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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-09
(45)【発行日】2023-02-17
(54)【発明の名称】タングステン線及びタングステン製品
(51)【国際特許分類】
   C22C 27/04 20060101AFI20230210BHJP
   A61L 31/02 20060101ALI20230210BHJP
   A61L 29/02 20060101ALI20230210BHJP
   C22F 1/18 20060101ALN20230210BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20230210BHJP
【FI】
C22C27/04 101
A61L31/02
A61L29/02
C22F1/18 B
C22F1/00 625
C22F1/00 613
C22F1/00 631B
C22F1/00 631A
C22F1/00 675
C22F1/00 685Z
C22F1/00 691B
C22F1/00 694B
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 694A
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021516001
(86)(22)【出願日】2020-04-13
(86)【国際出願番号】 JP2020016278
(87)【国際公開番号】W WO2020218058
(87)【国際公開日】2020-10-29
【審査請求日】2021-09-29
(31)【優先権主張番号】P 2019086166
(32)【優先日】2019-04-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】314012076
【氏名又は名称】パナソニックIPマネジメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100109210
【弁理士】
【氏名又は名称】新居 広守
(74)【代理人】
【識別番号】100137235
【弁理士】
【氏名又は名称】寺谷 英作
(74)【代理人】
【識別番号】100131417
【弁理士】
【氏名又は名称】道坂 伸一
(72)【発明者】
【氏名】金沢 友博
(72)【発明者】
【氏名】神山 直樹
(72)【発明者】
【氏名】井口 敬寛
(72)【発明者】
【氏名】仲井 唯
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開昭61-213338(JP,A)
【文献】国際公開第2003/031668(WO,A1)
【文献】特開昭57-039152(JP,A)
【文献】特公昭50-016291(JP,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 27/04
A61L 31/02
A61L 29/02
C22F 1/18
C22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
タングステン又はタングステン合金からなるタングステン線であって、
前記タングステン線の線径Dは、100μm以下であり、
前記タングステン線の破断張力の50%の張力を負荷として与えたときの50mm当たりのねじり破断回転数は、250×exp(-0.026×D)回以上であり、
前記タングステン線に含まれるタングステンの含有率は、90mass%以上である
タングステン線。
【請求項2】
前記タングステン線の引張強度は、4800MPa以上である
請求項1に記載のタングステン線。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のタングステン線を備えるタングステン製品。
【請求項4】
前記タングステン製品は、ソーワイヤー、撚り線、ロープ又は医療機器部材である
請求項に記載のタングステン製品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タングステン線及びタングステン製品に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高い引張強度を実現するタングステン線の開発が進められている(例えば、特許文献1を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特許第6249319号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記従来のタングステン線では、ねじりが加えられた場合の強度が十分ではないという問題がある。
【0005】
そこで、本発明は、ねじりに対して従来よりも高い破断強度を有するタングステン線及びタングステン製品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本発明の一態様に係るタングステン線は、タングステン又はタングステン合金からなるタングステン線であって、前記タングステン線の線径Dは、100μm以下であり、前記タングステン線の破断張力の50%の張力を負荷として与えたときの50mm当たりのねじり破断回転数は、250×exp(-0.026×D)回以上である。
【0007】
また、本発明の一態様に係るタングステン製品は、上記タングステン線を備える。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、ねじりに対して従来よりも高い破断強度を有するタングステン線及びタングステン製品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、実施の形態に係るタングステン線の模式的な斜視図である。
図2図2は、実施例及び比較例に係るタングステン線の引張強度とねじり破断回転数との関係の測定結果を示す図である。
図3図3は、実施例及び比較例に係るタングステン線の線径とねじり破断回転数との関係の測定結果を示す図である。
図4図4は、実施の形態に係るタングステン線の製造方法を示すフローチャートである。
図5図5は、実施の形態に係るタングステン線の製造方法に含まれる線引き工程での加熱温度を示す図である。
図6図6は、実施の形態に係るタングステン製品の一例であるソーワイヤーを備える切断装置を示す斜視図である。
図7図7は、実施の形態に係るタングステン製品の一例である撚り線の一部を示す斜視図である。
図8図8は、実施の形態に係るタングステン製品の一例であるロープの一部を示す斜視図である。
図9図9は、実施の形態に係るタングステン製品の一例であるカテーテルの一部を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下では、本発明の実施の形態に係るタングステン線及びタングステン製品について、図面を用いて詳細に説明する。なお、以下に説明する実施の形態は、いずれも本発明の一具体例を示すものである。したがって、以下の実施の形態で示される数値、形状、材料、構成要素、構成要素の配置及び接続形態、製造工程、製造工程の順序などは、一例であり、本発明を限定する趣旨ではない。よって、以下の実施の形態における構成要素のうち、独立請求項に記載されていない構成要素については、任意の構成要素として説明される。
【0011】
また、各図は、模式図であり、必ずしも厳密に図示されたものではない。したがって、例えば、各図において縮尺などは必ずしも一致しない。また、各図において、実質的に同一の構成については同一の符号を付しており、重複する説明は省略又は簡略化する。
【0012】
また、本明細書において、垂直又は一致などの要素間の関係性を示す用語、及び、円形又は長方形などの要素の形状を示す用語、並びに、数値範囲は、厳格な意味のみを表す表現ではなく、実質的に同等な範囲、例えば数%程度の差異をも含むことを意味する表現である。
【0013】
(実施の形態)
[タングステン線]
まず、実施の形態に係るタングステン線の構成について説明する。
【0014】
図1は、本実施の形態に係るタングステン線10の模式的な斜視図である。図1では、タングステン線10が巻取り用の芯材に巻きつけられている例を示しており、さらに、タングステン線10の一部を拡大して模式的に示している。
【0015】
タングステン線10は、タングステン(W)又はタングステン合金からなる。タングステン線10におけるタングステンの含有率は、例えば90mass%以上である。なお、タングステンの含有率は、95mass%以上でもよく、99mass%以上でもよい。また、タングステンの含有率は、99.9mass%以上でもよく、99.95mass%以上でもよい。タングステンの含有率は、タングステン線10の重さに対する、タングステン線10に含まれるタングステンの重さの割合である。後述するレニウム(Re)及びカリウム(K)などの他の金属元素の含有率についても同様である。タングステン線10には、製造上混入が避けられない不可避的な不純物が含まれていてもよい。
【0016】
タングステン合金は、例えば、レニウムとタングステンとの合金(レニウムタングステン合金(ReW合金))である。レニウムの含有率が高い程、タングステン線10の強度を高めることができる。その一方で、レニウムの含有率が高すぎる場合には、タングステン線10の加工性が悪化し、タングステン線10の細線化が難しくなる。
【0017】
本実施の形態では、タングステン線10におけるレニウムの含有率は、0.1mass%以上10mass%以下である。例えば、レニウムの含有率は、0.5mass%以上5mass%以下であってもよい。一例として、レニウムの含有率は1mass%であるが、3mass%であってもよい。
【0018】
タングステン線10の線径Dは、100μm以下である。線径Dは、80μm以下であってもよく、60μm以下であってもよく、40μm以下であってもよい。線径Dは30μm以下であってもよく、20μm以下であってもよい。線径Dは10μm以下であってもよい。線径Dは、例えば5μm以上である。
【0019】
本実施の形態では、タングステン線10の線径Dは、均一である。なお、完全に均一でなくてもよく、線軸方向に辿った場合に部位によって例えば1%などの数%程度の差が含まれていてもよい。タングステン線10の線軸Pに直交する断面における断面形状は、例えば円形である。なお、断面形状は、正方形、長方形又は楕円形などであってもよい。
【0020】
タングステン線10の引張強度は、4800MPa以上である。また、タングステン線10の引張強度は、5000MPa以上であってもよく、5300MPa以上であってもよい。線径D及びタングステンの結晶粒の大きさなどを調整することにより、5500MPaを超える引張強度を有するタングステン線10を実現することができる。なお、タングステン線10の引張強度は、4800MPa未満であってもよい。
【0021】
また、タングステン線10の弾性率は、350GPa以上450GPa以下である。ここで、弾性率は、縦弾性係数である。なお、ピアノ線の弾性率は、一般的に150GPaから250GPaの範囲である。つまり、タングステン線10は、ピアノ線の約2倍の弾性率を有する。
【0022】
弾性率が350GPa以上であることで、タングステン線10が変形しにくくなる。すなわち、タングステン線10が伸びにくくなる。一方で、弾性率が450GPa以下であることで、ある程度の強さの力を加えた場合にタングステン線10を変形させることが可能になる。具体的には、タングステン線10を屈曲させることができるので、例えば、ソーワイヤーとして利用する場合にガイドローラーなどへの巻き付けを容易に行うことができる。
【0023】
本実施の形態に係るタングステン線10は、ねじり破断回転数が従来よりも多いという特徴を有する。以下では、ねじり破断回転数について説明する。
【0024】
[ねじり破断回転数]
ねじり破断回転数は、タングステン線10にねじりを加えた場合にタングステン線10が破断するまでに要するねじりの回転数である。ねじり破断回転数が多い程、タングステン線10は、ねじりに対する強度が高いことを意味する。
【0025】
ねじり破断回転数は、ねじり試験を行うことによって測定される。ねじり試験は、所定の長さLに切り出されたタングステン線10を用いて行われる。具体的には、長さLのタングステン線10の線軸方向の両端を把持し、所定の張力Tをタングステン線10に負荷として与える。タングステン線10の一端を固定し、所定の張力Tが与えられた状態で、他端を線軸周りに回転させる。他端の線軸周りの回転数がねじりの回転数Nである。タングステン線10が破断するまで、タングステン線10の他端の回転、すなわち、ねじりを加え続ける。タングステン線10が破断したときのねじりの回転数Nがねじり破断回転数である。
【0026】
本願発明者らは、後述する製造方法に基づいて複数のタングステン線10のサンプル(実施例)を製造し、ねじり試験を行うことで、実施例に係る各サンプルのねじり破断強度を測定した。また、比較例に係るサンプルも製造し、ねじり試験を行うことで、比較例に係る各サンプルのねじり破断強度を測定した。比較例に係るサンプルは、実施例に係るサンプルとは異なる製造方法を用いて製造される。実施例と比較例との製造方法の差異については、後で説明する。
【0027】
ねじり試験に用いられるサンプルの長さLは50mmである。張力Tは、タングステン線の破断張力の50%の張力である。ここで、タングステン線の破断張力は、長さLのタングステン線10にねじりを加えることなく、張力を加えた場合にタングステン線が破断されたときの張力である。タングステン線の破断張力は、例えば4N以上10N以下である。
【0028】
また、各サンプルは、レニウムタングステン合金線である。レニウムの含有率が1mass%であり、タングステンの含有率が99mass%である。
【0029】
図2は、実施例及び比較例によるタングステン線の引張強度とねじり破断回転数との関係の測定結果を示す図である。図2において、横軸は、タングステン線10の引張強度を表し、縦軸は、タングステン線10のねじり破断回転数を表している。図2には、サンプル毎の引張強度を黒丸(実施例)又は白丸(比較例)のプロットにより図示されている。各サンプルの線径Dは50μmである。
【0030】
図2に示されるように、実施例に係るサンプルの引張強度は、約4700MPa以上約5300MPa以下の範囲であった。比較例に係るサンプルの引張強度は、約4300MPa以上約4800MPa未満であった。
【0031】
図2に示されるように、比較例に係るサンプルでは、引張強度によらずに、ねじり破断回転数は30回未満であった。一方で、実施例に係るサンプルでは、ねじり破断回転数が70回以上である。ねじり破断回転数が200回に到達するサンプルも得られた。引張強度が約4750MPaのサンプルから引張強度が約5200MPaのサンプルまでのいずれのサンプルにおいても、比較例に係るサンプルよりも2倍以上のねじり破断回転数が実現された。
【0032】
さらに、本願発明者らは、実施例及び比較例の各々に係る、線径Dが異なるサンプルを作製した。例えば、線径Dが30μmの場合の実施例に係るサンプルの引張強度は、約4800MPa以上約5800MPa以下の範囲であった。例えば、線径Dが30μmの場合の比較例に係るサンプルの引張強度は、約3700MPa以上約4800MPa未満であった。
【0033】
また、本願発明者らは、線径Dとのねじり破断回転数との関係について測定した。測定結果が図3に示される。
【0034】
図3は、実施例及び比較例に係るタングステン線10の線径Dとねじり破断回転数との関係の測定結果を示す図である。図3において、横軸は、タングステン線10の線径Dを表し、縦軸は、タングステン線10のねじり破断回転数を表している。
【0035】
線径が20μm以上100μm以下の範囲において、実施例に係るサンプルのねじり破断回転数は、図3の実線で囲まれ、かつ、斜線の網掛けが付された領域11に含まれていた。具体的には、実施例に係るサンプルのねじり破断回転数は、250×exp(-0.026×D)回以上である。つまり、サンプルのねじり破断回転数の下限値を表す曲線は、線径Dを変数として250×exp(-0.026×D)で表される。また、実施例に係るサンプルのねじり破断回転数は、850×exp(-0.026×D)回以下である。つまり、サンプルのねじり破断回転数の上限値を表す曲線は、線径Dを変数として850×exp(-0.026×D)で表される。これらの上限値及び下限値を表す曲線は、ねじり破断回転数の実測結果(具体的には、線径D毎の上限値及び下限値)に基づいてフィッティングを行うことで算出されたものである。
【0036】
一方で、比較例に係るサンプルのねじり破断回転数は、図3の破線で囲まれ、かつ、ドットの網掛けが付された領域12に含まれていた。具体的には、比較例に係るサンプルのねじり破断回転数は、30×exp(-0.026×D)回以上、250×exp(-0.026×D)回未満であった。
【0037】
以上のように、実施例に係るサンプルは、100μm以下の細い線径Dで、引張強度が4800MPa以上であり、かつ、タングステン線10の破断張力の50%の張力Tを負荷として与えたときの50mm当たりのねじり破断回転数が250×exp(-0.026×D)回以上であることが実現された。つまり、本実施の形態に係るタングステン線10によれば、細くて、かつ、引張強度が高いだけでなく、ねじりに対する破断強度も極めて高いという優れた特性を実現することができる。
【0038】
なお、タングステン線10に含まれるタングステンの含有率又はレニウムの含有率を異ならせた場合も同様に、細くて、かつ、引張強度が高いだけでなく、ねじりに対する破断強度を高めることができる。
【0039】
[タングステン線の製造方法]
続いて、本実施の形態に係るタングステン線10の製造方法について、図4及び図5を用いて説明する。
【0040】
図4は、本実施の形態に係るタングステン線10の製造方法を示すフローチャートである。図5は、本実施の形態に係るタングステン線10の製造方法に含まれる線引き工程での加熱温度を示す図である。なお、図5では、n回の線引きを行う場合を示している。nは、例えば5以上の自然数である。
【0041】
図4に示されるように、まず、タングステンインゴットを準備する(S10)。具体的には、タングステン粉末の集合物を準備し、準備した集合物に対してプレス及び焼結(シンター)を行うことで、タングステンインゴットを作製する。
【0042】
なお、タングステン合金からなるタングステン線10を製造する場合には、タングステン粉末と金属粉末(例えば、レニウム粉末)とを所定の割合で混合した混合物を、タングステン粉末の集合物の代わりに準備する。タングステン粉末及びレニウム粉末の平均粒径は、例えば3μm以上4μm以下の範囲であるが、これに限らない。タングステン粉末及びレニウム粉末の混合割合は、製造されるタングステン線10におけるタングステンとレニウムとの含有率に依存する。作製したタングステンインゴットの比重は、例えば17.4g/cm以上であるが、17.8g/cm以上18.2g/cm以下であってもよい。
【0043】
次に、作製したタングステンインゴットに対してスエージング加工を行う(S12)。具体的には、タングステンインゴットを周囲から鍛造圧縮して伸展させることで、ワイヤー状のタングステン線を成形する。なお、スエージング加工の代わりに、圧延加工を行ってもよい。
【0044】
例えば、スエージング加工を繰り返し行うことで、直径が約15mm以上約25mm以下のタングステンインゴットを、線径が約3mmのタングステン線に成形する。スエージング加工の途中の工程において、アニール処理を実施することにより、以降の加工性を確保する。例えば、径が8mm以上10mm以下の範囲で、2400℃のアニール処理を実施する。ただし、結晶粒の微細化による引張強度の向上のため、径が8mm未満のスエージング工程では、アニール処理を実施しない。
【0045】
次に、加熱線引きの前にタングステン線を900℃で加熱する(S14)。具体的には、バーナーなどで直接的にタングステン線を加熱する。タングステン線を加熱することで、以降の加熱線引きで加工中に断線しないようにタングステン線の表面に酸化物層を形成させる。
【0046】
次に、加熱線引きを行う(S16)。具体的には、1つの伸線ダイスを用いてタングステン線の線引き、すなわち、タングステン線の伸線(細線化)を加熱しながら行う。1回目の線引きの加熱温度T1(図5を参照)は、例えば1000℃である。なお、加熱温度が高い程、タングステン線の加工性が高められるので、容易に線引きを行うことができる。1つの伸線ダイスを用いた1回の線引きによるタングステン線の断面減少率は、例えば10%以上40%以下である。線引き工程において、黒鉛を水に分散させた潤滑剤を用いてもよい。
【0047】
線引き工程後には、電解研磨を行うことで、タングステン線の表面を滑らかにしてもよい。電解研磨は、例えば、水酸化ナトリウム水溶液などの電解液に、タングステン線と対向電極とを浸した状態で、タングステン線と対向電極との間に電位差が生じることで電解研磨が行われる。
【0048】
所望の線径のタングステン線が得られるまで(S18でNo)、加熱線引き(S16)が繰り返される。ここでの所望の線径は、最終線引き工程(S26)の2工程前の段階の線径であり、例えば170μm以上250μm以下であるが、これらに限定されない。
【0049】
加熱線引きの繰り返しにおいては、直前の線引きで用いた伸線ダイスよりも孔径が小さい伸線ダイスが用いられる。また、加熱線引きを繰り返す場合に、図4に示されるように、加熱温度を下げる(S20)。つまり、直前の線引き時の加熱温度よりも低い加熱温度でタングステン線が加熱される。例えば、図5に示されるように、n-3回目の線引き工程での加熱温度T2は、直前のn-4回目の線引き工程での加熱温度よりも低い。また、n-3回目の線引き工程での加熱温度T2は、以前の線引き工程での加熱温度のいずれよりも低い。このように、線径が小さくなるにつれて、線引き工程での加熱温度を徐々に低下させる。
【0050】
所望の線径のタングステン線が得られ、次の線引き工程が最終線引き工程の2工程前の線引き工程(n-2回目の線引き)である場合(S18でYes)、温度を維持して加熱線引きを行う(S22)。具体的には、図5に示されるように、n-2回目の線引き工程の加熱温度は、n-3回目の線引き工程の加熱温度と同じである。温度T2は、タングステンの一次再結晶温度よりも高い温度である。温度T2は、例えば900℃以上1000℃以下の範囲である。
【0051】
最終線引き工程の2工程前の線引きで温度を高くすることにより、タングステン線に含まれるタングステンの一次再結晶を促進させることができる。これにより、タングステン線のボイドを(空隙)を減らすとともに、結晶粒の線軸方向への延びが進みやすくなる。これにより、ねじり破断回転数を高めることができると考えられる。
【0052】
次に、最終線引き工程の1工程前では、温度を下げて加熱線引きを行う(S24)。図5に示されるように、n-1回目の線引き工程の加熱温度T3は、n-2回目の線引き工程の加熱温度T2よりも低い。温度T3は、タングステンの再結晶温度よりも低い温度である。例えば、温度T3は、600℃以上700℃以下の温度である。低い温度で加熱線引きを行うことで、結晶粒の微細化に寄与させる。その際、ダイスの加熱温度も低下させることが必要である。例えば、ダイスの加熱温度は、300℃以上350℃以下の範囲であるが、これに限定されない。
【0053】
なお、1回目~n-3回目までの加熱線引きでの加熱温度は、タングステン線の表面に付着する酸化物の量に応じて調整される。具体的には、酸化物の量がタングステン線の0.8mass%以上1.6mass%以下の範囲になるように、加熱温度が調整されることによってn-2回目及びn-1回目の加熱線引きの線引加工性を確保する。加熱線引きの繰り返しにおいて、電解研磨は省略されてもよい。
【0054】
次に、最終線引きを常温で行う(S26)。つまり、加熱をせずにタングステン線の線引きを行うことで、さらなる結晶粒の微細化を実現する。また、常温線引きにより結晶方位を加工軸方向(具体的には、線軸Pに平行な方向)に揃える効果もある。常温とは、例えば0℃以上50℃以下の範囲の温度であり、一例として30℃である。
【0055】
常温線引きでは、孔径が異なる複数の伸線ダイスを用いてタングステン線の線引きを行う。常温線引きでは、水溶性などの液体潤滑剤を用いる。常温線引きでは加熱を行わないため、液体の蒸発が抑制される。したがって、潤滑剤として十分な機能を発揮させることができる。
【0056】
従来の伝統的なタングステン線の加工方法である600℃以上の加熱線引きに対して、タングステン線の加熱を行わず、液体潤滑剤で冷却しながら加工することで、動的回復及び動的再結晶を抑制し、断線することなく、結晶粒の微細化に寄与させ、高い引張強度を得ることができる。また、結晶粒微細化と共に、結晶の軸方向への長大化を実現するため、ねじり強度の大幅な向上に寄与する。
【0057】
最後に、常温線引きを行うことで形成された線径Dのタングステン線に対して、電解研磨を行う(S28)。電解研磨は、例えば水酸化ナトリウム水溶液などの電解液に、タングステン線と対向電極とを浸した状態で、タングステン線と対向電極との間に電位差が生じることで電解研磨が行われる。
【0058】
以上の工程を経て、本実施の形態に係るタングステン線10が製造される。上記製造工程を経ることで、製造直後のタングステン線10の長さは、例えば50km以上の長さであり、工業的に利用できる。タングステン線10は、使用される態様に応じて適切な長さに切断され、針又は棒の形状として使用することもできる。このように、本実施の形態に係るタングステン線10は、工業的に大量生産が可能であり、様々なタングステン製品に用いられる。
【0059】
なお、図2及び図3に示される比較例に係るタングステン線は、いわゆる熱間線引きによって製造される。例えば、1回目の線引き加工では、1050℃以上1150℃以下の温度で加熱する。線径が小さくなる程、加熱温度を低くしながら、線引きを繰り返し行う。最終線引き加工では、700℃以上800℃以下の温度で加熱する。
【0060】
このように、比較例と実施例とでは、主に線引き工程における加熱温度が異なっている。最終線引き工程において常温線引きを行うことで、図2及び図3を用いて説明したように、実施例に係るサンプルのねじり破断回転数が比較例よりも高くすることができる。また、さらに、最終線引き工程の2工程前の線引き工程での加熱温度を、直前の線引き工程での加熱温度とほぼ同じにすることで、実施例に係るサンプルのねじり破断回転数を更に高くすることができる。また、最終線引き工程の1工程前の線引き工程でダイスの加熱温度を300℃以上350℃以下の範囲にすることで、実施例に係るサンプルのねじり破断回転数を更に高くすることができる。
【0061】
また、タングステン線10の製造方法に示される各工程は、例えばインラインで行われる。具体的には、ステップS16、S22及びS24で使用される複数の伸線ダイスは、生産ライン上で孔径が小さくなる順で配置される。また、各伸線ダイス間にはバーナーなどの加熱装置が配置されている。また、各伸線ダイス間には電解研磨装置が配置されていてもよい。ステップS16、S22及びS24で使用される伸線ダイスの下流側(後工程側)に、ステップS26で使用される複数の伸線ダイスが、孔径が小さくなる順で配置され、最も孔径が小さい伸線ダイスの下流側に電解研磨装置が配置される。なお、各工程は、個別に行われてもよい。
【0062】
[タングステン製品]
続いて、本実施の形態に係るタングステン線10を備えるタングステン製品の具体例について説明する。
【0063】
<ソーワイヤー>
本実施の形態に係るタングステン線10は、例えば、図6に示されるように、シリコンインゴット又はコンクリートなどの物体を切断する切断装置1のソーワイヤー2として利用することができる。図6は、本実施の形態に係るタングステン製品の一例であるソーワイヤー2を備える切断装置1を示す斜視図である。
【0064】
図6に示されるように、切断装置1は、ソーワイヤー2を備えるマルチワイヤーソーである。切断装置1は、例えば、インゴット50を薄板状に切断することで、ウェハを製造する。インゴット50は、例えば、単結晶シリコンから構成されるシリコンインゴットである。具体的には、切断装置1は、複数のソーワイヤー2によってインゴット50をスライスすることで、複数のシリコンウェハを同時に製造する。
【0065】
なお、インゴット50は、シリコンインゴットに限らず、シリコンカーバイド又はサファイアなどの他のインゴットでもよい。あるいは、切断装置1による切断対象物は、コンクリート又はガラスなどでもよい。
【0066】
本実施の形態では、ソーワイヤー2は、タングステン線10を備える。具体的には、ソーワイヤー2は、本実施の形態に係るタングステン線10そのものである。あるいは、ソーワイヤー2は、タングステン線10と、タングステン線10の表面に付着された複数の砥粒とを備えてもよい。
【0067】
図6に示されるように、切断装置1は、さらに、2つのガイドローラー3と、支持部4と、張力緩和装置5とを備える。
【0068】
2つのガイドローラー3には、1本のソーワイヤー2が複数回、巻きつけられている。ここでは、説明の都合上、ソーワイヤー2の1周分を1つのソーワイヤー2とみなして、複数のソーワイヤー2が2つのガイドローラー3に巻きつけられているものとして説明する。つまり、以下の説明において、複数のソーワイヤー2は、1本の連続するソーワイヤー2を形成している。なお、複数のソーワイヤー2は、個々に分離した複数のソーワイヤーであってもよい。
【0069】
2つのガイドローラー3は、複数のソーワイヤー2を所定の張力でまっすぐに張った状態で、各々が回転することで、複数のソーワイヤー2を所定の速度で回転させる。複数のソーワイヤー2は、互いに平行で、かつ、等間隔で配置されている。具体的には、2つのガイドローラー3にはそれぞれ、ソーワイヤー2が入れられる溝が所定のピッチで複数設けられている。溝のピッチは、切り出したいウェハの厚みに応じて決定される。溝の幅は、ソーワイヤー2の線径と略同じである。
【0070】
なお、切断装置1は、3つ以上のガイドローラー3を備えてもよい。3つ以上のガイドローラー3の周りに複数のソーワイヤー2が巻きつけられていてもよい。
【0071】
支持部4は、切断対象物であるインゴット50を支持する。支持部4は、インゴット50を複数のソーワイヤー2に向けて押し出すことにより、インゴット50が複数のソーワイヤー2によってスライスされる。
【0072】
張力緩和装置5は、ソーワイヤー2にかかる張力を緩和する装置である。例えば、張力緩和装置5は、つるまきバネ又は板バネなどの弾性体である。図6に示されるように、例えばつるまきバネである張力緩和装置5は、一端がガイドローラー3に接続され、他端が所定の壁面に固定されている。張力緩和装置5がガイドローラー3の位置を調整することで、ソーワイヤー2にかかる張力を緩和することができる。
【0073】
なお、図示しないが、切断装置1は、遊離砥粒方式の切断装置であって、ソーワイヤー2にスラリーを供給する供給装置を備えていてもよい。スラリーは、クーラントなどの切削液に砥粒が分散されたものである。スラリーに含まれる砥粒がソーワイヤー2に付着することで、インゴット50の切断を容易に行うことができる。
【0074】
引張強度が高いタングステン線10を備えるソーワイヤー2は、ガイドローラー3に強い張力で張ることができる。これにより、インゴット50の切断時のソーワイヤー2の振動が抑制されるので、インゴット50のロスを少なくすることができる。また、タングステン線10のねじりに対する破断強度が高いので、ソーワイヤー2が使用中にねじられたとしても破断されにくく、切断装置1の信頼性を高めることができる。
【0075】
<撚り線及びロープ>
また、本実施の形態に係るタングステン線10は、図7に示されるように、撚り線20として利用することができる。図7は、本実施の形態に係るタングステン製品の一例である撚り線20の一部を示す斜視図である。
【0076】
図7に示されるように、撚り線20は、複数のタングステン線10を備える。撚り線20は、複数のタングステン線10を素線として撚り合わせることで製造される。
【0077】
撚り線20は、例えば、複数のタングステン線10を合撚加工することにより得られる合撚糸である。あるいは、撚り線20は、複数のタングステン線10をカバーリング加工することで得られるカバーリング糸である。なお、撚り線20を構成する複数の素線の全てがタングステン線10でなくてもよい。例えば、タングステン線10と炭素鋼線とを撚り合わせることで撚り線20が構成されていてもよい。
【0078】
また、図8に示されるように、撚り線20を更に撚り合わせることによって、ロープ30が製造されてもよい。図8は、本実施の形態に係るタングステン製品の一例であるロープ30の一部を示す斜視図である。
【0079】
図8に示されるように、ロープ30は、複数の撚り線20を小縄(ストランド)として撚り合わせることにより製造される。撚り線20の撚り方向(例えばZ撚り)に対して、ロープ30の撚り方向(例えばS撚り)を異ならせることにより、ロープ30の強度を高めることができる。
【0080】
タングステン線10のねじりに対する破断強度が高いので、タングステン線10に撚り加工が行われて製造された撚り線20及びロープ30が破断されにくくなる。したがって、信頼性の高い撚り線20及びロープ30を実現することができる。
【0081】
なお、撚り線20及びロープ30の各々の撚りに用いるタングステン線10の本数及び撚り数などは特に限定されない。
【0082】
<カテーテル>
また、本実施の形態に係るタングステン線10は、医療機器部材に利用することができる。図9は、本実施の形態に係るタングステン製品の一例であるカテーテル40の一部を示す斜視図である。
【0083】
カテーテル40は、医療機器部材の一例である。図9に示されるように、カテーテル40は、筒状に構成された弾性部材である。カテーテル40の内部には、ガイドワイヤー41が通されている。ガイドワイヤー41がタングステン線10である。つまり、本実施の形態に係るタングステン線10をカテーテル40のガイドワイヤー41として利用することができる。あるいは、タングステン線10は、カテーテルの補強用のワイヤーとして用いることもできる。
【0084】
<その他>
タングステン線10は、スクリーン印刷に用いられるスクリーンメッシュなどの金属製のメッシュとして利用することもできる。例えば、スクリーンメッシュは、タテ糸及びヨコ糸として製織された複数のタングステン線10を備える。
【0085】
また、タングステン線10は、医療機器部材の一例である医療用針又は検査用のプローブ針に利用することもできる。また、タングステン線10は、例えば、タイヤ又はコンベアベルトなどの弾性部材の補強用のワイヤーとして利用することもできる。例えば、タイヤは、層状に束ねられた複数のタングステン線10をベルト又はカーカスプライとして備える。
【0086】
[効果など]
以上のように、本実施の形態に係るタングステン線10は、タングステン又はタングステン合金からなるタングステン線であって、タングステン線10の線径Dは、100μm以下であり、タングステン線10の破断張力の50%の張力を負荷として与えたときの50mm当たりのねじり破断回転数は、250×exp(-0.026×D)回以上である。
【0087】
これにより、ねじりに対して従来よりも高い破断強度を有し、十分に細いタングステン線10が実現される。
【0088】
また、例えば、タングステン線10の引張強度は、4800MPa以上である。
【0089】
これにより、ねじりに対して高い破断強度と高い引張強度とを両立させ、かつ、十分に細いタングステン線10が実現される。
【0090】
また、例えば、タングステン線10に含まれるタングステンの含有率は、90mass%以上である。
【0091】
これにより、タングステン線10がタングステン合金からなる場合でも、例えば、レニウムの含有率を10mass%未満にすることができる。このため、タングステン線10の加工性を良くすることができる。
【0092】
また、例えば、本実施の形態に係るタングステン製品は、タングステン線10を備える。また、例えば、タングステン製品は、ソーワイヤー2、撚り線20、ロープ30、又は、カテーテル40などの医療機器部材である。
【0093】
これにより、ねじりに対して従来よりも高い破断強度を有し、十分に細いタングステン線10を用いてタングステン製品が製造されるので、タングステン製品の使用中における断線などが発生することを抑制することができる。このため、信頼性の高いタングステン製品を実現することができる。
【0094】
(その他)
以上、本発明に係るタングステン線及びタングステン製品について、上記の実施の形態に基づいて説明したが、本発明は、上記の実施の形態に限定されるものではない。
【0095】
例えば、タングステン合金に含まれる金属は、レニウムでなくてもよい。つまり、タングステン合金は、タングステンと、タングステンとは異なる1種類以上の金属との合金であってもよい。タングステンとは異なる金属は、例えば遷移金属であり、イリジウム(Ir)、ルテニウム(Ru)又はオスミウム(Os)などである。タングステンとは異なる金属の含有率は、例えば、0.1mass%以上10mass%以下であるが、これに限らない。例えば、タングステンとは異なる金属の含有率も0.1mass%より小さくてもよく、10mass%より大きくてもよい。レニウムについても同様である。
【0096】
また、例えば、タングステン線10の引張強度は、4800MPaより低くてもよい。
【0097】
また、例えば、タングステン線10は、カリウム(K)がドープされたタングステンからなってもよい。ドープされたカリウムは、タングステンの結晶粒界に存在する。タングステン線10におけるタングステンの含有率は、例えば、99mass%以上である。
【0098】
タングステン線10におけるカリウムの含有率は、0.01mass%以下であるが、これに限らない。例えば、タングステン線10におけるカリウムの含有率は、0.003mass%以上0.010mass%以下であってもよい。一例として、タングステン線10におけるカリウムの含有率は、0.005mass%である。
【0099】
タングステン線が微量のカリウムを含有することで、タングステン線の半径方向の結晶粒の成長が抑制される。つまり、表面結晶粒の幅を小さくすることができるので、引張強度を高めることができる。
【0100】
カリウムがドープされたタングステンからなるタングステン線(カリウムドープタングステン線)の線径、弾性率、引張強度及びねじり破断回転数は、上述した実施の形態と同様である。
【0101】
カリウムドープタングステン線は、タングステン粉末の代わりに、カリウムがドープされたドープタングステン粉末を利用することで、実施の形態と同様の製造方法により製造することができる。
【0102】
また、例えば、タングステン線10の表面には、酸化膜又は窒化膜などが被覆されていてもよい。
【0103】
その他、各実施の形態に対して当業者が思いつく各種変形を施して得られる形態や、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で各実施の形態における構成要素及び機能を任意に組み合わせることで実現される形態も本発明に含まれる。
【符号の説明】
【0104】
2 ソーワイヤー
10 タングステン線
20 撚り線
30 ロープ
40 カテーテル(医療機器部材)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9