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特許7228198薬剤用スペースを有する歯科用マウスピースの提供方法及び使用方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-15
(45)【発行日】2023-02-24
(54)【発明の名称】薬剤用スペースを有する歯科用マウスピースの提供方法及び使用方法
(51)【国際特許分類】
   A61C 17/00 20060101AFI20230216BHJP
   A61C 19/06 20060101ALN20230216BHJP
【FI】
A61C17/00 Z
A61C19/06 Z
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2020089894
(22)【出願日】2020-05-22
(65)【公開番号】P2021183077
(43)【公開日】2021-12-02
【審査請求日】2021-01-26
(73)【特許権者】
【識別番号】514306629
【氏名又は名称】株式会社DSi
(74)【代理人】
【識別番号】110001151
【氏名又は名称】あいわ弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 浩志
【審査官】細川 翔多
(56)【参考文献】
【文献】特表2020-503919(JP,A)
【文献】特開2016-214817(JP,A)
【文献】特開2013-063243(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0168788(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61C 17/00
A61C 19/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
口腔内形状を取得する口腔内形状取得ステップと、
薬剤の塗布範囲及び量の指定を設計要件として受け付ける設計要件指定ステップと、
前記口腔内形状に基づいて、前記塗布範囲における歯間の空隙の容積を計算し、
前記空隙の容積前記塗布範囲前記量に基づいて、前記塗布範囲内に前記量の前記薬剤を滞留させることが可能な容積を有する薬剤用スペースを備えた歯科用マウスピースの設計データを出力する設計ステップと、を有する
歯科用マウスピースの提供方法。
【請求項2】
口腔内形状を取得する口腔内形状取得ステップと、
薬剤の塗布範囲及び量を設計要件として指定する設計要件指定ステップと、
コンピュータを使用して、
前記口腔内形状基づいて、前記塗布範囲における歯間の空隙の容積を計算し、
前記空隙の容積前記塗布範囲前記量に基づいて、前記塗布範囲内に前記量の前記薬剤を滞留させることが可能な容積を有する薬剤用スペースを備えた歯科用マウスピースの設計データを出力する設計ステップと、を有する
歯科用マウスピースの提供方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載の方法により出力された前記設計データに基づいて、前記歯科用マウスピースを製造する製造ステップを有する
歯科用マウスピースの提供方法。
【請求項4】
前記塗布範囲の指定は、前記口腔内形状を示すCADデータ又はモデルに対し範囲指定操作を行うことにより実施される
請求項1乃至3いずれか1項記載の歯科用マウスピースの提供方法。
【請求項5】
前記塗布範囲の指定は、予め定められた薬剤用スペース形成領域から一の選択肢を決定することにより実施される
請求項1乃至3いずれか1項記載の歯科用マウスピースの提供方法。
【請求項6】
前記量の指定は、前記薬剤の投与量を数値入力することにより実施される
請求項1乃至3いずれか1項記載の歯科用マウスピースの提供方法。
【請求項7】
前記量の指定は、予め定められた症例から一の選択肢を決定することにより実施される
請求項1乃至3いずれか1項記載の歯科用マウスピースの提供方法。
【請求項8】
前記空隙の容積に対し前記量が少ない場合に警告を発する警告ステップをさらに有する
請求項1乃至3いずれか1項記載の歯科用マウスピースの提供方法。
【請求項9】
前記薬剤用スペースの形成は、前記薬剤用スペースがまだ形成されていない歯科用マウスピースの設計データにおいて、前記塗布範囲の形状を唇側、頬側又は舌側に膨張させることによって実施される
請求項1乃至3いずれか1項記載の歯科用マウスピースの提供方法。
【請求項10】
口腔内形状のモデルを取得するモデル取得部と、
薬剤の塗布範囲及び量の指定を設計要件として受け付ける設計条件指定部と、
前記口腔内形状に基づいて、前記塗布範囲における歯間の空隙の容積を計算し、
前記空隙の容積と前記塗布範囲と前記量とに基づいて、前記塗布範囲内に前記量の前記薬剤を滞留させることが可能な容積を有する薬剤用スペースを設計する薬剤用スペース設計部と、
前記薬剤用スペースを備えた歯科用マウスピースの設計データを出力する設計データ出力部と、を有する
システム。
【請求項11】
コンピュータに、
口腔内形状を取得する口腔内形状取得ステップと、
薬剤の塗布範囲及び量の指定を設計要件として受け付ける設計要件指定ステップと、
前記口腔内形状に基づいて、前記塗布範囲における歯間の空隙の容積を計算し、
前記空隙の容積と前記塗布範囲と前記量とに基づいて、前記塗布範囲内に前記量の前記薬剤を滞留させることが可能な容積を有する薬剤用スペースを備えた歯科用マウスピースの設計データを出力する設計ステップと、を実行させる
プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は薬剤用スペースを有する歯科用マウスピースの提供方法及び使用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、歯周病をはじめとする口腔感染症の予防及び治療、虫歯の予防及びホワイトニング等の用途で歯科用マウスピースが用いられている。患者の歯列に合わせて作成された歯科用マウスピースの内側に薬剤を塗布し、これを口腔内に装着することにより、薬剤を長時間にわたって歯列や歯肉に密着させておくことができる。
【0003】
歯科用マウスピースのなかには、内側に薬剤をとどめておくための特別なスペースを備えたものもある。例えば特許文献1には、歯頸部歯肉ライン(歯列と歯肉の境目付近)に沿って設けられた溝状の薬剤用スペースを有する歯科用マウスピースが開示されている。
【0004】
特許文献1によると、歯科用マウスピースの製造方法は例えば次の通りである。まず、口腔内印象により歯形の石膏模型を作成する。次に、石膏模型の歯頸部歯肉ラインに沿ってたこ糸等の部材を接着してから、加熱したポリエチレンシートを石膏模型に被せて加圧、冷却する。その後、ポリエチレンシートを石膏模型から取り外し、不要部分をトリミングすると歯科用マウスピースが完成する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2016-214817号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1記載の方法では、石膏模型にたこ糸等の部材を巻きつけることにより薬剤用スペースを形成するため、薬剤用スペースのサイズを精密に設計することができない。歯科医師は、患部の状態等を観察して治療方針を策定し、ある時点で患者が使用すべき薬剤の種類や量を慎重に決定するが、従来の歯科用マウスピースでは適切な量の薬剤を適切な部位にとどまらせることができない。
【0007】
また、患者の口腔内形状、例えば歯間の空隙のサイズは多様である。これを考慮に入れず、従来のように一様な薬剤用スペースを形成すると、患者にとっては薬剤の量に過不足が生じるおそれがある。
【0008】
そこで、適切なサイズの薬剤用スペースを有する歯科用マウスピースの提供方法及び使用方法を開発することが求められている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
一実施の形態では、歯科用マウスピースの提供方法は、口腔内形状を取得する口腔内形状取得ステップと、薬剤の塗布範囲及び量の指定を設計要件として受け付ける設計要件指定ステップと、前記口腔内形状、前記塗布範囲及び前記量に基づいて、前記塗布範囲内に前記量の前記薬剤を滞留させることが可能な薬剤用スペースを備えた歯科用マウスピースの設計データを出力する設計ステップと、を有する。
一実施の形態では、歯科用マウスピースの提供方法は、口腔内形状を取得する口腔内形状取得ステップと、薬剤の塗布範囲及び量を設計要件として指定する設計要件指定ステップと、コンピュータを使用して、前記口腔内形状、前記塗布範囲及び前記量に基づいて、前記塗布範囲内に前記量の前記薬剤を滞留させることが可能な薬剤用スペースを備えた歯科用マウスピースの設計データを出力する設計ステップと、を有する。
一実施の形態では、歯科用マウスピースの提供方法は、上記方法により出力された前記設計データに基づいて、前記歯科用マウスピースを製造する製造ステップを有する。
一実施の形態では、歯科用マウスピースの使用方法は、上記方法により製造された前記歯科用マウスピースの前記薬剤用スペースに前記量の前記薬剤を塗布し、所定の期間にわたって口腔内に装着する装着ステップを有する。
一実施の形態では、歯科用マウスピースの使用方法は、第1の設計要件及び第2の前記設計要件に基づいて上記方法によりそれぞれ製造された、第1の歯科用マウスピース及び第2の歯科用マウスピースを使用する方法であって、第1の期間において、前記第1の歯科用マウスピースの前記薬剤用スペースに、前記第1の設計要件にかかる前記量の前記薬剤を塗布し、口腔内に装着する第1の装着ステップと、第2の期間において、前記第2の歯科用マウスピースの前記薬剤用スペースに、前記第2の設計要件にかかる前記量の前記薬剤を塗布し、口腔内に装着する第2の装着ステップと、を有する。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、適切なサイズの薬剤用スペースを有する歯科用マウスピースを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1A】システム1の全体構成を示すブロック図である。
図1B】設計装置20のハードウェア構成を示すブロック図である。
図1C】設計装置20の機能構成を示すブロック図である。
図2】薬剤用スペースを有する歯科用マウスピースの提供方法を示すフローチャートである。
図3A】薬剤用スペースを有する歯科用マウスピースの設計プロセスを示す図である。
図3B】薬剤用スペースを有する歯科用マウスピースの設計プロセスを示す図である。
図3C】薬剤用スペースを有する歯科用マウスピースの設計プロセスを示す図である。
図4A】薬剤用スペースを有する歯科用マウスピースの設計プロセスを示す図である。
図4B】薬剤用スペースを有する歯科用マウスピースの設計プロセスを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を適用した具体的な実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。
【0013】
図1Aは、本発明の実施の形態にかかる歯科用マウスピースの提供方法において用いられるシステム1の構成を示すブロック図である。
【0014】
システム1は、口腔内形状取得装置10、設計装置20、製造装置30を含む。
【0015】
口腔内形状取得装置10は、患者の口腔内形状を計測してその3次元モデルを取得するための装置である。口腔内形状は、例えば口腔内の3次元スキャン、歯科模型の3次元スキャン、あるいは2次元画像からの3次元モデル構築等の手法により取得できる。これらの手法により取得できる口腔内の3次元形状を、本稿では3次元モデル又は単にモデルと称する。モデルは、典型的には3次元の点群データである。あるいは、3次元のポリゴンデータ又はCADデータであっても良い。
【0016】
例えば、IOS(Intra Oral Scanner)と呼ばれる機器は、ワンドと呼ばれる読取器によって患者の口腔内を撮影し、口腔内形状をデジタルデータとして出力することができる。ワンドは口腔内の対象物(歯牙や歯肉等)に対して光を放射し、反射光をセンサで検出することにより、口腔内の3次元形状を示す点群データ(モデル)を取得する。
【0017】
又は、口腔内印象により歯科模型(歯形の模型、典型的には石膏模型等)を作成し、汎用3次元スキャナ等を使用して歯科模型を走査することにより、モデルを取得しても良い。
【0018】
あるいは、光学カメラによって撮影された口腔内又は歯科模型の2次元画像、あるいはCTスキャン又はレントゲン撮影により得られた口腔内の2次元画像に基づき、モデルを構築しても良い。例えば、異なる角度から撮影された複数の2次元画像に基づいて3次元のモデルを構築する公知の手法を採用することができる。
【0019】
このように、口腔内形状取得装置10には、例えばIOS、汎用3次元スキャナ、及びカメラ等の装置が含まれる。あるいは、スキャナやカメラ等を予め備える、又はこれらを後から取り付けたスマートフォンやPC(パーソナルコンピュータ)等の情報処理装置を、口腔内形状取得装置10として採用しても良い。後者のような装置としては、例えばIOSと同様の機能を有するアタッチメントを取り付けたスマートフォン等が考えられる。
【0020】
設計装置20は、歯科用マウスピースを設計するための情報処理装置である。設計装置20は、口腔内形状取得装置10が出力するモデルを入力し、ユーザ(歯科医師)の各種操作を受け付けて、所定の手順により歯科用マウスピースの設計データを出力する処理を行う。設計データとは、歯科用マウスピースの形状を定義したデータであって、典型的には3次元CADデータである。設計データは、後述する製造装置30によって読み込まれ、歯科用マウスピースの製造のために使用される。なお、設計データは3次元CADデータに限定されず、3次元形状を記述可能な任意のフォーマットのデータであって良い。
【0021】
図1Bは、設計装置20の典型的なハードウェア構成を示すブロック図である。設計装置20は、CPU(Central Processing Unit)201、揮発性メモリ203、不揮発性メモリ205、バス207、インタフェース209、入出力装置211を有する情報処理装置である。
【0022】
CPU201は、不揮発性メモリ205に格納されたプログラムをバス207を介して読み出し、プログラムに従った情報処理を実行することにより特有の機能を実現する。本実施の形態では、CPU201は3次元CADアプリケーションを実行する。
【0023】
不揮発性メモリ205は、設計装置20の電源の状態にかかわらず記憶状態が保持される記憶装置であり、例えばハードディスクやSSD等である。一般に、不揮発性メモリ205に記憶されているプログラムやデータは、プログラム実行時に揮発性メモリ203に展開される。
【0024】
揮発性メモリ203には、不揮発性メモリ205から展開されたプログラムやデータをはじめ、一時的な計算データや入出力装置211を介して入力又は出力されるデータ等が格納される記憶装置である。
【0025】
入出力装置70はディスプレイ等のデータ出力装置、キーボードやポインティングデバイス等のデータ入力装置、外部との通信を制御する通信インタフェース等を含む。CPU201から出力された表示データは、インタフェース209を介してディスプレイに表示される。キーボードやポインティングデバイスから入力された指令やデータは、インタフェース209を介してCPU201に渡される。通信インタフェースはCPU201が出力する送信データをインタフェース209より取得し、外部装置に対して出力する。また通信インタフェースは外部装置より受信データを取得し、インタフェース209を介してCPU201に引き渡す。本実施の形態では、CPU201は通信インタフェースを介して口腔内形状取得装置10から患者の口腔内形状のモデルを取得する。そして3次元CADアプリケーションが、データ入力装置が受け付けたユーザの操作に応じてモデルを加工し、歯科用マウスピースの3次元CADデータを生成する。CPU201は通信インタフェースを介して製造装置30に対し3次元CADデータを送信する。
【0026】
設計装置20は、典型的にはPC(Personal Computer)、スマートフォン、タブレット等をはじめとするスタンドアロン型の情報処理装置であるが、本発明はこれに限定されるものでなく、例えば分散処理サーバ、クラウドコンピューティング、エッジコンピューティング、フォグコンピューティング等の任意の情報処理資源により実現されても良い。
【0027】
図1Cは、設計装置20の機能構成を示すブロック図である。設計装置20は、モデル取得部21、歯科用マウスピース設計部22、薬剤用スペース指定部23、設計条件指定部24、薬剤用スペース設計部25、設計データ出力部26を有する。これら各処理部の具体的な動作については後述する。
【0028】
製造装置30は、設計装置20が出力する設計データ(典型的には3次元CADデータ)に基づいて歯科用マウスピースを成形出力する装置である。このような機能を有する機器としては、例えば3次元プリンタ、プレス成形器、射出成形器、削り出し成形器等が公知である。
【0029】
図2は、本発明の実施の形態にかかる歯科用マウスピースの提供方法を示すフローチャートである。
【0030】
ステップ1(S1):口腔内形状の計測
歯科医師が操作する口腔内形状取得装置10が、患者の口腔内形状を計測する。口腔内形状取得装置10は、患者の口腔内形状のモデルを出力する。
【0031】
ステップ2(S2):歯科用マウスピースの設計要件の決定
歯科医師は、患部の状態等を観察し、その所見に基づいて治療方針を策定する。すなわち、患者に投与すべき薬剤の種類、1回の投与量(薬剤の体積)、投与(塗布)すべき部位、及び投与スケジュール等を決定する。
【0032】
歯科医師が策定する治療方針の一例を示す。
・所見:歯周病。出血を伴う炎症あり。
・治療方針:まず、出血部位に抗生剤を塗布する(第1段階)。塗布すべき薬剤Xの投与量(体積)はD1mlである。炎症が治まったなら、出血していた部位を含む第1段階よりも広い範囲に殺菌消毒剤を塗布する(第2段階)。塗布すべき薬剤Yの投与量(体積)はD2mlである。
【0033】
この例では、治療段階の進展に応じて複数の歯科用マウスピースを作成することになる。1つは第1段階で使用するもの、もう1つは第2段階で使用するものである。第1段階で使用する歯科用マウスピースには、少なくとも容量D1を有する薬剤用スペースを出血部位近傍に形成する。第2段階で使用するマウスピースには、少なくとも容量D2を有する薬剤用スペースを、より広範囲に形成する。例えば、出血部位とその周囲の歯頸部歯肉ラインに沿って帯状の薬剤用スペースを形成する。
【0034】
ステップ3(S3):歯科用マウスピースの設計
歯科医師が操作する設計装置20が、ステップ1で出力されたモデルを入力し、歯科用マウスピースの設計データを出力する。図1Cを参照しつつ、ステップ3における設計装置20の動作について説明する。
【0035】
モデル取得部21は、ステップ1において設計装置20が生成したモデル(典型的には3次元点群データ)の入力を受け付ける。
【0036】
歯科用マウスピース設計部22は、モデル取得部21が取得したモデルに基づいて、薬剤用スペースを有しない歯科用マウスピースの設計データ(典型的には3次元CADデータ)を作成する。一般的な、すなわち薬剤用スペースを有しない歯科用マウスピースを、モデルに基づいて自動的又は半自動的に設計する手法は従来より公知であるため、ここでは詳細な説明を省略する。
【0037】
薬剤用スペース指定部23は、歯科用マウスピースのどの位置にどのような形状の薬剤用スペースを設けるかについて、ユーザ(歯科医師)の指示を受け付ける。つまり、薬剤の塗布範囲について、ユーザによる指示を受け付ける。例えば、薬剤用スペース指定部23は、歯科用マウスピース設計部22が作成した歯科用マウスピースの3次元CADデータを画面表示し、CADデータに対する領域指定操作を受け付ける。図3A及び図4Aの実線部は、画面表示された歯科用マウスピースの3次元CADデータを示している。ここで、歯科医師がポインティングデバイスを操作して、歯科用マウスピースの表面に任意の閉図形(以下、領域という。図中に破線で示す)を描画する。これにより、破線で示される閉領域が、薬剤用スペースの位置及びその形状を示す領域として指定される。
【0038】
図3Aは、上述の治療方針の第1段階で使用する歯科用マウスピースを作成するため、出血部位を含む狭い領域に薬剤用スペースを設けるべく、ユーザが領域指定した例である。図4Aは、上述の治療方針の第2段階で使用するため、出血部位を含む広範囲にわたり、歯頸部歯肉ラインに沿った帯状の領域に薬剤用スペースを設けるべく、ユーザが領域指定した例である。
【0039】
なお、ここで開示した手法はあくまで一例であり、他の手法により薬剤用スペースの位置や形状を指定しても良い。例えば、薬剤用スペース指定部23は、歯科用マウスピースの3次元CADデータに代えて、口腔内形状の3次元モデルを画面表示し、このモデルに対する領域指定を受け付けても良い。又は、デジタイザやプローブ付きのペンなどで歯科模型の表面をユーザになぞらせ、ペン先の軌跡を取得することで領域指定を受け付けてもよい。また、上述のようにポインティングデバイスを使用して図形を描画させる代わりに、座標やサイズ等の情報をポインティングデバイスやキーボードから入力させることにより、領域の位置や形状を指定させても良い。例えば、歯科用マウスピースや口腔内形状の3次元CADデータ表面の任意の点Pを中心とする半径Rの円形の閉領域を指定させる場合、ポインティングデバイスやキーボードから点Pの座標や半径Rの値の入力を受け付けることができる。
【0040】
また、上述の例ではユーザ(歯科医師)が薬剤用スペースの位置や形状を直接的に指定したが、これに代えて又はこれを補助するものとして、ユーザ(歯科医師)が薬剤用スペースの位置や形状をより大まかに指示できるようなインタフェースを提供しても良い。この場合は、ユーザの抽象的な指示に応じて、薬剤用スペース指定部23が薬剤用スペースの具体的な位置や形状を算出する。例えば、薬剤用スペース指定部23は、薬剤用スペースの形成領域を大まかに指定するための「上顎前歯、上顎左奥歯、上顎右奥歯、下顎前歯、下顎左奥歯、下顎右奥歯」等の選択肢をユーザに提示する。薬剤用スペース指定部23は、ユーザの選択結果に応じ、薬剤用スペースの位置や形状を自動的に決定する。このような処理を実行するため、薬剤用スペース指定部23は、ユーザの選択結果に基づいて、薬剤用スペースの位置や形状を適切に決定するロジックを有しているものとする。例えば、「前歯」が選択された場合には1番から3番の歯、「奥歯」が選択された場合には4番から8番の歯を対象に、歯頸部歯肉ラインの周囲に所定のオフセットを設けた領域を設定し、これを薬剤用スペースとして決定又は提案(すなわちユーザに対して表示)する。ユーザは、薬剤用スペース指定部23が提案した領域をそのまま受け入れても良いし、提案された領域を適宜修正するなどしても良い。
【0041】
設計条件指定部24は、歯科用マウスピースの内側に設けられる薬剤用スペースに塗布すべき薬剤の量の入力を受け付ける。ここでユーザは、ステップ2において決定した投与量を数値で入力することができる。上述の治療方針の例で言えば、第1段階で使用する歯科用マウスピースを作成する際には薬剤Xの体積D1を、第2段階で使用する歯科用マウスピースを作成する際には薬剤Yの体積D2を入力する。
【0042】
なお、上述の例では薬剤の投与量をユーザ(歯科医師)が数値で指定することとしたが、これに代えて又はこれを補助するものとして、ユーザが症例等を選択し、選択された症例等に応じた薬剤の投与量を設計条件指定部24が自動的に算出する機能を設けても良い。例えば、設計条件指定部24は、歯周病の進行レベルを示す「A、B、C・・・」等の選択肢の一つをユーザに提示する。ユーザが進行レベルを選択すると、進行レベルに応じた薬剤の適正な投与量を設計条件指定部24が決定又は提案(すなわちユーザに対して表示)する。する。この場合、設計条件指定部24は症例等と薬剤の適正投与量とを対応づけたルール(テーブル等)を予め保持しているものとする。ユーザは、設計条件指定部24が提案した投与量をそのまま受け入れても良いし、患部が赤みを帯びているとか、歯石が多いなどの状況に鑑みて、提案された投与量を修正するなどしても良い。
【0043】
薬剤用スペース設計部25は、薬剤用スペース指定部23で指定された領域と、患者の歯牙及び歯肉と、で囲まれる空隙の容積Vを計算する。つまり、薬剤用スペースを設けたい箇所における、患者の歯間の大きさを計算する。一般に、歯間の大きさは部位によって、例えば前歯であるか臼歯であるかによって異なり、また患者によっても差がある。しかしシステム1は、患者固有の口腔内形状モデルに基づいて、歯科医師が指定した領域における空隙Vを算出し、空隙Vに応じて適切な容積の薬剤スペースを形成することができる。
【0044】
薬剤用スペース設計部25は、空隙の容積Vと、設計条件指定部24が取得した塗布すべき薬剤の体積Dと、を比較する。D>Vであれば、薬剤用スペース設計部25はその差分DIFF(=D-F)を計算する。そして、歯科用マウスピースの3次元CADデータの一部を変形させ、少なくとも容積DIFFを有する薬剤スペースを指定領域に形成する。典型的には、指定領域において歯科用マウスピースの形状を唇側、頬側又は舌側に膨張させることによって薬剤スペースを形成する(図3B図4B)。この際、指定範囲を満遍なく膨張させても良いし、指定範囲の外縁部から中心にかけて徐々に隆起するように形成しても良い。後者のようにすることで、装着時の違和感を抑制することができる(図3C図3BのA-A’による断面図)。
【0045】
なお、D<V、すなわち空隙Vに対して薬剤の体積Dのほうが小さい場合は、薬剤を塗布したい範囲に十分な薬剤が行き渡らない可能性がある。この場合、薬剤用スペース設計部25は警告を発し、例えば薬剤の投与量を見直すよう勧告するなどしても良い。
【0046】
設計データ出力部26は、薬剤用スペース設計部25が作成した、薬剤用スペースが形成された歯科用マウスピースの設計データ(典型的には3次元CADデータ)を、製造装置30に対して出力する。
【0047】
ステップ4(S4):歯科用マウスピースの製造
製造装置30は、ステップ3で設計データ出力部26が出力した設計データを取得する。製造装置30は、生体適合性のある透明樹脂等、例えばレジンを材料として使用し、設計データに従って歯科用マウスピースを成形出力する。例えば3次元プリント、プレス成形、射出成形、削り出し成形等により歯科用マウスピースを製造できる。
【0048】
ステップ5(S5):歯科用マウスピースの提供
マウスピースが患者に提供される。患者は、歯科医師に指示された期間及び時間にわたって、薬剤用スペースが形成された歯科用マウスピースを装着することにより治療を行う。患者は、例えば1週間にわたって、就寝している間にマウスピースを装着する。毎回の装着前には、歯科医師が処方した薬剤(例えば漢方薬配合のペースト等)を薬剤用スペースに塗布する。歯科医師が指示した装着期間が過ぎたならば、患者は歯科医師の新たな指示に従う。例えば、新たに設計された歯科用マウスピースの提供を受けて次の段階の治療を実施することもあれば、治療を終了することもある。
【0049】
本実施の形態によれば、患部の状態や、患者の口腔内形状等に応じた最適なサイズの薬剤用スペースを有する歯科用マウスピースを提供することができる。これにより、適量の薬剤を確実に患部に接触させ、かつ薬剤が流れ出ることがないように保持することができる。特に、治療の進行に従って薬剤の塗布量や範囲を変化させたい場合には、設計の異なる複数の歯科用マウスピースを段階的に提供することにより、治療方針に沿った適切な投薬を行うことが可能となる。
【0050】
なお、本発明は上述の実施の形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において適宜変更することが可能である。例えば、上述の実施の形態では、ユーザ(歯科医師)は薬剤の体積を指定したが、薬剤の体積でなく他の物理量や単位等を指定してもよい。この場合、設計条件指定部24が、入力された物理量や単位等から薬剤の体積を算出する。例えば、薬剤の比重がわかっていれば、薬剤の重量を指定させ、設計条件指定部24が薬剤の体積に変換しても良い。又は、単位体積あたりの有効成分の重量がわかっていれば、有効成分の重量を指定させ、設計条件指定部24が薬剤の体積に変換しても良い。
【0051】
また、上述の実施の形態では、歯科医師が歯科用マウスピースの設計および製造をする例を主に想定したが、本発明はこれに限定されるものではない。例えば、歯科医師がステップS1からS3までを実施し、ステップS4の製造ステップ以降は患者が自宅等で3Dプリンタ等を利用して実施しても良い。又は、設計データの提供を受けたラボがステップS4の製造を実施し、完成した歯科用マウスピースを患者に配送してもよい。この方式によれば、例えば設計の異なる複数の歯科用マウスピースを段階的に使用する治療を受ける患者は、都度通院することなく新たな段階用の歯科用マウスピースを入手できるため、少ない負担で治療を継続することができる。
【0052】
また、上述の実施の形態では歯科医師がステップS1からS3までを実施することを想定したが、これに限定されず、歯科医師の指示にもとづいて任意の補助者又は協力業者等がステップS1からS3までを実施してもよい。
【0053】
また、上述の実施の形態では歯周病等の治療を想定した歯科用マウスピースの提供方法について主に開示したが、本発明はこれに限定されるものではなく、他の任意の用途向けの歯科用マウスピースにも適用可能である。例えば、歯周病予防のためのトリートメントやホワイトニング等の美容、審美用途に適用することができる。この場合、上述の実施の形態において歯科医師が実施していたステップを、歯科衛生士や他の施術者が実施することができる。
【符号の説明】
【0054】
1 システム
10 口腔内形状取得装置
20 設計装置
30 製造装置30
201 CPU
203 揮発性メモリ
205 不揮発性メモリ
207 バス
209 インタフェース
211 入出力装置
21 モデル取得部
22 歯科用マウスピース設計部
23 薬剤用スペース指定部
24 設計条件指定部
25 薬剤用スペース設計部
26 設計データ出力部
図1A
図1B
図1C
図2
図3A
図3B
図3C
図4A
図4B