(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-17
(45)【発行日】2023-02-28
(54)【発明の名称】半流動性選択培地
(51)【国際特許分類】
C12N 1/00 20060101AFI20230220BHJP
C12Q 1/04 20060101ALI20230220BHJP
C12N 1/20 20060101ALI20230220BHJP
【FI】
C12N1/00 F
C12Q1/04
C12N1/20 Z
(21)【出願番号】P 2018219624
(22)【出願日】2018-11-22
【審査請求日】2021-10-18
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 1.「第29回日本臨床微生物学会総会・学術集会プログラム・抄録集(日本臨床微生物学雑誌第28巻Supplement 1)」、第432頁、03-192、一般社団法人日本臨床微生物学会 発行日:平成29年12月25日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 2.「第29回日本臨床微生物学会総会・学術集会」開催日:平成30年2月11日 開催場所:岐阜県岐阜市長良福光2695-2 長良川国際会議場 岐阜県岐阜市長良福光2695-2 岐阜都ホテル
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 3.「第67回日本感染症学会 東日本地方会学術集会・第65回日本化学療法学会 東日本支部総会 合同学会2018プログラム・抄録集」、第91頁、S10-2 発行日:平成30年10月
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 4.「第67回日本感染症学会 東日本地方会学術集会・第65回日本化学療法学会 東日本支部総会 合同学会2018」 開催日:平成30年10月26日 開催場所:東京都文京区後楽1-3-61 東京ドームホテル
(73)【特許権者】
【識別番号】390023951
【氏名又は名称】極東製薬工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】509260916
【氏名又は名称】地方独立行政法人神戸市民病院機構
(74)【代理人】
【識別番号】100113402
【氏名又は名称】前 直美
(72)【発明者】
【氏名】山本 剛
(72)【発明者】
【氏名】池町 真実
(72)【発明者】
【氏名】北川真喜
【審査官】林 康子
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-120256(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0203567(US,A1)
【文献】特表2014-533951(JP,A)
【文献】特開2006-136272(JP,A)
【文献】特開平10-127275(JP,A)
【文献】特開2014-200200(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00
C12Q 1/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
DHL寒天培地に基づく
基質特異的拡張型β-ラクタマーゼ(ESBL)産生菌又はブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌の選択培地であって、
肉エキス、ペプトン、乳糖、チオ硫酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、クエン酸鉄アンモニウム、フェノールレッド
、水及び寒天を含有し、ニュートラルレッド、
胆汁酸塩及び白糖を添加していない半流動性の選択培地。
【請求項2】
培地1000mL中に、ペプトン10~30g(20g±10g)、肉エキス3~10g、乳糖5~15g(10g±5g)、チオ硫酸ナトリウム1~5g、クエン酸ナトリウム1~5g、クエン酸鉄アンモニウム1~5g、フェノールレッド10~50mg、寒天1.0~3.5gを含有する、請求項
1記載の選択培地。
【請求項3】
バンコマイシン、クリスタルバイオレット、及び/又はセフポドキシムをさらに含有する、請求項
1又は2記載の選択培地。
【請求項4】
第三世代セファロスポリン系薬をさらに含有する、請求項1又は2記載の選択培地。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項記載の培地に、生体由来検体を接種して培養した後、前記培地の色調を観察することを含む、
基質特異的拡張型β-ラクタマーゼ(ESBL)産生菌又はブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌の検出又は判定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬剤耐性菌スクリーニング培地に関する。さらに詳細には、第三世代セファロスポリン系薬耐性腸内細菌(Enterobacteriaceae)、特に基質特異的拡張型β-ラクタマーゼ(ESBL)産生菌を検出するための培地に関する。本発明は、さらに、これらの培地を使用する薬剤耐性菌の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
薬剤耐性菌は、臨床的に重要な問題であり、病院内での拡散を防ぐため、微生物検査において、迅速かつ正確に検出することが求められている。耐性菌の判定は、耐性遺伝子の検出によるものが最も正確であるものの、実施できる機関は限定的である。そのため、現状では一般に、薬剤耐性菌は、菌の分離後、同定及び薬剤感受性検査を実施することにより、感受性成績から判定される。感受性成績によって判定できない菌については、さらに確認試験を実施することにより、耐性菌が判定される。
【0003】
薬剤感受性成績によって判定可能な耐性菌としては、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)、多剤耐性緑膿菌(MDRP)、ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP/PISP)、多剤耐性アシネトバクター属菌(MDRA)、カルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)、カルバペネム耐性緑膿菌、カルバペネム耐性セラチア、第三世代セファロスポリン耐性肺炎桿菌、第三世代セファロスポリン耐性大腸菌、フルオロキノロン耐性大腸菌、キノロン耐性淋菌(QRNG)などがある。
【0004】
薬剤感受性成績のみでは判定できず、確認試験が必要となる耐性菌としては、ESBL産生菌、メタロ-β-ラクタマーゼ(MBL)産生菌、β-ラクタマーゼ非産生アンピシリン耐性(BLNAR)インフルエンザ菌などがある。これらについては、施設により検出可能な耐性菌が異なる。
【0005】
これらの病原菌などの検出率を向上させるために、菌を分離する際、いくつかの耐性菌を対象とした薬剤耐性菌スクリーニング培地が使用されている。
【0006】
腸内細菌用選択培地として、DHL(Deoxycholate-Hydrogen Sulfide-Lactose)寒天培地が知られている。この培地は、サルモネラ(Salmonella)及びシゲラ(Shigella)を分離するために考案された培地である。エンテロバクター(Enterobacter)、ハフニア(Hafnia)、プロテウス(Proteus)、乳糖非発酵性大腸菌などの乳糖及び白糖を分解する菌がDHL培地で増殖すると、酸化によりpHが低下し、pH指示薬であるニュートラルレッドにより集落が赤色となる。一方、サルモネラやシトロバクター(Citorobacter)などの硫化水素産生菌は、培地中のチオ硫酸ナトリウム及びクエン酸鉄アンモニウムにより、黒色集落を形成する。また、シゲラは、無色透明ないし半透明の集落を形成する(非特許文献1、非特許文献2)。DHL培地による培養では、ESBL産生の有無を判定することはできない。
【0007】
血液培養陽性検体から分離される起因菌の約30%、尿路感染検体から分離される起因菌の約50%は腸内細菌科細菌である。これらの細菌による感染症は、高齢者などのコンプロマイズドホストに重篤な状態を引き起こす可能性が極めて高いことから、短時間で薬剤耐性菌、特にESBL産生菌など第三世代セファロスポリン系薬耐性腸内細菌の検出及び判定を行い、最適な治療薬を選択することは非常に重要である。また、薬剤耐性(AMR)対策の一環として不適切な抗菌薬の使用を抑制する視点から、細菌検査室を持たない病院においても容易に実施できる第三世代セファロスポリン系薬耐性腸内細菌の検出及び判定が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2000-316597号公報
【文献】特開2012-95678号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】新細菌培地学講座、下II(第二版)、125~127頁、近代出版(1986年11月10日)
【文献】栄研マニュアル(第11版)、75~76頁、栄研化学株式会社(2011年1月)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、薬剤耐性細菌の迅速な検出及び判定を可能にする手段及び方法を提供することを目的とする。特に、薬剤耐性グラム陰性桿菌、中でも最も重要であるβ-ラクタマーゼ系薬耐性菌などの第三世代セファロスポリン系薬耐性腸内細菌をスクリーニングする手段及び方法を提供することを目的とする。
【発明の開示】
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するため、本発明者らは鋭意検討した結果、DHL寒天培地の組成を改変し、ニュートラルレッドの代わりにフェノールレッドを含有させ、胆汁酸及び白糖を添加していない半流動性培地とすることにより、上記目的を達成し得ることを見出し、本発明を完成した。
【0012】
すなわち、本発明によれば、
〔1〕 DHL寒天培地に基づく選択培地であって、フェノールレッドを含有し、ニュートラルレッド、胆汁酸及び白糖を添加していない半流動性の選択培地;
〔2〕 肉エキス、ペプトン、乳糖、胆汁酸、チオ硫酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、クエン酸鉄アンモニウム、フェノールレッド、水及び寒天を含有する半流動性の選択培地;
〔3〕 培地1000mL中に、ペプトン10~30g(20g±10g)、肉エキス3~10g、乳糖5~15g(10g±5g)、チオ硫酸ナトリウム1~5g、クエン酸ナトリウム1~5g、クエン酸鉄アンモニウム1~5g、フェノールレッド10~50mg、寒天1.0~3.5gを含有する、前記〔1〕又は〔2〕記載の選択培地;
〔4〕 バンコマイシン、クリスタルバイオレット、及び/又はセフポドキシムをさらに含有する、前記〔1〕~〔3〕のいずれか1項記載の選択培地;
〔5〕 前記〔1〕~〔4〕のいずれか1項記載の培地に、生体由来検体を接種して培養した後、前記培地の色調を観察することを含む、腸内細菌又はブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌の検出又は判定方法
が提供される。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、血液培養又は尿などの検体を用いて、4~6時間程度で腸内細菌、特に第三世代セファロスポリン系薬耐性腸内細菌、又はシュードモナス・エルギノーザ(Pseudomonas aeruginosa)などのブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌を検出することが可能となり、より早期での適切な治療薬の選択を可能にすることができる。本発明の培地及び方法によれば、ピペットを使わずに綿棒で接種することも可能であるため、中小の病院や療養型病院などの、細菌検査室の無い施設においても迅速に所定の菌の検出又は判定が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、菌の接種後の本発明の半流動培地の色調の経時的な変化を調べた実験の結果を示す写真である。パネルA~Hにおいて、接種した菌は、左から順に、クレブシエラ・ニューモニエ(
Klebsiella pneumoniae)ATCC700603、大腸菌(
Escherichia coli)臨床分離株K4、プロテウス・ミラビリス(
Proteus mirabillis)臨床分離株B30であり、パネルA~Dはマクファーランド(Mcfarland;「McF」と略称することがある)0.5、パネルE~Hはマクファーランド3.0の菌液をそれぞれ使用した。
【
図2】
図2は、菌の接種後の本発明の半流動培地の色調の経時的な変化を調べた実験の結果を示す写真である。パネルA~Hにおいて、接種した菌は、左から順に、大腸菌(
E. coli)ATCC25922、クレブシエラ・ニューモニエ(
K. pneumoniae)ATCC13883、エンテロバクター・クロアカ(
Enterobacter cloacae)ATCC23355、エンテロバクター・アエロゲネス(
Enterobacter aerogenes)ATCC13048であり、パネルA~Dはマクファーランド0.5、パネルE~Hはマクファーランド3.0の菌液をそれぞれ使用した。
【
図3】
図3は、菌の接種後の本発明の半流動培地の色調の経時的な変化を調べた実験の結果を示す写真である。パネルA~Hにおいて、接種した菌は、左から順に、セラチア・マルセスセンス(
Serratia marcescens)ATCC8100、モルガネラ・モルガニー(
Morganella morganii)ATCC25830、シュードモナス・エルギノーザ(
Pseudomonas aeruginosa)ATCC27853、アシネトバクター・バウマニ(
Acinetobacter baumannii)ATCC19606であり、パネルA~Dはマクファーランド0.5、パネルE~Hはマクファーランド3.0の菌液をそれぞれ使用した。
【
図4】
図4は、菌の接種後の本発明の半流動培地の色調の経時的な変化を調べた実験の結果を示す写真である。パネルA~Hにおいて、接種した菌は、左から順に、エンテロコッカス・フェカーリス(
Enterococcus faecalis)ATCC29212、スタフィロコッカス・アウレウス(
Staphylococcus aureus)ATCC43300であり、パネルA~Dはマクファーランド0.5、パネルE~Hはマクファーランド3.0の菌液をそれぞれ使用した。
【
図5】
図5は、菌名の確認実験の結果を示す写真である。パネルAは、ESBL産生菌である大腸菌臨床分離株の4時間培養後のチューブ(左)と、そのスポットインドール試験の結果(右)を示す。パネルBは、シュードモナス・エルギノーザ(
P. aeruginosa)ATCC27853の4時間培養後のチューブ(左)と、そのオキシダーゼ試験の結果(右)を示す。
【
図6】
図6は、クレブシエラ・ニューモニエ(
K. pneumoniae)ATCC700603の接種後の本発明の半流動培地の色調の経時的な変化を調べた実験の結果を示す写真である。各パネルにおいて、菌の濃度は、左から順に、マクファーランド0.5(未希釈)、10
-1倍希釈、10
-2倍希釈、10
-3倍希釈、10
-4倍希釈、10
-5倍希釈であり、これらの菌液、又はそれを含浸させた綿棒(FLOQSwabs又はメンディップ)を使用して接種した。
【
図7】
図7は、クレブシエラ・ニューモニエ(
K. pneumoniae)ATCC700603の接種菌数を調べた羊血液寒天培地の写真である。菌の濃度は、パネルA=マクファーランド0.5(未希釈)、パネルB=10
-1倍希釈、パネルC=10
-2倍希釈、パネルD=10
-3倍希釈、パネルE=10
-4倍希釈、パネルF=10
-5倍希釈である。
【
図8】
図8は、大腸菌(
E. coli)臨床分離株K4の接種後の本発明の半流動培地の色調の経時的な変化を調べた実験の結果を示す写真である。各パネルにおいて、菌の濃度は、左から順に、マクファーランド0.5(未希釈)、10
-1倍希釈、10
-2倍希釈、10
-3倍希釈、10
-4倍希釈、10
-5倍希釈であり、これらの菌液、又はそれを含浸させた綿棒(FLOQSwabs又はメンディップ)を使用して接種した。
【
図9】
図9は、大腸菌(
E. coli)臨床分離株K4の接種菌数を調べた羊血液寒天培地の写真である。菌の濃度は、パネルA=マクファーランド0.5(未希釈)、パネルB=10
-1倍希釈、パネルC=10
-2倍希釈、パネルD=10
-3倍希釈、パネルE=10
-4倍希釈、パネルF=10
-5倍希釈である。
【
図10】
図10は、プロテウス・ミラビリス(
P. mirabilis)臨床分離株B30の接種後の本発明の半流動培地の色調の経時的な変化を調べた実験の結果を示す写真である。各パネルにおいて、菌の濃度は、左から順に、マクファーランド0.5(未希釈)、10
-1倍希釈、10
-2倍希釈、10
-3倍希釈、10
-4倍希釈、10
-5倍希釈であり、これらの菌液、又はそれを含浸させた綿棒(FLOQSwabs又はメンディップ)を使用して接種した。
【
図11】
図11は、プロテウス・ミラビリス(
P. mirabilis)臨床分離株B30の接種菌数を調べた羊血液寒天培地の写真である。菌の濃度は、パネルA=マクファーランド0.5(未希釈)、パネルB=10
-1倍希釈、パネルC=10
-2倍希釈、パネルD=10
-3倍希釈、パネルE=10
-4倍希釈、パネルF=10
-5倍希釈である。
【
図12】
図12は、クレブシエラ・ニューモニエ(
K. pneumoniae)ATCC13883、大腸菌(
E. coli)ATCC25922、プロテウス・ミラビリス(
P. mirabillis)ATCC43071の接種後の本発明の半流動培地の色調の経時的な変化を調べた実験の結果を示す写真である。各パネルにおいて、左から順に、菌液(マクファーランド1.0)、菌液を含浸させた綿棒(FLOQSwabs)、菌液を含浸させた綿棒(メンディップ)を使用して接種した。
【
図13】
図13は、クレブシエラ・ニューモニエ(
K. pneumoniae)ATCC700603の血液培養陽性ボトル培養液(上段)、血液培養陽性ボトル培養液の10倍希釈液(中段)又は血液培養陽性ボトル培養液の遠心上清を接種後の本発明の半流動培地の色調の経時的な変化を調べた実験の結果を示す写真である。各パネルにおいて、左は菌液、右は菌液を含浸させた綿棒(メンディップ)を使用して接種した。
【
図14】
図14は、大腸菌(
E. coli)臨床分離株K4の血液培養陽性ボトル培養液(上段)、血液培養陽性ボトル培養液の10倍希釈液(中段)又は血液培養陽性ボトル培養液の遠心上清を接種後の本発明の半流動培地の色調の経時的な変化を調べた実験の結果を示す写真である。各パネルにおいて、左は菌液、右は菌液を含浸させた綿棒(メンディップ)を使用して接種した。
【
図15】
図15は、プロテウス・ミラビリス(
P. mirabilis)臨床分離株B30の血液培養陽性ボトル培養液(上段)、血液培養陽性ボトル培養液の10倍希釈液(中段)又は血液培養陽性ボトル培養液の遠心上清を接種後の本発明の半流動培地の色調の経時的な変化を調べた実験の結果を示す写真である。各パネルにおいて、左は菌液、右は菌液を含浸させた綿棒(メンディップ)を使用して接種した。
【
図16】
図16は、遺伝子型の異なる耐性菌を24時間培養後の本発明の半流動培地の色調の変化を調べた実験の結果を示す写真である。左から順に、1:大腸菌(
E. coli) ATCC25922、2:大腸菌(
E. coli) ampC+CTX-M、3:クレブシエラ・ニューモニエ(
K. pneumoniae) IMP-1、4:クレブシエラ・ニューモニエ(
K. pneumoniae) CMY-2、5:クレブシエラ・ニューモニエ(
K. pneumoniae) OXA-48、6:大腸菌(
E. coli)AmpC、7:セラチア・マルセスセンス(
S. marcescens) IMP-1、8:大腸菌(
E. coli) SHV ESBL、9:クレブシエラ・ニューモニエ(
K. pneumoniae) KPC-2、10:クレブシエラ・ニューモニエ(
K. pneumoniae) ESBL+AmpCである。
【
図17】
図17は、グラム陰性桿菌が検出された血液培養液(右パネル)又は尿(左パネル)を使用して時間別累積陽性率、ならびに感度及び特異度を算出した実験の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の培地はDHL寒天培地を改変したものである。DHL寒天培地の組成は、若干の変動があり得るが、一般に、下記のような組成を有する。
【0016】
ペプトン 20.0g
胆汁酸塩 1.0g
肉エキス 5.0g
クエン酸ナトリウム 1.0g
チオ硫酸ナトリウム 2.0g
クエン酸鉄アンモニウム 1.0g
乳糖 10.0g
白糖 10.0g
ニュートラルレッド 0.03g
寒天 15.0g
(pH7.0±0.1)
【0017】
本発明の培地は、以下の点でDHL寒天培地と相違する。
(1)本発明の培地は半流動性である。したがって、DHL寒天培地と比較して、寒天含有量が低い。これにより、菌の増殖が促進され、短時間での検出又は判定が可能になるうえ、運動性を確認することが可能になる。
(2)DHL寒天培地ではpH指示薬としてニュートラルレッドが使用されるのに対し、本発明の培地においてはフェノールレッドが使用される。これにより、培地色が赤色から黄色に変化することで糖分解が検出される。
(3)本発明の培地には白糖が添加されていない。これにより、乳糖分解菌(腸内細菌)の判別が可能となる。
(4)本発明の培地には胆汁酸塩が添加されていない。腸内細菌の増殖への影響を考慮したものである。本発明の培地においては、胆汁酸塩の代わりに、グラム陽性菌の抑制のためバンコマイシン(VCM)及び/又はクリスタルバイオレット(CV)を使用することができる。
【0018】
したがって、本発明の培地は、ペプトン、肉エキス、乳糖、チオ硫酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、クエン酸鉄アンモニウム、フェノールレッド、水及び寒天を含有する。各成分の含有量は、基本的にはDHL寒天培地と同様であるが、培地1000mL中に、ペプトン10~30g(20g±10g)、肉エキス3~10g、乳糖5~15g(10g±5g)、チオ硫酸ナトリウム1~5g、クエン酸ナトリウム1~5g、クエン酸鉄アンモニウム1~5g、フェノールレッド10~50mg、寒天1.0~3.5gの範囲であることができる。
【0019】
肉エキスは、一般に細菌又は細胞培地に使用されるものであればよく、魚類(たとえばカツオ、マグロなど)抽出物及び/又は動物肉抽出物の粉体などであることができる。ペプトンは、カゼインペプトン、カゼイン-酸水解物、獣肉ペプトン、植物性ペプトンなどがあるが、いずれであってもよい。好ましくは、カゼインペプトンである。
【0020】
本発明の培地には、適切な選択剤を添加することができる。選択剤としては、バンコマイシン(VCM)、クリスタルバイオレット(CV)、セフポドキシム(CPDX)などの第三世代セファロスポリン系薬などの一種又は二種以上を適宜使用することができるが、第三世代セファロスポリン系薬が好ましく、セフポドキシム(CPDX)が特に好ましい。これらの濃度は、4~24mg/Lが好ましい。
【0021】
本発明の培地は、当業者に公知の培地調製の一般的な方法で製造することができる。たとえば、各成分に水を加え、加温溶解後、121℃で15分間滅菌した後、試験管などの所望の容器に分注して固まらせる。高層培地が好ましい。
【0022】
本発明の培地は、典型的には、検体を培地に接種し、培養し、判定することにより使用することができる。
【0023】
検体としては、細菌を含む可能性のある生体由来試料であればよく、特に限定されない。検体は、患者から採取したもの自体でもよく、それを培養したものであってもよい。具体的な例として、たとえば検体として血液培養を使用する場合、培養液遠心上清(たとえば、血液培養ボトルから抜き取った培養液を1,500rpmで15分間遠心分離した後の上清)、培養液10倍希釈液(たとえば、血液培養ボトルから抜き取った培養液を生理食塩水で10倍希釈したもの)、又は培養液(たとえば、血液培養ボトルから抜き取った培養液)のいずれかを、たとえば100μL程度採取して接種に使用することができる。また、検体として尿を使用する場合は、原尿をそのまま、たとえば100μL程度採取して接種に使用することができる。あるいは、原尿に浸した綿棒を培地に挿入し、試験管の長さで軸を折って培養することができる。
【0024】
検体は、上記のとおり、検体の特性や採取方法に応じて、培地にピペットやスポイトで注入したり、刺し込むなど、任意の接種方法により培地に接種することができる。
【0025】
培養は、通常、35℃~37℃で4時間~24時間行う。一般に、好ましくは35℃で4~24時間培養する。当業者は、検出対象とする既知の量の菌を培養して経時変化を確認し、最適な培養時間を適宜決定することができる。
【0026】
判定は、培養後、培地の色の変化及び菌の運動性に基づいて、以下のように行うことができる。
<腸内細菌> 培地が黄変した場合は、乳糖分解が起こったと考えられ、ESBL産生菌などの第三代セファロスポリン系薬耐性腸内細菌の疑いがある。黄変した培地をスポイトなどで抜き取り、スポットインドール試薬もしくはコバック試薬を用いることにより、インドール産生を確認することができる。その結果、インドール陽性の場合は大腸菌(E. coli)、インドール及び運動性が共に陰性の場合はクレブシエラ(Klebsiella spp.)と推定することができる。
培地が黒色化した場合は、硫化水素産生によるものと考えられ、プロテウス・ミラビリス(P. mirabilis)などの硫化水素産生菌が存在すると推定することができる。
【0027】
<ブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌(NFGNR)>
本発明の培地によれば、ブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌をも検出することができる。培地表面部のみに菌体の増殖が認められ、培地色の変化が認められない(赤色)場合は、ブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌の疑いがある。増殖部分をスポイトなどで抜き取り、オキシダーゼ試験を実施することができる。その結果、オキシダーゼ陽性の場合はシュードモナス・エルギノーサ(P. aeruginosa)と推定することができる。
【実施例】
【0028】
具体的な例を用いて、以下の本発明をさらに説明する。
【0029】
<製造例1>
培地成分をそれぞれ計量し、精製水1,000mLを加えて混ぜ、加温溶解後、121℃で15分間滅菌した。溶解した培地を試験管(高さ10cm、口径1.3cm)に3mLずつ分注して冷却し、半流動の状態に固まらせた。
【0030】
【0031】
<試験例1>
既知の菌株の培養液を使用して、上記製造例1で製造した本発明の培地の経時変化を調べた。
供試菌株として、以下の菌株を使用した。
ESBL産生菌株として、クレブシエラ・ニューモニエ(K. pneumoniae) ATCC700603、大腸菌(E. coli)臨床分離株K4、プロテウス・ミラビリス(P. mirabilis)臨床分離株B30;
ESBL非産生グラム陰性桿菌として、大腸菌 ATCC25922、クレブシエラ・ニューモニエ(K. pneumoniae) ATCC13883、エンテロバクター・クロアカ(E. cloacae) ATCC23355、エンテロバクター・アエロゲネス(E. aerogenes) ATCC13048、セラチア・マルセスセンス(S. marcescens) ATCC8100、モルガネラ・モルガニー(M. morganii)ATCC 25830、シュードモナス・エルギノーザ(P. aeruginosa) ATCC27853、アシネトバクター・バウマニ(A. baumannii) ATCC19606;
グラム陽性球菌として、エンテロコッカス・フェカーリス(E. faecalis) ATCC29212、スタフィロコッカス・アウレウス(S. aureus) ATCC43300を使用した。
【0032】
試験方法は以下のとおりであった。
(1)各菌株のマクファーランド0.5及びマクファーランド3.0の菌液を調製した。
(2)調製した各菌液100μLをピペットにて採取し、上記のとおりに製造した本発明の培地(チューブ)に接種した。
(3)好気的条件下35℃で培養し、2時間、4時間、6時間、8時間の時点で培地の色調の経時変化を確認した。
結果を
図1~4及び表2~5に示す。
【0033】
【0034】
【0035】
【0036】
【0037】
以上の結果から、この実験の条件下では、ESBL産生菌は遅くとも6時間培養後までに明らかな黄変又は黒変が観察され、他の細菌とは明確に区別される様相を示した。これに対し、大腸菌、E. aerogenesは底部が若干黄変したものの経時的な変化は認められず、また、18時間培養後には、底部の黄変が消失し、全面赤色となった。S. marcescens及びM. morganiiは、ESBL産生菌と比較すると増殖の立ち上がりは遅く、6時間培養以降で明らかな増殖を示した。P. aeruginosaは4時間培養以降、A. baumanniiは6時間培養以降に増殖が認められた。グラム陽性球菌は増殖しなかった。
【0038】
<試験例2>
試験例1の一部の菌について、確認試験を行った。
(1) ESBL産生菌である大腸菌臨床分離株K4について、試験例1の実験の4時間培養後(マクファーランド3.0)のチューブからサンプル(黄変部)を採取し、定法によりスポットインドール試験を行った。スポットインドール試薬は、パラジメチルアミノシンナムアルデヒド 1gを10%(V/V)塩酸 100mLに溶解することにより調製した。
(2) P. aeruginosa ATCC27853について、試験例1の実験の4時間培養後(マクファーランド3.0)のチューブからサンプル(培地表面に増殖した部分)を採取し、オキシダーゼ綿棒(極東製薬工業)を使用してオキシダーゼ試験を行った。
【0039】
結果を
図5に示す。いずれの試験においても、問題なく陽性反応を確認することができた。本発明の培地での増殖性状とこれらの確認試験とを組合わせることにより、菌名の推定が可能であることが示された。
【0040】
<試験例3>
菌液をそのまま使用した接種方法と、菌液を綿棒に浸して接種する方法とを比較した。
供試菌株として、以下の菌株を使用した。
ESBL産生菌株として、クレブシエラ・ニューモニエ(K. pneumoniae) ATCC700603、大腸菌(E. coli)臨床分離株K4、プロテウス・ミラビリス(P. mirabilis)臨床分離株B30;
グラム陰性桿菌として、クレブシエラ・ニューモニエ(K. pneumoniae) ATCC13883、大腸菌(E. coli)ATCC25922、プロテウス・ミラビリス(P. mirabilis) ATCC43071
を使用した。
【0041】
綿棒は、FLOQSwabs(商品名;COPAN FLOCHED SWABS)及びメンディップ病院用綿棒(商品名;日本綿棒)を使用した。なお、FLOQSwabsの含浸量は29.6μL、メンディップ病院用綿棒の含浸量は144.6μLであった。
【0042】
試験方法は以下のとおりであった。
(1)各菌株のマクファーランド0.5の菌液を調製し、生理食塩水を用いて×10
-5の段階希釈液を作製した。ただし、グラム陰性桿菌については希釈系列を作製せず、マクファーランド0.5の菌液のみを使用した。
(2)調製した各菌液を、上記のとおりに製造した本発明の培地(チューブ)に以下の3種の方法で接種した。
i) 100μLをピペットにて接種
ii) 菌液に5秒間浸漬したFLOQSwabsを挿入
iii) 菌液に5秒間浸漬したメンディップ病院用綿棒を挿入
(3)別途、接種した菌数を確認するため、羊血液寒天培地に調製した各菌液100μLをコンラージで塗布した。
(4)好気的条件下で35℃で培養し、4時間、6時間、8時間、24時間の時点で培地の色調の経時変化を確認した。
結果を
図6~12及び表6~12に示す。
【0043】
【0044】
【0045】
【0046】
【0047】
【0048】
【0049】
【0050】
以上の結果から、この実験の条件下では、菌液又は綿棒のいずれを使用して接種しても、ESBL産生菌は遅くとも24時間培養後までに明らかな黄変又は黒変が観察された。これに対し、ESBLを産生しない菌は、経時的な変化は認められなかった。
【0051】
<試験例4>
血液培養疑似検体を使用して、培地の経時変化を比較した。
供試菌株として、以下の菌株を使用した。
ESBL産生菌株として、クレブシエラ・ニューモニエ(K. pneumoniae) ATCC700603、大腸菌(E. coli)臨床分離株K4、プロテウス・ミラビリス(P. mirabilis)臨床分離株B30を使用した。
綿棒は、メンディップ病院用綿棒(商品名;日本綿棒)を使用した。
【0052】
試験方法は以下のとおりであった。
(1)血液培養ボトルにウマ脱線維血液10mL及び各菌株のマクファーランド0.5の菌液100μLをそれぞれ添加し、35℃で18時間培養した。
(2)血液培養ボトルの底面が変色していることを確認した後、各ボトルから培養液を抜き取った。
(3)陽性ボトル培養液を、以下の3種の試料とした。
i) 陽性ボトル培養液(未処理)
ii) 陽性ボトル培養液を生理食塩水で10倍希釈した希釈液
iii) 1500rpm、15分間遠心分離した後の遠心上清
(4)上記で調製した各試料を、上記のとおりに製造した本発明の培地(チューブ)に以下の2種のパターンで接種した。
i) 100μLをピペットにて接種
ii) 菌液に5秒間浸漬したメンディップ病院用綿棒を挿入
(5)好気的条件下で35℃で培養し、4時間、6時間、8時間、24時間の時点で培地の色調の経時変化を確認した。
結果を
図13~15及び表13~15に示す。
【0053】
【0054】
【0055】
【0056】
以上の結果から、比較した3種類の試料のいずれを使用しても、6時間培養でESBL産生菌の判定が可能であった。菌液100μL接種と綿棒による接種の反応は同等であった。使用した血液がウマ脱線維血液であったため、陽性培養液及び遠心上清を使用した場合は、血液成分による赤味が残り、黄変が明瞭でなかった。最も簡便な方法は陽性培養液を10倍希釈後に綿棒で接種する方法であった。
【0057】
<試験例5>
遺伝子型が異なる既知の耐性菌9株及び非ESBL産生菌1株を用いて、上記製造例1で製造した本発明の培地の色調変化を確認した。
供試菌株として、以下の菌株を使用した。
ESBL産生及びampC菌株として、大腸菌(E. coli) SHV ESBL、大腸菌(E. coli) AmpC、クレブシエラ・ニューモニエ(K. pneumoniae) CMY-2、大腸菌(E. coli) AmpC+CTX-M、クレブシエラ・ニューモニエ(K. pneumoniae) ESBL+AmpC;
カルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE菌)として、クレブシエラ・ニューモニエ(K. pneumoniae) OXA-48、クレブシエラ・ニューモニエ(K. pneumoniae) KPC-2、クレブシエラ・ニューモニエ(K. pneumoniae) IMP-1、セラチア・マルセスセンス(S. marcescens) IMP-1;
非ESBL産生菌株として、大腸菌(E. coli) ATCC25922
を使用した。
【0058】
試験方法は以下のとおりであった。
(1)各菌株のマクファーランド0.5の菌液を調製した。
(2)調製した各菌液100μLをピペットにて採取し、上記のとおりに製造した本発明の培地(チューブ)に接種した。
(3)好気的条件下37℃で培養し、24時間の時点で培地の色調を確認した。
結果を
図16に示す。
【0059】
ESBL産生菌以外のAmpC産生菌やCREでも、培地が黄変することが確認された。クレブシエラ・ニューモニエ(K. pneumoniae) OXA-48及びセラチア・マルセスセンス(S. marcescens) IMP-1については、他と比較して色調変化が弱く、若干赤みが残ったが、薬剤感受性菌とは区別することができた。したがって、第三世代セファロスポリン系薬耐性腸内細菌は、本培地で発育し、培地の黄変が認められた。。
【0060】
<試験例6>
本発明の培地を使用した細菌検出又は判定方法による時間別累積陽性率、ならびに感度及び特異度を算出した。
供試菌株として、臨床検体の血液培養であって、グラム陰性桿菌が検出された42株(ESBL産生菌として12株(大腸菌(E. coli)10株、その他2株);非ESBL産生菌として30株(大腸菌(E. coli)15株、クレブシエラ(Klebsiella sp.)5株、エンテロバクター3株、シュードモナス・エルギノーザ(P. aeruginosa)4株、その他3株))を用いた。
グラム染色でグラム陰性桿菌が確認された尿検体も使用した。
【0061】
試験方法は以下のとおりであった。
(1)血液培養陽性となり、グラム陰性桿菌が認められた培養液又はグラム染色でグラム陰性桿菌が確認された尿を2mL採取し、1,500rpmで5分間遠心した。
(2)上記(1)で得られた上清各100μLをピペットにて採取し、上記のとおりに製造した本発明の培地(チューブ)にそれぞれ接種した。
(3)好気的条件下37℃で培養し、2、4、6、24時間の時点で培地の色調を判定し、時間別累積陽性率、及び6時間後及び24時間後の感度及び特異度を以下のようにして算出した。
感度(陽性率)=「培地が陽性となったESBL産生菌の件数/ESBL産生菌の件数」
特異度=「培地が陽性となったESBL産生菌の件数/培地が陽性となった件数」
結果を
図17に示す。
【0062】
血液培養を用いた実験(ESBL産生腸内細菌株n=4)においては、6時間後の感度は75%、特異度は80%であり、24時間後の感度は100%、特異度は75%であった。
同様の実験を、血液培養液の代わりに、グラム染色でグラム陰性桿菌が確認された尿を使用して実施したところ(ただし、ESBL産生腸内細菌株n=4)、6時間後の感度は100%、特異度は100%であり、24時間後の感度は100%、特異度は96%であった。