(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-14
(45)【発行日】2023-02-22
(54)【発明の名称】潜在濃染性ポリエステル繊維、濃染性ポリエステル繊維、及び濃染性ポリエステル繊維の製造方法、並びに織編物
(51)【国際特許分類】
D01F 6/92 20060101AFI20230215BHJP
D01F 6/62 20060101ALI20230215BHJP
D01F 6/84 20060101ALI20230215BHJP
【FI】
D01F6/92 301M
D01F6/62 303B
D01F6/84 301D
D01F6/92 301P
D01F6/92 306B
(21)【出願番号】P 2018168936
(22)【出願日】2018-09-10
【審査請求日】2021-09-02
(31)【優先権主張番号】P 2017174085
(32)【優先日】2017-09-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000228073
【氏名又は名称】日本エステル株式会社
(72)【発明者】
【氏名】山内 直哉
(72)【発明者】
【氏名】和田 啓暉
(72)【発明者】
【氏名】天満 悠太
【審査官】斎藤 克也
(56)【参考文献】
【文献】特公昭64-001584(JP,B2)
【文献】特開昭58-149312(JP,A)
【文献】特開2004-137458(JP,A)
【文献】特開2014-105397(JP,A)
【文献】特開2017-160568(JP,A)
【文献】特開2018-048421(JP,A)
【文献】特開2018-048422(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F 6/62
D01F 6/84
D01F 6/92
D01F 8/00 - 8/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリエステル樹脂と生成粒子とを含むポリエステル樹脂組成物からなる潜在濃染性ポリエステル繊維であって、
前記ポリエステル樹脂はジエチレングリコール成分を6.0~10.0モル%含み、
前記生成粒子は、リン化合物とアルカリ土類金属化合物とに由来するものであるか、又は、リン化合物とアルカリ金属化合物及びアルカリ土類金属化合物とに由来するものであることを特徴とする、潜在濃染性ポリエステル繊維。
【請求項2】
前記生成粒子の平均粒子径は、0.05~0.5μmであることを特徴とする、請求項1に記載の潜在濃染性ポリエステル繊維。
【請求項3】
ポリエステル樹脂組成物が芯部に配され、易溶性ポリエステル樹脂が鞘部に配されてなる潜在濃染性芯鞘複合ポリエステル繊維であって、
前記ポリエステル樹脂組成物はポリエステル樹脂と生成粒子とを含み、
前記ポリエステル樹脂はジエチレングリコール成分を6.0~10.0モル%含み、
前記生成粒子はリン化合物とアルカリ土類金属化合物とに由来するものであるか、又は、リン化合物とアルカリ金属化合物及びアルカリ土類金属化合物とに由来するものであり、
単繊維の繊維軸方向に垂直な断面における、前記芯部の形状が突起部及び溝を有する異形断面形状であり、前記突起部および前記溝の断面形状が長方形又は略台形状であり、前記突起部の個数が10~32個であることを特徴とする潜在濃染性芯鞘複合ポリエステル繊維。
【請求項4】
前記生成粒子の平均粒子径は、0.05~0.5μmであることを特徴とする、請求項
3に記載の潜在濃染性芯鞘複合ポリエステル繊維。
【請求項5】
単繊維の表面において微細孔を有し、ポリエステル樹脂からなる濃染性ポリエステル繊維であって、前記ポリエステル樹脂はジエチレングリコール成分を6.0~10.0モル%含み、
前記微細孔は、個数が前記単繊維表面における5μm×5μmサイズの領域中に15個以上であり、長軸の長さが0.9μm以下、かつ短軸の長さが0.6μm以下であり、かつ深さが250~800nmであることを特徴とする、濃染性ポリエステル繊維。
【請求項6】
前記単繊維は、表面に突起部と細溝とが交互かつ略一様に分布した異形断面繊維であって、
前記突起部と前記細溝の断面形状は長方形又は略台形状であり、前記突起部および前記細溝はそれぞれ繊維軸方向に連続しており、
前記突起部の数又は寸法が、下記(I)~(III)を満足することを特徴とする、請求項
5に記載の濃染性ポリエステル繊維。
10<N<32 (I)
0.3≦W≦2.0 (II)
0.5W≦H≦3.0W (III)
ただしNは突起部の個数、Wは突起部の幅(μm)、Hは突起部の高さ(μm)である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルカリ減量処理を行った後に染色した際の濃染性に優れ、ウール調風合いを有する潜在濃染性ポリエステル繊維、染色時の濃染性に優れ、ウール調の風合いを有する濃染性ポリエステル繊維、及び濃染性ポリエステル繊維の製造方法に関する。さらに濃染性ポリエステル繊維を含む織編物に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリエステル繊維は、耐熱性又は機械的特性などの多くの特性に優れるため、衣料用途又は産業用途に広く利用されている。しかしながら、ポリエステル繊維はその繊維構造が強固であるため、染色した場合に濃染性に劣る場合がある。そこで、ポリエステル繊維の濃染性を改良するために様々な手法が提案されている。例えば、特許文献1では、ポリエステル繊維中に不活性微粒子(例えば、シリカ微粒子)を含有させ、アルカリで減量処理して不活性微粒子を除去し繊維表面に微細な凹凸を形成することで、濃染性を発現させる手法が記載されている。
【0003】
また、特許文献2には、濃染性が向上されたポリエステル繊維を得るために、不活性微粒子をポリエステル繊維中に含有させることに代えて、ポリエステル樹脂組成物の合成系に、特定量の金属化合物(例えば、酢酸カルシウム)、及び特定のリン化合物を添加して、粒子を形成する手法が記載されている。このポリエステル樹脂組成物を紡糸してポリエステル繊維を得、粒子を例えばアルカリ減量処理により除去し、繊維表面に微細な凹凸を形成している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開昭55-107512号公報
【文献】特開2011-063646号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1に記載された技術においては、ポリエステル繊維の濃染性が十分ではなく、さらに紡糸時における毛羽又は糸切れの発生により商品価値又は生産性が低下するという問題がある。また、特許文献2に記載された技術を用いたとしても、繊維表面に存在する凹凸の形状が細長い溝状となり、十分な濃染性を達成することが困難である。また、ブラックフォーマル衣料用途などに好適な濃染性を有する繊維では、高級感を向上させるために、天然繊維であるウール調のような風合い(本発明においては、「梳毛調風合い」と称する場合がある)を有する繊維においてニーズがあるが、上記特許文献においては、未だ梳毛調風合いにおいて改良の余地がある。ここで、濃染性ポリエステル繊維に梳毛調風合いを向上させる手法としては、例えば、異収縮性繊維の組み合わせ等により梳毛調を発現させるものが知られているが、ポリエステル繊維自体を工夫することにより、濃染性と梳毛調風合いとを同時に発現させる手法は、未だ知られていない。本発明の目的は、こうした従来技術の問題点を改良し、染色時の濃染性、梳毛調風合いを有する濃染性ポリエステル繊維を得ようとすることである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記の課題を解決するために、濃染性ポリエステル繊維の単繊維表面に形成される微細孔及び濃染性との関係に加えて、ポリエステル繊維中のジエチレングリコール含有量による濃染性の効果について検討した。その結果、繊維中に、特定量のジエチレングリコールを含有することで、塩基性化合物に対するポリエステル繊維の溶解性が向上し、アルカリ溶解速度(アルカリ減量速度)が促進し、生成粒子に由来する繊維表面の微細孔が、粗く、えぐれたようなものとなるとともに、深さの大きいものとなり、染色するとブラックフォーマル衣料用途などに好適な濃染性に優れるばかりか、ウール表面に特徴的なミクロフィブリル調の微細孔となることで、ウール調の風合い(梳毛調風合い)を達成し得ることを知見し、本発明を完成させた。さらに、単繊維表面に特定のサイズ及び深さを有する微細孔が特定個数で(高密度で)存在し、いっそう優れた濃染性を達成し得ることを知見し、本発明を完成させた。さらに、横断面形状が、突起部と細溝とを交互に、略一様に有し、突起部と細溝の断面が長方形ないし略台形状を呈することを特徴することで、よりいっそう優れた濃染性を達成し得ることを知見し、本発明を完成させた。
すなわち、本発明は以下の(1)~(6)を要旨とする。
【0007】
(1)ポリエステル樹脂と生成粒子とを含むポリエステル樹脂組成物からなる潜在濃染性ポリエステル繊維であって、前記ポリエステル樹脂はジエチレングリコール成分を6.0~10.0モル%含み、前記生成粒子は、リン化合物とアルカリ土類金属化合物とに由来するものであるか、又は、リン化合物とアルカリ金属化合物及びアルカリ土類金属化合物とに由来するものである、潜在濃染性ポリエステル繊維。
(2)前記生成粒子の平均粒子径は、0.05~0.5μmである、(1)の潜在濃染性ポリエステル繊維。
【0008】
(3)ポリエステル樹脂組成物が芯部に配され、易溶性ポリエステル樹脂が鞘部に配されてなる潜在濃染性芯鞘複合ポリエステル繊維であって、前記ポリエステル樹脂組成物はポリエステル樹脂と生成粒子とを含み、前記ポリエステル樹脂はジエチレングリコール成分を6.0~10.0モル%含み、前記生成粒子はリン化合物とアルカリ土類金属化合物とに由来するものであるか、又は、リン化合物とアルカリ金属化合物及びアルカリ土類金属化合物とに由来するものであり、単繊維の繊維軸方向に垂直な断面における、前記芯部の形状が突起部及び溝を有する異形断面形状であり、前記突起部および前記溝の断面形状が長方形又は略台形状であり、前記突起部の個数が10~32個である潜在濃染性芯鞘複合ポリエステル繊維。
【0009】
(4)前記生成粒子の平均粒子径は、0.05~0.5μmである、(3)の潜在濃染性芯鞘複合ポリエステル繊維。
【0010】
(5)単繊維の表面において微細孔を有し、ポリエステル樹脂からなる濃染性ポリエステル繊維であって、前記ポリエステル樹脂はジエチレングリコール成分を6.0~10.0モル%含み、前記微細孔は、個数が前記単繊維表面における5μm×5μmサイズの領域中に15個以上であり、長軸の長さが0.9μm以下、かつ短軸の長さが0.6μm以下であり、かつ深さが250~800nmである、濃染性ポリエステル繊維。
【0011】
(6)前記単繊維は、表面に突起部と細溝とが交互かつ略一様に分布した異形断面繊維であって、
前記突起部と前記細溝の断面形状は長方形又は略台形状であり、前記突起部および前記細溝はそれぞれ繊維軸方向に連続しており、
前記突起部の数又は寸法が、下記(I)~(III)を満足する、(5)の濃染性ポリエステル繊維。
10<N<32 (I)
0.3≦W≦2.0 (II)
0.5W≦H≦3.0W (III)
ただしNは突起部の個数、Wは突起部の幅(μm)、Hは突起部の高さ(μm)である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、繊維中に特定量のジエチレングリコールを含有することで、塩基性化合物に対するポリエステル繊維のアルカリ溶解速度が速まり、生成粒子による微細孔を有するだけの繊維と比較して、繊維表面の微細孔がより深く粗いものとなることで、アルカリ減量処理を行った後の濃染性(潜在濃染性)に優れ、ウール調の風合い(梳毛調風合い)を有する潜在濃染性ポリエステル繊維を得ることができる。また、本発明の濃染性ポリエステル繊維は、好ましくは単繊維表面に特定サイズ及び深さを有する微細孔が特定個数存在すると、より染色時の濃染性に優れ、染色時の濃染性によりいっそう優れ、織編物とした場合にウール調の滑らかな風合いを有する濃染性ポリエステル繊維を得ることができる。さらに、横断面形状が、突起部と細溝とを交互に、略一様に有し、突起部と細溝の断面が長方形ないし略台形状を呈することを特徴することで、濃染性によりいっそう優れた濃染性ポリエステル繊維を得ることができる。さらに本発明の製造方法によれば、こうした濃染性ポリエステル繊維を生産性よく製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の潜在濃染性芯鞘複合ポリエステル繊維を構成する単糸の異形断面の一実施態様を示す横断面模式図である。
【
図2】実施例3にて得られた本発明の濃染性ポリエステル繊維の単繊維表面を撮影した写真(倍率;5000倍)である。
【
図3】比較例1にて得られた微細孔を有するポリエステル繊維の単繊維表面を撮影した写真(倍率;5000倍)である。
【
図4】本発明の濃染性ポリエステル繊維を構成する単糸の異型断面の一実施態様を示す断面模式図である。
【
図5】本発明の濃染性ポリエステル繊維を構成する単糸の異型断面の一実施態様における部分拡大模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明について詳細に説明する。
[潜在濃染性ポリエステル繊維]
本発明の潜在濃染性ポリエステル繊維は、ポリエステル樹脂と生成粒子とを含むポリエステル樹脂組成物からなる。ポリエステル樹脂はジエチレングリコール成分を6.0~10.0モル%含む。
生成粒子は、リン化合物とアルカリ土類金属化合物とに由来するものであるか、又は、リン化合物とアルカリ金属化合物及びアルカリ土類金属化合物とに由来するものである。
【0017】
ポリエステル樹脂としては、例えば、テレフタル酸成分とエチレングリコール成分からなり、全構成単位の80モル%以上がエチレンテレフタレートであり、ポリエステル樹脂中に6.0~10.0モル%のジエチレングリコールを含むポリエステルである。また、ポリエステル樹脂には、一般的に使用されている添加剤、艶消し剤、制電剤、酸化防止剤等の添加剤を添加したものでもよい。
【0018】
生成粒子は、リン化合物とアルカリ土類金属化合物とに由来するか、又は、リン化合物とアルカリ金属化合物及びアルカリ土類金属化合物とに由来する。なお、アルカリ金属化合物、アルカリ土類金属化合物を、単に金属化合物と称する場合がある。本発明において、潜在濃染性とは、例えば、ポリエステル繊維に対してアルカリ減量処理を施して生成粒子を脱落させ、単繊維表面に微細孔を形成することで発現する濃染性をいう。
【0019】
生成粒子とは、シリカ微粒子のような公知の不活性微粒子とは異なるものであり、後述のリン化合物と金属化合物とをあらかじめ反応させずに個別にポリエステル樹脂組成物の製造段階(合成反応系)に添加することで、リン化合物と金属化合物とが反応し形成される粒子である。
【0020】
生成粒子の平均粒子径は0.05~0.5μmが好ましく、より好ましくは0.08~0.4μmである。平均粒子径が上記範囲であると、アルカリ減量処理により濃染性ポリエステル繊維を得た場合に、後述のような適切なサイズ及び深さを有する微細孔を、より高密度(特定範囲の個数)で形成し得る生成粒子となり、またポリエステル繊維を紡糸する際に溶融ポリマーをろ過するフィルターが目詰まりすることもなく、圧力の上昇又は糸切れの発生を抑制することができる。生成粒子の平均粒子径は、例えば、リン化合物と金属化合物との組み合わせ、又はリン化合物と金属化合物との添加量を好ましいものとすることで、上記の範囲に制御することができる。本発明におけるリン化合物と金属化合物との好ましい組み合わせ、及びリン化合物と金属化合物との好ましい添加量については後述する。また、本発明における微細孔のサイズ、深さ、及び個数の範囲についても後述する。なお、生成粒子を用いずにシリカ微粒子のような公知の不活性微粒子を添加させた場合は、凝集により微粒子が粗大化してしまい、適切なサイズ及び深さを有する微細孔を高密度で形成することができず、本発明の効果を奏することはできない。
【0021】
リン化合物としては、例えば、リン酸類、ホスホン酸類、又はホスフィン酸類が挙げられる。なかでも、生成粒子の平均粒子径が大きすぎることがなく、ポリエステル繊維の濃染性(又は潜在濃染性)及び製糸工程の安定性が良好となるため、脂肪族のリン酸類が好ましく、リン酸エステルがより好ましい。濃染性に優れる観点から、リン酸エステルの中でもリン酸トリエチル(トリエチルホスフェート)が特に好ましい。
【0022】
アルカリ金属化合物とは、特に、カルボン酸のアルカリ金属塩であり、その具体例として、酢酸リチウム、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、安息香酸リチウム、安息香酸ナトリウム、又は安息香酸カリウムが挙げられる。なかでも、生成粒子の平均粒子径が最適な範囲となり、ポリエステルの重合反応時の副生成物を抑制できることから、酢酸リチウムが好ましい。
【0023】
アルカリ土類金属化合物とは、特に、カルボン酸のアルカリ土類金属塩であり、その具体例として、酢酸マグネシウム、酢酸カルシウム、シュウ酸マグネシウム、プロピオン酸カルシウム、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸マグネシウム、安息香酸カルシウム、又は酢酸マンガンが挙げられる。特にカルボン酸のマグネシウム塩を用いた場合は、ポリエステル樹脂中に形成される生成粒子の粒子径が過大となることがなく、濃染性及びポリエステル繊維の製糸工程の安定性が良好となるため好ましい。なかでも、濃染性及び取扱性に優れるために、酢酸マグネシウムが特に好ましい。
【0024】
リン化合物と金属化合物との好ましい組み合わせは、生成粒子の平均粒子径を上記範囲に制御し、濃染性に顕著に優れるポリエステル繊維(潜在濃染性ポリエステル繊維、濃染性ポリエステル繊維)を得る観点から、リン酸エステルと酢酸の金属塩との組み合わせが好ましく、より好ましくはトリエチルホスフェート(リン酸トリエチル)と酢酸マグネシウムとの組み合わせであり、さらに、これらに加えて酢酸リチウムを併用することが最も好ましい。なお、金属化合物として酢酸リチウムを単独で用いた場合は、生成粒子が粗大になり過ぎる傾向がある。すなわち、本発明においては、生成粒子の平均粒子径を上記範囲に制御し、濃染性を顕著に向上させるという相乗効果を奏するために、リン化合物としてトリエチルホスフェート(リン酸トリエチル)と、金属化合物として酢酸マグネシウム及び酢酸リチウムとの併用が最適なのである。
【0025】
上述したように、ポリエステル樹脂はジエチレングリコール成分を6.0~10.0モル%の割合で含むものであり、ジエチレングリコール成分の割合が、6.5~9.5モル%であることが好ましく、7.5~9.5モル%であることがより好ましく、8.0~9.5モル%であることがさらに好ましい。ジエチレングリコール成分が6.0モル%未満であると、後述のアルカリ溶解速度を十分に高めることができず、アルカリ減量処理を施した後の濃染性ポリエステル繊維において、十分な深さを有し、かつ、えぐれたような粗い微細孔を形成することができない。一方、10.0モル%を超えると、得られた繊維の糸強度が低下し、加工性に問題がある。
【0026】
潜在濃染性ポリエステル繊維のアルカリ溶解速度は、ジエチレングリコールの含有量を特定範囲とすることで調整することができる。アルカリ溶解速度は、温度98℃、かつ塩基性化合物の濃度が2質量%の水溶液において、10.0g/(min・m2)以上であることが好ましく、12.0g/(min・m2)以上であることがより好ましく、13.0g/(min・m2)以上であることがさらに好ましい。溶解速度がこうした範囲であると、後述のようにアルカリ減量処理を施した場合に、濃染性および梳毛調風合いに優れる濃染性ポリエステル繊維を得ることができる。その理由については、詳しく後述する。アルカリ溶解速度の測定方法については、実施例において後述する。
【0027】
[潜在濃染性芯鞘複合ポリエステル繊維]
本発明の潜在濃染性芯鞘複合ポリエステル繊維は、ポリエステル樹脂組成物が芯部に配され、易溶性ポリエステル樹脂が鞘部に配されてなるものである。ポリエステル樹脂組成物はポリエステル樹脂と生成粒子とを含む。前記ポリエステル樹脂はジエチレングリコール成分を6.0~10.0モル%含む。前記生成粒子はリン化合物とアルカリ土類金属化合物とに由来するものであるか、又は、リン化合物とアルカリ金属化合物及びアルカリ土類金属化合物とに由来するものである。
【0028】
さらに、単繊維の繊維軸方向に垂直な断面における、前記芯部の形状が突起部及び溝を有する異形断面形状であり、前記突起部および前記溝の断面形状が長方形又は略台形状であり、前記突起部の個数が10~32個である。
【0029】
図1に示すように、本発明の潜在濃染性芯鞘複合ポリエステル繊維1は、ポリエステル樹脂組成物3が芯部に配され、易溶性ポリエステル樹脂2が鞘部に配されてなるものである。そして、単繊維の繊維軸方向の垂直な断面における芯部の形状が、10~32個の突起部および溝を有する異形断面形状である。隣接する突起部の間には、溝が突起部の数と同数個存在する。本発明において、易溶性とは塩基性化合物(アルカリ)による溶出が容易であることをいう。なお、本発明の潜在濃染性芯鞘複合ポリエステル繊維において、芯部の形状は、後述するような、本発明の好ましい態様である異型断面を有する濃染性ポリエステル繊維の断面形状と、実質的に同一である。なぜなら、本発明の潜在濃染性芯鞘複合ポリエステル繊維の鞘部を塩基性化合物(アルカリ)により溶出し、さらには芯部表面を溶出させて生成粒子を脱落させることで、後述する本発明の濃染性ポリエステル繊維を得るためである。
【0030】
易溶性ポリエステル樹脂2は、後述のポリエステル樹脂3よりもアルカリ等の溶剤に対する溶解速度が5倍以上速いものであることが好ましい。そのため、易溶性ポリエステル樹脂は、ジカルボン酸成分のうち1~3モル%がスルホン酸塩基を有する芳香族ジカルボン酸成分であり、平均分子量が1000~10000のポリアルキレングリコールを5~15質量%含有することが好ましい。
【0031】
スルホン酸塩基を有する芳香族ジカルボン酸成分としては、5-ナトリウムスルホイソフタル酸、5-ナトリウムスルホテレフタル酸、5-カリウムスルホイソフタル酸、5-ナトリウムスルホテレフタル酸、5-リチウムスルホイソフタル酸、5-ホスホニウムスルホイソフタル酸等が挙げられる。スルホン酸塩基を有する芳香族ジカルボン酸成分が、ジカルボン酸成分の1モル%以上であると、アルカリに対する溶解速度が十分に速くなる。3モル%以下であると、高速時においても製糸性がより良好であり糸切れ等のトラブル発生を抑制できる。
【0032】
また、ポリアルキレングリコールは、平均分子量が1000~10000のものが好ましい。平均分子量が1000以上であると、易溶性ポリエステル樹脂Aのガラス転移点が低下することがなく、紡糸工程で融着が発生し難くなる。10000以上であると、相溶性が良好となり均一に含有させ易くなる。
【0033】
ポリアルキレングリコール含有量が5質量%以上であると、アルカリに対する溶解速度が十分に速くなる。15質量%以下であると、溶解速度を十分に速いものに維持しつつ、製糸性が良好となり、紡糸工程で糸切れ等のトラブルを抑制することができる。
【0034】
ポリエステル樹脂組成物は、ポリエステル樹脂と特定サイズの生成粒子とを含有する。
【0035】
ポリエステル樹脂としては、例えば、テレフタル酸成分とエチレングリコール成分からなり、全構成単位の80モル%以上がエチレンテレフタレートであり、ポリエステル樹脂中に6.0~10.0モル%のジエチレングリコールを含むポリエステルである。また、ポリエステル樹脂中には、一般的に使用されている添加剤、艶消し剤、制電剤、酸化防止剤等を添加したものでもよい。
【0036】
生成粒子は、上記の潜在濃染性ポリエステル繊維における生成粒子と同様に、シリカ微粒子のような公知の不活性微粒子とは異なるものであり、後述のリン化合物と金属化合物とをあらかじめ反応させずに個別にポリエステル樹脂組成物の製造段階(合成反応系)に添加することで、リン化合物と金属化合物とが反応し形成される粒子である。なお、本発明において、潜在濃染性とは、上述したような芯鞘複合ポリエステル繊維に対してアルカリ減量処理を施し、鞘部を溶出させるとともに、芯部表面を溶出して生成粒子を脱落させ、単繊維表面に微細孔を形成することで発現する濃染性を含む。
【0037】
生成粒子の平均粒子径は0.05~0.5μmが好ましく、より好ましくは0.08~0.4μmである。平均粒子径が上記範囲であると、アルカリ減量処理により濃染性ポリエステル繊維を得た場合に、後述のような適切なサイズ及び深さを有する微細孔を、高密度(特定範囲の個数)で形成し得る生成粒子となり、また潜在濃染性芯鞘複合ポリエステル繊維を紡糸する際に溶融ポリマーをろ過するフィルターが目詰まりすることもなく、圧力の上昇又は糸切れの発生を抑制することができる。生成粒子の平均粒子径は、例えば、リン化合物と金属化合物との組み合わせ、又はリン化合物と金属化合物との添加量を好ましいものとすることで、上記の範囲に制御することができる。本発明におけるリン化合物と金属化合物との好ましい組み合わせ、及びリン化合物と金属化合物との添加量については後述する。また、本発明における微細孔のサイズ、深さ、及び個数の範囲についても後述する。なお、生成粒子を用いずにシリカ微粒子のような公知の不活性微粒子を添加させた場合は、凝集により微粒子が粗大化してしまい、適切なサイズ及び深さを有する微細孔を高密度で形成することができず、本発明の効果を奏することはできない。
【0038】
リン化合物としては、例えば、リン酸類、ホスホン酸類、又はホスフィン酸類が挙げられる。なかでも、生成粒子の平均粒子径が大きすぎることがなく、ポリエステル繊維の濃染性(又は潜在濃染性)及び製糸工程の安定性が良好となるため、脂肪族のリン酸類が好ましく、リン酸エステルがより好ましい。濃染性に優れる観点から、リン酸エステルの中でもリン酸トリエチル(トリエチルホスフェート)が特に好ましい。
【0039】
アルカリ金属化合物とは、特に、カルボン酸のアルカリ金属塩であり、その具体例として、酢酸リチウム、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、安息香酸リチウム、安息香酸ナトリウム、又は安息香酸カリウムが挙げられる。なかでも、生成粒子の平均粒子径が最適な範囲となり、ポリエステルの重合反応時の副生成物を抑制できることから、酢酸リチウムが好ましい。
【0040】
アルカリ土類金属化合物とは、特に、カルボン酸のアルカリ土類金属塩であり、その具体例として、酢酸マグネシウム、酢酸カルシウム、シュウ酸マグネシウム、プロピオン酸カルシウム、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸マグネシウム、安息香酸カルシウム、又は酢酸マンガンが挙げられる。特にカルボン酸のマグネシウム塩を用いた場合は、ポリエステル樹脂中に形成される生成粒子の粒子径が過大となることがなく、濃染性、及び潜在濃染性芯鞘複合ポリエステル繊維の製糸工程の安定性が良好となるため好ましい。なかでも、濃染性及び取扱性に優れるために、酢酸マグネシウムが特に好ましい。
【0041】
リン化合物と金属化合物との好ましい組み合わせは、生成粒子の平均粒子径を上記範囲に制御し、濃染性に顕著に優れるポリエステル繊維(潜在濃染性芯鞘複合ポリエステル繊維、濃染性ポリエステル繊維)を得る観点から、リン酸エステルと酢酸の金属塩との組み合わせが好ましく、より好ましくはトリエチルホスフェート(リン酸トリエチル)と酢酸マグネシウムとの組み合わせであり、さらに、これらに加えて酢酸リチウムを併用することが最も好ましい。なお、金属化合物として酢酸リチウムを単独で用いた場合は、生成粒子が粗大になり過ぎる傾向がある。すなわち、本発明においては、生成粒子の平均粒子径を上記範囲に制御し、濃染性を顕著に向上させるという相乗効果を奏するために、リン化合物としてトリエチルホスフェート(リン酸トリエチル)と、金属化合物として酢酸マグネシウム及び酢酸リチウムとの併用が最適なのである。
【0042】
上述したように、ポリエステル樹脂はジエチレングリコール成分を6.0~10.0モル%の割合で含むものであり、ジエチレングリコール成分の割合が、6.5~9.5モル%であることが好ましく、7.5~9.5モル%であることがより好ましく、8.0~9.5モル%であることがさらに好ましい。ジエチレングリコール成分が6.0モル%未満であると、後述のアルカリ溶解速度を十分に高めることができず、アルカリ減量処理を施した後の濃染性ポリエステル繊維において、十分な深さを有し、かつ、えぐれたような粗い微細孔を形成することができない。一方、10.0モル%を超えると、得られた繊維の糸強度が低下し、加工性に問題がある。
【0043】
芯部のポリエステル樹脂のアルカリ溶解速度は、ジエチレングリコールの含有量を特定範囲とすることで調整することができる。アルカリ溶解速度は、温度98℃、かつ塩基性化合物の濃度が2質量%の水溶液において、10.0g/(min・m2)以上であることが好ましく、12.0g/(min・m2)以上であることがより好ましく、13.0g/(min・m2)以上であることがさらに好ましい。溶解速度がこうした範囲であると、後述のようにアルカリ減量処理を施した場合に、濃染性および梳毛調風合いに優れる濃染性ポリエステル繊維を得ることができる。その理由については、詳しく後述する。アルカリ溶解速度の測定方法については、実施例において後述する。
【0044】
芯部と鞘部との複合比率(質量比)は特に限定されるものではないが、例えば、強力、アルカリ減量のし易さなどとの兼ね合いから、鞘部:芯部=5:95~40:60の範囲である。
【0045】
潜在濃染性芯鞘複合ポリエステル繊維において、単繊維表面にて、上記のような平均粒子径の生成粒子が塩基性化合物によりアルカリ減量されて脱落することにより、単繊維表面に微細孔(凹凸形状)が形成されるとともに、表面に突起部と溝とが交互かつ略一様に分布した異型断面繊維である、本発明の濃染性ポリエステル繊維とすることができる。上記の突起部と溝の断面形状は長方形又は略台形状であり、何れもそれぞれ繊維軸方向に連続している。
【0046】
[濃染性ポリエステル繊維]
本発明の濃染性ポリエステル繊維は、単繊維の表面において微細孔を有し、ジエチレングリコール成分を6.0~10.0モル%含むポリエステル樹脂からなる濃染性ポリエステル繊維である。前記微細孔は、個数が前記単繊維表面における5μm×5μmサイズの領域中に15個以上であり、長軸の長さが0.9μm以下、かつ短軸の長さが0.6μm以下であり、かつ深さが250~800nmが好ましい。
【0047】
本発明の濃染性ポリエステル繊維は、上述した本発明の潜在濃染性ポリエステル繊維をアルカリ減量させて得ることができる。
【0048】
図2は、実施例3において得られた本発明の濃染性ポリエステル繊維の単繊維表面を撮影した写真であり、
図3は比較例1において得られたポリエステル繊維の単繊維表面を撮影した写真である。比較例1のポリエステル繊維は、ジエチレングリコールを含まないポリエステル樹脂を用いた以外は、実施例3と同様の方法で得られたものである。
図2と
図3との対比から理解できるように、生成粒子を有するがジエチレングリコールを含まないものである、ポリエステル樹脂を用いて得られたポリエステル繊維(
図3)と比べて、生成粒子と特定量のジエチレングリコールを含むポリエステル樹脂とを同時に満足した、本発明の濃染性ポリエステル繊維(
図2)は、アルカリ減量処理を行った後の単繊維表面において、微細孔がより粗くえぐれたようになり、深さがより大きいものである。本発明者らが鋭意検討した結果、この理由は、ジエチレングリコールを含むことで、ポリエステル樹脂は塩基性化合物に対する溶解性が向上し、具体的にはアルカリ溶解速度が速まるために、さらに好ましくは特定範囲のサイズおよび個数であり、かつ、えぐれたような粗い微細孔が形成されることで、後述のような入射光の多重散乱をより促進させるために染色時の濃染性に優れ、さらに梳毛調風合いの濃染性ポリエステル繊維を得ることができるものであることを見出した。
【0049】
濃染性ポリエステル繊維における、微細孔と濃染性との関係性について以下に述べる。通常、ポリエステル繊維表面に光が入射すると、この入射光が反射することでギラツキが発生し、深みのある色合い又は十分な濃染性を発現することができない。しかし、本発明においては特定サイズ及び深さの微細孔が高密度で存在することにより、単繊維表面に入射光が反射する際に散乱と再散乱とを繰り返した後、反射光が繊維表面に再度入射することで繊維中に吸収される光を増加させることができる。すなわち、入射光を繊維表面へ多重散乱させて反射光を低減し、優れた濃染性と深みある色合いとを発揮することができる。
【0050】
濃染性ポリエステル繊維における、微細孔と梳毛調風合いとの関係性について以下に述べる。従来、単繊維表面に微細孔を有するポリエステル繊維において、微細孔は深さが小さく、規則性のある整ったサイズであった。しかし本発明においては、特定サイズ及び深さの微細孔であって、表面が粗くえぐれたような微細孔が高密度で存在することにより、ウールに特徴的なフィブリル調の微細孔を有する表面となり、その結果、梳毛調風合いに優れる濃染性ポリエステル繊維を得ることができる。
【0051】
入射光の多重散乱を促進させて濃染性を高めるために、濃染性ポリエステル繊維の単繊維表面において、可視光の波長(380~780nm)に適切に対応するようなサイズ及び深さの微細孔が高密度に存在することが必要である。こうした微細孔のサイズ及び深さを達成するためには、潜在濃染性ポリエステル繊維の生成粒子の平均粒子径を上記のような範囲とすることが好ましい。詳しくは、微細孔のサイズは長軸が0.9μm以下、かつ短軸が0.6μm以下が好ましく、長軸が0.3~0.9μm、短軸が0.1~0.6μmであることがより好ましく、長軸が0.4~0.8μm、短軸が0.2~0.4μmであることがさらに好ましい。さらに、こうしたサイズの微細孔が形成されることにより、梳毛調風合いを向上させることができる。
【0052】
さらに、入射光の多重散乱を促進するとともに、梳毛調風合いを具現化するために、微細孔は単繊維表面における5μm×5μmサイズの領域に、15個以上の個数で存在するものが好ましく、20個以上の個数で存在するものがより好ましい。5μm×5μmの領域における微細孔の個数の上限は、特に限定されないが、100個程度であり、微細孔の個数は70個以下であることがより好ましく、50個以下であることがさらに好ましい。
【0053】
さらに、入射光の多重散乱を促進するとともに、梳毛調風合いを具現化するために、微細孔の深さが250~800nmが好ましく、400~800nmであることがより好ましい。微細孔の深さが100nm未満では多重散乱を促進することができない。また、深さが250nm以上であっても、微細孔のサイズ、個数が本発明で規定する範囲を満足するものでなければ、染色性および梳毛調風合いに劣る。なお、微細孔の深さは、単繊維表面からの距離が最も大きい個所において測定された値である。
【0054】
本発明らが鋭意検討した結果、ポリエステル繊維中のジエチレングリコールを添加することで、微細孔の深さが増し、さらに微細孔が粗いものとなることで、より濃染性に優れるとともに、梳毛調風合いを有するポリエステル繊維が得られることがわかった。その理由は明らかではないが、本発明者らは以下のように推察している。つまり、ジエチレングリコールの含有量を特定範囲とすることで、ポリエステル樹脂の結晶性が低下し、アルカリ溶解速度が速まり、より深さの大きく粗い微細孔を有するものとなる。また、ジエチレングリコールにより、結晶性が低下したため、ポリエステル繊維中の非晶部分が増え、染料の吸着性が向上したと考える。本発明は、これら二つの相乗効果によるものである。さらにまた、ジエチレングリコールを特定範囲で含有することにより、染色速度が速くなり、生産性も向上するという効果も奏される。
【0055】
すなわち、本発明の濃染性ポリエステル繊維は、上述したように、特定量のジエチレングリコールを含有することにより、アルカリ溶解速度が促進し、アルカリ減量処理後に形成される微細孔の深さが増し、さらに粗くえぐれたような微細孔となることで、さらに、好ましくは微細孔のサイズ、個数及び深さを、同時に特定の範囲とすることで、入射光を多重散乱させて反射光を低減させ、顕著に優れた濃染性、および梳毛調風合いを発現することができる。
【0056】
さらに、本発明の濃染性ポリエステル繊維を構成する単糸は、以下のような断面形状であることが好ましい。すなわち、単繊維は、表面に突起部と細溝とが交互かつ略一様に分布した異形断面繊維であって、突起部と前記細溝の断面形状は長方形又は略台形状であり、突起部および細溝はそれぞれ繊維軸方向に連続しており、突起部の数又は寸法が、下記(I)~(III)を満足することが好ましい。
10<N<32 (I)
0.3≦W≦2.0 (II)
0.5W≦H≦3.0W (III)
ただしNは突起部の個数、Wは突起部の幅(μm)、Hは突起部の高さ(μm)である。
【0057】
上記のような断面形状であると、細溝内に入射した光が、両脇の突起部館を多重散乱するために、上記した繊維表面の微細耕における多重散乱作用との相乗効果によって、より一層濃染効果が高まる。
【0058】
図4を用いて、濃染性ポリエステル繊維の好ましい断面形状について、以下に述べる。
図4にて示すように、濃染性ポリエステル繊維Aは、突起部Bと溝Cとを有している。
アルカリ溶出処理後の突起部Bの数(N)は、繊維の周上に10~32個であることが好ましく、14~30個存在することがより好ましく、16~25個存在することがさらに好ましい。10個以上であると多重散乱を発生させる細溝が十分に存在することとなり、濃染効果に優れる。32個以下であると、フィブリル化し難くなり、濃染効果に優れる。
【0059】
突起部の幅Wと高さHとの関係について、以下に述べる。
図5は、本発明の濃染性ポリエステル繊維における、突起部と細溝との部分拡大断面図である。
図5において、突起部側面の線を延長し突起部の頂点の外接円の交点を、それぞれ4、5とする。そして、細溝部の最深部の内接円の交点をそれぞれ4’、5’とする。また、線分4-5及び線分4’-5’の中点を、それぞれ6、6’とする。そして線分4-5の長さを突起部の幅Wとする。線分6-6’の長さを突起部の高さHとする。
【0060】
突起部の幅Wは、0.3~2μmであることが好ましく、0.4~1.7μmであることがより好ましく、0.6~1.5μmであることがさらに好ましい。突起部の幅Wが0.3μm以上であると、突起部の数を少なくした場合と同様にフィブリル化し難くなり、濃染効果に優れる。また、2.0μm以下であると突起部の幅が過度に広くならず、細溝への入射光を十分に確保できるため、濃染効果に優れる。
【0061】
突起部の高さHは、突起部の幅Wと密接に関連して設定する。詳しくは、突起部の幅Wの0.5~3倍の範囲であることが好ましく、0.7~2.5倍であることがより好ましく、1.5~2.0倍の範囲であることがさらに好ましい。突起部の高さHが幅Wの0.5倍以上であると、細溝の深さが浅すぎることがなく、多重散乱が十分に発生するために濃染効果の劣るものとなる。また、3.0倍以下であると、突起部が過度に大きくならず、フィブリル化が発生し難くなるため、濃染効果に優れる。
【0062】
本発明の濃染性ポリエステル繊維は濃染性に優れるために、筒編地とした後に黒色染色加工を施したときのL値は13.0以下であることが好ましく、12.5以下であることがより好ましく、12.0以下がさらに好ましい。L値の測定方法の詳細は、実施例において後述する。
【0063】
濃染性ポリエステル繊維の単繊維繊度は、より細いものであると梳毛調風合いに優れるものであるために好ましく、例えば、0.3dtex以上5dtex以下であることが好ましい。また、濃染性ポリエステル繊維の断面形状は特に限定されず、丸断面形状であってもよく、各種の異型断面形状(例えば、三角形、四角形などの多角形状、または複数の突起部を有するもの等)であってもよく、特に限定されないが、上述のように、濃染性によりいっそう優れる観点から、特定個数および特定サイズの突起部を有する異型断面であることが好ましい。
【0064】
本発明の濃染性ポリエステル繊維の製造方法について、以下に述べる。
(第一の製造方法)
本発明の第一の製造方法は、ジカルボン酸成分とジオール成分とをエステル化反応させて、ポリエステルオリゴマーを生成する工程(工程(I))と、前記ポリエステルオリゴマーに、リン化合物とアルカリ土類金属化合物とを添加するか、又は、リン化合物とアルカリ金属化合物及びアルカリ土類金属化合物とを添加するとともに、かつジエチレングリコールを添加し、次いで重縮合反応を行ってポリエステル樹脂組成物を得る工程(工程(II))と、前記ポリエステル樹脂組成物を紡糸し潜在濃染性ポリエステル繊維を得る工程(工程(III))と、前記潜在濃染性ポリエステル繊維をアルカリ減量処理に付する工程(工程(IV))と、を含む。上述したように本明細書においては、アルカリ金属化合物、アルカリ土類金属化合物を金属化合物と称する場合がある。
【0065】
<工程(I)>
ジカルボン酸成分としては、主にテレフタル酸を用いることができる。本発明の効果を損なわない範囲で、目的に応じて他の成分が共重合されていてもよい。テレフタル酸以外の成分としては、イソフタル酸、フタル酸、無水フタル酸、5-ナトリウムスルホイソフタル酸、5-テトラブチルホスホニウムスルホイソフタル酸、4,4’-ビフェニルジカルボン酸、p-ヒドロキシ安息香酸、アジピン酸、セバシン酸、2,6-ナフタレンジカルボン酸、2,7-ナフタレンジカルボン酸、又は1,4-シクロヘキシルジカルボン酸などが挙げられる。
【0066】
ジオール成分としては、主にエチレングリコールを用いることができる。本発明の効果を損なわない範囲で、目的に応じて他の成分が共重合されていてもよい。エチレングリコール以外の成分としては、1,3-プロパンジオール、1,4-ブタンジオール、1,2-プロピレングリコール、2,2-ジメチル-1,3-プロパンジオール(ネオペンチレングリコール)、ジプロピレングリコール、1,6-ヘキサンジオール、1,4-シクロヘキサンジメタノール、ジメチロールプロピオン酸、ポリ(エチレンオキシド)グリコール、又はポリ(テトラメチレンオキシド)グリコールなどが挙げられる。
【0067】
工程(I)では、ジカルボン酸成分(テレフタル酸を主成分とするジカルボン酸)とジオール成分(エチレングリコールを主成分とするジオール)とをエステル化反応させて、ポリエステルオリゴマーを得る。ここで、ポリエステルオリゴマーとはジカルボン酸成分及びジオール成分が、それぞれテレフタル酸及びエチレングリコールの場合には、ビス(2-ヒドロキシエチル)テレフタレートを含み、さらに、一分子内にエチレンテレフタレートの繰り返し単位を2以上含み、かつ、いまだポリエチレンテレフタレートと呼べるほど極限粘度・分子量・重合度が上がっておらず、末端がカルボキシル基又はヒドロキシエチル基である化合物を表す。そのようなポリエステルオリゴマーが生成するまで、例えば、250℃の温度で3~8時間エステル化反応を行うことができる。エステル化反応の反応率を検知するために、生成する水の量を測定することができる。
【0068】
ポリエステルオリゴマーにはトリメリット酸、トリメシン酸、無水トリメリット酸、ピロメリット酸、トリメリット酸モノカリウム塩などの多価カルボン酸、グリセリン、ペンタエリトリトール、ジメチロールエチルスルホン酸ナトリウム、ジメチロールプロピオン酸カリウムなどの多価ヒドロキシ化合物を、本発明の目的を達成する範囲内で共重合してもよい。
【0069】
<工程(II)>
上記のポリエステルオリゴマーにジエチレングリコール及び金属化合物とリン化合物とを添加し、次いで重縮合反応を行って、ポリエステル樹脂組成物を得る。工程(II)においては、重縮合反応とともに、リン化合物と金属化合物との反応が起こり、ポリエステル樹脂に不溶である上述したような生成粒子が形成する。
【0070】
リン化合物と金属化合物の添加順については、リン化合物を先としてもよいし、リン化合物を後にしてもよく、また、リン化合物と金属化合物とを混合して同時添加としてもよい。
【0071】
金属化合物の添加量は、ポリエステルを構成する酸成分1モルに対して10×10-4~100×10-4モルであることが好ましく、より好ましくは30×10-4~80×10-4モルである。含有量が10×10-4以上であると、ポリエステル繊維の濃染性および梳毛調風合いをより良好とするのに十分なサイズの生成粒子を形成することができ、かつポリエステル繊維表面に濃染性および梳毛調風合いを良好とするために必要な前述の個数の微細孔を発現させることができる。100×10-4モル以下であると、粗大粒子の発生を抑制できるので、紡糸する際に溶融したポリエステル樹脂組成物をろ過するフィルターの目詰まりが発生せず、ポリエステル繊維の製糸工程の安定性を良好に保つことができる。
【0072】
リン化合物の添加量は、ポリエステルを構成する酸成分1モルに対して10×10-4~100×10-4モルであることが好ましく、より好ましくは20×10-4~90×10-4モルである。含有量が10×10-4モル以上であると、ポリエステル繊維の濃染性および梳毛調風合いを良好とするのに十分なサイズの生成粒子を形成することができ、かつポリエステル繊維表面に濃染性および梳毛調風合いを良好とするために必要な前述の個数の微細孔を発現させることができる。100×10-4モル以下であると、粗大な生成粒子の発生を抑制できるので、紡糸する際に溶融したポリエステル樹脂組成物をろ過するフィルターの目詰まりが発生せず、ポリエステル繊維の製糸工程の安定性を良好に保つことができる。なお、金属化合物とリン化合物とのモル比は、製糸安定性及び潜在濃染性に優れるために、(金属化合物)/(リン化合物)=0.5~1.5であることが好ましい。
【0073】
ジエチレングリコールの添加量は、ポリエステル繊維を構成するポリエステル樹脂中のジエチレングリコールの含有量を上述の範囲(6~10モル%)とするために、反応時に副生成するジエチレングリコールを考慮して5.5~9.5モル%であることが好ましく、7.5~9.5モル%であることがより好ましく、8.5~9.5%であることがさらに好ましい。規定範囲内でジエチレングリコールの添加量が多いほどより好ましい。5.5モル%以上であると、アルカリ溶解速度が向上し、濃染性及び梳毛調風合いに優れる繊維を得ることができる。また、9.5モル%以下であると、得られる糸の強度を低下させずに、加工性に良好な繊維が得られる。なお、ジエチレングリコールの添加と、金属化合物の添加は、何れが先であってもよい。
【0074】
次いで、重縮合触媒(例えば、エチレングリコール溶液)を添加し重縮合反応を行って、ポリエステル樹脂組成物を得ることができる。重縮合反応系には、必要に応じて、共重合モノマー又は着色防止剤のような添加剤を、エチレングリコール溶液又は分散液として添加してもよい。この場合、エチレングリコールを留去(減圧下でエチレングリコールを除去)することによって重縮合反応を開始し、引き続き留去しながら反応を行った後、常法によってストランドを払い出し、チップ化することができる。ここで、生成粒子の生成は重縮合触媒が添加されてから開始される。そして、溶液が留去されるにつれて生成物の溶解度が低下し、この生成物が粒子として析出する。
【0075】
ポリエステル樹脂組成物の極限粘度(固有粘度)は、0.5~1.5dL/gであることが好ましい。極限粘度がこの範囲であると、樹脂組成物を紡糸して得られるポリエステル繊維の物性が低下せず、ポリエステル樹脂組成物又はポリエステル繊維が製造し易い。
【0076】
<工程(III)>
公知の紡糸方法(例えば、溶融紡糸法)を採用し、好ましい紡糸ノズルを選定し、工程(II)で得られたポリエステル樹脂組成物を紡糸(例えば、溶融紡糸)することで、マルチフィラメント糸としての潜在濃染性ポリエステル繊維を得る。これを公知の方法で未延伸糸として巻き取った後に延伸を行ってもよいし、吐出後一旦巻き取ることなく延伸した後、巻き取ってもよい。また、3000~9000m/分の速度で巻き取った上で、別途延伸せずにそのままの状態で糸加工、又は製織編に使用してもよいし、延伸後に糸加工、または製織編に使用してもよい。
【0077】
紡糸条件は特に限定されないが、例えば、紡糸温度が270~300℃であり、引き取り速度が1000~2000m/分で一旦巻き取った未延伸糸を、延伸温度が70~100℃であり、熱セット温度が120~190℃であり、延伸速度が200~1000m/分であり、延伸倍率が未延伸糸の最大延伸倍率の0.65~0.85倍程度で延伸するFDY法が挙げられる。最大延伸倍率とは、延伸温度80℃、熱セット温度145℃、及び延伸速度600m/分の条件下で未延伸糸が切断されるまで延伸した時の倍率をいう。
【0078】
なお、紡糸及び延伸の手法として、例えば、POY法(2000m/分以上の高速紡糸により、半未延伸糸として巻き取る方法)、HOY法(5000m/分以上の超高速紡糸により、高配向未延伸糸として巻き取る方法)又はスピンドロー法(200m/分以上で紡糸し、一旦巻き取ることなく続けて延伸する方法)が挙げられる。またPOY法により紡糸した後に、延伸してもよい。なお、POY法、HOY法、スピンドロー法を用いた紡糸において、紡糸温度は、例えば270~300℃である。
【0079】
<工程(IV)>
工程(III)で得られたポリエステル繊維の表面に塩基性化合物を接触させてアルカリ減量処理を施し、単繊維表面に存在する生成粒子を脱落させて、微細孔を形成する。また、ジエチレングリコールを添加することで、微細孔の深さが増し、微細孔が粗くえぐれたようなものとなり、これにより、本発明の濃染性ポリエステル繊維が得られる。アルカリ減量処理により、好ましくは単繊維表面において適切なサイズ及び深さを有する微細孔を高密度で形成させることができ、この生成粒子とジエチレングリコールとにより、優れた濃染性および梳毛調風合いが発現するという相乗効果が奏される。この塩基性化合物との接触は、例えば塩基性化合物の水溶液で処理することにより行うことができる。塩基性化合物との接触は、ポリエステル繊維を必要に応じて延伸加熱処理又は仮撚加工などの処理に供した後で行ってもよいし、ポリエステル繊維を布帛とした後に行ってもよい。
【0080】
工程(IV)で使用する塩基性化合物としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、テトラメチルアンモニウムハイドロオキサイド、炭酸ナトリウム、又は炭酸カリウムなどが挙げられる。中でも水酸化ナトリウム、又は水酸化カリウムが好ましい。塩基性化合物水溶液の濃度は、塩基性化合物の種類又はアルカリ減量処理条件などによって異なるが、例えば0.1~30質量%の範囲である。処理温度は、例えば、常温~100℃の範囲である。アルカリ減量率は濃染性ポリエステル繊維の質量に対して例えば2質量%以上であることが好ましく、5質量%以上がより好ましく、10質量%以上がさらに好ましい。
【0081】
(第二の製造方法)
本発明の第二の製造方法はジカルボン酸成分とジオール成分とをエステル化反応させて、ポリエステルオリゴマーを生成する工程(工程(I´))と、
前記ポリエステルオリゴマーに、リン化合物とアルカリ土類金属化合物とを添加するか、又は、リン化合物とアルカリ金属化合物及びアルカリ土類金属化合物とを添加するとともに、かつジエチレングリコールを添加し、次いで重縮合反応を行ってポリエステル樹脂組成物を得る工程(工程(II´))と、
前記ポリエステル樹脂組成物を芯部に配し、易溶性ポリエステル樹脂を鞘部に配するように複合紡糸し、繊維長手方向に垂直な断面における芯部の形状が突起部及び溝を有し、かつ突起部の個数が10~32個である異形断面形状である潜在濃染性芯鞘複合ポリエステル繊維を得る工程(工程(III´))と、
前記潜在濃染性芯鞘複合ポリエステル繊維をアルカリ減量処理に付する工程(工程(IV´))と、を含む。
【0082】
<工程(I´)>
ジカルボン酸としては、主にテレフタル酸を用いることができる。本発明の効果を損なわない範囲で、目的に応じて他の成分が共重合されていてもよい。テレフタル酸以外の成分としては、イソフタル酸、フタル酸、無水フタル酸、5-ナトリウムスルホイソフタル酸、5-テトラブチルホスホニウムスルホイソフタル酸、4,4’-ビフェニルジカルボン酸、p-ヒドロキシ安息香酸、アジピン酸、セバシン酸、2,6-ナフタレンジカルボン酸、2,7-ナフタレンジカルボン酸、又は1,4-シクロヘキシルジカルボン酸などが挙げられる。
【0083】
ジオール成分としては、主にエチレングリコールを用いることができる。本発明の効果を損なわない範囲で、目的に応じて他の成分が共重合されていてもよい。エチレングリコール以外の成分としては、1,3-プロパンジオール、1,4-ブタンジオール、ジエチレングリコール、1,2-プロピレングリコール、2,2-ジメチル-1,3-プロパンジオール(ネオペンチレングリコール)、ジプロピレングリコール、1,6-ヘキサンジオール、1,4-シクロヘキサンジメタノール、ジメチロールプロピオン酸、ポリ(エチレンオキシド)グリコール、又はポリ(テトラメチレンオキシド)グリコールなどが挙げられる。
【0084】
工程(I´)では、ジカルボン酸(テレフタル酸を主成分とするジカルボン酸)とジオール(エチレングリコールを主成分とするジオール)とをエステル化反応させて、ポリエステルオリゴマーを得る。ここで、ポリエステルオリゴマーとはジカルボン酸成分及びジオール成分が、それぞれテレフタル酸及びエチレングリコールの場合には、ビス(2-ヒドロキシエチル)テレフタレートを含み、さらに、一分子内にエチレンテレフタレートの繰り返し単位を2以上含み、かつ、いまだポリエチレンテレフタレートと呼べるほど極限粘度・分子量・重合度が上がっておらず、末端がカルボキシル基又はヒドロキシエチル基である化合物を表す。そのようなポリエステルオリゴマーが生成するまで、例えば、250℃の温度で3~8時間エステル化反応を行うことができる。エステル化反応の反応率を検知するために、生成する水の量を測定することができる。
【0085】
ポリエステルオリゴマーにはトリメリット酸、トリメシン酸、無水トリメリット酸、ピロメリット酸、トリメリット酸モノカリウム塩などの多価カルボン酸、グリセリン、ペンタエリトリトール、ジメチロールエチルスルホン酸ナトリウム、ジメチロールプロピオン酸カリウムなどの多価ヒドロキシ化合物を、本発明の目的を達成する範囲内で共重合してもよい。
【0086】
<工程(II´)>
上記のポリエステルオリゴマーに金属化合物とリン化合物とを添加するとともに、ジエチレングリコールを添加し、次いで重縮合反応を行って、ポリエステル樹脂組成物を得る。工程(II´)においては、重縮合反応とともに、リン化合物と金属化合物との反応が起こり、ポリエステル樹脂に不溶である上述したような生成粒子が形成する。
【0087】
リン化合物と金属化合物の添加順については、リン化合物を先としてもよいし、リン化合物を後にしてもよく、また、リン化合物と金属化合物とを混合して同時添加としてもよい。
【0088】
金属化合物の添加量は、ポリエステルを構成する酸成分1モルに対して10×10-4~100×10-4モルであることが好ましく、より好ましくは30×10-4~80×10-4モルである。含有量が10×10-4以上であると、ポリエステル繊維の濃染性を良好とするのに十分なサイズの生成粒子を形成することができ、かつポリエステル繊維表面に濃染性を良好とするために必要な前述の個数の微細孔を発現させることができる。100×10-4モル以下であると、粗大粒子の発生を抑制できるので、紡糸する際に溶融した難燃性ポリエステル樹脂組成物をろ過するフィルターの目詰まりが発生せず、潜在濃染性芯鞘複合ポリエステル繊維の製糸工程の安定性を良好に保つことができる。
【0089】
リン化合物の添加量は、ポリエステルを構成する酸成分1モルに対して10×10-4~100×10-4モルであることが好ましく、より好ましくは20×10-4~90×10-4モルである。含有量が10×10-4モル以上であると、ポリエステル繊維の濃染性を良好とするのに十分なサイズの生成粒子を形成することができ、かつポリエステル繊維表面に濃染性を良好とするために必要な前述の個数の微細孔を発現させることができる。100×10-4モル以下であると、粗大な生成粒子の発生を抑制できるので、紡糸する際に溶融した難燃性ポリエステル樹脂組成物をろ過するフィルターの目詰まりが発生せず、潜在濃染性芯鞘複合ポリエステル繊維の製糸工程の安定性を良好に保つことができる。なお、金属化合物とリン化合物とのモル比は、製糸安定性及び潜在濃染性に優れるために、(金属化合物)/(リン化合物)=0.5~1.5であることが好ましい。
【0090】
ジエチレングリコールの添加量は、芯部を構成するポリエステル樹脂中のジエチレングリコールの含有量を上述の範囲(6~10モル%)とするために、反応時に副生成するジエチレングリコールを考慮して5.5~9.5モル%であることが好ましく、7.5~9.5モル%であることがより好ましく、8.5~9.5%であることがさらに好ましい。規定範囲内でジエチレングリコールの添加量が多いほどより好ましい。5.5モル%以上であると、アルカリ溶解速度が向上し、濃染性及び梳毛調風合いに優れる繊維を得ることができる。また、9.5モル%以下であると、得られる糸の強度を低下させずに、加工性に良好な繊維が得られる。なお、ジエチレングリコールの添加と、金属化合物の添加は、何れが先であってもよい。
【0091】
次いで、重縮合触媒(例えば、エチレングリコール溶液)を添加し重縮合反応を行って、ポリエステル樹脂組成物を得ることができる。重縮合反応系には、必要に応じて、共重合モノマー又は着色防止剤のような添加剤を、エチレングリコール溶液又は分散液として添加してもよい。この場合、エチレングリコールを留去(減圧下でエチレングリコールを除去)することによって重縮合反応を開始し、引き続き留去しながら反応を行った後、常法によってストランドを払い出し、チップ化することができる。ここで、生成粒子の生成は重縮合触媒が添加されてから開始される。そして、溶液が留去されるにつれて生成物の溶解度が低下し、この生成物が粒子として析出する。
【0092】
難燃性ポリエステル樹脂組成物の極限粘度(固有粘度)は、0.5~1.5dL/gであることが好ましい。極限粘度がこの範囲であると、樹脂組成物を紡糸して得られる潜在濃染性芯鞘複合ポリエステル繊維の物性が低下せず、さらにポリエステル樹脂組成物又は潜在濃染性芯鞘複合ポリエステル繊維が製造し易い。
【0093】
<工程(III´)>
公知の紡糸方法(例えば、溶融紡糸法)を採用し、好ましい紡糸ノズルを選定し、工程(II)で得られたポリエステル樹脂組成物が芯部に配されるとともに、易溶性ポリエステル樹脂が鞘部に配されるように、複合紡糸(例えば、溶融紡糸)することで、マルチフィラメント糸としての潜在濃染性芯鞘複合型ポリエステル繊維を得る。なお、複合紡糸は、芯部が10~32個の突起部および溝を有する異型断面形状となるように行う。これを公知の方法で未延伸糸として巻き取った後に延伸を行ってもよいし、吐出後一旦巻き取ることなく延伸した後、巻き取ってもよい。また、3000~9000m/分の速度で巻き取った上で、別途延伸せずにそのままの状態で糸加工、又は製織編に使用してもよい。
【0094】
紡糸条件は特に限定されないが、例えば、紡糸温度が270~300℃であり、引き取り速度が1000~2000m/分で一旦巻き取った未延伸糸を、延伸温度が70~100℃であり、熱セット温度が120~190℃であり、延伸速度が200~1000m/分であり、延伸倍率が未延伸糸の最大延伸倍率の0.65~0.85倍程度で延伸するFDY法が挙げられる。最大延伸倍率とは、延伸温度80℃、熱セット温度145℃、及び延伸速度600m/分の条件下で未延伸糸が切断されるまで延伸した時の倍率をいう。
【0095】
なお、紡糸及び延伸の手法として、例えば、POY法(2000m/分以上の高速紡糸により、半未延伸糸として巻き取る方法)、HOY法(5000m/分以上の超高速紡糸により、高配向未延伸糸として巻き取る方法)又はスピンドロー法(200m/分以上で紡糸し、一旦巻き取ることなく続けて延伸する方法)が挙げられる。
【0096】
<工程(IV´)>
工程(III´)で得られた潜在濃染性芯鞘型ポリエステル繊維の表面に塩基性化合物を接触させてアルカリ減量処理を施し、易溶性ポリエステル樹脂を溶出させるとともに、単繊維表面に存在する生成粒子を脱落させて、微細孔を形成する。これにより、本発明の濃染性ポリエステル繊維が得られる。アルカリ減量処理により、突起部及び溝を有する異型断面形状を有する繊維とし、単繊維表面において適切なサイズ及び深さを有する微細孔を高密度で形成させることができる。この微細孔と異型断面形状とに起因して、優れた濃染性が発現するという相乗効果が奏される。この塩基性化合物との接触は、例えば塩基性化合物の水溶液で処理することにより行うことができる。塩基性化合物との接触は、ポリエステル繊維を必要に応じて延伸加熱処理又は仮撚加工などの処理に供した後で行ってもよいし、ポリエステル繊維を布帛とした後に行ってもよい。
【0097】
工程(IV´)で使用する塩基性化合物としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、テトラメチルアンモニウムハイドロオキサイド、炭酸ナトリウム、又は炭酸カリウムなどが挙げられる。中でも水酸化ナトリウム、又は水酸化カリウムが好ましい。塩基性化合物水溶液の濃度は、塩基性化合物の種類又はアルカリ減量処理条件などによって異なるが、例えば0.1~30質量%の範囲である。処理温度は、例えば、常温~100℃の範囲である。アルカリ減量率は潜在濃染性芯鞘複合ポリエステル繊維の質量に対して例えば2質量%以上であることが好ましく、5質量%以上がより好ましく、10質量%以上がさらに好ましい。
【0098】
本発明の濃染性ポリエステル繊維を他の繊維との複合し、例えば紡績糸としたり、混繊糸としたりしてもよい。また、本発明の濃染性ポリエステル繊維の形態は長繊維であっても短繊維であってもよく、必要に応じて捲縮加工、仮撚加工、又は薬液による処理のような後加工が施されていてもよい。
【0099】
本発明の濃染性ポリエステル繊維は、濃染性に優れるとともに梳毛調風合いにも優れ、高級感がある。こうした濃染性ポリエステル繊維を含む本発明の織編物は、衣料(特に、ブラックフォーマル)、水着、スポーツインナー、ランジェリー、又はファンデーションのような濃染性が必要とされる繊維製品に好適に用いられる。
【実施例】
【0100】
以下、実施例に従って本発明を具体的に説明する。本発明はこの実施例に限定されない。
【0101】
本発明の実施例における測定方法、又は評価方法は、以下の通りである。
(1)極限粘度
フェノールと四塩化エタンとの等質量混合物を溶媒として、温度20℃の条件下で、常法に基づき測定した。粘度計としてウベローデ粘度計(旭化成テクノシステム製、「AVS-6」)を用いた。
【0102】
(2)生成粒子の平均粒子径(メジアン径)
潜在濃染性ポリエステル繊維、または潜在濃染性芯鞘型ポリエステル繊維にアルカリ減量処理を施し、易溶性ポリエステル樹脂を溶出させて得られた濃染性ポリエステル繊維を、ヘキサフルオロイソプロパノールへ溶解させた溶液に対し、レーザー回折・散乱式粒度分析装置(島津製作所製、「SALD―7100」)を用いて測定した。
【0103】
(3)L値
潜在濃染性ポリエステル繊維、または潜在濃染性芯鞘複合ポリエステル繊維を編機(小池機械製作所製、針本数:300本、釜径:3.5インチ)を用いて筒編地に編成し、後述の条件でアルカリ減量処理及び染色を施して、濃染性ポリエステル繊維を含む筒編地を得た。この筒編地に対し、色彩色差計(マクベス社製分光光度計 CE-3100)を用いてL値を測定した。なお、L値はその値が小さいほど深みのある濃色であることを示す。
(アルカリ減量処理)
水酸化ナトリウム水溶液(2質量%)を用い、温度98℃、時間30分、及び浴比1:50の条件でアルカリ減量処理を行った(減量率30%)。なお、潜在濃染性芯鞘複合ポリエステル繊維の場合は、鞘部の易溶性ポリエステル樹脂を完全に溶出させた段階を減量率0%とし、その後、減量率が30%となるまでアルカリ減量処理を行った。
(染色)
染料剤(Dystar社製、商品名「ダイアニックスブラック HG-FS conc.」、分散染料)を7.5%omfの割合で用いた。浴比を1:50とし、温度135℃かつ時間30分間の条件で染色を行った。次いで、水酸化ナトリウム(0.2質量%)及びハイドロサルファイト(0.2質量%)を含む水溶液にて、80℃で20分間還元洗浄した。
【0104】
(4)微細孔の個数
染色後の筒編地から、濃染性ポリエステル繊維の単繊維をランダムに10本採取した。この単繊維の表面を、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて倍率5000倍で撮影した。撮影写真においてランダムに縦5μm×横5μmの検査領域を設定し、この領域内に存在する微細孔の数をカウントし、10本の平均値を求めた。
【0105】
(5)微細孔のサイズ
上記(4)にて撮影された写真において、繊維表面に存在する微細孔をランダムに30個選定した。繊維の長手方向の長さを長軸とし、長手方向に直行する方向の長さを短軸として測定し、それぞれの平均値を求めた。
【0106】
(6)微細孔の深さ
染色後の筒編地から濃染性ポリエステル繊維の単繊維を1本採取し、繊維軸方向(長手方向)に対して垂直に切断した。この切断面を、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて倍率10000倍で撮影した。この撮影写真において、繊維表面に存在する微細孔をランダムに30個選定して微細孔の深さを測定し、平均値を求めた。なお、微細孔の深さは、単繊維表面からの距離が最も大きい個所において測定した。
【0107】
(7)突起部の個数、サイズ(幅および高さ)
染色後の筒編地から濃染性ポリエステル繊維の単繊維を1本採取し、繊維軸方向(長手方向)に対して垂直に切断した。この切断面を、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて倍率10000倍で撮影し、カウントした。
【0108】
(8)紡糸性
24時間継続して操業した際の、紡糸時の糸切れの回数に従って、下記の基準で評価した。
○:糸切れ回数が0~1回
△:糸切れ回数が2~4回
×:糸切れ回数が5回以上
【0109】
(9)溶解速度
潜在濃染性ポリエステル繊維、または潜在濃染性芯鞘複合ポリエステル繊維をアルカリ溶液で処理し、濃染性ポリエステル繊維とした際に、アルカリ処理前後の重量変化量(g)、処理時間(min)、単糸繊度(dtex)の測定値を用いて、下記式により、単位表面積あたりのアルカリ溶解速度(g/(min・m
2))を算出して、評価した。
アルカリ溶解速度(g/(min・m
2))=((アルカリ処理前の繊維重量―アルカリ処理後の繊維重量)/(アルカリ処理時間×単糸の表面積))
なお、単糸の表面積Sは以下の算出式より求めた。
【数1】
m:測定時の繊維重量[g]
π:円周率
n:フィラメント数(n=24)
x:繊度[dtex]
ρ:ポリエステルの密度(ρ=1.35×10
6)[g/m
3]
なお、潜在濃染性芯鞘複合ポリエステル繊維の場合は、鞘部の易溶性ポリエステル樹脂を完全に溶出させた状態をアルカリ処理前(減量率0%)と定義し、さらなるアルカリ処理を行ったもの(減量率30%)を、アルカリ処理前後と定義した。
【0110】
(10)梳毛調風合い(ウール調の風合い)
潜在濃染性ポリエステル繊維、または潜在濃染性芯鞘複合ポリエステル繊維を編機(小池機械製作所製、針本数:300本、釜径:3.5インチ)を用いて筒編地に編成し、上記の条件でアルカリ減量処理及び染色を施して、濃染性ポリエステル繊維を含む筒編地を得、筒編地の触感を下記の基準で評価した。
○:良好
△:やや良好
×:不良
【0111】
ポリエステル樹脂組成物(アルカリに対して溶解性を有するポリエステル樹脂組成物)の製造
<ポリエステル樹脂組成物A>
ポリエステル低重合体の存在するエステル化反応器に、テレフタル酸(TPA)とエチレングリコール(EG)のスラリー(モル比がTPA:EG=1.6)を連続的に供給し、温度250℃、圧力50hPaの条件で反応させ、エステル化反応率95%のポリエステル低重合体を連続的に得た。このポリエステル低重合体を重縮合反応缶に投入し、容器内を窒素で置換した。次いで、ジエチレングリコールを副生成分を考慮し、7.5モル%添加した。重縮合触媒として三酸化アンチモンをポリエステルを構成する酸成分1モルに対して3.0×10-4モル、リン化合物としてリン酸トリエチルをポリエステルを構成する酸成分1モルに対して40×10-4モル、酢酸マグネシウムをポリエステルを構成する酸成分1モルに対して35×10-4モル、及び、酢酸リチウムをポリエステルを構成する酸成分1モルに対して35×10-4モル添加した。圧力を徐々に減じて1時間後に1.2hPa以下とした。この条件で攪拌しながら重縮合反応を280℃の温度条件で3時間行った後、常法により払い出してペレット化し、極限粘度が0.69dL/gのポリエステル樹脂組成物Aを得た。
【0112】
<ポリエステル樹脂組成物B~C>
ジエチレングリコールの添加量を、ポリエステルを構成する酸成分1モルに対して表1記載の値となるよう変更した以外は、ポリエステル樹脂組成物Aと同様に実施した。各々の極限粘度は、ポリエステル樹脂組成物Bが0.69dL/g、ポリエステル樹脂組成物Cが0.69dL/gであった。
【0113】
<ポリエステル樹脂組成物D>
金属化合物として酢酸マグネシウムのみを用い、及びリン化合物の添加を、ポリエステルを構成する酸成分1モルに対して、表1記載の値となるよう変更した以外は、ポリエステル樹脂組成物Aと同様に実施し、極限粘度が0.69dL/gであるポリエステル樹脂組成物Dを得た。
【0114】
<ポリエステル樹脂組成物E>
ジエチレングリコールを添加しなかった以外は、ポリエステル樹脂組成物Aと同様に実施し、極限粘度が0.69dL/gであるポリエステル樹脂組成物Eを得た。
【0115】
<ポリエステル樹脂組成物F>
ジエチレングリコールを添加しなかった以外は、ポリエステル樹脂組成物Dと同様に実施し、極限粘度が0.69dL/gであるポリエステル樹脂組成物Fを得た。
【0116】
<ポリエステル樹脂組成物G>
金属化合物として酢酸リチウムのみを用い、及びリン化合物の添加を、ポリエステルを構成する酸成分1モルに対して、表1記載の値となるよう変更した以外は、ポリエステル樹脂組成物Aと同様に実施し、極限粘度が0.69dL/gであるポリエステル樹脂組成物Gを得た。
【0117】
<ポリエステル樹脂組成物H>
リン化合物及び金属化合物を添加しなかった以外は、ポリエステル樹脂組成物Aと同様に実施し、極限粘度が0.69dL/gであるポリエステル樹脂組成物Hを得た。
【0118】
実施例1
ポリエステル樹脂組成物Aを常用の溶融紡糸機に投入し、24個の紡糸孔が穿設されている口金から紡出させた。紡出した糸条を空気流により冷却し、オイリング装置(油剤供給装置)を通過させて油剤を付与した。この糸条を紡糸速度3250m/分にて引取った(90dtex24f)。紡糸温度は280℃とした。得られた糸条を常用の延伸機にて、80℃の熱ローラを介して1.7倍に延伸し、さらに160℃のヒートプレートで熱処理を行って巻き取り、延伸糸であるポリエステル繊維(潜在濃染性ポリエステル繊維)を得た(56dtex24f)。
【0119】
この潜在濃染性ポリエステル繊維を上述の機械で筒編地に編成し、水酸化ナトリウム水溶液(2質量%)を用い、温度98℃、時間30分、及び浴比1:50の条件でアルカリ減量処理を行った(減量率30%)。これにより生成粒子が脱落し、粗くえぐれたような微細孔が特定サイズおよび特定個数で形成された、本発明の濃染性ポリエステル繊維を得た。
次いで、下記の手法で染色を行った。染料剤(Dystar社製、商品名「ダイアニックスブラック HG-FS conc.」、分散染料)を7.5%omfの割合で用いた。浴比を1:50とし、温度135℃かつ時間30分間の条件で染色を行った。次いで、水酸化ナトリウム(0.2質量%)及びハイドロサルファイト(0.2質量%)を含む水溶液にて、80℃で20分間還元洗浄し、この筒編地を各種評価に付した。
【0120】
(実施例2~4)
ポリエステル樹脂組成物Aに代えてポリエステル樹脂組成物B~Dを用いた以外は、実施例1と同様におこなった。
【0121】
(実施例5)
使用するノズルを変更し、突起部の数および細溝部の数、突起部のサイズが表1に示した数値となるように変更した以外は、実施例1と同様に行った。詳しくは、ポリエステル樹脂組成物Aが芯部に配されるように、さらにアルカリに対して易溶性のポリエステル樹脂(スルホン酸ナトリウム2.0質量%およびポリエチレングリコール6.0質量%を共重合させた共重合ポリエステル)が鞘部に配されるように、常用の複合紡糸用の溶融紡糸機に投入し、20個の突起部と溝とを有する芯部と、その周囲に配される鞘部からなる異形断面繊維を紡糸可能である、24個の紡糸孔が穿設されている口金から、紡出させた。紡出した糸条を空気流により冷却し、オイリング装置(油剤供給装置)を通過させて油剤を付与した。この糸条を紡糸速度3250m/分にて引取った(84dtex24f)。得られた糸条を常用の延伸機にて、85℃の熱ローラを介して1.5倍に延伸し、さらに170℃のヒートプレートで熱処理を行って巻き取り、延伸糸であるポリエステル繊維(潜在濃染性芯鞘複合ポリエステル繊維)を得た(56dtex24f)。このポリエステル繊維において、芯部と鞘部との複合比率(質量比)は、芯部:鞘部=81:19であった。
【0122】
この潜在濃染性芯鞘複合ポリエステル繊維を筒編地に編成し、上記の条件で、アルカリ減量処理、染色、還元洗浄を施し、この筒編地を各種評価に付した。
【0123】
(実施例6~9)
使用するノズルを変更し、突起部の数および細溝部の数、突起部のサイズが表1に示した数値となるように変更した以外は、実施例5と同様に行った。
【0124】
(比較例1~3)
ポリエステル樹脂組成物Aに代えて、それぞれポリエステル樹脂組成物E~Gを用いた以外は、実施例1と同様におこなった。なお、比較例1および2.後述の比較例4および6においては、紡糸温度を295℃とした。
【0125】
(比較例4)
ポリエステル樹脂組成物Aに代えて、極限粘度0.65dL/gのポリエチレンテレフタレートにシリカ微粒子(平均粒子径0.60μm)を1.5質量%の割合で含有させた樹脂組成物を用いた以外は、実施例1と同様におこなった。
【0126】
(比較例5)
ポリエステル樹脂組成物Aに代えて、ポリエステル樹脂組成物Hを用いた以外は、実施例1と同様におこなった。
【0127】
(比較例6)
ポリエステル樹脂組成物Aに代えて極限粘度0.65dL/gのポリエチレンテレフタレートを常用の溶融紡糸機に投入した以外は、実施例1と同様におこなった。
【0128】
(比較例7)
使用するノズルを変更し、ポリエステル樹脂組成物Aに代えて極限粘度0.65dL/gのポリエチレンテレフタレートを常用の溶融紡糸機に投入した以外は、実施例5と同様におこなった。
【0129】
実施例1~9、及び比較例1~7の評価を表1および表2にまとめて示す。
【0130】
【0131】
【0132】
表1から明らかなように、実施例1~3では、ジエチレングリコールを用いなかった比較例1と比較すると、同等程度の粒子径を持つ生成粒子が形成していたが、特定量のジエチレングリコールを含有したことで、アルカリ減量処理による溶解速度が速く、繊維表面の微細孔は、深さが大きく、粗いものとなったために、L値がより低く濃染性により優れるとともに、梳毛調風合いに優れるものとなった。さらに、形成される生成粒子の平均粒子径が適切な範囲であり、かつ微細孔のサイズ、個数、及び特に深さが本発明にて規定する範囲を満足するものであった。そのため、L値が十分に低いものとなり、濃染性に優れるポリエステル繊維を得ることができた。
【0133】
なお、
図2は実施例3で得られた本発明の濃染性ポリエステル繊維の単繊維表面を撮影した写真であり、
図3は比較例1で得られたポリエステル繊維の単繊維表面を撮影した写真である(倍率;5000倍)。
図2及び3から理解できるように、実施例3の本発明に係る濃染性ポリエステル繊維は、比較例1と比較して、ジエチレングリコールの添加により、繊維表面に形成される微細孔がより深く、粗くえぐれたものであることが明らかである。
【0134】
実施例4においては、金属化合物として酢酸マグネシウムのみを用いたことで、形成される生成粒子の平均粒子径が小さかったが、ジエチレングリコールを用いなかった比較例2と比較すると、ジエチレングリコールの添加により、アルカリ減量処理による溶解速度がより速くなり、繊維表面の微細孔が大きく、さらに粗くえぐれたようになったため、実施例1~3と同様にL値がより低く濃染性により優れるとともに、梳毛調風合いにも優れていた。
【0135】
実施例5~7においては、断面の突起数を変えることで、実施例1と比較すると、丸断面形状よりも入射光の多重散乱がより促進されたために、濃染性に優れるポリエステル繊維を得ることができた。また、実施例5においては、実施例6と比較すると突起数が多く、入射光の多重散乱がより促進されたために、また、実施例7と比較すると突起部の幅および高さが十分に長いため、入射光の多重散乱がより促進され、濃染性により優れていた。さらに、実施例5は、実施例8および9と対比すると断面の突起数、突起部の幅、高さがいっそう好ましい範囲であったために、入射光の多重散乱がより促進されて、濃染性に顕著に優れるポリエステル繊維が得られた。
【0136】
比較例3においては、金属化合物として酢酸リチウムのみを使用したために、形成される生成粒子の平均粒子径が過大であり、微細孔のサイズ、及び個数が本発明にて規定する範囲から外れた。そのため、L値がより高く、濃染性に劣るポリエステル繊維しか得られなかった。また、ノズルパックのフィルター圧力の上昇が速く紡糸操業性に劣る結果となった。さらに、梳毛調風合いにも劣るものであった。
【0137】
比較例4においては、シリカ微粒子の一次粒子径に関わらず、シリカ微粒子の凝集により微細孔が過大となり、微細孔の個数が過少となったため、濃染性に劣るポリエステル繊維しか得られなかった。また、凝集による粗大粒子に起因すると思われる切糸が発生し、紡糸操業性にも劣る結果となった。さらに梳毛調風合いにも劣っていた。
【0138】
比較例5においては、金属化合物及びリン化合物を添加せず、ジエチレングリコールだけを含有させたものであり、繊維表面に微細孔が形成せず、そのためL値が大きくなり濃染性に劣るポリエステル繊維しか得られなかった。さらに梳毛調風合いにも劣っていた。
【0139】
比較例6においては、金属化合物、リン化合物及びジエチレングリコールを添加せず、それにより繊維表面に微細孔が形成せずに、最も濃染性に劣るポリエステル繊維しか得られなかった。さらに梳毛調風合いにも劣っていた。
【0140】
比較例7においては、断面の突起部に起因して、比較例6と比較して丸断面形状よりも濃染性に優れていたが、金属化合物、リン化合物及びジエチレングリコールを添加せず、それにより繊維表面に微細孔が形成せずに、濃染性に劣るポリエステル繊維しか得られなかった。さらに梳毛調風合いにも劣っていた。
【0141】
1 本発明の潜在濃染性芯鞘複合ポリエステル繊維
2 易溶性ポリエステル樹脂(鞘部)
3 ポリエステル樹脂(芯部)
A 濃染性ポリエステル繊維
B 突起部
C 溝
4、5 突起部側面の線と突起部頂点の外接円との交点
4’、5’ 突起部側面の線と細溝の最深部の内接円との交点
6 線分4-5の中点
6‘ 線分4’-5’の終点