(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-13
(45)【発行日】2023-02-21
(54)【発明の名称】めっき鋼材
(51)【国際特許分類】
C23C 2/06 20060101AFI20230214BHJP
C22C 18/04 20060101ALI20230214BHJP
C22C 21/10 20060101ALI20230214BHJP
C23C 2/12 20060101ALI20230214BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20230214BHJP
C22C 38/58 20060101ALN20230214BHJP
B21D 22/20 20060101ALN20230214BHJP
【FI】
C23C2/06
C22C18/04
C22C21/10
C23C2/12
C22C38/00 301T
C22C38/58
B21D22/20 G
B21D22/20 H
(21)【出願番号】P 2022502737
(86)(22)【出願日】2020-02-27
(86)【国際出願番号】 JP2020008148
(87)【国際公開番号】W WO2021171514
(87)【国際公開日】2021-09-02
【審査請求日】2022-05-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】光延 卓哉
(72)【発明者】
【氏名】高橋 武寛
(72)【発明者】
【氏名】真木 純
【審査官】國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-112010(JP,A)
【文献】特開2017-057502(JP,A)
【文献】国際公開第2019/180852(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/131171(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 2/00- 2/40
B21D 22/00-26/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼母材と、前記鋼母材の表面に形成されためっき層とを備えためっき鋼材であって、前記めっき層の化学組成が、質量%で、
Al:25.00~75.00%、
Mg:7.00~20.00%、
Si:0.10~5.00%、
Ca:0.05~5.00%、
Sb:0~0.50%、
Pb:0~0.50%、
Cu:0~1.00%、
Sn:0~1.00%、
Ti:0~1.00%、
Sr:0~0.50%、
Cr:0~1.00%、
Ni:0~1.00%、
Mn:0~1.00%、及び
残部:Zn及び不純物であり、
前記めっき層の表面組織の中に、面積率で、2.0%以上の針状Al-Zn-Si-Ca相がある、めっき鋼材。
【請求項2】
前記めっき層の表面組織が、面積率で、
針状Al-Zn-Si-Ca相:2.0~20.0%、
α相:5.0~80.0%、
α/τ共晶相:20.0~90.0%、
その他残部組織:10.0%未満である、請求項1に記載のめっき鋼材。
【請求項3】
前記めっき層の化学組成が、質量%で、
Al:35.00~50.00%、及び
Mg:9.00~15.00%を含む、請求項1又は2に記載のめっき鋼材。
【請求項4】
前記表面組織中の針状Al-Zn-Si-Ca相の面積率が8.0%以上である、請求項1~3のいずれか1項に記載のめっき鋼材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、めっき鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
高強度鋼板のような成形が困難な材料をプレス成形する技術として、ホットスタンプ(熱間プレス)が知られている。ホットスタンプは、成形に供される材料を加熱してから成形する熱間成形技術である。この技術では、材料を加熱してから成形するため、成形時には鋼材が軟質で良好な成形性を有する。したがって、高強度の鋼材であっても複雑な形状に精度よく成形することが可能であり、また、プレス金型によって成形と同時に焼入れを行うため、成形後の鋼材は十分な強度を有することが知られている。
【0003】
特許文献1では、鋼板表面に、Al:20~95質量%、Ca+Mg:0.01~10質量%、およびSiを含有するAl-Zn系合金めっき層を有することを特徴とする熱間プレス用めっき鋼板が記載されている。また、特許文献1では、このようなめっき鋼板は、上記Al-Zn系合金めっき層の表面にCaやMgの酸化物が形成されるため、熱間プレス時に金型にめっきが凝着するのを防止できることが記載されている。
【0004】
Al-Zn系合金めっきに関連して、特許文献2では、めっき層中に、質量%で、Al:2~75%、及び、Fe:2~75%を含有し、残部が、2%以上のZn及び不可避的不純物であることを特徴とする合金めっき鋼材が記載されている。また、特許文献2では、耐食性向上の観点から、めっき層中の成分として、さらに、Mg:0.02~10%、Ca:0.01~2%、Si:0.02~3%等を含有させることが有効であると教示されている。
【0005】
また、Al-Zn系合金めっきに関連して、特許文献3では、鋼材と、前記鋼材の表面に配され、Zn-Al-Mg合金層を含むめっき層とを有するめっき鋼材であって、前記Zn-Al-Mg合金層の断面において、MgZn2相の面積分率が45~75%、MgZn2相およびAl相の合計の面積分率が70%以上、かつZn-Al-MgZn2三元共晶組織の面積分率が0~5%であり、前記めっき層が、質量%で、Zn:44.90%超~79.90%未満、Al:15%超~35%未満、Mg:5%超~20%未満、Ca:0.1%~3.0%未満、Si:0%~1.0%等を含むめっき鋼材が記載されている。
【0006】
同様に、特許文献4では、鋼材と、前記鋼材の表面に配されたZn-Al-Mg合金層を含むめっき層とを有するめっき鋼材であって、前記Zn-Al-Mg合金層がZn相を有し、かつ前記Zn相中にMg-Sn金属間化合物相を含有し、前記めっき層が、質量%で、Zn:65.0%超、Al:5.0%超~25.0%未満、Mg:3.0%超~12.5%未満、Ca:0%~3.00%、Si:0%~2.5%未満等を含むめっき鋼材が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2012-112010号公報
【文献】特開2009-120948号公報
【文献】国際公開第2018/139620号
【文献】国際公開第2018/139619号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
例えば、Zn系めっき鋼材をホットスタンプ成形において使用すると、Znが溶融した状態で加工されるため、溶融したZnが鋼中に侵入して鋼材内部に割れを生じることがある。このような現象は液体金属脆化(LME)と呼ばれ、当該LMEに起因して鋼材の疲労特性が低下することが知られている。
【0009】
一方で、めっき層中の成分としてAlを含有するめっき鋼材をホットスタンプ成形において使用すると、例えば、当該ホットスタンプ成形における加熱の際に発生した水素が鋼材中に侵入して水素脆化割れを引き起こす場合があることが知られている。
【0010】
しかしながら、ホットスタンプ成形において使用される従来のAl-Zn系めっき鋼材では、LME及び水素脆化割れを抑制するという観点からは必ずしも十分な検討がなされていない。
【0011】
そこで、本発明は、耐LME性及び耐水素侵入性が改善され、さらにはホットスタンプ後の耐食性にも優れためっき鋼材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成する本発明は下記のとおりである。
(1)鋼母材と、前記鋼母材の表面に形成されためっき層とを備えためっき鋼材であって、前記めっき層の化学組成が、質量%で、
Al:25.00~75.00%、
Mg:7.00~20.00%、
Si:0.10~5.00%、
Ca:0.05~5.00%、
Sb:0~0.50%、
Pb:0~0.50%、
Cu:0~1.00%、
Sn:0~1.00%、
Ti:0~1.00%、
Sr:0~0.50%、
Cr:0~1.00%、
Ni:0~1.00%、
Mn:0~1.00%、及び
残部:Zn及び不純物であり、
前記めっき層の表面組織の中に、面積率で、2.0%以上の針状Al-Zn-Si-Ca相がある、めっき鋼材。
(2)前記めっき層の表面組織が、面積率で、
針状Al-Zn-Si-Ca相:2.0~20.0%、
α相:5.0~80.0%、
α/τ共晶相:20.0~90.0%、
その他残部組織:10.0%未満である、上記(1)に記載のめっき鋼材。
(3)前記めっき層の化学組成が、質量%で、
Al:35.00~50.00%、及び
Mg:9.00~15.00%を含む、上記(1)又は(2)に記載のめっき鋼材。
(4)前記表面組織中の針状Al-Zn-Si-Ca相の面積率が8.0%以上である、上記(1)~(3)のいずれか1項に記載のめっき鋼材。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、耐LME性及び耐水素侵入性が改善され、さらにはホットスタンプ後の耐食性にも優れためっき鋼材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】従来のAl-Zn-Mg系めっき鋼材におけるめっき層表面の走査型電子顕微鏡(SEM)の反射電子像(BSE像)を示す。
【
図2】本発明に係るめっき鋼材(実施例10)におけるめっき層表面の走査型電子顕微鏡(SEM)の反射電子像(BSE像)を示す。
【
図3】本発明に係るめっき鋼材(実施例7)におけるめっき層表面のSEMのBSE像を示す。
【
図4】めっき層を冷却する際の冷却速度変更点と針状Al-Zn-Si-Ca相の形成との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
<めっき鋼材>
本発明の実施形態に係るめっき鋼材は、鋼母材と、前記鋼母材の表面に形成されためっき層とを備え、前記めっき層の化学組成が、質量%で、
Al:25.00~75.00%、
Mg:7.00~20.00%、
Si:0.10~5.00%、
Ca:0.05~5.00%、
Sb:0~0.50%、
Pb:0~0.50%、
Cu:0~1.00%、
Sn:0~1.00%、
Ti:0~1.00%、
Sr:0~0.50%、
Cr:0~1.00%、
Ni:0~1.00%、
Mn:0~1.00%、及び
残部:Zn及び不純物であり、
前記めっき層の表面組織の中に、面積率で、2.0%以上の針状Al-Zn-Si-Ca相があることを特徴としている。
【0016】
例えば、従来のZn系めっき鋼材やAl-Zn系めっき鋼材をホットスタンプ成形において使用すると、一般的には、当該めっき鋼材はホットスタンプ成形において約900℃又はそれよりも高い温度に加熱される。Znは沸点が約907℃であって比較的低いため、このような高温下ではめっき層中のZnが蒸発又は溶融して当該めっき層中に部分的に高濃度のZn液相が生じ、この液体Znが鋼中の結晶粒界に侵入することで液体金属脆化(LME)割れを引き起こす場合がある。
【0017】
一方で、Znを含まない従来のAlめっき鋼材では、Znに起因するLME割れは生じないものの、ホットスタンプ成形における加熱の際に大気中の水蒸気がめっき層中のAlによって還元されて水素が発生することがある。その結果として、発生した水素が鋼材中に侵入して水素脆化割れを引き起こす場合がある。また、Al-Zn系めっき鋼材においても、Znは上記のとおり沸点が比較的低いため、900℃又はそれよりも高い高温下でのホットスタンプ成形の際にその一部が蒸発し、大気中の水蒸気と反応して水素を発生させることがある。このような場合には、AlだけでなくZnにも起因した鋼材中への水素侵入により水素脆化割れが生じる虞がある。加えて、耐食性向上の観点から、Zn系めっき鋼材又はAl-Zn系めっき鋼材に添加されるMg等の元素についても、高温下でのホットスタンプ成形における加熱の際にその一部が蒸発し、Znの場合と同様に水素を発生させて水素脆化割れを引き起こすことがある。
【0018】
また、高温下でのホットスタンプ成形の際に、耐食性向上効果を有する元素であるZn及び/又はMgが蒸発してそれらの元素の一部が消失すると、当然ながら、ホットスタンプ後の成形体において十分な耐食性を維持することができないという問題が生じる。さらに、めっき層中のZn及び/又はMgが蒸発して消失すると、ホットスタンプした後のめっき層中には、地鉄から拡散してきたFeとめっき層中のAl及び/又はZnとの間でAl-Fe系金属間化合物及び/又はZn-Fe系金属間化合物が比較的多く形成され、これらの金属間化合物は腐食環境において赤錆を生じさせる原因となる。
【0019】
そこで、本発明者らは、ホットスタンプ成形において使用するためのめっき鋼材であって、Al-Zn-Mg系めっき層を含むめっき鋼材の耐食性、耐LME性、及び耐水素侵入性について検討した。その結果、本発明者らは、所定の化学組成を有するAl-Zn-Mg系めっき層の表面組織に針状Al-Zn-Si-Ca相を所定量存在させることで、LME及び鋼材への水素侵入を顕著に低減又は抑制するとともに、ホットスタンプ後の成形体においても十分な耐食性を達成することができることを見出した。以下、図面を参照してより詳しく説明する。
【0020】
図1は、従来のAl-Zn-Mg系めっき鋼材におけるめっき層表面の走査型電子顕微鏡(SEM)の反射電子像(BSE像)を示している。
図1を参照すると、めっき層の表面組織は、主として、大きな黒色組織のα相1と、マトリックス相であるτ相中に小さな黒色組織、より具体的には小さな棒状の黒色組織のα相が分散したα/τ共晶相2と、α相とこのような共晶相を形成しない塊状τ相3とから構成されていることがわかる。α相は、Al及びZnを主成分とする組織であり、一方で、τ相は、Mg、Zn及びAlを主成分とする組織である。本発明において、「主成分」とは、当該主成分を構成する元素の含有量の合計が50%超であることを言うものである。
図1に示されるような従来のAl-Zn-Mg系めっき鋼材では、針状Al-Zn-Si-Ca相がないか又はその相の割合(面積率等)が十分でないために、ホットスタンプ成形における加熱中にZn及びMgが蒸発し、LME及び鋼材中への水素侵入が生じ、さらにはZn及びMgの蒸発によるこれらの元素の消失に起因してホットスタンプ後の耐食性が大きく低下してしまう。
【0021】
図2は、本発明に係るめっき鋼材(実施例10)におけるめっき層表面の走査型電子顕微鏡(SEM)の反射電子像(BSE像)を示している。
図2を参照すると、
図1の場合とは対照的に、めっき層の表面組織の中に、α相1(
図2中のデンドライト組織)及びα/τ共晶相2以外に、針状Al-Zn-Si-Ca相4が比較的大きな量で存在していることがわかる。また、
図3は、本発明に係るめっき鋼材(実施例7)におけるめっき層表面のSEMのBSE像を示している。
図3を参照すると、めっき層の表面組織の中に、α相1、α/τ共晶相2、及び針状Al-Zn-Si-Ca相4に加えて、MgZn
2相5がさらに存在する場合があることがわかる。いずれにしても、本発明に係るめっき鋼材においては、
図2及び3に示されるような針状Al-Zn-Si-Ca相4が面積率で2.0%以上あることで、LMEの発生及び鋼材中への水素侵入を顕著に低減又は抑制するとともに、ホットスタンプ後の成形体においても十分な耐食性を達成することができる。
【0022】
何ら特定の理論に束縛されることを意図するものではないが、針状Al-Zn-Si-Ca相4がめっき層の表面組織中に存在することで、ホットスタンプにおける加熱の際に、針状Al-Zn-Si-Ca相4から溶け出したCaが大気中の酸素により優先的に酸化され、めっき層の最表面に緻密なCa系酸化皮膜を形成するものと考えられる。言い換えれば、針状Al-Zn-Si-Ca相4は、ホットスタンプにおける高温加熱時にCa系酸化皮膜を形成するためのCa供給源として機能していると考えられる。このようなCa系酸化皮膜、より具体的にはCa及びMg含有酸化皮膜がバリア層として機能することで、めっき層中のZn及びMgの外部への蒸発並びに外部からの水素の侵入を低減又は抑制することができ、さらにはZn及びMgの外部への蒸発に起因する耐食性の低下を顕著に抑制することができると考えられる。その結果として、本発明によれば、耐LME性及び耐水素侵入性が改善され、さらにはホットスタンプ後の耐食性にも優れためっき鋼材を提供することが可能となる。
【0023】
以下、本発明の実施形態に係るめっき鋼材について詳しく説明する。以下の説明において、各成分の含有量に関する「%」は、特に断りがない限り「質量%」を意味するものである。
【0024】
[鋼母材]
本発明の実施形態に係る鋼母材は、任意の厚さ及び組成を有する材料であってよく、特に限定されないが、例えば、ホットスタンプを適用するのに好適な厚さ及び組成を有する材料であることが好ましい。このような鋼母材としては公知であり、例えば、0.3~2.3mmの厚さを有し、かつ、質量%で、C:0.05~0.40%、Si:0.50%以下、Mn:0.50~2.50%、P:0.03%以下、S:0.010%以下、sol.Al:0.10%以下、N:0.010%以下、残部:Fe及び不純物である鋼板(例えば、冷間圧延鋼板)などを挙げることができる。以下、本発明において適用することが好ましい上記鋼母材に含まれる各成分について詳しく説明する。
【0025】
[C:0.05~0.40%]
炭素(C)は、ホットスタンプ成形体の強度を高めるのに有効な元素である。しかしながら、C含有量が多すぎると、ホットスタンプ成形体の靭性が低下する場合がある。したがって、C含有量は0.05~0.40%とする。C含有量は、好ましくは0.10%以上であり、より好ましくは0.13%以上である。C含有量は、好ましくは0.35%以下である。
【0026】
[Si:0~0.50%]
シリコン(Si)は、鋼を脱酸するのに有効な元素である。しかしながら、Si含有量が多すぎると、ホットスタンプの加熱の際に鋼中のSiが拡散して鋼材表面に酸化物を形成し、その結果、りん酸塩処理の効率が低下する場合がある。また、Siは鋼のAc3点を上昇させる元素である。このため、ホットスタンプの加熱温度はAc3点以上とする必要があるため、Si量が過剰になると鋼のホットスタンプの加熱温度は高くならざるを得ない。つまり、Si量が多い鋼はホットスタンプ時により高温に加熱され、その結果、めっき層中のZn等の蒸発が避けられなくなる。このような事態を避けるため、Si含有量は0.50%以下とする。Si含有量は、好ましくは0.30%以下であり、より好ましくは0.20以下%である。Si含有量は0%であってもよいが、脱酸等の効果を得るためには、Si含有量の下限値は、所望の脱酸レベルによって変化するものの、一般的には0.05%である。
【0027】
[Mn:0.50~2.50%]
マンガン(Mn)は焼入れ性を高め、ホットスタンプ成形体の強度を高める。一方、Mnを過剰に含有させても、その効果は飽和する。したがって、Mn含有量は0.50~2.50%とする。Mn含有量は、好ましくは0.60%以上であり、より好ましくは0.70%以上である。Mn含有量は、好ましくは2.40%以下であり、より好ましくは2.30%以下である。
【0028】
[P:0.03%以下]
りん(P)は、鋼中に含まれる不純物である。Pは結晶粒界に偏析して鋼の靭性を低下させ、耐遅れ破壊性を低下させる。したがって、P含有量は0.03%以下とする。P含有量はできる限り少なくすることが好ましく、0.02%以下とすることが好ましい。しかしながら、P含有量の過剰な低減はコスト上昇を招くので、P含有量を0.0001%以上とすることが好ましい。Pの含有は必須ではないため、P含有量の下限は0%である。
【0029】
[S:0.010%以下]
硫黄(S)は、鋼中に含まれる不純物である。Sは硫化物を形成して鋼の靭性を低下させ、耐遅れ破壊性を低下させる。したがって、S含有量は0.010%以下とする。S含有量はできる限り少なくすることが好ましく、0.005%以下とすることが好ましい。しかしながら、S含有量の過剰な低減はコスト上昇を招くので、S含有量を0.0001%以上とすることが好ましい。Sの含有は必須ではないため、S含有量の下限は0%である。
【0030】
[sol.Al:0~0.10%]
アルミニウム(Al)は、鋼の脱酸に有効である。しかしながら、Alの過剰な含有は、鋼材のAc3点を上昇させ、よってホットスタンプの加熱温度が高くなり、めっき層中のZn等の蒸発が避けられなくなる。したがって、Al含有量は0.10%以下とし、好ましくは0.05%以下である。Al含有量は0%であってもよいが、脱酸等の効果を得るために、Al含有量は0.01%以上であってよい。本明細書において、Al含有量は、いわゆる酸可溶Alの含有量(sol.Al)を意味する。
【0031】
[N:0.010%以下]
窒素(N)は、鋼中に不可避的に含まれる不純物である。Nは窒化物を形成して鋼の靭性を低下させる。Nは、鋼中にボロン(B)がさらに含有される場合、Bと結合することで固溶B量を減少させ、焼入れ性を低下させる。したがって、N含有量は0.010%以下とする。N含有量はできる限り少なくすることが好ましく、0.005%以下とすることが好ましい。しかしながら、N含有量の過剰な低減はコスト上昇を招くので、N含有量を0.0001%以上とすることが好ましい。Nの含有は必須ではないため、N含有量の下限は0%である。
【0032】
本発明に係る実施形態において使用するのに好適な鋼母材の基本化学組成は上記のとおりである。さらに、上記の鋼母材は、任意に、B:0~0.005%、Ti:0~0.10%、Cr:0~0.50%、Mo:0~0.50%、Nb:0~0.10%、及びNi:0~1.00%のうち1種又は2種以上を含有してもよい。以下、これらの元素について詳しく説明する。なお、これらの各元素の含有は必須ではなく、各元素の含有量の下限は0%である。
【0033】
[B:0~0.005%]
ボロン(B)は、鋼の焼入れ性を高め、ホットスタンプ後の鋼材の強度を高めるので、鋼母材に含有させてもよい。しかしながら、Bを過剰に含有させても、その効果は飽和する。したがって、B含有量は0~0.005%とする。B含有量は0.0001%以上であってもよい。
【0034】
[Ti:0~0.10%]
チタン(Ti)は、窒素(N)と結合して窒化物を形成し、BN形成による焼入れ性の低下を抑制することができる。また、Tiは、ピン止め効果により、ホットスタンプの加熱時にオーステナイト粒径を微細化し、鋼材の靱性等を高めることができる。しかしながら、Tiを過剰に含有させても、上記効果は飽和し、しかも、Ti窒化物が過剰に析出すると、鋼の靭性が低下する場合がある。したがって、Ti含有量は0~0.10%とする。Ti含有量は0.01%以上であってもよい。
【0035】
[Cr:0~0.50%]
クロム(Cr)は、鋼の焼入れ性を高めて、ホットスタンプ成形体の強度を高めるのに有効である。しかしながら、Cr含有量が過剰であり、ホットスタンプの加熱時に溶解し難いCr炭化物が多量に形成すると、鋼のオーステナイト化が進行し難くなり、逆に焼入れ性が低下する。したがって、Cr含有量は0~0.50%とする。Cr含有量は0.10%以上であってもよい。
【0036】
[Mo:0~0.50%]
モリブデン(Mo)は、鋼の焼入れ性を高める。しかしながら、Moを過剰に含有させても、上記効果は飽和する。したがって、Mo含有量は0~0.50%とする。Mo含有量は0.05%以上であってもよい。
【0037】
[Nb:0~0.10%]
ニオブ(Nb)は、炭化物を形成して、ホットスタンプ時に結晶粒を微細化し、鋼の靭性を高める元素である。しかしながら、Nbを過剰に含有させると、上記効果は飽和し、さらに焼入れ性を低下させる。したがって、Nb含有量は0~0.10%とする。Nb含有量は0.02%以上であってもよい。
【0038】
[Ni:0~1.00%]
ニッケル(Ni)は、ホットスタンプの加熱時に、溶融Znに起因した脆化を抑制することができる元素である。しかしながら、Niを過剰に含有させても、上記効果は飽和する。したがって、Ni含有量は0~1.00%とする。Ni含有量は0.10%以上であってもよい。
【0039】
本発明の実施形態に係る鋼母材において、上記成分以外の残部はFe及び不純物からなる。鋼母材における不純物とは、本発明の実施形態に係るめっき鋼材を工業的に製造する際に、鉱石やスクラップ等のような原料を始めとして、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、当該めっき鋼材に対して意図的に添加した成分でないものを意味する。
【0040】
[めっき層]
本発明の実施形態によれば、上記鋼母材の表面にめっき層が形成され、例えば、鋼母材が鋼板の場合には当該鋼板の少なくとも片面すなわち当該鋼板の片面又は両面にめっき層が形成される。当該めっき層は下記の平均組成を有する。
【0041】
[Al:25.00~75.00%]
Alは、めっき層中に、針状Al-Zn-Si-Ca相、α相、及びα/τ共晶相を形成するために必要な元素である。Al含有量が25.00%未満であると、針状Al-Zn-Si-Ca相を十分な量で生成させることが困難となるため、Al含有量は25.00%以上とする。めっき鋼板はホットスタンプに供されるまでの間に曲げ加工などに耐えられる冷間加工性を具備することが必要であり、この冷間加工性を十分に確保するためには、Al含有量は30.00%以上または35.00%以上であることが好ましい。さらに、τ相の生成を確実にするためには、Al含有量は40.00%以上であることが好ましい。一方で、Al含有量が75.00%を超えると、Al4Ca等の金属間化合物が優先的に生成し、結果として針状Al-Zn-Si-Ca相の生成が困難となる。したがって、Al含有量は75.00%以下とし、好ましくは65.00%以下、より好ましくは50.00%以下、最も好ましくは45.00%以下である。
【0042】
[Mg:7.00~20.00%]
Mgは、めっき層の耐食性を向上させ、塗膜膨れ等を改善するのに有効な元素である。また、Mg含有量が低すぎると、平衡バランスが崩れ、針状Al-Zn-Si-Ca相を十分な量で生成させることが困難となる。さらに、MgZn2相が形成しやすくなり、冷間加工性も低下する。したがって、Mg含有量は7.00%以上とする。耐食性の観点からは、Mg含有量は9.00%以上であることが好ましい。一方、Mg含有量が高すぎると、過度な犠牲防食作用により、塗膜膨れ及び流れ錆の発生が急激に大きくなる傾向がある。したがって、Mg含有量は20.00%以下とし、好ましくは15.00以下とする。
【0043】
[Si:0.10~5.00%]
Siは、針状Al-Zn-Si-Ca相を形成させるのに必須の元素である。十分な量の針状Al-Zn-Si-Ca相を形成させるために、Si含有量は0.10%以上とし、好ましくは0.40%以上である。一方で、Si含有量が過剰な場合には、鋼母材とめっき層の界面にMg2Si相が形成して耐食性が大きく悪化する。また、Si含有量が過剰な場合には、このMg2Si相が優先的に形成されるため、結果として針状Al-Zn-Si-Ca相を十分な量で生成させることが困難となる。したがって、Si含有量は5.00%以下とし、好ましくは1.50%以下、より好ましくは1.00%以下である。
【0044】
[Ca:0.05~5.00%]
Caは、針状Al-Zn-Si-Ca相を形成させるのに必須の元素である。さらに、Caは、製造時にめっき浴上に形成されるトップドロスの生成を抑制することもできる。十分な量の針状Al-Zn-Si-Ca相を生成させるために、Ca含有量は0.05%以上とし、好ましくは0.40%以上である。一方で、Ca含有量が過剰な場合には、Al4Ca等の金属間化合物が優先的に生成し、結果として針状Al-Zn-Si-Ca相を十分な量で生成させることが困難となる。したがって、Ca含有量は5.00%以下とし、好ましくは3.00%以下、より好ましくは1.50%以下である。
【0045】
めっき層の化学組成は上記のとおりである。さらに、めっき層は、任意に、Sb:0~0.50%、Pb:0~0.50%、Cu:0~1.00%、Sn:0~1.00%、Ti:0~1.00%、Sr:0~0.50%、Cr:0~1.00%、Ni:0~1.00%、及びMn:0~1.00%のうち1種又は2種以上を含有してもよい。特に限定されないが、めっき層を構成する上記基本成分の作用及び機能を十分に発揮させる観点から、これらの元素の合計含有量は5.00%以下とすることが好ましく、2.00%以下とすることがより好ましい。以下、これらの元素について詳しく説明する。
【0046】
[Sb:0~0.50%、Pb:0~0.50%、Cu:0~1.00%、Sn:0~1.00%、Ti:0~1.00%]
Sb、Pb、Cu、Sn及びTiは、めっき層において存在するMgZn2相又はτ相中に含有され得るが、所定の含有量の範囲内であれば、めっき鋼材としての性能に悪影響は及ぼさない。しかしながら、各元素の含有量が過剰な場合には、ホットスタンプにおける加熱の際に、これらの元素の酸化物がめっき層の最表面に生成することがある。このような場合には、りん酸塩化成処理が不良となって塗装後耐食性が悪化する。さらに、Pb及びSn含有量が過剰になると、耐LME性が低下する傾向がある。したがって、Sb及びPbの含有量は0.50%以下、好ましくは0.20%以下であり、Cu、Sn及びTiの含有量は1.00%以下、好ましくは0.80%以下、より好ましくは0.50%以下である。一方で、各元素の含有量は0.01%以上であってもよい。なお、これらの元素の含有は必須でなく、各元素の含有量の下限は0%である。
【0047】
[Sr:0~0.50%]
Srは、めっき層の製造時にめっき浴中に含めることで当該めっき浴上に形成されるトップドロスの生成を抑制することができる。また、Srは、ホットスタンプの加熱時に大気酸化を抑制する傾向があるため、ホットスタンプ後の成形体における色変化を抑制することができる。これらの効果は少量でも発揮されるため、Sr含有量は0.01%以上であってもよい。また、Srが添加されると、Srは、針状Al-Zn-Si-Ca相に含有される場合がある。少量のSrが針状Al-Zn-Si-Ca相に含有されても、ホットスタンプ後の性能に大きく影響はしない。しかしながら、Sr含有量が大きくなると、ホットスタンプ後の耐食性が低下する傾向がある。したがって、Sr含有量は0.50%以下、好ましくは0.10%以下である。
【0048】
[Cr:0~1.00%、Ni:0~1.00%、Mn:0~1.00%]
Cr、Ni及びMnは、めっき層と鋼母材との界面付近に濃化し、めっき層表面のスパングルを消失させるなどの効果を有する。このような効果を得るためには、Cr、Ni及びMnの含有量はそれぞれ0.01%以上とすることが好ましい。一方で、これらの元素はめっき層中のα相やα/τ共晶相中に含まれるが、これらの元素の含有量が過剰な場合には、塗膜膨れ及び流れ錆の発生が大きくなり、耐食性が悪化する傾向がある。したがって、Cr、Ni及びMnの含有量はそれぞれ1.00%以下とし、好ましくは0.50%以下、より好ましくは0.10%以下である。
【0049】
[残部:Zn及び不純物]
めっき層において上記成分以外の残部はZn及び不純物からなる。Znは、めっき層中で、針状Al-Zn-Si-Ca相、Al及びZnを主成分とするα相、並びにα/τ共晶相(上記α相とMg、Zn及びAlを主成分とするτ相の共晶相)として存在している。したがって、Znは、ホットスタンプ工程におけるLMEの発生及び鋼中への水素侵入を抑制し、さらにはホットスタンプ後の成形体において十分な耐食性を維持するのに必須の元素である。Zn含有量が10.00%未満であると、めっき層の表面組織において十分な量の針状Al-Zn-Si-Ca相を形成することができない場合がある。その結果として、ホットスタンプ成形における加熱中にZn及びMgが蒸発し、LME及び鋼材中への水素侵入が生じ、さらにはZn及びMgの蒸発によるこれらの元素の消失に起因してホットスタンプ後の耐食性が大きく低下してしまう虞がある。したがって、Zn含有量は好ましくは10.00%以上である。Zn含有量の下限を20.00%、30.00%、40.00%または50.00%としてもよい。Zn含有量の上限を特に定める必要はないが、65.00%、60.00%または55.00%としてもよい。なお、Al含有量とZn含有量の合計を特に定める必要はないが、その合計を70.00%以上としてもよい。必要に応じて、その合計を75.00%以上、78.00%以上、80.00%以上、83.00%以上または85.00%以上としてもよい。
【0050】
また、めっき層における不純物とは、めっき層を製造する際に、原料を始めとして、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、めっき層に対して意図的に添加した成分ではないものを意味する。例えば、めっき層における不純物としては、鋼母材等からめっき浴中に溶け出したFe等の元素が挙げられ、このようなFeの含有量は、一般的には0~5.00%であり、より具体的には1.00%以上であり、3.00%以下又は2.50%以下である。めっき層においては、不純物として、上で説明した元素以外の元素が、本発明の効果を妨げない範囲内で微量に含まれていてもよい。
【0051】
本発明においては、めっき層の化学組成は、当該めっき層を形成する際に混入される不純物を除いて、当該めっき層を形成するためのめっき浴中の化学組成と基本的に同一とみなすことができる。
【0052】
めっき層の厚さは、例えば3~50μmであってよい。また、鋼母材が鋼板の場合には、めっき層は、当該鋼板の両面に設けられてもよく又は片面のみに設けられてもよい。めっき層の付着量は、特に限定されないが、例えば、片面当たり10~170g/m2であってよい。その下限を20又は30g/m2としてもよく、その上限を150又は130g/m2としてもよい。本発明において、めっき層の付着量は、地鉄の腐食を抑制するインヒビターを加えた酸溶液にめっき層を溶解し、酸洗前後の重量変化から決定される。
【0053】
[めっき層の表面組織]
めっき層の表面組織中に、面積率で、2.0%以上の針状Al-Zn-Si-Ca相がある。
【0054】
[針状Al-Zn-Si-Ca相]
針状Al-Zn-Si-Ca相は、Al、Zn、Si及びCaを主成分とする金属間化合物である。めっき層の表面組織中に針状Al-Zn-Si-Ca相を存在させ、先に述べたとおり、ホットスタンプにおける加熱の際に、針状Al-Zn-Si-Ca相から溶け出したCaが大気中の酸素と優先的に酸化してめっき層の最表面に酸化皮膜が形成される。そして、その酸化被膜がバリア層として機能することで、めっき層中のZn及びMgの外部への蒸発並びに外部からの水素の侵入を低減又は抑制することができ、さらには、その酸化被膜がZn及びMgの外部への蒸発に起因する耐食性の低下を顕著に抑制すると考えられる。その結果として、耐LME性及び耐水素侵入性が改善されるものと考えられる。
【0055】
このようなCa系酸化皮膜、例えばCa及びMg含有酸化皮膜がバリア層として機能することで、めっき層中のZn及びMgの外部への蒸発並びに外部からの水素の侵入を低減又は抑制することができ、さらにはZn及びMgの外部への蒸発に起因する耐食性の低下を顕著に抑制することができると考えられる。その結果として、本発明によれば、耐LME性及び耐水素侵入性が改善され、さらにはホットスタンプ後の耐食性にも優れためっき鋼材を提供することが可能となる。このような効果を得るためには、めっき層の表面組織中の針状Al-Zn-Si-Ca相の面積率は2.0%以上である必要がある。針状Al-Zn-Si-Ca相の面積率が大きいほど、めっき層中のZn及びMgの外部への蒸発並びに外部からの水素の侵入を低減又は抑制する効果も大きくなる。したがって、針状Al-Zn-Si-Ca相の面積率は、好ましくは4.0%以上または6.0%以上であり、より好ましくは8.0%以上または10.0%以上である。とりわけ、針状Al-Zn-Si-Ca相の面積率を8.0%以上とすることで、緻密なCa系酸化皮膜、例えばCa及びMg含有酸化皮膜を十分な量において形成することができ、その結果として耐食性、特に長期耐食性を顕著に向上させることが可能となる。針状Al-Zn-Si-Ca相の面積率の上限値は、特に限定されないが、一般的には20.0%以下であり、18.0%以下又は15.0%以下であってもよい。
【0056】
図1、
図2および
図3に示すようなSEMのBSE像での当該組織の濃淡と針状という特徴的な形状から、針状Al-Zn-Si-Ca相を容易に同定することができ、その結果から面積率を測定することができる。針状Al-Zn-Si-Ca相の化学組成は、質量%で、Al含有量が36.0~50.0%、Zn含有量が20.0~80.0%、Si含有量が1.0~10.0%、Ca含有量が5.0~25.0%、その他の残部としての元素の含有量の合計は5.0%以下である。このため、SEM-のBSE像から針状Al-Zn-Si-Ca相と同定できない場合、又は針状Al-Zn-Si-Ca相であることを確認したい場合、SEM-EDS(Enegry Dispersive X-ray Spectroscopy)又はEPMAにより当該組織の化学組成の分析を行い、その結果得られた化学組成が、上記の範囲内にあれば、当該組織が針状Al-Zn-Si-Ca相であると判定することができる。なお、SEM-EDSマッピングの際の化学組成の分析箇所は、調査対象の組織の1箇所でもよいが、分析精度向上のためには、当該組織の少なくとも3箇所の化学組成の平均値により判定することが、好ましい。
【0057】
本発明の実施形態に係るめっき層の表面組織は、面積率で2.0%以上の針状Al-Zn-Si-Ca相があることを除き、後述するα相、α/τ相などの各相の面積率自体は、前記の化学組成のめっき層の通常の表面組織の範囲内である。このため、本発明では針状Al-Zn-Si-Ca相以外の表面組織について規定する必要はない。参考までに、その組織について、以下に記載する。
【0058】
[α相]
α相は、Al及びZnを主成分とする組織である。めっき鋼材は、ホットスタンプに供されるまでの間に曲げ加工などの冷間加工に供される場合がある。α相は固溶体であり、延性を有する。したがって、α相は、このような冷間加工の際にめっき層が鋼母材から剥離するのを抑制するよう機能することができる。冷間加工性を確保するためには、めっき層の表面組織中のα相の面積率は、好ましくは5.0%以上であり、より好ましくは10.0%以上又は15.0%以上または20.0%以上である。一方で、α相の面積率が80.0%を超えると、十分な針状Al-Zn-Si-Ca相の面積率を確保することができず、ホットスタンプにおける加熱の際のZn及びMgの蒸発並びに水素侵入を抑制することが困難となる場合がある。したがって、α相の面積率は、好ましくは80.0%以下であり、より好ましくは70.0%以下又は60.0%以下である。
【0059】
図1、
図2および
図3に示すようなSEMのBSE像での当該組織の濃淡とその特徴的な形状から、α相を容易に同定することができ、その結果から面積率を測定することができる。α相の化学組成は、Al含有量が20.0~89.9%、Zn含有量が0.1~70.0%、Mg含有量が0~5.0%、Al含有量とZn含有量の合計が90.0%以上であり、残部としてのその他の元素の含有量の合計は1.00%以下である。このため、SEM-のBSE像からα相と同定できない場合、又はα相であることを確認したい場合、SEM-EDS又はEPMAにより当該組織の化学組成の分析を行い、その結果得られた化学組成が、上記の範囲内にあれば、当該組織がα相であると判定することができる。なお、SEM-EDSマッピングの際の化学組成の分析箇所は、調査対象の組織の1箇所でもよいが、分析精度向上のためには、当該組織の少なくとも3箇所の化学組成の平均値により判定することが、好ましい。
【0060】
[α/τ共晶相]
α/τ共晶相は、上記のα相と、Mg、Al及びZnを主成分とする組織であるτ相とから構成される。τ相の化学量論組成はMg
32(Zn,Al)
49であり、AlとZnの比率にはある程度の自由度がある。α/τ共晶相は、
図2において符号2で示すように、小さな棒状のα相がマトリックス相であるτ相中に分散したラメラ組織の形態を有する。α/τ共晶相は、耐食性向上効果を有する元素であるMgとZnの両方を含有するため、ホットスタンプ後の耐食性を確保するのに有用な組織である。耐食性向上効果を確実に発現させるためには、めっき層の表面組織中のα/τ共晶相の面積率は、好ましくは20.0%以上であり、より好ましくは25.0%以上である。一方、α/τ共晶相の面積率が90.0%を超えると、冷間加工性が低下する場合がある。したがって、α/τ共晶相の面積率は、好ましくは90.0%以下であり、より好ましくは80.0%以下である。なお、α/τ共晶相は、小さな棒状のα相がマトリックス相であるτ相中に分散したラメラ組織という特徴的な組織であり、ラメラ組織を構成する各α相および各τ相の化学組成を分析することなく、容易にα/τ共晶相であると識別できる。このため、本発明に係わるめっき鋼材では、α/τ共晶相の化学組成の分析は不要である。
【0061】
[他の相]
めっき層の表面組織中に、残部組織として、上記3つの相以外の他の相があってもよい。当該他の相としては、特に限定されないが、例えば、塊状τ相、MgZ2相、及び他の化合物(例えばAl4Ca及びMg2Si等)からなる相が挙げられる。しかしながら、めっき層の表面組織中の当該他の相の面積率が大きくなりすぎると、十分な針状Al-Zn-Si-Ca相の面積率を確保することができず、ホットスタンプにおける加熱の際のZn及びMgの蒸発並びに水素侵入を抑制することが困難となる場合がある。したがって、残部組織としての他の相の面積率は、合計で好ましくは10.0%未満であり、より好ましくは5.0%以下または4.0%以下、最も好ましくは3.0%以下である。これらの相(化合物を含む。以下同様。)の存在は必須でなく、これらの相の面積率の下限はすべて0%である。なお、残部組織は、公知のめっき鋼材のめっき層の表面組織の範囲内にある。このため、これら残部組織の面積率や、残部組織を構成する各相の化学組成や面積率などを特に規定する必要はないが、参考までに、以下にそれらを記載する。
【0062】
(塊状τ相)
塊状τ相は、Mg、Zn及びAlが主成分(ただし、Mg含有量、Zn含有量およびAl含有量の合計が90%以上)であり、非平衡凝固において形成する場合がある相である。塊状τ相はめっき浴のMg含有量が高いほど形成しやすい傾向にあり、α/τ共晶相に隣接して形成することが多い。α/τ共晶相中のτ相との違いは、α相とラメラ組織を形成していない点である。そこで、α相によって周囲を囲まれかつ当該α相とラメラ組織を形成していないτ相の領域が存在する場合に、当該τ相の領域の最も長い径(長径)とそれに直交する径のうち最も長い径(短径)を測定して、当該短径がα/τ共晶相を構成するα相の間隔(ラメラ間隔)の3倍以上である場合に、このようなτ相をα/τ共晶相とは別に塊状τ相として定義する。塊状τ相は本質的に脆性であり、α/τ共晶相のように塑性変形能を持つα相との混相組織ではないため、めっき層の冷間加工性を低下させる原因となる。めっき層の表面組織中の塊状τ相の面積率が10.0%以上になると、活性なMg-Zn系金属間化合物の増加に加え、冷間加工性の低下を招く場合がある。したがって、めっき層の表面組織中の塊状τ相の面積率は、好ましくは10.0%未満、より好ましくは5.0%以下、最も好ましくは3.0%以下又は2.0%以下である。
【0063】
(MgZn2相)
MgZn2相は、Mg及びZnが主成分(ただし、Mg含有量およびZn含有量の合計が90%以上)であり、非平衡凝固において形成する場合がある相である。MgZn2相はめっき浴のMg含有量が低いほど形成しやすい傾向にある。MgZn2相はMg及びZnを含有するため、ホットスタンプ後の耐食性向上には寄与することもあるが、本質的に脆性であるため、MgZn2相の面積率が10.0%以上になると冷間加工性の低下を招く場合がある。したがって、めっき層の表面組織中のMgZn2相の面積率は、好ましくは10.0%未満、より好ましくは5.0%以下、最も好ましくは3.0%以下又は2.0%以下である。
【0064】
(他の化合物)
他の化合物としては、Al4Ca及びMg2Si等の金属間化合物が挙げられる。Al4Caはめっき浴のSi含有量が低いほど形成しやすい傾向にあり、同様にMg2Siはめっき浴のCa含有量が低いほど形成しやすい傾向にある。これらの金属間化合物はいずれも脆性であるため、5.0%以上になると冷間加工性の低下を招く場合がある。したがって、めっき層の表面組織中のAl4Ca及びMg2Siの各化合物の面積率は、好ましくは5.0%未満、より好ましくは3.0%以下又は2.0%以下である。なお、Al4Ca中にはSiが含まれる場合がある。
【0065】
本発明において、めっき層の表面組織における各相の面積率は、以下のようにして決定される。まず、作製した試料を25mm×15mmの大きさに切断し、めっき層表面を1500倍の倍率で撮影した走査型電子顕微鏡(SEM)の反射電子像(BSE像)から、各相の面積率をコンピューター画像処理により測定し、任意の5視野(ただし、各視野の測定面積は400μm2以上とする)におけるこれらの測定値の平均が針状Al-Zn-Si-Ca相、α相、α/τ共晶相、並びに他の相及び化合物の面積率として決定される。特に、塊状τ相の面積率は、当該塊状τ相の周囲に存在するα相によって画定される境界線で囲まれた領域の面積率をコンピューター画像処理により測定することで決定される。
【0066】
本発明において、針状Al-Zn-Si-Ca相及びα相の化学組成を分析する必要はないが、SEM-のBSE像から針状Al-Zn-Si-Ca相又はα相と同定できない場合、又は針状Al-Zn-Si-Ca相又はα相であることを確認したい場合、SEM-EDS又はEPMAにより当該組織の化学組成の分析を行い、その結果得られた化学組成が、上記の範囲内にあれば、当該組織がα相であると判定することができる。なお、SEM-EDSマッピングの際の化学組成の分析箇所は、調査対象の組織の1箇所でもよいが、分析精度向上のためには、当該組織の少なくとも3箇所の化学組成の平均値により判定することが、好ましい。
【0067】
<めっき鋼材の製造方法>
次に、本発明の実施形態に係るめっき鋼材の好ましい製造方法について説明する。以下の説明は、本発明の実施形態に係るめっき鋼材を製造するための特徴的な方法の例示を意図するものであって、当該めっき鋼材を以下に説明するような製造方法によって製造されるものに限定することを意図するものではない。
【0068】
上記製造方法は、鋼母材を形成する工程、及び前記鋼母材にめっき層を形成する工程を含む。以下、各工程について詳しく説明する。
【0069】
[鋼母材の形成工程]
鋼母材の形成工程では、例えば、まず、鋼母材について上で説明したのと同じ化学組成を有する溶鋼を製造し、製造した溶鋼を用いて鋳造法によりスラブを製造する。あるいはまた、製造した溶鋼を用いて造塊法によりインゴットを製造してもよい。次いで、スラブ又はインゴットを熱間圧延して鋼母材(熱間圧延鋼板)を製造する。必要に応じて、熱間圧延鋼板を酸洗し、次いで当該熱間圧延鋼板を冷間圧延し、得られた冷間圧延鋼板を鋼母材として用いてもよい。
【0070】
[めっき層の形成工程]
次に、めっき層の形成工程において、鋼母材の少なくとも片面、好ましくは両面に、上で説明した化学組成を有するめっき層を形成する。
【0071】
より具体的には、まず、上記の鋼母材をN2-H2混合ガス雰囲気中で所定の温度及び時間、例えば750~850℃の温度で加熱還元処理した後、窒素雰囲気等の不活性雰囲気下でめっき浴温付近まで冷却する。次いで、鋼母材を上で説明しためっき層の化学組成と同じ化学組成を有するめっき浴に0.1~60秒間浸漬した後、これを引き上げ、ガスワイピング法により直ちにN2ガス又は空気を吹き付けることでめっき層の付着量を所定の範囲内に調整する。
【0072】
めっき浴の化学組成は、めっき層について上で説明した化学組成を有するとともに、下記式(1)を満たすことが好ましい。
Zn/(Mg+3×Ca) ≦ 6.5 (1)
式(1)において、Zn、Mg及びCaは各元素の含有量(質量%)である。
式(1)を満たすことで、より確実にめっき層の表面組織に針状Al-Zn-Si-Ca相を面積率で2.0%以上存在させることが可能となる。したがって、LME及び鋼材への水素侵入を顕著に低減又は抑制するとともに、ホットスタンプ後の成形体においても十分な耐食性を達成することができる。
【0073】
また、めっき層の付着量は、片面当たり10~170g/m2とすることが好ましい。本工程では、めっき付着の補助として、Niプレめっき、Snプレめっき等のプレめっきを施すことも可能である。しかしながら、これらのプレめっきは、合金化反応に変化を及ぼすため、プレめっきの付着量は、片面当たり2.0g/m2以下とすることが好ましい。
【0074】
最後に、めっき層が付着された鋼母材を2段階で冷却することにより、針状Al-Zn-Si-Ca相を表面組織中に含有するめっき層が鋼母材の片面又は両面に形成される。本方法では、液相状態にあるめっき層が凝固する際の冷却条件を適切に制御することが、針状Al-Zn-Si-Ca相を所定の量において当該めっき層の表面組織中に形成させる上で極めて重要である。より詳しくは、冷却速度の具体的な値はめっき層の化学組成等に応じて変化し得るが、針状Al-Zn-Si-Ca相を所定の量において確実に形成させるためには、めっき層が付着された鋼母材を、まず14℃/秒以上、好ましくは15℃/秒以上の平均冷却速度で浴温(一般的には500~700℃)から450℃まで冷却し、次いで5.5℃/秒以下、好ましくは5℃/秒以下の平均冷却速度で450℃から350℃まで冷却することが有効である。このような冷却条件、すなわち急冷と緩冷の2段階冷却とすることにより、最初の急冷時に過飽和な状態を作り出して針状Al-Zn-Si-Ca相の核が生成しやすい状態にして当該核を多く生成させ、次の緩冷時にその核をゆっくりと成長させることで、めっき層の表面組織中に面積率で2.0%以上の針状Al-Zn-Si-Ca相が形成され、特には分散して形成される。その結果として、ホットスタンプにおける900℃以上の加熱温度の場合でさえ、Zn及びMgの蒸発を抑制することが可能となり、LME及び鋼材への水素侵入を顕著に低減又は抑制するとともに、ホットスタンプ後の成形体においても十分な耐食性を達成することができる。
【0075】
急冷と緩冷の冷却速度変更点が約450℃よりも高くなると、針状Al-Zn-Si-Ca相の核が十分に生成しない場合があり、一方で、冷却変更点が約450℃よりも低くなると、生成した核を十分に成長させることができない場合がある。いずれの場合も、針状Al-Zn-Si-Ca相を所定の量、より具体的には面積率で2.0%以上の量においてめっき層の表面組織中に存在させることが困難となる。したがって、冷却速度変更点は、後述するように425~475℃の範囲から選択する必要があり、確実に2.0%以上の針状Al-Zn-Si-Ca相を形成するためには、上記のとおり450℃とすることが好ましい。
【0076】
本発明の実施形態に係るめっき鋼材は、ホットスタンプに適用されるのに適している。ホットプレスは、当業者に公知の方法により実施することができ、特に限定されないが、例えば、めっき層を備えた鋼母材を加熱炉に装入し、Ac3点以上の温度、一般的には約800~1200℃、特には約850~1000℃の温度まで加熱して所定の時間保持し、次いでホットプレスを実施することができる。
【実施例】
【0077】
以下、実施例によって本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0078】
[例A]
本例では、本発明の実施形態に係るめっき鋼材を種々の条件下で製造し、それらをホットスタンプに適用した場合の特性について調べた。
【0079】
まず、質量%で、C含有量が0.20%、Si含有量が0.20%、Mn含有量が1.30%、P含有量が0.01%、S含有量が0.005%、sol.Al含有量が0.02%、N含有量が0.002%、B含有量が0.002%、Ti含有量が0.02%、Cr含有量が0.20%、並びに残部がFe及び不純物である溶鋼を用いて連続鋳造法によりスラブを製造した。次いで、当該スラブを熱間圧延して熱間圧延鋼板を製造し、当該熱間圧延鋼板を酸洗した後、冷間圧延して1.4mmの板厚を有する冷間圧延鋼板(鋼母材)を製造した。
【0080】
次に、製造した鋼母材を100mm×200mmに切断し、次いでレスカ社製バッチ式溶融めっき装置を用いて当該鋼母材にめっきを施した。より具体的には、まず、製造した鋼母材を酸素濃度20ppm以下の炉内においてN2-5%H2混合ガス雰囲気中800℃で加熱還元処理した後、N2下でめっき浴温+20℃まで冷却した。次いで、鋼母材を表1に示す化学組成を有するめっき浴に約3秒間浸漬した後、これを引上速度20~200mm/秒で引き上げ、N2ガスワイピングによりめっき層の付着量を表1に示す値に調整した。次に、めっき層を付着した鋼母材を表1に示す条件下で2段階冷却することにより、鋼母材の両面にめっき層が形成されためっき鋼材を得た。なお、板温は鋼母材の中心部にスポット溶接した熱電対を用いて測定した。
【0081】
次に、得られためっき鋼材にホットスタンプを適用した。具体的には、ホットスタンプは、めっき鋼材を加熱炉に装入し、次いで900℃以上の温度(めっき鋼材のAc3点以上の温度)に加熱して所定の時間保持した後、水冷ジャケットを備えた金型で熱間プレスすることにより実施した。ホットスタンプ(HS)の際の加熱処理条件は、以下の条件X及びYのうちのいずれかを選択した。金型による焼入れは、マルテンサイト変態開始点(410℃)程度まで50℃/秒以上の冷却速度となるように制御した。
X:900℃で1分間保持
Y:900℃で5分間保持
【0082】
【0083】
【0084】
実施例及び比較例において得られためっき鋼材におけるめっき層の表面組織、並びに当該めっき鋼材をホットスタンプ成形した場合の各特性は下記の方法により調べた。結果を表2に示す。表1及び2中、比較例31及び32は、それぞれめっき鋼材として従来使用されている合金化溶融亜鉛めっき(Zn-11%Fe)鋼板及び溶融アルミめっき(Al-10%Si)鋼板に関するものであり、これらの鋼板をホットスタンプ成形した場合の結果を示している。なお、比較例31及び32に係るめっき層の化学組成及び表面組織は、本発明に係るめっき層の化学組成及び表面組織とは異なることが明らかであるため、これらのめっき層の化学組成及び表面組織に関する分析は省略した。また、比較例31及び32は市販品の評価を行ったものにすぎず、それゆえこれらの鋼板の製造方法の詳細は不明である。
【0085】
[めっき層の表面組織における各相の面積率及び組成]
めっき層の表面組織における各相の面積率は、以下のようにして決定した。まず、作製した試料を25mm×15mmの大きさに切断し、めっき層表面を1500倍の倍率で撮影したSEMのBSE像から、各相の面積率をコンピューター画像処理により測定し、任意の5視野におけるこれらの測定値の平均を針状Al-Zn-Si-Ca相、α相、α/τ共晶相、並びに他の相及び化合物の面積率として決定した。特に、塊状τ相の面積率は、当該塊状τ相の周囲に存在するα相によって画定される境界線で囲まれた領域の面積率をコンピューター画像処理により測定することで決定した。また、SEM-BSE像から針状Al-Zn-Si-Ca相及びα相と容易に判別できた。念のため、針状Al-Zn-Si-Ca相及びα相と判別された組織から任意に各10個の組織を選択し、SEM-EDSによりその組織の化学組成を分析した。その結果、10個の針状Al-Zn-Si-Ca相の化学組成は、いずれもAl含有量が36.0~50.0%、Zn含有量が20.0~80.0%、Si含有量が1.0~10.0%、Ca含有量が5.0~25.0%、その他の残部としての元素の含有量の合計は5.0%以下であった。同様に、10個のα相の化学組成は、いずれもAl含有量が20.0~89.9%、Zn含有量が0.1~70.0%、Mg含有量が0~5.0%、Al含有量とZn含有量の合計が90.0%以上、残部としてのその他の元素の含有量の合計は1.00%以下であった。なお、参考までに、各10個の成分分析結果の平均値を算出し、表2に記載した。
【0086】
[冷間加工性]
冷間加工性は、めっき鋼材の試料をクリアランス10%でシャー切断し、次いで切断端面から5mm以内の範囲をテープ剥離した場合、めっき層の剥離が生じなかった場合を合格(〇)とし、剥離が生じた場合を不合格(×)とした。
【0087】
[耐LME性]
耐LME性は、めっき鋼材の試料を熱間V曲げ試験することにより評価した。具体的には、めっき鋼材の試料170mm×30mmを加熱炉で加熱し、試料の温度が900℃に達した時点で炉から取り出し、精密プレス機を用いてV曲げ試験を実施した。V曲げの金型形状は、V曲げ角度90°並びにR=1、2、3、4、5及び10mmであり、耐LME性を次のように評点付けした。AAA、AA、A及びBの評価を合格とした。
AAA:Rが1mmでもLME割れを生じなかった
AA:Rが1mmでLME割れを生じたが、Rが2mmではLME割れを生じなかった
A:Rが2mmでLME割れを生じたが、Rが3mmではLME割れを生じなかった
B:Rが3mmでLME割れを生じたが、Rが4mmではLME割れを生じなかった
C:Rが4mmでLME割れを生じたが、Rが5mmではLME割れを生じなかった
D:Rが5mmでLME割れを生じたが、Rが10mmではLME割れをなかった
【0088】
[耐食性]
めっき鋼材の耐食性の評価は、次のようにして行った。まず、ホットスタンプ後のめっき鋼材の試料50mm×100mmを、りん酸亜鉛処理(SD5350システム:日本ペイント・インダストリアルコーディング社製規格)に従い実施し、次いで電着塗装(PN110パワーニクスグレー-:日本ペイント・インダストリアルコーディング社製規格)を膜厚20μmで実施して、150℃及び20分で焼き付けを行った。次に、地鉄まで達するクロスカット傷(40×√2mm、2本)を入れた塗装めっき鋼材を、JASO(M609-91)に従った複合サイクル腐食試験に供して、150サイクル経過後及び長期耐食性を評価するための360サイクル経過後のクロスカット周囲8箇所の最大膨れ幅をそれぞれ測定した。得られた測定値の平均値を求め、次のように評点付けした。150サイクル経過後の試験においてA及びBの評価が得られたものを合格とした。
A:クロスカット傷からの塗膜膨れ幅が1mm以下
B:クロスカット傷からの塗膜膨れ幅が1~2mm
C:クロスカット傷からの塗膜膨れ幅が2~4mm
D:赤錆発生
【0089】
[耐水素侵入性]
めっき鋼材の耐水素侵入性は、次のようにして行った。まず、ホットスタンプ後のめっき鋼材の試料を液体窒素中に保管し、昇温脱離法によりめっき鋼材に侵入した水素の濃度を求めた。具体的には、試料をガスクロマトグラフィを備えた加熱炉中で加熱し、250℃までに試料から放出された水素量を測定した。測定した水素量を試料の質量で除することにより水素侵入量を求め、次のように評点付けした。AAA、AA、A及びBの評価を合格とした。
AAA:水素侵入量が0.1ppm以下
AA:水素侵入量が0.1超~0.2ppm
A:水素侵入量が0.2超~0.3ppm
B:水素侵入量が0.3超~0.5ppm
C:水素侵入量が0.5超~0.7ppm
D:水素侵入量が0.7ppm以上
【0090】
表1及び2を参照すると、比較例1では、めっき層中のAl含有量が少ないために、めっき層の表面組織中に針状Al-Zn-Si-Ca相が十分に形成せず、ホットスタンプ成形における加熱の際にCa系酸化皮膜からなるバリア層が形成しなかったと考えられる。その結果として、上記加熱の際にめっき層中のZn及びMgが蒸発したため、耐LME性、耐水素侵入性及び耐食性の評価が不良であった。比較例2では、めっき層中のMg含有量が少なく、さらにZn/(Mg+3×Ca)の値が6.5を超えたために、平衡バランスが崩れ、めっき層の表面組織中に針状Al-Zn-Si-Ca相が十分に形成せず、結果として耐LME性、耐水素侵入性及び耐食性の評価が不良であった。加えて、MgZn2相が多く生成し、冷間加工性の評価も不良であった。比較例4では、めっき層中のMg含有量が多く、過度な犠牲防食作用により耐食性が低下し、またMg含有量が多いことからホットスタンプ時のMgの蒸発に起因して水素侵入が生じた。さらにはMg、Zn及びAlを主成分とする塊状τ相が比較的多く生成したため、冷間加工性の評価も不良であった。比較例11では、めっき層におけるZn/(Mg+3×Ca)の値が6.5を超えたために、平衡バランスが崩れ、めっき層の表面組織中に針状Al-Zn-Si-Ca相が十分に形成せず、結果として耐LME性、耐水素侵入性及び耐食性の評価が不良であった。比較例12及び13では、めっき層の冷却が所定の2段階冷却条件を満足しなかったために、めっき層の表面組織中に針状Al-Zn-Si-Ca相が十分に形成せず、結果として耐LME性、耐水素侵入性及び耐食性の評価が不良であった。比較例14では、めっき層中にSiが含まれていないために、めっき層の表面組織中に針状Al-Zn-Si-Ca相が形成せず、結果として耐LME性、耐水素侵入性及び耐食性の評価が不良であった。加えて、比較例14では、めっき層中にSiが含まれていないために、Al4Caが5.0%以上生成し、冷間加工性の評価も不良であった。比較例19では、めっき層中にCaが含まれていないために、めっき層の表面組織中に針状Al-Zn-Si-Ca相が形成せず、結果として耐LME性、耐水素侵入性及び耐食性の評価が不良であった。加えて、比較例19では、めっき層中にCaが含まれていないために、Mg2Siが5.0%以上生成し、冷間加工性の評価も不良であった。比較例20及び30では、めっき層中のCa含有量又はAl含有量が高すぎたために、めっき層においてAl4Caが優先的に形成され、針状Al-Zn-Si-Ca相が十分に形成せず、結果として耐LME性、耐水素侵入性及び耐食性の評価が不良であった。さらにはAl4Caが5.0%以上生成したため、冷間加工性の評価も不良であった。比較例26では、めっき層中のSi含有量が高すぎたために、めっき層においてMg2Si相が優先的に形成され、針状Al-Zn-Si-Ca相が十分に形成せず、結果として耐LME性、耐水素侵入性及び耐食性の評価が不良であった。さらにはMg2Si相が5.0%以上生成したため、冷間加工性の評価も不良であった。従来の合金化溶融亜鉛めっき鋼板を用いた比較例31では、耐水素侵入性は優れていたものの、耐LME性及び耐食性の評価が不良であった。従来の溶融アルミめっき鋼板を用いた比較例32では、耐LME性は優れていたものの、耐水素侵入性及び耐食性の評価が不良であった。
【0091】
これとは対照的に、本発明に係る全ての実施例において、めっき層の化学組成、及び当該めっき層の表面組織に含まれる針状Al-Zn-Si-Ca相の面積率を適切に制御することにより、耐LME性及び耐水素侵入性が改善され、さらにはホットスタンプ後の耐食性にも優れためっき鋼材を得ることができた。とりわけ、表1及び2を参照すると、めっき層中のAl含有量を35.00~50.00%に制御することで耐LME性が顕著に改善され、同様にめっき層中のMg含有量を9.00~15.00%に制御することで耐食性が顕著に改善されていることがわかる。また、針状Al-Zn-Si-Ca相の面積率が2.0%以上8.0%未満の実施例3、5、15及び18では、複合サイクル腐食試験において150サイクル経過後の耐食性評価がBであり、さらに360サイクル経過後の耐食性評価が150サイクル経過後の耐食性評価に比べて幾分低下したのに対し、針状Al-Zn-Si-Ca相の面積率が8.0%以上の実施例6~10、16、17、21~25及び27~29では、150サイクル経過後の耐食性評価がAであり、さらに360サイクル経過後の耐食性評価が150サイクル経過後の耐食性評価と同じであり、それゆえ高い耐食性及び長期耐食性を示した。
【0092】
[例B]
本例では、めっき層の2段階冷却条件について検討した。まず、表3に示す化学組成を有するめっき浴を用い、さらに表3に示す条件下でめっき層を形成したこと以外は例Aの場合と同様にして、鋼母材の両面にめっき層が形成されためっき鋼材を得た。得られためっき鋼材におけるめっき層の表面組織、並びに当該めっき鋼材をホットスタンプ成形した場合の各特性は、例Aの場合と同様の方法により調べた。結果を表4に示す。
【0093】
【0094】
【0095】
表3及び4を参照すると、めっき層の1段階目の平均冷却速度が10℃/秒である比較例41では、当該平均冷却速度が幾分低かったためにめっき層の表面組織中に針状Al-Zn-Si-Ca相が十分に形成せず、結果として耐LME性、耐水素侵入性及び耐食性の評価が不良であった。また、めっき層の2段階目の平均冷却速度が7℃/秒である比較例42及び43では、当該平均冷却速度が幾分高かったために、同様にめっき層の表面組織中に針状Al-Zn-Si-Ca相が十分に形成せず、結果として耐LME性、耐水素侵入性及び耐食性の評価が不良であった。表1~4の結果から、針状Al-Zn-Si-Ca相を2.0%以上の面積率においてより確実に形成させるためには、まず14℃/秒以上又は15℃/秒以上の平均冷却速度で浴温から450℃まで冷却し、次いで5.5℃/秒以下又は5℃/秒以下の平均冷却速度で450℃から350℃まで冷却することが好ましいことがわかる。
【0096】
[例C]
本例では、めっき層の2段階冷却における急冷と緩冷の間の冷却速度変更点について検討した。まず、質量%で、Zn:41.40%、Al:45.00%、Mg:12.00%、Si:0.60%及びCa:1.00%の化学組成を有するめっき浴(浴温600℃)を用い、さらに冷却速度変更点を375℃、400℃、425℃、450℃、475℃及び500℃に変更し、第1段階の平均冷却速度を15℃/秒そして第2段階の平均冷却速度を5℃/秒としたこと以外は例Aの場合と同様にして、鋼母材の両面にめっき層が形成されためっき鋼材を得た。得られためっき鋼材におけるめっき層の表面組織における針状Al-Zn-Si-Ca相の面積率を調べた。その結果を
図4に示す。
【0097】
図4を参照すると、冷却速度変更点が400℃の場合には、針状Al-Zn-Si-Ca相の面積率が1.9%であり、2.0%以上を確保できなかったものの、冷却速度変更点が425℃、450℃及び475℃の場合に、2.0%以上の針状Al-Zn-Si-Ca相を形成することができ、とりわけ冷却速度変更点が450℃の場合に、最も高い針状Al-Zn-Si-Ca相の面積率を達成することができた。
【符号の説明】
【0098】
1 α相
2 α/τ共晶相
3 塊状τ相
4 針状Al-Zn-Si-Ca相
5 MgZn2相