(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-13
(45)【発行日】2023-02-21
(54)【発明の名称】気体状組成物の分析方法および分析システム
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20210101AFI20230214BHJP
G01N 27/64 20060101ALI20230214BHJP
G01N 1/00 20060101ALI20230214BHJP
【FI】
G01N27/62 D
G01N27/62 V
G01N27/64 B
G01N1/00 102D
(21)【出願番号】P 2018198357
(22)【出願日】2018-10-22
【審査請求日】2021-06-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】辻 典宏
【審査官】伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】中国実用新案第204028040(CN,U)
【文献】特開2005-037347(JP,A)
【文献】実開昭58-134767(JP,U)
【文献】中国特許出願公開第103983686(CN,A)
【文献】鶴我 薫典 ほか,真空紫外光-イオントラップ/イオン化TOFMSによるごみ焼却炉排出ガス中のダイオキシン前駆体TCBのリアルタイム計測,J Mass Spectrom Soc Jpn,2004年,52(5),295-300
【文献】辻 典宏 ほか ,1光子イオン化質量分析法による大気中1-ニトロナフタレンのリアルタイム検出,分析化学,2012年,61(5),359-365
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60 - G01N 27/70
H01J 49/00 - H01J 49/48
G01N 1/00 - G01N 1/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
気体状組成物中の対象物質の濃度を真空紫外1光子イオン化質量分析により測定する気体状組成物の分析方法であって、
前記気体状組成物を用いて所定濃度の前記対象物質の標準試料を調製する試料調製工程と、
前記標準試料中の前記対象物質について真空紫外1光子イオン化質量分析に関する検量線を作成する検量線作成工程と、を有し、
前記試料調製工程において、前記気体状組成物中の前記対象物質を除去し、前記対象物質の濃度を、真空紫外1光子イオン化質量分析の検出限界以下とした前記気体状組成物を用いて、前記標準試料を調製する、気体状組成物の分析方法。
【請求項2】
前記試料調製工程において、前記気体状組成物に対し、既知濃度の前記対象物質を、前記対象物質が所定濃度となるように混合することにより、前記標準試料を調製する、請求項1に記載の気体状組成物の分析方法。
【請求項3】
校正用ガス発生装置により、前記既知濃度の対象物質を発生させる、請求項2に記載の気体状組成物の分析方法。
【請求項4】
前記気体状組成物を吸着剤に接触させ、前記対象物質を前記吸着剤に吸着させることにより、前記対象物質の除去を行う、請求項1~3項のいずれか一項に記載の気体状組成物の分析方法。
【請求項5】
前記気体状組成物中の前記対象物質について真空紫外1光子イオン化質量分析を行い、検量線を用いて前記気体状組成物中の前記対象物質の濃度を算出する分析工程を有する、請求項1~4のいずれか一項に記載の気体状組成物の分析方法。
【請求項6】
前記気体状組成物は、排出ガスである、請求項1~5のいずれか一項に記載の気体状組成物の分析方法。
【請求項7】
気体試料中に含まれる対象物質を定量的に検出する真空紫外1光子イオン化質量分析装置と、
気体状組成物発生源から発生する気体状組成物を前記真空紫外1光子イオン化質量分析装置へ移送する第1の流路と、
前記気体状組成物発生源から発生する前記気体状組成物を用いて所定濃度の前記対象物質の標準試料を調製する標準試料調製装置と、
前記標準試料調製装置により調製された前記標準試料を前記真空紫外1光子イオン化質量分析装置に移送する第2の流路と、を備え、
前記
標準試料調製装置において、前記気体状組成物中の前記対象物質を除去し、前記対象物質の濃度を、真空紫外1光子イオン化質量分析の検出限界以下とした前記気体状組成物を用いて、前記標準試料を調製する、
気体状組成物の分析システム。
【請求項8】
さらに、前記気体状組成物発生源から前記標準試料調製装置へ移送される前記気体状組成物中の前記対象物質を吸着する吸着装置を備える、請求項7に記載の気体状組成物の分析システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、気体状組成物の分析方法および分析システムに関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、工場等から排出される排出ガスには、芳香族化合物等の微量の成分が含まれている。このような微量成分は、人間を含む生物に対する健康被害をもたらし得るとともに、大気環境への影響が大きい。したがって、排出ガスに含まれる微量成分を経時的に検出し、定量することが求められている。
【0003】
気体中の成分を測定する方法として、真空紫外光を試料に照射して当該試料を1光子でイオン化させ、質量分析を行う真空紫外1光子イオン化質量分析法が提案されている。例えば、特許文献1には、レーザー光を利用した1光子イオン化質量分析装置と赤外分光装置とを組み合わせた環境負荷ガス中の分子種をモニタリングする測定システムおよび測定方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述したような真空紫外1光子イオン化質量分析は、イオン化時における分子開裂が抑制されており、検出感度に優れ、また、比較的時間応答性にも優れている。
【0006】
ところで、真空紫外1光子イオン化質量分析において対象物質を定量的に検出するためには、装置の校正を行う必要がある。一般的に真空紫外1光子イオン化質量分析装置の校正のためには、ベースガスに既知濃度の対象物質が含まれる試料を複数用意して、これらについて真空紫外一光子イオン化質量分析を行い、検量線を作成する必要がある。
【0007】
ここで、上述したような特許文献1等に開示される真空紫外1光子イオン化質量分析装置においては、イオン化室に試料を移送するために空気やAr等のベースガスを用いる。しかしながら、ベースガスが質量分析においてどのような影響を与えるかについては、知られていない。
【0008】
実際の煙道ガス等の排出ガスの主成分は、複数の種類のガス成分から成ることが多く、操業条件によって、それらの組成が大きく異なることもある。そして、従来のように空気やAr等のベースガスを用いて検量線を作成し、これを排出ガスの成分分析に適用した場合、どの程度の精度で成分を定量できるのか、検討されていなかった。
【0009】
そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、真空紫外1光子イオン化質量分析において気体状組成物を精度よく定量することが可能な、新規かつ改良された気体状組成物の分析方法および分析システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上述した課題を解決すべく鋭意検討した結果、1光子イオン化質量分析においては、ベースガスの種類によって対象物質の検出感度が大きく異なることを見出した。そして、検量線の作成の際に測定対象の気体状組成物自体をベースガスとして利用することにより、ベースガスによる対象物質の検出感度の変動の影響を防止し、気体状組成物中の対象物質を精度よく定量的に検出できるという知見を得た。さらに、かかる知見に基づき更なる検討を行った結果、以下に示す本発明に想到した。
上記のような知見に基づき完成された本発明の要旨は、以下の通りである。
【0011】
(1) 気体状組成物中の対象物質の濃度を真空紫外1光子イオン化質量分析により測定する気体状組成物の分析方法であって、
前記気体状組成物を用いて所定濃度の前記対象物質の標準試料を調製する試料調製工程
と、
前記標準試料中の前記対象物質について真空紫外1光子イオン化質量分析に関する検量線を作成する検量線作成工程と、を有し、
前記試料調製工程において、前記気体状組成物中の前記対象物質を除去し、前記気体状組成物中の前記対象物質の濃度を、真空紫外1光子イオン化質量分析の検出限界以下とした前記気体状組成物を用いて、前記標準試料を調製する、気体状組成物の分析方法。
(2)前記試料調製工程において、前記気体状組成物に対し、既知濃度の前記対象物質を、前記対象物質が所定濃度となるように混合することにより、前記標準試料を調製する、(1)に記載の気体状組成物の分析方法。
(3)校正用ガス発生装置により、前記既知濃度の対象物質を発生させる、(2)に記載の気体状組成物の分析方法。
(4)前記気体状組成物を吸着剤に接触させ、前記対象物質を前記吸着剤に吸着させることにより、前記対象物質の除去を行う、(1)~(3)のいずれか一項に記載の気体状組成物の分析方法。
(5)前記気体状組成物中の前記対象物質について真空紫外1光子イオン化質量分析を行い、検量線を用いて前記気体状組成物中の前記対象物質の濃度を算出する分析工程を有する、(1)~(4)のいずれか一項に記載の気体状組成物の分析方法。
(6)前記気体状組成物は、排出ガスである、(1)~(5)のいずれか一項に記載の気体状組成物の分析方法。
(7)気体試料中に含まれる対象物質を定量的に検出する真空紫外1光子イオン化質量分析装置と、
気体状組成物発生源から発生する気体状組成物を前記真空紫外1光子イオン化質量分析装置へ移送する第1の流路と、
前記気体状組成物発生源から発生する前記気体状組成物を用いて所定濃度の前記対象物質の標準試料を調製する標準試料調製装置と、
前記標準試料調製装置により調製された前記標準試料を前記真空紫外1光子イオン化質量分析装置に移送する第2の流路と、を備え、
前記標準試料調製装置において、前記気体状組成物中の前記対象物質を除去し、前記気体状組成物中の前記対象物質の濃度を、真空紫外1光子イオン化質量分析の検出限界以下とした前記気体状組成物を用いて、前記標準試料を調製する、
気体状組成物の分析システム。
(8)さらに、前記気体状組成物発生源から前記標準試料調製装置へ移送される前記気体状組成物中の前記対象物質を吸着する吸着装置を備える、(7)に記載の気体状組成物の分析システム。
【発明の効果】
【0012】
以上説明したように本発明によれば、真空紫外1光子イオン化質量分析において気体状組成物を精度よく定量することが可能な、新規かつ改良された気体状組成物の分析方法および分析システムを提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の一実施形態に係る気体状組成物の分析システムの概略構成を示す模式図である。
【
図2】
図1に示される真空紫外1光子質量分析装置の概略構成を示す模式図である。
【
図3】異なるベースガスを用いてシクロヘキサンの真空紫外1光子質量分析を行った結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書および図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0015】
<1.本発明の背景>
まず、本発明の詳細な説明に先立ち、本発明に至るまでの背景について説明する。
上述したように、真空紫外1光子イオン化質量分析は、イオン化時における分子開裂が抑制されており、検出感度に優れ、また、比較的時間応答性にも優れているため、排出ガス等の気体状組成物中の微量成分の分析に適している可能性がある。
【0016】
ここで、真空紫外1光子イオン化質量分析においては、イオン化室に試料を移送するために空気やAr等のベースガスを用いる。
また、真空紫外1光子イオン化質量分析において対象物質を定量的に検出するためには、装置の校正を行う必要がある。一般的に真空紫外1光子イオン化質量分析装置の校正のためには、ベースガスに既知濃度の対象物質が含まれる標準試料を複数用意して、これらについて真空紫外一光子イオン化質量分析を行い、検量線を作成する必要がある。従来これらの標準試料についても、ベースガスとして空気やアルゴンガス等を使用していた。
【0017】
一方で、工場等から排出される排出ガスを分析する場合には、排出ガスを真空紫外1光子イオン化質量分析装置により直接分析する。したがって、排出ガスにおけるベースガスは、排出源により大きく異なる。しかしながら、真空紫外1光子イオン化質量分析におけるベースガスの影響は、従来検討されていなかった。
【0018】
本発明者らは、このような状況下、真空紫外1光子イオン化質量分析におけるベースガスの影響を検討し、ベースガスの組成によって、真空紫外1光子イオン化質量分析の感度が大きく異なることを見出した。したがって、排出ガスを分析する際に、従来のように空気やアルゴンガス等をベースガスとして使用した標準試料を用いて校正を行うと、正確な測定値が得られないことが判明した。
【0019】
しかしながら、実際の工場から排出される排出ガスは、工場において行われる工程に応じて多種多様な成分組成を有している。また、排出ガスの主成分は、複数の種類のガスから成ることが多く、操業条件によって、それらの組成が異なることもある。したがって、排出ガスの組成を模したベースガスを用意することは困難である。
【0020】
そこで、本発明者らは、排出ガス由来のベースガスを校正用の標準試料の調製に利用し、排出ガスの真空紫外1光子イオン化質量分析法の精度を向上させることに着想した。
【0021】
<2.気体状組成物の分析システムの構成>
以下では、
図1~
図2を参照しながら、本発明の一実施形態に係る気体状組成物の分析システムの構成について詳細に説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係る気体状組成物の分析システムの概略構成を示す模式図である。
図2は、
図1に示される真空紫外1光子質量分析装置の概略構成を示す模式図である。
【0022】
図1に示す気体状組成物の分析システム1(以下、単に「分析システム」ともいう)は、真空紫外1光子質量分析装置2と、吸着装置3と、標準試料調製装置4と、第1の流路5と、第2の流路6と、第3の流路7と、を有している。
【0023】
気体状組成物の分析システム1は、気体状組成物発生源100において発生する気体状組成物を真空紫外1光子質量分析装置2により分析するためのシステムである。したがって、通常の測定時においては、第1の流路5を介して気体状組成物発生源100から真空紫外1光子質量分析装置2へ気体状組成物が導入され、気体状組成物中の対象となる物質(対象物質)の検出および定量が行われる。
【0024】
一方で、真空紫外1光子質量分析装置2の校正時においては、気体状組成物発生源100より気体状組成物が吸着装置3および第3の流路7を介して標準試料調製装置4へ供給される。標準試料調製装置4においては、気体状組成物を用いて標準試料が作成され、標準試料は、第2の流路6を介して真空紫外1光子質量分析装置2へ導入され、対象物質の検出が行われる。
【0025】
ここで、気体状組成物発生源100から供給される気体状組成物としては、特に限定されず、工場、ガスタービン、焼却炉等の産業施設や自動車、飛行機等の輸送機械から排出される排出ガス等が挙げられる。特に、排出ガスは、産業施設や輸送機械における燃料の燃焼や各種工程に応じて構成ガスの組成が異なる。例えば、製鉄所より排出される排出ガスは、比較的二酸化炭素の濃度が高い。また、排出ガスは、気体状組成物発生源100の操業条件により組成が変化し得る。したがって、このような排出ガスについて分析を行う場合、ベースガスの組成がそれぞれ異なり得る。本実施形態に係る気体状組成物の分析システム1は、後述する理由により、このような排出ガスについても精度よく対象物質を定量的に検出することができる。
【0026】
また、真空紫外1光子質量分析装置2において検出、定量される対象物質は、気体状組成物において気体として存在し得、真空紫外1光子質量分析装置2において検出され得る限り特に限定されない。対象物質は、例えば、芳香族化合物、炭化水素等の低分子または高分子の有機化合物であることができる。また、真空紫外1光子質量分析装置2において検出、定量される対象物質は、1種であってもよいし、複数種であってもよい。
【0027】
以下、気体状組成物の分析システム1の各構成について説明する。
図1および
図2に示す真空紫外1光子質量分析装置2は、導入部21と、イオン化部23と、質量分析部25と、レーザー発振部(図示せず)とを備えている。
【0028】
導入部21は、第1の流路5および第2の流路6と接続されており、第1の流路5または第2の流路6から供給される試料Sとしての気体状組成物または標準試料をイオン化部23のイオン化室231に導入する。
【0029】
イオン化部23は、イオン化室231と、イオン化室231内に設けられた押し出し電極233と引出し電極235とを備えている。イオン化室231は、図示せぬ真空ポンプにより真空状態が保たれている。そして、導入部21より導入され、試料Sは、イオン化室231内に連続的に噴射される。
【0030】
また、イオン化室231において噴射された試料Sには、押し出し電極233と引出し電極235との間隙において、レーザー発振部より真空紫外線レーザーVUVが照射される。これにより試料S中の対象物質が1光子でイオン化される。
【0031】
ここで、分子には、それぞれ固有のイオン化ポテンシャルが存在する。そして、このイオン化ポテンシャルを超える光子エネルギーを有する光子を分子に衝突させることにより、分子は1光子でイオン化される。このような1光子による分子のイオン化は、対象分子の開裂が生じない。また、イオン化ポテンシャルが光子エネルギー以下の分子は、真空紫外線レーザーVUVによりすべてイオン化されることができ、複数種の対象物質を同時にイオン化することも可能である。すなわち1光子イオン化により、複数種の対象物質についての分析が可能となる。そして、本実施形態においては、対象物質についてこのような1光子イオン化を行うために、真空紫外線レーザーVUVを使用する。
【0032】
対象物質のイオンは、押し出し電極233および引出し電極235により加速され、質量分析部25へ誘導される。
【0033】
質量分析部25は、飛行時間型質量分析計であり、イオン飛行部251と検出部253とを有している。イオン飛行部251は、無電場領域のフライトチューブである。押し出し電極233および引出し電極235により加速された対象物質のイオンは、イオン飛行部251において、その質量に応じた一定の速度で飛行し、検出部253に到達する。
【0034】
検出部253は、例えばデイリーイオン検出器であり、検出部253に到達したイオンを検出する。そして真空紫外線レーザーVUVの発振時間とその後検出部253に到達するまでの飛行時間の関係から、m/z値が特定される。また、検出部253において検出したイオンの量に応じた、m/z値毎の信号強度が検出される。
【0035】
このように得られた情報により、対象物質の特定および定量が可能となる。すなわち、m/z値により、イオン化した対象物質が特定される。さらに、対象物質の濃度と対応するm/z値の信号強度との検量線を予め作成しておき、検出された信号強度を検量線に代入することにより、対象物質の濃度が算出される。このような対象物質の特定および定量は、図示せぬ制御装置により行うことができる。
【0036】
レーザー発振部は、パルス状の真空紫外線レーザーVUVを発振する。具体的には、レーザー発振部は、キセノン、アルゴン、クリプトン等の希ガスが封入されたガスセルと、YAGレーザー等の固体レーザー発振部と、集光部とを備えている。固体レーザー発振部は、例えばYAGレーザーの3倍波(波長:355nm)等の固体レーザーの高調波をガスセルに導入する。ガスセルにおいては、希ガスが高調波の光子を複数吸収して共鳴し、真空紫外線レーザーVUVを発振する。このような真空紫外線レーザーVUVの波長は、例えばキセノン由来の場合、118nmである。発振された真空紫外線レーザーVUVは、集光部により、イオン化室231の試料Sに照射されるよう、集光される。
以上、真空紫外1光子質量分析装置2について説明した。
【0037】
吸着装置3は、第3の流路7の途中に配置されている。吸着装置3は、吸着剤が充填されたカラムであり、対象物質の少なくとも一部を吸着剤に吸着させることにより、気体状組成物発生源100から供給される気体状組成物から対象物質の少なくとも一部を除去する。このように気体状組成物発生源100から標準試料装置4へ移送される気体状組成物から対象物質の少なくとも一部を除去することにより、標準試料調製装置4において、より正確な濃度の対象物質を調製することが可能となる。なお、吸着装置3において対象物質を除去した場合であっても、気体状組成物を構成する主な気体組成は、ほとんど影響を受けない。吸着剤としては、特に限定されず、シリカゲル、ゼオライト、活性炭等が挙げられる。特に、吸着剤としてシリカゲルが好ましい。吸着装置3において処理された気体状組成物は、第3の流路7を通じて、標準試料調製装置4へ移送される。
【0038】
なお、吸着装置3は、省略されてもよい。このような場合においても、標準試料中のベースガスは、気体状組成物の気体組成に由来するため、十分に高い精度で対象物質を検出・定量することができる。
【0039】
標準試料調製装置4は、校正用ガス発生装置を備えている。校正用ガス発生装置は、例えば、パーミエーターであり、既知濃度の対象物質を発生させることが可能である。標準試料調製装置4は、校正用ガス発生装置により発生した既知濃度の対象物質と、供給された気体状組成物とを混合し、標準試料を調製する。調製された標準試料は、第2の流路6を通じて真空紫外1光子質量分析装置2へ移送され、検量線の作成に利用される。
【0040】
なお、第1の流路5は、気体状組成物発生源100と真空紫外1光子質量分析装置2とを接続し、気体状組成物を気体状組成物発生源100から真空紫外1光子質量分析装置2へ移送することができる。また、第2の流路6は、標準試料調製装置4と真空紫外1光子質量分析装置2とを接続し、標準試料を標準試料調製装置4から真空紫外1光子質量分析装置2へ移送することができる。第3の流路7は、気体状組成物発生源100と標準試料調製装置4とを接続し、気体状組成物を気体状組成物発生源100から吸着装置3を介して真空紫外1光子質量分析装置2へ移送することができる。
【0041】
なお、図示は省略するが、気体状組成物の分析システム1には、当該気体状組成物の分析システム1の動作を制御するための制御装置が設けられる。当該制御装置は、以上説明した、気体状組成物の分析システム1の各構成部材の動作を制御し得る。当該制御装置は、CPU(Central Processing Unit)等のプロセッサ、又はプロセッサとメモリ等の記憶素子が搭載された制御基板等であり得る。あるいは、当該制御装置は、PC(Personal Computer)等の汎用的な情報処理装置であってもよい。当該制御部のプロセッサが所定のプログラムに従って演算処理を実行することにより、以上説明した各種の機能が実現され得る。
以上、本実施形態に係る気体状組成物の分析システム1について説明した。
【0042】
<3.気体状組成物の分析方法>
次に、本実施形態に係る気体状組成物の分析方法について、気体状組成物の分析システム1の動作とともに、詳細に説明する。
本発明に係る気体状組成物の分析方法は、気体状組成物中の対象物質の濃度を真空紫外1光子イオン化質量分析により測定する気体状組成物の分析方法であって、
上記気体状組成物を用いて所定濃度の上記対象物質の標準試料を調製する試料調製工程と、
上記標準試料中の対象物質について真空紫外1光子イオン化質量分析に関する検量線を作成する検量線作成工程と、を有する。
【0043】
また、本実施形態に係る気体状組成物の分析方法は、
試料調製工程後、検量線作成工程前に、標準試料について真空紫外1光子イオン化質量分析を行う標準試料分析工程と、
気体状組成物中の対象物質について真空紫外1光子イオン化質量分析を行い、検量線を用いて前記気体状組成物中の前記対象物質の濃度を算出する分析工程とを有する。以下、各工程について説明する。
【0044】
(試料調製工程)
まず、気体状組成物を用いて所定濃度の対象物質の標準試料を調製する。具体的には、気体状組成物に対し、既知濃度の対象物質を、対象物質の濃度が所定値となるように混合することにより、標準試料を調製することができる。気体状組成物の流量と対象物質の混合量を調整して、所定濃度に制御できる。混合量は、例えば、標準試料調製装置4において対象物質の温度により蒸発量を制御することにより、調整可能である。尚、対象物質が純物質の場合は、標準試料調製装置4のパーミエーターにおいて生じる対象物質の(既知)濃度は、例えば、100%とすることができる。
【0045】
また、気体状組成物と既知濃度の対象物質との混合に先立ち、気体状組成物中に予め存在する対象物質を除去しておくことが好ましい。これにより、標準試料中の対象物質の濃度のばらつきが抑制され、検量線の精度が向上する。
【0046】
気体状組成物中に予め存在する対象物質の除去は、気体状組成物を、上述したような吸着剤に接触させ、対象物質の少なくとも一部を吸着剤に吸着させることにより行うことができる。このような吸着剤による対象物質の吸着により、通常、気体状組成物中の対象物質の濃度を、真空紫外1光子質量分析の検出限界以下とすることができる。
【0047】
具体的には、
図1において、まず、気体状組成物発生源100から発生する気体状組成物を、第3の流路7へ供給し、吸着装置3を構成する吸着剤充填カラムを通過させる。これにより、気体状組成物から既存の対象物質の少なくとも一部、好ましくは大部分を除去する。
【0048】
次いで、吸着装置3を通過した気体状組成物は、第3の流路7を介して標準試料調製装置4へ移送される。標準試料調製装置4では、校正用ガス発生装置により発生した既知濃度の対象物質を気体状組成物と混合し、標準試料を調製する。
【0049】
(標準試料分析工程)
次に、標準試料について真空紫外1光子イオン化質量分析を行う。具体的には、標準試料調製装置4において調製された標準試料を第2の流路6により真空紫外1光子質量分析装置に導入し、真空紫外1光子イオン化質量分析を行う。これにより、標準試料中の対象物質の濃度に応じた強度の検出信号が得られる。
【0050】
なお、後述する検量線の作成において、標準試料の数が多いほど、検量線の精度および分析工程における気体状組成物中の対象物質の定量精度が向上する。したがって、複数の標準試料、好ましくは複数の対象物質の濃度の異なる標準試料について、試料調製工程および標準試料分析工程を繰り返すことが好ましい。
【0051】
(検量線作成工程)
次に、標準試料中の対象物質について真空紫外1光子イオン化質量分析に関する検量線を作成する。検量線は、例えば、標準試料中の対象物質の濃度とこれに対応する検出信号の強度値とについて、回帰分析を行うことにより得ることができる。行う回帰分析は、特に限定されないが、線形回帰、特に最小二乗法を使用した単回帰分析が簡便である。なお、対象物質が複数である場合、対象物質ごとに検量線を作成する。
【0052】
(分析工程)
次に、気体状組成物中の対象物質について真空紫外1光子イオン化質量分析を行い、検量線を用いて気体状組成物中の対象物質の濃度を算出する。具体的には、まず気体状組成物発生源100から第1の流路5を介して直接真空紫外1光子質量分析装置2に気体状組成物を導入する。次いで、真空紫外1光子質量分析装置2において真空紫外1光子質量分析を行い、対象物質の濃度に対応する強度の検出信号を得る。そして、得られた検出信号の強度値を検量線に代入することにより、気体状組成物の対象物質の濃度を算出することができる。
【0053】
以上、本実施形態によれば、検量線を作成する際の標準試料の調製に気体状組成物を使用する。このため、真空紫外1光子質量分析において、本来の分析対象となる気体状組成物におけるベースガスの組成と、標準試料のベースガスの組成とが、極めて近いものとなる。したがって、真空紫外1光子質量分析におけるベースガスの影響を最小化でき、真値に近く、精度の高い対象物質の検出・定量が可能となる。
【0054】
なお、試料調製工程、標準試料分析工程および検量線作成工程は、気体状組成物発生源100の状態に応じて、適宜おこなうことができる。例えば、気体状組成物の分析開示や、工場の操業条件が変更された場合、あるいは、一定時間経過した場合等に、上記3工程を行うことができる。また、予め気体状組成物の真空紫外1光子イオン化質量分析を行い、その後試料調製工程、標準試料分析工程および検量線作成工程を行って検量線を作成し、当該検量線に気体状組成物の真空紫外1光子イオン化質量分析結果を代入し、気体状組成物中の対象物質の濃度を算出してもよい。
【実施例】
【0055】
以下に、実験例および実施例を示しながら、本発明に係る気体状組成物の分析方法および分析システムについて、具体的に説明する。なお、以下に示す実験例および実施例は、あくまでも本発明に係る気体状組成物の分析方法および分析システムを説明するための実験の一例であって、本発明が、下記の例に限定されるものではない。
【0056】
(実験例:ベースガスの種類による検出感度への影響)
真空紫外1光子イオン化質量分析におけるベースガスの影響を調査するために、複数種のベースガスを用いて、真空紫外1光子イオン化質量分析を行なった。
【0057】
ベースガスとしては、ヘリウム(He)、ネオン(Ne)、アルゴン(Ar)、空気(Air)および二酸化炭素(CO2)を用いた。試料に含める検出対象の物質としては、シクロヘキサンを用いた。パーミエーターにより所定量のシクロヘキサンを発生させ、ベースガスと混合して試料を調製した。
【0058】
真空紫外1光子イオン化質量分析装置としては、
図2に示すものと同様の構成を有する装置を使用した。レーザー発振部のガスセルにはキセノンを封入し、同ガスセルに対しYAGレーザーの3倍波(355nm)を導入することにより、真空紫外光(118nm)を発振させた。上記のような条件で、真空紫外1光子イオン化質量分析装置により各試料を分析した。
【0059】
得られた結果を
図3に示す。
図3は、異なるベースガスを用いてシクロヘキサンの真空紫外1光子質量分析を行った結果を示すグラフである。図中、シクロヘキサンの体積濃度(ppmV)と、検出信号の強度との関係をベースガス毎に示した。また、それぞれのベースガスを使用した場合について、検量線を求めた。
【0060】
図3に示すように、ベースガスが異なる場合、本来同一の濃度であった場合でも、検出信号の強度が大きく異なること、すなわち検出感度が大きく異なることが判明した。例えば、排出ガスに含まれるシクロヘキサンを分析する場合を想定し、検出された信号の強度が100,000であると仮定する。この場合、空気(Air)をベースガスとする検量線に基づくと、シクロヘキサンの濃度は8ppmV程度と判定される。しかしながら、実際の排出ガスの主成分ガスが二酸化炭素(CO
2)である場合、本来、シクロヘキサンの濃度は16ppmV程度であるべきである。したがって、空気(Air)をベースガスとする検量線を使用すると過小評価されることになる。
【0061】
以上より、実際の測定対象となる気体状組成物のベースガスの組成と、検量線の作成に用いるベースガスの組成とを一致させることが好ましいことが示唆された。また、これにより、測定対象となる気体状組成物を用いて標準試料を調製する本発明に係る気体状組成物の分析方法および分析システムにより、精度の高い対象物質の定量が可能となることが示唆された。
【0062】
(実施例1:検量線のベースガスの種類による分析精度の検討)
純Arガスまたは排出ガスをベースガスとする標準試料を用いて検量線を作成し、これらの検量線を用いて、試料ガスとしての排出ガス中のシクロヘキサンの定量を行った。
【0063】
まず、シクロヘキサンの定量に先立ち、排ガスの主成分をクロスフローモデュレーション方式非分散形赤外線分析法と磁気圧力式酸素計を組み合わせたガス分析装置で分析した結果、表1に示すガス組成であった。
【0064】
【0065】
次に、
図1に示すような分析システムを用いて分析を行った。
まず、Arガスベース検量線と、排出ガスベース検量線を作製した。具体的には、標準試料調製装置において、パーミエーターで試薬のシクロヘキサンを蒸発させ、純Arガスで所定濃度に希釈して標準試料を得、当該標準試料を真空紫外1光子イオン化質量分析装置に導入して分析を行い、Arガスベース検量線を得た。次に、標準試料調製装置において、パーミエーターで試薬のシクロヘキサンを蒸発させ、シリカゲルを充填した吸着装置を通過させた排出ガスで所定濃度に希釈して標準試料を得、当該標準試料を真空紫外1光子イオン化質量分析装置に導入して分析を行い、排ガスベース検量線を得た。
【0066】
次に、試料ガスとしてのシクロヘキサン濃度を20ppmVに調製した排出ガスベースの試料ガスを真空紫外1光子イオン化質量分析装置に導入し、積算時間1分間の条件で10回平行測定した。この結果、シグナル強度から排出ガスベース検量線を用いて濃度を求めると、試料ガス中におけるシクロヘキサンの濃度は平均20.3ppmVであり、その標準偏差は0.42ppmVであった。結果を表2に示す。
【0067】
【0068】
同様にシクロヘキサン20ppmVに調製した排出ガスベースの試料ガスを真空紫外1光子イオン化質量分析装置に導入し、同様の条件で測定して得られたシグナル強度から、Arガスベース検量線を用いて濃度を求めると13.2ppmVであった。この求められた濃度と実際の濃度値との差異は測定誤差をはるかに超えていた。
以上により、排出ガスを分析する際には、排ガスベースの検量線を用いて濃度値に換算することの有用性が示された。
【0069】
(実施例2)
上述した工場Aの排出ガスを
図1に示すような分析システムで測定した。
標準試料調製装置において、パーミエーターで試薬のベンゼンを蒸発させ、シリカゲルを充填した吸着装置を通過させた排出ガスで所定濃度に希釈して標準試料を得、当該標準試料を真空紫外1光子イオン化質量分析装置に導入して、ベンゼンに関する排ガスベース検量線を得た。
【0070】
次に、第1の流路を介して排出ガスを真空紫外1光子イオン化質量分析装置に導入し、排ガス中に含まれるベンゼン濃度の測定を行った結果は、1.6ppmVであった。この結果は、別途排出ガスをサンプリングしてガスクロマトグラフィー質量分析法(GC/MS)で測定した結果とも一致した。
【0071】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【符号の説明】
【0072】
1 分析システム
2 真空紫外1光子質量分析装置
21 導入部
23 イオン化部
231 イオン化室
233 押し出し電極
235 引出し電極
25 質量分析部
251 イオン飛行部
253 検出部
3 吸着装置
4 標準試料調製装置
5 第1の流路
6 第2の流路
7 第3の流路
100 気体状組成物発生源