(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-09
(45)【発行日】2023-02-17
(54)【発明の名称】人工多能性幹細胞の作製方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/10 20060101AFI20230210BHJP
C12N 15/12 20060101ALI20230210BHJP
【FI】
C12N5/10 ZNA
C12N15/12
(21)【出願番号】P 2018565589
(86)(22)【出願日】2018-01-31
(86)【国際出願番号】 JP2018003120
(87)【国際公開番号】W WO2018143243
(87)【国際公開日】2018-08-09
【審査請求日】2021-01-08
(31)【優先権主張番号】P 2017018422
(32)【優先日】2017-02-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ウェブサイトの掲載日 2017年11月21日 ウェブサイトのアドレス http://dx.doi.org/10.1002/sctm.17-0021
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成28年11月5日 第24回日本消化器関連学会週間 JDDW2016 KOBE 第58回日本消化器病学会大会 神戸コンベンションセンター 神戸国際展示場第1号館
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ウェブサイトの掲載日 平成28年 8月22日 ウェブサイトのアドレス http://www.jddw.jp/jddw2016/index.html http://www.jddw.jp/jddw2016/nittei/index.html http://www.jddw.jp/jddw2016/abstracts/abst/30091.html
(73)【特許権者】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088904
【氏名又は名称】庄司 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100124453
【氏名又は名称】資延 由利子
(74)【代理人】
【識別番号】100135208
【氏名又は名称】大杉 卓也
(72)【発明者】
【氏名】青井 貴之
【審査官】佐久 敬
(56)【参考文献】
【文献】特表2012-528599(JP,A)
【文献】国際公開第2010/008054(WO,A1)
【文献】特開平10-290689(JP,A)
【文献】特開2010-017134(JP,A)
【文献】国際公開第2008/111430(WO,A1)
【文献】国際公開第2006/006720(WO,A1)
【文献】国際公開第2012/063817(WO,A1)
【文献】国際公開第2011/129446(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/010080(WO,A1)
【文献】渡邉大輔 他,iPS細胞由来Vγ9Vδ2T細胞を用いる新規消化器がん治療法の開発,第24回日本消化器関連学会週間,2016年,消P-413,全文
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の1)~3)の工程を含む、γδ-TCR再構成遺伝子を有するiPS細胞の作製方法:
1)採取した血液細胞を、IL-2
及びゾレドロン酸で刺激する工程;
2)センダイウイルスベクターを用いて、前記血液細胞に
OCT3/4、SOX2、KLF4及びc-MYCを導入する工程;
3)
OCT3/4、SOX2、KLF4及びc-MYCが導入された細胞を培養する工程。
【請求項2】
血液細胞が、末梢血単核球である、請求項1
に記載のiPS細胞の作製方法。
【請求項3】
血液細胞が、ヒト由来細胞である、請求項1
又は2に記載のiPS細胞の作製方法。
【請求項4】
前記1)~3)の工程の前に、採取した血液細胞を抗体で処理する工程を含まないことを特徴とする、請求項1~
3のいずれかに記載のiPS細胞の作製方法。
【請求項5】
請求項1~
4のいずれかに記載の作製方法により作製されたγδ-TCR再構成遺伝子を有するiPS細胞を含む細胞集団。
【請求項6】
請求項1~
4のいずれかに記載の作製方法により作製されたγδ-TCR再構成遺伝子を有するiPS細胞から分化誘導された血液前駆細胞。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工多能性幹細胞(iPS細胞)の作製方法に関し、具体的にはγδ-TCR再構成遺伝子を有するiPS細胞の作製方法に関する。さらには当該作製されたiPS細胞を含む細胞集団に関する。
【0002】
本出願は、参照によりここに援用されるところの日本出願特願2017-18422号優先権を請求する。
【背景技術】
【0003】
がん細胞等を攻撃するTリンパ球はαβT細胞とγδT細胞に大別される。αβT細胞は多様性が極めて高く、一種類のαβT細胞が攻撃し得る細胞の種類はMHC拘束性があり少ないのに対して、一種類のγδT細胞はMHC非拘束性に多種類のがん細胞を攻撃することが知られている。γδT細胞は、一種類のT細胞受容体(TCR)で、多種類のがん細胞を認識し、直接的に傷害するため、この細胞を用いたT細胞輸注療法は消化器がん治療でも有望である。しかしながらγδT細胞は通常、末梢血中に1~5%しか存在しないので、少量の血液を採取してγδT細胞を活性化及び/又は増殖させても治療に十分な純度及び細胞数を確保することができないといった問題がある。また、治療に十分な純度及び細胞数を確保するために患者からの採血量を多くすると、患者に多大な負担がかかるといった問題もある。患者末梢血由来γδT細胞を体外増幅させて患者に輸注する治療が既に行われているが、係る方法では細胞数確保の困難性、細胞の疲弊(exhaustion)のために十分な増幅と活性化が得られなかった。
【0004】
iPS細胞は、体細胞を様々な方法で初期化することにより樹立できる細胞である。初期化されたiPS細胞は初期化に用いた遺伝子情報をそのまま引き継ぐことから、免疫系の細胞、特にBリンパ球やTリンパ球のように遺伝子を再構成し、終末分化したものにおいても初期化が可能であるかどうかは大きな興味の対象であった。そのような中、マウスBリンパ球からのiPS細胞の樹立やマウスTリンパ球からのiPS細胞の樹立は、既に報告されている(非特許文献1、2)。
【0005】
がん抗原特異的TCR遺伝子再構成を有するT細胞からiPS細胞を作製し、分化誘導することで、元の細胞と同じ再構成を有するT細胞が得られることが報告された。しかしながら、これまでにがん抗原特異的TCRを有するiPS細胞として樹立されたものはいずれも特定のαβ-TCRを持つ細胞であるので、当該抗原を発現するがんの種類が少ないことと、MHC拘束性があることから、治療の対象となり得る患者が限定的であった。
【0006】
ヒトT細胞からiPS細胞を製造する方法が報告されている(特許文献1、2)。特許文献1には、T細胞又はヒトCD34+造血原始細胞をリプログラミング因子(細胞初期化因子)で処理することで、iPS細胞を作製する方法が開示されている。特許文献2にはインターロイキン2(IL-2)の存在下にて抗CD3抗体及び抗CD28抗体によって細胞を活性化し、その後T細胞に細胞初期化因子をレトロウイルスベクターを用いて導入することが示されている。これらの文献にはT細胞を含む原料を所望の抗原を固定化したアフィニティカラムを用いて精製するものや、所望の抗原を結合させたMHCを4量体化したもの(いわゆるMHCテトラマー)を用いてヒトの組織より所望の抗原特異性を有する細胞を精製する工程等が含まれるものである。また、特許文献1で作製されたiPS細胞のTCR遺伝子が全てTCR-βの再構成を有していたこと、即ちすなわちαβT細胞由来であることが示されている。
【0007】
末梢血からγδT細胞を調製する方法が特許文献3-5に報告されている。ここでは、IL-2やビスホスホネート等を使用してγδT細胞を調製しているものの、iPS細胞の調製には一切触れられていない。
【0008】
MHC非拘束性に多種類のがん細胞を攻撃可能なγδT細胞を効果的に調製する方法が望まれている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【文献】Cell, 2008, Vol.133 No.2, 250-264
【文献】Nature, 2009, Vol.460, 1132-1135
【特許文献】
【0010】
【文献】特表2012-528599号公報
【文献】国際公開WO2011/096482号公報
【文献】国際公開WO2006/006720号公報
【文献】特表2005-517440号公報
【文献】特開2013-176403号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、iPS細胞の作製方法を提供することを課題とし、具体的にはγδ-TCR再構成遺伝子を有するiPS細胞の作製方法を提供することを課題とする。さらには当該作製されたiPS細胞を含む細胞集団を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、血液細胞をIL-2及びビスホスホネートで刺激した後、センダイウイルス(SeV)ベクターを用いて血液細胞に細胞初期化因子を発現しうる遺伝子を導入することで、上記課題を達成しうることを見出し、本発明を完成した。
【0013】
即ち、本発明は以下よりなる。
1.以下の1)~3)の工程を含む、iPS細胞の作製方法:
1)採取した血液細胞を、IL-2、IL-15及びIL-23より選択されるいずれか一種又は複数種のインターロイキン、並びにビスホスホネートで刺激する工程;
2)センダイウイルスベクターを用いて、前記血液細胞に細胞初期化因子を発現しうる遺伝子を少なくとも4種類導入する工程;
3)遺伝子が導入された細胞を培養する工程。
2.前記細胞初期化因子が、OCT3/4、SOX2、KLF4及びc-MYCである、前項1に記載のiPS細胞の作製方法。
3.前記インターロイキンが、IL-2である前項1又は2に記載のiPS細胞の作製方法。
4.前記ビスホスホネートが、ゾレドロン酸、パミドロン酸、アレンドロン酸、リセドロン酸、イバンドロン酸、インカドロン酸、エチドロン酸、ミノドロン酸、それらの塩及びそれらの水和物から選択される1種若しくは複数種である、前項1~3のいずれかに記載のiPS細胞の作製方法。
5.血液細胞が、末梢血単核球である、前項1~4のいずれかに記載のiPS細胞の作製方法。
6.血液細胞が、ヒト由来細胞である、前項1~5のいずれかに記載のiPS細胞の作製方法。
7.前記1)~3)の工程の前に、採取した血液細胞を抗体で処理する工程を含まないことを特徴とする、前項1~6のいずれかに記載のiPS細胞の作製方法。
8.iPS細胞が、γδ-TCR再構成遺伝子を有するiPS細胞である、前項1~7のいずれかに記載のiPS細胞の作製方法。
9.前項1~8のいずれかに記載の作製方法により作製されたiPS細胞を含む細胞集団。
10.前項1~8のいずれかに記載のi作製方法により作製されたiPS細胞から分化誘導された血液前駆細胞。
【発明の効果】
【0014】
本発明の方法によれば、γδ-TCR再構成遺伝子を有するiPS細胞を効果的に作製することができる。より詳しくは、本発明のiPS細胞の作製方法によれば、1)採取した血液細胞を、IL-2及びビスホスホネートで刺激する工程;2)SeVベクターを用いて、前記血液細胞に細胞初期化因子を発現しうる遺伝子を少なくとも4種類導入する工程;3)遺伝子が導入された細胞を培養する工程でiPS細胞を作製することができる。特に、1)~3)の工程の前に、血液細胞を抗体等で処理する工程を含まなくてもよい。本発明の方法によれば、血液細胞を、例えばセルソーターなどの手法を用いてγδ-TCRに対する抗体処理等によりγδ-TCR再構成遺伝子陽性の細胞を回収した細胞からiPS細胞を作製しなくとも所望のiPS細胞を効果的に作製することができる。さらに本発明の方法で作製されたiPS細胞は、分化誘導処理により血液前駆細胞に分化されうる。抗体等で処理する工程が省略化できることで、作製された細胞集団から抗体を除去する等の操作も必要としない点で優れている。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】血液細胞をビスホスホネート及びIL-2で処理した後、抗CD3抗体(Tリンパ球のマーカー)と、抗Vγ9抗体(γδTリンパ球のマーカー)により染色し、フローサイトメトリーでT細胞の種類を解析した結果を示す図である(左上図)。サブセットごとのSeVの導入効率を、BFPの発現を指標にフローサイトメトリーで確認した結果を示す図である(左下、右上下図)。(参考例1)
【
図2】
図1の実験を3回行い、BFPの平均蛍光強度(
図2A)、BFP陽性細胞の割合(
図2B)、BFP陽性細胞におけるBFPの平均蛍光強度(
図2C)を測定した結果を示す図である。(参考例1)
【
図3】血液細胞をビスホスホネート及びIL-2で13日間処理したときのγδT細胞の割合をフローサイトメトリーで解析した結果を示す図である。(実施例1)
【
図4】実施例1の実験プロトコールを示す図である。(実施例1)
【
図5】SeVベクターを用いて血液細胞に細胞初期化因子を導入し、iPS/ES細胞用培地(StemFit
(R)培地(味の素社))を用いて培養したときのES細胞様コロニーの形成を示す写真図である。(実施例1)
【
図6】実施例1で作製した各iPS細胞株の再構成遺伝子の存在をゲノムPCRで確認した結果図である。Vγ9及びVδ2各遺伝子の再構成が確認された結果を示す図である。(実験例1-1)
【
図7】各再構成遺伝子増幅産物の塩基配列を確認した結果図である。(実験例1-1)
【
図8】実施例1で作製した細胞(
図8上段)及びSeV陰性サブクローン細胞(
図8下段)でのSeVの存在を確認した結果を示す図である。(実験例1-2)
【
図9】実施例1で作製した各iPS細胞株でのSeVの存在をRT-PCRで確認した結果を示す図である。(実験例1-2)
【
図10】実施例1で作製した各iPS細胞株でのSeVの存在を定量RT-PCRで確認した結果を示す図である。(実験例1-2)
【
図11】実施例1で作製した各iPS細胞株における、未分化マーカーに係る遺伝子の発現及びTCR-Vγ9、TCR-Vδ2再構成遺伝子の発現をRT-PCRで確認した結果を示す図である。(実験例1-3)
【
図12】実施例1で作製した各iPS細胞株における、未分化マーカーに係る遺伝子の発現を定量RT-PCRで確認した結果を示す図である。(実験例1-3)
【
図13】実施例1で作製した各iPS細胞株について、PluriTestによる細胞の多能性を評価した結果を示す図である。(実験例1-3)
【
図14】実施例1で作製したiPS細胞株について、胚様体形成を介して三胚葉系に分化させた後、外肺葉、中胚葉及び内胚葉特異的に発現しうる各マーカーの発現を免疫染色で確認した結果を示す図である。(実験例1-3)
【
図15】実施例1で作製した各iPS細胞株の再構成遺伝子のうち、TCRδとTCRγに係る遺伝子の再構成を確認した結果を示す図である。(実験例1-3)
【
図16】実施例1で作製した各iPS細胞株から血球系細胞への分化を確認したときの実験プロトコールを示す図である。(実験例1-4)
【
図17】実施例1で作製した各iPS細胞株に各濃度のBMP4で処理したのちの中胚葉マーカーであるBrachyuryの発現を確認した結果を示す図である。(実験例1-4)
【
図18】
図14のプロトコールに従って作製した分化誘導開始前のiPS細胞、胚葉体、OP9上での培養1日目、13日目の位相差顕微鏡で観察による観察結果を示す図である(実験例1-4)。
【
図19】培養13日目の細胞をCD34・CD43に対する蛍光標識抗体で染色し、血球前駆細胞(CD34
+/CD43
+)の形成をフローサイトメトリーで解析した結果を示す図である。(実験例1-4)
【
図20】実施例1で作製した各iPS細胞株から血液前駆細胞への分化誘導結果を確認した結果を示す図である。
図20Aは、分化誘導プロトコールを示し、
図20Bは、分化誘導開始後4日目での早期血液血管前駆細胞の細胞表面マーカーとして知られるAPJをフローサイトメトリーで解析した結果を示し、
図20Cは分化誘導開始後12日目での細胞表面マーカーをフローサイトメトリーで解析した結果を示す図である。(実験例1-5)
【
図21】γδT細胞の割合が少ない細胞集団からのiPS細胞の作製を示す図である。
図21Aは、血液細胞をビスホスホネート及びIL-2で4日処理したときのγδT細胞の割合をフローサイトメトリーで解析した結果を示し、
図21Bは、γδT細胞の割合が3.73%の細胞集団から(
図21Aに示したもの)から樹立した7株のiPS細胞株のうち3株においてVγ9及びVδ2各遺伝子の再構成が確認された(すなわちγδT細胞由来iPS細胞であることが確認された)結果を示す図である。(実施例2)
【
図22】実施例1で作製したiPS細胞株による血液前駆細胞への新たな分化誘導方法による分化誘導結果を示す図である。iPS細胞懸濁液を培養皿中の任意の位置に滴下し、1~2時間程度インキュベーションすると液滴中の細胞が培養皿に接着する(
図22A)。ここに培養液を通常量添加し培養することで、培養皿中の任意の数の任意の位置に、ほぼ一定の大きさのiPS細胞コロニーを形成することができる(
図22B)。ここから、
図20Aに示した方法で分化誘導を行った。
図22Cは、上記の方法による分化培養13日目の細胞をCD34・CD43に対する蛍光標識抗体で染色し、血球前駆細胞(CD34
+/CD43
+)の形成をフローサイトメトリーで解析した結果を示す図である。(実験例2-1)
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、iPS細胞の作製方法に関し、さらにはγδ-TCR再構成遺伝子を有するiPS細胞の作製方法に関する。さらには当該作製されたiPS細胞を含む細胞集団に関する。より詳しくは、以下の1)~3)の工程を含む、iPS細胞の作製方法に関する。
1)採取した血液細胞を、IL-2及びビスホスホネートで刺激する工程;
2)SeVベクターを用いて、前記血液細胞に細胞初期化因子を発現しうる遺伝子を少なくとも4種類導入する工程;
3)遺伝子が導入された細胞を培養する工程。
【0017】
本明細書において「γδT細胞」とは、表面にγ鎖とδ鎖からなる特有のT細胞受容体(TCR)を有するT細胞をいう。T細胞の大部分は、αTCR鎖及びβTCR鎖と呼ばれる2つの糖タンパク質鎖からなるTCRを有するが、γδT細胞はT細胞全体の5%程度である。
【0018】
本明細書において「γδ-TCR再構成遺伝子」とは、T細胞受容体(TCR)をコードする遺伝子のうち、TCRG領域の再構成とTCRD領域の再構成の両方が起こっているものをいう。TCRG領域はVγ-Jγからなり、TCRD領域はVδ-Dδ-Jδからなる。
【0019】
本明細書において「iPS細胞」とは、体細胞を様々な方法で初期化することにより樹立された未分化の細胞をいう。
【0020】
本明細書において「血液細胞」とは、血液由来の細胞であってiPS細胞を作製するための出発原料となりうる細胞全般をいう。例えば、末梢血単核球が好適であり、造血幹細胞から最終的に末梢血に分化するまでの全ての分化のプロセス上に存在する血液細胞の全ての形態を含んでいてもよい。具体的には、胚性幹細胞から血液細胞への分化系統図中における造血幹細胞、リンパ球系幹細胞、リンパ球系樹状細胞前駆細胞、リンパ球系樹状細胞、Tリンパ球前駆細胞、T細胞、Bリンパ球前駆細胞、B細胞、形質細胞、NK前駆細胞、NK細胞、骨髄系幹細胞、骨髄系樹状細胞前駆細胞、骨髄系樹状細胞、肥満細胞系前駆細胞、肥満細胞、好塩基球系前駆細胞、好塩基球、好酸球系前駆細胞、好酸球、顆粒球系前駆細胞、マクロファージ前駆細胞、単球、マクロファージ、破骨細胞前駆細胞、破骨細胞、好中球前駆細胞、好中球、巨核球系前駆細胞、巨核球、血小板、前期赤芽球系前駆細胞、後期赤芽球系前駆細胞、赤血球等が挙げられる。例えば末梢血単核球は、採取した血液から自体公知の方法、又は今後開発されるあらゆる方法により得ることができる。例えば、採取した血液を比重遠心することで、容易に分離することができる。本発明の方法で使用する血液細胞の由来は、細胞の使用目的に応じて適宜選択することができ特に限定されないが、例えば哺乳類由来の血液細胞が好適である。また、本発明のiPS細胞や、当該iPS細胞を分化誘導処理して得た細胞をヒトに投与する場合には、使用する血液細胞はヒト由来のものが好適である。
【0021】
1)採取した血液細胞を、IL-2、IL-15及びIL-23より選択されるいずれか一種又は複数種のインターロイキン並びにビスホスホネートで刺激する工程
本発明のiPS細胞の作製方法において、上記採取した血液細胞は、IL-2、IL-15及びIL-23より選択されるいずれか一種又は複数種のインターロイキン並びにビスホスホネートで刺激することを要する。インターロイキン及びビスホスホネートでの刺激は、同時に行ってもよいし個別に順次行ってもよい。例えば血液細胞の培養の際に、インターロイキン及びビスホスホネートを含む培地を用いて培養してもよい。この場合において、培地に添加するインターロイキン濃度は、50~200 IU/mL、好ましくは75~150 IU/mL、より好ましくは100 IU/mLとすることができる。また、培地に添加するビスホスホネート濃度は、1~20μM、好ましくは1~10μM、より好ましくは5μMとすることができる。例えば、ビスホスホネートを含む培地で細胞を1~7日間培養した後、インターロイキンを含む培地を追加し、刺激することができる。ここで、使用可能なビスホスホネートの例として、ゾレドロン酸、パミドロン酸、アレンドロン酸、リセドロン酸、イバンドロン酸、インカドロン酸、エチドロン酸、ミノドロン酸、それらの塩及びそれらの水和物が挙げられる。ビスホスホネート刺激のために、これらから1種若しくは複数種のビスホスホネートを選択し、使用することができる。
【0022】
前記血液細胞を培養し、IL-2、IL-15及びIL-23より選択されるいずれか一種又は複数種のインターロイキン並びにビスホスホネートを添加する培地としてRPMI1640培地、最小必須培地(α-MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、F12培地等を用いることができる。培地には、インターロイキンやビスホスホネート以外にも、培養に必要なアミノ酸(例えば、L-グルタミン)、抗生物質(例えば、ストレプトマイシン、ペニシリン)などを添加することができる。また、必要に応じて、牛胎仔血清(FCS)を添加することができる。
【0023】
上記、インターロイキン及びビスホスホネートを含む培地での培養期間は、細胞に細胞初期化因子を導入するのに必要な細胞数まで増殖する期間であればよく、特に限定されないが、通常2~14日間であり、遺伝子導入効率の観点から、好ましくは2~7日間である。遺伝子導入効率の観点から、フィブロネクチン断片(レトロネクチン(R))等がコートされた培養皿を用いて培養してもよい。IL-2、IL-15及びIL-23より選択されるいずれか一種又は複数種のインターロイキンとして、特に好ましくはIL-2である。
【0024】
2)SeVベクターを用いて、前記血液細胞に細胞初期化因子を発現しうる遺伝子を導入する工程
本明細書において「細胞初期化因子」とは、iPS細胞作製において用いられる因子をいい、前記血液細胞に導入されることにより、単独で、又は他の分化多能性因子と協働して該体細胞に分化多能性を付与できる因子であれば特に制限されることはない。具体的には、OCT3/4、SOX2、KLF4、c-MYC、KL5、LIN28、Nanog、ECAT1、ESG1、Fbx15、ERas、ECAT7、ECAT8、Gdf3、Sox15、ECAT-15-1、ECAT15-2、Fthl17、Sal14、Rex1、Utf1、Tcl1、Stella、β-catenin、Stat3及びGrb2からなる群から選択される少なくとも4種のタンパク質であるであることが好ましい。さらにこれらのタンパク質の中では、少ない因子で効率良くiPS細胞を樹立できるという観点から、OCT3/4、SOX2、KLF4及びc-MYC(4因子)が好適である。また、本明細書において「発現しうる遺伝子」とは、該当するタンパク質をコードする核酸、例えばcDNAなどが挙げられる。本発明では、前記細胞初期化因子を発現する遺伝子を搭載したSeVベクターを使用する。
【0025】
SeVはモノネガウイルス目パラミクソウイルス科に属するRNAをゲノムとするウイルスで、直径200nmほどの脂質二重膜からなるエンベロープと、その内部に核タンパク質複合体の形で15384塩基の一本鎖非分節のマイナス鎖RNAのゲノムを有し、それに6種の遺伝子(複製と転写の上流からN、P、M、F/HN、L)との複数のアクセサリー遺伝子がコードされている。特徴的な遺伝子はHN(Hemagglutinine neuraminidase)、F(fusogenic protein)及びLに係る遺伝子であり、発現タンパク質HNはSeVが細胞に付着する際に細胞表面のシアル酸を認識してウイルス粒子を繋留させ、Fは細胞外のプロテアーゼにより切断活性化されて、繋留されているSeVのエンベロープと標的細胞の細胞膜の融合を触媒して感染を成立させる。なお、同じRNAウイルスでもマウス白血病ウイルスやヒト免疫不全ウイルスのようなレトロウイルスとは異なり、感染細胞内でゲノムRNAからDNAの転換は起こらず、SeVゲノムは細胞質内でRNAとしてとどまり、核内の染色体DNAに組み込まれることはない。本発明では上記細胞初期化因子を発現しうる遺伝子が搭載されたF欠失型のSeVベクターを用いて、血液細胞に遺伝子を導入するのが好適である。
【0026】
また、本発明において「血液細胞に細胞初期化因子を発現しうる遺伝子を導入する」方法としては特に制限はなく、公知の手法を適宜選択して用いることができる。例えば、前記細胞初期化因子に関連する遺伝子の形態にて血液細胞に導入する場合においては、前記遺伝子(例えば、cDNA)を、血液細胞で機能するプロモーターを含む適当な発現ベクターに挿入し、該発現ベクターを感染、リポフェクション法、リポソーム法、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム共沈殿法、DEAEデキストラン法、マイクロインジェクション法、エレクトロポレーション法にて細胞に導入することができる。
【0027】
係るSeVベクターにおいて使用されるプロモーターとしては、例えばSRαプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、CMVプロモーター、RSVプロモーター、HSV-TKプロモーターなどが挙げられる。また、係るプロモーターは薬剤(例えば、テトラサイクリン)の有無等によって、該プロモーターの下流に挿入された遺伝子の発現を制御できるものであってもよい。発現ベクターは、さらに、プロモーターの他に、エンハンサー、ポリA付加シグナル、選択マーカー遺伝子(例えば、ネオマイシン耐性遺伝子等)、SV40複製起点等を含有していてもよい。
【0028】
また、本発明における「血液細胞に細胞初期化因子を導入する」際、又はその後の条件としては特に制限はないが、前記細胞初期化因子を導入した前記血液細胞は、フィーダー細胞層上で培養してもよい。係るフィーダー細胞としては特に制限はないが、例えば、放射線の照射や抗生物質処理により細胞分裂を停止させたマウス胎児繊維芽細胞(MEF)、STO細胞、SNL細胞が挙げられる。さらに、前記血液細胞からiPS細胞に誘導する過程において、細胞の分化を抑制するという観点から、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を血液細胞に細胞初期化因子を導入する際、又はその後において、培地に添加しておくことが好適である。また、使用する培地や培養皿の処理方法等、自体公知の方法や今後開発される方法を適用することでフィーダー細胞を用いずに培養することもできる。例えば、基底膜マトリックス、ラミニン、ビトロネクチン等を培養皿にコートしたり、培地に含めて使用することもできる。ラミニンとして、例えばラミニン511-E8フラグメントと同一の配列を有する組換えタンパク質からなる市販のiMatrix-511(ニッピ社)等を使用することができる。
【0029】
iPS細胞の樹立効率をより高めるために、血液細胞に細胞初期化因子を導入する際、又はその後において、例えばTGF-β、ヒストンデアセチラーゼ(HDAC)阻害剤、G9aヒストンメチル基転移酵素阻害剤、p53阻害剤等を培地に添加してもよい。HDAC阻害剤として、例えばバルプロ酸(VPA)、トリコスタチンA、酪酸ナトリウム、MC 1293、M344等の低分子阻害剤、HDACに対するsiRNA等を使用することができ、G9aヒストンメチル基転移酵素阻害剤として、BIX-01294等の低分子阻害剤、G9aに対するsiRNA等を使用することができ、p53阻害剤として、Pifithrin-α等の低分子阻害剤、p53に対するsiRNA等を使用することができる。
【0030】
3)遺伝子が導入された細胞を培養する工程
血液細胞からiPS細胞への移行に合わせて、前記血液細胞の培養に適した公知の培地から、iPS細胞の培養に適した培地に徐々に置換していきながら培養することが好ましい。係るiPS細胞の培養に適した培地として、公知の培地を適宜選択して用いることができる。例えばDMEM及び/又はDMEM/F12などの市販のほ乳類細胞用基礎培地に、血清又は血清置換液を使用することができる。血清置換液の例として、例えばKnockOutTM Serum Replacement:KSR(ThermoFisher, SCIENTIFIC)を使用することができる。DMEMにKSRを加えた培地を「KSR/DMEM培地」という。また、市販の霊長類ES細胞用培地又は霊長類ES/iPS細胞用培地等を用いることができる。これらの培地には、ES細胞又はiPS細胞等の多能性幹細胞の培養に適する自体公知の添加物、例えば、N2サプリメント、B27(R)サプリメント、インシュリン、bFGF、アクチビンA、ヘパリン、ROCK(Rho-associated coiled-coil forming kinase/Rho結合キナーゼ)インヒビターやGSK-3インヒビター等から選択される1種又は複数種の添加物を適当な濃度で添加することができる。
【0031】
このようにして前記血液細胞から誘導したiPS細胞のうち、特にγδ-TCR再構成遺伝子を有するiPS細胞は、自体公知の手法を適宜選択することにより回収することができる。係る公知の手法としては、例えば、後述の実施例において示すようなES細胞コロニーの形態を顕微鏡下にて観察して選択する方法や、iPS細胞において特異的に発現することの知られている遺伝子(例えば、前記細胞初期化因子)の遺伝子座に薬剤耐性遺伝子やレポーター遺伝子(GFP遺伝子等)をターゲッティングした組換型の血液細胞を用い、薬剤耐性やレポーター活性を指標として選択する方法が挙げられる。
【0032】
このようにして選択された細胞がiPS細胞であることの確認は、例えば、後述の実施例において示すような、選択された細胞における未分化細胞特異的マーカーの発現を免疫染色やRT-PCR等によって検出する方法や、選択された細胞をマウスに移植して、そのテラトーマ形成を観察する方法により行うことができる。これらの細胞を選択して回収する時期は、コロニーの生育状態を観察しながら適宜決定することができ、概ね、前記細胞初期化因子を血液細胞に導入してから14~28日である。
【0033】
本発明のiPS細胞の作製方法によれば、1)採取した血液細胞を、IL-2及びビスホスホネートで刺激する工程;2)SeVベクターを用いて、前記血液細胞に細胞初期化因子を発現しうる遺伝子を少なくとも4種類導入する工程;3)遺伝子が導入された細胞を培養する工程の1)~3)の工程の前に、血液細胞を抗体等で処理する工程を含まなくてもよい。本発明の方法によれば、血液細胞を、例えばセルソーターなどの手法を用いてγδ-TCRに対する抗体処理等によりγδ-TCR再構成遺伝子陽性の細胞を回収した細胞からiPS細胞を作製しなくとも所望のiPS細胞を効果的に作製することができる。ここで抗体処理等とは、所望の抗原を固定したアフィニティカラムでの処理やMHCテトラマーを用いる処理が挙げられる。そして、抗体等で処理する工程が省略化できることで、処理した抗体を除去する等の操作も必要としない点で優れている。
【0034】
本発明は、上記方法により作製されたiPS細胞を含む細胞集団にも及ぶ。本発明の方法により作製されたiPS細胞には、γδ-TCR再構成遺伝子が含まれており、100 IU/mLのIL-2を含むまた、血液細胞を抗体等で処理した場合には、作製されたiPS細胞を含む細胞集団には処理した抗体が残存している場合があり、当該抗体による副作用が懸念されるが、本発明の方法によれば、そのような副作用を懸念することもない。
【0035】
本発明の方法により作製されたiPS細胞を自体公知の方法又は今後開発されるあらゆる分化誘導処理方法により処理し、γδT細胞を作製することができる。本発明の方法によって製造したγδT細胞は、優れた免疫機能を有するため、例えば、腫瘍、感染症、自己免疫不全等の疾患の治療又は予防のために用いることができる。さらには、本発明の方法によって製造したγδT細胞は、該T細胞を含む医薬組成物として利用することができ、並びに該T細胞を用いた免疫細胞治療方法にも応用できることが期待される。本発明のiPS細胞の作製方法により得られたiPS細胞を分化誘導処理して得られたγδT細胞を含む医薬組成物は、公知の製剤学的方法により製剤化することにより調製することができる。例えば、カプセル剤、液剤、フィルムコーティング剤、懸濁剤、乳剤、注射剤(静脈注射剤、点滴注射剤等)、などとして、主に非経口的に使用することができる。
【0036】
これら製剤化においては、薬理学上許容される担体又は媒体、具体的には、滅菌水や生理食塩水、植物油、溶剤、基剤、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、ベヒクル、防腐剤、結合剤、希釈剤、等張化剤、無痛化剤、増量剤、崩壊剤、緩衝剤、コーティング剤、滑沢剤、着色剤、溶解補助剤あるいはその他の添加剤等と適宜組み合わせることができる。また、前記疾患の治療又は予防に用いられる公知の医薬組成物や免疫賦活剤等と併用してもよい。本発明の医薬組成物を投与する場合、その投与量は、対象の年齢、体重、症状、健康状態、組成物の種類(医薬品、飲食品など)などに応じて、適宜選択される。
【実施例】
【0037】
本発明の理解を深めるため、以下に参考例、実施例及び実験例を示して本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例等に限定されるものではないことはいうまでもない。
【0038】
(参考例1)
本参考例では、ヒト末梢血単核球(ヒトPBMC)をビスホスホネート及びIL-2で処理した細胞について、青色蛍光タンパク質(blue fluorescent protein: 以下「BFP」)を発現する遺伝子を搭載したセンダイウイルスベクター(SeV-BFPベクター)で処理し、導入された遺伝子の解析を行った。
【0039】
1)健常人のPBMC分離
単核球分離用採血管(バキュティナ(R)、BD社)を用いて健常人の抹消静脈より採血し、採血後遠心処理を行い密度遠心勾配法によりPBMC画分を回収した。
【0040】
2)γδT細胞の刺激培養
上記1)により得たPBMCを、ビスホスホネートとして5μMのゾレドロン酸(ゾメタ(R))を含む基礎培地(10%FCS、100 U/mLペニシリン、100μg/mLストレプトマイシンを含むRPMI1640培地)を用いて37℃で培養した。細胞は培養容器に2×106個/mLを1 mL加えて培養した。培養開始翌日から、100,000 IU/mLのIL-2を含む基礎培地を培養液1 mLあたり1μLずつ連日添加した。1~3日毎に、IL-2を含む基礎培地を培養中の培地と同量加えてピペッティングしたのち、2倍のスケールに継代した。
【0041】
3)上記の2)の方法で、ビスホスホネート及びIL-2を含む培地で4日間刺激培養したPBMCに、SeV-BFPベクターをMOI10で感染させた。
【0042】
4)感染2日後に、培養したPBMCを蛍光顕微鏡で観察した結果、細胞がBFPで染色されていることが確認された。
【0043】
5)フローサイトメトリーによる解析
感染2日後に、培養したPBMCを蛍光色素ラベルした抗CD3抗体と抗TCR-Vγ9抗体で染色し、フローサイトメトリーにより解析した。CD3はTリンパ球のマーカーであり、TCR-Vγはγδ-TCR再構成遺伝子の発現タンパク質である。CD3陽性TCR-Vγ9陽性細胞がγδT細胞であり、CD3陽性TCR-Vδ陰性細胞はγδT細胞とは異なる他のT細胞であり、CD3陰性TCR-Vγ9陰性細胞はT細胞以外の末梢血中単核球ということができる。その結果、上記処理によりγδT細胞が32%得られ、そのうち78.8%がBFP陽性であった。一方、CD3陽性TCR-Vδ陰性細胞(すなわちγδT細胞とは異なる他のT細胞)のうち0.6%、CD3陰性TCR-Vγ9陰性細胞(すなわちT細胞以外の末梢血中単核球)のうち10.5%がBFP陽性であった(
図1)。
【0044】
6)上記1)~5)の系で3回実験を行い、その結果をまとめた(
図2A-C)。
図2AはBFPの平均蛍光強度を示し、
図2BはBFP陽性細胞の割合を示した。また、
図2CはBFP陽性細胞におけるBFPの平均蛍光強度を示した。これらの結果より、γδT細胞に優位にBFPが導入されていることが確認された。即ち、SeVベクターは、γδT細胞に対して優位に遺伝子を導入できると考えられた。
【0045】
(実施例1)
本実施例では、参考例1と同手法によりヒトPBMCをビスホスホネート及びIL-2で13
日間処理して培養した細胞について、OCT3/4、SOX2、KLF4及びC-MYCを発現する遺伝子を搭載したSeVベクターで処理した。次にiMatrix-511(ニッピ社)でコートした培養器でiPS/ES細胞用培地(StemFit
(R)培地(味の素社))を用いて前記細胞を培養し、得られた細胞について解析を行った。前記SeVベクターとして、CytoTune
(R)-iPS2.0(MBL社)を使用した。上記13日間処理した細胞集団についてフローサイトメトリーで解析した結果、γδT細胞の割合は81.3%であった(
図3)。
【0046】
ビスホスホネート及びIL-2で処理したヒトPBMCに、仕様書に従いCytoTune(R)-iPS(MBL社)をMOI10、20又は30で、37℃で感染処理を行った。感染翌日にiMatrix-511(ニッピ社)でコートした培養皿に、細胞数2×104個のPBMCを播種した。ここでは、参考例1に示す基礎培地に100 IU/mLのIL-2を含む培地を用いた。
【0047】
図4の実験プロトコールに従い、感染3日後、5日後、7日後に、StemFit
(R)培地(味の素社)を培養皿に追加し、感染9日後からは、2日毎にStemFit
(R)培地に交換した。形成されたヒトES細胞様コロニーを実体顕微鏡下で観察した。
【0048】
図5に出現したコロニーの代表的な位相差顕微鏡写真図を示した。図中の数字はES細胞様コロニー数/総コロニー数を示す。これにより、各培養皿においてES細胞様コロニーの出現が確認された。以降、ES細胞様コロニーを構成する細胞を、「iPS細胞」ということとする。
【0049】
(実験例1-1)
本実験例では実施例1で作製したiPS細胞について、以下の方法により遺伝子解析を行った。
1)実施例1で作製したiPS細胞から、ゲノムDNAを抽出した。
2)上記1)で得られたゲノムDNAについて、Vγ9及びVδ2各遺伝子再構成を有するかを確認した。陽性コントロールとしてγδT細胞を含むPBMC、陰性コントロールとしてTCR遺伝子再構成を有さない細胞株であるiPS409B2の各ゲノムについても同様に解析した。その結果、MOI10、20又は30で感染させた系について、Vγ9及びVδ2のバンドが認められ、Vγ9及びVδ2各遺伝子が再構成されていることが確認された(
図6)。
3)Vγ9及びVδ2各遺伝子再構成の増幅産物の塩基配列を確認した(
図7)。
【0050】
(実験例1-2)
本実験例では実施例1で作製したiPS細胞について、SeVの有無を確認した。当該iPS細胞について、SeVに対する免疫染色を行った。ウイルスは陽性だった(
図8上段)。SeVは温度感受性であるため、当該iPS細胞を39℃で5日間培養したが、SeVは完全には消失しなかった。そこで、上記細胞のうちSeVが陰性のコロニーを確認し、3種の株(46A1、46B1、46C2)からサブクローニングを行った。サブクローンについて、SeVに対する免疫染色を行ったところ、陰性であった(
図8下段)。
【0051】
親株である46A1、46B1、46C2とサブクローンした株から抽出、精製したRNAについて、SeVに対するRT-PCRを行い、SeVゲノムの存在を確認した。親株では増幅がみられるのに対し、サブクローンでは増幅が見られなかった(
図9、10)。
【0052】
これにより、SeVを含まない細胞の存在が確認された。このことよりSeVが消失している細胞であってもiPS細胞の維持が可能であることが確認された。
【0053】
(実験例1-3)再構成遺伝子の確認
本実験例では実施例1で作製したiPS細胞の遺伝子再構成を確認した。
1)上記iPS細胞(46A1、46B1、46C2)から抽出、精製したRNAを用いて、未分化マーカーに対するRT-PCRを行った。その結果、本細胞は未分化マーカー遺伝子のmRNAを発現していることが確認された(
図11、
図12)。また、マイクロアレイによる網羅的遺伝子発現解析の結果について、PluriTest(Muller FJ, Schuldt BM, Williams R, et al. A bioinformatic assay for pluripotency in human cells. Nat Methods. 2011;8:315-317.)により細胞の多能性を評価した結果、上記iPS細胞はこれまでに検証されているヒト多能性幹細胞と同等のものであることが確認された(
図13)。
2)上記iPS細胞に対して、代表的な未分化マーカータンパク質であるNANOGとOCT3/4に対する免疫染色を行ったところ、いずれについても染色され、発現が確認された。
【0054】
3)上記iPS細胞をシングルセルに分散させ、20μMのROCK阻害剤(Y-27632、WAKO)を含む霊長類ES/iPS細胞用培地(Primate ES Cell Medium、Reprocell)に懸濁し、6×10
4個を細胞低接着96ウェルプレート(PrimeSurface
(R) MS-9096、住友ベークライト)に播種した。6~8日間培養したのち、形成された胚様体をゲラチンコートした培養皿に播種した。この際の培地も前記霊長類ES/iPS細胞用培地を用いた。2日毎に培地交換を行い、さらに14日間培養した。これを三胚葉(内胚葉、中胚葉、外胚葉)の各マーカータンパク質に対する抗体で免疫染色した。その結果、外胚葉マーカーのβチューブリンクラスIII、中胚葉マーカーのα-SMA(α-smooth muscle actin)及び、内胚葉マーカーのAFP(Alpha Fetoprotein)について各々染色され、各マーカーが発現していることが確認された(
図14)。
【0055】
4)TCRδとTCRγ遺伝子再構成の確認
実施例1で作製したiPS細胞株のサブクローンよりゲノムDNAを抽出・精製した。BIOMED-2 protocols(van Dongen et al., 2003)に従ってPCRを行い、2%アガロースゲルで電気泳動を行った。目的サイズのバンドを切り出し、QIAquick
(R) gel-extraction kit(QIAGEN)でDNAを抽出した。BigDye
(R) terminator v3.1 cycle sequencing kit(Applied Biosystems)とABI 3130 genetic analyzer(Applied Biosystems)により、フラグメント解析を行った(
図15)。Vγ-Jγ領域にピークがみられ、Vβ-Jβにはみられなかった。この結果より、実施例1で作製したiPS細胞はαβ-TCRではなくγδ-TCR再構成遺伝子を有していると考えられた。
以上の結果より、実施例1で作製したiPS細胞は、未分化状態のマーカーを発現しており、該iPS細胞はγδ-TCR再構成遺伝子を有していると考えられた。
【0056】
(実験例1-4)血球系細胞への分化
本実験例では実施例1で作製したiPS細胞から血液系細胞への分化について確認した。実験は、
図16に示すプロトコールに基づいて行った。
1)上記iPS細胞をシングルセルに分散し、0~5 ng/mLのBMP4を含むKSR/DMEM培地(KSR 15%)に懸濁した。細胞5×10
4個を、細胞低接着96ウェルプレート(PrimeSurface
(R) MS-9096、住友ベークライト)に播種して培養し、実験例3と同様に胚様体を形成させた。翌日にRNAを抽出して精製し、中胚葉マーカーであるブラキウリ(Brachyury)をRT-PCRにて確認した(
図17)。
【0057】
2)BMP4 1 ng/mLを添加して、上記1)と同手法により胚様体を形成させ、翌日にフィーダー細胞であるストローマ細胞(OP9)上に播種して培養を継続した(
図16参照)。分化誘導開始前のiPS細胞、胚葉体、OP9上での培養1日目、13日目について位相差顕微鏡で観察した(
図18)。OP9上での培養13日目の細胞をCD34・CD43に対する蛍光標識抗体で染色し、フローサイトメトリーで解析した結果を
図19に示した。目的とする血球前駆細胞であるCD34
+/CD43
+細胞が1.26%認められた。表1には、3回の実験の結果を示した。
【0058】
【0059】
上記の結果、実施例1で作製したiPS細胞は血液前駆細胞に分化誘導されうることが確認された。
【0060】
(実験例1-5)血球系細胞への分化
本実験例では実施例1で作製したiPS細胞を
図20Aに示すプロトコールに基づいて処理し、細胞を分化誘導した。細胞は、iMatrix-511(ニッピ社)でコートした培養器を用い、StemFit
(R)培地、Essetial6培地及びStemPro34培地にて培養した。
【0061】
培養4日目及び12日目で細胞をフローサイトメトリーで解析したところ、4日目で初期血液血管前駆細胞のマーカーであるAPJを高率に発現し(
図20B)、12日目では血球前駆細胞マーカー(CD34・CD43)陽性細胞が各々高率で得られた(
図20C)。
【0062】
上記の結果からも、実施例1で作製したiPS細胞は血液前駆細胞に分化誘導されうることが確認された。
【0063】
(実施例2)iPS細胞の作製
本実施例では、γδT細胞の割合が少ない細胞集団からのγδT細胞由来iPS細胞の樹立を試みた。実施例1では、ヒトPBMCをビスホスホネート及びIL-2で13日間処理したのに対し、本実施例ではヒトPBMCをビスホスホネート及びIL-2で4日間処理して培養した。その結果、4日間培養でのγδT細胞の割合は3.73%と低かった(
図21A)。
【0064】
上記γδT細胞の割合が3.73%と少ない細胞集団について、実施例1と同手法によりOCT3/4、SOX2、KLF4及びC-MYCを発現する遺伝子を搭載したSeVベクターで処理した。本実施例で作製したiPS細胞から、ゲノムDNAを抽出し、実施例1-1と同手法によりVγ9及びVδ2各遺伝子再構成を有するかを確認した。陽性コントロールとしてγδT細胞を含むPBMC、陰性コントロールとしてTCR遺伝子再構成を有さない細胞株であるiPS409B2の各ゲノムについても同様に解析した。その結果、樹立した7株の細胞株について確認したところ、121-2、121-3及び121-8の3株について、Vγ9及びVδ2のバンドが認められ、Vγ9及びVδ2各遺伝子が再構成されていることが確認された(
図21B)。
【0065】
上記により、γδT細胞の割合が低い細胞密度の細胞集団であっても、Vγ9及びVδ2各遺伝子が再構成されたiPS細胞の樹立が可能であった。
【0066】
(実験例2-1)iPS細胞の作製
本実験例では実施例2で作製したiPS細胞から血液系細胞への分化について確認した。Rock阻害剤Y27632とiMatrix-511(ニッピ社)を含む実施例2で作製したiPS細胞の懸濁液を培養皿上の任意の位置に滴下した。この際の懸濁液の細胞密度に制限はないが、1×10
5~1×10
6/mL程度が好ましく、1か所に滴下する液量は1~2μLが好ましい。インキュベータ内で1~2時間培養すると接着するので、ここに通常量の培地を加える。培養を継続すると、通常の方法で継代したのと同様の形態をもつiPS細胞コロニーが得られる(
図22A参照)。
【0067】
図22Bに示す写真は9日目の位相差顕微鏡像と、クリスタルバイオレット染色したもののマクロ像であり、任意の位置に未分化iPS細胞コロニーが形成されたことが確認された。この方法で形成したコロニー径が500~1000μmとなったタイミングで、実験例1-5の
図20Aに示すプロトコールで分化誘導処理を行った。実験例1-4と同手法によりフローサイトメトリーにより解析した結果、目的とする血球前駆細胞であるCD34
+/CD43
+細胞が20.9%認められた(
図22C)。
【0068】
多能性幹細胞からの分化誘導は、細胞密度やコロニー密度の影響を受けるものであるが、一定の数の細胞懸濁液を播種する通常の継代法では、これらの密度を厳密に制御することは不可能であり、これが、誘導効率等の頑健性を損ねる原因となっている。本方法によれば、細胞密度及びコロニー密度を一定にしたうえでの分化誘導条件の検討を可能にすることができる。これにより、例えば最適なサイトカインの種類やその濃度、あるいは、サイトカインの代替となる化合物をスクリーニングすることができる。
【産業上の利用可能性】
【0069】
以上詳述したように、本発明の方法によれば、γδ-TCR再構成遺伝子を有するiPS細胞を効果的に作製することができる。より詳しくは、1)採取した血液細胞を、IL-2、IL-15及びIL-23より選択されるいずれか一種又は複数種のインターロイキン、並びにビスホスホネートで刺激する工程;2)SeVベクターを用いて、前記血液細胞に細胞初期化因子を発現しうる遺伝子を少なくとも4種類導入する工程;3)遺伝子が導入された細胞を培養する工程を含む方法によりγδ-TCR再構成遺伝子を有するiPS細胞を効果的に作製することができる。特に、1)~3)の工程の前に、血液細胞を抗体等で処理する工程を含まなくてもよい。本発明の方法によれば、血液細胞を、例えばセルソーターなどの手法を用いてγδ-TCRに対する抗体処理等によりγδ-TCR再構成遺伝子陽性の細胞を回収した細胞からiPS細胞を作製しなくとも所望のiPS細胞を効果的に作製することができる。さらに、抗体等で処理する工程が省略化できることで、得られた細胞集団について、処理した抗体を除去する等の操作も必要としない点で優れている。
【0070】
上記により、本発明の方法で作製されたiPS細胞は、分化誘導処理により所望の細胞に分化されうる。その結果、例えばMHC非拘束性に多種類のがん細胞を攻撃可能なγδT細胞を調製できる可能性があり、非常に有用である。これにより、がん細胞等を攻撃するTリンパ球のうちγδT細胞を作製できると考えられる。
【配列表】