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特許7223935無線通信装置、無線通信システム及び無線通信方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-09
(45)【発行日】2023-02-17
(54)【発明の名称】無線通信装置、無線通信システム及び無線通信方法
(51)【国際特許分類】
   H04B 5/02 20060101AFI20230210BHJP
【FI】
H04B5/02
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2019058880
(22)【出願日】2019-03-26
(65)【公開番号】P2020161959
(43)【公開日】2020-10-01
【審査請求日】2022-03-01
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、総務省、戦略的情報通信研究開発推進事業(SCOPE)「バッテリレス・ワイヤレス完全同期ストリーム通信を実現するマルチサブキャリア多元接続方式の高信頼化と広域化」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】899000079
【氏名又は名称】慶應義塾
(73)【特許権者】
【識別番号】391022614
【氏名又は名称】学校法人幾徳学園
(73)【特許権者】
【識別番号】000142067
【氏名又は名称】株式会社共和電業
(74)【代理人】
【識別番号】110002262
【氏名又は名称】TRY国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】三次 仁
(72)【発明者】
【氏名】市川 晴久
(72)【発明者】
【氏名】川喜田 佑介
(72)【発明者】
【氏名】江川 潔
【審査官】佐藤 敬介
(56)【参考文献】
【文献】特表2009-518954(JP,A)
【文献】特開2009-124197(JP,A)
【文献】特開2017-200180(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2007/0126585(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第101322419(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04B 5/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
2以上のタグ装置のそれぞれから送信される2以上のバックスキャッター信号を含む混合信号を受信する受信アンテナと、
前記混合信号を複素平面上の複素データに変換する変換部と、
前記複素データによって構成される所定長の複素データ列と近似するように、前記2以上のバックスキャッター信号の搬送波の位相角を少なくとも演算し、前記2以上のバックスキャッター信号の搬送波の位相角の組み合わせによって構成される写像行列を生成する演算部と、
前記写像行列の逆行列及び前記複素データ列に基づいて、前記2以上のバックスキャッター信号を前記混合信号から分離する分離部と、を備える無線通信装置。
【請求項2】
前記2以上のタグ装置のそれぞれが前記2以上のバックスキャッター信号の送信に用いる搬送信号を送信する送信アンテナを備える、請求項1に記載の無線通信装置。
【請求項3】
前記受信アンテナの数は、前記2以上のタグ装置の数よりも少ない、請求項1又は請求項2に記載の無線通信装置。
【請求項4】
前記受信アンテナの数は、前記2以上のタグ装置の数の1/2以上である、請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の無線通信装置。
【請求項5】
前記2以上のタグ装置のいずれかである所定タグ装置に対して、前記受信アンテナとして2以上の受信アンテナが割り当てられており、
前記分離部は、前記2以上の受信アンテナによって受信される2以上の前記混合信号のそれぞれから2以上の所定バックスキャッター信号を分離し、前記2以上の所定バックスキャッター信号の合成によって前記所定タグ装置に対応する前記バックスキャッター信号を取得する、請求項4に記載の無線通信装置。
【請求項6】
前記2以上のバックスキャッター信号のそれぞれは、前記複素平面上において原点を交差するように調整される、請求項1乃至請求項5のいずれか1項に記載の無線通信装置。
【請求項7】
無線通信装置及び2以上のタグ装置を備える無線通信システムであって、
前記2以上のタグ装置のそれぞれは、
バックスキャッター信号を送信する送信部を備え、
前記無線通信装置は、
前記2以上のタグ装置のそれぞれから送信される2以上のバックスキャッター信号を含む混合信号を受信する受信アンテナと、
前記混合信号を複素平面上の複素データに変換する変換部と、
前記複素データによって構成される所定長の複素データ列と近似するように、前記2以上のバックスキャッター信号の搬送波の位相角を少なくとも演算し、前記2以上のバックスキャッター信号の搬送波の位相角の組み合わせによって構成される写像行列を生成する演算部と、
前記写像行列の逆行列及び前記複素データ列に基づいて、前記2以上のバックスキャッター信号を前記混合信号から分離する分離部と、を備える無線通信システム。
【請求項8】
2以上のタグ装置のそれぞれから送信される2以上のバックスキャッター信号を含む混合信号を受信するステップと、
前記混合信号を複素平面上の複素データに変換するステップと、
前記複素データによって構成される所定長の複素データ列と近似するように、前記2以上のバックスキャッター信号の搬送波の位相角を少なくとも演算し、前記2以上のバックスキャッター信号の搬送波の位相角の組み合わせによって構成される写像行列を生成するステップと、
前記写像行列の逆行列及び前記複素データ列に基づいて、前記2以上のバックスキャッター信号を前記混合信号から分離するステップと、を備える無線通信方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無線通信装置、無線通信システム及び無線通信方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、2以上のタグ装置のそれぞれがバックスキャッター通信で送信する2以上のバックスキャッター信号を分離する方法が提案されている。このような方法としては、タグ装置と受信アンテナとの間の伝搬係数を求め、2以上のタグ装置から受信する信号(以下、混信信号)に伝搬係数の逆行列を掛けることで信号分離を行う方法が主流であるが、伝搬係数を求めるための通信量或いは処理量が無視しえない量になるという問題がある。そこで、無線通信装置が、2以上のタグ装置から受信する混信信号から、独立成分分析を用いて2以上のバックスキャッター信号を分離する(以下、ブラインド信号分離)ことも提案されている(例えば、非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】”独立成分分析による電波到来方向のブラインド推定”, 信学論Vol. J92-A, No.5, pp.327-334, (2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上述したブラインド信号分離では、無線通信装置が2以上のタグ装置の数と同数以上の受信アンテナを有している必要がある。一方で、無線通信装置の小型化などの観点から、受信アンテナの数を減少したいという要望、信号分離の処理を実時間など高速で実現したいという要望、或いは、SN(Signal to Noise)比を向上したいという要望も存在する。
【0005】
そこで、本発明は、上述した課題を解決するためになされたものであり、受信アンテナの数を減少しながらも2以上のバックスキャッター信号を高速に分離する、或いは、受信アンテナの数を増やさずにバックスキャッター信号のSN比を改善することを可能とする無線通信装置、無線通信システム及び無線通信方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
第1の特徴は、無線通信装置であって、2以上のタグ装置のそれぞれから送信される2以上のバックスキャッター信号を含む混合信号を受信する受信アンテナと、前記混合信号を複素平面上の複素データに変換する変換部と、前記複素データによって構成される所定長の複素データ列と近似するように、前記2以上のバックスキャッター信号の搬送波の位相角を少なくとも演算し、前記2以上のバックスキャッター信号の搬送波の位相角の組み合わせによって構成される写像行列を生成する演算部と、前記写像行列の逆行列及び前記複素データ列に基づいて、前記2以上のバックスキャッター信号を前記混合信号から分離する分離部と、を備えることを要旨とする。
【0007】
第2の特徴は、第1の特徴において、前記無線通信装置は、前記2以上のタグ装置のそれぞれが前記2以上のバックスキャッター信号の送信に用いる搬送信号を送信する送信アンテナを備えることを要旨とする。
【0008】
第3の特徴は、第1の特徴又は第2の特徴において、前記受信アンテナの数は、前記2以上のタグ装置の数よりも少ないことを要旨とする。
【0009】
第4の特徴は、第1の特徴乃至第3の特徴のいずれか1つにおいて、前記受信アンテナの数は、前記2以上のタグ装置の数の1/2以上であることを要旨とする。
【0010】
第5の特徴は、第4の特徴において、前記2以上のタグ装置のいずれかである所定タグ装置に対して、前記受信アンテナとして2以上の受信アンテナが割り当てられており、前記分離部は、前記2以上の受信アンテナによって受信される2以上の前記混合信号のそれぞれから2以上の所定バックスキャッター信号を分離し、前記2以上の所定バックスキャッター信号の合成によって前記所定タグ装置に対応する前記バックスキャッター信号を取得することを要旨とする。
【0011】
第6の特徴は、第1の特徴乃至第5の特徴のいずれか1つにおいて、前記2以上のバックスキャッター信号のそれぞれは、前記複素平面上において原点を交差するように調整されることを要旨とする。
【0012】
第7の特徴は、無線通信装置及び2以上のタグ装置を備える無線通信システムであって、前記2以上のタグ装置のそれぞれは、バックスキャッター信号を送信する送信部を備え、前記無線通信装置は、前記2以上のタグ装置のそれぞれから送信される2以上のバックスキャッター信号を含む混合信号を受信する受信アンテナと、前記混合信号を複素平面上の複素データに変換する変換部と、前記複素データによって構成される所定長の複素データ列と近似するように、前記2以上のバックスキャッター信号の搬送波の位相角を少なくとも演算し、前記2以上のバックスキャッター信号の搬送波の位相角の組み合わせによって構成される写像行列を生成する演算部と、前記写像行列の逆行列及び前記複素データ列に基づいて、前記2以上のバックスキャッター信号を前記混合信号から分離する分離部と、を備えることを要旨とする。
【0013】
第8の特徴は、無線通信方法であって、2以上のタグ装置のそれぞれから送信される2以上のバックスキャッター信号を含む混合信号を受信するステップと、前記混合信号を複素平面上の複素データに変換するステップと、前記複素データによって構成される所定長の複素データ列と近似するように、前記2以上のバックスキャッター信号の搬送波の位相角を少なくとも演算し、前記2以上のバックスキャッター信号の搬送波の位相角の組み合わせによって構成される写像行列を生成するステップと、前記写像行列の逆行列及び前記複素データ列に基づいて、前記2以上のバックスキャッター信号を前記混合信号から分離するステップと、を備えることを要旨とする。
【0014】
上述した特徴のいずれかにおいて、前記演算部は、前記2以上のバックスキャッター信号の搬送波の振幅の分散及び位相角を用いて定義される共分散行列を所定長の複素データ列と近似させることによって、前記2以上のバックスキャッター信号の搬送波の位相角を演算する。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、受信アンテナの数を減少しながらも2以上のバックスキャッター信号を高速に分離する、或いは、受信アンテナの数を増やさずに2以上のバックスキャッター信号のSN比を改善することを可能とする無線通信装置、無線通信システム及び無線通信方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1は、実施形態に係る無線通信システム100を示す図である。
図2図2は、実施形態に係る無線通信装置20を示す図である。
図3図3は、実施形態に係る信号分離を説明するための図である。
図4図4は、実施形態に係る信号分離を説明するための図である。
図5図5は、実施形態に係る無線通信方法を示すフロー図である。
図6図6は、変更例1に係る無線通信装置20を示す図である。
図7図7は、評価結果1を示す図である。
図8図8は、評価結果1を示す図である。
図9図9は、評価結果2を示す図である。
図10図10は、評価結果2を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下において、実施形態について図面を参照しながら説明する。なお、以下の図面の記載において、同一又は類似の部分には、同一又は類似の符号を付している。
【0018】
但し、図面は模式的なものであり、各寸法の比率などは現実のものとは異なる場合があることに留意すべきである。従って、具体的な寸法などは以下の説明を参酌して判断すべきである。また、図面相互間においても互いの寸法の関係又は比率が異なる部分が含まれている場合があることは勿論である。
【0019】
[開示の概要]
開示の概要に係る無線通信装置は、2以上のタグ装置のそれぞれから送信される2以上のバックスキャッター信号を含む混合信号を受信する受信アンテナと、前記混合信号を複素平面上の複素データに変換する変換部と、前記複素データによって構成される所定長の複素データ列と近似するように、前記2以上のバックスキャッター信号の搬送波の位相角を少なくとも演算し、前記2以上のバックスキャッター信号の搬送波の位相角の組み合わせによって構成される写像行列を生成する演算部と、前記写像行列の逆行列及び前記複素データ列に基づいて、前記2以上のバックスキャッター信号を前記混合信号から分離する分離部と、を備える。
【0020】
発明者等は、鋭意検討の結果、無線通信装置が受信する混合信号が、2以上のバックスキャッター信号の搬送波の位相角の組み合わせによって定義可能であり、符号化率及びビットレート等に依存せずにバックスキャッター信号の事前確率を決定できるという新たなことに着目した。開示の概要では、上述した新たな視点に基づいて、2以上のバックスキャッター信号の搬送波の位相角の組み合わせによって構成される写像行列の逆行列及び複素データ列に基づいて、2以上のバックスキャッター信号を混合信号から分離する。このような構成によれば、混合信号(受信信号)に写像行列の逆行列(以下、分離行列とも称する)を掛け合わせることによって信号分離を実現することができる。バイアス成分が除去された後のバックスキャッター信号は、複素平面上で原点(例えば、ゼロ)を通過する直線を往復し、バックスキャッター信号から得られる複素受信データは、In-phase及びQuadrature-phaseの2要素を有しているため、1つの受信アンテナにより得られる1組の複素受信データから2つの信号を分離可能である。従って、受信アンテナの数を減少しながらも2以上のバックスキャッター信号を分離できる。さらには、事前確率を用いて分離行列が演算されるため、適切な分離行列を得るための反復演算の回数を減少することができ、反復演算において所定長の複素データ列の掛け算が不要であるため、分離行列を高速に演算することができる。従って、2以上のバックスキャッター信号を高速に分離できる。或いは、受信アンテナの数を増やさずに2以上のバックスキャッター信号のSN比を改善することができる。
【0021】
[実施形態]
(無線通信システム)
以下において、実施形態に係る無線通信システムについて説明する。図1は、実施形態に係る無線通信システム100を示す図である。
【0022】
図1に示すように、無線通信システム100は、2以上のタグ装置10と、無線通信装置20と、を備える。
【0023】
タグ装置10は、バックスキャッター信号を送信する。例えば、タグ装置10は、RFタグ、電子タグ、ICタグ、トランスポンダなどであってもよい。タグ装置10は、測定装置などの出力に基づいて搬送信号(搬送波)を変調し、変調された信号をバックスキャッター信号として反射する。特に限定されるものではないが、測定装置は、歪みゲージ、圧力センサ、加速度センサ、トルクセンサ、変位センサなどである。タグ装置10は、薄膜形状を有してもよい。ここでは、2つのタグ装置10(タグ装置11及びタグ装置12)が設けられるケースについて例示する。
【0024】
無線通信装置20は、2つのタグ装置10のそれぞれから送信される2つのバックスキャッター信号を含む混合信号を受信する。無線通信装置20は、2つのバックスキャッター信号を混合信号から分離する。無線通信装置20は、上述した搬送信号を送信する送信アンテナを有してもよい。このようなケースにおいて、無線通信装置20は、インテロゲータ(リーダ/ライタ)と称されてもよい。但し、搬送信号は、無線通信装置20以外の装置から送信されてもよい。以下においては、説明を明確化するために、搬送信号の送信については省略する。
【0025】
(無線通信装置)
以下において、実施形態に係る無線通信装置について説明する。図2は、実施形態に係る無線通信装置20を示す図である。
【0026】
図2に示すように、無線通信装置20は、受信アンテナ21と、受信部22と、変換部23と、ハイパスフィルタ24と、バンドパスフィルタ25と、演算部26と、分離部27と、を備える。
【0027】
受信アンテナ21は、2つのタグ装置10のそれぞれから送信される2つのバックスキャッター信号を含む混合信号を受信する。受信アンテナ21の数は、分離対象のバックスキャッター信号の数(タグ装置10の数)よりも少なくてもよい。以下においては、1つの受信アンテナ21が設けられるケースについて説明する。
【0028】
受信部22は、混合信号をベースバンド周波数に変換する。例えば、受信部22は、搬送信号を用いて、混合信号をベースバンド周波数に変換してもよい(DC;Direct Conversion)。或いは、受信部22は、混合信号を中間周波数に変換してもよい。
【0029】
変換部23は、混合信号を複素平面(以下、IQ平面)上の複素データ(複素受信データとも称する)に変換する。複素データは、I成分及びQ成分によって構成される。変換部23から出力される複素データは、ハイパスフィルタ24に入力される。
【0030】
ハイパスフィルタ24は、変換部23から出力される周波数成分のうち、低周波成分を透過せずに、高周波成分を透過する。
【0031】
バンドパスフィルタ25は、ハイパスフィルタ24から出力される周波数成分のうち、不要周波数成分を透過せずに、所望周波数成分を透過する。
【0032】
以下においては、ハイパスフィルタ24及びバンドパスフィルタ25によって低周波成分及び不要周波数成分などのバイアス成分を除去する処理をフィルタ処理と称する。
【0033】
演算部26は、バイアス成分が除去された後の複素データを取得する。以下においては、バイアス成分が除去された後の複素データを単に混合信号と称することもある。演算部26は、複素データによって構成される所定長の複素データ列(以下、IQフレーム)と近似するように、2つのバックスキャッター信号の搬送波の位相角を少なくとも演算する。例えば、IQフレームは、48,000サンプルの複素データによって構成される。演算部26は、2つのバックスキャッター信号の搬送波の位相角の組み合わせによって構成される写像行列を生成する。
【0034】
写像行列Φは、以下の式1によって表される。写像行列の詳細については後述する。
【0035】
【数1】
【0036】
ここで、φ1は、タグ装置11から送信されるバックスキャッター信号の搬送波の位相角である。φ2は、タグ装置12から送信されるバックスキャッター信号の搬送波の位相角である。
【0037】
分離部27は、写像行列の逆行列(分離行列)及び複素データ列に基づいて、2つのバックスキャッター信号を混合信号から分離する。分離部27は、以下の式2に基づいて2つのバックスキャッター信号を分離する。
【0038】
【数2】
【0039】
ここで、s1nは、タグ装置11から送信される分離後のバックスキャッター信号であり、s2nは、タグ装置12から送信される分離後のバックスキャッター信号である。xnは、混合信号である。
【0040】
(信号分離の詳細)
以下において、実施形態に係る信号分離の詳細について説明する。図3及び図4は、実施形態に係る信号分離を説明するための図である。
【0041】
具体的には、IQフレームに含まれる混合信号xnの複素データ列は、図3に示すコンスタレーションを構成する。また、図3に示すように、混合信号xnの複素データ列は、2つのバックスキャッター信号s1n, s2nの実数データ列を含む。
【0042】
ここで、発明者等は、鋭意検討の結果、図3に示すコンスタレーションに基づいて、2つのバックスキャッター信号s1n, s2nのそれぞれが、IQ平面上で理想的には原点(ここでは、ゼロ)を交差するように調整されるゼロクロス信号であることに着目した。なお、理想的とは、タグ装置10の周波数安定度が十分高く、電波伝搬による影響がなく、フィルタ処理によってバイアス成分が十分に除去されることを意味する。このような視点から、発明者等は、バックスキャッター信号s1nの搬送波の位相角φ1及び振幅a1並びにバックスキャッター信号s2nの搬送波の位相角φ2及び振幅a2によってコンスタレーションの共分散行列を定義することができることを見出した(図4を参照)。
【0043】
具体的には、以下に示す通りである。第1に、混合信号xnの複素データ列xは、以下の式3によって表される。
【0044】
【数3】

第2に、混合信号xnの複素データ列xの共分散行列Cは、以下の式4~式6によって表される。
【0045】
【数4】
【0046】
第3に、ゼロクロス信号(バックスキャッター信号)は位相変調した三角関数で表すことができ、位相角度θは、-π<θ≦πの範囲であり、位相角度θの分布p(θ)は、一様分布(すなわち、1/2π)である。このような前提において、i番目のゼロクロス信号(バックスキャッター信号)について、以下の式7~式8の関係を満たすtというパラメータを導入する。
【0047】
【数5】
【0048】
正弦波の特性からθの微小な変化は、i番目のtが取り得る確率f(t)の2倍に寄与するため、f(t)dt=2p(θ)dθの関係が満たされる。これらの関係から、f(t)は、以下の式9によって表される。
【0049】
【数6】

このような確率f(t)は、以下の式10~式12の特性を有する。
【0050】
【数7】

ここで、s1及びs2の統計的平均はゼロである。従って、式12の特性から式6の共分散行列は、以下の式13に書き換えられる。
【0051】
【数8】

…式13
【0052】
第4に、式4に示すE(xxT)が観測可能であるため、共分散行列CがE(xxT)に近似するように、未知数(a1、 a2、 φ1, φ2)を演算することができる。言い換えると、演算部26は、2つのバックスキャッター信号s1及びs2の搬送波の振幅の分散(a1 2/2、a2 2/2)及び位相角(φ1, φ2)を用いて定義される共分散行列Cを所定長の複素データ列E(xxT)と近似させることによって、2つのバックスキャッター信号の搬送波の位相角(φ1, φ2)を演算する。特に限定されるものではないが、近似値の演算方法はニュートン法であってもよい。
【0053】
上述した演算によって、2つのバックスキャッター信号s1n, s2nの搬送波の位相角φ1, φ2を演算することができるため、式1に示す写像行列を生成することができる。
【0054】
上述したように、バックスキャッター信号は、理想的にはIQ平面上の原点(ここでは、ゼロ)を交差するように調整される。従って、IQフレームに含まれるバックスキャッター信号の複素データの平均は統計的にゼロに近似し、IQフレームに含まれるバックスキャッター信号の複素データの分散は統計的にa2/2に近似する。このような特性を利用することにより、上述した式13のように共分散行列をシンプルに表現することが可能になる。
【0055】
(無線通信方法)
以下において、実施形態に係る無線通信方法について説明する。図5は、実施形態に係る無線通信方法を示す図である。
【0056】
図5に示すように、ステップS11において、無線通信装置20は、2つのタグ装置10のそれぞれから送信される2つのバックスキャッター信号を含む混合信号を受信する。無線通信装置20は、混合信号をベースバンド周波数又は中間周波数に変換する。
【0057】
ステップS12において、無線通信装置20は、混合信号をIQ平面上の複素データに変換する。無線通信装置20は、フィルタ処理によって複素データからバイアス成分を除去する。
【0058】
ステップS13において、無線通信装置20は、複素データによって構成されるIQフレームと近似するように、2つのバックスキャッター信号の搬送波の位相角(φ1, φ2)を少なくとも演算する。位相角(φ1, φ2)の演算については、上述した式3~式12を参照されたい。
【0059】
ステップS14において、無線通信装置20は、2つのバックスキャッター信号の搬送波の位相角の組み合わせによって構成される写像行列を生成する。写像行列Φは、上述した式1によって表される。
【0060】
ステップS15において、無線通信装置20は、写像行列の逆行列及び複素データ列に基づいて、2つのバックスキャッター信号を混合信号から分離する。無線通信装置20は、上述した式2に基づいて2つのバックスキャッター信号を分離する。
【0061】
(作用及び効果)
実施形態では、2つのバックスキャッター信号の搬送波の位相角の組み合わせによって構成される写像行列の逆行列及び複素データ列に基づいて、2つのバックスキャッター信号を混合信号から分離する。このような構成によれば、バックスキャッター信号が複素平面上で理想的には原点(例えば、ゼロ)を通過する直線を往復し、バックスキャッター信号から得られる複素受信データがIn-phase及びQuadrature-phaseの2要素を有する点に着目することによって、混合信号(受信信号)に写像行列の逆行列(分離行列)を掛け合わせることによって信号分離を実現することができる。従って、受信アンテナ21の数を減少しながらも2つのバックスキャッター信号を分離することができる。事前確率を用いて分離行列が演算されるため、適切な分離行列を得るための反復演算の回数を減少することができ、反復演算において所定長の複素データ列の掛け算が不要であるため、分離行列を高速に演算することができる。従って、2つのバックスキャッター信号を高速に分離できる。
【0062】
[変更例1]
以下において、実施形態の変更例1について説明する。以下においては、実施形態に対する相違点について主として説明する。
【0063】
実施形態では、2つのタグ装置10のそれぞれから送信される2つのバックスキャッター信号を1つの受信アンテナで受信するケースについて例示した。これに対して、変更例1では、3つのタグ装置10のそれぞれから送信される3つのバックスキャッター信号を2つの受信アンテナで受信するケースについて例示する。
【0064】
図6に示すように、無線通信装置20は、2つの受信アンテナ21(受信アンテナ21A及び受信アンテナ21B)を有する。無線通信装置20は、受信アンテナ21Aで受信する混合信号を複素データに変換する構成(受信部22A、変換部23A、ハイパスフィルタ24A、バンドパスフィルタ25A)を有する。同様に、無線通信装置20は、受信アンテナ21Bで受信する混合信号を複素データに変換する構成(受信部22B、変換部23B、ハイパスフィルタ24B、バンドパスフィルタ25B)を有する。
【0065】
ここで、受信アンテナ21A及び受信アンテナ21Bは互いに異なる位置に設けられるため、受信アンテナ21A及び受信アンテナ21Bで受信する混合信号は位相・振幅が異なる信号である。従って、受信アンテナ21Aから得られる複素データ及び受信アンテナ21Bから得られる複素データによって生成可能な共分散行列のランクは4に達する。
【0066】
言い換えると、2つの受信アンテナ21を用いることによって、最大で4つのバックスキャッター信号を分離することが可能である。従って、図6に例示するように、3つのバックスキャッター信号s1, s2, s3を分離することができるのは勿論である。
【0067】
変更例1においては、2以上のタグ装置10のいずれかである所定タグ装置に対して、受信アンテナとして2つの受信アンテナが割り当てられている。無線通信装置20(分離部27)は、2つの受信アンテナ21によって受信される2つの混合信号のそれぞれから2つの所定バックスキャッター信号を分離し、2つの所定バックスキャッター信号の合成によって所定タグ装置に対応するバックスキャッター信号を取得してもよい。
【0068】
例えば、バックスキャッター信号s1を送信するタグ装置10が所定タグ装置であると考えると、所定タグ装置に対して受信アンテナ21A及び受信アンテナ21Bが割り当てられている。従って、無線通信装置20は、写像行列を生成した後において、受信アンテナ21Aによって受信される混合信号から分離されたバックスキャッター信号s1及び受信アンテナ21Bによって受信される混合信号から分離されたバックスキャッター信号s1を合成することによって、最終的なバックスキャッター信号s1を取得してもよい。
【0069】
ここでは、バックスキャッター信号s1を例示しているが、バックスキャッター信号s2及びバックスキャッター信号s3についても同様の処理を適用可能である。
【0070】
(作用及び効果)
変更例1によれば、実施形態と同様の考え方を導入することによって、2つの受信アンテナ21を用いることによって、3つのバックスキャッター信号を分離することができる。このような構成によれば、3つのバックスキャッター信号の分離にあたって3つの受信アンテナを準備する必要がなく、受信アンテナ21の数を減少しながらも3つのバックスキャッター信号を分離することができる。
【0071】
変更例1では、無線通信装置20は、2つの受信アンテナ21によって受信される2つの混合信号のそれぞれから2つの所定バックスキャッター信号を分離し、2つの所定バックスキャッター信号の合成によって所定タグ装置に対応するバックスキャッター信号を取得してもよい。このような構成によれば、独立成分は同相に合成され、雑音成分は同相になりえないため、1つの受信アンテナを用いた場合に比してバックスキャッター信号のSN比を改善することができる。
【0072】
[評価結果1]
以下において、評価結果1について説明する。図7及び図8は、評価結果1を示す図である。評価結果1は、実施例と比較例との比較結果を示している。ここでは、48,000サンプルによって構成されるIQフレームを対象として、混合信号(観測信号)から分離行列を演算するケースを例示している。
【0073】
実施例では、上述した実施形態で説明した手法によって分離行列が演算される。具体的には、実施例では、48,000のサンプル(観測信号/混合信号)に基づいて、2×2の共分散行列を構成する4つの成分(実際には、反対角成分が同値であるため、3つの成分)の演算値が演算される。続いて、上述した式13で表される共分散行列Cを構成する成分と演算値との誤差が小さくなるように、反復演算によってパラメータ(a1、 a2、 φ1, φ2)が演算される。
【0074】
一方で、比較例では、尖度(kurtosis)の微分値を最小化する独立成分分析によって分離行列が演算される。具体的には、比較例では、2×2の分離行列を構成する4つの成分によって定義される2次元ベクトル(w1及びw2)が特定される。2次元ベクトルは、互いに直交しており、1の長さを有するという拘束条件を有する。このような前提下において、ベクトルwに初期値を与えるとともに、必要に応じて座標変換を行った48,000のサンプルにベクトルwを掛け算する処理を伴って、拘束条件を満たす尖度の微分値が演算される(ラグランジュ未定乗数を用いた演算)。拘束条件を満たす尖度の微分値が停留値となるように、反復演算を行うことによってベクトルwが演算される(例えば、ヤコビ行列を用いた演算)。ここで、n回目の反復演算は、48,000のサンプルにn-1番目で演算されたベクトルwを掛け算する処理を伴う。最終的に、ベクトルwに基づいて、ベクトルwと直交するベクトルwを演算する。
【0075】
第1に、分散行列の反復演算の回数(以下、反復回数)と分離後のバックスキャッター信号の誤り残率との関係について評価した。図7において、縦軸は、分離後のバックスキャッター信号の誤り残率を示しており、横軸は、反復回数を示している。すなわち、図7に示す評価結果は、誤り残率が十分に小さくなる反復回数を示している。図7に示すように、実施例では、比較例よりも少ない反復回数で十分に小さい誤り残率(例えば、10-10)が実現されることが確認された。
【0076】
実施例では、振幅の分散が所定値(a/2)であり、バックスキャッター信号がゼロクロス信号であることが想定されているため、このような事前確率を用いて共分散行列の演算が行われる。これに対して、比較例では、事前確率を用いて分散行列の演算が行われていない。従って、実施例では、比較例よりも少ない反復回数で十分に小さい誤り残率が実現されると考えられる。
【0077】
第2に、誤り残率が十分に小さい誤り残率(例えば、10-10)に収束するまでの時間(以下、収束時間)をWindows10 Core i7 2.8GHz 20GBメモリのPCを用いて評価した。図8において、縦軸は、収束時間を示している。図8に示すように、実施例では、比較例と比べて、演算時間が極めて短いことが確認された。
【0078】
実施例では、48,000のサンプルは、2×2の共分散行列を構成する4つの成分(実際には、3つの成分)の演算値を求めるために用いられているに過ぎず、反復演算において、48,000のサンプルの掛け算が必要ない。これに対して、比較例では、上述したように、反復演算毎に48,000のサンプルの掛け算する処理が必要である。従って、実施例では、比較例と比べて、演算時間が極めて短いと考えられる。
【0079】
[評価結果2]
以下において、評価結果2について説明する。図9及び図10は、評価結果2を示す図である。ここでは、上述した実施形態で説明した手法によって、2つのタグ装置10から送信される2つのバックスキャッター信号を含む混合信号から、2つのバックスキャッター信号を分離するケースについて評価した。
【0080】
図9及び図10において、上段は、タグ装置10から送信されるバックスキャッター信号の波形(オリジナル)を示しており、下段は、無線通信装置20によって分離されたバックスキャッター信号の波形(分離結果)を示している。なお、図10では、分離結果が正規化(5倍)されている。図9は、1つ目のバックスキャッター信号の評価結果を示しており、図10は、2つ目のバックスキャッター信号の評価結果を示している。
【0081】
図9及び図10に示すように、上述した実施形態で説明した手法によれば、2つのバックスキャッター信号の双方を適切に分離することができることが確認された。
【0082】
[その他の実施形態]
本発明は上述した実施形態によって説明したが、この開示の一部をなす論述及び図面は、この発明を限定するものであると理解すべきではない。この開示から当業者には様々な代替実施形態、実施例及び運用技術が明らかとなろう。
【0083】
実施形態では特に触れていないが、2以上のタグ装置10の設置場所、クロック、無線通信装置20に対する距離などの違いから、2以上のタグ装置10のそれぞれから送信される2以上のバックスキャッター信号の位相が異なる。言い換えると、2以上のタグ装置10のそれぞれから送信される2以上のバックスキャッター信号は位相・振幅が異なる信号である。
【0084】
変更例1では、3つのタグ装置10のそれぞれから送信される3つのバックスキャッター信号を受信するケースについて例示した。しかしながら、変更例1はこれに限定されるものではない。変更例1は、4以上のタグ装置10のそれぞれから送信される4以上のバックスキャッター信号を受信するケースにも適用可能である。このようなケースで必要な条件は、受信アンテナ21の数が分離対象のバックスキャッター信号の数(タグ装置10の数)の1/2以上であるという条件である。さらには、受信アンテナ21の数が分離対象のバックスキャッター信号の数(タグ装置10の数)よりも少ないことが好ましい。
【0085】
変更例1では、SN比を改善することが可能であるケースとして、3つのタグ装置10に対して2つの受信アンテナ21が設けられるケースを例示した。しかしながら、変更例1はこれに限定されるものではない。SN比を改善するためには、無線通信装置20が2以上の受信アンテナ21を有していればよく、タグ装置10の数は無関係である。従って、2以上の受信アンテナ21が割り当てられるタグ装置10の数は、1つであってもよく、2つであってもよい。さらに、バックスキャッター信号の分離が可能であれば、2以上の受信アンテナ21が割り当てられるタグ装置10の数は4以上であってもよい。
【0086】
実施形態では特に触れていないが、バックスキャッター信号がIQ平面上におけるゼロクロス信号に調整可能な信号であれば、バックスキャッター信号の変調方式は特に限定されるものではない。すなわち、バックスキャッター信号の変調方式は、2値変調方式であってもよく、多値変調方式であってもよい。このようなケースにおいて、十分なサンプル数を含むIQフレームにおいてサンプルの振幅の分散が所定値に収束することが好ましい。
【0087】
実施形態では特に触れていないが、タグ装置10から送信されるバックスキャッター信号がゼロクロス信号である点、振幅の分散が所定値に収束する点については、無線通信装置20が予め把握していることに留意すべきである。
【0088】
実施形態では特に触れていないが、無線通信装置20が行う各処理をコンピュータに実行させるプログラムが提供されてもよい。また、プログラムは、コンピュータ読取り可能媒体に記録されていてもよい。コンピュータ読取り可能媒体を用いれば、コンピュータにプログラムをインストールすることが可能である。ここで、プログラムが記録されたコンピュータ読取り可能媒体は、非一過性の記録媒体であってもよい。非一過性の記録媒体は、特に限定されるものではないが、例えば、CD-ROMやDVD-ROM等の記録媒体であってもよい。
【0089】
或いは、無線通信装置20が行う各処理を実行するためのプログラムを記憶するメモリ及びメモリに記憶されたプログラムを実行するプロセッサによって構成されるチップが提供されてもよい。
【符号の説明】
【0090】
10…タグ装置、20…無線通信装置、21…受信アンテナ、22…受信部、23…変換部、24…ハイパスフィルタ、25…バンドパスフィルタ、26…演算部、27…分離部、100…無線通信システム
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10