(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-14
(45)【発行日】2023-02-22
(54)【発明の名称】マーカーコイル及び磁気計測装置
(51)【国際特許分類】
A61B 5/245 20210101AFI20230215BHJP
【FI】
A61B5/245
(21)【出願番号】P 2019105988
(22)【出願日】2019-06-06
【審査請求日】2022-04-01
(73)【特許権者】
【識別番号】593165487
【氏名又は名称】学校法人金沢工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002516
【氏名又は名称】弁理士法人白坂
(72)【発明者】
【氏名】足立 善昭
【審査官】門田 宏
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-253531(JP,A)
【文献】特開2009-195614(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0331269(US,A1)
【文献】小山大介 外6名,脳磁図用リアルタイム頭部位置観測装置の開発,Journal of the Magnetetics Society of Japan ,2012年,Vol.36, No.6, pp.345-351
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/245 - 5/248
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の磁気センサにより、前記複数の磁気センサの各々との間の相対的な位置関係を特定するために用いられるマーカーコイルであって、
少なくとも3つの線分を備えた多角形状を呈する導線で構成され、前記多角形状は、点対称性、線対称性及び回転対称性のいずれも有しない非対称形状であることを特徴とするマーカーコイル。
【請求項2】
前記多角形状は、三角形状であることを特徴とする請求項1に記載のマーカーコイル。
【請求項3】
前記多角形状は、少なくとも4つの線分を備え、立体構造をとることを特徴とする請求項1に記載のマーカーコイル。
【請求項4】
前記マーカーコイルに接続する導線から意図しない漏れ磁場の発生を抑制するために、前記導線を撚り対線としたことを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載のマーカーコイル。
【請求項5】
前記複数の磁気センサは生体から発生する磁気を検出し、前記導線に流れる電流の周波数は、前記生体の内部に流れる電流の周波数の帯域に含まれないことを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のマーカーコイル。
【請求項6】
磁場を検出可能な複数の磁気センサと、
少なくとも3つの線分を備えた多角形状を呈する導線で構成され、前記多角形状は、点対称性、線対称性及び回転対称のいずれも有しない非対称形状である、マーカーコイルと、
前記マーカーコイルに接続され、前記マーカーコイルに電流を流す発信機と、
前記複数の磁気センサの各々によって、前記マーカーコイルに流した電流によって発生した磁場を検出することによって、前記マーカーコイルと前記複数の磁気センサの各々との間の相対的な位置関係を特定するプロセッサと、
を備えることを特徴とする磁気計測装置。
【請求項7】
前記マーカーコイルは生体に装着して用いられることを特徴とする請求項6に記載の磁気計測装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マーカーコイル及び磁気計測装置に関する。
【背景技術】
【0002】
生体磁気計測は、生体中の電気的な活動を非浸襲的に観測する方法である。生体内において、神経や筋肉等の活動に伴い、微弱な電流が流れる。この電流によって発生した磁場を、体外に設置された高感度の磁気センサを並べた磁気センサアレイによって検出し、得られた磁場の分布から生体内の電流の分布を推定する。
【0003】
磁気センサアレイに対する被検者の相対的な位置と配向を正確に知ることは、生体内の電流の分布を特定するために極めて重要である。そのために、被検者にマーカーコイルと呼ばれるコイルを複数個装着し、マーカーコイルに電流を流して磁場を発生させ、磁場を磁気センサアレイによって検出し、磁場の分布からマーカーコイルの磁気センサアレイに対する相対位置を特定することによって、被検者と生体磁気計測装置との位置合わせを行う(非特許文献1参照)。一般的に、マーカーコイルとしては、直径10mm程度の円盤型コイルが用いられている。複数のマーカーコイルのそれぞれは特定の周波数の電流によって磁場を発生する。磁気センサアレイはそれぞれのマーカーコイルから発生するそれぞれの磁場の分布を計測する。磁気センサアレイに対する複数のマーカーコイルの相対的な位置は、磁気源として磁気ダイポールを仮定することで3次元的に得られる。磁気センサアレイに対する生体内部の電流の相対的な分布は、マーカーコイルの磁気センサアレイに対する相対的な位置から求められる。
【0004】
従来のマーカーコイルを使用して磁気センサアレイに対する被検者の相対的な位置と向きを得るためには、少なくとも3つのマーカーコイルを使用し、更に、それぞれのマーカーコイルから発生した磁場の分布を個別に計測する必要がある。少なくとも3つのマーカーコイルのそれぞれに同じ周波数の電流を流す場合、少なくとも3つのマーカーコイルのそれぞれに互いに異なるタイミングで電流を流す必要があり、通常計測に時間がかかる。そこで、複数のマーカーコイルのそれぞれに互いに異なる周波数の電流を流せば、複数のマーカーコイルからの磁場の分布は周波数分離によって同時に得られる(非特許文献2参照)。しかし、この場合、少なくとも3つのマーカーコイルと同数の発信機が必要となる。さらに、少なくとも3つのマーカーコイルを、体表上、例えば顔等に貼る場合、少なくとも3つのマーカーコイルのみならず複数のケーブルが体表上を這うことになり被検者にとって非常に煩わしく、被検者によっては少なくとも3つのマーカーコイルを顔に貼られることを望まないなど、計測が困難になる場合がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】S.N.Erne et al., ”The positioning problem in biomagnetic measurements: A solution for array of superconducting sensors", IEEE Trans Magn., Vol. MAG-23, no.2, pp.1319-1322, Mar. 1987.
【文献】D.Oyama et al., “Real-time coil position monitoring system for biomagnetic measurements", Physics Procedia, vol.36, pp.280-285, 2012.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このように、少なくとも3つのマーカーコイルを用いることにより、磁気センサアレイに対する被検者の相対的な位置と配向を精度よく知ることができる。しかしながら、従来のマーカーコイルでは少なくとも3つのマーカーコイルを使用する必要があり、測定に時間がかかるか、又は複数のマーカーコイルと同数の発信機が必要であり、さらに複数のマーカーコイル及びケーブルを体表に設置することが煩わしいために、設置が困難な場合があるなどの課題があった。
【0007】
上記問題点を鑑み、本発明は、従来の円盤型のコイルを使用したマーカーコイルの特徴である、精度の高さを実現し、且つ計測手順の迅速化、及び計測装置の簡便化を実現したマーカーコイルを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の第1の態様に係るマーカーコイルは、複数の磁気センサにより、複数の磁気センサの各々との間の相対的な位置関係を特定するために用いられ、少なくとも3つの線分を備えた多角形状を呈する導線で構成され、多角形状は、点対称性、線対称性及び回転対称性のいずれも有しない非対称形状であることを要旨とする。
【0009】
本発明の第2の態様に係る磁気計測装置は、磁場を検出可能な複数の磁気センサと、少なくとも3つの線分を備えた多角形状を呈する導線で構成され、多角形状は、点対称性、線対称性及び回転対称のいずれも有しない非対称形状である、マーカーコイルと、マーカーコイルに接続され、マーカーコイルに電流を流す発信機と、複数の磁気センサの各々によって、マーカーコイルに流した電流によって発生した磁場を検出することによって、マーカーコイルと複数の磁気センサの各々との間の相対的な位置関係を特定するプロセッサと、を備えることを要旨とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、従来の円盤型のコイルを使用したマーカーコイルの特徴である、精度の高さを実現し、且つ計測手順の迅速化、及び計測装置の簡便化を実現したマーカーコイルを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の実施形態に係る生体磁気計測装置の全体構成の一例を模式的に示す図である。
【
図2】実施形態に係る生体磁気計測装置の主要部の一例を模式的に示す図である。
【
図3】実施形態に係るマーカーコイルの構成例を示す図である。
【
図4】磁気センサアレイに対する(a)実施形態に係るマーカーコイルと、(b)従来技術に係るマーカーコイルのそれぞれの相対位置の特定方法を説明する模式図である。
【
図5】実施形態に係るマーカーコイルから発生する磁場の算出方法を説明する模式図である。
【
図6】実施形態に係るマーカーコイルを用いた実験を説明する上面図である。
【
図7】
図6に示すマーカーコイルを装着した頭部模型の正面図である。
【
図8】
図7に示す頭部模型による測定結果の脳磁図である。
【
図9】
図7に示す頭部模型による測定結果のマーカーコイルと磁気センサアレイの配置を示す図である。
【
図10】第1の参考例に係るコイルの問題点を説明する模式図である。
【
図11】(a)第1の変形例に係るマーカーコイルと、(b)第2の変形例に係るマーカーコイルと、(c)第2の参考例に係るコイルのそれぞれの構成例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
次に、図面を参照して、本発明の実施形態を説明する。実施形態に係る図面の記載において、同一又は類似の部分には同一又は類似の符号を付している。但し、図面は模式的なものであり、厚みと平面寸法との関係、各部材の厚みの比率等は現実のものとは異なることに留意すべきである。したがって、具体的な厚みや寸法は以下の説明を参酌して判断すべきものである。又、図面相互間においても互いの寸法の関係や比率が異なる部分が含まれていることは勿論である。
【0013】
又、実施形態は、本発明の技術的思想を具体化するための装置や方法を例示するものであって、本発明の技術的思想は、回路素子や回路ブロックの構成や配置、レイアウト等を下記のものに特定するものでない。本発明の技術的思想は、特許請求の範囲に記載された請求項が規定する技術的範囲内において、種々の変更を加えることができる。
【0014】
(実施形態)
本発明の実施形態に係るマーカーコイル40と、実施形態に係るマーカーコイル40を使用した生体磁気計測装置1の構成の一例を
図1に示す。実施形態に係るマーカーコイル40を使用した生体磁気計測装置1は、磁気シールドルーム10、クライオスタット30、マーカーコイル40、撚り対線50、コイル電流駆動回路60、磁気センサ駆動回路14、データ収録解析装置16、図示されていないが、極低温冷凍機、トランスファチューブとから構成される。クライオスタット30には磁気センサアレイ32が収容される。磁気センサアレイ32は磁気センサ駆動回路14に接続されている。マーカーコイル40は撚り対線50を介してコイル電流駆動回路60に接続されている。
【0015】
クライオスタット30は磁気シールドルーム10の内部に設置されている。磁気センサアレイ32はヘルメットの形状をなしており、内部に被検者の頭部70を収容し、全頭脳磁計としての運用が可能である。磁気シールドルーム10の内部において、マーカーコイル40は被検者の頭部70に装着されており、被検者の頭部70及びマーカーコイル40は磁気センサアレイ32に収容されている。磁気センサ駆動回路14、データ収録解析装置16及び図示されていない極低温冷凍機は磁気シールドルーム10の外部に設置されている。コイル電流駆動回路60は、
図1に示すように、磁気シールドルーム10の外部に設置してもよく、また磁気シールドルームの内部に設置してもよい。図示されていないトランスファチューブは磁気シールドルーム10を貫通し、図示されていない極低温冷凍機とクライオスタット30とに接続されている。図示されていないが、極低温冷凍機は、例えば既知の4Kパルスチューブ冷凍機を用いて実現できる。
【0016】
データ収録解析装置16は、生体磁気計測装置1における計測機能を統括的に制御する。データ収録解析装置16はまた、生体磁気計測装置1が計測した生体磁気データを解析する。データ収録解析装置16は、例えばPC(Personal Computer)やワークステーション等の計算機を用いて実現できる。磁気センサ駆動回路14は、データ収録解析装置16の制御の下、磁気センサアレイ32の動作を制御する。更に、コイル電流駆動回路60は、データ収録解析装置16の制御の下、マーカーコイル40に流す電流を制御する。図示されていないが、磁気センサ駆動回路14にはアンプ/アナログフィルタ部が接続されており、磁気センサアレイ32が計測した生体磁気データの増幅や、ノイズの除去を行う。図示されていないが、アンプ/アナログフィルタ部及びデータ収録解析装置16にはデータ取得部が接続されており、アンプ/アナログフィルタ部が処理したデータをデジタルデータに変換する。データ取得部は、例えば既知のA/D変換器を用いて実現できる。データ取得部が取得したデータはデータ収録解析装置16に送られ、種々の解析が実行される。
【0017】
磁気センサアレイ32は、例えば既知のSQUID(Superconducting QUantum Interference Device)を用いて実現できる。SQUIDセンサは超電導を利用した磁気センサであるため、センサとして機能するためには極低温(例えば4K)まで冷却される必要がある。このため、磁気センサアレイ32は液体ヘリウムを貯留するクライオスタット30に収容されている。そして、磁気センサアレイ32はクライオスタット30が貯留する液体ヘリウムによって冷却される。
【0018】
図1に示した、実施形態に係るマーカーコイルと、実施形態に係るマーカーコイルを使用した生体磁気計測装置の構成の主要部を
図2に示す。クライオスタット30に収容されている磁気センサアレイ32は、磁気センサ320
i(i=1~m:mは6以上の正の整数)を含む。磁気センサ320
iは、クライオスタット30の内部に、ヘルメット形状の、頭部が収容される窪みの表面に沿って配置されている。磁気センサ320
iの各々は、磁場を検出可能である。磁気センサ320
iが検出可能である磁場は、生体から発生する磁場及びマーカーコイル40から発生する磁場を含む。磁気センサ320
iは、例えば、超電導材料が好適に用いられる。超電導材料としては、例えば、Nb(ニオブ)を用いることができるが、Nbに限定されず、どのような超電導材料であってもよい。
【0019】
実施形態に係るマーカーコイル40を
図3に示す。マーカーコイル40は、撚り対線50を介してコイル電流駆動回路60に接続されている。マーカーコイル40に接続する導線を撚り対線にすることによって、撚り対線50から発生される漏れ磁場の発生を抑制することができる。
図3には、
図1に示す磁気シールドルーム10は図示されていないが、
図1に示すように、コイル電流駆動回路60は磁気シールドルーム10の外部に設置してもよい。マーカーコイル40は1巻きであってもよく、マーカーコイル40から発生する磁場を強くするために複数回巻いてもよい。マーカーコイル40の形状は、線分41、42及び43とから構成され、三角形の形状である。線分41、42及び43の長さは互いに異なっており、マーカーコイル40は、点対称性及び線対称性のいずれも有しない三角形の形状である。
【0020】
磁気センサアレイに対する被検者の相対的な位置及び向きの特定方法を
図4を参照して説明する。
図4(a)に実施形態に係るマーカーコイルを、
図4(b)に従来技術に係るマーカーコイルを示す。
図4(a)及び(b)に記載のマーカーコイルはいずれも、被検者の体表上に装着されるものとする。
図4(b)に示す3つのマーカーコイルM1、M2及びM3は、それぞれ、
図4(a)に示す三角形のマーカーコイルの頂点ABCと同じ位置に装着されるものとする。
図4(a)において、頂点ABCを有する三角形状のコイルに電流Iを流し、磁場を発生させる。
図4(a)に示す点Rは、頂点ABCを有する三角形の面上に位置していると同時に、被検者の体表上にも位置しているものとする。
図4(a)及び(b)において、点Rの座標を(x,y,z)、極座標系の極角と方位角をそれぞれθ、φとして、頂点ABCを有する三角形の面に対する法線方向を(θ,φ)とする。
図4(a)において、被検者の磁気センサアレイに対する相対的な位置及び向きを特定するには、点Rの磁気センサアレイに対する相対的な座標(x,y,z)、頂点ABCを有する三角形の面に対する法線方向(θ,φ)及び頂点ABCを有する三角形の面に対して法線方向の軸周りの回転角を特定すればよい。そのためには三角形の頂点ABCの磁気センサアレイに対する相対的な位置を特定すればよい。
図4(b)において、同様に被検者の磁気センサアレイに対する相対的な位置及び向きを特定するには、マーカーコイルM1、M2及びM3の磁気センサアレイに対する相対的な位置を特定する必要がある。即ち、従来技術に係るマーカーコイルを用いた場合、マーカーコイルは少なくとも3つ必要となる。
【0021】
三角形状のマーカーコイルから発生する磁場の計算方法を
図5を参照して説明する。
図5において、三角形のコイルの線分ABを流れる線分電流が点Pに作る磁場Bは式(1)によって得られる。
B=μI(cosθ
AB+cosθ
BA)/4πd …(1)
ここで、μは透磁率、Iはコイルに流した電流、θ
AB及びθ
BAは、それぞれ、線分ABと線分APとがなす角度、及び線分BA及び線分BPとがなす角度、dは点Pから線分ABまでの距離であり、線分PQの長さである。三角形状のマーカーコイルが点Pに作る磁場は、線分AB、線分BC及び線分CAをそれぞれ流れる線分電流が点Pに作る磁場の和を求めればよい。三角形状のマーカーコイルが点Pに作る磁場を、三角形状のマーカーコイルが磁気センサアレイの各磁気センサの位置に作る磁場に適用し、各磁気センサが検出した磁場から、磁気センサアレイに対する三角形状のマーカーコイルの相対位置を逆算する。
【0022】
実施形態に係るマーカーコイルに電流を流して磁場を発生させ、磁気センサアレイが磁場を検出したのち、式(1)を用いて、磁気センサアレイに対する
図5に示す三角形の各頂点の相対的な位置を特定する。マーカーコイルは被検者の体表上に装着されているため、磁気センサアレイと被検者との間の相対的な位置と向きも特定される。このことから、マーカーコイルの形状は、少なくとも3つの線分から構成される多角形状であれば、マーカーコイルから発生する磁場を式(1)から計算することができ、マーカーコイルの磁気センサアレイに対する相対的な位置と向きを特定することができる。ここで、マーカーコイルの形状は、点対称性、線対称性及び回転対称性のいずれも有しないことが重要である。マーカーコイルの形状が点対称性、線対称性及び回転対称性のうちの少なくとも1つを有する場合、マーカーコイルから発生する磁場の分布もマーカーコイルが有するのと同じ対称性を有することになり、その結果、マーカーコイルが有する点対称性、線対称性及び回転対称性のうちの少なくとも1つにおいて、磁気センサアレイに対する相対的な位置と向きを特定することができなくなる。例えば、
図4(a)に示す三角形が点対称性、線対称性及び回転対称性のうちの少なくとも1つを有する場合、頂点ABCを有する三角形の面に対して法線方向の軸周りの回転角を特定することができない。
【0023】
実施形態に係るマーカーコイルの形状は3つの線分からなる三角形状であるが、マーカーコイルから発生する磁場の分布が既知であり、点対称性、線対称性及び回転対称性のいずれも有しないのであれば、マーカーコイルの形状は線分のみから構成される多角形でなくてもかまわない。即ち、マーカーコイルの一部若しくはすべてが曲線形状であっても構わない。しかしながら、例えば、マーカーコイルが曲線形状であった場合、マーカーコイルから発生する磁場を式(1)から計算することができず、より複雑な計算を行うため、計算量が大きくなり、時間がかかることになる。また、実施形態に係るマーカーコイルの形状は三角形であるので平面的であるが、少なくとも4つの線分からなる多角形であって、立体的な形状であっても構わない。マーカーコイルが立体的な形状である場合、点対称性、線対称性及び回転対称性のいずれも有しないことが必要であるが、面対称性は有していても構わない。実在するマーカーコイルを鏡映反転させることはできないからである。
【0024】
測定対象が生体であり、磁気センサアレイが生体から発生した磁場を検出する場合、検出した磁場の分布から、生体内の電気的な活動の分布を知ることができる。ここで、磁気センサアレイは、マーカーコイルから発生した磁場と、生体から発生した磁場のいずれも検出することから、これらを互いに分離しなければならない。これらを互いに分離するためには、マーカーコイルから発生した磁場と、生体から発生した磁場を同時計測しない場合であれば、マーカーコイルに電流を流した場合と流さない場合の磁場をそれぞれ計測する必要がある。マーカーコイルから発生した磁場と、生体から発生した磁場を同時計測する場合であれば、マーカーコイルに流す電流の周波数を、生体内の電気的な流れの周波数帯とは異なる周波数とし、周波数分離する必要がある。従来のマーカーコイルを用いた場合、少なくとも3つのマーカーコイルを使用する必要があり、マーカーコイルから発生した磁場と、生体から発生した磁場を同時計測しない場合、少なくとも3つのマーカーコイルのそれぞれに時間をずらして個別に電流を流し磁場を検出しなければならず、通常計測に非常に時間がかかる。マーカーコイルに流す電流の周波数を、生体内の電気的な流れの周波数帯とは異なる周波数にすれば、マーカーコイルから発生する磁場と生体から発生する磁場を同時に計測できるが、従来のマーカーコイルを使用する場合、少なくとも3つのマーカーコイルのそれぞれに互いに周波数の異なる電流を流す必要があり、マーカーコイルの数と同数の発信機を用意しなければならない。実施形態に係るマーカーコイルを使用するのであれば、マーカーコイルから発生した磁場と、生体から発生した磁場を同時計測しない場合であっても、使用するマーカーコイルは1つであるから、従来のマーカーコイルを使用した場合と比較して短時間で計測が可能である。また、マーカーコイルから発生した磁場と生体から発生した磁場を同時に計測する場合であっても、マーカーコイルに電流を流す発信機は1つ用意すればよく、計測装置を簡素化することができる。また、従来のマーカーコイルでは、複数のマーカーコイルのそれぞれと発信機とを接続するケーブルが、例えば脳磁計では顔周辺に複数存在することになり、被検者によってはこれを嫌がり、計測が困難となる場合がある。実施形態に係るマーカーコイルによれば、マーカーコイルとケーブルはそれぞれ1つのみであり、顔周辺に複数のマーカーコイルとケーブルが存在するわずらわしさは減少し、顔周辺にマーカーコイルを装着する時間も短縮できる。
【0025】
従来のマーカーコイルを使用してマーカーコイルと磁気センサアレイとの相対的な位置関係を特定する場合、少なくとも3つのマーカーコイルを装着する際の互いの間隔が大きいほど、位置の精度は高くなる。これと同様に、実施形態に係るマーカーコイルも、三角形の三辺のそれぞれの長さが大きいほど、位置の精度は高くなる。一方、実施形態に係るマーカーコイルの三角形の三辺のそれぞれの長さが小さくなると、マーカーコイルに流す電流が変わらなければマーカーコイルから発生する磁場は小さくなる。磁気センサアレイが検出できる磁場の下限値、実施形態に係るマーカーコイルに流すことができる電流の上限値等により、実施形態に係るマーカーコイルの大きさの下限値は決定する。
【0026】
図6に、実施形態に係るマーカーコイルの試作品80を示す。プリント基板81上に、実施形態に係るマーカーコイル90を配置している。マーカーコイル90は線分91、線分92及び線分93から構成される直角三角形を呈している。線分91、線分92及び線分93の長さa、b及びcはそれぞれ40mm、30mm及び50mmである。用いた導線は、線幅が0.1mmであり、厚さ0.15mmのプリント基板81の両面に、線の間隔0.1mmで合計10巻きのコイルとなるように配置されている。マーカーコイル90の厚さは、線分91、92及び93と比較して十分小さく、マーカーコイル90は撚り対線51を介して図示されていないコイル電流駆動回路に接続されている。
【0027】
比較のために、試作品80上に、従来のマーカーコイルも設置している。マーカーコイル90を内包するように、三角形状のマーカーコイル90と相似の形状の三角形の頂点に従来のマーカーコイル82a、82b及び82cを配置している。マーカーコイル82a、82b及び82cのそれぞれの間の距離l、m及びnはそれぞれ60mm、45mm及び75mmである。マーカーコイル82a、82b及び82cは撚り対線83a、83b及び83cを介して図示されていないコイル電流駆動回路に接続されている。
【0028】
試作品80は、
図7に示すように、発泡スチロール製の頭部模型100の額部分に装着されている。試作品80を装着された頭部模型100を、ヘルメット形状にSQUIDセンサアレイが配置された全頭型脳磁計の内部に配置したのち、磁場測定を行った。それぞれのマーカーコイル90、82a、82b及び82cには、振幅0.1mA、周波数80Hz、期間300msの正弦波バースト電流が時間をずらして個別に流された。それぞれのマーカーコイル90、82a、82b及び82cからの磁場はヘルメット形状のSQUIDセンサアレイによって得られた。マーカーコイル90にのみ電流を流したときのSQUIDセンサアレイによって得られた磁場の分布を
図8に示す。
図8は頭部模型100を上から見たときの磁場の分布を表す脳磁図であり、
図8の紙面上側が試作品80を装着した頭部模型100の正面、紙面下側が頭部模型100の後頭部である。
図8の頭部上の複数の点はSQUIDセンサの位置を示している。
図8の頭部模型100の額付近に示されている曲線は磁場の分布を表しており、マーカーコイル90から発生している磁場が観測されたことを示している。
【0029】
マーカーコイル90、82a、82b及び82cのそれぞれに電流を流し、発生した磁場をSQUIDセンサアレイによって観測し、得られた磁場の分布から特定されたマーカーコイル90、82a、82b及び82cそれぞれのSQUIDセンサアレイに対する相対的な位置を
図9に示す。
図9(a)は頭部模型100を上から見た図、
図9(b)は頭部模型100を横から見た図、
図9(c)は頭部模型100を正面から見た図であり、x軸の正方向は頭部模型100の正面側、y軸の正方向は左側、z軸の正方向は頭頂部側である。
図9において、+はSQUIDセンサ、3つの点は従来のマーカーコイル82a、82b及び82c、実線で示された三角形は実施形態に係るマーカーコイル90の位置を示しており、頭部模型100の額付近に従来のマーカーコイル82a、82b及び82cに囲まれた実施形態に係るマーカーコイル90が特定されている。
【0030】
実施形態に係るマーカーコイルを用いた生体磁気計測装置は、複数の発信器を必要とせずに、マーカーコイルから発生した磁場と、生体から発生した磁場を同時計測することが可能であることから、例えば、磁場の計測と同時にマーカーコイルや測定対象を表示するといったリアルタイム処理や、磁気センサをベルト等で固定して計測を行うなどのウエアラブル生体磁気測定に応用できる。また、脳磁計では、被験者の頭部と磁気センサアレイとの相対的な位置関係を明確にするためにマーカーコイルを用いており、実際には頭部の磁場を測定している。これに対して、マーカーコイルそのものの位置を上記手法で説明したように検出してもよい。例えば、手術ナビゲーションシステムは、手術中に自分の持っている手術器具が実際の患者の体のどこにあるのかをリアルタイムで知らせるシステムであり、近年、手術器具と患者の体の位置関係を特定するのに磁気センサが使用され始めている。生体磁気計測装置においては被検者の体表に装着されたマーカーコイルを、手術ナビゲーションシステムにおいては手術器具に装着する。実施形態に係るマーカーコイルを、生体磁気計測だけでなく、手術ナビゲーションシステムに応用することによって、従来複数必要であったマーカーコイルを1つで済ませる、例えば手術器具に取り付けやすいような立体形状にする、等が可能になる。
【0031】
[第1の参考例]
図10に、第1の参考例に係るコイルを示す。
図10に示すコイルの形状は、線分A’C’と線分B’C’の長さが互いに等しい2等辺三角形である。この場合、線分RC’を回転軸とし、この回転軸周りの回転方向に第1の参考例に係るコイルの磁気センサアレイに対する位置及び向きを特定することができない。従って、第1の参考例に係るコイルをマーカーコイルとして使用することはできない。
【0032】
(第1の変形例)
図11(a)に、第1の変形例に係るコイルを示す。第1の変形例に係るマーカーコイルは、4つの線分からなる立体形状である。互いに直交するx軸、y軸及びz軸上の4つの点(0,0,0)、(4,0,0)、(0,3,0)及び(0,0,2)に頂点を有し、点対称性、線対称性及び回転対称性のいずれも有しない。この場合、第1の変形例に係るコイルの磁気センサアレイに対する相対的な位置及び向きを特定することができるため、第1の変形例に係るコイルをマーカーコイルとして使用することができる。
【0033】
(第2の変形例)
図11(b)に、第2の変形例に係るコイルを示す。第2の変形例に係るマーカーコイルは、第1の変形例と同様、4つの線分からなる立体形状である。互いに直交するx軸、y軸及びz軸上の4つの点(0,0,0)、(4,0,0)、(0,3,0)及び(0,0,3)に頂点を有し、点対称性、線対称性及び回転対称性のいずれも有しないが、面対称性を有する。この場合であっても、第2の変形例に係るコイルの磁気センサアレイに対する相対的な位置及び向きを特定することができるため、第2の変形例に係るコイルをマーカーコイルとして使用することができる。
【0034】
[第2の参考例]
図11(c)に、第2の参考例に係るコイルを示す。第2の参考例に係るマーカーコイルは、8つの線分からなる立体形状である。立方体形状を呈しており、回転対称性を有し、この回転対称性の回転軸周りの回転方向に第2の参考例に係るコイルの磁気センサアレイに対する位置及び向きを特定することができない。従って、第2の参考例に係るコイルをマーカーコイルとして使用することはできない。
【0035】
以上、本発明はここでは記載していない様々な実施形態等を含むことは勿論である。したがって、本発明の技術的範囲は上記の説明から妥当な特許請求の範囲に係る発明特定事項によってのみ定められるものである。
【符号の説明】
【0036】
1 生体磁気計測装置
10 磁気シールドルーム
14 磁気センサ駆動回路
16 データ収録解析装置
30 クライオスタット
32 磁気センサアレイ
40、90 マーカーコイル
41、42、43、91、92、93 線分
50、51、83a、83b、83c 撚り対線
60 コイル電流駆動回路
70 頭部
80 試作品
81 プリント基板
82a、82b、82c 従来のマーカーコイル
100 頭部模型
320i 磁気センサ