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特許7227615インフルエンザウイルスRNAポリメラーゼの変異型PB1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-14
(45)【発行日】2023-02-22
(54)【発明の名称】インフルエンザウイルスRNAポリメラーゼの変異型PB1
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/44 20060101AFI20230215BHJP
   C07K 14/11 20060101ALI20230215BHJP
   C12N 7/01 20060101ALI20230215BHJP
   C40B 40/02 20060101ALI20230215BHJP
   C12Q 1/70 20060101ALI20230215BHJP
   C07K 16/10 20060101ALN20230215BHJP
【FI】
C12N15/44 ZNA
C07K14/11
C12N7/01
C40B40/02
C12Q1/70
C07K16/10
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019552824
(86)(22)【出願日】2018-11-07
(86)【国際出願番号】 JP2018041262
(87)【国際公開番号】W WO2019093347
(87)【国際公開日】2019-05-16
【審査請求日】2021-10-06
(31)【優先権主張番号】P 2017214983
(32)【優先日】2017-11-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】597039984
【氏名又は名称】学校法人 川崎学園
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【弁理士】
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【弁理士】
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(72)【発明者】
【氏名】内藤 忠相
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 峰輝
【審査官】小田 浩代
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/011620(WO,A2)
【文献】内藤 忠相 ほか,インフルエンザウイルスのゲノム変異導入率を制御するRNAポリメラーゼの機能領域,第62回日本ウイルス学会学術集会プログラム・抄録集,2014年,p. 159:O1-5-11
【文献】LI, C. et al.,,Selection of antigenically advanced variants of seasonal influenza viruses,Nat. Microbiol.,2016年,Vol. 1:16058
【文献】YANG, X. et al.,Motif D of viral RNA-dependent RNA polymerases determines efficiency and fidelity of nucleotide addition,Structure,2012年,Vol. 20,pp. 1519-1527
【文献】LIU, X. et al.,Vaccine-derived mutation in motif D of poliovirus RNA-dependent RNA polymerase lowers nucletide incorporation fidelity,J. Biol. Chem,2013年,Vol. 288,pp. 32753-32765
【文献】NAITO, T. et al.,Generation of a genetically stable high-fidelity influenza vaccine strain,J. Virol.,2017年01月04日,Vol. 91:e01073-16
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N15/00-15/90
C07K 1/00-19/00
C12Q 1/00- 3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
UniProt/GeneSeq
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(1)または(2)のアミノ酸配列を含む、インフルエンザウイルスRNAポリメラーゼの変異型Polymerase basic protein 1 (PB1)
(1)配列番号:4で表されるアミノ酸配列、
(2)配列番号:4のアミノ酸番号471~486で表される部分アミノ酸配列(配列番号:2)は変化しておらず、かつ該部分アミノ酸配列以外のアミノ酸配列部分において配列番号:4で表されるアミノ酸配列と95%以上の同一性を有するアミノ酸配列
【請求項2】
請求項1に記載の変異型PB1をコードする塩基配列に相補的な塩基配列を含むRNA。
【請求項3】
請求項に記載のRNAを含むゲノムRNAを含む、変異型インフルエンザウイルス。
【請求項4】
A/Puerto Rico/8/1934(H1N1)株由来である、請求項に記載の変異型インフルエンザウイルス。
【請求項5】
以下の(1)および/または(2)のRNAをさらに含むゲノムRNAを含む、請求項またはに記載の変異型インフルエンザウイルス
(1)流行株由来のヘマグルチニン(HA)をコードする塩基配列に相補的な塩基配列を含むRNA、
(2)流行株由来のノイラミニダーゼ(NA)をコードする塩基配列に相補的な塩基配列を含むRNAであって、
流行株がA/New York/4747/2009(H1N1)株およびA/Texas/50/2012(H3N2)株からなる群から選択される、変異型インフルエンザウイルス
【請求項6】
請求項に記載の変異型インフルエンザウイルスを増殖させることによって得られる、変異型インフルエンザウイルスライブラリー。
【請求項7】
流行株に対する中和抗体と請求項に記載の変異型インフルエンザウイルスライブラリーを接触させ、感染性が中和されない変異型インフルエンザウイルスを選択することを含む、将来的に流行する可能性がある変異型インフルエンザウイルスのスクリーニング方法であって、流行株がA/New York/4747/2009(H1N1)株およびA/Texas/50/2012(H3N2)株からなる群から選択される、スクリーニング方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インフルエンザウイルスRNAポリメラーゼの変異型PB1、該変異型PB1をコードする塩基配列に相補的な塩基配列を含むリボ核酸、該リボ核酸を含む変異型インフルエンザウイルス、該ウイルスから得られる変異型インフルエンザウイルスライブラリー、該ライブラリーを用いた将来的に流行する可能性がある変異型インフルエンザウイルスのスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
毎冬に大規模な流行を引き起こすインフルエンザは、乳幼児から高齢者まで、全世代の国民の社会生活および健康に多大な影響を与える国内最大の感染症である。インフルエンザウイルスのゲノムは、8本に分節化された総塩基数が約1万のRNAであり、忠実性が低いウイルスRNAポリメラーゼによって複製されるため、高頻度で遺伝子変異が生じる。その結果として季節性インフルエンザウイルスは頻繁に抗原変異が起こり、流行予測から選定されたワクチン株と実際の流行株との間で抗原性が一致せず、ワクチンによる発症および重症化阻止効果が著しく低下することが問題となっている。
【0003】
ワクチン開発現場における従来技術では、過去に流行したウイルスの遺伝子に導入された変異情報から次シーズンの流行株を予測することしかできず(データベースを用いた机上解析)、未来に流行する可能性があるウイルス候補株を人為的に作出し、ワクチンの効果等をあらかじめ検討する試みはなされていなかった。しかし、近年おいて実際に組換えウイルス(抗原変異ウイルス)を作製して抗原変異部位を予測する試みがなされ、その成果が報告されてきている(非特許文献1)。しかしながら、それら技術による予想可能な抗原変異部位は、多くのウイルス抗原のうちヘマグルチニン(HA)の主要抗原領域に限定されており、完全長のHAおよび他の主要抗原となりうるノイラミニダーゼ(NA)を含めた全てのウイルスタンパク質を網羅する予測可能なシステムではない。また、上述した抗原変異ウイルスの作出方法としては、(1)変異を導入するための人工的なPCR条件下において、抗原変異部位を含む標的ウイルス遺伝子(HA遺伝子)を増幅させることで限局した領域に対する変異ライブラリーを作製し、(2)変異ライブラリー遺伝子断片をウイルスゲノム発現プラスミドに組込み、(3)それらプラスミドセットを用いた逆遺伝学的手法により組換え変異ウイルスを合成している。
【0004】
しかし、このような組換えウイルスを用いた従来技術では、実験工程が多段階であるため迅速なシステムではない。そのため、抗原決定基となりうる「全ウイルスタンパク質」の「全アミノ酸部位」を対象にして抗原変異を伴う未来流行株を高精度に予測するためには、感染性をもつ生ウイルスを用いて「ウイルスがもつ自然発生的な変異導入システム」によって変異ウイルスライブラリーを作製することが必須だが、これまでにそのような解析を行うための技術は存在していなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】C. Li et al., Nat Microbiol., 1(6), 16058, (2016)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、近年の流行株を元株とした変異インフルエンザウイルスを用いて次シーズン以降の流行株に起きる抗原変異部位をあらかじめ推測できる系(未来流行株予測システム)を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、現行のインフルエンザワクチン製造時の母体ウイルスであるA/Puerto Rico/8/1934(H1N1)株(PR8株)を用いて、逆遺伝学的手法によりウイルスRNAポリメラーゼのPB1サブユニットを改変し、ゲノム複製時に変異が入りやすい「低忠実性ワクチン製造株」の開発を試みた。その結果、本発明者らは、PR8株のPB1の471番目Lys残基をHis残基に置換した変異型PB1をコードするゲノムを持つウイルス(PR8-PB1-K471Hウイルス)は低忠実性ワクチン製造株であり、PR8株よりもさらに変異が導入されやすい株であることを確認した(変異導入効率が約3.6倍向上)。PB1の471番目のLys残基および近傍のアミノ酸配列は、インフルエンザウイルスの各種亜型間で高度に保存されている(ポリメラーゼモチーフD)ことから、近年の流行株にPB1-K471H置換を施したり、近年の流行株のPB1のポリメラーゼモチーフDを上記の置換を施したPR8株由来のポリメラーゼモチーフD に置換することで「流行株に由来する変異型インフルエンザウイルスライブラリー」の作出が可能になると考えられた。この変異型インフルエンザウイルスライブラリーは、インフルエンザウイルス自身がもつRNAポリメラーゼに依存したゲノム複製過程によって作られるため、「全インフルエンザウイルスタンパク質」の「全アミノ酸部位」においてランダムに変異が導入されると考えられた。また、本発明者らは、変異型インフルエンザウイルスライブラリーに導入された塩基置換種に偏りがないことを確認し、PB1-K471Hウイルスは非常に優れた「変異導入可能株」であり、この機能を応用することで抗原変異を伴う未来流行株の予測システムが構築できると考え、本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明は、
[1]配列番号:2で表されるアミノ酸配列を含む、インフルエンザウイルスRNAポリメラーゼの変異型Polymerase basic protein 1 (PB1);
[2]以下の(1)または(2)のアミノ酸配列を含む、[1]に記載の変異型PB1
(1)配列番号:4で表されるアミノ酸配列、
(2)配列番号:4で表されるアミノ酸配列と実質的に同一であって、かつ配列番号:4のアミノ酸番号471~486で表される部分アミノ酸配列(配列番号:2)は残されている、アミノ酸配列;
[3][1]または[2]に記載の変異型PB1をコードする塩基配列に相補的な塩基配列を含むRNA;
[4][3]に記載のRNAを含むゲノムRNAを含む、変異型インフルエンザウイルス;
[5]A/Puerto Rico/8/1934(H1N1)株由来である、[4]に記載の変異型インフルエンザウイルス;
[6]以下の(1)および/または(2)のRNAをさらに含むゲノムRNAを含む、[4]または[5]に記載の変異型インフルエンザウイルス
(1)流行株由来のヘマグルチニン(HA)をコードする塩基配列に相補的な塩基配列を含むRNA、
(2)流行株由来のノイラミニダーゼ(NA)をコードする塩基配列に相補的な塩基配列を含むRNA;
[7]流行株がA/New York/4747/2009(H1N1)株およびA/Texas/50/2012(H3N2)株からなる群から選択される、[6]に記載の変異型インフルエンザウイルス;
[8][6]または[7]に記載の変異型インフルエンザウイルスを増殖させることによって得られる、変異型インフルエンザウイルスライブラリー;
[9]流行株に対する中和抗体と[8]に記載の変異型インフルエンザウイルスライブラリーを接触させ、感染性が中和されない変異型インフルエンザウイルスを選択することを含む、将来的に流行する可能性がある変異型インフルエンザウイルスのスクリーニング方法;
[10]流行株がA/New York/4747/2009(H1N1)株およびA/Texas/50/2012(H3N2)株からなる群から選択される、[9]に記載のスクリーニング方法;
を提供する。
【発明の効果】
【0009】
PR8株のPB1の471番目Lys残基(PR8株のPB1のポリメラーゼモチーフDの1番目Lys残基)をHis残基に置換した変異型PB1をコードするゲノムを持つ変異型インフルエンザウイルスは増殖時に「全インフルエンザウイルスタンパク質」の「全アミノ酸部位」においてランダムに変異が導入されたインフルエンザウイルスを製造することができる。従って、流行株のHAやNAを含む該変異型インフルエンザウイルスを増殖させることによって、流行株とは異なるHAやNAを有するインフルエンザウイルスを含む変異型インフルエンザウイルスライブラリーを効率的に得ることができる。該ライブラリーから将来的に流行する可能性があるインフルエンザウイルスを単離することによって、該インフルエンザウイルスに対するワクチンを予め準備、供給することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】PR8株のPB1のポリメラーゼモチーフDのアミノ酸配列と該モチーフに含まれるLys残基のアミノ酸番号を示す図である。
図2】37度および34度の培養条件下におけるPR8株の各変異型PB1のポリメラーゼ活性を示す図である。
図3】A:PR8株のPB1の三次構造を示す図である。B:PR8株のPB1、PB2およびPAの3つのサブユニットが結合したインフルエンザウイルスのRNAポリメラーゼを示す図である。なお、PB1のLys471残基は、ヌクレオチド取り込み口の近傍に配置している。
図4】PR8-PB1-K471Hウイルスのプラーク形成活性を示す図である。
図5】PR8-PB1-K471Hウイルスのウイルス力価を示す図である。
図6】PR8-PB1-K471Hウイルスの増殖能力を示す図である。
図7】PR8-PB1-K471Hウイルスの赤血球凝集活性を示す図である。
図8】PR8-PB1-K471Hウイルスの変異導入効率を示す図である。
図9】PR8-PB1-K471Hウイルスの変換塩基の種類と割合を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、配列番号:2で表されるアミノ酸配列を含む、インフルエンザウイルスRNAポリメラーゼの変異型Polymerase basic protein 1(PB1) (以下、本発明の変異型PB1(1)と記載する場合もある)を提供する。
【0012】
インフルエンザウイルスは、オルソミクソウイルス科に属する直径約100 nmの粒子サイズのエンベロープに取り囲まれたウイルスである。インフルエンザウイルスゲノムは、8本に分節化された一本鎖RNA(マイナス鎖)であり、ウイルスRNAポリメラーゼおよびRNA結合タンパク質(NP)と結合して、vRNP複合体を形成している。ウイルスRNAポリメラーゼは、PB1、PB2(Polymerase basic protein 2)および PA(Polymerase acidic protein)の三つのサブユニットから構成されており、このうちPB1は触媒サブユニットとして機能している。PB1はインフルエンザウイルスゲノムの第二分節にコードされるタンパク質であり、亜型間で高度に保存された共通のポリメラーゼモチーフA~Dを有する。このうちポリメラーゼモチーフD(配列番号:1;A/Puerto Rico/8/1934(H1N1)株(以下、PR8株))のアミノ酸番号1のLys残基は、RNA合成反応に必要となるヌクレオチドの取り組み口の近傍に位置しており、Lys残基からHis残基への置換(配列番号:2)は、PR8株の野生型PB1(配列番号:3で表されるアミノ酸配列を含むタンパク質)の機能を低下させる結果となる。ここで「機能の低下」とは、37℃におけるウイルスRNAポリメラーゼ活性の低下、ウイルスゲノム複製の正確性の低下などをいう。低下の程度は、喪失しなければ特に制限されないが、例えば、37℃におけるウイルスRNAポリメラーゼ活性は約10倍低下、複製されたゲノムへの塩基挿入/欠損頻度は約8倍上昇、複製されたゲノムへの塩基置換頻度は約3.6倍上昇することをいう。なお、前記機能の測定は、自体公知の方法に準じて行なうことができる。本発明の変異型PB1(1)としては、配列番号:2で表されるアミノ酸配列を含み、かつ配列番号:3で表されるアミノ酸配列を含むタンパク質より低下した機能を有する変異型PB1が好ましい。
【0013】
本発明の変異型PB1(1)は、好ましくは、以下の(1)または(2)のアミノ酸配列を含む(以下、本発明の変異型PB1(2)と記載する場合もある)。
(1)配列番号:4で表されるアミノ酸配列。
(2)配列番号:4で表されるアミノ酸配列と実質的に同一であって、かつ配列番号:4のアミノ酸番号471~486で表される部分アミノ酸配列(配列番号:2)は残されている、アミノ酸配列。
【0014】
本発明の変異型PB1(2)は、PR8株の野生型PB1(配列番号:3で表されるアミノ酸配列)のアミノ酸番号471のLys残基をHis残基に置換することによって得られるアミノ酸配列、即ち、配列番号:4で表されるアミノ酸配列を含む。配列番号:3で表されるアミノ酸配列のアミノ酸番号471のLys残基(当該Lys残基は、ポリメラーゼモチーフD(配列番号:1)のアミノ酸番号1のLys残基に対応する)をHis残基に置換することによって、配列番号:3のアミノ酸配列を含むPB1の機能を低下させる結果となる。ここで「低下した機能」とは、本発明の変異型PB1(1)と同義であってよい。
【0015】
本発明の変異型PB1(2)はまた、配列番号:4で表されるアミノ酸配列と実質的に同一であって、かつ配列番号:4のアミノ酸番号471~486で表される部分アミノ酸配列(配列番号:2)は残されている、アミノ酸配列を含む。配列番号:4で表されるアミノ酸配列と実質的に同一であって、かつ配列番号:4のアミノ酸番号471~486で表される部分アミノ酸配列(配列番号:2)は残されている、アミノ酸配列としては、配列番号:4のアミノ酸番号471~486で表される部分アミノ酸配列(配列番号:2)は変化しておらず、かつ該部分アミノ酸配列以外のアミノ酸配列部分において配列番号:4で表されるアミノ酸配列と約85%以上、好ましくは約90%以上、さらに好ましくは約95%以上、最も好ましくは約98%以上の相同性を有するアミノ酸配列などが挙げられる。ここで「相同性」とは、当該技術分野において公知の数学的アルゴリズムを用いて2つのアミノ酸配列をアラインさせた場合の、最適なアラインメント(好ましくは、該アルゴリズムは最適なアラインメントのために配列の一方もしくは両方へのギャップの導入を考慮し得るものである)における、オーバーラップする全アミノ酸残基に対する同一アミノ酸および類似アミノ酸残基の割合(%)を意味する。「類似アミノ酸」とは物理化学的性質において類似したアミノ酸を意味し、例えば、芳香族アミノ酸(Phe, Trp, Tyr)、脂肪族アミノ酸(Ala, Leu, Ile, Val)、極性アミノ酸(Gln, Asn)、塩基性アミノ酸(Lys, Arg, His)、酸性アミノ酸(Glu, Asp)、水酸基を有するアミノ酸(Ser, Thr)、側鎖の小さいアミノ酸(Gly, Ala, Ser, Thr, Met)などの同じグループに分類されるアミノ酸が挙げられる。このような類似アミノ酸による置換はタンパク質の表現型に変化をもたらさない(即ち、保存的アミノ酸置換である)ことが予測される。保存的アミノ酸置換の具体例は当該技術分野で周知であり、種々の文献に記載されている(例えば、Bowieら, Science, 247: 1306-1310 (1990)を参照)。
【0016】
本明細書におけるアミノ酸配列の相同性は、相同性計算アルゴリズムNCBI BLAST (National Center for Biotechnology Information Basic Local Alignment Search Tool)を用い、以下の条件(期待値=10;ギャップを許す;マトリクス=BLOSUM62;フィルタリング=OFF)にて計算することができる。アミノ酸配列の相同性を決定するための他のアルゴリズムとしては、例えば、Karlinら, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90: 5873-5877 (1993)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはNBLASTおよびXBLASTプログラム(version 2.0)に組み込まれている(Altschulら, Nucleic Acids Res., 25: 3389-3402 (1997))]、Needlemanら,J. Mol. Biol., 48: 444-453 (1970)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはGCGソフトウェアパッケージ中のGAPプログラムに組み込まれている]、MyersおよびMiller, CABIOS, 4: 11-17 (1988)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはCGC配列アラインメントソフトウェアパッケージの一部であるALIGNプログラム(version2.0)に組み込まれている]、Pearsonら,Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 85: 2444-2448 (1988)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはGCGソフトウェアパッケージ中のFASTAプログラムに組み込まれている]等が挙げられ、それらも同様に好ましく用いられ得る。
【0017】
より好ましくは、配列番号:4で表されるアミノ酸配列と実質的に同一であって、かつ配列番号:4のアミノ酸番号471~486で表される部分アミノ酸配列(配列番号:2)は残されている、アミノ酸配列とは、配列番号:4のアミノ酸番号471~486で表される部分アミノ酸配列(配列番号:2)は変化しておらず、かつ該部分アミノ酸配列以外のアミノ酸配列部分において配列番号:4で表されるアミノ酸配列と約85%以上、好ましくは約90%以上、さらに好ましくは約95%以上、最も好ましくは約98%以上の同一性を有するアミノ酸配列である。
【0018】
配列番号:4で表されるアミノ酸配列と実質的に同一であって、かつ配列番号:4のアミノ酸番号471~486で表される部分アミノ酸配列(配列番号:2)は残されている、アミノ酸配列を含む変異型PB1としては、例えば、配列番号:4で表されるアミノ酸配列と実質的に同一であって、配列番号:4のアミノ酸番号471~486で表される部分アミノ酸配列(配列番号:2)は残されており、かつ配列番号:3で表されるアミノ酸配列を含むタンパク質より低下した機能を有する変異型PB1が好ましい。ここで「低下した機能」とは、本発明の変異型PB1(1)と同義であってよい。
【0019】
また、本発明の変異型PB1(2)には、例えば、(1)配列番号:4で表されるアミノ酸配列中の1または2個以上(好ましくは1~30個程度、より好ましくは1~10個程度、さらに好ましくは1~5個)のアミノ酸が欠失したアミノ酸配列、(2)配列番号:4で表されるアミノ酸配列に1または2個以上(好ましくは1~30個程度、より好ましくは1~10個程度、さらに好ましくは1~5個)のアミノ酸が付加したアミノ酸配列、(3)配列番号:4で表されるアミノ酸配列に1または2個以上(好ましくは1~30個程度、より好ましくは1~10個程度、さらに好ましくは1~5個)のアミノ酸が挿入されたアミノ酸配列、(4)配列番号:4で表されるアミノ酸配列中の1または2個以上(好ましくは1~30個程度、より好ましくは1~10個程度、さらに好ましくは1~5個)のアミノ酸が他のアミノ酸で置換されたアミノ酸配列、または(5)それらを組み合わせたアミノ酸配列を含み、配列番号:4のアミノ酸番号471~486で表される部分アミノ酸配列(配列番号:2)は残されており、かつ配列番号:3で表されるアミノ酸配列を含むタンパク質より低下した機能を有するタンパク質も含まれる。上記のようにアミノ酸配列が挿入、欠失または置換されている場合、その挿入、欠失または置換の位置は、当該タンパク質の機能を喪失させずかつ低下させる限り、特に限定されない。なお、置換に用いられるアミノ酸は、類似アミノ酸が好ましく用いられる。
【0020】
本発明の変異型PB1(1)および変異型PB1(2)(以下、纏めて本発明の変異型PB1と記載する場合もある)は、公知のペプチド合成法に従って製造することができる。
ペプチド合成法は、例えば、固相合成法、液相合成法のいずれであってもよい。本発明の変異型PB1を構成し得る部分ペプチドもしくはアミノ酸と残余部分とを縮合し、生成物が保護基を有する場合は保護基を脱離することにより目的とする変異型PB1を製造することができる。
ここで、縮合や保護基の脱離は、自体公知の方法、例えば、以下の(1)および(2)に記載された方法に従って行われる。
(1)M. BodanszkyおよびM. A. Ondetti, Peptide Synthesis, Interscience Publishers, New York (1966年)
(2)SchroederおよびLuebke, The Peptide, Academic Press, New York (1965年)
【0021】
このようにして得られた本発明の変異型PB1は、公知の精製法により精製単離することができる。ここで、精製法としては、例えば、溶媒抽出、蒸留、カラムクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、再結晶、これらの組み合わせなどが挙げられる。
上記方法で得られる本発明の変異型PB1が遊離体である場合には、該遊離体を公知の方法あるいはそれに準じる方法によって適当な塩に変換することができるし、逆に本発明の変異型PB1が塩として得られた場合には、該塩を公知の方法あるいはそれに準じる方法によって遊離体または他の塩に変換することができる。
【0022】
さらに、本発明の変異型PB1は、それをコードする塩基配列を含むデオキシリボ核酸(DNA)(以下、本発明の変異型PB1をコードするDNAと記載する場合もある)を含む形質転換体を培養し、得られる培養物から変異型PB1を分離精製することによって製造することもできる。本発明の変異型PB1をコードするDNAは二本鎖であっても、一本鎖であってもよい。二本鎖の場合は、二本鎖DNA、二本鎖RNAまたはDNA:RNAのハイブリッドでもよい。
本発明の変異型PB1をコードするDNAとしては、合成DNAなどが挙げられる。例えば、インフルエンザウイルスより調製した一本鎖ゲノムRNA(マイナス鎖)を鋳型として用い、Reverse Transcriptase-PCR(以下、「RT-PCR法」と略称する)によって直接増幅したcDNA(プラス鎖)を、公知のキット、例えば、MutanTM-super Express Km(TAKARA BIO INC.)、MutanTM-K(TAKARA BIO INC.)等を用いて、ODA-LA PCR法、Gapped duplex法、Kunkel法等の自体公知の方法あるいはそれらに準じる方法に従って変換することによって取得することができる。あるいは、上記したインフルエンザウイルスより調製した一本鎖ゲノムRNA(マイナス鎖)由来のcDNA(プラス鎖)断片を適当なベクター中に挿入して調製されるインフルエンザウイルスのcDNAライブラリーから、コロニーもしくはプラークハイブリダイゼーション法またはPCR法などにより、クローニングしたcDNAを、上記の方法に従って変換することによっても取得することができる。ライブラリーに使用するベクターは、バクテリオファージ、プラスミド、コスミド、ファージミドなどいずれであってもよい。
【0023】
本発明はまた、本発明の変異型PB1をコードする塩基配列に相補的な塩基配列を含むリボ核酸(RNA)(以下、本発明の変異型PB1をコードするRNAと記載する場合もある)を提供する。本発明の変異型PB1をコードするRNAは、アンチセンス鎖(即ち、非コード鎖またはマイナス鎖)である。
【0024】
本発明の変異型PB1をコードする塩基配列に相補的な塩基配列を含むRNAとしては、例えば、配列番号:5で表される塩基配列と同一または実質的に同一の塩基配列に相補的な塩基配列を含むRNA、好ましくは、配列番号:6で表される塩基配列と同一または実質的に同一の塩基配列に相補的な塩基配列を含むRNAなどが挙げられる。
配列番号:5(または配列番号:6)で表される塩基配列と実質的に同一の塩基配列としては、例えば、配列番号:5(または配列番号:6)で表される塩基配列において、配列番号:2(または配列番号:4)で表されるアミノ酸配列を変化させないような変異(silent mutation)を有する塩基配列などが含まれる。
【0025】
本発明の変異型PB1をコードするRNAは、前記の通り、インフルエンザウイルスより調製した一本鎖RNA(マイナス鎖)を鋳型として用い、RT-PCR法によって直接増幅したcDNA(プラス鎖)を、該cDNAの塩基配列の一部分であって、所望の変異を有する合成DNAプライマーを用いて、上記の方法に従い増幅することによってクローニングし、発現ベクターに組み込み、該発現ベクターを細胞に導入して発現させることによって取得することができる。
【0026】
本発明はまた、本発明の変異型PB1をコードするRNAを含むゲノムRNAを含む、変異型インフルエンザウイルス(以下、本発明の変異型インフルエンザウイルスと記載する場合もある)を提供する。本発明の変異型インフルエンザウイルスは、PB1の機能が低下しているため、増殖したインフルエンザウイルスゲノム全体に野生型インフルエンザウイルスに比べて高頻度に変異を生じさせる性質を有する。
【0027】
本発明の変異型インフルエンザウイルスとしては、A型、B型、C型のいずれであってもよいが、ウイルスゲノムに多様性があるA型がより好ましい。また、A型インフルエンザウイルスは、エンベロープ表面上の分子であるヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)にアミノ酸配列の違いが多くみられ、16種類のHAと9種類のNAの組み合わせによって表される亜型(H1N1~H16N9)のいずれであってもよい。また、本発明の変異型インフルエンザウイルスは、いずれの公知の株に由来するものであってもよいが、例えば、A/Puerto Rico/8/1934(H1N1)株に由来する変異型インフルエンザウイルスであってよい。
【0028】
本発明の変異型インフルエンザウイルスは公知の手段で作製することができる。
例えば、本発明の変異型PB1をコードするRNAを含む、8本に分節化されたインフルエンザウイルスゲノムRNAを合成し、各インフルエンザウイルスゲノムRNAとインフルエンザウイルスから単離または組換えにより合成したPB1、PB2、PAおよびNPとを混合することによって、試験管内で再構成された8種類のvRNP複合体を取得することができる。得られた8種類のvRNP複合体を細胞に導入し、培養することによって、該細胞から本発明の変異型インフルエンザウイルスを単離、精製することが可能である(in vitro vRNP再構成法:Luytjes, W et al. Cell, 59, 1107-1113, 1989など)。
あるいは、プラスミドのみを用いて細胞内にvRNP複合体を再構成させる方法(プラスミドトランスフェクション法:Neumann, G. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 9345-9350, 1999)によっても、容易に本発明の変異型インフルエンザウイルスを回収することができる。プラスミドトランスフェクション法では、宿主細胞のRNAポリメラーゼI(Pol I)が結合できるプロモーター配列、本発明の変異型PB1をコードするRNAを含む8本に分節化されたインフルエンザウイルスゲノムRNAに相補的なDNA、およびターミネーター配列を含む8種類のインフルエンザウイルスゲノムRNA合成用プラスミド、並びにPB1、PB2、PAおよびNPを発現する4種類のインフルエンザウイルスタンパク質発現用プラスミドが同時に細胞にトランスフェクションされる。宿主細胞のRNAポリメラーゼI(Pol I)を利用することによって、インフルエンザウイルスゲノムRNA合成用プラスミドからCap構造やPoly Aなどが付加しない非修飾RNAが合成され、インフルエンザウイルスゲノムとして機能させることができる。また、ウイルスタンパク質発現用プラスミドに対しては、宿主細胞のRNAポリメラーゼII(Pol II)を利用することによって、各インフルエンザウイルスタンパク質のmRNAを転写させることができる。細胞内で合成された8本のインフルエンザウイルスゲノムRNAと各インフルエンザウイルスタンパク質はvRNP複合体を形成するため、該細胞を培養することによって、該細胞から本発明の変異型インフルエンザウイルスを単離、精製することが可能である。
【0029】
インフルエンザウイルスゲノムRNA合成用プラスミドは、例えば、前記の本発明の変異型PB1をコードするRNAを含む8本に分節化されたインフルエンザウイルスゲノムRNAに相補的な塩基配列を有するDNA断片を切り出し、該各DNA断片を適当なプラスミド中のプロモーターの下流に連結することにより製造することができる。あるいは、後述の実施例の通り、変異型PB1について、公知のインフルエンザウイルスゲノムRNA合成用プラスミドを鋳型として、配列番号:11~14のプライマーで増幅することによって得られるDNA断片を鋳型に用いたプラスミドに含まれる野生型PB1と差し替え、直接細胞に遺伝子導入することによって、本発明のインフルエンザウイルスゲノムRNA合成用プラスミドを取得することができる。
また、本発明のインフルエンザウイルスタンパク質発現用プラスミドは、例えば、前記のPB1、PB2、PAまたはNPをコードするDNA断片を切り出し、該DNA断片を適当な発現ベクター中のプロモーターの下流に連結することにより製造することができる。
【0030】
プラスミドとしては、動物細胞用プラスミド(例:pCAGGS, pSRα, pA1-11, pXT1, pRc/CMV, pRc/RSV, pcDNAI/Neo)が用いられる。
【0031】
プロモーターとしては、インフルエンザウイルスゲノムRNA合成用プラスミドについては、RNAポリメラーゼIプロモーターが用いられる。また、インフルエンザウイルスタンパク質発現用プラスミドとしては、例えば、トリβアクチン由来プロモーター(例:CAGプロモーター)、サイトメガロウイルス(CMV)由来プロモーター(例:CMV前初期プロモーター)、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)由来プロモーター(例:HIV LTR)、ラウス肉腫ウイルス(RSV)由来プロモーター(例:RSV LTR)、マウス乳癌ウイルス(MMTV)由来プロモーター(例:MMTV LTR)、モロニーマウス白血病ウイルス(MoMLV)由来プロモーター(例:MMTV LTR)、単純ヘルペスウイルス(HSV)由来プロモーター(例:HSVチミジンキナーゼ(TK)プロモーター)、SV40由来プロモーター(例:SV40初期プロモーター)、エプスタインバーウイルス(EBV)由来プロモーター、アデノ随伴ウイルス(AAV)由来プロモーター(例:AAV p5プロモーター)、アデノウイルス(AdV)由来プロモーター(Ad2またはAd5主要後期プロモーター)などが用いられる。
【0032】
プラスミドは、上記の他に、所望によりエンハンサー、ポリA付加シグナル、選択マーカー、SV40複製起点(以下、SV40 oriと略称する場合がある)などを含有しているものを用いることができる。選択マーカーとしては、例えば、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子(以下、dhfrと略称する場合がある、メソトレキセート(MTX)耐性)、ネオマイシン耐性遺伝子(以下、neorと略称する場合がある、G418耐性)等が挙げられる。特に、dhfr遺伝子欠損チャイニーズハムスター細胞を用い、dhfr遺伝子を選択マーカーとして使用する場合、チミジンを含まない培地によって目的遺伝子を選択することもできる。
また、必要に応じて、宿主に合ったシグナル配列をコードする塩基配列(シグナルコドン)を、本発明のインフルエンザウイルスタンパク質をコードするDNAの5’末端側に付加(またはネイティブなシグナルコドンと置換)してもよい。例えば、インスリンシグナル配列、α-インターフェロンシグナル配列、抗体分子シグナル配列などがそれぞれ用いられる。
【0033】
上記のプラスミドを細胞に導入し、培養することによって、本発明の変異型インフルエンザウイルスを製造することができる。細胞としては、動物細胞が用いられる。
【0034】
動物細胞としては、例えば、ヒト由来細胞(例:HEK293、Per.C6)、イヌ由来細胞(例:MDCK)、サル由来細胞(例:Vero)、アヒル由来細胞(例:EB66)などが用いられる。
【0035】
遺伝子導入は、公知の方法に従って実施することができ、例えば、細胞工学別冊8 新細胞工学実験プロトコール、263-267 (1995)(秀潤社発行)、Virology、52巻、456 (1973)に記載の方法に従って遺伝子導入することができる。
【0036】
細胞の培養は、公知の方法に従って実施することができ、培地としては、例えば、約5~約20%の胎児ウシ血清を含む最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM),RPMI 1640培地、199培地などが用いられる。培地のpHは、好ましくは約6~約8である。培養は、通常約30~約40℃、好ましくはで34℃、約72時間行なわれる。必要に応じて通気や撹拌を行ってもよい。
以上のようにして、細胞内で本発明の変異型インフルエンザウイルスを製造せしめることができる。
【0037】
細胞外に出芽した本発明の変異型インフルエンザウイルスは自体公知の方法に従って分離精製することができる。
例えば、インフルエンザウイルスは硫酸化セルロースに吸着することが知られており、硫酸化セルロースビーズを1mlのカラムに詰め、培養上清から本発明の変異型インフルエンザウイルスをビーズに吸着させ、洗浄バッファで洗浄し、溶出バッファで本発明の変異型インフルエンザウイルスを溶出させ、回収することができる。ビーズ表面の硫酸エステル含有量や、溶出バッファの塩濃度は当業者が適宜決定することができる。あるいは、ショ糖濃度勾配遠心分離法によっても、培養上清中の本発明の変異型インフルエンザウイルスを分離、濃縮することができる。これらの方法は、適宜組み合わせることもできる。
【0038】
本発明はさらに、以下の(1)および/または(2)のRNAをさらに含むゲノムRNAを含む、本発明の変異型インフルエンザウイルス(以下、本発明の流行株由来変異型インフルエンザウイルスと記載する場合もある)を提供する。
(1)流行株由来のヘマグルチニン(HA)をコードする塩基配列に相補的な塩基配列を含むRNA。
(2)流行株由来のノイラミニダーゼ(NA)をコードする塩基配列に相補的な塩基配列を含むRNA。
流行株としては、公知の流行株であれば特に制限されないが、例えば、A/New York/4747/2009(H1N1)、A/Texas/50/2012(H3N2)などが挙げられる。A/New York/4747/2009(H1N1)株由来のHAおよびNAとしては、それぞれ配列番号:7で表されるアミノ酸配列および配列番号:8で表されるアミノ酸配列が挙げられる。また、A/Texas/50/2012(H3N2)株由来のHAおよびNAとしては、それぞれ配列番号:9で表されるアミノ酸配列および配列番号:10で表されるアミノ酸配列が挙げられる。
【0039】
本発明の流行株由来変異型インフルエンザウイルスは、本発明の変異型インフルエンザウイルスと同様の手段で作製することができる。8本に分節化されたインフルエンザウイルスゲノムRNAにおいては、HAをコードする塩基配列に相補的な塩基配列を含むRNAは第4分節、NAをコードする塩基配列に相補的な塩基配列を含むRNAは第6分節にそれぞれ存在する。従って、前記in vitro vRNP再構成法において、本発明の変異型PB1をコードする塩基配列に相補的な塩基配列を含むRNAによる置換に加えて、インフルエンザウイルスゲノムRNAの第4分節を流行株由来のHAをコードする塩基配列に相補的な塩基配列を含むRNAに置換し、インフルエンザウイルスゲノムRNAの第6分節を流行株由来のNAをコードする塩基配列に相補的な塩基配列を含むRNAに置換することによって、本発明の流行株由来変異型インフルエンザウイルスを取得することができる。あるいは、前記プラスミドトランスフェクション法において、細胞に導入される8種類のインフルエンザウイルスゲノムRNA合成用プラスミドのうち、本発明の変異型PB1をコードする塩基配列に相補的な塩基配列を含むDNAを含むプラスミドによる置換に加えて、流行株由来のHAをコードする塩基配列に相補的な塩基配列を含むDNAを含むプラスミド、流行株由来のNAをコードする塩基配列に相補的な塩基配列を含むRNAに相補的なDNAを含むプラスミドで置き換えることによって、本発明の流行株由来変異型インフルエンザウイルスを取得することができる。
【0040】
本発明の流行株由来変異型インフルエンザウイルスは、本発明の変異型インフルエンザウイルスと同様に、野生型PB1に比べて本発明の変異型PB1の機能が低下しているため、増殖したインフルエンザウイルスゲノム全体に流行株よりも高頻度に変異を生じさせる性質を有する。従って、本発明は、本発明の流行株由来変異型インフルエンザウイルスを増殖させることによって得られる、変異型インフルエンザウイルスライブラリー(以下、本発明の変異型インフルエンザウイルスライブラリーと記載する場合もある)を提供する。
【0041】
本発明の変異型インフルエンザウイルスライブラリーは公知の手段で作製することができる。例えば、38度~39度で約11日間孵化した孵化鶏卵の尿膜腔に本発明の流行株由来変異型インフルエンザウイルスを接種する。ウイルス接種後の孵化鶏卵を32度~36度、湿度60~80%の条件下で48~72時間培養し、ウイルスを増殖させる。培養終了後、4度で約12時間冷却してウイルスの増殖を止める。その後、孵化鶏卵の気室部を割卵し、尿膜腔液を採取する。次いで、限外濾過法、化学的方法などで濃縮し、ショ糖密度勾配遠心法で本発明の変異型インフルエンザウイルスライブラリーを精製することができる。例えば、0~60%のショ糖の密度勾配中でウイルスを超遠心(35,000 rpm)し、ショ糖密度が40%前後の画分を採取することによって本発明の変異型インフルエンザウイルスライブラリーを取得することができる。
【0042】
インフルエンザウイルスゲノムには、毎年多くの変異がHAおよび/またはNAに導入されてantigenic drift(抗原性の変化)が生じ、それがエピデミックな流行の原因となっていると考えられている。従って、流行するインフルエンザのHAやNAと一致しないHAやNAを有するワクチンを接種すると、その予防効果が期待できない。従来から、インフルエンザウイルスに対するantigenic driftの予測が試みられてきたが、感染性を維持したインフルエンザウイルスを網羅的に予測することは技術的な問題点が多かった。しかし、本発明の変異型インフルエンザウイルスライブラリーは、流行株を増殖させることによって得られるインフルエンザウイルスライブラリーよりも、HAやNAを含む全ウイルスタンパク質の全アミノ酸配列に高頻度に変異が生じているインフルエンザウイルスの集団であるため、将来的な流行株を網羅的にカバーすることができる。従って、本発明の変異型インフルエンザウイルスライブラリーを用いることによって、将来的に流行する可能性がある新たな変異インフルエンザウイルスをスクリーニングすることができる。このため、本発明はまた、流行株に対する中和抗体と本発明の変異型インフルエンザウイルスライブラリーを接触させ、感染性が中和されない変異型インフルエンザウイルスを選択することを含む、将来的に流行する可能性がある変異型インフルエンザウイルスのスクリーニング方法(以下、本発明のスクリーニング方法と記載する場合もある)を提供する。
【0043】
本発明のスクリーニング方法は、流行株に対する中和抗体と本発明の変異型インフルエンザウイルスライブラリーを接触させる工程を含む。
流行株に対する中和抗体は抗血清、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体の何れであってもよい。これらの抗体は、自体公知の抗血清または抗体の製造法に従って製造することができる。
【0044】
(1)抗原の調製
流行株に対する中和抗体を調製するために使用される抗原としては、上記した流行株自体、または該流行株由来のHA、NAまたはその部分ペプチドなど、何れのものも使用することができる。そのうち最も好ましい抗原は、流行株自体である。
【0045】
流行株は、インフルエンザウイルスの公知の保存機関から取得することが可能である。該流行株由来のHA、NAまたはその部分ペプチドは、例えば、ペプチドシンセサイザー等を使用する公知のペプチド合成方法で化学的に合成、該流行株由来のHA、NAまたはその部分ペプチドをコードするDNAを含有する形質転換体を培養、あるいは該流行株由来のHA、NAまたはその部分ペプチドをコードする核酸を鋳型として無細胞転写/翻訳系を用いて生化学的に合成することによって製造される。
【0046】
部分アミノ酸配列としては、例えば3個以上の連続するアミノ酸残基からなるもの、好ましくは4個以上、より好ましくは5個以上、いっそう好ましくは6個以上の連続するアミノ酸残基からなるものが挙げられる。あるいは、該アミノ酸配列としては、例えば20個以下の連続するアミノ酸残基からなるもの、好ましくは18個以下、より好ましくは15個以下、いっそう好ましくは12個以下の連続するアミノ酸残基からなるものが挙げられる。これらのアミノ酸残基の一部(例:1ないし数個)は置換可能な基(例:Cys、水酸基等)によって置換されていてもよい。抗原として用いられるペプチドは、このような部分アミノ酸配列を1ないし数個含むアミノ酸配列を有する。
【0047】
(2)抗血清、ポリクローナル抗体の作製
抗血清、ポリクローナル抗体は、それ自体公知あるいはそれに準じる方法に従って製造することができる。抗原は、温血動物に対して、例えば腹腔内注入、静脈注入、皮下注射、皮内注射などの投与方法によって、抗体産生が可能な部位にそれ自体単独で、あるいは担体、希釈剤とともに投与される。投与に際して抗体産生能を高めるため、完全フロイントアジュバントや不完全フロイントアジュバントを投与してもよい。投与は通常1~6週毎に1回ずつ、計2~10回程度行われる。用いられる温血動物としては、例えば、サル、ウサギ、イヌ、モルモット、マウス、ラット、ハムスター、ヒツジ、ヤギ、ロバ、ニワトリが挙げられる。投与された該温血動物から流行株に対する抗体含有物を採取して、そのまま抗血清として使用することができる。血清中の抗体価の測定は、例えば標識化抗原と抗血清とを反応させた後、抗体に結合した標識剤の活性を測定することにより行うことができる。
【0048】
ポリクローナル抗体は、上記の方法で免疫された温血動物の血液、腹水など、好ましくは血液から採取することができる。抗血清中のポリクローナル抗体価の測定は、上記の抗血清中の抗体価の測定と同様にして測定できる。ポリクローナル抗体の分離精製は、自体公知の方法、例えば、免疫グロブリンの分離精製法[例:塩析法、アルコール沈殿法、等電点沈殿法、電気泳動法、イオン交換体(例:DEAE、QEAE)による吸脱着法、超遠心法、ゲルろ過法、抗原結合固相あるいはプロテインAあるいはプロテインGなどの活性吸着剤により抗体のみを採取し、結合を解離させて抗体を得る特異的精製法など]に従って行うことができる。
【0049】
(3)モノクローナル抗体の作製
(a)モノクローナル抗体産生細胞の作製
抗原自体、あるいはそれとキャリアータンパク質との複合体をつくり、上記の抗血清またはポリクローナル抗体の製造法と同様に温血動物に免疫を行うことによって、抗体産生細胞を得ることができる。モノクローナル抗体作製には一般にマウスおよびラットが好ましく用いられる。あるいは体外免疫法とウイルスによる細胞不死化、ヒト-ヒト(もしくはマウス)ハイブリドーマ作製技術等とを組み合わせることによっても、抗体産生細胞を得ることができる。体外免疫法に用いられる動物細胞としては、ヒトおよび上記した温血動物(好ましくはマウス、ラット)の末梢血、脾臓、リンパ節などから単離されるリンパ球、好ましくはBリンパ球等が挙げられる。
【0050】
モノクローナル抗体の作製に際しては、抗原を免疫された温血動物(例:マウス、ラット)もしくは動物細胞(例:ヒト、マウス、ラット)から抗体価の上昇が認められた個体もしくは細胞集団を選択し、最終免疫の2~5日後に脾臓またはリンパ節を採取もしくは体外免疫後4~10日間培養した後に細胞を回収して抗体産生細胞を単離し、これと骨髄腫細胞とを融合させることにより抗体産生ハイブリドーマを調製することができる。血清中の抗体価の測定は、上記と同様の方法で測定することにより行うことができる。
【0051】
融合操作は既知の方法、例えばケーラーとミルスタインの方法[ネイチャー(Nature)、256巻、495頁(1975年)]に従って実施することができる。融合促進剤としては、ポリエチレングリコール(PEG)やセンダイウイルスなどが挙げられるが、好ましくはPEGなどが用いられる。
【0052】
抗体産生細胞株はまた、リンパ球をトランスフォームし得るウイルスに抗体産生細胞を感染させて該細胞を不死化することによっても得ることができる。そのようなウイルスとしては、例えばエプスタイン-バー(EB)ウイルス等が挙げられる。
【0053】
トランスフォーメーションによって無限増殖能を獲得した抗体産生細胞は、抗体産生能を安定に持続させるためにマウスもしくはヒトの骨髄腫細胞と戻し融合させることができる。骨髄腫細胞としては上記と同様のものが用いられ得る。
【0054】
ハイブリドーマのスクリーニング、育種は通常HAT(ヒポキサンチン、アミノプテリン、チミジン)を添加して、5~20% FCSを含む動物細胞用培地(例:RPMI1640)もしくは細胞増殖因子を添加した無血清培地で行われる。ヒポキサンチン、アミノプテリンおよびチミジンの濃度としては、例えばそれぞれ約0.1 mM、約0.4 μMおよび約0.016 mM等が挙げられる。ヒト-マウスハイブリドーマの選択にはウワバイン耐性を用いることができる。ヒト細胞株はマウス細胞株に比べてウワバインに対する感受性が高いので、10-7~10-3 M程度で培地に添加することにより未融合のヒト細胞を排除することができる。
【0055】
(b)モノクローナル抗体の精製
モノクローナル抗体の分離精製は、上記のポリクローナル抗体の分離精製と同様の免疫グロブリンの分離精製法に従って行うことができる。
【0056】
上記の通りに得られた流行株に対する中和抗体は、流行株の感染性を中和するものでなければならない。得られた中和抗体の中和活性は、例えば、該中和抗体の存在下および非存在下における流行株のプラークアッセイ等により測定することができる。
【0057】
本発明のスクリーニング方法において、流行株に対する中和抗体と本発明の変異型インフルエンザウイルスライブラリーの接触は、生体外または生体内のいずれでも行うことができる。生体外で上記の接触を行う場合、例えば、試験管内の緩衝液中において、流行株に対する中和抗体と本発明の変異型インフルエンザウイルスライブラリーを接触させることができる。緩衝液としては、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)、トリス緩衝液等の各種緩衝液が挙げられる。また、生体内で上記の接触を行う場合、例えば、以下の通りに接触させることができる。まず、上記の流行株に対する中和抗体を作製する方法と同様に、流行株を温血動物の腹腔内、静脈、皮下または皮内などに投与し、流行株に対する中和抗体を誘導する。その後、本発明の変異型インフルエンザウイルスライブラリーを該温血動物に投与し、生体内で流行株に対する中和抗体と本発明の変異型インフルエンザウイルスライブラリーを接触させることができる。
【0058】
本発明のスクリーニング方法は、感染性が中和されない変異型インフルエンザウイルスを選択する工程を含む。
感染性が中和されない変異型インフルエンザウイルスは、流行株に対する中和抗体に接触し、抗原抗体反応を示さなかった変異型インフルエンザウイルスを選抜することによって取得することができる。流行株に対する中和抗体に対して抗原抗体反応を示さなかった変異型インフルエンザウイルスは、公知の手段で選抜することができ、例えば、プラークアッセイによって選抜することができる。プラークアッセイは具体的には、流行株に対する中和抗体に接触させた本発明の変異型インフルエンザウイルスライブラリーを単層培養細胞(一般的にMDCK細胞を用いる)に感染させたのち、寒天を加えた培地を重層させることにより、最初の感染細胞から出芽した子孫ウイルス粒子が隣接する細胞のみに感染する状態をつくる。その結果、初めに感染した細胞の周辺のみが細胞変性効果を起こし、死滅した細胞が集中してスポット状になる。そのスポット(プラークとも呼ばれる)には、死滅した細胞と共に感染性粒子も含まれているので、滅菌したチップ等を用いて各プラークから感染性が中和されない変異型インフルエンザウイルスを単離、回収することができる。本発明のスクリーニング方法によって選抜された感染性が中和されない変異型インフルエンザウイルスは、流行株に対する中和抗体によって中和されないため、将来的に流行する可能性がある変異型インフルエンザウイルスとなりうる。
【実施例
【0059】
以下において、実施例により本発明をより具体的に説明するが、この発明はこれらに限定されるものではない。
【0060】
材料および方法
以下において、本実施例で用いた材料および方法について記載する。
【0061】
ミニレプリコン系によるウイルスポリメラーゼ活性の測定
12-well plateに293T細胞を継代後、細胞密度が約50%になるまで培養した。ウイルスタンパク質発現プラスミド(pCAGGS-PB1、pCAGGS-PB2、pCAGGS-PAおよびpCAGGS-NP)およびモデルウイルスゲノム発現プラスミド(pHH-vNS-Luc)をDNAトランスフェクション試薬TransIT-LT1(Mirus)を用いて細胞に導入した。同時にpRL-SV40プラスミドもコトランスフェクションし、pRL-SV40(Promega)から発現するRenilla Luciferaseタンパク質によるルシフェラーゼ活性を測定することでサンプル間のプラスミド導入効率の標準化を行った。pCAGGS-PB1、pCAGGS-PB2、pCAGGS-PAおよびpCAGGS-NPからそれぞれ発現するPB1、PB2、PAおよびNPタンパク質が、pHH-vNS-Lucから発現するFirefly Luciferase遺伝子をコードするモデルウイルスゲノムに結合することで、細胞内でゲノムの転写/複製反応を誘導した。増幅されたモデルウイルスゲノムからの転写産物であるFirefly Luciferase mRNAからFirefly Luciferaseタンパク質が発現し、そのルシフェラーゼ活性を測定することでウイルスポリメラーゼ活性を定量した(参考文献:Nuclear MxA proteins form a complex with influenza virus NP and inhibit the transcription of the engineered influenza virus genome. Nucleic Acids Res. 2004, vol 32, p643-652)。なお、実施例1では、A/Puerto Rico/8/1934(H1N1)株(PR8株)の野生型PB1(PB1wt)または各変異型PB1(K471R, K471H, K479R, K479H, K480R, K480H, K481RまたはK481H)を発現するpCAGGS-PB1を用いた。
【0062】
ウイルスポリメラーゼの分子モデリング解析
計算化学ソフトMF myPresto, version 3.2.0.33を使用した。ウイルスポリメラーゼの分子シミュレーションは、bat influenza virus polymerase(Protein Data Bank accession number: 4WSB)の構造情報を用いた(参考文献:Structure of influenza A polymerase bound to the viral RNA promoter. Nature. 2014, vol 516, p355-360)。
【0063】
組換えPR8-PB1-K471Hウイルスの作製
逆遺伝学的手法による組換えインフルエンザウイルスの作製方法は確立されており、定法に従ってPR8-PB1-K471Hウイルスを作出した(参考文献:Generation of influenza A viruses entirely from cloned cDNAs. Proc Natl Acad Sci U S A. 1999, vol 96, p9345-9350)。組換えウイルスの作出に必要となるウイルスゲノム発現プラスミドpPol-1R-PB1-K471Hは、pPol-1R-PB1-wild typeを基盤として、PR8株の野生型PB1(配列番号:3)の471番目のLys残基に対応するコドン配列AAGを、His残基に対応するコドン配列CACに置換することで作製した。AAGからCACへの変異の導入は、overlapping PCRにより行った。pPol-1R-PB1-wild typeプラスミドを鋳型として、2組のプライマーセット
(Set1:5’- GTGTGTCCTGGGGTTGACCAGA-3’ (配列番号:11)(pPol-For) および
5’- TTATCGAACCTGTCACCTACTTGGAATCAA-3’ (配列番号:12);
Set2: 5’- CATCGGTGATGTCGGCGATATAG-3’ (配列番号:13)(pPol-Rev) および
5’- TTGATTCCAAGTAGGTGACAGGTTCGATAA-3’ (配列番号:14))を用いて2つのDNA断片を合成後、それらDNA断片を混合し、さらにpPol-ForおよびpPol-Revプライマーを加えて再度PCRを行うことでPR8-PB1-K471H遺伝子の全長配列を増幅させた。PR8-PB1-K471H全長DNA断片(インサート)およびpPol-1R-empty(ベクター)を、制限酵素ApaIおよびXhoIで切断し、その後、ライゲーション反応によりインサートとベクターを結合させた。
組換えインフルエンザウイルス作出用のプラスミドセットにおいて、PB1ゲノム発現プラスミド(pPol-1R-PB1-wild type:別名pPol-1R-Seg2)をpPol-1R-PB1-K471Hに置き換えることでPR8-PB1-K471Hウイルスを作製した。6-well plateに293T細胞を継代後、細胞密度が約50%になるまで培養した。ウイルスタンパク質発現プラスミド(pCAGGS-PB1、pCAGGS-PB2、pCAGGS-PAおよびpCAGGS-NP)およびウイルスゲノム発現プラスミド(pPol-1R-Seg1、pPol-1R-PB1-K471H、pPol-1R-Seg3、pPol-1R-Seg4、pPol-1R-Seg5、pPol-1R-Seg6、pPol-1R-Seg7およびpPol-1R-Seg8)をDNAトランスフェクション試薬TransIT-LT1(Mirus)を用いて細胞に導入した。プラスミド導入24時間後にOpti-MEM(Thermo Fisher Scientific)へ培地を交換し、TPCK-treated trypsin(Sigma)を終濃度3.5 μg/mlになるように加えた。さらに48時間培養後、293T細胞から出芽した種ウイルスを増幅させるため、培養上清200 ulを発育鶏卵(11日卵)のしょう尿液中に接種し、34度で3日間培養した。培養後、発育鶏卵の殻を破り、シリンジを用いてしょう尿液を回収した。しょう尿液中に含まれるウイルス量は、0.5%ニワトリ赤血球を用いた赤血球凝集反応試験より定量した(参考文献:WHO Global Influenza Surveillance Network. 2011. Manual for the laboratory diagnosis and virological surveillance of influenza. World Health Organization, Geneva)。
【0064】
プラークアッセイによる感染性ウイルス粒子数の測定
6-well plateにMDCK細胞を継代後、細胞密度が100%になるまで培養した。PBS緩衝液を用いてウイルスが含まれるしょう尿液の10倍段階希釈系列(10-7希釈まで)を作製し、それぞれの希釈液から200 μlを取りMDCK細胞に感染させた。感染操作から1時間後に培地を取り除き、終濃度2.5 μg/ml TPCK-treated trypsin(Sigma)を含む0.8%アガロース溶液3 ml容量を重層した。34度で3日間培養後、アミドブラック10B溶液を用いて細胞染色を行うことで、ウイルス感染プラークを検出し、その数を測定することで感染性粒子数の定量を行った(参考文献:Plaque assay and primary isolation of influenza A viruses in an established line of canine kidney cells (MDCK) in the presence of trypsin. Med Microbiol Immunol. 1975, vol 162, p9-14; Replication and plaque assay of influenza virus in an established line of canine kidney cells. Appl Microbiol. 1968, vol 16, p588-594)。
【0065】
次世代シーケンサーを用いた変異導入効率の算出
発育鶏卵内で増幅させた野生型PR8ウイルスおよびPR8-PB1-K471HウイルスからRNAゲノムを抽出し、第8分節ゲノム(Seg8)を特異的に認識するプライマー(5’-AGCAAAAGCAGGGTGACAAAGACATA-3’:配列番号:15)を用いた逆転写反応によりSeg8 cDNAを合成した。Seg8 cDNAの5’-側から41-60番目の配列(5’-TGTGTCAAGCTTTCAGGTAG-3’:配列番号:16)および366-386番目の配列(5’-CCTCTTTGTATCAGAATGGAC-3’:配列番号:17)に対応するオリゴヌクレオチドに、次世代シーケンサー解析におけるサンプル識別用のタグ配列(下線配列)を融合させプライマーセットを設計した(Seg8 for, 5’-CGTATCGCCTCCCTCGCGCCATCAGAGCACTGTAGTGTGTCAAGCTTTCAGGTAG-3’(配列番号:18);Seg8 rev, 5’-CTATGCGCCTTGCCAGCCCGCTCAGAGCACTGTAGGTCCATTCTGATACAAAGAGG-3’ (配列番号:19))。Seg8 cDNAを鋳型とし、Seg8 forおよびSeg8 revプライマーを用いたPCRを行うことでアンプリコンDNAを作製した。次世代シーケンサーGSJunior(454 Life Sciences, Roche)を用いてアンプリコンDNAのシーケンス解析を行い、得られた配列情報から変異導入効率の算出を行った(参考文献:Oseltamivir expands quasispecies of influenza virus through cell-to-cell transmission. Sci Rep. 2015, vol 5: 9163)。
【0066】
実施例1 PB1のポリメラーゼモチーフD内のLys残基に注目した変異型PB1の解析
インフルエンザウイルスと同様にウイルスRNA依存性RNAポリメラーゼによってゲノム複製を行うポリオウイルスを用いた過去の研究報告から、RNAポリメラーゼに存在するポリメラーゼモチーフD内のLys残基が、RNA合成反応時における忠実性制御(エラー導入頻度の制御)に関わることが明らかとなっている。インフルエンザウイルスのRNAポリメラーゼを構成するPB1に存在する同様のモチーフには、4つのLys残基が含まれており(図1、配列番号:3のアミノ酸番号:471、479、480および481)、PR8株のPB1の変異体解析によってこれらLys残基の機能意義の検討を行った。
インフルエンザウイルスのポリメラーゼ活性の測定は、培養細胞にレポーターウイルスゲノム発現プラスミドと一緒にPB1発現プラスミドをトランスフェクションするミニレプリコン系によって行った。471番目のLys残基をHis残基に置換した変異型PB1は、37度の培養温度条件ではポリメラーゼ活性が著しく低下していたが、34度の培養温度条件では野生型PB1と同程度の活性を保持していた(図2)。この結果から、PB1-K471H変異体をコードするウイルスは温度感受性株として増殖すると考えられ、ポリメラーゼ機能において何らかの改変が起きたことが考えられた。
これまでにPB1の三次元構造は報告されていることから、モデリングソフトを用いてLys471残基の位置を確認した結果、Lys471残基はRNA合成反応に必要となるヌクレオチドの取り込み口の近傍に配置していた(図3)。以上の結果から、Lys残基からHis残基への置換によるPB1の構造変化は、ポリメラーゼの忠実性制御に関わる機能変換の誘導に関与した可能性が示唆された。
【0067】
実施例2 組換えPR8-PB1-K471Hウイルスの作製
逆遺伝学的手法を用いてPR8株のPB1の471番目のLys残基をHis残基に置換した組換えウイルスを作製して性状解析を行った。培養細胞にウイルスゲノム発現プラスミドをトランスフェクションすることにより、PB1野生株およびPB1-K471H株の種ウイルスを作製後、発育鶏卵を用いてウイルスの増幅を行った。それらウイルスについて、プラーク形成活性、ウイルス力価、増殖能力および赤血球凝集活性の測定を行った(図4図5図6および図7)。PB1-K471H株は、PB1野生株と比較してプラーク形成活性が低く、感染性粒子の産生能力も50~100倍低下していた。一方で赤血球凝集活性を示すHA価については、PB1野生株とPB1-K471H株はほぼ同じ値であった。赤血球凝集反応試験は、インフルエンザウイルスの粒子表面に存在するHAタンパク質がもつシアル酸結合活性を目視で評価でき、感染性および非感染性の有無を問わず単純にウイルス量を測定する実験系である。
以上の結果からPB1-K471Hウイルスは、PB1野生株と同程度の粒子濃度中において、感染性粒子の数が50~100倍少ないと考えられた。すなわち、PB1-K471H置換によってウイルスゲノムに高頻度にランダム変異が導入された可能性があり、その結果としてPB1野生株よりも低増殖性粒子または非感染性粒子の割合が向上したと考えられた。
【0068】
実施例3 PR8-PB1-K471Hウイルスの変異導入効率の検討
次世代シーケンサーを用いて、PR8-PB1-K471Hウイルスの変異導入効率の検討を行った(図8)。インフルエンザウイルスゲノムの第8分節であるNS遺伝子を標的として、増幅過程においてウイルスゲノムに導入された「塩基挿入/欠損頻度」および「塩基置換頻度」を算出した。その結果、PB1-K471Hウイルスは、PB1野生株と比較して塩基挿入/欠損頻度が約8倍向上し、塩基置換頻度が約3.6倍向上していた。また、導入された変異部位における変換塩基の種類と割合を調べた結果、PB1-K471Hウイルスは塩基置換によってアミノ酸変異が生じやすいTransversion変異(特にpurine to pyrimidineの塩基置換)の割合が増加していることが明らかとなった(図9)。
以上の結果から、インフルエンザウイルスのRNAポリメラーゼサブユニットの1つであるPB1の471番目のLys残基をHis残基に置換したウイルスは、ゲノム複製時において変異が導入されやすく、ウイルス集団としてゲノム内に多様な変異をもつ「変異型インフルエンザウイルスライブラリー」を形成していると考えられた。
【0069】
実施例4 未来流行株になりうるか否かの検証
変異型インフルエンザウイルスライブラリーの元株となる流行株をマウスに免疫して抗血清(中和抗体)を作製後、以下の実験を行うことで将来的に流行するウイルスを単離する。
(I) in vitro 実験:試験管内において、抗血清と「変異型インフルエンザウイルスライブラリー」を反応させた後、中和されなかった「液性免疫からの逃避変異株」をプラークアッセイにより単離する。
(II) in vivo実験:マウスに現行の流行株を感染させることで発症、回復させた後、「変異型インフルエンザウイルスライブラリー」をチャレンジ感染させる。そして、マウス体内において中和されなかった「液性免疫および細胞性免疫からの逃避変異株」について、肺組織の抽出液からプラークアッセイにより単離する。
(III) 次世代シーケンサー解析:液性免疫(in vitro実験)および液性免疫+細胞性免疫(in vivo実験)により得られた各「“免疫逃避”変異型インフルエンザウイルスライブラリー」と、もとの「変異型インフルエンザウイルスライブラリー」から全ゲノムを抽出し、次世代シーケンサーを用いて網羅的にウイルス遺伝子の比較解析を行う。これまでに、ウイルス集団内において、ある変異株がコードする単一の塩基置換を検出する実験手法は確立されている(Visher et al. PLOS Pathogens, 2016)。そこで、プラークアッセイにおいてプラーク形成活性が低いため単離が難しかった免疫逃避変異株については、ゲノム配列情報から組換えウイルスを作製し、免疫逃避変異に関与するウイルス蛋白質とアミノ酸変異の同定を試みる。
単離した免疫逃避変異株の性状解析を行う。流行元株に対する中和抗体を用いた赤血球凝集抑制試験により抗原変異レベルを定量し、ゲノムシーケンス解析の結果と併せて抗原変異に関与したウイルスタンパク質およびアミノ酸部位を同定する。また、ゲノムシーケンス解析の結果をもとに標的抗原を作製してELISPOT法を行い、免疫逃避に関与するCTLエピトープ(CTL:Cytotoxic T Lymphocyte、細胞傷害性T細胞)を同定する。続いて、分離された免疫逃避変異株の増殖性を流行株と比較し、未来流行株になりうるか否かを検証する。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明の変異型PB1をコードする塩基配列に相補的な塩基配列を含むRNA、流行株由来のHAをコードする塩基配列に相補的な塩基配列を含むRNA、および流行株由来のNAをコードする塩基配列に相補的な塩基配列を含むRNAを含むゲノムRNAを含む、インフルエンザウイルスを増殖することによって得られる、変異型インフルエンザウイルスライブラリーを用いることによって、将来的に流行する可能性がある変異型インフルエンザウイルスのスクリーニングすることができる。
本出願は、日本で出願された特願2017-214983(出願日:平成29年11月7日)を基礎としており、その内容はすべて本明細書に包含されるものとする。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【配列表】
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