(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-13
(45)【発行日】2023-02-21
(54)【発明の名称】タンパク質安定化剤及びタンパク質安定化試薬
(51)【国際特許分類】
C12N 9/96 20060101AFI20230214BHJP
A61K 9/08 20060101ALI20230214BHJP
A61K 47/32 20060101ALI20230214BHJP
C08F 220/36 20060101ALI20230214BHJP
C08F 220/28 20060101ALI20230214BHJP
C08F 220/12 20060101ALI20230214BHJP
C08L 89/00 20060101ALI20230214BHJP
C08L 33/14 20060101ALI20230214BHJP
C07K 1/00 20060101ALN20230214BHJP
C07K 16/00 20060101ALN20230214BHJP
【FI】
C12N9/96
A61K9/08
A61K47/32
C08F220/36
C08F220/28
C08F220/12
C08L89/00
C08L33/14
C07K1/00
C07K16/00
(21)【出願番号】P 2019520225
(86)(22)【出願日】2018-05-18
(86)【国際出願番号】 JP2018019368
(87)【国際公開番号】W WO2018216628
(87)【国際公開日】2018-11-29
【審査請求日】2020-12-22
(31)【優先権主張番号】P 2017103514
(32)【優先日】2017-05-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004341
【氏名又は名称】日油株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001564
【氏名又は名称】フェリシテ弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 裕貴
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 崇
(72)【発明者】
【氏名】坂元 伸行
【審査官】上村 直子
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-045794(JP,A)
【文献】特開2008-105358(JP,A)
【文献】特開2006-305401(JP,A)
【文献】国際公開第2016/133152(WO,A2)
【文献】特開2007-054516(JP,A)
【文献】科学と工業,2005年,Vol.79, No.4,p.188-193
【文献】Transactions of the Annual Meeting of the Society for Biomaterials,2010年,Vol.32, No.2,p.678
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 9/00-9/99
C07K 1/00-19/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵素標識抗体、水、及び
酵素活性安定化剤を含有し、
前記
酵素活性安定化剤が、単量体a、単量体b、及び単量体cを共重合した共重合体であって、
前記単量体aが下記式(1):
【化1】
[式(1)中、R
1は水素原子又はメチル基である。]で表され、
前記単量体bが下記式(2):
【化2】
[式(2)中、R
2は水素原子又はメチル基であり、R
3は2個以上の水酸基を有する炭素数3~6のアルキル基である。]で表され、
前記単量体cが下記式(3):
【化3】
[式(3)中、R
4は水素原子又はメチル基であり、R
5は炭素数2~18のアルキル基である。]で表され、
前記
酵素標識抗体及び前記
酵素活性安定化剤が水に溶解している、水以外の溶媒を含まない水溶液であり、
前記
酵素活性安定化剤の含有量が0.01~5.0質量%である、
酵素活性安定化試薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質安定化剤、及びタンパク質を含有する溶液中に該タンパク質安定化剤が溶解されているタンパク質安定化試薬に関する。
【背景技術】
【0002】
臨床検査、体外診断、コンパニオン診断の分野において、酵素免疫測定法、免疫比濁法、ラテックス凝集法、イムノクロマト法、核酸分析、免疫染色をはじめとした生化学測定が広く用いられている。また近年は、これらの測定技術を応用した食品分析、環境分析も広く行われるようになっている。
【0003】
上記診断及び分析場面において正確性は必須要件である。従って、診断又は分析用の試薬の一成分として使用される酵素、抗体、標識抗体等のタンパク質が長期間安定に生理活性等を保持できることが重要である。また、上記測定方法の測定対象物(検体)が、酵素や抗体等のタンパク質である場合もあり、このようなときも測定対象物のタンパク質が安定に保管される必要がある。
【0004】
試薬の一成分であるタンパク質に求められる安定性とは、具体的には、タンパク質安定化試薬を室温下に保存した場合の安定性、及び冷蔵状態で保存した場合の安定性である。室温下に保存した場合の安定性とは、生化学測定に際して試薬を準備してから測定までの待ち時間、或いは自動分析装置を用いた多検体処理における測定待ち時間での試薬の活性維持を念頭においた安定性である。また冷蔵状態で保存した場合の安定性とは、試薬の長期保管、或いは自動分析装置における試薬のオンボード保存を念頭に置いた安定性である。なお、タンパク質が測定対象物である場合に求められる安定性も、測定対象物を含む溶液が上記と同様の状況下に置かれた場合の安定性である。
【0005】
このように、タンパク質の安定化は非常に重要であるが、多くのタンパク質は種々の要因、例えば熱、冷蔵、凍結、光、pH、塩濃度、酸化、容器への非特異的吸着、タンパク質の自己凝集等の影響を受けて容易に変性、失活してしまう。
【0006】
また、自動分析装置においては、自動化でのハンドリングの容易さから、試薬や測定対象物は溶液状態であることが好まれるが、溶液中に溶解されているタンパク質は、水分をほとんど含まない乾燥状態のタンパク質と比較して、その長期安定性が非常に低いことが知られている。
【0007】
タンパク質が溶解している溶液を安定化させる方法としては、ウシ血清アルブミン(以後、BSAと略称する)を該溶液に添加する方法が一般的に知られている。しかし、該方法によるタンパク質の安定化効果は十分ではない。更に、狂牛病をはじめとした感染症リスク、天然物ゆえのロット間のバラツキ(低再現性)、長期保管時のBSAの凝集沈殿の発生等、種々の問題が存在する。
【0008】
そこで、BSAの代替として、特許文献1はアミノ酸エステルやポリアミンを、特許文献2はホスホリルコリン基を有する共重合体を、非特許文献1はアミノ酸を、非特許文献2はポリエチレングリコールを、含有するタンパク質含有溶液を開示している。また、スクロース、ラクトース、トレハロース等の糖類をタンパク質含有溶液に溶解させ、タンパク質の安定化効果を向上させる方法も知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2004-108850
【文献】特開1998-45794
【非特許文献】
【0010】
【文献】K. Shiraki, et. al., J. Biochem., 132, 591-595 (2002)
【文献】Cleland JL, et. al., J. Biol. Chem., 267, 13327-13334 (1992)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、上記のいずれの方法もタンパク質安定化効果は不十分である。また、スクロース等の糖類をタンパク質含有溶液に溶解させた場合、該溶液の増粘が起こり、溶液のハンドリング性が低下するおそれがある。従って、タンパク質含有溶液の増粘防止とタンパク質の十分な安定化との両立は非常に困難である。
【0012】
そこで、本発明の課題は、生化学測定において用いられる酵素、抗体、酵素標識抗体等のタンパク質を溶液中で安定に保存するための、タンパク質安定化剤及びタンパク質安定化試薬を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意検討した結果、特定の共重合体が、溶液中でタンパク質を高度に安定化することを見出し、本発明を完成した。
【0014】
即ち、本発明の一形態によれば、式(1)の単量体a、式(2)の単量体b、及び式(3)の単量体cを共重合した共重合体からなるタンパク質安定化剤が提供される。
【0015】
【0016】
式(1)中、R1は水素原子又はメチル基である。式(2)中、R2は水素原子又はメチル基であり、R3は2個以上の水酸基を有する炭素数3~6のアルキル基である。式(3)中、R4は水素原子又はメチル基であり、R5は炭素数2~18のアルキル基である。
【0017】
本発明の他の形態によれば、タンパク質、水、及び上記タンパク質安定化剤を含有し、該タンパク質安定化剤の含有量が0.01~5.0質量%である、タンパク質安定化試薬が提供される。
【発明の効果】
【0018】
本発明のタンパク質安定化剤及びタンパク質安定化試薬は、生化学測定において用いられる酵素、抗体、酵素標識抗体等のタンパク質を、室温及び低温いずれの温度下においても、溶液中で長期間にわたって安定に保存することができる。また、このタンパク質安定化試薬にスクロース等の糖類を添加する場合、その添加量が少量であってもタンパク質安定化効果を改善することができるため、溶液の増粘を抑制することができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明のタンパク質安定化剤は、式(1)で表される単量体a、式(2)で表される単量体b、及び式(3)で表される単量体cを共重合した共重合体からなる。
【0020】
【0021】
式(1)中、R1は水素原子又はメチル基である。原料入手性の観点からは、R1はメチル基であることが好ましい。
【0022】
式(2)中、R2は水素原子又はメチル基である。安定性の観点からは、R2はメチル基であることが好ましい。
【0023】
式(2)中、R3は2個以上の水酸基を有する炭素数3~6のアルキル基である。入手性の観点からは、R3は2~4個の水酸基を有する炭素数3~5のアルキル基であることが好ましい。
【0024】
式(2)の単量体bの具体例としては、グリセリンモノ(メタ)アクリレート、トレイトールモノ(メタ)アクリレート、エリトリトールモノ(メタ)アクリレート、キシリトールモノ(メタ)アクリレート、アラビトールモノ(メタ)アクリレート、マンニトールモノ(メタ)アクリレート、ガラクチトールモノ(メタ)アクリレート、ソルビトールモノ(メタ)アクリレート等が挙げられる。特に、グリセリンモノ(メタ)アクリレート及びキシリトールモノ(メタ)アクリレートが好ましい。なお、本願において、「(メタ)アクリレート」は、「アクリレート及び/又はメタクリレート」を表す。
【0025】
式(3)中、R4は水素原子又はメチル基である。安定性の観点からは、R4はメチル基であることが好ましい。
【0026】
式(3)中、R5は炭素数2~18のアルキル基である。このアルキル基は水酸基等の置換基を有さない。
【0027】
式(3)の単量体cの具体例としては、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸プロピル、(メタ)アクリル酸ブチル、(メタ)アクリル酸ペンチル、(メタ)アクリル酸ヘキシル、(メタ)アクリル酸ヘプチル、(メタ)アクリル酸オクチル、(メタ)アクリル酸ノニル、(メタ)アクリル酸デシル、(メタ)アクリル酸ウンデシル、(メタ)アクリル酸ドデシル、(メタ)アクリル酸トリデシル、(メタ)アクリル酸テトラデシル、(メタ)アクリル酸ペンタデシル、(メタ)アクリル酸セチル、(メタ)アクリル酸ヘプタデシル、(メタ)アクリル酸ステアリル等が挙げられる。特に、メタクリル酸ブチル、メタクリル酸ラウリル、及びメタクリル酸ステアリルが好ましい。なお、本願において、「(メタ)アクリル酸」は、「アクリル酸及び/又はメタクリル酸」を表す。
【0028】
共重合に用いる単量体a、単量体b、及び単量体cの合計を100モル%とすると、単量体aの割合が10~80モル%であり、単量体bの割合が10~80モル%であり、単量体cの割合が10~80モル%であることが好ましい。タンパク質安定化効果向上の観点から、単量体aの割合が40~50モル%であり、単量体bの割合が20~40モル%であり、単量体cの割合が20~40モル%であることがより好ましい。
【0029】
上記単量体a~cを共重合した共重合体は、下記式(4)~(6)の構成単位を有する3元共重合体である。式(4)~(6)中のR1~R5は、式(1)~(3)中のそれらと同義であり、好ましい態様も同じである。該共重合体は後述の各重合方法に応じた末端構造を有する。重合反応の特異性から、意図しない分岐構造や副生物を少量含有するものも、該共重合体の範囲内である。また、不可避的不純物を含有するものも、該共重合体の範囲内である。
【0030】
【0031】
共重合体中の式(4)~(6)の構成単位の割合は、共重合に用いる単量体a~cの割合に対応している。式(4)~(6)の構成単位の数の合計を100%とすると、式(4)の構成単位の割合が10~80%であり、式(5)の構成単位の割合が10~80%であり、式(6)の構成単位の割合が10~80%であることが好ましい。式(4)の構成単位が40~50%であり、式(5)の構成単位が20~40%であり、式(6)の構成単位が20~40%であることがより好ましい。なお、共重合体において、式(4)~(6)の構成単位以外の末端構造等は極僅かであり、ほとんど無視できる範囲である。
【0032】
本発明のタンパク質安定化剤である、単量体a~cを共重合した共重合体は、ランダム共重合体やブロック共重合体等いずれの構造であってもよく、これらの共重合体の混合物であってもよい。
【0033】
共重合体の分子量は、ゲルろ過クロマトグラフィー分析によるポリエチレングリコール換算の重量平均分子量(Mw)で、1,000~700,000であり、5,000~500,000が好ましく、10,000~250,000がより好ましく、50,000~150,000が特に好ましい。タンパク質安定化効果が良好だからである。なお、ゲルろ過クロマトグラフィー分析は、例えば、高速液体クロマトグラフィーシステムCCPS8020シリーズ(東ソー株式会社製)を用いて行ってよい。
【0034】
共重合体を得るための共重合の方法としては、溶液重合、塊状重合、乳化重合、懸濁重合等の公知の方法を用いることができる。例えば、溶媒中、重合開始剤の存在下、ラジカル重合等の重合反応によって、単量体a~cを重合する方法を採用することができる。
【0035】
重合反応に用いる開始剤は、通常の開始剤から選択でき、例えば、ラジカル重合の場合は脂肪族アゾ化合物や有機過酸化物であってよい。具体例としては、2,2’-アゾビスイソブチロニトリル、過酸化ベンゾイル、ジイソプロピルペルオキシジカーボネート、t-ブチルペルオキシ-2-エチルヘキサノエート、t-ブチルペルオキシピバレート、t-ブチルペルオキシジイソブチレートや、過硫酸カリウム、過硫酸アンモニウム等の過硫酸塩等が挙げられる。これらの重合開始剤は2種以上を混合して使用してもよい。また、レドックス系のラジカル促進剤を使用してもよい。
【0036】
重合温度としては、30℃~80℃が好ましく、40℃~70℃がより好ましい。また、重合時間は2~72時間が好ましい。重合反応が良好に進行するからである。更に、重合反応を円滑に行うために溶媒を用いてもよく、該溶媒としては、水、メタノール、エタノール、プロパノール、t-ブタノール、ベンゼン、トルエン、ジメチルホルムアミド、テトラヒドロフラン、ジオキサン、クロロホルム、これらの混合物等を挙げることができる。
【0037】
本発明のタンパク質安定化剤によって安定化可能なタンパク質は特に限定されないが、免疫グロブリンG、免疫グロブリンE等の抗体、ペルオキシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、β-D-ガラクトシダーゼ、リパーゼ、DNAポリメラーゼ、RNAポリメラーゼ、逆転写酵素等の酵素、抗体と酵素の複合体(酵素標識抗体)等が挙げられる。これらの中でも、酵素免疫測定法で多用される酵素標識抗体の安定化に好適に適用することができる。
【0038】
本発明のタンパク質安定化剤は、溶液中でタンパク質と共存することによって、タンパク質の失活を防止し、その生理活性を長期間維持する。好ましくは、本発明のタンパク質安定化剤が溶解した水溶液中にタンパク質を溶解させて保管する。
【0039】
該水溶液中にはタンパク質と本発明のタンパク質安定化剤のみが溶解していてもよく、又は、更に緩衝剤が溶解していてもよい。即ち、タンパク質及び本発明のタンパク質安定化剤を溶解する溶媒として、本分野で通常用いられる緩衝液を用いることができる。例えば、リン酸緩衝液、トリス緩衝液、グッド緩衝液、グリシン緩衝液、ホウ酸緩衝液、炭酸緩衝液等が挙げられる。また、これらを混合して使用してもよい。
【0040】
該水溶液中において、本発明のタンパク質安定化剤の濃度は0.01~5.0質量%が好ましい。タンパク質安定化効果が良好だからである。なお、安定化させるタンパク質の水溶液中の好ましい濃度は、対象のタンパク質によって大きく異なるため、対象とするタンパク質に合わせてその好適な濃度とすればよい。
【0041】
タンパク質の安定化に好適な温度は-30℃~40℃であり、特に好ましくは0℃~30℃である。即ち、当該温度範囲内で、タンパク質と本発明のタンパク質安定化剤とを溶液中に共存させることにより、タンパク質を長期間安定に保管することができる。
【0042】
本発明のタンパク質安定化試薬は、タンパク質、水、及び本発明のタンパク質安定化剤を含有する溶液であり、該溶液中に本発明のタンパク質安定化剤が0.01~5.0質量%含有されている。好ましくは、本発明のタンパク質安定化剤及びタンパク質が水に溶解された水溶液である。水としては、精製水、純水、イオン交換水等が好ましい。
【0043】
タンパク質安定化試薬に含まれるタンパク質は、上記タンパク質安定化剤によって安定化可能なタンパク質である。また、タンパク質安定化試薬中のタンパク質の濃度は、タンパク質の種類等によって大きく異なり、例えば、10-15~1質量%の範囲で安定化させるタンパク質や、試薬の使用目的に合わせて調整することが好ましい。
【0044】
本発明のタンパク質安定化剤は、タンパク質の酵素活性、抗体活性、抗原性等の生理活性を失わせる条件でなければ、上記したように通常この分野で用いられる緩衝液を併用使用することができる。従って、タンパク質、水、本発明のタンパク質安定化剤、及び緩衝液を含有するタンパク質安定化試薬とすることができる。或いは、タンパク質及びタンパク質安定化剤を緩衝液に溶解させてタンパク質安定化試薬とすることもできる。
【0045】
併用使用可能な緩衝液としては、例えば、リン酸緩衝液、トリス塩酸緩衝液、グッド緩衝液、グリシン緩衝液、ほう酸緩衝液、炭酸緩衝液等が挙げられる。
【0046】
更に、本発明の目的を阻害しない範囲で、通常この分野で用いられる他の試薬類や化合物等を併用使用してもよい。即ち、本発明のタンパク質安定化試薬は、タンパク質、水、本発明のタンパク質安定化剤以外に、これらの試薬類や化合物等を含有してもよい。これらの試薬類や化合物等として、例えば、ポリオール、ポリエーテル、安定化対象のタンパク質以外のタンパク質、塩類、界面活性剤、生化学試薬、防腐剤、有機溶剤等が挙げられる。ポリオールとしては、グリセロール、スクロース、グルコース等が挙げられる。ポリエーテルとしては、ポリオキシエチレングリコール等が挙げられる。安定化対象のタンパク質以外のタンパク質としては、血清アルブミン、ゼラチン、カゼイン等が挙げられる。塩類としては、グリシン、アラニン、グルタミン酸、アスパラギン酸、リシン、ヒスチジン等のアミノ酸及びアミノ酸塩類、ペプチド類、ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、リン酸塩、硫酸塩、塩酸塩等の無機塩類、トリスヒドロキシエチルアミノメタン、エチレンジアミン四酢酸、酢酸、クエン酸、リンゴ酸等の有機塩類等が挙げられる。界面活性剤としては、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンソルビタンモノアルキルエーテル、アルキルベタイン等が挙げられる。生化学試薬としては、フラビン類、コリパーゼ等の補酵素、ヌクレオシド、ヌクレオチド等の核酸類等が挙げられる。防腐剤としては、アジ化ナトリウム、パラオキシ安息香酸製剤、デヒドロ酢酸製剤、プロクリン製剤等が挙げられる。有機溶剤としては、メタノール、エタノール、n-プロパノール、イソプロパノール、イソアミルアルコール、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、テトラヒドロフラン、クロロホルム、フェノール等が挙げられる。
【0047】
本発明のタンパク質安定化剤の使用温度としては、上記したようにタンパク質安定化効果の点で、-30℃~40℃が好ましく、0℃~30℃がより好ましい。従って、本発明のタンパク質安定化試薬の保管温度も-30℃~40℃が好ましく、0℃~30℃がより好ましい。なお、0℃以下で保管する場合は、グリセロール等の凍結防止効果のある有機溶媒を添加することが好ましい。
【実施例】
【0048】
以下、実施例に基づき本発明をより詳細に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。
【0049】
<共重合体の合成>
合成例1~4に示すように、本発明のタンパク質安定化剤として共重合体1及び2を合成し、比較例のタンパク質安定化剤として共重合体3及び4を合成した。合成例1~4では以下の単量体を使用した。
・単量体a;2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(以後、MPCと略称する)
・単量体b;グリセリンモノメタクリレート(以後、GLMと略称する)
・単量体c;メタクリル酸n-ブチル(以後、BMAと略称する)
・単量体x;単量体a~c以外の単量体であるメタクリル酸(以後、MAcと略称する)
【0050】
合成例1(共重合体1の合成)
8.4gのMPC、4.5gのGLM、及び2.1gのBMAを重合用ガラス製フラスコに秤量し、これに重合開始剤として0.147gの2,2’-アゾビスイソブチロニトリル(以後、AIBNと略称する)を加え、重合溶媒として42.5gの精製水と42.5gのエタノールを加えた。即ち、単量体のモル比は、MPC/GLM/BMA=40/40/20であった。反応容器内を十分に窒素置換した後、55℃で5時間加温することで重合反応を行った。得られた反応液を氷冷し、ジエチルエーテルに滴下して生成物を沈殿させた。沈殿を濾別し、ジエチルエーテルで洗浄し、真空乾燥して、白色粉末状の共重合体1を得た。
【0051】
得られた共重合体1をリン酸生理緩衝食塩水に溶解し、この溶液のゲルろ過クロマトグラフィー(以下GFCと記載)分析を行った。その結果、共重合体1の重量平均分子量は、ポリエチレングリコール換算で98,000であった。なお、GFC分析は以下の条件で行った。
システム:高速液体クロマトグラフィーシステムCCPS8020シリーズ(東ソー株式会社製)
カラム:SB-802.5 HQ及びSB-806MN HQを直列に接続
溶離液:20mMリン酸バッファー
検出器:RI及びUV(波長210nm)
流速:0.5mL/分
測定時間:70分
注入量:100μL
ポリマー濃度:0.1重量%
カラムオーブン温度:45℃
【0052】
合成例2(共重合体2の合成)
11.4gのMPC、3.1gのGLM、及び5.5gのBMAを重合用ガラス製フラスコに秤量し、これに重合開始剤として0.730gのAIBNを加え、重合溶媒として40.0gの精製水と40.0gのエタノールを加えた。即ち、単量体のモル比は、MPC/GLM/BMA=40/20/40であった。反応容器内を十分に窒素置換した後、55℃で5時間加温することで重合反応を行った。得られた反応液を氷冷し、ジエチルエーテルに滴下して生成物を沈殿させた。沈殿を濾別し、ジエチルエーテルで洗浄し、真空乾燥して、白色粉末状の共重合体2を得た。
【0053】
得られた共重合体2をリン酸生理緩衝食塩水に溶解し、この溶液のGFC分析を行った。その結果、共重合体2の重量平均分子量は、ポリエチレングリコール換算で22,000であった。なお、GFC分析は合成例1と同様の条件で行った。
【0054】
合成例3(共重合体3の合成)
4.7gのMPC及び5.3gのBMAを重合用ガラス製フラスコに秤量し、これに重合開始剤として0.244gのAIBNを加え、重合溶媒として27.0gの精製水と63.0gのエタノールを加えた。即ち、単量体のモル比は、MPC/BMA=30/70であった。反応容器内を十分に窒素置換した後、55℃で5時間加温することで重合反応を行った。得られた反応液を氷冷し、ジエチルエーテルに滴下して生成物を沈殿させた。沈殿を濾別し、ジエチルエーテルで洗浄し、真空乾燥して、白色粉末状の共重合体3を得た。
【0055】
得られた共重合体3をリン酸生理緩衝食塩水に溶解し、この溶液のGFC分析を行った。その結果、共重合体3の重量平均分子量は、ポリエチレングリコール換算で93,000であった。なお、GFC分析は合成例1と同様の条件で行った。
【0056】
合成例4(共重合体4の合成)
6.0gのMPC及び4.0gのMAcを重合用ガラス製フラスコに秤量し、これに重合開始剤として0.78gのAIBNを加え、重合溶媒として90.0gの精製水を加えた。即ち、単量体のモル比は、MPC/MAc=30/70であった。反応容器内を十分に窒素置換した後、70℃で6時間加温することで重合反応を行った。得られた反応液を氷冷し、ジエチルエーテルに滴下して生成物を沈殿させた。沈殿を濾別し、ジエチルエーテルで洗浄し、真空乾燥して、白色粉末状の共重合体4を得た。
【0057】
得られた共重合体4をリン酸生理緩衝食塩水に溶解し、この溶液のGFC分析を行った。その結果、共重合体4の重量平均分子量は、ポリエチレングリコール換算で680,000であった。なお、GFC分析は合成例1と同様の条件で行った。
【0058】
合成例1~4の単量体モル比及び重量平均分子量を表1に示す。
【0059】
【0060】
<室温保管条件におけるタンパク質安定化効果の評価試験>
共重合体1及び2を用いて実施例1-1~1-4のタンパク質安定化試薬を調製した。また、共重合体3及び4を用いて比較例1-1及び1-2のタンパク質安定化試薬を調製し、共重合体とは異なるタンパク質安定化剤を用いて比較例1-3及び1-4のタンパク質安定化試薬を調製した。比較例1-5ではタンパク質安定化剤を使用せず、タンパク質含有溶液を調製した。便宜上、比較例1-5のタンパク質含有溶液もタンパク質安定化試薬と称する。これらタンパク質安定化試薬を用い、下記の通り、室温保管条件下におけるタンパク質安定化効果の試験を実施した。
【0061】
実施例1-1
タンパク質安定化試薬の調製
ダルベッコリン酸緩衝生理食塩水(CAT NO.D1408、SIGMA-ALDRICH社製)に、西洋ワサビペルオキシダーゼ標識ヤギ抗マウス免疫グロブリンG抗体(CAT NO.170-6516、バイオラッド社製;以後、POD-IgGと略称する)をその最終濃度が0.005体積%となるように、及び共重合体1の5質量%水溶液をその最終濃度が50体積%(最終溶液中の共重合体1の濃度としては約2.5w/v%)となるように溶解し、タンパク質安定化試薬を調製した。なお、本願において、「w/v%」は「(質量/体積)%」を意味し、100mlの溶液中のある成分の質量をグラム(g)で表したものである。例えば、「溶液が1.0w/v%の共重合体を含有する」とは、100mlの溶液が1.0gの共重合体を含有していることを意味する。
【0062】
タンパク質安定化効果の評価試験
調製したタンパク質安定化試薬を25℃下でインキュベート保管し、インキュベートを開始した日を試験の「開始日」とし、開始日当日(インキュベート前)、1日後、3日後、及び6日後に下記試験方法によってタンパク質安定化効果を評価した。
【0063】
開始日及び各経過日に、タンパク質安定化試薬をポリスチレン製96-wellマイクロプレートに8μL/wellで加え、3,3’,5,5’-テトラメチルベンジジン溶液(TMB)(CAT NO.50-76、KPL社製)を100μL/well添加し、POD-IgG(タンパク質)との発色反応を7分間行った。つづいて、2Nの硫酸を50μL/well加え、発色反応を停止させた。この反応液について、波長450nmに対する吸光度を測定することにより、POD-IgGの安定化効果(タンパク質安定化効果)を評価した。
【0064】
具体的には、タンパク質安定化試薬調製直後である開始日の吸光度と、各経過日の吸光度とを下記方法により測定して、下記数式[1]により酵素活性残存率(%)を算出した。タンパク質安定化効果は、当該酵素活性残存率(%)により評価した。酵素活性残存率の値が高いほどタンパク質安定化効果が高いことを表す。なお、開始日の酵素活性残存率は、下記数式1の分母分子とも「開始日の吸光度」であるので、100%である。また、酵素活性残存率80%以上を維持していた日数を、高活性維持期間(日間)とした。酵素活性残存率及び高活性維持期間の測定結果を表2に示す。
【0065】
吸光度測定方法
下記数式[1]の酵素活性残存率を算出するためのタンパク質安定化試薬の吸光度は、Spectra Max M3(Molecular Device社製)を使用して、エンドポイント波長450nmの条件で測定した。
【0066】
【0067】
実施例1-2
共重合体1の5質量%水溶液をその最終濃度が10体積%(最終溶液中の共重合体1の濃度としては約0.5w/v%)となるように溶解したこと以外は実施例1-1と同様に、タンパク質安定化試薬を調製し、評価試験を行った。結果を表2に示す。
【0068】
実施例1-3
共重合体1の5質量%水溶液の代わりに、共重合体2の5質量%水溶液を用いたこと以外は実施例1-1と同様に、タンパク質安定化試薬を調製し、評価試験を行った。結果を表2に示す。
【0069】
実施例1-4
共重合体1の5質量%水溶液の代わりに、共重合体2の5質量%水溶液をその最終濃度が10体積%(最終溶液中の共重合体2の濃度としては約0.5w/v%)となるように溶解したこと以外は実施例1-1と同様に、タンパク質安定化試薬を調製し、評価試験を行った。結果を表2に示す。
【0070】
比較例1-1
共重合体1の5質量%水溶液の代わりに、共重合体3の5質量%水溶液を用いたこと以外は実施例1-1と同様に、タンパク質安定化試薬を調製し、評価試験を行った。結果を表2に示す。
【0071】
比較例1-2
共重合体1の5質量%水溶液の代わりに、共重合体4の5質量%水溶液を用いたこと以外は実施例1-1と同様に、タンパク質安定化試薬を調製し、評価試験を行った。結果を表2に示す。
【0072】
比較例1-3
共重合体1の5質量%水溶液の代わりに、スクロースを最終濃度が10w/v%となるように使用したこと以外は実施例1-1と同様に、タンパク質安定化試薬を調製し、評価試験を行った。結果を表2に示す。
【0073】
比較例1-4
共重合体1の5質量%水溶液の代わりに、BSAの5質量%水溶液を用いたこと以外は実施例1-1と同様に、タンパク質安定化試薬を調製し、評価試験を行った。結果を表2に示す。
【0074】
比較例1-5
ダルベッコリン酸緩衝生理食塩水にPOD-IgGのみを添加し、POD-IgGの最終濃度が0.005体積%となるように精製水で濃度調整してタンパク質安定化試薬を調製し、実施例1-1と同様に評価試験を行った。結果を表2に示す。
【0075】
【0076】
表2から明らかなように、実施例1-1~1-4のタンパク質安定化試薬は、比較例1-1~1-5のタンパク質安定化試薬と比べ、室温保管条件におけるタンパク質(POD-IgG)の安定化効果が顕著に優れている。なお、酵素活性残存率が経日により若干増加した値を示す場合があるが、測定誤差であると思われる。
【0077】
<冷蔵保管条件におけるタンパク質安定化効果の評価試験>
下記の通り、タンパク質安定化試薬を調製し、冷蔵保管条件下におけるタンパク質安定化効果の試験を実施した。
【0078】
実施例2-1
共重合体1の5質量%水溶液をその最終濃度が10体積%(最終溶液中の共重合体1の濃度としては約0.5w/v%)となるように溶解したこと以外は実施例1-1と同様に、タンパク質安定化試薬を調製した。インキュベート保管温度を4℃とし、タンパク質安定化効果の評価を実施する経過日を、開始日当日、1週間後、2週間後、4週間後、8週間後、15週間後、30週間後、及び60週間後に変更したこと以外は実施例1-1と同様に、評価試験を行った。結果を表3に示す。なお、冷蔵保管条件での評価試験における高活性維持期間の単位は「週間」とした。
【0079】
実施例2-2
共重合体1の5質量%水溶液をその最終濃度が2体積%(最終溶液中の共重合体1の濃度としては約0.1w/v%)となるように溶解したこと以外は実施例2-1と同様に、タンパク質安定化試薬を調製し、評価試験を行った。結果を表3に示す。
【0080】
実施例2-3
共重合体2の5質量%水溶液をその最終濃度が10体積%(最終溶液中の共重合体2の濃度としては約0.5w/v%)となるように溶解したこと以外は実施例2-1と同様に、タンパク質安定化試薬を調製し、評価試験を行った。結果を表3に示す。
【0081】
実施例2-4
共重合体2の5質量%水溶液をその最終濃度が2体積%(最終溶液中の共重合体2の濃度としては約0.1w/v%)となるように溶解したこと以外は実施例2-1と同様に、タンパク質安定化試薬を調製し、評価試験を行った。結果を表3に示す。
【0082】
実施例2-5
共重合体2の5質量%水溶液をその最終濃度が2体積%(最終溶液中の共重合体2の濃度としては約0.1w/v%)となるように溶解し、更にスクロースをその最終濃度が10質量%となるように溶解したこと以外は実施例2-1と同様に、タンパク質安定化試薬を調製し、評価試験を行った。結果を表3に示す。
【0083】
比較例2-1~2-5
比較例2-1~2-5のタンパク質安定化試薬をそれぞれ比較例1-1~1-5と同様にして調製し、実施例2-1と同様に評価試験を行った。結果を表3に示す。
【0084】
【0085】
表3から明らかなように、実施例2-1~2-5のタンパク質安定化試薬は、比較例2-1~2-5のタンパク質安定化試薬と比べ、冷蔵保管条件におけるタンパク質(POD-IgG)の安定化効果が顕著に優れている。なお、酵素活性残存率が経日により若干増加した値を示す場合があるが、測定誤差であると思われる。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明のタンパク質安定化剤、及びタンパク質安定化剤を含むタンパク質安定化試薬は、タンパク質が安定に生理活性を維持することが求められる分野、好適には臨床検査、体外診断、コンパニオン診断、食品分析、環境分析等の分野における、酵素免疫測定法、免疫比濁法、核酸分析、免疫染色等の生化学測定等への展開が期待される。またこれらの分野に限らず、医療機器、製薬、バイオセンシング等、幅広い分野への応用が期待できる。