(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-06
(45)【発行日】2023-02-14
(54)【発明の名称】ホウ素中性子捕捉療法の効果を最適化するがん病巣組織評価
(51)【国際特許分類】
G01N 33/68 20060101AFI20230207BHJP
C12Q 1/6851 20180101ALI20230207BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20230207BHJP
C07K 7/06 20060101ALI20230207BHJP
A61K 33/22 20060101ALN20230207BHJP
A61P 35/00 20060101ALN20230207BHJP
A61K 41/00 20200101ALN20230207BHJP
【FI】
G01N33/68 ZNA
C12Q1/6851 Z
C12Q1/686 Z
C07K7/06
A61K33/22
A61P35/00
A61K41/00
(21)【出願番号】P 2019572306
(86)(22)【出願日】2019-02-08
(86)【国際出願番号】 JP2019005727
(87)【国際公開番号】W WO2019160129
(87)【国際公開日】2019-08-22
【審査請求日】2021-11-17
(31)【優先権主張番号】P 2018025216
(32)【優先日】2018-02-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504147243
【氏名又は名称】国立大学法人 岡山大学
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100122301
【氏名又は名称】冨田 憲史
(72)【発明者】
【氏名】松井 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】藤村 篤史
【審査官】大瀧 真理
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-087098(JP,A)
【文献】特開2016-020316(JP,A)
【文献】国際公開第17/164334(WO,A1)
【文献】国際公開第17/026276(WO,A1)
【文献】GABEL, D. et al.,BSH Accumulates Selectively in GFAP-positive Cells,Research and Development in Neutron Capture Therapy, Proceedings of the International Congress on Ne,2002年,pp.419-423
【文献】DIO MEO, C. et al.,Hyaluronan as Carrier of Carboranes for Tumor Targeting in Boron Neutron Capture Therapy,Biomacromolecules,2007年,Vol.8, No.2,pp.552-559
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48 - 33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中のがん細胞のCD44の発現を調べることを含む、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHのがん細胞への導入効率を予測する方法。
【請求項2】
塩基性アミノ酸残基を含むペプチドがアルギニン残基および/またはリジン残基を含み、長さが
2~20アミノ酸である請求項1記載の方法。
【請求項3】
免疫染色を用いてCD44の発現を調べる、請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHのがん細胞への導入効率を予測するためのキットであって、CD44の発現を調べるための手段を含むキット。
【請求項5】
試料中のがん細胞のCD44の発現を調べることを含む、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHを用いるホウ素中性子捕捉療法(BNCT)に対するがん細胞の感受性を予測する方法。
【請求項6】
塩基性アミノ酸残基を含むペプチドがアルギニン残基および/またはリジン残基を含み、長さが2~20アミノ酸である請求項5記載の方法。
【請求項7】
免疫染色を用いてCD44の発現を調べる、請求項5または6記載の方法。
【請求項8】
塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHを用いるBNCTが奏効する可能性を予測する方法であって、試料中のがん細胞のCD44の発現を調べ、CD44の発現が高いほど、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHを用いるBNCTが奏効する可能性が高いと予測することを含む方法。
【請求項9】
塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHを用いるBNCTが奏効する可能性を予測するためのキットであって、CD44の発現を調べるための手段を含むキット。
【請求項10】
下記工程:
(a)試料中のがん細胞のCD44の発現、およびLAT1の発現を調べ、次いで、
(b)CD44の発現が、LAT1の発現よりも高い場合に、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHを含むホウ素製剤を選択し、LAT1の発現が、CD44の発現よりも高い場合に、BPAを含むホウ素製剤を選択する
を含む、ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)のためのホウ素製剤の選択方法。
【請求項11】
BNCTのためのホウ素製剤の選択に用いられるキットであって、CD44の発現を調べるための手段およびLAT1の発現を調べるための手段を含むキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)の効果を予測する方法およびそのためのキットに関する。
【背景技術】
【0002】
BNCTは、ホウ素を含んだ薬剤(ホウ素薬剤)をがん患者に投与し、がん細胞にホウ素原子を選択的に取り込ませ、中性子を患部に照射することによりがん治療を行う方法である。この方法において、ホウ素薬剤中のホウ素原子が中性子を捕捉し、α粒子(ヘリウム原子核)とリチウム原子核に分裂する。このα粒子のエネルギーによってがん細胞が選択的に破壊される。現在、主にp-ボロノフェニルアラニン(BPA)がホウ素薬剤としてBNCTに用いられている。しかし、従来のBPAを用いたBNCTでは十分な成果が得られないことが判明している癌腫や、これまでBNCTの良い適応とされていなかった癌腫が多く存在する。
【0003】
BPAの投与効果を予測するために、フッ素の放射性同位体が化学結合されたF-BPAがBPAと同様にLAT1などのアミノ酸トランスポーターから取り込まれることを利用して、F-BPAの組織集積性をPETによるイメージングにて評価することが行われている(非特許文献1~5等参照)。しかし、PETイメージングを行える施設が限られており、薬剤の価格も高いので、手軽に効果を予測することができない。また、BPA以外のホウ素薬剤の細胞への取り込みを評価する有効な手段は見つかっていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】EJNMMI Res.2014 Dec 20;4(1):70.doi:10.1186/s13550-014-0070-2.eCollection 2014 Dec.
【文献】J Nucl Med.2004 Feb;45(2):302-8.
【文献】J Nucl Med.2005 Nov;46(11):1858-65.
【文献】Ann Nucl Med.2016 Dec;30(10):749-755.Epub 2016 Sep 1.
【文献】Appl Radiat Isot.2009 Jul;67(7-8 Suppl):S348-50.doi:10.1016/j.apradiso.2009.03.061.Epub 2009 Mar 27.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来のBPAを用いたBNCTでは十分な成果が得られないことが判明している癌腫や、これまでBNCTの良い適応とされていなかった癌腫に対しても有効なBNCTを行うことが求められている。そのためにはBPAとは異なるホウ素薬剤の効果を簡単に予測するための方法が必要とされている。さらに、癌腫・症例ごとに最適なホウ素製剤を選択することも求められている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ね、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとメルカプトウンデカハイドロデカボレート(BSH)を含む複合体、および塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHについて、これらのホウ素薬剤がCD44を介した経路でがん細胞に取り込まれること、ならびにBSH、BSHを含む複合体、またはBSH誘導体が細胞内の翻訳システムを標的化することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は以下のものを提供する。
(1)試料中のがん細胞のCD44の発現を調べることを含む、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHのがん細胞への導入効率を予測する方法。
(2)塩基性アミノ酸残基を含むペプチドがアルギニン残基および/またはリジン残基を含み、長さが3~13アミノ酸である(1)記載の方法。
(3)免疫染色を用いてCD44の発現を調べる、(1)または(2)記載の方法。
(4)塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHのがん細胞への導入効率を予測するためのキットであって、CD44の発現を調べるための手段を含むキット。
(5)試料中のがん細胞のCD44の発現を調べることを含む、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHを用いるホウ素中性子捕捉療法(BNCT)に対するがん細胞の感受性を予測する方法。
(6)塩基性アミノ酸残基を含むペプチドがアルギニン残基および/またはリジン残基を含み、長さが2~20アミノ酸である(5)記載の方法。
(7)免疫染色を用いてCD44の発現を調べる、(5)または(6)記載の方法。
(8)塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHを用いるBNCTに対するがん細胞の感受性を判定するためのキットであって、抗CD44抗体の発現を調べるための手段を含むキット。
(9)試料中のがん細胞の翻訳関連因子の発現を調べることを含む、BSH、BSHを含む複合体、またはBSH誘導体のがん細胞内での滞留時間を予測する方法。
(10)翻訳関連因子がeIF4A、eIF4E、eIF4G、eEF2、eRF3、pS6およびPABPc1からなる群より選択される1種以上のものである、(9)記載の方法。
(11)BSH誘導体が塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHである、(9)または(10)記載の方法。
(12)塩基性アミノ酸残基を含むペプチドがアルギニン残基および/またはリジン残基を含み、長さが2~20アミノ酸である(11)記載の方法。
(13)免疫染色を用いて翻訳関連因子の発現を調べる、(9)~(12)のいずれか記載の方法。
(14)BSH、BSHを含む複合体、またはBSH誘導体のがん細胞内での滞留時間を予測するためのキットであって、翻訳関連因子の発現を調べるための手段を含むキット。
(15)試料中のがん細胞の翻訳関連因子の発現を調べることを含む、BSH、BSHを含む複合体、またはBSH誘導体を用いるBNCTに対するがん細胞の感受性を予測する方法。
(16)翻訳関連因子がeIF4A、eIF4E、eIF4G、eEF2、eRF3、pS6およびPABPc1からなる群より選択される1種以上のものである、(14)記載の方法。
(17)BSH誘導体が塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHである、(15)または(16)記載の方法。
(18)塩基性アミノ酸残基を含むペプチドがアルギニン残基および/またはリジン残基を含み、長さが2~20アミノ酸である(17)記載の方法。
(19)免疫染色を用いて翻訳関連因子の発現を調べる、(15)~(18)のいずれか記載の方法。
(20)BSH、BSHを含む複合体、またはBSH誘導体を用いるBNCTに対するがん細胞の感受性を判定するためのキットであって、翻訳関連因子の発現を調べるための手段を含むキット。
(21)塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHを用いるBNCTが奏効する可能性を予測する方法であって、試料中のがん細胞のCD44の発現を調べ、CD44の発現が高いほど、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHを用いるBNCTが奏効する可能性が高いと予測することを含む方法。
(22)塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHを用いるBNCTが奏効する可能性を予測するためのキットであって、CD44の発現を調べるための手段を含むキット。
(23)BSH、BSHを含む複合体、またはBSH誘導体を用いるBNCTが奏効する可能性を予測する方法であって、試料中のがん細胞の翻訳関連因子の発現を調べ、翻訳関連因子の発現が高いほど、BSH、BSHを含む複合体、またはBSH誘導体を用いるBNCTが奏効する可能性が高いと予測することを含む方法。
(24)BSH、BSHを含む複合体、またはBSH誘導体を用いるBNCTを用いるBNCTが奏効する可能性を予測するためのキットであって、翻訳関連因子の発現を調べるための手段を含むキット。
(25)下記工程:
(a)試料中のがん細胞のCD44の発現、およびLAT1の発現を調べ、次いで、
(b)CD44の発現が、LAT1の発現よりも高い場合に、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHを含むホウ素製剤を選択し、LAT1の発現が、CD44の発現よりも高い場合に、BPAを含むホウ素製剤を選択する
を含む、BNCTのためのホウ素製剤の選択方法。
(26)BNCTのためのホウ素製剤の選択に用いられるキットであって、CD44の発現を調べるための手段およびLAT1の発現を調べるための手段を含むキット。
(27)下記工程:
(a)試料中のがん細胞の翻訳関連因子の発現、およびLAT1の発現を調べ、次いで、
(b)翻訳関連因子の発現が、LAT1の発現よりも高い場合に、BSH、BSHを含む複合体、および/またはBSH誘導体を含むホウ素製剤を選択し、LAT1の発現が、翻訳関連因子の発現よりも高い場合に、BPAを含むホウ素製剤を選択する
を含む、BNCTのためのホウ素製剤の選択方法。
(28)BNCTのためのホウ素製剤の選択に用いられるキットであって、翻訳関連因子の発現を調べるための手段およびLAT1の発現を調べるための手段を含むキット。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体および塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHをホウ素薬剤として用いた場合のBNCTの効果を予測するための方法やキットが提供される。そのため、従来のBPAを用いたBNCTでは十分な成果が得られないことが判明している癌腫や、これまでBNCTの良い適応とされてこなかった癌腫に対して、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体および塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHを用いることで、BNCT適応症例の拡大およびBNCT奏功率の向上が可能となる。また、本発明の方法やキットは、特殊な器具や手技を必要とせず、一般的な病院や検査機関で簡単に使用することができる。さらに、本発明によれば、癌腫・症例ごとに最適なホウ素製剤を選択するための方法およびキットが提供される。すなわち、各種ホウ素製剤の初期標的タンパク質の発現様式を調べることで、癌腫・症例ごとに最適なホウ素製剤の組み合わせおよび投与量を決定することができ、BNCTの奏効率を向上させることができる。それゆえ、本発明によれば、BNCTの可能性を拡大し、症例の取りこぼしを低下させることができ、BNCTの個別化医療を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、CD44発現がん細胞およびCD44をノックダウンしたがん細胞に対するBSH-3R、BSH-11RおよびBSH/A6K複合体の取り込みを示す図である。shControlはCD44遺伝子をノックダウンしていない悪性脳腫瘍細胞株(コントロール)、shCD44#1およびshCD44#2はCD44遺伝子をノックダウンした悪性脳腫瘍細胞亜株を示す。上段は、CD44のノックダウンを確認した結果である。中段は、コントロールおよびCD44ノックダウン細胞亜株のBSH抗体による蛍光免疫染色像である。下段は、BSH-11Rを用いた場合のコントロールおよびCD44ノックダウン細胞亜株におけるBSH抗体染色強度の内訳(相対数)である。
【
図2】
図2は、BSH-11Rががん細胞内の翻訳システムを標的化することを示す免疫沈降パターンである。
【
図3】
図3は、BSH-11Rががん細胞内の翻訳システムを標的化することを示す免疫沈降パターンである。
【
図4】
図4は、がん細胞をBSH-11Rにて前処理し、BNCTを施行した場合の翻訳システムの破壊を示すグラフである。実線は18SリボソームRNAの相対量の対数、破線はCD44 mRNA相対量の対数、点線はTAZmRNA相対量の対数を示す。
【
図5】
図5は、各種癌腫瘍検体におけるLAT1およびCD44の発現を調べた結果を示す(上段の図)。悪性脳腫瘍についてはタイプごとにLAT1およびCD44の発現を調べた(下段の図)。
図5において、発現強度が高いほど赤色が強く、発現強度が低いほど緑色が強い。発現強度は中程度であれば黒色で表示される。図中、1本の線は1検体における発現を示す。
【
図6】
図6は、乳がんのタイプごとにLAT1およびCD44の発現を調べた結果を示す。
図6において、発現強度が高いほど赤色が強く、発現強度が低いほど緑色が強い。発現強度は中程度であれば黒色で表示される。図中、1本の線は1検体における発現を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、第1の態様において、試料中のがん細胞のCD44の発現を調べることを含む、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHのがん細胞への導入効率を予測する方法を提供する。
【0011】
CD44は、細胞接着、細胞運動、がん細胞の増殖、浸潤、転移などに関与する細胞膜タンパク質である。本発明者らは、CD44が、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、および塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHの細胞内導入のための標的であることを初めて見出した。すなわち、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、および塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHは、CD44の発現が高いがん細胞に導入されやすいことがわかった。したがって、上記方法において、がん細胞のCD44の発現が高いほど、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHのがん細胞への導入効率が高いと予測することができる。
【0012】
試料は、がん細胞を含むものであればいずれの試料であってもよい。例えば病理検体、バイオプシー検体であってもよい。あるいは血液などの体液試料であってもよい。
【0013】
がんの種類はいずれの種類であってもよい。例えば、乳癌、膵臓癌、口腔癌などを含む上皮系癌や、脳腫瘍、骨軟部腫瘍などの難治性がんなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0014】
この態様の方法において、がん細胞のCD44の発現量を調べる。本明細書において、CD44という場合は、CD44遺伝子、CD44タンパク質のいずれか一方または両方を意味する。CD44の発現は公知の方法により調べることができる。例えば、抗CD44抗体を用いる免疫染色によりがん細胞のCD44タンパク質を検出してもよく、あるいはノーザンブロット解析やリアルタイムPCRによりがん細胞のCD44遺伝子の発現を調べてもよい。がん細胞のCD44の発現を調べる手段・方法はこれらに限定されない。
【0015】
CD44の発現を調べるための好ましい方法の例として、抗CD44抗体を用いた免疫染色が挙げられる。抗CD44抗体は公知の方法により得ることができ、市販もされている。抗CD44抗体はポリクローナル抗体であってもよく、モノクローナル抗体であってもよい。モノクローナル抗体が好ましい。免疫染色は公知の手法である。蛍光色素、蛍光タンパク質、放射性同位元素などの検出可能な標識を付した抗CD44抗体を免疫染色に用いることが好ましい。また二次抗体を用いて抗CD44抗体を検出してもよい。抗CD44抗体はCD44タンパク質またはその一部に対するものであってもよく、CD44タンパク質またはその一部をコードする遺伝子に対するものであってもよい。
【0016】
ノーザンブロット解析またはリアルタイムPCRも、CD44の発現を調べるために好ましく用いられる。これらの方法については当業者に公知である。
【0017】
CD44の発現が高いかどうかの判定も公知の方法にて行うことができる。例えば、正常対象由来の細胞、または良性腫瘍などの良性疾患の患者由来の細胞におけるCD44の発現を基準にして、CD44の発現が高いかどうかを判定してもよい。あるいは、例えばグリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)やβ-アクチンなどのハウスキーピング遺伝子またはその産物の発現量を基準にして、CD44の発現が高いかどうかを判定してもよい。
【0018】
塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体は、水溶液中で塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを混合して抱合させることによって得ることができる。所望により、例えば適切なポアサイズを有するエクストルーダーを用いて複合体のサイズを調節してもよい。塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体の製造方法は、国際特許出願公開WO2018/097335A1(参照により本明細書に一体化させる)に記載の方法と同様の方法であってもよい。
【0019】
塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHは、公知の方法により得ることができる。例えばBSHのSH基を介して塩基性アミノ酸残基を含むペプチドを共有結合させてもよい。
【0020】
塩基性アミノ酸残基を含むペプチドは、少なくとも1つの塩基性アミノ酸残基を含む。塩基性アミノ酸残基を含むペプチドを構成するアミノ酸残基は、天然アミノ酸残基、非天然アミノ酸残基のいずれであってもよく、L-体、D-体のいずれであってもよい。塩基性アミノ酸残基は公知であり、アルギニン残基、リジン残基およびヒスチジン残基が典型例として挙げられる。他の塩基性アミノ酸残基としては、オルニチン残基、シトルリン残基などが挙げられるが、これらに限定されない。好ましい塩基性アミノ酸残基はアルギニン残基およびリジン残基である。したがって、本発明において好ましい塩基性アミノ酸残基を含むペプチドは、アルギニン残基および/またはリジン残基を含むものである。塩基性アミノ酸残基を含むペプチドの長さは特に限定されないが、一般的には2~20アミノ酸、好ましくは3~16アミノ酸、より好ましくは4~14アミノ酸、さらにより好ましくは6~13アミノ酸である。
【0021】
BSHと複合体を形成する、塩基性アミノ酸残基を含む好ましいペプチドは、塩基性アミノ酸残基および疎水性アミノ酸残基を含むものである。塩基性アミノ酸残基については上で説明したとおりである。疎水性アミノ酸残基も公知であり、グリシン残基、アラニン残基、バリン残基、ロイシン残基、イソロイシン残基、メチオニン残基、プロリン残基、フェニルアラニン残基、トリプトファン残基、チロシン残基、メチオニン残基、システイン残基が例示されるが、これらに限定されない。
【0022】
BSHと複合体を形成する、塩基性アミノ酸残基を含むより好ましいペプチドはアルギニン残基および/またはリジン残基を含むものである。BSHと複合体を形成する、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドの例としては(アミノ酸1文字表記)、AAAAAK、AAAAAAK、AAAAAAAK、AAAAAKK、AAAAAAKK、AAAAAAAKK、AAAAAR、AAAAAAR、AAAAAAAR、AAAAARR、AAAAAARR、AAAAAAARRが挙げられるが、これらに限定されない。BSHと複合体を形成する、さらに好ましい塩基性アミノ酸残基を含むペプチドの例としてはAAAAAAK、AAAAAARが挙げられるが、これらに限定されない。
【0023】
BSHと共有結合する、塩基性アミノ酸残基を含む好ましいペプチドは、アルギニン残基および/またはリジン残基を含むものである。好ましくは、BSHと共有結合する、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドの等電点は7よりも高い。あるいはBSHと共有結合する、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドを構成するアミノ酸残基の好ましくは50%以上、より好ましくは60%以上、さらに好ましくは70%以上、そのうえさらに好ましくは80%以上が塩基性アミノ酸残基である。そのような塩基性アミノ酸残基を含む好ましいペプチドの例としては、アルギニンの3~16量体、リジンの3~16量体が挙げられるが、これらに限定されない。BSHと共有結合する、より好ましい塩基性アミノ酸残基を含むペプチドの例としてはアルギニンの4~14量体あるいはリジンの4~14量体、さらに好ましくはアルギニンの6~13量体あるいはリジンの6~13量体が挙げられるが、これらに限定されない。
【0024】
本発明は、第2の態様において、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHのがん細胞への導入効率を予測するためのキットであって、CD44の発現を調べるための手段を含むキットを提供する。該キットを用いて第1の態様の方法を実施することができる。CD44の発現を調べるための手段は当業者に公知であり、特に限定されないが、好ましい手段として、抗CD44抗体を用いる免疫染色、ノーザンブロット解析やリアルタイムPCRを用いるCD44遺伝子の発現解析などが挙げられる。したがって、上記キットは、抗CD44抗体を用いる免疫染色を行うための試薬や器具を含んでいてもよい。あるいは上記キットは、CD44の発現を調べるためのノーザンブロット解析やリアルタイムPCRに使用する試薬や器具を含んでいてもよい。上記キットには、通常、取扱説明書が添付される。
【0025】
本発明は、第3の態様において、試料中のがん細胞のCD44の発現を調べることを含む、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHを用いるホウ素中性子捕捉療法(BNCT)に対するがん細胞の感受性を予測する方法を提供する。
【0026】
塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、および塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHは、CD44の発現が高いがん細胞に導入されやすいので、CD44の発現が高いがん細胞は、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体および/または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHを用いるBNCTに対する感受性が高い。したがって、上記方法において、がん細胞のCD44の発現が高いほど、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHを用いるBNCTに対するがん細胞の感受性が高いと予測することができる。
【0027】
本発明は、第4の態様において、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHを用いるBNCTに対するがん細胞の感受性を判定するためのキットであって、CD44の発現を調べるための手段を含むキットを提供する。該キットを用いて第3の態様の方法を実施することができる。上記キットには、通常、取扱説明書が添付される。
【0028】
本発明の第3の態様の方法および第4の態様のキットによれば、患者のがんが塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体および/または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHを用いるBNCTに適した症例であるかどうかを知ることだけでなく、BNCTにおける適切なホウ素製剤の種類(例えば塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体および/または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHが有効であるか、BPAが有効であるか、あるいはそれらの組み合わせが有効であるか等)を最適化すること、およびホウ素製剤の投与量や配合量を最適化することも可能となる。
【0029】
本発明の第3の態様の方法および第4の態様のキットに関するその他の説明については、本発明の第1の態様の方法および第2の態様のキットに関する説明が適用される。
【0030】
本発明は、第5の態様において、試料中のがん細胞の翻訳関連因子の発現を調べることを含む、BSH、BSHを含む複合体、またはBSH誘導体のがん細胞内での滞留時間を予測する方法を提供する。
【0031】
BSHを含む複合体は、イオン結合、ファンデルワールス力、疎水結合など共有結合以外の様式によってBSHと他の物質が複合体を形成しているものである。BSHを含む複合体の例としては、上で説明したような塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体が挙げられるが、これに限定されない。BSH誘導体は、BSHのいずれの原子を介して他の分子が共有結合したものである。BSH誘導体の例としては、上で説明したような塩基性アミノ酸残基を含むペプチドがBSHと共有結合したものが挙げられるが、これに限定されない。BSHを含む複合体の例としては、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体が挙げられるがこれに限定されない。塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体の例としては、BSH/A6Kが挙げられるがこれに限定されない。BSH誘導体の例としては、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHが挙げられるがこれに限定されない。塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHの例としては、BSH-3RおよびBSH-11Rなどが挙げられるがこれらに限定されない。塩基性アミノ酸残基を含むペプチドについては上で説明したとおりである(BSH/A6K、BSH-3R、BSH-11Rについては実施例1参照のこと)。
【0032】
本発明者らは、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHが細胞内の翻訳関連因子を標的化することを初めて見出した。細胞内標的である翻訳関連因子の発現が高いということは、細胞内において翻訳関連因子が豊富であることを意味する。そのため、翻訳関連因子の発現が高いがん細胞において、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHの滞留時間が長くなる。したがって、がん細胞の翻訳関連因子の発現が高いほど、BSH、BSHを含む複合体、またはBSH誘導体のがん細胞内での滞留時間が長いと予測することができる。
【0033】
この態様の方法において、がん細胞の翻訳関連因子の発現量を調べる。翻訳関連因子は、細胞において遺伝情報の翻訳に関与する因子であり、それらは公知である。本明細書において、翻訳関連因子という場合には、翻訳関連因子をコードする遺伝子およびその産物のいずれか一方または両方をいう。発現を調べる翻訳関連因子は1種類であってもよく、複数種類であってもよい。翻訳関連因子の例としては、eIF4A(含eIF4A1)、eIF4E、eIF4Gなどの翻訳開始因子、eEF2などの翻訳伸長因子、eRF3などの翻訳終結因子、pS6などのリボソームタンパク質、PABPc1などのmRNA結合因子が挙げられるが、これらに限定されない。この態様の方法において、1種類の翻訳関連因子の発現を調べてもよいが、複数種類の翻訳関連因子の発現を調べることが好ましい。
【0034】
翻訳関連因子のうち、eIF4A(含eIF4A1)、eIF4E、eIF4G、eEF2、eRF3、pS6などは、BSHに共有結合した塩基性アミノ酸残基を含むペプチドによって標的化される。PABPc1については、BSH単体を含めどのような性状のBSH製剤によっても標的化される。
【0035】
翻訳関連因子の発現は公知の方法により調べることができる。例えば、翻訳関連因子に対する抗体を用いる免疫染色によりがん細胞の翻訳関連因子を検出してもよく、あるいはノーザンブロット解析やリアルタイムPCRによりがん細胞の翻訳関連因子の遺伝子の発現を調べてもよい。がん細胞の翻訳関連因子の発現を調べる手段・方法はこれらに限らない。
【0036】
好ましくは、翻訳関連因子に対する抗体を用いた免疫染色により翻訳関連因子の発現を調べる。翻訳関連因子に対する抗体は公知の方法により得ることができ、市販もされている。翻訳関連因子に対する抗体はポリクローナル抗体であってもよく、モノクローナル抗体であってもよい。モノクローナル抗体が好ましい。免疫染色は公知の手法である。蛍光色素、蛍光タンパク質、放射性同位元素などの検出可能な標識を付した翻訳関連因子に対する抗体を免疫染色に用いることが好ましい。また二次抗体を用いて翻訳関連因子に対する抗体を検出してもよい。翻訳関連因子に対する抗体は、タンパク質としての翻訳関連因子またはその一部に対するものであってもよく、タンパク質としての翻訳関連因子またはその一部をコードする遺伝子に対するものであってもよい。
【0037】
ノーザンブロット解析またはリアルタイムPCRを用いて翻訳関連因子の発現を調べることも好ましい。これらの方法については当業者に公知である。
【0038】
翻訳関連因子の発現が高いかどうかの判定も公知の方法にて行うことができる。例えば、正常対象由来の細胞、または良性腫瘍などの良性疾患の患者由来の細胞の翻訳関連因子の発現を基準にして、翻訳関連因子の発現が高いかどうかを判定してもよい。あるいは、例えばグリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)やβ-アクチンなどのハウスキーピング遺伝子またはその産物の発現量を基準にして、翻訳関連因子の発現が高いかどうかを判定してもよい。
【0039】
本発明は、第6の態様において、BSH、BSHを含む複合体、またはBSH誘導体のがん細胞内での滞留時間を予測するためのキットであって、翻訳関連因子の発現を調べるための手段を含むキットを提供する。該キットを用いて第5の態様の方法を実施することができる。CD44の発現を調べるための手段は当業者に公知であり、特に限定されないが、好ましい手段として、翻訳関連因子に対する抗体を用いる免疫染色、ノーザンブロット解析やリアルタイムPCRを用いる翻訳関連因子遺伝子の発現解析などが挙げられる。したがって、上記キットは、翻訳関連因子に対する抗体を含んでいてもよい。上記キットは、翻訳関連因子に対する抗体を用いる免疫染色を行うための試薬や器具を含んでいてもよい。上記キットは、翻訳関連因子の発現を調べるためのノーザンブロット解析やリアルタイムPCRに使用する試薬や器具を含んでいてもよい。上記キットには、通常、取扱説明書が添付される。
【0040】
第5の態様の方法および第6の態様のキットに関するその他の説明については、本発明の第1~第4の態様に係る発明に関する説明が適用される。
【0041】
本発明は、第7の態様において、試料中のがん細胞の翻訳関連因子の発現を調べることを含む、BSH、BSHを含む複合体、またはBSH誘導体を用いるBNCTに対するがん細胞の感受性を予測する方法を提供する。
【0042】
塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHのがん細胞内での滞留時間が長ければ、細胞内濃度が高く保たれ、がん細胞のBNCTに対する感受性が高まる。したがって、がん細胞の翻訳関連因子の発現が高いほど、BSH、BSHを含む複合体、またはBSH誘導体を用いるBNCTに対するがん細胞の感受性が高いと予測することができる。
【0043】
本発明は、第8の態様において、BSH、BSHを含む複合体、またはBSH誘導体を用いるBNCTに対するがんの感受性を判定するためのキットであって、翻訳関連因子の発現を調べるための手段を含むキットを提供する。該キットを用いて第7の態様の方法を実施することができる。上記キットには、通常、取扱説明書が添付される。
【0044】
本発明の第7の態様の方法および第8の態様のキットによれば、患者のがんがBSH、BSHを含む複合体、またはBSH誘導体を用いるBNCTに適した症例であるかどうかを知ることだけでなく、BNCTにおける適切なホウ素製剤の種類(例えばBSH、BSHを含む複合体、および/またはBSH誘導体が有効であるか、BPAが有効であるか、あるいはそれらの組み合わせが有効であるか等)を最適化すること、およびホウ素製剤の投与量や配合量を最適化することも可能となる。
【0045】
本発明の第7の態様の方法および第8の態様のキットに関するその他の説明について、本発明の第5の態様の方法および第6の態様のキットに関する説明が適用される。
【0046】
上で述べたように、CD44の発現が高いがん細胞ほど、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHの導入効率が高い。そして、CD44の発現が高いがん細胞ほど、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHを用いるBNCTに対する感受性が高い。したがって、がん細胞のCD44の発現を調べ、CD44の発現が高いほど、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHを用いるBNCTが奏効する可能性が高いと予測することができる。したがって、本発明は、第9の態様において、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHを用いるBNCTが奏効する可能性を予測する方法であって、試料中のがん細胞のCD44の発現を調べ、CD44の発現が高いほど、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHを用いるBNCTが奏効する可能性が高いと予測することを含む方法を提供する。
【0047】
さらに本発明は、第10の態様において、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHを用いるBNCTが奏効する可能性を予測するためのキットであって、CD44の発現を調べるための手段を含むキットを提供する。該キットを用いて第9の態様の方法を実施することができる。上記キットには、通常、取扱説明書が添付される。
【0048】
上で述べたように、翻訳関連因子の発現が高いがん細胞ほど、BSH、BSHを含む複合体、またはBSH誘導体の滞留時間が長い。そして、翻訳関連因子の発現が高いがん細胞ほど、BSH、BSHを含む複合体、またはBSH誘導体を用いるBNCTに対する感受性が高い。したがって、がん細胞の翻訳関連因子の発現を調べ、翻訳関連因子の発現が高いほど、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHを用いるBNCTが奏効する可能性が高いと予測することができる。したがって、本発明は、第11の態様において、BSH、BSHを含む複合体、またはBSH誘導体を用いるBNCTが奏効する可能性を予測する方法であって、試料中のがん細胞の翻訳関連因子の発現を調べ、翻訳関連因子の発現が高いほど、BSH、BSHを含む複合体、またはBSH誘導体を用いるBNCTが奏効する可能性が高いと予測することを含む方法を提供する。
【0049】
さらに本発明は、第12の態様において、BSH、BSHを含む複合体、またはBSH誘導体を用いるBNCTを用いるBNCTが奏効する可能性を予測するためのキットであって、翻訳関連因子の発現を調べるための手段を含むキットを提供する。該キットを用いて第11の態様の方法を実施することができる。上記キットには、通常、取扱説明書が添付される。
【0050】
第9~第12の態様に係る本発明の方法およびキットについては、第1~第8の態様に係る方法およびキットに関する説明があてはまる。
【0051】
BPAは、LAT1、LAT2、ATB0,+などのアミノ酸トランスポーターを経由して細胞内に取り込まれるため、これらのアミノ酸トランスポーターの発現が高いがん細胞ほど、BPAが多く取り込まれる。したがって、がん細胞のBPAは、LAT1、LAT2、ATB0,+などのアミノ酸トランスポーターの発現を調べ、これらのアミノ酸トランスポーターの発現が高いほど、BPAを用いるBNCTが奏効する可能性が高いと予測することができる。
【0052】
上で述べたことを総合すると、以下のことが言える。がん細胞におけるCD44発現が高いほど、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHを含むホウ素製剤を選択することが適切である。そして、がん細胞におけるLAT1、LAT2、ATB0,+などのアミノ酸トランスポーター(LAT1が好ましい)の発現が高いほど、BPAを含むホウ素製剤を選択することが適切である。したがって、本発明は、第13の態様において、下記工程:
(a)試料中のがん細胞のCD44の発現、およびLAT1の発現を調べ、次いで、
(b)CD44の発現が、LAT1の発現よりも高い場合に、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHを含むホウ素製剤を選択し、LAT1の発現が、CD44の発現よりも高い場合に、BPAを含むホウ素製剤を選択する
を含む、ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)のためのホウ素製剤の選択方法を提供する。
【0053】
さらに本発明は、第14の態様において、BNCTのためのホウ素製剤の選択に用いられるキットであって、CD44の発現を調べるための手段およびLAT1の発現を調べるための手段を含むキットを提供する。該キットを用いて第13の態様の方法を実施することができる。上記キットには、通常、取扱説明書が添付される。
【0054】
また、がん細胞における翻訳関連因子の発現が高いほど、BSH、BSHを含む複合体、および/またはBSH誘導体を含むホウ素製剤を選択することが適切であるといえる。そして、がん細胞におけるLAT1、LAT2、ATB0,+などのアミノ酸トランスポーター(LAT1が好ましい)の発現が高いほど、BPAを含むホウ素製剤を選択することが適切である。したがって、本発明は、第15の態様において、下記工程:
(a)試料中のがん細胞の翻訳関連因子の発現、およびLAT1の発現を調べ、次いで、
(b)翻訳関連因子の発現が、LAT1の発現よりも高い場合に、BSH、BSHを含む複合体、および/またはBSH誘導体を含むホウ素製剤を選択し、LAT1の発現が、翻訳関連因子の発現よりも高い場合に、BPAを含むホウ素製剤を選択する
を含む、ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)のためのホウ素製剤の選択方法を提供する。
【0055】
さらに本発明は、第16の態様において、BNCTのためのホウ素製剤の選択に用いられるキットであって、翻訳関連因子の発現を調べるための手段およびLAT1の発現を調べるための手段を含むキットを提供する。該キットを用いて第15の態様の方法を実施することができる。上記キットには、通常、取扱説明書が添付される。
【0056】
第13~第16の態様に係る本発明の方法およびキットにおいて、がん細胞のCD44、翻訳関連因子、LATの発現量を調べる。CD44、翻訳関連因子の発現量を調べることについては、すでに説明したとおりである。本明細書において、LAT1という場合は、LAT1遺伝子、LAT1タンパク質のいずれか一方または両方を意味する。LAT1の発現は公知の方法により調べることができる。例えば、抗LAT1抗体を用いる免疫染色によりがん細胞のLAT1タンパク質を検出してもよく、あるいはノーザンブロット解析やリアルタイムPCRによりがん細胞のLAT1遺伝子の発現を調べてもよい。がん細胞のLAT1の発現を調べる手段・方法はこれらに限定されない。
【0057】
LAT1の発現を調べるための好ましい方法の例として、抗LAT1抗体を用いた免疫染色が挙げられる。抗LAT1抗体は公知の方法により得ることができ、市販もされている。抗LAT1抗体はポリクローナル抗体であってもよく、モノクローナル抗体であってもよい。モノクローナル抗体が好ましい。免疫染色は公知の手法である。蛍光色素、蛍光タンパク質、放射性同位元素などの検出可能な標識を付した抗LAT1抗体を免疫染色に用いることが好ましい。また二次抗体を用いて抗LAT1抗体を検出してもよい。抗LAT1抗体はLAT1タンパク質またはその一部に対するものであってもよく、LAT1タンパク質またはその一部をコードする遺伝子に対するものであってもよい。
【0058】
LAT1の発現が高いかどうかの判定も公知の方法にて行うことができる。例えば、正常対象由来の細胞、または良性腫瘍などの良性疾患の患者由来の細胞におけるLAT1の発現を基準にして、LAT1の発現が高いかどうかを判定してもよい。あるいは、例えばグリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)やβ-アクチンなどのハウスキーピング遺伝子またはその産物の発現量を基準にして、LAT1の発現が高いかどうかを判定してもよい。
【0059】
LAT1の発現に加えて、あるいはLAT1の発現に代えて、LAT2および/またはATB0,+などのチロシンやフェニルアラニンに特異的なアミノ酸トランスポーターの発現を調べてもよい。
【0060】
CD44の発現とLAT1の発現を比較する手段、方法は当業者に公知である。例えば、互いに識別可能な標識を付したこれらのタンパク質に対する抗体を用いてもよい。例えばCD44に対する抗体に緑色蛍光タンパク質を標識として付し、LAT1に対する抗体に赤色蛍光タンパク質を標識として付して、視覚的に両者の発現を比較してもよい。また例えば、がん細胞でのCD44の発現と正常細胞でのCD44の発現との隔たりと、がん細胞でのLAT1の発現と正常細胞でのLAT1の発現との隔たりを、例えば統計学的手法を用いて比較してもよい。翻訳関連因子の発現とLAT1の発現との比較も同様に行うことができる。
【0061】
第13~第16の態様の方法およびキットにおいて、CD44の発現がLAT1の発現よりも高い場合に、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHを含むホウ素製剤を選択する。翻訳関連因子の発現がLAT1の発現よりも高い場合に、BSH、BSHを含む複合体、および/またはBSH誘導体を含むホウ素製剤を選択する。LAT1の発現がCD44の発現よりも高い場合、およびLAT1の発現が翻訳関連因子の発現よりも高い場合に、BPAを含むホウ素製剤を選択する。これらの態様の方法およびキットを用いて選択したホウ素製剤を用いてBNCTを行う際に、選択したホウ素製剤のみを用いてもよく、他のホウ素製剤を併用または配合してもよい。例えば、BPAを選択した場合は、BPAのみを用いてもよく、BPAにBSHを含む複合体を配合したものを用いてもよい。ホウ素製剤の用量、他のホウ素製剤との配合比などは、医師が容易に決定することができる。
【0062】
第13~第16の態様に係る本発明の方法およびキットの上記以外の事項については、第1~第12の態様に係る方法およびキットに関する説明があてはまる。
【0063】
本明細書における用語の意味は、特に断らない限り、医学、薬学、生物学などの分野において通常に理解されている意味と同じである。
【0064】
以下に実施例を示して本発明をより詳細かつ具体的に説明するが、実施例は本発明の範囲を限定するものと解すべきでない。
【実施例1】
【0065】
実施例1.CD44発現がん細胞およびCD44をノックダウンしたがん細胞に対する、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHおよび塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体の取り込み
3個のアルギニンからなるペプチドが共有結合したBSH(BSH-3Rという)、11個のアルギニンからなるペプチドが共有結合したBSH(BSH-11Rという)およびAla-Ala-Ala-Ala-Ala-Ala-LysとBSHを含む複合体(BSH/A6Kという)の細胞内取込みとCD44発現との関係を調べるために、まずCD44を多く発現している悪性脳腫瘍細胞株U87MGに対してCD44-shRNAレンチウイルスを導入し、CD44のノックダウン細胞亜株を作成した。ノックダウン効率は抗CD44抗体(CST社製)を用いてウェスタンブロッティング法にて確認した。その後、BSH-11RおよびBSH/A6Kの導入効率とCD44の発現レベルが相関することを検証するために、前述の方法で作成したCD44ノックダウン細胞亜株に対して、BSHに対する抗体を用いて蛍光免疫染色を行うことにより、BSH-11RおよびBSH/A6Kの細胞内取込を調べた。使用抗体はマウスモノクローナル抗BSH抗体(大阪府立大学 切畑博士ご提供)であった。BSH-3RおよびBSH-11Rは化学合成により得た。BSH/A6Kは国際特許出願公開WO2018/097335A1(参照により本明細書に一体化させる)に記載の方法により得た。
【0066】
結果を
図1に示す。
図1の上段に示すウェスタンブロッティングからわかるように、作製した2つの細胞亜株においてCD44は確実にノックダウンされていた。
図1の中段に示すように、CD44の発現量が少ないほど、BSH-3R、BSH-11RおよびBSH/A6Kの細胞内取込が減少することが確認された(
図1の下段は、BSH-11Rを用いた場合の結果を棒グラフにしたものである)。換言すれば、CD44の発現量が多いほど、BSH-3R、BSH-11RおよびBSH/A6Kの細胞内取込が増加することが確認された。
【実施例2】
【0067】
実施例2.塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHによる翻訳関連因子の標的化
悪性脳腫瘍細胞株U251の細胞破砕液にBSH単体(BSHという)(50μM)あるいはBSH-11R(50μM)を加え、抗BSH抗体(10μg)を用いてBSHおよびBSH-11Rと結合するタンパク質を免疫沈降法にて探索した。
【0068】
結果を
図2に示す。BSHと比較してBSH-11Rで翻訳関連因子がより多く共沈されたことから、BSH-11Rのペプチド部分(11R)が翻訳関連因子への結合に必要であることがわかった。結合様式は、翻訳関連因子によってmRNA非依存的なものと、mRNA依存的なものがあることもわかった。
【0069】
BSH-11Rと翻訳関連因子との結合が直接的なものであるか間接的なものであるかを検討するために、shRNAレンチウイルスにより翻訳関連因子のノックダウンを行った悪性脳腫瘍細胞株U251の亜株を準備した。それらの細胞破砕液にBSH-11R(50μM)を加え、抗BSH抗体(10μg)を用いてBSH-11Rと結合する翻訳関連因子を解析した。
【0070】
結果を
図3に示す。BSH-11RはeIF4AおよびeRF3と直接的に(RNAを介さずに)結合し、eIF4EおよびeIF4GはeIF4Aを介してBSH-11Rと間接的に結合することがわかった。また、PABPc1は、
図2の結果と合わせると、RNA依存的にBSHに結合すると結論づけられた。
【実施例3】
【0071】
実施例3.塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHを用いるBNCT
BSH-11Rは翻訳関連因子と結合するため、翻訳機構を選択的に標的化できると考えられた。そこで、BSH-11Rを用いてBNCTを行うこととした。悪性脳腫瘍細胞株U87ΔEGFRを100μMのBSH-11Rで前処理した(照射24時間前)。照射当日にトリプシンにて当該細胞を剥離し、1×106 cells/mLの分量でチューブに分注したものを、加速器(於 放射線医学研究所)を用いて中性子線を照射した。照射時間は0分、15分、45分、60分であり、実質的なGy(グレイ)はいずれも1Gy以下と推定・算出された。
【0072】
照射後の細胞を回収し、RNA抽出を行ったのち等量のRNA(1000ng)を鋳型にcDNAを作成し定量PCRを行ったところ、
図4に示すように、中性子線の照射時間に応じて18S リボソームRNAおよびmRNAの割合が顕著に低下することがわかった。コントロール実験として行ったX線による高線量照射(10Gy)ではそうした変化は観察されなかった。これらのことから、BSH-11Rを用いたBNCTは極めて効率的に翻訳機構を破壊することが可能であると判断できた。
【実施例4】
【0073】
実施例4.各種癌腫におけるLAT1およびCD44の発現レベルの比較
メラノーマ、頭頸部がん、膵がん、悪性脳腫瘍、乳がんの検体(TCGAデータベースに登録されている臨床検体)についてCD44およびLAT1の発現強度を免疫染色法によって調べた結果を
図5に示す。
【0074】
メラノーマおよび頭頸部がんにおいては、CD44、LAT1ともに高発現である症例が多かった。これらの結果から、メラノーマおよび頭頸部がんのBNCTにおいては、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSH、およびBPAのいずれを選択しても奏効する症例が多いと考えられた。また、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHと、BPAとを併用した場合に効果的である症例が多いと考えられた。
【0075】
膵がんにおいては、CD44が高発現ないし中程度の発現である症例が多かった。LAT1については、中程度の発現である症例が高発現である症例よりも多かった。これらの結果から、膵がんのBNCTにおいては、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHを選択して奏効する症例が多く、BPAを選択した場合に一定の奏効が得られる症例が多いと考えられた。また、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドと、BPAを併用する場合は、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドの配合比を多くすると効果的である症例が多いと考えられた。
【0076】
乳がんにおいては、CD44、LAT1ともに中程度の発現である症例が多かった。これらの結果から、乳がんのBNCTにおいては、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSH、およびBPAのいずれを選択しても一定の奏効が期待される症例が多いと考えられた。また、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHと、BPAとを併用した場合も一定の奏効が期待される症例が多いと考えられた。
【0077】
悪性脳腫瘍においては、CD44が中程度である症例が多く、低発現である症例もかなり多かった(高発現である症例は少なかった)。LAT1については中程度の発現である症例が多かった。これらの結果から、悪性脳腫瘍のBNCTにおいては、BPAを選択した場合に一定の奏効が期待される症例が多いと考えられた。塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHを選択した場合は、BPAを選択した場合に比べて奏効が期待できる症例が少ないと考えられた。また、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドと、BPAを併用する場合は、BPAの配合比を多くすると効果的である症例が多いと考えられた。
【0078】
悪性脳腫瘍についてタイプ別に検討を行った。結果を
図5の下欄に示す。間葉系脳腫瘍および古典的脳腫瘍の場合は、LAT1よりもCD44のほうが高発現である症例が多く(図中矢印で示す)、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHを選択して奏効する症例が多いと考えられた。また、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドと、BPAを併用する場合は、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドの配合比を多くすると効果的である症例が多いと考えられた。神経脳腫瘍の場合は、CD44、LAT1ともに中程度の発現である症例が多かった。前神経脳腫瘍の場合は、CD44よりもLAT1のほうが高発現である症例が多く(図中矢印で示す)、BPAを選択して奏効する症例が多いと考えられた。また、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHと、BPAを併用する場合は、BPAの配合比を多くすると効果的である症例が多いと考えられた。
【0079】
乳がんについてもタイプ別に検討を行った。結果を
図6に示す。HER2、エストロゲン受容体およびプロゲストロン受容体のすべてが陰性である最も悪性度の高い症例では、LAT1のほうがCD44よりも高発現である症例が多く、BPAを選択して奏効する症例が多いと考えられた。また、塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとBSHを含む複合体、または塩基性アミノ酸残基を含むペプチドが共有結合したBSHと、BPAを併用する場合は、BPAの配合比を多くすると効果的である症例が多いと考えられた。
【0080】
癌腫ごとに全般的なCD44およびLAT1の発現を調べてもよく、症例ごとにCD44およびLAT1の発現を解析してもよい。症例ごとの解析によって、BNCTの個別化医療を実現することができる。
【0081】
以上の結果から、本発明の方法やキットを用いれば、癌腫・症例ごとに最適なホウ素製剤の選択、組み合わせ、配合比を決定することができ、これまでPBAを用いるBNCTの良い適応とされてこなかった癌腫・症例に対しても、BNCTの可能性を拡大することができると言える。
【0082】
本願は、2018年2月15日出願の日本国特許出願第2018-025216号に対する優先権の利益を主張するものである。当該日本国出願の全内容は、参照により本明細書に組み込まれる。また、本明細書にて引用された文献の全内容は、参照により本明細書に組み込まれる。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明は、がんの検査や研究、抗がん剤の研究、開発、製造などにおいて利用可能である。