(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-10
(45)【発行日】2023-02-20
(54)【発明の名称】未熟膵臓からのイヌ科動物β細胞株の生産
(51)【国際特許分類】
C12N 15/63 20060101AFI20230213BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20230213BHJP
C12N 5/071 20100101ALI20230213BHJP
C12N 5/09 20100101ALI20230213BHJP
【FI】
C12N15/63 Z
C12N5/10
C12N5/071
C12N5/09
(21)【出願番号】P 2019511806
(86)(22)【出願日】2017-05-11
(86)【国際出願番号】 EP2017061401
(87)【国際公開番号】W WO2017194711
(87)【国際公開日】2017-11-16
【審査請求日】2020-05-11
(32)【優先日】2016-05-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】518400413
【氏名又は名称】アニマル、セル、セラピー-アクト
【氏名又は名称原語表記】ANIMAL CELL THERAPY-ACT
(74)【代理人】
【識別番号】100091982
【氏名又は名称】永井 浩之
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100082991
【氏名又は名称】佐藤 泰和
(74)【代理人】
【識別番号】100105153
【氏名又は名称】朝倉 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【氏名又は名称】反町 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100172557
【氏名又は名称】鈴木 啓靖
(72)【発明者】
【氏名】ポール、チェルニフフ
【審査官】北村 悠美子
(56)【参考文献】
【文献】特表2003-533540(JP,A)
【文献】国際公開第2009/132173(WO,A2)
【文献】特表2010-518840(JP,A)
【文献】国際公開第2013/057164(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00-5/28
C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
不死化イヌ科動物β細胞腫瘍を調製する方法であって、
前記方法が、
a)イヌ科動物未熟膵細胞に、i)インスリンプロモーターの制御下でSV40ラージT抗原を発現するレンチウイルスベクター、またはii)インスリンプロモーターの制御下でSV40ラージT抗原を発現するレンチウイルスベクターおよびインスリンプロモーターの制御下でhTertを発現するレンチウイルスベクター、またはiii)インスリンプロモーターの制御下でSV40ラージT抗原とhTertの両方を発現するレンチウイルスベクターを形質導入および同時形質導入する工程;
b)a)で得られた形質導入未熟膵細胞を第1の重症複合免疫不全症(scid)非ヒト動物の腎被膜に導入する工程;
c)形質導入未熟膵細胞にインスリノーマ様構造を発達させる工程、ここで、インスリノーマ様構造のイヌ科動物未熟膵細胞はインスリン産生膵β細胞に分化している;
d)工程c)で得られたインスリノーマ様構造を顕微解剖し、その細胞を解離させる工程;
e)工程d)で得られた細胞を第2のscid非ヒト動物の腎被膜にサブ移植する工程;および
f)工程e)のサブ移植細胞に新たに発達したインスリノーマ様構造を発達および再生させて、不死化イヌ科動物β細胞腫瘍を得る工程、ここで、当該新たに発達したインスリノーマ様構造はインスリン産生膵β細胞内で富化される、
を含んでなり、
前記イヌ科動物未熟膵細胞が、受胎後40~60日のイヌ胎仔膵臓から得られる、方法。
【請求項2】
不死化イヌ科動物膵β細胞を調製する方法であって、
前記方法が、
a)イヌ科動物未熟膵細胞に、i)インスリンプロモーターの制御下でSV40ラージT抗原を発現するレンチウイルスベクター、またはii)インスリンプロモーターの制御下でSV40ラージT抗原を発現するレンチウイルスベクターおよびインスリンプロモーターの制御下でhTertを発現するレンチウイルスベクター、またはiii)インスリンプロモーターの制御下でSV40ラージT抗原とhTertの両方を発現するレンチウイルスベクターを形質導入および同時形質導入する工程;
b)a)で得られた形質導入未熟膵細胞を第1の重症複合免疫不全症(scid)非ヒト動物の腎被膜に導入する工程;
c)形質導入未熟膵細胞にインスリノーマ様構造を発達させる工程、ここで、インスリノーマ様構造のイヌ科動物未熟膵細胞はインスリン産生膵β細胞に分化している;
d)工程c)で得られたインスリノーマ様構造を顕微解剖し、その細胞を解離させる工程;
e)工程d)で得られた細胞を第2のscid非ヒト動物の腎被膜にサブ移植する工程;
f)工程e)のサブ移植細胞に新たに発達したインスリノーマ様構造を発達および再生させる工程、ここで、当該新たに発達したインスリノーマ様構造はインスリン産生膵β細胞内で富化される;
g)工程f)で得られたインスリノーマ様構造を顕微解剖し、その細胞を解離させ、回収して、不死化イヌ科動物膵β細胞を得る工程;
h)場合により、工程g)で得られた細胞を第3の非ヒトscid動物の腎被膜にサブ移植し、インスリン産生膵β細胞のさらなる富化および増幅を可能とする工程;および
i)場合により、適当な量のインスリン産生膵β細胞が得られるまで工程e)、f)およびg)を繰り返す工程
を含んでなり、
前記イヌ科動物未熟膵細胞が、受胎後40~60日のイヌ胎仔膵臓から得られる、方法。
【請求項3】
工程i)で得られた不死化イヌ科動物膵β細胞を回収して均質な細胞集団を形成し、場合により、前記集団をin vitroで培養して不死化イヌ科動物膵β細胞株を樹立することをさらに含んでなる、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
イヌ科動物膵β細胞を調製する方法であって、
前記方法が、
a)イヌ科動物未熟膵細胞に、i)インスリンプロモーターの制御下でSV40ラージT抗原を発現するレンチウイルスベクター、またはii)インスリンプロモーターの制御下でSV40ラージT抗原を発現するレンチウイルスベクターおよびインスリンプロモーターの制御下でhTertを発現するレンチウイルスベクター、またはiii)インスリンプロモーターの制御下でSV40ラージT抗原とhTertの両方を発現するレンチウイルスベクターを形質導入および同時形質導入する工程;
b)a)で得られた形質導入未熟膵細胞を第1の重症複合免疫不全症(scid)非ヒト動物の腎被膜に導入する工程;
c)形質導入未熟膵細胞にインスリノーマ様構造を発達させる工程、ここで、インスリノーマ様構造のイヌ科動物未熟膵細胞はインスリン産生膵β細胞に分化している;
d)工程c)で得られたインスリノーマ様構造を顕微解剖し、その細胞を解離させる工程;
e)工程d)で得られた細胞を第2のscid非ヒト動物の腎被膜にサブ移植する工程;
f)工程e)のサブ移植細胞に新たに発達したインスリノーマ様構造を発達および再生させる工程、ここで、当該新たに発達したインスリノーマ様構造はインスリン産生膵β細胞内で富化される;
g)工程f)で得られたインスリノーマ様構造を顕微解剖し、その細胞を解離させ、回収する工程;
h)場合により、工程g)で得られた細胞を第3の非ヒトscid動物の腎被膜にサブ移植し、インスリン産生膵β細胞のさらなる富化および増幅を可能とする工程;
i)場合により、適当な量のインスリン産生膵β細胞が得られるまで工程e)、f)およびg)を繰り返す工程;および
j)SV40ラージTおよび/またはhTERTを除去して、イヌ科動物膵β細胞を得る工程
を含んでなり、
前記イヌ科動物未熟膵細胞が、受胎後40~60日のイヌ胎仔膵臓から得られる、方法。
【請求項5】
前記レンチウイルスベクターの構築物が、可逆的または条件付き不死化を可能とする、請求項
4に記載の方法。
【請求項6】
前記レンチウイルスベクターが、少なくとも1つのLoxP部位を含んでなり、かつ、SV40ラージTおよび/またはhTERT遺伝子が、Creリコンビナーゼの作用によって除去される、請求項
4または
5に記載の方法。
【請求項7】
前記レンチウイルスベクターが、少なくとも1つのFRT部位を含んでなり、かつ、SV40ラージTおよび/またはhTERT遺伝子が、FLPリコンビナーゼの作用によって除去される、請求項
4または
5に記載の方法。
【請求項8】
SV40ラージTを発現する前記レンチウイルスベクターおよびhTERTを発現する前記レンチウイルスベクターが、LoxP部位またはFLP部位をさらに含んでなる(ただし、部位特異的組換え部位は前記ベクター間で異なる)、請求項
4または
5に記載の方法。
【請求項9】
不死化遺伝子SV40ラージTおよび/またはhTERTが除去された細胞のみを選択するために、CreまたはFLPリコンビナーゼの作用後に負の選択工程が行われる、請求項
6~
8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記レンチウイルスベクターが、少なくとも1つの負の選択マーカー遺伝子を含む、請求項
6~
8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
前記負のマーカー遺伝子が、HSV-TK遺伝子、ヒポキサンチンホスホリボシルトランスフェラーゼ(HPRT)遺伝子、グアニンホスホリボシルトランスフェラーゼ(Gpt)遺伝子、およびシトシンデアミナーゼ遺伝子からなる群から選択される、請求項
10に記載の方法。
【請求項12】
前記イヌ科動物未熟膵細胞が、膵臓の右葉(または頭部)の一部または膵臓の全右葉(または頭部)から得られる、請求項1~
11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
前記イヌ科動物未熟膵細胞が、受胎後40~55日のイヌ胎仔膵臓から得られる、請求項1~
12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
前記イヌ科動物未熟膵細胞が、受胎後40~46日のイヌ胎仔膵臓から得られる、請求項
13に記載の方法。
【請求項15】
前記イヌ科動物未熟膵細胞が、受胎後45日のイヌ胎仔膵臓から得られる、請求項
13に記載の方法。
【請求項16】
前記scid非ヒト動物が、scidマウスである、請求項1~
15のいずれか一項に記載の方法。
【請求項17】
工程d)の細胞に、インスリンプロモーターの制御下で抗生物質耐性遺伝子を発現するレンチウイルスベクターを形質導入することをさらに含んでなる、請求項1~
16のいずれか一項に記載の方法。
【請求項18】
前記抗生物質耐性遺伝子が、ネオマイシン耐性遺伝子である、請求項
17に記載の方法。
【請求項19】
前記抗生物質耐性遺伝子を除去することをさらに含んでなる、請求項
17または
18に記載の方法。
【請求項20】
請求項1に記載の方法によって得ることができる不死化イヌ科動物β細胞腫瘍または請求項2に記載の方法によって得ることができる不死化イヌ科動物膵β細胞。
【請求項21】
前記腫瘍または細胞が、以下の特徴:
カルボキシペプチダーゼ-A陰性
転写因子Pdx1陽性
転写因子MafA陽性
プロコンベルターゼPcsk1陽性
グルコース輸送体Glut2の発現
カリウムチャネルのサブユニットをコードするKcnj11およびAbcc8の発現
亜鉛輸送体Znt8(Slc30a8)の発現
イヌ科動物特異的インスリンの発現
のうち少なくとも1つを有する、請求項20に記載の不死化イヌ科動物β細胞腫瘍または不死化イヌ科動物膵β細胞。
【請求項22】
前記腫瘍または細胞が、抗インスリン抗体、抗GAD抗体および/または抗IA2抗体との反応に陽性である、請求項20または21のいずれか一項に記載の不死化イヌ科動物β細胞腫瘍または不死化イヌ科動物膵β細胞。
【請求項23】
前記細胞が、マトリゲルを含んでなる無血清培地中での培養またはフィブロネクチンを含んでなる無血清培地中での培養で維持および増殖される、請求項20~22のいずれか一項に記載の不死化イヌ科動物膵β細胞。
【請求項24】
マトリゲルまたはフィブロネクチンを含んでなる無血清培地中に請求項20~23のいずれか一項に記載の不死化イヌ科動物膵β細胞を含んでなる細胞培養物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、in vitroで膵組織からイヌ科動物β細胞を調製するための方法に関する。本発明は特に、出生前の期間に得られた膵臓からインスリン分泌細胞を取得することに関する。本発明はまた、β細胞腫瘍またはそれに由来する細胞を用いたイヌ科動物の糖尿病の診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
理想的な治療のない一般病態であるイヌ科動物の糖尿病
イヌ科動物の糖尿病、および一般的にはペット動物の糖尿病の有病率は、近年、特に疫学的レベルで初めて研究された。やはり動物の糖尿病の有病率もヒトと同様に増えている。獣医は、イヌ科動物の糖尿病の頻度は欧州およびUSAでは30年で3倍になったと見積もっている。しかしながら、イヌの糖尿病の原因は、詳細な特徴付けがなされて来なかった。結果として、イヌ科動物の糖尿病は、疾病経過において診断が遅れることが多い。
【0003】
イヌの糖尿病の最も一般的な形態は、ヒトの1型糖尿病に似ているが、イヌでは他のタイプの糖尿病も記載されている(Nelson and Reusch, 2014; Rand et al., 2004; Bonnet et al., 2010; Catchpole et al., 2005; Shield et al, 2015; Ahlgren et al., 2014; Davison et al., 2008; Kennedy et al., 2006; Gale, 2005)。
【0004】
毎日のインスリン注射からなる唯一の有効な治療は、イヌのあらゆるタイプの糖尿病に利用可能である。一般に、イヌは、1日1回、約1インスリン単位(IU)/kgの用量を受容する(Davison et al., 2005)。このような治療は多大な財政負担となり、生活の質に大きな低下をもたらす(Niessen et al., 2012)。
【0005】
これに関して、新規な、より有効かつ重くない治療の必要がある。この点で、細胞療法は、治療を受ける動物と適合性の高い可能性のある多能性細胞または成体細胞の無限に近い供給源を与え得るので、明らかに有利である。
【0006】
細胞療法および獣医薬
細胞療法による飼育動物の慢性疾患または損傷の治療は、獣医学分野ですでに実施されている。
【0007】
例えば、脂肪組織(脂肪)から単離され、治療を受ける飼育動物に集められる幹細胞を用いた治療が最近開発された(US6777231B1、US6429013B1)。これらの脂肪由来幹細胞は、治療を受ける飼育動物の罹患したまたは損傷を受けた軟骨、腱および関節に投与され、損傷組織を再生することが意図される(例えば、「Vet-Stem Biopharma」社により開発されたVetStem再生細胞:VSRC(商標))。
【0008】
しかしながら、これらの幹細胞に基づく療法は、糖尿病および他の内分泌障害には適用されない。
【0009】
糖尿病の分野では、ペット動物、主としてイヌおよびネコのための「代替」療法において関心が高まっているにもかかわらず、細胞療法の進展はなお遅い。特に、ペット動物臓器採取ネットワークが開発され、臓器ライブラリーの創出に至っている。ランゲルハンス島は、提供動物の膵臓から採取し、適合する受容糖尿病動物に移植されるまで低温保存によって保存することができる(US8735154B2)。このような低温保存のランゲルハンス島の移植は、移植を受けた適合糖尿病動物におけるインスリン注射に取って代わることを意図する(例えば、LIKARDA LLCによりネコおよびイヌ向けに開発されたKanslet(商標))。
【0010】
しかしながら、動物の糖尿病療法におけるこの重要な進展は、いくつかの目立った問題により制限されている。特に、回収および凍結されたランゲルハンス島は拡大培養できず、従って、利用できるランゲルハンス島の量は、各臓器で回収される量に厳密に依存している。
【0011】
イヌ科動物の糖尿病の細胞療法の開発に向けた第一工程では、in vitroで維持および拡大培養可能なイヌ科動物β細胞株を保有することが極め有用であろう。
【0012】
膵臓生理学および膵β細胞
哺乳動物成熟膵臓は、膵管を介して腸へ分泌される酵素(例えば、カルボキシペプチダーゼ-A)を産生する腺房細胞から構成される外分泌組織と、インスリン(β細胞)、グルカゴン(α細胞)、ソマトスタチン(δ細胞)および膵ポリペプチド(PP細胞)などのホルモンを産生する細胞から構成されるランゲルハンス島を含む、内分泌島としても知られる内分泌組織の2種類の組織を含む。
【0013】
胎仔期の内分泌膵臓の個体発生および成体のランゲルハンス島の構造は、マウス、ラットおよびヒトでかなり集中的に研究されている(Steiner et al., 2010; Kim A et al., 2009; Pictet et al., 1972)。これに対し、イヌ科動物膵臓の発達は大方、無視されてきた。現時点で、胎仔または出生後の段階のイヌ科動物膵臓の発達は記載されていない。特に、ホルモン分泌膵組織(または内分泌組織)の成熟は記載されていないので、好結果が得られるβ細胞株の樹立および維持法の開発を阻んでいる。
【0014】
さらに、イヌ科動物膵β細胞の大量生成は、このようなβ細胞は上記で説明したようにイヌ科動物の糖尿病の細胞療法に使用され得るので、重要な目的となる。加えて、このような膵β細胞は、イヌ科動物β細胞機能を調節することができ、イヌ科動物の糖尿病の治療に適合した新薬をスクリーニングするためにも有用であると思われる。
【0015】
よって、イヌ科動物機能的β細胞株を開発するための信頼性および再現性がある方法の必要がなおある。
【発明の概要】
【0016】
説明
本明細書でそうではないことが定義されない限り、本発明に関して使用される科学用語および技術用語は、当業者に共通に理解されている意味を有するものとする。さらに、文脈がそうではないことを必要としない限り、単数形の用語は複数形を含むものとし、複数形の用語は単数形を含むものとする。一般に、本明細書に記載の細胞・組織培養、分子生物学、免疫学、微生物学、遺伝学、およびタンパク質・核酸化学ならびにハイブリダイゼーション、またそれらの技術に関して使用される名称は、当技術分野で周知かつ慣用されるものである。本発明の実施は、特に断りのない限り、分子生物学(組換え技術を含む)微生物学、細胞生物学、生化学、および免疫学の従来技術を使用し、それらは当業者の範囲内にある。このような技術は、Molecular Cloning: A Laboratory Manual, second edition (Sambrook et al, 1989); Oligonucleotide Synthesis (M. J. Gait, ed., 1984); Animal Cell Culture (R. I. Freshney, ed., 1987); Methods in Enzymology (Academic Press, Inc.); Current Protocols in Molecular Biology (F. M. Ausubel et ah, eds., 1987, and periodic updates); PCR: The Polymerase Chain Reaction, (Mullis et al, ed., 1994); A Practical Guide to Molecular Cloning (Perbal Bernard V., 1988); Phage Display: A Laboratory Manual (Barbas et al., 2001)などの文献で十分に説明されている。酵素反応および精製技術は、製造者の明細書に従って、当技術分野で一般に達成されているように、または本明細書に記載されているように実施される。
【0017】
本発明者らは、細胞療法に基づくイヌ科動物β細胞の作製のための革新的なアプローチを開発した。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】
図1:胎仔発生の第三四半期のイヌ膵臓の発達および内分泌細胞の分布。pc30および33日(E-30、E-33)のイヌ胚の解剖した中腸管またはE-36~E-45の胚から解剖した膵臓の4μmパラフィン切片に対する内分泌マーカーとしてのインスリン(薄いグレー)およびグルカゴン(白)の免疫染色。左のレーンは、免疫染色の大視野像を示す。各発達段階について、点線で示した挿入枠のより高倍率の像を右のレーンに示す。核はDAPIで染色した(濃いグレー)。大視野のスケールバー=100μm、挿入部のスケールバー=20μm。
【
図2】
図2:周生期および離乳前のイヌの膵臓発達および内分泌細胞の分布。pc55日(E-55)の胚、出生後1日(PND1)の新生仔および離乳前の8週目(PNW8)の幼犬から得られたイヌ膵臓の5μmパラフィン切片に対する内分泌マーカーとしてのインスリン(薄いグレー)およびグルカゴン(白)の免疫染色。インスリン染色およびグルカゴン染色の両方をそれぞれ左と中央のパネルに個別に示す。重畳免疫染色を右のパネルに示す。核はDAPIで染色した(濃いグレー)。矢印は、島様構造の形態を有する、インスリンおよびグルカゴン両方を含む細胞クラスターを指す。スケールバー=20μm。
【
図3】
図3:成犬膵臓の内分泌細胞は島としての構造をとる。イヌ膵臓左葉の5μmパラフィン切片に対する内分泌マーカーとしてのインスリン(薄いグレー)およびグルカゴン(白)の免疫染色。上のパネルは、免疫染色の大視野像を示す。点線で示した4つの挿入枠(A~D)を拡大して下のレーンに示す。核はDAPIで染色した(濃いグレー)。大視野のスケールバー=500μm、挿入部のスケールバー=20μm。
【
図4】
図4:scidマウスへのイヌ科動物未熟膵組織の移植は、内分泌組織および外分泌組織の両方を含む完全に成熟した膵臓臓器の発達をもたらす。A)受胎後42日の胎仔から得られた膵臓を、scidマウスの腎被膜下に移植した。腫瘍が2か月後に発達した。B)内分泌マーカーとしてのインスリン(薄いグレー)およびグルカゴン(白)の免疫染色。C)内分泌マーカーとしてのインスリン(薄いグレー)および転写因子PDX(白)の免疫染色。
【
図5】
図5:scidマウスへのイヌ科動物未熟膵組織の形質導入および移植後に得られたインスリノーマ。受胎後45日のイヌ胎仔膵臓を採取し、ラージT遺伝子(癌遺伝子SV40)を形質導入した。A)移植前後のマウス膵臓のヘキスト染色(濃いグレー)および内分泌マーカーインスリン(薄いグレー)の免疫染色。移植後、腫瘍(インスリノーマ)が生じた。B)移植2か月後の移植されたマウス膵臓。C)移植2か月後の移植されたマウス膵臓から取り出されたインスリノーマの内分泌マーカーインスリン(薄いグレー)およびラージT(白)の免疫染色。ラージTの発現がインスリン分泌と共局在する。
【
図6A】
図6A:形質導入されたイヌ科動物膵細胞を移植したマウスは、調節を受けるイヌ特異的インスリンを分泌するインスリノーマを生成する。A)摂食前と接触後の成犬における、また、非移植マウスとイヌβ細胞移植マウスにおける、比較イヌ特異的インスリン血漿アッセイ。イヌインスリノーマを移植したマウスにおけるイヌ特異的インスリンをアッセイすると腫瘍の存在が予測される。
【
図6B】
図6B:形質導入されたイヌ科動物膵細胞を移植したマウスは、調節を受けるイヌ特異的インスリンを分泌するインスリノーマを生成する。B)絶食(絶食)または通常食の移植マウスにおける比較イヌ特異的インスリンアッセイ。イヌ特異的インスリン分泌は、移植マウスでは血糖値によって調節される。
【
図7】
図7:イヌβ細胞株は機能的であり、イヌインスリンを産生する。イヌ特異的インスリンを分泌するインスリノーマから作出されたイヌβ細胞株の免疫染色。細胞を抗インスリン抗体で染色し(薄いグレー)、核はDAPIで染色した(濃いグレー)。細胞を共焦点顕微鏡により観察した。下のパネルは、これらの細胞の1つ(上のパネルに点線で示した挿入枠により示す)のクローズアップを示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
第1の態様において、本発明は、イヌ科動物膵β細胞株またはイヌ科動物β細胞腫瘍を生産するための方法を提供する。特に、本発明は、イヌβ細胞株を生産するための方法を対象とする。
【0020】
本明細書で使用する場合、「β細胞」は、グルコースおよび他の分泌促進薬に応答してホルモンインスリンを分泌する膵臓のランゲルハンス島の細胞である。
【0021】
「イヌ科動物膵β細胞(canine pancreatic beta cell)」または「イヌ科動物膵臓β細胞(canine pancreas beta cell)」または「イヌ科動物β細胞(canine beta cell)」(これらの用語は本願に関しては同義であり、よって、同じ意味を有すると解釈されるべきである)は、イヌ科動物起源のβ細胞である。同様に、本明細書で使用する場合、「イヌ膵β細胞(dog pancreatic beta cell)」または「イヌ膵臓β細胞(dog pancreas beta cell)」または「イヌβ細胞(dog beta cell)」は、イヌ起源のβ細胞である。
【0022】
本発明者らは、イヌ科動物未熟膵組織材料からイヌ科動物β細胞株を作製するための新規かつ革新的な戦略を考案した。本発明者らは驚くことに、特定の発達段階のイヌ科動物未熟膵組織をscidマウスに移植すると、その結果、内分泌組織および外分泌組織の両方を含む完全に成熟した膵臓臓器が発達することを見出した。本発明者らはまた驚くことに、イヌ科動物未熟膵組織のサブ移植法を使用することにより、特定の条件下で膵細胞がインスリノーマ構造を形成し得ることを見出した。これらのインスリノーマ構造はイヌ科動物機能的β細胞を含み、そのサブ移植は、β細胞の特異的富化をもたらし、最終的には、臨床規模および商業規模にさらに増幅することができる均質、安定かつ機能的なイヌ科動物β細胞株の生産につながる。富化および増幅工程を繰り返すことにより、本発明者らは、イヌ科動物インスリンを安定に産生でき、かつ、検査、診断または治療用途に増幅することができるイヌ科動物機能的β細胞株を繰り返し得ることができた。
【0023】
よって、本発明は、イヌ科動物膵組織からイヌ科動物β細胞を特異的に樹立および増幅するための方法に関する。
【0024】
いくつかの独立したイヌ科動物β細胞株がこのように作製された。それらは総てインスリンを発現し、イヌ科動物インスリンを産生することができる。次に、イヌ科動物β細胞株はグルコース刺激に応答することができ、従って、十分に機能的である。
【0025】
これはイヌ科動物の糖尿病の治療におけるβ細胞の獣医学的使用への展望を拓く。本発明の方法によるインスリン分泌細胞を得るための新規な方法は、イヌ科動物β細胞の豊富な供給源を提供する。有利には、当該新規な方法によって得られるイヌ科動物β細胞は、安定かつ機能的なイヌ科動物β細胞である。
【0026】
本発明の方法を用いて得られるイヌ科動物β細胞株は、糖尿病イヌ科動物の血清中に見られる自己抗体の存在を検出するために有効に使用することができ、そにより、イヌ科動物の糖尿病の診断に大きな可能性を持つ。これらのβ細胞はまた、イヌ科動物細胞療法用のマスター細胞バッチを形成するイヌ科動物β細胞株を無限に作製および増幅するために使用される。
【0027】
第1の実施形態において、本発明は、イヌ科動物膵β細胞またはイヌ科動物β細胞腫瘍を調製する方法であって、
a)イヌ科動物未熟膵細胞に、i)インスリンプロモーターの制御下でSV40ラージT抗原を発現するレンチウイルスベクター、またはii)インスリンプロモーターの制御下でSV40ラージT抗原を発現するレンチウイルスベクターおよびインスリンプロモーターの制御下でhTertを発現するレンチウイルスベクター、またはiii)インスリンプロモーターの制御下でSV40ラージT抗原とhTertの両方を発現するレンチウイルスベクターを形質導入および同時形質導入する工程;
b)a)で得られた形質導入未熟膵細胞を第1の重症複合免疫不全症(scid)非ヒト動物の腎被膜に導入する工程;
c)形質導入未熟膵細胞にインスリノーマ様構造を発達させる工程、ここで、インスリノーマ様構造のイヌ科動物未熟膵細胞はインスリン産生膵β細胞に分化している;
d)工程c)で得られたインスリノーマ様構造を顕微解剖し、その細胞を解離させる工程;
e)工程d)で得られた細胞を第2のscid非ヒト動物の腎被膜にサブ移植する工程;
f)工程e)のサブ移植細胞に新たに発達したインスリノーマ様構造を発達および再生させる工程、ここで、当該新たに発達したインスリノーマ様構造はインスリン産生膵β細胞内で富化される;
g)工程f)で得られたインスリノーマ様構造を顕微解剖し、その細胞を解離させ、回収する工程;
h)場合により、工程g)で得られた細胞を第3の非ヒトscid動物の腎被膜にサブ移植し、インスリン産生膵β細胞のさらなる富化および増幅を可能とする工程;および
i)場合により、適当な量のインスリン産生膵β細胞が得られるまで工程e)、f)およびg)を繰り返す工程
を含んでなる方法を対象とする。
【0028】
用語「膵組織」は、本明細書で使用する場合、膵臓から得られるまたは膵臓に由来する組織を指し、同様に、用語「膵細胞」は、本明細書では、膵臓から得られるまたは膵臓に由来する細胞を指す。本明細書で使用する場合、用語「未熟膵細胞」は、胎仔膵臓から得られる得る細胞、または内胚葉細胞において最初の分化を経た幹細胞を指す。
【0029】
用語「イヌ科」または「イヌ科動物」は、本明細書で使用する場合、イヌ科のいずれの動物メンバーも指す。イヌ科としては、限定されるものではないが、オオカミ(Canis
lupus)、イヌ(種:イエイヌ(Canis
lupus
familiaris))、ディンゴ(Canis
lupus)、コヨーテ(イヌ属)、リカオン(リカオン属)、キツネ(イヌ属、カニクイキツネ属、クルペオギツネ属、スジオイヌ属、オオミミギツネ属、ドロシオン属(Drocyon)、キツネ属)およびジャッカル(イヌ属)が挙げられる。
【0030】
好ましくは、イヌ科動物は、イヌ(種:イエイヌ)である。
【0031】
用語「イヌ科動物膵組織」は、本明細書で使用する場合、イヌ科のいずれのメンバーの膵臓から得られるまたは膵臓に由来する組織も指し、同様に、用語「イヌ科動物膵細胞(canine pancreatic cells)」または「イヌ科動物膵臓細胞(canine pancreas cells)」は、本明細書では、イヌ科のいずれのメンバーの膵臓から得られるまたは膵臓に由来する細胞も指す。用語「イヌ科動物未熟膵細胞(immature canine pancreatic cells)」または「イヌ科動物未熟膵臓細胞(immature canine pancreas cells)」は、本明細書で使用する場合、イヌ科のいずれのメンバーの胎仔膵臓から得られるもしくは胎仔膵臓に由来し得る細胞も、または内胚葉細胞において最初の分化を経たイヌ科のいずれのメンバーの幹細胞も指す。
【0032】
好ましくは、イヌ科動物未熟膵細胞は、イヌ未熟膵細胞である。
【0033】
現時点で、イヌ科動物膵臓の発達は記載されておらず、イヌ科動物膵細胞株の作製の成功を阻んでいる。本発明者らは、イヌ科動物内分泌膵臓の初期の形態学的発達を初めて研究した(Bricout-Neveu et al., 2017)。
【0034】
特に、本発明者らは、イヌにおいて、膵臓の完全に成熟したインスリン産生構造が出生後初期にしか見られないことを初めて示した。実際に、本発明者らは、イヌ科動物インスリン陽性細胞が胎仔期の30日前後の妊娠中期に出現し始めることを示した(Bricout-Neveu et al., 2017)。
【0035】
よって、本発明の方法の一実施形態において、本発明による膵細胞は、最終の妊娠第三期の少なくとも1つのイヌ科動物胎仔膵臓から回収される。好ましくは、本発明による膵細胞は、受胎後40~60日に取り出されたイヌ科動物胎仔膵臓から回収される。さらに好ましくは、本発明による膵細胞は、受胎後40~55日に取り出されたイヌ科動物胎仔膵臓から回収される。有利には、本発明による膵細胞は、受胎後40~46日に取り出されたイヌ科動物胎仔膵臓から回収される。好ましい実施形態において、本発明による膵細胞は、受胎後45日に取り出されたイヌ科動物胎仔膵臓から回収される。実際に、本発明者らは、本発明の方法を用いて膵β細胞を得る収率は、受胎後40~60日に取り出されたイヌ科動物胎仔膵臓を用いる場合に高く、受胎後40~46日後に取り出されたイヌ科動物胎仔膵臓を用いる場合に特に優れていることを示した。
【0036】
本発明による膵細胞は、少なくとも1つのイヌ科動物胎仔膵臓から手術により回収することができる。本発明による膵細胞は、イヌ科動物胎仔膵臓全体または該膵臓の一部のみから回収することができる。好ましくは、本発明による膵細胞は、イヌ科動物胎仔膵臓の右葉の一部または頭部の一部から回収することができる。さらに好ましくは、本発明による膵細胞は、イヌ科動物胎仔膵臓の右葉全体または頭部全体から回収することができる。実際に、本発明者らは、本発明の方法を用いた膵β細胞の収率は、イヌ科動物膵臓の右葉(頭部とも呼ばれる)またはその一部を使用する場合に特に高いことを示した。実際に、本発明者らは、β細胞がイヌ科動物膵臓の右葉または頭部でより代表的であることを初めて示した(Bricout-Neveu et al., 2017)。
【0037】
よって、このような方法は、使用するためのイヌ科動物膵臓の部分および回収されたイヌ科動物胎仔の適当な発達段階が知られていなかったことから、これまで実施できなかった。
【0038】
一実施形態において、膵組織は、採取後に凍結されている。別の実施形態において、本発明の方法で使用される膵組織は新鮮物である。よって、特定の実施形態によれば、本発明の方法は、工程a)の前に膵組織を採取する工程を含んでなる。
【0039】
一実施形態において、本発明の方法は、イヌ科動物膵細胞を得るために工程a)の前にイヌ科動物未熟膵組織をコラゲナーゼで解離させるさらなる工程を含んでなる。
【0040】
「コラゲナーゼ」とは、本明細書では、コラーゲン内のペプチド結合を切断することができるマトリックスメタロプロテイナーゼ(MMP)ファミリーに属す酵素を指す。コラゲナーゼは、本発明によれば、細菌起源または動物起源のいずれかであり得る。細菌コラゲナーゼは、広い基質特異性を示すという点で脊椎動物コラゲナーゼとは異なる。動物コラゲナーゼとは異なり、細菌コラゲナーゼは、ほとんど総てのコラーゲンタイプに作用することができ、三重らせん領域内で複数の切断を行うことができる。好ましくは、本発明のコラゲナーゼは細菌酵素であり、より好ましくは、それは好気性細菌クロストリジウム・ヒストリチカム(Clostridium
histolyticum)により分泌される酵素である。好ましい実施形態において、本発明で使用されるコラゲナーゼは、コラゲナーゼタイプI-S、タイプIA、タイプIA-S、タイプII、タイプII-S、タイプIV、タイプIV-S、タイプV、タイプV-S、タイプVIII、タイプXIおよびタイプXI-Sからなる群から選択される。最も好ましい実施形態において、本発明のコラゲナーゼは、コラゲナーゼXIである。
【0041】
本発明の方法でイヌ科動物膵細胞を得るために使用されるコラゲナーゼの濃度は、好ましくは5mg/mL以下、より好ましくは4mg/mL以下、より一層好ましくは3mg/mL以下、さらにより好ましくは2mg/mL以下、なおより一層好ましくは1mg/mL以下である。最も好ましい実施形態において、当該コラゲナーゼは、1mg/mLで使用される。本発明によれば、イヌ科動物未熟膵組織は、コラゲナーゼで少なくとも10分、好ましくは少なくとも15分、より好ましくは少なくとも20分、より一層好ましくは少なくとも25分、さらにより好ましくは少なくとも30分、最も好ましくは30分間約37℃で解離される。解離が起こるためには、上記膵組織は好ましくは、PBS+20%FCSを含んでなる適当な培地に懸濁させる。
【0042】
「インスリンプロモーター」とは、本明細書では、インスリン遺伝子発現の調節に関与する調節核酸配列を含むゲノム領域を指す。好ましい実施形態において、本発明で使用されるインスリンプロモーターは、ネズミインスリンプロモーターである。好ましくは、本発明で使用されるインスリンプロモーターは、ラットインスリンプロモーターである。より一層好ましくは、当該ラットインスリンプロモーターは、Castaing et al., 2005に記載されているプロモーターである。
【0043】
膵組織の解離から得られるイヌ科動物未熟膵細胞の、レンチウイルスベクターでの形質導入は、当業者に公知の方法に従って行われる(例えば、Russ et al., 2008およびKhalfallah et al., 2009、ならびにその中の参照文献参照)。レンチウイルスベクターは、HIV1などのレンチウイルス由来のベクターである。それらのベクターは、非分裂細胞ならびに分裂細胞に形質導入を行い、in vivoにおいて脳、肝臓、筋肉、および造血幹細胞を含むいくつかの標的組織で異種核酸配列の発現を持続することができる。多数のレンチウイルスベクターが当業者にすでに知られており、本発明に関してはこれらのベクターのいずれのものも、インスリンプロモーターの制御下で少なくともSV40ラージT抗原および/またはhTERTを発現する限り使用可能である。当業者は、このようなレンチウイルスベクターの例が記載されているRuss et al., 2008およびKhalfallah et al., 2009を参照する。
【0044】
本発明のイヌ科動物未熟β細胞をある特定の条件で脱不死化することが有利であり得る。例えば、患者への当該細胞の投与が企図される場合には、ベクターにより運ばれる癌遺伝子を除去することがより安全である。よって、レンチウイルスベクターは、可逆的または条件付きの不死化を可能とするために、少なくとも1つのLox P部位が導入され得るように構築することができる。より好ましくは、本発明によるベクターは、SV40ラージTおよび/またはhTERT導入遺伝子が2つのLox P部位の間に位置するように構築される。当該導入遺伝子は、β細胞でCreリコンビナーゼを発現させることによって除去される。例えば、上記方法によって得ることができる細胞は、Creリコンビナーゼを発現するベクターまたはプラスミドにより形質導入され、復帰突然変異が起こる。当然のことながら、当業者は、当該導入遺伝子を除去するためにFRT/FLP系の使用を選択してもよい。不死化された細胞を復帰させるための方法は、WO01/38548に記載されている。
【0045】
特定の実施形態において、SV40ラージTを発現するレンチウイルスベクターおよびhTERTを発現するレンチウイルスベクターは、LoxPまたはFRT部位をさらに含んでなる(ただし、部位特異的組換え部位は両ベクターで異なる)。
【0046】
負の選択工程もまた、CreまたはFLPリコンビナーゼの作用後に行うことができる。このさらなる工程は、不死化遺伝子SV40ラージTおよびhTERT、ならびに抗生物質耐性遺伝子が除去された細胞のみを選択することを可能とする。これらの細胞は、糖尿病イヌ科動物に移植されるまで、凍結、保存、および場合によりカプセル封入することができる。
【0047】
負の選択マーカー遺伝子は、例えば、HSV-TK遺伝子であり得、選択薬剤アシクロビル-ガンシクロビルであり得る。または負の選択マーカーは、ヒポキサンチンホスホリボシルトランスフェラーゼ(HPRT)遺伝子およびグアニン-ホスホリボシル-トランスフェラーゼ(Gpt)遺伝子であり、選択薬剤は、6-チオグアニンである。または負の選択マーカーは、シトシンデアミナーゼ遺伝子であり、選択薬剤は、5-フルオロ-シトシンである。よって、好ましい実施形態において、当該負のマーカー遺伝子は、HSV-TK遺伝子、ヒポキサンチンホスホリボシルトランスフェラーゼ(HPRT)遺伝子、グアニン-ホスホリボシル-トランスフェラーゼ(Gpt)遺伝子、およびシトシンデアミナーゼ遺伝子からなる群から選択される。負の選択マーカータンパク質の他の例は、ウイルスおよび細菌毒素、例えば、ジフテリア毒素A(DTA)である。これらの負の選択遺伝子および薬剤ならびにそれらの使用は当業者に周知であり、ここでさらに詳説する必要はない。
【0048】
次に、形質導入細胞は、重症複合免疫不全(severe compromised immunodeficiency)(scid)動物の少なくとも1つの腎被膜に導入される。scid動物は、TおよびBリンパ球を欠き、体液性または細胞媒介性免疫を生成できない動物である。本明細書に言及されるscid非ヒト動物は、ウシ、ブタ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ヒトを除く霊長類、マウス、ラット、ハムスターなどの齧歯類の中から選択され得る。当該scid非ヒト動物は、免疫不全に至る少なくとも1つの他のタイプの突然変異を持ち得る。当該scid非ヒト動物は、非肥満型糖尿病/重症複合免疫不全症(NOD/scid)動物であり得る。NOD/scid動物は、TおよびBリンパ球を欠き、従って体液性免疫または細胞性免疫を生成できない動物である。
【0049】
好ましい実施形態において、本発明の方法で使用されるNOD/scid動物はマウスである。NOD/scidマウスは文献において既知であり、Charles RiverまたはJackson Laboratoryなどの供給者から市販されている。好ましくは、本発明の方法で使用されるNOD/scidマウスは、任意の発達齢のものであり、好ましくは、腎被膜への移植が実施できる十分な齢である。好ましくは、NOD/scidマウスは、約発達2~15週、より好ましくは、発達6~8週である。
【0050】
本発明者らは、イヌ科動物胎仔膵臓はscidマウスの腎被膜下に移植すると、通常に成長および成熟することを初めて示した。さらに、本発明者らは、イヌ科動物インスリノーマは、本発明の方法の工程c)に従ってイヌ科動物未熟膵臓細胞を移植したマウスで得ることができることを初めて示した。
【0051】
場合により、工程a)において上記細胞に、インスリンプロモーターの制御下で抗生物質耐性遺伝子を発現する別のレンチウイルスベクターをさらに形質導入する。抗生物質耐性遺伝子は、ハイグロマイシン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、テトラサイクリン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、フレオマイシン耐性遺伝子、ブレオマイシン耐性遺伝子、ジェネティシン耐性遺伝子、カルベニシリン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子、ブラストサイジン-S-デアミナーゼ遺伝子からなる群において選択される。好ましい実施形態において、当該抗生物質耐性遺伝子は、ネオマイシン耐性遺伝子である。この場合、選択薬剤はG418である。
【0052】
ヒト膵細胞を得るための方法は、Ravassard et al. (2011)およびWO2008/102000に開示されている。しかしながら、この方法は、イヌ科動物インスリノーマおよびイヌ科動物膵β細胞を保有するマウスを取得および同定することができない。これらの刊行物に、イヌおよびイヌ科動物膵臓の発達に関する、特に、インスリン産生細胞の出現に関する情報は含まれていない。さらに、ヒトインスリンの発現はscidマウスにおいて低血糖を与えるが、イヌ科動物インスリンではそうではない。従って、血糖をアッセイすることによって、発達した機能的イヌ科動物インスリノーマを有するscidマウスをスクリーニングすることは不可能である。重要なこととして、本発明者らは、マウスにおいてイヌ科動物特異的インスリンをアッセイすることにより、移植マウスにおいてイヌ科動物インスリノーマが検出でき、移植に成功したマウスの選択が可能となることを初めて示した。よって、一実施形態において、インスリン産生膵細胞に分化した発達したインスリノーマ様構造を有する非ヒト動物は、非ヒト動物においてイヌ科動物特異的インスリンレベルを測定することによって選択される。
【0053】
イヌ科動物特異的インスリンのレベルを測定および/または決定するための方法は、一般に当業者に公知であり、慣例的に、ヒトインスリンを測定するために開発された方法に頼っている。イヌ科動物インスリンのレベルを測定および/または決定するための方法としては、例えば、質量分析、例えば、従来の免疫検出試験(酵素結合免疫吸着アッセイもしくはELISAおよびELISPOTアッセイ)などの免疫試験、または例えば、スロットブロット(ドットブロットとも呼ばれる)またはウエスタンブロットなど、支持体上のタンパク質の移動を含む技術を用いる免疫試験を含む生化学的試験が含まれる。例えば、免疫組織化学と組み合わせたタンパク質マイクロアレイ、抗体マイクロアレイまたは組織マイクロアレイを使用することが可能である。使用可能な他の技術としては、BRETまたはFRET技術、特に、共焦点顕微鏡法および電子顕微鏡法を含む顕微鏡または組織化学法、1以上の励起波長の使用に基づく方法、および好適な光学的方法、例えば、電気化学的方法(ボルタンメトリーおよびアンペロメトリー)、原子間力顕微鏡、および高周波法、例えば、多極共鳴分光法、共焦点および非共焦点、蛍光、発光、化学発光、吸光度、反射率、透過率および複屈折の検出、または屈折率(例えば、表面プラズモン共鳴、偏光解析法、共振ミラー法などによる)、放射性同位元素または磁気共鳴画像法によるフローサイトメトリー、ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)、HPLC-質量分析、液体クロマトグラフィー/質量分析/質量分析(LC-MS/MS)による分析である。これらの技術は総て当業者に周知であり、ここでそれらを詳説する必要はない。
【0054】
よって、一実施形態において、本発明の方法は、インスリン産生膵細胞に分化した、発達してインスリノーマ様構造を有する非ヒト動物を選択するために、工程d)の前にイヌ科動物特異的インスリンのレベルを測定する工程をさらに含んでなる。一実施形態において、イヌ科動物特異的インスリンのレベルは、イヌ科動物特異的インスリン抗体を用いて測定される。このような抗体は市販されている。有利には、イヌ科動物特異的インスリン抗体は、キットに含まれる。好ましくは、イヌ科動物特異的インスリンのレベルは、ELISAにより測定される。有利には、イヌ科動物特異的インスリンのレベルは、イヌ科動物特異的インスリン抗体を含んでなるイヌ科動物特異的ELISAキットを用いてELISAにより測定される。イヌ科動物特異的ELISAキットは、抗体、キャリブレーター、バッファー、およびイヌ科動物インスリンに関して至適化された分析範囲をさらに含み得る。
【0055】
上記で定義された方法は、均質な細胞集団を形成する工程g)で得られたイヌ科動物機能的膵β細胞を回収することを含む。細胞集団は、イヌ科動物機能的β細胞株を樹立するためにin vitroでさらに培養することができる。この段階で、成功したサブ移植に由来する細胞は、SV40ラージTおよび/またはhTERTと抗生物質耐性導入遺伝子を含んだ。よって、上記方法によって得ることができる細胞株は不死化され、エンドポイントに応じてそれらは復帰(脱不死化)されてもされなくてもよい。特に、脱不死化は、本発明の細胞の治療的使用が企図される場合に有用であり得る。
【0056】
イヌ科動物機能的膵β細胞を調製するための上記方法は、マウスもしくはラットなどの非ヒト動物において移植後にin vivoで、またはin vitroで、イヌ科動物の糖尿病を治療するための候補医薬を試験およびスクリーニングするのに特に有用である。
【0057】
これに関して、また、特定の一実施形態において、上記方法は、試験およびスクリーニング目的で、ならびに1型糖尿病または他の型の糖尿病において糖尿病動物の分類を可能とするイヌ科動物の糖尿病のin vitro診断の目的で、多量の量のイヌ科動物機能的膵β細胞を調製するために実施することができる。ここで、当該細胞は、脱不死化されてもよい。対照的に、上記方法を用い、工程f)、g)およびh)は、多量のインスリノーマまたはその単離されたイヌ科動物β細胞を得るために必要な回数繰り返すことができ、これらの細胞は、in vitroで無限にさらに培養増幅してもよい。β細胞腫瘍の切片、それに由来する細胞またはこれらの細胞からのタンパク質抽出物を、固相支持体(例えば、ポリリジンコーティングプレート)に結合または吸着させ、イヌ科動物の血漿血清と反応させることができる。インキュベーション後、血清を洗い流し、糖尿病関連自己免疫に特異的な異なる表面抗原に対する自己抗体の有無を明らかにする(例えば、標識抗イヌ科動物Igの手段による)。
【0058】
よって、第2の態様において、本発明は、上記方法により得ることができるイヌ科動物β細胞腫瘍またはインスリノーマ、またはイヌ科動物膵β細胞を目的とする。これらのイヌ科動物β細胞腫瘍またはイヌ科動物膵β細胞は、以下の特徴:
イヌ科動物特異的インスリンの発現、および
転写因子Pdx陽性
のうち少なくとも1つを示す。
【0059】
有利には、当該イヌ科動物β細胞腫瘍またはイヌ科動物膵β細胞は、以下の特徴:
カルボキシペプチダーゼ-A陰性
転写因子Pdx1陽性
転写因子MafA陽性
プロコンベルターゼPcsk1陽性
グルコース輸送体Glut2の発現
カリウムチャネルのサブユニットをコードするKcnj11およびAbcc8の発現
亜鉛輸送体Znt8(Slc30a8)の発現
イヌ科動物特異的インスリンの発現
のうち少なくとも1つをさらに示す。
【0060】
上記で定義されたイヌ科動物β細胞腫瘍またはイヌ科動物膵β細胞はまた、抗インスリン、抗GADおよび/または抗IA2抗体との反応に対しても陽性であり、無血清培地中およびマトリゲルまたはフィブロネクチンコーティングウェル上での培養で維持および増殖させることができる。実際に、本発明者らは、このような培地増殖および維持したイヌ科動物β細胞腫瘍またはイヌ科動物膵β細胞が安定、効率的かつ均質にイヌ科動物インスリンを産生できることを初めて示した。よって、本発明はまた、上記培養イヌ科動物膵β細胞を、マトリゲルまたはフィブロネクチンを含んでなる無血清培地中に含んでなる細胞培養物を企図する。この細胞培養物は、不死化イヌ科動物膵β細胞株の拡大培養および樹立を可能とする。
【0061】
さらに、上記方法により得ることができる細胞株は、例えば、試験およびスクリーニング目的で、ならびに1型糖尿病または他の型の糖尿病において糖尿病動物の分類を可能とするイヌ科動物の糖尿病のin vitro診断の目的で使用できるように脱不死化してもよい。
【0062】
「糖尿病」とは、本発明では、身体がインスリンを産生できないかまたは身体が産生するインスリンを適切に使用できない慢性の、しばしば衰弱性の、また、時には致死性の疾患を指す。本発明によるイヌ科動物1型糖尿病は、β細胞の自己免疫的破壊から起こる糖尿病である。本明細書で使用する場合、「イヌにおける他の型の糖尿病」または「他の型のイヌ科動物の糖尿病」は、1型でないイヌ科動物の糖尿病を指す。
【0063】
イヌ科動物機能的膵β細胞を調製するための上記方法は、イヌ科動物の糖尿病を治療するための候補医薬を、マウスもしくはラットなどの非ヒト動物への移植後にin vivoで、またはin vitroで試験およびスクリーニングするのに特に有用である。具体的には、本発明は、イヌ科動物の糖尿病を治療するための候補医薬を試験およびスクリーニングするための方法であって、本発明のイヌ科動物膵細胞を移植した非ヒト動物に候補医薬を投与する工程を含んでなる方法に関する。より具体的な実施形態において、本方法は、上記方法に従って上記β細胞を取得し、当該細胞を上記非ヒト動物に移植する前工程を含んでなる。当該非ヒト動物は、好ましくは、上記のように、scid非ヒト動物である。
【0064】
本発明はまた、イヌ科動物の糖尿病のin vitro診断方法に関する。β細胞腫瘍の切片、それに由来する細胞またはこれらの細胞からのタンパク質抽出物を固相支持体(例えば、ポリリジンコーティングプレート)に結合または吸着させ、動物の血漿血清と反応させる。インキュベーション後、血清を洗い流し、イヌ科動物糖尿病関連自己免疫に対して特異的な異なる表面抗原に対する自己抗体の有無を明らかにする(例えば、標識抗ヒトIgの手段による)。
【0065】
よって、一実施形態において、本発明は、上記のようなイヌ科動物β細胞腫瘍もしくはイヌ科動物膵β細胞、または当該細胞由来のタンパク質抽出物を固相支持体に結合または吸着させること、および動物の血漿血清と反応させること、イヌ科動物1型糖尿病または他の型の糖尿病に特異的な異なる表面抗原に対する自己抗体、例えば、インスリン自己抗体(IAA)およびグルタミン酸デカルボキシラーゼ抗体(GADA)から選択される膵島細胞抗体(ICA)、の有無を検出することを含んでなる、イヌ科動物の糖尿病のin vitro診断方法に関する。
【0066】
好ましくは、糖尿病動物および対照動物由来の血清を、上記イヌ科動物β細胞腫瘍またはイヌ科動物β細胞の組織切片に加え、上記患者動物の血清中のイヌ科動物糖尿病関連自己抗体の有無を明らかにするために、蛍光標識コンジュゲート抗イヌ科動物IgGなどの標識抗イヌ科動物IgGとともにインキュベートする。この実施形態において、自己抗体の存在は、イヌ科動物の糖尿病の指標となる。
【0067】
上記糖尿病動物の血清中のイヌ科動物糖尿病関連自己抗体の有無はまた、上記イヌ科動物β細胞腫瘍または上記イヌ科動物膵β細胞のタンパク質抽出物のウエスタンブロットによって検出することもできる。この場合、上記糖尿病動物の血清中のイヌ科動物糖尿病関連自己抗体の有無は、標識抗イヌ科動物IgG、例えば、HRPコンジュゲート抗イヌ科動物IgGで検出される。あるいは、上記糖尿病動物の血清中のイヌ科動物糖尿病関連自己抗体の有無は、ウェルプレートが上記イヌ科動物β細胞腫瘍または上記イヌ科動物膵β細胞のタンパク質抽出物でコーティングされているELISA試験によって検出される。この実施形態によれば、当該タンパク質抽出物を、糖尿病動物および対照動物由来の血清とともにインキュベートし、上記糖尿病動物の血清中のイヌ科動物糖尿病関連自己抗体の有無を、標識抗イヌ科動物IgG、例えば、HRPコンジュゲート抗イヌ科動物IgGで検出する。
【0068】
別の態様では、イヌ科動物の糖尿病のin vitro診断方法は、上記方法により得ることができβ細胞腫瘍の切片、それに由来する細胞またはこれらの細胞のタンパク質抽出物を動物の血漿血清と反応させること、イヌ科動物1型糖尿病もしくは他の型のイヌ科動物の糖尿病に特異的な異なる表面抗原に対する自己抗体、例えば、膵島細胞抗体(ICA)、または最近同定されたインスリン自己抗体(IAA)に対する抗体およびグルタミン酸デカルボキシラーゼ抗体(GADA)もしくはIA-2抗体(IA2A)、もしくは特異的な未知の抗体のようなより特異的な抗体の有無を検出することを含んでなる。既知のまたは新規な抗体の同定は、例えば、イムノブロットまたはドットブロットによって行うことができる。
【0069】
本発明のこの態様は、イヌ科動物の糖尿病を診断するため、および糖尿病型の分類のために商業規模で調製することができるキットを初めて提供する。より詳しくは、このキットは、インスリン自己抗体(IAA)およびグルタミン酸デカルボキシラーゼ抗体(GADA)から選択される膵島細胞抗体(ICA)などの特異的イヌ科動物自己抗体を検出するために使用することができる。実際に、これらの抗原は、上記方法に従って得ることができるβ細胞腫瘍またはそれに由来する細胞の表面で発現される。よって、本明細書にはイヌ科動物の糖尿病用の診断キットが包含され、当該キットは、場合により固相支持体に結合または吸着された、上記方法によって得ることができるイヌ科動物β細胞腫瘍もしくはイヌ科動物機能的膵β細胞、またはそれに由来するタンパク質抽出物を含んでなる。
【0070】
別の実施形態において、上記のような細胞はin vitroで培養され、インスリン分泌を調節し得る化合物をスクリーニングするためにイヌ科動物膵β細胞株が樹立される。よって、本発明はまた、インスリン分泌を調節し得る化合物をスクリーニングするための方法であって、a)本発明のイヌ科動物膵β細胞を試験化合物と接触させる工程、およびb)インスリン分泌を検出し、インスリン分泌のレベルを測定する工程を含んでなる方法を提供する。インスリン分泌は、例えば以下の試験例、Ravassard et alおよびWO2008/102000で詳説されるように、当業者に公知の手段のいずれかによって検出することができる。好ましい実施形態によれば、本発明のスクリーニング法は、工程b)で得られた分泌インスリンのレベルを少なくとも1つの対照レベルと比較する工程を含んでなる。当該対照レベルは、インスリンを分泌することが分かっている細胞株によって産生されるインスリンのレベルに相当する。あるいは、当該対照レベルは、インスリンを産生しないことが分かっている細胞株によって産生されるインスリンのレベルに相当する。さらに好ましい実施形態において、工程b)の分泌インスリンレベルは2つの対照レベルを比較し、一方は、インスリンを分泌することが分かっている細胞株によって産生されるインスリンのレベルに相当し、他方は、インスリンを産生しないことが分かっている細胞株によって産生されるインスリンのレベルに相当する。さらに別の好ましい実施形態において、本発明のスクリーニング法は、上記イヌ科動物膵β細胞を調製するための方法に従ってイヌ科動物膵β細胞株を得る前工程を含んでなる。
【0071】
さらに別の実施形態において、上記のようなイヌ科動物膵β細胞を調製するための方法は、イヌ科動物の糖尿病の細胞療法のためのマスター細胞バンクの樹立に向けられる。ここで、当該方法は、細胞を脱不死化することをさらに含む。当該細胞の脱不死化は、レンチウイルスベクターからSV40ラージTおよびhTERT導入遺伝子を除去する工程を含む。好ましくは、導入遺伝子は、上記のように、CreまたはFLPなどの部位特異的リコンビナーゼでの部位特異的組換えによって切断される。
【0072】
さらに別の実施形態において、本発明は、上記のようにイヌ科動物膵β細胞を調製するための方法によって得ることができるイヌ科動物β細胞腫瘍およびその単離された細胞に関する。説明したように、本明細書には不死化および脱不死化の両方が含まれる。
【0073】
本発明はまた、イヌ科動物の糖尿病の治療のために、上記で説明したイヌ科動物の糖尿病のin vitro診断のために、および、イヌ科動物の糖尿病の細胞療法のために、候補医薬を試験またはスクリーニングするための上記細胞の使用に関する。
【0074】
本発明はまた、イヌ科動物糖尿病に罹患している個々の動物においてイヌ科動物膵臓機能を再生する方法であって、有効量の上記で定義されたイヌ科動物機能的膵細胞(当該細胞は最初のβ細胞表現型に復帰している)を上記動物に投与する工程を含んでなる方法を提供する。好ましい実施形態において、当該細胞は、上記動物内に移植される。別の好ましい実施形態において、上記膵臓機能を再生する方法は、上記方法によって上記イヌ科動物膵β細胞を得る前工程を含んでなる。
【0075】
本発明はまた、製薬上許容可能な担体と上記で定義された有効量のイヌ科動物機能的膵細胞を含んでなる医薬組成物に関し、当該細胞は場合によりカプセル封入されていてもよい。
【0076】
「有効量」は、有益または所望の臨床結果を達成するのに十分な量である。有効量、例えば、105~109細胞は1回以上の適用で投与することができるが、1回の投与で十分であることが望ましい。本発明の目的で、膵β細胞の幹細胞前駆体の有効量は、膵臓の機能のうち以上を回復させることができる分化した膵細胞を産生するのに十分な量である。回復は、比較的多数の、例えば、109細胞を超える膵細胞の導入によって速やかに起こり得ることが企図される。加えて、また、より少ない膵細胞が導入される場合には、in vivoで1または複数の膵臓細胞が増殖可能である場合に機能は回復されるということも企図される。よって、「有効量」の膵細胞は、たった1個の膵臓細胞に膵臓全体または一部を再生するのに十分時間を与えることによって得ることができる。好ましくは、個体に投与される有効な量は、約101を超える膵細胞、好ましくは約102~約1015の間の膵細胞、より一層好ましくは約103~約1012の間の膵細胞である。治療に関して、膵細胞の「有効な量」は、糖尿病などの膵疾患を改善する、和らげる、安定にする、逆転させる、その進行を緩慢にする、または遅延させることができる量である。
【0077】
本明細書で使用する場合、「薬学上許容可能な担体」は、生理学的に適合するいずれかおよびあらゆる溶媒、バッファー、塩溶液、分散媒、コーティング剤、抗菌剤および抗真菌剤、等張化剤および吸収遅延剤などを含む。担体のタイプは、意図される投与経路に基づいて選択することができる。種々の実施形態において、担体は、静脈内、腹腔内、皮下、筋肉内、局所、経皮または経口投与に好適である。薬学上許容可能な担体としては、無菌水溶液または分散液および無菌注射溶液または分散液の即時調製用の無菌粉末が含まれる。薬学上活性な物質のための媒体および薬剤の使用は当技術分野で周知である。静注のための典型的な医薬組成物は、250mlの無菌リンゲル液と100mgの組合せを含有するように構成することができる。非経口投与可能な化合物を調製するための実際の方法は当業者に既知または自明であり、例えば、Remington's Pharmaceutical Science, 第17版, Mack Publishing Company, Easton, Pa. (1985)ならびにその第18版および19版に詳細に記載されており、これらは引用することにより本明細書の一部とされる。
【0078】
細胞をイヌ科動物に導入する方法は当業者に周知であり、限定されるものではないが、注射、静脈内または非経口投与が含まれる。単回、多回、連続または間欠的投与を行うことができる。よって、本発明のイヌ科動物β細胞は、限定されるものではないが、膵臓、腹腔、腎臓、肝臓、門脈または脾臓を含むいくつかの異なる部位のいずれかに投与することができる。好ましくは、当該β細胞は、動物の膵臓に挿入される。
【0079】
本発明のイヌ科動物膵β細胞は、膵機能を再生するために有用であり得る。当該細胞はまた、膵障害に苦しむ動物に当該障害を治療するために投与することもできる。よって、本発明はまた、イヌ科動物膵障害を本発明の方法により得られるイヌ科動物膵β細胞で治療するための方法であって、当該イヌ科動物膵β細胞を、それを必要とする動物に投与することを含んでなる方法を企図する。好ましい実施形態によれば、本発明の治療方法は、イヌ科動物膵組織から上記イヌ科動物膵β細胞を得る前工程を含んでなる。さらに好ましい実施形態において、イヌ科動物膵組織は、治療を必要とする上記動物から得られる。
【0080】
よって、本発明の別の態様は、薬剤としての本発明のイヌ科動物膵細胞を提供することである。より厳密には、本発明は、イヌ科動物膵障害を治療するための薬剤の調製を目的とした本発明のイヌ科動物膵β細胞の使用に関する。本発明のさらに別の態様は、イヌ科動物膵障害の治療に使用するための本発明のイヌ科動物膵β細胞に関する。
【0081】
本発明によるイヌ科動物膵障害は、糖尿病、低血糖、または消化酵素の機能不全に関連する任意の病態である。好ましくは、イヌ科動物膵障害は、インスリン依存性糖尿病(T1D)である。
【実施例】
【0082】
A)材料および方法
A.1.イヌ科動物膵組織の供給源および回収手順
表1に示されるように、イヌ胎仔膵臓の受胎後(pc)30、33、36、40、45および55日という6つの発達段階を選択した。本研究は、pc55日に調べた胎仔膵臓を除き、単一系統のビーグル犬、すなわちMaison-Alfort Veterinary Schoolの飼育施設で養育した系統に絞った。この55pcに得られた胎仔の母親は、Veterinary schoolで養育したものではなく、55pcに得られたその胎仔の種類は不明であった。その母親の体長はビーグル犬に相当するものであった。
【0083】
胎仔サンプルは総て、選択的帝王切開によって得た。胎仔齢は、血漿プロゲステロンサージにより確認される排卵によって決定した(55日齢の胎仔を除く)。
【0084】
さらに、収容中の出産後1日目の初期新生仔期または8週間目の離乳時に死亡した2個体のビーグル犬からも膵臓を得た。また、成犬1個体からの膵臓も調べた。このサンプルは進行性、重症無能性の神経筋障害のために安楽死させたラブラドールから得た。
【0085】
pc46日の胎仔段階および出生後1日に得られたビーグル犬膵臓の形態をそれぞれラブラドールおよびチャウチャウの膵臓と比較した。
【0086】
動物を含む手順は総て、Ethic Committee of Maison-Alfort Veterinary Schoolの倫理委員会によって承認された。
【0087】
A.2.イヌ科動物膵組織の調製
手術後すぐに、総ての膵臓を摘出し、3.7%ホルムアルデヒド中で固定した後、パラフィンに包理した。pc30日および33日の膵臓では、膵臓および胃を含む全中腸管を摘出したが、それ以降の段階では、膵臓のみを摘出した。新生仔(1日)および幼犬(8週間)の膵組織は、犬の死亡の1時間後に摘出し、PBS-10%ホルモール溶液で固定した後にパラフィン包理した。同じ手順を成犬から得られた膵断端にも適用した。この場合、膵断端は右葉から採取した。
【0088】
A.3.免疫組織化学
パラフィン包埋切片は、初期段階に対しては4μm、出生後および成犬段階には5μmの厚さで切断した。切片をモルモット抗インスリン抗体(1/500;A0564、Dako-Cytomation)およびウサギ抗グルカゴン(1/1000;20076-Immuno、Euromedex)で染色した。二次抗体はフルオレセインテキサスレッド抗モルモット抗体(1/2000;706-076-148、Jacksonおよび抗ウサギ抗体(1/200;711-096-152、Jackson Immunoresearch Laboratories、Beckman Coulter)であった。Axio Scan Z1(Zeiss)を用いてデジタル画像をキャプチャーした。
【0089】
各検体から得た切片の数および分析した切片の数を表1に記載する。
【0090】
【0091】
分析した切片は無作為に選択し、組織全体の代表的なものである。
【0092】
A.4.DNA構築物および組換えレンチウイルスの生産
レンチウイルスベクターpTRIP ΔU3.RIP405-SV40LT loxPおよびpTRIP ΔU3.RIP405-hTERT loxPは、従前に記載された(Ravassard et al, 2009)pTrip ΔU3.RIP405-SV40LT/hTERTの3’LTR領域にloxP部位を付加することによって構築した。両pTRIP ΔU3ベクターをKpnIおよびPacIで消化して3’LTR領域を除去した。SIN-RP-LTcDNA-WHV-U3loxP(Bernard Thorensにより提供)の3’LTRloxP領域をPCRにより増幅し、次にKpnIおよびPacIで消化し、その後、2つの線状化したpTripベクターに連結した。レンチウイルスベクター原株は、従前に記載されているように(Zufferey et al., 1997)、p8.9プラスミド(ΔVprΔVifΔVpuΔNef)、VSV糖タンパク質GをコードしたpHCMV-GおよびpTRIP ΔU3組換えベクターのキャプシド形成による293T細胞の一時的トランスフェクションによって生産した。上清をDNアーゼI(Roche Diagnostic)で処理した後、超遠心分離を行い、得られたペレットをPBSに再懸濁させ、アリコートに分け、その後、使用まで-80℃で冷凍した。p24キャプシドタンパク質の量は、HIV-1 p24抗原ELISA(Beckman Coulter)によって定量した。総ての形質導入は、p24キャプシドタンパク質定量に対して正規化した。
【0093】
A.5.遺伝子導入
膵組織をウシ胎仔血清痛で1mm角の切片とし37℃で30分間、コラゲナーゼXI(1mg/ml RPMI)(Sigma-Aldrich)で処理し、次に、20%ウシ胎仔血清を含有するPBS中で3回すすいだ。新生膵臓に、従前に記載されているように(Castaing et al., 2005; Scharfmann 2008)、pTRIP ΔU3.RIP405-SV40LT loxPを形質導入した。簡単に述べれば、組織に、5.6mMグルコース、2%ウシ血清アルブミン画分V(BSA、Roche diagnostics)、50μM 2-メルカプトエタノール、10mMニコチンアミド(Calbiochem)、5.5μg/mlトランスフェリン(Sigma-Aldrich)、6.7ng/mlセレナイト(Sigma-Aldrich)、100U/mlペニシリン、および100μg/mlストレプトマイシンおよび10μg/ml DEAE-デキストランを含んだ200μlのDMEM中、37℃で2時間、2μgのp24キャプシドタンパク質に相当する合計量のレンチウイルスベクターを形質導入した。次に、組織を培養培地で2回洗浄し、scidマウスに移植まで、一晩培養で維持した。
【0094】
A.6.動物およびscidマウスへの移植
雄scidマウス(Harlan)をアイソレーター内で管理した。解剖顕微鏡を用い、従前に記載されているように(Ravassard et al., 2011)、膵臓または膵島を腎被膜下に移植した。移植後の種々の時点で、マウスを犠牲にし、腎臓を摘出し、移植片を切開した。総ての動物試験およびプロトコールは、契約番号B75-13-03の下、フランス立法に従ってVeterinary Inspection Officeにより承認されたものである。
【0095】
A.7.イヌ特異的インスリンレベルのアッセイ
MERCODIAにより市販されているELISAキットを製造者の説明書に従って用い、イヌ特異的インスリンのレベルをアッセイした。
【0096】
B)イヌ科動物膵臓発達の研究
1-緒論
本発明の方法は、in vitroで維持および拡大培養可能なイヌ科動物β細胞株の取得を可能とする。これはイヌ科動物の糖尿病の細胞療法の開発に向けた第一段階である。
【0097】
従って、本発明の方法の膵臓を採取するのに最も適した胎仔段階を特定するために、イヌ科動物内分泌膵臓の初期の形態学的発達の研究を行った。本研究はまた、イヌ科動物胎仔発達におけるインスリンの役割の説明の第一段階ともなる。本研究における第一の目的は、始原膵臓がホルモン陰性細胞からホルモン陽性細胞へと進む膵発達期を決定することであった。このためにイヌ胎仔膵臓において、免疫組織化学を用い、インスリンおよびグルカゴンの発現を分析した。第二の目的は、ランゲルハンス島の高度に組織化された構造が形成される胎仔のまたは出生後初期発達の段階を決定することであった。最後に、成犬で内分泌膵臓の免疫組織学的構造を調べた。
【0098】
2- 結果
受胎後30日(pc;E-30)からpc45日(E-45)までのイヌ胎仔膵臓の発達を
図1に示す。左のレーンの上から下へ、胃の近くに局在した30日および33日目高密度の上皮芽から、36日から45日までの明瞭に分岐した上皮へと、膵上皮が顕著な拡大プロセスおよび分岐を受ける(
図1、E-30~E-45)。分岐した上皮では、幹部と頂部の両方が見て取れる(
図1、E-36およびE-45、矢印)。
【0099】
pc30日および33日では、希少なインスリン陽性β細胞が検出される(E-30およびE-33)。より若い膵臓では、β細胞は、調べた切片の25%に見られるに過ぎなかった。従って、インスリン陽性細胞は、胎仔期30日前後の妊娠中期に出現する。グルカゴン細胞ははるかに頻繁に見られる。両細胞は単独で、膵芽中に分散される。36日目(E-36)まで、β細胞およびα細胞の数は増えるが、グルカゴン細胞が優勢である。膵臓上皮は分岐し、内分泌細胞はほとんどが幹部内に局在する。β細胞またはα細胞の小クラスターも見て取れるが、大部分の内分泌細胞は単独である。pc45日(E-45)では、内分泌クラスターは大きくなり、希少なクラスターでは、α細胞とβ細胞の両方が見て取れる(
図1、矢印)。同様の所見が様々な犬種に見られた。従って、妊娠第二期と最終の第三期(E-36)の接点において、極めて少数のβ細胞が見て取れる。これは、他種、特に、妊娠第一期の終わって間もなく多数のβ細胞が見て取れることが明らかなヒトでの所見とは対照的である。従って、この膵臓発達パターンはイヌに特異的である。
【0100】
妊娠終了(pc55日)、ならびに1日齢の幼仔(PND-1)および8週齢の幼仔(PNW-8)の膵臓の発達を
図2に示す。周生期(E-55およびPND1)では、より早期の発達段階に比べてβ細胞の数が増えている。α細胞およびβ細胞はクラスターとして局在し、小島様構造が見られる(矢印)。離乳前の8週目(PNW8)では、インスリン細胞がα細胞よりも優勢であり、内分泌細胞は島様クラスターとして組織化されている(
図2)。
【0101】
成熟成犬膵臓の描写を
図3に示す。単独のαまたはβ細胞も見て取れるが、ほとんどの細胞は、凝集塊またはより高頻度には島として組織化されている。これらの島の大きさは極めて多様であり、小さいものもあり(A)、異なる形状を呈するものもある(パネルB、CおよびD)。グルカゴン細胞はこれらの島の周縁部に見られ、α細胞がβ細胞と混ざり合っている場合もある。重要なこととして、本結果は、イヌ科動物の膵島の大きさおよび細胞組成は、膵臓におけるそれらの場所によって異なることを示す。さらに、膵島はイヌ科動物膵臓の右葉の方に多い。
【0102】
3-考察
哺乳動物膵臓において、内分泌細胞は、外分泌組織に埋め込まれたランゲルハンス島に分類され、インスリン、グルカゴンおよびその他のポリペプチドホルモンを血流中へ分泌する。この構造は、成体哺乳動物でかなり集中に研究されており、種で保存されている(Steiner et al., 2010; Kim A. et al., 2010)。これに対して、胎仔および出生後の内分泌膵臓の発達は齧歯類(Pictet et al., 1972)およびヒト(Hawkins et al., 1987; Justice et al., 1997)で深く調べられているが、他の哺乳動物では、それは大方無視されている。本研究の目的は、初期胎仔から出生後までのイヌ科動物α細胞およびβ細胞の分化および成長を記述することであった。
【0103】
Pictet and Rutter (Pictet et al., 1972)の先駆的研究以来、膵臓の形態学的発達は主としてマウスで極めて詳細に研究され、3つの発達段階を経ることが知られている。
【0104】
第一期または第一移行期は、形態形成が起こる初期未分化段階である。前腸の予めパターン化された内胚葉上皮が分岐管および未分化上皮へと発達する。マウスでは、これはe8.5~e12.5の間に起こる。第二移行期では、e14までに膵芽が内分泌細胞および外分泌細胞系譜へと分化し、膵上皮が増殖に、広範囲に拡大する。e15までに、マウスでは、背側膵と腹側膵が回転し、融合し、出生直前のe19までにほぼ完全に発達した膵臓が形成する。この段階で、膵臓は、高密度化してランゲルハンス島となる単独クラスターへと組織化された内分泌細胞を含む(第三発達移行期)。最後に、内分泌細胞の成熟とそれらの完全な栄養応答性の獲得は出生後2~3週間続く。
【0105】
ここで示される結果は、妊娠中期(胎仔齢30および33)に、上皮が稠密になり、希少なβ細胞が見て取れることを示す。pc36日~45日に、膵臓は大きさを増し、上皮が拡大し、分岐し、幹部と頂部の両方が見て取れる。このイヌ膵臓発達の個体発生パターンは、ヒト膵臓発達の個体発生パターンとは異なる。ヒトでは、β細胞は妊娠第二期のはじめにしか見られない。
【0106】
免疫組織学的所見から極めて多くの情報が得られるが、イヌにおける膵臓発達を司る転写調節機構が齧歯類で記載されている転写調節経路に匹敵するかどうかを示すことはできない。イヌにおいてイヌ科動物膵臓発達を司る調節機構を特定するためにさらなる研究を追跡しなければならない。
【0107】
正常な成犬膵島におけるインスリン細胞およびグルカゴン細胞の分布の免疫組織化学的研究は、従前に記載されている(Hawkins et al., 1987; Justice et al., 1997)。今回の結果は、完全に形成された膵島に加えて少数の細胞の凝集塊およびまた単独のα細胞も見て取れること述べた解剖学的報告に従ったものである。ほとんどの報告は、α細胞(グルカゴン)は多くの場合これらの膵島の周縁部に局在していることを示している。本研究では、α細胞は、完全に形成された膵島内でβ細胞と混ざり合っていることが見出されている。これは報告されているもの(Hawkins et al., 1987; Justice et al., 1997)と矛盾する。さらに、膵臓の右葉と左葉には不均質性があることが知られている。また、本研究では、膵島はイヌ科動物膵臓の右葉の方が多いことが明らかである。重要なこととして、今回の結果は、イヌ科動物膵島の大きさおよび細胞組成は、膵臓におけるそれらの場所によって異なることを示す。
【0108】
本発明研究で総ての発達段階に同じ系統の犬を使用することを試みたが、これは実践的な理由で常に可能であるわけではなかった。従って、膵臓発達は、いくつかの犬種で比較した。胎仔齢pc45日のビーグルの膵臓は、同じ胎仔齢のラブラドールと比較した。出生後1日ではビーグルとチャウチャウで同様の比較を行った。両齢とも、同様の内分泌クラスター分布が見られた。pc45日では、グルカゴン細胞の優勢、ならびに凝集塊を形成するβ細胞とα細胞の存在が見られたが、真の島構造は見られなかった。出生後1日では、α細胞とβ細胞は、等しく表現され、クラスターとして組織化されている。両細胞とも凝集傾向にあり、膵島を形成したが、成熟した膵島の完全に典型的な構造は稀にしかみられない。これらの結果は、膵臓発達に関してイヌの一般系統間で大きな差はないことを示す。
【0109】
結論として、本研究は、イヌ胎仔のβ細胞は妊娠中期に見られること、および膵島は出生数日前に形成されることを示す。
【0110】
C)機能的インスリノーマの生産
受胎後42日のイヌ胎仔から得られた膵臓を、scidマウスの腎被膜下に移植した。腫瘍が2か月後に発達した(
図4A)。免疫組織化学的分析は、多量のインスリン分泌細胞およびグルカゴン分泌細胞の存在を明らかにする(
図4B)。成体β細胞に通常見られるPDX転写因子の存在は、膵細胞が正常な発達をしていることを示す(
図4C)。これらの結果は、scidマウスに移植した場合、イヌ科動物胎仔膵臓は正常に成長および成熟し、インスリンとPDXの両方を発現するβ細胞を有することを示す。
【0111】
pc45日のイヌ胎仔から得られた膵臓から抽出された細胞に、ラットインスリンIIプロモーターの405ヌクレオチド長の断片の制御下でSV40LTを発現するレンチウイルスベクターを形質導入した。移植前の免疫組織化学的分析は、この段階の膵臓には極めて少数のインスリン分泌細胞しか存在しないことを示す(
図5A)。得られた形質導入膵組織をscidマウスの腎被膜下に移植して2か月後に、腫瘍が形成された(
図5B)。免疫組織化学的分析は、インスリノーマ(インスリン分泌細胞、薄いグレー)の存在ならびにβ細胞によるインスリンおよびラージTの発現を示す(白、
図5C)。移植2か月後に通常食マウスの血清中にはイヌ特異的インスリンが検出され、インスリノーマがイヌ特異的インスリンを産生することが確認される。これに対して、予想されたように、イヌ特異的インスリンは移植前のマウスに見られず、インスリンレベルは、予想されたように食後の成犬血漿では増し、このことはイヌ特異的インスリンアッセイの特異性を示す(
図6A)。移植2か月後のマウスでは血糖はなお高いままである(平均0.5g/L)。
【0112】
結論として、インスリノーマを有するscidマウスでのイヌ特異的インスリンのアッセイは、腫瘍の存在および腫瘍の発達段階を予測することを可能とする。
【0113】
形質導入膵組織(Ecd38およびEdc49)を移植したマウスを、移植後12か月後に19時間絶食させた。絶食マウスの血清においてイヌ特異的インスリンレベルをアッセイした。
図6Bは、絶食マウスの血清中ではイヌ特異的インスリンのレベルが極めて低いことを示す(絶食Ecd38およびEcd49マウス)。19時間の絶食期間の後に1か月間通常食を与えた場合、同じマウスは高レベルのイヌ特異的インスリンを発現する。従って、移植マウスにおけるイヌ特異的インスリンのレベルは、絶食期間中に著しく低下し、摂食時に大幅に増加する(
図6B;絶食Ecd38およびEcd49マウス)。非形質導入膵組織を移植した対照マウスの血清中では、絶食の場合でも非絶食の場合でも、イヌ特異的インスリンのレベルは極めて低い(
図6B;Ecd 28マウス)。これらの結果は、インスリノーマによるイヌ特異的インスリン分泌が移植マウスの血糖値によって調節されることを示す。
【0114】
D)機能的イヌ科動物β細胞株の作製
インスリノーマ様構造は、上記実施例C)に記載のとおりにscidマウスの腎被膜下にSV40LT形質導入イヌ胎仔膵細胞を移植した後に得られた。インスリノーマ様構造を顕微解剖し、細胞を解離させた。解離した細胞を新たなscidマウスの腎被膜にサブ移植し、新たに発達したインスリノーマ様構造を得た。マウスを犠牲にし、インスリノーマ様構造を顕微解剖した。インスリノーマ様構造の細胞を解離させ、膵β細胞を回収して均質な細胞集団を形成した。これらの均質な細胞集団をin vitroで、マトリゲルまたはフィブロネクチンコーティングプレート上、5.5mMグルコース、BSA、ニコチンアミド、2-メルカプトエタノール、ヒトトランスフェリンおよびナトリウムセレンを含有する無血清培地中で培養し、イヌβ細胞株を樹立した。イヌβ細胞株は、マトリゲルまたはフィブロネクチンコーティングウェル上、無血清培地中での培養で維持および成長させた。
【0115】
発達したイヌβ細胞株を免疫組織化学によって試験した。細胞を抗インスリン抗体で染色し(薄いグレー)、核はDAPIで染色した(濃いグレー;
図7)。
図7は、高レベルのインスリンがイヌβ細胞株の総ての細胞で検出されることを示す。インスリン染色は総ての細胞の細胞質コンパートメントに限定される。インスリン発現は、継代培養20回を超えた後に検出される。これらの結果は、イヌβ細胞株が均質であること、およびこれらの細胞が安定してインスリンを生産していることを示す。これらのデータから、上記方法を使用することにより得られたイヌβ細胞株は完全に機能的かつ安定であることが確認される。
【0116】
参照文献
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