(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-17
(45)【発行日】2023-02-28
(54)【発明の名称】アシルカルニチン分析方法及びアシルカルニチン分析装置
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20210101AFI20230220BHJP
G01N 30/72 20060101ALI20230220BHJP
【FI】
G01N27/62 V
G01N30/72 C
G01N27/62 D
(21)【出願番号】P 2022545644
(86)(22)【出願日】2021-08-24
(86)【国際出願番号】 JP2021031010
(87)【国際公開番号】W WO2022045142
(87)【国際公開日】2022-03-03
【審査請求日】2022-12-16
(31)【優先権主張番号】P 2020145294
(32)【優先日】2020-08-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】504155293
【氏名又は名称】国立大学法人島根大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】服部 考成
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 淳
(72)【発明者】
【氏名】田中 美砂
(72)【発明者】
【氏名】小林 弘典
(72)【発明者】
【氏名】野津 吉友
【審査官】嶋田 行志
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/179147(WO,A1)
【文献】特開2018-044826(JP,A)
【文献】国際公開第2006/106997(WO,A1)
【文献】特開2005-331421(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2005/0165560(US,A1)
【文献】UPLC-MS/MS analysis of C5-acylcarnitines in dried blood spots,Clinica Chimica Acta,2013年03月13日,Vol. 421,pp. 41-45,doi:10.1016/j.cca.2013.03.001
【文献】Simultaneous quantification of acylcarnitine isomers containing dicarboxylic acylcarnitines in human,Rapid Commun. Mass Spectrom.,2007年,Vol. 21,pp. 799-806,doi:10.1002/rcm.2905
【文献】Rapid determination of C4-acylcarnitine and C5-acylcarnitine isomers in plasma and dried blood spots,Molecular Genetics and Metabolism,2010年06月10日,Vol. 101,pp. 25-32,doi:10.1016/j.ymgme.2010.05.012
【文献】質量分析法による新生児マススクリーニングの実相,J. Mass Spectrom. Soc. Jpn.,2016年08月01日,Vol. 64, No. 4, 2016,pp. 127-131,doi:10.5702/massspec.S16-27
【文献】Stable-isotope dilution measurement of isovalerylglycine by tandem mass spectrometry in newborn scre,Clinica Chimica Acta,2007年08月19日,Vol. 386,pp. 82-86,doi:10.1016/j.cca.2007.08.003
【文献】新しい新生児マススクリーニングタンデムマスQ&A,日本,厚生労働省科学研究費補助金「成育疾患克服等次世代育成基盤研究事業」,2012年03月
【文献】タンデムマス・スクリーニング精密検査の手引き,日本,福井大学医学部小児科編,2014年01月30日
【文献】新しい新生児マス・スクリーニングで発見される疾患「有機酸代謝異常」,広島市医師会だより,日本,広島市医師会,2012年05月15日,第553号 付録,第2-5頁
【文献】タンデムマス・スクリーニングにおけるC5アシルカルニチンの識別,島津製作所 Application News,日本,株式会社島津製作所 分析計測事業部 グローバルアプリケーション開発センター,2021年09月
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62
G01N 30/72
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
Science Direct
Wiley Online Library
ACS PUBLICATIONS
CA(STN)
医中誌WEB
nature.Com
SCIENCE
Scitation
KAKEN
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンデム型質量分析装置を用い、C5アシルカルニチン(炭素数が5であるアシル基を有するアシルカルニチン)を分析する方法であって、
検体に対しm/z 246>187、m/z 246>57、m/z 246>41、又はm/z 246>29のうちの少なくとも一つの多重反応モニタリング(MRM)トランジションによるMRM測定を実施する測定ステップと、
前記測定ステップにおいて得られた測定結果を用いて、前記検体中のイソバレリルカルニチンとその異性体であるピバロイルカルニチンとを識別する、又は前記検体中のC5アシルカルニチンにピバロイルカルニチンが含まれるか否かを判定する処理ステップと、
を含むアシルカルニチン分析方法。
【請求項2】
前記測定ステップでは、検体に対し、m/z 246>187、m/z 246>57、m/z 246>41、又はm/z 246>29のうちの一つのMRMトランジションについての第1のMRM測定と、m/z 246>85であるMRMトランジションについての第2のMRM測定と、を実施して、C5アシルカルニチン由来のイオンの強度情報を取得し、
前記処理ステップでは、前記第1のMRM測定により得られた信号強度と前記第2のMRM測定により得られた信号強度との比である確認イオン比に基いて、ピバロイルカルニチンの含有可能性を評価する、
請求項1に記載のアシルカルニチン分析方法。
【請求項3】
前記第1のMRM測定のMRMトランジションはm/z 246>187又はm/z 246>41である、請求項2に記載のアシルカルニチン分析方法。
【請求項4】
前記処理ステップでは、予め求めておいた、確認イオン比と検体中のイソバレリルカルニチン又はピバロイルカルニチンの存在割合との関係を示す情報を利用して、目的の検体に含まれるイソバレリルカルニチン又はピバロイルカルニチンの存在割合を推定する、請求項2に記載のアシルカルニチン分析方法。
【請求項5】
前記測定ステップでは、検体に対し、m/z 246>41のMRMトランジションでコリジョンエネルギーを変化させつつMRM測定を実施し、それぞれC5アシルカルニチン由来のイオンの強度情報を取得し、
前記処理ステップでは、前記測定ステップにおいて得られたイオン強度のコリジョンエネルギー依存性に基いてピバロイルカルニチンの含有可能性を評価する、請求項1に記載のアシルカルニチン分析方法。
【請求項6】
フローインジェクション分析法を利用して前記タンデム質量分析装置に検体を導入する、請求項1に記載のアシルカルニチン分析方法。
【請求項7】
前記測定ステップでは、MRM測定を繰り返し実施し、
前記処理ステップでは、C5アシルカルニチン由来のイオン強度の時間的な変化を示すピークのピークトップの値又はピーク面積値を測定結果として用いる、請求項6に記載のアシルカルニチン分析方法。
【請求項8】
液体クロマトグラフにより検体に含まれる成分を分離して前記タンデム質量分析装置に導入する、請求項1に記載のアシルカルニチン分析方法。
【請求項9】
タンデム型質量分析装置を用い、質量が実質的に同一である複数の異なるアシルカルニチンを識別する分析方法であって、
検体に対し、信号強度が最大となるMRMトランジションについての第1のMRM測定と、それとは異なるMRMトランジションについての第2のMRM測定と、を実施して、目的のアシルカルニチン由来のイオンの強度情報を取得する測定ステップと、
前記第1のMRM測定により得られた信号強度と前記第2のMRM測定により得られた信号強度との比である確認イオン比に基いて、前記複数の異なるアシルカルニチンを識別する、又は前記検体中の前記目的のアシルカルニチンに前記複数の異なるアシルカルニチンのいずれかが含まれるか否かを判定する処理ステップと、
を含むアシルカルニチン分析方法。
【請求項10】
前記複数の異なるアシルカルニチンはイソバレリルカルニチンとその異性体であるピバロイルカルニチンを含む、請求項9に記載のアシルカルニチン分析方法。
【請求項11】
前記複数の異なるアシルカルニチンはブチリルカルニチンとその異性体であるイソブチリルカルニチンを含む、請求項9に記載のアシルカルニチン分析方法。
【請求項12】
タンデム型質量分析装置を用い、質量が実質的に同一である複数の異なるアシルカルニチンを識別する分析方法であって、
検体に対し、前記複数の異なるアシルカルニチンに対して各々決められた互いに異なる特定のMRMトランジションについてのMRM測定を実施して、目的のアシルカルニチン由来のイオンの強度情報を取得する測定ステップと、
前記測定ステップにより得られた特定のMRMトランジションに対する信号強度に基いて、前記複数の異なるアシルカルニチンを識別する、又は前記検体中の前記目的のアシルカルニチンに前記複数の異なるアシルカルニチンのいずれかが含まれるか否かを判定する処理ステップと、
を含むアシルカルニチン分析方法。
【請求項13】
前記複数の異なるアシルカルニチンは、グルタリルカルニチンとヒドロキシヘキサノイルカルニチンを含む、請求項12に記載のアシルカルニチン分析方法。
【請求項14】
タンデム型質量分析装置を用い、質量が実質的に同一である複数の異なるアシルカルニチンを識別する分析方法であって、
検体に対し、特定のMRMトランジションでコリジョンエネルギーを変化させつつMRM測定を実施し、それぞれ目的のアシルカルニチン由来のイオンの強度情報を取得する測定ステップと、
前記測定ステップにおいて得られたイオン強度のコリジョンエネルギー依存性に基いて、前記複数の異なるアシルカルニチンを識別する、又は前記検体中の前記目的のアシルカルニチンに前記複数の異なるアシルカルニチンのいずれかが含まれるか否かを判定する処理ステップと、
を含むアシルカルニチン分析方法。
【請求項15】
前記複数の異なるアシルカルニチンは、マロニルカルニチンと3-ヒドロキシブチリルカルニチンを含む、請求項14に記載のアシルカルニチン分析方法。
【請求項16】
検体に対しm/z 246>187、m/z 246>57、m/z 246>41、又はm/z 246>29のうちの少なくとも一つのMRMトランジションによるMRM測定を実施するタンデム型質量分析装置である測定部と、
前記測定部で得られた測定結果を用いて、前記検体中のイソバレリルカルニチンとその異性体であるピバロイルカルニチンとを識別する、又は前記検体中のC5アシルカルニチン(炭素数が5であるアシル基を有するアシルカルニチン)にピバロイルカルニチンが含まれるか否かを判定する処理部と、
を備えるアシルカルニチン分析装置。
【請求項17】
検体に対し、信号強度が最大となるMRMトランジションについての第1のMRM測定と、それとは異なるMRMトランジションについての第2のMRM測定と、を実施するタンデム型質量分析装置である測定部と、
前記測定部での前記第1のMRM測定により得られた信号強度と前記第2のMRM測定により得られた信号強度との比である確認イオン比に基いて、質量が実質的に同一である複数の異なるアシルカルニチンを識別する、又は前記検体中の目的のアシルカルニチンに前記複数の異なるアシルカルニチンのいずれかが含まれるか否かを判定する処理部と、
を備えるアシルカルニチン分析装置。
【請求項18】
検体に対し、前記複数の異なるアシルカルニチンに対して各々決められた互いに異なる特定のMRMトランジションについてのMRM測定を実施するタンデム型質量分析装置である測定部と、
前記測定部で得られた特定のMRMトランジションに対する信号強度に基いて、質量が実質的に同一である複数の異なるアシルカルニチンを識別する、又は前記検体中の目的のアシルカルニチンに前記複数の異なるアシルカルニチンのいずれかが含まれるか否かを判定する処理部と、
を備えるアシルカルニチン分析装置。
【請求項19】
検体に対し、特定のMRMトランジションでコリジョンエネルギーを変化させつつMRM測定を実施するタンデム型質量分析装置である測定部と、
前記測定部で得られたイオン強度のコリジョンエネルギー依存性に基いて、質量が実質的に同一である複数の異なるアシルカルニチンを識別する、又は前記検体中の目的のアシルカルニチンに前記複数の異なるアシルカルニチンのいずれかが含まれるか否かを判定する処理部と、
を備えるアシルカルニチン分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アシルカルニチンの分析方法及びその方法を用いた分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
新生児の先天性代謝異常症等を早期に発見し治療を行うために、新生児スクリーニング検査が広く実施されている。最近では、質量分析技術の急速な進展に伴い、タンデム型質量分析装置を利用した新生児マススクリーニング検査も普及してきており、新生児の先天性代謝異常症の早期発見に非常に威力を発揮している(非特許文献1、2参照)。
【0003】
こうした新生児マススクリーニング検査の一つとして、有機酸・脂肪酸代謝異常症を診断するためのアシルカルニチン分析がある。アシルカルニチンは、体内に蓄積されているカルニチンと有機酸や脂肪酸由来のアシル基とが結合したものであり、アシル基の鎖長が異なる様々な構造のアシルカルニチンが分析の対象となっている。
【0004】
非特許文献2に開示されているように、一般的なアシルカルニチン分析では、タンデム型質量分析装置における多重反応モニタリング(Multiple Reaction Monitoring:MRM)測定を利用し、アシル基の鎖長に応じて質量電荷比(厳密には斜体字の「m/z」であるが、本明細書では慣用的に使用されている「質量電荷比」又は「m/z」を用いる)が相違するアシルカルニチン分子由来のプリカーサーイオンと、m/z 85(正確には84.95)の特徴的なプロダクトイオンとを組み合わせた定量分析が実施されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】野町祥介、ほか8名、「タンデム質量分析計による新生児マス・スクリーニングの試験研究2008年度(4年目)実施成績」、札幌市衛研年報、Vol.36、2009年、pp.42-48
【文献】重松陽介、「質量分析法による新生児マススクリーニングの実相」、日本質量分析学会、Journal of the Mass Spectrometry Society of Japan、Vol.64、No.4、2016年、pp.127-131
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来のアシルカルニチン分析方法では次のような問題がある。
新生児マススクリーニング検査では、大量の検体を迅速に分析する必要があることから、液体クロマトグラフ(LC)での分離を行わず、フローインジェクション分析法(Flow Injection Analysis:FIA)とMRM測定との組合せが利用される。そのため、MRMトランジション(プリカーサーイオンの質量電荷比とプロダクトイオンの質量電荷比の組合せ)が同一である異性体を区別することができない。
【0007】
例えば、非特許文献2でも指摘されているように、C5アシルカルニチン(炭素数が5であるアシル基を有するアシルカルニチン)は、イソバレリルカルニチン(Isovalerylcarnitine)のほか、ピバロイルカルニチン(Pivaloylcarnitine)などの異性体を含む。イソバレリルカルニチンは先天性疾患関連の代謝物であるのに対し、ピバロイルカルニチンは、主として、一部の抗菌剤に含まれるピボキシル基に由来する薬剤由来の代謝物である。そのため、アシルカルニチン分析によってC5アシルカルニチンの異常な増加が検出されてスクリーニング陽性になった場合であっても、本来検出したい先天的な要因ではなく、検出が不要である薬剤の影響による偽陽性である可能性がある。上記抗菌剤は新生児に対し比較的高い頻度で処方される薬剤であるため、この薬剤に由来する偽陽性は比較的多くみられるものである。
【0008】
こうしたことから、C5アシルカルニチンに関してスクリーニング陽性である場合には、液体クロマトグラフ質量分析などの他の分析法による追加検査を実施し、先天的な要因であるのかどうかを確定する必要がある。一般的な新生児スクリーニング検査では新生児から採血を行って試料を調製するため、上記のような追加検査の実施は、特に新生児にとっては大きな身体的な負担である。また、スクリーニング検査で陽性になると、新生児の親にはかなり大きな心理的負担を負わせることになる。そのため、偽陽性をできるだけ減らすとともに、仮に追加検査が必要であるにしても、薬剤由来の一時的な偽陽性の可能性があることを親に知らせることができるようにすることが重要である。
【0009】
上述した問題はC5アシルカルニチンに限らず、例えば、短鎖アシルCoA脱水素酵素欠損症、グルタル酸血症II型などの先天性疾患関連の代謝物として知られているブチリルカルニチン(Butyrylcarnitine)と、その異性体であるイソブチリルカルニチン(Isobutyrylcarnitine)とを含むC4アシルカルニチンでも同様である。
【0010】
また、上述した異性体の場合には分子量が全く同一であるが、分子量が同一でない場合でもかなり近いと、質量分析装置の性能の制約のために、異なるアシルカルニチンを質量では識別できない場合がある。
【0011】
例えば、グルタル酸血症I型などの先天性疾患関連の代謝物として知られているグルタリルカルニチン(Gultarylcarnitine)とヒドロキシヘキサノイルカルニチン(Hydroxyhexanoylcarnitine)は組成式が異なるものの、整数質量は同一であり、質量分解能が比較的低い質量分析装置では識別することができない。また、マロン酸血症などの先天性疾患関連の代謝物として知られているマロニルカルニチン(Malonylcarnitine)と3-ヒドロキシアシルCoA脱水素酵素欠損症などの先天性疾患関連の代謝物として知られている3-ヒドロキシブチリルカルニチン(3-Hydroxybutyrylcarnitine)は、組成式が異なるものの、整数質量は同一であり、質量分解能が比較的低い質量分析装置では識別することができない。
【0012】
こうした整数質量が同じである複数のアシルカルニチンの識別は、通常、液体クロマトグラフ質量分析装置では可能であることが多いものの、効率が悪く、スクリーニング検査には不向きである。
【0013】
本発明の一つの態様は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、新生児マススクリーニング検査などにおいて、C5アシルカルニチンに含まれる先天的な要因によるアシルカルニチンと主として薬剤由来である異性体とを識別することができるアシルカルニチンの分析方法及び分析装置を提供することである。
【0014】
また、本発明の他の態様は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、新生児マススクリーニング検査などにおいて、質量が全く又は実質的に同じである複数のアシルカルニチンを効率良く且つ精度良く識別することができるアシルカルニチンの分析方法及び分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するためになされた本発明に係るアシルカルニチン分析方法の一つの態様は、タンデム型質量分析装置を用い、C5アシルカルニチン(炭素数が5であるアシル基を有するアシルカルニチン)を分析する方法であって、
検体に対しm/z 246>187、m/z 246>57、m/z 246>41、又はm/z 246>29のうちの少なくとも一つの多重反応モニタリング(MRM)トランジションによるMRM測定を実施する測定ステップと、
前記測定ステップにおいて得られた測定結果を用いて、前記検体中のイソバレリルカルニチンとその異性体であるピバロイルカルニチンとを識別する、又は前記検体中のC5アシルカルニチンにピバロイルカルニチンが含まれるか否かを判定する処理ステップと、
を含むものである。
【0016】
上記課題を解決するためになされた本発明に係るアシルカルニチン分析方法の他の態様は、タンデム型質量分析装置を用い、質量が実質的に同一である複数の異なるアシルカルニチンを識別する分析方法であって、
検体に対し、信号強度が最大となるMRMトランジションについての第1のMRM測定と、それとは異なるMRMトランジションについての第2のMRM測定と、を実施して、目的のアシルカルニチン由来のイオンの強度情報を取得する測定ステップと、
前記第1のMRM測定により得られた信号強度と前記第2のMRM測定により得られた信号強度との比である確認イオン比に基いて、前記複数の異なるアシルカルニチンを識別する、又は前記検体中の前記目的のアシルカルニチンに前記複数の異なるアシルカルニチンのいずれかが含まれるか否かを判定する処理ステップと、
を含むものである。
【0017】
上記課題を解決するためになされた本発明に係るアシルカルニチン分析方法のさらに他の態様は、タンデム型質量分析装置を用い、質量が実質的に同一である複数の異なるアシルカルニチンを識別する分析方法であって、
検体に対し、前記複数の異なるアシルカルニチンに対して各々決められた互いに異なる特定のMRMトランジションについてのMRM測定を実施して、目的のアシルカルニチン由来のイオンの強度情報を取得する測定ステップと、
前記測定ステップにより得られた特定のMRMトランジションに対する信号強度に基いて、前記複数の異なるアシルカルニチンを識別する、又は前記検体中の前記目的のアシルカルニチンに前記複数の異なるアシルカルニチンのいずれかが含まれるか否かを判定する処理ステップと、
を含むものである。
【0018】
上記課題を解決するためになされた本発明に係るアシルカルニチン分析方法のさらに他の態様は、タンデム型質量分析装置を用い、質量が実質的に同一である複数の異なるアシルカルニチンを識別する分析方法であって、
検体に対し、特定のMRMトランジションでコリジョンエネルギーを変化させつつMRM測定を実施し、それぞれ目的のアシルカルニチン由来のイオンの強度情報を取得する測定ステップと、
前記測定ステップにおいて得られたイオン強度のコリジョンエネルギー依存性に基いて、前記複数の異なるアシルカルニチンを識別する、又は前記検体中の前記目的のアシルカルニチンに前記複数の異なるアシルカルニチンのいずれかが含まれるか否かを判定する処理ステップと、
を含むものである。
【0019】
また上記課題を解決するためになされた本発明に係るアシルカルニチン分析装置の一つの態様は、
検体に対しm/z 246>187、m/z 246>57、m/z 246>41、又はm/z 246>29のうちの少なくとも一つの多重反応モニタリング(MRM)トランジションによるMRM測定を実施するタンデム型質量分析装置である測定部と、
前記測定部で得られた測定結果を用いて、前記検体中のイソバレリルカルニチンとその異性体であるピバロイルカルニチンとを識別する、又は前記検体中のC5アシルカルニチン(炭素数が5であるアシル基を有するアシルカルニチン)にピバロイルカルニチンが含まれるか否かを判定する処理部と、
を備えるものである。
【0020】
上記課題を解決するためになされた本発明に係るアシルカルニチン分析装置の他の態様は、
検体に対し、信号強度が最大となるMRMトランジションについての第1のMRM測定と、それとは異なるMRMトランジションについての第2のMRM測定と、を実施するタンデム型質量分析装置である測定部と、
前記測定部での前記第1のMRM測定により得られた信号強度と前記第2のMRM測定により得られた信号強度との比である確認イオン比に基いて、質量が実質的に同一である複数の異なるアシルカルニチンを識別する、又は前記検体中の目的のアシルカルニチンに前記複数の異なるアシルカルニチンのいずれかが含まれるか否かを判定する処理部と、
を備えるものである。
【0021】
上記課題を解決するためになされた本発明に係るアシルカルニチン分析装置のさらに他の態様は、
検体に対し、前記複数の異なるアシルカルニチンに対して各々決められた互いに異なる特定のMRMトランジションについてのMRM測定を実施するタンデム型質量分析装置である測定部と、
前記測定部で得られた特定のMRMトランジションに対する信号強度に基いて、質量が実質的に同一である複数の異なるアシルカルニチンを識別する、又は前記検体中の目的のアシルカルニチンに前記複数の異なるアシルカルニチンのいずれかが含まれるか否かを判定する処理部と、
を備えるものである。
【0022】
上記課題を解決するためになされた本発明に係るアシルカルニチン分析装置のさらに他の態様は、
検体に対し、特定のMRMトランジションでコリジョンエネルギーを変化させつつMRM測定を実施するタンデム型質量分析装置である測定部と、
前記測定部で得られたイオン強度のコリジョンエネルギー依存性に基いて、質量が実質的に同一である複数の異なるアシルカルニチンを識別する、又は前記検体中の目的のアシルカルニチンに前記複数の異なるアシルカルニチンのいずれかが含まれるか否かを判定する処理部と、
を備えるものである。
【0023】
ここで、「質量が実質的に同一である複数の異なるアシルカルニチン」とは、例えば異性体のように質量が全く同一であるアシルカルニチンである場合と、厳密な質量は互いに異なるものの、例えばその差が使用される質量分析装置で区別できない程度のものである場合、例えば整数質量が同一のアシルカルニチンである場合と、があり得る。
【0024】
また、本発明の上記態様において、タンデム型質量分析装置は、典型的にはトリプル四重極型質量分析装置又は四重極-飛行時間型(Q-TOF型)質量分析装置であるものとすることができる。
【0025】
ここで、m/z A>BのMRMトランジションによるMRM測定とは、前段質量分離器でm/z Aを有するプリカーサーイオンを選択し、そのm/z Aのプリカーサーイオンに由来するm/z Bのプロダクトイオンを検出する測定である。従って、このMRM測定を行うタンデム型質量分析装置がトリプル四重極型質量分析装置である場合、m/z Aのプリカーサーイオンを前段四重極マスフィルターで選択的に通過させ、そのm/z Aのプリカーサーイオンに由来するm/z Bを有するプロダクトイオンを後段四重極マスフィルターにより選択的に通過させて検出する。また、このMRM測定を行うタンデム型質量分析装置がQ-TOF型質量分析装置である場合、前段四重極マスフィルター(Q)でm/z Aを有するプリカーサーイオンを選択的に通過させ、そのm/z Aのプリカーサーイオンに由来するプロダクトイオンのうち、m/z Bを含むプロダクトイオンを後段の飛行時間型質量分離器(TOF)及びイオン検出器により検出する。
【0026】
また、本発明の上記一つの態様におけるMRMトランジションでの質量電荷比の値m/z 246、m/z 187、m/z 57、m/z 41、m/z 29、及び後述するMRMトランジションでの質量電荷比の値m/z 85は整数値であるが、小数点以下2位まで示すと、それぞれm/z 246.15、m/z 187.05、m/z 57.00、m/z 41.10、m/z 29.15、及びm/z 84.95であり、一般的には、これが最も意図する(つまりはターゲットとしたい)値である。
【0027】
但し、実際に四重極マスフィルター等の質量分離器で選択されるイオンの質量電荷比値は、当然、使用される装置の性能に依存する。従って、本明細書及び特許請求の範囲において、例えばm/z 246と記載した場合、最も意図するイオンの質量電荷比値はm/z 246.15であるものの、m/z 246.15±0.1、m/z 246.15±0.2、m/z 246.15±0.3、又はm/z 246.15±0.4の範囲内のイオンも意図するイオンに含まれ得る。言い換えると、質量電荷比値を整数値で表すものとしたときに、m/z 246と表記すべきイオンを含み、m/z 245及びm/z 247と表記すべきイオンは含まないものとすることができる。他の質量電荷比値についても同様である。
【発明の効果】
【0028】
本発明に係るアシルカルニチン分析方法及びアシルカルニチン分析装置の一つの態様では、従来一般にアシルカルニチンの定量に利用されているm/z 85である高い感度での検出が可能なプロダクトイオンではなく、それに比べて検出感度が低い、m/z 187、m/z 57、m/z 41、m/z 29という4種類のプロダクトイオンのいずれか一つ又は複数をピバロイルカルニチンの識別又は判定に利用する。もちろん、この4種類のプロダクトイオンと従来使用されているm/z 85のプロダクトイオンとを併用してもよい。
【0029】
本発明に係るアシルカルニチン分析方法及びアシルカルニチン分析装置の一つの態様によれば、液体クロマトグラフのカラムによる成分分離を行うことなく、従来は困難であったイソバレリルカルニチンとピバロイルカルニチンとの識別、又は、検出されたC5アシルカルニチンにピバロイルカルニチンが含まれる可能性があるか否かの判定、を行うことができる。それにより、C5アシルカルニチンについてのスクリーニング検査における偽陽性を減少させることができる。また、C5アシルカルニチンについてのスクリーニング検査で陽性となった場合でも、その要因が薬剤由来であるピバロイルカルニチンである可能性があることをユーザーに知らせることができる。その結果、新生児に対して身体的負担を軽減したり、スクリーニング検査で陽性になった新生児の親に対する心理的負担を軽減したりすることが可能となる。
【0030】
また、本発明に係るアシルカルニチン分析方法及びアシルカルニチン分析装置の他の態様によれば、従来は困難であった分子量が全く同一である異性体であるアシルカルニチン同士の識別、或いは、質量分析装置の質量分解能の制約等のために区別が困難である整数質量が同じであるアシルカルニチン同士の識別が、液体クロマトグラフのカラムによる成分分離を行うことなく容易に行える。それにより、遺伝的な要因による先天性代謝異常症等のスクリーニング検査を、効率的に且つ精度良く行うことが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【
図1】本発明に係るアシルカルニチン分析装置の一実施形態の要部の構成図。
【
図2】MRMトランジション:m/z 246.15>187.05における、イソバレリルカルニチン(i-C5)とピバロイルカルニチン(p-C5)とについてのコリジョンエネルギーとピーク強度との関係を示すグラフ。
【
図3】MRMトランジション:m/z 246.15>84.95における、i-C5とp-C5とについてのコリジョンエネルギーとピーク強度との関係を示すグラフ。
【
図4】MRMトランジション:m/z 246.15>57.00における、i-C5とp-C5とについてのコリジョンエネルギーとピーク強度との関係を示すグラフ。
【
図5】MRMトランジション:m/z 246.15>41.10における、i-C5とp-C5とについてのコリジョンエネルギーとピーク強度との関係を示すグラフ。
【
図6】MRMトランジション:m/z 246.15>29.15における、i-C5とp-C5とについてのコリジョンエネルギーとピーク強度との関係を示すグラフ。
【
図7】試料にp-C5が含まれないと判定される場合のクロマトグラム波形の実測例を示す図。
【
図8】試料にp-C5が含まれる可能性があると判定される場合のクロマトグラム波形の実測例を示す図。
【
図9】MRMトランジション:m/z 246.15>84.95を定量イオン、MRMトランジション:m/z 246.15>187.05を確認イオンとしたときの、i-C5とp-C5とについての確認イオン比のコリジョンエネルギー依存性を示すグラフ。
【
図10】MRMトランジション:m/z 246.15>84.95及びm/z 246.15>187.05を用いて、i-C5とp-C5の標準試料をそれぞれ実測して得られるクロマトグラム波形を示す図。
【
図11】MRMトランジション:m/z 246.15>84.95及びm/z 246.15>187.05を用いた場合の、i-C5及びp-C5の標準試料に対するクロマトグラム波形の比較を示す図。
【
図12】MRMトランジション:m/z 246.15>187.05を用いた場合における、試料中のi-C5の割合と確認イオン比との関係を示す図。
【
図13】MRMトランジション:m/z 232>85を定量イオン、MRMトランジション:m/z 232>173を確認イオンとしたときの、ブチリルカルニチン(BCA)とイソブチリルカルニチンとについての確認イオン比のコリジョンエネルギー依存性を示すグラフ。
【
図14】MRMトランジション:m/z 232>85を定量イオン、MRMトランジション:m/z 232>57を確認イオンとしたときの、ブチリルカルニチン(BCA)とイソブチリルカルニチンとについての確認イオン比のコリジョンエネルギー依存性を示すグラフ。
【
図15】MRMトランジション:m/z 232>85を定量イオン、MRMトランジション:m/z 232>41を確認イオンとしたときの、ブチリルカルニチン(BCA)とイソブチリルカルニチン(IBCA)とについての確認イオン比のコリジョンエネルギー依存性を示すグラフ。
【
図16】MRMトランジション:m/z 232>85を定量イオン、MRMトランジション:m/z 232>29を確認イオンとしたときの、BCAとIBCAとについての確認イオン比のコリジョンエネルギー依存性を示すグラフ。
【
図17】グルタリルカルニチン(C5-DC)を含む試料に対する、m/z 276>87、m/z 276>69のMRMトランジションにおける実測のクロマトグラム波形を示す図。
【
図18】ヒドロキシヘキサノイルカルニチン(C6-OH)を含む試料に対する、m/z 276>87、m/z 276>69のMRMトランジションにおける実測のクロマトグラム波形を示す図。
【
図19】MRMトランジション:m/z 248.2>85.1を定量イオン、MRMトランジション:m/z 248.2>189.1を確認イオンとしたときの、マロニルカルニチン(C3-DC)と3-ヒドロキシブチリルカルニチン(C4-OH)とについての確認イオン比のコリジョンエネルギー依存性を示すグラフ。
【
図20】MRMトランジション:m/z 248.2>85.1を定量イオン、MRMトランジション:m/z 248.2>144.1を確認イオンとしたときの、C3-DCとC4-OHとについての確認イオン比のコリジョンエネルギー依存性を示すグラフ。
【
図21】MRMトランジション:m/z 248.2>85.1を定量イオン、MRMトランジション:m/z 248.2>103.1を確認イオンとしたときの、C3-DCとC4-OHとについての確認イオン比のコリジョンエネルギー依存性を示すグラフ。
【
図22】MRMトランジション:m/z 248.2>85.1を定量イオン、MRMトランジション:m/z 248.2>58.1を確認イオンとしたときの、C3-DCとC4-OHとについての確認イオン比のコリジョンエネルギー依存性を示すグラフ。
【
図23】MRMトランジション:m/z 248.2>85.1を定量イオン、MRMトランジション:m/z 248.2>57.1を確認イオンとしたときの、C3-DCとC4-OHとについての確認イオン比のコリジョンエネルギー依存性を示すグラフ。
【
図24】MRMトランジション:m/z 248.2>85.1を定量イオン、MRMトランジション:m/z 248.2>45.1を確認イオンとしたときの、C3-DCとC4-OHとについての確認イオン比のコリジョンエネルギー依存性を示すグラフ。
【
図25】MRMトランジション:m/z 248.2>85.1を定量イオン、MRMトランジション:m/z 248.2>43.1を確認イオンとしたときの、C3-DCとC4-OHとについての確認イオン比のコリジョンエネルギー依存性を示すグラフ。
【
図26】MRMトランジション:m/z 248.2>85.1を定量イオン、MRMトランジション:m/z 248.2>29.2を確認イオンとしたときの、C3-DCとC4-OHとについての確認イオン比のコリジョンエネルギー依存性を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本発明に係るアシルカルニチン分析方法及びアシルカルニチン分析装置の一実施形態を、添付図面を参照して説明する。
【0033】
[本実施形態のアシルカルニチン分析装置の構成]
図1は、本発明に係るアシルカルニチン分析装置の一実施形態の概略構成図である。
【0034】
このアシルカルニチン分析装置は、主として、新生児スクリーニング検査における先天的な有機酸・脂肪酸代謝異常症を診断するためのアシルカルニチン分析に利用されるものである。本分析装置は、試料導入部1と、測定部2と、データ処理部3と、分析制御部4と、中央制御部5と、入力部6と、表示部7と、を含む。
【0035】
試料導入部1はFIA法による試料導入を行う装置であり、移動相(溶媒)が貯留されている移動相容器11、移動相容器11から移動相を吸引して送給する送液ポンプ12、移動相中に試料を注入するインジェクター13、を含む。一般的には、これら各構成要素は液体クロマトグラフにおけるユニットを用いることができる。また、図示しないが、通常は、多数の検体を順次分析するために、オートサンプラーがインジェクター13に接続される。なお、一般的な新生児スクリーニング検査の場合、非特許文献2にも記載されているように、試料はろ紙血から抽出・調製されたものである。但し、試料はこれに限らず、尿やそのほかの体液などから調製されたものとすることもできる。
【0036】
測定部2は、タンデム型質量分析装置の一種であるトリプル四重極型質量分析装置であり、略大気圧に維持されるイオン化室201と、それぞれ真空ポンプ(図示せず)により真空排気される第1中間真空室202、第2中間真空室203、及び、高真空室204、と、を備える。イオン化室201にはエレクトロスプレーイオン化(ElectroSpray Ionization:ESI)法によるイオン化を行うESIスプレー21が設けられ、イオン化室201と次段の第1中間真空室202との間は脱溶媒管22で接続されている。第1中間真空室202内にはイオンを収束させつつ輸送するイオンガイド23が配置され、第1中間真空室202と次段の第2中間真空室203との間は、スキマー24の頂部に形成されている小孔を通して連通している。第2中間真空室203内にも、イオンを収束させつつ輸送する多重極型イオンガイド25が配置されている。
【0037】
高真空室204内には、イオンの流れに沿って、前段四重極マスフィルター26、コリジョンセル27、後段四重極マスフィルター28、及びイオン検出器29、が配置されている。コリジョンセル27の内部には、四重極型のイオンガイドが配置されている。前段四重極マスフィルター26及び後段四重極マスフィルター28はそれぞれ、所定の質量電荷比を有するイオンを選択的に通過させる機能を有する。コリジョンセル27の内部には、外部からアルゴンなどの不活性な衝突誘起解離(Collision-Induced Dissociation:CID)ガスが導入されるようになっており、導入されたイオンをCIDガスに接触させることにより解離させてプロダクトイオンを生成する機能を有する。
【0038】
データ処理部3は、イオン検出器29からの検出データを受けて、該データに基く処理を行うものであり、機能ブロックとして、データ収集部31、ピーク強度算出部32、成分判定部33、を含む。分析制御部4は、分析条件記憶部41に格納されている分析条件ファイルに従って、試料導入部1及び測定部2の動作を制御するものである。中央制御部5は、統括的な制御と、入力部6や表示部7などを通したユーザーインターフェイスとを主として実行するものである。
【0039】
一般に、データ処理部3、分析制御部4、及び中央制御部5の実体はパーソナルコンピューター又はより高性能なワークステーションと呼ばれるコンピューターであり、該コンピューターに予めインストールされた専用のソフトウェア(コンピュータープログラム)を該コンピューター上で動作させることで上記各機能ブロックの機能が実現されるものとすることができる。
【0040】
[MRM測定動作の概略説明]
図1に示したアシルカルニチン分析装置では、アシルカルニチンの分析の際に測定部2で、所定のMRMトランジションについてのMRM測定を繰り返し実施する。このMRM測定の際の動作を概略的に説明する。
【0041】
試料導入部1において送液ポンプ12は移動相容器11から移動相を吸引し、略一定流速でインジェクター13に送る。インジェクター13は所定のタイミングで移動相中に所定量の試料(検体)を注入する。試料は移動相の流れに乗って、測定部2のESIスプレー21に到達する。ESIスプレー21に達するまでの流路において試料は前後方向に拡散する。そのため、ESIスプレー21に導入される試料の量は初めはごく少ないものの、急激に増加し、最大点を超えると急激に減少してゼロになる。即ち、その試料の濃度分布は、時間経過に対してガウス分布に近いピーク状を呈す。
【0042】
ESIスプレー21において、試料は微細な帯電液滴としてイオン化室201内に噴霧される。帯電液滴は残留ガス分子と接触して分裂し、該液滴中の溶媒が気化する過程で、試料中の化合物分子はイオン化される。生成されたイオンは、脱溶媒管22を経て第1中間真空室202へと送られ、さらに、イオンガイド23、スキマー24の小孔、多重極型イオンガイド25を経て高真空室204まで送られる。試料由来のイオンは前段四重極マスフィルター26に導入され、前段四重極マスフィルター26を構成する電極に印加されている電圧に対応する所定の質量電荷比を有するイオンのみがプリカーサーイオンとして選択的に通り抜ける。コリジョンセル27に入射したプリカーサーイオンはCIDガスに接触して解離され、様々なプロダクトイオンが生成される。
【0043】
生成された各種のプロダクトイオンは後段四重極マスフィルター28に導入され、後段四重極マスフィルター28を構成する電極に印加されている電圧に対応する所定の質量電荷比を有するプロダクトイオンのみが選択的に通り抜け、イオン検出器29に到達する。イオン検出器29は入射したイオンの量に応じた検出信号を生成し、図示しないアナログデジタル変換器でデジタル化された検出データがデータ処理部3に入力される。
【0044】
分析制御部4は、目的とするMRMトランジションに応じた電圧が前段四重極マスフィルター26及び後段四重極マスフィルター28の電極にそれぞれ印加されるように測定部2を制御する。これにより、試料に含まれる化合物に由来するイオンの中で、特定のMRMトランジションに対応するイオン、つまりは特定の質量電荷比を持つプリカーサーイオンが解離して生成された、特定の質量電荷比を持つプロダクトイオンのイオン強度を示す検出データが得られる。
【0045】
[C5アシルカルニチンの分析手法の原理]
次に、本実施形態のアシルカルニチン分析装置における特徴的な分析方法の原理について説明する。
【0046】
測定部2において、プリカーサーイオンはコリジョンセル27内でCIDにより解離されるが、その解離の態様はプリカーサーイオンが有する運動エネルギーによって異なる。この運動エネルギーがコリジョンエネルギー(CE)である。コリジョンエネルギーは、コリジョンセル27の入口端とその前段(
図1では前段四重極マスフィルター26であるが、別のイオンレンズ等のイオン光学素子である場合もある)との直流的な電位差で決まるため、通常、コリジョンエネルギーはその電位差で示される。従って、前段四重極マスフィルター26とその前段のイオン光学素子とのいずれか一方又は両方に印加する直流バイアス電圧によって、コリジョンエネルギーを調整することができる。
【0047】
上述したように、コリジョンエネルギーを変化させるとプリカーサーイオンの解離の態様が変化し、複数種のプロダクトイオンの生成パターンが変化する。検出感度を高めるには、イオン強度ができるだけ大きいプロダクトイオン(つまりはMRMトランジション)を選択することが望ましい。そのため、従来のC5アシルカルニチン分析では、イオン強度が最も大きくなるm/z 246.15>84.95のMRMトランジションが、当該成分の有無の判定や含有量を算出するための定量イオンとして用いられていた。しかしながら、既に述べたように、m/z 246.15>84.95では、先天性の代謝異常に関連するイソバレリルカルニチンと、主として抗菌剤由来であるピバロイルカルニチンとを区別することができない。そこで、本発明者は、C5アシルカルニチンに関連する種々のMRMトランジションについて、コリジョンエネルギーとイオン強度との関係を実験的に子細に調査した。
【0048】
図2~
図6は、実験により求めた、それぞれ異なるMRMトランジションの下での、イソバレリルカルニチン(以下、「i-C5」と略すことがある)とピバロイルカルニチン(以下、「p-C5」と略すことがある)とについての、コリジョンエネルギーとピーク強度との関係を示すグラフである。
【0049】
上記実験は次のような手順で行った。
i-C5及びp-C5の標準品からそれぞれ超純水を用いて100μg/L水溶液を調製し、これを試料とした。質量分析装置としては島津製作所製のLCMS-8060を使用し、まず、i-C5とp-C5の共通のプリカーサーイオン(m/z 246.15)に対しプロダクトイオンスキャン測定を実施して、それぞれの化合物に特有のプロダクトイオンを探索した。その結果、それぞれの化合物由来の特有のプロダクトイオンは観測されず、或る程度高いピーク強度が得られる代表的なプロダクトイオンとして、m/z 187.05、m/z 84.95、m/z 57.00、m/z 41.10、m/z 29.15の5種類があることが分かった。
【0050】
次いで、この5種類のプロダクトイオンについて、コリジョンエネルギーの設定値を5Vステップで-100~-10Vの範囲で変化させた際のピーク強度をそれぞれ測定した。その結果を示したのが
図2~
図6である。但し、
図2~
図6では、コリジョンエネルギーの変化に対するピーク強度パターンを容易に比較するために、i-C5とp-C5のピーク強度パターンそれぞれにおいてピーク強度の最大値が1になるようにパターンを規格化している。
【0051】
従来のC5アシルカルニチンの定量に利用されている、
図3に示すMRMトランジション:m/z 246.15>84.95では、i-C5とp-C5とでピーク強度パターンに差異が殆どみられない。これに対し、m/z 246.15>57.00、m/z 246.15>41.10、m/z 246.15>29.15という3種類のMRMトランジションでは、i-C5とp-C5とでピーク強度パタ-ンに差異がみられる。特に、m/z 246.15>41.10では、コリジョンエネルギーのほぼ全範囲に亘ってピーク強度に明確な差異がみられる。それ以外のm/z 246.15>57.00、m/z 246.15>29.1では、コリジョンエネルギーによってはピーク強度に十分な差異がみられる。こうした実験的な知見によれば、これら特定のMRMトランジションにおけるi-C5とp-C5とでのピーク強度又はピーク強度パターンの差異を利用することで、i-C5とp-C5との識別が可能であることが判る。
【0052】
[i-C5とp-C5との識別方法の具体例]
上述したように、
図2~
図6を見る限り、i-C5とp-C5とで最も大きな差異が生じるMRMトランジションは、m/z 246.15>41.10である。そこで、上記実施形態のアシルカルニチン分析装置において、分析制御部4の制御の下で測定部2は、同じ未知試料に対し、CE=-22V、m/z 246.15>84.95でのMRM測定と、CE=-45V、m/z 246.15>41.10でのMRM測定とをそれぞれ繰り返し実施する。MRM測定は、インジェクター13により試料が注入された時点から所定の時間が経過する時点まで繰り返し実施される。これによって、データ収集部31には、それぞれのMRM測定結果であるイオン強度データの時間経過を示すクロマトグラム波形を構成するデータが記憶される。
【0053】
ピーク強度算出部32は、データ収集部31に格納されているデータから、上記2種類のMRMトランジションにそれぞれ対応するクロマトグラム波形を作成し、該波形上でピーク検出を行ってピークトップの値(ピーク強度値)を求める。なお、ここではピーク強度値を後述する演算処理のための信号強度として用いるが、ピーク強度値の代わりに、ピーク開始点から終了点までのピークの面積値を計算してこれを信号強度として用いてもよい。
【0054】
未知試料に含まれるC5アシルカルニチンがi-C5である場合とp-C5である場合とで、m/z 246.15>84.95のMRMトランジションにおける信号強度A1には殆ど差異がない。これに対し、i-C5である場合とp-C5である場合とで、m/z 246.15>41.10のMRMトランジションにおける信号強度A2には十分な差異がある。そこで、成分判定部33は、m/z 246.15>84.95のMRMトランジションにおける信号強度A1とm/z 246.15>41.10のMRMトランジションにおける信号強度A2との強度比A2/A1を計算する。
【0055】
なお、m/z 246.15>84.95のMRMトランジションにおいて検出されるイオンを定量イオン、m/z 246.15>41.10のMRMトランジションにおいて検出されるイオンを確認イオンとすれば、上記強度比A2/A1はいわゆる確認イオン比である。そこで、以下、この強度比A2/A1を確認イオン比という。
【0056】
図5から判るように、CE=-45Vでは、i-C5のほうがp-C5に比べてピーク強度が大きくなる。従って、C5アシルカルニチンがi-C5である(p-C5を含まない)と上記確認イオン比の値は大きく、C5アシルカルニチンがp-C5であると又はp-C5を含むと確認イオン比の値は相対的に小さくなる。
【0057】
そこで、確認イオン比に関してi-C5であるとみなせる判定範囲を予め定めておき、成分判定部33は、実測結果に基いて算出された確認イオン比がその判定範囲内であるか否かを判定する。そして、確認イオン比の値が判定範囲内である場合には、未知試料に含まれるC5アシルカルニチンはi-C5であると判定する。一方、確認イオン比の値が判定範囲を外れている場合には、試料に含まれるC5アシルカルニチンにはp-C5が含まれていると判定する。つまりはC5アシルカルニチンの検出によって陽性と判定された場合であっても、偽陽性の可能性があると判定する。中央制御部5は成分判定部33による判定結果を受けて、これを表示部7の画面上に表示する。
【0058】
上述したように、試料に含まれるC5アシルカルニチンにp-C5が含まれていると判定された場合でも、i-C5が含まれていないと判断することはできないため、再検査は必要である。しかしながら、この結果を確認した医師は、例えば被検者(新生児)への投薬履歴などから、検出されたC5アシルカルニチンは抗生剤由来である可能性が高いと判断することが可能である。従って、スクリーニング検査で陽性となった場合であっても、抗生剤に起因するもので先天的な要因でない可能性が高い、といったアドバイスを新生児の親に対し行うことができる。
【0059】
本発明者の実験によれば、上述した装置の種類、分析条件の下では、確認イオン比の値の判定範囲として1.4~2.6%の範囲を選定することができる。これは、中心値を2%、許容幅を±30%として設定したものである。この場合、実測データに基く確認イオン比の値が1.4~2.6%の範囲内であれば未知試料に含まれるC5アシルカルニチンはi-C5であり、その確認イオン比の値が1.4~2.6%の範囲を外れていれば未知試料に含まれるC5アシルカルニチンはp-C5である可能性がある、と判定することができる。もちろん、この判定範囲は、装置の種類や分析条件等に依存する。従って、事前に実験等によって適切な判定範囲を決めておく必要がある。
【0060】
図7及び
図8は、i-C5とp-C5とが正しく判定されるか否かを実験した結果を示すクロマトグラム波形図であり、
図7はi-C5を含む試料に対するクロマトグラム波形図、
図8はp-C5を含む試料に対するクロマトグラム波形図である。いずれも成分濃度は100μg/Lである。m/z 246.15>84.95のピークに比べてm/z 246.15>41.00のピークの強度は小さく見にくいので、
図7及び
図8では、m/z 246.15>41.00のクロマトグラムの縦軸(強度軸)を30倍拡大して示している。
【0061】
図7に示した例では、確認イオン比の値が1.4~2.6%の判定範囲に収まるため、i-C5であると判定された。また、
図8に示した例では、確認イオン比の値が1.4~2.6%の判定範囲を外れるため、p-C5である可能性があると判定された。このように、上述した2種類のMRMトランジションにおける信号強度の比、つまり確認イオン比を用いることで、i-C5とp-C5とを的確に識別可能であることが実験的に確かめられた。
【0062】
[i-C5とp-C5との識別方法の他の例]
図5を見れば判るように、i-C5とp-C5とではコリジョンエネルギーの変化に対するピーク強度パターンが明確に相違している。また、ピーク強度が最大を示すコリジョンエネルギー値そのものが相違している。そこで、この現象を利用してi-C5とp-C5とを識別することも可能である。
【0063】
具体的には、分析制御部4の制御の下で測定部2は、未知試料に対し、m/z 246.15>41.10のMRMトランジションにおいてコリジョンエネルギーを所定ステップ幅で変化させながらイオン強度データを取得する。データ処理部3においてピーク強度算出部32は、得られたデータに基いて、
図5に示したようなピーク強度パターンを作成する。成分判定部33は、このピーク強度パターンを、i-C5とp-C5とについてそれぞれ予め求めておいたピーク強度パターンと比較することで、i-C5のみであるかp-C5である可能性があるのかを判定する。
【0064】
或いは、データ処理部3においてピーク強度算出部32は、ピーク強度パターンからイオン強度がピーク(極大)となるコリジョンエネルギー値を求める。そして成分判定部33は、得られたコリジョンエネルギー値が、i-C5とp-C5とについてそれぞれ予め求めておいたピーク強度最大を示すコリジョンエネルギー値のいずれに該当するのか、又はいずれに近いのかを調べることで、i-C5のみであるかp-C5である可能性があるのかを判定する。
【0065】
また、上記実施形態による装置の説明では、i-C5とp-C5とでピーク強度パターンに最も大きな差異があるMRMトランジション:m/z 246.15>41.10を利用していたが、
図4及び
図6から判るように、他の2種類のMRMトランジション(m/z 246.15>57.00、m/z 246.15>29.15)でもコリジョンエネルギーの値によっては、i-C5とp-C5とでピーク強度に十分な差異がみられる。従って、m/z 246.15>41.10に代えてこれらMRMトランジション(m/z 246.15>57.00、m/z 246.15>29.15)を用いても、i-C5とp-C5とを識別することができる。
【0066】
図2に示したピーク強度パターンでは、m/z 246.15>187.05のMRMトランジションではi-C5とp-C5とで明確な差異が見られない。これに対し、m/z 246.15>84.95のMRMトランジションにおいて検出されるイオンを定量イオン、m/z 246.15>187.05のMRMトランジションにおいて検出されるイオンを確認イオンとした確認イオン比のコリジョンエネルギー依存性をプロットしたのが
図9である。
【0067】
また、
図10は、MRMトランジション:m/z 246.15>84.95及びm/z 246.15>187.05を用いて、i-C5とp-C5の標準試料をそれぞれ実測して得られるクロマトグラム波形を示す図である。
図10(a)に示すi-C5のクロマトグラムでは、確認イオン比((b1/a1)×100)は17.5%であるのに対し、
図10(b)に示すp-C5のクロマトグラムでは、確認イオン比((b2/a2)×100)は25.5%と、明確な差異がある。
【0068】
これら結果から、m/z 246.15>187.05を確認イオンとした確認イオン比においても、i-C5とp-C5とでは明確な差異があることが判る。即ち、上述した3種類のMRMトランジション以外に、m/z 246.15>187.05のMRMトランジションも、i-C5とp-C5との識別に利用可能である。
【0069】
図11は、m/z 246.15>187.05のMRMトランジションとm/z 246.15>41.10のMRMトランジションとを用いた場合の、i-C5及びp-C5の標準試料に対するクロマトグラム波形の比較を示す図である。コリジョンエネルギーは、それぞれのMRMトランジションにおいて最も感度が高くなる値に設定されている。
【0070】
この実測結果から、m/z 246.15>187.05のMRMトランジションは、m/z 246.15>41.10のMRMトランジションと比較して、i-C5に関しては約9倍、p-C5に関しては約18倍検出感度が高いことが判る。即ち、m/z 246.15>187.05のMRMトランジションを用いることで、他のMRMトランジションに比べてより高い感度でi-C5とp-C5とを識別することが可能である。
【0071】
図12は、実測結果から求めた、m/z 246.15>187.05のMRMトランジションを用いた場合における、試料中のi-C5の割合と確認イオン比との関係を示す図である。
図12に示すように、試料中のi-C5の割合と確認イオン比とは一次式、つまり直線で示す関係となる。そこで、上記実施形態の装置では、予め実験的に得られた上記関係を検量線として成分判定部33に記憶しておき、該検量線を用いて試料に対する実測から得られた確認イオン比から、i-C5又はp-C5の割合を推定することができる。こうした確認イオン比を利用したi-C5又はp-C5の割合の推定は、m/z 246.15>187.05以外のMRMトランジションを用いても実施することが可能である。
【0072】
但し、i-C5又はp-C5の検出感度が低いと十分な精度を確保するのが難しい。これに対し、上述したように、m/z 246.15>187.05のMRMトランジションでは他のMRMトランジションに比べて検出感度が高いので、i-C5又はp-C5の割合の推定精度を高くすることができる。
【0073】
また、上記説明では、1種類のMRMトランジションのみの測定結果に基いてi-C5とp-C5とを識別していたが、複数種のMRMトランジションにおいて得られるイオン強度の情報を組み合わせることで、判定の信頼度を高めることも可能である。
【0074】
イソバレリルカルニチンとその異性体であるピバロイルカルニチンとの識別について説明したが、同様の手法により、他のアシルカルニチンを識別することも可能である。その幾つかの例について説明する。
【0075】
[BCAとIBCAとの識別]
C4アシルカルニチン(炭素数が4であるアシル基を有するアシルカルニチン)は、ブチリルカルニチン(以下「BCA」と略すことがある)のほか、イソブチリルカルニチン(以下「IBCA」と略すことがある)などの異性体を含む。ブチリルカルニチンは、短鎖アシルCoA脱水素酵素欠損症、グルタル酸血症II型などの先天性疾患関連の代謝物として知られているが、その異性体であるイソブチリルカルニチンと質量が同一であるほか、解離によって生成されるプロダクトイオンの特異性もないため、識別が困難である。
【0076】
図13~
図16は、BCAとIBCAとについて、最も感度が高いm/z 232>85のMRMトランジションによるプロダクトイオンを定量イオンとし、それ以外の主要な4種類のMRMトランジション(m/z 232>173、m/z 232>57、m/z 232>41、m/z 232>29)におけるプロダクトイオンを確認イオンとしたときの確認イオン比のコリジョンエネルギー依存性を実測した結果を示すグラフである。
【0077】
この結果から、m/z 232>173、m/z 232>57、m/z 232>41、m/z 232>29の4種類のMRMトランジションのいずれにおいても、特定のコリジョンエネルギーにおいてBCAとIBCAとについて確認イオン比に十分な差異が存在することが判る。このことから、i-C5とp-C5との識別と同様に、確認イオン比を利用することで、BCAとIBCAとを識別することが可能である。また、クロマトグラムで観測されるピーク強度の大きさ、つまりは検出感度と、BCAとIBCAとについての確認イオン比の差の大きさを考えると、上記の4種類のMRMトランジションの中でもm/z 232>173が確認イオンとして好ましいということができる。
【0078】
[C5-DCとC6-OHとの識別]
上記例はいずれも、化合物の組成式が同一であるために質量が全く同一であるアシルカルニチン同士を識別する例であったが、組成式が異なるアシルカルニチン同士であっても、質量差がごく僅かであるために整数質量では区別ができない場合がある。
【0079】
例えば、グルタリルカルニチン(以下「C5-DC」と略すことがある)はグルタル酸血症I型などの先天性疾患関連の代謝物として知られており、精密な分子量は275.1368806である。一方、ヒドロキシヘキサノイルカルニチン(以下「C6-OH」と略すことがある)は精密な分子量が275.173264であり、小数点以下の精密な質量ではC5-DCと識別可能であるものの、上記実施形態の装置で使用している一般的なトリプル四重極型質量分析装置では、質量での識別はできない。また、C5-DCとC6-OHとは共に、最も感度が良好であるMRMトランジションがm/z 276>85であり、そのMRMトランジションにおけるイオンピーク強度での識別も困難である。
【0080】
そこで、C5-DCとC6-OHとについてそれぞれ、プリカーサーイオンをm/z 276としてプロダクトイオンスキャン測定をコリジョンエネルギーを変化させながら実施したところ、特定のコリジョンエネルギーにおいてそれぞれに特異的なプロダクトイオンが観測され得ることが判明した。具体的には、コリジョンエネルギーが-30V付近であるときに、C5-DCではm/z 276>87のMRMトランジションにおけるプロダクトイオンが、C6-OHではm/z 276>69のMRMトランジションにおけるプロダクトイオンが特異的に検出され得る。
【0081】
図17及び
図18は、C5-DC及びC6-OHをそれぞれ含む試料に対する、m/z 276>87、m/z 276>69の2種のMRMトランジションにおける実測のクロマトグラム波形を示す図である。各図には、C5-DC及びC6-OHに対して従来定量イオンとして用いられているm/z 276>85のMRMトランジションにおける実測のクロマトグラム波形も併せて示している。
【0082】
図17中のA、Bに示すように、C5-DCについては、m/z 276>87のMRMトランジションでは明確なピークが観測されるのに対し、m/z 276>69のMRMトランジションではピークが観測されない。逆に、
図18中のC、Dに示すように、C6-OHについては、m/z 276>69のMRMトランジションでは明確なピークが観測されるのに対し、m/z 276>87のMRMトランジションではピークが観測されない。従って、この二つのMRMトランジション、つまりm/z 276>69とm/z 276>87とのピーク強度に基いて、試料に含まれるアシルカルニチンがC5-DCであるかC6-OHであるかを識別することができる。
【0083】
このように、整数質量が同一であるC5-DCとC6-OHとは、両方に共通する定量イオンではなく、特異的な確認イオンの信号強度を利用して識別することが可能である。
【0084】
[C3-DCとC4-OHとの識別]
別の例として、マロニルカルニチン(以下「C3-DC」と略すことがある)はマロン酸血症などの先天性疾患関連の代謝物として知られており、精密な分子量は247.1055822である。一方、3-ヒドロキシブチリルカルニチン(以下「C4-OH」と略すことがある)は、3-ヒドロキシアシルCoA脱水素酵素欠損症などの先天性疾患関連の代謝物として知られており、精密な分子量は247.1419656である。小数点以下の精密な質量ではC3-DCとC4-OHは識別可能であるものの、上記例と同様に整数質量での識別はできない。また、共に最も感度が良好であるMRMトランジションはm/z 248>85であり、そのピーク強度での識別も困難である。
【0085】
上記例のように、C3-DCとC4-OHとで特異的なプロダクトイオンの有無を確認したが、C5-DCとC6-OHとの間で見つかったような特異的なプロダクトイオンは存在しなかった。そこで、上述した特定のコリジョンエネルギーにおける確認イオン比の差異を用いた識別が可能か否かを検討した。
【0086】
図19~
図26は、C3-DCとC4-OHとについて、最も感度の高いm/z 248.2>85.1のMRMトランジションによるプロダクトイオンを定量イオンとし、それ以外の主要な8種類のMRMトランジション(m/z 248.2>189.1、m/z 248.2>144.1、m/z 248.2>103.1、m/z 248.2>58.1、m/z 248.2>57.1、m/z 248.2>45.1、m/z 248.2>43.1、m/z 248.1>29.2)におけるプロダクトイオンを確認イオンとしたときの確認イオンのコリジョンエネルギー依存性を実測した結果を示すグラフである。
【0087】
この結果から、m/z 248.2>189.1、m/z 248.2>144.1、m/z 248.2>103.1、m/z 248.2>58.1、m/z 248.2>57.1、m/z 248.2>45.1、m/z 248.2>43.1、m/z 248.1>29.2の8種類のMRMトランジションのいずれにおいても、特定のコリジョンエネルギーにおいてC3-DCとC4-OHとについて確認イオン比に十分な差異が存在することが判る。このことから、BCAとIBCAとの識別と同様に、所定の確認イオンにおける確認イオン比を利用することによって、C3-DCとC4-OHとを識別することが可能である。
【0088】
上述したように、本実施形態のアシルカルニチン分析装置及びその変形例によれば、i-C5とp-C5、又は、BCAとIBCAなどの分子量が全く同一であるアシルカルニチン同士や、C5-DCとC6-OH、又は、C3-DCとC4-OHなどの整数質量が同一であるアシルカルニチン同士、を容易に識別することができる。その識別に利用可能な情報としては、特定のコリジョンエネルギーの下での定量イオンの信号強度と確認イオンの信号強度との比、つまり確認イオン比、特定の確認イオンにおけるコリジョンエネルギーの変化に対応するピーク強度の変化のパターン、又は、各アシルカルニチンに特異的に観測される確認イオンの信号強度、のいずれかである。
【0089】
また、上記実施形態のアシルカルニチン分析装置は次のように変形することができる。即ち、上記実施形態の装置では、インジェクター13とESIスプレー21との間にカラムを設けず、送液ポンプ12により送液された移動相中に試料液を注入し、カラムで成分分離を行わずに試料液をESIスプレー21に導入するフローインジェクション分析法による試料導入を採用していたが、液体クロマトグラフで試料中の成分を分離したあとにトリプル四重極型質量分析装置に導入するようにしてもよい。
【0090】
即ち、
図1に示した装置において、インジェクター13とESIスプレー21との間にカラムを設け、カラムで分離された各成分を含む試料液(溶出液)をESIスプレー21に導入するようにしてもよい。一般的には、i-C5とp-C5とは液体クロマトグラフで分離可能であるが、それらの保持時間は近いため、場合によっては十分に分離できない場合がある。そうした場合であっても、上述したように特定のMRMトランジションについてのMRM測定結果を利用することで、i-C5とp-C5などのアシルカルニチンを的確に識別することができる。
【0091】
こうした液体クロマトグラフ質量分析装置を用いた分析は、再検査でしばしば使用されるが、その際に上記手法を用いることで、再検査における識別精度を高めることができる。
【0092】
また、上記実施形態及び各種の変形例は本発明の一例であって、本発明の趣旨の範囲で適宜修正、変更、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【0093】
また、上述した実施形態の説明では、MRMトランジションにおける質量電荷比を示す数値の小数点以下の桁数を1桁又は2桁としている場合があるが、既に説明したように、質量電荷比値の精度は、装置の質量精度、質量分解能に依存する。従って、例えば小数点以下1桁又は2桁で表される質量電荷比値に対し、±0.1、±0.2、±0.3、又は±0.4の範囲に含まれるイオンをターゲットとするMRMトランジションも、本願特許請求の範囲に記載のMRMトランジションに実質的に相当する。
【0094】
[種々の態様]
上述した例示的な実施形態が以下の態様の具体例であることは、当業者には明らかである。
【0095】
(第1項)本発明に係るアシルカルニチン分析方法の一つの態様は、タンデム型質量分析装置を用い、C5アシルカルニチンを分析する方法であって、
検体に対しm/z 246>187、m/z 246>57、m/z 246>41、又はm/z 246>29のうちの少なくとも一つの多重反応モニタリング(MRM)トランジションによるMRM測定を実施する測定ステップと、
前記測定ステップにおいて得られた測定結果を用いて、前記検体中のイソバレリルカルニチンとその異性体であるピバロイルカルニチンとを識別する、又は前記検体中のC5アシルカルニチンにピバロイルカルニチンが含まれるか否かを判定する処理ステップと、
を含むものである。
【0096】
(第16項)本発明に係るアシルカルニチン分析装置の一つの態様は、第1項に記載のアシルカルニチン分析方法を実施することが可能な装置であって、
検体に対しm/z 246>187、m/z 246>57、m/z 246>41、又はm/z 246>29のうちの少なくとも一つのMRMトランジションによるMRM測定を実施するタンデム型質量分析装置である測定部と、
前記測定部で得られた測定結果を用いて、前記検体中のイソバレリルカルニチンとその異性体であるピバロイルカルニチンとを識別する、又は前記検体中のC5アシルカルニチン(炭素数が5であるアシル基を有するアシルカルニチン)にピバロイルカルニチンが含まれるか否かを判定する処理部と、
を備えるものである。
【0097】
第1項に記載のアシルカルニチン分析方法、又は第16項に記載のアシルカルニチン分析装置によれば、液体クロマトグラフによる成分分離を行うことなく、従来は困難であったイソバレリルカルニチンとピバロイルカルニチンとの識別、又は、検出されたC5アシルカルニチンにピバロイルカルニチンが含まれる可能性があるか否かの判定、を的確に行うことができる。それにより、C5アシルカルニチンについてのスクリーニング検査における偽陽性を減少させることができる。また、C5アシルカルニチンについてのスクリーニング検査で陽性となった場合でも、その要因が薬剤由来であるピバロイルカルニチンである可能性があることをユーザーに知らせることができる。その結果、新生児に対して再検査による身体的負担を軽減したり、スクリーニング検査で陽性になった新生児の親に対する心理的負担を軽減したりすることが可能となる。
【0098】
(第2項)第1項に記載のアシルカルニチン分析方法において、
前記測定ステップでは、検体に対し、m/z 246>187、m/z 246>57、m/z 246>41、又はm/z 246>29のうちの一つのMRMトランジションについての第1のMRM測定と、m/z 246>85であるMRMトランジションについての第2のMRM測定と、を実施して、C5アシルカルニチン由来のイオンの強度情報を取得し、
前記処理ステップでは、前記第1のMRM測定により得られた信号強度と前記第2のMRM測定により得られた信号強度との比である確認イオン比に基いて、ピバロイルカルニチンの含有可能性を評価する、ものとすることができる。
【0099】
第2項に記載のアシルカルニチン分析方法によれば、試料に含まれるC5アシルカルニチンがイソバレリルカルニチンであってもピバロイルカルニチンであっても、ほぼ同じイオン強度を示すMRMトランジション(m/z 246>85)を基準として、ピバロイルカルニチンの含有可能性を評価することができる。従って、処理ステップでの評価(識別又は判定を含む)の精度が分析条件の変動や測定環境の変動などの影響を受けにくく、常に的確な評価を実施することができる。
【0100】
(第3項)第2項に記載のアシルカルニチン分析方法において、前記第1のMRM測定のMRMトランジションはm/z 246>187又はm/z 246>41であるものとすることができる。
【0101】
m/z 246>41は、イソバレリルカルニチンとピバロイルカルニチンとでピーク強度の差異が最も大きくなるMRMトランジションである。一方、m/z 246>187は、m/z 246>41に比べても、イソバレリルカルニチンとピバロイルカルニチンとに対する感度がかなり高いMRMトランジションである。従って、第3項に記載のアシルカルニチン分析方法によれば、処理ステップでの評価の精度を一層高くすることができる。
【0102】
(第4項)第1項に記載のアシルカルニチン分析方法において、
前記処理ステップでは、予め求めておいた、確認イオン比と検体中のイソバレリルカルニチン又はピバロイルカルニチンの存在割合との関係を示す情報を利用して、目的の検体に含まれるイソバレリルカルニチン又はピバロイルカルニチンの存在割合を推定するものとすることができる。
【0103】
第4項に記載のアシルカルニチン分析方法によれば、単にイソバレリルカルニチンとピバロイルカルニチンを識別するのみならず、各化合物の存在割合を推定することができる。
【0104】
(第5項)また、第1項に記載のアシルカルニチン分析方法において、
前記測定ステップでは、検体に対し、m/z 246>41のMRMトランジションでコリジョンエネルギーを変化させつつMRM測定を実施し、それぞれC5アシルカルニチン由来のイオンの強度情報を取得し、
前記処理ステップでは、前記測定ステップにおいて得られたイオン強度のコリジョンエネルギー依存性に基いてピバロイルカルニチンの含有可能性を評価する、ものとすることができる。
【0105】
第5項に記載のアシルカルニチン分析方法によれば、例えば何らかの理由で上述したm/z 246>85のMRMトランジションについてのMRM測定を実行できないような場合であっても、検出されたC5アシルカルニチンにピバロイルカルニチンが含まれるかどうかを判定することができる。
【0106】
(第6項)また、第1項~第5項のいずれか1項に記載のアシルカルニチン分析方法では、フローインジェクション分析法を利用して前記タンデム質量分析装置に検体を導入するものとすることができる。
【0107】
第6項に記載のアシルカルニチン分析方法によれば、カラムによる成分分離が不要であるので一つの検体についての測定時間を短くすることができ、迅速性が要求されるスクリーニング検査に好適である。
【0108】
(第7項)第6項に記載のアシルカルニチン分析方法において、
前記測定ステップでは、MRM測定を繰り返し実施し、
前記処理ステップでは、C5アシルカルニチン由来のイオン強度の時間的な変化を示すピークのピークトップの値又はピーク面積値を測定結果として用いる、ものとすることができる。
【0109】
ピークの高さ(ピークトップの値)を測定結果として用いることで、迅速な処理が可能であり、スクリーニングの効率を高めることができる。一方、一般的には、ピーク面積値のほうがピークの高さに比べて定量性に優れるため、ピーク面積値を測定結果として用いることで、より精度の高い識別や判定を実施することができる。
【0110】
(第8項)第1項~第5項のいずれか1項に記載のアシルカルニチン分析方法では、液体クロマトグラフにより検体に含まれる成分を分離して前記タンデム質量分析装置に導入するものとすることができる。
【0111】
第8項に記載のアシルカルニチン分析方法によれば、カラムによる成分分離も利用することができるので、特定のMRMトランジションの測定結果のみを用いた識別や判定に比べてその精度を一層向上させることができる。
【0112】
第1項に記載のアシルカルニチン分析方法及び第16項に記載のアシルカルニチン分析装置で採用している手法は、イソバレリルカルニチンとピバロイルカルニチンに限らず、それ以外の、従来は識別が困難であったアシルカルニチン同士の識別に広く利用することができる。
【0113】
(第9項)本発明に係るアシルカルニチン分析方法の他の態様は、タンデム型質量分析装置を用い、質量が実質的に同一である複数の異なるアシルカルニチンを識別する分析方法であって、
検体に対し、信号強度が最大となるMRMトランジションについての第1のMRM測定と、それとは異なるMRMトランジションについての第2のMRM測定と、を実施して、目的のアシルカルニチン由来のイオンの強度情報を取得する測定ステップと、
前記第1のMRM測定により得られた信号強度と前記第2のMRM測定により得られた信号強度との比である確認イオン比に基いて、前記複数の異なるアシルカルニチンを識別する、又は前記検体中の前記目的のアシルカルニチンに前記複数の異なるアシルカルニチンのいずれかが含まれるか否かを判定する処理ステップと、
を含むものである。
【0114】
(第10項)第9項に記載のアシルカルニチン分析方法において、前記複数の異なるアシルカルニチンはイソバレリルカルニチンとその異性体であるピバロイルカルニチンを含むものとすることができる。
【0115】
(第11項)また、第9項に記載のアシルカルニチン分析方法において、前記複数の異なるアシルカルニチンはブチリルカルニチンとその異性体であるイソブチリルカルニチンを含むものとすることができる。
【0116】
(第17項)本発明に係るアシルカルニチン分析装置の他の態様は、第9項に記載のアシルカルニチン分析方法を実施することが可能な装置であって、
検体に対し、信号強度が最大となるMRMトランジションについての第1のMRM測定と、それとは異なるMRMトランジションについての第2のMRM測定と、を実施するタンデム型質量分析装置である測定部と、
前記測定部での前記第1のMRM測定により得られた信号強度と前記第2のMRM測定により得られた信号強度との比である確認イオン比に基いて、質量が実質的に同一である複数の異なるアシルカルニチンを識別する、又は前記検体中の目的のアシルカルニチンに前記複数の異なるアシルカルニチンのいずれかが含まれるか否かを判定する処理部と、
を備えるものである。
【0117】
既に述べたように、ここでいう「質量が実質的に同一である複数の異なるアシルカルニチン」とは、例えば異性体のように質量が全く同一であるアシルカルニチンである場合と、厳密な質量は互いに異なるものの、例えばその差が使用される質量分析装置で区別できない程度のものである場合、例えば整数質量が同一のアシルカルニチンである場合と、があり得る。イソバレリルカルニチンとピバロイルカルニチンとは前者の一例であり、グルタリルカルニチンとヒドロキシヘキサノイルカルニチンとは後者の一例である。
【0118】
第9項に記載のアシルカルニチン分析方法及び第17項に記載のアシルカルニチン分析装置によれば、特定のプロダクトイオンを確認イオンとした確認イオン比を用いることで、質量が実質的に同一である複数の異なるアシルカルニチンを的確に識別することができる。また、液体クロマトグラフのカラムを用いた成分分離が不要であるので、迅速で効率の良い識別が可能であり、特に遺伝的な要因による先天性代謝異常症等のスクリーニング検査に好適である。
【0119】
(第12項)また本発明に係るアシルカルニチン分析方法のさらに他の態様は、タンデム型質量分析装置を用い、質量が実質的に同一である複数の異なるアシルカルニチンを識別する分析方法であって、
検体に対し、前記複数の異なるアシルカルニチンに対して各々決められた互いに異なる特定のMRMトランジションについてのMRM測定を実施して、目的のアシルカルニチン由来のイオンの強度情報を取得する測定ステップと、
前記測定ステップにより得られた特定のMRMトランジションに対する信号強度に基いて、前記複数の異なるアシルカルニチンを識別する、又は前記検体中の前記目的のアシルカルニチンに前記複数の異なるアシルカルニチンのいずれかが含まれるか否かを判定する処理ステップと、
を含むものである。
【0120】
(第13項)第12項に記載のアシルカルニチン分析方法において、前記複数の異なるアシルカルニチンは、グルタリルカルニチンとヒドロキシヘキサノイルカルニチンを含むものとすることができる。
【0121】
(第18項)本発明に係るアシルカルニチン分析装置のさらに他の態様は、第12項に記載のアシルカルニチン分析方法を実施することが可能な装置であって、
検体に対し、前記複数の異なるアシルカルニチンに対して各々決められた互いに異なる特定のMRMトランジションについてのMRM測定を実施するタンデム型質量分析装置である測定部と、
前記測定部で得られた特定のMRMトランジションに対する信号強度に基いて、質量が実質的に同一である複数の異なるアシルカルニチンを識別する、又は前記検体中の目的のアシルカルニチンに前記複数の異なるアシルカルニチンのいずれかが含まれるか否かを判定する処理部と、
を備えるものである。
【0122】
第12項に記載のアシルカルニチン分析方法及び第18項に記載のアシルカルニチン分析装置によれば、各アシルカルニチンに特有に観測されるプロダクトイオンの強度情報を用いることで、質量が実質的に同一である複数の異なるアシルカルニチンを的確に且つ用意に識別することができる。また、液体クロマトグラフのカラムを用いた成分分離が不要であるので、迅速で効率の良い識別が可能であり、特に遺伝的な要因による先天性代謝異常症等のスクリーニング検査に好適である。
【0123】
(第14項)また本発明に係るアシルカルニチン分析方法のさらに他の態様は、タンデム型質量分析装置を用い、質量が実質的に同一である複数の異なるアシルカルニチンを識別する分析方法であって、
検体に対し、特定のMRMトランジションでコリジョンエネルギーを変化させつつMRM測定を実施し、それぞれ目的のアシルカルニチン由来のイオンの強度情報を取得する測定ステップと、
前記測定ステップにおいて得られたイオン強度のコリジョンエネルギー依存性に基いて、前記複数の異なるアシルカルニチンを識別する、又は前記検体中の前記目的のアシルカルニチンに前記複数の異なるアシルカルニチンのいずれかが含まれるか否かを判定する処理ステップと、
を含むものである。
【0124】
(第15項)第14項に記載のアシルカルニチン分析方法において、前記複数の異なるアシルカルニチンは、マロニルカルニチンと3-ヒドロキシブチリルカルニチンを含むものとすることができる。
【0125】
(第19項)本発明に係るアシルカルニチン分析装置のさらに他の態様は、第14項に記載のアシルカルニチン分析方法を実施することが可能な装置であって、
検体に対し、特定のMRMトランジションでコリジョンエネルギーを変化させつつMRM測定を実施するタンデム型質量分析装置である測定部と、
前記測定部で得られたイオン強度のコリジョンエネルギー依存性に基いて、質量が実質的に同一である複数の異なるアシルカルニチンを識別する、又は前記検体中の目的のアシルカルニチンに前記複数の異なるアシルカルニチンのいずれかが含まれるか否かを判定する処理部と、
を備えるものである。
【0126】
第14項に記載のアシルカルニチン分析方法及び第19項に記載のアシルカルニチン分析装置によれば、特定のプロダクトイオンを確認イオンとした確認イオン比のコリジョンエネルギー依存性、又は、その確認イオンの信号強度のコリジョンエネルギー依存性を用いることで、質量が実質的に同一である複数の異なるアシルカルニチンを的確に且つ用意に識別することができる。特に、各アシルカルニチンに特有に観測されるプロダクトイオンが存在しない場合や特定のコリジョンエネルギーの下の確認イオン比では十分な差異が見られないような場合であっても、第12項に記載のアシルカルニチン分析方法及び第18項に記載のアシルカルニチン分析装置によれば、適切な識別が可能である。また、液体クロマトグラフのカラムを用いた成分分離が不要であるので、迅速で効率の良い識別が可能であり、特に遺伝的な要因による先天性代謝異常症等のスクリーニング検査に好適である。
【符号の説明】
【0127】
1…試料導入部
11…移動相容器
12…送液ポンプ
13…インジェクター
2…測定部
201…イオン化室
202…第1中間真空室
203…第2中間真空室
204…高真空室
21…ESIスプレー
22…脱溶媒管
23…イオンガイド
24…スキマー
25…多重極型イオンガイド
26…前段四重極マスフィルター
27…コリジョンセル
28…後段四重極マスフィルター
29…イオン検出器
3…データ処理部
31…データ収集部
32…ピーク強度算出部
33…成分判定部
4…分析制御部
41…分析条件記憶部
5…中央制御部
6…入力部
7…表示部