IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ NTN株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-玉軸受 図1
  • 特許-玉軸受 図2
  • 特許-玉軸受 図3
  • 特許-玉軸受 図4
  • 特許-玉軸受 図5
  • 特許-玉軸受 図6
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-06
(45)【発行日】2023-02-14
(54)【発明の名称】玉軸受
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/41 20060101AFI20230207BHJP
   F16C 19/06 20060101ALI20230207BHJP
   F16C 33/44 20060101ALI20230207BHJP
   F16C 33/78 20060101ALI20230207BHJP
【FI】
F16C33/41
F16C19/06
F16C33/44
F16C33/78 Z
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019028541
(22)【出願日】2019-02-20
(65)【公開番号】P2020133769
(43)【公開日】2020-08-31
【審査請求日】2021-09-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100130513
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 直也
(74)【代理人】
【識別番号】100074206
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 文二
(74)【代理人】
【識別番号】100130177
【弁理士】
【氏名又は名称】中谷 弥一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100127340
【弁理士】
【氏名又は名称】飛永 充啓
(72)【発明者】
【氏名】川口 隼人
【審査官】藤村 聖子
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第03975066(US,A)
【文献】特開2007-327516(JP,A)
【文献】特開平10-002326(JP,A)
【文献】特開2010-031947(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 19/00-19/56
F16C 33/30-33/66
F16C 33/78
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
外方の軌道面を有する外方の軌道輪と、内方の軌道面を有する内方の軌道輪と、前記外方の軌道面と前記内方の軌道面との間に配置された複数の玉と、前記複数の玉を円周方向に均等に配置する樹脂製保持器と、を備え、
前記保持器が、前記玉の円周方向位置を保つポケット部を円周方向の複数箇所に有し、
前記ポケット部が、前記保持器の軸方向一方の側面に開口した形状である玉軸受において、
前記外方の軌道輪と前記内方の軌道輪のうちのいずれか一方の軌道輪に取り付けられた係止部材をさらに備え、
前記係止部材が、前記保持器の軸方向他方への移動を規制できるように当該保持器に対して軸方向他方に配置された対向部を有し、
前記ポケット部の軸方向の深さをHとし、前記玉の直径をdとしたとき、Hとdの関係が、0.15d≦H≦0.65dに設定されており、
前記係止部材と前記保持器との間に軸方向のクリアランスが設定されており、
前記係止部材の前記対向部と前記保持器のうちのいずれか一方が、他方との間に円周方向に向かって軸方向に狭くなる空間を形成する二つ以上の突起を有し、これら突起が、円周方向に間隔をおいて並ぶように配置されており、
前記保持器の外周には、当該保持器の外径を規定する外周側の円筒面が形成されており、前記保持器の内周には、当該保持器の内径を規定する内周側の円筒面が形成されており、前記外周側の円筒面の軸方向他方の周縁から半径方向内方に向かって軸方向他方に傾きを有する傾斜面が形成されており、前記外周側の円筒面の幅が前記内周側の円筒面の幅よりも短いことを特徴とする玉軸受。
【請求項2】
前記ポケット部の深さHと前記玉の直径dの関係が、H<0.5dに設定されている請求項1に記載の玉軸受。
【請求項3】
前記二つ以上の突起が前記保持器に形成されている請求項1又は2に記載の玉軸受。
【請求項4】
前記一方の軌道輪が、当該軌道輪の前記軌道面よりも軸方向他方の位置で半径方向に深さをもって円周方向全周に連続するシールド溝部を有し、
前記係止部材が、前記シールド溝部に取り付けられた金属板製のシールドからなる請求項に記載の玉軸受。
【請求項5】
前記係止部材の前記対向部が、円周方向に延びる溝状を成すように前記金属板に形成されたリブを含む請求項に記載の玉軸受。
【請求項6】
前記保持器が、エンジニアリングプラスチックによって形成されている請求項1からのいずれか1項に記載の玉軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、樹脂製の保持器を備える玉軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
EV(電気自動車)やPHEV(プラグインハイブリッド電気自動車)においては、エンジン駆動車と遜色のない駆動力を得るため、駆動源である電動モータの高速回転化が進んでいる。この高速回転の軸を支持するため、高速回転での運転に適した玉軸受が使用されている。
【0003】
高速回転対応の玉軸受には、樹脂製保持器が採用されている場合がある。特に、軸受の組み立て性やコストなどを重視する場合には、冠形保持器が採用されている。一般に、冠形保持器は、保持器の内周、外周及び軸方向一方の側面に開口した複数のポケット部を有する。ポケット部は、玉を包み込むような凹曲面状に形成されている。保持器の軸方向一方の側面におけるポケット部の開口幅は、玉の直径よりも小さく設定されている。内外の軌道面間に配置された複数の玉に対し、保持器の軸方向一方の側面におけるポケット部の開口縁を軸方向一方に向かって押し付けることにより、前述の開口幅を広げる弾性変形を保持器に生じさせ、その開口から玉がポケット部に収められる。弾性復元したポケット部は、軸方向他方に向かって玉と係合可能な状態となる。その係合により、保持器の軸方向他方への移動が規制される。
【0004】
一般的な冠形保持器の場合、高速回転時の遠心力による変形が問題になる。すなわち、保持器のうち、ポケット部を形成するように軸方向一方へ延びる突出部分は、片持ち梁になっているため、遠心力によってポケット部が軸方向一方に向かって半径方向外方へ傾き、これに伴い、保持器の環状部が捩れる。このため、ポケット部が玉や外輪に干渉して、摩耗粉の発生、異常発熱、短寿命化の懸念がある。
【0005】
このような遠心力の影響を抑制するため、特許文献1の冠形保持器では、円周方向に隣り合うポケット部間に位置する中間部において軸方向の厚さを薄くすることにより、ポケット部の軸方向の深さを確保しつつ、ポケット部を形成する突出部分の軽量化を図っている。また、その中間部での軸方向の厚さをポケット部の底での軸方向の厚さよりも厚くすることにより、保持器としての強度を確保するようにしている。
【0006】
また、特許文献2の保持器では、冠形の保持器本体と、保持器本体における突出部分の先端に取り付けられた金属製の変形防止部材とで保持器を構成し、遠心力によって突出部分が半径方向外方へ傾くことを防止している。
【0007】
また、特許文献3の冠形保持器では、ポケット部を形成する突出部分の外径を軸方向中間部から先端に向かって次第に小さくすることにより、軽量化を図って遠心力の影響を受け難くしている。さらに、玉のピッチ円直径よりも半径方向内方に寄った位置で玉とポケット部とを接触させる設定により、半径方向内方へ向う玉からの力を保持器に作用させて、高速回転時の保持器の変形を抑えるようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2016-169766号公報
【文献】特開2007-285506号公報
【文献】特開2013-200006号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1のように、ポケット部と玉の係合によって保持器の軸方向他方への移動を規制する場合、ポケット部を玉の中心よりも軸方向一方へ十分に余裕をもって延ばす必要がある。このため、ポケット部の先端部が遠心力の影響を受け易く、遠心力による保持器の変形を抑制することに限界がある。
【0010】
また、特許文献2のように冠形保持器本体に変形防止部材を取り付けて遠心力に抵抗させると、組立工程の追加、別部品費用等を要し、コスト高になる。さらに、変形防止部材が脱落する懸念が生じる。
【0011】
また、特許文献3のように、ポケット部を形成する突出部分の外径を軸方向の中間位置から先端まで次第に小さくすると、遠心力の影響を弱めることは可能だが、ポケット部と玉の係合によって保持器の軸方向他方への移動を規制する点は特許文献1と同様である。また、半径方向内方へ向う玉からの力をポケット部に作用させて遠心力による保持器の変形を抑制する場合、遠心力の影響で保持器が変形を起こすと、ポケット部の先端部における半径方向内方側が玉と強く接触することに直結し、その接触部で異常摩耗が進む懸念がある。
【0012】
また、EVやPHEVの電動モータの高速回転化は尚も進んでおり、電動モータの回転軸を支持する玉軸受においてはdmn(玉のピッチ円直径×毎分当りの回転数)値が200万を超える可能性がある。このような高速回転で実用可能な玉軸受を目指す場合、遠心力対策によって異常発熱を防ぐだけでなく、通常の発熱対策も重要になるので、保持器と玉間での潤滑油のせん断抵抗ですらも問題になり得る。これは、保持器の温度を120℃以下に保てる場合、比較的安価なエンジニアリングプラスチックを採用できるのに対し、120℃を超える場合、樹脂の耐熱性を考慮して比較的高価なスーパーエンジニアリングプラスチックを採用しなければならなくなるためである。
【0013】
上述の背景に鑑み、この発明が解決しようとする課題は、樹脂製保持器のポケット部が軸方向一方の側面に開口した形状である玉軸受において、遠心力による保持器の変形を抑えると共に、ポケット部と玉間での潤滑油のせん断抵抗を抑えることにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記の課題を達成するため、この発明は、外方の軌道面を有する外方の軌道輪と、内方の軌道面を有する内方の軌道輪と、前記外方の軌道面と前記内方の軌道面との間に配置された複数の玉と、前記複数の玉を円周方向に均等に配置する樹脂製保持器と、を備え、前記保持器が、前記玉の円周方向位置を保つポケット部を円周方向の複数箇所に有し、前記ポケット部が、前記保持器の軸方向一方の側面に開口した形状である玉軸受において、前記外方の軌道輪と前記内方の軌道輪のうちのいずれか一方の軌道輪に取り付けられた係止部材をさらに備え、前記係止部材が、前記保持器の軸方向他方への移動を規制できるように当該保持器に対して軸方向他方に配置された対向部を有し、前記ポケット部の軸方向の深さをHとし、前記玉の直径をdとしたとき、Hとdの関係が、0.15d≦H≦0.65dに設定されている構成を採用した。
【0015】
上記構成によれば、一方の軌道輪に取り付けられた係止部材の対向部と保持器との係合で保持器の軸方向他方への移動を規制することが可能である。このため、ポケット部の軸方向の深さHと玉の直径dとの関係をH≦0.65dに設定することが可能である。ここで、H≦0.65dにすると、前述の突出部分を軸方向に短くして軽量になるので、高速回転時、保持器が遠心力の影響を受けにくくなり、遠心力による保持器の変形を抑えると共に、ポケット部と玉間でのせん断抵抗を抑えることができる。また、H>0.65dに設定すると、ポケット部と玉の係合のみで保持器の軸方向他方への移動を規制可能な従来例と同様のポケット部の深さになるため、対向部による規制を採用する意義がなくなる。また、H<0.15dに設定すると、ポケット部で玉の円周方向位置を保つことが困難になる。
【0016】
好ましくは、前記ポケット部の深さHと前記玉の直径dの関係がH<0.5dに設定されているとよい。このようにすると、遠心力による保持器の変形や前述のせん断抵抗をより抑えることができる。また、H<0.5dの場合、ポケット部に従来のような玉を抱える爪がなく、保持器を所定の位置に置くだけで各ポケット部に玉を入れることができる。
【0017】
また、前記係止部材と前記保持器との間に軸方向のクリアランスが設定されており、前記係止部材の前記対向部と前記保持器のうちのいずれか一方が、他方との間に円周方向に向かって軸方向に狭くなる空間を形成する二つ以上の突起を有し、これら突起が、円周方向に間隔をおいて並ぶように配置されているとよい。このようにすると、保持器と係止部材間に軸方向のクリアランスを取っているので、係止部材の対向部と保持器の対向する二側面間に潤滑油が入り込み、油膜の形成が起こる。また、その二側面間において一方の側面の突起が他方の側面との間に形成するくさび状の空間の狭くなる方へ潤滑油を引き摺ると、動圧を発生させるくさび効果が生じるので、その油膜の形成を促進し、保持器と対向部の摩耗を防止することができる。突起の数が多い程、保持器と係止部材間の相対的な周速差が大きくなる場合、円周方向に間隔をおいて並ぶ各突起が高速に周回しながら潤滑油を引き摺るため、他方の側面で円周方向に油膜が連続する状態に保たれ、各突起と他方の側面間のくさび効果が途絶えることなく生じ、これにより、突起と他方の側面を完全に分離させる油膜の厚さを実現することも可能になる。すなわち、前述の周速差が所定以上になると、保持器と係止部材間の摩擦状態を流体潤滑状態にすることが可能になる。その流体潤滑状態では、係止部材の対向部と保持器の油膜を介した非接触の係合によって保持器の軸方向他方への移動が規制されるので、前述の摩耗を良好に防止することができる。
【0018】
前記二つ以上の突起が前記保持器に形成されているとよい。このようにすると、それら突起を一体成形した保持器を用意するだけで済み、係止部材として汎用品を採用することができる。
【0019】
例えば、前記一方の軌道輪が、当該軌道輪の前記軌道面よりも軸方向他方の位置で半径方向に深さをもって円周方向全周に連続するシールド溝部を有し、前記係止部材が、前記シールド溝部に取り付けられた金属板製のシールドからなるとよい。このようにすると、一般的なシールド付玉軸受用の軌道輪、シールドを一方の軌道輪、係止部材として採用することができる。さらに、シールドを兼ねる係止部材を採用すると、軸受外部から軸受内部への潤滑油の過剰流入を抑えるために係止部材を活用し、玉による潤滑油の攪拌抵抗を抑えることもできる。
【0020】
より好ましくは、前記係止部材の前記対向部が、円周方向に延びる溝状を成すように前記金属板に形成されたリブを含むとよい。このようにすると、保持器を規制する際の対向部の耐変形性をリブで向上させ、対向部の傾きを抑制することができ、また、リブを油溜りの溝として機能させて油膜形成を促進することもできる。
【0021】
前記保持器が、エンジニアリングプラスチックによって形成されているとよい。前述のように遠心力による保持器の変形を抑えて異常発熱を防ぐと共にせん断抵抗による発熱を抑えることが可能なため、エンジニアリングプラスチックに比して高価なスーパーエンジニアリングプラスチックの使用を避けて、保持器の製造コストを抑制することができる。
【発明の効果】
【0022】
上述のように、この発明は、上記構成の採用により、遠心力による保持器の変形を抑えると共に、ポケット部と玉間での潤滑油のせん断抵抗を抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】この発明の第一実施形態に係る玉軸受を示す断面図
図2】第一実施形態に係る玉軸受の使用例を示す概念図
図3図1の保持器の軸方向一方側を示す斜視図
図4図1の保持器の軸方向他方側を示す斜視図
図5図1のV-V線の切断面の部分拡大断面図
図6】この発明の第二実施形態に係る玉軸受を示す断面斜視図
【発明を実施するための形態】
【0024】
この発明に係る玉軸受の一例としての第一実施形態を図1図5に基づいて説明する。
【0025】
図1に示す玉軸受10は、外方の軌道輪1と、外方の軌道輪1に対して同軸に配置された内方の軌道輪2と、これら軌道輪1、2間に配置された保持器3と、保持器3によって円周方向に所定のピッチで並ぶように配置された複数の玉4と、を備える。
【0026】
ここで、保持器の回転中心線に沿った方向のことを「軸方向」という。また、その保持器の回転中心線回りに一周する円周に沿った方向のことを「円周方向」という。また、その保持器の回転中心線に直交する方向のことを「半径方向」という。また、軸方向一方と他方の概念は、その保持器を基準に考えた方向である。また、内径又は外径は、保持器の回転中心線と同心の仮想内接円又は仮想外接円の直径を意味する。図1において、左右方向は軸方向に相当し、軸方向一方を左方とし、軸方向他方を右方とする。また、図1において、半径方向は上下方向に相当し、上方向は半径方向外方に相当し、下方向は半径方向内方に相当する。
【0027】
外方の軌道輪1は、外方の軌道面1aを含む内周を有する環状の軸受部品である。内方の軌道輪2は、内方の軌道面2aを含む外周を有する環状の軸受部品である。外方の軌道面1aと内方の軌道面2aは、それぞれ断面円弧状の軌道溝からなる。図示では、深溝玉軸受用かつシールド玉軸受用の軌道輪1、2を例示している。
【0028】
一般に、外方の軌道輪1と内方の軌道輪2の一方が、回転軸(図示省略)と一体に回転するように固定され、他方が、回転軸に対して静止するハウジング(図示省略)に固定される。図示例では、dmn220万で運転可能な玉軸受を想定している。このため、玉軸受10は、潤滑油(図示省略、以下、同じ)で軸受内部を潤滑する油潤滑方式で使用される。このような高速運転の用途として、例えば、図2に概念的に示すように、モータ5の回転軸5aをハウジング6に対して回転自在に支持する場合が挙げられる。モータ5は、例えば、自動車の駆動源となる電動モータである。
【0029】
図1図3に示すように、複数の玉4は、外方の軌道面1aと内方の軌道面2aとの間に配置されている。保持器3は、複数の玉4を円周方向に均等に配置する。
【0030】
保持器3は、玉4の円周方向位置を保つポケット部3aを円周方向の複数箇所に有し、かつ複数の玉4の公転に伴って複数のポケット部3aと一体に円周方向に回転できるように連なった軸受構成要素の全体をいう。
【0031】
保持器3は、樹脂製のものである。ここで、樹脂製とは、保持器3の全体が樹脂によって形成されていることを意味する。その樹脂の概念には、一種単独のもの、二種以上を混ぜたもの、一種以上の樹脂を母材として補強材(例えばガラス繊維、炭素繊維等)を混在させたもの(いわゆる繊維強化樹脂)が包まれる。高速回転に適した玉軸受にする場合、繊維強化樹脂を採用することが好ましい。
【0032】
保持器3では、前述の樹脂として、エンジニアリングプラスチックが採用されている。エンジニアリングプラスチックは、一般に、耐熱性が100℃以上120℃以下であり、強度が50MPa以上、曲げ弾性率が2.4GPa以上であるプラチックのことをいう。
【0033】
エンジニアリングプラスチックの主なものとして、例えば、ポリアミド(PA,PA6,PA9,PA46,PA66)、ポリアセタール(POM)、ポリカーボネート(PC)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)等が挙げられ、繊維強化樹脂としては、(PA46又は66+ガラス繊維)や(PA9T+炭素繊維)が挙げられる。
【0034】
保持器3の全体は、軸方向に二分割の金型を用いた射出成形によって一体に形成されている。
【0035】
図1図3に示すように、ポケット部3aは、玉4を収めるための空間を形成する凹面部であって、保持器3の軸方向一方の側面に開口した形状である。複数のポケット部3aは、円周方向に一定ピッチで配置されている。玉4は、一般的な冠形保持器と同様に、保持器3の軸方向一方の側面の開口からポケット部3aに収められる。
【0036】
図3図4に示すように、保持器3の外周と内周には、それぞれ複数のポケット部3aよりも軸方向他方の位置に円筒面3b,3cが形成されている。外周側の円筒面3bは、保持器3の外径を規定する。内周側の円筒面3cは、保持器3の内径を規定する。保持器3の外周のうち、円周方向に隣り合うポケット部3a間の部分の外径面は、外周側の円筒面3bと同径の円弧面状になっている。保持器3の内周のうち、円周方向に隣り合うポケット部3a間の部分の内径面は、内周側の円筒面3cと同径の円弧面状になっている。
【0037】
図3に示すように、保持器3の軸方向一方の側面のうち、円周方向に隣り合うポケット部3aの先端間の部分は、円周方向に沿って連続する円弧面状の幅面3dになっている。ここで、幅面は、ある部材の幅(軸方向の全長)を規定する一端の表面部のことをいう。
【0038】
図1図3に示すように、ポケット部3aは、保持器3の外周及び内周にも開口した形状である。そのポケット部3aのうち、玉4と当接可能な部分は、玉4に沿う凹球面状になっている。すなわち、玉4は、円周方向の両方、軸方向他方、半径方向内方及び外方に向かってポケット部3aと対向する。
【0039】
ポケット部3aと玉4との間にポケットすきまが設定されている。保持器3は、ポケットすきまの範囲内で複数の玉4に対して自由に移動することができる。遠心力によって保持器3が変形し、ポケットすきまが負になると、ポケット部3aが玉4に干渉し、これらが異常に強く接触することになる。ポケットすきまを大きくすれば、その干渉は起こり難くなるが、音響特性が悪化する。すなわち、玉軸受の高速回転時、玉軸受の荷重負荷領域に出入りする際の玉4の進み遅れが原因で玉4がポケット部3aに当接する。この当接によって玉4の円周方向位置が保たれるが、ポケットすきまが大き過ぎると、その当接の際の衝突音が問題になる。高速回転時の音響特性を実用的なレベルにするため、ポケットすきまを0.2mm以下に設定することが好ましい。
【0040】
ここで、図1に示すように、ポケット部3aの軸方向の深さをHとし、玉4の直径(玉径)をdとする。深さHは、ポケット部3aの先端に接する仮想ラジアル平面と、当該ポケット部3aの底に接する仮想ラジアル平面間の距離に相当する。ここで、仮想ラジアル平面は、保持器3の回転中心線に直交する仮想平面である。ポケット部3aの先端は、ポケット部3aのうち、最も軸方向一方に位置する部分である。ポケット部3aの底は、ポケット部3aのうち、最も軸方向他方に位置する部分である。なお、深さHは、保持器3のうち、ポケット部3aを形成するように軸方向一方へ突き出た突出部分の軸方向長さに一致している。
【0041】
玉軸受の高速回転時、前述のように玉4の進み遅れが原因で玉4がポケット部3aに円周方向に当接したとき、玉4がポケット部3aを乗り越えることが起こってはならない。このような事態を防止するため、0.15d≦Hに設定されている。
【0042】
一方、ポケット部3aの深さHを小さくする程、ポケット部3aを半径方向、円周方向に小さくし、また、遠心力の影響を受けにくい保持器形状にすることが可能になる。このことは、保持器3のリング部の半径方向長さを短くすることでポケット部3aと玉4間の対向範囲を小さくし、この間における潤滑油のせん断抵抗を抑制することにも有利である。すなわち、H/dが小さいほど、玉4とポケット部3aとの対向面積が小さくなり、その結果、玉4とポケット部3a間の潤滑油のせん断抵抗が小さくなるため、保持器3の回転トルクを低減することが可能になる。また、せん断抵抗を小さくすると、保持器3付近での発熱量も抑えられるため、本実施形態のような高速回転対応に好適である。
【0043】
様々なH/dにおいて、玉によるポケット部の乗り越えや、遠心力による保持器変形について評価した結果を表1に星取表で示す。
【0044】
【表1】
【0045】
表1において、項目「乗り越え」は、前述の乗り越えの防止性能についての評価結果を示し、項目「遠心力の影響」は、遠心力によるポケット部変形の抑制性能についての評価結果を示し、項目「せん断抵抗」は、玉とポケット部間の潤滑油のせん断抵抗についての評価結果を示し、項目「総合評価」は、玉軸受の高速運転への好適性についての評価結果を示す。これら各項目おいて「◎」は極めて良好、「○」は良好、「×」は悪い、をそれぞれ意味する。
【0046】
表1に示すように、H>0.65dに設定する場合、従来の冠形保持器と同様、ポケット部と玉の係合のみで保持器の軸方向他方への移動を規制できるようなポケット部形状にすることは可能であるが、エンジニアリングプラスチック製の保持器を採用すると、dmn値で200万を超えるような高速回転においてポケット部が玉に干渉する懸念が特に高くなる。
【0047】
また、H≦0.65dに設定すると、保持器3のうち、ポケット部3aを形成するための突出部分の軸方向長さを短くし、この突出部分の軽量化を図り、保持器3が遠心力の影響を受けにくくすることができる。
【0048】
図示例の保持器3では、H<0.5dに設定されている。より具体的には、H=0.25d以下に設定されている。
【0049】
H≦0.5dである場合、前述の射出成形において、ポケット部3aがアンダーカットにならず、離型時にポケット部3aの形状が歪むことはない。このため、ポケット部3aの寸法精度が良好になる。
【0050】
H<0.5dの場合、保持器3の軸方向一方の側面におけるポケット部3aの開口幅を玉4の直径dよりも小さくしなければならない。このため、ポケット部3aが軸方向他方に向かって玉4と係合することはできない。0.5d<H≦0.65dに設定し、ポケット部の形状を軸方向他方に向かって玉4と当接可能な形状にしたとしても、掛かりの浅い当接になる。このため、玉軸受が高速回転する場合、その当接のみで保持器3の軸方向他方への移動を規制することに不安がある。特に、H<0.5dの場合、玉4がポケット部3aに当接するとき、その当接方向が軸方向他方に近くなり、玉4からポケット部3aを軸方向他方に押す分力が大きくなる。各玉4からの軸方向他方の分力が合わさった誘起スラスト荷重が保持器3に負荷されるため、保持器3が軸方向他方へ移動させられる。
【0051】
そこで、内外の軌道輪1、2の一方に対して保持器3が軸方向他方に向かって係合可能な後述の構造を採用し、その係合を利用して保持器3の軸方向他方への移動を規制することにより、深さHと玉径dの関係をH≦0.65dに設定できるようにしている。
【0052】
具体的には、玉軸受10は、外方の軌道輪1に取り付けられた係止部材7をさらに備える。外方の軌道輪1は、当該軌道輪1の軌道面1aよりも軸方向他方の位置にシールド溝部1bを有する。シールド溝部1bは、半径方向に深さをもって円周方向全周に連続する。 シールド溝部1bは、軌道面1aを形成する肩部と、軌道輪1の軸方向他方側の幅面との間に位置し、全周で図示の断面形状を有する。
【0053】
係止部材7は、シールド溝部1bに取り付けられた金属板製のシールドからなる。図示の係止部材7は、一般にZ形と称され、冷間圧延鋼板をプレス加工することによって全体が一体に形成されたものである。
【0054】
係止部材7は、シールド溝部1bに保持された基端部7aと、保持器3に対して軸方向他方に配置された対向部7bとを有する。
【0055】
基端部7aは、シールド溝部1bに加締められることにより、軸方向の両方に移動できないようにシールド溝部1bに保持されている。
【0056】
対向部7bは、保持器3の軸方向他方への移動を規制できるように保持器3に対して軸方向他方に配置されている。Zシールドの一部としての対向部7bは、円周方向に沿って全周に連続する円環板部と、この円環板部から基端部7aに向かって軸方向一方へ傾いた斜板部とによって構成されている。対向部7bの軸方向一方側の側面は、半径方向及び円周方向に沿って全周に連続する円環面7cを含む。
【0057】
なお、係止部材7は、シールドとして機能させるため、内方の軌道輪2との間にラビリンスシールを形成するように対向部7bから軸方向一方へ曲げられた先端部を有する。係止部材7の先端部は、保持器3と内方の軌道輪2との間に位置する。係止部材7の先端部や対向部7bの前述の斜板部は、誘起スラスト荷重に対する対向部7bの耐変形性を向上させ、保持器3の軸方向他方への移動を規制する際の対向部7bの傾きを抑制することに有効である。
【0058】
図1図5に示すように、保持器3と係止部材7との間に半径方向および軸方向のクリアランスが設定されている。このため、係止部材7と保持器3との間には軸受内部の潤滑油が供給される。保持器3が高速回転する場合、保持器3に連れ回される潤滑油が、遠心力の作用で外方の軌道輪1側へ送られるので、係止部材7と保持器3との間に潤滑油が向かい易くなる。
【0059】
保持器3は、転動体案内型であってもよいし、軌道輪案内型であってもよい。保持器3と外方の軌道輪1間、保持器3と内方の軌道輪2間、保持器3と係止部材7間の各間でポケットすきまに比して大きなクリアランスを設定すれば、保持器3は、複数の玉4によって半径方向に案内される転動体案内型のものとなる。図示例のような転動体案内型の場合、係止部材7と保持器3間の半径方向のクリアランスが前述のポケットすきまよりも大きいため、玉4で案内される保持器3が係止部材7を半径方向に強く押すことはなく、また、保持器3と両軌道輪1,2との間に隙間を確保し、係止部材7と保持器3間への潤滑油の流入経路を確保することもできる。
【0060】
係止部材7の対向部7bは、保持器3の軸方向他方の側面と軸方向に対向する。その保持器3の軸方向他方の側面は、図1図4に示すように、円筒面3b,3cの軸方向他方の周縁間に亘る表面部分からなる。外周側の円筒面3bの幅は、内周側の円筒面3cの幅よりも短い。外周側の円筒面3bの軸方向他方の周縁から傾斜面3eが形成されている。傾斜面3eは、半径方向内方に向かって軸方向他方に一定の傾きを有する。傾斜面3eと内周側の円筒面3cとの間には、半径方向及び円周方向に沿った平坦面3fと、平坦面3fから軸方向他方に高さをもった二つ以上の突起3gとが形成されている。
【0061】
これら突起3gは、図4図5に示すように、円周方向に間隔をおいて並ぶように配置されている。突起3gは、平坦面3fから軸方向に一定の高さをもって、半径方向に真っ直ぐ延びている。突起3gは、図5に示すように、対向部7bの円環面7cとの間に円周方向に向かって軸方向に狭くなるくさび状の空間を形成する。
【0062】
前述のくさび状は、図5の断面視において、突起3gに対する接線と、円環面7cとが成すくさび角度に基づいて規定される。突起3gは、円周方向に沿った任意の断面において半円状になっている。このため、くさび角度は、突起3gの先端(突起3gの中で最も軸方向に高い位置)に近くなる程、小さくなる。このようにくさび角度を次第に小さくする突起3gの形状であれば、突起3gが円環面7cに向かって尖った先端をもたない。このため、玉軸受の高速回転時、誘起スラスト荷重によって突起3gの先端が油膜に押し付けられても、油膜切れを防止することができる。
【0063】
前述の軸方向のクリアランスcは、突起3gの先端と、対向部7bの円環面7cとの間で設定されている。保持器3の軸方向他方の側面のうち、突起3g以外の部分は、係止部材7と軸方向に接触できない。
【0064】
玉軸受の回転時、隣り合う突起3g間の隙間には、潤滑油が入り込み、保持器3の回転に伴い、突起3gが対向部7bの円環面7cに対して摺動する。前述の隙間に存在する潤滑油は、突起3gによって当該突起3gと円環面7cとの間に引き摺り込まれる。この際、前述のくさび状の空間の狭小側に向かって潤滑油が引き摺り込まれて動圧が発生し、油膜の圧力が高まるくさび効果が生じる。この効果により、油膜の形成が促進され、突起3gと円環面7c間の油膜が厚くなる。また、多くの突起3gが高速に周回すると、円環面7c上には全周に連続する油膜が形成され、各突起3gによるくさび効果が途絶えることなく生じる。このため、保持器3と係止部材7間の周速差が所定以上のとき、各突起3gと円環面7cを完全に分離させる油膜が形成される。したがって、保持器3と係止部材7間の摩擦状態が流体潤滑状態になる。
【0065】
その流体潤滑状態の実現には、保持器3と係止部材7間の周速差も重要であるから、外方の軌道輪1が静止輪である場合に突起3gが特に有効となる。例えば、図2に示すモータ5の回転軸5aが800rpmのときに保持器3と係止部材7間の摩擦状態が流体潤滑状態となれば、電動モータ5の駆動開始後、速やかに突起3gと円環面7cの摩耗が実質的に起こらない状態となる。突起3gは、所定の潤滑油、油温、周速差において流体潤滑状態を実現可能な態様に設ければよく、突起間のピッチ、突起の軸方向高さ、突起の断面形状等は図示のものに限定されない。
【0066】
図1に示す保持器3が誘起スラスト荷重を負荷されて、前述のクリアランスc以上に軸方向他方へ移動しようとすると、図5に示す各突起3gは、非流体潤滑状態の場合、軸方向他方に向かって対向部7bの円環面7cに接触し、流体潤滑状態の場合、油膜を介して非接触に対向部7bと係合することになる。この係合により、それ以上の保持器3(図1も参照のこと。)の軸方向他方への移動が阻止されるので、保持器3の軸方向他方への抜けが起こらない。
【0067】
勿論、軸方向のクリアランスcは、突起3gと対向部7bが係合する状態のときに、ポケット部3aで玉4の円周方向位置を保てる範囲内の値に設定されている。また、クリアランスcは、前述の流体潤滑状態を実現可能にするため、1.5μmよりも十分に大きく設定されている。
【0068】
玉軸受10は、上述のようなものであり、外方の軌道輪1と内方の軌道輪2のうちのいずれか一方の軌道輪としての外方の軌道輪1に取り付けられた係止部材7を備え、その係止部材7が保持器3の軸方向他方への移動を規制できるように保持器3に対して軸方向他方に配置された対向部7bを有するので、図1図5に示す保持器3の軸方向他方への移動を保持器3と係止部材7の対向部7bとの係合で規制することができる。このため、保持器3の軸方向一方の側面で開口した形状であるポケット部3aの軸方向の深さHと、玉4の直径dとの関係をH≦0.65dに設定することが可能である。そして、玉軸受10は、H≦0.65dに設定されているので、ポケット部3aを形成するための突出部分を短くして軽量化し、遠心力による保持器3の変形を抑えると共に、ポケット部3aと玉4間でのせん断抵抗を抑えることができる。また、玉軸受10は、0.15d≦Hに設定されているので、ポケット部3aで玉4の円周方向位置を保つ保持器3本来の機能を確保することもできる。
【0069】
特に、玉軸受10は、H<0.5dに設定されているので、遠心力による保持器3の変形や前述のせん断抵抗をより抑えることができ、射出成形品である場合にはポケット部3aの寸法精度が良好になる。
【0070】
また、玉軸受10は、H<0.5dに設定されているので、従来の冠形保持器のような爪部をもたず、保持器3の各ポケット部3aに玉4を収める際、ポケット部3aに玉4を押し込むことなく、軌道輪1、2間に配置された複数の玉4に保持器3を所定の位置に置くだけで済み、ポケット部3aの玉入れが容易である。所定の位置に置かれた保持器3は、係止部材7をシールド溝部1bに圧入して外方の軌道輪1に取り付けると、もはや脱落できない状態となる。これらのことから、玉軸受10は、組立て性が良好なものとなる。
【0071】
また、玉軸受10は、係止部材7と保持器3との間に軸方向のクリアランスcが設定され、係止部材7の対向部7bと保持器3のうちのいずれか一方としての保持器3が、他方としての対向部7bとの間に円周方向に向かって軸方向に狭くなる空間を形成する二つ以上の突起3gを有し、これら突起3gが円周方向に間隔をおいて並ぶように配置されているので、係止部材7の対向部7bと保持器3の対向する二側面間に潤滑油が入り込み、突起3gが対向部7bとの間に形成するくさび状の空間の狭くなる方へ潤滑油を引き摺ると、くさび効果が生じる。このため、玉軸受10は、対向部7bと保持器3の対向する二側面間で油膜の形成を促進し、保持器3と対向部7bの摩耗を防止することができる。
【0072】
特に、保持器3と係止部材7の周速差が所定以上になると、円周方向に間隔をおいて並ぶ各突起3gが高速に周回しながら潤滑油を引き摺るため、対向部7bで円周方向に油膜が連続する状態に保たれ、くさび効果が途絶えることなく生じて、保持器3と係止部材7間の摩擦状態が流体潤滑状態になり、対向部7bと保持器3の油膜を介した非接触の係合によって保持器3の軸方向他方への移動が規制される。このため、玉軸受10は、高速回転時でも前述の摩耗を良好に防止することができる。
【0073】
また、玉軸受10は、それら突起3gが保持器3に形成されているので、それら突起3gを一体成形した保持器3を用意するだけで済み、係止部材7として汎用品を採用することができる。
【0074】
また、玉軸受10は、一方の軌道輪としての外方の軌道輪1が当該軌道輪1の軌道面1aよりも軸方向他方の位置で半径方向に深さをもって円周方向全周に連続するシールド溝部1bを有し、係止部材7がシールド溝部1bに取り付けられた金属板製のシールドからなるので、公知のシールド付玉軸受用の軌道輪、シールドの仕様に基づく一方の軌道輪1、係止部材7を採用することができる。また、保持器3に対して軸方向他方に係止部材7を配置するだけなので、一般的なシールド付玉軸受の軸方向に関するレイアウトに影響がなく、玉軸受10の組立ラインと組立工程は、従来の冠形保持器を備える玉軸受と同じにすることができる。
【0075】
さらに、玉軸受10は、シールドを兼ねる係止部材7を採用しているので、軸受外部から軸受内部への潤滑油の過剰流入を抑えるために係止部材7を活用し、玉4による潤滑油の攪拌抵抗を抑えて、玉軸受10の回転トルク低減や通常時の発熱対策を図ることもできる。
【0076】
また、玉軸受10は、保持器3がエンジニアリングプラスチックによって形成されているので、高価なスーパーエンジニアリングプラスチックの使用を避けて、保持器の製造コストを抑制することができる。
【0077】
第一実施形態では、一般的なZシールドを係止部材7として採用したが、専用設計のシールドを係止部材として採用することも可能である。その一例としての第二実施形態を図6に示す。なお、以下では、第一実施形態との相違点を述べるに留める。
【0078】
第二実施形態に係る係止部材の対向部は、その円環面7cから軸方向他方へ凹んだリブ7dを含む。リブ7dは、円周方向に延びる溝状を成すように金属板に形成されている。第二実施形態では、誘起スラスト荷重を負荷された保持器3を規制する際の対向部の耐変形性をリブ7dで向上させ、対向部の円環面7cの半径方向に対する傾きを抑制することができ、ひいては突起3gと円環面7c間のくさび状の空間を適切に維持することができる。また、リブ7dは、潤滑油が溜まる溝としても機能するため、突起3gと円環面7c間に潤滑油を潤沢に存在させて、油膜形成を促進することができる。なお、リブ7dとして円環面7cに対して半径方向内方の位置で全周に連なる態様を例示したが、円周方向に断続的にリブを形成してもよい。
【0079】
前述の各実施形態では、外方の軌道輪に係止部材を取り付ける例を示したが、内方の軌道輪に係止部材を取り付けてもよい。
【0080】
また、各実施形態では、保持器側に突起を形成した例を示したが、保持器の軸方向他方の側面に円環面を形成し、係止部材の軸方向一方の側面に二つ以上の突起を形成してもよい。
【0081】
また、各実施形態では、係止部材としてシールドを採用した場合を例示したが、係止部材はシールド以外の汎用品に変更してもよいし、保持器の規制専用の部材にしてもよい。
【0082】
また、各実施形態では、係止部材の取り付け構造として、一般的なシールド溝部とZシールドの基端部を例示したが、これでは誘起スラスト荷重に抗して基端部を固定できない場合、専用設計のシールド溝部や基端部に変更すればよい。すなわち、誘起スラスト荷重を受けるシールド溝部の軸方向他方側が係止部材の基端部を他方の軌道輪(内方の軌道輪2)の方へ押す半径方向分力の発生を抑えれば、基端部をシールド溝部から抜けにくくすることが可能である。例えば、シールド溝部の軸方向他方側と係止部材の基端部における接触面は、半径方向に他方の軌道輪の方に向かって軸方向他方に向かう傾斜角度を10°以下の面にするとよい。この場合、シールド溝部を回転砥石で削る際の削り屑の排出性を良くするため、シールド溝部の軸方向一方側では、半径方向に他方の軌道輪の方に向かって軸方向一方に向かう傾斜角度をもたせ、この傾斜角度を前述の接触面の傾斜角度よりも大きく設定するとよい。
【0083】
また、各実施形態では、保持器3を一つだけ備える玉軸受10を例示したが、二つの保持器を備えてもよい。この場合、玉に対して両側に保持器を配置することになる。軌道輪1が両側にシールド溝部1bを有するから、各保持器の規制用に二つの係止部材を取り付けることも可能である。玉を二つの保持器のポケット部に収めるには、保持器同士の干渉を避けるため、ポケット部の深さHを0.5dよりも小さくし、それら保持器を玉の両側に配置しても、保持器同士が互いに軸方向に突き合う懸念はない。
【0084】
また、各実施形態では、深溝玉軸受用の軌道輪として軌道面に対して両側の肩部が同高さである標準的なものを例示したが、両肩部間で高さの異なる軌道輪に変更してもよい。
【0085】
今回開示された実施形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。したがって、本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0086】
1 外方の軌道輪(一方の軌道輪)
1a 外方の軌道面
1b シールド溝部
2 内方の軌道輪
2a 内方の軌道面
3 保持器
3a ポケット部
3g 突起
4 玉
7 係止部材
7b 対向部
7d リブ
10 玉軸受
図1
図2
図3
図4
図5
図6