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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-07
(45)【発行日】2023-02-15
(54)【発明の名称】アーク溶接装置及びアーク溶接方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/12 20060101AFI20230208BHJP
【FI】
B23K9/12 305
B23K9/12 306A
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2019100650
(22)【出願日】2019-05-29
(65)【公開番号】P2020192587
(43)【公開日】2020-12-03
【審査請求日】2022-04-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000000262
【氏名又は名称】株式会社ダイヘン
(74)【代理人】
【識別番号】100114557
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 英仁
(74)【代理人】
【識別番号】100078868
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 登夫
(72)【発明者】
【氏名】馬塲 勇人
(72)【発明者】
【氏名】佐野 あい
【審査官】岩見 勤
(56)【参考文献】
【文献】特開平7-51854(JP,A)
【文献】特開2018-69253(JP,A)
【文献】特開昭48-42952(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材へ送給される溶接ワイヤに溶接電流を供給する電源部を備えた消耗電極式のアーク溶接装置であって、
アークによって前記母材に形成された凹状の溶融部分によって囲まれる空間に前記溶接ワイヤの先端部を進入させて前記母材を溶接する第1モード、又は凹状の前記溶融部分を形成せず若しくは前記溶融部分に前記溶接ワイヤの先端部を進入させずに前記母材を溶接する第2モードを選択するモード設定回路と、
前記溶接ワイヤの突き出し長さが長くなった場合、前記溶接ワイヤの送給速度が速くなり、前記溶接ワイヤの突き出し長さが短くなった場合、前記溶接ワイヤの送給速度が遅くなるように、前記溶接ワイヤの送給速度を制御する送給速度制御回路と、
前記溶接ワイヤの突き出し長さが長くなった場合、前記電源部の出力電圧が大きくなり、前記溶接ワイヤの突き出し長さが短くなった場合、前記電源部の出力電圧が小さくなるように、前記電源部の出力電圧を制御する電圧制御回路と
を備え、
前記溶接ワイヤの突き出し長さに応じた前記送給速度の変化量に対する前記出力電圧の変化量は、第1モード設定時の方が第2モード設定時に比べて小さい
アーク溶接装置。
【請求項2】
前記第1モード設定時における前記送給速度の変化量に対する前記出力電圧の変化量と、前記第2モード設定時における前記送給速度の変化量に対する前記出力電圧の変化量との差分は、前記溶接ワイヤの径が大きい程、大きい
請求項1に記載のアーク溶接装置。
【請求項3】
母材へ送給される溶接ワイヤに溶接電流を供給する電源部を備え、アークによって前記母材に形成された凹状の溶融部分によって囲まれる空間に前記溶接ワイヤの先端部を進入させて前記母材を溶接する消耗電極式のアーク溶接装置であって、
前記溶接ワイヤの突き出し長さが長くなった場合、前記溶接ワイヤの送給速度が速くなり、前記溶接ワイヤの突き出し長さが短くなった場合、前記溶接ワイヤの送給速度が遅くなるように、前記溶接ワイヤの送給速度を制御する送給速度制御回路と、
前記溶接ワイヤの突き出し長さが長くなった場合、前記電源部の出力電圧が大きくなり、前記溶接ワイヤの突き出し長さが短くなった場合、前記電源部の出力電圧が小さくなるように、前記電源部の出力電圧を制御する電圧制御回路と
を備え、
前記溶接ワイヤの突き出し長さに応じた前記送給速度の変化量に対する前記出力電圧の変化量は、前記溶融部分が維持されるように設定されている
アーク溶接装置。
【請求項4】
前記電源部は定電圧特性を有し、
前記電圧制御回路は、
前記電源部の設定電圧を周期的に変動させることによって、前記溶接電流を変動させ、前記溶接ワイヤの前記先端部が前記空間に深く進入した第1状態と、前記空間に浅く進入した第2状態とを周期的に変動させるようにしてある
請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のアーク溶接装置。
【請求項5】
前記電圧制御回路は、
前記溶接ワイヤの突き出し長さが変動した場合、変動する前記設定電圧の低電圧側の値を変動させる
請求項4に記載のアーク溶接装置。
【請求項6】
前記電圧制御回路は、
前記溶接ワイヤの突き出し長さが変動した場合、変動する前記設定電圧の高電圧側の値を変動させる
請求項4に記載のアーク溶接装置。
【請求項7】
前記電圧制御回路は、
前記溶接ワイヤの突き出し長さが変動した場合、変動する前記設定電圧の平均値を変動させる
請求項4に記載のアーク溶接装置。
【請求項8】
母材へ送給される溶接ワイヤに溶接電流を供給する消耗電極式のアーク溶接方法であって、
アークによって前記母材に形成された凹状の溶融部分によって囲まれる空間に前記溶接ワイヤの先端部を進入させて前記母材を溶接する第1モード、又は凹状の前記溶融部分を形成せず若しくは前記溶融部分に前記溶接ワイヤの先端部を進入させずに前記母材を溶接する第2モードを選択するステップと、
前記溶接ワイヤの突き出し長さが長くなった場合、前記溶接ワイヤの送給速度が速くなり、前記溶接ワイヤの突き出し長さが短くなった場合、前記溶接ワイヤの送給速度が遅くなるように、前記溶接ワイヤの送給速度を制御するステップと、
前記溶接ワイヤの突き出し長さが長くなった場合、出力電圧が大きくなり、前記溶接ワイヤの突き出し長さが短くなった場合、出力電圧が小さくなるように、出力電圧を制御するステップと
を備え、
前記溶接ワイヤの突き出し長さに応じた前記送給速度の変化量に対する前記出力電圧の変化量は、第1モード設定時の方が第2モード設定時に比べて小さい
アーク溶接方法。
【請求項9】
母材へ送給される溶接ワイヤに溶接電流を供給し、アークによって前記母材に形成された凹状の溶融部分によって囲まれる空間に前記溶接ワイヤの先端部を進入させて前記母材を溶接する消耗電極式のアーク溶接方法であって、
前記溶接ワイヤの突き出し長さが長くなった場合、前記溶接ワイヤの送給速度が速くなり、前記溶接ワイヤの突き出し長さが短くなった場合、前記溶接ワイヤの送給速度が遅くなるように、前記溶接ワイヤの送給速度を制御するステップと、
前記溶接ワイヤの突き出し長さが長くなった場合、出力電圧が大きくなり、前記溶接ワイヤの突き出し長さが短くなった場合、出力電圧が小さくなるように、出力電圧を制御するステップと
を備え、
前記溶接ワイヤの突き出し長さに応じた前記送給速度の変化量に対する前記出力電圧の変化量は、前記溶融部分が維持されるように設定されている
アーク溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、消耗電極式のアーク溶接装置及びアーク溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
溶接方法の一つに、消耗電極式のガスシールドアーク溶接法がある。ガスシールドアーク溶接法は、母材に送給された溶接ワイヤと、母材との間にアークを発生させ、アークの熱によって母材を溶接する手法であり、特に高温になった母材の酸化を防ぐために、不活性ガスを溶接部周辺に噴射しながら溶接を行うものである。5mm程度の薄板であれば、母材の突き合わせ継手を1パスで溶接することもできる。
【0003】
また、一般的なガスシールドアーク溶接法に比して、高速で溶接ワイヤの送給を行い、大電流を供給することによって、9~30mmの厚板の1パス溶接を実現する技術がある。具体的には、溶接ワイヤを約5~100m/分で送給し、300A以上の大電流を供給することによって、厚板の1パス溶接を実現することができる。溶接ワイヤの高速送給及び大電流供給を行うと、アークの熱によって母材に凹状の溶融部分が形成され、溶接ワイヤの先端部が溶融部分によって囲まれた空間に進入する。溶接ワイヤの先端部が母材表面より深部に進入することによって、溶融部分が母材の厚み方向裏面側にまで貫通し、1パス溶接が可能になる。以下、凹状の溶融部分によって囲まれる空間を埋もれ空間と呼び、埋もれ空間に進入した溶接ワイヤの先端部と、母材又は溶融部分との間に発生するアークを、適宜、埋もれアークと呼ぶ。埋もれアークにて行う溶接を埋もれアーク溶接と呼ぶ。一方、凹状の溶融部分が形成されないアーク、または凹状の溶融部分に溶接ワイヤ先端部が侵入しない通常のアークを、オープンアークと呼ぶ。
【0004】
特許文献1には、溶接ワイヤの突き出し長さが変動した場合であっても、安定したアークを得ることができる消耗電極式のアーク溶接装置が開示されている。
定電圧特性制御ならびにこれに類する特性を有する一般的な消耗式電極アーク溶接においては、ワイヤ突出し長さが変化すると溶接電流が変化するため、これに伴う溶込み深さの変化やアーク状態の変化がしばしば問題となる。ただしここでいう突出し長さとは、コンタクトチップから母材表面までの距離のことを指すものであって、溶接中に個体として存在する溶接ワイヤの長さ(コンタクトチップ先端からアーク発生点までの長さ)を指すものではない。この問題を解決するため、溶接電流と相関のあるワイヤ送給速度を自動的に調整することによって、溶接電流を設定値通りに維持する技術がある。
ただし、ワイヤ送給速度の調整だけでは、溶接電流を設定値通りに維持することができるものの、適切なアーク長を一定に維持することができず溶接が不安定化する。特許文献1に係るアーク溶接装置においては、送給速度と同時に設定電圧を自動的に調整することにより、アーク長を一定保持することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平5-205451号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載のアーク溶接装置においては、埋もれアーク溶接と、オープンアーク溶接の特性が考慮されていない。
通常のオープンアークと比較して、埋もれアークでは下記の理由により、アーク長、すなわちワイヤ先端位置をより精密に制御する必要がある。
第1に、ワイヤ先端位置が溶融部分の上端より上側に上昇すると、埋もれアークでなくなる。
第2に、溶融部分の深い位置でアークを発生させることにより深い溶込みを得ることを特徴とする埋もれアークでは、ワイヤ先端位置の変化が溶込み深さに大きく影響する。
第3に、特にローテーティング移行又は振り子移行を利用して埋もれアークを安定化する場合、ワイヤ先端位置が深くなると、溶融部分の側壁を支えにくくなるため、埋もれアークの安定性が低下する。
【0007】
また、通常のオープンアークと比較して、埋もれアークでは、ワイヤ先端位置を変化させるために必要な電圧変化量が小さく、特許文献1の制御技術を用いる場合、通常のオープンアークで使用される送給速度変化量/設定電圧変化量をそのまま用いると、後者の影響が大きくワイヤ先端位置を一定に維持することができない。
【0008】
以上の通り、埋もれアークにおいて、オープンアークと同様の制御を行うと、溶融部分に対するワイヤ先端位置が変動してしまう。埋もれアークにおいては、かかるワイヤ先端位置の変動が埋もれアークの不安定化をもたらすという技術的問題がある。
【0009】
本発明の目的は、埋もれアーク溶接において、溶接ワイヤの突き出し長さが変動した場合であっても、溶融部分に対するワイヤ先端部の位置を一定に維持し、安定した埋もれアーク状態を実現することができるアーク溶接装置及びアーク溶接方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本態様に係るアーク溶接装置は、母材へ送給される溶接ワイヤに溶接電流を供給する電源部を備えた消耗電極式のアーク溶接装置であって、アークによって前記母材に形成された凹状の溶融部分によって囲まれる空間に前記溶接ワイヤの先端部を進入させて前記母材を溶接する第1モード、又は凹状の前記溶融部分を形成せず若しくは前記溶融部分に前記溶接ワイヤの先端部を進入させずに前記母材を溶接する第2モードを選択するモード設定回路と、前記溶接ワイヤの突き出し長さが長くなった場合、前記溶接ワイヤの送給速度が速くなり、前記溶接ワイヤの突き出し長さが短くなった場合、前記溶接ワイヤの送給速度が遅くなるように、前記溶接ワイヤの送給速度を制御する送給速度制御回路と、前記溶接ワイヤの突き出し長さが長くなった場合、前記電源部の出力電圧が大きくなり、前記溶接ワイヤの突き出し長さが短くなった場合、前記電源部の出力電圧が小さくなるように、前記電源部の出力電圧を制御する電圧制御回路とを備え、前記溶接ワイヤの突き出し長さに応じた前記送給速度の変化量に対する前記出力電圧の変化量は、第1モード設定時の方が第2モード設定時に比べて小さい。
【0011】
本態様にあっては、溶接ワイヤの突き出し長さが変動した場合、溶接ワイヤの送給速度を変動させることによって、溶接電流を維持することができる(図5参照)。また、送給速度を変動させると共に、電源部の出力電圧を変動させることにより、アーク長を維持することができる(図7図8参照)。
オープンアークのみならず、埋もれアークにおいても、基本的には、溶接ワイヤの送給速度及び出力電圧を変動させることによって、溶接電流及びアーク長を一定に維持することができる。しかし、埋もれアークにおいては、アーク長の変化が比較的緩やかであり(図9参照)、オープンアークと同様に出力電圧を変動させると、凹状の溶融部分に対するワイヤ先端位置が変化し、埋もれアークが不安定化する。
そこで、本態様では、溶接ワイヤの突き出し長さに応じた送給速度の変化量に対する出力電圧の変化量が、第1モード設定時(埋もれアーク)の方が第2モード設定時(オープンアーク)に比べて小さくなるように制御する。
このように出力電圧を変動させることにより、埋もれアーク溶接及びオープンアークのいずれにおいても、突き出し長さが変動した際、溶接電流及びアーク長さを一定に維持することができる。言い換えると、溶接ワイヤの突き出し長さが変化しても、アークを安定的に維持することができる。
【0012】
本態様に係るアーク溶接装置は、前記第1モード設定時における前記送給速度の変化量に対する前記出力電圧の変化量と、前記第2モード設定時における前記送給速度の変化量に対する前記出力電圧の変化量との差分は、前記溶接ワイヤの径が大きい程、大きい。
【0013】
本態様にあっては、ワイヤ径の大きさに拘わらず、アークを安定的に維持することができる。
【0014】
本態様に係るアーク溶接装置は、母材へ送給される溶接ワイヤに溶接電流を供給する電源部を備え、アークによって前記母材に形成された凹状の溶融部分によって囲まれる空間に前記溶接ワイヤの先端部を進入させて前記母材を溶接する消耗電極式のアーク溶接装置であって、前記溶接ワイヤの突き出し長さが長くなった場合、前記溶接ワイヤの送給速度が速くなり、前記溶接ワイヤの突き出し長さが短くなった場合、前記溶接ワイヤの送給速度が遅くなるように、前記溶接ワイヤの送給速度を制御する送給速度制御回路と、前記溶接ワイヤの突き出し長さが長くなった場合、前記電源部の出力電圧が大きくなり、前記溶接ワイヤの突き出し長さが短くなった場合、前記電源部の出力電圧が小さくなるように、前記電源部の出力電圧を制御する電圧制御回路とを備え、前記溶接ワイヤの突き出し長さに応じた前記送給速度の変化量に対する前記出力電圧の変化量は、前記溶融部分が維持されるように設定されている。
【0015】
本態様にあっては、上記態様同様、埋もれアーク溶接においても、突き出し長さが変動した際、溶接電流及びアーク長さを一定に維持することができる。言い換えると、溶接ワイヤの突き出し長さが変化しても、アークを安定的に維持することができる。
【0016】
本態様に係るアーク溶接装置は、前記電源部は定電圧特性を有し、前記電圧制御回路は、前記電源部の設定電圧を周期的に変動させることによって、前記溶接電流を変動させ、前記溶接ワイヤの前記先端部が前記空間に深く進入した第1状態と、前記空間に浅く進入した第2状態とを周期的に変動させるようにしてある。
【0017】
本発明にあっては、溶接ワイヤの先端部は、凹状の溶融部分で囲まれる埋もれ空間に進入し、埋もれアークが発生する。具体的には、溶接ワイヤの先端部は溶融部分に囲まれた状態となり、溶接電流を周期的に変動させることにより、埋もれ空間におけるワイヤ先端位置を上下させることができ、先端部と、溶融部分の底部及び側部との間にアークが発生する。
第1状態においては、溶接ワイヤの先端部が埋もれ空間に深く進入し、溶融部分の底部に照射されるアークによって、深い溶け込みが得られる。
アークの熱によって溶融した母材及び溶接ワイヤの溶融金属は、埋もれ空間が閉口し、溶接ワイヤの先端部が埋没される方向へ流れようとするが、第2状態においては、溶接ワイヤの先端部が埋もれ空間に浅く進入し、溶融部分の側部に照射されるアークの力によって溶融部分が支えられるため、埋もれ空間は安定した状態で維持される。
【0018】
本態様に係るアーク溶接装置は、前記電圧制御回路は、前記溶接ワイヤの突き出し長さが変動した場合、変動する前記設定電圧の低電圧側の値を変動させる。
【0019】
本態様によれば、変動する出力電圧の低電圧側の値を変動させることにより、高電圧側を変動させる場合に比べて、埋もれアークを安定化させることができる。
【0020】
本態様に係るアーク溶接装置は、前記電圧制御回路は、前記溶接ワイヤの突き出し長さが変動した場合、変動する前記設定電圧の高電圧側の値を変動させる。
【0021】
本態様によれば、変動する出力電圧の高電圧側の値を変動させることにより、低電圧側を変動させる場合に比べて、磁気吹きに強い埋もれアークを形成することができる。
【0022】
本態様に係るアーク溶接装置は、前記電圧制御回路は、前記溶接ワイヤの突き出し長さが変動した場合、変動する前記設定電圧の平均値を変動させる。
【0023】
本態様によれば、変動する出力電圧の平均値を変動させることにより、磁気吹きにもある程度強く、安定性も高い埋もれアークを形成することができる。
【0024】
本態様に係るアーク溶接方法は、母材へ送給される溶接ワイヤに溶接電流を供給する消耗電極式のアーク溶接方法であって、アークによって前記母材に形成された凹状の溶融部分によって囲まれる空間に前記溶接ワイヤの先端部を進入させて前記母材を溶接する第1モード、又は凹状の前記溶融部分を形成せず若しくは前記溶融部分に前記溶接ワイヤの先端部を進入させずに前記母材を溶接する第2モードを選択するステップと、前記溶接ワイヤの突き出し長さが長くなった場合、前記溶接ワイヤの送給速度が速くなり、前記溶接ワイヤの突き出し長さが短くなった場合、前記溶接ワイヤの送給速度が遅くなるように、前記溶接ワイヤの送給速度を制御するステップと、前記溶接ワイヤの突き出し長さが長くなった場合、出力電圧が大きくなり、前記溶接ワイヤの突き出し長さが短くなった場合、出力電圧が小さくなるように、出力電圧を制御するステップとを備え、前記溶接ワイヤの突き出し長さに応じた前記送給速度の変化量に対する前記出力電圧の変化量は、第1モード設定時の方が第2モード設定時に比べて小さい。
【0025】
本態様にあっては、上記態様同様、埋もれアーク溶接においても、突き出し長さが変動した際、溶接電流及びアーク長さを一定に維持することができる。言い換えると、溶接ワイヤの突き出し長さが変化しても、アークを安定的に維持することができる。
【0026】
本態様に係るアーク溶接方法は、母材へ送給される溶接ワイヤに溶接電流を供給し、アークによって前記母材に形成された凹状の溶融部分によって囲まれる空間に前記溶接ワイヤの先端部を進入させて前記母材を溶接する消耗電極式のアーク溶接方法であって、前記溶接ワイヤの突き出し長さが長くなった場合、前記溶接ワイヤの送給速度が速くなり、前記溶接ワイヤの突き出し長さが短くなった場合、前記溶接ワイヤの送給速度が遅くなるように、前記溶接ワイヤの送給速度を制御するステップと、前記溶接ワイヤの突き出し長さが長くなった場合、出力電圧が大きくなり、前記溶接ワイヤの突き出し長さが短くなった場合、出力電圧が小さくなるように、出力電圧を制御するステップとを備え、前記溶接ワイヤの突き出し長さに応じた前記送給速度の変化量に対する前記出力電圧の変化量は、前記溶融部分が維持されるように設定されている。
【0027】
本態様にあっては、上記態様同様、埋もれアーク溶接においても、突き出し長さが変動した際、溶接電流及びアーク長さを一定に維持することができる。言い換えると、溶接ワイヤの突き出し長さが変化しても、アークを安定的に維持することができる。
【発明の効果】
【0028】
上記によれば、埋もれアーク溶接において、溶接ワイヤの突き出し長さが変動した場合であっても、溶融部分に対するワイヤ先端部の位置を一定に維持し、安定した埋もれアーク状態を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】本実施形態1に係るアーク溶接装置の一構成を示す模式図である。
図2】本実施形態1に係るアーク溶接方法の手順を示すフローチャートである。
図3】溶接対象の母材を示す側断面図である。
図4】埋もれアーク状態を示す模式図である。
図5】溶接ワイヤの突き出し長さが変動した場合に、溶接ワイヤの送給速度を変動させることによって溶接電流を維持する方法を示す説明図である。
図6】溶接ワイヤの送給速度を変動させ、溶接電流を維持したときのアーク長の変化を示す模式図である。
図7】溶接ワイヤの送給速度を変動させると共に設定電圧を変動させることによって、アーク長を維持する方法を示す説明図である。
図8】溶接ワイヤの送給速度を変動させると共に設定電圧を変動させることによって、アーク長が維持されることを示す模式図である。
図9】埋もれアーク溶接においてワイヤ先端位置が変動した場合のアーク長の変動を示す模式図である。
図10】設定電圧の補正量を示すグラフである。
図11】設定電圧及び溶接電流の変動を示すグラフである。
図12】本実施形態2に係るアーク溶接方法を示す模式図である。
図13】本実施形態2に係る設定電圧の制御方法を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0030】
本発明の実施形態に係るアーク溶接装置及びアーク溶接方法の具体例を、以下に図面を参照しつつ説明する。なお、本発明はこれらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【0031】
以下、本発明をその実施形態を示す図面に基づいて具体的に説明する。
(実施形態1)
<アーク溶接装置>
図1は、本実施形態に係るアーク溶接装置の一構成を示す模式図である。本実施形態に係るアーク溶接装置は、板厚が9~30mmの母材4を1パスで突き合わせ溶接することが可能な消耗電極式のガスシールドアーク溶接機であり、溶接電源1、トーチ2及びワイヤ送給部3を備える。本実施形態に係るアーク溶接装置は、半自動溶接機であり、埋もれアーク溶接及びオープンアーク溶接のいずれの溶接も行うことができる。
【0032】
トーチ2は、銅合金等の導電性材料からなり、母材4の被溶接部へ溶接ワイヤ5を案内すると共に、アーク7(図4図8等参照)の発生に必要な溶接電流Iを供給する円筒形状のコンタクトチップを有する。コンタクトチップは、その内部を挿通する溶接ワイヤ5に接触し、溶接電流Iを溶接ワイヤ5に供給する。また、トーチ2は、コンタクトチップを囲繞する中空円筒形状をなし、被溶接部へシールドガスを噴射するノズルを有する。シールドガスは、アーク7によって溶融した母材4及び溶接ワイヤ5の酸化を防止するためのものである。シールドガスは、例えば炭酸ガス、炭酸ガス及びアルゴンガスの混合ガス、アルゴン等の不活性ガス等である。
【0033】
溶接ワイヤ5は、例えばソリッドワイヤであり、その直径は0.9mm以上1.6mm以下であり、消耗電極として機能する。溶接ワイヤ5は、例えば、螺旋状に巻かれた状態でペールパックに収容されたパックワイヤ、あるいはワイヤリールに巻回されたリールワイヤである。
【0034】
ワイヤ送給部3は、溶接ワイヤ5をトーチ2へ送給する送給ローラと、当該送給ローラを回転させるモータとを有する。ワイヤ送給部3は、送給ローラを回転させることによって、ペールパック又はワイヤリールから溶接ワイヤ5を引き出し、引き出された溶接ワイヤ5をトーチ2へ所定速度で供給する。溶接ワイヤ5の送給速度は、埋もれアーク溶接の場合、溶接ワイヤ5の送給速度は、例えば、約5~100m/分である。オープンアーク溶接の場合、例えば、約1~22m/分である。なお、かかる溶接ワイヤ5の送給方式は一例であり、特に限定されるものでは無い。
【0035】
溶接電源1は、給電ケーブルを介して、トーチ2のコンタクトチップ及び母材4に接続され、溶接電流Iを供給する電源部11と、溶接ワイヤ5の送給速度を制御する送給速度制御回路12とを備える。なお、電源部11及び送給速度制御回路12を別体で構成しても良い。電源部11は、定電圧特性の電源であり、PWM制御された直流電流を出力する電源回路11a、電圧制御回路11b、モード設定回路11c、電流等設定回路11d、電圧検出部11e及び電流検出部11fを備える。
【0036】
モード設定回路11cは、アーク7によって母材4に形成された凹状の溶融部分6によって囲まれる空間6aに溶接ワイヤ5の先端部5aを進入させて母材4を溶接する第1モード(図4図9等参照)、又は凹状の溶融部分6を形成せずに若しくは溶融部分6に溶接ワイヤ5の先端部5aを進入させずに母材4を溶接する第2モード(図8参照)を選択し、選択されたモードを示すモード設定信号を電圧制御回路11b及び電流等設定回路11dへ出力する回路である。
モード設定回路11cは、手動でモードを選択する構成であっても良いし、設定された電流、電圧、送給速度に基づいて、自動的にモードを判定して選択するように構成しても良い。
【0037】
電流等設定回路11dは、溶接電流Iの設定電流値を示す電流設定信号Irを電圧制御回路11b及び送給速度制御回路12へ出力する。モード設定回路11cにて第1モードが選択された場合、つまり埋もれアーク溶接が選択された場合、電流等設定回路11dは、300A以上の設定電流値、好ましくは300A以上1000A以下の設定電流値、より好ましくは500A以上800A以下の設定電流値を示す電流設定信号Irを、電圧制御回路11b及び送給速度制御回路12へ出力する。モード設定回路11cにて第2モードが選択された場合、つまりオープンアーク溶接が選択された場合、電流等設定回路11dは、例えば300Aの設定電流値を示す電流設定信号Irを、電圧制御回路11b及び送給速度制御回路12へ出力する。
また、電流等設定回路11dは、溶接電源1の設定電圧を示した出力電圧設定信号Erを電圧制御回路11bへ出力する回路である。
【0038】
電圧検出部11eは、溶接電圧Vを検出し、検出した電圧値を示す電圧値信号Vdを電圧制御回路11bへ出力する。
【0039】
電流検出部11fは、例えば、溶接電源1からトーチ2を介して溶接ワイヤ5へ供給され、アーク7を流れる溶接電流Iを検出し、検出した電流値を示す電流値信号Idを電圧制御回路11b及び送給速度制御回路12へ出力する。
【0040】
電圧制御回路11bは、定電圧特性で動作し、出力電圧設定信号Erに応じた電圧が電源回路11aから出力されるように、電源回路11aの動作を制御する回路である。電圧制御回路11bは、溶接電源1の通電経路に存在する電気抵抗R及びリアクトルLを電子的に制御し、定電圧特性を実現する。
電圧制御回路11bは、電圧検出部11eから出力された電圧値信号Vdと、電流検出部11fから出力された電流値信号Idと、電流等設定回路11dから出力された電流設定信号Ir及び出力電圧設定信号Erとに基づいて、差分信号Eiを算出し、算出した差分信号Eiを電源回路11aへ出力する。差分信号Eiは、検出された電流値と、電源回路11aから出力されるべき電流値との差分を示す信号である。
【0041】
電源回路11aは、商用交流を交直変換するAC-DCコンバータ、交直変換された直流をスイッチングにより所要の交流に変換するインバータ回路、変換された交流を整流する整流回路等を備える。電源回路11aは、電圧制御回路11bから出力された差分信号Eiに従って、差分信号Eiが小さくなるようにインバータをPWM制御し、電圧を溶接ワイヤ5へ出力する。その結果、母材4及び溶接ワイヤ5間に、所定の溶接電圧Vが印加され、溶接電流Iが通電する。
なお、溶接電源1には、図示しない制御通信線を介して外部から出力指示信号が入力されるように構成されており、電源部11は、出力指示信号をトリガにして、電源回路11aに溶接電流Iの供給を開始させる。出力指示信号は、例えば、トーチ2側に設けられた手元操作スイッチが操作された際にトーチ2側から溶接電源1へ出力される信号である。
【0042】
<送給速度及び設定電圧の制御>
図2は、本実施形態に係るアーク溶接方法の手順を示すフローチャート、図3は、溶接対象の母材4を示す側断面図である。まず、溶接により接合されるべき一対の母材4をアーク溶接装置に配置し、溶接モード等、各種設定を行う(ステップS11)。具体的には、図3に示すように板状の第1母材41及び第2母材42を用意し、被溶接部である端面41a、42aを突き合わせて、所定の溶接作業位置に配する。なお、必要に応じて、第1母材41及び第2母材42にY形、レ形等の任意形状の開先を設けても良い。第1及び第2母材41、42は、例えば軟鋼、機械構造用炭素鋼、機械構造用合金鋼等の鋼板である。
【0043】
各種設定が行われた後、溶接電源1は、溶接電流Iの出力開始条件を満たすか否かを判定する(ステップS12)。具体的には、溶接電源1は、溶接の出力指示信号が入力されたか否かを判定する。出力指示信号が入力されておらず、溶接電流Iの出力開始条件を満たさないと判定した場合(ステップS12:NO)、溶接電源1は、出力指示信号の入力待ち状態で待機する。
【0044】
溶接電流Iの出力開始条件を満たすと判定した場合(ステップS12:YES)、溶接電源1の送給速度制御回路12は、ワイヤの送給を指示する送給指示信号を、ワイヤ送給部3へ出力し、電流設定信号Irに応じた速度で溶接ワイヤ5を送給させる(ステップS13)。
【0045】
次いで、溶接電源1の電源部11は、電圧検出部11e及び電流検出部11fにて溶接電圧V及び溶接電流Iを検出し(ステップS14)、検出された溶接電圧V及び溶接電流I並びに溶接電源1の外部特性が、設定された溶接条件に一致するように、電源部11の出力をPWM制御する(ステップS15)。
【0046】
第1モードが設定されている場合、電源部11は、300A以上の大電流を溶接ワイヤ5に供給することによって、埋もれアークを実現する。第2モードが設定されている場合、電源部11は、300A未満の溶接電流Iを溶接ワイヤ5に供給することによってオープンアークを実現する。
【0047】
図4は、埋もれアーク状態を示す模式図である。300A以上の大電流が溶接ワイヤ5に供給され、約5~100m/分で溶接ワイヤ5が送給されている場合、溶接ワイヤ5の先端部5a及び被溶接部間に発生したアーク7の熱によって溶融した母材4及び溶接ワイヤ5の溶融金属からなる凹状の溶融部分6が母材4に形成され、溶接ワイヤ5の先端部5aが埋もれ空間6aに進入する。溶接ワイヤ5の先端部5aが埋もれ空間6aに深く進入すると、凹状の溶融部分6の底部61に照射されるアーク7によって、深い溶け込みが得られる。
【0048】
次いで、電圧制御回路11bは、突き出し長さが変動したか否かを判定する(ステップS16)。電圧制御回路11bは、例えば、電流検出部11fにて検出された溶接電流Iに基づいて、突き出し長さの変動を検出する。なお、ここでいう突出し長さとは、コンタクトチップから母材4の表面までの距離のことを指すものであって、溶接中に個体として存在する溶接ワイヤ5の長さ(コンタクトチップ先端からアーク発生点までの長さ)を指すものではない。
【0049】
突き出し長さが変動したと判定した場合(ステップS16:YES)、送給速度制御回路12は、突き出し長さの変動量に応じて、溶接ワイヤ5の送給速度を変動させる(ステップS17)。具体的には、送給速度制御回路12は、電流検出部11fにて検出された溶接電流Iが、電流等設定回路11dによって設定された電流値より小さくなった場合、検出された溶接電流Iと、設定された電流値との差分に応じて、溶接ワイヤ5の送給速度を増加させる。送給速度制御回路12は、電流検出部11fにて検出された溶接電流Iが、電流等設定回路11dによって設定された電流値より大きくなった場合、検出された溶接電流Iと、設定された電流値との差分に応じて、溶接ワイヤ5の送給速度を減少させる。
【0050】
図5は、溶接ワイヤ5の突き出し長さが変動した場合に、溶接ワイヤ5の送給速度を変動させることによって溶接電流Iを維持する方法を示す説明図、図6は溶接ワイヤ5の送給速度を変動させ、溶接電流Iを維持したときのアーク長の変化を示す模式図である。図5中、横軸は電流(A)、縦軸は電圧(v)を示している。
まず、一般的な外部特性制御、オープンアーク溶接の場合を考える。突出し長さが、長くなると、溶接ワイヤ5の抵抗値が上昇し、溶接電流Iは低下し溶接電圧は上昇する(図1中、状態Aから状態B)。なお一般的に、アーク長と溶接電圧に相関があるため、同じワイヤ送給速度においては、溶接電圧の上昇はアーク長が伸びることを意味する。この状態から溶接ワイヤ5の送給速度を上げていくと、溶接電流Iが上昇し、最終的に設定電流に一致する(図1中、状態Bから状態C)。ただしこの場合、状態Cでは状態Aと比較して、溶接ワイヤ5の送給速度が上昇しているが、溶接電流I及び溶接電圧は同じであり、同一のアーク長を得るためには出力が足りない状態となる。従って、状態Cでは状態Aと比較してアーク長が短くなってしまう。
【0051】
そこで、電源部11は、状態Bから溶接電流Iを上げる際、溶接ワイヤ5の送給速度だけでなく設定電圧を同時に上昇させる制御を行う。
【0052】
図7は溶接ワイヤ5の送給速度を変動させると共に設定電圧を変動させることによって、アーク長を維持する方法を示す説明図、図8は溶接ワイヤ5の送給速度を変動させると共に設定電圧を変動させることによって、アーク長が維持されることを示す模式図である。図7中、横軸は電流(A)、縦軸は電圧(v)を示している。
電源部11は、溶接ワイヤ5の突き出し長さが伸び、溶接ワイヤ5の送給速度を上昇させる場合、設定電圧を電圧VAから電圧VC'に上昇させる。設定電圧を上昇さえることによって、図8中、状態C'に示すようにアーク長を一定に維持することができる。図6に示す状態Cと、図8に示す状態C'を比較すると、図8に示す状態C'の方が設定電圧は高く、溶接ワイヤ5の送給速度は小さい。従って、図6の状態Cと、図8の状態C'では、後者の方がアーク長が長くなる。
このとき、送給速度の変化量に対する設定電圧の変化量が大きい程、アーク長が長くなるため、過大あるいは過小でない適正な値を用いることで、突出し長さの変動前後(図8中、状態Aと状態C')のアーク長を同じにすることができる。
【0053】
上記では第2モード、つまりオープンアーク溶接における溶接電流Iとアーク長の維持方法を説明したが、埋もれアーク溶接においても、基本的には同様のメカニズムで溶接電流Iとアーク長を一定維持することができる。
しかしながら、埋もれアーク溶接においてはワイヤ先端位置が変動しても、アーク長が変動し難いという事情がある。
【0054】
図9は、埋もれアーク溶接においてワイヤ先端位置が変動した場合のアーク長の変動を示す模式図である。図9に示すように、アーク力により溶融金属表面を押し下げる埋もれアークにおいては、ワイヤ先端位置が変化した場合、それに伴い溶融金属表面の位置も同じ方向に変化する(図9中、破線部分)。したがって埋もれアークでは、ワイヤ先端位置が変化してもアーク長が変化しにくく、すなわち電圧変化量が小さくなる。言い換えると、オープンアークと比較して、ワイヤ先端位置を変化させるために必要な設定電圧の変化量が小さくなる。このためオープンアークを用いて調整された、溶接ワイヤ5の送給速度の変化量に対する設定電圧の補正量パラメータをそのまま埋もれアークに適用すると、電圧の変化が過大となり、ワイヤ先端位置を一定位置に保持できない。例えば突出しが伸びた場合、送給速度と設定電圧をともに上げようとするが、設定電圧の影響が過剰となりワイヤ先端位置が引き上がる。突出し長さが短くなった場合は、ワイヤ先端位置が深くなる。
【0055】
上記した埋もれアークの特性を踏まえ、電源部11は、以下のように設定電圧の変動を制御する。
【0056】
まず電圧制御回路11bは、溶接モード及びワイヤ径に応じた、溶接ワイヤ5の設定電圧の補正量を選択する(ステップS18)。当該補正量は、溶接ワイヤ5の送給速度の変化量に対する出力電圧の変化量の割合を示すパラメータである。第1モードにおける当該補正量は、第2モードにおける当該補正量に比べて小さい。
【0057】
図10は、設定電圧の補正量を示すグラフである。横軸は設定電流(A)、縦軸は設定電圧の補正量(V・(m/分))を示す。具体的な補正量として、ワイヤ径がφ1.2、φ1.4、φ1.6(ソリッドワイヤ)、シールドガスがCO2、埋もれアーク溶接の場合における適正範囲を、通常のオープンアークの場合の適正範囲と併せて図10A図10B図10Cに示す。つまり、本実施形態1では、溶接ワイヤ5の送給速度の変化量に対する設定電圧の変化量を示す補正量パラメータとして、オープンアークより低い、埋もれアークに適した値を用いる。つまり、溶接ワイヤ5の突き出し長さに応じた送給速度の変化量に対する設定電圧の変化量は、凹状の溶融部分6が維持されるように設定されている。このように補正量パラメータを設定することにより、埋もれアークにおいても設定電流及びワイヤ先端位置を一定に保持することが可能になる。
なお、図10A図10B図10Cに示すように、第1モードにおける当該補正量と、第2モードにおける当該補正量との差分は、ワイヤ径が大きい程、大きくなるように設定されている。
【0058】
図2に戻り、ステップS18で補正量を選択した電圧制御回路11bは、突き出し長さの変動量と、ステップS18で選択された補正量に応じて、設定電圧を変動させる(ステップS19)。具体的には、電圧制御回路11bは、突き出し長さの変動量に応じて溶接ワイヤ5の送給速度が増加した場合、設定電圧が大きくなるように設定電圧を制御する。電圧制御回路11bは、突き出し長さの変動量に応じて溶接ワイヤ5の送給速度が減少した場合、設定電圧が小さくなるように設定電圧を制御する。
【0059】
次いで、溶接電源1の電源部11は、溶接電流Iの出力を停止するか否かを判定する(ステップS20)。具体的には、溶接電源1は、出力指示信号の入力が継続しているか否かを判定する。出力指示信号の入力が継続しており、溶接電流Iの出力を停止しないと判定した場合(ステップS20:NO)、電源部11は、処理をステップS13へ戻し、溶接電流Iの出力を続ける。
【0060】
溶接電流Iの出力を停止すると判定した場合(ステップS20:YES)、電源部11は、処理をステップS12へ戻す。
【0061】
(実施例)
本実施形態1に係るアーク溶接方法の実施例を説明する。
ワイヤ径φ1.4、ソリッドワイヤ、シールドガスCO2、ワイヤ送給速度15.9m/分、設定電流500A、設定電圧42.5Vの溶接条件で埋もれアーク溶接を行う際、ワイヤ送給速度の変化量に対する設定電圧変化量を0.7V(m/分)に設定する。かかる条件で実施形態1に係るアーク溶接方法を実施すると、溶接ワイヤ5の突出し長さを25mm±10mmに変化させても、設定電流を維持しつつ、ワイヤ先端位置を一定に維持した状態で安定的に埋もれアーク溶接を行うことができた。
【0062】
以上の通り、本実施形態1に係るアーク溶接装置及びアーク溶接方法においては、埋もれアーク溶接において、溶接ワイヤ5の突き出し長さが変動した場合であっても、溶融部分6に対するワイヤ先端部の位置を一定に維持し、安定した埋もれアーク状態を実現することができる。
埋もれアーク溶接及びオープンアークのいずれにおいても、突き出し長さが変動した際、溶接電流I及びアーク長さを一定に維持することができる。言い換えると、溶接ワイヤ5の突き出し長さが変化しても、アークを安定的に維持することができる。
【0063】
また、ワイヤ径の大きさに拘わらず、アーク7を安定的に維持することができる。
【0064】
(実施形態2)
実施形態2に係るアーク溶接装置及びアーク溶接方法は、溶接電流Iを周期的に変動させる点、設定電圧の制御方法が実施形態1と異なるため、以下では主に上記相違点を説明する。その他の構成及び作用効果は実施形態1と同様であるため、対応する箇所には同様の符号を付して詳細な説明を省略する。
【0065】
図11は設定電圧及び溶接電流Iの変動を示すグラフである。図11に示す各グラフの横軸は時間を示し、図11A図11Cに示す各グラフの縦軸はそれぞれ、溶接電源1の設定電圧、母材4及び溶接ワイヤ5間の溶接電圧V、溶接電流Iである。
【0066】
本実施形態に係るアーク溶接方法においては、定電圧特性の電源部11は、図11Aに示すように、設定電圧を周期的に変動させる。本実施形態2に係るアーク溶接方法を実施する場合、10Hz以上1000Hz以下の周波数、好ましくは50Hz以上300Hz以下の周波数、より好ましくは80Hz以上200Hz以下の周波数で設定電圧を周期的に変動させると良い。溶接電流Iの振幅は、50A以上、好ましくは、100A以上500A以下、より好ましくは200A以上400A以下である。溶接電流Iの平均値は、好ましくは平均電流を300A以上1000A以下、より好ましくは500A以上800A以下である。
このように設定電圧を周期的に変動させると、図4B及び図4Cに示すように、溶接電圧V及び溶接電流Iが周期的に変動する。
【0067】
図12は本実施形態2に係るアーク溶接方法を示す模式図である。第1モードにおいて平均電流300A以上の溶接電流Iが供給されると、溶接ワイヤ5の先端部5a及び被溶接部間に発生したアーク7の熱によって溶融した母材4及び溶接ワイヤ5の溶融金属からなる凹状の溶融部分6が母材4に形成され、溶接ワイヤ5の先端部5aが埋もれ空間6aに進入する。アーク7の様子を高速度カメラで撮影したところ、溶接電流Iを周期的に変動させると、図11左図に示すように、溶接ワイヤ5が埋もれ空間6aに深く進入し、溶接ワイヤ5の先端部5a及び溶融部分6の底部61間にアーク7が発生する第1状態と、溶接ワイヤ5が埋もれ空間6aに浅く進入し、先端部5a及び溶融部分6の側部62間にアーク7が発生する第2状態とを周期的に変動することが確認された。
【0068】
このように、溶接ワイヤ5の先端部5aは、埋もれ空間6aに進入して凹状の溶融部分6に囲まれた状態となり、溶接電流Iを周期的に変動させることにより、埋もれ空間6aにおける先端部5aの位置を上下させることができる。
第1状態においては、溶接ワイヤ5の先端部5aが埋もれ空間6aに深く進入し、溶融部分6の底部61に照射されるアーク7によって、深い溶け込みが得られる。
第2状態においては、溶接ワイヤ5の先端部5aが埋もれ空間6aに浅く進入し、溶融部分6の側部62に照射されるアーク7の力によって溶融部分6が支えられるため、埋もれ空間6aは安定した状態で維持される。
従って、溶接電流Iを周期的に変動させることによって埋もれ空間6aを安定的に維持することができる。
【0069】
図13は本実施形態2に係る設定電圧の制御方法を示すグラフである。上記のように設定電圧が周期的に変動している場合、電圧制御回路11bは、溶接ワイヤ5の突き出し長さが変動した場合、例えば、図13Aに示すように、変動する設定電圧の低電圧側の値を変動させる。
【0070】
また、電圧制御回路11bは、図13Bに示すように、溶接ワイヤ5の突き出し長さが変動した場合、変動する設定電圧の高電圧側の値を変動させても良い。
【0071】
更に、電圧制御回路11bは、図13Cに示すように、溶接ワイヤ5の突き出し長さが変動した場合、変動する設定電圧の平均値を変動させても良い。
【0072】
実施形態2に係るアーク溶接装置及びアーク溶接方法においては、溶接電流Iを周期的に変動させ、ワイヤ先端部を埋もれ空間6aに深く進入した第1状態と、ワイヤ先端部を引き上げた第2状態とを周期的に繰り替えることによって、埋もれ空間6aを安定した状態で維持しつつ、深い溶け込みを得ることができる。
【0073】
また、図13Aに示すように、変動する設定電圧の低電圧側の値を変動させることにより、高電圧側の値を変動さえる場合に比べて埋もれアークを安定化させることができる。
【0074】
更に、図13Bに示すように、変動する設定電圧の高電圧側の値を変動させることにより、低電圧側の値を変動させる場合に比べて磁気吹きに強い埋もれアークを形成することができる。低電圧側の値を変動させると、磁気吹きに対して強くなることもあれば弱くなることもあり挙動が不安定になる。設定電圧の高電圧側の値を変動させることにより、磁気吹きに対する挙動が安定し、磁気吹きに弱くなることが無くなる。
【0075】
更に、図13Cに示すように、変動する設定電圧の平均値を変動させることにより、磁気吹きにもある程度強く、安定性も高い埋もれアークを形成することができる。
【0076】
なお、本実施形態1及び2では、設定電圧が一定である場合、周期的に変動させる例を説明したが、その他の定電圧特性制御あるいは、これらに類するアーク制御方法に基づく埋もれアーク安定化制御にも本発明を適用することが可能である。
【符号の説明】
【0077】
1溶接電源、2トーチ、3ワイヤ送給部、4母材、5溶接ワイヤ、6溶融部分、6a埋もれ空間、11電源部、12送給速度制御回路、11a電源回路、11b電圧制御回路、11cモード設定回路、11d電流等設定回路
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13