(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-16
(45)【発行日】2023-02-27
(54)【発明の名称】熱電材料及び熱電モジュール
(51)【国際特許分類】
H10N 10/851 20230101AFI20230217BHJP
H10N 10/857 20230101ALI20230217BHJP
H10N 10/01 20230101ALI20230217BHJP
【FI】
H10N10/851
H10N10/857
H10N10/01
(21)【出願番号】P 2019538076
(86)(22)【出願日】2018-08-10
(86)【国際出願番号】 JP2018030049
(87)【国際公開番号】W WO2019039320
(87)【国際公開日】2019-02-28
【審査請求日】2021-06-10
(31)【優先権主張番号】P 2017159221
(32)【優先日】2017-08-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「未利用熱エネルギーの革新的活用技術研究開発/技術シーズ発掘のための小規模研究開発(熱電変換材料)」委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000153720
【氏名又は名称】株式会社白山
(73)【特許権者】
【識別番号】304024430
【氏名又は名称】国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学
(73)【特許権者】
【識別番号】591040236
【氏名又は名称】石川県
(74)【代理人】
【識別番号】100137394
【氏名又は名称】横井 敏弘
(72)【発明者】
【氏名】鶴見 重行
(72)【発明者】
【氏名】安田 和正
(72)【発明者】
【氏名】早乙女 剛
(72)【発明者】
【氏名】小矢野 幹夫
(72)【発明者】
【氏名】豊田 丈紫
(72)【発明者】
【氏名】的場 彰成
(72)【発明者】
【氏名】南川 俊治
【審査官】田邊 顕人
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-053466(JP,A)
【文献】特開平05-183196(JP,A)
【文献】特開2014-165247(JP,A)
【文献】特開2016-132608(JP,A)
【文献】国際公開第2016/052272(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2005/0002818(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2014/0230875(US,A1)
【文献】特開2000-006298(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0040838(US,A1)
【文献】米国特許第03782927(US,A)
【文献】国際公開第2011/115297(WO,A1)
【文献】特開2001-068744(JP,A)
【文献】特表2016-506287(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第104232960(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第104032194(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第103320636(CN,A)
【文献】特開平07-231121(JP,A)
【文献】特開平07-142767(JP,A)
【文献】特開平05-283755(JP,A)
【文献】特開2009-188368(JP,A)
【文献】特開2013-252982(JP,A)
【文献】特開2014-165260(JP,A)
【文献】特開2011-249742(JP,A)
【文献】特開2015-110820(JP,A)
【文献】特開2014-192468(JP,A)
【文献】特開2013-197550(JP,A)
【文献】特開2013-008747(JP,A)
【文献】特開2005-133202(JP,A)
【文献】特開昭57-089212(JP,A)
【文献】国際公開第2016/147301(WO,A1)
【文献】R. B. Song et al.,Synthesis of Mg2Si1-xSnx solid solutions as thermoelectric materials by bulk mechanical alloying and,Materials Science and Engineering B,Vol.136,2007年01月25日,p.111-117
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H10N 10/851
H10N 10/857
H10N 10/01
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
MgSiSn合金を主成分とする母相と、
前記母相中に形成された空孔と、
前記空孔の少なくとも壁面に形成され、シリコンを主成分とするシリコン層と
を有
し、
前記母相は、前記MgSiSn合金の化学組成が互いに異なる第1の領域と第2の領域とを有し
前記第1の領域は、前記第2の領域よりSnの組成比率が高く、
前記第2の領域は、前記第1の領域よりSiの組成比率が高い
熱電材料。
【請求項2】
前記熱電材料の重量に対して1.0wt%以上20.0wt%以下のMgOをさらに有する
請求項1に記載の熱電材料。
【請求項3】
前記シリコン層は、アモルファスSi、またはアモルファスと微結晶の混合Siとにより形成される
請求項1に記載の熱電材料。
【請求項4】
前記第1の領域は、前記第2の領域に隣接する
請求項
1に記載の熱電材料。
【請求項5】
前記第1の領域と前記第2の領域との境界には、
前記第1の領域の中心の粒子よりも粒径が小さい粒子と前記第2の領域の中心の粒子よりも粒径が小さい粒子とが混在している
請求項
1に記載の熱電材料。
【請求項6】
前記空孔の空孔率は、前記熱電材料に対して5%以上50%以下である
請求項1に記載の熱電材料。
【請求項7】
前記MgSiSn合金のSnの一部をGeに置換した
請求項1に記載の熱電材料。
【請求項8】
Al、P、As、Sb、またはBiをドープしたn型の熱電材料成形体と、
Ag、Li、Na、CuまたはAuをドープしたp型の熱電材料成形体と
を有する熱電モジュールであって、
前記n型の熱電材料成形体及びp型の熱電材料成形体は、
MgSiSn合金を主成分とする母相と、
前記母相中に形成された空孔と、
前記空孔の少なくとも壁面に付着したシリコン層と
を有
し、
前記母相は、前記MgSiSn合金の化学組成が互いに異なる第1の領域と第2の領域とを有し
前記第1の領域は、前記第2の領域よりSnの組成比率が高く、
前記第2の領域は、前記第1の領域よりSiの組成比率が高い
熱電モジュール。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱電材料及び熱電モジュールに関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、特許文献1には、マグネシウム・シリコン合金、マグネシウム・シリコン・スズ合金、シリコン、又はシリコン・ゲルマニウム合金のいずれかを主成分とし、多数の微細孔を有する多孔質体からなることを特徴とする熱電材料が開示されている。
【0003】
また、特許文献2には、焼結体からなる多孔質材料で構成した熱電変換材料を作成するに当たり、前記焼結体の原料粉末に空孔形成材料として粒径1μm以下の微粒子又は直径1μm以下の繊維状物質を混合して混合粉末とし、この混合粉末を成型して焼結する際に、雰囲気を不活性気体、還元性気体、あるいは制御された酸化性気体として該空孔形成材料を気化させずに保持したまま、該原料粉末の焼結により形成される固体部分の緻密化を行い、緻密化が進行した後に、該空孔形成材料を気化、溶解、又は融解により焼結体から除去することにより、除去された該微粒子又は該繊維状物質の大きさとほぼ対応する独立閉気孔又は独立閉気管を焼結体内部に設けることを特徴とする熱電変換材料の製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2006-53693
【文献】WO2005/091393
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
より低熱伝導率及びより低電気抵抗率である熱電材料を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る熱電材料は、MgSiSn合金を主成分とする母相と、前記母相中に形成された空孔と、前記空孔の少なくとも壁面に形成され、シリコンを主成分とするシリコン層とを有する。
【0007】
好適には、前記熱電材料の重量に対して1.0wt%以上20.0wt%以下のMgOをさらに有する。
【0008】
好適には、前記シリコン層は、アモルファスSi、またはアモルファスと微結晶の混合Siとにより形成される。
【0009】
好適には、前記母相は、前記MgSiSn合金の化学組成が互いに異なる第1の領域と第2の領域とを有し前記第1の領域は、前記第2の領域よりSnの組成比率が高く、前記第2の領域は、前記第1の領域よりSiの組成比率が高い。
【0010】
好適には、前記第1の領域は、前記第2の領域に隣接する。
【0011】
好適には、前記第1の領域と前記第2の領域との境界には、前記第1の領域の中心の粒子よりも粒径が小さい粒子と前記第2の領域の中心の粒子よりも粒径が小さい粒子とが混在している。
【0012】
好適には、前記空孔率は、前記熱電材料に対して5%以上50%以下である。
【0013】
好適には、前記MgSiSn合金のSnの一部をGeに置換した。
【0014】
本発明に係る熱電モジュールは、Al、P、As、Sb、またはBiをドープしたn型の熱電材料成形体と、Ag、Li、Na、CuまたはAuをドープしたp型の熱電材料成形体とを有する熱電モジュールであって、前記n型の熱電材料成形体及びp型の熱電材料成形体は、MgSiSn合金を主成分とする母相と、前記母相中に形成された空孔と、前記空孔の少なくとも壁面に付着したシリコン層とを有する。
【発明の効果】
【0015】
より低熱伝導率及びより低電気抵抗率である熱電材料を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】実施形態にかかる熱電材料1の模式図である。
【
図2】(a)は、熱電材料1を用いた熱電変換装置2の模式図であり、(b)は、熱電変換装置2を用いた熱電モジュール3の模式図である。
【
図3】熱電材料成形体の製造方法(S10)のフローチャートである。
【
図4】空孔形成材料であるポリビニルアルコール(PVA)の添加量に伴う空孔率と電気抵抗率とを示すグラフである。
【
図5】(a)は、熱電材料1のFE-SEMによる撮影画像であり、(b)は、熱電材料1のエネルギー分散型X線分析(EDX)元素マッピング分析結果を示す画像であり、(c)は、熱電材料1の電子線後方散乱回折法(EBSD)解析結果である。
【
図6】MgSnSi合金の2次焼結における反応機構を表す模式図である。
【
図7】(a)は、温度別各成分の含有量を表す表であり、(b)は、2次焼結温度と、各成分の存在比率とを表すグラフである。
【
図8】(a)は、3試料における出力因子(単位温度差当たりの発電電力)を示し、(b)は、異なる日において作製した複数のロットの熱伝導率を示す。
【
図9】(a)は、各試料における性能指数であるZTを示すグラフであり、(b)は、熱電変換効率を示すグラフである。
【
図10】MgSiSn合金のSnの一部をGeに置換した熱電材料1におけるZTを示すグラフである。
【
図11】(a)実施例1におけるn型熱電材料成形体22の電気抵抗率を示すグラフであり、(b)は、実施例1におけるn型熱電材料成形体22のゼーベック係数を示すグラフであり、(c)は、実施例1におけるn型熱電材料成形体22の出力因子を示すグラフである。
【
図12】(a)は、実施例2におけるp型熱電材料成形体20のPVAの添加濃度と電気抵抗率の変化を示すグラフであり、(b)は、実施例3におけるn型熱電材料成形体22のPVAの添加濃度と引張強度を示すグラフである。
【
図13】(a)は、実施例4におけるn型熱電材料成形体22の電気抵抗率を示すグラフであり、(b)は、実施例4におけるn型熱電材料成形体22のゼーベック係数を示すグラフであり、(c)は、実施例4におけるn型熱電材料成形体22の熱伝導率を示すグラフである。
【
図14】実施例4におけるn型熱電材料成形体22のZTを示すグラフである。
【
図15】(a)は、実施例4におけるn型熱電材料成形体22の、熱電特性測定装置による出力因子を示すグラフであり、(b)は、実施例4におけるn型熱電材料成形体22の、レーザフラッシュ法熱定数測定装置によるZTを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
図1は、熱電材料1の模式図である。
図1に例示するように、熱電材料1は、MgSiSn合金100を主成分とする母相10と、母相10中に形成された空孔12と、少なくとも、空孔12の壁面に付着したシリコンを主成分とするシリコン層14とにより構成される。より具体的には、母相10は、化学組成式Mg
2Si
1-xSn
xで表されるMgSiSn合金100と、MgO102と、Mg
2Si104とにより構成される。熱電材料1は、熱電材料1の重量に対して1.0wt%以上20.0wt%以下のMgO102を含有する。さらに、母相10は、MgSiSn合金100において、化学組成が互いに異なるSnリッチ相1000とSiリッチ相1002とを有し、Snリッチ相1000は、Siリッチ相1002よりSnの組成比率が高く、Siリッチ相1002は、Snリッチ相1000よりSiの組成比率が高い。Snリッチ相1000は、本発明に係る第1の領域の一例であり、Siリッチ相1002は、本発明に係る第2の領域の一例である。そして、空孔12の空孔率(空孔12の熱電材料1に対する体積率)は、5%以上50%以下である。空孔12の壁面に付着したシリコン層14は、アモルファスSi140、またはアモルファスSi140と微結晶のSi142とにより構成される。
【0018】
図2(a)は、熱電材料1を用いた熱電変換装置2の模式図であり、(b)は、熱電変換装置2を用いた熱電モジュール3の模式図である。
図2(a)に例示するように、熱電変換装置2は、p型熱電材料成形体20と、n型熱電材料成形体22と、p型熱電材料成形体20とn型熱電材料成形体22とを連結する高温側電極24と、p型熱電材料成形体20から引き出された低温側正極電極26と、n型熱電材料成形体22から引き出された低温側負極電極28とにより構成される。
図2(b)に例示するように、1つの熱電変換装置2では、得られる電圧が小さいため、熱電モジュール3は、直列に接続された複数の熱電変換装置2により構成される。
【0019】
図3は、熱電材料成形体の製造方法(S10)のフローチャートである。
熱電材料1を熱電変換装置2として使用する場合は、n型とp型の熱電材料1を作成する必要がある。p型の熱電材料1は、MgSiSn合金に、Ag、Li、Na、CuまたはAuをドープすることにより形成され、p型熱電材料成形体20となる。
具体的なp型熱電材料成形体20の製造方法を、
図3を用いて説明する。
ステップ100(S100)において、Mg、Si、及びSnを所定の組成になるように秤量する。
ステップ105(S105)において、S100において秤量した、Mg、Si、及びSnに、ドーパントとして1価の元素、例えばAgを添加し、混合する。
【0020】
ステップ110(S110)において、S105において混合した原料をプレスし、所定の形状に成形する。プレス圧は、成形面圧5MPa以上で250MPa以下が望ましい。好ましくは20MPaから200MPaの範囲内がよい。成形面圧とは材料を所定の径に材料を詰めて、圧縮する力である。
ステップ115(S115)において、成形された原料を不活性ガス中において、一次焼結を行い、冷却する。
ステップ120(S120)において、冷却した成形後の原料を粉砕する。
ステップ125(S125)において、粉砕した成形原料に添加剤として、ポリビニルアルコール(以下、PVAとする。)を添加する。
ステップ130(S130)において、PVAを添加した成形原料を混合する。
ステップ135(S135)において、S130において混合した成形原料をプレスして成形する。プレス圧は成形面圧150MPa以上で3200MPaの範囲が望ましい。
ステップ140(S140)において、プレスした成形原料を真空中あるいは不活性ガス中において、2次焼結する。これにより、成形された成形原料からPVAが抜け出し、空孔12が生成される。2次焼結温度は、700℃以上であることが望ましい。
ステップ125~ステップ140までを多孔化処理とする。
【0021】
n型の熱電材料1は、MgSiSn合金に、Al、P、As、Sb、またはBiをドープすることにより形成され、n型熱電材料成形体22となる。
具体的には、n型熱電材料成形体22は、
図3に示すプロセスで作製され、まずMg、Si、及びSnを所定の組成になるように秤量し、ドーパントとして5価の元素、例えばSbを添加してn型の熱電材料の原料を混合し、不活性ガス中で一次焼結を行い、冷却後、粉砕してPVAを添加し、混合した後プレスして成形する。これを不活性ガス中で二次焼結することにより生成される。
【0022】
図4は、熱電材料1のPVAの添加量に伴う空孔率と電気抵抗率とを示すグラフである。
図4に示されるように、PVAの添加量を増すと、熱電材料1の空孔率は増加すると共に、熱電材料1の電気抵抗率が急速に小さくなる。一般的には、空孔率が増加すると電気抵抗率は上がるが、熱電材料1は、空孔率20%となっても、電気抵抗率0.1Ω・cmを維持しており、空孔率が増加しても、低電気抵抗率保っていることがわかる。したがって、PVAを添加することは、熱電材料1すなわち、MgSiSn合金100の電気抵抗率を大幅に減少させることを可能にする。この電気抵抗の低下がMgSiSn合金100の熱電特性の向上に繋がっている。そして、低電気抵抗率の実現の要因の一つは、PVAを添加したMgSiSn合金の、多孔化処理により生成された、空孔12周辺に付着しているアモルファスSi140及び微結晶のSi142である。
【0023】
図5(a)は、熱電材料1のFE-SEMによる撮影画像であり、(b)は、
図5(a)の分析範囲におけるエネルギー分散型X線分析(EDX)元素マッピング分析結果を示す画像であり、(c)は、
図5(a)の分析範囲における電子線後方散乱回折法(EBSD)解析結果である。
図5(a)に示されるように、熱電材料1には、空孔12が形成されていることが分かる。
図5(b)は、
図5(a)の分析範囲における、EDXによる元素分析結果を示しており、Mg、Sn、Si、C、及びOが確認された。Cは、熱電材料成形体の作成プロセスにおいて、2次焼結後のPVAの残存カーボンであり、Oは、MgSiSn合金とPVAとの反応後の生成物MgO102によるものである。空孔12の周辺には、Siが確認され、これは、アモルファスSi140及び微結晶Si142によるものである。
図5(c)は、EBSD解析結果を示し、母相10中に他の領域よりもSnの組成比率が高い領域であるSnリッチ相1000と、他の領域よりもSiの組成比率が高い領域であるSiリッチ相1002との存在が確認された。これは、高出力因子に有効である。さらに、EBSD解析結果によれば、Snリッチ相1000及びSiリッチ相1002は、隣接しており、Snリッチ相1000とSiリッチ相1002との境界には、Snリッチ相1000のバルクの粒子よりも粒径が小さい粒子とSiリッチ相1002のバルクの粒子よりも粒径が小さい粒子とが混在していることが示された。つまり、粒界において、粒子の大きさがばらつくため、フォノン散乱により熱電材料1の熱伝導率を下げることができる。
【0024】
図6は、熱電材料1の生成における、2次焼結の反応機構を表す模式図である。
図6に例示するように、粉砕プレス後のPVAが添加されたMgSiSn合金は、真空中あるいは不活性ガス中で、PVAが200℃以上において熱分解され、MgSiSn合金からPVAが抜け出し(PVAの気化)、PVA跡として空孔12が形成される(多孔化処理)。また、2次焼結では、PVAの気化と同時に、MgO102、SiH
4、及び添加剤の残カーボンが生成される。続いて、730℃以上において、MgO102がMgSiSn結晶組織粒界に分布することで、安定な混合相が形成される。そして、空孔12の壁面には、アモルファスSi140(a-Si:H)またはアモルファスSi140及び微結晶のSi142が蒸着する。
【0025】
アモルファスSiは、Si原子同士が無秩序に結合し、未結合手に水素が結合した安定な固体である。そして、アモルファスSiは、製法や組成により電気的・光学的に大きく性質を変化させ、太陽電池や薄膜トランジスタ(TFT)に使用されている。アモルファスSiは、モノシラン(SiH4)を原料として真空蒸着法などによって低温(200℃~500℃)で製膜可能である。モノシランの製法として、ケイ酸マグネシウムと塩酸とにより、下記の化学反応式(1)に基づいて、モノシランが生成されることは既知であるが、PVAとMgSiSn合金とにおいても同様に、2次焼結において下記の化学反応式(2)に基づいて、モノシラン(SiH4)が生成される。そして、400℃以上において、シランが熱分解され、空孔12の壁面に、アモルファスSi140または、アモルファスSi140及び微結晶Si142が蒸着する。
Mg2Si+4HCl→+2MgCl2+SiH4 …(1)
Mg2Si+(CH2-CH(OH))n→2C+2MgO+SiH4 …(2)
【0026】
次に、2次焼結時の温度上昇に伴う、より詳細な反応機構について説明する。
Mg2Si1-xSnxにおいて、x≒0.7が出発組成である場合において説明する。
2次焼結において、200℃を超えるとPVAの分解が始まり、下記の化学反応式(3)の反応が進み、Mg2SnとSiとが生成される。
Mg2Si0.3Sn0.7+(CH2-CH(OH))n→Mg2Sn+2C+2MgO+SiH4…(3)
続いて、微結晶SiはSiH4の触媒として作用するため、PVA跡として形成された空孔周辺にアモルファスSiが定着する。
そして、600℃を超えるとPVAの分解が終了するため、未反応の残留Si近辺のMg2Snは、残留Mg(蒸発皿Mg含)と残留Siとを原料としてMg2Si0.3Sn0.7の化学組成域が生成される。
【0027】
図7(a)は、温度別各成分の含有量を表す表であり、(b)は、2次焼結温度と、各成分の存在比率とを表すグラフである。
図7(b)に示されるように、2次焼結において、200℃以上でMg
2Si
0.3Sn
0.7の存在比率が減少し、Mg
2Sn及びSiの存在比率が増加し、600℃以上ではMg
2Si
0.3Sn
0.7が元の存在比率に近くなっていることがわかる。すなわち、上記の2次焼結時の温度上昇に伴う反応機構は、
図7からも明らかである。一方で空孔周辺では、SiH
4と同時に生成した残カーボンやMgOがMg
2Snの粒界に析出することでピンニング効果によって結晶成長が抑制されるため、微細な結晶粒となる。また、原料となるSiが微細な結晶粒によって供給されなくなりMg
2Si
0.3Sn
0.7の化学組成域が生成されずにSiリッチ相1002を包含する形でSnリッチ相1000であるMg
2Si
0.1Sn
0.9の化学組成域が形成される。
【0028】
また、
図7(b)より、熱電材料1は、2次焼結温度700℃以上において、MgOの存在比率が20%近くなっていることを確認できる。MgOは、導電性が低いため、一般的に熱電材料において不純物とされる。そのため、MgOが熱電材料に20%近く含有されていると、熱電材料としての機能を低下させることになる。しかし、熱電材料1においては、MgO102によるピンニング効果が、安定した混合相の形成に寄与するため、熱電材料1の高出力因子を実現する。そして、熱電材料1は、空孔周辺のアモルファスSi140及び微結晶のSi142により、MgO102の導電性の低さを補い、高い導電率を実現する。
【0029】
次に、熱電材料1の再現性について説明する。
図8(a)は、熱電材料1の3試料における出力因子を示す。
図8(a)に示すように、3試料において、出力因子のグラフは略重なっており、ばらつきが殆どないことがわかる。すなわち、この結果において、試料の再現性が高いことが示されている。
さらに、
図8(b)は、異なる日において作製した複数のロットの熱伝導率を示す。
図8(b)に示すように、各ロットの熱伝導率のグラフは略重なっており、バラつきが殆どないことがわかる。すなわち、この結果において、ロットの再現性においても高いことが示されている。これらにより、
図3の製造方法によれば、安定的に熱電材料1を生成することが可能である。
【0030】
次に、熱電材料1の熱電性能について説明する。
熱電材料の熱電性能は、性能指数Zで評価される。この性能指数Zは材料のゼーベック係数S、電気抵抗率ρ、及び熱伝導率κにより次の(4)の式ように定義されている。
また、熱電材料の出力因子(PF)は、単位温度差当たりの発電電力に対応しており、材料のゼーベック係数S、電気抵抗率ρにより次の(5)式のように定義されている。
Z=S2/ρκ …(4)
PF=S2/ρ …(5)
すなわち、性能指数Zが高いのは、ゼーベック係数Sが大きく、電気抵抗率ρが小さく、熱伝導率κが低い場合であり、出力因子PFは、大きい程よい。次元は温度の逆数1/Kとなる。また、測定時の温度を乗じたZTは無次元となり無次元性能指数と呼ばれ、熱電材料の熱電性能の評価に使われる。ZT>1が実用性の目安となっている。
【0031】
図9(a)は、
図7(b)の各試料における性能指数であるZTを示す。ZTは、熱電導率を測定して出力因子を除し、測定時の温度を乗じて計算した。すべての熱電材料1の試料において、ZT=1に達したことがわかる。
図9(b)は、熱電材料1の熱電変換効率を示すが、ΔT=370付近において、発電効率4.1%が得られた。
【0032】
図10は、MgSiSn合金のSnの一部をGeに置換した熱電材料1におけるZTを示すグラフである。温度640K付近において、ZT=1.5を示し、SnをGeに置換してもMgSiSn合金と同等の性能を示すことがわかる。
【0033】
以下、本発明について、実施例を示して更に具体的に説明する。しかしながら本発明は、以下の実施例で採用した条件に限定されるものではない。
【実施例1】
【0034】
(n型熱電材料成形体22の製造方法)
図3に示す熱電材料成形体の製造方法(S10)に従って、Mg
2.15Si
0.28Sn
0.70Sb
0.02の組成に相当するMg、Si、Sn、Sbの重量比が35.9%、5.4%、57.0%、1.7%となるように、原料を混合する。混合した原料を加圧及び成形し、真空中又は不活性ガス中において、650℃の温度で焼成する(1次焼結)。この焼成温度は、500℃以下だと固相反応が進まず、750℃以上だと熱電材料の主体である化合物(MgSiSn合金100)の生成が難しい。したがって、焼成温度は、500℃以上750℃以下が望ましい。
【0035】
一次焼結後の熱電材料を真空中あるいは不活性ガス中において、粉砕し、粉末にした後、PVAの粉末を重量比で4.5%添加して真空中あるいは不活性ガス中において混合する。これを加圧及び成形し、不活性ガス中において、730℃の温度で焼成する(2次焼結)。このようにして
図1に示す構造を有するn型熱電材料成形体22が生成される。
【0036】
(n型熱電材料成形体22の性能)
図11(a)は、PVAを4.5重量%添加したMg
2.15Si
0.28Sn
0.70Sb
0.02の電気抵抗率を示し、
図11(b)は、PVAを4.5重量%添加したMg
2.15Si
0.28Sn
0.70Sb
0.02のゼーベック係数を示し、
図11(c)は、PVAを4.5重量%添加したMg
2.15Si
0.28Sn
0.70Sb
0.02の出力因子を示す。
各図の中に、熱電材料として使用されているビスマス・テルル合金(BiTe)の特性も併せて示した。出力因子は、ゼーベック係数の2乗を電気抵抗率で除したS
2/ρで表わされ、主に熱電材料の出力の目安となる。
図11(c)に示されるように、100℃以上において、Mg
2.15Si
0.28Sn
0.70Sb
0.02の出力因子は、Bi
2Te
3より優れるという結果が得られた。
Mg
2.15Si
0.28Sn
0.70Sb
0.02の熱伝導率を測定して出力因子を除し、測定時の温度を乗じてZTを計算したものは
図9(a)に示される。Mg
2.15Si
0.28Sn
0.70Sb
0.02の組成を持つn型熱電材料成形体22は、ZT=1を達成している。
【実施例2】
【0037】
(p型熱電材料成形体20の製造方法)
Mg
2.00Si
0.30Sn
0.70Ag
0.02の組成に相当するMg、Si、Sn、Agの重量比35.9%、5.4%、57.0%、1.7%を混合し、
図3に示した試料作製のフローチャートに従い、粉砕した後加圧し成形したものを真空中又は不活性ガス中で650℃の温度で焼成(1次焼結)する。
【0038】
これを真空中あるいは不活性ガス中で粉砕して粉末にした後、PVAの粉末を重量比で4.0%添加して十分に真空中あるいは不活性ガス中で混合する。これを加圧、成形し、不活性ガス中で750℃の温度で焼成(2次焼結)することでp型熱電材料成形体20が生成される。
【0039】
(p型熱電材料成形体20におけるPVAの添加量)
PVAを重量比で4.0%添加することはn型と同様にp型の電気抵抗率も減少させる。
図12(a)は、p型熱電材料成形体20におけるPVAの添加濃度と電気抵抗率の変化を示す。p型熱電材料成形体20においてはPVAの添加量が5重量%まで電気抵抗率の減少が見られた。したがって、抵抗の減少分だけ熱電特性の向上が見られた。
【実施例3】
【0040】
(n型熱電材料成形体22におけるPVAの添加量)
図12(b)は、n型のMg
2.15Si
0.28Sn
0.70Sb
0.020に対してPVAの添加量1.0重量%から6.0重量%の熱電材料に対し引張り強さを示すグラフである。作製方法は実施例1と同じである。引張り強さはPVAの添加量に従い、低下していくことが分かる。このように材料強度を保つためにはPVAの添加量は制限した方が良い。このことから熱電材料の強度を重視する場合は、PVAの添加濃度は5重量%以下が望ましい。
【実施例4】
【0041】
(n型熱電材料成形体22の製造方法)
図3に示す熱電材料成形体の製造方法(S10)に従って、Mg
2.2Si
0.28Sn
0.70Sb
0.02の組成に相当するMg、Si、Sn、Sbの重量比が36%、5%、57%、2%となるように、原料を混合する。混合した原料を加圧及び成型し、真空中又は不活性ガス中において、650℃の温度で焼成する(一次焼結)。この焼成温度は、500℃以下だと固相反応が進まず、750℃以上だと熱電材料の主体である化合物(MgSiSn)の生成が難しい。したがって、焼成温度は500℃以上750℃以下が望ましい。
一次焼結後の熱電材料を真空中あるいは不活性ガス中において、粉砕し粉末にした後、PVAの粉末を重量比で6.8%添加して真空中あるいは不活性ガスにおいて混合する。PVA空孔率を制御するためには添加量は13.5%~4.5%の間が望ましい。これを加圧及び成形し、不活性ガス中において775℃の温度で焼成する(二次焼結)。
【0042】
この条件で製造したn型熱電材料成形体22の電気抵抗率を
図13(a)に、ゼーベック係数を
図13(b)に、熱伝導率を
図13(c)に、電気抵抗率・ゼーベック係数・熱伝導率から計算されるZTを
図14に示す。(物理特性測定装置PPMS 日本カンタム・デザイン株式会社製)なお、PPMSにおける測定温度領域は、7-340K、試料と端子の接合は、銀ペーストを使用している。また、熱伝導率は、定常熱流法、電気抵抗率は、交流4端子測定法により測定した。
図10に示される各種熱電変換材料からわかるように、100℃以下の低温領域において、BiTe以外の材料の性能は低い。しかし、
図14より、実施例4におけるn型熱電材料成形体22は、60℃という比較的低温において、無次元性能指数ZT=0.5という高い性能を示す。
【0043】
また、
図15(a)は、実施例4におけるn型熱電材料成形体22を、熱電特性測定装置 RZ2001i(オザワ科学製)により測定した出力因子を示し、
図15(b)は、実施例4におけるn型熱電材料成形体22を、レーザフラッシュ法熱定数測定装置 TC-9000(アドバンス理工製)により測定したZTを示す。この結果によれば、実施例4におけるn型熱電材料成形体22のZTは1以上を示している。
【0044】
以上説明したように、本実施形態に係る熱電材料1は、MgSiSn合金100を主成分とする母相10中に形成された空孔12とにより構成され、空孔12の壁面にはシリコン層14が形成されている。このシリコン層14は、アモルファスSi140及び微結晶のSi142により構成され、熱電材料1の電気抵抗の低減に有効である。また、母相10は、Snリッチ相1000とSiリッチ相1002とを有しており、熱電材料1の高出力因子に有効である。また、Snリッチ相1000とSiリッチ相1002との境界は、各相のバルクよりも粒径の小さい粒子が混在しており、低熱伝導率に有効である。さらに、熱電材料1は、熱電材料において一般的に不純物とされるMgOの含有率が高く、MgO102により安定的な混合相が形成されることも熱電材料1の熱電性能に寄与している。これらの構造を有する結果、熱電材料1は、低熱伝導率及び低電気抵抗率を同時に成立させることが可能であり、熱電材料1は、ZT≧1を達成することができる。
また、2次焼結の温度変化と焼結時間とは、MgSiSn合金の空孔壁面におけるシリコンとMgOの析出に適したものが好ましい。例えば、2次焼結温度は、700℃以上が好ましく、これは、熱電材料1の品質の安定化にも寄与する。
【符号の説明】
【0045】
1…熱電材料
2…熱電素子
3…熱電モジュール
10…母相
12…空孔
14…シリコン層
20…p型熱電材料成形体
22…n型熱電材料成形体
24…高温側電極
26…低温側正極電極
28…低温側負極電極
100…MgSnSi合金
102…MgO
140…アモルファスSi
142…微結晶Si
104…Mg2Si
1000…Snリッチ相
1002…Siリッチ相