(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-09
(45)【発行日】2023-02-17
(54)【発明の名称】ルブリシン局在軟骨様組織、その製造方法及びそれを含む関節軟骨損傷治療用組成物
(51)【国際特許分類】
C12N 5/077 20100101AFI20230210BHJP
C12N 5/0735 20100101ALI20230210BHJP
【FI】
C12N5/077
C12N5/0735
(21)【出願番号】P 2020561552
(86)(22)【出願日】2019-12-20
(86)【国際出願番号】 JP2019050193
(87)【国際公開番号】W WO2020130147
(87)【国際公開日】2020-06-25
【審査請求日】2021-04-02
(31)【優先権主張番号】P 2018239197
(32)【優先日】2018-12-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000000033
【氏名又は名称】旭化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100108903
【氏名又は名称】中村 和広
(74)【代理人】
【識別番号】100142387
【氏名又は名称】齋藤 都子
(74)【代理人】
【識別番号】100135895
【氏名又は名称】三間 俊介
(74)【代理人】
【識別番号】100197169
【氏名又は名称】柴田 潤二
(72)【発明者】
【氏名】妻木 範行
(72)【発明者】
【氏名】武井 義明
【審査官】林 康子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/133208(WO,A1)
【文献】WU, X. et al.,Mol Biotechnol, (2013), Vol.54, pp.331-336
【文献】YU, B. et al.,Biochem Biophys Res Communm (2011), Vol.414, pp.412-418
【文献】WANG, T. et al.,J Biomed Mater Res, (2009), Vol.88A, pp.935-946
【文献】CANDRIAN, C. et al.,Arthrits & Rheumatism, (2008), Vol.58, No.1, pp.197-208
【文献】GRAD, S. et al.,Biorheology, (2006), Vol.43, pp.259-269
【文献】LUO, L. et al.,J Tissue Eng Regen Med, (2017), Vol.11, pp.2613-2628
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
略球形のルブリシン局在軟骨様組織であって、
多能性幹細胞から誘導された軟骨様組織の第1重心、または前記第1重心を中心とする前記多能性幹細胞から誘導された軟骨様組織の最長径(第1最長径)×0.2の径を有する同心球の内側の領域である重心領域、を通る任意の断面において、
前記断面の重心である第2重心を中心とし、前記断面の最長径(第2最長径)×0.4~0.9の径を有する同心円の内側の領域である中心領域に含まれる単位面積当たりのルブリシン発現量(中心ルブリシン量)と、前記中心領域の外側の非中心領域に含まれる単位面積当たりのルブリシン発現量(非中心ルブリシン量)との比が、
非中心ルブリシン量/中心ルブリシン量>1であり、
前記断面の外周の5割以上の範囲に
ルブリシンが発現しており、ルブリシンが局在化したことを特徴とする、ルブリシン局在軟骨様組織。
【請求項2】
前記多能性幹細胞が、ES細胞、ntES細胞またはiPS細胞である、請求項1に記載のルブリシン局在軟骨様組織。
【請求項3】
非中心ルブリシン量/中心ルブリシン量>1.3である、請求項1または2に記載のルブリシン局在軟骨様組織。
【請求項4】
培地中で、多能性幹細胞から誘導された軟骨様組織
を、回転式培養装置を用いて60~95回転/分の攪拌速度で14日以上攪拌培養することで外周全方位からせん断力を負荷し、ルブリシンを局在化させる工程、を含む、請求項1~3のいずれか1項に記載のルブリシン局在軟骨様組織の製造方法。
【請求項5】
前記工程において用いられる前記多能性幹細胞から誘導された軟骨様組織の量が、100mg/30mL培地以下である、請求項4
に記載の方法。
【請求項6】
前記培地が、TGFβ、BMP2及びGDF5を含む、請求項4
または5に記載の方法。
【請求項7】
前記培地が、HMG-CoA還元酵素阻害薬を含む、請求項4~
6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記工程の前後で、前記多能性幹細胞から誘導された軟骨様組織に対し、前記ルブリシン局在軟骨様組織のPRG4の発現量が3倍以上、上昇する、請求項4~
7のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ルブリシン局在軟骨様組織及びその製造方法に関する。本発明はまた、ルブリシン局在軟骨様組織を含む関節軟骨損傷治療用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
軟骨組織は、軟骨細胞と、I型コラーゲンを含まず、II型コラーゲン、IX型コラーゲン、XI型コラーゲンおよびプロテオグリカンを含む特定の細胞外マトリックスとで形成されている。関節損傷などで失われた軟骨組織は自然治癒することはないため、移植等の修復治療を行わなければ悪化してしまう。しかし、損傷部位へ移植するためには、軟骨組織の入手が必要であり、患者自身の別の部位の軟骨を用いる場合では、結局軟骨組織の欠失部位を生じてしまうため、移植治療に適応する損傷の大きさには限度がある。このため、採取した軟骨細胞を拡大培養して、移植に用いるという方法が用いられているが、in vitroで培養を行うと軟骨細胞が線維化してしまい、治療効果が十分ではない(非特許文献1)。この他にも、間葉系幹細胞を投与する方法が提案されているが、間葉系幹細胞は多数の種類の細胞へと分化するため、所望の軟骨細胞のみならずI型コラーゲンを発現する線維組織やX型コラーゲンを発現する肥大化組織で欠損部を修復することになってしまう(非特許文献2)。
【0003】
そのような状況の下、近年、iPS細胞やES細胞といった多能性幹細胞から軟骨細胞を誘導する方法が提案されており(例えば、特許文献1)、これを用いて、失われた軟骨組織を再生する試みが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Roberts,S.,et al.Knee 16,398-404(2009).
【文献】Mithoefer,K.,et al.Am.J.Sports Med.37,2053-2063.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、ヒトに移植した際に早期に正常な軟骨組織へ再生可能な、高い軟骨再生能を有する、ルブリシンが局在化した軟骨様組織及びそれを含む関節軟骨損傷治療用組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記の課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、培地中で、多能性幹細胞から誘導された軟骨様組織に力学的刺激を負荷することで、ルブリシンが表層周辺部に局在化した軟骨様組織を安定的に製造できることを見出した。本発明はそのような知見を基にして完成させたものである。
【0008】
すなわち、本発明は以下の特徴を有する:
[1] ルブリシン局在軟骨様組織であって、
多能性幹細胞から誘導された軟骨様組織の第1重心、または前記第1重心を中心とする前記多能性幹細胞から誘導された軟骨様組織の最長径(第1最長径)×0.2の径を有する同心球の内側の領域である重心領域、を通る任意の断面において、
前記断面の重心である第2重心を中心とし、前記断面の最長径(第2最長径)×0.4~0.9の径を有する同心円の内側の領域である中心領域に含まれる単位面積当たりのルブリシン発現量(中心ルブリシン量)と、前記中心領域の外側の非中心領域に含まれる単位面積当たりのルブリシン発現量(非中心ルブリシン量)との比が、
非中心ルブリシン量/中心ルブリシン量>1であり、ルブリシンが局在化したことを特徴とする、ルブリシン局在軟骨様組織。
[2] 非中心ルブリシン量/中心ルブリシン量>1.3である、[1]に記載のルブリシン局在軟骨様組織。
[3] 非中心ルブリシン量/中心ルブリシン量>1.5である、[1]または[2]に記載のルブリシン局在軟骨様組織。
[4] サフラニンО染色により外膜を除く部分において一様に陽性を示す、[1]~[3]のいずれかに記載のルブリシン局在軟骨様組織。
[5] 前記断面の全周の7割以上の範囲においてルブリシンが発現している、[1]~[4]のいずれかに記載のルブリシン局在軟骨様組織。
[6] 略球状である、[1]~[5]のいずれかに記載のルブリシン局在軟骨様組織。
[7] 前記多能性幹細胞が、ES細胞、ntES細胞またはiPS細胞である、[1]~[6]のいずれかに記載のルブリシン局在軟骨様組織。
[8] 前記非中心領域が、サフラニンO陽性部分を含む、[1]~[7]のいずれかに記載のルブリシン局在軟骨様組織。
[9] ルブリシン局在軟骨様組織であって、
多能性幹細胞から誘導された軟骨様組織の表層周辺部に含まれる単位重量当たりのルブリシン発現量(表層ルブリシン量)と、非表層周辺部に含まれる単位重量当たりのルブリシン発現量(非表層ルブリシン量)との比が、表層ルブリシン量/非表層ルブリシン量>1.3であり、
ここで前記表層周辺部が、前記軟骨様組織の表面の任意の点(第1の点)から第1重心までの距離において、第1の点から5%~60%の距離にある点を第2の点と定義した場合、任意の各第1の点に対する各第2の点の集合の外側の領域であり、
前記非表層周辺部が、前記表層周辺部の内側に存在する、前記表層周辺部を除く軟骨様組織の領域である、ルブリシン局在軟骨様組織。
[10] 表層ルブリシン量/非表層ルブリシン量>1.5である、[9]に記載のルブリシン局在軟骨様組織。
[11] サフラニンО染色により外膜を除く部分において一様に陽性を示す、[9]~[10]のいずれかに記載のルブリシン局在軟骨様組織。
[12] 前記表面の7割以上の範囲においてルブリシンが発現している、[9]~[11]のいずれかに記載のルブリシン局在軟骨様組織。
[13] 略球状である、[9]~[12]のいずれかに記載のルブリシン局在軟骨様組織。
[14] 前記多能性幹細胞が、ES細胞、ntES細胞またはiPS細胞である、[9]~[13]のいずれかに記載のルブリシン局在軟骨様組織。
[15] 前記表層周辺部が、サフラニンO陽性部分を含まない、[9]~[14]のいずれかに記載のルブリシン局在軟骨様組織。
[16] 前記表層周辺部が、サフラニンO陽性部分を含む、[9]~[15]のいずれかに記載のルブリシン局在軟骨様組織。
[17] ルブリシン局在軟骨様組織であって、
多能性幹細胞から誘導された軟骨様組織の表層周辺部に含まれる単位重量当たりのルブリシン発現量(表層ルブリシン量)と、非表層周辺部に含まれる単位重量当たりのルブリシン発現量(非表層ルブリシン量)との比が、表層ルブリシン量/非表層ルブリシン量>1.3であり、
ここで前記表層周辺部が、前記軟骨様組織の表面の任意の点(第1の点)から第1重心までの距離において、第1の点から500μmの距離にある点を第2の点と定義した場合、任意の各第1の点に対する各第2の点の集合の外側の領域であり、
前記非表層周辺部が、前記表層周辺部の内側に存在する、前記表層周辺部を除く軟骨様組織の領域である、ルブリシン局在軟骨様組織。
[18] 表層ルブリシン量/非表層ルブリシン量>1.5である、[17]に記載のルブリシン局在軟骨様組織。
[19] サフラニンО染色により外膜を除く部分において一様に陽性を示す、[17]~[18]のいずれかに記載のルブリシン局在軟骨様組織。
[20] 前記表面の7割以上の範囲においてルブリシンが発現している、[17]~[19]のいずれかに記載のルブリシン局在軟骨様組織。
[21] 略球状である、[17]~[20]のいずれかに記載のルブリシン局在軟骨様組織。
[22] 最長径が1mm~6mmである、[17]~[21]のいずれかに記載のルブリシン局在軟骨様組織。
[23] 前記多能性幹細胞が、ES細胞、ntES細胞またはiPS細胞である、[17]~[22]のいずれかに記載のルブリシン局在軟骨様組織。
[24] 前記表層周辺部が、サフラニンO陽性部分を含まない、[17]~[23]のいずれかに記載のルブリシン局在軟骨様組織。
[25] 前記表層周辺部が、サフラニンO陽性部分を含む、[17]~[24]のいずれかに記載のルブリシン局在軟骨様組織。
【0009】
[26] 培地中で、多能性幹細胞から誘導された軟骨様組織に力学的刺激を負荷し、ルブリシンを局在化させる工程、を含む、[1]~[25]のいずれかに記載のルブリシン局在軟骨様組織の製造方法。
[27] 前記多能性幹細胞が、ES細胞、ntES細胞またはiPS細胞である、[26]に記載の方法。
[28] 前記力学的刺激がせん断力である、[26]または[27]に記載の方法。
[29] 前記せん断力が、該組織の外周全方位から負荷される、[29]に記載の方法。
[30] 前記せん断力が、攪拌手段によって負荷される、[29]または[30]に記載の方法。
[31] 前記攪拌手段が、回転式培養装置である、[31]に記載の方法。
[32] 前記回転式培養装置が、1以上の攪拌翼を有する回転式培養装置である、[31]に記載の方法。
[33] 前記せん断力が、前記多能性幹細胞から誘導された軟骨様組織を、前記攪拌翼ならびに/または前記回転式培養装置の培養容器の底面及び内壁面に接触させることによって生じるせん断力を含む、[32]に記載の方法。
[34] 前記回転式培養装置の攪拌速度が、10~95回転/分である、[32]または[33]に記載の方法。
[35] 前記回転式培養装置の攪拌速度が、50~70回転/分である、[32]または[33]に記載の方法。
[36] 前記工程の期間が、3日以上である[26]~[35]のいずれかに記載の方法。
[37] 前記工程の期間が、14日以上である[26]~[35]のいずれかに記載の方法。
[38] 前記工程の期間が、28日以上である[26]~[35]のいずれかに記載の方法。
[39] 前記工程において用いられる前記多能性幹細胞から誘導された軟骨様組織の量が、100mg/30mL培地以下である、[26]~[38]のいずれかに記載の方法。
[40] 前記工程において用いられる前記多能性幹細胞から誘導された軟骨様組織の量が、60mg/30mL培地以下である、[26]~[38]のいずれかに記載の方法。
[41] 前記培地が、TGFβ、BMP2及びGDF5を含む、[26]~[40]のいずれかに記載の方法。
[42] 前記培地が、血清を含む、[26]~[41]のいずれかに記載の方法。
[43] 前記培地が、HMG-CoA還元酵素阻害薬を含む、[26]~[42]のいずれかに記載の方法。
[44] 前記HMG-CoA還元酵素阻害薬が、ロスバスタチンである、[43]に記載の方法。
[45] 前記工程の前後で、多能性幹細胞から誘導された軟骨様組織に対し、前記ルブリシン局在軟骨様組織のPRG4の発現量が3倍以上、上昇する、[26]~[44]のいずれかに記載の方法。
【0010】
[46] [26]~[45]のいずれか1項に記載の方法により得られるルブリシン局在軟骨様組織。
【0011】
[47] [1]~[25]および[46]のいずれかに記載のルブリシン局在軟骨様組織を含む、関節軟骨損傷治療用組成物。
【発明の効果】
【0012】
本発明によって、ルブリシンを局在させた軟骨様組織を提供することが可能となった。本発明により提供されるルブリシンを局在させた軟骨様細胞は、軟骨の再生医療に使用され得る。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、軟骨様組織を示す模式図である。(A)軟骨様組織の外観の模式図。(B)(A)の断面4を示す模式図。
【
図2】
図2は、一実施態様において用いられる回転式培養容器を示す。(A)回転式培養容器の斜視図。(B)回転式培養容器の断面図。(C)回転式培養容器を底面から写した写真。矢頭は軟骨様組織を示す。
【
図3-1】
図3-1は、軟骨様組織の組織切片におけるルブリシン免疫染色像を示す。
【
図3-2】
図3-2は、軟骨様組織の組織切片にサフラニンО免疫染色像を示す。
【
図4】
図4は、
図3のルブリシンの免疫染色像を定量化した結果を示す。(A)各サンプルにおけるルブリシン免疫染色像を定量化した結果を示す。(B)(A)に示された周囲領域と中心領域のMean gray value-バックグラウンド比をグラフ化した。
【
図5-1】
図5-1は、軟骨様組織の組織切片におけるルブリシンの免疫染色像を示す。
【
図5-2】
図5-2は、軟骨様組織の組織切片におけるサフラニンО染色像を示す。
【
図6-1】
図6-1は、
図5のルブリシンの免疫染色像を定量化した結果(0日目及び7日目)を示す。なお表層周辺部範囲は、組織長径(mm)と(100-中心領域径/組織長径)%より算出した。
【
図6-2】
図6-2は、
図5のルブリシンの免疫染色像を定量化した結果(14日目及び28日目)を示す。なお表層周辺部範囲は、組織長径(mm)と(100-中心領域径/組織長径)%より算出した。
【
図7】
図7は、
図5のルブリシンの免疫染色像から算出された周囲領域/中心領域のMean gray value-BG比のグラフである。
【
図8】
図8は、せん断力を付与した軟骨様組織のPRG4 mRNAの相対発現量を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明を以下に詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は下記の形態のみに限定されることを意図するものではない。
【0015】
本明細書において、「第1」「第2」「第3」等の用語は、1つの要素をもう1つの要素と区別するために用いており、例えば、第1の要素を第2の要素と表現し、同様に第2の要素を第1の要素と表現してもよく、これによって本発明の範囲を逸脱するものではない。
【0016】
特段の定義がない限り、本明細書で使用する用語(技術的用語および科学的用語)は、当業者が一般に理解している用語と同一の意味を有する。
【0017】
一実施形態において、本発明は、
多能性幹細胞から誘導された軟骨様組織の第1重心、または前記第1重心を中心とする前記多能性幹細胞から誘導された軟骨様組織の最長径(第1最長径)×0.2の径を有する同心球の内側の領域である重心領域、を通る任意の断面において、
前記断面の重心である第2重心を中心し、前記断面の最長径(第2最長径)×0.4~0.9の径を有する同心円の内側の領域である中心領域に含まれる単位面積当たりのルブリシン発現量(中心ルブリシン量)と、前記中心領域の外側の非中心領域に含まれる単位面積当たりのルブリシン発現量(非中心ルブリシン量)との比が、
非中心ルブリシン量/中心ルブリシン量>1であり、ルブリシンが局在化したことを特徴とする、ルブリシン局在軟骨様組織を提供する。
【0018】
本明細書において、「軟骨様組織」とは、多能性幹細胞から分化誘導された軟骨細胞を含み、生体に存在する軟骨組織を模倣した組織をいい、外膜および当該外膜に抱合された内容物から構成されており、外膜は、COL1線維を含むが、COL2線維を含まず、内容物は、Col11線維、Col2線維、プロテオグリカンおよび軟骨細胞を含んでいる。本明細書において、「外膜」とは、軟骨様組織をサフラニンОで染色をした際に、サフラニンO陰性の表層部分をいう。また、本明細書において、「軟骨様組織」とは、サフラニンО染色をした際に、外膜を除く部分において一様に陽性であり、2型コラーゲンの免疫染色をした際に外膜を除く中心部に陽性を示す組織である。また、本明細書において、「軟骨様組織」とは、グリコサミノグリカンおよび2型コラーゲンが一様に分布している。このように、本明細書における「軟骨様組織」は、高い力学的強度を有するものである。また、本明細書において、「軟骨様組織」とは、乾燥重量あたりのグリコサミノグリカン含有量が10%以上の組織であってもよく、好ましくは15%以上、より好ましくは20%以上の組織である。本明細書において、COL1線維とは、COL1遺伝子によってコードされるタンパク質が3重らせん構造を形成している線維である。本明細書において、COL2線維とは、COL2遺伝子によってコードされるタンパク質が3重らせん構造を形成している線維である。本明細書において、COL11線維とは、COL11遺伝子によってコードされるタンパク質が3重らせん構造を形成している線維である。本明細書において、プロテオグリカンとは、コアタンパク質のアミノ酸であるセリンと糖質(キシロース、ガラクトース、グルクロン酸)が結合し、コンドロイチン硫酸などの2糖単位で連続する多糖体が結合した化合物である。
【0019】
本明細書において「軟骨細胞」とは、コラーゲンなど軟骨を構成する細胞外マトリックスを産生する細胞、または、その前駆細胞を意味する。また、軟骨細胞は、軟骨細胞マーカーを発現する細胞であってもよく、軟骨細胞マーカーとしてII型コラーゲン(COL2A1)またはSOX9が例示される。COL2A1は、例えば、NCBIのアクセッション番号として、ヒトの場合、NM_001844またはNM_033150、マウスの場合、NM_001113515またはNM_031163に記載されたヌクレオチド配列を有する遺伝子並びに当該遺伝子にコードされるタンパク質、ならびにこれらの機能を有する天然に存在する変異体が挙げられるが、これに限定されない。SOX9は、例えば、NCBIのアクセッション番号として、ヒトの場合、NM_000346、マウスの場合、NM_011448に記載されたヌクレオチド配列を有する遺伝子並びに当該遺伝子にコードされるタンパク質、ならびにこれらの機能を有する天然に存在する変異体が挙げられるが、これに限定されない。
【0020】
本発明において提供されるルブリシン局在軟骨様組織は、軟骨細胞の他、他の細胞種が含まれる細胞集団として製造されてもよく、例えば、70%以上、80%以上、90%以上、95%以上または98%以上の軟骨細胞が含まれる細胞集団であってもよい。
【0021】
本発明によって提供されるルブリシン局在軟骨様組織は、中心領域(「非表層周辺部」ともいう)に比べて非中心領域(「表層周辺部」ともいう)に、ルブリシンタンパク質(単に「ルブリシン」ともいう)が局在したものが提供される。非中心領域(表層周辺部)は、サフラニンO陰性の外膜のみから構成されてもよいし、サフラニンO陰性の外膜と、外膜の内側のサフラニンO陽性部分とを含んでいてもよい。本発明によって提供されるルブリシン局在軟骨様組織の非中心領域には、ルブリシン陽性細胞が含まれるだけでなく、細胞外マトリックスにもルブリシンが存在する。ルブリシンは、プロテオグリカン4(prg4)遺伝子にコードされるタンパク質であり、別名PRG4タンパク質、巨核球刺激因子(MSF)及び表在層タンパク質(SZP)とも呼ばれ、体の関節表面を被覆する遍在性の内因性糖タンパク質である(例えば、NCBI受託番号AK131434-U70136を参照)。ルブリシンは、主に強力な細胞保護性で抗接着性の境界潤滑剤として作用する、高度表面活性(例えば、水を保持する)分子である。当該分子は、末端のタンパク質ドメインの間に位置する長い中心のムチン様ドメインを有し、それによって分子は組織表面に接着して表面を保護する役割を果たす。
【0022】
本発明者らは、鋭意検討を行った結果、多能性幹細胞から誘導された軟骨様組織において、中心領域に比べて非中心領域に、すなわち、軟骨様組織の表層周辺部にルブリシンを局在させる方法を見出した。本発明の軟骨様組織は、従来の軟骨様組織と比較して、ヒトに移植した際に高い力学的強度を有し、表層にルブリシンが局在した正常な軟骨組織へ早期に再生する、すなわち高い軟骨再生能を有する。
【0023】
本明細書において、「第1重心2」とは、任意の軟骨様組織1に対して働く万有引力(重力)の合力の作用点をいい、例えば、
図1においては、第1重心2として示される。本明細書において、「重心領域21」は、軟骨様組織1の第1重心2を通る最長径(第1最長径3)において、第1重心2を中心とする第1最長径 × 0.2の径、好ましくは第1最長径 × 0.1を有する同心球の内側の領域と定義される。本明細書において、断面4は、第1重心2または重心領域21を通る軟骨様組織1の任意の断面4(好ましくは、同一平面に存在する断面4)と定義される。ここで、同一平面とは、当業者にとって周知な方法によって調製される組織切片としての断面と同義であり、厳密な意味での同一平面ではないことに留意されたい。
【0024】
本明細書において、「第2重心41」とは、上記で示される断面4の重心をいう。本明細書において、「中心領域44」とは、第2重心41を通る断面4の最長径(第2最長径42)において、第2重心41を中心とし、第2最長径42 × 0.4~0.9(「中心領域径43」ともいう。)の径を有する同心円の内側の領域と定義される。中心領域径43は、第2最長径42 × 0.4~0.9であってもよく、第2最長径42 × 0.6~0.9であってもよく、第2最長径42 × 0.7~0.9であってもよく、第2最長径42 × 0.8~0.9であってもよく、第2最長径42 × 0.9であってもよく、第2最長径42 × 0.4~0.8であってもよく、第2最長径42 × 0.6~0.8であってもよく、第2最長径42 × 0.7~0.8であってもよく、第2最長径42 × 0.8であってもよく、第2最長径42 × 0.4~0.7であってもよく、第2最長径42 × 0.6~0.7であってもよく、第2最長径42 × 0.7であってもよい。
【0025】
本明細書において、「非中心領域45(「周辺領域」ともいう。)」は、断面4から中心領域44が除かれた領域である。
【0026】
本発明において提供される軟骨様組織1は、中心領域44に含まれる単位面積当たりのルブリシン発現量(「中心ルブリシン量」ともいう。)と、非中心領域45に含まれる単位面積当たりのルブリシン発現量(「非中心ルブリシン量」ともいう。)との比が、非中心ルブリシン量/中心ルブリシン量>1、好ましくは非中心ルブリシン量/中心ルブリシン量>1.1、より好ましくは非中心ルブリシン量/中心ルブリシン量>1.2、非中心ルブリシン量/中心ルブリシン量>1.3、非中心ルブリシン量/中心ルブリシン量>1.4、さらに好ましくは非中心ルブリシン量/中心ルブリシン量>1.5であり、ルブリシンが非中心領域45に局在している。ルブリシンが非中心領域45、すなわち、軟骨様組織1の表層周辺部に局在しているため、ヒトに移植した際に、表層にルブリシンが局在した正常な軟骨組織へ早期に再生可能な、すなわち軟骨の再生能が高い軟骨様組織1が提供される。
【0027】
本発明において提供される軟骨様組織1は、非中心ルブリシン量/中心ルブリシン量値の上限は、特に制限されないが、非中心ルブリシン量/中心ルブリシン量<20、好ましくは非中心ルブリシン量/中心ルブリシン量<10を例示できる。
【0028】
本発明において提供される軟骨様組織1は、移植時にいずれの面が表層に位置しても移植後に表層にルブリシンが局在した正常な軟骨へ迅速に再生可能になるという観点から、断面4の外周において、好ましくはその全周の5割以上の範囲にルブリシンが発現しており、より好ましくは7割以上、さらに好ましくは8割以上、最も好ましくは9割以上の範囲にルブリシンが発現している。
【0029】
本発明において提供される軟骨様組織1は、任意の形状をとるが、好ましくは円柱状を除く形状、移植時に様々な形の欠損に充填することができるという観点から、最も好ましくは略球状である。本明細書において、「略球状」とは、真に球形であること以外に、球状に類する形状であることも含む。本発明における略球状体の断面は、同心円または同心多角形である場合の他、いびつな円(例えば、楕円やラグビーボール状等)やいびつな多角形(例えば、6角形以上)であることもできる。
【0030】
本明細書において、軟骨様組織1の表層周辺部にルブリシンが局在していることを説明するために、上述のように便宜的に中心領域44と非中心領域45を定義する方法(「第1の特定方法」という。)によって説明したが、以下の方法(「第2の特定方法」という。)によって軟骨様組織1の表層周辺部にルブリシンが局在していることを説明することも可能である。例えば、軟骨様組織1の表面の任意の点(第1の点)から第1重心2までの距離において、第1の点から5%から60%、10%~60%、10%~40%、10%~30%、20~60%、20~40%、または20~30%の距離にある点を第2の点と定義した場合、任意の各第1の点に対する各第2の点の集合の外側の領域を「表層周辺部」と定義し、前記表層周辺部の内側に存在する、前記表層周辺部を除く軟骨様組織1の領域を「非表層周辺部」と定義することができる(図示しない)。この場合、本発明において提供される軟骨様組織1は、表層周辺部に含まれる単位重量当たりのルブリシン発現量(「表層ルブリシン量」ともいう。)と、非表層周辺部に含まれる単位重量当たりのルブリシン発現量(「非表層ルブリシン量」ともいう。)との比が、表層ルブリシン量/非表層ルブリシン量>1、好ましくは表層ルブリシン量/非表層ルブリシン量>1.3、より好ましくは表層ルブリシン量/非表層ルブリシン量>1.5であり、表層周辺部にルブリシンが局在している、と説明することもできる。
【0031】
また、以下の方法(「第3の特定方法」という。)によって軟骨様組織1の表層周辺部にルブリシンが局在していることを説明することも可能である。例えば、軟骨様組織1の表面の任意の点(第1の点)から第1重心2までの距離において、第1の点から100~1600μm、100~1000μm、200~800μm、300~700μm、400~600μm、または500μmの距離にある点を第2の点と定義した場合、任意の各第1の点に対する各第2の点の集合の外側の領域を「表層周辺部」と定義し、前記表層周辺部の内側に存在する、前記表層周辺部を除く軟骨様組織1の領域を「非表層周辺部」と定義することができる(図示しない)。この場合、本発明において提供される軟骨様組織1は、表層周辺部に含まれる単位重量当たりのルブリシン発現量(「表層ルブリシン量」ともいう。)と、非表層周辺部に含まれる単位重量当たりのルブリシン発現量(「非表層ルブリシン量」ともいう。)との比が、表層ルブリシン量/非表層ルブリシン量>1、好ましくは表層ルブリシン量/非表層ルブリシン量>1.3、より好ましくは表層ルブリシン量/非表層ルブリシン量>1.5であり、表層周辺部にルブリシンが局在している、と説明することもできる。
【0032】
なお、上述の第1及び第2の特定方法は本願発明を説明するための例示であり、当業者であれば、上記以外の方法で特定された軟骨様組織であっても、本願発明の範囲に含まれることを認識することができる。
【0033】
本発明において、ルブリシンの発現量は、周知の方法によって測定することが可能である。例えば、抗ルブリシン抗体を用いて免疫組織化学染色法によって得られる像より、画像解析を行うことで測定してもよく、ウエスタンブロット法、ELISA法によって定量してもよく、また、ルブリシンのmRNA、例えば、PRG4のmRNAの発現量を定量的PCR法によって測定してもよく、その他周知の技術を用いて評価することができる。
【0034】
本発明は、培地中で、多能性幹細胞から誘導された軟骨様組織に力学的刺激を負荷し、ルブリシンを局在化させる工程、を含む、ルブリシン局在軟骨様組織の製造方法を提供する。
【0035】
本発明において、ルブリシンを局在化させる前の、多能性幹細胞から誘導された軟骨様組織は、公知の方法によって分化誘導して得られる軟骨様組織を用いることができ、例えば、国際公開第2016/133208号公報に記載の方法によって調製することができる。なお、国際公開第2016/133208号公報は、参照によって本明細書中に取り込まれる。例えば、以下の工程:
【0036】
(i)多能性幹細胞をBMP2、TGFβおよびGDF5から成る群より選択される1以上の物質ならびにHMG-CoA還元酵素阻害薬を含む培地中で接着培養する工程、および (ii)前記工程(i)で得られた細胞をBMP2、TGFβおよびGDF5から成る群より選択される1以上の物質ならびにHMG-CoA還元酵素阻害薬を含む培地中で浮遊培養する工程、を含む方法により、多能性幹細胞から誘導された軟骨様組織が調製される。
【0037】
本発明で使用可能な多能性幹細胞は、軟骨細胞に分化可能な幹細胞であればよく、特に限定されないが、例えば胚性幹(ES)細胞、核移植により得られるクローン胚由来の胚性幹(ntES)細胞、精子幹細胞(「GS細胞」)、胚性生殖細胞(「EG細胞」)、人工多能性幹(iPS)細胞、培養線維芽細胞や骨髄幹細胞由来の多能性細胞(Muse細胞)、間葉系幹細胞などが含まれる。好ましい多能性幹細胞は、ES細胞、ntES細胞、およびiPS細胞である。
【0038】
(A)胚性幹細胞
ES細胞は、ヒトやマウスなどの哺乳動物の初期胚(例えば胚盤胞)の内部細胞塊から樹立された、多能性と自己複製による増殖能を有する幹細胞である。
【0039】
ES細胞は、受精卵の8細胞期、桑実胚後の胚である胚盤胞の内部細胞塊に由来する胚由来の幹細胞であり、成体を構成するあらゆる細胞に分化する能力、いわゆる分化多能性と、自己複製による増殖能とを有している。ES細胞は、マウスで1981年に発見され(M.J.Evans and M.H.Kaufman(1981),Nature 292:154-156)、その後、ヒト、サルなどの霊長類でもES細胞株が樹立された(J.A.Thomson et al.(1998),Science 282:1145-1147;J.A.Thomson et al.(1995),Proc.Natl.Acad.Sci.USA,92:7844-7848;J.A.Thomson et al.(1996),Biol.Reprod.,55:254-259;J.A.Thomson and V.S.Marshall(1998),Curr.Top.Dev.Biol.,38:133-165)。
【0040】
ES細胞は、対象動物の受精卵の胚盤胞から内部細胞塊を取出し、内部細胞塊を線維芽細胞のフィーダー上で培養することによって樹立することができる。また、継代培養による細胞の維持は、白血病抑制因子(leukemia inhibitory factor(LIF))、塩基性線維芽細胞成長因子(basic fibroblast growth factor(bFGF))などの物質を添加した培地を用いて行うことができる。ヒトおよびサルのES細胞の樹立と維持の方法については、例えばUSP5,843,780;Thomson JA,et al.(1995),Proc Natl.Acad.Sci.USA.92:7844-7848;Thomson JA,et al.(1998),Science.282:1145-1147;H.Suemori et al.(2006),Biochem.Biophys.Res.Commun.,345:926-932;M.Ueno et al.(2006),Proc.Natl.Acad.Sci.USA,103:9554-9559;H.Suemori et al.(2001),Dev.Dyn.,222:273-279;H.Kawasaki et al.(2002),Proc.Natl.Acad.Sci.USA,99:1580-1585;Klimanskaya I,et al.(2006),Nature.444:481-485などに記載されている。
【0041】
ES細胞作製のための培地として、例えば0.1mM 2-メルカプトエタノール、0.1mM 非必須アミノ酸、2mM L-グルタミン酸、20%KSRおよび4ng/ml bFGFを補充したDMEM/F-12培地を使用し、37℃、2%CO2/98%空気の湿潤雰囲気下でヒトES細胞を維持することができる(O.Fumitaka et al.(2008),Nat.Biotechnol.,26:215-224)。また、ES細胞は、3~4日おきに継代する必要があり、このとき、継代は、例えば1mM CaCl2および20%KSRを含有するPBS中の0.25%トリプシンおよび0.1mg/mlコラゲナーゼIVを用いて行うことができる。
【0042】
ES細胞の選択は、一般に、アルカリホスファターゼ、Oct-3/4、Nanogなどの遺伝子マーカーの発現を指標にしてReal-Time PCR法で行うことができる。特に、ヒトES細胞の選択では、OCT-3/4、NANOG、ECADなどの遺伝子マーカーの発現を指標とすることができる(E.Kroon et al.(2008),Nat.Biotechnol.,26:443-452)。
【0043】
ヒトES細胞株は、例えばWA01(H1)およびWA09(H9)は、WiCell Reserch Instituteから、KhES-1、KhES-2およびKhES-3は、京都大学再生医科学研究所(京都、日本)から入手可能である。
【0044】
(B)精子幹細胞
精子幹細胞は、精巣由来の多能性幹細胞であり、精子形成のための起源となる細胞である。この細胞は、ES細胞と同様に、種々の系列の細胞に分化誘導可能であり、例えばマウス胚盤胞に移植するとキメラマウスを作出できるなどの性質をもつ(M.Kanatsu-Shinohara et al.(2003)Biol.Reprod.,69:612-616;K.Shinohara et al.(2004),Cell,119:1001-1012)。神経膠細胞系由来神経栄養因子(glial cell line-derived neurotrophic factor(GDNF))を含む培地で自己複製可能であるし、またES細胞と同様の培養条件下で継代を繰り返すことによって、精子幹細胞を得ることができる(竹林正則ら(2008),実験医学,26巻,5号(増刊),41~46頁,羊土社(東京、日本))。
【0045】
(C)胚性生殖細胞
胚性生殖細胞は、胎生期の始原生殖細胞から樹立される、ES細胞と同様な多能性をもつ細胞であり、LIF、bFGF、幹細胞因子(stem cell factor)などの物質の存在下で始原生殖細胞を培養することによって樹立しうる(Y.Matsui et al.(1992),Cell,70:841-847;J.L.Resnick et al.(1992),Nature,359:550-551)。
【0046】
(D)人工多能性幹細胞
人工多能性幹(iPS)細胞は、特定の初期化因子を、DNA又はタンパク質の形態で体細胞に導入することによって作製することができる、ES細胞とほぼ同等の特性、例えば分化多能性と自己複製による増殖能、を有する体細胞由来の人工の幹細胞である(K.Takahashi and S.Yamanaka(2006)Cell,126:663-676;K.Takahashi et al.(2007),Cell,131:861-872;J.Yu et al.(2007),Science,318:1917-1920;Nakagawa,M.ら,Nat.Biotechnol.26:101-106(2008);国際公開WO2007/069666)。初期化因子は、ES細胞に特異的に発現している遺伝子、その遺伝子産物もしくはnon-cording RNAまたはES細胞の未分化維持に重要な役割を果たす遺伝子、その遺伝子産物もしくはnon-cording RNA、あるいは低分子化合物によって構成されてもよい。初期化因子に含まれる遺伝子として、例えば、Oct3/4、Sox2、Sox1、Sox3、Sox15、Sox17、Klf4、Klf2、c-Myc、N-Myc、L-Myc、Nanog、Lin28、Fbx15、ERas、ECAT15-2、Tcl1、beta-catenin、Lin28b、Sall1、Sall4、Esrrb、Nr5a2、Tbx3またはGlis1等が例示され、これらの初期化因子は、単独で用いても良く、組み合わせて用いても良い。初期化因子の組み合わせとしては、WO2007/069666、WO2008/118820、WO2009/007852、WO2009/032194、WO2009/058413、WO2009/057831、WO2009/075119、WO2009/079007、WO2009/091659、WO2009/101084、WO2009/101407、WO2009/102983、WO2009/114949、WO2009/117439、WO2009/126250、WO2009/126251、WO2009/126655、WO2009/157593、WO2010/009015、WO2010/033906、WO2010/033920、WO2010/042800、WO2010/050626、WO2010/056831、WO2010/068955、WO2010/098419、WO2010/102267、WO 2010/111409、WO2010/111422、WO2010/115050、WO2010/124290、WO2010/147395、WO2010/147612、Huangfu D,et al.(2008),Nat.Biotechnol.,26:795-797、Shi Y,et al.(2008),Cell Stem Cell,2:525-528、Eminli S,et al.(2008),Stem Cells.26:2467-2474、Huangfu D,et al.(2008),Nat Biotechnol.26:1269-1275、Shi Y,et al.(2008),Cell Stem Cell,3,568-574、Zhao Y,et al.(2008),Cell Stem Cell,3:475-479、Marson A,(2008),Cell Stem Cell,3,132-135、Feng B,et al(2009),Nat Cell Biol.11:197-203、R.L.Judson et al.,(2009),Nat.Biotech.,27:459-461、Lyssiotis CA,et al.(2009),Proc Natl Acad Sci USA.106:8912-8917、Kim JB,et al.(2009),Nature.461:649-643、Ichida JK,et al.(2009),Cell Stem Cell.5:491-503、Heng JC,et al.(2010),Cell Stem Cell.6:167-74、Han J,et al.(2010),Nature.463:1096-100、Mali P,et al.(2010),Stem Cells.28:713-720、Maekawa M,et al.(2011),Nature.474:225-9.に記載の組み合わせが例示される。
【0047】
上記初期化因子には、ヒストンデアセチラーゼ(HDAC)阻害剤[例えば、バルプロ酸(VPA)、トリコスタチンA、酪酸ナトリウム、MC1293、M344等の低分子阻害剤、HDACに対するsiRNAおよびshRNA(例、HDAC1 siRNA Smartpool(Millipore)、HuSH 29mer shRNA Constructs against HDAC1(OriGene)等)等の核酸性発現阻害剤など]、MEK阻害剤(例えば、PD184352、PD98059、U0126、SL327およびPD0325901)、Glycogen synthase kinase-3阻害剤(例えば、BioおよびCHIR99021)、DNAメチルトランスフェラーゼ阻害剤(例えば、5-azacytidine)、ヒストンメチルトランスフェラーゼ阻害剤(例えば、BIX-01294等の低分子阻害剤、Suv39hl、Suv39h2、SetDBlおよびG9aに対するsiRNAおよびshRNA等の核酸性発現阻害剤など)、L-channel calcium agonist(例えばBayk8644)、酪酸、TGFβ阻害剤またはALK5阻害剤(例えば、LY364947、SB431542、616453およびA-83-01)、p53阻害剤(例えばp53に対するsiRNAおよびshRNA)、ARID3A阻害剤(例えば、ARID3Aに対するsiRNAおよびshRNA)、miR-291-3p、miR-294、miR-295およびmir-302などのmiRNA、Wnt Signaling(例えばsoluble Wnt3a)、神経ペプチドY、プロスタグランジン類(例えば、プロスタグランジンE2およびプロスタグランジンJ2)、hTERT、SV40LT、UTF1、IRX6、GLISl、PITX2、DMRTBl等の樹立効率を高めることを目的として用いられる因子も含まれており、本明細書においては、これらの樹立効率の改善目的にて用いられた因子についても初期化因子と別段の区別をしない。
【0048】
初期化因子は、タンパク質の形態の場合、例えばリポフェクション、細胞膜透過性ペプチド(例えば、HIV由来のTATおよびポリアルギニン)との融合、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入してもよい。
【0049】
一方、DNAの形態の場合、例えば、ウイルス、プラスミド、人工染色体などのベクター、リポフェクション、リポソーム、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入することができる。ウイルスベクターとしては、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター(以上、Cell,126,pp.663-676,2006;Cell,131,pp.861-872,2007;Science,318,pp.1917-1920,2007)、アデノウイルスベクター(Science,322,945-949,2008)、アデノ随伴ウイルスベクター、センダイウイルスベクター(WO2010/008054)などが例示される。また、人工染色体ベクターとしては、例えばヒト人工染色体(HAC)、酵母人工染色体(YAC)、細菌人工染色体(BAC、PAC)などが含まれる。プラスミドとしては、哺乳動物細胞用プラスミドを使用しうる(Science,322:949-953,2008)。ベクターには、核初期化物質が発現可能なように、プロモーター、エンハンサー、リボゾーム結合配列、ターミネーター、ポリアデニル化サイトなどの制御配列を含むことができるし、さらに、必要に応じて、薬剤耐性遺伝子(例えばカナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子など)、チミジンキナーゼ遺伝子、ジフテリアトキシン遺伝子などの選択マーカー配列、緑色蛍光タンパク質(GFP)、βグルクロニダーゼ(GUS)、FLAGなどのレポーター遺伝子配列などを含むことができる。また、上記ベクターには、体細胞への導入後、初期化因子をコードする遺伝子もしくはプロモーターとそれに結合する初期化因子をコードする遺伝子を共に切除するために、それらの前後にLoxP配列を有してもよい。
【0050】
また、RNAの形態の場合、例えばリポフェクション、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入しても良く、分解を抑制するため、5-メチルシチジンおよびpseudouridine(TriLink Biotechnologies)を取り込ませたRNAを用いても良い(Warren L,(2010)Cell Stem Cell.7:618-630)。
【0051】
iPS細胞誘導のための培地としては、例えば、10~15%FBSを含有するDMEM、DMEM/F12又はDME培地(これらの培地にはさらに、LIF、penicillin/streptomycin、puromycin、L-グルタミン、非必須アミノ酸類、β-メルカプトエタノールなどを適宜含むことができる。)またはマウスES細胞培養用培地(TX-WES培地、トロンボX社)、霊長類ES細胞培養用培地(霊長類ES/iPS細胞用培地、リプロセル社)、無血清多能性幹細胞維持培地(例えば、mTeSR(Stemcell Technology社)、Essential 8(Life Technologies)、StemFit AK03(AJINOMOTO))などの市販の培地が例示される。
【0052】
培養法の例としては、例えば、37℃、5%CO2存在下にて、10%FBS含有DMEM又はDMEM/F12培地上で体細胞と初期化因子とを接触させ約4~7日間培養し、その後、細胞をフィーダー細胞(たとえば、マイトマイシンC処理STO細胞、SNL細胞等)上に播きなおし、体細胞と初期化因子の接触から約10日後からbFGF含有霊長類ES細胞培養用培地で培養し、該接触から約30~約45日又はそれ以上ののちにiPS様コロニーを生じさせることができる。
【0053】
あるいは、37℃、5%CO2存在下にて、フィーダー細胞(たとえば、マイトマイシンC処理STO細胞、SNL細胞等)上で10%FBS含有DMEM培地(これにはさらに、LIF、ペニシリン/ストレプトマイシン、ピューロマイシン、L-グルタミン、非必須アミノ酸類、β-メルカプトエタノールなどを適宜含むことができる。)で培養し、約25~約30日又はそれ以上ののちにES様コロニーを生じさせることができる。望ましくは、フィーダー細胞の代わりに、初期化される体細胞そのものを用いる(Takahashi K,et al.(2009),PLoS One.4:e8067またはWO2010/137746)、もしくは細胞外基質(例えば、Laminin-5(WO2009/123349)およびマトリゲル(BD社))を用いる方法が例示される。
【0054】
この他にも、血清を含有しない培地を用いて培養する方法も例示される(Sun N,et al.(2009),Proc Natl Acad Sci USA.106:15720-15725)。さらに、樹立効率を上げるため、低酸素条件(0.1%以上、15%以下の酸素濃度)によりiPS細胞を樹立しても良い(Yoshida Y,et al.(2009),Cell Stem Cell.5:237-241またはWO2010/013845)。
【0055】
上記培養の間には、培養開始2日目以降から毎日1回新鮮な培地と培地交換を行う。また、核初期化に使用する体細胞の細胞数は、限定されないが、培養ディッシュ100cm2あたり約5×103~約5×106細胞の範囲である。
【0056】
iPS細胞は、形成したコロニーの形状により選択することが可能である。一方、体細胞が初期化された場合に発現する遺伝子(例えば、Oct3/4、Nanog)と連動して発現する薬剤耐性遺伝子をマーカー遺伝子として導入した場合は、対応する薬剤を含む培地(選択培地)で培養を行うことにより樹立したiPS細胞を選択することができる。また、マーカー遺伝子が蛍光タンパク質遺伝子の場合は蛍光顕微鏡で観察することによって、発光酵素遺伝子の場合は発光基質を加えることによって、また発色酵素遺伝子の場合は発色基質を加えることによって、iPS細胞を選択することができる。
【0057】
本明細書中で使用する「体細胞」なる用語は、卵子、卵母細胞、ES細胞などの生殖系列細胞または分化全能性細胞を除くあらゆる動物細胞(好ましくは、ヒトを含む哺乳動物細胞)をいう。体細胞には、非限定的に、胎児(仔)の体細胞、新生児(仔)の体細胞、および成熟した健全なもしくは疾患性の体細胞のいずれも包含されるし、また、初代培養細胞、継代細胞、および株化細胞のいずれも包含される。具体的には、体細胞は、例えば(1)神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、歯髄幹細胞等の組織幹細胞(体性幹細胞)、(2)組織前駆細胞、(3)リンパ球、上皮細胞、内皮細胞、筋肉細胞、線維芽細胞(皮膚細胞等)、毛細胞、肝細胞、胃粘膜細胞、腸細胞、脾細胞、膵細胞(膵外分泌細胞等)、脳細胞、肺細胞、腎細胞および脂肪細胞等の分化した細胞などが例示される。
【0058】
また、iPS細胞を移植用細胞の材料として用いる場合、拒絶反応が起こらないという観点から、移植先の個体のHLA遺伝子型が同一もしくは実質的に同一である体細胞を用いることが望ましい。ここで、「実質的に同一」とは、移植した細胞に対して免疫抑制剤により免疫反応が抑制できる程度にHLA遺伝子型が一致していることであり、例えば、HLA-A、HLA-BおよびHLA-DRの3遺伝子座あるいはHLA-Cを加えた4遺伝子座が一致するHLA型を有する体細胞である。
【0059】
(E)核移植により得られたクローン胚由来のES細胞
ntES細胞は、核移植技術によって作製されたクローン胚由来のES細胞であり、受精卵由来のES細胞とほぼ同じ特性を有している(T.Wakayama et al.(2001),Science,292:740-743;S.Wakayama et al.(2005),Biol.Reprod.,72:932-936;J.Byrne et al.(2007),Nature,450:497-502)。すなわち、未受精卵の核を体細胞の核と置換することによって得られたクローン胚由来の胚盤胞の内部細胞塊から樹立されたES細胞がntES(nuclear transfer ES)細胞である。ntES細胞の作製のためには、核移植技術(J.B.Cibelli et al.(1998),Nature Biotechnol.,16:642-646)とES細胞作製技術(上記)との組み合わせが利用される(若山清香ら(2008),実験医学,26巻,5号(増刊),47~52頁)。核移植においては、哺乳動物の除核した未受精卵に、体細胞の核を注入し、数時間培養することで初期化することができる。
【0060】
(F)Multilineage-differentiating Stress Enduring cells(Muse細胞)
Muse細胞は、WO2011/007900に記載された方法にて製造された多能性幹細胞であり、詳細には、線維芽細胞または骨髄間質細胞を長時間トリプシン処理、好ましくは8時間または16時間トリプシン処理した後、浮遊培養することで得られる多能性を有した細胞であり、SSEA-3およびCD105が陽性である。
【0061】
(G)間葉系幹細胞
間葉系幹細胞」とは、未分化な細胞で、脂肪細胞、軟骨細胞、骨細胞、筋芽細胞、線維芽細胞、ストローマ細胞、及び/又は腱細胞等のさまざまな間葉系の細胞へ分化する能力を持ち、且つ自己複製の能力を持つ細胞をいう。The International Society for Cellular Therapy(ISCT)において、間葉系幹細胞を既定する以下の3つの最小限の基準;(1)標準的な培養条件でプラスチックに接着して培養できること、(2)免疫学的特徴として、CD105、CD73、CD90が陽性、CD45、CD34、CD14又はCD11b、CD79a又はCD19、HLA-DRが陰性であること、(3)in vitro分化系で骨芽細胞、脂肪細胞、軟骨芽細胞への分化能を示す、とされているが、本明細書においては、これに限定されない。その他、CD29、CD44、CD106及びSTRO-1も間葉系幹細胞を示す陽性マーカーとして挙げられる。本明細書において、「間葉系幹細胞」は、可能な限り最も広く解釈される。
【0062】
間葉系幹細胞は、生体内においては、骨髄、脂肪組織、臍帯血、歯髄、滑膜、胎盤等の組織から単離される細胞であり、公知の方法を用いて単離することができる。
【0063】
本発明に用いられる多能性幹細胞は、分化誘導工程に際して、未分化状態を失われないよう、維持しながら3次元浮遊培養することにより細胞塊の状態にすることが望ましい。本明細書において、3次元浮遊培養とは、細胞を非接着条件にて、培地中で撹拌または振とうしながら培養する方法である。
【0064】
多能性幹細胞の未分化状態を維持するための3次元浮遊培養で用いる培地は、多能性幹細胞の未分化状態を維持できる培地であれば、特に限定されないが、このような培地として、10~15%FBSを含有するDMEM/F12又はDMEM培地(これらの培地にはさらに、LIF、penicillin/streptomycin、puromycin、L-グルタミン、非必須アミノ酸類、β-メルカプトエタノールなどを適宜含むことができる。)、またはマウスES細胞培養用培地(TX-WES培地、トロンボX社)、霊長類ES細胞培養用培地(霊長類ES/iPS細胞用培地、リプロセル社)、無血清多能性幹細胞維持培地(例えば、mTeSR(Stemcell Technology社)、Essential8(Life Technologies)、StemFit AK03(AJINOMOTO))などの市販の培地が例示される。
【0065】
多能性幹細胞の未分化状態を維持するための3次元浮遊培養で用いる培地には、細胞死を抑制するため、ROCK阻害剤を添加してもよい。ROCK阻害剤は、Rho-キナーゼ(ROCK)の機能を抑制できるものである限り特に限定されず、例えば、Y-27632(例、Ishizaki et al.,Mol.Pharmacol.57,976-983(2000);Narumiya et al.,Methods Enzymol.325,273-284(2000)参照)、Fasudil/HA1077(例、Uenata et al.,Nature 389:990-994(1997)参照)、H-1152(例、Sasaki et al.,Pharmacol.Ther.93:225-232(2002)参照)、Wf-536(例、Nakajima et al.,Cancer Chemother Pharmacol.52(4):319-324(2003)参照)およびそれらの誘導体、ならびにROCKに対するアンチセンス核酸、RNA干渉誘導性核酸(例、siRNA)、ドミナントネガティブ変異体、およびそれらの発現ベクターが挙げられる。また、ROCK阻害剤としては他の公知の低分子化合物も使用できる(例えば、米国特許出願公開第2005/0209261号、同第2005/0192304号、同第2004/0014755号、同第2004/0002508号、同第2004/0002507号、同第2003/0125344号、同第2003/0087919号、及び国際公開第2003/062227号、同第2003/059913号、同第2003/062225号、同第2002/076976号、同第2004/039796号参照)。本発明では、1種または2種以上のROCK阻害剤が使用され得る。本工程で用いる好ましいROCK阻害剤としては、Y-27632が挙げられる。本工程で用いるROCK阻害剤の濃度は、使用するROCK阻害剤に応じて当業者により適宜選択可能であるが、例えば、ROCK阻害剤としてY-27632を用いる場合、0.1μMから100μM、好ましくは、1μMから50μM、さらに好ましくは、5μMから20μMである。
【0066】
多能性幹細胞の未分化状態を維持するための3次元浮遊培養で用いる培地には、細胞塊同志の接着を抑制する試薬または細胞塊の浮遊状態を保持するための試薬を添加してもよく、このような試薬として、水溶性高分子、より好ましくは、水溶性多糖類(例えば、メチルセルロース、ゲランガム)が例示される。
【0067】
多能性幹細胞の未分化状態を維持するための3次元浮遊培養に用いられる培養器は、非接着性の培養容器であれば特に制限はなく、例えば、バイオリアクター、フラスコ、組織培養用フラスコ、ディッシュ、ペトリディッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウエルプレート、マルチプレート、マルチウエルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、ローラーボトルが挙げられる。これらの容器には、適宜、撹拌装置、給気システムを付属させてもよい。培養器にガス透過性の素材を利用することや撹拌装置の撹拌翼の大きさ、形状を調整することで、培養槽上面にて軸流を発生させることで、給気システムを省略することができる。3次元浮遊培養に用いられる好適な培養器は、マグネティックスターラーを設置した、エイブル社製のバイオリアクター(
図2参照)が例示される。
【0068】
多能性幹細胞の未分化状態を維持するための3次元浮遊培養において、撹拌装置が付属された培養器を用いる場合、撹拌速度は、細胞の浮遊状態を維持できれば、特に限定されないが、例えば、10rpmから95rpm、好ましくは、40rpmから80rpm、さらに好ましくは、50rpmから70rpm、最も好ましくは約60rpmが例示される。
【0069】
3次元浮遊培養は、1.0×104個/mlから1.0×106個/ml、好ましくは、3.0×104個/mlから1.0×105個/mlの細胞密度であることが例示され、培地の容量を適宜増減することで、所望の細胞数を調整することが可能である。
【0070】
多能性幹細胞の未分化状態を維持するための3次元浮遊培養において、培養温度は、特に限定されないが、約30~40℃、好ましくは約37℃であり、CO2含有空気の雰囲気下で培養が行われる。CO2濃度は、約2~5%、好ましくは約5%である。本工程の培養期間は、細胞塊の直径が300μm以内に保つ期間であれば特に限定されないが、例えば、3日以上10日以内、好ましくは、4日以上7日以内の培養期間が例示され、好ましくは5日である。
【0071】
上記の工程(i)において使用される培地は、動物細胞の培養に用いられる基礎培地へBMP2、TGFβおよびGDF5から成る群から選択される1以上の物質ならびにHMG-CoA還元酵素阻害薬を添加して調製することができる。工程(i)で用いる好ましい培地は、BMP2、TGFβ、GDF5およびHMG-CoA還元酵素阻害薬が添加された基礎培地である。基礎培地としては、例えば、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle’s Minimum Essential Medium(EMEM)培地、αMEM培地、Dulbecco’s modified Eagle’s Medium(DMEM)培地、Ham’s F12培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、およびこれらの混合培地などが挙げられる。基礎培地には、必要に応じて、血清(例えば、FBS)、アルブミン、トランスフェリン、KnockOut Serum Replacement(KSR)(ES細胞培養時のFBSの血清代替物)(Invitrogen)、N2サプリメント(Invitrogen)、B27サプリメント(Invitrogen)、脂肪酸、インスリン、亜セレン酸ナトリウム、エタノールアミン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3’-チオールグリセロール、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、GlutaMAX(Invitrogen)、非必須アミノ酸(NEAA)、ピルビン酸ナトリウム、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類などの物質も含有しうる。本工程の1つの実施形態において、基礎培地は、インスリン、トランスフェリン、亜セレン酸ナトリウム、エタノールアミン、アスコルビン酸、非必須アミノ酸、ピルビン酸ナトリウム、抗生物質および1%血清を含むDMEMである。
【0072】
上記の工程(i)において、BMP2には、ヒトおよび他の動物由来のBMP2、ならびにこれらの機能的改変体が包含され、例えば、Osteopharma社等から市販されているものを使用することができる。本工程で用いるBMP2の濃度は、0.1ng/mlから1000ng/ml、好ましくは、1ng/mlから100ng/ml、より好ましくは、5ng/mlから50ng/ml、10ng/mlである。本発明において、BMP2は、BMP4に置き換えてもよい。
【0073】
上記の工程(i)において、TGFβには、ヒトおよび他の動物由来のTGFβ、ならびにこれらの機能的改変体が包含され、例えば、PeproTech社等から市販されているものを使用することができる。本工程で用いるTGFβの濃度は、0.1ng/mlから1000ng/ml、好ましくは、1ng/mlから100ng/ml、より好ましくは、5ng/mlから50ng/ml、10ng/mlである。
【0074】
上記の工程(i)において、湿重量で50mgの軟骨様組織に対する培地中のTGFβの量は、0.1μgより多ければよいが、好ましくは0.2μg以上、より好ましくは0.25μg以上、さらに好ましくは0.3μg以上である。上限としては、特に制限されないが、1000ng以下が例示される。なお、軟骨様組織の湿重量は、培養した軟骨様組織が組織内に含みうる水分を保持した状態の重量を指す。軟骨様組織の湿重量は、培地中の軟骨様組織をスパチュラで採取し、培養皿の縁などで余分な水分を可能な限り除去し、乾燥させることなく測定することで得ることができる。
【0075】
上記の工程(i)において、GDF5には、ヒトおよび他の動物由来のGDF5、ならびにこれらの機能的改変体が包含され、例えば、PeproTech社等から市販されているものを使用することができる。本工程で用いるGDF5の濃度は、0.1ng/mlから1000ng/ml、好ましくは、1ng/mlから100ng/ml、より好ましくは、5ng/mlから50ng/ml、10ng/mlである。
【0076】
HMG-CoA還元酵素阻害薬は、例えば、メバスタチン(コンパクチン)(USP3983140参照)、プラバスタチン(特開昭57-2240号公報(USP4346227)参照)、ロバスタチン(特開昭57-163374号公報(USP4231938)参照)、シンバスタチン(特開昭56-122375号公報(USP4444784)参照)、フルバスタチン(特表昭60-500015号公報(USP4739073)参照)、アトルバスタチン(特開平3-58967号公報(USP5273995)参照)、ロスバスタチン(特開平5-178841号公報(USP5260440)参照)、ピタバスタチン(特開平1-279866号公報(USP5854259およびUSP5856336)参照)を含むが、これらに限定されない。本発明におけるHMG-CoA還元酵素阻害薬は、好ましくは、メバスタチン、アトルバスタチン、プラバスタチン、ロスバスタチン、フルバスタチンおよびロバスタチンから成る群より選択される薬剤、最も好ましくはロスバスタチンである。
【0077】
上記の工程(i)において、HMG-CoA還元酵素阻害薬としてロスバスタチンを用いる場合、濃度は、0.01μMから100μM、好ましくは、0.1μMから10μM、より好ましくは、0.5μMから5μM、1μMである。
【0078】
上記の工程(i)において、さらに、bFGFを基礎培地に添加してもよく、bFGFには、ヒトおよび他の動物由来のbFGF、ならびにこれらの機能的改変体が包含され、例えば、WAKO社等の市販されているものを使用することができる。本工程で用いるbFGFの濃度は、0.1ng/mlから1000ng/ml、好ましくは、1ng/mlから100ng/ml、より好ましくは、5ng/mlから50ng/ml、10ng/mlである。
【0079】
上記の工程(i)において、さらに、プテロシン誘導体を基礎培地に添加してもよく、プテロシン誘導体は、例えば、US14/315,809に記載のプテロシン誘導体が例示され、より好ましくは、プテロシンBである。本工程で用いるプテロシンBの濃度は、10μMから1000μM、好ましくは、100μMから1000μMである。
【0080】
本明細書において、接着条件で培養するとは、細胞を培養皿へ接着可能な状態で培養することであり、細胞接着に適した表面加工をした培養容器を用いて培養することによって行い得る。このような表面加工をした培養容器は、市販のものを用いることができ、例えば、IWAKIの組織培養用ディッシュが例示される。他の態様として、細胞外基質をコーティング処理された培養容器を用いて培養することによって行ってもよい。コーティング処理は、細胞外基質を含有する溶液を培養容器に入れた後、当該溶液を適宜除くことによって行い得る。
【0081】
本明細書において、細胞外基質とは、細胞の外に存在する超分子構造体であり、天然由来であっても、人工物(組換え体)であってもよい。例えば、ポリリジン、ポリオルニチン、コラーゲン、プロテオグリカン、フィブロネクチン、ヒアルロン酸、テネイシン、エンタクチン、エラスチン、フィブリリン、ラミニンといった物質およびこれらの断片が挙げられる。これらの細胞外基質は、適宜組み合わせて用いられてもよい。
【0082】
上記の工程(i)において、培養温度は、特に限定されないが、約30~40℃、好ましくは約37℃であり、CO2含有空気の雰囲気下で培養が行われる。CO2濃度は、約2~5%、好ましくは約5%である。上記の工程(i)の培養時間は、例えば、7日以上28日以下、10日以上25日以下、10日以上20日以下、より好ましくは14日である。
【0083】
上記の工程(ii)では、前記工程(i)で得られた細胞を培養容器より剥離させ、浮遊培養することで行い得る。上記の工程(ii)において、細胞培養物を剥離させる方法は、力学的分離方法(例えば、ピペッティング、またはスクレーパー等を用いる方法)により行うことが好ましく、プロテアーゼ活性および/またはコラゲナーゼ活性を有する分離溶液(例えば、トリプシンとコラゲナーゼの含有溶液Accutase(TM)およびAccumax(TM)(Innovative Cell Technologies,Inc)が挙げられる)を用いない方法が好ましい。
【0084】
上記の工程(ii)において、浮遊条件で培養するとは、細胞を培養皿へ非接着の状態で培養することであり、特に限定はされないが、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理(例えば、細胞外マトリックス等によるコーティング処理)されていない培養容器(例えば、ペトリディッシュ)、または、人工的に接着を抑制する処理(例えば、ポリヒドロキシエチルメタクリル酸(poly-HEMA)によるコーティング処理)した培養容器を使用して行うことが好ましい。
【0085】
上記の工程(ii)において使用される培地は、上述した工程(i)と同一の培地を用いることができる。
【0086】
上記の工程(ii)において、培養温度は、特に限定されないが、約30~40℃、好ましくは約37℃であり、CO2含有空気の雰囲気下で培養が行われる。CO2濃度は、約2~5%、好ましくは約5%である。本工程の培養時間は、例えば、2週間以上18週間以下、6週間以上18週間以下、より好ましくは10週以上15週以下である。培養期間は、所望の軟骨細胞が得られるまで培養することが望ましく、適宜軟骨細胞の製造を確認しながら培養期間を調整することができる。本発明において軟骨細胞を確認する方法として、得られた軟骨パーティクルの一部を採取し、サフラニンOにて染色されることを確認することによって行い得る。
【0087】
サフラニンО染色は、以下の方法によって行い得る。軟骨様組織を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、その後、パラフィンに包埋して、組織切片を作製する。パラフィン包埋組織切片を脱パラフィン化し、鉄ヘマトキシリン溶液(Weigert‘s iron hematoxylin、ミリポア社、HX73929273)内で3分間処理し、流水で1分間洗浄する。その後、1%酢酸水溶液に3秒間浸漬し、0.05%ファストグリーンFCF(和光純薬社、061-00031)水溶液で5分間反応させる。1%酢酸水溶液で3秒間洗浄後、0.1%サフラニンO(ワルデック社、1B-463)水溶液で5分間反応させる。その後、70%エタノール、100%エタノール、キシレン(3曹)に浸漬させ水分を除いた上で、封入剤およびカバーガラスで封入する。
【0088】
また、軟骨様組織の性状確認として、2型コラーゲン染色を行うことができる。2型コラーゲン染色は、以下の方法によって行い得る。軟骨様組織を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、その後、パラフィンに包埋して、組織切片を作製する。パラフィン包埋組織切片を脱パラフィン化し、それを1mM EDTA PBS(pH8.0)に浸漬し、80℃で15分間インキュベートして抗原の賦活化を行う。その後、PBSで組織切片を洗浄し、10mg/mLのHyaluronidaseを添加し、室温で40分間処理し、PBSで洗浄する。DABキット(CSA II Biotin-free Tyramide Signal Amplification System、Dako社)を用い、Peroxidase block(DABキット step1)で5分間処理し、PBSで洗浄後、Protein block(DABキット step2)で5分間処理する。その後、抗2型コラーゲン抗体(サーモサイエンティフィック社、#MS-235-P0、AB-2、Clone 2B1.5、1:1000希釈)を添加し、4℃で一晩反応させる。PBSで洗浄後、二次抗体(DABキット step4 mouse)を添加して15分間処理する。PBSで洗浄後、Amplifcation reagent(DABキット step5)で15分間処理する。PBSで洗浄後、anti florescent HRP(DABキット step6)で15分間処理する。その後、PBSで洗浄し、DAB substrate buffer及びDAB chlomo(DABキット step7)を用いて発色させる。その後、70%エタノール、80%エタノール、95%エタノール、100%エタノール、キシレン(3曹)に浸漬させ水分を除いた上で、封入剤およびカバーガラスで封入する。
【0089】
本発明は、多能性幹細胞から誘導された軟骨様組織に、培地中で力学的刺激を負荷する工程を含む。力学的刺激を負荷する工程によって、軟骨様組織、特に表層周辺部(例えば、非中心領域)に刺激が与えられ、ルブリシンの発現が促進されてルブリシンが表層周辺部(例えば、非中心領域)に局在化した軟骨様組織が得られる。力学的刺激を負荷する工程において使用される培地は、上述の工程(i)と同一の培地を用いることができる。力学的刺激を負荷する工程は、せん断力を負荷する工程であることが好ましく、より好ましくは組織の外周全方位からせん断力を負荷する工程である。一実施形態において、せん断力は、攪拌手段によって負荷される。攪拌手段としては、例えば、回転式培養装置を用いることができる。回転式培養装置に用いられる培養容器としては、例えば、市販のローラーボトルやスピナーフラスコであってもよく、好ましくは1以上の攪拌翼を有する回転式培養容器であり、例えば、上記工程(i)でも使用可能な、マグネティックスターラーを設置した、エイブル社(日本)製のバイオリアクター(
図2参照)を用いることができる。1以上の攪拌翼を有する回転式培養装置を用いることによって、多能性幹細胞から誘導された軟骨様組織を、前記攪拌翼ならびに/または前記回転式培養装置の培養容器の底面及び内壁面に効率的に接触させることができ、それによって効果的に軟骨様組織にせん断力を負荷させることができる。
【0090】
本発明の一実施態様において用いられる回転式培養容器5は、容器本体52の底面から垂直に設けられた支柱53を中心として回転する、1以上の攪拌翼54(
図2では2枚)が設けられている。攪拌翼54の数は特に限定されないが、例えば、1枚、2枚、3枚、4枚、5枚、6枚、7枚、8枚、9枚または10枚以上であってもよい。攪拌翼54には、磁石540が設けられており、マグネティックスターラー(図示しない)によって攪拌翼54が回転する。攪拌翼54の底部は、容器本体52の底面と略平行に形成され、攪拌翼54の底部に、軟骨様組織1が巻き込まれない程度の隙間を有している。また、攪拌翼54の外側部分は、容器本体52の内壁に接触しないよう設計されており、軟骨様組織1が巻き込まれない程度の隙間を有している。攪拌翼54が回転することによって、軟骨様組織1が容器本体52の底面と内壁に効率的に接触させることができ、軟骨様組織1の表面に力学的刺激、特にせん断力を負荷することが可能となる。また、軟骨様組織1と培地の間でも力学的刺激、特に流体せん断力を負荷することが可能となる。
【0091】
前記回転式培養装置の攪拌速度は、軟骨様組織1にせん断力を負荷することができれば、特に限定されないが、例えば、10rpmから95rpm、好ましくは、40rpmから80rpm、さらに好ましくは、50rpmから70rpm、最も好ましくは約60rpmが例示される。
【0092】
一実施形態において、力学的刺激を負荷する工程の期間は、ルブリシンを、軟骨様組織の表層周辺部(例えば、非中心領域)に局在させるのに十分な期間であればよく、例えば3日以上、好ましくは14日以上、より好ましくは28日以上である。
【0093】
一実施形態において、力学的刺激を負荷する工程で用いられる、ルブリシンを局在化させる前の多能性幹細胞から誘導された軟骨様組織の量は、ルブリシンを軟骨様組織の表層周辺部(例えば、非中心領域)に局在させるのに十分な量であればよく、例えば100mg/30mL培地以下、好ましくは60mg/30mL培地以下である。一実施態様において、力学的刺激を負荷する工程で用いられる、ルブリシンを局在化させる前の多能性幹細胞から誘導された軟骨様組織の大きさは、特に制限されないが、最長径の下限としては、好ましくは0.5mm以上、より好ましくは1mm以上、さらに好ましくは2mmを例示できる。最長径の上限としては、好ましくは10mm以下、より好ましくは6mm以下が例示される。最長径の範囲としては、0.5mm~10mm、好ましくは1mm~6mm、より好ましくは2mm~5mmである。これらの大きさを有する多能性幹細胞から誘導された軟骨様組織であれば、培地よりも比重が重くなるため、培地中に存在する場合であっても、培養容器の底面付近に浮遊させることできる。そのため、軟骨様組織を培養容器の底面上で転がしながら培養することが可能となり、それによって力学的刺激(特にせん断力)を軟骨様組織の表面に効率的に負荷させることができる。
【0094】
一実施形態において、力学的刺激を負荷された、ルブリシンが局在化した軟骨様組織の大きさは、特に制限されないが、最長径の下限としては、好ましくは0.5mm以上、より好ましくは1mm以上、さらに好ましくは2mmを例示できる。最長径の上限としては、好ましくは10mm以下、より好ましくは6mm以下が例示される。最長径の範囲としては、0.5mm~10mm、好ましくは1mm~6mm、より好ましくは2mm~5mmが例示される。これらの大きさを有する軟骨様組織は、ヒトの軟骨、特に膝軟骨の様々な形の欠損に充填させることができる。
【0095】
一実施形態において、力学的刺激を負荷する工程の前後で、多能性幹細胞から誘導された軟骨様組織に対し、ルブリシン局在軟骨様組織のPRG4の発現量は3倍以上上昇する。PRG4の発現量は、ルブリシンタンパク質の発現量であってもよく、PRG4のmRNAの発現量であってもよい。多能性幹細胞から誘導された軟骨様組織に対し、ルブリシン局在軟骨様組織のPRG4の発現量が、力学的刺激を負荷する工程の前後で3倍以上上昇すると、ルブリシンが表層周辺部(例えば、非中心領域)に局在化した軟骨様組織が得られる。
【0096】
本発明では、上述した方法により得られたルブリシン局在軟骨様組織を含む関節軟骨損傷治療用組成物を提供する。患者への医薬品の投与方法としては、例えば、上述の方法により得られたルブリシン局在軟骨様組織をフィブリン糊で固めて、投与部位に適した大きさのルブリシン局在軟骨様組織として、患者の軟骨欠損部位に投与する方法がある。この他にも、ルブリシン局在軟骨様組織をゼラチンゲルおよび/またはコラーゲンゲルおよび/またはヒアルロン酸ゲル等と混合し、患部へ投与する方法、ルブリシン局在軟骨様組織を患部に投与し、骨膜等で固定する方法などが例示される。
【0097】
本発明の組成物により治療される疾患として、鼻軟骨・耳介軟骨などの顔面軟骨および関節軟骨の欠損が例示され、好ましくは、関節軟骨損傷である。
【0098】
本発明の組成物に含まれるルブリシン局在軟骨様組織は、移植片が投与後に生着できれば特に限定されなく、患部の大きさや体躯の大きさに合わせて適宜増減して調製されてもよい。
【0099】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明がこれらに限定されないことは言うまでもない。
【実施例】
【0100】
〔実施例1〕
1.方法
1-1.ヒトiPS細胞を用いた軟骨細胞の誘導
Nakagawa M,et al,Sci Rep.4:3594(2014)に記載の方法で樹立されたQHJI01s04株を京都大学iPS細胞研究所より受領し、ヒトiPS細胞として用いた。
【0101】
国際公開第2016/133208号に記載の方法に従って、ヒトiPS細胞から軟骨様組織を調製し、以降のルブリシン局在軟骨様組織の調製に用いた。
【0102】
1-2.ルブリシン局在軟骨様組織の製造
上記1-1で得られた軟骨様組織、約50mg(5~10個の軟骨様組織)を、30mLバイオリアクター(BWV-S03A、エイブル)へ移し、上記1-1で用いた軟骨分化培地を30mL加え、せん断力刺激を付与するために6cm magnetic stirrer(BWS-S03NOS-6、エイブル)を用い、60rpmで回転させ、37℃、CO25%の条件下で30日間培養した。培養期間中、2日または3日毎に、新しい軟骨分化培地へ交換した。
【0103】
1-3.ルブリシン局在軟骨様組織の免疫染色およびサフラニンO染色
上記1-2の方法によって得られた軟骨様組織(せん断力刺激付与前(0日目)、せん断力刺激付与後(30日目)を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、その後、パラフィンに包埋して、組織切片を作製した。パラフィン包埋組織切片を脱パラフィン化し、それを1mM EDTA PBS(pH8.0)に浸漬し、80℃で15分間インキュベートして抗原の賦活化を行った。その後、PBSで組織切片を洗浄し、10mg/mLのHyaluronidaseを添加し、室温で40分間処理し、PBSで洗浄した。DABキット(CSA II Biotin-free Tyramide Signal Amplification System、Dako社)を用い、Peroxidase block(DABキット step1)で5分間処理し、PBSで洗浄後、Protein block(DABキット step2)で5分間処理した。その後、抗ルブリシン-マウス抗体(ミリポア社、#MABT400、Clone5C11、1:500希釈)を添加し、4℃で一晩反応させた。PBSで洗浄後、二次抗体(DABキット step4 mouse)を添加して15分間処理した。PBSで洗浄後、Amplifcation reagent(DABキット step5)で15分間処理した。PBSで洗浄後、anti florescent HRP(DABキット step6)で15分間処理した。その後、PBSで洗浄し、DAB substrate buffer及びDAB chlomo(DABキット step7)を用いて発色させ、カバーガラスで封入した後、画像を撮影した(
図3-1)。別切片についてサフラニンO染色を行った(
図3-2)。
【0104】
1-4.軟骨様組織のルブリシン局在の定量的解析
Image J(National Institutes of Health、ver.1.51)を用いて、以下の手順により、周辺領域(非中心領域)/中心領域の免疫染色濃度の比を求めた(
図4)。なお、表層周辺部範囲は具体的には、以下の式で算出した。
表層周辺部範囲(μm)=組織長径(mm)×(1-中心領域径/組織長径)×1000
(1)Image >Type >32bitでRGB画像をグレイスケールに変換(YUVで重み付け)
(2)Edit > Invertで白黒を反転
(3)組織に内接するように多角形ツールでROIを描き、Analyse > measure(組織全体のArea及びMean gray valueを測定)
(4)中心領域を円形ツールで選択し、Analyse > measure(中心領域のArea及びMean gray valueを測定)
(5)バックグラウンドを円形ツールで選択し、Analyse > measure(バックのMean gray valueを測定)
(6)以下の式で周辺領域のMean gray valueを算出:
(組織全体のArea× Mean gray value)-(中心領域のArea× Mean gray value)/(組織全体のAreaー中心領域のArea)
(7)以下の式で周辺領域/中心領域のMean gray valueからバックグラウンドを引いた値の比を算出:
(周辺領域のMean gray value-バックグラウンドのMean gray value)/(中心領域のMean gray value-バックグラウンドのMean gray value)
【0105】
2.結果
攪拌前の軟骨様組織(0日目、比較例)と比べて、30日攪拌後の軟骨様組織は、周辺領域にルブリシンが局在していることが確認された(
図3-1及び4)。
【0106】
〔実施例2〕
実施例1と同様の手順により、攪拌有り又は無しの条件にて、軟骨様組織を1週間、2週間または4週間培養した。得られた軟骨様組織を、実施例1と同様の手順により、抗ルブリシン抗体を用いた免疫組織化学染色およびサフラニンО染色を行い、画像解析を行った(
図5~7)。その結果、2週間(14日)以上培養した軟骨様組織において、周辺領域にルブリシンが局在していることが確認された(
図7)。
【0107】
〔実施例3〕
実施例1と同様の手順により、攪拌培養した軟骨様組織を経時的に回収した(0時間、2時間、6時間、24時間及び72時間)。得られた軟骨様組織を液体窒素で凍結し、Multi Beads Shocker(Yasui Kikai,Osaka,Japan)で破砕し、Qiazol(登録商標(Qiagen))及びRNeasy Mini Kit(Qiagen)を用いてトータルRNAを抽出した。トータルRNAをDNaseで処理してゲノムDNAを除去し、250ngのトータルRNAをReverTra Ace(登録商標)qPCR RT Master Mix(Toyobo、Tokyo、Japan)を用いて、逆転写してcDNAを調製した。KAPA SUBR FAST qPCR kit Master Mix ABI Prism(KAPA Biosystems,MA,USA)を用いてPCR増幅を行った。PRG4プライマーは、TaqMan ID:Hs0160665_g1を用い、コントロールのGAPDHプライマーは、TaqMan ID:Hs03929097_g1を用いた。RNA発現レベルは、GAPDHのレベルでノーマライズした。結果は、攪拌前の軟骨様組織(0時間)の相対発現量として算出した。その結果、24時間以上攪拌培養した軟骨様組織は、PRG4の発現量が3倍以上増加している様子が確認された(
図8)。
【符号の説明】
【0108】
1 軟骨様組織
2 第1重心
21 重心領域
3 第1最長径
4 断面
41 第2重心
42 第2最長径
43 中心領域径
44 中心領域
45 非中心領域
5 回転式培養容器
51 蓋体
510 通気フィルタ
52 容器本体
53 支柱
54 攪拌翼
540 磁石
6 培地