(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-08
(45)【発行日】2023-02-16
(54)【発明の名称】眼内レンズ
(51)【国際特許分類】
A61L 27/16 20060101AFI20230209BHJP
A61F 2/16 20060101ALI20230209BHJP
A61L 27/50 20060101ALI20230209BHJP
C08F 220/18 20060101ALI20230209BHJP
【FI】
A61L27/16
A61F2/16
A61L27/50
C08F220/18
(21)【出願番号】P 2019564660
(86)(22)【出願日】2018-12-28
(86)【国際出願番号】 JP2018048609
(87)【国際公開番号】W WO2019138952
(87)【国際公開日】2019-07-18
【審査請求日】2021-10-15
(31)【優先権主張番号】P 2018001522
(32)【優先日】2018-01-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000135184
【氏名又は名称】株式会社ニデック
(74)【代理人】
【識別番号】100117606
【氏名又は名称】安部 誠
(72)【発明者】
【氏名】夛田 隆廣
(72)【発明者】
【氏名】横田 哲
(72)【発明者】
【氏名】村瀬 響子
(72)【発明者】
【氏名】長坂 信司
(72)【発明者】
【氏名】砂田 力
【審査官】篭島 福太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-017845(JP,A)
【文献】特開平08-308921(JP,A)
【文献】特開平08-173522(JP,A)
【文献】特開平07-157523(JP,A)
【文献】特開平11-070130(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 27/16
A61F 2/16
A61L 27/50
C08F 220/18
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリレート系モノマー成分Aと、メタクリレート系モノマー成分Bと、を構成成分として含む共重合体からなり、
前記共重合体の表面を含む表面部と、前記表面部よりも中心側の中心部と、を含み、
前記表面部は、前記中心部よりも、モノマー成分として前記モノマー成分Bを多く含むメタクリレートリッチ層を構成している、眼内レンズ。
【請求項2】
前記アクリレート系モノマー成分Aは、アルコキシ基含有アクリレートを含み、
前記メタクリレート系モノマー成分Bは、芳香族環含有メタクリレートを含み、
さらに、モノマー成分として、親水性のヒドロキシ基含有アクリレートを含む、
請求項1に記載の眼内レンズ。
【請求項3】
前記アルコキシ基含有アクリレートは、以下の一般式(1):
【化1】
ただし、式中、R1はメチル基またはエチル基であり、nは1~4の整数である;で表されるアクリレートを含み、
前記芳香族環含有メタクリレートは、以下の一般式(2):
【化2】
ただし、式中、R2は炭素数1~8の直鎖状または分岐鎖状のアルキレン基であり、Xは元素が存在しないか酸素原子であることを示す;で表されるメタクリレートを含み、
励起波長を532nmとするラマン分光分析スペクトルにおいて、
1450cm
-1近傍に観測されるC-H結合に由来するラマンピークの強度I
CHに対する、1003cm
-1近傍に観測される芳香族環に由来するラマンピークの強度I
Armの比をR=I
Arm/I
CHで表すとき、
当該眼内レンズの前記表面部における前記比Rs
1は、当該眼内レンズの前記中心部における前記比Rc
1について、Rs
1≧1.1×Rc
1の関係を満たす、
請求項2に記載の眼内レンズ。
【請求項4】
前記共重合体を構成するモノマー成分のうち、
前記芳香族環含有メタクリレートは40質量%以上52質量%以下であって、
前記アルコキシ基含有アクリレートは35質量%以上46質量%以下であって、
前記ヒドロキシ基含有アクリレートは8質量%以上12質量%以下である、
請求項2または3に記載の眼内レンズ。
【請求項5】
前記アクリレート系モノマー成分Aは、以下の一般式(3):
【化3】
ただし、式中、R3は炭素数1~6の直鎖状または分岐鎖状のアルキレン基であり、Yは元素が存在しないか酸素原子であることを示す;
で表される化合物を含み、
前記メタクリレート系モノマー成分Bは、以下の一般式(4):
【化4】
で表される化合物を含み、
励起波長を532nmとするラマン分光分析スペクトルにおいて、
1452cm
-1近傍に観測されるアルキル基のC-H結合に由来するラマンピークの強度I
CHに対する、1000cm
-1近傍に観測される芳香族環に由来するラマンピークの強度I
Armの比をR=I
Arm/I
CHで表すとき、
当該眼内レンズの前記表面部における前記比Rs
2は、当該眼内レンズの前記中心部における前記比Rc
2について、Rs
2≦0.95×Rc
2の関係を満たす、
請求項1に記載の眼内レンズ。
【請求項6】
前記共重合体を構成するモノマー成分のうち、
前記アクリレート系モノマー成分Aが全モノマー成分に占める割合は、42質量%以上62質量%以下であり、
前記メタクリレート系モノマー成分Bが全モノマー成分に占める割合は、35質量%以上55質量%以下である、
請求項5に記載の眼内レンズ。
【請求項7】
前記表面部の屈折率は、1.505以上1.51未満であり、
前記中心部の屈折率は、1.51以上1.53以下である、
請求項5または6に記載の眼内レンズ。
【請求項8】
前記比Rは、当該眼内レンズの前記中心部から前記表面に向かうに連れて、連続的に変化している、
請求項3または5に記載の眼内レンズ。
【請求項9】
前記共重合体を構成するモノマー成分として、紫外線吸収能を有する官能基を備えるモノマー成分Cを含む、
請求項1~8のいずれか1項に記載の眼内レンズ。
【請求項10】
前記モノマー成分Cは、前記アクリレート系モノマー成分Aと、前記メタクリレート系モノマー成分Bとの総量に対して、0.1質量%以上1.5質量%以下の割合で含まれる、
請求項9に記載の眼内レンズ。
【請求項11】
前記表面部の前記表面に直交する方向の寸法である厚さは、1μm以上40μm以下である、
請求項1~10のいずれか1項に記載の眼内レンズ。
【請求項12】
円形の光学部と、前記光学部を支持する一対の支持部とを備え、
前記光学部と前記支持部とは、一体的に形成されている、
請求項1~11のいずれか1項に記載の眼内レンズ。
【請求項13】
請求項1~12のいずれか1項に記載の眼内レンズと、インジェクタとを備え、
前記眼内レンズは、前記インジェクタに予め収容されている、眼内レンズ挿入システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼内に挿入して用いられる眼内レンズに関する。
本出願は2018年1月9日に出願された日本国特許出願2018-001522号に基づく優先権を主張しており、その出願の全内容は本明細書中に参照として組み入れられる。
【背景技術】
【0002】
白内障の治療方法の一つとして、従来より、白く濁った水晶体を水晶体嚢から摘出し、水晶体に代わって屈折力を担う眼内レンズ(Intraocular Lens:IOL)を嚢内に挿入する方法が広く採用されている。眼内レンズは、屈折力を発現する光学部と、光学部の位置を嚢内で固定する支持部とを備えている。眼内レンズの挿入に際しては、眼球の切開創をできるだけ小さくするため、例えば、光学部と支持部とが一体成型された1ピース型の眼内レンズを用意し、インジェクタと呼ばれる挿入器具を使用して、眼内レンズを折りたたんだ状態で眼内に挿入するようにしている。挿入された眼内レンズは、嚢内で再び元の形状に復元し、支持部が嚢に押し当てられることで嚢内での位置が安定される(例えば特許文献1~5参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】日本国特許出願公開第2001-151913号公報
【文献】日本国特許出願公開第2001-269358号公報
【文献】日本国特許出願公開第2001-340444号公報
【文献】日本国特許出願公開第2002-325829号公報
【文献】日本国特許出願公開第2011-136154号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
このように、眼内レンズには、眼屈折力のほかに、折りたたみ可能な柔軟性と、元の形状への弾性復元力(形状復元力)とが求められる。しかしながら、これらの特性を備え得る疎水性眼内レンズ材料は、その柔軟性ゆえに粘着性を併せ持つ。そのため、眼内で折りたたまれた眼内レンズがスムーズに広がり難かったり、攝子等の手術器具に付着し易くなったりするという課題があった。特許文献1~5には、眼内レンズの粘着性を低減するため、眼内レンズに対して粗面化処理やプラズマ照射などの表面処理を施すことが提案されている。しかしながら、これらの手法はいずれも工程数の増加を伴い、時間と手間を要するという不都合があった。
【0005】
そこで本発明は、表面の粘着性が低減された眼内レンズを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
ここに開示される技術によって提供される眼内レンズは、アクリレート系モノマー成分Aと、メタクリレート系モノマー成分Bと、を構成成分として含む(メタ)アクリレート系共重合体からなる。また眼内レンズは、上記共重合体の表面を含む表面部と、上記表面部よりも中心側の中心部と、を含む。そして上記表面部は、上記中心部よりもモノマー成分として上記モノマー成分Bを多く含むメタクリレートリッチ層を構成している。
【0007】
上記構成によると、眼内レンズの表面部はメタクリレートリッチ層により構成される。換言すると、表面部に含まれるアクリレート系モノマー成分Aの割合が低減され、表面部においては、アクリル系ポリマーそのものが備え得る粘着性が他の部位と比較して相対的に抑制される。これにより、眼内レンズの表面のベタつきが低減され、例えば眼内挿入時に折りたたまれても、眼内で容易に広がり元の形状に復元できる、取り扱い性および施術性に優れた眼内レンズが提供される。
【0008】
なお、この明細書において「(メタ)アクリレート」とはアクリレートおよびメタクリレートを包括的に意味する用語であり、例えば、「(メタ)アクリル酸」とはアクリル酸およびメタクリル酸を包括的に意味する用語である。また、「(メタ)アクリレート系ポリマー」とは、アクリレート系モノマーに由来するモノマー単位と、メタクリレート系モノマーに由来するモノマー単位とをポリマー構造中に含む重合物をいう。典型的には、アクリレート系モノマーとメタクリレート系モノマーとに由来するモノマー単位を合計で50質量%超の割合で含む重合物をいう。
【0009】
また、他の側面において、ここに開示される技術によって提供される眼内レンズは、アクリレート系モノマー成分Aと、メタクリレート系モノマー成分Bと、を構成成分として含む(メタ)アクリレート系共重合体からなる。また眼内レンズは、上記共重合体の表面を含む表面部と、上記表面部よりも中心側の中心部と、を含む。そして、上記表面部の粘着強度は1N/cm2以下であり、表面粗さは0.3nm以下である。
【0010】
上記構成によると、眼内レンズは(メタ)アクリレート系共重合体からなるため、折りたたみ可能な柔軟性と、元の形状への弾性復元力とを兼ね備えたものであり得る。そしてこの眼内レンズは、例えば、プラズマ照射や紫外線照射、電子線照射などの表面処理に基づく荒れた表面を備えていないにもかかわらず、粘着性が低く抑えられている。したがって、従来と同様の柔軟性および形状復元力と、低粘着性とが好適に両立された眼内レンズが提供される。
【0011】
ここに開示される眼内レンズの好ましい一態様において、上記アクリレート系モノマー成分Aは、アルコキシ基含有アクリレートを含み、上記メタクリレート系モノマー成分Bは、芳香族環含有メタクリレートを含み、さらに、モノマー成分として、親水性のヒドロキシ基含有アクリレートを含む。
これにより、ヒドロキシ基含有アクリレートを含む構成でありながら、上記の効果に加え、柔軟性および形状回復性とグリスニングの低減とが両立された眼内レンズが提供される。
【0012】
ここに開示される眼内レンズの好ましい一態様において、上記アルコキシ基含有アクリレートは、以下の一般式(1)で表されるアクリレートを含み、上記芳香族環含有メタクリレートは、以下の一般式(2)で表されるメタクリレートを含む。この眼内レンズは、励起波長を532nmとするラマン分光分析スペクトルにおいて、1450cm-1近傍に観測されるC-H結合に由来するラマンピークの強度ICHに対する、1003cm-1近傍に観測される芳香族環(フェニル基)に由来するラマンピークの強度IArmの比をR=IArm/ICHで表すとき、当該眼内レンズの上記表面部における上記比Rs1は、当該眼内レンズの前記中心部における上記比Rc1について、Rs1≧1.1×Rc1の関係を満たす。ただし、式(1)中、R1はメチル基またはエチル基であり、nは1~4の整数である。また、式(2)中、R2は炭素数1~8の直鎖状または分岐鎖状のアルキレン基であり、Xは元素が存在しないか酸素原子であることを示す。
このような構成によって、上記表面の粘着性がより確実に低減されるとともに、柔軟性および形状回復性とグリスニングの低減とが両立された眼内レンズが提供される。
【0013】
【0014】
ここに開示される眼内レンズの好ましい一態様において、上記共重合体を構成するモノマー成分のうち、上記芳香族環含有メタクリレートは40質量%以上52質量%以下であって、上記アルコキシ基含有アクリレートは35質量%以上46質量%以下であって、上記ヒドロキシ基含有アクリレートは8質量%以上12質量%以下である。
このような構成によって、上記柔軟性および形状回復性とグリスニングの低減とがよりよく両立された眼内レンズが提供される。
【0015】
ここに開示される眼内レンズの好ましい一態様において、上記アクリレート系モノマー成分Aは、以下の一般式(3)で表される化合物を含み、上記メタクリレート系モノマー成分Bは、以下の一般式(4)で表される化合物を含む。そして励起波長を532nmとするラマン分光分析スペクトルにおいて、1452cm-1近傍に観測されるアルキル基のC-H結合に由来するラマンピークの強度ICHに対する、1000cm-1近傍に観測される芳香族環に由来するラマンピークの強度IArmの比をR=IArm/ICHで表すとき、当該眼内レンズの前記表面部における前記比Rs2は、当該眼内レンズの前記中心部における上記比Rc2について、Rs2≦0.95×Rc2の関係を満たす。ただし、式(3)中のR3は炭素数1~6の直鎖状または分岐鎖状のアルキレン基であり、Yは元素が存在しないか酸素原子であることを示す。
【0016】
【0017】
上記構成では、アクリレート系モノマー成分Aが芳香族環を備える化合物を含むことで、共重合体の屈折率を高めることができる。また、表面部におけるモノマー成分Aの割合は、中心部に対して有意に低く抑えられている。このことにより、眼内レンズは、屈折力を維持したままその厚みを従来よりも薄くすることが可能となるために好ましい。また、眼内レンズの厚みを薄くしても、柔軟性、形状復元力および低粘着性は維持され得る。このことから、取り扱い性が良好でかつ施術者の負担のより少ない眼内レンズが提供される。
【0018】
ここに開示される眼内レンズの好ましい一態様において、上記共重合体を構成するモノマー成分のうち、上記アクリレート系モノマー成分Aが全モノマー成分に占める割合は、42質量%以上62質量%以下であり、上記メタクリレート系モノマー成分Bが全モノマー成分に占める割合は、35質量%以上55質量%以下である。つまり、ここに開示される眼内レンズは、全体としては、アクリレート系モノマー成分Aを多量に含むものの、その表面部でのモノマー成分Aの割合は低く抑えられている。これにより、眼内レンズに対して柔軟性および形状復元力を好適に付与しつつ、表面部の粘着性を簡便に抑えることが可能となる。
【0019】
ここに開示される眼内レンズの好ましい一態様において、上記表面部の屈折率は、1.505以上1.51未満であり、上記中心部の屈折率は、1.51以上1.53以下である。例えばこのように高い屈折率を備える眼内レンズとすることで、所定の屈折率をより薄い厚みで実現できるために好ましい。
【0020】
ここに開示される眼内レンズの好ましい一態様において、上記比Rは、当該眼内レンズの上記中心部から上記表面に向かうに連れて、連続的に変化している。換言すると、眼内レンズは、中心部の表面に、別途形成されたメタクリレート系モノマー成分Bの割合が多いメタクリレートリッチ層が積層されて形成されているわけではなく、モノマー成分Aとモノマー成分Bとの割合が徐々に変化されている傾斜構造を備えている。中心部と表面部とは、一体的に形成されている。このことにより、視野に悪影響を与えることなく、メタクリレートリッチ層を構成する表面部を備えることができる。
【0021】
ここに開示される眼内レンズの好ましい一態様では、上記共重合体を構成するモノマー成分として、紫外線吸収能を有する官能基を備えるモノマー成分Cを含む。上記モノマー成分Cは、上記アクリレート系モノマー成分Aと、上記メタクリレート系モノマー成分Bとの総量に対して、0.1質量%以上1.5質量%以下の割合で含まれることが好ましい。このような構成によると、例えば、共重合体を構成するモノマー成分の重合を、紫外線の照射によって好適に進行させることができる。これにより、短時間で硬化体としての共重合体を得ることができ、眼内レンズを簡便かつ短時間で形成できるために好ましい。かかる構成は、例えば、眼内レンズをキャストモールド製法により製造する場合に特に好適であり得る。
【0022】
ここに開示される眼内レンズの好ましい一態様では、上記表面部の上記表面に直交する方向の寸法である厚さは、1μm以上40μm以下である。このような構成によると、表面部の厚さを適切に薄くすることができる。その結果、相対的に屈折率の低い表面部の占める割合を低減しつつ、眼内レンズの粘着性を好適に低減することができて好ましい。
【0023】
ここに開示される眼内レンズの好ましい一態様では、円形の光学部と、上記光学部を支持する一対の支持部とを備え、上記光学部と上記支持部とは、一体的に形成されている、いわゆる1ピース型の眼内レンズである。ここに開示される眼内レンズは、(メタ)アクリレート系共重合体によって構成されていても、表面の粘着性が低く抑えられている。このことによって、折りたたみ時に支持部が光学部に押圧されても、折りたたみ圧が開放されたときに支持部はスムーズにもとの配置に復元し得る。このことにより、取り扱い性および施術性に優れた眼内レンズが提供される。
【0024】
また、他の側面において、ここに開示される技術は、眼内レンズ挿入システムを提供する。この眼内レンズ挿入システムは、上記のいずれかの眼内レンズと、インジェクタとを備え、上記眼内レンズは、上記インジェクタに予め収容されている。インジェクタは、眼内レンズを眼球の水晶体嚢に挿入するための専用挿入器具である。かかる構成によると、施術現場での眼内レンズの挿入操作が簡便になるとともに、眼内レンズの汚染や、眼内レンズのインジェクタへのセット時の損傷等が抑制されるために好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】
図1は、一実施形態に係る1ピース型の眼内レンズの構成を模式的に説明する(a)平面図と(b)側面図である。
【
図2】
図2は、一実施形態に係る眼内レンズの厚み方向に沿う断面模式図である。
【
図3】
図3は、一実施形態に係る眼内レンズについて、厚み方向に異なる位置(1)~(3)で測定したラマンスペクトルである。
【
図4A】
図4Aは、一実施形態に係る眼内レンズについて得たラマンスペクトルに基き算出されたピーク強度比I
1003/I
1450の、(a)ピーク強度比マップと、(b)厚み方向に沿うラインプロファイルを例示した図である。
【
図4B】
図4Bは、他の実施形態に係る眼内レンズについて得たラマンスペクトルに基き算出されたピーク強度比I
1000/I
1452の、(a)ピーク強度比マップと、(b)厚み方向に沿うラインプロファイルを例示した図である。
【
図5A】
図5Aは、一実施形態に係る眼内レンズについて、厚み方向に異なる位置(1)~(4)で測定したラマンスペクトルである。
【
図5B】
図5Bは、他の実施形態に係る眼内レンズについて、厚み方向に異なる位置(1)~(4)で測定したラマンスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の好適な実施形態を説明する。なお、本明細書において特に言及している事項以外の事柄であって、本発明の実施に必要な事柄(眼内レンズの基本的な形態等)は、本明細書に記載された発明の実施についての教示と、出願時の技術常識とに基づいて、当業者は理解することができる。本発明は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。また、以下の図面において、同じ作用を奏する部材・部位には同じ符号を付して説明することがあり、重複する説明は省略または簡略化することがある。また、数値範囲を示す「A~B」との表記は、特に断りのない限り、「A以上B以下」を意味するものとする。
【0027】
図1は、一実施形態に係る1ピース型の眼内レンズの構成を説明する図である。
図1の(a)は平面図であり、(b)は側面図である。
図2は、眼内レンズの厚み方向に沿う断面の一部を模式的に示した図である。眼内レンズ1は、所定の屈折力を有する光学部10と、光学部10を眼内で支持するための一対の支持部20とを備えている。光学部10と支持部20とは、同一の原料樹脂組成物から一体的に成形されている。
【0028】
光学部10は、例えば平面視で、概ね直径Dが5.5mm~7mm程度、典型的には6mm程度の円形を有している。光学部10の直径D方向に直交する方向を、厚み方向という。また、光学部10は、側面視で、例えば両面に向けて(厚み方向の両側に)突出した両凸レンズ形状を有している。光学部10の厚みは、光学部10を構成する材料の屈折率と、光学部10に求められる所望の屈折力等に基づいて決定することができる。光学部10の厚みは、円形の光学部10の中心Oにおいて、例えば300μm以上、一例として400μm以上、例えば800μm以下、一例として700μm以下、典型的には600μm程度(±10%程度)である。しかしながら、光学部10の形状はこれに限定されない。光学部10の形状は、例えば、平面視で楕円形や類楕円形であってよい。また、光学部10の形状は、例えば側面視で、一方の面のみが突出し、他方の面は平坦な平凸レンズ形状であってよく、あるいは、一方の面が突出し、他方の面は凹んだ凸メニスカスレンズ形状等であってもよい。
【0029】
支持部20は、光学部10の周縁から外方に向けて突出するように形成されている。一対の支持部20は、光学部10の中心Oを対称軸として、点対称となるように光学部10に対して形成されている。支持部20は、一端が自由端のループ形状を有している。支持部20は、光学部10との接続部の近傍において、レンズ部の平面内で大きく屈曲した屈曲部20aをそれぞれ備えている。支持部20は、屈曲部20aにおいて、自由端部を中心Oに近づける方向にさらに屈曲可能に構成されている。一対の支持部20の自由端の間の距離Lは、例えば11.5mm~13.5mm程度であり、典型的には12mm~13mm程度である。しかしながら、支持部20の形状はこれに限定されない。
【0030】
ここに開示される眼内レンズ1は、光学部10および支持部20がともに、透明性の高い(メタ)アクリレート系ポリマーによって構成されている。この(メタ)アクリレート系ポリマーは、重合性を有するアクリレート系モノマー成分Aとメタクリレート系モノマー成分Bと、を構成成分として含む重合物(共重合体)である。換言すると、アクリレート系モノマー成分Aに対応するモノマー単位とメタクリレート系モノマー成分Bに対応するモノマー単位をと含む共重合体である。(メタ)アクリレート系ポリマーは、一般に、柔軟であればあるほど粘着性が増大する傾向にある。また、(メタ)アクリレート系ポリマーについては、例えば、アクリレート系モノマーのホモポリマーの方が、メタクリレート系モノマーのホモポリマーよりもガラス転移点(Tg)が低くなる傾向にあり、粘着性を発現しやすい傾向にある。そこでここに開示される眼内レンズ1は、
図2に示すように、眼内レンズ1の厚み方向の表面を含む領域である表面部12と、この表面部12よりも眼内レンズ1の厚み方向の中心側である中心部14と、に区分けしたとき、表面部12は、中心部14よりも、メタクリレート系モノマー成分Bを多く含むメタクリレートリッチ層を構成していることにより特徴付けられる。
【0031】
表面部12を構成するメタクリレートリッチ層においては、必ずしも、アクリレート系モノマー成分Aのモノマー単位よりも、メタクリレート系モノマー成分Bのモノマー単位が多くなくてもよい。メタクリレートリッチ層においては、中心部14と比較したときに、中心部14よりもモノマー成分Bのモノマー単位が多く含まれていればよい。これは、(メタ)アクリレート系ポリマーの粘着性は、当該ポリマーを構成するモノマー成分の構造、たとえば炭素数や官能基等にもよるためである。
【0032】
このように、表面部12が、中心部14よりもメタクリレート成分をより多く含む構成とすることで、表面部12は、中心部14と比較して、粘着性が低減され得る。同時に、中心部14が、表面部12よりもアクリレート成分をより多く含む構成とすることで、中心部14は表面部12と比較して、柔軟性を備え得る。これにより、全体としては柔軟性を備えつつ、表面の粘着性が低減された眼内レンズ1が実現される。
【0033】
表面部12の粘着性はその組成よるために一概には言えないが、例えば、引き剥がし粘着力(粘着強度)は1N/cm2以下とすることができる。引き剥がし粘着力は、典型的には0.8N/cm2以下であり、0.6N/cm2以下であってよく、例えば、0.5N/cm2以下や、0.4N/cm2以下、0.3N/cm2以下、0.2N/cm2以下等であり得る。引き剥がし粘着力の下限は特に制限されないが、眼内レンズ1に要求される柔軟性と弾性復元力とを両立するとの観点から、例えば、0.1N/cm2以上とすることができる。なお、当該(メタ)アクリレート系ポリマーを構成するモノマー単位の種類にもよって異なり得るが、引き剥がし粘着力は、例えば0.3N/cm2以上であってよい。眼内レンズ1を構成する共重合体の表面の引き剥がし粘着力は、後述する実施例に記載の方法により測定することができる。また、表面部12の粘着性は、中心部14の粘着性と比較して、例えば90%以下程度に低減されていればよく、80%以下とすることができ、典型的には70%以下であり、例えば、60%以下や、50%以下、さらには45%以下や、40%以下とすることができる。表面部12の粘着性は、中心部14の粘着性と比較して、典型的には20%以上であり、例えば30%以上であってよい。
【0034】
このような(メタ)アクリレート系ポリマーは、重合可能なアルキル(メタ)アクリレート系モノマーを主モノマーとして含み、この主モノマーと共重合性を有する副モノマーを必要に応じてさらに含むモノマー成分の重合物として好ましく構成することができる。なお、主モノマーとは、モノマー成分全体のうち、最大の割合を占める成分であり、例えば50質量%以上、典型的には50質量%超を占める成分をいう。
【0035】
そして、主モノマー成分であるアルキル(メタ)アクリレートは、アクリレート系モノマー成分Aおよびメタクリレート系モノマー成分Bを含むことができる。アクリレート系モノマー成分Aおよびメタクリレート系モノマー成分Bは、例えば、次式:CH2=C(RI)COORII;で表されるアルキル(メタ)アクリレートを好適に用いることができる。ここで、上式中のRIは、水素原子またはメチル基である。また、上式中のRIIは直鎖状、分岐鎖状、または環状の炭化水素基である。炭化水素基は、アルキル基、ビニル基、アリール基であってよく、これらは任意の官能基、置換基を含んでいてもよい。RIIが直鎖状、分岐鎖状または環状のアルキル基である場合、炭素原子数は1~20(以下、このような炭素原子数の範囲を「C1-20」のように表すことがある。)程度であるとよい。例えば、柔軟性付与の観点から、アルキル基RIIはC1-14、例えばC1-10、典型的にはC1-8やC2-8、C1-6やC2-6、例えばC1-5やC3-5等であることが好ましい。例えば、具体的には、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、プロピル(メタ)アクリレート、イソプロピル(メタ)アクリレート、n-ブチル(メタ)アクリレート、sec-ブチル(メタ)アクリレート、イソブチル(メタ)アクリレート、tert-ブチル(メタ)アクリレート、イソペンチル(メタ)アクリレート、sec-ペンチル(メタ)アクリレ-ト、3-ペンチル(メタ)アクリレ-ト、tert-ペンチル(メタ)アクリレ-ト、ヘキシル(メタ)アクリレート、2-メチルブチル(メタ)アクリレート、ヘプチル(メタ)アクリレート、オクチル(メタ)アクリレート、2-エチルヘキシル(メタ)アクリレート、ノニル(メタ)アクリレート、デシル(メタ)アクリレート、ドデシル(メタ)アクリレート、ステアリル(メタ)アクリレート、シクロペンチル(メタ)アクリレート、シクロヘキシル(メタ)アクリレート等であるとよい。また、RIIは、上記アルキル基に対応するアルキレン基を含むアルキレン基含有(メタ)アクリレートであってもよい。例えばアルキル基は、アルキレン基、アルコキシ基、シクロアルキル基、アリール基、アルカノイルオキシ基、アラルキル基、アセトキシ基、およびハロゲノ基からなる群から選ばれる置換基または官能基を備えていてもよい。一例として、アルキレン基としては、例えば、C1-14やC1-10、典型的にはC1-6やC1-4等のアルキレン基であるとよい。具体的には、メチレン基、エチレン基、プロピレン基、ブチレン基、ヘキシレン基、ヘプチレン基、オクチレン基、ドデシレン基およびこれらを一部に含む官能基等であってよい。
【0036】
さらに、RIIは、上記アルキル基に対応するアルコキシ基を含むアルコキシ基含有(メタ)アクリレートであってもよい。アルコキシ基としては、例えば、C1-5やC1-4、典型的にはC1やC2等のアルコキシ基であるとよい。具体的には、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、t-ブトキシ基、ペンチルオキシ基、アリルオキシ基等およびこれらを一部に含む官能基が挙げられる。このようなアルコキシ基含有(メタ)アクリレートとしては、例えば、具体的には、エチレングリコールモノメチルエーテル(メタ)アクリレート、エチレングリコールモノエチルエーテル(メタ)アクリレート、エチレングリコールモノブチル(メタ)アクリレート、ジエチレングリコールモノメチルエーテル(メタ)アクリレート、ジエチレングリコールモノエチルエーテル(メタ)アクリレート、ジエチレングリコールモノブチルエーテル(メタ)アクリレート、ジプロピレングルコールメチルエーテル(メタ)アクリレート、ジプロピレングルコールエチルエーテル(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールモノメチルエーテル(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールモノエチルエーテル(メタ)アクリレート、テトラエチレングリコールモノメチルエーテル(メタ)アクリレート、テトラエチレングリコールモノエチルエーテル(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコールモノメチルエーテル(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコールモノエチルエーテル(メタ)アクリレート、2-(2-エチルヘキサオキシ)エチル(メタ)アクリレート等のアルコキシ基含有(メタ)アクリレートが挙げられる。中でも、エチレングリコールモノメチルエーテル(メタ)アクリレート、エチレングリコールモノエチルエーテル(メタ)アクリレート、ジエチレングリコールモノメチルエーテル(メタ)アクリレート、ジエチレングリコールモノエチルエーテル(メタ)アクリレート等のエトキシ基含有(メタ)アクリレートが好ましい。これらは、いずれか1種を単独で含んでもよいし、2種以上を組み合わせて含むようにしてもよい。
【0037】
なお、(メタ)アクリレート系ポリマーは、光学部10を構成するとの観点から、屈折率が高い材料であることが好ましい。かかる観点から、例えば、主モノマーは、RIIが環状構造を含む炭化水素基であってよく、例えば、芳香族環含有(メタ)アクリレートであってよい。芳香族環含有(メタ)アクリレートとしては、例えば、フェニル(メタ)アクリレート、メトキシフェニル(メタ)アクリレート、エトキシフェニル(メタ)アクリレート、等のアリール(メタ)アクリレート、ベンジル(メタ)アクリレート、2-フェニルエチル(メタ)アクリレート、4-フェニルブチルメタクリレート、メトキシフェニルエチル(メタ)アクリレート等のアリールアルキル(メタ)アクリレート、フェノキシエチル(メタ)アクリレート、フェノキシプロピル(メタ)アクリレート等のアリールオキシアルキル(メタ)アクリレート、フェノキシジエチレングリコール(メタ)アクリレート、フェノキシポリエチレングリコール(メタ)アクリレート、フェニルフェノールエチレングリコール(メタ)アクリレート等のアリールアルキレンオキサイド(メタ)アクリレート等が挙げられる。中でも、ベンジルアクリレート(BZA)、ベンジルメタクリレート(BZMA)、フェニルエチルアクリレート(PEA)、フェニルエチルメタクリレート(PEMA)、エチレングリコールモノフェニルエーテルアクリレート(EGPEA)、エチレングリコールモノフェニルエーテルメタクリレート(EGPEMA)の使用が好ましい。
【0038】
なお、主モノマーである上記の(メタ)アクリレートは疎水性を有する。したがって、特に限定するものではないが、(メタ)アクリレート系ポリマーは、主モノマーの他に副モノマー成分を含むことができる。このような副モノマー成分としては、一例として、眼内レンズ1を構成する(メタ)アクリレート系ポリマーに対し、親水性を付与するモノマー成分であってよい。(メタ)アクリレート系ポリマーは、例えば水酸基に代表される、親水性を付与する構成単位を含むモノマーを含むことができる。たとえば、上記の主モノマーとの共重合性を有し、モノマー構造内に親水性基を備える化合物を用いることができる。このような親水性を付与する副モノマーとしては、例えば、N-ビニルピロリドン、α-メチレン-N-メチルピロリドン、N-ビニルカプロラクタム等のN-ビニルラクタム類;2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、2-ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、4-ヒドロキシブチル(メタ)アクリレート、6-ヒドロキシヘキシル(メタ)アクリレート、2,3-ジヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、8-ヒドロキシオクチル(メタ)アクリレート等の水酸基含有(メタ)アクリレート;(メタ)アクリル酸;(メタ)アクリルアミド、N-メチル(メタ)アクリルアミド、N-エチル(メタ)アクリルアミド、N-ヒドロキシエチル(メタ)アクリルアミド、N,N-ジメチル(メタ)アクリルアミド、N,N-ジエチル(メタ)アクリルアミド、N-エチルアミノエチル(メタ)アクリルアミド類等の化合物を挙げることができる。これらの中でも、2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、4-ヒドロキシブチル(メタ)アクリレートが好ましく用いられる。これらの化合物は、いずれか1種を単独で配合してもよいし、2種以上を組み合わせて配合してもよい。また、この副モノマー成分も、(メタ)アクリレートであることが好ましい。したがって、親水性を付与する官能基は上記主モノマー成分が有していてもよいことはいうまでもない。
【0039】
(メタ)アクリレート系ポリマーを構成するために用いるその他の化合物としては、例えば、架橋剤(架橋性モノマーを含む)や重合開始剤等を挙げることができる。
架橋剤は、得られる(メタ)アクリレート系ポリマーの分子構造を3次元化することができる。これにより、眼内レンズ1の機械的強度や弾性復元力を向上させたり、ポリマー構造の安定化を図ることができる。架橋剤としては、水酸基(OH基)含有モノマー、カルボキシ基含有モノマー、酸無水物基含有モノマー、アミド基含有モノマー、アミノ基含有モノマー、イミド基含有モノマー、エポキシ基含有モノマー、(メタ)アクリロイルモルホリン、ビニルエーテル類等が挙げられる。一例として、具体的には、エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、1,4-ブタンジオールジ(メタ)アクリレート、1,6-ヘキサンジオールジ(メタ)アクリレート、1,9-ノナンジオールジ(メタ)アクリレート、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート等に代表される架橋剤を用いることができる。この架橋剤は、主モノマーとの関係から適宜配合量を決定することができる。例えば、全モノマー成分に対して、約0.01質量%以上であってよく、約1質量%以上が好ましく、約3質量%以上がより好ましく、例えば約4質量%以上であるとよい。また、架橋剤の割合は、10質量%以下であってよく、8質量%以下がより好ましく、例えば5質量%以下であってよい。
【0040】
また、副モノマー成分として、紫外線吸収能を有する紫外線吸収性モノマー成分Cを含むことができる。水晶体は紫外線を透過させ難い性質を有するのに対し、眼内レンズは紫外線を透過し得るため、網膜を損傷する危険性がある。そこで、副モノマー成分として、紫外線吸収能を有する紫外線吸収性モノマー成分Cを含むことで、眼内レンズ1を構成する(メタ)アクリレート系ポリマーに対し、紫外線吸収能を付与することができる。これにより、網膜の損傷を抑制したり、また、黄斑変性症や角膜炎等といった紫外線に由来する眼病が発生するリスクを低減することができる。なお、「紫外線吸収性モノマー」とは、紫外線吸収能を有する官能基を有するモノマー全般を意味する。また、紫外線吸収能を有する官能基としては、紫外線領域に吸収スペクトルを有する一群の機能原子団を意味する。このような紫外線吸収能を有する官能基は、広く紫外線吸収剤として用いられる紫外線吸収性化合物のアルキル残基やカルボン酸残基、アルコール残基、アミノ残基、アシル基などの総称であり得る。一例では、紫外線吸収性官能基としては、広く紫外線吸収性化合物中のカルボキシル基や水酸基、アミノ基などから水素原子を除いた原子団や紫外線吸収性化合物中のアシル基等を包含する。より具体的には、紫外線吸収性モノマー成分Cとしては、ベンゾトリアゾール系モノマー成分、ベンゾフェノン系モノマー成分、サリチル酸系モノマー成分、シアノアクリレート系モノマー成分を好ましく用いることができる。
【0041】
紫外線吸収性モノマー成分Cは、主モノマーたるアクリレート系モノマー成分Aと、メタクリレート系モノマー成分Bの総量に対して0.1~1.5質量%程度の割合で含まれることが適切と考えられる。モノマー成分Cの割合が0.1質量%よりも少なすぎると、上記の眼内レンズ1の紫外線吸収能が低くなりすぎて有効に機能しない可能性があるからである。また、モノマー成分Cの割合が1.5質量%よりも多すぎると、上記の眼内レンズ1を通過する紫外線量が低くなりすぎて視界が暗くなる可能性があるからである。紫外線吸収性モノマー成分Cの割合は、典型的には0.1~1.2質量%程度、例えば0.2~1質量%程度がより好適である。
【0042】
また、水晶体は黄色味を帯びているため、反対色である青色光の透過を一部抑制する性質を有する。したがって、ここに開示される(メタ)アクリレート系ポリマーについても黄色系色素や赤色系色素等により着色されて、色覚調整が施されていることが好ましい。このような着色剤としては、この種の眼内レンズの着色剤として使用されている公知のアゾ系化合物、ピラゾール系化合物等を適宜使用することができる。これらは、主モノマーとの関係から適宜配合量を決定することができる。例えば、全モノマー成分に対して、約0.01~1質量%程度の範囲で含むことが好ましい。
【0043】
また、重合開始剤としては、例えば、ベンゾインエーテル類やアミン類からなるラジカル重合開始剤を好ましく用いることができる。一例として、具体的には、2,2-アゾビスイソブチロニトリル、アゾビスジメチルバレロニトリル、ベンゾイン、メチルオルソベンゾイルベンゾエート等に代表される重合開始剤を用いることができる。これらは、主モノマーとの関係から適宜配合量を決定することができる。例えば、全モノマー成分に対して、約0.001~0.1質量%程度、例えば0.01~1質量%程度の範囲で含むことが好ましい。
【0044】
以上の眼内レンズ1は、極めて高い透明性と、屈折率、さらには柔軟性とが求められる。したがって、(メタ)アクリレート系ポリマーを構成する上記のアクリレート系モノマー成分Aおよびメタクリレート系モノマー成分B、親水性を付与するヒドロキシ基含有モノマーならびに架橋剤以外の成分は、含有量が極力抑えられていることが好ましい。例えば、アクリレート系モノマー成分Aおよびメタクリレート系モノマー成分B、親水性を付与するヒドロキシ基含有モノマーならびに架橋剤以外の成分は、重合性のモノマー成分の総量を100質量%としたとき、合計で5質量%以下程度とすることが好適であり得る。かかる成分は、例えば、4質量%以下であってよく、3質量%以下であってよい。
【0045】
眼内レンズ1は、これらのモノマー成分およびその他の化合物を含む原料組成物を共重合させることで得ることができる。原料組成物の重合物としては、室温にて含水させることなく容易に折り曲げ可能な特性を有するように、上記の各モノマー材料が選択され、全体としての配合が調整されている。ところで、原料組成物を従来法に基づいて共重合させると、得られる(メタ)アクリレート系ポリマーは常温にて表面に比較的高い粘着性を備え得る。これに対し、ここに開示される技術においては、眼内レンズ1の製造に、いわゆるキャストモールド製法を採用し、かつ、表面部12を酸素供給性環境にて重合するようにしている。
【0046】
具体的には、キャストモールド製法では、目的の眼内レンズ1の形状に対応したキャビティ(空隙)を備える鋳型を用意し、この鋳型に原料組成物を供給して、鋳型内で原料組成物を重合させる。ここに開示される技術では、この鋳型を、酸素透過性を有する材料で構成することにより、鋳型に接する表面部12に原料組成物中のメタクリレート系モノマー成分Bを相対的に多く存在させた状態を作り出し、重合を進めるようにしている。鋳型を構成する材料としては、従来汎用されているガラス材料やSUS鋼材は適切ではない。これに限定されるものではないが、例えば、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)樹脂等の比較的酸素透過性の高い有機材料を用いることが好ましい例として挙げられる。これにより、表面部12に、モノマー成分としてメタクリレート系モノマー成分Bを中心部14よりも多く含むメタクリレートリッチ層を構成することができ、表面の粘着性が好適に低減された眼内レンズ1を得ることができる。
【0047】
なお、ここに開示される眼内レンズ1を作製するに際し、眼内レンズ1の表面部12にメタクリレートリッチ層を好適に形成するとの観点からは、モノマー成分の組合せは重要となる。好ましい一態様では、アクリレート系モノマー成分Aはアルコキシ基含有アクリレートを含み、メタクリレート系モノマー成分Bは芳香族環含有メタクリレートを含み、さらに、他のモノマー成分として、親水性のヒドロキシ基含有アクリレートを含むとよい。このようなモノマーの組合せによると、例えば、眼内レンズ1の表面部12に比較的硬度の高いメタクリレートリッチ層を設け、眼内レンズ1の表面の粘着性を低減することができる。また、眼内レンズ1の中心部14については柔軟にすることができ、適度な柔軟性とともに、形状回復性を備える眼内レンズ1を実現することができる。なお、このような構成の(メタ)アクリレート系ポリマーでは、粘着性を抑えるとグリスニングが発生しやすいという背反があった。しかしながら、ここに開示される技術では、上記のアクリレート系モノマー成分Aとして、アルキル基含有アクリレートではなくアルコキシ基含有アクリレートを含むようにしている。そしてこのアルコキシ基含有アクリレートと、メタクリレート系モノマー成分Bと、ヒドロキシ基含有アクリレートとの組み合わせとすることにより、疎水性の(メタ)アクリレート系ポリマーに対し適度な親水性を付与し、例えばグリスニングの発生を好適に抑制することができる。このような構成は、これまでに知られていない新規な組成であると言える。
【0048】
ここで、アルコキシ基含有アクリレートとしては、以下の一般式(1)で表される化合物を含むことが好ましい。式中、R1はメチル基またはエチル基であり、nは1~4の整数である。このような化合物としては、一例として、エトキシ基を1~4つ含有するエトキシ基モノメチルエーテルアクリレート、エトキシ基を1~4つ含有するエトキシ基モノエチルエーテルアクリレート等が挙げられる。中でも、エチレングリコールモノメチルエーテルアクリレート(2-メトキシエチルアクリレート:MEA)、エチレングリコールモノエチルエーテルアクリレート(2-エトキシエチルアクリレート:EEA)、ジエチレングリコールモノメチルエーテルアクリレート(2-(2-エトキシエトキシ)メチルアクリレート:EEMA)、ジエチレングリコールモノエチルエーテルアクリレート(2-(2-エトキシエトキシ)エチルアクリレート:EEEA)の使用が好ましい。
【0049】
【0050】
また、芳香族環含有メタクリレートとしては、以下の一般式(2)で表される化合物を含むことが好ましい。式中、R2は炭素数1~8の直鎖状または分岐鎖状のアルキレン基であり、Xは元素が存在しないか酸素原子であることを示す。このような化合物としては、一例として、ベンジルメタクリレート(BZMA)、フェニルエチルメタクリレート(PEMA)、エチレングリコールモノフェニルエーテルメタクリレート(EGPEMA)等が挙げられる。中でも、ベンジルメタクリレートの使用が好ましい。
【化6】
【0051】
ヒドロキシ基含有アクリレートとしては、次式:CH2=CH―COO-RH-OH;で表される化合物を含むことが好ましい。式中、RHは炭素数1~8の直鎖状または分岐鎖状のアルキレン基である。このような化合物としては、一例として、2-ヒドロキシエチルアクリレート、2-ヒドロキシプロピルアクリレート、4-ヒドロキシブチルアクリレート、6-ヒドロキシヘキシルアクリレート、2,3-ジヒドロキシプロピルアクリレート、8-ヒドロキシオクチルアクリレート等が挙げられる。中でも、2-ヒドロキシエチルアクリレート(HEA)、4-ヒドロキシブチルアクリレート(HBA)の使用が好ましい。
【0052】
なお、上記のように、アクリレート系モノマー成分Aが芳香族環を有する化合物を含まずに、メタクリレート系モノマー成分Bが芳香族環を有する化合物を含むときは、例えばラマン分光分析によって、表面部12が中心部14よりも、モノマー成分としてモノマー成分Bを多く含んでいるかどうかを確認することができる。例えば、励起波長を532nmとするラマン分光分析スペクトルにおいて、メタクリレート系モノマー成分Bに含まれる芳香族環に由来するラマンピークは、1003cm-1近傍に観測される。そして、アクリレート系モノマー成分Aが、例えば、アルキル基やアルコキシ基等のC-H結合を構造中に有する化合物を含むとき、当該C-H結合に由来するラマンピークは1450cm-1近傍に観測される。
【0053】
これらのことから、例えば上記一般式(1)(2)で表される(メタ)アクリレート系モノマーおよびヒドロキシ基含有モノマーの共重合体については、表面部12と、中心部14とについて、1452cm-1近傍に観測されるラマンピークの強度I1452に対する、1000cm-1近傍に観測されるラマンピークの強度I1000の比R(=I1000/I1452)を算出し、両者を比較することで、いずれの領域でメタクリレート系モノマー成分Bの割合が多いかを確認することができる。例えば、眼内レンズ1の表面部12におけるピーク強度比Rsが、中心部14におけるピーク強度比Rcと比較したとき、Rs>Rcの関係を満たせば、表面部12の方が中心部14よりもメタクリレート系モノマー成分Bの割合が多いことを確認できる。換言すると、表面部12の方が中心部14よりもメタクリレート系モノマー成分Bの割合が多いことを確認できる。表面部12と中心部14とにおけるピーク強度比Rs、Rcは、Rs≧1.1×Rcの関係を満たすことが好ましく、Rs≧1.2×RcやRs≧1.3×Rcの関係を満たすことがより好ましい。
【0054】
なお、(メタ)アクリレート系ポリマーを構成するモノマー成分のうち、アクリレート系モノマー成分Aとヒドロキシ基含有アクリレートとを合わせたアクリレート系モノマーの合計と、メタクリレート系モノマー成分Bとの割合は、相対的に、アクリレート系モノマーのほうが多いことが好ましい。これにより、眼内レンズを過度に硬くすることなく、全体として柔軟な(メタ)アクリレート系ポリマーを得ることができる。より詳細には、芳香族環含有メタクリレートは40質量%以上52質量%以下であって、アルコキシ基含有アクリレートは35質量%以上46質量%以下であって、ヒドロキシ基含有アクリレートは8質量%以上12質量%以下であることが好ましい。またこの場合、芳香族環含有メタクリレート、アルコキシ基含有アクリレート、およびヒドロキシ基含有アクリレートの合計は、これに限定されるものではないが、合計で90質量%以上が好ましく、95質量%以上がより好ましい。
【0055】
なお、他の観点から、(メタ)アクリレート系ポリマーは、光学部10を構成するとの観点から、屈折率が高い材料であることが好ましい。かかる観点から、例えば、主モノマーは、R2が環状構造を含む炭化水素基であってよく、例えば、芳香族環を備えていてもよい。また、アクリレート系モノマーとメタクリレート系モノマーとの柔軟性を比較すると、アクリレート系モノマーのほうが柔軟性の高いポリマーを構成し得る。
そこで例えば、アクリレート系モノマー成分Aとしては、以下の一般式(3)で表される化合物を含むことが好ましい。式中、R3は炭素数1~6の直鎖状または分岐鎖状のアルキレン基である。アルキレン基としては、例えば、具体的にはメチレン基、エチレン基、プロピレン基、ブチレン基、ヘキシレン基等であり得る。また、Yは、元素が存在しないか酸素原子であることを示す。このような化合物としては、一例として、ベンジルアクリレート、ポリエチレングリコールモノフェニルエーテルアクリレートが挙げられる。
【0056】
【0057】
また、上記のとおり、アクリレート系モノマー成分Aが環状の炭化水素基を含む場合、メタクリレート系モノマー成分Bは、RIIが例えばC3-5の直鎖状のアルキル基であることが好ましい。このようなモノマー成分Bは、硬化物の透明性を高める作用を有するために好ましい。例えば、メタクリレート系モノマー成分Bは、以下の一般式(4)で表されるブチルメタクリレートを含むことが好ましい。アクリレート系モノマー成分Aが立体障害の生じ得るベンゼン環構造を備えているときに、メタクリレート系モノマー成分Bが比較的炭素数の少ない直鎖状の構造を備えていることで、例えばモノマー成分Bが容易に表面部12に移動することができ、表面部12におけるモノマー成分Bの割合を増大させることができる。
【0058】
【0059】
なお、上記のように、アクリレート系モノマー成分Aが芳香族環(フェニル基)を有する化合物を含み、メタクリレート系モノマー成分Bが芳香族環を有する化合物を含まないときは、例えばラマン分光分析によって、表面部12が中心部14よりも、モノマー成分としてモノマー成分Bを多く含んでいるかどうかを確認することができる。例えば、励起波長を532nmとするラマン分光分析スペクトルにおいて、アクリレート系モノマー成分Aに含まれる芳香族環に由来するラマンピークは、1000cm-1近傍に観測される。そして、メタクリレート系モノマー成分Bが、例えば、アルキル基のC-H結合を構造中に有する化合物を含むとき、当該アルキル基のC-H結合に由来するラマンピークは1452cm-1近傍に観測される。
【0060】
これらのことから、例えば上記一般式(3)(4)で表される(メタ)アクリレート系モノマーの共重合体については、表面部12と、中心部14とについて、1452cm-1近傍に観測されるラマンピークの強度I1452に対する、1000cm-1近傍に観測されるラマンピークの強度I1000の比R(=I1000/I1452)を算出し、両者を比較することで、いずれの領域でアクリレート系モノマー成分Aの割合が多いかを確認することができる。例えば、眼内レンズ1の表面部12におけるピーク強度比Rsが、中心部14におけるピーク強度比Rcと比較したとき、Rs<Rcの関係を満たせば、中心部14の方が表面部12よりもアクリレート系モノマー成分Aの割合が多いことを確認できる。換言すると、表面部12の方が中心部14よりもメタクリレート系モノマー成分Bの割合が多いことを確認できる。表面部12と中心部14とにおけるピーク強度比Rs、Rcは、Rs≦0.95×Rcの関係を満たすことが好ましく、Rs≦0.9×Rcの関係を満たすことがより好ましい。
【0061】
なお、(メタ)アクリレート系ポリマーを構成するモノマー成分のうち、アクリレート系モノマー成分Aとメタクリレート系モノマー成分Bとの割合は、相対的に、アクリレート系モノマー成分Aのほうが多いことが好ましい。これにより、屈折率が高く柔軟な(メタ)アクリレート系ポリマーを得ることができる。また、重合に際してアクリレート系モノマー成分の有する高い光重合性を利用することができる。アクリレート系モノマー成分Aとメタクリレート系モノマー成分Bとの割合は、例えば、モノマー成分全体を100質量%とし、アクリレート系モノマー成分Aを50質量%としたとき、メタクリレート系モノマー成分Bは、おおよそ30質量%以上、好ましくは35質量%以上、例えば40質量%程度とすることが好ましい。アクリレート系モノマー成分Aを50質量%としたとき、メタクリレート系モノマー成分Bはおよそ50質量%以下、好ましくは、45質量%以下とすることが好ましい。
【0062】
また、(メタ)アクリレート系ポリマーを構成するモノマー成分のうち、アクリレート系モノマー成分Aが全モノマー成分に占める割合は、42質量%以上62質量%以下であることが好ましい。また、メタクリレート系モノマー成分Bが全モノマー成分に占める割合は、35質量%以上55質量%以下であることが好ましい。また、これら主モノマーは、例えば、合計で50質量%以上であることが好ましく、75質量%以上であることが好ましく、例えば77質量%以上であるとより好ましい。主モノマー成分は、これに限定されるものではないが、合計で97質量%以下程度とすることができる。
【0063】
なお、上述のとおり式(3)(4)で表される(メタ)アクリレート系モノマーの共重合体については、表面部12が、中心部14よりもメタクリレート成分をより多く含む構成とすることで、表面部12は、中心部14と比較して、屈折率が低減され得る。表面部12の屈折率はその組成等によるために一概には言えないが、例えば、芳香族アクリレートの屈折率は、約1.5180と非芳香族環含有アクリレートよりも高い値となる。これに対し、一般的なアルキルメタクリレートの屈折率は、約1.4230と相対的に低くなり得る。このことから、上記の眼内レンズ1については、表面部12が、中心部14よりもメタクリレート成分をより多く含む構成を、例えば、屈折率を調べることで確認することができる。一例として、ここに開示される眼内レンズ1は、表面部12の屈折率は、1.505以上1.51未満であり、中心部14の屈折率は、1.51以上1.52以下であり得る。より具体的には、中心部14の屈折率を約1.5185±0.0020程度としたときに、表面部12の屈折率を約1.5080±0.0020程度に低減したものとして提供することができる。このことから、表面部12の屈折率は、中心部14の屈折率と比較して、約0.002以上低くてもよく、約0.005以上低くてもよく、例えば約0.008以上、さらには約0.010程度低くすることもできる。表面部12と中心部14との屈折率の差は、たとえば、0.020以下程度とすることが適切であり得る。なお、眼内レンズ1の屈折率は、これに限定されず、例えば、1.50以上1.53以下程度であってよい。
【0064】
このような眼内レンズ1は、その重合態様を制御し、表面部12を構成する成分を調整することによって表面の粘着性が低減されている。そのため、表面部12の表面粗さRaは、比較的小さいものとして実現することができる。例えば、眼内レンズ1の表面粗さは、0.35nm以下とすることができ、0.3nm以下であってよく、例えば0.25nm以下であり、0.20nm以下とすることができる。
【0065】
また、上記のとおり、表面部12と中心部14とは、別々に形成した部材を接合したものではなく、一体的に形成されている。したがって、表面部12と中心部14とでは、厚み方向に沿って、アクリレート系モノマー成分Aおよびメタクリレート系モノマー成分Bの割合が連続的に変化されている。典型的な一例では、表面部12は、厚み方向に沿って、最表面から離れるに連れて、アクリレート系モノマー成分Aが増大し、メタクリレート系モノマー成分Bが減少するように、組成が連続的に変化されている。なお、中心部14においては、鋳型の影響がもはや到達せず、概ね均一な組成を有することが確認されている。このように、ここに開示される眼内レンズ1の一態様では、表面部12に傾斜組成が実現されていることにより、表面の粘着性が好適に低減されているともいえる。
【0066】
なお、特に限定するものではないが、表面部12の厚さは、例えば1μm以上40μm以下とすることができる。表面部12の厚さを、例えば1μm以上とすることにより、中心部14と比較して粘着性および屈折率等の特性を有意に変化させることができて好ましい。表面部12の厚さは、典型的には5μm以上であり、例えば10μm以上であってよく、15μm以上とすることができる。しかしながら、表面部12の厚さが厚くなりすぎると、相対的に屈折率の低い表面部12の占める割合が過剰に増大されて、光学部10の屈折力が低減されるために好ましくない。かかる観点から、表面部12の厚さは、例えば35μm以下であってよく、30μm以下とすることができ、例えば25μm以下がより好適である。
【0067】
このように、ここに開示される眼内レンズ1は、(メタ)アクリレート系ポリマーにより構成されていることから、折りたたみ可能な柔軟性と、弾性復元力とが従来の眼内レンズと同様に好適に備えられている。そしてここに開示される眼内レンズ1は、さらに、表面の粘着性が低減されている。このことから、眼内レンズ1は、小さく折りたたんでも、折りたたみ力が解消されると直ちに展開されてもとの形状に回復する。このことにより、ここに開示される眼内レンズ1は、専用挿入器具にて小さく屈曲されて眼内に挿入される形態の眼内レンズとして特に好適に利用することができる。かかる観点から、ここに開示される技術は、この眼内レンズ挿入システムを好ましく提供することができる。
【0068】
具体的には図示しないが、眼内レンズ挿入システムは、上述の眼内レンズ1と、インジェクタとを備えている。インジェクタは、例えば、シリンジ型のインジェクタ本体とプランジャとを有している。インジェクタ本体は、先端側で内部空間の幅が縮小されており、眼内レンズ1はこの内部空間を通過することで幅方向に小さく折り畳まれるように構成されている。眼内レンズ1は、インジェクタ本体の内部に、平坦な状態で予めセットされている。眼内レンズ1を嚢内等に挿入する際には、インジェクタ本体に粘弾性物質等からなる潤滑剤等を供給したのち、インジェクタ本体にプランジャを押し込む。このことによって、眼内レンズ1を折りたたむように屈曲させ、潤滑剤とともにインジェクタの先端の排出口から眼内レンズ1を外部に排出する。これにより、眼内レンズ1を眼球の水晶体嚢に簡便に挿入することができる。なお、インジェクタは、例えば、上記のインジェクタ本体のうち、眼内レンズ1を収容する収容部から、眼内レンズ1を排出する排出口までの部分であるカートリッジ部のみから構成されていてもよい。カートリッジ部は、例えば、インジェクタ本体に対して着脱可能に構成されてもよい。
【実施例】
【0069】
以下、本発明に関するいくつかの実施例を説明するが、本発明をかかる具体例に示すものに限定することを意図したものではない。
【0070】
(試験例1)
[眼内レンズの用意]
アクリレート系モノマー成分Aとして2-メトキシエチルアクリレート(MEA)を36質量部用い、メタクリレート系モノマー成分Bとしてエチレングリコールモノフェニルエーテルメタクリレート(EGPEMA)を50質量部用い、その他、4-ヒドロキシブチルアクリレート(HBA)10質量部と、1,4-ブタンジオールジアクリレート(BDDA)4質量部とを用い、さらに紫外線吸収剤および重合開始剤を加えて均一に混合することで、例1の眼内レンズ用原料組成物を用意した。
【0071】
また、アクリレート系モノマー成分としてエチレングリコールモノフェニルエーテルアクリレート(EGPEA)を50質量部用い、メタクリレート系モノマー成分としてn-ブチルメタクリレート(BMA)を37質量部用い、その他、メチルメタクリレート(MMA)、n-ブチルアクリレート(BA)、および1,4-ブタンジオールジアクリレート(BDDA)を合計で13質量部と、さらに紫外線吸収剤および重合開始剤を加えて均一に混合することで、例2の眼内レンズ用原料組成物を用意した。
【0072】
これらの原料組成物をそれぞれ、直径6mm、厚さ0.56mmの両凸レンズ型のピロティを備える有機化合物(PEEK)製の鋳型に注入し、エアオーブン内にて、60℃で12時間、100℃で12時間の条件で熱重合させることで、例1および例2のレンズ成形体を複数用意した。
【0073】
[レンズ成形体のラマン分光分析1]
まず、例2のレンズ成形体について、主モノマーの1つとして用いたEGPEAの濃度をレンズ成形体の厚み方向に沿って中心部まで調べた。具体的には、用意したレンズ成形体を、凍結環境下にてミクロトームを用い、円形のレンズ光学部の半径方向で切断することで、レンズ成形体の測定用断面(切片)を用意した。そしてこの測定用断面のうち、レンズ光学部の円形の中心において、厚み方向に沿う以下の3点を測定点としてラマン分光分析を行った。
【0074】
(1)表面部:最表面から約2μmの点
(2)中間部:表面部と下記中心部との中点であり、最表面から約140μmの点
(3)中心部:厚み方向の中心であり、最表面から約280μmの点
【0075】
ラマン分光分析には、WITec社製のSNOM/AFM/Raman複合分析装置(ALPHA300RSA)を用い、以下の測定条件にて測定した。その結果、得られたラマンスペクトルを
図3に示した。なお、
図3は、3つの測定点について得られたラマンスペクトルを、アルキル基中のCH逆対称振動に帰属される1452cm
-1付近のピーク強度を基準に規格化し、約800~1800cm
-1の範囲についてのみ抽出し、重ねて示している。
【0076】
〔顕微ラマン分析条件〕
励起波長 :532nm
測定波数範囲 :約125~3800cm-1
グレーティング:600gr/mm
対物レンズ :100倍
測定時間 :0.5sec/スペクトル
検出器 :EMCCD
【0077】
3つの測定点について得られたラマンスペクトルは、全測定範囲において、検出ピークの位置、形状、高さ等が概ね揃っていることが確認できた。しかしながら、
図3に示すように、例えば、793cm
-1、1000cm
-1、1030cm
-1、1176cm
-1、1294cm
-1、1601cm
-1近傍に見られる一部のピーク高さには、ばらつきが見られた。これらのピークは、(2)中間部および(3)中心部が概ねほぼ同じピーク高さであるのに対し、(1)表面部のピークが低いことで共通している。1000cm
-1のピークが芳香族炭素環に帰属され、1601cm
-1のピークが骨格および芳香族炭素環のC=Cに帰属されることから、これらのピーク高さのばらつきはEGPEAの存在比率の差によるものと考えられる。
【0078】
なお、(1)表面部、(2)中間部、および(3)中心部についてのラマンスペクトルから、1452cm-1のピーク強度I1452に対する1000cm-1のピーク強度I1000の比I1000/I1452を算出したところ、(1)表面部は約1.76、(2)中間部は約2.54、(3)中心部は約2.20であることが確認できた。このことから、レンズ成形体は、(2)中間部および(3)中心部よりも、(1)表面部においてEGPEAの割合が有意に少ない(例えば、0.8倍)ことが確認できた。換言すると、レンズ成形体は、(2)中間部および(3)中心部よりも、(1)表面部においてメタクリレート成分の割合が多いことが確認できた。
【0079】
[レンズ成形体のラマン分光分析2]
次いで、例1および例2のレンズ成形体について、主モノマーの1つとして用いたEGPEMA又はEGPEAの厚み方向での濃度分布を、レンズ成形体の断面領域の一部について調べた。具体的には、上記ラマン分光分析1と同様にして、レンズ成形体の測定用断面(切片)を用意した。そしてこの測定用断面のうち、レンズ光学部の円形の中心を含む表面(最表面から約2μmの点)から、面方向約20μm×厚み方向約40μmの領域について励起光を走査し、ラマン分光分析(ラマンマッピング分析)を行った。ラマン分光分析には、試験例1と同じSNOM/AFM/Raman複合分析装置を用い、分析条件は、以下の通りとした。
【0080】
〔ラマンマッピング分析条件〕
励起波長 :532nm
測定波数範囲 :約125~3800cm-1
グレーティング:600gr/mm
対物レンズ :100倍
測定範囲 :20μm×40μm
測定点 :100点×200点
測定時間 :0.2sec/スペクトル(マッピング)
検出器 :EMCCD
【0081】
例1および例2のレンズ成形体のラマン分光分析の結果から、1450~1452cm
-1近傍のCHに由来するピークの高さI
CHと、1000~1003cm
-1近傍の芳香族環に由来するピークの高さI
Armとの比を算出し、ピーク強度比I
Arm/I
CH(具体的には、例1:I
1003/I
1450および例2:比I
1000/I
1452)のマップとして、
図4A,4Bの(a)にそれぞれ示した。また、厚み方向に沿って実施した任意の一走査に係るラマン分光分析に基づく比I
Arm/I
CHのラインプロファイルを、
図4A,4Bの(b)にそれぞれ示した。
【0082】
ピーク強度比I
Arm/I
CHマップ(a)はグレースケール表示をしているために詳細が読み取り難いが、比I
Arm/I
CHは面方向で概ね均一な値であることがわかった。また、比I
Arm/I
CHは、厚み方向に沿って表面から離れるにつれて、例1のレンズ成形体については徐々に低い値となり、例2のレンズ成形体については徐々に高い値となっていくことがわかった。換言すると、例1および例2のレンズ成形体の何れも、レンズ成形体の表面に平行な面方向での組成は概ね均一であるものの、面方向に直交する厚み方向では表面部においてメタクリレート成分がリッチであり、表面から離れるにつれてメタクリレート成分の割合が減ってアクリレート成分の割合が多くなることがわかった。また、
図4A,4Bの(a)(b)から、例1のレンズ成形体については、相対的に表面に近い領域でピーク強度比に大きな変動がみられ、例2のレンズ成形体については、相対的になだらかにピーク強度比に変動がみられることがわかった。
【0083】
[レンズ成形体のラマン分光分析3]
そこで、例1および例2のレンズ成形体について、主モノマーの1つとして用いたEGPEMA又はEGPEAの存在比率の変化を、ラマンマッピング分析領域内でより詳細に確認した。具体的には、各例のレンズ成形体の測定用断面(切片)を用意し、この測定用断面のうち、円形のレンズ光学部の中心付近の表面から以下の4つの領域を設定し、各領域内でラマン分光分析を行った。ラマン分光分析の条件は、上記分析1と同様にした。その結果、例1および例2のレンズ成形体について得られたラマンスペクトルを
図5A、5Bにそれぞれ示した。なお、ラマンスペクトルは、以下の4つの測定点について得られたラマンスペクトルを、約800~1800cm
-1の範囲について抽出し、アルキル基中のCH逆対称振動に帰属される(例1)1450cm
-1または(例2)1452cm
-1付近のピーク強度I
CHを基準に規格化し、重ねて示している。
【0084】
領域1:表面から凡そ0~10μmの範囲(測定点約2μm)
領域2:表面から凡そ10~20μmの範囲(測定点約10μm)
領域3:表面から凡そ20~30μmの範囲(測定点約20μm)
領域4:表面から凡そ30~40μmの範囲(測定点約30μm)
【0085】
図5A、5Bに示すように、各測定点について得られたラマンスペクトルは、全測定範囲において、検出ピークの位置、形状等が概ね揃っていることが確認できた。しかしながら、詳細に観察すると、例えば、
図5Aの例1のレンズ成形体については、1727cm
-1近傍のC=O結合に由来するピークは、測定点(1)~(4)で高さがほぼ同じであるのに対し、芳香族炭素環の伸縮振動に由来する1003cm
-1近傍のピーク、芳香族環や骨格のC=C結合に由来する1606cm
-1近傍のピークは高さが大きく異なることがわかった。同様に、例えば、
図5Bの例2のレンズ成形体については、1729cm
-1近傍のC=O結合に由来するピークは、測定点(1)~(4)で高さがほぼ同じであるのに対し、芳香族炭素環の伸縮振動に由来する1000cm
-1近傍のピーク、芳香族環や骨格のC=C結合に由来する1601cm
-1近傍のピークは、高さが大きく異なることがわかった。これらのピーク高さのばらつきは、例1のレンズ成形体については、メタクリレート系モノマー成分Bとして用いたEGPEMAの各測定点における存在比率の差に、例2のレンズ成形体については、アクリレート系モノマー成分Aとして用いたEGPEAの各測定点における存在比率の差によるものと考えられる。そこで、CHに由来する1450cm
-1近傍のピークの高さと、芳香族環に由来する1000cm
-1近傍のピークの高さとの比I
Arm/I
CHを算出し、以下の表1に示した。
【0086】
【0087】
表1に示されるように、例1のレンズ成形体については、メタクリレート系モノマー成分Bとして用いたEGPEMAの割合が、表面に近い測定点(1)では相対的に多いものの、厚み方向の中心側である測定点(4)に向かうにつれて徐々に減少していることがわかった。反対に、例2のレンズ成形体については、アクリレート系モノマー成分Aとして用いたEGPEAの割合が、表面に近い測定点(1)では相対的に少ないものの、厚み方向の中心側である測定点(4)に向かうにつれて徐々に増加していることがわかった。比I
Arm/I
CHは、
図4A,4Bの(b)ラインプロファイルによく対応していることが確認できた。
【0088】
表1に示すように、例1のレンズ成形体について、一例では、領域1~領域4にわたる領域で、比I
Arm/I
CHが、1.50、1.25、1.16、1.09の順に急激に減少していることがわかった。なお、
図4A(b)のラインプロファイルによると、領域Aのうちでも表面から約5μmの領域において比I
Arm/I
CHが1.60を超えて特に高い値をとり、例2のレンズ成形体と比較して、表面で局所的にEGPEMAの存在比率が変動することがわかった。I
Arm/I
CHは、領域1、2で急激に変化するものの、領域3および領域4では変動がほぼ収束して緩やかに変化していくことが確認できた。
【0089】
例2のレンズ成形体について、一例では、領域1~領域4における比I
Arm/I
CHが、順に、0.54、0.62、0.69、0.72の順に大きくなっていることがわかった。また、領域1および領域2では、I
Arm/I
CHのラインの傾きが急であり、相対的にI
Arm/I
CH値の増加の割合が高いことがわかった。また、
図4Bの(b)では、I
Arm/I
CHは、領域3および領域4においてもわずかずつ増大しているように見える。しかしながら、ラマンスペクトル自体を確認すると、領域3(例えば、厚み方向に30μmの点)で得られたラマンスペクトルと、領域4(例えば、厚み方向に40μmの点)で得られたラマンスペクトルとには、有意な差異がみられないことが確認できた。このことから、
図4Bの(b)のラインプロファイルでは、領域3よりも領域4の方が比I
Arm/I
CHが高くなるように見えるが、これはスペクトルのS/N比の影響によるものであって、実際には、表面から凡そ20μm以上離れた領域Cおよび領域Dでは、比I
Arm/I
CHに大きな変化は見られないことがわかった。
【0090】
(試験例2)
試験例1における例1および例2と同様に作製したレンズ成形体(実施例)について、表面の粘着性と、表面粗さとを測定した。また、比較のために、例2と同じ原料樹脂組成物を用い、これを板状に重合させることによって軟性アクリル基材を用意し、この基材を切削加工して同一形状の1ピース型のレンズ切削物(比較例)を用意した。このレンズ切削物は、このままでは粘着性が非常に高いため、切削加工後のレンズ切削物の表面にプラズマを照射するプラズマ処理を施すことで、表面の粘着性を低下させた。そしてプラズマ処理後のレンズ切削物(比較例)を取り出し、上記レンズ成形体と同様に粘着性と表面粗さとを評価した。
【0091】
[レンズ成形体の粘着性評価]
粘着性の評価は、以下の手法(いわゆる、プローブタック試験法)にて実施した。
具体的には、粘着性測定装置として、株式会社イマダ製のフォースゲージZTA-20Nを用い、押圧圧子としてピンゲージ(PG-5、ロッド外径5mm、押圧面積φ4mm)を装着して用いた。フォースゲージは、試験方向が鉛直下方に一致するように計測スタンド(MX2-500N)に設置して使用した。そして、室温23±0.5℃、相対湿度が約40%の環境下、押圧圧子の真下にレンズ成形体の中心が位置するとともに、レンズ成形体の裏面が上方(測定面)となるようにレンズ成形体を配置した。
【0092】
そして、押圧圧子を、押込速度15mm/s、押込み荷重5Nで押込み時間10秒の間、レンズ成形体に押圧したのち、引上速度15mm/sで引き上げたときの、引き剥がし強度を測定した。フォースゲージの駆動には、制御ソフト(Force Recorder Standard)を用い、引き剥がし強度をデータ測定点数を0.01秒毎に1回として測定した。試験数は、N=10とし、引き剥がし強度の算術平均値と標準偏差とを算出して、下記の表2に示した。
【0093】
[レンズ成形体の表面粗さ]
例1および例2(実施例)と比較例のレンズ成形体の表面について、走査型プローブ顕微鏡(Scanning Probe Microscope:SPM)を用い、10μm四方の微小領域をスキャンすることで、表面の3次元形状を測定した。その結果から、表面粗さパラメータとして、中心線平均粗さ(平均偏差、Ra)、二乗平均面粗さ(RMS)、および表面積率(S Ratio)を算出し、その結果を表2に併せて示した。これらの表面粗さパラメータは、JIS B0601、JIS B0633に準じて測定した。
【0094】
なお、SPMとしては、オックスフォード・インストゥルメンツ社製の分子間力プローブ顕微鏡システム(MFP-3D-SA)を用い、大気雰囲気中、室温(25℃)で、測定モードをDFMモードとし、探針としてMulti75Al・G(バネ定数3N/m)を用いた。
【0095】
【0096】
表2に示されるように、例1および例2のレンズ成形体は、比較例のプラズマ照射を行った切削加工品と比較して、表面の粘着性が安定的、かつ、十分に低減されていることが確認できた。例えば、具体的には、粘着強度は、粘着性を低減させるためのプラズマ照射を施した切削加工品であっても約1.14N/mm2であるのに対し、例1のレンズ成形体については約0.12N/mm2および、例2のレンズ成形体については約0.46N/mm2であった。例2のレンズ成形体と比較例のレンズ切削体は、同じ樹脂原料組成物を用いながらもその重合態様を制御することで、粘着性は約40%にまで低減(低減率は約60%)できることが確認できた。また、比較例の切削加工品については、粘着性を低減させるためのプラズマ照射によって、表面粗さが0.372nmと粗くなってしまう。これに対し、例2のレンズ成形体においては、特段、表面処理を施すことなく、表面の粘着性が低減されることから、表面粗さは鋳型に対応する0.194nmと極めて低くできることが確認できた。さらに、モノマー種を調整した例1のレンズ成形体については、例2のレンズ成形体と比較して、表面粗さは同程度であるものの、粘着性がより一層低減されることが確認できた。つまり、ここに開示される技術によるレンズ成形体は、十分な柔軟性と形状回復性とを備えながらも、特段の処理を施すことなく表面の粘着性が十分に低く抑えられることが確認できた。そのため、表面粗さは、例えば0.3nm以下(例えば0.25nm以下)と小さく、滑らかな表面を備えうることが確認された。
【0097】
(試験例2)
[眼内レンズの用意]
試験例1における例2と同様にして、眼内レンズ用原料組成物を用意した。この原料組成物を、直径6mm、厚さ0.56mmの両凸レンズ型のピロティを備える鋳型に注入し、エアオーブン内にて、60℃で12時間、100℃で12時間の条件で熱重合させることで、例2-1~2-3のレンズ成形体を得た。なお、鋳型としては、ガラス製、SUS製、PEEK製の3通りを用意し、上型と底型とを以下の表3に示すように組み合わせて用いた。
【0098】
[屈折率の測定]
用意した例2-1~2-3のレンズ成形体の表側表面と裏側表面とにおける屈折率を測定し、その結果を表3に併せて示した。屈折率の測定位置は、平面視で円形のレンズ光学部の中心点とし、重合時に上型に接していた上面と、底型に接していた底面とにした。屈折率の測定には、デジタル屈折計(株式会社アタゴ製、RX-7000i)を用い、室温(23℃)における屈折率を測定した。
【0099】
【0100】
表3に示されるように、鋳型としてガラスやSUSを用いた例2-1~2-2の上面および底面、ならびに、例2-3の底面については、レンズ成形体の表面の屈折率は1.517~1.519の範囲に収まることがわかった。特に例2-1および例2-2において、上面と底面とにおける屈折率の差は、それぞれ0.00005および0.00010と小さい。具体的には示していないが、本実施例と同様の組成の原料組成物を硬化させて得られるレンズ成形体の厚み方向の中心における屈折率は、例えば1.5185±0.0020程度の範囲に収まることを確認している。
【0101】
これに対し、PEEK等の有機化合物からなる鋳型を用いた例2-3の上面では、レンズ成形体の表面屈折率が1.517よりも大きく低下し、例えば1.508±0.002程度となることがわかった。例2-3における上面と底面との屈折率の差は、0.01045と、例2-1および例2-2と比較して格段に大きい。なお、具体的には示していないが、例2-3のレンズ成形体の厚み方向の中心における屈折率は、いずれも例2-1および例2-2と同様の1.5185±0.0020の範囲であった。
【0102】
原料モノマーのうち、主モノマーの1つとして用いたEGPEA(液体)は分子構造内に芳香族環を備えることから、その屈折率は1.5180と相対的に高いのに対し、同じく主モノマーとして用いたアルキルメタクリレート(液体)の屈折率は1.4230と相対的に低い。また、PEEK等の有機化合物は、ガラスやSUS等の無機材料と比較して酸素透過性が高いことが知られている。これらのことから、酸素透過性の高いPEEK等の有機化合物製の鋳型として用いることで、この鋳型に接する表面において重合したアクリレートおよびメタクリレート系共重合体においては、アルキルメタクリレートの重合が優位に進行し、その結果、鋳型に接する表面部ではアルキルメタクリレート成分が優位に存在していると言える。換言すれば、鋳型に接する表面部にメタクリレートリッチ層が形成されたといえる。そしてこれに伴い、レンズ成形体の表面部では、含有率の高いアルキルメタクリレート成分に由来して、中心部よりも相対的に屈折率が低くなっていると考えられる。なお、具体的には示していないが、例1のレンズ成形体については、表面部と中心部とで、例2のレンズ成形体にみられたような屈折率の大幅な変化は確認できず、屈折率は概ね1.52~1.53程度であった。これは、相対的に屈折率の低いメタクリレート系モノマー成分が、相対的に屈折率の高い芳香族環を有していることから、アクリル系モノマー成分との間に有意な屈折率の差が生じなかった可能性があると予想される。
【0103】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
【符号の説明】
【0104】
1 眼内レンズ
10 光学部
12 表面部
14 中心部
20 支持部