乱体nの散乱因子
q:入射波と出射波それぞれの波数ベクトルの差の大きさ
mn :散乱体mと散乱体nとの中心間距離
C(r):第2関数
N:散乱体の個数
ave (q):散乱因子f (q)の平均値
ave *(q):散乱因子f *(q)の平均値
ρ :構造モデルの単位体積当たりの平均粒子数
【請求項5】
多粒子系散乱体の構造モデルからの理論散乱強度I(q)を取得する、理論散乱強度取得ステップを備える散乱測定解析方法であって、
前記理論散乱強度取得ステップにおいては、
前記散乱体mからの前記散乱体nの距離rが大きくなるにつれて0から1へ連続的に増加する第1関数G(r)と、散乱測定に使われるプローブのコヒーレント長に対応して導かれる、距離rが大きくなるにつれて1から0に単調減少する第2関数C(r)とを用いると共に、右辺第3項において前記構造モデルの単位体積当たりの平均粒子数ρ を用いた下記式(15)に基づいて前記理論散乱強度I(q)を取得する、
ことを特徴とする、散乱測定解析方法。
【数5】
I(q):理論散乱強度
(q):散乱体mの散乱因子
*(q):散乱体nの散乱因子
q:入射波と出射波それぞれの波数ベクトルの差の大きさ
mn :散乱体mと散乱体nとの中心間距離
G(r):第1関数
C(r):第2関数
N:散乱体の個数
ave (q):散乱因子f (q)の平均値
ave *(q):散乱因子f *(q)の平均値
ρ :構造モデルの単位体積当たりの平均粒子数
【請求項6】
多粒子系散乱体の構造モデルからの理論散乱強度I(q)を取得する、理論散乱強度取得手段を備える散乱測定解析装置であって、
前記理論散乱強度取得手段は、
複数の散乱体のうち、散乱体mと該散乱体mからの距離rにある散乱体nとのペアの前記理論散乱強度への寄与を、
散乱体mと散乱体nとの寄与をそれぞれの散乱因子fm(q)とf*(q)および中心間距離rmnから計算する下記の第1計算、
【数6】

及び、
前記散乱体nの散乱因子f*(q)を散乱因子f *(q)の平均値f ave *(q)で代用し、かつ前記構造モデルの単位体積当たりの平均粒子数ρ を用いて計算する下記の第2計算、
【数7】
により取得し、
前記第1計算の計算結果と前記第2計算の計算結果に基づいて前記理論散乱強度I(q)を取得する、
ことを特徴とする、散乱測定解析装置。
I(q):理論散乱強度
(q):散乱体mの散乱因子
*(q):散乱体nの散乱因子
q:入射波と出射波それぞれの波数ベクトルの差の大きさ
mn :散乱体mと散乱体nとの中心間距離
N:散乱体の個数
ave (q):散乱因子f (q)の平均値
ave *(q):散乱因子f *(q)の平均値
ρ :構造モデルの単位体積当たりの平均粒子数
【請求項7】
多粒子系散乱体の構造モデルからの理論散乱強度I(q)を取得する、理論散乱強度取得手段を備える散乱測定解析装置であって、
前記理論散乱強度取得手段においては、
散乱測定に使われるプローブのコヒーレント長に対応して導かれる、距離rが大きくなるにつれて1から0に単調減少する第2関数C(r)を用いると共に、右辺第2項において前記構造モデルの単位体積当たりの平均粒子数ρ を用いた下記式(14)に基づいて前記理論散乱強度I(q)を取得する、
ことを特徴とする、散乱測定解析装置。
【数8】
I(q):理論散乱強度
(q):散乱体mの散乱因子
*(q):散乱体nの散乱因子
q:入射波と出射波それぞれの波数ベクトルの差の大きさ
mn :散乱体mと散乱体nとの中心間距離
C(r):第2関数
N:散乱体の個数
ave (q):散乱因子f (q)の平均値
ave *(q):散乱因子f *(q)の平均値
ρ :構造モデルの単位体積当たりの平均粒子数
【請求項8】
多粒子系散乱体の構造モデルからの理論散乱強度I(q)を取得する、理論散乱強度取得手段を備える散乱測定解析装置であって、
前記理論散乱強度取得手段においては、
前記散乱体mからの前記散乱体nの距離rが大きくなるにつれて0から1へ連続的に増加する第1関数G(r)と、散乱測定に使われるプローブのコヒーレント長に対応して導かれる、距離rが大きくなるにつれて1から0に単調減少する第2関数C(r)とを用いると共に、右辺第3項において前記構造モデルの単位体積当たりの平均粒子数ρ を用いた下記式(15)に基づいて前記理論散乱強度I(q)を取得する、
ことを特徴とする、散乱測定解析装置。
【数9】
I(q):理論散乱強度
(q):散乱体mの散乱因子
*(q):散乱体nの散乱因子
q:入射波と出射波それぞれの波数ベクトルの差の大きさ
mn :散乱体mと散乱体nとの中心間距離
G(r):第1関数
C(r):第2関数
N:散乱体の個数
ave (q):散乱因子f (q)の平均値
ave *(q):散乱因子f *(q)の平均値
ρ :構造モデルの単位体積当たりの平均粒子数
【請求項9】
コンピュータを、
多粒子系散乱体の構造モデルからの理論散乱強度I(q)を取得する、理論散乱強度取得手段、として機能させる、散乱測定解析プログラムであって、
前記理論散乱強度取得手段は、
複数の散乱体のうち、散乱体mと該散乱体mからの距離rにある散乱体nとのペアの前記理論散乱強度への寄与を、
散乱体mと散乱体nとの寄与をそれぞれの散乱因子fm(q)とf*(q)および中心間距離rmnから計算する下記の第1計算、
【数10】
及び、
前記散乱体nの散乱因子f*(q)を散乱因子f *(q)の平均値f ave *(q)で代用し、かつ前記構造モデルの単位体積当たりの平均粒子数ρ を用いて計算する下記の第2計算、
【数11】
により取得し、
前記第1計算の計算結果と前記第2計算の計算結果に基づいて前記理論散乱強度I(q)を取得する、
ことを特徴とする、散乱測定解析プログラム。
I(q):理論散乱強度
(q):散乱体mの散乱因子
*(q):散乱体nの散乱因子
q:入射波と出射波それぞれの波数ベクトルの差の大きさ
mn :散乱体mと散乱体nとの中心間距離
N:散乱体の個数
ave (q):散乱因子f (q)の平均値
ave *(q):散乱因子f *(q)の平均値
ρ :構造モデルの単位体積当たりの平均粒子数
【請求項10】
コンピュータを、
多粒子系散乱体の構造モデルからの理論散乱強度I(q)を取得する、理論散乱強度取得手段、として機能させる、散乱測定解析プログラムであって、
前記理論散乱強度取得手段においては、
散乱測定に使われるプローブのコヒーレント長に対応して導かれる、距離rが大きくなるにつれて1から0に単調減少する第2関数C(r)を用いると共に、右辺第2項において前記構造モデルの単位体積当たりの平均粒子数ρ を用いた下記式(14)に基づいて前記理論散乱強度I(q)を取得する、
ことを特徴とする、散乱測定解析プログラム。
【数12】
I(q):理論散乱強度
(q):散乱体mの散乱因子
*(q):散乱体nの散乱因子
q:入射波と出射波それぞれの波数ベクトルの差の大きさ
mn :散乱体mと散乱体nとの中心間距離
C(r):第2関数
N:散乱体の個数
ave (q):散乱因子f (q)の平均値
ave *(q):散乱因子f *(q)の平均値
ρ :構造モデルの単位体積当たりの平均粒子数
【請求項11】
コンピュータを、
多粒子系散乱体の構造モデルからの理論散乱強度I(q)を取得する、理論散乱強度取得手段、として機能させる、散乱測定解析プログラムであって、
前記理論散乱強度取得手段においては、
前記散乱体mからの前記散乱体nの距離rが大きくなるにつれて0から1へ連続的に増加する第1関数G(r)と、散乱測定に使われるプローブのコヒーレント長に対応して導かれる、距離rが大きくなるにつれて1から0に単調減少する第2関数C(r)とを用いると共に、右辺第3項において前記構造モデルの単位体積当たりの平均粒子数ρ を用いた下記式(15)に基づいて前記理論散乱強度I(q)を取得する、
ことを特徴とする、散乱測定解析プログラム。
【数13】
I(q):理論散乱強度
(q):散乱体mの散乱因子
*(q):散乱体nの散乱因子
q:入射波と出射波それぞれの波数ベクトルの差の大きさ
mn :散乱体mと散乱体nとの中心間距離
G(r):第1関数
C(r):第2関数
N:散乱体の個数
ave (q):散乱因子f (q)の平均値
ave *(q):散乱因子f *(q)の平均値
ρ :構造モデルの単位体積当たりの平均粒子数
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、散乱測定解析方法、散乱測定解析装置、及び散乱測定解析プログラムに関し、特に、理論散乱強度を算出する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、構造解析の手法として、散乱測定が用いられている。例えばX線小角散乱測定は、特に試料の構造を解析できる手法として注目されている。X線小角散乱測定では、散乱角が数度以下の散乱X線が測定されている。
【0003】
散乱体の集合である試料に対する散乱測定では、当該散乱体のモデル(多粒子系散乱体の構造モデル)に基づいて理論散乱強度を散乱ベクトルq(又は散乱角2θ)の関数として算出し、測定散乱強度データに対して理論散乱強度によるフィッティングを施すことで、散乱体の構造情報を得ることができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Debye, P. J. W.、Ann. Phys.351、809-823頁、1915年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
多粒子系散乱体の構造モデルの理論散乱強度I(q)について説明する。理論散乱強度I(q)のqは散乱ベクトルであり、入射X線と出射X線それぞれの波数ベクトルの差である。散乱ベクトルqの大きさは、以下に示す数式1で表すことができる。
【0006】
【数1】
【0007】
ここで、λは波長であり、2θは散乱角である。理論散乱強度I(q)は、以下に示す数式2で表すことができる。
【0008】
【数2】
【0009】
ここで、多粒子系散乱体の構造モデルはN個(Nは自然数)の散乱体からなるものである。散乱ベクトルqに対するf(q)は散乱体m(1≦m≦Nを満たす任意の整数)の散乱因子(数式2にはfの上にハットあり)であり、ベクトルrmnは散乱体mの位置ベクトルと散乱体n(1≦n≦Nを満たす任意の整数)の位置ベクトルとの差である。総和記号Σは、散乱体mについて1~Nまで総和をすることを意味している。総和記号Σについても同様である。
【0010】
数式2において方向平均を行うと、理論散乱強度I(q)は、以下に示す数式3で表すことができ、数式3は非特許文献1に記載されている。
【0011】
【数3】
【0012】
ここで、qは数式1に示す散乱ベクトルqの大きさ(スカラー量)である。f(q)は、数式2に示す散乱因子f(q)(数式2にはfの上にハットあり)を方向平均した散乱因子である。rmnは散乱体mと散乱体nとの中心間距離である。なお、sin qrmnをqrmnで除したものは、一般に非正規化sinc関数と呼ばれる。本明細書では、数式3をDebye式と称する。散乱ベクトルqの大きさに対する理論散乱強度I(q)は、多粒子系散乱体の構造モデルに対するDebye式を用いて算出される。
【0013】
Debye式で計算される理論散乱強度は、多粒子系散乱体の構造モデルの系の大きさに依存するため、大きな系の情報を持った測定強度データを説明するためには、多粒子系散乱体の構造モデルのサイズを大きくする必要がある。しかし、多粒子系散乱体の構造モデルのサイズを大きくしていくと、それに応じてDebye式の計算時間は飛躍的に増大してしまう。例えばモデルのセルサイズをA倍にすると、対象とするモデルの体積はA倍となり、散乱体mと散乱体nそれぞれの総和を計算するので、計算時間はA倍となってしまう。
【0014】
本発明はかかる課題に鑑みてなされたものであり、系の大きさに対する制約が抑制された方法で理論散乱強度を算出する、散乱測定解析方法、散乱測定装置、及び散乱測定解析プログラムの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
(1)上記課題を解決するために、本発明に係る散乱測定解析方法は、多粒子系散乱体の構造モデルからの理論散乱強度を取得する、理論散乱強度取得ステップを備える散乱測定解析方法であって、前記理論散乱強度取得ステップにおいては、複数の散乱体のうち、散乱体mと該散乱体mからの距離rにある散乱体nとのペアの前記理論散乱強度への寄与を、散乱体mと散乱体nとの寄与をそれぞれの散乱因子fm(q)とf *(q)および中心間距離rmnから計算する第1計算、前記散乱体nの散乱因子f *(q)を第1代表値で代用し、かつ距離rに存在する散乱体の数の確率密度関数を一定値で代用する第2計算、のうち距離rに応じた少なくとも一方により取得する。
【0016】
(2)前記理論散乱強度の計算において、前記散乱体mからの前記散乱体nの距離rが一定の値R未満の場合、散乱因子fm(q)とf *(q)および中心間距離rmnから計算してよい。距離rがR以上の場合おいては、前記散乱体nの散乱因子fn(q)を前記第1代表値で代用してよい。また距離rに存在する散乱体の数の確率密度関数を一定値で代用してよい。
【0017】
(3)前記理論散乱強度の計算において、前記散乱体mからの前記散乱体nの距離rが大きくなるにつれて0から1へ連続的に変化する第1関数を用いた割合で、前記第1計算の計算結果と前記第2計算の計算結果とを合成してよい。
【0018】
(4)前記散乱体nの散乱因子に代用する前記第1代表値は、前記複数の散乱体の散乱因子の平均値であってよい。
【0019】
(5)前記理論散乱強度は、散乱測定に使われるプローブのコヒーレント長に対応して導かれる、距離rが大きくなるにつれて1から0に単調減少する第2関数を、被積分関数の一部、又は総和の対象となる数列の一部として含んでよい。該第2関数が0となる距離rまでの範囲で前記被積分関数または前記総和は計算されてよい。
【0020】
(6)本発明に係る散乱測定解析装置は、多粒子系散乱体の構造モデルからの理論散乱強度を取得する、理論散乱強度取得手段を、備える散乱測定解析装置であって、前記理論散乱強度取得手段は、複数の散乱体のうち、散乱体mと該散乱体mからの距離rにある散乱体nとのペアの前記理論散乱強度への寄与を、散乱体mと散乱体nとの寄与をそれぞれの散乱因子fm(q)とf *(q)および中心間距離rmnから計算する第1計算、前記散乱体nの散乱因子f *(q)を第1代表値で代用し、かつ距離rに存在する散乱体の数の確率密度関数を一定値で代用する第2計算、のうち距離rに応じた少なくとも一方により取得する。
【0021】
(7)本発明に係るプログラムは、コンピュータを、多粒子系散乱体の構造モデルからの理論散乱強度を取得する、理論散乱強度取得手段として機能させる、散乱測定解析プログラムであって、前記理論散乱強度取得手段は、複数の散乱体のうち、散乱体mと該散乱体mからの距離rにある散乱体nとのペアの前記理論散乱強度への寄与を、散乱体mと散乱体nとの寄与をそれぞれの散乱因子fm(q)とf *(q)および中心間距離rmnから計算する第1計算、前記散乱体nの散乱因子f *(q)を第1代表値で代用し、かつ距離rに存在する散乱体の数の確率密度関数を一定値で代用する第2計算、のうち距離rに応じた少なくとも一方により取得する。
【発明の効果】
【0022】
本発明により、系の大きさに対する制約が抑制された方法で理論散乱強度を算出する、散乱測定解析方法、散乱測定装置、及び散乱測定解析プログラムが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】本発明の実施形態に係るX線小角散乱測定装置の構造を示す模式図である。
図2】本発明の実施形態に係る散乱測定解析方法を示すフローチャートである。
図3】本発明の実施形態に係る当該実施形態に係る散乱測定解析方法の解析結果を示す図である。
図4】本発明の実施形態に係る散乱測定解析方法に基づくシリカエアロゲルの構造モデルを示す図である。
図5】シリカエアロゲルを透過型電子顕微鏡(TEM)で撮影した画像である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。なお、図面は説明をより明確にするため、実際の態様に比べ、寸法、形状等について模式的に表す場合があるが、あくまで一例であって、本発明の解釈を限定するものではない。また、本明細書と各図において、既出の図に関して前述したものと同様の要素には、同一の符号を付して、詳細な説明を適宜省略することがある。
【0025】
本発明の実施形態に係る小角散乱測定装置は、2ピンホール光学系のX線小角散乱測定装置1である。図1は、当該実施形態に係るX線小角散乱測定装置1の構造を示す模式図である。図1に示す通り、当該実施形態に係るX線小角散乱測定装置1は、散乱測定部2と、散乱測定解析部3と、入力部4と、記憶部5と、表示部6と、を備えている。散乱測定部2は、X線管11と、多層膜ミラー12と、第1スリット13と、第2スリット14と、ビームストッパ15と、試料100を支持する支持台16と、検出器17と、ゴニオメータ20と、を備えている。X線管11から出射されるX線ビームが多層膜ミラー12で集光され、第1スリット13と第2スリット14とを通過して、試料100を照射する。集光されるX線ビームの焦点位置は、理想的には試料100である。多層膜ミラー12の反射面の断面は楕円形状となっており、当該楕円形状は2つの焦点を有し、一方の焦点はX線管11のX線源に、他方の焦点は試料100に、それぞれ位置する。試料100より発生する散乱X線を検出器17が検出する。
【0026】
ゴニオメータ20は、支持台16に対して、入射側アームと散乱側アームとの2つのアームが延びている。支持台16に対して入射側アームがθ回転し、支持台16に対しては散乱側アームが反対向きにθ回転することにより、試料100に入射するX線に対して散乱角2θの散乱X線を検出器17が検出する。すなわち、ゴニオメータ20はθ-θ型であるが、これに限定されることはなく、入射側アームに対して支持台16がθ、同じ向きに散乱側アームが2θ、それぞれ回転するθ-2θ型であってもよい。小さい散乱角2θの散乱X線の散乱強度を測定するのが小角X線散乱測定であるが、2θ=0とみなせるほど小さい散乱角2θでは、試料100に入射するX線が直接検出器17を照射する場合と区別がつけられず、検出器17を保護するためにビームストッパ15が2θ=0に配置される。すなわち、散乱角2θ=0の散乱X線を検出することはできない。なお、検出器17は0次元検出器であるシンティレーションカウンタであるが、これに限定されることはなく、1次元検出器であっても2次元検出器であってもよい。
【0027】
図2は、当該実施形態に係る散乱測定解析方法を示すフローチャートである。以下に、当該実施形態に係る散乱測定解析方法を具体的かつ詳細に説明する。当該実施形態に係る散乱測定解析方法は、当該実施形態に係るX線小角散乱測定装置1により実行される。すなわち、当該実施形態に係るX線小角散乱測定装置1は、当該実施形態に係る散乱測定解析方法を用いて、試料の構造解析を行うことが出来る散乱測定解析装置である。X線小角散乱測定装置1の散乱測定解析部3は、一般に用いられるコンピュータによって実現される。散乱測定部2は、試料100の散乱角2θ(又は散乱ベクトルの大きさq)に対するX線小角散乱強度を測定し、測定される測定散乱強度データを入力部4へ出力する。散乱測定解析部3は、入力部4より、測定散乱強度データを取得する。散乱測定解析部3は、記憶部5に取得した測定散乱強度データを保持させてもよい。
【0028】
入力部4は、散乱測定部2(検出器17)とのインターフェースに加えて、キーボードやマウスを有しており、入力部4は、散乱測定部2が出力する情報を取得し、さらに利用者が入力する情報を取得する。入力部4は取得する情報を散乱測定解析部3へ出力する。表示部6はディスプレイを有しており、散乱測定解析部3が解析する構造解析結果を表示部6へ出力し表示部6は当該結果を表示する。その際には、入力部4が散乱測定解析部3へ出力する情報を併せて表示してもよい。
【0029】
当該実施形態に係るX線小角散乱測定装置1の散乱測定解析部3は、以下に説明する各ステップを実行する手段をそれぞれ備えている。また、当該実施形態に係る散乱測定解析プログラムは、コンピュータを、各手段として機能させるためのプログラムである。なお、このプログラムはコンピュータ読み取り可能な情報記憶媒体に格納されてよく、該媒体からコンピュータにロードされてよい。
【0030】
[ステップ1(S1):測定散乱強度データ取得ステップ]
ステップ1では、試料の測定散乱強度データが取得される。前述の通り、散乱測定部2が試料100のX線小角散乱強度を測定し、測定される測定散乱強度データを、散乱測定解析部3は入力部4を介して取得する。散乱測定解析部3は、記憶部5に保持される測定散乱強度データを取得してもよい。なお、測定散乱強度データと理論散乱強度とを明確に区別するために、前者を散乱強度の測定曲線と、後者を散乱強度の理論曲線と、それぞれ呼んでもよい。
【0031】
[ステップ2(S2):モデルパラメータ取得ステップ]
ステップ2では、散乱ベクトルに対する理論散乱強度を算出するのに必要な構造モデルパラメータを取得する。かかる構造モデルパラメータは、ユーザが入力部4に入力してもよいし、少なくとも一部は自動的に設定されてもよい。かかる構造モデルパラメータの詳細は後述する。
【0032】
[ステップ3(S3):理論散乱強度取得ステップ]
ステップ3では、多粒子系散乱体の構造モデルからの理論散乱強度を取得する。ここでは、散乱測定解析部3がDebye式(数式3)を用いて理論散乱強度を算出し、それを取得しているがそれに限定されることはない。散乱測定解析部3又は外部のコンピュータが事前に算出する理論散乱強度が記憶部5に保持されており、散乱測定解析部3が記憶部5に保持される理論散乱強度を取得してもよい。当該実施形態では、Debye式(数式3)の計算において、次に示す計算式を用いており、それについて詳細を説明する。
【0033】
散乱体nに対する総和において、散乱体mからの距離rmnが、R未満と、R以上と、の2つの場合に分けると、数式3は、次に示す数式4で表される。
【0034】
【数4】
【0035】
ここで、数式4の右辺第2項に着目する。距離rが大きくなると、距離rに存在する散乱体nの数は大きくなる。そのためRの距離が十分に大きく、統計的に散乱体nの散乱因子f *(q)を複数(N個:Nは自然数)の散乱体の散乱因子の平均値fave (q)で代用できる場合は、数式4の右辺第2項は以下に示す数式5で表される。
【0036】
なお、「Rの距離が十分に大きく、統計的に散乱因子の平均値で代用できる場合」とは、例えば次のようにRの値を決定することをいう。すなわち、粒子半径の変動係数30%であることと、単位体積あたりの粒子数が0.0054個/nm^3 であることが既知の場合において、信頼水準95%で許容誤差率を5%以下となるように平均粒子半径(母平均)の推定値を求めるために必要な粒子数(標本数)は144個である。半径RからR + 1 nmの体積を4πR^2とすると、それに含まれる粒子数は0.0054×4πR^2である。0.0054×4πR^2 > 144個となるRは93 nm以上であるので、「統計的に散乱因子の平均値で代用できる場合」の距離Rは93 nm以上の値を使うことをいう。本明細書では、対象とする距離において、統計的に標本数が大きく代表値(たとえば平均値)で代用できる場合を遠方、代用できない場合を近距離と称する。
【0037】
【数5】
【0038】
なお、散乱因子f (q)の平均値fave (q)は以下に示す数式6で表される。ここでは、散乱体nの散乱因子f *(q)を複数(N個:Nは自然数)の散乱体の散乱因子の平均値fave (q)で代用している。散乱体nの散乱因子f *(q)に代用する第1代表値は、数式6で表される平均値fave (q)に限定されることはなく、散乱因子f *(q)をnの値にかかわらず代表的に表すことが出来る代表値であればよい。
【0039】
【数6】
【0040】
ここで、散乱体mからの距離r~r+drに存在する散乱体nの数を距離rの確率密度関数ρ(r)を用いてρ(r)dVとし、散乱体nについての和を積分で置き換えると、数式5は次に示す数式7で表される。散乱体mからの距離r~r+drに存在する散乱体nの数はρ(r)dVであるが、ここでは単に、散乱体mからの距離rに存在する散乱体nの数は距離rの確率密度関数ρ(r)であるとしてよい。
【0041】
【数7】
【0042】
ここで、右辺の積分は体積積分であり、r≧Rの範囲で体積の最大値Vmaxまで体積積分を実行することを意味している。よって、Debye式(数式3)は、次に示す数式8で表される。
【0043】
【数8】
【0044】
数式8における理論散乱強度I(q)の計算において、距離rがR未満では散乱体mと散乱体nとの寄与をそれぞれの散乱因子fm(q)とf *(q)および中心間距離rmnから計算し(数式8の右辺第1項(第1計算))、距離rがR以上では散乱体nの散乱因子を第1代表値(例えば平均値fave (q))で代用し距離rに存在する散乱体の数を距離rの確率密度関数を用いて計算する(数式8の右辺第2項(第2計算))。なお、本実施形態においては、各種の積分値は、散乱測定解析部3で各種の数値積分のアルゴリズムを実行することにより求められる。
【0045】
ここで、数式8を用いて理論散乱強度I(q)を算出する場合、構造モデルパラメータは、以下に示す通りである。数式8の右辺第2項を算出するために必要な構造モデルパラメータは、散乱体mからの散乱体nの距離rの閾値であるR、試料の体積の最大値Vmax、全散乱因子(N個の散乱体の散乱因子)の平均値を示すfave (q)、各散乱体の散乱因子f(q)、距離rに散乱体が存在する数の確率密度関数ρ(r)である。加えて、数式8の第1項を算出するために必要な構造モデルパラーメータは、散乱体mと散乱体nの散乱因子の積f(q)f (q)、及び散乱体mと散乱体nの配置構造で定まる距離rmnである。
【0046】
数式8の右辺第2項の体積積分において、距離rからr+drの範囲の積分を行うときに、その体積が十分大きい場合はρ(r)を一定値ρとみなせる。この場合、数式8は次に示す数式9と表される。
【0047】
なお、「ρ(r)が一定値ρとみなせるだけ、距離rからr+drの範囲の体積が大きい場合」とは、ある距離以上でρ(r)が計算に使用した構造モデルの単位体積あたりの平均粒子数と同じ値とみなすことができる場合を表す。その条件は、「Rの距離が十分に大きく、統計的に散乱因子の平均値で代用できる場合」と同様の方法で、距離rからr+drの範囲の体積中に必要な粒子数(標本数)以上存在するかを計算することで決めることができる。
【0048】
【数9】
【0049】
ここで、数式9の右辺第2項の積分は距離rに関する1次元の積分であり、距離rがRから最大値rmaxまで積分を実行することを意味している。rmaxの値を大きくすることで、多粒子散乱体の構造モデルを変更することなく、大きな系に対する理論散乱強度を計算することができる。数式9の右辺第2項に記載のΣ(q)を、平均値fave(q)を用いて、次に示す数式10で書き換える。
【0050】
【数10】
【0051】
数式10を用いると、数式9は次に示す数式11で表される。ここでは、散乱体mの散乱因子f(q)を複数(N個:Nは自然数)の散乱体の散乱因子の平均値fave(q)で置き換えただけで、数式9と数式11は同じである。
【0052】
【数11】
【0053】
数式11の右辺第1項は、複数の散乱体の配置によって変化するが、右辺第2項は変化しない。ステップ3において数式11を用いて理論散乱強度I(q)を算出する場合、ステップ2で取得される構造モデルパラメータのうち、数式8に対する構造モデルパラメータとの違いは、以下に示す通りである。数式11の右辺第2項を算出するために必要な構造モデルパラメータは、数式8の算出における試料の体積の最大値Vmaxの代わりに試料の距離rの最大値rmax、距離rに散乱体が存在する数の確率密度関数ρ(r)の代わりに一定値ρである。rmaxの値を大きくすることで、大きな系に対する理論散乱強度を計算することができる。
【0054】
数式11では散乱体nの散乱体mからの距離rmn=Rを閾値としており、rmnがR未満では、Debye式の通り散乱体mとnの寄与をそれぞれの散乱因子fm(q)とf *(q)および中心間距離rmnから算出し、rmnがR以上では、確率密度関数を一定値ρとして算出している。しかし、これに限定されることはなく、0から1まで変化する関数G(r)を用いて、数式11を次に示す数式12で置き換えることができる。
【0055】
【数12】
【0056】
ここで、関数G(r)をr=Rを閾値にr<Rでは0でありr≧Rでは1となるステップ関数である場合は、数式12は数式11と一致する。また、関数G(r)はrが大きくなるにつれて0から1へ連続的に変化する関数(第1関数と定義する)であってもよく、例えばシグモイド関数である。数式12では、関数G(r)を用いて、数式9(又は数式11)の右辺第1項と右辺第2項とを重畳的に計算している。Debye式を用いて算出される理論散乱強度I(q)の計算において、散乱体nの散乱因子を第1代表値(例えば平均値fave (q))で代用し、積分される非正規化sinc関数の部分にG(r)を乗じて計算する第1部分(数式12の右辺第3項)と、散乱体mと散乱体n(ただしm≠n)との寄与をそれぞれの散乱因子fm(q)とf *(q)および中心間距離rmnから計算する部分に(1-G(r))を乗じて計算する第2部分(数式12の右辺第2項)と、散乱体mと散乱体n(m=n)との寄与を散乱因子fm(q)から計算する第3部分(数式12の右辺第1項)と、を加える。数式12に示す通り、右辺第2項と右辺第3項とを、関数G(r)により重みづけして計算することにより、重畳的に計算する。
【0057】
ステップ3において数式12を用いて理論散乱強度I(q)を算出する場合、ステップ2で取得されるモデルパラメータのうち、数式11に対するモデルパラメータと異なるパラメータは関数G(r)である。それゆえ、さらに関数G(r)の取得が必要である。
【0058】
数式11と数式12において、散乱測定に使われるプローブのコヒーレント長効果を考え、以下の数式13による畳み込みを行う。
【0059】
【数13】
【0060】
以上により、数式11と数式12は、以下に示す数式14と数式15で表される。ここで、σは装置固有の値である。
【0061】
【数14】
【0062】
【数15】
【0063】
ただし、関数C(r)は、以下の数式16である。
【0064】
【数16】
【0065】
関数C(r)は、距離rの増加とともに1から0に単調減少する関数(第2関数と定義する)である。数式11と14および数式12と15における違いは、非正規化sinc関数に関数C(r)を乗じることと、右辺最終項の積分の終端を∞としたことである。これは、関数C(r)が0となる距離で積分値が一定となるためである。これにより、数式14および数式15で計算される理論散乱強度は、系の大きさに対する制約が抑制されたものとみなすことができる。
【0066】
なお、「関数C(r)が0となる」ことに限定されることはなく、十分に関数C(r)が0に近い値(たとえば10^-12以下)になるまで積分を行うことで、数式14および数式15で計算される理論散乱強度は、系の大きさに対する制約が抑制されたものとみなすことができる。
【0067】
ステップ3において数式14または数式15を用いて理論散乱強度I(q)を算出する場合、ステップ2で取得される構造モデルパラメータのうち、数式11または数式12に対するモデルパラメータと異なるパラメータは関数C(r)である。それゆえ、さらに関数C(r)の取得が必要である。
【0068】
[ステップ4(S4):フィッティングステップ]
ステップ4では、測定散乱強度データに対して、理論散乱強度によるフィッティングを施す。構造モデルパラメータの一部をフィッティング関数とし、フィッティング結果を評価し、結果が良好であると判断すれば終了する。結果が不良であると判断すると、フィッティング関数の値を変更して、ステップ2へ進む。これを繰り返すことにより、測定散乱強度データに適合する理論散乱強度を見つけ出し、その構造モデルパラメータにより試料に含まれる散乱体の構造が解析される。
【0069】
ここでは、ステップ3において算出される理論散乱強度を用いて、ステップ4でフィッティングを施しているが、これに限定されることはない。様々な構造モデルパラメータを用いた多粒子系散乱体の構造モデルに対する理論散乱強度について事前に計算しておき、それらを記憶部5が保持していてもよい。その場合、ステップ3では、対象となる構造モデルパラメータ(の組み合わせ)の理論散乱強度を記憶部5から取得すればよい。
【0070】
図3は、当該実施形態に係る当該実施形態に係る散乱測定解析方法の解析結果を示す図である。ここで、試料100は多孔質材料としてよく知られているシリカエアロゲルの厚さ1mmの板状バルク試料である。図3に、シリカエアロゲルの測定散乱強度データと、フィッティングによって得られる構造モデルパラメータの理論散乱強度とが示されている。図3に示す通り、理論散乱強度は測定散乱強度データに対して精度高くフィッティング出来ている。
【0071】
多粒子系散乱体の構造モデルは、1辺200nmの立方体セル中に配置された球形粒子を想定している。各粒子の半径の値は、ガンマ分布関数で分布係数11.11、平均粒子半径1.25nmの確率密度関数を満たす機械乱数発生機で値を発生さている。粒子半径の値の発生回数、すなわち粒子の個数は、粒子の総体積が指定した上限値に達するまで続られる。この粒子の総体積の上限値は、シリカエアロゲルのかさ密度とシリカエアロゲル粒子の質量密度と構造モデルの立方体セルの体積とにより算出している。各粒子のセル中での位置(x,y,z)は一様な機械乱数で発生させ、これをフィッティングに用いる構造パラメータとしている。
【0072】
理論散乱強度I(q)は、数式15により算出している。粒子が存在する数の確率ρaは粒子の個数と立方体セルの体積から算出している。
【0073】
σは0.00205514としている。さらに、関数G(r)は、次に示す数式17で表されるシグモイド関数である。
【0074】
【数17】
【0075】
ここで、粒子半径の平均値をRaveとすると、当該実施形態に係る散乱測定解析方法において、数式17に記載のaは次に示す数式18で表される。
【0076】
【数18】
【0077】
同様に、数式17に記載のrは次に示す数式19で表される。
【0078】
【数19】
【0079】
粒子mの半径をR、粒子mの密度をρ、粒子が存在しない空間の密度をρと、それぞれすると、球形粒子である粒子mの散乱因子f(q)は、次に示す数式20で表される。
【0080】
【数20】
【0081】
当該実施形態に係る散乱測定解析方法において、すべての粒子mの密度ρをシリカエアロゲルの質量密度と、粒子が存在しない空間の密度ρを0としている。
【0082】
当該実施形態で変更される構造モデルパラメータは粒子の位置(x、y、z)であるので、ステップ3では、構造モデルパラメータから数式9の右辺第2項のみを再計算している。
【0083】
図4は、当該実施形態に係る散乱測定解析方法に基づくシリカエアロゲルの構造モデルを示す図である。構造モデルのセルは1辺が200nmの立方体であり、平均粒子直径2.5nmの球形粒子が43243個存在している。当該実施形態に係る散乱測定解析方法により各粒子の位置をモンテカルロアプローチで探査したシリカエアロゲルの構造モデルが、図4に示されている。図4の右上に円で示している正方形は、構造モデルのセルの中心付近を厚さ30nmで切り出した図である。
【0084】
図5は、シリカエアロゲルを透過型電子顕微鏡(TEM)で撮影した画像である。シリカエアロゲルの多孔構造が、図4に示すシリカエアロゲルのモデルと、図5に示すTEMによるシリカエアロゲルの画像と高い精度で一致しており、当該実施形態に係る散乱測定解析方法が精度高く散乱体の構造解析ができていることを示している。
【0085】
以上、本発明の実施形態に係る散乱測定解析方法、散乱測定解析装置、及び散乱測定解析プログラムについて説明した。本発明にに係る散乱測定解析方法、散乱測定解析装置、及び散乱測定解析プログラムは、上記実施形態に限定されることなく、広く適用することができる。上記実施形態では、X線小角散乱測定装置1が散乱測定解析装置であるとしたが、これに限定されることはなく、本発明に係る散乱測定解析装置は、散乱測定部2を有していなくてもいいし、散乱測定解析部3のみであってもよい。
【0086】
上記実施形態では、当該実施形態に係る小角散乱測定装置は、2ピンホール光学系のX線小角散乱測定装置1としたが、これに限定されることはなく、他の光学系のX線小角散乱測定であってもいいし、X線ではなく他の線源を用いる小角散乱測定装置であってもよい。
【符号の説明】
【0087】
1 X線小角散乱測定装置、2 散乱測定部、3 散乱測定解析部、4 入力部、5 記憶部、6 表示部、11 X線管、12 多層膜ミラー、13 第1スリット、14 第2スリット、15 ビームストッパ、16 支持台、17 検出器、20 ゴニオメータ、100 試料。
図1
図2
図3
図4
図5