(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-15
(45)【発行日】2023-02-24
(54)【発明の名称】放射線障害の抑制、軽減又は治療剤及び放射線障害の抑制、軽減又は改善用の食品組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 36/068 20060101AFI20230216BHJP
A61K 36/899 20060101ALI20230216BHJP
A61K 36/48 20060101ALI20230216BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20230216BHJP
A23L 33/10 20160101ALI20230216BHJP
【FI】
A61K36/068
A61K36/899
A61K36/48
A61P43/00 105
A23L33/10
(21)【出願番号】P 2018219119
(22)【出願日】2018-11-22
【審査請求日】2021-11-17
【微生物の受託番号】NPMD NITE BP-02800
(73)【特許権者】
【識別番号】510004169
【氏名又は名称】有限会社ラヴィアンサンテ
(74)【代理人】
【識別番号】100205914
【氏名又は名称】堀越 総明
(74)【代理人】
【識別番号】100162189
【氏名又は名称】堀越 真弓
(72)【発明者】
【氏名】小林 文男
(72)【発明者】
【氏名】斉藤 正好
【審査官】鶴見 秀紀
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第104887719(CN,A)
【文献】International Journal of Molecular Medicine,2014年,Vol.34,No.5,pp.1349-1357
【文献】Journal of Radiation Research and Applied Sciences,2018年,Vol.11,No.2,pp.130-138
【文献】Journal of Chinese Institute of Food Science and Technology,Vol.14,No.5,2014年,pp.32-37
【文献】Junwu Xuebao,Vol.30,No.2,2011年,pp.338-342
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 36/00-36/9068
A61P 43/00
A23L 33/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
サナギタケ(Cordyceps militaris)菌糸体の穀物培養物を含有
し、
前記サナギタケ(Cordyceps militaris)が、受託番号:NITE BP-02800で特定されるCordyceps militaris KT16514株であることを特徴とする放射線障害の抑制、軽減又は治療剤。
【請求項2】
前記穀物は、米又は大豆であることを特徴とする請求項1に記載の放射線障害の抑制、軽減又は治療剤。
【請求項3】
サナギタケ(Cordyceps militaris)菌糸体の穀物培養物を含有
し、
前記サナギタケ(Cordyceps militaris)が、受託番号:NITE BP-02800で特定されるCordyceps militaris KT16514株であることを特徴とする放射線障害の抑制、軽減又は改善用の食品組成物。
【請求項4】
前記穀物は、米又は大豆であることを特徴とする請求項
3に記載の放射線障害の抑制、軽減又は改善用の食品組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射線障害の治療又は軽減のために用いられる放射線障害抑制剤及び放射線障害抑制用食品等に関する。
【背景技術】
【0002】
平成23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震により、福島第一原子力発電所では原子炉に異常が発生し、放射性物質が周辺環境に放出される等の事故が発生した。また、事故後から現在に至るまで、原子炉を廃炉にするための作業が続けられているものの、廃炉が完了するまでには長期間を要するとされている。このように、原子力発電所で事故が発生すると、周辺環境への放射性物質の漏洩や拡散、原子炉内に滞留する高濃度の放射性物質の除去作業等により、周辺住民や原子力発電所の作業者が高濃度の放射線に被曝する可能性が生じる。
【0003】
また、放射線は医療の分野や非破壊検査等においても身近に使用されているため、診療放射線技師や非破壊検査員は、微量ながら日常的に放射線を受けている。また、悪性腫瘍に対する治療のひとつに放射線治療があるが、腫瘍細胞のみならず患部周辺にも放射線が照射される治療法であるため、患者は治療の副作用として放射線による影響を受けるおそれを有する。
【0004】
人体が放射線に曝されると、生体に吸収されたエネルギーが細胞内の分子や原子を電離・励起させてイオン遊離基(フリーラジカル)、遊離電子および遊離分子などの不安定物質が発生して生体内重要分子が影響を受け、細胞損傷が生じる。その結果、細胞死、突然変異等の放射線障害が誘発される。そこで、このような放射線障害から人体を防護する物質、すなわち、放射線防護物質が種々提案されている。例えば、特許文献1には、一酸化窒素発生剤であり、血圧降下剤であるニトロプルシドが放射線障害の防護に有用であることが開示されている。また、特許文献2には、5-アミノレブリン酸が放射線障害の予防及び治療に有用であることが報告されている。
【0005】
他方、虫草菌とよばれるノムシタケ属(Cordyceps)は、コウモリガ、セミ、カイコ等の昆虫の幼虫に寄生し、子実体である茸を形成させる特異な菌類である。たとえば、冬虫夏草(Cordyceps sinensis)はコウモリガの幼虫に寄生する虫草菌の一種であり、漢方薬の生薬として有名である。また、サナギタケ(Cordyceps militaris)はカイコの幼虫に寄生する虫草菌である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許第6099043号
【文献】特許第5920902号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したように、放射線障害が身近に起こりうる現在、放射線障害を抑制・軽減させることができ、安全性が高く、安価に入手することができる医薬品や食品等の材料を開発し、提供することが依然として期待されている。
【0008】
他方、虫草菌であるサナギタケ(Cordyceps militaris)を、放射線障害の抑制、軽減又は治療に用いることについての検討はこれまでなされておらず、その有効性はまったく不明であった。
【0009】
したがって、本発明は上述した点に鑑みてなされたもので、その目的は、安全性に優れ、低コストで製造することができる放射線障害の抑制、軽減又は治療剤及び放射線障害の抑制、軽減又は改善のための食品組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため、本発明の放射線障害の抑制、軽減又は治療剤は、サナギタケ(Cordyceps militaris)菌糸体の穀物培養物を含有する。
【0011】
この穀物培養物は、後述する実施例で示すように、高線量の放射線照射後におけるマウスの生存率を著しく上昇させることから、ヒトを含む哺乳類の放射線障害の抑制、軽減、治療又は改善に有用である。さらに、本発明のサナギタケ菌糸体の穀物培養物は、放射線の照射を受けた後に即時投与された場合だけでなく、放射線の照射を受けてから数日後等の比較的長時間が経過した後に投与(遅延投与)された場合においても、その放射線障害の抑制又は軽減等の効果が得られる。それゆえ、事前投与の必要がないばかりか、放射線に曝されてから直ぐに治療等の措置を受けられないような放射線被曝事故などの場合にも対応することが可能であり、臨床使用にも優れている。さらに、漢方薬の生薬として用いられてきた虫草菌であるサナギタケの菌糸体と食品材料である穀物による培養物を有効成分とするものであるため、安全性が高い。
【0012】
また、本発明の放射線障害の抑制、軽減又は治療剤における穀物は、米又は大豆であることも好ましい。これにより、穀物培養物の原料として好適なものが選択される。
【0013】
また、上述したサナギタケ(Cordyceps militaris)が、受託番号:NITE BP-02800で特定されるCordyceps militaris KT16514株であることも好ましい。これにより、本発明の有効成分である穀物培養物をもたらす好適なサナギタケ株が選択される。
【0014】
また、本発明の放射線障害の抑制、軽減又は改善用の食品組成物は、サナギタケ(Cordyceps militaris)菌糸体の穀物培養物を含有する。この穀物培養物は、高線量の放射線照射後における生存率を著しく上昇させることから、放射線障害の抑制、軽減、治療又は改善に有用である。そして、本発明のサナギタケ菌糸体の穀物培養物は、放射線の照射を受けた後に即時に摂取した場合だけでなく、放射線の照射を受けてから数日後等の比較的長時間が経過した後に摂取した場合においても、その放射線障害の抑制又は軽減等の効果が得られる。それゆえ、予防として事前に摂取しておく必要がないばかりか、放射線に曝されてから直ぐに治療等の措置を受けられないような場合にも対応することができ、摂取のタイミングが限定されない。さらに、漢方薬の生薬として用いられてきた虫草菌であるサナギタケの菌糸体と食品材料である穀物による培養物を有効成分とするものであるため、安全性が高く、経口摂取することができる。
【0015】
また、本発明の放射線障害の抑制、軽減又は改善用の食品組成物における穀物は、米又は大豆であることも好ましい。これにより、穀物培養物の原料として好適なものが選択される。
【0016】
また、上述したサナギタケ(Cordyceps militaris)が、受託番号:NITE BP-02800で特定されるCordyceps militaris KT16514株であることも好ましい。これにより、本発明の有効成分である穀物培養物をもたらす好適なサナギタケ株が選択される。
【0017】
また、本発明の放射線障害の抑制、軽減又は改善用の食品組成物の製造方法は、穀物原料にサナギタケ(Cordyceps militaris)菌糸体を接種し、培養させて穀物培養物を得ることにより製造される。サナギタケ菌糸体を穀物原料で培養することにより、得られるものであるため、煩雑な工程等を経る必要がなく、比較的低コストで製造することが可能である。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、以下のような優れた効果を有する放射線障害の抑制、軽減又は治療剤及び放射線障害の抑制、軽減又は改善用の食品組成物を提供することができる。
(1)放射線障害の抑制、軽減又は治療効果に優れる。
(2)放射線の照射後に即時投与された場合だけでなく、遅延投与された場合においても、同様の放射線障害の抑制又は軽減等の効果が得られるため、投与のタイミングが限定されず、使用しやすい。
(3)漢方薬の生薬として用いられてきた虫草菌であるサナギタケの菌糸体と食品材料である穀物による培養物を有効成分とするものであるため、安全性が高く、経口摂取できる。
(4)サナギタケの菌糸体を穀物原料で培養することにより製造されるものであるため、化学合成や抽出・精製等の煩雑な工程等を経る必要がなく、簡単且つ低コストに得られる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の実施形態に係るサナギタケ(Cordyceps militaris)菌糸体の穀物培養物の製造方法を概略的に示すフローチャートである。
【
図2】実施例4における、(a)対照群及びCM-Rの3日間連日投与群のマウスの体重変化を示すグラフ、及び(b)対照群及びCM-Rの6日間連日投与群のマウスの体重変化を示すグラフである。
【
図3】実施例5における、対照群及びCM-B投与群のマウスの体重変化を示すグラフである。
【
図4】実施例6における、放射線照射試験のフローを示す説明図である。
【
図5】実施例6における、対照群及び各投与群のマウスの体重変化を示すグラフである。
【
図6】実施例6における、対照群及び各投与群のマウスの生存率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
まず、
図1を参照し、本発明の放射線障害の抑制、軽減又は治療剤及び放射線障害の抑制、軽減又は改善用の食品組成物に有効成分として含有される、サナギタケ(Cordyceps militaris)菌糸体の穀物培養物の製造方法について説明する。
【0021】
図1に示すように、本発明の実施形態にかかるサナギタケ(Cordyceps militaris)菌糸体の穀物培養物の製造方法は、穀物原料を準備する工程S0、穀物原料に水を加え吸水させる工程S1、穀物原料を蒸煮して滅菌する工程S2、蒸煮された穀物原料にサナギタケ菌糸体を接種する工程S3、固体培養を行う工程S4、穀物培養物を得る工程S5及び穀物培養物を凍結乾燥粉末に加工する工程S6から概略構成される。
【0022】
[穀物原料の準備]
まず、
図1に示す穀物原料を準備する工程S0について説明する。本発明における穀物原料としては、デンプン質を主体とする種子原料のことをいい、具体的には、イネ科、マメ科またはその他雑穀類の種子が用いられる。イネ科の植物としては、米、トウモロコシ、小麦、大麦、燕麦及びライ麦等の麦類、キビ、あわ、モロコシ、ヒエ等が挙げられる。また、マメ科の植物としては、大豆、小豆、エンドウマメ、落花生、緑豆等が挙げられ、その他雑穀類の植物としてはソバが挙げられる。これらのうち、本発明に係る穀物原料としては、イネ科及びマメ科の植物の種子が好ましく、放射線障害の抑制等の効果及び培養効率等の観点から、米、大麦、小麦及び大豆がより好ましく用いられ、米が特に好ましく用いられる。
【0023】
米を穀物原料として用いる際には、後述する培養工程S4での培養効率の観点から、籾殻が除去された状態の米、すなわち、玄米を用いる。また、培養初期の培養速度を向上させる観点から、玄米をさらに精米した精白米を玄米と組み合わせて用いることが好ましい。精白米は玄米よりも速やかにデンプン質からその構成単位のグルコースに分解されるため、米原料に植菌されたばかりの培養初期の微生物をアクティブにし、培養効率を向上させることができる。なお、精白米のみを穀物原料として用いると、栄養成分が除去されすぎているため、培養中期以降の培養効率が低下する傾向にあることから、玄米と精白米を組み合わせて用いることが好ましい。玄米と精白米の配合割合としては、精白米1重量部に対して玄米を1~19重量部(すなわち、重量比で、玄米/精白米=1~19)配合することが好ましく、精白米1重量部に対して玄米を1~9重量部(すなわち、重量比で、玄米/精白米=1~9)配合することがより好ましい。なお、精白米には胚芽米及び無洗米などのさらに磨いた米も含まれる。また、玄米及び精白米はそのままの米粒状で用いることができるが、少なくとも一部を粉砕させて粉末状としたものを用いることも可能である。また、米原料には、米以外の他の穀物原料を配合させたり、必要に応じて糠やグルコース、無機塩類、ビタミン類などを添加することも可能である。
【0024】
また、大豆を穀物原料として用いる際には、丸大豆及び脱脂加工大豆のいずれも用いることができる。なお、丸大豆にはデンプン質以外に油分が非常に多く含まれているため、後述する粉体化工程S6での製造効率の観点から、脱脂加工大豆を用いることが好ましい。また、培養初期の培養速度を向上させる観点から、米を一部添加して、大豆と組み合わせて用いることが好ましい。大豆と米との配合割合としては、米1重量部に対して大豆を3~9重量部(すなわち、重量比で、大豆/米=3~9)配合することが好ましく、米1重量部に対して大豆を4重量部(すなわち、重量比で、大豆/米=4)配合することがより好ましい。なお、米としては玄米及び精白米のいずれも用いることができる。さらに、米の替わりに大麦、赤糠、ふすまを大豆と組み合わせて用いることも可能であり、これらについての配合割合も大豆と米との組み合わせの場合と同様である。また、大豆はそのままの豆粒状で用いることができるが、ひきわり状やフレーク状のものも好適に用いられ、粉体状としたものを用いることも可能である。また、豆原料には、豆や米以外の他の穀物原料を配合させたり、必要に応じてグルコース、無機塩類、ビタミン類などを添加することも可能である。
【0025】
[吸水処理]
次に、吸水処理工程S1について説明する。本工程では、上述した穀物原料に水を加えるか、穀物原料を水に浸漬させて吸水させる処理が行われる。吸水量は、たとえば、米を穀物原料として用いる場合には、水分が20~60%、好ましくは30~45%となるように調整する。また、大豆を穀物原料として用いる場合には、水分が30~70%、好ましくは40~60%となるように調整する。
【0026】
[蒸煮処理]
次に、蒸煮処理工程S2について説明する。高圧蒸気滅菌器などを用いて、上述の工程で吸水させた穀物原料に水蒸気を当てて蒸煮する。蒸煮処理の温度及び時間は、100~121℃で15分~60分程度が好ましく、15分~30分がより好ましく、121℃で20分程度が特に好ましい。本工程を行うことにより、穀物原料中の雑菌が殺菌され、後の培養工程において、サナギタケ菌糸体による穀物原料の分解、消化及び吸収が行われる。また、この蒸煮処理により、穀物原料中のデンプン質がアルファ化されて分解されやすくなるので、後の培養工程において、穀物原料にサナギタケ菌糸体を効率よく繁殖させることができる。蒸煮が終了した穀物原料は、30~40℃程度にまで放冷させる。これにより、サナギタケ菌糸体を穀物原料に接種することが可能となる。
【0027】
[サナギタケ菌糸体の接種]
次に、サナギタケ菌糸体を穀物原料に接種する工程S3について説明する。本工程では、上述の蒸煮・殺菌工程を経て冷却された穀物原料に対し、サナギタケ(Cordyceps militaris)菌糸体を接種する。サナギタケはカイコの蛹等に寄生するノムシタケ科ノムシタケ属に属するいわゆる虫草菌であり、中国、韓国、日本等に広く分布する子のう菌類の一種である。サナギタケ菌糸体の接種にあたっては、事前に液体種菌を準備しておき、スターターとして用いることが好ましい。液体種菌は、特に限定されないが、一例として次のようにして準備することができる。グルコースが3重量%、赤糠が2重量%、大豆粉が0.5重量%、酵母エキスが0.5重量%及びアスパラギン酸ナトリウムが0.2重量%からなる種菌用液体培地120mLを500mLの三角フラスコに入れ、121℃で20分間滅菌し、放冷する。その後、サナギタケの1cm×1cmの菌糸体ディスクを接種し、24℃程度で7日間程度培養することにより液体種菌を得ることができる。
【0028】
本発明においては、サナギタケとして、Cordyceps militaris KT16514株(受託番号:NITE BP-02800)を用いることが好ましい。これにより、放射線障害の抑制、軽減又は治療効果に優れる穀物培養物を得ることができる。Cordyceps militaris KT16514株は栃木県内山林で発見された子実体から純粋分離されたサナギタケの菌糸体であり、上述した液体種菌培地のほか、固体培地(組成:玄米100g、酵母エキス3g、水分40%)で培養温度23~27℃、培養期間25~35日間の培養条件にて好適に培養される。また、このCordyceps militaris KT16514株について、ITS-5.8S rDNA領域の塩基配列解析を行ったところ、アポロンDB-FUに対するBLAST検索の結果として、Cordyceps militaris IFO30377株(アクセッションNo.AB070375)との同一性が100%であり、Cordyceps militaris IFO9787株(アクセッションNo.AB070374)との同一性が99.8%であることが判明している。また、国際塩基配列データベースに対するBLAST検索の結果においても、Cordyceps militaris種との相同性が99.6%以上であることが判明している。これらのことから、Cordyceps militaris KT16514株の帰属分類群がCordyceps militaris(L.)Fr.であることが同定されている。
【0029】
サナギタケ菌糸体の接種にあたっては、穀物原料の1~5重量%の量のサナギタケの液体種菌を穀物原料に均一に散布して混合する。サナギタケ菌糸体を穀物原料に接種したのち、よく撹拌してサナギタケ菌糸体を穀物原料全体に分散させることが好ましい。
【0030】
[培養]
次に、穀物原料に接種したサナギタケ菌糸体による培養を行う工程S4について説明する。本工程では、サナギタケ菌糸体を接種した穀物原料にサナギタケ菌糸体を繁殖させる。サナギタケ菌糸体の培養温度は20~30℃とすることが好ましく、23~25℃とすることがより好ましい。培養期間は2週間~2ヶ月間程度とすることが好ましく、種菌を接種してから7~10日目に混合操作を行って菌糸が均一に全体に蔓延する様にし、培養期間を21日~40日間程度とすることがより好ましい。所定の培養期間が経過し菌糸体が十分に蔓延した時点をサナギタケ菌糸体の穀物原料の培養の終了とする。
【0031】
[穀物培養物]
得られたサナギタケ菌糸体の穀物培養物S5は、穀物原料全体にサナギタケ菌糸体が繁殖蔓延している。この穀物培養物を放射線障害の抑制剤や食品組成物として用いるにあたっては、穀物培養物全体を殺菌処理することが好ましい。殺菌処理は公知の方法で行われ、一例として高圧蒸気滅菌器などを用いて、121℃で20分間加熱することにより殺菌される。また、この加熱殺菌処理を行うことにより、サナギタケ菌糸体の穀物培養物は殺菌されると同時に加熱処理されて熱水抽出効果も得られる。
【0032】
[凍結乾燥粉末]
次に、サナギタケ菌糸体の穀物培養物を凍結乾燥粉末に加工する工程S6について説明する。殺菌処理された穀物培養物は、一定の水分を含んだ状態であるが、凍結乾燥させることにより水分が除去され、穀物培養物の乾燥物が得られる。なお、自然乾燥、熱風乾燥又は低温真空乾燥等により乾燥物を得てもよい。得られた穀物培養物の乾燥物を粉砕することにより、取り扱いし易い凍結乾燥粉末を得ることができる。また、得られた粉末を顆粒状や打錠品とすることも可能である。加熱殺菌処理を行い、加熱による水分を除去、または凍結粉砕したものであっても、サナギタケ菌糸体の穀物培養物としての機能は有効に保持されている。このサナギタケ菌糸体の穀物培養物は、このままでも充分な放射線障害の抑制、軽減、治療又は改善効果を有している。それゆえ、さらなる抽出や分離精製操作等の煩雑な工程は不要であり、簡単かつ低コストにて完成品を得ることができる。
【0033】
本発明の放射線障害の抑制、軽減又は治療剤及び放射線障害の抑制、軽減又は改善のための食品組成物は、上述したサナギタケ菌糸体で培養された穀物培養物を有効成分として含むものであって、放射線に曝された後に投与又は摂取することにより、放射線障害の発現を抑制又は低減等する作用を有する。通常、放射線防護剤は、その作用効果を高めるため、放射線に曝される前に投与される必要があるものが多いが、放射線に曝されること自体が不測の事故であることから、不測の事故の前に放射線防護剤を投与することは難しいといわざるを得ない。本発明においては、放射線に曝された後、即座に投与する場合にはもちろん、数日間といった一定期間の後に投与又は摂取することによっても、放射線障害の発現を抑制又は低減等する作用を有する。それゆえ、放射線に曝された後すぐに対処を行うことができないような場合であっても、数日後までに投与又は摂取することによって放射線障害の発生を抑制又は軽減等することができる。
【0034】
本発明の放射線障害の抑制、軽減又は治療剤の投与量は、目標とする抑制、軽減又は治療効果、投与方法、受けた線量、年齢などによって変化するので一概には規定できないが、通常一日の経口投与量は、サナギタケ菌糸体の穀物培養物として約10~1000mg/kg体重であり、好ましくは約50~500mg/kg体重であり、さらに好ましくは約100~300mg/kg体重であり、これを投与開始より1~3回に分割して投与すればよい。また、投与の開始時期は、放射線の照射を受けてから少なくとも4日以内とすればよい。
【0035】
本発明の放射線障害の抑制、軽減又は治療剤は、従来慣用されている方法により種々の形態に調製することができる。この場合、通常製剤用の担体や賦形剤など、医薬品の添加剤として許容されている添加剤を用いて製剤化することができる。また、本発明に係るサナギタケ菌糸体の穀物培養物のバイオアベイラビリティーや安定性を向上させるために、マイクロカプセル、微粉末化、シクロデキストリン等を用いた包接化などの製剤技術を含むドラッグデリバリーシステムを用いることもできる。
【0036】
さらに、上記放射線障害の抑制、軽減又は治療剤は、錠剤、顆粒剤、カプセル剤又は内服用液剤等の形態で用いることができるが、消化管からの吸収に適した形態で用いることが好ましい。また、流通性、保存性などの理由により所望される形態での製剤を提供する場合にも従来の製剤技術を用いることができる。
【0037】
また、本発明の放射線障害の抑制、軽減又は改善のための食品組成物は、錠剤やカプセル剤、顆粒剤、シロップ剤などのサプリメント形態、飲料、アメやガム、チョコレート等の菓子、パン、粥、シリアル、麺類、ゼリー、スープ、乳製品、調味料等のあらゆる形態にて食品組成物として用いることができる。このように食品組成物として用いる際には、本発明の有効成分の効能に影響を与えない範囲において、他の有効成分や、ビタミン、ミネラル若しくはアミノ酸等の栄養素等を種々組み合わせることも可能である。本発明の食品組成物から展開される食品には、サプリメント、健康食品、機能性食品、特定保健用食品等が含まれる。また、本発明の食品組成物の1日あたりの摂取量は、上述のサナギタケ菌糸体の穀物培養物として約10~1000mg/kg体重とすることが好ましく、約50~500mg/kg体重とすることがより好ましく、さらに約100~300mg/kg体重とすることが好ましく、これを1~3回に分割して摂取することが好ましい。
【0038】
次に、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【実施例】
【0039】
[実施例1]
1.サナギタケ(Cordyceps militaris)の液体種菌の調製
500mLの三角フラスコに表1に示す液体種菌培地120mLを入れ、121℃で20分間加熱して滅菌処理を行った。放冷後、1cm×1cmの保存用種菌(Cordyceps militaris KT16514株)の菌糸体ディスクを接種し、24℃で7日間培養して液体種菌とした。このCordyceps militaris KT16514株は本発明者(小林文男)により純粋分離されたサナギタケ株であり、受託番号:NITE BP-02800として、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託されている。また、このCordyceps militaris KT16514株について、ITS-5.8S rDNA領域の塩基配列解析を行った結果、帰属分類群がCordyceps militaris(L.)Fr.であることが確認されている。
【0040】
【0041】
[実施例2]
2.サナギタケ(Cordyceps militaris)菌糸体の米培養物の調製
本実施例では、培養原料の穀物として、玄米と精白米を混合した米原料を用いた。玄米と精白米との混合割合は、重量比で玄米:精白米=9:1とした。流通している市販の米の水分含量は約12%であるので、米原料の水分含量が約40%となるように水を加えて吸水させた。具体的には1000gの米原料あたり、400mLの比率で水を加え吸水させた原料1000gを耐熱性培養袋に計量充填した。その後、121℃で20分間加熱して、米原料の蒸煮処理及び滅菌処理を行った。米原料を放冷したのち、実施例1で得られたCordyceps militaris KT16514株の液体種菌を米原料の3重量%となるように米原料に無菌的に混合接種した。24℃で30日間固体培養した後、121℃で20分間加熱して抽出滅菌処理を行い、更に凍結乾燥し粉砕して粉末化した。このようにして本発明のサナギタケ菌糸体の米培養物が得られた(以下、「CM-R」とも表記する。)。この米培養物について、栄養表示成分、重金属及び微生物にかかる分析試験を行った。結果を以下表2に示す。
【0042】
【0043】
[実施例3]
3.サナギタケ(Cordyceps militaris)菌糸体の大豆培養物の調製
本実施例では、培養原料の穀物として、丸大豆80重量%に赤糠20重量%を混合した豆原料を用いた。丸大豆の水分含量は約10%であるので、豆原料の水分含量が約40%となるように水を加えて吸水させた。具体的には100kgの豆原料あたり、50Lの水を加え吸水させ、耐熱性培養袋に1kgを計量充填した。その後、121℃で20分間加熱して、大豆原料の蒸煮処理及び滅菌処理を行った。大豆原料を放冷したのち、実施例1で得られたCordyceps militaris KT16514株の液体種菌を大豆原料の3重量%となるように添加混合し、接種した。24℃で30日間固体培養した後、121℃で20分間加熱して滅菌処理を行った。これにより本発明のサナギタケ菌糸体の大豆培養物(以下、「CM-B」とも表記する。)が得られた。取り扱いを容易にするため、豆粒状の大豆培養物を凍結乾燥粉砕し、粉末状の大豆培養物を得た。
【0044】
[実施例4]
4.サナギタケ菌糸体の米培養物の投与による安全性の検討
サナギタケ菌糸体の米培養物(CM-R)の安全性を検証するため、実施例2で得たCM-Rをマウスに連日投与し、体重測定及び臓器等の状態を調査した。具体的には、次のようにして試験を行った。7週齢のICR雄マウス(日本エスエルシー株式会社)を50匹入手し、1週間程度馴化させた後、以下表3に示すように、5匹ずつ10群に分けた。8週齢となったICR雄マウスに対し、実施例2で得たCM-Rをマウスの体重1kg当たり25mg、50mg、100mg及び200mg/kgとなるようにそれぞれ蒸留水にて調整し、マウス用の胃ゾンデを用いて各投与群のマウスに経口投与した。投与総量は0.2mL/回とし、また対照群には同量の蒸留水を投与した。投与期間は1日1回で連日3日間および連日6日間とし、投与期間中、午後2時から4時までのマウス空腹時かつ投与前にマウスの体重測定を行った。また、最終投与24時間後に動物用吸入麻酔剤(イソフル:ゾエティス・ジャパン株式会社製品)の過剰吸入による安楽死を実施し、マウスの外観を検査した。引き続いて解剖を実施し、各臓器の位置、形状、出血及び癒着の有無を検査した。
【0045】
【0046】
CM-Rの経口投与期間中におけるマウスの体重の変化を
図2に示す。
図2(a)は3日間投与群のグラフであり、
図2(b)は6日間投与群のグラフである。3~6日間の連続投与による顕著な体重の増減は認められず、各投与群において体重の自然増加(1.8%~4.7%)が認められた。具体的には、CM-Rの3日間投与群では、対照群で1.8%の体重増加がみられ、100mg/kg投与群を除き、25mg/kgから200mg/kg投与群では4.1~4.7%の体重増加がみられた。CM-Rの6日間投与群においても対照群で1.8%の体重増加がみられ、25mg/kgから200mg/kg投与各群では0.9~3.0%の体重増加がみられた。他方、投与期間中のマウスには投与群及び対照群いずれのマウスも運動性、行動及び食欲に異常がみられず、連日投与後にも体毛の汚れ及び下痢などの異常は認められなかった。また、解剖を行って各臓器の位置、形状、出血、癒着の有無を検査したところ、投与群及び対照群いずれのマウスについても、各臓器の位置、形状、出血及び癒着等の異常はみられなかった。
【0047】
これらの結果より、CM-Rの25mg/kg、50mg/kg、100mg/kgおよび200mg/kgの3日間と6日間投与について特記すべき異常はみられなかった。これにより、サナギタケ菌糸体の米培養物は安全性が高いものであることが確認された。
【0048】
[実施例5]
5.サナギタケ菌糸体の大豆培養物の投与による安全性の検討
サナギタケ菌糸体の大豆培養物(CM-B)の安全性を検証するため、実施例3で得たCM-Bをマウスに隔日投与し、体重測定及び臓器等の状態を調査した。具体的には、次のようにして試験を行った。7週齢のICR雄マウス(日本エスエルシー株式会社)を28匹入手し、1週間程度馴化させた後、以下表4に示すように、7匹ずつ4群に分けた。8週齢となったICR雄マウスに対し、実施例3で得たCM-Bをマウスの体重1kg当たり100mg、200mg及び400mg/kgとなるようにそれぞれ蒸留水にて調整し、マウス用の胃ゾンデを用いて各投与群のマウスに経口投与した。投与総量は0.2mL/回とし、また対照群には同量の蒸留水を投与した。投与は隔日で7回行い、試験期間は15日間とした。投与期間中、午後2時から4時までのマウス空腹時かつ投与前にマウスの体重測定を行った。また、7回目の投与終了後2日目(試験開始後15日目)に動物用吸入麻酔剤(イソフル:ゾエティス・ジャパン株式会社製品)の過剰吸入による安楽死を実施し、マウスの外観を検査した。引き続いて解剖を実施し、各臓器の位置、形状、出血及び癒着の有無を検査した。
【0049】
【0050】
CM-Bの経口投与期間中におけるマウスの体重の変化を
図3に示す。CM-Bを隔日投与した群と対照群との間で、有意差を伴う差は認められなかった。また、投与期間中のマウスには投与群及び対照群いずれのマウスも運動性、行動及び食欲に異常がみられず、連日投与後にも体毛の汚れ及び下痢などの異常は認められなかった。また、解剖を行って各臓器の位置、形状、出血、癒着の有無を検査したところ、投与群及び対照群いずれのマウスについても、各臓器の位置、形状、出血及び癒着等の異常はみられなかった。これらの結果より、サナギタケ菌糸体の大豆培養物は安全性が高いものであることが確認された。
【0051】
[実施例6]
6.サナギタケ菌糸体の米培養物による放射線障害の抑制
サナギタケ菌糸体の米培養物(CM-R)による放射線障害の抑制効果を確認するため、マウスに対して致死線量のエックス線(8.0Gy)を全身照射した後に、CM-Rの投与を行い、マウスの体重変化及び生存率等を調査した。具体的には、次のようにして試験を行った。7週齢のICR雄マウス(日本エスエルシー株式会社)を30匹入手し、1週間程度馴化させた後、以下表5に示すように、10匹ずつ3群に分けた。
図4に示すように、8週齢となったICR雄マウスに対し、8.0Gyのエックス線を全身照射した。照射直後投与群のマウスに対して、照射後直ちに、実施例2で得たCM-Rをマウスの体重1kg当たり200mg/kgとなるように蒸留水で調整し、マウス用の胃ゾンデを用いて照射直後投与群のマウスに経口投与した。投与総量は0.2mL/回とし、また対照群及び照射4日後投与群には同量の蒸留水を投与した。また、エックス線照射後4日後(96時間後)より照射4日後投与群のマウスに対しても、実施例2で得たCM-Rをマウスの体重1kg当たり200mg/kgとなるように蒸留水で調整し、マウス用の胃ゾンデを用いて照射4日後投与群のマウスに経口投与した。投与期間は1日1回とし、照射直後投与群は連日20日間の投与、照射4日後投与群は連日16日間の投与とした。エックス線照射後30日までマウスの生存率を調査すると共に、午後2時から4時までのマウス空腹時かつ投与前にマウスの体重測定を行い、体重の変化を調査した。
【0052】
【0053】
図5に、試験期間中におけるマウスの体重の変化を示す。破線及び円形マーカーは対照群を示し、実線及び白三角マーカーは照射直後投与群を示し、実線及び黒三角マーカーは照射4日後投与群を示している。照射前のマウスの体重は対照群で38.7±2.53g、照射直後投与群で38.3±2.43gおよび照射4日後投与群では39.2±1.62gであった。対照群ではエックス線照射6日後より体重の減少がみられ、照射前体重に対して10日後に最低値の0.81倍(P<0.01)にまで達し、16日後からは体重の回復傾向がみられた。一方、CM-R投与群の照射直後投与群と照射4日後投与群においては、対照群と比べて、体重が減少する時期が遅くなり、照射8日後から体重の減少傾向がみられた。照射直後投与群では14日後に0.87倍(P<0.05)までの体重減少が認められ、照射16日後(0.97倍)には回復傾向がみられた。また、照射4日後投与群では照射16日後に0.82倍(P<0.05)までの体重減少が認められ、照射20日後から体重の回復傾向がみられた。これらのことより、CM-R、すなわち、サナギタケ菌糸体の米培養物の投与によって、体重減少時期が遅れて推移すること及び体重減少の程度が小さくなることがわかった。
【0054】
図6に試験期間中におけるマウスの生存率を示す。破線及び円形マーカーは対照群を示しており、実線及び白三角マーカーは照射直後投与群を示しており、実線及び黒三角マーカーは照射4日後投与群を示している。対照群については、エックス線照射8日後に3匹の死亡がみられ、照射12日後までには計8匹の死亡が確認され、生存しているのは2匹のみであった(生存率20%)。照射直後投与群では、照射8日後に1匹の死亡がみられ、照射17日後までに5匹の死亡が認められ、試験終了時には5匹が生存した(生存率50%)。また、照射4日後投与群では驚くことに照射10日後まで死亡マウスはみられず、11日後から17日後までで4匹の死亡が認められ、試験終了時には6匹が生存した(生存率60%)。これらのことより、CM-Rの投与によって、致死量の放射線を受けた場合においても、生存率が20%から50%~60%にまで上昇すること、及び、放射線が照射されてから比較的長時間が経過した後から投与が開始された場合においても、生存率上昇の効果は変わらず、むしろ高くなることがわかった。
【0055】
本発明は、上記の実施形態又は実施例に限定されるものでなく、特許請求の範囲に記載された発明の要旨を逸脱しない範囲内での種々、設計変更した形態も技術的範囲に含むものである。
【受託番号】
【0056】
NITE BP-02800