(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-07
(45)【発行日】2023-02-15
(54)【発明の名称】ポリエステル系繊維材料の転写捺染法及び転写捺染されたポリエステル系繊維製品の製造方法
(51)【国際特許分類】
D06P 5/26 20060101AFI20230208BHJP
D06P 1/16 20060101ALI20230208BHJP
D06P 3/54 20060101ALI20230208BHJP
D06B 11/00 20060101ALI20230208BHJP
D21H 27/00 20060101ALI20230208BHJP
D21H 19/10 20060101ALI20230208BHJP
【FI】
D06P5/26
D06P1/16 Z
D06P3/54 Z
D06B11/00 E
D21H27/00 Z
D21H19/10 Z
(21)【出願番号】P 2020110617
(22)【出願日】2020-06-26
【審査請求日】2022-10-07
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】500448447
【氏名又は名称】株式会社丸保
(73)【特許権者】
【識別番号】390028048
【氏名又は名称】根上工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100094477
【氏名又は名称】神野 直美
(74)【代理人】
【識別番号】100078813
【氏名又は名称】上代 哲司
(72)【発明者】
【氏名】山田 英二
(72)【発明者】
【氏名】月縄 賢一
【審査官】福山 駿
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/156080(WO,A1)
【文献】特開2019-137943(JP,A)
【文献】国際公開第2017/111107(WO,A1)
【文献】特開平11-277921(JP,A)
【文献】特開昭50-83578(JP,A)
【文献】特開昭49-57190(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D06P 1/00-7/00
D06B 11/00
D21H 27/00
D21H 19/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
非昇華型分散染料によるポリエステル系繊維材料の転写捺染法であって、
基材に、IOB値が0.05~0.80である非水溶性極性有機化合物を付与して転写用紙を作製する工程、
前記転写用紙の上に非昇華型分散染料からなるインクを印刷して転写紙を作製する工程、
前記転写紙をポリエステル系繊維材料に密着して加圧・加熱する工程
を有することを特徴とするポリエステル系繊維材料の転写捺染法。
【請求項2】
非昇華型分散染料によるポリエステル系繊維材料の転写捺染法であって、
基材上に、非昇華型分散染料からなるインクを印刷した後、IOB値が0.05~0.80である非水溶性極性有機化合物を付与して転写紙を作製する工程、
前記転写紙をポリエステル系繊維材料に密着して加圧・加熱する工程
を有することを特徴とするポリエステル系繊維材料の転写捺染法。
【請求項3】
前記非水溶性極性有機化合物の基材への付与が、前記非水溶性極性有機化合物の1種単独もしくは2種以上の混合物及び助剤との混合物として、固体を分散した状態又は液体の状態で基材上への塗布により行われることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のポリエステル系繊維材料の転写捺染法。
【請求項4】
前記助剤が、セルロース誘導体、分散剤、界面活性剤、増粘剤、保湿剤、濃染化剤、表面張力調整剤、水溶性高分子、防腐剤、防黴剤、脱気剤、消泡剤、金属イオン封鎖剤及び還元防止剤からなる群より選択された1種又は2種以上であることを特徴とする請求項3に記載のポリエステル系繊維材料の転写捺染法。
【請求項5】
前記非水溶性極性有機化合物が、IOB値が0.10~0.70の非水溶性極性有機化合物であることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載のポリエステル系繊維材料の転写捺染法。
【請求項6】
前記非水溶性極性有機化合物が、高級脂肪酸類、高級脂肪酸類のエステル、高級脂肪酸類の金属塩、ポリアルキレングリコール、ポリアルキレングリコールのエステル、芳香族カルボン酸類及び芳香族カルボン酸エステル化合物からなる群より選択された1種又は2種以上であることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載のポリエステル系繊維材料の転写捺染法。
【請求項7】
前記非水溶性極性有機化合物が、UV吸収性化合物であることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載のポリエステル系繊維材料の転写捺染法。
【請求項8】
前記非昇華型分散染料からなるインクが、Sタイプ又はSEタイプの分散染料の中から選択された1種又は2種以上の分散染料を用いたインクジェット用インク、グラビアインク、又はフレキソインクであることを特徴とする請求項1ないし請求項7のいずれか1項に記載のポリエステル系繊維材料の転写捺染法。
【請求項9】
前記転写紙をポリエステル系繊維材料に密着して加圧・加熱する工程が、100g/cm
2~1kg/cm
2に加圧した状態で、150~205℃に加熱して行われることを特徴とする請求項1ないし請求項8のいずれか1項に記載のポリエステル系繊維材料の転写捺染法。
【請求項10】
前記ポリエステル系繊維材料が、ポリエチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリ乳酸、解重合ポリエステル、カチオン可染ポリエステル、常温可染ポリエステル及びアルカリ減量ポリエステルからなる群より選ばれるポリエステル系繊維の織物、編物、不織布、シートもしくはフイルム、又は前記ポリエステル系繊維と他の合成繊維及び天然繊維からなる群より選ばれる繊維との混紡、混繊又は交織品であることを特徴とする請求項1ないし請求項9のいずれか1項に記載のポリエステル系繊維材料の転写捺染法。
【請求項11】
請求項1ないし請求項10のいずれか1項に記載のポリエステル系繊維材料の転写捺染法を含むことを特徴とする転写捺染されたポリエステル系繊維製品の製造方法。
【請求項12】
非昇華型分散染料によるポリエステル系繊維材料の転写捺染法に使用される転写用紙であって、基材及び前記基材に付与されたIOB値が0.05~0.80である非水溶性極性有機化合物を有することを特徴とする転写用紙。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は非昇華型分散染料を用いたポリエステル系繊維材料の転写捺染法及び転写捺染されたポリエステル系繊維製品の製造方法に関する。詳しくは、本発明は、非昇華型分散染料を用いてポリエステル系繊維材料に堅牢度の優れた捺染を行う転写捺染法であり、IOB値が0.05~0.8の範囲に入る非水溶性極性有機化合物を基材に付与してなる転写用紙上に非昇華型分散染料を含むインク等を印刷して得た転写紙を、ポリエステル系繊維材料に密着して加圧・加熱処理することを特徴とする転写捺染法及び転写捺染されたポリエステル系繊維製品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
繊維材料に染料で捺染又は染色する方法としては、種々の方法が提案されている。先ず、公知の種々の方法について説明する。なお、前記の基材は、紙(原紙と言うこともある)、フイルム等であり、前記紙には、通常の紙の他、塗工紙等も含まれ、前記フイルムには、合成樹脂のフイルムの他、天然系や半合成樹脂のフイルム等も含まれる。
【0003】
特公昭61-43473号公報(特許文献8)、特公昭54-74105号公報(特許文献9)、特開平9-226087号公報(特許文献10)、特許第4008663号公報(特許文献11)、特許第3515779号公報(特許文献12)等には、分散染料の色糊を用いるスクリーン捺染、ローラー捺染、ロータリースクリーン捺染法、無地染めの場合の、液流染色機、ジッガー染色機、ウインス染色機を用いる方法が記載されている。しかしこれらの方法の場合は、多量の色糊を使用する上に余剰色糊を作る必要があるので洗浄工程に於ける排水負荷が大きく、無地染め法の場合は染色時及びソーピング工程で多量の水を使用するので排水負荷が大きい点に問題がある。又、これらの公知の捺染法は、作業工程が多く複雑で典型的な労働集約型産業であること、微妙な色出し・型合わせ等、熟練工が居ないと不良品の発生率が高くなる等の問題点が多い。
【0004】
コンピュータで画像処理を行い、水性分散染料インクを用いてインクジェット方式によって、糊で前処理した生地にダイレクトにプリントする無製版プリント法(ダイレクト法)が、特許第3774569号公報(特許文献13)、特公平5-36545号公報(特許文献14)に記載されている。しかし、この方法では、様々な生地にはそれぞれ異なった糊剤を用いた前処理工程が不可欠であり、不適切な前処理により糊斑による仕上がり差の発生、生地の送りベルトの蛇行による柄斑の発生、脱糊性の悪い糊は生地の風合いが硬くなり易い、搬送ベルトに生地を密着させないとプリンターヘッドの故障の原因になる、糊とインクの使用量が多いので排水の環境負荷が大きい、等の問題がある。さらに、タオルや帆布の様な厚手の生地の場合は精細な加工が困難である、薄手のナイロンやポリエステル生地の場合は、インクの流れ、滲みが発生し易く均染性や精細性の面から加工が困難な生地が多い、プリントした後に高温スチーミング工程と洗浄工程が不可欠であり、排水負荷が大きく、又工程数が多くコストアップの原因となるとの問題もある。
【0005】
特許第2925562号公報(特許文献15)、特開平06-287870号公報(特許文献16)には布帛を水で湿らせ転写紙と合わせ強く圧着・転写する湿式転写法が記載されているが、この方法では、図柄の繊細性と再現性に欠ける問題が生じやすい上に使用した糊は全量排水へ流れるので環境負荷が大きいのも問題である。
【0006】
特許第4058470号公報(特許文献17)、特開平06-270596号公報(特許文献18)には、離型紙の上にインク受容層を塗布乾燥し、次いでプリントされたインク受容層を布帛へ乾式転写し、離型紙を剥離した後、染料をスチーミング等で固着処理する方法が開示されている。しかし、この方法で用いる離型紙(転写用原紙)は、離型剤を塗布する工程のコストが高く離型剤の種類によっては、製造原価が一般的な原紙の数倍になる。又、転写工場の湿度や転写紙の保管条件が不適切であると、インク受容層を100%転写出来ないことがあり、その様な場合は不良品の発生をもたらされ、水不溶性の離型剤を塗布した紙のリサイクル使用も困難である。
【0007】
特許第4778124号公報(特許文献19)には、安価な市販の紙を用いて、インク受容層兼接着層として、加熱・加圧により布帛との一時的接着力が強くなる水溶性合成系バインダーを用い、更に、この水溶性合成系バインダーとの相容性がよく、かつプリントする染料インクを均一に吸収保持し、染着を阻害せず、染料固着処理後の水洗で落ち易い天然系糊剤をこのバインダーに適量配合し、更に助剤を加えた混合物を塗工機で付与し乾燥させて捺染用紙を得て、この捺染用紙に染料インクを印刷した捺染紙を布帛に貼付けた状態でスチーミング発色する方法が記載されている。この方法は生地の前処理が不要である点は優れた加工法であるが、圧着工程、発色工程(スチーミング)、ソーピング工程が必要で排水負荷が多いのが欠点である。
【0008】
ポリエステル系繊維材料に分散染料で捺染又は染色する方法として、昇華型分散染料を用いた昇華転写法、分散染料の色糊を用いるスクリーン捺染、ローラー捺染、ロータリースクリーン捺染が知られており、無地染めの場合は、液流染色機、ジッガー染色機、ウインス染色機等を用いる方法が工業的に実施されている。
【0009】
昇華転写法で用いられる昇華型分散染料とは、特開平8-11447号公報(特許文献1)段落0027に記載されているような分子量が230~370の範囲にある低分子量の分散染料(Eタイプ分散染料と呼ばれる)であり、ポリエステル繊維材料が加熱による風合いの劣化(硬化)が生じない温度条件、特開平8-60565公報(特許文献2)段落0014、0015に記載がある通り、好ましくは180~200℃程度での加熱により、気化して空気中を煙の様に浮遊する性質を有する染料である。この昇華型分散染料を昇華転写用紙に印刷した転写捺染紙をポリエステル生地に密着して加圧・加熱する転写捺染法を、昇華転写捺染法と言う。
【0010】
特開2017-52247号公報(特許文献3)段落0009に記載されているように、昇華転写捺染法では、CMCの様な水溶性糊剤を原紙に塗布してインク受容層を形成した昇華転写用紙を用いるのが一般的である。インク受容層の形成により、印刷した昇華型染料の原紙内部へ浸透・拡散を防いで図柄のシャープ性を維持し、転写工程に於いて昇華した染料が被染色物である繊維とは反対側へ飛び出すことを抑制できる。その結果、染料のロスや転写装置の汚染を低減し、染料の有効転写率を高めることができる。
なお、前記水溶性糊剤の代わりに染料と親和性を有する非水溶性樹脂を用いてインク受容層を形成すると、染料が非水溶性樹脂に捕まえられるため染料の有効転写率が低下する。
【0011】
昇華転写捺染法に使用する昇華転写機としては、連続法による多量生産の場合は、特開2016-108697号公報(特許文献4)に記載がある様な輪転式(ドラム型)昇華転写機が用いられる場合が多く、少量多品種生産の場合、例えばTシャツプリントの場合は、特開2002-69866号公報(特許文献5)に記載がある様な平板転写機を用いる場合が多い。
【0012】
昇華転写法には、
フルカラーでデジタルデータや画像データをそのままプリントできる、
写真の様に細かいデザインや文字をシャープに仕上げることが出来る、
グラデーションの再現が容易である、
工程が単純で排水が出ないため、環境にやさしい加工法である、
樹脂(接着剤)を用いる顔料プリント法に比べて繊維の硬化が無く風合いが優れている、等のメリットが考えられている。
一方、昇華転写されたポリエステル生地にアイロンや乾燥機により熱をかけたとき、染料が気化して、色落ち、他繊維への色移りが発生する等のデメリットが考えられており、製品の物流段階で倉庫や船舶内で高温に晒されて多量に不良品が発生したとの事例がある。又、昇華型染料は一般的に紫外線に弱いという特徴があるため、日光に晒されると退色し易いという問題もある。
【0013】
この耐熱性及び耐光性が劣るとの問題は、アパレル製品にとっては致命的な欠陥であるので、昇華転写製品の用途は、のぼり旗、タペストリー、懸垂幕、マグカップ、パネル、バッグ、Tシャツ等の一時的プリントに限られており、厳しい品質が求められる日本のアパレル業界に於いて、昇華転写法はアパレルには不向きと言われている。
又、使用後の昇華転写用紙は、再生紙としてリサイクル使用できないと言う問題もある。
【0014】
特許第6173641号公報(特許文献6)や特許第6465325号公報(特許文献7)には、ポリエステル系高分子材料に捺染を行うにあたり、天然系糊剤、カルボキシ誘導体及び助剤から成る混合物を安価な紙に均一に塗布して乾燥させて得られる捺染用紙上に、非昇華型分散染料液を印刷して得た捺染紙を、ポリエステル系高分子材料に重ね合わせて加圧・加熱するだけで転写捺染の全工程を完結させるポリエステル系高分子材料の一発法(一工程法)による転写捺染法が記載されている。
【0015】
特許文献6、特許文献7に記載の転写捺染法は、非昇華型分散染料を用いて昇華転写法と類似の工程で転写捺染でき、昇華転写法とほぼ同じメリットが期待できるとともに、昇華型染料を使用する場合の、耐熱性、耐光性が劣るとのデメリットも抑制された優れた転写法である。
しかしながら、非昇華型分散染料は昇華性が無く気化が極めて少ない染料であるので、発色濃度(染色力、染料の有効転写率)を高めるためには温度を上げて染料を溶融させる必要があり、この転写法は、工業的に望まれる転写時間1分以内の下では、転写温度は210~230℃で実施されている。一方、ポリエチレンテレフタレート繊維の融点は紡糸条件や糸の形状、織り方によって異なるが、232~267℃、ガラス転移点は68~81℃であり、転写温度が200℃を超えて高くなればなるほど繊維は硬化して風合いは悪化する。従って、200℃を超える高温転写が求められるこの転写法によれば、風合いが悪化して商品価値を失う可能性が高く、極端な場合は繊維が溶融して板状になり商品価値を完全に失うことがあるとの、致命的な欠点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【文献】特開平8-11447号公報
【文献】特開平8-60565号公報
【文献】特開2017-52247号公報
【文献】特開2016-108697号公報
【文献】特開2002-69866号公報
【文献】特許第6173641号公報
【文献】特許第6465325号公報
【文献】特公昭61-43473号公報
【文献】特公昭54-74105号公報
【文献】特開平9-226087号公報
【文献】特許第4008663号公報
【文献】特許第3515779号公報
【文献】特許第3774569号公報
【文献】特公平5-36545号公報
【文献】特許第2925562号公報
【文献】特開平06-287870号公報
【文献】特許第4058470号公報
【文献】特開平06-270596号公報
【文献】特許第4778124号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
前述の通り公知の捺染法、染色法には、工程数が多い、原材料費が高価である等の経済性の問題や排水負荷が大きいとの環境問題があった。
ポリエステル系繊維材料の捺染に関しては、特許文献3、4、5に記載されているような昇華転写法が提案されているが、製品の耐熱性及び耐光性すなわち堅牢度が劣るとの品質問題があり、アパレルには不向きと言われている。
特許文献6、7に記載されているような最新の方法によってそれらの問題は解決されたが、この方法では、発色濃度を高めるためには、高温で転写する必要があり、その結果、繊維材料を劣化させ風合い悪化という品質問題を生じるとの問題があった。
本発明は、前記の公知の捺染法、染色法の経済性の問題、排水負荷が大きいとの環境問題及び堅牢度が劣る等の問題を改良するとともに、さらに前記の高温で転写する方法の風合い悪化という品質問題を解決する方法であり、あらゆるアパレル製品の染色加工に適用可能で、環境に優しいエコロジーな新しい染色加工法を提供するものである。
即ち、本発明は、優れた経済性、環境対応性、堅牢度を維持するとともに、高温でダメージを受ける繊維材料の風合い悪化問題を解決しながら優れた染色力を得ることができる染色加工法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者等は、インクジェットプリント方式又はグラビア印刷方式、又は無地(ベタ)ロールを使用する等の公知の印刷方式で、ポリエステル系繊維材料への堅牢度、経済性、染色性に優れた転写捺染法について鋭意研究を重ねた結果、基材に特定の物性の極性化合物を付与して得られる転写用紙に、非昇華型分散染料インクを印刷した転写紙を繊維材料と重ね合わせた場合、昇華転写法の場合と近似の低温・短時間で加圧・加熱しても、染色性(均染性、精細性、発色性)の良好なポリエステル繊維材料が得られ、かつ洗浄工程を省略しても堅牢度が良好で、且つ風合いも良好な繊維製品が得られることを見出した。
【0019】
即ち、本発明方法によって均染性、精細性、発色性、堅牢度、及び風合いの優れた繊維製品が得られ、かつ経済性とエコロジー性(排水負荷ゼロ)の優れた染色法が構築できることを見出し、実用化の目途を得て、以下に示す構成からなる本発明を完成させたのである。
【0020】
本発明の第1は、
非昇華型分散染料によるポリエステル系繊維材料の転写捺染法であって、
基材に、IOB値が0.05~0.80である非水溶性極性有機化合物を付与して転写用紙を作製する工程、
前記転写用紙の上に非昇華型分散染料からなるインクを印刷して転写紙を作製する工程、
前記転写紙をポリエステル系繊維材料に密着して加圧・加熱する工程
を有することを特徴とするポリエステル系繊維材料の転写捺染法である。
【0021】
本発明の第2は、
非昇華型分散染料によるポリエステル系繊維材料の転写捺染法であって、
基材上に、非昇華型分散染料からなるインクを印刷した後、IOB値が0.05~0.80である非水溶性極性有機化合物を付与して転写紙を作製する工程、
前記転写紙をポリエステル系繊維材料に密着して加圧・加熱する工程
を有することを特徴とするポリエステル系繊維材料の転写捺染法である。
【0022】
本発明の第3は、前記非水溶性極性有機化合物の基材への付与が、前記非水溶性極性有機化合物の1種単独もしくは2種以上の混合物及び助剤との混合物として、固体を分散した状態又は液体の状態で基材上への塗布により行われることを特徴とする本発明の第1又は第2のポリエステル系繊維材料の転写捺染法である。
【0023】
本発明の第4は、前記助剤が、セルロース誘導体、分散剤、界面活性剤、増粘剤、保湿剤、濃染化剤、表面張力調整剤、水溶性高分子、防腐剤、防黴剤、脱気剤、消泡剤、金属イオン封鎖剤及び還元防止剤からなる群より選択された1種又は2種以上であることを特徴とする本発明の第3のポリエステル系繊維材料の転写捺染法である。
【0024】
本発明の第5は、前記非水溶性極性有機化合物が、IOB値が0.10~0.70の非水溶性極性有機化合物であることを特徴とする本発明の第1-4のポリエステル系繊維材料の転写捺染法である。
【0025】
本発明の第6は、前記非水溶性極性有機化合物が、高級脂肪酸類、高級脂肪酸類のエステル又は金属塩、ポリアルキレングリコール、ポリアルキレングリコールのエステル、芳香族カルボン酸類及び芳香族カルボン酸エステル化合物からなる群より選択された1種又は2種以上であることを特徴とする本発明の第1-5のいずれかのポリエステル系繊維材料の転写捺染法である。
【0026】
本発明の第7は、前記非水溶性極性有機化合物が、UV吸収性化合物であることを特徴とする本発明の第1-5のいずれかのポリエステル系繊維材料の転写捺染法である。
【0027】
本発明の第8は、前記非昇華型分散染料からなるインクが、Sタイプ又はSEタイプの分散染料の中から選択された1種又は2種以上の分散染料を用いたインクジェット用インク、グラビアインク、又はフレキソインクであることを特徴とする本発明の第1-7のいずれかのポリエステル系繊維材料の転写捺染法である。
【0028】
本発明の第9は、前記転写紙をポリエステル系繊維材料に密着して加圧・加熱する工程が、100g/cm2~1kg/cm2に加圧した状態で、150~205℃に加熱して行われることを特徴とする本発明の第1-8のいずれかのポリエステル系繊維材料の転写捺染法である。
【0029】
本発明の第10は、前記ポリエステル系繊維材料が、ポリエチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリ乳酸、解重合ポリエステル、カチオン可染ポリエステル、常温可染ポリエステル及びアルカリ減量ポリエステルからなる群より選ばれるポリエステル系繊維の織物、編物、不織布、シートもしくはフイルム、又は前記ポリエステル系繊維と、他の合成繊維及び天然繊維からなる群より選ばれる繊維との混紡、混繊又は交織品であることを特徴とする本発明の第1-9のいずれかのポリエステル系繊維材料の転写捺染法である。
【0030】
本発明の第11は、本発明の第1-10のいずれかのポリエステル系繊維材料の転写捺染法を含むことを特徴とする転写捺染されたポリエステル系繊維製品の製造方法である。
【0031】
本発明の第12は、非昇華型分散染料によるポリエステル系繊維材料の転写捺染法に使用される転写用紙であって、基材及び前記基材に付与されたIOB値が0.05~0.80である非水溶性極性有機化合物を有することを特徴とする転写用紙である。
【発明の効果】
【0032】
従来の昇華転写法による製品は耐熱、耐光堅牢度が悪く、アパレル製品に適用するには問題があった。改良法として非昇華型分散染料を用いる方法が開発されたが、高温で転写しないと染色性が悪化し、高温で転写すると、繊維の風合いが悪化するという問題があった。本発明の方法によれば、非昇華型分散染料を用いて、昇華転写法に近似した低温、短時間の発色条件により濃厚な発色が可能となり、ポリエステル系繊維材料を一工程で精細・堅牢で風合の良好な繊維製品を得ることができる。
さらに、本発明は、
現在染色業界で多用されている既設のドラム型昇華転写機、又は平板型転写装置を活用してポリエステル系合成繊維材料の堅牢で転写効率の良い転写捺染ができる、
前記特定の物性の化合物としては、安価な化合物を使用できるので、安価な紙又はフイルムを使用して捺染用紙を安価に作製できる、
公知の転写捺染法における不良品発生問題を解決出来る、
排水負荷を削減できる、
製品の風合いを維持出来る、
工程が1工程で済むので優れた生産性と省エネ性を達成出来る
等の利点を有する。
すなわち本発明は、風合、繊細性、堅牢性、染色性等の卓越した転写捺染性能を示すとともに、資材コストの削減、加工の再現性向上、水の使用量と排水負荷の削減、生産効率の向上を図ることができ、前記した公知方法の問題点(経済性、環境問題、堅牢性、風合い等の品質問題)を一挙に解決するものであり、コスト競争力の優れたエコノミカルな、かつ、排水負荷の無い等のエコロジー性に優れたエコロジカルな実用性の高い新規な転写捺染法を提供するものである。
【発明を実施するための形態】
【0033】
本発明のポリエステル系繊維材料の転写捺染法において転写用紙は、基材に、IOB値が0.05~0.80である非水溶性極性有機化合物、好ましくは、IOB値が0.10~0.70である非水溶性極性有機化合物を付与して作製される。
ここで、IOB値とは、例えば特許第5378753号公報、特にその段落0007にて説明されているものであり、有機概念図により定義される。「有機概念図」とは、すべての有機化合物の根源をメタン(CH4)とし、他の化合物はすべてメタンの誘導体とみなして、その炭素原子数、置換基、変態部、環等にそれぞれ一定の数値を設定し、そのスコアを加算して有機性値、無機性値を求め、有機性値をX軸、無機性値をY軸にとった図上にプロットしていくものである。そして、IOB値とは、有機概念図における有機性値(OV)に対する無機性値(IV)の比、すなわち「無機性値(IV)/有機性値(OV)」をいう。
【0034】
本発明で用いられるIOB値が0.05~0.80の範囲に入る非水溶性極性有機化合物には、天然系有機化合物、天然系有機化合物を原材料として合成された準天然系有機化合物、及び合成系有機化合物があり、高級脂肪酸類、高級脂肪酸類のエステル又は金属塩、ポリアルキレングリコール、ポリアルキレングリコールのエステル、芳香族カルボン酸類、及びそのエステル化合物等から選択される固体又は液体の有機化合物を挙げることが出来る。
より具体的には、トリエチルヘキサノイン、メトキシケイヒ酸エチルヘキシル、トリセデス-2、トリオレイン酸ソルビタン、トリカプリリン、ニコチン酸トコフェロール、ネオペンタン酸イソデシル、ノナン酸オクチル、パーム核油、バチルアルコール、パルミチン酸、パルミチン酸イソプロピル、パルミチン酸グリコール、ステアリン酸、ヒドロキシステアリン酸、ステアリン酸Ca、ステアリン酸Ba、ステアリン酸Mg、パルミチン酸Ca、ヒマシ油、ヒマワリ油、フェニルフェノール、フェネチルアルコール、フタル酸ジエチル、フタル酸ジメチル、フタル酸ジブチル、フタル酸ジオクチル、テレフタル酸ビス(2エチルヘキシル)、トリメリット酸エステル、アセチルクエン酸トリブチル、安息香酸グリコールエステル、へプタン酸ステアリル、ホホバ油、ポリメタクリル酸エチル、マレイン酸ジオクチル、ミリスチルアルコール、ミリスチン酸、ミリスチン酸イソプロピル、ミンク油、メチコン、メトキシケイヒ酸オクチル、メントール、ヤシアルコール、ヤシ油、ユーカリ油、安息酸アルキル、水添ヒマシ油、アビエチン酸、ロジン、天然バター、マーガリン、分子量が600~2000相当のポリプロピレングリコール、アジピン酸ジイソプロピル、イソステアリン酸、ウンデシル酸、オリーブ油、オレイルアルコール、ヤシ脂肪酸、ラウリン酸、リノール酸、オレイン酸、カプリン酸、グラニオール、コーン油、ゴマ油、サリチル酸オクチル、ジオクタンサングリコール、セタノール、大豆油、ツバキ油、ナタネ油、トコフェノ-ル等や、特許第5378753号公報段落0015記載の極性油分等を挙げることが出来る。又、日本エマルジョン社の総合カタログに記載があるIOB値が0.05~0.80の範囲に入る化合物も使用できる。
【0035】
前記非水溶性極性有機化合物として、UV吸収性化合物を用いると、転写捺染された製品にUV吸収性を与えることができるので好ましい。UV吸収性化合物としては、具体的には、UV FAST PEX、KEMISORB71、KEMISORB73、KEMISORB79、KEMISORB102、アンチフェードMC-500、TINUVIN400、TINUVIN1130等の商品名で市販されているものを挙げることができる。これらのUV吸収性化合物を前記非水溶性極性有機化合物として用いることにより、本発明の転写捺染法により得られるポリエステル系繊維製品の耐光性及び発色性が向上する。
【0036】
転写用紙を作製するとき、前記非水溶性極性有機化合物を、助剤とともに、基材に付与してもよい。ここで使用される助剤としては、IOB値が0.05~0.80の極性化合物を微粒化するための微粒化助剤、エマルジョン化助剤や、転写用紙のインク受容性等の各種物性を向上するための助剤等を挙げることができ、例えば、セルロース誘導体、分散剤、水溶性高分子、界面活性剤、増粘剤、保湿剤、PH調整剤、濃染化剤、防腐剤、防黴剤、脱気剤、消泡剤及び還元防止剤等から選択された1種又は2種以上を加えることが望ましい。
例えば、前記非水溶性極性有機化合物と助剤の合計の質量に対する見かけの質量%として、分散剤又は乳化剤等の界面活性剤を1~25%、コラーゲン、ゼラチン等や、澱粉、セルロース、加工澱粉例えば酸化澱粉、カチオン化澱粉、エーテル化澱粉、加工セルロース例えばカルボキシメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、セルロースサルフェート、アルギン酸ソーダ、アラビアガム等の植物系化合物等の増粘剤又は分散補助剤を0.5~15%、PVAの様な水溶性高分子を0~15%、尿素等の濃染化剤を1~10%、防腐剤、防黴剤、消泡剤、脱気剤、還元防止剤、及び金属イオン封鎖剤等を0.1~5%配合すると好ましい結果が得られる。
【0037】
本発明で転写用紙の作製に用いられる基材は、一般的に使用されている安価な紙で良く離型紙等の高価な紙を用いても良いがその必要はない。具体的には、パルプ又はリサイクル紙を原料として抄紙されたパルプ紙、上質紙、クラフト紙、ノーカーボン原紙、再生紙、上質紙や、コート紙(塗工紙)、目止め紙、片艶紙、平滑処理紙等、種々の加工紙又は未加工原紙を用いることが出来る。パルプ紙の原料のパルプとしては、未晒し又は晒しの針葉樹パルプ、広葉樹パルプ等の木材パルプの化学処理されたクラフトパルプやグラウンドパルプ等を挙げることができる。
基材としての紙にはサイズ剤、紙力増強剤、填料、顔料等を含有させることが出来る。
カオリン、炭酸カルシュウム等の顔料、澱粉、ラテックス等の接着剤、及び分散剤、消泡剤等を混合した塗料を、基材の片面又は両面に塗工して印刷適性を高めた塗工紙も基材として用いることができる。
紙の吸水性やしわ発生を制御するために、紙の上にクレイ、合成樹脂等の目止め剤を塗布した紙(目止め紙)も基材として用いることができる。目止め紙は、前記非水溶性極性有機化合物や助剤の紙内部への吸収を抑え、塗布量を少なくできるので好ましい。更に、カレンダー処理、ヤンキードライアー処理して基材の表面を物理的に平滑処理又は艶出し加工した紙も基材として用いることができる。
【0038】
基材として用いることができる紙は、作業性から、坪量は10g~120g/m2、好ましくは30~100g/m2、厚さは0.01~0.5mm程度のものが好ましい。具体例を挙げると、日本製紙社製の塗工紙、微塗工紙、上質紙、中下級紙、例えば、純白、晒し又は未晒しクラフト紙、銀竹、銀嶺、白銀、金鯱、片艶クラフト紙、グラシン紙、大王製紙社製の未晒クラフト紙、半晒クラフト紙、晒クラフト紙、晒片艶クラフト紙、純白ロール紙、各種コート紙、各種カレンダー紙、ノーカーボン原紙、建材用紙等を挙げることが出来るが、これらはほんの一例に過ぎない。紙の物性としての透気抵抗度、密度、引張強度、表面強度等の各種強度、平滑度等は特に限定されることはなく、塗布時の引張強度が確保され、凹凸無く塗布が可能である範囲内の坪量の紙であれば、どの様な紙でも使用できる。
【0039】
基材としては、樹脂製のフイルムも用いることができる。フイルムを形成する樹脂としては、耐熱性からポリエステル樹脂が好ましい。ポリイミド樹脂も使用可能である。又、作業性から、フイルムの厚さは10~100μm程度が好ましく、より好ましくは20~50μm程度である。具体例としては、東洋紡社製のポリエステルフイルムE-5101(厚さ25μm、坪量35g/m2、片面コロナ処理したもの)を挙げることができる。表面を処理したフイルム、例えば、プラズマ処理又はコロナ処理したフイルムは塗工性を向上するために好ましい。
【0040】
前記非水溶性極性有機化合物又は前記非水溶性極性有機化合物及び前記助剤を基材へ付与することにより転写用紙が作製される。
基材への付与は、基材への塗布、噴霧又は浸漬等により行われ、その後乾燥することにより、非水溶性極性有機化合物等が基材に吸収され又は基材表面に積層され、インク受容層兼染着促進層が形成される。基材への付与を、塗布、噴霧により行えば、基材表面に非水溶性極性有機化合物等からなるインク受容層兼染着促進層が形成されるので好ましい。
又、前記助剤を付与する場合は、前記非水溶性極性有機化合物と一部の助剤は、別工程で基材へ付与することもできるが、非水溶性極性有機化合物と助剤の混合物として付与すれば一つの工程で付与を完結できるので好ましい。
【0041】
非水溶性極性有機化合物が固体の場合は、助剤と共に1~25μmに微粒化して、固体の濃度が10~50質量%の水分散液として塗布するのが好ましい。
微粒化法としては、水や他の配合物を配合し水分散液としてビーズミルの様なミルによって微粒化する機械的方法の他に、固体の融点以上に加熱するメルト微粒化法を挙げることができる。塗工機の機種により水分散液の最適粘度は異なるが、水や増粘剤等の配合物の量の調整により粘度の調整は容易である。
非水溶性極性有機化合物が液体(オイル)の場合は、そのまま塗布することもでき、最も合理的であるが、有機溶剤に希釈して塗布する、又は水に乳化剤と共にエマルジョン化して塗布することも可能である。
【0042】
基材へ塗布する場合、非水溶性極性有機化合物の塗布量は固形分換算3~30g/m2が好ましく、より好ましくは5~25g/m2である。塗布量がこの範囲内であれば、より優れた発色性の繊維製品が得られる。
塗布時に水はじき又は紙の収縮現象を生じ基材への均一塗布が困難な場合があり得るが、配合物の種類、前記水分散液の固形分、粘度の調整、アニオン系、ノニオン系界面活性剤、アルコール類等の表面張力低下剤の使用とその添加量の調整等を、紙の種類や処方条件により個々に行えば均一塗布が可能である。
【0043】
非水溶性極性有機化合物の塗布装置の具体例としては、各種ブレードコーター、コンマダイレクトコーター、リップコーター、グラビアコーター、コンマリバースコーター、エアナイフコーター、スロットダイコーター、ジェットコーター、バーコーター、カーテンコーター、サイズプレス等を挙げることができる。塗布後にマシンカレンダー、ソフトカレンダー、スーパーカレンダー等のカレンダー装置を用いて平滑処理、及び光沢仕上げ処理を行ってもよい。塗布方法としては、非水溶性極性有機化合物を塗布した後、更にその上に該化合物を重ね塗りしても良い。グラビアコーターの場合は、重ね塗りは容易である。
【0044】
前記の転写用紙に、非昇華型分散染料のインクを付与し乾燥して転写紙を作製する。なお、転写紙の作製は、基材に非昇華型分散染料の付与を先に行い、その後、非水溶性極性有機化合物又は非水溶性極性有機化合物及び助剤を塗布して行うこともできる。
非昇華型分散染料のインクの付与は、インクジェットプリント法、グラビア印刷法、フレキソ印刷法、キスタッチロール印刷法等の各種印刷法により図柄を印刷して行うことができ、無地の場合は、無地ロールによってベタ印刷して行うことができる。無地ロールとしては、ブレードコーター、コンマダイレクトコーター、リップコーター、グラビアコーター、コンマリバースコーター、エアナイフコーター等の各種コーターを挙げることができる。インクの付与後乾燥して転写紙を作製する。
インクとしては油性インクを使用しても良いが、職場の安全衛生、環境問題、危険物の取扱い、経済性を考えると水性インクの使用が望ましい。
【0045】
非昇華型分散染料は、昇華型分散染料とは異なり、高温でも昇華しない又は昇華し難い分散染料である。即ち、昇華堅牢度の優れたSタイプ又はSEタイプの分散染料である。昇華型分散染料に、フェニル基を導入して分子構造を大きくする、又は/及び、アルキルアミノスルフォニル基等の極性置換基を導入する等により、高温での染料の昇華性を無くすことができ、非昇華型分散染料とすることができる。例えば、CI Disperse Red 60は中色の昇華堅牢度が2級程度の昇華型分散染料であるが、この化合物をクロルスルフォン化したあと、エトキシプロピルアミンと反応させ、エトキシプロピルアミノスルフォニル基を導入した分散染料CI Disperse Red 92は昇華堅牢度が4~5級の非昇華型分散染料となる。
【0046】
非昇華型分散染料の具体例としては、C.I.ディスパーズイエロー49、56、58、63、67、76、79、82、86、114、121、123、126、149、163、165、180、184、185、192、198、222、226、228、231、C.I.ディスパーズオレンジ10、13、17、21、29、30、32、50、51、55、61、62、73、96、97、148、C.I.ディスパーズレッド5、12、13、17、43、54、56、58、64、72、73、74、76、78、82、86、88、90、92、97、107、109、113、121、125、126、127、128、129、134、135、136、137、140、143、145、151、152、153、154、160、167、177、179、181、183、184、188、189、191、202、205、210、221、225、257、258、283、285、288、302、323、356、360、C.I.ディスパーズバイオレット26、33、35、40、43、46、48、52、58、63、69、77、92、C.I.ディスパーズブルー7、27、40、54、60、62、73、75、77、79、82、83、85、87、90、94、96、99、102、103、104、113、122、125、128、130、139、142、143、144、146、148、158、165、167、173、174、176、181、183、197、198、200、201、207、211、214、257、259、264、266、270、301、354、C.I.ディスパーズブラウン1、4、9、13、19、24、25を挙げることが出来る。ブラックはこれら堅牢Sタイプ染料の3原色+αの配合によって作製することが出来る。
【0047】
前記した非昇華型分散染料を、染料分3~30%でインク化して、インクジェット用インク、グラビア用インク、又はフレキソ用インクとして、転写用紙に印刷して使用することができる。
インクジェットプリンターに使用するインクの場合は、分散剤共存下、公知の方法で平均粒径0.1μm程度まで微粒化した染料に更に分散安定化剤、乾燥防止剤、表面張力調整剤、粘度調整剤、PH調整剤、防腐剤、防黴剤、金属イオン封鎖剤、消泡剤、脱気剤等を添加・混合して、微量の不溶物を1ミクロン以下のメンブレンフィルターでろ過・脱気したものが使用される。グラビア印刷で使用されるインクの場合は、分散剤と共に平均粒径1~2μm程度に微粒化した染料を、増粘剤を含有する粘調な水溶液に配合分散させ、粘度を80~500mPas程度に調整して使用できる。
【0048】
本発明の転写捺染法では、前記のようにして作製された転写紙に、転写捺染対象材料であるポリエステル系繊維材料を重ね合わせ、加圧・加熱して染料を移行染着させる。その結果、転写捺染されたポリエステル系繊維製品が製造される。
この加圧・加熱の条件としては、温度が150~205℃、処理時間は20秒~5分間、圧力は100g/cm2~1kg/cm2が好ましい。温度は180~200℃の範囲がより好ましく、圧力は200~600g/cm2の範囲がより好ましい。高温、高圧になればなるほど熱処理時間は短縮されるが、温度が205℃を超えると転写捺染された繊維製品の風合いが低下し易くなる。本発明の転写捺染法によれば、風合いの低下を生じ難い150~205℃で、20秒~5分間の処理時間で、そして工業的により好ましい180~200℃、30~60秒の処理条件でも、良好な発色性(高い発色濃度)を得ることができる。
【0049】
転写捺染対象材料であるポリエステル系繊維材料としては、
ポリエチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリ乳酸、解重合ポリエステル、カチオン可染ポリエステル、常温可染ポリエステル、アルカリ減量ポリエステル等のポリエステル系材料の織物、編物、不織布、シート等の単独からなる繊維材料、
前記ポリエステル系材料を主体とし天然繊維材料及び/又は合成繊維材料等を含有する混紡、混繊又は交織品等を挙げることができる。
ポリエステル系繊維材料が含有してもよい前記天然繊維材料としては、綿、麻、リヨセル、レーヨン、アセテート等のセルロース系繊維材料、絹、羊毛、獣毛等の蛋白質系繊維材料を挙げることができ、合成繊維材料としては、ナイロン、ビニロン、ポリアクリル、ポリウレタン等の公知の合成繊維材料の全てを意味し、更に各種素材を糸の段階で混ぜる複合系繊維でも良い。
【実施例】
【0050】
以下実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、例中、%は質量%を意味する。まず、下記の実施例における染色力(発色性)、均染性、風合い及び堅牢度の評価方法、評価基準を示す。
【0051】
[染色力(発色性)の評価:L値の測定]
クラボウ社製、グラビア印刷試験機GP-10、ヘリオ版230μを用いて、ブラックインキを25℃、10~20m/minの条件で転写用紙に印刷した転写紙により、ポリエステルタフタ(目付45g)に対して転写発色した生地を、コニカミノルタ社製、色彩色差計、CR-400を使用して、明度L値を測定し染色力(発色性)を評価した。
特にブラックの場合は、色彩色差計の明度L値が発色濃度の濃淡を表しており、L値が小さいほど発色濃度が高い(濃く染まっている)ことを表している。ブラックのL値が22~25の場合は発色性極めて良好、L値が25~28の場合は発色性良好、L値が28~31の場合は発色性やや不良、L値が31~34の場合は発色性不良、L値が34以上の場合は発色性極めて不良と評価できる。
【0052】
[発色性の肉眼判定]
肉眼で染色された製品の発色性を評価し、ブラックの発色性のL値が22以上25未満の場合と同等の場合を◎、L値が25以上28未満の場合と同等の場合を〇、L値が28以上31未満の場合と同等の場合を△、L値が31以上34未満の場合と同等の場合を×、L値が34以上の場合と同等の場合を××と判定した。
【0053】
[均染性の評価]:染色斑の有無や大小、斑点の有無や大小により染色の均一性を肉眼判定した。染色斑や斑点が全く見られない場合を均染性が著しく優れている◎、ごく少量の小さな染色斑や斑点が見られる場合を均染性が良好○、小さな染色斑や斑点が見られる場合を均染性がやや劣る△、小さな染色斑や斑点とともにごく少量の大きな染色斑や斑点が見られる場合を均染性が不良×、大きな染色斑や斑点が見られる場合を均染性が極めて不良××と判定した。
[風合いの評価]:生地の硬さ、柔軟性を、KESシステム等により、染色前原布と比較して判定した。
◎:繊維材料の風合いが原布と比べて著しく優れている。
○:繊維材料の風合いが原布と同等かやや優れている。
△:繊維材料の風合いが原布と比べてやや劣る。
×:繊維材料の風合いが原布と比べて明らかに不良である。
××:繊維材料の風合いが原布と比べて極めて不良である。
【0054】
[堅牢度の評価]:JIS L-0842(耐光堅牢度)、JIS L-0854(昇華堅牢度)等のJIS規格法によって評価した。
【0055】
実施例1
特許文献6(特許第6173641号公報)に記載の実施例1と同様にして、ソルビトーゼC-5(エーテル化澱粉:AVEBE社製):20g、FDアルギンBL(アルギン酸ソーダ:古川化学工業社製):20g、EX-100(タマリンドガム:トモエ製糊社製):20g、酒石酸:40g及びイオン交換水:400gの計500gの混合物を、高速デスパー型攪拌機(3000r.p.m.)でよく攪拌し、均一で滑らかな高粘度ペーストを作った。この混合物(高粘度ペースト)を、塗工機(コンマコーター)を使用して紙(日本製紙社製、ノーカーボン原紙、坪量40g/m2)に均一に塗布・乾燥した。塗工量(乾燥重量)は8g/m2であった。塗布・乾燥後カレンダー処理をして塗工紙を得た。この塗工紙を転写用紙B(比較例1として使用)と言う。
転写用紙Bに対して、クラボウ社製、グラビア印刷試験機GP-10のヘリオ版230μの版を用いて25℃、10m/minの条件で、オレイン酸(IOB値:0.42、融点13.4℃)を塗布し、オレイン酸が塗布量7.19g/m2で塗布された転写用紙Aを作製した(実施例1として使用)。
【0056】
次いで非昇華型分散染料インク(KayaronP.Black RV-SF300%:15%)と、水、セルロース系増粘剤、ポリビニルアルコール及びイソプロパノールを用い、公知方法で粘度を120mPasに調整したグラビアインクを、前記転写用紙B及び転写用紙Aに、それぞれ、グラビア印刷試験機を用いて25℃、10m/minで印刷して転写紙B及び転写紙Aを作製した。
【0057】
次いで転写紙B及び転写紙Aをポリエステルタフタ生地(目付45g/m2)に密着させ、通常の昇華転写条件で加熱・加圧(200℃、300g/cm2、36秒、ハシマ社昇華平プレスHSP-2210)することによってポリエステルタフタ生地に染料を染着させて紙を除去してポリエステル染色布(ポリエステル系繊維製品)を得た。得られたポリエステル染色布について、前記の方法、基準で、発色後のL値、発色性を評価し、その結果を表1に示す。
【0058】
【0059】
比較例1に示す公知方法の場合は、発色性が不良であったが、本発明方法の場合は、濃厚・繊細に染着しており(発色性等の品質判定は◎)、繊維の風合は良好(○)で、JISL0854による中色の昇華堅牢性は(変)5級、(汚)4-5級であった。
【0060】
200℃、300g/cm2、36秒の転写条件は昇華染料を用いる場合の昇華転写条件であり、この様な転写条件では、非昇華型分散染料は昇華性が無いため、公知方法では、発色性が極めて不良であり実用性は無いことを比較例1は示している。
一方、オレイン酸を塗布して転写用紙を作製することによって、非昇華型分散染料を用いたにも拘わらず、昇華染料を用いる場合と同等の低温短時間の転写条件によって良好な発色性を実現し、実用性がある所まで発色性が改良できることを示している。
なお、実施例1に於いて転写温度を215~220℃に上げると繊維材料の風合いが悪くなり(△~×)、実用的価値が失われる。
【0061】
実施例2~9、及び比較例2、3、4
オレイン酸の代わりにオリーブオイル、菜種油、亜麻仁油、分子量1,000のポリプロピレングリコール(PP1000と略記)、又はパルミチン酸:オレイン酸=1:1の混合物、へプタン酸ステアリル、ウンデシル酸、又はカプリン酸を塗布した以外は、実施例1と同様に実施し、それぞれ実施例2、3、4、5、6、7、8、9とした。又、実施例1に於けるオレイン酸の代わりにワセリン、分子量200のポリプロピレングリコール(PP200と略記)を塗布した場合についても同様に実施し、それぞれ比較例2、3とした。又、オレイン酸等の塗布をせずに比較例1と同様に実施した場合を比較例4とした。転写条件は、実施例1と同じ、200℃、300g/cm2、36秒である。得られたポリエステル染色布について、前記の方法、基準で、発色後のL値、発色性を評価し、その結果を表2に示す。
【0062】
【0063】
表2に示された結果は、IOB値が本発明範囲(0.05~0.80)を外れた有機化合物(ワセリン、PP200)を塗布剤とした転写用紙を用いた比較例2、3、極性有機化合物を塗布していない公知の転写用紙を用いた比較例4では、昇華染料を用いる場合と同等の低温短時間の転写条件では、発色性が不良になることを示している。一方、本発明例である実施例2~9では、低温短時間の転写条件によっても良好な発色性を実現し、発色性が改良できることを示している。なお、IOB値が0.75の有機化合物(カプリン酸)を用いた実施例9では、発色性が他の実施例より少し劣る傾向を示している(△)ので、IOB値が0.10~0.70の範囲の有機化合物が好ましいことも示されている。
又、実施例2~9では、風合いも優れている(評価は○)。
【0064】
実施例10、11、12
水:64.67g、メトローズ90SH-100(信越化学工業製:加工セルロース):2g、パルミチン酸(IOB値:0.47、日本油脂社製、粉体):33.3gの混合物を80~82℃で15分間攪拌した。次いで40℃に冷却し、水:201.7g、メトローズ90SH-100:4g、尿素:23.3g、酒石酸:4gを加えて更に15分間攪拌して得た分散液を、200メッシュの網でろ過して、固形分20%、パルミチン酸分10%の分散液を作製した。この分散液中のパルミチン酸の平均粒径は19.4μmであった。
この分散液を、ノーカーボン原紙(日本製紙社製、坪量40g)にワイアバーを用いて塗布し転写用紙を作製した。ワイアバーの番手を変えることによって塗布量を変化させ、固形分のドライ換算塗布量が、それぞれ、12.21g/m2、19.23g/m2、25.04g/m2となる様に塗布した。
この転写用紙に実施例1と同じ条件で、ブラックインクをグラビア印刷して転写紙を作製し、得られた転写紙を、ポリエステルタフタ生地(目付45g/m2)に密着させ、実施例1と同じ条件で加熱・加圧することによってポリエステルタフタ生地に染料を染着させた。その後、転写紙を除去して得られたポリエステル染色布について、前記の方法で発色後のL値を測定した。
【0065】
以下にそれぞれのL値を示すが、いずれも良好な発色性が実現され、塗布により発色性が改良されていることが示されている。
実施例10(塗布量12.21g/m2の場合): L値=24.75、
実施例11(塗布量19.53g/m2の場合): L値=23.89、
実施例12(塗布量25.04g/m2の場合): L値=23.38
実施例10~12で得られたポリエステル染色布は濃厚・繊細に染着しており(染色性の判定は◎)、繊維の風合は良好であり(判定は○)、昇華堅牢性(変、汚)はいずれも4級以上であった。
【0066】
実施例13、14、15
分散液の組成を、水:67.8g、メトローズ90SH-100:0.94g、パルミチン酸:15.63g、尿素:6.25g、ラベリンFMP(花王社製分散剤、ナフタリンスルフォン酸ナトリウムホルマリン縮合物):9.38gからなるものに変えた以外は実施例10、11、12に於ける分散液の作製と同様に処理して、固形分32.2%、パルミチン酸分15.6%の分散液を作製した。この分散液中のパルミチン酸の平均粒径は7.3μmであった。
基材の種類を表3に示すように変えて、前記分散液を、それぞれの基材にワイアバーを用いて塗布し転写用紙を作製した。この転写用紙に実施例1と同じ条件で、ブラックインクで印刷して転写紙を作製し、得られた転写紙を、ポリエステルタフタ生地(目付45g/m2)に密着させ、実施例1と同じ条件で加熱・加圧することによってポリエステルタフタ生地に染料を染着させた。その後、紙を除去して得られたポリエステル染色布について、前記の方法、基準で、発色後のL値、発色性を評価し、又均染性も評価した。その結果を表3に示す。
【0067】
【0068】
実施例13~15で得られたポリエステル染色布は、いずれも濃厚・繊細に染着していた。さらに、繊維の風合は良好(○)であり、昇華堅牢性(変、汚)はいずれも4級以上であった。
【0069】
実施例16
転写条件を、190℃、300g/cm2、50秒とした以外は実施例13と同様に実施してポリエステル染色布を得て、同様にしてL値、発色性、均染性を評価したところ、濃厚・繊細に染着しておりL値は26.5、発色性は○、均染性は良好であった。又、繊維の風合は良好(○)であった。
【0070】
実施例17
転写条件を、180℃、300g/cm2、60秒とした以外は実施例16と同様に実施してポリエステル染色布を得て、同様にしてL値を評価したところ、濃厚・繊細に染着しておりL値は25.0であった。又、繊維の風合は良好(○)であった。
【0071】
実施例18
非昇華型分散染料として、Disperse Blue 60を使用する以外は実施例13と同様に実施してポリエステル染色布を得て、同様にして発色性等を評価したところ、鮮明・濃色に発色した(発色性○)染色布が得られており、その染色布の昇華堅牢度は4級、耐光堅牢度は4級以上であった。又、繊維の風合は良好(○)であった。
【0072】
実施例19
基材として、ノーカーボン原紙の代わりに、東洋紡ポリエステルフイルムE5101(厚さ25μm、坪量35g、片面コロナ処理したフイルムに、ファインガムHEL-3:10%とオルフインE1004:3%を含有する混合物を5g/m2下塗りしたフイルム)を用い、非昇華型分散染料として、Disperse Blue 60を使用した以外は、実施例10と同様に実施した結果、鮮明・濃色に発色した(発色性○)ポリエステル染色布が得られ、この染色布の昇華堅牢度は4級、耐光堅牢度は4級以上であった。又、繊維の風合は良好(○)であった。
【産業上の利用可能性】
【0073】
ポリエステル系繊維材料の転写捺染法としては、昇華転写法において、堅牢度の低い昇華型染料の代わりに非昇華型分散染料を用いる方法も知られていた。しかし、転写を短時間で行い優れた発色性を得るためには高温での加熱を要し、製品の風合い等を悪化させる問題があった。本発明によれば、基材に特定の化合物を塗布し非昇華型分散染料のインクを印刷して作製した転写紙を、ポリエステル系繊維材料に密着して、昇華転写法と近似の低温・短時間で加熱転写する工程のみで発色性に優れた染色を完結できる。即ち、工程がシンプルであり、その上に、洗浄工程が不要なため排水が出ず、かつ堅牢度や風合いの低下がない繊維製品を得ることができるので、画期的な転写捺染法である。